【実施例】
【0041】
以下、本発明の実施例を詳細に説明する。
【0042】
先ず、スズ、マグネシウム、クロム、亜鉛、チタン、ジルコニウム、鉄、リン、シリコン、銀及びニッケルを表1に示す含有量となるように調製し、鋳造機を用いて、各合金組成を有する銅合金(合金No.1〜No.20)からなる厚さ150mm〜180mmの鋳塊を作製した。次いで、600〜1000℃の熱間圧延により厚さ20mmの板材を作製し、その後冷間圧延を施した。
【0043】
上記共通工程を経た後、表2に示すように、プロセスAでは、処理温度400℃、425℃、450℃のいずれか、処理時間30分間又は2時間で板材に時効熱処理を施した後、圧下率19%で仕上圧延を施し、厚さ0.035mmの導体を得た。
また、プロセスBでは、表3に示すように、処理温度400℃、425℃、450℃のいずれか、処理時間30分間又は2時間で、板材に時効熱処理を施した後、圧下率90%或いは77%で圧延処理を施し、厚さ0.035mmの導体を得た。プロセスA及びBにおいて、最終製品である導体の厚さは同じとした。
更に、比較としてのプロセスCでは、表4に示すように、熱間圧延後の厚さ20mmの板材に冷間圧延を施して厚さ0.035mmの導体を得て、その後処理温度350℃、375℃、400℃、450℃、700℃、750℃、800℃、900℃のいずれか、処理温度15秒間、30分間、2時間のいずれかで、導体に時効熱処理を施した。
【0044】
作製された導体について、以下に示す方法により、0.2%耐力、導電率(EC)、伸び及び屈曲寿命の各特性、並びに仕上圧延前の結晶粒径をそれぞれ測定した。
【0045】
(A)0.2%耐力
試験条件は、JIS Z 2241に準拠し、圧延方向を長手方向として引張試験を行った。
【0046】
(B)導電率(EC)
電気抵抗(又は電気伝導度)の基準として、国際的に採択された20℃における焼鈍標準軟銅(体積抵抗率: 1.7241×10
−2μΩm)の導電率を、100%IACSとして規定している。各材料の導電率は一般的に知られたものであり、純銅(タフピッチ銅、無酸素銅)はEC=100%IACS、Cu−0.15Sn、Cu−0.3Crでは、EC=85%IACS程度である。ここでECは、Electrical Conductivityの略称であり、IACSは、International Annealed Copper Standardを示す。
【0047】
一方、製造プロセスによってその導電性は変化する。例えば本実施例におけるプロセスAとプロセスBでは、仕上圧延量が異なるために、プロセスBの方がやや導電性が劣化する。各実施例における材料の電気抵抗は、導電率70%IACS以上であれば想定される環境若しくは設計の相当範囲において十分な役割を果たすとして極めて良好「◎」とし、50〜70%IACSであれば使用環境、SRC構造如何によっては製品特性が十分あると判断して良好「〇」、50%IACS未満であればその導体は不適であると判断して不良「×」とした。
【0048】
(C)伸び
試験条件は、JIS Z 2241に準拠し、導体の長手方向にて引張試験を行い、突合せ伸びを測定した。測定結果の伸びが5%未満の場合には寿命を延ばすことが出来、例えば設計範囲を広げることも可能となることから、測定値を明記した。なお、導電率を多少犠牲にして従来よりも多少低い値になることがあっても、伸びの特性をより良好とすることで、屈曲特性を更に向上することが可能となり、その性能バランスに因っては回転コネクタ装置に用いるフラットケーブルに適した導体となる。
【0049】
(D)ヤング率
ヤング率は上記項目(A),(C)の引張試験で得られた応力−歪曲線の0.2%耐力に達しない弾性域に限定して、応力変化量を歪変化量で除した傾きに相当する数値(MPa)を用いた。この数値はプロセスによって変化するが、本実施例では組成依存の方が大きかったため、代表値のみを表2に示した。
【0050】
(E)仕上圧延前の結晶粒径
結晶粒径は、試験サンプルを幅と厚さの2方向断面について樹脂埋め及び研磨にて鏡面を出し、クロム酸などのエッチング液で粒界腐食させ、光学顕微鏡や電子顕微鏡で観察した際結晶粒径が十分判断できる状態にしてから、JIS H 0501の切断法に準拠し測定を実施した。測定数は30から100とし、1結晶粒当たりの直径の平均値を求めた。
【0051】
(F)屈曲寿命
FPC屈曲試験機(上島製作所社製、装置名「FT−2130」)を用い、試料固定板および可動板に、導体を100mmの長さに切断した後、2本を通電可能な架橋を施して、一端を可動板側に貼り付け、他端を鉛直方向に所望の径で屈曲させ、更にその他端を固定板側に固定し、両自由端を測定器につなげることで屈曲寿命を判定した。2本のうち1本が断線した場合に電圧は測定不能となることから、その時点を寿命と判断した。試験条件は、試験温度:20〜85℃、屈曲半径X:半径4mm〜8mm(7.5mm、6.3m、5.5mm、4.7mm)、ストローク:±13mm、回転速度:180rpmとした。電圧が測定不能となったときの屈曲回数が30万回以上である場合を、回転コネクタが要求される疲労特性を満足するとして良好「〇」、30万回未満である場合を不良「×」とした。上記の方法にて測定、評価した結果を表2〜4に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
【表3】
【0055】
【表4】
【0056】
表2〜4の結果より、合金No.1〜No.17ではいずれも、プロセスA或いはプロセスBを経て導体を製造することで(表2及び表3)、所望半径に対する寿命が十分な耐力を有し、導電率が50〜98%IACSの範囲内の値となった。特にプロセスBにおいて、伸びが好ましい範囲である5%未満となった。
但し、合金No.1〜No.17では、プロセスCを経て導体を製造すると(表4)、0.2%耐力及び導電率のいずれか或いは双方が本発明の範囲外となった。
【0057】
一方、合金No.18では、プロセスAを経て導体を製造した場合(表2)、0.2%耐力が本発明の範囲外となった。
【0058】
合金No.19,20は、プロセスAを経て製造した場合、耐力は高く寿命スペック化には十分であるが、導電率が本発明の範囲外となった。また、プロセスB,Cを経て製造した場合も同様であった。合金組成におけるSn或いはZnの含有率が、本発明の範囲の上限を上回っていることが原因である。
【0059】
次に、表1の合金No.で示す各合金とプロセスA、B、C(表2、表3、表4)の各発明例の導体を、0.35kgf又は0.2kgfの張力を付与しながら、PET樹脂及び接着剤の複合材(リケンテクノス社製、エアバッグ用フレキシブルフラットケーブル(絶縁フィルム)、樹脂厚25μm、接着剤厚20μm」)で挟み込み、両面からプレスしてラミネート処理を施し、フラットケーブルを作製した。ラミネート処理条件は、プレス温度165℃、プレス時間3分間、プレス圧力0.5MPaとした。
【0060】
また、表1の合金No.18,19,20とプロセスA(表2)とを組合せ、上記と同様にしてフラットケーブルを作製した。
【0061】
次いで、合金No.1〜No.17,及び合金No.18〜No.20について、以下に示す方法により、ラミネート作製時における導体間のピッチずれ、ラミネート作製時の導体断面積変化、及び屈曲試験後の導体残存耐力を観察、測定した。尚、屈曲試験前のフラットケーブル(初期製品)においてスリット形成前の広幅条の導電率を4端子法で測定した後、屈曲試験後のフラットケーブルについて全く同じ屈曲試験環境下で広幅条(12.75mm)の導電率を測定し、屈曲試験前後で導電率の変化が無いことを確認した。
【0062】
(G)ラミネート作製時における導体間ピッチずれの判定
ラミネートの導体間ピッチを0.2mm〜1mmとし、ラミネート処理前の導体間ピッチとラミネート処理後の導体間ピッチを比較して、導体間ピッチのずれが1/10未満であった場合を良好「〇」、1/10以上であった場合を不良「×」とした。ラミネート作製時における導体間ピッチのずれを評価項目としたのは、導体間ピッチの1/10以上のずれが起きた場合、導体がラミネート作製時の張力不足によりたるみが起きたためである。ラミネートの導体間のピッチずれは、導体と樹脂間の空隙発生の原因となり屈曲寿命が低下することや、付与張力の変化が起きた場合はラミネート製造中における断線もしくは断面積減少の原因となる。
【0063】
(H)ラミネート作製時の導体断面積変化
ラミネート作製時の導体断面積変化は、回転コネクタ装置に用いられる長さのケーブル両端の電気抵抗測定にて確認し、ラミネート作製の前後で小数点以下1桁のオーダ(単位はΩ)で抵抗変化が無い場合断面積を維持したとして良好「〇」、抵抗変化がある場合を不良「×」とした。また抵抗変化とは別に、厚さが3μm以上減少した箇所が存在するか、もしくは板幅が0.05mm以上減少した箇所が存在する場合は、不良「×」とした。厚さ或いは幅は、光学顕微鏡で拡大した像にて測定を行った。
【0064】
(I)屈曲試験後の導体残存耐力の測定
FPC屈曲試験機(上島製作所社製、装置名「FT−2130」)を用い、試料固定板および可動板に、フラットケーブルを150mmの長さに切断した各供試片を固定し、モータ部により可動板を移動させて、屈曲試験を行った。試験条件は、試験温度:20〜85℃、屈曲半径X:半径4mm〜8mm、ストローク:±13mm、回転速度:180rpmとし、同条件にて20万回の試験を実施した。屈曲試験後、試験材を取り出して、ラミネートをクレゾールで溶解し、屈曲半径Xを上記範囲内で維持した状態で行なった20万回の屈曲運動後における導体の長手方向の0.2%耐力(残存耐力)が、屈曲試験前における長手方向の0.2%耐力(初期耐力)の80%以上である場合、形状維持のために必要な弾性を保持しているとして良好「〇」、20万回の屈曲運動後における導体の長手方向の0.2%耐力が上記初期耐力の80%未満である場合、形状維持のために必要な弾性が失われたとして不良「×」とした。
上記の方法にて測定、判定した結果を表2〜4に示す。
【0065】
表2の結果より、合金No.1〜No.17では、合金成分が本発明の範囲内にあり、かつプロセスAを経ることで0.2%耐力及び導電率の双方が良好であった。また、プロセスAを経ることで、フラットケーブルの屈曲寿命、電気抵抗、ラミネート作製時の導体間ピッチずれ、ラミネート作製時の導体断面積変化、屈曲試験後の導体残存耐力が良好となった。特に、4mm〜8mmの範囲のうち少なくとも6.3mm及び7.5mmの屈曲半径で、回転コネクタ装置のフラットケーブルに要求される疲労特性(屈曲寿命)を十分に満たすことが分かる。また、表中の限界屈曲半径とは、下記(1)式を用いて、0.2%耐力、ヤング率及び厚さtから算出される算出値である。
X=(1.2×E/Y+1)×t/2 ・・・(1)
ここで、Xは限界屈曲半径(単位:mm)、Eはヤング率(単位:MPa)、Yは0.2%耐力(単位:MPa)、tは厚さ(単位:mm)である。
この実験結果と限界屈曲半径の算出値との相関関係によれば、上記(1)式を用いて算出される限界屈曲半径は、フラットケーブルの屈曲寿命が十分となることが分かる指標であることが確認できる。よって、屈曲半径4mm〜8mmの範囲の中でより厳しい屈曲半径を要求される場合、上記(1)式を用い、0.2%耐力、ヤング率及び厚さから限界屈曲半径を算出し、算出された限界屈曲半径に基づいて適切な合金およびプロセスを選定することが可能となる。また、上記(1)式から得られる算出値以上の屈曲半径であれば、フラットケーブルの屈曲寿命がより良好になる。
【0066】
更に、上記(1)式をYで整理して、以下の式に変換することができる。
Y=1.2×t×E/(2X−t) ・・・(2)
すなわち、仕様等に応じた指定の屈曲半径に基づいて想定される最小の屈曲半径の値が分かれば、上記(2)式を用い、当該最小の屈曲半径を限界屈曲半径とし、更にヤング率及び厚さを決定することで、その限界屈曲半径において十分な疲労特性(屈曲寿命)が得られる0.2%耐力の値を決定することができる。また、上記(2)式から得られる算出値以上の0.2%耐力を有するフラットケーブルであれば、より良好な屈曲寿命が得られる。
【0067】
また、表2の結果より、合金No.1〜No.17では、プロセスAを経ることで、ラミネート作製時の導体間ピッチずれ、ラミネート作製時の導体断面積変化、及び屈曲試験後の導体残存耐力のいずれも良好であることが分かった。
【0068】
一方、合金成分が本発明の範囲外である合金No.18においては、7.5mm、6.3m、5.5mm及び4.7mmの屈曲半径で屈曲寿命が不良となった。また、屈曲試験後の導体の残存耐力が初期耐力の80%未満となり、材料強度不足となった。これは、合金組成が本発明の範囲外であるために屈曲試験中結晶粒粗大化を抑止できず、導入歪の硬化と結晶粒微細化による硬化の双方の効果を失ってしまったためである。
また、合金成分が本発明の範囲外である合金No.19,20では、先に述べたように導電率が本発明の範囲外となった。
【0069】
また、表3の結果から、合金No.1〜No.17において伸びを5%未満にするようなプロセスBを経ることで、プロセスAを経て製造した場合と比較して、同一の合金でより厳しい屈曲半径でも屈曲寿命がより良好となり、特に好ましい特性が得られることが分かる。
【0070】
表4の結果は、不適なプロセスCを経た試作材の結果である。合金No.1〜No.17において不適なプロセスを経ることで、0.2%耐力及び導電率の一方又は双方が本発明の範囲外となった。また、例えば耐力不足が招く断面積減少を防ぐため、合金No.13,No.14のように張力を0.35kgfから0.20kgfに下げても、ラミネート作製時の導体間のピッチずれを起こしてしまうため、評価項目の全てを満足させることはできなかった。なお、本発明の不等式において、0.2%耐力が最も低くなる条件である屈曲半径8mmと、厚さ0.035mmと、一般的なヤング率120000MPaとを用いて計算した場合、本発明における0.2%耐力の範囲は315.7MPa以上となるが、軟銅の場合、本発明の不等式の範囲外にある耐力を有する場合が多く、本不等式に則らないと推察される。