【実施例】
【0027】
以下、本発明を実施例に基づきより詳細に説明する。
【0028】
実施例では、以下の1)〜7)の方法を用いた。
1)水浸拘束負荷方法
10週令雄のC57BL6/Jマウスを柔らかいステンレス製金網に入れ拘束する。拘束は呼吸ができなくなる程には圧迫は行わず、回転できるほどの自由度がある状態で行う。
常温の水を1.5cmの深さにはった水槽(水温は24±1℃)に、マウスを拘束状態にした金網を横にして入れる。水深はマウスの腹部、脚部のみが水に接する程度に設定し、その状態で3時間の水浸拘束を負荷する。
【0029】
水浸拘束中マウスは絶食状態であり、対照であるマウス(水浸拘束非負荷)も同じ時間絶食としている(飲水は可能)。
【0030】
2)高架式十字迷路
高架式十字迷路は地上から50cmの高さに十字状に迷路(幅10cm)が組まれている。2方向(幅10cm 長さ50cm)には高さ40cmの壁に囲まれており、別の2方向(幅10cm 長さ50cm)には壁がない。
水浸拘束終了後、マウスをステンレス製金網より取り出し、高架式十字迷路の中心部分(10cm ×10cm)にそっと置き、中心部の上方に取り付けたビデオカメラにて撮影し、マウスの行動を行動解析装置にて記録する。行動解析装置にて5分間のマウスの移動した距離、移動した時間を解析する。
【0031】
3)尾懸垂試験
水浸拘束終了後、マウスをステンレス製金網より取り出し、マウスの尾の先端1-1.5cmにテープを巻いて固定する。尾の無いテープの先端部分を支持台に取り付けたクリップで挟む。マウスは尻尾を固定された状態で空中でぶら下がった状態となる。高さはマウスの鼻先が机上から20-25cmとなるようにする。支持台およびマウスを3方向を壁で取り囲み、1方向からビデオカメラにてマウスの行動を記録する。
6分間マウスを懸垂した状態におき、マウスの体動がない時間(秒)を測定した。
【0032】
4)血漿および脳組織の採取
水浸拘束および行動実験終了後、麻酔下にて血液を採取する。また脳組織も採取する。
血液はヘパリンを添加した状態で採取し、4℃、830g で5分間遠心分離し、血漿成分を抽出し-80℃で保存する。
脳組織はさらに大脳皮質、視床下部を分画・採取し-80℃で保存する。
【0033】
5)脂質酸化物の解析方法
(i) 血漿(もしくは組織ホモジネート) 50μLに生理食塩水450μLを加え、合計500μLにする。
(ii) 内部標準と1mM トリフェニルフォスフィンおよび100μM 2,6-ジ-t-ブチル-4-メチルフェノール含有メタノール溶液を515μL加える。
【0034】
(内部標準:1mg/L 13-(Z,E)-HODE-d4、1mg/L 8-イソプロスタン-d4、3.6mg/L 7α-ヒドロキシコレステロール-d7)
(iii) 窒素置換後、ふたを閉めて撹拌しながら室温で30分間静置(還元処理)。
(iv) 500μLの 1M 水酸化カリウム含有メタノール溶液を加えて、もう一度窒素置換し、40℃、30分間処理(けん化処理)。
(v) 10%酢酸水溶液を2ml 加える。
(vi) クロロホルム/酢酸エチル(4/1)を5ml 加えて1分間激しく撹拌。
(vii) 4℃ 3,000Gで 10分間遠心。
(viii) 上層および蛋白の層を吸引にて除去。
(ix) 下層(約5ml)を窒素ガスで約2mlまで濃縮 (30℃まで加温可能)
(x) サンプルチューブにガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)用と液体クロマトグラフタンデム型質量分析計(LC-MS/MS)用に2等分する。
(xi) 窒素ガスで完全に乾固する。(測定まで-30℃以下で保存可能)
(xii) 液体クロマトグラフタンデム型質量分析計(LC-MS/MS)解析用:70%メタノール水溶液を200μl加えて激しく撹拌。フィルターにて夾雑物を除去。
ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)析用:N、O-ビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド 30μLを加えて60℃で1時間加温処理した後氷冷。アセトン50μLを加えてサンプルとする。
【0035】
液体クロマトグラフタンデム型質量分析計(LC-MS/MS)にて、9-(E,Z)-HODE(9-ヒドロキシ-10(E),12(Z)-オクタデカジエノイックアシッド)、9-(E,E)-HODE(9-ヒドロキシ-10(E),12(E)-オクタデカジエノイックアシッド)、13-(Z,E)-HODE(13-ヒドロキシ-9(Z),11(E)-オクタデカジエノイックアシッド)、13-(E,E)-HODE(13-ヒドロキシ-9(E),11(E)-オクタデカジエノイックアシッド)、5-HETE(5-ヒドロキシ-6,8,11,14-エイコサテトラエノイックアシッド)、12-HETE(12-ヒドロキシ-5,8,10,14-エイコサテトラエノイックアシッド)、15-HETE(15-ヒドロキシ-5,8,11,13-エイコサテトラエノイックアシッド)を同時に測定した。
ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)にて、コレステロール、7α-ヒドロキシコレステロール、7β-ヒドロキシコレステロール、リノール酸を測定した。
【0036】
6)血漿中α-トコフェロール、α-トコトリエノール、γ-トコトリエノール濃度の測定方法
血漿50μlに20μM BHT含有クロロホルム/メタノール(クロロホルム:メタノール=2:1)を150μl添加。撹拌を1分行い、4℃、15,000rpmで 5分間、遠心分離し下層を回収する。下層(クロロホルム層)10μlを液体クロマトグラフ-電気化学検出器(HPLC-ECD)にて測定した。HPLCの条件はカラムφ4.6mm×250mmのODSカラムおよび還元カラム(4.0mm×15mm)を使用し、カラム温度は40℃で行った。移動相溶液は50mM NaClO4含有メタノールを用い、流速 0.7ml/分とした。
【0037】
7)脳内モノアミン類の測定方法
水浸拘束、行動実験後に大脳皮質と視床下部を分解採取した。各組織重量の10倍量(1mgあたり10μL)の0.2 M perchloric acid(100 μM EDTA-2Na と内部標準物質として100 ng of isoproterenolを含有)を加え、ホモジナイザーにて組織破砕する。30分間氷上で静置した4℃、20,000gにて15分間遠心分離する。遠心後、上清を採取し適量の1M CH3COONaを添加し、pHを3に調整する。うち10μLを液体クロマトグラフ-電気化学検出器(HPLC-ECD)にて測定する。測定は、4.6×150mm ODSカラムを用い、カラム温度は25℃に設定する。移動相溶液は0.83 M citrate-sodium acetic acid buffer (pH 3.5に調整。230 mg/l octane sulphonic acid、5 mg/l EDTA-2Na、17% メタノールを含有)を用い、流速は1.0 mL/分とする。
【0038】
本発明の説明
本発明の代表的化合物を用いて効果発現を動物実験にて検証し、詳細なメカニズムを解明した(
図1参照)。
【0039】
マウスへのストレス(水浸拘束負荷)によって白血球型12-リポキシゲナーゼ(12/15-リポキシゲナーゼ)の活性化を介してアラキドン酸酸化物の1種である12-hydroxyeicosatetraenoic acid (12-HETE)が血漿中で増加する。この12-HETEは大脳皮質および視床下部においてノルアドレナリン放出を惹起することを見出した。水浸拘束負荷後に尾懸垂試験を行ったところ、水浸拘束ストレスによって逃避衝動が誘導されるが、12-HETEは脳内ノルアドレナリンの放出を惹起することでこの逃避衝動を誘導することを見出した。
【0040】
マウスにα-トコフェロール、α-トコトリエノール、γ-トコトリエノール、ゲラニルゲラニオール(トコトリエノールは12/15-リポキシゲナーゼ活性阻害作用を有する)を添加した餌を1週間投与した後、水浸拘束を負荷した。各化合物は血漿中12-HETEの生成を抑制し、ストレス負荷後の逃避衝動の亢進を抑制した。また、大脳皮質および視床下部におけるノルアドレナリン放出を抑制することを確認した。
【0041】
参考例1
本発明者はマウスにストレス負荷である水浸拘束を負荷するとアラキドン酸酸化物の1種である12-hydroxyeicosatetraenoic acid (12-HETE)(
図2) が血中で著増することを見出した(
図3)。また、脂質酸化酵素であるマウス白血球型12-リポキシゲナーゼ(12/15−リポキシゲナーゼ)の欠損マウスに対する同負荷では12-HETE増加が抑制されることを見出した(
図3左)。また、マクロファージ内の12/15-リポキシゲナーゼの局在が水浸拘束によって細胞質から膜に移行することを確認し(
図3右)、この12/15-リポキシゲナーゼの局在変化によって12/15-リポキシゲナーゼが活性化することで12-HETEが血中で増加することが考えられた。
【0042】
水浸拘束をマウスに負荷するとストレス負荷に起因して胃潰瘍が発生する。そこで、マウスに胃潰瘍治療薬(プロトンポンプ阻害剤)を前投与した後、水浸拘束を負荷した。プロトンポンプ阻害剤により胃潰瘍は完全に抑制できたが、血漿中12-HETEの生成は抑制されなかった(
図4)ことから、12-HETE産生は胃潰瘍ではなくストレスに起因していることが明らかとなった。
【0043】
また、マウスへの水浸拘束3時間負荷後、血漿及び組織を採取し、胃、脳、腸管、肝臓、脾臓、精巣の各組織の脂質酸化生成物を測定した。今回調べた組織/臓器の範囲では脂質酸化物が顕著に増加している組織/臓器はなく、血漿中でのみ顕著に増加が認められた(
図5)。図中のtHODEはリノール酸酸化物(hydroperoxyoctadecadienoic acid)を示す。
【0044】
実施例1
水浸拘束負荷によって増加する12-HETEの生成をα-トコトリエノールで抑制できるかを確かめた。
【0045】
具体的には、α-トコフェロール(αT)、α-トコトリエノール(αT3)、γ-トコトリエノール(γT3)、ゲラニルゲラニオール(GGOH)(
図6参照)を餌重量あたり0.1%含有した餌、および対照餌(cont.)として餌重量あたり0.002%のα-トコフェロールを含有した餌を作成し、9週齢のC57BL6マウスに1週間与えた。餌を与え1週間後に水浸拘束を3時間負荷し、水浸拘束負荷終了後に血漿を採取し、液体クロマトグラフタンデム型質量分析計(LC-MS/MS)にて脂質酸化物を測定した(方法の詳細は前述の5))。
【0046】
結果、
図7に示すように水浸拘束後の血漿中の12-HETEの生成の抑制効果を確認した。12-HETE生成抑制効果はγ-トコトリエノール>α-トコトリエノール>ゲラニルゲラニオール>α-トコフェロールの順で強かった。
【0047】
ゲラニルゲラ二オールでも効果が認められたことから、これらに共通するイソプレノイド構造が12/15-リポキシゲナーゼの活性阻害効果を有している可能性がある。
【0048】
同じサンプルを用いて血漿中α-トコフェロール、α-トコトリエノール、γ-トコトリエノール濃度を測定した(方法は前述の6))。結果を表1に示す。α-トコトリエノール投与群ではα-トコトリエノールが血漿中で検出され、γ-トコトリエノール投与群ではγ-トコトリエノールが血漿中で検出された。しかしながら、α-トコフェロール投与群で認められたα-トコフェロール濃度に比べ低濃度であった。
【0049】
【表1】
【0050】
さらに、水浸拘束負荷後に増加する12-HETEにどのような生理作用があるかを検証するために行動実験を行った。
【0051】
野生型マウスに水浸拘束を負荷せず12-HpETE(12/15-リポキシゲナーゼによって生成されるアラキドン酸の過酸化物であり、12-HETEは12-HpETEの還元物(
図8参照))を500ng投与し行動実験を行った。また、12/15−リポキシゲナーゼ欠損マウスに対して3時間の水浸拘束を負荷し、水浸拘束終了10分前に12-HpETEを500ng投与し行動実験を行った。
12-HpETEは尾静脈から静注した。血液中で12-HpETEは速やかに還元され12-HETEとなる。500ngの静脈投与によって血液中で水浸拘束負荷時と同濃度まで12-HETE濃度が上昇することを確認している。
【0052】
3時間の水浸拘束後に行動実験として高架式十字迷路試験と尾懸垂試験を行った(方法は前述2)、3))。
高架式十字迷路試験では、総行動距離を測定することで、水浸拘束負荷後の疲労度を評価することができる。
【0053】
野生型マウスでは水浸拘束後にぐったりとしており総行動距離も顕著に減少していた(
図9)。野生型マウスに対して12-HpETEを投与してもぐったり感は現れず、総行動距離も減少しなかった。
【0054】
一方、水浸拘束を負荷した12/15−リポキシゲナーゼ欠損マウスでは、ぐったり感はやや改善しており、水浸拘束後の野生型マウスに比べ総行動距離は長かった。また、水浸拘束負荷後の12/15−リポキシゲナーゼ欠損マウスに12-HpETEを投与すると総行動距離は減少した。
12-HETE(12-HpETE)は単独では疲労・ぐったり感を誘導しないが、水浸拘束負荷という負荷があれば12-HETE(12-HpETE)は疲労・ぐったり感を誘導することが明らかとなった。
【0055】
尾懸垂試験では逃避不可能な状況(尾懸垂)での逃避行動を観察する。逃避をあきらめる(絶望する)と無動となり6分間の試験中の無動時間を計測する。無動時間が長いことはうつ傾向が強いこと意味し、抗うつ剤、アンフェタミン、カフェインで無動時間が短くなることが知られており抗うつ薬の評価に使用される。
【0056】
野生型マウスでは、上述の高架式十字迷路試験の結果で示される通り、水浸拘束後にぐったりとしているため、水浸拘束後に尾懸垂試験を実施すると無動時間が増加することが予想されていた。しかしながら、
図10に示すように水浸拘束負荷によって無動時間は逆に減少し、尾懸垂の状態からの逃避衝動が亢進していることを見出した。また、野生型マウスに対して12-HpETEを投与すると、この逃避衝動が水浸拘束負荷せずに誘導された。一方、12/15−リポキシゲナーゼ欠損マウスでは水浸拘束を負荷しても、無動時間の減少は見られなかった。しかしながら、12/15−リポキシゲナーゼ欠損マウスに水浸拘束負荷後に12-HpETEを投与すると無動時間は減少した。
【0057】
以上の結果より、12-HETE(12-HpETE)は水浸拘束というストレス負荷後の逃避衝動を誘導する生理作用を有していることを見出した。
【0058】
これまでの知見をヒトの生理的反応および疾患に適用して考える(
図11参照)。
ストレスに対して「逃避もしくは闘争」するのは生理的反応として知られているが、過度のストレスによって12-HETEが過剰に産生されると、微細な刺激に過敏に逃避衝動を感じる過度の緊張や不安状態を起こすことで外傷後ストレス障害やパニック障害・不安障害に陥り、逆に12-HETEが生成されなくなると、刺激に対する逃避衝動が減弱し、うつ病に陥ることが予想される。
【0059】
この12HETE(12-HpETE)による逃避衝動誘導のメカニズムの解明を行った。
恐怖や不安に関与すると言われている脳内のノルエピネフリン(NE)に着目した。NEは節前神経終末からシナプス間隙に分泌された後、節前神経に再取り込みされるが、一部はモノアミン酸化酵素によって3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニルグリコール(MHPG; 3-methoxy-4-hydroxy phenylglycol)へと代謝される。すなわちNEの代謝産物であるMHPGは神経興奮によってシナプス間隙に放出されたNE量を反映することが知られている(精神神経学雑誌 2009; 111(7): 741-761; Methods Find Exp Clin Pharmacol. 1998; 20(1): 31-7.)。
【0060】
前述の
図9および
図10の行動解析を行ったマウスで、水浸拘束負荷・行動実験後に大脳皮質を摘出し、NEおよびMHPGを液体クロマトグラフ-電気化学検出器(HPLC-ECD)にて解析した(方法は前述、方法7))。
【0061】
野生型マウスでは水浸拘束後NEが減少し、MHPGが増加した(
図12)。また、野生型マウスに水浸拘束非負荷で12-HpETEを投与するとNEは減少しなかったが、MHPGは有意差を持って増加した(
図12)。
【0062】
一方、12/15−リポキシゲナーゼ欠損マウスでは水浸拘束負荷によってNEは減少せず、MHPGも増加しなかった(
図12)。しかし、水浸拘束負荷後の12/15−リポキシゲナーゼ欠損マウスに12-HpETEを投与すると、NEは減少し、MHPGは増加した(
図12)。
【0063】
以上の結果は視床下部においても同様の傾向が観察された(
図13)。
【0064】
本結果は、水浸拘束に伴う12-HETE(12-HpETE)の増加は大脳皮質、視床下部におけるNEの神経間隙への放出を誘導し、その結果、逃避衝動の亢進という形でマウスの行動に影響が出たことを示唆する。
【0065】
以上の知見を元に、トコトリエノールおよびゲラニルゲラニオールの水浸拘束後の精神症状に対する効果を検証した。具体的には、前述と同様、α-トコフェロール(αT)、α-トコトリエノール(αT3)、γ-トコトリエノール(γT3)、ゲラニルゲラニオール(GGOH)(
図6参照)を餌重量あたり0.1%含有した餌、および対照餌(cont.)として餌重量あたり0.002%のα-トコフェロールを含有した餌を作成し、9週齢のC57BL6マウスに1週間与えた。餌を与え1週間後に水浸拘束を3時間負荷し、水浸拘束負荷終了後に高架式十字迷路および尾懸垂試験を行った。また、行動実験終了後に脳組織を採取した。
【0066】
高架式十字迷路試験では水浸拘束後の総行動距離の改善効果が確認された(
図14)。総行動距離の改善効果はγ-トコトリエノール>α-トコトリエノール>ゲラニルゲラニオール>α-トコフェロールの順で強く、前述
図7の各化合物による水浸拘束後の12-HETEの生成の抑制効果を反映していた。これらの化合物は水浸拘束後の疲労を改善できる。尾懸垂試験では、水浸拘束後の無動時間の減少・逃避衝動の亢進の改善効果が確認された(
図15)。
【0067】
無動時間の減少の改善効果もγ-トコトリエノール>α-トコトリエノール>ゲラニルゲラニオール>α-トコフェロールの順で強く、前述
図6の各化合物による水浸拘束後の12-HETEの生成の抑制効果を反映していた。
【0068】
また、水浸拘束負荷を行うと胃潰瘍が形成される。水浸拘束後に胃組織を採取し、ホルマリン固定した後、胃潰瘍の発生箇所の数および面積を測定した。α-トコフェロール、α-トコトリエノール、γ-トコトリエノール、ゲラニルゲラニオールのいずれも胃潰瘍の発生箇所数を減少し、潰瘍面積も縮小する効果があることを確認した(
図16)。
【0069】
今回使用した化合物の胃潰瘍形成抑制作用は、胃粘膜保護作用による胃潰瘍治療薬として使用されるテプレノン(「化2」参照 )に構造が類似している事が関与している可能性もある。
【0070】
各化合物による水浸拘束・行動実験終了後に脳組織を採取し、大脳皮質、視床下部のNEおよびMHPG含有量を測定・解析した。
【0071】
大脳皮質ではNE含有量は大きく変化しなかったが、水浸拘束によるMHPGの増加が、各化合物の投与によって抑制されることを確認した(
図17)。α-トコフェロールに比較して、γ-トコトリエノール、α-トコトリエノール、ゲラニルゲラニオールではMHPGの抑制効果は有意に強かったが、γ-トコトリエノール、α-トコトリエノール、ゲラニルゲラニオール間では顕著な差は見られなかった。
【0072】
視床下部においてもNE含有量は大きく変化しなかった。水浸拘束によるMHPGの増加は各化合物の投与によって抑制されることを確認された(
図18)。
【0073】
以上の結果は、今回使用した化合物は、水浸拘束に伴う12-HETEの生成を抑制することで脳内NEの放出を抑制し、その結果、水浸拘束というストレスによる行動症状を緩和することを示唆する。
【0074】
また、今回使用した化合物は、MHPGの増加を水浸拘束非負荷状態よりも減少させる効果はなく、また尾懸垂試験でも水浸拘束非負荷状態よりも無動時間を延長させる効果はなかった。
【0075】
この結果はこれら化合物はうつ状態を誘導するわけではないことを意味する。