【実施例】
【0019】
以下,本発明におけるPARP阻害剤について,実験例を用いて説明を行う。
【0020】
<<実験例1,沖縄自生植物からのスクリーニング>>
1.162種類の沖縄自生植物の葉,実を用いて,これらからPARP阻害活性を有する成分を見出すことを目的に実験を行った。
2.
図1に葉や実からの有用成分の抽出方法,
図2にPARP阻害活性のアッセイ方法を示す。
【0021】
3.PAR合成のアッセイ法
PAR合成反応液(10μM NAD
+,15μg/ml nicked DNA,50mM Tris-HCl buffer pH8.0,10mM MgCl
2,0.25μg PARP1)を25℃,30分間反応させ,2MKOH,20%アセトフェノン(50μl)添加し,4℃,10分暗室で冷却後88%formic acid(225μl)を添加し,110℃で5分間熱処理して残存NAD
+を蛍光誘導体化し,その蛍光強度を測定した。
4.PARP阻害活性の定義
上記PAR合成反応系を用いてPARP阻害活性を求めた。
PAR合成が進むとNAD
+が消費されて蛍光強度が弱まる。
仮にPARP阻害物質を加えた場合,PARP活性が抑制され,NAD
+の消費が抑えられ,結果として蛍光強度が強くなる。
そこで,PARP未添加と添加の両反応系の反応後の蛍光強度差を求め,その差をPARP活性100%(仮にA)とする。
一方,PARPとPARP阻害物質の共存下における反応後の蛍光強度と,PARP存在下の反応後の蛍光強度との差をBとする。
PARP阻害活性を便宜上B/A×100とした(
図2)。
【0022】
5.
図3にPARP阻害アッセイの結果の一部を示す。
これら一連の実験により,比較的高いPARP阻害活性を示す3種類の抽出成分(63番,67番,103番)が見出され,そのうちの一つ(
図3中,63番)が,オオフトモモの葉であり,以降,オオフトモモの葉に関して実験を行った。
【0023】
<<実験例2,オオフトモモ葉抽出物の構造解析>>
1.
図4及び5に,オオフトモモ葉からの成分抽出方法,ならびに有効成分の精製方法を示す。
この精製方法により,PARP阻害活性を有する画分として,2つの成分(AQ1,AQ2)を得た。
そして,2つの成分(AQ1,AQ2)についてMass,NMRによる分析を行い,その構造を明らかにすることを目的に実験を行った。
その結果,AQ1,AQ2は,それぞれVescalagin,Castalaginであることが推定されたが,AQ1,AQ2の単離は,次のとおり行った(以下,「Castalagin」はAQ2を,「Vescalagin」はAQ1を意味する。)。
(1)Castalaginの単離
レンブ(別名:オオフトモモ)の葉は,2014年に沖縄市の民家で採集し,60℃で乾燥後,粉砕(IKA社MF10,3000rpm カッターミル φ1mm篩)したものを使用した。
抽出は高速溶媒抽出装置(DIONEX社ASE-350)により,抽出試料90g(試料/セライト45:45)を100mLセル2本に45gずつ充填し,水を溶媒に,85℃,1500psi,静置時間10分,フラッシュ容量60%,パージ時間300秒で行った。
得られた水抽出液(250mL)は,室温に戻したのちODS(YMC社YMC-Pack ODS-AQ 120-S50)を充てんしたカラム(φ50mm×L100mm)で粗分離(溶媒系:0.1%ギ酸→0.1%ギ酸/アセトニトリル 80:20,流速27mL/分)を行った。
得られたcastalaginを含む画分(426mg)をゲルろ過(東ソー社TOYOPEARL HW40F,φ30mm×L300mm)により分離(水/アセトニトリル 75:25,流速6mL/分)し,粗castalagin (153mg)を得た。
この粗castalaginは最終的に向流クロマトグラフ(三鬼社CPC-LLB-M)により精製(1100rpm,水/n-ブタノール/n-プロパノール 100:45:55,上層移動相,流速2.5mL/分)し,106mgのcastalaginを薄褐色のアモルファスとして得た。
(2)Vescalaginの単離
レンブ(別名:オオフトモモ)の葉は2014年に沖縄市の民家で採集し,60℃で乾燥後,粉砕(IKA社MF10,3000rpm カッターミル φ1mm篩)したものを使用した。
試料70gを700mLのアセトン/水7:3で抽出(1日静置)したのち,遠心分離(3000rpm,30分)により固液分離した。
固体はさらに2回,700mLのアセトン/水7:3で抽出(1日静置)したのち,遠心分離(3000rpm,30分)による固液分離を行った。
3回の抽出操作により合わせて約2000mLの抽出液を得た。
この抽出液をろ過(東洋濾紙社 GA-100)後,減圧下アセトンを除去し,さらに濃縮を行い約500mLの水溶性抽出液を得た。
これを酢酸エチル500mLで分液を行い,その下相(水相)を減圧下で酢酸エチルを除去し,さらに濃縮を行い約250mLの抽出液を得た。
この抽出液をODS(YMC社YMC-Pack ODS-AQ 120-S50)を充てんしたカラム(φ50mm×L100mm)で粗分離(0.1%ギ酸→0.1%ギ酸/アセトニトリル 80:20,流速27mL/分)を行った。
得られたvescalaginを含む画分(463mg)をゲルろ過(東ソー社TOYOPEARL HW40F,φ30mm×L300mm)により分離(水/アセトニトリル 75:25,流速6mL/分)し,粗vescalagin (236mg)を得た。
この粗vescalaginは最終的にゲルろ過(東ソー社TOYOPEARL HW40F,φ30mm×L300mm)により精製(水/アセトニトリル 75:25,流速2.5mL/分)し,205mgのvescalaginを薄褐色のアモルファスとして得た。
【0024】
2.
図6にAQ2のESI-MS分析結果,
図7にAQ1とAQ2のESI-MS分析結果(上段:AQ2,下段:AQ1)を示す。
これらの分析結果から,AQ1,AQ2,いずれもその分子量は,934であると考えられる。
【0025】
3.
図8にAQ2のNMR分析結果を示す。
δ60-80に6本のシグナル,δ90-100にシグナルが観測されないことから,AQ2は,開環した六炭糖の構造を有すると考えられる(
図8,下)。
δ105-175に35本のシグナルが観測され,そのうち5本がδ165-175のカルボニル領域であることから,AQ2は,没食子酸の構造単位を5つ有すると考えられる(
図8,下)。
炭素原子数41,酸素原子数26以上,分子量934であることから,AQ2の分子式はC
41H
26O
26であると推定される。
【0026】
4.
図9にAQ2のメチル化化合物のNMR分析結果を示す。
水酸基をメチル化するジアゾメタン処理によるNMRの分析結果から,AQ2は,酸性の水酸基(フェノール性またはカルボン酸)が15あると推定される(
図9,上)。
【0027】
これらの結果から,AQ2は,castalaginもしくはvescalaginであることが推定された。
また,AQ1は,MSスペクトルがAQ2のそれとほぼ一致していることから,AQ2と異性体の関係にあるvescalaginもしくはcastalaginである可能性が高いと考えられた。
【0028】
そこで,このことを確認するために,AQ2のNMRスペクトルデータ(表1),比旋光度([α]
24D=−94.5°)及びUVスペクトルデータ(UV λ 224nm 285nm(Sh))を基にcastalaginのそれと比較したところ一致した。
【0029】
【表1】
【0030】
したがって,AQ2は,castalaginであると同定した(
図10)。
また,AQ1についてもAQ2と同様に,NMRスペクトルデータ,比旋光度及びUVスペクトルデータを基にcastalaginの異性体であるvescalaginのそれと比較したところ一致した。
したがって,AQ1は,vescalaginであると同定した(
図10)。
なお,vescalagin及びcastalaginは,いずれもC-配糖体型エラジタンニンである。
【0031】
<<実験例3,AQ2のPARP阻害アッセイ>>
1.AQ2について,その構造の安定性を知ることで,経口薬としての可能性を検討することを目的に実験を行った。
表に,各前処理の方法を簡潔に示す。
【0032】
【表2】
【0033】
2.
図11に,AQ2について前処理を行った後,PARP阻害アッセイを行った結果を示す。
(1) AQ2は,酸の前処理を行ってもPARP阻害活性は中性処理の時とほとんど変わらず,AQ2は,酸に対して安定であることが分かった。
(2) 一方,アルカリ処理の場合は,その活性が著しく低下しており,AQ2自体がアルカリ処理によりその構造が変化していることが考えられ,アルカリに対しては,不安定であることが分かった。
3.これらの結果より,AQ2は,少なくとも酸に対しては安定であることから,経口薬剤としての設計が可能であることが示唆された。
【0034】
<<実験例4,AQ2と既存化合物とのPARP阻害能の比較>>
1.AQ2が,既存のPARP阻害剤と比較して,どの程度のPARP阻害能を有しているかを確認することを目的に実験を行った。
【0035】
2.
図2に示したPARP活性阻害の検定方法以外のPARP阻害を調べる方法の概要を
図12に示す。本方法は,ポリADPリボシル(PAR)化反応の生成物であるPAR化タンパクを免疫化学的に測定する方法である。
3.
図2のPARP阻害活性の測定方法に基づいて,AQ1,AQ2の阻害活性を調べるとともに,AQ2,既存のPARP阻害剤であるオラパリブのIC
50値の算出を行った。
(1) AQ1,AQ2ともに同様の阻害活性を示し,IC
50値は,0.8μg/mL(856nM)であった(
図13,左)。
(2) 一方,同じ実験系にてオラパリブのIC
50値を算出したところ,およそ15nMであった(
図14)。
(3) なお,AQ1,AQ2の構造単位として没食子酸を有する可能性が高いことを述べたが,この没食子酸についても検討を行ったところ,10μMでもPARP阻害活性を示さなかった(
図14)。
【0036】
4.AQ2,オラパリブ,3-アミノベンズアミド,没食子酸,これらの化合物を用いたPARP阻害アッセイの結果を
図15に示す。
(1) AQ2は,オラパリブよりは低く,3-アミノベンズアミドを超える阻害能を有していた。
(2) なお,没食子酸は,前述の結果(
図14)と同様,PARP阻害活性を示さなかった。
【0037】
<<実験例5,神経細胞芽腫細胞SH-SY5Yを用いた,AQ1,AQ2によるPARP阻害活性の確認>>
1.神経細胞芽腫細胞SH-SY5Yを対象細胞として用い,AQ1,AQ2によるPARP阻害を行った際,PAR合成がどのように変化するか調べることを目的に実験を行った。
【0038】
2.AQ1およびAQ2を添加したDMEM+10%FCS培地でSH-SY5Y細胞を一晩培養し,回収した細胞から可溶性タンパクを調製し,SDS-PAGE(SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動)の試料とした。
電気泳動後,タンパクをPVDF膜に転写し,一次抗体に抗ポリADPリボース抗体を用いてタンパクに共有結合しているPAR鎖を検出した。
なお,PARP阻害剤のポジティブコントロールとしてオラパリブを用いた。
【0039】
3.
図16に結果を示す。
(1) コントロールである一番左の濃いラダー上に示されたバンドと比較して,3μg/mL濃度のAQ1ならびにAQ2の前処理によるバンドは薄くなっており,このことからPAR合成が阻害されていることが分かった。
(2) また,3μg/mL濃度と比較して,15μg/mL濃度のAQ1ならびにAQ2のバンドは濃くなっており,PARP阻害効果は,逆に抑制されている結果となっていた。この原因については,不明である。
(3) なお,10μMのオラパリブでは,PAR合成は強く阻害されていた。
【0040】
<<実験例6,損傷DNA依存的なPAR合成に対するAQの阻害効果>>
1.紫外線照射によりDNA損傷を惹起し,このDNA損傷により誘発されるPAR合成が,AQ1等によりどのような影響を受けるかを明らかにすることを目的に実験を行った。
【0041】
2.AQ等を添加したRPMI1640+10%FCS培地でU937細胞を2時間培養し,紫外線(10mJ総量/cm
2)を照射した。
回復時間2時間経過後,回収した細胞から可溶性タンパクを調製し,実験例5の方法に従ってタンパク結合PAR鎖を検出した。
【0042】
3.
図17に結果を示す。
(1) DNA損傷のコントロールである左から2番のバンドと比較して,AQ1,AQ2による処理については,PAR合成は抑制されていなかった。
(2) 一方,オラパリブは,PAR合成を強く抑制していた。
【0043】
<<実験例7,AQ2のPARP阻害メカニズムに関する検討>>
1.AQ2が,どのような機序でPARP阻害を行っているかを明らかにすることを目的に実験を行った。
【0044】
2.
図18は,PARPをAQ2で前処理を行った後,AQ2による阻害活性を調べた結果を示す。
(1) AQ2を予めPARPと反応させる前処理の有無でAQ2の阻害活性を比較しても,その阻害活性効果はほとんど変わらなかった。
(2) また,いずれについてもAQ2の濃度依存的な阻害活性効果は変わっていなかった。
(3) これらの結果より,AQ2がPARP分子そのものに不可逆的に結合するなどの構造変化をもたらし阻害活性効果を発揮している可能性はないものと考えられた。
【0045】
3.
図19は,AQ2のZnキレート能について検討を行った結果である。
すなわち,PARPは,Znを必要とする酵素(Zn酵素)であることから,AQ2がZnをキレートにより捕捉し,PARP活性を低下させている可能性について,Znを必要とする酵素であるアルカリホスファターゼ(ALP)を対象として検討を行ったものである。
(1) 陰性対象であるDMSOと比較して,AQ2添加によるALP活性はほとんど変化しておらず,また,濃度を変更してもその影響は全く見られなかった。
(2) なお,オラパリブの添加を行っても,ALP活性は,変化していないことが分かった。
(3) これらの結果から,AQ2が,ZnをキレートすることでPARP阻害効果を発揮している可能性はないものと考えられた。
【0046】
4.
図20は,pcDNA3/HA-DNp73αを基質として,2種類の制限酵素NheIとXhoIによるインサートの切り出しに対して,AQ1等が阻害効果を示すのかを調べた結果である。
すなわち,PARPは,その活性の発揮に,10mM程度のMg
2+を必要とする。
関与する反応は異なるものの,NheI,XhoIは,PARP同様,その活性の発揮に,10mM程度のMg
2+を必要とすることから,これらを対象として検討を行ったものである。
(1) AQ1については,3μg/mL,15μg/mL,いずれの濃度でも,阻害作用は見られなかった。
(2) 一方,AQ2について,3μg/mLでは阻害作用は見られなかったものの,15μg/mLでは,部分的な阻害作用が見られた。
(3) なお,オラパリブについて,5μMの濃度で検討を行ったが,阻害作用は見られなかった(不図示)。