特許第6750705号(P6750705)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6750705循環冷却水用初期処理剤、及び循環冷却水系の腐食防止方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6750705
(24)【登録日】2020年8月17日
(45)【発行日】2020年9月2日
(54)【発明の名称】循環冷却水用初期処理剤、及び循環冷却水系の腐食防止方法
(51)【国際特許分類】
   C23F 11/12 20060101AFI20200824BHJP
   F28F 19/00 20060101ALI20200824BHJP
   F28F 19/02 20060101ALI20200824BHJP
【FI】
   C23F11/12 102
   F28F19/00 511A
   F28F19/02 501C
【請求項の数】8
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2019-95812(P2019-95812)
(22)【出願日】2019年5月22日
(65)【公開番号】特開2019-210545(P2019-210545A)
(43)【公開日】2019年12月12日
【審査請求日】2019年5月22日
(31)【優先権主張番号】特願2018-104013(P2018-104013)
(32)【優先日】2018年5月30日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001063
【氏名又は名称】栗田工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002620
【氏名又は名称】特許業務法人大谷特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤田 和久
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 健吾
【審査官】 祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭50−045744(JP,A)
【文献】 特開平04−166298(JP,A)
【文献】 特表2012−507628(JP,A)
【文献】 特開平10−077445(JP,A)
【文献】 特開2011−202243(JP,A)
【文献】 特開2005−220396(JP,A)
【文献】 特開2002−294471(JP,A)
【文献】 特開2013−068341(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23F 11/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
循環冷却水系の起動時に、該水系の金属部材表面に防食皮膜を形成する初期処理工程を含む循環冷却水系の腐食防止方法であって、
前記初期処理工程において、前記水系に、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を含有する循環冷却水用初期処理剤を酒石酸換算で20〜150mg/Lとなるように添加し、該循環冷却水用初期処理剤を添加した後の熱負荷を掛けない状態において該水系の温度を40℃以下とし、水系のpHを6.0〜8.0とする、循環冷却水系の腐食防止方法。
【請求項2】
前記循環冷却水用初期処理剤が、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種からなる、請求項に記載の循環冷却水系の腐食防止方法。
【請求項3】
前記初期処理工程において、前記水系に熱負荷をかけない状態で、20〜48時間水系循環させる、請求項又はに記載の循環冷却水系の腐食防止方法。
【請求項4】
前記初期処理工程において、前記水系に、前記酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を含有する循環冷却水用初期処理剤を酒石酸換算で30〜100mg/Lとなるように添加し、該循環冷却水用初期処理剤を添加した後の水系のpHを6.0〜8.0とする、請求項のいずれか1項に記載の循環冷却水系の腐食防止方法。
【請求項5】
前記初期処理工程において、前記水系の温度が10〜40℃であり、20〜48時間水系循環させる、請求項のいずれか1項に記載の循環冷却水系の腐食防止方法。
【請求項6】
前記初期処理工程後に、前記初期処理工程で形成された防食皮膜を保持するための通常運転工程を含む、請求項のいずれか1項に記載の循環冷却水系の腐食防止方法。
【請求項7】
前記通常運転工程において、前記初期処理工程後の水系中に、アクリル酸とマレイン酸の共重合体、イソブチレンとマレイン酸の共重合体、マレイン酸系ポリマー、アクリル酸/2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸の共重合、亜鉛化合物及びリン酸塩から選ばれる少なくとも一種を含む、初期処理工程で形成された防食皮膜を保持するための保持処理剤を添加する、請求項に記載の循環冷却水系の腐食防止方法。
【請求項8】
前記通常運転工程において、前記初期処理工程後の水系中に、前記保持処理剤を20〜100mg/Lとなるように添加する、請求項又はに記載の循環冷却水系の腐食防止方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、循環冷却水系の起動時に該水系に添加して、該水系の金属部材表面に防食皮膜を形成するための循環冷却水用初期処理剤、及び循環冷却水系の腐食防止方法に関する。
【背景技術】
【0002】
循環冷却水系システムで用いられる冷却水には、少なからず腐食因子となる不純物(例えば、溶存酸素、塩化物イオン、硫酸イオン等)が含まれることから、冷却水に接する金属部材表面を経時的に腐食させてしまう等の障害が発生することが問題になっている。
【0003】
このため、循環冷却水系システムの起動時における初期処理工程として、冷却水に無機リン酸塩及び亜鉛化合物を添加し、一定時間冷却水を循環させることにより、金属部材表面に対して防食皮膜を形成させ、腐食防止効果を得る、循環冷却水系の初期処理方法が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、冷却水系に、全リン酸濃度が70〜120mgPO/Lとなるようにリン酸塩を添加し、且つ亜鉛濃度が10〜30mgZn/Lとなるように亜鉛化合物を添加し、冷却水系の金属部材表面に初期防食皮膜を形成する基礎処理工程を行う冷却水系の処理方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−202243号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示された冷却水系の処理方法にあっては、金属部材表面に防食皮膜を形成するために用いる初期処理剤として、リン酸塩及び亜鉛化合物を用い、腐食防止効果を得ている。しかし、近年、水質環境への関心の高まりから、工場、及び事業所等から排出される汚水及び廃液に含まれる、リンや亜鉛の量を減少させることも望まれている。
【0007】
そこで、本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、初期処理剤としてリン酸塩及び亜鉛化合物を用いずとも、金属部材表面に対して防食皮膜を良好に形成することができ、優れた腐食防止効果が得られる、循環冷却水用初期処理剤、及び循環冷却水系の腐食防止方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、特定の初期処理剤を水系に特定量(酒石酸換算で20〜150mg/L好ましくは30〜100mg/L)添加し、該初期処理剤を添加した後の水系のpHを特定範囲(pH6.0〜8.0)とすることで、上記課題を解決し得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0009】
[1]循環冷却水系の起動時に該水系に添加して、該水系の金属部材表面に防食皮膜を形成するための循環冷却水用初期処理剤であって、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を含有する、循環冷却水用初期処理剤。
[2]前記酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種の含有量が、循環冷却水用初期処理剤100質量%中、90〜100質量%である、前記[1]に記載の循環冷却水用初期処理剤。
[3]循環冷却水系の起動時に、該水系の金属部材表面に防食皮膜を形成する初期処理工程を含む循環冷却水系の腐食防止方法であって、前記初期処理工程において、前記水系に、前期[1]又は[2]に記載の酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を含有する循環冷却水用初期処理剤を酒石酸換算で20〜150mg/Lとなるように添加し、該循環冷却水用初期処理剤を添加した後の水系のpHを6.0〜8.0とする、循環冷却水系の腐食防止方法。
[4]前記循環冷却水用初期処理剤が、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種からなる、前記[3]に記載の循環冷却水系の腐食防止方法。
[5]前記初期処理工程において、前記水系に熱負荷をかけない状態で、20〜48時間水系循環させる、前記[3]又は[4]に記載の循環冷却水系の腐食防止方法。
[6]前記初期処理工程において、前記水系に、前記酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を含有する循環冷却水用初期処理剤を酒石酸換算で30〜100mg/Lとなるように添加し、該循環冷却水用初期処理剤を添加した後の水系のpHを6.0〜8.0とする、前記[3]〜[5]のいずれか1つに記載の循環冷却水系の腐食防止方法。
[7]前記初期処理工程において、前記水系の温度が10〜40℃であり、20〜48時間水系循環させる、前記[3]〜[6]のいずれか1つに記載の循環冷却水系の腐食防止方法。
[8]前記初期処理工程後に、前記初期処理工程で形成された防食皮膜を保持するための通常運転工程を含む、前記[3]〜[7]のいずれか1つに記載の循環冷却水系の腐食防止方法。
[9]前記通常運転工程において、前記初期処理工程後の水系中に、保持処理剤を添加する、前記[8]に記載の循環冷却水系の腐食防止方法。
[10]前記通常運転工程において、前記初期処理工程後の水系中に、前記保持処理剤を20〜100mg/Lとなるように添加する、前記[8]又は[9]に記載の循環冷却水系の腐食防止方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、初期処理剤としてリン酸塩及び亜鉛化合物を用いずとも、金属部材表面に対して防食皮膜を良好に形成することができ、優れた腐食防止効果が得られる、冷却用初期処理剤、及び冷却水系の腐食防止方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例A1〜A3及び比較例A1〜A9の初期処理工程及び腐食処理工程において、経時的に測定した腐食速度の変化を示す図である。
図2】実施例B1及び比較例B1〜B2において、初期処理工程及びブランク処理工程を1セットとし、この1セットを3回繰り返し行い、経時的に測定した腐食減量の変化を示す図である。
図3】伝熱面評価試験装置の構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[循環冷却水用初期処理剤]
本発明の循環冷却水用初期処理剤(以下「初期処理剤」と称す)は、循環冷却水系の起動時に該水系に添加して、該水系の金属部材表面に防食皮膜を形成するための循環冷却水用初期処理剤であって、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を含有する。
これにより、初期処理剤としてリン酸塩及び亜鉛化合物を用いずとも、金属部材表面に対して防食皮膜を良好に形成することができ、優れた腐食防止効果が得られる。
【0013】
(酒石酸及び酒石酸塩)
本発明の初期処理剤は、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を含有する。
酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種の含有量は、初期処理剤100質量%中、好ましくは70〜100質量%、より好ましくは80〜100質量%、さらに好ましくは90〜100質量%、より更に好ましくは95〜100質量%、より更に好ましくは100質量%である。
ここで、「酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種の含有量」とは、初期処理剤中における、酒石酸及び酒石酸塩の合計含有量を意味する。
上記酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種の含有量が、上記範囲にあることで、初期処理剤としてリン酸塩及び亜鉛化合物を用いずとも、金属部材表面に対して防食皮膜が良好に形成され易く、優れた腐食防止効果が得られ易くなる。
【0014】
本発明で用いる酒石酸は、2,3-ジヒドロキシブタン二酸とも呼称され、示性式では(CH(OH)COOH)と表され、分子内に不斉炭素を2つ有するヒドロキシ酸を指していう。
酒石酸としては、L体、D体、メソ体、ラセミ体が存在するが、特に限定されるものではない。
【0015】
本発明で用いる酒石酸塩は、酒石酸分子内の2つのOH基のうちの2つの水素原子、及び酒石酸分子内の2つのCOOH基のうちの2つの水素原子から選ばれる少なくとも1つの水素原子が酒石酸から電離し、陰イオンとなった酒石酸が陽イオンと反応して生成された化合物を指していう。酒石酸塩としては、酒石酸分子内の2つのОH基及び2つのCOOH基のうち、COOH基の1つ又は2つの水素原子が酒石酸から電離し、陰イオンとなった酒石酸が陽イオンと反応して生成された化合物が好ましい。
ここで、陽イオンとしては、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、アンモニウムイオン、亜鉛イオン、アルミニウムイオン、鉄イオン(II)等が挙げられる。
【0016】
酒石酸から1つの水素原子が電離して形成された酒石酸塩の具体例としては、酒石酸リチウム、酒石酸カリウム、酒石酸ナトリウム等が挙げられる。
また、酒石酸から2つ以上の水素原子が電離して形成された酒石酸塩の具体例としては、酒石酸二リチウム、酒石酸カリウムナトリウム、酒石酸ジアンモニウム、酒石酸カルシウム、酒石酸鉄(II)、酒石酸亜鉛等が挙げられる。
これらの酒石酸塩は、単独で用いても、2種以上を併用してもよい。
これらの酒石酸塩の中でも、金属部材表面に対して防食皮膜を良好に形成する観点から、酒石酸から1つの水素原子が電離して形成された酒石酸塩としては、酒石酸ナトリウムが好ましく、酒石酸から2つ以上の水素原子が電離して形成された酒石酸塩としては、酒石酸カルシウム、酒石酸鉄(II)が好ましい。
【0017】
(その他の成分)
本発明における初期処理剤は、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を必須成分として含有するが、本発明の目的効果を損なわない範囲で、その他の成分を含有してもよい。
その他の成分としては、例えば、亜鉛塩、カルシウム塩等が挙げられる。
【0018】
その他の成分の含有量は、初期処理剤100質量%中、好ましくは0〜10質量%、より好ましくは0〜5質量%、更に好ましくは0質量%である。
上記その他の成分の含有量が、上記範囲にあることで、初期処理剤としてリン酸塩及び亜鉛化合物を用いずとも、金属部材表面に対して防食皮膜が良好に形成され易く、優れた腐食防止効果が得られ易くなる。
【0019】
[循環冷却水系の腐食防止方法]
本発明の循環冷却水系の腐食防止方法(以下「腐食防止方法」と称す)は、循環冷却水系の起動時に、該水系の金属部材表面に防食皮膜を形成する初期処理工程を含む循環冷却水系の腐食防止方法であって、初期処理工程において、水系に、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を含有する初期処理剤を酒石酸換算で20〜150mg/L好ましくは30〜100mg/Lとなるように添加し、該初期処理剤を添加した後の水系のpHを6.0〜8.0とする。
これにより、初期処理剤としてリン酸塩及び亜鉛化合物を用いずとも、金属部材表面に対して防食皮膜を良好に形成することができ、優れた腐食防止効果が得られる。
【0020】
本発明の腐食防止方法による優れた腐食防止効果が得られるメカニズムの詳細は明らかではないが、以下のように考えられる。
酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を含有する初期処理剤は、水中に存在するカルシウムイオンと結合して、水に対して難溶性のカルシウム塩を主体とする防食皮膜が金属部材表面に形成されると考えられる。
また、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を含有する初期処理剤は、金属部材の鉄成分と反応し、酒石酸鉄(II)が形成されると考えられる。
このような防食皮膜の形成により、腐食因子となる不純物(例えば、溶存酸素、塩化物イオン、硫酸イオン等)を含む水系が金属部材表面に直接接触することが妨げられ、金属部材表面において腐食が進行する速度(腐食速度)を低くすることができると考えられる。
【0021】
(初期処理工程)
本発明の腐食防止方法は、循環冷却水系の起動時に、水系の金属部材表面に防食皮膜を形成する初期処理工程を含む。
本発明の初期処理工程においては、水系に、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を含有する初期処理剤を酒石酸換算で20〜150mg/L、好ましくは30〜100mg/L、より好ましくは40〜90mg/L、さらに好ましくは50〜70mg/Lとなるように添加する。
上記初期処理剤の添加量が、上記範囲未満(20mg/L未満)にある場合、初期処理剤が少な過ぎることに起因し、金属部材表面に対して防食皮膜が十分に形成されず、腐食防止効果が得られないおそれがある。
一方、上記初期処理剤の添加量が、上記範囲を超える(150mg/Lを超える)場合、初期処理剤が多過ぎることに起因し、キレート腐食などの不都合が発生し易くなり、金属部材表面において腐食が進行する速度(腐食速度)が加速するおそれがある。
【0022】
前述したように、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種の含有量は、初期処理剤100質量%中、更に好ましくは100質量%である。
すなわち、初期処理剤は、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種からなることが好ましい。
この場合、水系に、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を酒石酸換算で、好ましくは20〜150mg/L、より好ましくは30〜100mg/L、更に好ましくは40〜90mg/L、より更に好ましくは50〜70mg/Lとなるように添加する。
上記酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種の添加量が、上記範囲にあることで、初期処理剤としてリン酸塩及び亜鉛化合物を用いずとも、金属部材表面に対して防食皮膜が良好に形成され易く、優れた腐食防止効果が得られ易くなる。
【0023】
本発明において、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を含有する初期処理剤を添加した後、その水系のpHは6.0〜8.0であり、好ましくは6.0〜7.5、より好ましくは6.5〜7.5である。
上記初期処理剤を添加した後の水系のpHが、上記範囲未満(6.0未満)である場合、酸腐食などの不都合が発生し易くなり、金属部材表面において腐食が進行する速度(腐食速度)が加速するおそれがある。
一方、上記初期処理剤を添加した後の水系のpHが、上記範囲を超える(8.0を超える)場合、陰イオンとなった酒石酸が水中に存在するカルシウムイオンと結合して、水に対して難溶性のカルシウム塩を主体とする防食皮膜が金属部材表面に形成され難くなるおそれがある。
【0024】
本明細書におけるpHは、JIS Z8802:2011に記載の方法に準拠し、ガラス電極法の操作に基づいて求められる値のことをいう。
なお、pHの校正には、フタル酸塩、中性りん酸塩、及び炭酸塩の各pH標準液を用いることができる。
【0025】
本発明においては、本発明で規定する初期処理剤を添加した後の水系のpHは、特定範囲(pH6.0〜8.0)とすることができる。
しかし、本発明で規定する初期処理剤を添加した後の水系のpHが、特定範囲(pH6.0〜8.0)から外れた場合であっても、硫酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のpH調整剤を用いて水系のpHを特定範囲(pH6.0〜8.0)に調整することができればよい。
【0026】
本発明の腐食防止方法の初期処理工程に適用する水系の水質は、すなわち初期処理剤を添加する前の水系の水質は、初期処理剤を添加した後の水系のpHに影響を与え、腐食防止効果が好適に発揮されない場合がある。
本発明においては、本発明で規定する初期処理剤を添加した後の水系のpHを、特定範囲(pH6.0〜8.0)に調整し易くする観点から、本発明の腐食防止方法の初期処理工程に適用する水系の水質は、以下のパラメータを有することが好ましい。
【0027】
水質のpHは、好ましくは6.0〜8.0、より好ましくは6.0〜7.5、更に好ましくは6.5〜7.5である。
水質のカルシウム硬度は、好ましくは30〜150mgCaCO/L、より好ましくは30〜120mgCaCO/L、更に好ましくは30〜100mgCaCO/Lである。
水質のイオン状シリカは、好ましくは5〜35mgSiO/L、より好ましくは10〜30mgSiO/L、更に好ましくは15〜25mgSiO/Lである。
【0028】
本発明において、金属部材表面に防食皮膜を形成させる初期処理工程は、水系に熱負荷をかけない状態で、好ましくは20〜48時間、より好ましくは24〜36時間水系循環させることが好ましい。
これにより、初期処理工程や通常運転工程を経た後の腐食減量を少ないものにすることができる。そして、金属部材表面に対して防食皮膜が良好に形成され易く、優れた腐食防止効果が得られ易くなる。
【0029】
前述したように、本発明における初期処理工程は、水系に熱負荷をかけない状態が好ましい。具体的に、熱負荷をかけない状態での初期処理工程における水系の温度は、好ましくは10〜40℃、より好ましくは15〜35℃、更に好ましくは20〜30℃である。
ここで「水系に熱負荷をかけない状態」とは、通常運転工程に入る前の状態であって冷却対象物が循環冷却水系システムへ導入されていない状態を指してい
上記初期処理工程における水系の温度が、上記範囲にあることで、水系の蒸発を最小限に抑えることができ、水系中の初期処理剤の濃度を一定に保つことが容易となる。
【0030】
また、前述したように、本発明における初期処理工程は、20〜48時間水系循環させることが好ましい。初期処理工程の過程において、水系中の初期処理剤の濃度は、金属部材表面に対して防食皮膜をムラなく形成させる観点から、一定に保たれることが好ましい。
【0031】
上記初期処理工程の過程において、水系中の初期処理剤の濃度が初期濃度よりも低下するようであれば、水系中の初期処理剤の濃度が酒石酸換算で20〜150mg/L、好ましくは30〜100mg/Lとなるように初期処理剤を追加することが好ましい。
ここで、水系中の初期処理剤の濃度が初期濃度よりも低下する理由としては、系内の消耗、および腐食生成物への吸着等が考えられる。
【0032】
一方、上記初期処理工程の過程において、水系中の初期処理剤の濃度が初期濃度よりも上昇するようであれば、水系中の初期処理剤の濃度が酒石酸換算で、20〜150mg/L、好ましくは30〜100mg/Lとなるように水系を追加することが好ましい。
【0033】
(通常運転工程)
本発明の腐食防止方法は、前述した初期処理工程後に、初期処理工程で形成された防食皮膜を保持するための通常運転工程を含んでいてもよい。
ここで「通常運転工程」とは、初期処理工程で金属部材表面に形成された防食皮膜が剥がれないよう保持する目的で行う工程を指していう。
【0034】
初期処理工程で形成された防食皮膜を保持するためには、初期処理工程後の水系中に、保持処理剤を添加することが好ましい。
これにより、金属部材表面に形成された防食皮膜の表面に保持処理剤が吸着し、防食皮膜を剥がれ難くさせ、腐食防止効果が維持され易くなる。更には、防食皮膜の表面に不溶解成分が付着することを防止するスケール付着防止効果も得られ易くなる。
【0035】
本発明の通常運転工程においては、初期処理工程後の水系に、保持処理剤を好ましくは20〜100mg/L、より好ましくは30〜80mg/L、更に好ましくは50〜80mg/Lとなるように添加する。
上記保持処理剤の添加量が、上記範囲にあることで、金属部材表面に形成された防食皮膜の表面に保持処理剤が吸着し、防食皮膜を剥がれ難くさせ、腐食防止効果が維持され易くなる。更には、防食皮膜の表面に不溶解成分が付着することを防止するスケール付着防止効果も得られ易くなる。
【0036】
また、通常運転工程において水系中に含まれる、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を含有する初期処理剤の量は、前述した初期処理工程において水系中に含まれる、酒石酸及び酒石酸塩から選ばれる少なくとも1種を含有する初期処理剤の量よりも少なければ特に限定されない。
通常運転工程の水系中にも初期処理剤が存在することで、たとえ金属部材表面から防食皮膜の一部が剥がれたとしても、剥がれた部分の金属部材表面に対して再び防食皮膜を形成させることもできる。
【0037】
保持処理剤としては、防食皮膜の表面に吸着し、防食皮膜を剥がれ難くさせ、腐食防止効果が維持され易くなるものであれば、特に限定されるものではない。
保持処理剤としては、例えば、アクリル酸とマレイン酸の共重合体、イソブチレンとマレイン酸の共重合体、マレイン酸系ポリマー、アクリル酸/AMPSの共重合体等の高分子化合物;硫酸亜鉛、塩化亜鉛等の亜鉛化合物;無機りん酸塩、有機りん酸塩等のりん酸塩;等が挙げられる。これらの保持処理剤は、単独で用いても、2種以上を併用してもよい。なお、AMPSとは、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸のことである。
【0038】
通常運転工程において、リン酸塩を用いない場合に適用する水系の水質は、以下のパラメータを有することが好ましい。
水質のpHは、好ましくは8.0〜9.2、より好ましくは8.5〜9.0、更に好ましくは8.6〜9.0である。
水質のカルシウム硬度は、好ましくは350〜650mgCaCO/L、より好ましくは400〜600mgCaCO/L、更に好ましくは450〜550mgCaCO/Lである。当該範囲とすることにより、防食皮膜を剥がれ難くさせ、腐食防止効果が維持され易くなる。
なお、水質のカルシウム硬度を上記範囲に調整するために、水系にカルシウム源を添加しても良い。当該カルシウム源としては、塩化カルシウムが挙げられる。
水質の酸消費量は、好ましくは130〜170mgCaCO/L、より好ましくは140〜160mgCaCO/L、更に好ましくは145〜155mgCaCO/Lである。
【0039】
また、通常運転工程の過程において、水系中の保持処理剤の濃度は、金属部材表面に形成された防食皮膜が剥がれないよう保持する効果を好適に発揮させ易くする観点から、一定に保たれることが好ましい。
【0040】
上記通常運転工程の過程において、水系中の保持処理剤の濃度が初期濃度よりも低下するようであれば、水系中の保持処理剤の濃度が20〜100mg/Lとなるように保持処理剤を追加することが好ましい。
ここで、水系中の保持処理剤の濃度が初期濃度よりも低下する理由としては、系内の消耗、および腐食生成物への吸着等が考えられる。
【0041】
一方、上記通常運転工程の過程において、水系中の保持処理剤の濃度が初期濃度よりも上昇するようであれば、水系中の保持処理剤の濃度が20〜100mg/Lとなるように水系を追加することが好ましい。
【実施例】
【0042】
以下に示す評価試験A〜Cを行い、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0043】
(1)腐食防止効果に関する評価試験A
実施例A1〜A3及び比較例A1〜A9で調製した初期処理工程用溶液を対象として、以下に示す方法で金属部材表面に対する腐食防止効果を評価する試験を行った。
【0044】
(実施例A1)
<試験片の準備>
鉄センサー(材質:SS400、10φ×30mmの鉄棒、表面積:10.3cm)を、トルエンによって脱脂し、乾燥させたものを試験片とした。
【0045】
<初期処理工程用溶液の調製>
原水として栃木県下都賀郡野木町水(以下「野木町水」と称す)を用いた。
このときの野木町水の水質は、pH:7.0、カルシウム硬度:40mgCaCO/L、イオン状シリカ:20mgSiO/Lであった。
1Lビーカーに野木町水を入れ、野木町水に初期処理剤として酒石酸ナトリウムを30mg/Lとなるように添加した。このビーカーを、30℃に設定した恒温槽に移動させて加温し、実施例A1の初期処理工程用溶液を調製した。
【0046】
<初期処理工程用溶液のpH測定>
ここで、調製した初期処理工程用溶液を適量採取し、JIS Z8802:2011に記載の方法に準拠して、ガラス電極法の操作に基づき、実施例A1の初期処理工程用溶液のpH(実施例A1の初期処理剤を添加した後の水系のpH)を測定したところ、pH7.3であった。
なお、pHの校正には、フタル酸塩、中性りん酸塩、及び炭酸塩の各pH標準液を用いた。
【0047】
<腐食加速液の調製>
腐食処理剤として10質量%塩化物イオン溶液(塩化ナトリウム溶液)、及び10質量%硫酸イオン溶液(硫酸ナトリウム溶液)を用いた。
1Lビーカーに、野木町水を入れ、野木町水に、10質量%塩化物イオン溶液(塩化ナトリウム溶液)、及び10質量%硫酸イオン溶液(硫酸ナトリウム溶液)をそれぞれ80mg/Lとなるように添加し、腐食加速液を調製した。
【0048】
<初期処理工程>
上記で調製した実施例A1の初期処理工程用溶液に、試験片を浸漬させた。そして、300rpmでスターラーを回転させることで初期処理工程用溶液の撹拌を開始し、この撹拌を室温にて24時間継続させた後、撹拌を終了した。
初期処理工程用溶液の撹拌を開始してから終了までの間、腐食計(東方技研社製、「K−600」)を用いて、試験片の腐食が進行する速度(腐食速度)を経時的に測定した。この測定結果を図1に示した。
なお、ここで「腐食速度」とは、試験片の単位面積、単位時間当たりの腐食による試験片の重量減少量(mdd:mg/dm・day)を指していう。
【0049】
<腐食処理工程>
初期処理工程の撹拌終了後、初期処理工程用溶液を腐食加速液に切り替え、初期処理工程と同様にして、腐食加速液に試験片を浸漬させた。そして、300rpmでスターラーを回転させることで腐食加速液の撹拌を開始し、この撹拌を48時間継続させた後、撹拌を終了した。
腐食加速液の撹拌を開始してから終了までの間、初期処理工程と同様にして、腐食計(東方技研社製、「K−600」)を用いて、試験片の腐食が進行する速度(腐食速度)を経時的に測定した。この測定結果を図1に示した。
【0050】
(実施例A2)
実施例A1の初期処理工程用溶液の調製において、野木町水に初期処理剤として酒石酸ナトリウムを50mg/Lとなるように添加したこと以外は、実施例A1と同様にして実施例A2の腐食防止効果を評価する試験を行った。
実施例A2の初期処理工程用溶液のpH(実施例A2の初期処理剤を添加した後の水系のpH)を測定したところ、pH6.9であった。
【0051】
(実施例A3)
実施例A1の初期処理工程用溶液の調製において、野木町水に初期処理剤として酒石酸ナトリウムを100mg/Lとなるように添加したこと以外は、実施例A1と同様にして実施例A3の腐食防止効果を評価する試験を行った。
実施例A3の初期処理工程用溶液のpH(実施例A3の初期処理剤を添加した後の水系のpH)を測定したところ、pH7.0であった。
【0052】
(比較例A1)
実施例A1の初期処理工程用溶液の調製において、野木町水に初期処理剤として酒石酸ナトリウムを300mg/Lとなるように添加したこと以外は、実施例A1と同様にして比較例A1の腐食防止効果を評価する試験を行った。
比較例A1の初期処理工程用溶液のpH(比較例A1の初期処理剤を添加した後の水系のpH)を測定したところ、pH7.1であった。
【0053】
(比較例A2)
実施例A1の初期処理工程用溶液の調製において、野木町水に初期処理剤として酒石酸を100mg/Lとなるように添加したこと以外は、実施例A1と同様にして比較例A2の腐食防止効果を評価する試験を行った。
比較例A2の初期処理工程用溶液のpH(比較例A2の初期処理剤を添加した後の水系のpH)を測定したところ、pH5.0であった。
【0054】
(比較例A3)
実施例A1の初期処理工程用溶液の調製において、野木町水に初期処理剤としてグルコン酸を50mg/Lとなるように添加したこと以外は、実施例1と同様にして比較例A3の腐食防止効果を評価する試験を行った。
比較例A3の初期処理工程用溶液のpH(比較例A3の初期処理剤を添加した後の水系のpH)を測定したところ、pH7.3であった。
【0055】
(比較例A4)
実施例A1の初期処理工程用溶液の調製において、野木町水に初期処理剤としてクエン酸を50mg/Lとなるように添加したこと以外は、実施例A1と同様にして比較例A4の腐食防止効果を評価する試験を行った。
比較例A4の初期処理工程用溶液のpH(比較例A4の初期処理剤を添加した後の水系のpH)を測定したところ、pH6.1であった。
【0056】
(比較例A5)
実施例A1の初期処理工程用溶液の調製において、野木町水に初期処理剤として酢酸を50mg/Lとなるように添加したこと以外は、実施例A1と同様にして比較例A5の腐食防止効果を評価する試験を行った。
比較例A5の初期処理工程用溶液のpH(比較例A5の初期処理剤を添加した後の水系のpH)を測定したところ、pH6.1であった。
【0057】
(比較例A6)
実施例A1の初期処理工程用溶液の調製において、野木町水に初期処理剤としてエチレンジアミン四酢酸を50mg/Lとなるように添加したこと以外は、実施例A1と同様にして比較例A6の腐食防止効果を評価する試験を行った。
比較例A6の初期処理工程用溶液のpH(比較例A6の初期処理剤を添加した後の水系のpH)を測定したところ、pH6.7であった。
【0058】
(比較例A7)
実施例A1の初期処理工程用溶液の調製において、野木町水に初期処理剤としてマレイン酸を50mg/Lとなるように添加したこと以外は、実施例A1と同様にして比較例A7の腐食防止効果を評価する試験を行った。
比較例A7の初期処理工程用溶液のpH(比較例A7の初期処理剤を添加した後の水系のpH)を測定したところ、pH6.2であった。
【0059】
(比較例A8)
実施例A1の初期処理工程用溶液の調製において、野木町水に初期処理剤としてコハク酸を50mg/Lとなるように添加したこと以外は、実施例A1と同様にして比較例A8の腐食防止効果を評価する試験を行った。
比較例A8の初期処理工程用溶液のpH(比較例A8の初期処理剤を添加した後の水系のpH)を測定したところ、pH6.1であった。
【0060】
(比較例A9)
実施例A1の初期処理工程用溶液の調製において、野木町水に初期処理剤としてリン酸塩であるヘキサメタリン酸を100mgPO/L、及び亜鉛化合物である塩化亜鉛を20mgZn/Lとなるように添加したこと以外は、実施例A1と同様にして比較例A9の腐食防止効果を評価する試験を行った。
比較例A9の初期処理工程用溶液のpH(比較例A9の初期処理剤を添加した後の水系のpH)を測定したところ、pH6.5であった。
【0061】
前述した実施例A1〜A3及び比較例A1〜A9の初期処理工程用溶液の調製で用いた、初期処理剤の種類、その添加量(mg/L)、及び初期処理工程用溶液のpH(初期処理剤を添加した後の水系のpH)の測定結果を表1に示した。
【0062】
また、前述した実施例A1〜A3及び比較例A1〜A9の初期処理工程及び腐食処理工程において、経時的に測定した腐食速度(mdd:mg/dm・day)の変化を図1に示した。
【0063】
【表1】
【0064】
(評価試験Aの結果のまとめ)
図1に示した腐食防止効果に関する評価試験Aの結果より、以下のことが分かる。
比較例A1における腐食速度は、本発明で規定する初期処理剤を水系に特定量(酒石酸換算で20〜150mg/L特に30〜100mg/L)を超えて添加したことに起因し、実施例A1〜A3の腐食速度よりも高いものであった。
このことから、比較例A1は、金属部材表面に対して防食皮膜を良好に形成することができず、腐食防止効果が十分に得られないことが分かった。
【0065】
比較例A2における腐食速度は、本発明で規定する初期処理剤を添加した後の水系のpHを特定範囲(pH6.0〜8.0)未満としたことに起因し、実施例A1〜A3の腐食速度よりも高いものであった。
このことから、比較例A2は、金属部材表面に対して防食皮膜を良好に形成することができず、腐食防止効果が十分に得られないことが分かった。
【0066】
また、比較例A3〜A8における腐食速度は、本発明で規定する初期処理剤を用いなかったことに起因し、実施例A1〜A3の腐食速度よりも高いものであった。
このことから、比較例A3〜A8は、金属部材表面に対して防食皮膜を良好に形成することができず、腐食防止効果が十分に得られないことが分かった。
【0067】
これに対して、実施例A1〜A3における腐食速度は、本発明で規定する初期処理剤を水系に特定量(酒石酸換算で20〜150mg/L特に30〜100mg/L)添加し、該初期処理剤を添加した後の水系のpHを特定範囲(pH6.0〜8.0)としたことに起因し、初期処理剤としてリン酸塩及び亜鉛化合物を用いた比較例A9と同程度に低いものであった。
このことから、実施例A1〜A3は、金属部材表面に対して防食皮膜を良好に形成することができ、優れた腐食防止効果が得られることが分かった。
【0068】
(2)腐食防止効果に関する評価試験B
前述した腐食防止効果に関する評価試験Aで用いた、実施例A2及び比較例A9で調製した初期処理工程用溶液、及びブランク液を対象として、以下に示す方法で金属部材表面に対する腐食防止効果を評価する試験を行った。
【0069】
(実施例B1)
<試験片の準備>
SPCC製テストピース(サイズ:30mm×50mm×1mm)を、20質量%硝酸溶液、及び10質量%硫酸溶液にてエッチング処理し、乾燥させたものを試験片とした。
なお、腐食試験Bを行う前の試験片の重量Wは予め測定しておいた。
【0070】
<初期処理工程>
実施例A2の初期処理工程用溶液に、試験片を浸漬させ30℃に加温した状態で、回転腐食試験装置(信和加工社製)を用いて、試験片の回転を150rpmで開始し、この回転を24時間継続させた後、回転を停止し、1回目の初期処理工程を終了した。
【0071】
<ブランク処理工程>
1回目の初期処理工程終了後、実施例A2の初期処理工程用溶液をブランク液に切り替え、ブランク液に、試験片を浸漬させ30℃に加温した状態で、初期処理工程と同様に回転腐食試験装置を用いて、試験片の回転を150rpmで開始し、この回転を24時間継続させた後、回転を停止し、1回目のブランク処理工程を終了した。
なお、ここで「ブランク液」とは、実施例A1の初期処理工程溶液の調製に原水として用いた野木町水と同様のものを指していう。
【0072】
<腐食減量Wの算出>
1回目のブランク処理工程終了後、試験片を引き上げ、乾燥させて試験片の重量Wを測定し、1回目の試験片の腐食減量Wを下記式1により算出した。
なお、評価試験Bを行う前の試験片の重量Wは予め測定しておいた。
(式1): 腐食減量W(mg)=|W−W
【0073】
続いて、1回目と同様にして2回目の初期処理工程を24時間行った後、2回目のブランク処理工程を24時間行った。そして、2回目のブランク処理工程終了後、1回目と同様にして2回目の試験片の腐食減量Wを上記式1により算出した。
更に、1回目と同様にして3回目の初期処理工程を24時間行った後、3回目のブランク処理工程を24時間行った。そして、3回目のブランク処理工程終了後、1回目と同様にして3回目の試験片の腐食減量Wを上記式1により算出した。
【0074】
(比較例B1)
実施例B1の初期処理工程において、実施例A2の初期処理工程用溶液を比較例A9の初期処理工程用溶液に変更したこと以外は、実施例B1と同様にして比較例B1の腐食防止効果を評価する試験を行った。
【0075】
(比較例B2)
実施例B1の初期処理工程において、実施例A2の初期処理工程用溶液をブランク液に変更したこと以外は、実施例B1と同様にして比較例B2の腐食防止効果を評価する試験を行った。
【0076】
前述した実施例B1及び比較例B1、B2において、初期処理工程及びブランク処理工程を1セットとし、この1セットを3回繰り返し行い、経時的に測定した腐食減量の変化を図2に示した。
【0077】
(評価試験Bの結果のまとめ)
図2に示した腐食防止効果に関する評価試験Bの結果より、以下のことが分かる。
比較例B2における腐食減量は、初期処理剤を用いなかったことに起因し、多いものであった。
このことから、比較例B2は、金属部材表面に対して防食皮膜を形成することができず、腐食防止効果が得られないことが分かった。
【0078】
これに対して、実施例B1における腐食減量は、本発明で規定する初期処理剤を水系に特定量(酒石酸換算で20〜150mg/L特に30〜100mg/L)添加し、該初期処理剤を添加した後の水系のpHを特定範囲(pH6.0〜8.0)としたことに起因し、初期処理剤としてリン酸塩及び亜鉛化合物を用いた比較例B1と同程度に少ないものであった。
このことから、実施例B1は、金属部材表面に対して防食皮膜を良好に形成することができ、優れた腐食防止効果が得られることが分かった。
【0079】
(3)腐食防止効果に関する評価試験C
図3に示す伝熱面評価試験装置を用いて、以下に示す方法で金属部材表面(具体的には鉄製の評価チューブ2)に対する腐食防止効果を評価する試験を行った。
【0080】
<伝熱面評価試験装置>
図3に示す伝熱面評価試験装置は、試験水タンク(100L容)1にある試験水の流速を循環水ポンプPで調整し、循環ラインLを通じて試験水を試験管3に供給し、循環戻りラインLを通じて試験水を試験水タンク1に循環させるものである。
試験管3には、鉄製の評価チューブ2が挿入されており、装置起動時には鉄製の評価チューブ2を試験水に浸漬させることができる。
鉄製の評価チューブ2には、ヒーター(熱電対)4が挿入されており、装置起動時にはヒーター(熱電対)4によって鉄製の評価チューブ2を加熱することができる。
循環戻りラインLには、流量調整バルブVが設けられている。
補給水タンク(300L容)5にある試験水は、必要に応じて、補給水ラインLを通じて試験水を試験水タンク1に補給することができる。
補給水タンク5にある試験水が試験水タンク1に補給される際には、補給される試験水の流速は循環水ポンプPで調整される。
試験水タンク1には、試験水が所定量を超えると外部に排出することができるオーバーフローラインLが設けられている。
【0081】
(試験1)
<初期処理工程>
試験水タンク(100L容)1に野木町水を入れ、野木町水に初期処理剤として酒石酸を50mg/Lとなるように添加し、水系を30℃に加温して初期処理工程の試験水1を調製した。
なお、ここで「野木町水」とは、実施例A1の初期処理工程溶液の調製に原水として用いた野木町水と同様のものを指していう。
このときの試験水1の水質は、pH:7.0、カルシウム硬度:40mgCaCO/L、イオン状シリカ:20mgSiO/L、酸消費量:40mgCaCO/Lであった。
ヒーター(熱電対)4を駆動させて電力を2kW、管肉温度を80℃に設定して水系に熱負荷をかけ、試験水タンク(100L容)1にある試験水1の流速を循環水ポンプPで0.5m/sに調整し、循環ラインLを通じて試験水1を試験管3に供給し、循環戻りラインLを通じて試験水1を試験水タンク1に戻すといった一連の水系循環を24時間行った。
なお、初期処理工程において水系に熱負荷をかけた状態であっても、実際の水系の温度は30℃になるよう制御した。
【0082】
<通常運転工程>
初期処理工程の水系循環終了後、試験水タンク(100L容)1にある試験水1に、保持処理剤としてアクリル酸とマレイン酸との共重合体を50mg/L、及び亜鉛化合物である塩化亜鉛を2mg/Lとなるように添加し、更に、カルシウム硬度が500mgCaCO/Lとなるように10質量%塩化カルシウム溶液を添加し、酸消費量が150mgCaCO/Lとなるように5質量%重炭酸ナトリウム溶液を添加し、水系を30℃に加温して通常運転工程の試験水2を調製した。
このときの試験水2の水質は、pH:8.6、カルシウム硬度:500mgCaCO/L、酸消費量:150mgCaCO/Lであった。
ヒーター(熱電対)4を駆動させて電力を2kW、管肉温度を80℃に設定して水系に熱負荷をかけ、試験水タンク(100L容)1にある試験水2の流速を循環水ポンプPで0.5m/sに調整し、循環ラインLを通じて試験水2を試験管3に供給し、循環戻りラインLを通じて試験水2を試験水タンク1に戻すといった一連の水系循環を48時間行った。
なお、通常運転工程において水系に熱負荷をかけた状態であっても、実際の水系の温度は30℃になるよう制御した。
【0083】
<腐食減量Wの算出>
通常運転工程の水系循環終了後、鉄製の評価チューブ2を引き上げ、乾燥させて評価チューブ2の重量Wを測定し、試験1の評価チューブ2の腐食減量Wを下記式2により算出した。
なお、評価試験Cを行う前の評価チューブ2の重量Wは予め測定しておいた。
(式2): 腐食減量W(mg)=|W−W
【0084】
(試験2)
試験1の初期処理工程において、ヒーター(熱電対)4を駆動させず、すなわち水系に熱負荷をかけず、一連の水系循環を24時間行ったこと以外は、試験1と同様にして試験2の腐食防止効果を評価する試験を行った。
なお、初期処理工程において水系に熱負荷をかけなかった状態であっても、実際の水系の温度は30℃になるよう制御した。
【0085】
前述した試験1及び試験2の初期処理工程及び通常運転工程を経た後の腐食減量の測定結果を表2に示した。
【0086】
【表2】
【0087】
(評価試験Cの結果のまとめ)
表2に示した腐食防止効果に関する評価試験Cの結果より、以下のことが分かる。
試験1における腐食減量は、初期処理工程において、水系に熱負荷をかけ、一連の水系循環を行ったことに起因し、多いものであった。
これに対して、試験2における腐食減量は、初期処理工程において、水系に熱負荷をかけずに、一連の水系循環を行ったことに起因し、少ないものであった。
このことから、試験2は、試験1よりも、金属部材表面に対して防食皮膜を良好に形成することができ、優れた腐食防止効果が得られることが分かった。
【符号の説明】
【0088】
1:試験水タンク
2:評価チューブ
3:試験管
4:ヒーター
5:補給水タンク
L1:循環ライン
L2:循環戻りライン
L3:補給水ライン
L4:オーバーフローライン
P1:循環水ポンプ
P2:循環水ポンプ
V:流量調整バルブ
図1
図2
図3