特許第6749097号(P6749097)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6749097タンパク質の異化軽減または同化促進のための剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6749097
(24)【登録日】2020年8月13日
(45)【発行日】2020年9月2日
(54)【発明の名称】タンパク質の異化軽減または同化促進のための剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/00 20060101AFI20200824BHJP
   A23L 33/00 20160101ALI20200824BHJP
   A61K 31/07 20060101ALI20200824BHJP
   A61K 31/51 20060101ALI20200824BHJP
   A61K 31/592 20060101ALI20200824BHJP
   A61K 31/593 20060101ALI20200824BHJP
   A61K 31/70 20060101ALI20200824BHJP
   A61K 33/00 20060101ALI20200824BHJP
   A61K 33/06 20060101ALI20200824BHJP
   A61K 33/26 20060101ALI20200824BHJP
   A61K 33/30 20060101ALI20200824BHJP
   A61K 33/42 20060101ALI20200824BHJP
   A61P 3/02 20060101ALI20200824BHJP
   A61P 13/12 20060101ALI20200824BHJP
【FI】
   A61K38/00
   A23L33/00
   A61K31/07
   A61K31/51
   A61K31/592
   A61K31/593
   A61K31/70
   A61K33/00
   A61K33/06
   A61K33/26
   A61K33/30
   A61K33/42
   A61P3/02
   A61P13/12
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-536619(P2015-536619)
(86)(22)【出願日】2014年9月11日
(86)【国際出願番号】JP2014074051
(87)【国際公開番号】WO2015037655
(87)【国際公開日】20150319
【審査請求日】2017年8月23日
【審判番号】不服2019-7726(P2019-7726/J1)
【審判請求日】2019年6月11日
(31)【優先権主張番号】特願2013-190099(P2013-190099)
(32)【優先日】2013年9月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(73)【特許権者】
【識別番号】505457994
【氏名又は名称】学校法人東京医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100103539
【弁理士】
【氏名又は名称】衡田 直行
(72)【発明者】
【氏名】中尾 俊之
(72)【発明者】
【氏名】粂 晃智
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 一
【合議体】
【審判長】 岡崎 美穂
【審判官】 西村 亜希子
【審判官】 齋藤 恵
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2010/064714(WO,A1)
【文献】 特開平10−066541(JP,A)
【文献】 日本透析医学界雑誌,2005年,Vol.38,Supplement 1,p.1040 P−4179
【文献】 静脈経腸栄養年鑑2011,2011年,p.67,p.107
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00-38/58
A23L
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳タンパク質、脂質、糖質、ミネラル、ビタミンおよび水を含む、流動食として摂取可能なタンパク質の異化軽減または同化促進のための剤であって、
エネルギー100kcal当たり、乳タンパク質の量が0.5〜5g、脂質の量が1〜5g、糖質の量が10〜20g、リンの量が10〜50mg、ナトリウムの量が10〜100mg、カリウムの量が5〜50mg、カルシウムの量が10〜50mg、マグネシウムの量が5〜30mg、鉄の量が0.2〜2mg、亜鉛の量が0.2〜2mg、ビタミンAの量が10〜100μgRE、ビタミンDの量が0.05〜0.5μg、ビタミンB1の量が0.05〜0.2mgであり、
1ミリリットル当たりのエネルギーが1〜2kcalであり、
上記剤の摂取時から3時間後の動脈血中のアミノ酸濃度の値から、非摂取状態における動脈血中のアミノ酸濃度の値を差し引いて得られる値が、0以上になる透析患者に経口投与するための剤であることを特徴とするタンパク質の異化軽減または同化促進のための剤。
【請求項2】
上記タンパク質の異化軽減または同化促進は、以下の数値dがマイナスとなるものである請求項1に記載のタンパク質の異化軽減または同化促進のための剤。
数値b=「上記剤を摂取した場合の静脈血中の各アミノ酸の濃度」−「上記剤を摂取した場合の動脈血中の各アミノ酸の濃度」
数値c=「上記剤を摂取しない場合の静脈血中の各アミノ酸の濃度」−「上記剤を摂取しない場合の動脈血中の各アミノ酸の濃度」
数値d=数値b−数値c
【請求項3】
1回投与分の容量が、100〜300ミリリットルである、請求項1または2に記載のタンパク質の異化軽減または同化促進のための剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質の異化軽減または同化促進のための剤に関する。
【背景技術】
【0002】
腎臓病の治療のために人工透析療法を受けている患者(以下、透析患者という。)にとって、蛋白・エネルギー栄養障害(PEW;protein−energy wasting)が起きているか否かは、重要な問題である。
ここで、蛋白・エネルギー栄養障害(PEW)とは、タンパク質およびエネルギーが不足する状態をいう。蛋白・エネルギー栄養障害(PEW)は、骨格筋や血清などにおけるタンパク質の減少を伴うものであって、手術後や病気の発症後の患者の状態を把握するための重要な因子である。
透析患者における蛋白・エネルギー栄養障害(PEW)などの原因として、食欲の低下によるタンパク質の摂取の不足およびエネルギーの不足や、人工透析療法におけるアミノ酸およびタンパク質の喪失(透析液中への排出)や、筋タンパク質の異化(分解)亢進、骨格筋などの炎症等が挙げられる。
【0003】
筋タンパク質の異化(分解)の軽減または同化(生成)の促進は、筋肉の減少による体力の消耗を抑制する点で、タンパク質や水分などの摂取量を制限されている透析患者などの病人にとって、有益である。
従来、タンパク質の異化の軽減などのための種々の方法が知られている。
例えば、特許文献1に、インスリン抵抗性を患う対象の処置の為の医薬の製造において、タンパク性物質を含む組成物を使用する方法であって、該タンパク性物質が該組成物のエネルギー値の少なくとも24.0%を与え、かつ、タンパク性物質に基づき少なくとも12重量%のロイシンを与える、上記方法が記載されている。
【0004】
また、特許文献2に、個体における筋肉損失を治療する方法であって、分岐鎖アミノ酸(BCAA)、BCAA前駆体、BCAA代謝物、BCAAリッチタンパク質、またはBCAA含量が増加するように操作されたタンパク質、の少なくとも1種の有効量を個体に投与するステップを含み、BCAA、BCAA前駆体、BCAA代謝物、BCAAリッチタンパク質、およびBCAA含量が増加するように操作されたタンパク質、の少なくとも1種がタンパク質の異化に拮抗する方法が記載されている。
さらに、特許文献3に、動物における激しい身体活動からの回復に影響を及ぼすのに適した組成物であって、約4%〜6%の容易に吸収可能な炭水化物、約10%〜30%のマルトデキストリン、および約20%〜50%のデンプン、合計で約40%〜80%の炭水化物、並びに約20%〜約40%のタンパク質を含む組成物が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2009−511576号公報
【特許文献2】特表2009−517473号公報
【特許文献3】特表2011−511070号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述の特許文献1〜3に記載された技術は、いずれも、人体を対象にした試験によって、その効果が実証されたものではない。
本発明は、人体におけるタンパク質の異化の軽減または同化の促進によって、透析患者などの栄養障害またはその可能性のある者における筋肉の減少を抑制または予防することができる剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、エネルギー100kcal当たり、タンパク質の量が0.5〜5g、リンの量が10〜50mg、ナトリウムの量が10〜100mg、カリウムの量が5〜50mgである剤によれば、人体におけるタンパク質の異化の軽減または同化の促進の作用が発揮され、筋肉の減少による体力の消耗を抑制または予防しうることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
本発明は、以下の[1]〜[12]を提供するものである。
[1] エネルギー100kcal当たり、タンパク質の量が0.5〜5g、リンの量が10〜50mg、ナトリウムの量が10〜100mg、カリウムの量が5〜50mgであることを特徴とするタンパク質の異化軽減または同化促進のための剤。
[2] タンパク質、脂質、糖質、ミネラルおよび水を含む、流動食として摂取可能なタンパク質の異化軽減または同化促進のための剤であって、エネルギー100kcal当たり、タンパク質の量が0.5〜5g、脂質の量が1〜5g、糖質の量が10〜20g、リンの量が10〜50mg、ナトリウムの量が10〜100mg、カリウムの量が5〜50mgであり、1ミリリットル当たりのエネルギーが1〜2kcalであることを特徴とするタンパク質の異化軽減または同化促進のための剤。
[3] ビタミンを含み、かつ、エネルギー100kcal当たり、カルシウムの量が10〜50mg、マグネシウムの量が5〜30mg、鉄の量が0.2〜2mg、亜鉛の量が0.2〜2mg、ビタミンAの量が10〜100μgRE、ビタミンDの量が0.1〜0.5μgである、上記[1]または[2]に記載のタンパク質の異化軽減または同化促進のための剤。
[4] 1回投与分の容量が、100〜300ミリリットルである、上記[1]〜[3]のいずれか1項に記載のタンパク質の異化軽減または同化促進のための剤。
[5] 透析患者に用いるための、上記[1]〜[4]のいずれかに記載のタンパク質の異化軽減または同化促進のための剤。
【0009】
[6] 上記タンパク質の異化軽減または同化促進のための剤は、該剤の摂取時から3時間後の動脈血中のアミノ酸濃度の値から、非摂取状態における動脈血中のアミノ酸濃度の値を差し引いて得られる値が、0以上になる者に経口投与するためのものである、上記[1]〜[5]のいずれかに記載のタンパク質の異化軽減または同化促進のための剤。
[7] エネルギー100kcal当たり、タンパク質の量が0.5〜5g、リンの量が10〜50mg、ナトリウムの量が10〜100mg、カリウムの量が5〜50mgである剤の、タンパク質の異化軽減または同化促進のための使用。
[8] タンパク質、脂質、糖質、ミネラルおよび水を含む、流動食として摂取可能な剤であって、エネルギー100kcal当たり、タンパク質の量が0.5〜5g、脂質の量が1〜5g、糖質の量が10〜20g、リンの量が10〜50mg、ナトリウムの量が10〜100mg、カリウムの量が5〜50mgであり、1ミリリットル当たりのエネルギーが1〜2kcalである剤の、タンパク質の異化軽減または同化促進のための使用。
[9] ビタミンを含み、かつ、エネルギー100kcal当たり、カルシウムの量が10〜50mg、マグネシウムの量が5〜30mg、鉄の量が0.2〜2mg、亜鉛の量が0.2〜2mg、ビタミンAの量が10〜100μgRE、ビタミンDの量が0.1〜0.5μgである上記[7]または[8]に記載の剤の、タンパク質の異化軽減または同化促進のための使用。
[10] 1回投与分の容量が、100〜300ミリリットルである、上記[7]〜[9]のいずれかに記載の剤の使用。
[11] 透析患者のための、上記[7]〜[10]のいずれかに記載の剤の使用。
[12] 上記剤の使用は、該剤の摂取時から3時間後の動脈血中のアミノ酸濃度の値から、非摂取状態における動脈血中のアミノ酸濃度の値を差し引いて得られる値が、0以上になる者に経口投与するための使用である、上記[7]〜[11]のいずれかに記載の剤の使用。
【発明の効果】
【0010】
本発明のタンパク質の異化軽減または同化促進のための剤(以下、本発明の剤ともいう。)によれば、人体におけるタンパク質の異化の軽減または同化の促進によって、透析患者などの栄養障害またはその可能性のある者における筋肉の減少を抑制または予防することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のタンパク質の異化軽減または同化促進のための剤は、エネルギー100kcal当たり、タンパク質の量が0.5〜5g、リンの量が10〜50mg、ナトリウムの量が10〜40mg、カリウムの量が5〜50mgのものである。
これらタンパク質などの量について、以下、詳しく説明する。
タンパク質の量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、0.5〜5g、好ましくは1〜5g、より好ましくは2〜4.5g、特に好ましくは3〜4gである。該量が0.5g未満では、摂取者に対して十分な量のタンパク質を与えることが困難である。該量が5gを超えると、摂取者が、透析患者等のタンパク質の摂取量を制限されている者である場合に、タンパク質の量が過大になり、摂取者の腎臓機能等の改善の程度が低くなる可能性がある。
【0012】
リン(P)の量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、10〜50mg、好ましくは20〜50mg、より好ましくは25〜45mg、特に好ましくは30〜40mgである。該量が10mg未満では、摂取者に対して十分な量のリンを与えることが困難である。該量が50mgを超えると、摂取者が、透析患者等のリンの摂取量を制限されている者である場合に、リンの量が過大になり、摂取者の腎臓機能等の改善の程度が低くなる可能性がある。
ナトリウム(Na)の量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、10〜100mg、好ましくは20〜90mg、より好ましくは30〜80mg、特に好ましくは40〜80mgである。該量が10mg未満では、摂取者に対して十分な量のナトリウムを与えることが困難である。該量が100mgを超えると、摂取者が、透析患者等のナトリウムの摂取量を制限されている者である場合に、ナトリウムの量が過大になり、摂取者の腎臓機能等の改善の程度が低くなる可能性がある。
【0013】
カリウム(K)の量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、5〜50mg、好ましくは10〜45mg、より好ましくは15〜40mg、特に好ましくは20〜40mgである。該量が5mg未満では、摂取者に対して十分な量のカリウムを与えることが困難である。該量が100mgを超えると、摂取者が、透析患者等のカリウムの摂取量を制限されている者である場合に、カリウムの量が過大になり、摂取者の腎臓機能等の改善の程度が低くなる可能性がある。
本発明においては、エネルギー100kcal当たりのタンパク質、リン、ナトリウム、カリウムの各量が上述の範囲内であることによって、タンパク質の異化軽減または同化促進の効果を得ることができる。
【0014】
本発明の剤は、タンパク質、リン、ナトリウムおよびカリウムに加えて、脂質、糖質、他のミネラル(リン、ナトリウム、カリウム以外のもの)、ビタミンおよび水を含むことができる。この場合、本発明の剤は、水を含むため、流動食として経口摂取することができる。
脂質の好ましい例としては、中鎖脂肪酸トリグリセライドなどが挙げられる。
脂質の量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、好ましくは1〜5g、より好ましくは1.5〜4.5g、特に好ましくは2〜4gである。該量が1g未満では、摂取者に対して十分な量の脂質を与えることが困難である。該量が5gを超えると、脂質の量が過大になり、摂取者に必要な栄養のバランスが悪くなることがある。
糖質の好ましい例としては、可溶性多糖類(例えば、デキストリン、オリゴ糖など)が挙げられる。
糖質の量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、好ましくは10〜20g、より好ましくは12〜18g、特に好ましくは14〜17gである。該量が10g未満では、摂取者に対して十分な量の糖質を与えることが困難である。該量が20gを超えると、糖質の量が過大になり、摂取者に必要な栄養のバランスが悪くなることがある。
【0015】
他のミネラル(リン、ナトリウム、カリウム以外のもの)としては、カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛等が挙げられる。
カルシウム(Ca)の量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、好ましくは10〜50mg、より好ましくは15〜45mg、特に好ましくは20〜40mgである。該量が10mg未満では、摂取者に対して十分な量のカルシウムを与えることが困難である。該量が50mgを超えると、カルシウムの量が過大になり、摂取者に必要な栄養のバランスが悪くなることがある。
マグネシウム(Mg)の量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、好ましくは5〜30mg、より好ましくは5〜25mg、特に好ましくは10〜20mgである。該量が5mg未満では、摂取者に対して十分な量のマグネシウムを与えることが困難である。該量が30mgを超えると、マグネシウムの量が過大になり、摂取者に必要な栄養のバランスが悪くなることがあるばかりか、マグネシウムの摂取量が制限される腎不全患者等にとって、腎臓機能等の改善の程度が低くなる可能性がある。
【0016】
鉄(Fe)の量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、好ましくは0.2〜2mg、より好ましくは0.4〜1.5mg、特に好ましくは0.6〜1.2mgである。該量が0.2mg未満では、摂取者に対して十分な量の鉄分を与えることが困難である。該量が2mgを超えると、鉄分の量が過大になり、摂取者に必要な栄養のバランスが悪くなることがある。
亜鉛の量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、好ましくは0.2〜2mg、より好ましくは0.3〜1.5mg、特に好ましくは0.5〜1.2mgである。該量が0.2mg未満では、摂取者に対して十分な量の亜鉛を与えることが困難である。該量が2mgを超えると、亜鉛の量が過大になり、摂取者に必要な栄養のバランスが悪くなることがある。
【0017】
ビタミンとしては、ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンC等が挙げられる。
ビタミンAの量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、好ましくは10〜100μgRE(レチノール当量)、より好ましくは20〜80μgRE、特に好ましくは40〜80μgREである。該量が10μgRE未満では、摂取者に対して十分な量のビタミンAを与えることが困難である。該量が100μgREを超えると、ビタミンAの摂取量が制限される腎不全患者等にとって、腎臓機能等の改善の程度が低くなる可能性がある。
ビタミンDの量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、好ましくは0.05〜0.5μg、より好ましくは0.05〜0.3μg、特に好ましくは0.1〜0.2μgである。該量が0.05μg未満では、摂取者に対して十分な量のビタミンDを与えることが困難である。該量が0.5μgを超えると、ビタミンDの摂取量が制限される腎不全患者等にとって、腎臓機能等の改善の程度が低くなる可能性がある。
【0018】
ビタミンE、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンC等は、人体に必要な通常の量を参考にして、適宜、配合すればよい。
ビタミンEの量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、通常、0.5〜2mgである。
ビタミンB1の量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、通常、0.05〜0.2mgである。
ビタミンB2の量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、通常、0.05〜0.2mgである。
ビタミンCの量は、本発明の剤のエネルギー100kcal当たり、通常、2〜10mgである。
本発明においては、固形分を構成する成分として、必要に応じて、食物繊維、甘味料(例えば、パラチノースなど)、乳化剤などをさらに配合することができる。
【0019】
水の量は、本発明の剤の容量1ミリリットル当たりのエネルギーが、好ましくは1〜2kcal、より好ましくは1.2〜1.9kcal、特に好ましくは1.4〜1.8kcalになるような量である。該値が1kcal未満では、水分の摂取量が制限される腎不全患者等にとって、腎臓の負担が大きくなり、病状の改善のために好ましくないことがある。該値が2kcalを超えると、水分の摂取量が制限される腎不全患者等にとっても、水分の量が過小になり、身体機能を良好に維持することが困難になる可能性がある。
【0020】
本発明の好ましい実施形態の一例として、タンパク質、脂質、糖質、ミネラルおよび水を含む剤であって、該剤のエネルギー100kcal当たり、タンパク質の量が0.5〜5g、脂質の量が1〜5g、糖質の量が10〜20g、リンの量が10〜50mg、ナトリウムの量が10〜100mg、カリウムの量が5〜50mgであり、1ミリリットル当たりのエネルギーが1〜2kcalである剤が挙げられる。
この例において、該剤のエネルギー100kcal当たり、カルシウムの量が10〜50mg、マグネシウムの量が5〜30mg、鉄の量が0.2〜2mg、亜鉛の量が0.2〜2mg、ビタミンAの量が10〜100μgRE、ビタミンDの量が0.1〜0.5μgであるものが、より好ましい。
これらの好ましい実施形態例によれば、タンパク質の異化軽減または同化促進の効果を、より高めることができる。
【0021】
本発明の剤の1回投与分の容量(1回の投与毎の用量)は、好ましくは100〜300ミリリットル、より好ましくは100〜250ミリリットル、さらに好ましくは100〜200ミリリットル、特に好ましくは100〜150ミリリットル、最も好ましくは120〜130ミリリットルである。該値が100ミリリットル未満では、水分の摂取量が制限される腎不全患者等にとっても、水分の量が過小になり、身体機能を良好に維持することが困難になる可能性がある。該値が300ミリリットルを超えると、水分の摂取量が制限される腎不全患者等にとって、腎臓の負担が大きくなり、病状の改善のために好ましくないことがある。
本発明の剤は、透析患者のために好ましく使用される。
【0022】
本発明の剤は、該剤の摂取時から3時間後の動脈血中のアミノ酸濃度の値から、非摂取状態における動脈血中のアミノ酸濃度の値を差し引いて得られる値が、0以上になる者に経口投与するための剤として使用することが好ましい。
本発明の剤の使用の要否を定めるための方法として、該剤の摂取時から所定時間後(例えば、1〜5時間後)の動脈血中のアミノ酸濃度の値から、非摂取状態における動脈血中のアミノ酸濃度の値を差し引いて得られる値を求め、該値が0以上であれば、本発明の剤を使用し、該値が0未満(マイナス)であれば、本発明の剤を使用しないと決定する方法が挙げられる。
【0023】
本発明の剤は、タンパク質の異化軽減または同化促進のための剤として使用することができ、具体的には、透析患者などの栄養障害またはその可能性のある者における筋肉の減少の抑制または予防のための剤として使用することができる。なお、本発明の剤は、タンパク質の異化軽減または同化促進のための治療目的ではない剤として使用することもでき、具体的には、透析患者などの栄養障害またはその可能性のある者における筋肉の減少の抑制または予防のための治療目的ではない剤として使用することもできる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例によって、本発明を説明する。ただし、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に包含される限りにおいて、種々の実施形態を採ることができる。
【0025】
[被験者による本発明の剤の摂取および採血]
透析患者の10名を被験者として、以下の実験を行った。
被験者が朝食を摂取した後に来院し、本発明の剤に該当する「明治リーナレンMP」(商品名;株式会社 明治 製)を1本で摂取してから、3時間の透析を受けた。この3時間の透析を終了した時に、被験者から静脈血と動脈血を採血した。
別の週に、被験者が朝食を摂取した後に来院し、「明治リーナレンMP」を摂取せずに、3時間の透析を受けた。この3時間の透析を終了した時に、被験者から静脈血と動脈血を採血した。
【0026】
「明治リーナレンMP」の1本当たりの容量、エネルギーおよび主な成分は、次のとおりである。
(1)容量:125ミリリットル
(2)エネルギー:200kcal
(3)主な成分および含有量
タンパク質(乳タンパク質):7.0g
脂質(中鎖脂肪酸トリグリセライドなど):5.6g
糖質(デキストリン):29.8g
ナトリウム:120mg
カリウム:60mg
カルシウム:60mg
マグネシウム:30mg
リン:70mg
鉄:1.76mg
亜鉛:1.50mg
塩素:20mg
ビタミンA:120μgRE
ビタミンD:0.26μg
ビタミンE:2.0mg
ビタミンB1:0.20mg
ビタミンB2:0.24mg
ビタミンB6:1.26mg
ビタミンC:10.0mg
食物繊維:2.0g
水分:94.4g
【0027】
[採血した血液試料についてのアミノ酸濃度の測定]
採血した血液試料のアミノ酸濃度は、以下の方法によって測定した。
採血した後に、常法にしたがって、血液試料から血漿を分離し、この血漿を、EDTA二ナトリウムを収容した容器に入れ、測定時まで凍結保存した。測定時に容器内の内容物を解凍し、解凍後の内容物を0.5ミリリットルの容量だけ採り、除タンパク処理した後に、遠心分離処理(12,000rpm、10分間)を2回で繰り返した。上清を分取し、この上清に反応試薬(商品名:アミノタグ ワコー アミノ酸自動分析用、和光純薬工業株式会社製)を加えて、混合および加温し、目的成分である遊離アミノ酸を誘導体化した。その後、誘導体化した遊離アミノ酸を、高速液体クロマトグラフィー質量分析計(商品名:LCMS2020、株式会社島津製作所製)を用いて分析し、血液試料のアミノ酸濃度(25種類)を得た。この際、液体クロマトグラフィーのカラムとして、「イナートシル ODS−3」(商品名;寸法:φ2.1×100mm、ジーエルサイエンス株式会社製)を用いた。
【0028】
[数値a〜dの算出]
採血した血液試料のアミノ酸濃度に基いて、次の式から、数値a〜dを求めた。
数値a=「本発明の剤を摂取した場合の動脈血中の各アミノ酸の濃度」−「本発明の剤を摂取しない場合の動脈血中の各アミノ酸の濃度」
数値b=「本発明の剤を摂取した場合の静脈血中の各アミノ酸の濃度」−「本発明の剤を摂取した場合の動脈血中の各アミノ酸の濃度」
数値c=「本発明の剤を摂取しない場合の静脈血中の各アミノ酸の濃度」−「本発明の剤を摂取しない場合の動脈血中の各アミノ酸の濃度」
数値d=数値b−数値c
【0029】
数値aは、本発明の剤の投与による動脈血中の各アミノ酸の濃度の上昇の幅を示し、タンパク質の同化の促進を示唆する数値である。
数値bおよび数値cは、本発明の剤を摂取した場合(数値b)と摂取しない場合(数値c)の各々におけるタンパク質の異化の程度を示す。これらの数値がプラスであれば、タンパク質の異化が促進されていることを示し、これらの数値がマイナスであれば、タンパク質の同化が促進されている(換言すると、異化が軽減されている)ことを示す。つまり、数値b(本発明の剤を摂取した場合)を例にとると、血液は動脈から静脈へと流れるので、静脈血中のアミノ酸の濃度から、動脈血中のアミノ酸の濃度を差し引いた値が、マイナスであるということは、末梢組織(栄養供給を受ける筋肉)において、タンパク質の同化(アミノ酸からの合成)が促進されていることを示す。逆に、静脈血中のアミノ酸の濃度から、動脈血中のアミノ酸の濃度を差し引いた値が、プラスであるということは、末梢組織(栄養供給を受ける筋肉)において、タンパク質の異化(アミノ酸への分解)が促進されていることを示す。
数値dは、マイナスであれば、本発明の剤の摂取によって、タンパク質の異化の軽減(同化の促進)が生じていることを示す。
【0030】
[数値dと度数の関係]
被験者の数(10名)とアミノ酸の種類(25種類)の組み合わせは、250である。これら250の組み合わせの各々を、1つの度数として扱う。測定操作上の問題(検出感度以下)のため測定値を得ることのできなかった6つの度数を除く244の度数について、(a)すべての数値aを対象にした場合(数値aがマイナスであるかなどを問わない場合;244度数)の数値d、(b)数値aが0未満(マイナス)である場合の数値d、(c)数値aが0以上である場合の数値d、の各場合について、数値dを、10の幅を有する区分毎に分類して、これらの区分に含まれる度数を調べた。結果を表1に示す。
【0031】
【表1】
【0032】
表1中、数値aが0未満(マイナス)の場合で、数値dが0未満(マイナス)の区分に含まれる度数の合計は、32であり(表1のAの部分)、全体(112)中の割合として28.6%である。また、数値aが0未満の場合で、数値dが0以上の区分に含まれる度数の合計は、80であり(表1のBの部分)、全体(112)中の割合として71.4%である。
数値aが0以上の場合で、数値dが0未満(マイナス)の区分に含まれる度数の合計は、61であり(表1のCの部分)、全体(132)中の割合として46.2%である。また、数値aが0以上の場合で、数値dが0以上の区分に含まれる度数の合計は、71であり(表1のDの部分)、全体(132)中の割合として53.8%である。
【0033】
数値aが0未満(マイナス)の場合と、数値aが0以上の場合とで、このように数値dの分布が異なることについて、次のように考察することができる。
本発明の剤を摂取しない場合に比べて、本発明の剤を摂取した場合のほうが、動脈血中のアミノ酸の濃度が高い(換言すると、数値aがプラスである)または同等(換言すると、数値aが0である)という結果を得た被験者にとっては、本発明の剤の摂取は、タンパク質の異化の軽減(換言すると、数値dがマイナスになること)を示す頻度(可能性)を、50%近く(46.2%)まで高める。
【0034】
一方、本発明の剤を摂取しない場合に比べて、本発明の剤を摂取した場合のほうが、動脈血中のアミノ酸の濃度が低い(換言すると、数値aがマイナスである)という結果を得た被験者にとっては、本発明の剤を摂取しても、タンパク質の異化の軽減(換言すると、数値dがマイナスになること)を示す頻度(可能性)は、28.6%であり、低い。
統計学的にも、数値aによる層別化(0を境にした2区分化)と、タンパク質の異化の軽減の効果(数値dがマイナスであるか否か)の間には、有意な関連があった(mxn分割表の検定:p=0.0183)。
【0035】
したがって、本発明の剤は、該剤の摂取時から3時間後の動脈血中のアミノ酸濃度の値から、非摂取状態における動脈血中のアミノ酸濃度の値を差し引いて得られる値が、0以上になる者に経口投与する場合に、特にタンパク質の異化軽減または同化促進の優れた効果が得られることが、実際の透析患者での試験により充分に確認された。
【0036】
以上より、本発明の剤は、タンパク質の異化軽減または同化促進の優れた効果を持つことが確認された。本発明の剤は、食品として十分に摂取経験のある成分で構成されており、医薬品のみならず、食品としても提供できる。これにより、タンパク質の異化軽減または同化促進作用に基づいた、腎不全等の腎疾患を予防する作用を有する医薬品や食品を提供することもできる。