【実施例】
【0044】
化学物質及び試薬
記載がない限り、全ての化学物質は最高純度であり、Sigma-Aldrich(Vienna、Austria)又はRoth(Karlsruhe、Germany)から入手した。GeneJETゲノムDNA精製キットは、Thermo Fisher Scientific(Waltham、USA)から入手した。オリゴヌクレオチドは、Sigma-Aldrichから入手した。DNAシークエンシングは、LGC Genomics(Berlin、Germany)にて実施した。エレクトロコンピテント大腸菌OrigamiB(DE3)細胞は、Novagen(Merck KgaA、Darmstadt、Germany)から入手した。H
218O(同位体純度97%)は、Sigma-Aldrichから入手した。α-Glc1-P、Glc6-P、Fru6-Pのナトリウム塩及びピロリン酸は、Sigma-Aldrichから入手した。Fru1-Pのバリウム塩もまた、Sigma-Aldrichから入手した。フィチン酸(ナトリウム塩)は、Rothから入手した。β-Glc1-P(27)のカリウム塩は、Tom Desmet教授(Ghent University、Belgium)から入手した。1%トリメチルクロロシランを含有するN,O-ビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド(BSTFA/1%TMCS)及びピリジンは、Sigma-Aldrichから入手した。ロイコノストックメセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)由来のスクロースホスホリラーゼ(SPase)(51)及びアスペルギルスフミガーツス(Aspergillus fumigatus)由来のマンニトール1-リン酸脱水素酵素(52)の精製調製物は、報告された手順によって得た。
【0045】
[実施例1]
酵素の調製及び特性決定
α-Glc1-Pホスファターゼは、agp遺伝子産物であり、その酵素は大腸菌のペリプラズムに位置する(44)。グリコシルリン酸リガンドを有する酵素複合体の結晶構造は、高分子量のヒスチジン酸ホスファターゼファミリーのメンバーに特有の2-ドメインタンパク質のトポロジーを明らかにする(45)。タンパク質の折り畳みは、α/βドメインの隣に別個のα-ヘリカルドメインを含み、2つのドメインの間の深い裂け目に位置する触媒中心を含む(45)。α-Glc1-Pホスファターゼの構造は、Cys
94とCys
125との間、Cys
189とCys
195との間、並びにCys
384とCys
392との間に3つのジスルフィド架橋を示す(45)。活性部位は、触媒の求核剤として機能すると考えられている高度に保存されたヒスチジン(His
18)を含有する。Asp
290は、おそらく一般の酸塩基触媒であり、α-Glc1-Pのリン酸モノエステル基は、正に荷電した残基(Arg
17、Arg
21、Arg
94、His
289)のクラスターを通して所定位置でしっかりと保持される(45)。
図2Aに示すように、提案されたα-Glc1-Pホスファターゼの触媒反応は、共有結合のホスホ-ヒスチジン中間体を介した二重置換様機構に従う。
【0046】
αGlc1-Pホスファターゼの分子クローニング、発現及び精製
大腸菌BL21-Gold(DE3)細胞をレノックス培地(Lennox-medium)中にて30℃で一晩増殖させた。細胞を20,000g、4℃で30分間遠心分離した。ペレットをゲノムDNAの調製のために使用した。オリゴヌクレオチドプライマー1(配列番号1)及び2(配列番号2)(表1)と組み合わせてPhusionDNAポリメラーゼ(Thermo Fisher Scientific、Waltham、USA)を使用するPCRによって、αGlc1-Pホスファターゼをコードする遺伝子を増幅させた。PCRは、98℃で5分間の予熱ステップ、続いて98℃で30秒間の変性、70℃で30秒間のアニーリング、及び72℃で1.5分間の伸長(elongation)の30反応サイクルからなる。最終伸長(final extension)ステップは72℃で5分間行った。生物学的配列分析センターにてSignalIP-4.1(http://www.cbs.dtu.dk/services/SignalP-4.1/)を使用して、N末端の66bp長のシグナル配列の存在を予測した。N末端シグナル配列を除去するため、N末端Strepタグを付加するため、またベクターとの重複領域を有する遺伝子末端を伸長するために、オリゴヌクレオチドプライマー3(配列番号3)及び4(配列番号4)を使用してPCRを実施した(表1)。ベクターとの重複領域を有する遺伝子開始点を伸長するために、プライマー5(配列番号5)及び3(配列番号3)を用いてPCRを実施した。最終増幅産物をDpnIで処理して親鋳型を消化した。最終構築物を、ギブソンアセンブリを介して線形化pMS470_dsbCベクターにクローニングした。構造遺伝子を含む配列決定されたプラスミドベクターを大腸菌OrigamiB細胞中に形質転換した。
【0047】
レシピエント大腸菌株を、0.115mg/mLのアンピシリンを含有するレノックス培地を使用して、1Lバッフル付き振盪フラスコ中で、37℃、110rpmで培養した。OD
600が0.8に達したら、イソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド(0.01mM)で誘導する前に温度を18℃に下げた。20時間後、細胞を4℃、4,420gで30分間遠心分離した(Sorvall RC-5B冷却スーパースピード遠心分離機、Du Pont Instruments、Newtown、USA)。ペレットを50mMのMes、pH7.0に再懸濁し、-20℃で凍結させた。解凍した細胞懸濁液を、フレンチプレス細胞破砕機(French pressure cell press)(American Instruments、Silver Springs、USA)に150バールで2回通し、細胞破片を4℃、20,000gで30分間の遠心分離により除去した。
【0048】
別の場所に記載された一般のプロトコール(51)を使用して、Strep-Tactin Sepharoseカラム(IBA、Gottingen、Germany)を使用して、粗抽出物からαGlc1-Pホスファターゼを単離した。αGlc1-Pホスファターゼを含有するプールされた画分をFractogel EMD-DEAEカラム(Merck、Darmstadt、Germany)に充填し、標準的なプロトコールに従って精製した。アミコンウルトラ-15遠心式フィルターユニット(Amicon Ultra-15 Centrifugal Filter Units)(Millipore、Billerica、USA)を使用して、50mMのMes、pH7.0(αGlc1-Pホスファターゼ)への緩衝液交換を実施した。注記:言及されていない限り、全ての更なる実験は、50mMのMes緩衝液、pH7.0中で行った。精製はSDS-PAGEによりモニターし、タンパク質バンドは銀染色により可視化した。
【0049】
【表1】
【0050】
CD分光法
Jasco J715分光偏光計(JASCO Inst.、Gross-Umstadt、Germany)上にて25℃でαGlc1-Pホスファターゼ(0.4mg/mL)の遠紫外CDスペクトルを記録した。CDスペクトルは、2.0nmの帯域幅及び1.0秒の反応時間を使用して、100nm/分のスキャン速度で波長範囲190〜260nmにて収集した。全てのスペクトルを0.01cmキュベットに記録した。各サンプルについて、10個のスペクトルを記録し、平均し、緩衝液シグナルを差し引いた。CDスペクトルは、参照データベース番号4のDichroweb(54)を使用することにより評価した。
【0051】
α-Glc1-Pホスファターゼ溶液からの遠紫外円偏光二色性(CD)スペクトルを
図3に示す。二次構造要素の相対含量の推定値を表2に要約し、それらを実験的タンパク質構造に由来するデータと比較する。結果は、α-ヘリックスがβ-ストランドに対してわずかに過剰に存在し、その構造のかなりの部分が不規則(unordered)であると分類されたことを示すことと一致する。使用される組換え酵素調製物における主要なタンパク質が誤った折り畳みをとることは示唆されない。
【0052】
【表2】
【0053】
質量分析法
サンプル調製のために、精製したαGlc1-Pホスファターゼ(5μg)を20mMのヨードアセトアミド(IAA)溶液にて37℃で30分間インキュベートし、変性トリプシン(Promega、Madison、USA)(55)並びに/又は50mMのアンモニウム重炭酸及び10mMのCaCl
2中にて0.5μgのキモトリプシン(Roche Applied Sciences、Penzberg、Germany)で消化した。MS分析のために、消化物を0.1%ギ酸に酸性化し、μ-プレカラム(C18、5μm、100Å、5×0.3mm)及びAcclaim PepMap RSLCナノカラム(C18、2μm、100Å、150×0.075mm)を備えたナノ-HPLC(Dionex Ultimate 3000)によって分離した(全てThermo Fisher Scientific)。約0.5μgの消化されたタンパク質を、均一濃度の溶媒として0.5%トリフルオロ酢酸と共に20μL/分の流速で2分間注入し、濃縮カラムに濃縮した。以下の勾配を使用して、300nL/分の流速でナノカラム上にて分離を行った。溶媒Aは水中0.05%トリフルオロ酢酸であり、溶媒Bは80%アセトニトリル中0.05%トリフルオロ酢酸である:0〜2分:4%B;2〜70分:4〜28%B;70〜94分:28〜50%B;94〜96分:50〜95%B;96〜116分:95%B;116〜116.1分:95〜4%B;116.1〜140分:4%Bでの再平衡化。サンプルは、ステンレス鋼エミッタ(ES528、Thermo Fisher Scientific)を備えたナノスプレーソース中でイオン化し、陽イオン様式で操作したOrbitrap velos質量分析計(Thermo Fisher Scientific)中で分析し、イオンサイクロトロン中の交互フルスキャンMS(m/z 400〜2000)及びダイナミック除外を有効にした20個の最も強いピークの高エネルギー衝突解離によるMS/MSを適用する。LC-MS/MSデータは、Mascot2.3(MatrixScience、London、UK)を用いてαGlc1-Pホスファターゼ及び既知のバックグラウンドタンパク質のタンパク質配列を含有するデータベースを検索することによって分析した。検索基準は、電荷2+又は3+、前駆体質量誤差0.05Da、生成物質量誤差0.7Da、カルバミドメチル化、メチオニン上の酸化、可変修飾としてシステイン(ジスルフィド)上の-2Hであった。デコイデータベース検索を使用した最大誤発見率0.05、イオンスコアのカットオフ20及び最小2の同定されたペプチドをタンパク質同定基準として選択した。
【0054】
液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析法を、組換えα-Glc1-Pホスファターゼの単離された調製物中のジスルフィド結合の決定に適用した。トリプシン又はキモトリプシンを用いたタンパク質の消化により、62%の全体配列包括度、214のペプチド、37のユニークペプチド、及び6046のマスコットスコアに分解された(
図4)。Cys
189とCys
195との間の3つの天然のジスルフィド結合のうちの1つが何かは、ペプチドKDSPA
CKEKQQ
CSLVDGKNTF(配列番号6)(イオンスコア34、期待値0.00042)から明白に確認された。結果は、使用した発現条件下でジスルフィド結合の形成が可能であったことを示す点で明らかである。
【0055】
アッセイ
基質として20mMのαGlc1-Pを使用して、α-Glc1-Pホスファターゼの比活性度を37℃、pH7.0で決定した。α-Glc1-Pホスファターゼ(0.1μM)の添加により反応を開始させ、遊離リン酸の放出を75分にわたって測定した。無機リン酸は850nmで比色決定した(56)。
【0056】
α-Glc1-P及びGlc6-Pは、ホスホグルコムターゼ及びGlc6-P脱水素酵素を用いた共役酵素系で測定した(57)。Fru6-Pは、マンニトール1-リン酸脱水素酵素を用いたアッセイを使用して測定した(52)。Fru1-Pは、消費された基質(Δ[αGlc1-P])及び形成された生成物(式1)に対するリン酸の質量平衡から間接的に、又はHPAEC-PAD(下記参照)を使用して直接的に測定した。
Δ[αGlc1-P]=[Fru1-P]+[Glc6-P]+[Fru6-P]+[リン酸] (1)
【0057】
総タンパク質濃度は、BSAを標準としたRoti-Quantアッセイを使用して測定した(58)。
【0058】
ホスファターゼ速度論
加水分解反応を20mMの初期基質濃度で行った。使用した異なる基質を表3に要約する。酵素(α-Glc1-Pホスファターゼ、0.1μM)の添加により反応を開始させ、インキュベーションは37℃、サーモミキサーの撹拌速度650rpmで150分間まで続けた。サンプルは、15分間隔で採取し、熱処理(99℃、5分間)及び20,000gで5分間遠心分離した。リン酸の放出を測定し、リン酸濃度と時間との間の直線関係から初期速度V(mM分
-1)を決定した。αGlc1-Pホスファターゼの分子量を45kDaと仮定したタンパク質濃度から決定したモル酵素濃度を[E]とし、見かけのターンオーバー頻度(k
cat_app、秒
-1)を式2により計算した。
k
cat_app=V/[E] (2)
【0059】
【表3】
【0060】
[実施例2]
機構的研究
αGlc1-Pの加水分解の間の無機リン酸-水媒体
18O交換
全ての反応混合物は、H
218O(97%)から調製し、90%の水溶媒の最終
18O同位体純度を得た。ホスファターゼ反応は、2.0mMのαGlc1-Pを基質として使用して行った。標準的なMes及びHepes緩衝液を使用した。ホスホリラーゼ反応は、1.0mMαのGlc1-Pを使用して、50mMのMes緩衝液、pH7.0中で行った。37℃で基質溶液への酵素(0.1μM、スクロースホスホリラーゼ:14μM)の添加により反応を開始させた。インキュベーションは、エッペンドルフサーモミキサー内で650rpmでの攪拌を使用して2時間進行した。加熱(99℃、5分間)により反応を停止させた。対照反応は、H
218Oの代わりに標準のH
216Oを使用して全く同じ方法で行った。αGlc1-P基質の変換は、各サンプルにおいて90%以上であった。
【0061】
リン酸への
18O標識の組み込みは、GC-MSにより分析した。サンプルをスピードバック(SpeedVac)中で3時間乾燥させ、ピリジン中のBSTFA/1%TMCS(容量比1:2)で誘導体化した。分析は、Trace DSQ Single Quadrupole GC-MS装置(Thermo Scientific)を使用して実施した。以下のGCパラメータを使用した:注入量、1μL;注入装置温度、250℃;キャリアガス、He;キャリアガス流、1mL/分;Agilent(Waldbronn、Germany)から入手したカラム、HP-5MS(60m、ID 0.250mm、膜厚0.25μm)。温度勾配は以下の通りであった:開始温度、110℃で4分間;20℃/分の加熱速度で300℃に上昇する;最終保持時間、10分間。MSをEI様式(ソース温度:280℃)で操作し、検出された質量範囲は50〜700m/zであった。抽出したm/z299及びm/z301のイオンクロマトグラムを、Xcalibur1.4ソフトウェア(Thermo Scientific)を使用して統合した。
【0062】
18O標識を使用したα-Glc1-P加水分解の機構的特性決定
提案されたα-Glc1-Pホスファターゼの触媒反応では、基質のO1-P結合が切断され、α-Glc1-Pの全体加水分解変換の脱リン酸化ステップにおいて、水(溶媒由来)がホスホ-酵素中間体を攻撃する(
図2)。C1-O結合が破壊され、アノマーのグルコシル炭素に水が組み込まれるα-Glc1-Pの無触媒及びグリコシダーゼ様触媒加水分解とは対照的に、ホスファターゼ反応はリンへの水の付加をもたらすことが見込まれる。従って、同位体的に濃縮された水溶媒からの
18O標識組み込みの測定は、2つの機構的可能性を区別するのに有用である。2.0mMのα-Glc1-Pの酵素変換を、H
218O(最終反応混合物中90%
18O含量)中及び標準の水(対照)中で行った。α-Glc1-Pは、各反応において完全に使い果たされた。GC-MS分析を使用して、放出されたリン酸の同位体組成物を決定した。トリス(トリメチルシリル)リン酸(TMS-リン酸)種を分析した。電子イオン化条件下で、文献(62)に記載され、本発明者らの実験で確認されたように、1つのメチル基の損失によってm/z314断片のTMS-リン酸分子イオンが分解され、m/z299の主要イオンが形成される。実験的GC-MSクロマトグラムと共に、完全な分析の詳細を分析した。標準水中の反応は、ピーク面積比0.13を与えたが、これは、IsoPro3.1で計算されたリン酸中の天然の
18O/
16O同位体比と一致する。
18O-濃縮溶媒中の反応は、対応する対照よりもはるかに大きなピーク面積比(最大65倍増加)を与えたが、これらの条件下で溶媒からリン酸に組み込まれた
18O標識を明らかに示している。スクロースホスホリラーゼをH
218O溶媒中でα-Glc1-Pと共にインキュベートして、機構的対照を実施した。触媒機構から予想されるように、α-Glc1-Pは放出されたリン酸の検出可能な標識なしにホスホリラーゼによって加水分解された。従って、これらの結果は、α-Glc1-Pホスファターゼによるα-Glc1-Pの酵素的加水分解が、
図2に示すように、リンで結合開裂及び形成が生じる標準リン酸モノエステル加水分解酵素機構を介して進行するという概念を強く支持する。
【0063】
[実施例3]
ホスホリル転移研究
ホスホリル転移研究
供与体基質として20mMのα-Glc1-Pを使用して、上記(ホスファターゼ速度論)のように反応を実施した。Fru(100、200、400若しくは600mM)又はGlc(200mM)を受容体基質として使用した。一定の時間に採取したサンプルを、リン酸、αGlc1-P及びGlc6-Pについて分析した。Fruが受容体であった場合、Fru1-P及びFru6-Pを各サンプルにおいて更に測定した。初期速度の決定を可能にするためにサンプリングを行ったが、完全な反応時間経過も記録した。基質消費、リン酸放出、及びホスホリル転移に対して関連するk
cat_app値を、式2を使用して対応するV値から得た。データの内部一貫性は、質量平衡により常に確かめた。
【0064】
ホスホリル転移のpH依存性
反応(0.1μMの酵素)は、αGlc1-P及びFruを各20mM含有し、k
cat_appは、αGlc1-Pの消費又はFru1-Pの形成についてVから決定された。分析したpH範囲は4.0〜8.0であった。50mMのMes及び20mMの酢酸ナトリウムを使用したpH≦6.0を除いて、並びに50mMのMes及び50mMのTesを使用したpH8.0を除いて、50mMのMes緩衝液を使用した。緩衝液のpH値を37℃で調整し、各酵素-触媒反応を記録する前後に制御した。サンプリング及び分析は上記の通りであった。
【0065】
非線形最小二乗回帰によるデータ分析のために、SigmaPlot2004バージョン9.0を使用した。式3は、活性(対数のk
cat_appとして表される)が低pHで一定であり、pKaより上に減少するpH依存性を記載する。Cはプロトン化の最適状態におけるpH非依存性k
cat_app値であり、Kはプロトン解離定数であり、[H
+]はプロトン濃度である。
log(k
cat_app)=log(C/(1+K/[H
+])) (3)
【0066】
パルス電流検出(HPAEC-PAD)を用いた高性能陰イオン交換クロマトグラフィー
選択されたサンプルは、CarboPac PA10カラム(4×250mm)及び30℃でサーモスタットされたAmino Trapガードカラム(4×50mm)を備えたDionex BioLCシステム(Dionex Corporation、Sunnyvale、USA)で分析した。Glc、Fru、αGlc1-P、Glc6-P、Fru1-P及びFru6-Pは、金作用電極及び銀/塩化銀参照電極を使用して、炭化水素の定義済みの波形を適用し、ED50A電気化学検出器で検出した。溶出は、以下の方法を用いて流速0.9mL/分で行った:52mMのNaOHの均一濃度流を20分間、続いて100mMのNaOAcから400mMのNaOAcまでの直線勾配で、100mMのNaOHの均一濃度のバックグラウンドで25分間以内に適用した。カラムを52mMのNaOHで5分間洗浄した。適用した条件下で、Glcは10.2分後に、Fruは11.8分後に、αGlc1-Pは30.3分後に、Glc6-Pは36.6分後に、Fru1-Pは37.2分後に、Fru6-Pは39.1分後に溶出した。
【0067】
NMR分光測定
サンプル調製のために、20mMのαGlc1-P及び200mMのFruを、0.1μMのαGlc1-Pホスファターゼと共に37℃で75分間インキュベートした。加熱(99℃、5分間)により反応を停止させた。20,000gで5分間遠心分離した後、脱イオン水で予め平衡化したDEAE FFカラム(GE Healthcare、Little Chalfont、UK)に上清を適用した。未結合の非荷電の単糖を脱イオン水で洗浄することにより除去した。リン酸化反応生成物の溶出は、50mMのNaClを使用することにより達成した。リン酸化生成物を含有する画分をプールし、NMR分析の前に凍結乾燥により濃縮した。
【0068】
NMR分析のために、単離した化合物をD
2O(0.7mL中5mgまで)に溶解し、5mmの高精度NMRサンプルチューブに移した。測定は、Topspin1.3ソフトウェアを使用して、400.13MHz(
1H)にてブルカーDRX-400で実施した。1D
1H NMRスペクトルは、64kデータポイントの取得及びフーリエ変換によって記録され、14ppmの範囲のスペクトルが得られた。2D COSY、TOCSY、及びNOESYスペクトルを決定するために、各2048データポイントを用いた128実験を記録し、10ppmの範囲の2Dスペクトルにフーリエ変換した。測定温度は298K+/-0.05Kであり、外部アセトンをシフト参照標準(δ
H2.225)として使用した。
【0069】
単離された化合物
β-D-フルクトピラノース1-リン酸-
1H NMR(D
2O): δ=3,99(1H、m、H-6a)、3.93(1H、m、H-3)、3.84(1H、m、H-4
*)、3,82(1H、m、H-1b)、3,81(1H、m、H-1a)、3.77(1H、m、H-5
*)、3.65(1H、m、H-6b);
13C NMR(D
2O): δ=96.3(s、C-2)、71.9(d、C-3)、71.8(d、C-4
*)、70.5(d、C-5
*)、68.6(t、C-6)、66.2(t、C-1);
31P NMR(D
2O): δ=5.5(RO-POH
2-);アノマー形態及びピラノ/フラノ形態に関する他の異性体は、ごくわずかな濃度で存在する;[
*]シフトは明解に割り当て可能ではない。
【0070】
分子ドッキング研究
Yasara V 11.11.21に実装されているAutoDock4.2を酵素-リガンドドッキングに使用した。AMBER03力場及び標準ドッキングマクロにより提供されるデフォルトパラメータを使用したが、実行回数を50に増加させた。各々が二価又は一価の陰イオンであるαGlc1-P又はαGlc6-Pを、リガンドとして用いた分子ドッキング実験において、αGlc1-Pホスファターゼ(His
18→Ala変異体、pdbエントリー1nt4)の構造を高分子として使用した。リガンドの3D座標は、Chimera(http://www.cgl.ucsf.edu/chimera)を使用してSMILESストリングから生成した。ドッキングは、Asp
290をプロトン化又は非プロトン化して実施した。リガンドは、15×10×10Åの適用された探索空間によって完全に覆われた酵素活性部位に柔軟に配置した。ドッキングポーズは、関連する自由エネルギー及び機構的妥当性により評価した。可視化のためにPyMOL(http://www.pymol.org)を使用した。
【0071】
加水分解におけるαGlc1-Pホスファターゼによるリン酸供与体基質の利用
一連のリン酸化糖を、ホスファターゼによる加水分解の基質として試験した。20mMの基質濃度で決定した見かけのターンオーバー頻度(k
cat_app)を表3に要約した。この酵素は、αGlc1-Pホスファターゼに対して完全に不活性であったβ-Glc1-Pと比較して、α-Glc1-Pを加水分解するための高い選択性を示した。一級ヒドロキシル(Glc6-P、Fru6-P、D-フルクトース1-リン酸、Fru1-P)でリン酸モノエステル基を有するホスホ糖を高活性で利用したが、それぞれのk
cat_appはα-Glc1-Pの変換のためのk
cat_appの2倍の範囲内で同等であった。ピロリン酸及びフィチン酸(ミオ-イノシトール6リン酸)も酵素基質として調べ、pH7.0及びpH4.5(50mMの酢酸ナトリウム)で反応を実施した。ピロリン酸は加水分解されなかったが、これは多くの酸性ホスファターゼのための優れた基質であるため興味深い(39、63)。α-Glc1-Pホスファターゼは、フィチン酸に対して弱い活性があるが、フィチン酸がもはや金属イオンと強く錯体化していない4.5の低pHでのみであった(64)。
【0072】
異なる糖基質のリン酸化
供与体基質としてα-Glc6-Pを使用したα-Glc1-Pホスファターゼによって触媒される異なる受容体のリン酸化は、20mMのα-Glc6-P及び200mMのそれぞれの受容体を補充した50mMのMes、pH7.0中で実施した。時間に依存した生成物の形成を
図5に示す。
【0073】
酵素的トランスリン酸化:αGlc1-Pホスファターゼは、αGlc1-Pから外部Glc受容体の6-ヒドロキシルへの効率的なホスホリル転移を触媒する。
αGlc1-PホスファターゼによるαGlc1-P(20mM)の加水分解の時間経過研究の間に、反応の後期(基質変換≧70%)において、放出されたリン酸のモル濃度は消費されたα-Glc1-Pと正確に(≧10%)一致しなかった。パルス電流検出(HPAEC-PAD)を用いたHP陰イオン交換クロマトグラフィーによる反応混合物の分析により、新規なリン酸化糖の存在が明らかになり、これは真正のGlc6-P標準で共溶出することが判明した。反応サンプル中のGlc6-Pの存在は、Glc6-P脱水素酵素によるGlc6-Pの選択的NAD
+依存性酸化に基づく酵素アッセイを使用して明白に確認された。形成されたGlc6-Pの量は、変換されたαGlc1-Pとの平衡におけるリン酸の欠如を正確に説明した。αGlc1-Pの変換の間のGlc6-Pの合成は、αGlc1-Pが供与体であり、前の加水分解で形成されたGlcが受容体である酵素的トランスリン酸化反応の結果であることを示唆した。機構的には、基質のホスホリル基が酵素の触媒His
18に転移し、従って、αGlc1-Pホスファターゼの脱リン酸化は、水(加水分解)又はGlc(ホスホリル転移)との反応により生じることができた。ホスホリル転移は加水分解との競合で起こるため、Glc濃度はGlc6-Pの合成のためのαGlc1-Pの効率的な利用によって決定される。
【0074】
従って、反応開始時に外部ホスホリル受容体として添加された200mMのGlcでαGlc1-P(20mM)の酵素的変換を繰り返した。
図6は、αGlc1-Pホスファターゼによって触媒される反応の時間経過に沿った、αGlc1-P消費に関連するGlc6-P生成を示す。遊離リン酸の形成も示されている。α-Glc1-Pホスファターゼを使用して、Glc6-Pが大量に形成されたが、酵素反応で切断されたαGlc1-Pのほぼ全てを占めていた。Glcを欠く対照反応と比較して、リン酸放出速度は大幅に(〜10倍)抑制された。これらの条件下で、リン酸形成のk
cat_appはわずか4秒
-1であった。
図6のデータを更に使用して、Glc6-P合成及びα-Glc1-P消費についてそれぞれ34秒
-1及び40秒
-1のk
cat_app値を計算した。従って、Glcの非存在下及び存在下では、全体変換の見かけのターンオーバー頻度は同様であった。αGlc1-PのGlc6-Pへの変換は、ホスホグルコムターゼ反応と正式には同等であるが、O6とα-O1との間の同じグルコース分子内のリン酸モノエステル基の位置の転位を伴う(7)。ホスホグルコムターゼ反応の平衡は、Glc6-Pの側に大きく片寄っている(65)。酵素的トランスリン酸化によるGlc6-Pの合成は、約10mMのGlc6-Pの速度論的最適を通して進行した(
図6)。より長い反応時間では、Glc6-Pは完全に加水分解された。
【0075】
酵素的トランスリン酸化によるGlc1-PからのFru1-Pの合成
α-Glc1-Pホスファターゼによるα-Glc1-P(20mM)の変換にFru(200mM)を添加した場合、Fruの非存在下で実施した対照反応と比較して、α-Glc1-P消費速度は約3倍(k
cat_app=137秒
-1)増大したが、同時にリン酸放出速度は約2倍(k
cat_app=18秒
-1)減少したという興味深い効果があった。従って、これは、αGlc1-Pから水以外の受容体、おそらくはFruへのホスホリル転移が、使用した条件下でのホスホリル供与体基質利用の主要経路を構成することを明らかに示すものであった。HPAEC-PADによる分析を使用して、新規な糖リン酸生成物の形成を確認した。加水分解のみ及びホスホリル転移条件下でのk
cat_appの比較は、外部受容体の存在下でα-Glc1-Pホスファターゼが何らかの形で「活性化」したことを明らかにした。別の方法で加水分解されたホスホ-酵素中間体が受容体によって遮断される酵素的トランスリン酸化の提案されたシナリオにおいて、酵素の脱リン酸化が全体加水分解プロセスの遅いステップであり、Fruとの反応によって加速される場合、Fruの存在下でのk
cat_appの増強が可能である。この概念と一致して、Fru濃度(100〜600mM、表4)の双曲線依存性においてk
cat_app(αGlc1-P)が約5倍増加し、ホスホリル受容体の飽和濃度で計算された最大値の254秒
-1に接近していることを示した(
図7)。209mMのFruに対する見かけのK
Mをデータから決定した。異なるFru受容体濃度での酵素的トランスリン酸化の包括的な速度論的分析の結果を表4に要約する。見かけの一次速度定数で表されるように、リン酸放出速度は、受容体の存在下で、600mMのFruの条件下でのα-Glc1-P消費速度の10分の1未満まで強く抑制された。Glc6-Pの形成は非常に低い速度で生じた。Fru6-Pの合成は、使用したFru濃度にかかわらず、Fru1-P形成速度の約4分の1で起こった。
図8Aにおいて、総トランスリン酸化速度(Fru1-P、Fru6-P、Glc6-P)とα-Glc1-P消費速度との比をプロットし、そのFru濃度の依存性を示す。比は、高いFruで1の値に接近し、外部添加された(Fru)及びその場で形成された(Glc)受容体がホスホ-酵素中間体との反応のために水と効果的に競合するという機構的概念と一致する。タンパク質のヒスチジン酸性ホスファターゼファミリーの一般的なメンバーシップによりαGlc1-Pホスファターゼに関連する様々なホスファターゼは、酸性pH範囲(≦5.0)においてそれらの最適な活性を示す(66、67)。従って、pH範囲4.0〜8.0におけるα-Glc1-PホスファターゼによるαGlc1-P消費及びFru1-P合成に対するk
cat_appのpH依存性を決定した。活性はpH範囲4.0〜6.0で一定であり、より高いpHでは徐々に減少した。標準pH7.0での活性は、依然として最適pHでの活性の88%であった。興味深いことに、αGlc1-P消費及びFru1-P合成のpH-速度プロファイルは同一であったが(
図8B)、これはFruとの反応と水との反応との間のホスホ-酵素中間体の分配がpHに依存しないことを示している。
【0076】
【表4】
【0077】
200mMのFruの存在下でのαGlc1-Pの変換の完全な時間経過を
図8Cに示す。α-Glc1-Pが完全に使い尽くされた時点で存在するリン酸濃度から、トランスリン酸化生成物の総濃度は16mMと決定されたが、これは利用された供与体基質に基づいて80%の収率に相当する。真正の標準を参照するHPAEC-PAD分析を使用して、Fru1-Pは主生成物(12mM)であり、Fru6-P(2.7mM)及びGlc6-P(1.0mM)は副生成物として形成されたことを示した。しかしながら、Glc6-Pは、かなりの濃度のGlc(≧10mM)が既に蓄積していた反応の後期に主に現れた。Fru1-PとGlc6-Pとのモル比は、初期値20から変換終期に約10まで、反応の間に減少した(
図7)。αGlc1-Pホスファターゼの受容体基質選択性を反映して、Fruが約20倍モル過剰で存在するにもかかわらず、Glcのリン酸化は生じた。反応で合成された各糖リン酸に対するαGlc1-Pホスファターゼの顕著な加水分解酵素活性(表3)にもかかわらず、実験の期間中に二次加水分解に対するトランスリン酸化生成物の損失は生じなかった。生成物の速度論的安定性が生体触媒転換(37、38)の合成適用に問題を提示した他のホスファターゼ触媒トランスリン酸化反応とは異なり、糖リン酸はそれらが実際の均衡生成物であるかのようにα-Glc1-Pから形成され(
図8C)、従ってそれらの便利な製造を可能にする。
図8Dは、異なるFru濃度でのαGlc1-Pの変換から得られたリン酸化生成物の組成を示す。
【0078】
生成物混合物の1D及び2D NMR分析を通して、Fru1-Pが何であるかを更に確認した。Fru1-Pは、4つの異なるアノマー形態で存在し、それによってβ-D-フルクトピラノース1-リン酸が最も豊富に存在した(〜80%)。このアノマーでは、H-1a及びbのプロトンシグナルは、リン酸基への
3J
H-P異核カップリングにより、3.82ppm及び3.81ppmのABXに分離されたシグナル群として共鳴した。TOCSYスペクトルで検出されたように、他の全てのプロトンシグナルはスピン系に属していた。6位のメチレン基のプロトンシグナルは、3.99及び3.65ppmで存在し、いずれも3.77ppmで共鳴したH-5への
3J
H-Hカップリングを示した。更に、H-5とH-4(3.84ppm)及びH-4とH-3(3.95)との連続したカップリングもCOSYスペクトルで見られた。H-6aとH-6bとのシグナル間の大きなシフト差は、アノマー形態を示した。更に、酵素的に合成されたFru1-PのNMRデータは、市販のFru1-Pから記録された参照スペクトルと正確に一致した。HPAEC-PAD分析及び酵素アッセイからの証拠と組み合わされたNMRデータにより、Fru6-P及びGlc6-PがFru1-Pに続くトランスリン酸化生成物であることを確認した。
【0079】
分子ドッキングにより分析したαGlc1-PホスファターゼによるαGlc1-PとGlc6-Pとの結合
Alaで置換された触媒His
18を有するα-Glc1-PホスファターゼのX線結晶構造は、α-Glc1-Pであると報告された結合リガンドを含有する(45)。しかしながら、酵素-リガンド複合体の原子座標で表されるホスホ糖は、明らかにα-Glc1-Pではなくβ-Glc1-Pである。実験的な電子密度マップは、タンパク質構造と共にリリースされなかったため、明確化のために使用することはできない。α-Glc1-Pを酵素の基質結合ポケットに柔軟に配置するドッキング研究を実施した(pdbエントリー1nt4)。一重又は二重に負に荷電したα-Glc1-Pの結合を調べ、推定上の触媒酸塩基Asp
290をプロトン化又は非プロトン化して分析した。異なる条件下で受け取った最も適合したドッキングポーズは、α-Glc1-P及びAsp
290の荷電状態に依存しなかった。α-Glc1-Pは、グルコシル部分に対して反対に配置されたホスホリル基を持つ細長い立体配座で収容される。基質のグリコシド酸素O1は、プロトン化Asp
290がO1-P結合分裂及びこのようなGlc脱離基の離脱にブレンステッド触媒支援の提供を可能にするであろう位置にもたらされる。触媒酵素と反応基質基との間の距離は、α-Glc1-Pドッキングポーズ(2.9Å)よりもかなりの大きい(3.4Å)が、Asp
290はβ-Glc1-Pの加水分解の間に類似の触媒的役割を担うことができた。β-Glc1-Pは、α-Glc1-Pホスファターゼの基質ではなく(表3)、タンパク質結晶構造におけるβ-Glc1-Pの結合様式は、実際にはO1-P結合切断の触媒のための非生成物であり得る。ドッキング分析からの証拠は、α-Glc1-Pホスファターゼによる基質結合認識は、主として、ホスホリル基との多数の強い相互作用を介しているが、これと比較すると、α-Glc1-Pのグルコシル部分は弱くしか結合しないことを示す。ドッキング実験の結果、同様に計算された自由エネルギーのドッキングポーズが最大6つ得られた。異なるドッキングポーズは、同様に結合したホスホリル基を有するが、グルコシル部分の整列(alignment)の変化を特徴とした。結合ポケットの寸法とトポロジーは、α-Glc1-Pの結合と比較してGlc6-Pの結合について示されているように、複数の方向で異なる糖構造の収容に適しているように見え、従って、酵素の緩和された供与体及び受容体基質特異性を説明する。分子ドッキングを使用した加水分解反応選択性と比較して、トランスリン酸化を調べることは現実的ではない。
【0080】
酵素の著しいトランスリン酸化活性の基礎をなすαGlc1-Pホスファターゼの分子及び速度論的特性
α-Glc1-Pホスファターゼは、脱離基(Glc、Fru)の構造及び糖部分上のホスホリル基(α-Glc1-P、Glc6-P)の位置に対して、緩和された特異性を持つ異なる糖リン酸の加水分解を触媒した。しかしながら、Glc1-Pのα-アノマーとβ-アノマーとの比較において、酵素はβ-Glc1-Pの加水分解に対して強く弁別した。α-Glc1-PホスファターゼのX線結晶構造上で行われたドッキング分析は、酵素のアノマー選択性のための分子基盤を示唆した。それは、α-Glc1-Pホスファターゼの広範な供与体及び受容体基質特異性の解釈も提供した。
【0081】
αGlc1-PホスファターゼによるαGlc1-Pの加水分解の間に放出されたリン酸へのH
218O溶媒からの
18O標識の組み込みは、リンにおける求核置換による酵素反応を支持する。ヒスチジン酸性ホスファターゼの機構的提案(
図2)によれば、α-Glc1-Pの全体変換は、それぞれ共有結合のホスホ-ヒスチジン及びホスホ-アスパラギン酸酵素中間体を介した2段階二重置換様触媒プロセスで進行することが見込まれる。おそらくGlcの解離後、加水分解への直接的な競合において、糖受容体へのホスホリル転移はリン酸化酵素から生じる。従って、水とのその反応を防止するためのホスホ-酵素中間体の効率的な遮断は、合成的に有用な受容体基質の重要な特性であろう。ホスホリル転移及び加水分解を介した触媒分解へのリン酸化酵素の分配は、α-Glc1-PホスファターゼによるFruのリン酸化について示されるように(
図8A)、受容体基質濃度によって調節可能である。200mMのGlcの存在下でのαGlc1-Pの変換からのデータを使用して、Glc6-P及びリン酸の形成についての実験的k
cat_app比をαGlc1-Pホスファターゼ(k
cat_app比=34/4.0=8.5)の計算に適用することができる。現在のバイオインフォマティクス法では、ホスファターゼタンパク質構造単独からのトランスリン酸化の触媒能力を推測することはできず、従って、専用の生化学的特性決定が必要となる。ホスホ-酵素中間体上の結合ポケットに糖受容体基質を配置することにより、受容体基質選択性及びトランスリン酸化のリン酸化部位選択性が微調整される。αGlc1-Pホスファターゼは2つの異なる結合様式でFruを収容し、好ましい結合様式はFru1-Pの形成をもたらし、他のものはFru6-Pの形成をもたらした。
【0082】
αGlc1-Pからのトランスリン酸化の合成的使用
Fru1-Pは、化学的に合成することが困難な高価な代謝産物である(68)。Fru1-Pへの生体触媒合成経路は、グリセルアルデヒドとジヒドロキシアセトンリン酸との間のアルドラーゼ(EC4.1.2.13)触媒炭素-炭素カップリング(69)、又はケトヘキソキナーゼ(EC2.7.1.3)によるATPからのFruの1-リン酸化(62、63)である。α-Glc1-Pからのトランスリン酸化は、ATP又はジヒドロキシアセトンリン酸と比較して便利で安価なホスホリル供与体基質の利点を提供する興味深い代替反応となる。更に、α-Glc1-Pホスファターゼは、αGlc1-PとFruとの間のトランスリン酸化のための優れたターンオーバー頻度(≧100秒
-1、表4)を示した。Fruを600mMで用いることにより、トランスリン酸化のための供与体基質としてのαGlc1-Pの利用は、基質の加水分解が効果的に防止されたという意味で、ほぼ完全であった(≦10%、
図7参照)。変換されたαGlc1-Pに基づいて、Fru1-Pは収率70%(14mM)で得られた。残りの生成物はFru6-P(4mM)及びGlc6-P(0.5mM)であった。Fru1-Pの合成のためのFruの生体触媒リン酸化の最適化の次のステップにおいて、初期のαGlc1-P濃度が増加することは興味深い。Fru6-PとGlc6-Pとの生成物混合物からのFru1-Pの捕捉が確かに可能になるように、ホスホ糖のクロマトグラフィー分離のための効率的な方法論が開発された(70、71)。あるいは、一次加水分解性ホスファターゼ(72)を使用した糖6-リン酸の選択的加水分解が有用であり得る。
【0083】
特定のホスファターゼにおけるホスホリルトランスフェラーゼ活性の早期発見(36)に続いて、最近の研究により、異なる糖リン酸の調製における生体触媒トランスリン酸化反応の合成有用性が実証された。クラスA非特異的酸性ホスファターゼファミリー由来の細菌性ホスファターゼがほとんどの場合は使用され、フレキシネル赤痢菌(Shigella flexneri)(37、73)、サルモネラ菌(Salmonella enterica)(73)及びモルガン菌(Morgenella morganii)(74)は、この酵素の目立った供給源であった。Weverらの重要な論文は、フレキシネル赤痢菌(37)由来の酸性ホスファターゼを使用して、ピロリン酸供与基質からの一連のアルドヘキソース、アルドペントース、及びケトヘキソース受容体のリン酸化を示した。供与体及び受容体を各100mM使用して、リン酸化生成物の収率は典型的には15%以下であったが、それよりかなり高い収率で得られたGlc及び5-チオ-D-グルコースの6-リン酸は例外であった。興味深いことに、Fruは、赤痢菌ホスファターゼ(5%リン酸化収率)のかなり劣った受容体基質であったが、α-Glc1-Pホスファターゼ及び以前に使用されたトランスリン酸化触媒の受容体基質特異性に有用な相補性を示唆している。更に、非特異的酸性ホスファターゼはpH4.0で使用したが、α-Glc1-Pホスファターゼも中性のpH範囲で適用することができる。アルドヘキソース受容体(例えば、Glc、D-マンノース、D-ガラクトース)を使用して、van Herkら(37)により、100mMのピロリン酸から得られたリン酸化生成物の最大濃度は使用した受容体濃度に強く依存していたことが示されたが、これは長い反応時間での二次加水分解の顕著な効果のために異なる速度論的最適を経た。Glc6-Pは例外であり、これは速度論的に安定なトランスリン酸化生成物として得られた。FruのαGlc1-Pホスファターゼ触媒リン酸化の間に、二次加水分解による問題に遭遇しなかった。しかしながら、Glc6-Pは加水分解された。最終的に、ピロリン酸は、一般に、酵素的トランスリン酸化のための非常に好都合なホスホリル供与体基質と見なされるが、これは加水分解の非存在下でさえ見落とされてはならず、ピロリン酸の変換は、ホスファターゼを阻害することができる無機リン酸の放出をもたらす(40)。専用のα-Glc1-Pホスファターゼと組み合わされたα-Glc1-Pの使用は、ホスファターゼ触媒によるトランスリン酸化反応における、リン酸による生成物阻害の影響を最小化するのに役立つ可能性がある。大腸菌α-Glc1-Pホスファターゼ由来の酵素は、このタイプの形質転換のための強力な生体触媒である。
【0084】
[実施例4]
ホスホリラーゼ-ホスファターゼ生体触媒を使用したリン酸化
ホスホリラーゼ-ホスファターゼ生体触媒による
図9に示すような同時及び逐次の2段階転換により、反応に適用されたリン酸に基づいて、典型的に70%以上の優れた収率でα-アルドース1-リン酸及びケトース1-リン酸生成物を得た。スクロースからのグルコシル化は、その後のホスホリル転移のためにリン酸を活性化する際に、熱力学的に効率的であった(〜80%収率)。適した濃度のヘキソース/ケトース受容体を使用することで、α-D-グルコース1-リン酸のホスファターゼ触媒加水分解が強く抑制された。
【0085】
グルコース-1-ホスファターゼによってリン酸化された受容体基質を
図10に示す。αGlc1-P消費速度(r
s)とリン酸放出速度(r
p)との比を各受容体について決定した。D-グルクロン酸及びD-ガラクトサミンは、グルコース-1-ホスファターゼによってリン酸化されなかった。生成物の収率は、それぞれN-アセチルD-グルコサミン(GlcNAc)38%、D-グルコサミン(D-GlcN)81%、D-キシロース(D-Xyl)69%、L-アラビノース(L-Ara)86%、D-キシリトール(D-Xol)89%及びL-フコース(L-Fuc)75%を除いて、変換>90%で決定した。優勢な生成物がC6-OHでリン酸化された(
*)D-グルコサミンを除いて、全ての受容体は、C1-OH位でリン酸化される。明るい灰色のバーはr
S/r
P比を示し、暗い灰色のバーは生成物の収率を示す。反応物は、20mMのαGlc1-P及び200mMの受容体を含有していた。
【0086】
NMRデータは、アルドース糖が、6-OHでリン酸化されるD-グルコサミンを除いて、α-配置のグリコシル-リン酸生成物を与えることを示す。L-ソルボースは1-OHでリン酸化され、D-フルクトースは、いくらかの6-リン酸も合成されるが、主に1-リン酸生成物を与える。糖アルコールはおそらく一級OHでリン酸化されるが、これらの場合には生成物が何かについては決定されなかった。
【0087】
図11は、受容体と供与体との比に対するD-マンノース1-Pの収率の依存性を示す。独立した反応設定において、D-グルコース1-リン酸濃度(50mM、160mM、400mM、500mM及び1M)並びにグルコース-1-ホスファターゼ濃度(0.3μM、1.3μM、1.7μM及び3.3μM)は変化したが、D-マンノース(1M)濃度は一定のままであった。約200〜400mMの濃度のリン酸化生成物(ここではα-Man1-P)を得ることができる。収率は良好であり(≧50%)、大過剰の受容体基質を使用する必要はない。
【0088】
同時反応様式で操作されるワンポット、2段階カスケード反応、及び逐次反応様式で操作されるワンポット、2段階カスケード反応を実施した。同時様式で操作されるワンポット、2段階反応のために、開始時に、基質(100mMのスクロース、100mMのリン酸
*、800mMのD-マンノース)及び酵素(1.3μMのSPase、0.1μMのαG1Pase)を同時に添加する。逐次様式では、第1段階で、スクロース及びリン酸(各200mM)をSPase(1.3μMのSPase)によって触媒されるD-グルコース1-リン酸及びD-フルクトースへ変換し、第2段階で、αG1Pase(0.1μM)によりD-グルコース1-リン酸及びD-マンノース(終濃度800mM)をD-マンノース1-リン酸及び副生成物へ変換する。結果を、
図12に示す。
【0089】
[参考文献]