【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度国立研究開発法人日本医療研究開発機構 再生医療実現拠点ネットワークプログラム再生医療の実現化ハイウェイ「iPS細胞を用いた角膜再生治療法の開発」に係る委託業務、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【文献】
Human Molecular Genetics (2013) Vol.22, No.7, pp.1271-1279
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
角膜移植に適した細胞を同定する手段、及び、それを利用した角膜移植に適した細胞を製造する手段等の提供が1つの目的である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、特定の遺伝子が角膜内皮細胞に特有なマーカーとなり得ることを見出した。斯かる知見に基づき更なる研究と検討を重ねた末、下記に代表される発明が提供される。
【0007】
項A1
(1)角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養した細胞集団を準備する工程、及び
(2)前記細胞集団についてPOU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の発現を測定する工程
を含む、角膜への移植に適した細胞集団を製造する方法。
項A2
角膜への移植に適した細胞集団の該遺伝子の発現レベルが基準値以上である、項A1に記載の方法。
項A3
工程(1)が、幹細胞を角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養する工程である、項A1又はA2に記載の方法。
項A4
該遺伝子の発現レベルが基準値以上になるまで工程(1)を継続する、項A1〜A3のいずれかに記載の方法。
項A5
該遺伝子が、POU6F2及びLMX1Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子である、項A1〜A4のいずれかに記載の方法。
【0008】
項B1
角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養した細胞集団のPOU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の発現を測定することを含む、該細胞集団が角膜への移植に適しているか判定する方法。
項B2
該細胞集団が、幹細胞を角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養した細胞集団である、項B1に記載の方法。
項B3
該遺伝子の発現レベルが基準値以上である場合に該細胞集団が角膜への移植に適していると判断する、項B1又はB2に記載の方法。
項B4
該遺伝子が、POU6F2及びLMX1Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子である、項B1〜B3のいずれかに記載の方法。
【0009】
項C1
(1)角膜内皮細胞の培養に適した条件で培養した細胞集団を準備する工程、及び
(2)前記細胞集団についてPOU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の発現を測定する工程
を含む、角膜への移植に適した細胞集団を製造する方法。
項C2
角膜への移植に適した細胞集団の該遺伝子の発現レベルが基準値以上である、項C1に記載の方法。
項C3
工程(1)が、該角膜内皮細胞の培養に適した条件で培養した細胞集団が、角膜内皮から取得された細胞である、項C1又はC2に記載の方法。
項C4
該遺伝子が、POU6F2及びLMX1Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子である、項C1〜C3のいずれかに記載の方法。
【0010】
項D1
角膜内皮細胞の培養に適した条件で培養した細胞集団についてPOU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の発現を測定する工程を含む、該細胞集団が角膜への移植に適しているか判定する方法。
項D2
該角膜内皮細胞の培養に適した条件で培養した細胞集団が、角膜内皮から取得された細胞である、項D1に記載の方法。
項D3
該遺伝子の発現レベルが基準値以上である場合に該細胞集団が角膜への移植に適していると判断する、項D1又はD2に記載の方法。
項D4
該遺伝子が、POU6F2及びLMX1Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子である、項D1〜D3のいずれかに記載の方法。
【0011】
項E1
(1)角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養した細胞集団を準備する工程、
(2)前記細胞集団についてPOU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の発現を測定する工程、及び
(3)該遺伝子を発現している細胞集団を含むサスペンション、シート、又はスフィアを調製する工程、
を含む、細胞集団を含むサスペンション、シート、又はスフィアの製造方法。
項E2
工程(1)が、幹細胞を角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養する工程である、項E1に記載の方法。
項E3
該遺伝子が、POU6F2及びLMX1Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子である、項E1又はE2のいずれかに記載の方法。
【0012】
項F1
(1)角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養した細胞集団を準備する工程、
(2)前記細胞集団についてPOU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の発現を測定する工程、及び
(3)該遺伝子を発現している細胞集団を角膜移植が必要な患者に投与する工程、
を含む、該患者の治療方法。
項F2
工程(1)が、幹細胞を角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養する工程である、項F1に記載の方法。
項F3
該遺伝子が、POU6F2及びLMX1Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子である、項F1又はF2のいずれかに記載の方法。
【0013】
項G1
(1)角膜内皮細胞の培養に適した条件で培養した細胞集団を準備する工程、
(2)前記細胞集団についてPOU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の発現を測定する工程、及び
(3)該遺伝子を発現している細胞集団を含むサスペンション、シート、又はスフィアを調製する工程、
を含む、細胞集団を含むサスペンションの製造方法。
項G2
該角膜内皮細胞の培養に適した条件で培養した細胞集団が、角膜内皮から取得された細胞である、項G1に記載の方法。
項G3
該遺伝子が、POU6F2及びLMX1Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子である、項G1又はG2のいずれかに記載の方法。
【0014】
項H1
(1)角膜内皮細胞の培養に適した条件で培養した細胞集団を準備する工程、
(2)前記細胞集団についてPOU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の発現を測定する工程、及び
(3)該遺伝子を発現している細胞集団を角膜移植が必要な患者に投与する工程、
を含む、該患者の治療方法。
項H2
該角膜内皮細胞の培養に適した条件で培養した細胞集団が、角膜内皮から取得された細胞である、項H1に記載の方法。
項H3
該遺伝子が、POU6F2及びLMX1Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子である、項H1又はH2のいずれかに記載の方法。
【0015】
項I1
細胞集団が角膜への移植に適しているか否か判断するための、POU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の使用。
項I2
該遺伝子が、POU6F2及びLMX1Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子である、甲I1の使用。
【発明の効果】
【0016】
一実施形態において、細胞集団が角膜移植に適しているか否かを判定する手段が提供される。一実施形態において、角膜移植に適した細胞集団を効率的に製造する手段が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、上記代表的な発明を中心に説明する。
【0019】
「細胞集団」とは、複数個の細胞で構成される集団を意味する。細胞集団を形成する個々の細胞は、同種の細胞であっても異種の細胞であってもよい。
【0020】
「角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件」とは、細胞を角膜内皮細胞に分化誘導するために適している条件として知られている(又は、今後開発される)条件を意味する。角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件としては、例えば、WO2013/051722、WO2016/114242、WO2016/114285又はWO2016/035874に開示される条件を挙げることができる。WO2013/051722、WO2016/114242、WO2016/114285及びWO2016/035874は、援用によって本書に取り込まれる。「角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養した細胞集団」とは、「角膜内皮細胞に分化誘導させた細胞集団」と言い換えることが可能である。角膜内皮細胞に分化誘導させた細胞集団は、角膜内皮細胞及び/又は角膜内皮前駆細胞を含み得る。
【0021】
角膜内皮細胞への分化誘導に使用する培地は、その目的が達成される限り制限されない。一実施形態において、培地は無血清培地であることが好ましい。無血清培地とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地は無血清培地に該当する。
【0022】
使用可能な培地の例としては、DMEM培地、BME培地、αMEM培地、無血清DMEM/F12培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、McCoy’s培地、ウイリアムスE培地、Essential8 Medium、mTeSR1(ステムセルテクノロジーズ社)、TeSR−E8 medium(ステムセルテクノロジーズ社)、StemSure(和光純薬社)、mESF培地(和光純薬社)、StemFit(味の素社)、S‐medium(DSファーマ社)、ReproXF(リプロセル社)、PSGro-free Human iPSC/ESC Growth Medium(StemRD社)、hPSC Growth Medium(タカラバイオ社)、ReproFF2(リプロセル社)、EX-CELL 302培地(SAFC社)、KnockOutTMDMEM、Medium 154、StemPro(登録商標)hESC SFM、EX-CELL-CD-CHO(SAFC社)又はSTEMdiff APEL Medium(ステムセルテクノロジーズ社)など及びこれらの混合物などの動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。一実施形態において好ましい培地は、幹細胞用培地である。
【0023】
培地は、血清代替物を含んでいてもよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン(例えば、脂質リッチアルブミン)、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素(例えば亜鉛、セレン)、B-27(登録商標)サプリメント、N2サプリメント、ノックアウトシーラムリプレースメント(KSR:Invitrogen社製)、2−メルカプトエタノール、3’チオールグリセロール等が挙げられる。培地中の血清代替物の濃度は、B-27サプリメントの場合を例にすると、0.01〜10重量%、又は0.5〜4重量%である。
【0024】
培地には、細胞の維持増殖及び/又は分化誘導の目的で種々の物質を添加することができる。そのような物質としては、例えば、グリセロール、グルコース、果糖、ショ糖、乳糖、ハチミツ、デンプン、デキストリン等の炭素源、また、脂肪酸、油脂、レシチン、アルコール類等の炭化水素類、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウム、尿素、硝酸ナトリウム等の窒素源、食塩、カリウム塩、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等の無機塩類、リン酸一カリウム、リン酸二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、モリブデン酸ナトリウム、タングステン酸ナトリウム及び硫酸マンガン、各種ビタミン類、アミノ酸類等を挙げることができる。
【0025】
培地は、BMP4(Bone morphogenetic protein 4)、トランスフォーミング増殖因子、及びアクチビンのような分化誘導剤を含んでもよいが、含まなくてもよい。一実施形態において、培地は、前記分化誘導剤の1以上、2以上、又はすべてを実質的に含まないことが好ましい。ここで、実質的に含まないとは、例えば、濃度が0.5nM未満又は検出不能なレベルであることを意味する。
【0026】
培地は、高濃度レチノイン酸、BMP阻害剤、TGFβ阻害剤、及びNoggin等の分化誘導促進剤を含んでもよいが、含まなくてもよい。高濃度レチノイン酸とは、1μM、特に10μM程度のレチノイン酸を意味する。一実施形態において、培地は、前記分化誘導促進剤の1以上、2以上、又はすべてを実質的に含まないことが好ましい。培地は、Wnt、Wntシグナル活性化剤、及びChordin等も含んでもよいが、含まなくてもよい。一実施形態において、培地は、これらを実質的に含まないことが好ましい。
【0027】
一実施系形態において、培地は、GSK3阻害剤、レチノイン酸、TGFb2、インスリン及びROCK阻害剤から成る群より選択される1種以上、2種以上、3種以上、4種以上、又は全ての分化誘導因子を含むことが好ましい。
【0028】
培地のpHは、5.5〜9.0、6.0〜8.0、又は6.5〜7.5の範囲に調整することができる。培養温度は、36℃〜38℃、又は36.5℃〜37.5℃に設定することができる。培養は、1%〜25%O
2、1%〜15%CO
2の雰囲気下で行うことができる。
【0029】
培養期間は、特に制限されないが、例えば、1週〜8週間、2週〜6週間、又は3週間〜5週間の範囲で設定することができる。
【0030】
培養には、細胞培養に使用される任意の容器を使用することができる。そのような容器としては、例えば、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、マイクロスライド、チャンバースライド、シャーレ、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、チューブ、トレイ、培養バック、及びローラーボトル等を使用することができる。
【0031】
培養容器の内表面は、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン又はラミニンフラグメント(例えば、ラミニンE8フラグメント及びラミニン511E8フラグメント)、ビトロネクチン、基底膜マトリックス、ゼラチン、ヒアルロン酸、ポリリジン、ビトロネクチン、及びヒアルロン酸から選ばれるいずれか1以上でコーティングされていてもよい。
【0032】
角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件での培養に供される細胞の種類は、特に制限されない。一実施形態において、当該細胞が、幹細胞であることが好ましい。幹細胞としては、例えば、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells;iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)、胎児の始原生殖細胞由来の多能性幹細胞(EG細胞)、精巣由来の多能性幹細胞(GS細胞)、及び角膜内皮細胞に分化可能なヒト体性幹細胞(組織幹細胞)等を挙げることができる。一実施形態において、幹細胞はiPS細胞であることが好ましい。
【0033】
iPS細胞は、公知の手法及び今後開発される手法を含む任意の手法で得ることができる。例えば、iPS細胞は、特定の初期化因子をDNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製できる。初期化因子としては、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3、及びGlis1等を挙げることができる。初期化因子は、単独で用いても良く、任意に組み合わせて用いることもできる。初期化因子の組み合わせは、例えば、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、及びWO2009/057831等に例示されている。体細胞の種類は、特に制限されず、これまでにiPS細胞の製造が確認されている任意の細胞及び今後報告される任意の細胞を含む。一実施形態において好ましい体細胞としては、例えば、線維芽細胞、及び白血球等を挙げることができる。好ましい体細胞の由来はヒトである。
【0034】
ES細胞は、任意の手法によって取得でき、例えば、哺乳類(好ましくは、ヒト)の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。哺乳動物は特に制限されないが、好ましくはヒトである。継代培養によるES細胞の維持は、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor (LIF))、及び/又は塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor (bFGF))等の物質を添加した培養液を用いて行うことができる。ES細胞の選択は、例えば、OCT-3/4、NANOG、ECAD等の遺伝子マーカーの発現を指標として行うことができる。
【0035】
EG細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される、ES細胞と同様な多能性をもつ細胞であり、LIF、bFGF、及び幹細胞因子(stem cell factor)等の物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立できる(Y. Matsui et al. (1992), Cell, 70:841-847;J.L. Resnick et al. (1992), Nature, 359:550-551)。
【0036】
GS細胞は、精巣由来の多能性幹細胞であり、精子形成のための起源となる細胞である。この細胞は、ES細胞と同様に、種々の系列の細胞に分化誘導可能である。GS細胞は、神経膠細胞系由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor (GDNF))を含む培養液で自己複製可能であり、ES細胞と同様の培養条件下で継代を繰り返すことにより、精子幹細胞を得ることができる(M. Kanatsu-Shinohara et al. (2003) Biol. Reprod., 69:612-616)。
【0037】
角膜内皮細胞へと分化し得る体性幹細胞としては、例えば、角膜実質に由来する神経堤幹細胞(COPs)、間葉系幹細胞(mesenchymal stem cells)、及び皮膚由来多能性前駆細胞(skin-derived precursors:SKPs)等が挙げられる。好ましくはCOPs及びSKPsである。COPsは、例えば、角膜から上皮及び内皮を取り除いた後、角膜実質をコラゲナーゼで処置し、EGF、FGF2、B27サプリメント、及びLIFを添加したDMEM/F12培地で分離した細胞を培養することにより調製できる。SKPsは、例えばNat Cell Biol., 2001 vol. 3, 778-784に記載された方法に準じて調製することができる。
【0038】
「角膜内皮細胞の培養に適した条件」とは、角膜内皮細胞をその特性を維持したまま生育させるのに適した条件を意味する。「角膜内皮細胞の培養に適した条件」は、角膜内皮細胞を増殖させることのできる条件であてもよいが、そうでなくてもよい。「角膜内皮細胞の培養に適した条件」には、角膜内皮細胞をその特定を維持したまま生育させるのに適した条件として知られている条件(例えば、WO2014/104366に開示される条件)、及びそのような条件として今後開発される条件が含まれる。角膜内皮細胞の培養に適した条件で培養した細胞集団は、角膜内皮細胞及び/又は角膜内皮前駆細胞を含み得る。
【0039】
具体的な角膜内皮細胞の培養に適した条件としては、上述の動物細胞の培養に一般的に使用される培地での培養条件を挙げることができる。一実施形態において、培地にグルコースを添加することができる。培地中のグルコース濃度は、2.0 g/L 以下、又は0.1〜1.0 g/Lに調整することができる。一実施形態において、培地には、成長因子として、肝細胞増殖因子(HGF)、上皮成長因子(EGF)、組換えEGF(rEGF)、インスリン及び/又は線維芽細胞増殖因子(FGF)等を添加することが好ましい。これらの因子は1種のみを単独で用いても良く、複数を適宜組み合わせて培地に添加しても良い。培地中の成長因子の濃度は、通常1〜100ng/mL、好ましくは2〜5 ng/mLである。効率的に角膜内皮細胞を培養する観点から、培地には、アスコルビン酸2-リン酸等のアスコルビン酸誘導体を5〜1,000μg/mL配合することが好ましい。その他、培地のpH、温度、及び培養容器等は上述のものを使用できる。培養期間は、特に制限されないが、例えば、細胞が集密(コンフルエント)になる段階(定常状態)まで(例えば、1〜5日)行うことができる。一実施形態において、角膜内皮細胞の培養に、間葉系幹細胞(MSC)の馴化培地を用いることが好ましい。
【0040】
角膜内皮細胞の培養に適した条件での培養に供する細胞の種類は特に制限されない。例えば、角膜から単離した角膜内皮細胞、又は角膜内皮以外の細胞を角膜内皮細胞に分化誘導させて得られた細胞(例えば、上述の「膜内皮細胞への分化誘導に適した条件」での分化誘導で得られた細胞)を用いることができる。
【0041】
角膜から角膜内皮細胞を単離する手段は特に制限されず、公知の方法及び今後開発される方法を適宜選択して行うことが出来る。例えば、ヒト強角膜片から角膜内皮細胞が付着した状態でデスメ膜を採取した後、細切し、コラゲナーゼを約0.2%含む培地中で5% CO
2、37℃の条件で1〜3時間培養する。培地には15%牛胎児血清(FCS)及び2ng/mLの塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含むDME培地を用いることができる。その後、遠心洗浄により線維芽細胞等を除去し、トリプシン消化を行うことによりペレット状の角膜内皮細胞を含む細胞集団(初代培養細胞)を得ることができる。
【0042】
「POU6F2」とは、POUホメオドメインを持つPOUファミリーに属する転写因子をコードする遺伝子である。中枢神経系や網膜神経節細胞、アマクリン細胞での発現が報告されており、retina-derived POU-domain factor-1 (RPF-1)とも呼ばれている (Zhou H et al. J Neurosci. 1996. PMID: 8601806)。また、生殖細胞変異がWillms腫瘍患者で報告されており、腎臓の発生段階において遺伝子発現制御を担うことが示唆されている(Perotti D et al. Hum Mutat. 2004. PMID: 15459955, Fiorino A et al. Int J Biochem Cell Biol. 2016. PMID: 27425396)。
【0043】
「LMX1B」とは、LIMホメオドメインファミリーに属する転写因子をコードする遺伝子である。Nail-Patella症候群(爪膝蓋症候群)の原因遺伝子として知られており、四肢の発生だけでなく腎臓の糸球体基底膜の発生にも関与することが報告されている。
【0044】
「TFAP2B」とは、AP-2ファミリーに属する転写因子をコードする遺伝子である。特異的顔貌、動脈管開存、第5指中節骨低形成を主症状とするChar症候群の原因遺伝子として報告されている (Satoda M et al. Nat Genet. 2000. PMID: 10802654)。
【0045】
角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養した細胞集団を準備する工程は、上述する細胞を上述する角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養することで実施できる。一実施形態において、角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養した細胞集団は、角膜内皮細胞マーカーとして知られる分子の存在を指標にして分取された細胞集団であってもよい。角膜内皮細胞マーカーとしては、例えば、WO2009/057831に開示されている分子(例えば、ZP4、MRGPRX3、GRIP1、GLP1R、HTR1D、CLRN1、SCNN1D、PKD1、CNTN6、NSF、CNTN3、PPIP5K1及びPCDHB7)を挙げることができる。角膜内皮細胞マーカーを指標とした細胞集団の分取は、任意の手法を用いて行うことができ、例えば、FACSを用いて行うことができる。一実施形態において、角膜内皮マーカーを指標に分種した細胞集団を更に角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養することが好ましい。
【0046】
角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養した細胞集団の形態は特に制限されない。例えば、当該細胞集団は、常法に従って、単層状、多層状、シート状、スフィア状、又はサスペンジョンの形態であり得る。一実施形態において、当該細胞集団はサスペンジョンの状態であることが好ましい。角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養された細胞集団が単層状である場合、常法に従って細胞集団をサスペンジョンの状態にすることができる。サスペンジョン状の細胞集団は、例えば、タンパク質分解酵素(例えば、トリプシン)及び/又は細胞間接着分子を破壊するためのキレート剤を用いて、細胞集団を懸濁させて得ることができる。当該細胞集団は、POU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の発現を測定する前、又はその後のいずれのタイミングで単層状、多層状、シート状、スフィア状、又はサスペンジョン等の任意の形態に調製することができる。
【0047】
角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養した細胞集団、又は、角膜内皮細胞の培養に適した条件で培養した細胞集団について、POU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の発現を測定することは、細胞内の遺伝子発現の測定方法として知られている又は今後開発される任意の方法を用いて実施できる。測定は、遺伝子の発現の有無を判断できれば足りるが、一実施形態において、定量的な測定であることが好ましい。例えば、各遺伝子の細胞内でのmRNAをPCR法等で測定(好ましくは定量的測定)することが好ましい。
【0048】
一実施形態において、POU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子は、POU6F2、又はLMX1Bを含むことが好ましく、POU6F2を含むことが好ましい。一実施形態において、POU6F2の発現だけを測定することが好ましく、他の実施形態においてPOU6F2及びLMX1Bの組み合わせ、又はPOU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bの組み合わせを測定することが好ましい。
【0049】
POU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bの遺伝子は、後述する実施例に示されるとおり、角膜内皮細胞及び角膜内皮前駆細胞に特異的に発現している。よって、これらの遺伝子の発現を指標として角膜内皮細胞又は角膜への移植に適した細胞集団を得ることができる。また、これらの遺伝子の発現を指標として、細胞集団が角膜への移植に適しているか否か判断することができる。即ち、細胞集団において、これらの遺伝子が発現していれば、角膜への移植に適していると判断することができ、発現していなければ、角膜への移植に適していないと判断することができる。また、POU6F2は、比較的成熟した角膜内皮細胞において高レベルで発現している。よって、POU6F2の発現又はそのレベルを指標として、比較的成熟した角膜内皮細胞又は角膜への移植に適した細胞集団を取得することができる。
【0050】
POU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の発現の測定は、角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養した細胞集団を構成する全ての細胞について直接的に測定しても良いが、測定しなくてもよい。細胞集団を構成する一部の細胞について遺伝子発現レベルを測定することにより、当該細胞集団を構成する残りの細胞における遺伝子発現レベルを間接的に測定することができる。一実施形態において、当該遺伝子発現の測定は、当該細胞集団を構成する一部の細胞について行い、残る細胞については間接的に測定することが好ましい。これは、遺伝子発現の測定方法として細胞の死滅を伴う方法を採用する場合に特にそうである。
【0051】
細胞集団におけるPOU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の発現レベルが高いことは、当該細胞集団が角膜への移植に適した細胞集団であることの指標となる。一実施形態において、当該細胞集団の当該遺伝子の発現レベルは、予め定めた基準値以上であることが好ましい。基準値は、角膜への移植に適しているという観点で任意に定めることができる。例えば、基準値は、生体角膜内皮細胞及び/又は培養角膜内皮における当該遺伝子の発現レベルと同等以上に設定することができる。
【0052】
角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養した細胞集団がPOU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子を発現していない場合、又は、当該細胞におけるPOU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の発現レベルが十分でないと判断される場合、当該細胞集団を更に角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件での培養に供することができる。このような更なる培養は、細胞集団が当該遺伝子を発現するまで、又は、当該遺伝子の発現レベルが十分と判断されるまで(例えば、基準値以上になるまで)継続することができる。
【0053】
このようにしてPOU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の発現が確認された細胞集団を角膜への移植に適した細胞集団として利用することができる。当該細胞集団は、角膜内皮を再生するための細胞製剤として利用することができる。当該細胞集団を含む細胞製剤は、細胞集団の維持、増殖、又は患部への投与を補助するための足場材料、成分、その他の医薬的に許容しうる担体を含んでいてもよい。細胞の維持又は増殖のための成分としては、炭素源、窒素源、ビタミン、ミネラル、塩類、各種サイトカイン等の培地成分、あるいはマトリゲルTM等の細胞外マトリックス調製品等が挙げられる。
【0054】
足場材料又は成分としては、例えば、コラーゲン、ポリ乳酸、ヒアルロン酸、セルロース、及びこれらの誘導体、ならびにその2種以上からなる複合体等の生分解性ポリマー;例えば、生理食塩水、培地、PBSなどの生理緩衝液、ブドウ糖やその他の補助剤を含む等張液(例えばD−ソルビトール、D−マンノース、D−マンニトール、塩化ナトリウム)等の注射用水溶液等が挙げられる。
【0055】
細胞製剤は、溶解補助剤、例えばアルコール、具体的にはエタノール、ポリアルコール、例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、非イオン性界面活性剤、例えばポリソルベート80、HCO−50等を含んでいてもよい。
【0056】
その他の医薬的に許容しうる担体としては、医薬的に許容される有機溶剤、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、メチルセルロース、エチルセルロース、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、寒天、ポリエチレングリコール、ジグリセリン、グリセリン、プロピレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、マンニトール、ソルビトール、ラクトース、医薬添加物として許容される界面活性剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤等を含んでいてもよい。
【0057】
細胞製剤を投与する対象(患者)は、それが必要と考えられるものであれば特に制限されない。例えば、対象は、フックス角膜内皮ジストロフィなどの遺伝性内皮障害、緑内障に伴う角膜内皮異常、内眼手術後の角膜内皮障害、ヘルペスなどのウイルス感染後の角膜内皮障害、角膜移植後の角膜内皮減少を伴う症状を有するものを挙げることができる。一実施形態において、細胞製剤を投与する対象は、角膜内皮機能不全患者(例えば、角膜内皮細胞のポンプ機能及びバリア機能の低下した患者)であり、水疱性角膜症、角膜浮腫、角膜白斑、及び/又は円錐角膜の患者であり得る。細胞製剤の投与形態は特に制限されないが、例えば、注射針を通じて眼球内に注入して行うことができる。
【0058】
3.細胞集団が角膜への移植にてきしているか判断する方法B
一実施形態において、細胞集団が角膜への移植にてきしているか判断する方法は、角膜内皮細胞への分化誘導に適した条件で培養した細胞集団のPOU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bから成る群より選択される少なくとも一種の遺伝子の発現を測定する工程を含むことが好ましい。
【実施例】
【0059】
以下、実施例により本発明についてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに制限されるものではない。
【0060】
ヒトの強角膜片を入手し、顕微鏡下でDescemet膜剥離を行い、生体角膜内皮を回収した。回収した角膜内皮はすぐにRNA later RNA Stabilization Reagent (QIAGEN Inc., Valencia, CA)に投入し、-70 ℃で保存した。その後、Qiagen miRNeasy Mini Kit (QIAGEN Inc.)を用いて製造者のプロトコールに従い、Total RNAを抽出し、3サンプルについてHeliscope CAGE libraryを調製し(Kanamori-Katayama M, et al. (2011), Genome Res.21:1150-1159.)、その後SeqLL (Boston, MA)にてHeliScope
TM Single Molecule Sequencer (Helicos BioSciences Corp., Cambridge, MA)を用いてシーケンシングを行った。
【0061】
上述のようにして単離したDescemet膜を、StemPro Accutase(Thermo Fisher)中で37 ℃にて30分間インキュベートし、角膜内皮細胞をDescemet膜から単離した。単離した角膜内皮細胞を穏やかに遠心分離して回収し、50 U/mL ペニシリン、50 μg/mL ストレプトマイシン、10 %ウシ胎児血清(ICN Biomedicals, Inc.、オハイオ州オーロラ)及び2 ng/mL 塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF;invitrogen)を添加したダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)中で懸濁させた後、細胞付着試薬(FNCコーティングミックス;Athena ES、メリーランド州バルチモア)でコーティングした培養皿上に播種し、5 % CO
2の加湿雰囲気下、37 ℃で培養した。その後、Qiagen miRNeasy Mini Kit (QIAGEN Inc.)を用いて製造者のプロトコールに従い、Total RNAを抽出した。尚、RNA抽出に使用された細胞は全て第1代継代のものであった。これについても2サンプルについてHeliscope CAGE libraryを調製し、その後SeqLL (Boston, MA)にてHeliScope
TM Single Molecule Sequencer (Helicos BioSciences Corp., Cambridge, MA)を用いてシーケンシングを行った。
【0062】
得られたシーケンスデータはDelve (Djebali S, et al. (2012), Nature 489, 101-108.)を用いてhg19をリファレンスゲノムとしてマッピングを行った。さらに、FANTOM5プロジェクトで同定された184,827のプロモーター領域にマッピングされたタグ数をカウントし、それぞれ生体角膜内皮はFANTOM5にて解析された182のヒト組織サンプルと、培養角膜内皮細胞はFANTOM5にて解析された536のヒト培養細胞サンプルのデータと発現量の比較を行った。それぞれ、マッピングされた総タグ数で補正し、tpm (tags per million)を単位として発現量を算出した。edgeR(Robinson, M.D. et al., (2010), Bioinformatics 26, 139-140.)を用いて発現変動解析を行い、1) 角膜内皮サンプルとその他のサンプルでfalse discovery rate (FDR)が0.01未満のもの、2) 角膜内皮サンプルで10 tpm以上発現しているもの、 3) 角膜内皮以外の全サンプルにおける発現量の平均が3 tpm未満のもの、 4) 角膜内皮以外の全サンプルで最も高発現しているものの発現量が、角膜内皮サンプルでの発現量の平均よりも小さいもの、 5) 角膜内皮サンプルにおける発現量の平均が他の全サンプルにおける発現量の平均の32倍以上、の全てを満たすものを、角膜内皮細胞特異的に発現する遺伝子マーカーとして同定した。得られた角膜内皮特異的遺伝子候補から、生体角膜内皮・培養角膜内皮細胞に共通して特異的に発現する転写因子として、TFAP2B、LMX1BとPOU6F2を同定した。ヒト転写因子のリファレンスとして、http://fantom.gsc.riken.jp/5/sstar/Browse_Transcription_Factors_hg19を参照した。
【0063】
図1は、ヒト組織サンプルにおけるTFAP2Bの発現量を示す。aは中脳黒質、bは脳幹青斑核、cは精巣上体におけるTFAP2Bの発現量を示す。生体角膜内皮において最も高発現していることが確認された。
【0064】
図2は、ヒト培養細胞サンプルにおけるTFAP2Bの発現量を示す。aは嗅上皮細胞、bは線維柱帯細胞、cは結膜線維芽細胞におけるTFAP2Bの発現量を示す。培養角膜内皮細胞において最も高発現していることが確認された。
【0065】
図3は、ヒト組織サンプルにおけるLMX1Bの発現量を示す。aは耳下腺、bは唾液腺、cは顎下腺におけるLMX1Bの発現量を示す。生体角膜内皮において最も高発現していることが確認された。
【0066】
図4は、ヒト培養細胞サンプルにおけるLMX1Bの発現量を示す。aは線維柱帯細胞細胞、bは角膜実質細胞、cは線維芽細胞におけるLMX1Bの発現量を示す。線維柱帯細胞においても角膜内皮細胞と同レベルの発現が観測された。また、角膜実質細胞にも発現していることが確認された。角膜内皮、角膜実質、線維柱帯はいずれも眼周囲神経堤由来組織であるため、この結果から、LMX1Bは、角膜内皮マーカーのみでなく眼周囲神経堤由来組織のマーカーとしての応用も期待される。
【0067】
図5は、ヒト組織サンプルにおけるPOU6F2の発現量を示す。生体角膜内皮で100 tpm前後の発現量となっているが、その他で発現の見られる脳組織における発現量は10 tpm未満と極めて特異性が高い。
【0068】
図6は、ヒト培養細胞サンプルにおけるPOU6F2の発現量を示す。aは肝細胞におけるPOU6F2の発現量を示す。培養角膜内皮細胞における発現量が100 tpm以上であるのに対し、FANTOM5で解析されている536のヒト培養細胞サンプルのうち535サンプルで全く発現が観測されなかった。唯一観測された肝細胞における発現量も2tpm未満と極めて低い発現である。
【0069】
以上
図1〜
図6の結果から、POU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bは、いずれも角膜内皮細胞において有意に高発現していることから、角膜内皮細胞マーカーとして有用であり、また角膜内皮細胞の誘導にも使用できると考えられる。
【0070】
上記の3遺伝子について、角膜内皮及び他の組織での定量的発現解析を行った。
図7は、iPS細胞(iPS)からの誘導細胞(神経堤細胞(iNC)等)、及び眼内の各組織における発現を定量PCRで測定した結果を示す。
図7に示されるとおり、POU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bは、培養角膜内皮細胞(HCEC)、角膜内皮前駆細胞(HCEP)、分化誘導角膜内皮前駆細胞(dHCEP)、及び生体角膜内皮(Cendo)において発現レベルが高いことが確認された。一方、角膜実質(CS)、虹彩実質(IS)、毛様体(CB)、繊維柱帯(TM)、角膜上皮輪部(Clim)、角膜上皮中央部(Cepi)、角膜輪部線維芽細胞(LF)、結膜上皮(Cj)、レンズ(LN)、虹彩上皮(IE)、網膜色素上皮(RPE)、網膜(Retina)、及び視神経(ON)において、POU6F2は殆ど発現がみとめられなかった。LMX1Bに関しては、神経堤由来組織である線維柱帯、角膜実質、及び虹彩実質でも発現がみられた。TFAP2Bに関してはiPS由来神経堤細胞で高い発現がみられた。これらの結果からPOU6F2、LMX1B、及びTFAP2Bは、角膜内皮細胞のマーカーとして有用であると考えられる。
【0071】
ヒト成人・胎児由来角膜内皮におけるRNA-seqデータ(Chen Y, et al. (2013), Hum Mol Genet 22: 1271-1279)を解析したところ、TFAP2B、及びLMX1Bは有意な発現変動を認めなかったのに対し、POU6F2は成人由来角膜内皮で有意に発現上昇していた(
図8)。これにより、POU6F2は機能的な成熟角膜内皮に発現しており、角膜内皮の最終分化に関連していると考えられる。よって、POU6F2は、角膜内皮細胞製品の品質評価に有用であり、及び、また転写因子であることから、角膜内皮細胞の作成にも有用であると考えられる。