【課題を解決するための手段】
【0009】
固体高分子形燃料電池の空気極用において、触媒活性を左右する問題として、反応ガスである酸素の吸着エネルギーの強さが挙げられる。空気極における酸素分子の4電子還元反応を効果的に進行させるためには、酸素ガスの吸着・脱離が適切に生じていることが必要であるので、吸着エネルギーを適切にすることが好ましいと考えられる。本発明者等は、触媒金属の酸素ガスに対する吸着エネルギーを好適に調節するため、Pt−Co触媒に各種の金属を添加した3元系触媒を試作しその活性を検討するスクリーニング試験を行った。そして、この予備的な試験から、白金、コバルト共に、ジルコニウム(Zr)を担持し合金化した触媒において、初期活性と耐久性を向上させることができるとして本発明に想到した。
【0010】
即ち、本発明は、触媒金属として白金、コバルト、ジルコニウムが炭素粉末担体上に担持されてなる固体高分子形燃料電池用触媒であって、前記炭素粉末担体上の白金、コバルト、ジルコニウムの担持量の比率が、モル比でPt:Co:Zr=3:0.5〜1.5:0.1〜3.0であることを特徴とする固体高分子形燃料電池用触媒である。
【0011】
以下、本発明についてより詳細に説明する。上記の通り、本発明に係る触媒は、触媒金属が白金、コバルト、ジルコニウムで構成され、白金に対する添加元素であるコバルト、ジルコニウムの構成比を一定の範囲内に制限することを特徴とする。
【0012】
担体上に担持された触媒金属について、白金、コバルト、ジルコニウムの構成比を、Pt:Co:Zr=3:0.5〜1.5:0.1〜3.0とするのは、本発明の触媒に対し、従来技術であるPt−Co触媒以上の初期活性を発揮させるためである。本発明者等の検討によれば、Pt−Co触媒に第3の触媒金属としてジルコニウムを添加し、合金化することで、触媒金属粒子の主成分となる白金の酸素分子の吸着エネルギーが最適化され、酸素分子の4電子還元機能を向上させることができる。これにより、触媒の初期活性は従来技術以上となり、耐久性も向上する。そのため、ジルコニウムはある程度の添加が要求される一方、過剰添加すると却って活性を低下させる。上記の白金、コバルト、ジルコニウムの構成比は、この作用を考慮して画定されたものである。そして、耐久性向上の観点から白金、コバルト、ジルコニウムの構成比のより好ましい範囲は、Pt:Co:Zr=3:0.5〜1.5:0.2〜1.8である。
【0013】
そして、本発明において、好適な触媒活性及び耐久性を発揮するためには、特性向上に寄与する金属相を含みつつ、触媒活性に寄与しない金属相が抑制されることが好ましい。この観点に立つとき、本発明に係る触媒においては、白金、コバルト、ジルコニウムの各金属が適切に合金化した合金相(Pt−Co−Zr合金相)が発達したものが好ましい。
【0014】
本発明者等によれば、このPt−Co−Zr合金相が適切に発達した触媒ついては、X線回折分析により得られるプロファイルにおいて、Pt
3Co合金に帰属する回折ピークのピーク位置がZrの合金化によってシフトする。具体的には、Pt
3Coのピーク位置は、2θ=40.0°以上42.0°以下でありの領域で現れる。ここで、Zrの合金化のないPt−Co触媒のPt
3Coのピーク位置は、2θ=約40.8°近傍に発現するのが一般的である。そして、本発明のPt−Co触媒にZrを合金化することで、Pt
3Coのピークは高角度側にシフトする。このシフト量は、合金化の程度、つまり、ZrがPt
3Co相に侵入しPt−Co−Zr合金相となる程度によって大きくなる。本発明者等の検討では、好適な触媒金属を形成した状態として、Pt
3Coのピークが0.3°以上シフトし、2θ=41.10°以上42.00°以下の範囲内にピークがある状態が好ましい。そして、2θ=41.10°以上41.50°以下の範囲内にピーク位置がある状態がより好ましい。
【0015】
一方、本発明において生成するおそれのある、触媒活性に効果のない相としては、ZrO
2の単一相が挙げられる。ZrO
2は酸化物であり低電子伝導率であるため、多量に存在した場合、燃料電池電極反応における電子移動を阻害するからである。本発明においては、触媒粒子についてのX線回折分析による回折パターンにおいて、2θ=28.0°以上28.4°以下の領域で現れるZrO
2のピーク強度(I
o)と、上記した、2θ=40.0°以上42.0°以下の領域で現れるPt
3Coのピーク強度(I
a)との比(I
o/I
a)が1.3以下であるものが好ましい。ZrO
2のピーク強度比が1.3以下となる触媒では、ZrO
2の単一相の生成も少なく、燃料電池電極反応に対する影響も無視できる程度となるからである。
【0016】
以上のようにPt
3Co相(Pt−Co−Zr合金相)、ZrO
2相の状態や生成量を規定するためにX線回折分析の結果を用いるのは、X線回折分析は比較的簡易な分析方法でありながら、触媒金属の状態を正確に測ることができ、適切な基準ピークの設定により定量性も有するからである。尚、本発明における上記各合金相、酸化物相のピーク位置等は、CuKα線を用いたXRD測定の結果に基づくものである。
【0017】
以上説明した、白金、コバルト及びジルコニウムの構成比の設定、並びに、触媒金属となる合金相の規定により初期活性に優れたPt−Co−Zr3元系触媒を得ることができる。
【0018】
そして、本発明においては、触媒金属の表面のコバルト濃度及びジルコニウム濃度が、中心部のコバルト濃度及びジルコニウム濃度よりも低いことが好ましい。このようにすることで、耐久性を更に向上させることができる。
【0019】
本発明者等によれば、Pt合金を触媒金属とした触媒で劣化が生じる要因としては、添加金属(コバルト、ジルコニウム)が触媒金属から電気化学的に溶解することが挙げられる。このような電気化学的溶解が生じると、触媒金属内部でコバルト、ジルコニウムが粒子表面へと拡散しつつ溶解し、触媒金属中のコバルト、ジルコニウムの構成比の変動が生じる。このような触媒金属の構成変動によって、耐久性の低下が懸念される。
【0020】
そこで、予め、触媒金属について、その表面の白金濃度が高い状態、いわばコア/シェル構造の状態とすることで、触媒金属表面を電気化学的に強化し、活性低下を抑制することができる。この触媒金属表面についてのコバルト濃度及びジルコニウム濃度の低減(触媒金属表面についての白金濃度の富化)は、必ずしも表面を純白金にすることを要求するものではなく、触媒金属の表面と中心部との間に、コバルト濃度及びジルコニウム濃度の濃度差が生じていれば良い。
【0021】
また、触媒金属は、平均粒径2〜20nmの粒子が好ましい。2nm未満の粒子は長時間の活性持続特性が明確に得られなくなるからであり、20nmを超える粒子となると触媒の初期活性が十分に得られなくなるからである。また、担体である炭素粉末は、比表面積が50〜1200m
2/gの炭素粉末を適用するのが好ましい。50m
2/g以上とすることで、触媒が付着する面積を増加させることができるので触媒金属を高い状態で分散させ有効表面積を高くすることができる一方、1200m
2/gを超えると、電極を形成する際にイオン交換樹脂の浸入しにくい超微細孔(約20Å未満)の存在割合が高くなり触媒金属の利用効率が低くなるからである。
【0022】
尚、本発明に係る触媒は、固体高分子形燃料電池の電極としての性能を考慮し、触媒金属の担持密度を30〜70質量%とするのが好ましい。ここでの触媒金属の担持密度とは、担体に担持させる触媒金属質量(担持させた白金、コバルト、ジルコニウムの合計質量)の触媒全体の質量に対する比をいう。
【0023】
次に、本発明に係る固体高分子形燃料電池の触媒の製造方法について説明する。本発明に係る触媒の製造にあたっては、基本的工程は一般的な合金触媒の製造方法に準じ、担体に触媒金属となる金属を担持し、適宜に乾燥した後に熱処理を行い担持した金属の合金化を行う。
【0024】
この触媒金属中の合金相の調整について、本発明では、触媒金属の担持工程において、まず、白金のみが担持された触媒を用意し、これにコバルト及びジルコニウムを担持することを必須とする。触媒金属の担持には、構成金属を担体に同時に担持することが一般的でありまた効率的でもある。しかし、白金、コバルト、ジルコニウムは、それぞれ、前駆体(金属塩中の金属イオン)から金属粒子を形成させるための最適条件が異なる。そのため、同時に担持する場合には、得られる触媒中の白金:コバルト:ジルコニウムの比率の制御が困難という問題がある。そこで、まず、白金触媒を用意し、この白金触媒を前駆体としてコバルト及びジルコニウムを担持することで、白金:コバルト:ジルコニウムの比率が正確に制御された触媒を得ることができる。
【0025】
白金触媒の準備については、従来の白金触媒の製造方法によるものを用意すれば良い。市販の白金触媒を利用しても良い。通常、白金触媒は炭素粉末担体に白金塩溶液を接触(含浸、滴下)させた後、還元処理して白金粒子を形成して製造される。尚、本発明に係る触媒の前駆体となる白金触媒については、担体上に白金が微細分散した状態にあることが好ましい。その様な、好適な分散状態の白金触媒を得るため、担体に白金塩溶液を接触させる際に、白金塩溶液と炭素粉末担体とを粉砕しつつ混合することが好ましい。
【0026】
白金触媒へのコバルト及びジルコニウムの担持も、それ自体は一般的な触媒金属の担持方法によることができる。白金触媒にコバルト及びジルコニウムの金属塩溶液を接触させ、還元処理して白金粒子の近傍に金属状態のコバルト及びジルコニウムを析出させる。コバルトの金属塩溶液としては塩化コバルト6水和物、硝酸コバルト、酢酸コバルト4水和物等が使用でき、ジルコニウムの金属塩溶液としては硫酸ジルコニウム水和物、オキシ硝酸ジルコニウム(水和物)、塩化ジルコニル、酢酸ジルコニウム等が使用できる。このときの白金触媒とコバルト、ジルコニウム金属溶液の接触の順序は、特に限定されることはなく、いずれかの金属塩溶液を先に接触させても良いし、コバルト、ジルコニウムの金属塩溶液の混合液と白金触媒とを接触させても良い。
【0027】
コバルト及びジルコニウムの担持量は、白金触媒の白金の担持量を考慮しつつ、コバルト及びジルコニウムの金属塩溶液の濃度によって調整できる。尚、比率の調整は、後述する酸処理を行うことを考慮し、コバルト及びジルコニウムの担持量を、設定した構成比よりも高めになるように設定することが好ましい。具体的には、設定した構成比に対して、コバルトでは1.5〜3倍程度、ジルコニウムでは1.5〜3倍程度となるように担持量を上乗せすると良い。
【0028】
白金触媒へのコバルト及びジルコニウムの担持後は、必要に応じて乾燥処理を行った後、熱処理して各金属を合金化する。ここで合金化のための熱処理温度は900℃以上1200℃以下とする。900℃未満の熱処理では合金化、特に、Pt、Co、Zrの合金相の形成が不十分であり活性に乏しい触媒となる。また、熱処理温度は高いほど3元合金の形成が進行しやすくなるが、1200℃を超える熱処理は、触媒金属の粗大化が懸念されること、及び、設備的にも困難となることからこれを上限とした。この熱処理は非酸化性雰囲気で行うのが好ましく、特に還元雰囲気(水素ガス雰囲気等)で行うのが好ましい。
【0029】
そして、本発明では、上記熱処理工程を経た触媒について、少なくとも1回酸化性溶液に接触させる。これにより、触媒金属表面のコバルト及びジルコニウムを溶出させ、表面のみコバルト及びジルコニウムの濃度を下げて耐久性が更に向上した触媒とすることができる。この酸化性溶液としては、硫酸、硝酸、亜リン酸、過ジルコニウム酸カリウム、過酸化水素、塩酸、塩素酸、次亜塩素酸、クロム酸等の溶液が好ましい。これらの酸化性溶液の濃度は、0.1〜1mol/Lとするのが好ましく、溶液に触媒を浸漬するのが好ましい。
【0030】
酸化性溶液処理の条件としては、接触時間は、1〜10時間が好ましく、処理温度は、40〜90℃が好ましい。尚、酸化性溶液処理は、触媒を酸化性溶液に1回接触させる場合のみならず、複数回繰り返し行っても良い。また、複数回の酸処理を行う場合には、処理ごとに溶液の種類を変更しても良い。