【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、農林水産省、「食糧生産地域再生のための先端技術展開事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の第1の態様は、以下の工程(1)〜(4)
(1)2−DHA−ホスファチジルコリンを含有する脂質混合物をリパーゼ処理する工程
(2)濃度95v/v%以上の低級アルコール中にリパーゼ処理後の脂質混合物を溶解した溶液と強塩基イオン交換樹脂とを接触させて、脂質を強塩基イオン交換樹脂に吸着させる工程、
(3)強塩基イオン交換樹脂に吸着した脂質を濃度90v/v%以下の低級アルコールを用いて溶出する工程、及び
(4)溶出した脂質をシリカゲルクロマトグラフィーに供して、2−DHA−リゾホスファチジルコリンを含む通過液を回収して脂質組成物を得る工程
を含む、リゾホスファチジルコリン含有量が組成物重量に対して70重量%以上であり、かつDHA含有量が脂質組成物の脂肪酸重量に対して35重量%以上である、2−DHA−リゾホスファチジルコリン含有脂質組成物の製造方法に関する。
【0012】
本発明の第一の態様は、2−DHA−ホスファチジルコリンを含有する脂質混合物をリパーゼ処理する工程(1)を含む。
【0013】
工程(1)において、2−DHA−ホスファチジルコリンすなわちDHAがグリセリン骨格の2位に結合したホスファチジルコリンを含む天然資源から回収される脂質混合物が、リパーゼ処理の対象物として利用される。その例としては、カツオ、マグロ、イワシ、サバ、サケなどの魚類の組織、ケンサキイカ、コウイカ、マイカ、スルメイカ、ホタルイカ、ヤリイカ等のイカ類の組織などのDHAを含む水産資源から、適当な有機溶媒を用いた抽出等の手段によって回収することができる脂質混合物を挙げることができる。また、DHA含有油を含む飼料を給餌した家禽が産む卵から、適当な有機溶媒を用いた抽出によって回収することができる脂質混合物も、本発明において利用可能である。
【0014】
工程(1)において原料として用いられる脂質混合物中のホスファチジルコリン含有量は、混合物全体に対して10重量%以上、好ましくは20重量%以上、より好ましくは40重量%以上である。また、脂質混合物中のDHA含有量は、混合物中の全脂肪酸重量に対して5重量%以上、好ましくは10重量%以上、より好ましくは20重量%以上、さらにより好ましくは30重量%以上である。また、脂質混合物は、2−DHA−ホスファチジルコリン以外のリン脂質、遊離脂肪酸、中性脂質その他の脂質、タンパク質、アミノ酸、核酸などを含んでいてもよく、また溶液又は懸濁液の状態であってもよい。
【0015】
本発明においては、水産廃棄物である魚類の皮やアラ、イカ類の皮などから、好ましくはイカ類の皮又はサケの頭部から、最も好ましくはイカ類の皮から有機溶媒を用いた抽出によって回収される脂質混合物が利用される。有機溶媒の例としては、エタノール、ヘキサン、イソプロピルアルコール、酢酸エチル、アセトン、エーテル、クロロホルム、メタノール、ブタノール又はこれらの混合物等を挙げることができる。
【0016】
天然資源から回収されるかかる脂質混合物中の2−DHA−リン脂質は、リパーゼ処理によって2−DHA−リゾリン脂質へと変換される。本発明において利用されるリパーゼは、グリセリド骨格のsn−1位若しくはsn−3位のエステル結合を加水分解する1,3位特異性リパーゼ、sn−1位を特異的に加水分解するホスホリパーゼA1若しくはこれと同様の特異性を有するリパーゼ、又は長鎖不飽和脂肪酸のエステル結合を加水分解する活性が低いリパーゼから選択される。そのようなリパーゼは当業者に周知であり、1,3位特異性リパーゼの例としては、リリパーゼA−10D(ナガセケムテックス株式会社)、リポザイムRMIM(ノボザイムズ)、リポザイムTLIM(ノボザイムズ)、パラターゼ20000L(ノボザイムズ)、リパーゼA「アマノ」6(天野エンザイム)、リパーゼR「アマノ」(天野エンザイム)、リパーゼDF「アマノ」15(天野エンザイム)などを、また長鎖不飽和脂肪酸のエステル結合を加水分解する活性が低いリパーゼの例としては、リパーゼAY「アマノ」30SD(天野エンザイム)、リパーゼMER「アマノ」(天野エンザイム)、リパーゼOF(名糖産業)などを、それぞれ挙げることができる。
【0017】
水産資源からの2−DHA−ホスファチジルコリンを含む脂質混合物の回収及びリパーゼ処理は、例えば特許文献1(特開平9−206088号公報)、特許文献2(特開2003−93086号公報)などに記載された条件又はそれを当業者の通常の実施能力の範囲内で改変した条件の下で行うことができる。
【0018】
例示すれば、脂質混合物の回収は、フリーズドライ等によって粉末化した水産資源に10倍量程度の濃度95v/v%以上のアルコール溶液を加え、室温〜60℃程度で数時間撹拌した後にアルコール溶液を回収することにより行うことができる。また、アルコールの入っていない水系で前記と同様な反応を行うこともできる。またリパーゼ処理は、脂肪酸が加水分解される条件であればいずれでも良いが、好ましくは反応温度は0〜50℃、反応時間は10分〜48時間、反応液のpHは3〜8の範囲で適宜調節すればよい。リパーゼ処理は、加熱若しくは有機溶媒の添加などによって酵素を失活させることで、又はろ過により酵素を除去することで終了させることができる。
【0019】
リパーゼ処理後の反応液は、そのまま、又は溶媒抽出やエバポレーターその他の機器を用いた濃縮処理等を行った後に、次の工程(2)において用いることができる。
【0020】
本発明の第一の態様は、濃度95v/v%以上の低級アルコール中にリパーゼ処理後の脂質混合物を溶解した溶液と、強塩基イオン交換樹脂とを接触させて、脂質を強塩基イオン交換樹脂に吸着させる工程(2)を含む。
【0021】
工程(2)は、95v/v%以上の低級アルコール中に工程(1)でリパーゼ処理した脂質混合物を溶解した溶液と強塩基イオン交換樹脂とを槽内で撹拌することで接触させるバッチ式工程であってもよいが、濃度95v/v%以上の低級アルコールをカラム溶媒として強塩基イオン交換樹脂を充填させた適当なカラムに、95v/v%以上の低級アルコール中に工程(1)でリパーゼ処理した脂質混合物を溶解した溶液を流通させて、2−DHA−リゾリン脂質を含む脂質を強塩基性イオン交換樹脂に吸着させるカラムクロマトグラフィーであることが好ましい。
【0022】
濃度95v/v%以上の低級アルコールは、例えば、メタノール、エタノール及びイソプロパノールの各溶液を挙げることができるが、エタノール、特に工業用エタノール又は純エタノールと呼ばれる濃度97v/v%のエタノールが好ましい。
【0023】
工程(2)で利用可能な強塩基性イオン交換樹脂としては、官能基として四級アンモニウム基例えばトリメチルアンモニウム基を導入したI型強塩基性イオン交換樹脂やジメチルエタノールアンモニウム基を導入したII型強塩基性イオン交換樹脂などが利用可能である。そのような強塩基性イオン交換樹脂の具体例としては、PA306Sその他の強塩基性陰イオン交換樹脂「ダイヤイオン(商標)シリーズ」(三菱化学)、IRA400J、IRA402BLその他のI型強塩基性陰イオン交換樹脂(オルガノ)、IRA410J、IRA411その他のII型強塩基性陰イオン交換樹脂(オルガノ)、DOWEX(商標)1×2その他のI型強塩基性陰イオン交換樹脂(ダウ・ケミカル社)等を挙げることができる。樹脂の使用量は、リパーゼ処理後の脂質混合物の量、及び溶液の量に応じて適宜決定すればよく、例えば脂質混合物の1〜20倍量、好ましくは2〜10倍量の樹脂が用いられる。
【0024】
強塩基イオン交換樹脂への脂質の吸着が完了したら、樹脂は溶液から分離され、好ましくは、95v/v%以上の低級アルコールを適宜流通させて望ましくない成分を洗い流した後、次の工程(3)に供される。
【0025】
なお、工程(2)は、リパーゼ処理した脂質混合物を濃度95v/v%以上の低級アルコールで溶解した溶液と強塩基性イオン交換樹脂とを接触させる前に、前記溶液を活性炭処理することをさらに含むことが好ましい。使用する活性炭の種類に特に制限はなく、また活性炭の量は脂質混合物1重量部あたり5〜20重量部、好ましくは5〜10重量部であればよい。
【0026】
本発明の第一の態様は、強塩基イオン交換樹脂に吸着した脂質を濃度90v/v%以下の低級アルコールを用いて溶出する工程(3)を含む。工程(3)は、脂質が吸着した強塩基イオン交換樹脂を濃度90v/v%以下の低級アルコール中で撹拌するバッチ式工程であってもよく、工程(2)のイオン交換樹脂がカラムに充填されているときは、当該カラムに濃度90v/v%以下の低級アルコールを流通させて強塩基イオン交換樹脂から脂質を溶出するカラムクロマトグラフィー工程であってもよい。好ましくは、工程(3)はカラムクロマトグラフィー工程である。
【0027】
溶出のための低級アルコールは、濃度75〜90v/v%、好ましくは80〜90v/v%、より好ましくは85〜90v/v%の低級アルコール水溶液である。溶出の際、低級アルコール濃度を工程(2)における95v/v%以上から上記溶出濃度に一度に切り替えてもよく、又は95v/v%以上から連続的若しくは段階的に上記溶出濃度に変化させてもよい。
【0028】
工程(3)がバッチ式工程である場合、溶出を複数回にわたって行い、それぞれで回収した溶出液をまとめて次の工程に供することが好ましい。また工程(3)がカラムクロマトグラフィーである場合、カラム容量の2〜5倍量に相当する低級アルコール溶液を流通させて、溶出液を回収することが好ましい。回収された溶出液は、そのまま、又はエバポレーターその他の機器を用いた濃縮処理等を行った後に、次の工程において用いることができる。
【0029】
本発明の第一の態様は、工程(3)で溶出した脂質をシリカゲルクロマトグラフィーに供して、2−DHA−リゾホスファチジルコリンを含む通過液を回収して脂質組成物を得る工程(4)を含む。
【0030】
工程(4)は、工程(3)で溶出した脂質を含む溶出液をそのまま、又は溶出液から好ましくは濃縮若しくは乾固した脂質を再び低級アルコールで溶解した溶液を、適当なカラムに充填したシリカゲルに流通させ、カラムの通過液画分を2−DHA−リゾホスファチジルコリンを含む脂質組成物として回収する、シリカゲルカラムクロマトグラフィーであることが好ましい。シリカゲルは特別なものを必要とせず、生化学用途で通常使用されるものであればよい。またシリカゲルの量は、カラムに流通させる脂質の量及び溶液量に応じて適宜決定すればよく、例えば脂質の1〜20倍量、好ましくは2〜10倍量のシリカゲルが用いられる。
【0031】
工程(4)においてシリカゲルに流通させる低級アルコールの濃度は、工程(3)で脂質を溶出させるときに使用するときのそれと同じであればよい。また、脂質を含む工程(3)の溶出液又は脂質を溶解した低級アルコール溶液をシリカゲルカラムに供した後、低級アルコール溶液をさらに流通させて通過液を回収することが好ましい。
【0032】
シリカゲルからの通過液は、リゾホスファチジルコリンの含有量が70重量%以上であり、かつ脂質中の脂肪酸の35重量%以上がDHAであるという特徴を有する脂質を含む。この溶液は適当な方法によって濃縮又は乾固させることができ、そのような濃縮物又は乾固物も、上記の特徴を有する脂質組成物として利用することができる。
【0033】
本発明の第一の態様にかかる方法を経て製造される脂質組成物は、リゾホスファチジルコリン含有量が組成物重量に対して70重量%以上であり、かつDHA含有量が脂質組成物の脂肪酸重量に対して35重量%以上であるという特徴を有する。なお、本明細書において、組成物中の脂肪酸とは、脂質組成物に含まれる遊離脂肪酸及び脂質とエステル結合した状態の脂肪酸の両方を指す語として用いられる。
【0034】
第一の態様の方法により製造される脂質組成物は、70重量%以上、好ましくは75重量%以上、より好ましくは80重量%以上のリゾホスファチジルコリンを含む一方、コレステロール及び遊離脂肪酸の含有量の合計が10重量%以下、好ましくは5重量%以下であり、ホスファチジルエタノールアミン及びリゾホスファチジルエタノールアミンの含有量の合計が2重量%以下、好ましくは1重量%以下、より好ましくは後述する一般的なリン脂質分析方法での検出限界以下である。また、脂質組成物は、その中に含まれる脂肪酸の35重量%以上、好ましくは50重量%以上、より好ましくは60重量%以上、さらにより好ましくは70重量%以上がDHAであるという特徴を有する。
【0035】
リン脂質及び脂肪酸の含有量は、それぞれ当業者に公知の分析方法によって測定することができる。リン脂質の分析方法としては例えばシリカゲル系カラムを用いた液体クロマトグラフィー法、TLC法及びTLC−FID(薄層クロマトグラフ−水素炎イオン化検出)法が、脂肪酸の定量方法としては例えばガスクロマトグラフィー法が挙げられる。
【0036】
さらに、イカ類の皮又はサケの頭部から有機溶媒を用いた抽出によって回収される脂質混合物のように、工程(1)において原料として用いられる脂質混合物がEPAを含有する場合、第一の態様の方法により製造される脂質組成物もEPAを含有し得る。例えば、脂質組成物の脂肪酸組成をガスクロマトグラフィー法で分析したときの脂肪酸の総和を100重量%としたとき、DHAが35重量%以上及びEPAが10〜20重量%程を占め、パルミチン酸又はオレイン酸などの飽和脂肪酸は少量しか検出されない。
【0037】
EPAは多価不飽和脂肪酸の一種であり、心筋梗塞、虚血性心疾患、動脈硬化、脳梗塞、脳卒中、血栓症高脂血症などの予防又は改善効果を有すること知られている。本発明の第一の態様の方法により製造される脂質組成物は、DHA及びEPAを含む、特にDHAを2−DHA−リゾホスファチジルコリンとして含むことで、DHA及びEPAが有している様々な生理活性を発揮するものと期待される。
【0038】
また、本発明の第一の態様にかかる方法を経て製造される脂質組成物は、25℃における臨界ミセル濃度が10
−4wt%オーダーであるという高い乳化能を有する。
【0039】
本発明の第一の態様にかかる方法を経て製造される脂質組成物は、そのまま本発明の第二の態様にかかる脂質組成物に相当する。すなわち、本発明の第二の態様にかかる脂質組成物は、典型的には上記第一の態様にかかる製造法によって製造することができる脂質組成物、特に水産資源由来の脂質組成物である。
【0040】
本発明の第二の態様にかかる脂質組成物は、リン脂質特にリゾリン脂質が求められる分野での使用に適し、典型的には医薬分野又は健康食品を含む食品分野において、有効成分又は乳化剤として用いることができる。
【0041】
医薬分野においては、高純度リゾリン脂質、特に2−DHA−リゾホスファチジルコリンの適応が有効な疾患に対する治療剤又は治療用組成物の有効成分として利用することができる他、懸濁剤、注射用懸濁剤、リポソーム製剤、軟膏その他の製剤の調製における脂質又は乳化剤として、他の薬剤及び又は薬学的に許容される賦形剤等と併せて利用することができる。
【0042】
食品分野においては、脂質としてそのまま食用とすることができる他、食品製造のための乳化剤として利用することもでき、また高純度リゾリン脂質、特に2−DHA−リゾホスファチジルコリンの生理活性を期待した機能性食品における有効成分としても利用することができる。食品の種類や形態に特に制限はなく、飲料、調味料を含む一般的な加工食品などの他、栄養補助食品、サプリメントなどにも添加して利用することができる。また、本発明の脂質組成物の食品中の含有量は、食品の形態及び脂質組成物の使用目的を損なわない範囲で、適宜調節すればよい。
【0043】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0044】
<実施例1 本発明のカラム法によるイカ由来リゾリン脂質の精製>
1)イカからのリン脂質分抽出及びリパーゼ処理
北海道産スルメイカの粉砕乾燥イカミール191kgを900Lの抽出槽に入れた。55℃に保温した5m
3の撹拌翼付きタンクに約1000Lの95%イソプロパノールを入れ、この中の溶媒を抽出槽に循環させながら、4時間、抽出を行った。抽出液を回収後、残渣のイカミールを200Lのイソプロパノールで洗浄し、先ほどの抽出液と一緒にした。抽出液を減圧下で脱溶媒することで、約50Lのリン脂質を含む濃縮液(推定粗リン脂質含量15.4kg)を得た。
【0045】
この抽出液のうち、1/3を酵素反応なしの試料として後の試験に使うため、エバポレーターで乾固させ、約4.6kgの粗リン脂質を調製した。残りの2/3の濃縮液に、3.0kgのRhizopus japonicus由来のリリパーゼA−10D(ナガセケムテックス株式会社,トリアシルグリセロールのsn−1,3位に作用するリパーゼであるが、リン脂質の1位に作用するホスフォリパーゼA1活性を保持する)及び100Lの水を加え、30℃で一晩撹拌することでリパーゼ処理を行った。酵素処理後の液を40kgのブタノールで抽出し、減圧下で脱溶媒し、乾固させることで、イカ由来の粗リゾリン脂質約10.8kgを得た。
【0046】
2)リゾリン脂質の精製
ガラス製カラム(内径30mm×長さ400mm)に強塩基イオン交換樹脂(ダイヤイオンPA306S)120mlを、別のガラス製カラム(内径30mm×長さ400mm)にシリカゲル(AGC SI−Tech.KK. D−50−120A)100mlを充填し、それぞれのカラムに97%エタノール200mlを流した。
【0047】
1)で得たイカ由来粗リゾリン脂質の50.70gを260mlの97%エタノールに溶解し、この溶液を最初に強塩基性イオン交換樹脂のカラムに流し、リゾリン脂質を樹脂に吸着させた。樹脂体積の2倍量の97%エタノールで洗浄した後、樹脂体積の2倍量の85%エタノールでリゾリン脂質を溶出した。溶出液を更にシリカゲル(AGC SI−Tech.KK.D−50−120A)に流し、通過液を回収、濃縮することで、本発明の脂質組成物であるリゾリン脂質精製物22.13gを得た。
【0048】
<実施例2 本発明のカラム法によるイカ由来リゾリン脂質の精製>
ガラス製カラム(内径30mm×長さ400mm)に強塩基イオン交換樹脂(ダイヤイオンPA306S)100mlを、別のガラス製カラム(内径30mm×長さ400mm)にシリカゲル(AGC SI−Tech.KK. D−100−60A)100mlを充填し、それぞれのカラムに97%エタノール200mlを流した。
【0049】
実施例1の1)で得たイカ由来の粗リゾリン脂質30.68gを200mlの97%エタノールに溶解し、この溶液を最初に強塩基イオン交換樹脂カラムに流し、リゾリン脂質を樹脂に吸着させた。樹脂体積の2倍量の97%エタノールで洗浄した後、樹脂体積の2倍量の85%エタノールでリゾリン脂質を溶出した。溶出液を更にシリカゲル(AGC SI−Tech.KK. D−100−60A)カラムに流し、通過液を回収、濃縮することで、本発明の脂質組成物であるリゾリン脂質精製物13.81gを得た。
【0050】
<実施例3 本発明のカラム法によるイカ由来リゾリン脂質の精製>
ガラス製カラム(内径95mm×長さ600mm)に強塩基イオン交換樹脂(ダイヤイオンPA306S)3000mlを、別のガラス製カラム(内径95mm×長さ600mm)にシリカゲル(関東化学K.Kシリカゲル60−40−50μm)2500mlを充填し、それぞれのカラムに97%エタノール3000mlを流した。
【0051】
実施例1の1)で得たイカ由来の粗リゾリン脂質1002gを4000mlの97%エタノールで溶解し、この溶液を最初に強塩基イオン交換樹脂カラムに流し、リゾリン脂質を樹脂に吸着させた。樹脂体積の2倍量の97%エタノールで洗浄した後、樹脂体積の2倍量の85%エタノールでリゾリン脂質を溶出した。溶出液を更にシリカゲル(関東化学K.Kシリカゲル60−40−50μm)カラムに流し、通過液を回収、濃縮することで、本発明の脂質組成物であるリゾリン脂質精製物352.0gを得た。
【0052】
<実施例4 本発明のカラム法によるイカ由来リゾリン脂質の精製>
実施例1の1)と同様の方法で得たイカ由来粗リゾリン脂質125kgを400Lの97%エタノールに溶解させた後、5〜10%量の活性炭を加えて室温で30分間撹拌した。珪藻土プレコートしたフィルタープレスを用いてこの混合液をろ過して活性炭を取り除き、ろ液を回収した。
【0053】
500Lの強塩基イオン交換樹脂(ダイヤイオンPA306S)を充填したカラムに回収したろ液を流し、リゾリン脂質を樹脂に吸着させた。樹脂体積の2倍量の97%エタノールで洗浄した後、樹脂体積の2倍量の85%エタノールでリゾリン脂質を溶出した。溶出液を更にシリカゲル(AGC SI−Tech.KK. D−100−60A)カラムに流し、通過液を回収、濃縮することで、本発明の脂質組成物であるリゾリン脂質精製物約50kgを得た。
【0054】
<比較例 溶媒分配法によるイカ由来リゾリン脂質の精製>
実施例1の1)で得たイカ由来の粗リゾリン脂質335mgにn−ヘキサン:エタノール:水(体積比で10:1:1)8mlを加えて分層し、n−ヘキサン層を除去して1回分配とした。次にn−ヘキサンを3.5ml加えて分層し、n−ヘキサン層を除去した。同様の工程をn−ヘキサン3ml、2.5ml、2mlと繰り返し(液相の粘度が高くなり分層しない場合は少量のエタノールを添加)、5回分配した後に得られたエタノール・水層を回収、濃縮することで、溶媒分配法によるリゾリン脂質精製物を得た。
ここで、比較として、溶媒で1回又は3回分画したリゾリン脂質精製物も調製した。
【0055】
<試験例1 イカ由来リン脂質の脂肪酸組成及び脂質クラス組成>
実施例及び比較例で得たイカ由来リゾリン脂質精製物、並びにその調製工程の各試料を2規定のメタノール性水酸化ナトリウム及び2規定のメタノール性塩化水素を用いてメチルエステル化した後、ガスクロマトグラフィー(カラム:GカラムG−300、PEG−20M、40m×1.2mm、膜厚0.5μm、財団法人化学物質評価研究機構;装置名:GC−353、ジーエルサイエンス株式会社;カラム温度:190℃;インジェクション温度:250℃;検出器温度:250℃;キャリアガス:ヘリウム10ml/min;検出器:FID)により脂肪酸組成を分析した。
【0056】
また、粗リン脂質(実施例1の1)の酵素処理前試料)及び粗リゾリン脂質(実施例1の1)の酵素処理後試料)をTLCで展開し、ホスファチジルコリン(PC)又はリゾホスファチジルコリン(LPC)のスポットを掻き取り法で精製したPC試料、LPC試料についても、同様に脂肪酸組成の分析を行った。
【0057】
結果を表1に重量%で示す。カラム法での精製により、多価不飽和脂肪酸の含有量は増加した。また、PC試料とLPC試料を比較したところ、酵素処理により多価不飽和脂肪酸、特にDHAの含有量が2倍近くに増加していた。
【0058】
【表1】
*1 リン脂質に結合している脂肪酸全ての合計値
*2 遊離脂肪酸とリン脂質に結合している脂肪酸全てとの合計値
【0059】
また、これらの試料の脂質クラス組成をイアトロスキャン(LSIメディエンス株式会社)を用いてTLC−FID法により分析した。試料を1%濃度となるようにクロロホルム:メタノール(2:1,v/v)に溶解後、5マイクロをクロマトロッドSIIIにスポットした。クロロホルム:メタノール:水=45:20:2(v/v)で2回展開後(45分×2回)、イアトロスキャン(検出器:FID)で分析した。得られたデーターは、C−H結合を有する炭素数に比例することから、その炭素数と平均分子量で補正し、重量%に換算した。
【0060】
結果を表2に重量%で示す。従来法である溶媒分画法では、分画を5回繰り返してもホスファチジルエタノールアミン(PE)及びリゾホスファチジルエタノールアミン(LPE)が残存したのに対し、本発明のカラム法では、PE及びLPEは検出限界以下に、コレステロール+脂肪酸の量も従来法の半分以下に減少し、LPCの比率は80%超まで高められた。表中には実施例4のリゾリン脂質精製物の分析値が示されているが、実施例1〜3のリゾリン脂質精製物も同様の組成であった。
【0061】
【表2】
【0062】
<試験例2 イカ由来リゾリン脂質精製物の乳化安定性の評価>
実施例4及び比較例で得たイカ由来リゾリン脂質精製物を乳化剤として用いて乳化液状ドレッシング様サラダ調味料を作成し、その乳化安定性を評価した。乳化剤の量が0.25g、総量が1.3gとなるように各乳化剤を水と混合した後、混合物を一晩放置して溶解させた。使用した乳化剤の種類及び水の配合量を表3に示す。総PL(リン脂質)含量は、イアトロスキャンで測定した。
【0063】
【表3】
【0064】
この混合物に米酢1.5gと食塩0.2gを添加後、7gのチリ産養殖銀鮭ミール油(市販の銀鮭を凍結乾燥、破砕後、ヘキサン・イソプロパノール(2:1)で抽出して油分を回収し、脱酸したもの)を3回に分けて添加しながらホモゲナイズ(ホモジナイザー VH−10、シャフトジェネレーター S10N−10G(いずれもアズワン株式会社))した。11,400rpmでのホモゲナイズにより乳化させた後,さらに20,450rpmで30秒間のホモゲナイズにより追加乳化させた。窒素ガス発生器で窒素置換後、室温で2時間放置し、さらに80℃で14日間放置し、乳化が壊れ始める時間と、乳化が完全に壊れる時間とを調べた。80℃での加熱は、乳化を早く壊すための加速試験である。
【0065】
結果を表4に示す。本発明のカラム法で精製したリゾリン脂質は、大豆由来の市販リゾレシチンを含む既存乳化剤、及び溶媒分画法による精製品よりも遥かに乳化安定性に優れていた。
【0066】
【表4】
【0067】
<試験例3 リゾリン脂質精製物の乳化特性の評価>
実施例1の1)と同様の方法でサケ頭部からリン脂質を含む油分を調製して酵素処理を行い、LPCとLPEを同程度に含むサケ由来の粗リゾリン脂質(うちLPCの構成脂肪酸としてDHA54.3重量%、EPA15.3重量%を含む)を得た。この粗リゾリン脂質を実施例1の2)及び実施例2〜4と同様にカラム法による精製に供し、主にLPCからなるサケ由来リゾリン脂質精製物を得た。
【0068】
このサケ由来粗リゾリン脂質及びリゾリン脂質精製物、並びに実施例4で得たイカ由来リゾリン脂質精製物の乳化特性を評価するため、臨界ミセル濃度(CMC)を、協和界面化学の表面張力計CAVP−A3を用いて、吊板法により25℃で測定した。CMCは、ミセル形成に必要な最低限の界面活性剤濃度であり、値が小さいほど界面活性剤としての能力が高いことを示す。
【0069】
横軸に乳化剤濃度(重量%)、縦軸に表面張力(mN/m)を取ったグラフの屈曲点をCMCとして算出した。1つの乳化剤について屈曲点が複数ある場合、最も小さい屈曲点を評価に用いた。
【0070】
結果を表5に示す。未精製のサケ由来粗リゾリン脂質のCMCは既存乳化剤であるショ糖脂肪酸エステルのCMCよりも100倍以上大きい値を示した。一方、サケ由来リゾリン脂質精製物及びイカ由来リゾリン脂質精製物のCMCはいずれもショ糖脂肪酸エステルのCMCと同レベルであったことから、本発明のカラム法により得られたリゾリン脂質精製物はいずれも優れた乳化特性を示すことが確認された。
【表5】