特許第6765132号(P6765132)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6765132過酸化水素製造方法、過酸化水素製造用キット並びにそれらに用いる有機高分子光触媒及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6765132
(24)【登録日】2020年9月17日
(45)【発行日】2020年10月7日
(54)【発明の名称】過酸化水素製造方法、過酸化水素製造用キット並びにそれらに用いる有機高分子光触媒及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 15/027 20060101AFI20200928BHJP
   B01J 31/06 20060101ALI20200928BHJP
   B01J 35/02 20060101ALI20200928BHJP
   C08G 8/22 20060101ALI20200928BHJP
   C08L 61/12 20060101ALI20200928BHJP
   C08L 65/00 20060101ALI20200928BHJP
【FI】
   C01B15/027
   B01J31/06 M
   B01J35/02 J
   C08G8/22
   C08L61/12
   C08L65/00
【請求項の数】11
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2018-546348(P2018-546348)
(86)(22)【出願日】2017年10月17日
(86)【国際出願番号】JP2017037488
(87)【国際公開番号】WO2018074456
(87)【国際公開日】20180426
【審査請求日】2019年4月9日
(31)【優先権主張番号】特願2016-206374(P2016-206374)
(32)【優先日】2016年10月20日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26−28年度 国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(個人型研究(さきがけ))「太陽光により水と酸素から過酸化水素を合成する革新的光触媒の開発」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】白石 康浩
(72)【発明者】
【氏名】平井 隆之
【審査官】 佐藤 慶明
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−100755(JP,A)
【文献】 特開2015−218105(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第103709346(CN,A)
【文献】 特開2013−203783(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第103871756(CN,A)
【文献】 米国特許出願公開第2013/0220822(US,A1)
【文献】 G. ZHANG et al.,Journal of Materials Chemistry A,英国,2015年,Vol.3,pp.15413-15419
【文献】 電気化学便覧,日本,電気化学協会,1985年 1月25日,第4版,pp.76-79, 115-117
【文献】 J. LIU et al.,Angew. Chem. Int. Ed.,2011年,Vol.50,pp.5947-5951
【文献】 森 進之助ら,レゾルシノール樹脂を光触媒とする高効率過酸化水素合成,日本化学会第97春季年会講演予稿集,2017年 3月 3日,講演番号1A8−26
【文献】 ZHENG, T. et al.,RSC Advances,英国,The Royal Society of Chemistry,2015年11月16日,Vol.5,pp.99658-99663
【文献】 SHIRAISHI, Y. et al.,Angewante Chemie International Edition,ドイツ,Wiley-VCH Verlag GmbH & Co. KGaA,2014年10月 7日,Vol.53,pp.13454-13459
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00 − 38/74
C01B 15/027
C08G 8/22
C08L 61/12
C08L 65/00
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
DWPI(Derwent Innovation)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
過酸化水素製造方法であって、
(1)水、有機高分子光触媒及び酸素(O)を含むpHが2〜10である反応系に光照射することにより過酸化水素を発生させる過酸化水素発生工程を含み、
(2)前記有機高分子光触媒は、単環の芳香族化合物が架橋基により連結された構造を有する有機高分子であり、前記芳香族化合物は、レゾルシノール、m−アミノフェノール、m−クロロフェノール、m−メトキシフェノール、m−クレゾール、m−フェニレンジアミン及びフェノールからなる群から選択される少なくとも一種であり、
(3)前記有機高分子のバンド構造は、pHが2〜10において、伝導帯(CB)が酸素の二電子還元電位よりも卑な電位であり、価電子帯(VB)が水の四電子酸化電位よりも貴な電位である、
ことを特徴とする過酸化水素製造方法。
【請求項2】
前記架橋基は、メチレン、エチレン及びエーテル結合からなる群から選択される少なくとも一種である、請求項1に記載の過酸化水素製造方法。
【請求項3】
前記有機高分子光触媒は、レゾルシノール−ホルムアルデヒド樹脂を含有する、請求項1に記載の過酸化水素製造方法。
【請求項4】
水、有機高分子光触媒及び酸素(O)を含むpHが2〜10である反応系に光照射することにより過酸化水素を発生させる過酸化水素発生工程に用いる、有機高分子光触媒を備えた過酸化水素製造用キットであって、
(1)前記有機高分子光触媒は、単環の芳香族化合物が架橋基により連結された構造を有する有機高分子であり、前記芳香族化合物は、レゾルシノール、m−アミノフェノール、m−クロロフェノール、m−メトキシフェノール、m−クレゾール、m−フェニレンジアミン及びフェノールからなる群から選択される少なくとも一種であり、
(2)前記有機高分子のバンド構造は、pHが2〜10において、伝導帯(CB)が酸素の二電子還元電位よりも卑な電位であり、価電子帯(VB)が水の四電子酸化電位よりも貴な電位である、
ことを特徴とする過酸化水素製造用キット。
【請求項5】
前記有機高分子光触媒は、レゾルシノール−ホルムアルデヒド樹脂を含有する、請求項に記載の過酸化水素製造用キット。
【請求項6】
水、有機高分子光触媒及び酸素(O)を含むpHが2〜10である反応系に光照射することにより過酸化水素を発生させる過酸化水素製造方法に用いる有機高分子光触媒であって、
(1)前記有機高分子光触媒は、単環の芳香族化合物が架橋基により連結された構造を有する有機高分子であり、前記芳香族化合物は、レゾルシノール、m−アミノフェノール、m−クロロフェノール、m−メトキシフェノール、m−クレゾール、m−フェニレンジアミン及びフェノールからなる群から選択される少なくとも一種であり、
(2)前記有機高分子のバンド構造は、pHが2〜10において、伝導帯(CB)が酸素の二電子還元電位よりも卑な電位であり、価電子帯(VB)が水の四電子酸化電位よりも貴な電位である、
ことを特徴とする有機高分子光触媒。
【請求項7】
レゾルシノール−ホルムアルデヒド樹脂である、請求項に記載の有機高分子光触媒。
【請求項8】
レゾルシノールとホルムアルデヒドとを含有する原料混合物を、水系溶媒中、酸触媒の存在下で水熱反応させることによりレゾルシノール−ホルムアルデヒド樹脂を得る工程を有する、過酸化水素製造方法に用いる有機高分子光触媒の製造方法。
【請求項9】
前記水熱反応をpH2.74〜5.56で行う、請求項8に記載の過酸化水素製造方法に用いる有機高分子光触媒の製造方法。
【請求項10】
レゾルシノールとホルムアルデヒドとを含有する原料混合物を、水系溶媒中、塩基触媒の存在下で水熱反応させることによりレゾルシノール−ホルムアルデヒド樹脂を得る工程を有する、過酸化水素製造方法に用いる有機高分子光触媒の製造方法。
【請求項11】
前記水熱反応を200〜250℃の温度で行う、請求項10に記載の過酸化水素製造方法に用いる有機高分子光触媒の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過酸化水素製造方法、過酸化水素製造用キット並びにそれらに用いる有機高分子光触媒及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素エネルギー社会の構築は現在の喫緊の課題である。他方、水素は気体であるため、貯蔵することも輸送することも容易ではない。そこで、貯蔵及び輸送に適したエネルギーキャリアを用いることが重要と考えられている。
【0003】
現状、水素の貯蔵及び輸送に適したエネルギーキャリアとしては、有機ハイドライドやアンモニアが有力な候補となっている。つまり、太陽光による水素製造、水素のエネルギーキャリアへの変換、貯蔵及び輸送を経た後にエネルギーキャリアからの水素の取り出しという複数の段階を経て燃料電池により発電するシナリオが組まれている。しかしながら、有機ハイドライドやアンモニアは電気に直接変換できるエネルギーキャリアではないため、燃料電池により発電する前に水素を取り出す工程が必要である。
【0004】
これに対して、電気に直接変換できるエネルギーキャリアを太陽光により合成できれば、燃料電池による発電プロセスの抜本的な省エネルギー化を図れるはずであり、このようなエネルギーキャリアとして過酸化水素が注目されてきている。
【0005】
過酸化水素は、常温、常圧で液体であるため、水素に比べて貯蔵及び輸送が容易である。また、過酸化水素は、酸化剤、還元剤のどちらの働きもするため、過酸化水素だけを原料とした発電が可能である。過酸化水素だけを原料とした発電には、空気の無い条件(例えば真空下)でも発電が可能であること、カーボンフリーであること、イオン交換膜を必要とせずシングルセルでの発電が可能であること、出力電圧は水素燃料電池と同等であること等の各種の利点がある。即ち、水素を取り出すことなく電気に直接変換できるエネルギーキャリアである点で有機ハイドライドやアンモニアよりも有用性が高い。
【0006】
また、過酸化水素は水のみを排出するクリーンな酸化剤であり、製紙業でのパルプ漂白に不可欠とされているほか、殺菌剤、有機合成試薬(酸化剤)としての用途もあり、国内年間生産量は20万トンと非常に多い。
【0007】
現状、過酸化水素は、工業的にはアントラキノン法、つまりアントラキノンの水素化と酸化とにより合成されている。しかしながら、過酸化水素を得るまでに多段階を必要とするため非効率で価格の高騰を招いている。他方、水素と酸素とから過酸化水素を直接合成する方法も多数研究されているが、水素、酸素混合ガスによる爆発の危険がある他、酸やハロゲンが製品に混入するという課題がある。また、水素を使うため、水素を作る必要がある他、Pdを触媒として使う必要がある点で課題がある。
【0008】
従って、安全性が高く且つ地球上に豊富に存在する原料から光触媒を用いて純粋な過酸化水素を合成する方法の開発が注目されている。例えば、特許文献1には、水、水の酸化触媒、特定の遷移金属錯体(光触媒)、及び酸素(O)を含む反応系に光照射することにより過酸化水素を発生させる過酸化水素発生工程を含む過酸化水素製造方法が開示されている。この過酸化水素製造方法は、水の四電子酸化と酸素の二電子還元とを利用して水から過酸化水素を製造するものであり、一般に選択率が非常に小さい酸素の二電子還元により過酸化水素を得る点で有用性がある。しかしながら、光触媒として高価な貴金属触媒(Ir、Ru等)が必要であること、酸素を選択的に二電子還元するために多量のSc塩を使う必要があること、太陽エネルギー変換効率(SCC efficiency)が最大0.25%に留まっていること等から、更なる改善の余地がある。
【0009】
その他、水を原料とし、光触媒を用いて過酸化水素を製造することは非特許文献1〜3をはじめとして各種の文献で報告されているが、金属酸化物触媒を必要とすること、得られる過酸化水素濃度が0.1mM以下と低いこと、太陽エネルギー変換効率(SCC efficiency)がいずれも0.01%以下であると推測されること等から、更なる改善の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】WO2013/002188パンフレット
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Kaynan, N.; Berke, B. A.; Hazut, O.; Yerushalmi, R. J. Mater. Chem. A 2014, 2, 13822-13826.
【非特許文献2】Moon, G.-H.; Kim, W.; Bokare, A. D.; Sung, N.-E.; Energy Environ. Sci. 2014, 7, 4023-4028.
【非特許文献3】Kim, H.-I.; Kwon, O. S.; Kim, S.; Choi, W.; Kim, J.-H. Energy Environ. Sci. 2016, 9, 1063-1073.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、過酸化水素を従来よりも低コストで且つ効率的に製造できる過酸化水素製造方法及び過酸化水素製造用キットを提供することを目的とする。また、それらに用いる有機高分子光触媒及びその製造方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、単環又は多環の芳香族化合物及び/又は単環又は多環の複素芳香族化合物が架橋基により連結された構造を有し、特定のバンド構造を有する有機高分子を光触媒として用いる場合には上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
即ち、本発明は、下記の過酸化水素製造方法、過酸化水素製造用キット並びにそれらに用いる有機高分子光触媒及びその製造方法に関する。
1.過酸化水素製造方法であって、
(1)水、有機高分子光触媒及び酸素(O)を含む反応系に光照射することにより過酸化水素を発生させる過酸化水素発生工程を含み、
(2)前記有機高分子光触媒は、単環又は多環の芳香族化合物及び/又は単環又は多環の複素芳香族化合物が架橋基により連結された構造を有する有機高分子であり、
(3)前記有機高分子のバンド構造は、伝導帯(CB)が酸素の二電子還元電位よりも卑な電位であり、価電子帯(VB)が水の四電子酸化電位よりも貴な電位である、
ことを特徴とする過酸化水素製造方法。
2.前記架橋基は、メチレン、エチレン及びエーテル結合からなる群から選択される少なくとも一種である、上記項1に記載の過酸化水素製造方法。
3.前記芳香族化合物及び/又は前記複素芳香族化合物は、分子中に水酸基、塩素基、フッ素基、アルデヒド基及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも一種の官能基を有する、上記項1又は2に記載の過酸化水素製造方法。
4.前記芳香族化合物は、レゾルシノール、m−アミノフェノール、m−クロロフェノール、m−メトキシフェノール、m−クレゾール、m−フェニレンジアミン及びフェノールからなる群から選択される少なくとも一種のフェノール又はフェノール誘導体である、上記項1又は2に記載の過酸化水素製造方法。
5.前記有機高分子光触媒は、レゾルシノール−ホルムアルデヒド樹脂を含有する、上記項1に記載の過酸化水素製造方法。
6.前記過酸化水素発生工程における前記反応系のpHが2〜10である、上記項1〜5のいずれかに記載の過酸化水素製造方法。
7.有機高分子光触媒を備えた過酸化水素製造用キットであって、
(1)前記有機高分子光触媒は、単環又は多環の芳香族化合物及び/又は単環又は多環の複素芳香族化合物が架橋基により連結された構造を有する有機高分子であり、
(2)前記有機高分子のバンド構造は、伝導帯(CB)が酸素の二電子還元電位よりも卑な電位であり、価電子帯(VB)が水の四電子酸化電位よりも貴な電位である、
ことを特徴とする過酸化水素製造用キット。
8.前記有機高分子光触媒は、レゾルシノール−ホルムアルデヒド樹脂を含有する、上記項7に記載の過酸化水素製造用キット。
9.過酸化水素製造方法に用いる有機高分子光触媒であって、
(1)前記有機高分子光触媒は、単環又は多環の芳香族化合物及び/又は単環又は多環の複素芳香族化合物が架橋基により連結された構造を有する有機高分子であり、
(2)前記有機高分子のバンド構造は、伝導帯(CB)が酸素の二電子還元電位よりも卑な電位であり、価電子帯(VB)が水の四電子酸化電位よりも貴な電位である、
ことを特徴とする有機高分子光触媒。
10.レゾルシノール−ホルムアルデヒド樹脂である、上記項9に記載の有機高分子光触媒。
11.レゾルシノールとホルムアルデヒドとを含有する原料混合物を、水系溶媒中、酸触媒又は塩基触媒の存在下で水熱反応させることによりレゾルシノール−ホルムアルデヒド樹脂を得る工程を有する、有機高分子光触媒の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明の過酸化水素製造方法によれば、単環又は多環の芳香族化合物及び/又は単環又は多環の複素芳香族化合物が架橋基により連結された構造を有し、特定のバンド構造を有する有機高分子を光触媒として用いることにより、水を原料とし、水の四電子酸化と酸素の二電子還元とを利用して純粋な過酸化水素が得られる。従来法に比して安全性及び製造効率が高いだけでなく、貴金属触媒や金属酸化物触媒を用いることなく過酸化水素が得られる点でコストメリットも大きい。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明で用いる有機高分子光触媒に包含されるレゾルシノール−ホルムアルデヒド樹脂(以下「RF樹脂」ともいう)の一態様を示す図である。当該図には、架橋基としてメチレン及びエーテル結合が含まれている。
図2】調製例1のEntry 1で得られたRF樹脂のSEM観察像を示す図である。左図はレンズ倍率600倍であり、右図はレンズ倍率800倍である。
図3】調製例1のEntry 2で得られたRF樹脂のSEM観察像を示す図である。左図はレンズ倍率600倍であり、右図はレンズ倍率800倍である。
図4】調製例5のEntry 4で得られたRF樹脂のSEM観察像を示す図である。左図はレンズ倍率6000倍であり、右図はレンズ倍率20000倍である。
図5】調製例5のEntry 4で得られたRF樹脂のTEM観察像を示す図である。左図及び右図のレンズ倍率はいずれも60000倍である。
図6】調製例6で得られた各光触媒の光触媒活性の違いを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0018】
1.過酸化水素製造方法
本発明の過酸化水素製造方法は、
(1)水、有機高分子光触媒及び酸素(O)を含む反応系に光照射することにより過酸化水素を発生させる過酸化水素発生工程を含み、
(2)前記有機高分子光触媒は、単環又は多環の芳香族化合物及び/又は単環又は多環の複素芳香族化合物が架橋基により連結された構造を有する有機高分子であり、
(3)前記有機高分子のバンド構造は、伝導帯(CB)が酸素の二電子還元電位よりも卑な電位であり、価電子帯(VB)が水の四電子酸化電位よりも貴な電位である、
ことを特徴とする。
【0019】
上記特徴を有する本発明の過酸化水素製造方法は、単環又は多環の芳香族化合物及び/又は単環又は多環の複素芳香族化合物が架橋基により連結された構造を有し、特定のバンド構造を有する有機高分子を光触媒として用いることにより、水を原料とし、水の四電子酸化と酸素の二電子還元とを利用して純粋な過酸化水素が得られる。従来法に比して安全性及び製造効率が高いだけでなく、貴金属触媒や金属酸化物触媒を用いることなく過酸化水素が得られる点でコストメリットも大きい。
【0020】
(有機高分子光触媒及びその製造方法)
本発明の過酸化水素製造方法は、特定の有機高分子光触媒を用いる。この有機高分子光触媒は、単環又は多環の芳香族化合物及び/又は単環又は多環の複素芳香族化合物が架橋基により連結された構造を有する有機高分子(以下「有機高分子A」ともいう)であり、前記有機高分子のバンド構造は、伝導帯(CB)が酸素の二電子還元電位よりも卑な電位であり、価電子帯(VB)が水の四電子酸化電位よりも貴な電位である。
【0021】
単環又は多環の芳香族化合物としては限定的ではないが、例えば、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、フェナントレン及びこれらの誘導体(任意の置換基を有するもの)からなる群から選択される少なくとも一種が挙げられる。前記誘導体としては限定的ではないが、例えば、分子中に水酸基、塩素基、フッ素基、アルデヒド基及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも一種の官能基を有するものが挙げられる。
【0022】
これらの芳香族化合物の中でも、電子供与性の観点から、レゾルシノール、m−アミノフェノール、m−クロロフェノール、m−メトキシフェノール、m−クレゾール、m−フェニレンジアミン及びフェノールからなる群から選択される少なくとも一種のフェノール又はフェノール誘導体が好ましいものとして挙げられる。
【0023】
単環又は多環の複素芳香族化合物としては限定的ではないが、たとえば、ピリジン、チオフェン、キノリン、フェナントロリン及びこれらの誘導体(任意の置換基を有するもの)からなる群から選択される少なくとも一種が挙げられる。前記誘導体としては限定的ではないが、例えば、分子中に水酸基、塩素基、フッ素基、アルデヒド基及びアミノ基からなる群から選択される少なくとも一種の官能基を有するものが挙げられる。
【0024】
これらの芳香族化合物及び/又は複素芳香族化合物を連結して有機高分子とするための架橋基(リンカー)としては限定的ではないが、電子伝導性の観点から短い架橋基が望ましく、例えば、メチレン(−CH−)、エチレン(−CH−CH−)及びエーテル結合(−CH−O−CH−)からなる群から選択される少なくとも一種が挙げられる。
【0025】
上記芳香族化合物及び/又は複素芳香族化合物が架橋基により連結された構造を有する有機高分子は、球状微粒子であることが好ましく、その平均粒子径は0.01〜100μmが好ましく、0.1〜1μmがより好ましい。有機高分子の比表面積(BET比表面積)としては、1〜100m/gが好ましく、10〜100m/gがより好ましい。当該平均粒子径及び比表面積の範囲内であれば太陽エネルギー変換効率が高く、優れた光触媒効率が得られ易い。
【0026】
なお、本明細書における有機高分子の平均粒子径は、Hitachi S-2250 microscopeを用いたSEM観察により測定された値である。また、有機高分子の比表面積(BET比表面積)は、BELSORP 18PLUS-SP analyzer (BEL Japan, Inc.)による窒素吸脱着測定(77K)により測定された値である。
【0027】
本発明では、上記有機高分子の中でも、単環の芳香族化合物であるレゾルシノールがメチレン、エチレン及びエーテル結合の少なくとも一種の架橋基により連結された構造を有するレゾルシノール−ホルムアルデヒド樹脂(RF樹脂)が好ましいものとして挙げられる。図1は、レゾルシノール−ホルムアルデヒド樹脂の一態様であり、レゾルシノールがメチレン及びエーテル結合により架橋されて有機高分子を形成している。
【0028】
なお、本発明で用いる有機高分子は、過酸化水素製造工程において光触媒として用いるものであり、そのバンド構造は、伝導帯(CB)が酸素の二電子還元電位よりも卑な電位であり、価電子帯(VB)が水の四電子酸化電位よりも貴な電位である。
【0029】
図1に例示したレゾルシノール−ホルムアルデヒド樹脂、並びに当該樹脂中のレゾルシノールをm−アミノフェノール、m−クロロフェノール、m−メトキシフェノール、m−クレゾール、m−フェニレンジアミン及びフェノールからなる群から選択される少なくとも一種のフェノール又は電子供与性官能基を含むフェノール誘導体に換えた樹脂については、後記の実施例で示される通り、過酸化水素製造工程において光触媒として作用することが実証されており、それらのバンド構造は、伝導帯(CB)が酸素の二電子還元電位よりも卑な電位であり、価電子帯(VB)が水の四電子酸化電位よりも貴な電位である。特にレゾルシノール−ホルムアルデヒド樹脂のレゾルシノールを、電子供与性官能基を含むフェノール誘導体に換えた樹脂は、上記光触媒に適したバンド構造が得られ易い。
【0030】
ここで、V vs Ag/AgCl(pH6.6)により測定されるバンド構造における酸素の二電子還元電位(O/H)は0.08Vであるため、伝導帯(CB:conduction band)は0.08Vよりも卑な電位であればよく、−1〜0V程度が好ましい。また、水の四電子酸化電位(HO/O)は0.63Vであるため、価電子帯(VB:valence band)は0.63Vよりも貴な電位であればよく、0.7〜2.5V程度が好ましい。
【0031】
上記有機高分子光触媒は、その分子中に金属原子を含まないように構成することもでき、従来法の過酸化水素製造方法との比較で、貴金属触媒や金属酸化物触媒を用いることなく過酸化水素が得られる点でコストメリットも大きい。
【0032】
上記有機高分子光触媒は、前述の芳香族化合物及び/又は複素芳香族化合物が架橋基により連結された構造を有する有機高分子(有機高分子A)に加えて、更にチオフェン系導電性有機高分子(有機高分子B)を含むことが好ましい。有機高分子Bを含有する場合には有機高分子Aと有機高分子Bは混合物の状態で存在するが、前述のように有機高分子光触媒が球状微粒子である場合には、有機高分子Aと有機高分子Bとを含む球状微粒子であることが好ましい。有機高分子Bを含む場合でも、球状微粒子の平均粒子径、比表面積等の好ましい範囲は前述の通りである。
【0033】
チオフェン系導電性有機高分子(有機高分子B)としては、ポリチオフェンの構造を有する高分子であれば限定されないが、例えば、PEDOT「(ポリ(3,4−エチレンジオキシチオフェン)」、n−ポリ(3−ブチルチオフェン)、n−ポリ(3,4−ジブチルチオフェン)等が挙げられる。これらの中でもPEDOTが特に好ましい。有機高分子Aに加えて有機高分子Bを含有することにより、有機高分子光触媒の太陽エネルギー変換効率が向上し、光触媒効果を高めることができる。
【0034】
上記有機高分子光触媒の製造方法としては、上記特定の構成及び上記特定のバンド構造を有する有機高分子が得られる方法である限り特に限定されないが、本発明では、単環又は多環の芳香族化合物及び/又は単環又は多環の複素芳香族化合物であって、芳香環を構成する炭素原子の少なくとも一つが無置換であるもの(以下、「原料芳香族化合物」という)とホルムアルデヒドとを含有する原料混合物を、水系溶媒中、酸触媒又は塩基触媒の存在下で水熱反応させる工程を有する製造方法が好ましいものとして挙げられる。なお、有機高分子Bも含む有機高分子光触媒を得る場合には、上記水熱反応に供する原料成分に有機高分子Bであるチオフェン系導電性有機高分子の粉末を混合する方法が挙げられる。
【0035】
前記芳香族化合物及び複素芳香族化合物については、前述の説明と同じである。
【0036】
原料混合物に含まれる原料芳香族化合物とホルムアルデヒドとの混合比(モル比)は、限定的ではないが、X/Y=原料芳香族化合物/ホルムアルデヒド(モル/モル)で表される混合比は、1/1〜2.5が好ましく、1/1.5〜2.5がより好ましい。
【0037】
水熱反応に用いる水系溶媒は限定的ではないが、水、水/アルコール混合溶媒等が挙げられるが、溶媒中のアルコールの混合割合を減らす方が水系溶媒の表面張力が大きくなり、得られる有機高分子光触媒の平均粒子径が小さくなる(=触媒活性が向上する)傾向があるため、水系溶媒中のアルコールの混合割合は少ない方が好ましく、水のみを溶媒として用いることがより好ましい。
【0038】
水熱反応に用いる酸触媒又は塩基触媒についても限定的ではないが、酸触媒としてはシュウ酸などが好適に使用できる。また、塩基触媒としてはアンモニアが好適に使用できる。塩基触媒としては一般に炭酸ナトリウムが知られているが、得られる有機高分子光触媒の平均粒子径を小さくする(=触媒活性が向上する)観点では、塩基触媒としては炭酸ナトリウムよりもアンモニアを使用することが好ましい。
【0039】
水熱反応の系中における酸触媒又は塩基触媒の使用量は限定的ではないが、酸触媒の場合には、原料芳香族化合物1molに対して0.001〜0.5molが好ましく、0.001〜0.05molがより好ましい。塩基触媒の場合には、原料芳香族化合物1molに対して0.1〜5molが好ましく、0.1〜0.8molがより好ましい。
【0040】
水熱反応における処理温度は限定的ではないが、一般に100〜250℃の範囲内から適宜選択できるが、本発明では処理温度が比較的高温である方が有機高分子光触媒が安定な電荷移動吸収帯を形成し易く、それにより触媒活性が向上するため、200〜250℃の比較的高温域で水熱反応を進行させることが好ましい。水熱反応は、公知のオートクレーブを用いて行うことができる。
【0041】
本発明では、原料芳香族化合物としては、レゾルシノールを用いることが好ましく、レゾルシノールとホルムアルデヒドとを含有する原料混合物を、水系溶媒中、酸触媒又は塩基触媒の存在下で水熱反応させることにより、レゾルシノール−ホルムアルデヒド樹脂を得る工程を有する有機高分子光触媒の製造方法が好ましい。ここで、有機高分子B(特にPEDOT)も含む有機高分子光触媒を得る場合には、水熱反応に供する原料成分中、レゾルシノール400mgに対してPEDOTを1〜20mg添加することが好ましく、2〜6mg添加することがより好ましい。かかる割合でPEDOTを添加することにより、有機高分子光触媒の光触媒効果を高め易くなる。
【0042】
また、原料芳香族化合物としてレゾルシノールを用いる場合と同様に、レゾルシノールをm−アミノフェノール、m−クロロフェノール、m−メトキシフェノール、m−クレゾール、m−フェニレンジアミン及びフェノールからなる群から選択される少なくとも一種のフェノール又はフェノール誘導体(好ましくはフェノール誘導体)に換えた製造方法であっても、本発明の過酸化水素製造方法の実施に適した有機高分子光触媒を好適に製造することができる。
【0043】
(過酸化水素発生工程)
本発明の過酸化水素製造方法における過酸化水素発生工程は、水、有機高分子光触媒及び酸素(O)を含む反応系に光照射することにより過酸化水素を発生させる。
【0044】
過酸化水素発生工程の実施においては、先ず水、有機高分子光触媒及び酸素(O)を含む反応系を準備する。例えば、有機高分子光触媒及び酸素(O)のそれぞれを水中に分散させればよい。水中に分散しにくい物質の場合、例えば、常法に従って超音波照射などにより分散性を高めてもよい。
【0045】
前記反応系において、有機高分子光触媒の濃度は特に制限されないが、0.1〜10mg/mLが好ましく、1〜10mg/mLがより好ましい。酸素(O)の濃度も特に限定されないが、反応性の観点から、できるだけ高濃度であることが好ましく、反応系中(水中)を酸素(O)で飽和させることが特に好ましい。本発明の過酸化水素製造方法では水の四電子酸化により酸素が得られるが、当該水の四電子酸化により得られる酸素を二電子還元するだけでは効率的に過酸化水素を得ることはできないため、上記の通り予め反応系中(水中)酸素(O)に含めておくことが必要である。
【0046】
前記反応系は、水、有機高分子光触媒、及び酸素(O)以外の物質を更に含んでいてもよい。例えば、前記反応系は、後述する反応性の観点から、例えば、pH調整剤を更に含んでいてもよい。pH調整剤としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、リン酸水素ナトリウム、リン酸水素カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、酢酸ナトリウム等の塩基性物質、塩酸、硫酸、硝酸、酢酸、リン酸等の酸性物質が挙げられる。
【0047】
また、例えば、前記水が、pH緩衝剤が溶解されてpH緩衝液となった状態でもよい。pH緩衝液としては、例えば、リン酸緩衝水溶液、酢酸緩衝水溶液等が挙げられる。前記pH調整剤及び前記pH緩衝剤の添加量は特に制限されず、適宜設定可能である。
【0048】
他の反応条件にもよるが、酸素の還元は酸性条件下の方が反応効率が良いことが多く、水の酸化は塩基性条件下の方が反応効率が良いことが多い。従って、これらを考慮して、過酸化水素の製造効率が良くなるように反応系のpHを適切に設定することが好ましい。この観点から、前記反応系のpHは、通常2〜10、好ましくは2〜8、より好ましくは2〜7、最も好ましくは2〜6である。
【0049】
また、前記反応系は有機溶媒を更に含んでいてもよい。前記有機溶媒としては、例えば、ベンゾニトリル、アセトニトリル、ブチロニトリル等のニトリル、クロロホルム、ジクロロメタン等のハロゲン化溶媒、THF(テトラヒドロフラン)等のエーテル、DMF(ジメチルホルムアミド)等のアミド、DMSO(ジメチルスルホキシド)等のスルホキシド、アセトン等のケトン、メタノール等のアルコールが挙げられる。これらの有機溶媒は、単独で用いても二種類以上併用してもよい。有機溶媒としては、前記遷移金属錯体の溶解度、励起状態の安定性等の観点から、極性の高い溶媒が好ましく、アセトニトリルが特に好ましい。
【0050】
次に、前記反応系に光照射することにより過酸化水素を発生させる。光照射するための照射光は、特に限定されないが、可視光が好ましい。有機高分子光触媒が可視光励起するためには、有機高分子光触媒が可視光領域に吸収帯を有することが好ましい。照射する可視光の波長は、有機高分子光触媒が有する吸収帯にもよるが、例えば400〜800nmが好ましく、400〜650nmがより好ましく、400〜550nmが最も好ましい。過酸化水素発生工程において、光照射する際の反応系の温度は、例えば10〜60℃が好ましく、30〜60℃がより好ましく、50〜60℃が最も好ましい。
【0051】
前記光照射において、光源は特に限定されないが、例えば、省エネルギーの観点から、太陽光等の自然光を利用することが好ましい。また、太陽光は、幅広い波長領域(特に可視光領域)の光を含み、光の強度にも優れるため、高い反応効率が得やすい。前記自然光に代えて、又はこれに加えてキセノンランプ、ハロゲンランプ、蛍光灯、水銀灯等の光源を適宜用いてもよい。更に必要に応じて、必要波長以外の波長をカットするフィルターを適宜用いてもよい。
【0052】
前記光照射中、前記反応系は静置してもよく、撹拌しながら光照射してもよい。必要に応じて前記反応系に対して加熱をしてもよいが、加熱をせずに光照射のみで反応させることが簡便で好ましい。光照射の時間、光強度等は特に制限されず、適宜設定可能である。なお、光源にもよるが、照射光が赤外線を含むことにより、光照射のみで別途加熱しなくても反応系の温度は60℃程度までは上がり得る。
【0053】
過酸化水素発生工程における反応機構は、水の四電子酸化と酸素の二電子還元とを利用した過酸化水素の発生である。なお、過酸化水素の原料となる酸素は水の四電子酸化により得られる酸素に加えて反応前から反応系に含んでいるOを使用し、反応系を撹拌しながら大気中のOを反応系に取り込んだものでもよい。前述の通り、反応系(水中)を予めOで飽和させておくことが反応効率の観点から特に好ましい。
【0054】
以上のようにして本発明の過酸化水素製造方法を行うことができる。本発明の過酸化水素製造方法は、必要に応じて、過酸化水素発生工程後に、発生した過酸化水素を精製する過酸化水素精製工程を更に含んでいてもよい。これにより、実用に適した純度の高い過酸化水素又は過酸化水素水を得ることができる。具体的な方法としては特に制限されないが、例えばイオン交換水などで過酸化水素を抽出し、減圧蒸留することにより高濃度の過酸化水素水が得られる。
【0055】
2.過酸化水素製造用キット
本発明の過酸化水素製造用キットは、有機高分子光触媒を備えており、
(1)前記有機高分子光触媒は、単環又は多環の芳香族化合物及び/又は単環又は多環の複素芳香族化合物が架橋基により連結された構造を有する有機高分子であり、
(2)前記有機高分子のバンド構造は、伝導帯(CB)が酸素の二電子還元電位よりも卑な電位であり、価電子帯(VB)が水の四電子酸化電位よりも貴な電位である、
ことを特徴とする。各要件の説明は、前述した内容と同じである。
【0056】
つまり、本発明の過酸化水素製造用キットは、少なくとも所定の有機高分子光触媒を備えており、適宜、その他の材料、部材等を組み合わせることにより本発明の過酸化水素製造方法を実施できるキットであればよい。ここで、その他の材料、部材等は、例えば、水、光源、反応系に任意で加える添加剤(前述のpH調整剤、pH緩衝剤等)である。
【0057】
本発明の過酸化水素製造用キットは、その構成、スケール等を変えることで、実験室用、工業用等、幅広い用途に用いることができる。
【実施例】
【0058】
以下に実施例(調製例)を示して本発明を具体的に説明する。但し、本発明は実施例(調製例)の範囲に限定されない。
【0059】
調製例1(各種の塩基触媒を用いたRF樹脂の合成)
水40mL及びエタノール32mLの混合溶液に、レゾルシノール400mgとホルムアルデヒド612mg(R/Fモル比(R/F比ともいう)は約1/2)、及び表1に示す塩基触媒1.7mmolを加えた。
【0060】
Entry 1では塩基触媒としてNaCO(粉末0.5mg)を用いた。
【0061】
Entry 2では塩基触媒としてNH(28%水溶液を0.18mL)を用いた。
【0062】
この溶液をテフロン(登録商標)製容器(容量60cc)に入れ、容器をステンレス製オートクレーブにセットした。次いでオートクレーブを200℃に加熱したオーブンに入れて24時間放置(水熱処理)した。室温下で30分間放置して冷却した。
【0063】
【表1】
【0064】
Entry 1ではオートクレーブから取り出すと、赤色の塊状固体(ゲル)が得られた。この固体を乳鉢で粉砕後、得られた粉末をガラス製ソックスレー抽出器に入れた。アセトンを洗浄液としてセットし、70℃で加熱しながら24時間洗浄した。得られた粉末を、真空デシケータに入れ、室温下で乾燥させた。これにより、Entry 1のRF樹脂(光触媒)を得た。
【0065】
Entry 2ではオートクレーブから取り出すと、オレンジ色の懸濁液となっていた。この懸濁液をガラス製ソックスレー抽出器に入れた。アセトンを洗浄液としてセットし、70℃で加熱しながら24時間洗浄した。得られた粉末を、真空デシケータに入れ、室温下で乾燥させた。これにより、Entry 2のRF樹脂(光触媒)を得た。
【0066】
Entry 1, 2で得られた各RF樹脂のBET比表面積をBELSORP 18PLUS-SP analyzer (BEL Japan, Inc.)による窒素吸脱着測定(77K)により求めた。他の調製例についても同様である。結果を表1に示した。
【0067】
Entry 1, 2で得られた各RF樹脂をHitachi S-2250 microscopeを用いてSEM観察した。SEM観察の結果から各RF樹脂の粒子径が分かる。他の調製例についても同様である。
【0068】
Entry 1で得られたRF樹脂のSEM観察像を図2に示す。図2の左図はレンズ倍率600倍であり、右図はレンズ倍率800倍である。図2によれば、10〜50μmの粒子径を有する粒子が得られたことが分かる。他方、Entry 2で得られたRF樹脂のSEM観察像を図3に示す。図3の左図はレンズ倍率600倍であり、右図はレンズ倍率800倍である。図3によれば、1μm未満の粒子径を有する微粒子が得られたことが分かる。
(各RF樹脂の光触媒活性の評価)
ホウ珪酸ガラス製容器(容量50cc、内径3.5cm)に、純水(30ml)及び各光触媒50mg、並びにマグネチックスターラーバーを入れた。容器上部をラバーセプタムで栓をした。反応容器内を5分間超音波処理して各光触媒を溶液に分散させた。シリンジを差し込むことにより内部を酸素ガスで15分間パージした。
【0069】
反応容器をマグネチックスターラー上にセットしたパイレックス(登録商標)製ウォーターバスに入れ(298±0.5K)、攪拌しながら、側面からキセノンランプ(2kW、ウシオ電機製)により24時間光照射した。この際、色ガラスフィルターL42(アサヒテクノグラス製)を用い、420nm以上の光を照射した。420〜500nmの範囲における光強度は、520.6Wm−2であった。
【0070】
反応終了後、ラバーセプタムを外し、懸濁液を遠心分離することにより、光触媒から溶液を回収した。
【0071】
溶液内のH量を、電気化学アナライザー(ED723, GL Sciences Inc.)を検出器とするHPLC(Prominence UFLC, Shimadzu)により分析した。H生成量に基づいて光触媒活性を評価した。他の調製例についても同様である。結果を表1に示した。
【0072】
表1の結果から、塩基触媒のNaCOとNHとを比較すると、NHを用いる方が粒子径が小さな(比表面積の大きい)RF樹脂が得られ易く、H生成量の点で触媒活性が高いことが分かる。これは、NHを用いることにより、生成したRF樹脂の粒子表面が保護されて粒子成長が妨げられることにより微粒子が得られるためと推測される。
【0073】
調製例2(塩基触媒NHの使用量を変えたRF樹脂の合成)
塩基触媒NHの使用量を変えて各RF樹脂(光触媒)を得た。
【0074】
なお、調製例2のEntry 2は調製例1のEntry 2と同じである。つまり、調製例2のEntry 1ではNHとして28%水溶液を0.09mL使用した。また、調製例2のEntry 3ではNHとして28%水溶液を0.36mL使用した。その他の条件は、調製例1のEntry 2と同じである。
【0075】
【表2】
【0076】
調製例1で説明したSEM観察により各RF樹脂の粒子径を調べて表2に示した。また、調製例1と同様に、各RF樹脂の光触媒活性を評価し、H生成量を表2に示した。
【0077】
表2の結果から、Entry 2のNHの使用量の場合に最も光触媒活性が高いことが分かる。これは、NHの使用量が少な過ぎると粒子径が大きくなる傾向があり、NHの使用量が多過ぎると微粒子が生成する傾向があるが、RF樹脂中の架橋基の量が増えて疎水化し、RF樹脂が水に分散し難くなるためと推測される。
【0078】
調製例3(塩基触媒NHを使用し、水/エタノール比を変えたRF樹脂の合成)
塩基触媒NHを使用し、水/エタノール比(容量比)を変えて各RF樹脂(光触媒)を得た。
【0079】
なお、調製例3のEntry 3は調製例1のEntry 2と同じであり、水/エタノール比は40/32である。つまり、調製例3のEntry 1, 2では水/エタノール比を順に、40/0、40/16に変えた。その他の条件は、調製例1のEntry 2と同じである。
【0080】
【表3】
【0081】
表3の結果から、水/エタノール混合溶液のエタノール量を減らすにつれて、RF樹脂の表面張力が大きくなり、粒子径が小さくなることが分かる。また、粒子径が小さくなるにつれて(比表面積が大きくなるにつれて)光触媒活性が高くなることが分かる。
【0082】
調製例4(塩基触媒NHを使用し、R/F比を変えたRF樹脂の合成)
塩基触媒NHを使用し、R/F比を変えて各RF樹脂(光触媒)を得た。
【0083】
なお、調製例4のEntry 3は調製例1のEntry 2(R/F比が1/2)をベースとし、水/エタノール混合溶液を水(エタノール不使用)に変えた。調製例4のEntry 1, 2, 4, 5は更にR/F比を変えた。
【0084】
つまり、調製例4のEntry 1, 2, 4, 5では、R/Fを順に、1/1、1/1.5、1/2.5、及び1/3に変えた。その他の条件は、調製例1のEntry 2と同じである。
【0085】
【表4】
【0086】
表4の結果から、R/F比が大きくなるにつれて(ホルムアルデヒドに由来する架橋基の量が少なくなるにつれて)、RF樹脂の粒子径が小さくなるが、架橋基の量が少なくなり過ぎると却って光触媒活性は低下することが分かる。これは、架橋基の量が少なくなり過ぎると安定な樹脂が形成され難くなるためと推測される。
【0087】
調製例5(塩基触媒NHを使用し、水熱処理温度を変えたRF樹脂の合成)
塩基触媒NHを使用し、水熱処理温度を変えて各RF樹脂(光触媒)を得た。
【0088】
なお、調製例5のEntry 3は調製例1のEntry 2(水熱処理温度200℃)をベースとし、水/エタノール混合溶液を水(エタノール不使用)に変えた。調製例5のEntry 1, 2, 4は更に水熱処理温度を変えた。
【0089】
つまり、調製例5のEntry 1, 2, 4では水熱処理温度を順に、100℃、150℃、250℃に変えた。その他の条件は、調製例1のEntry 2と同じである。
【0090】
【表5】
【0091】
調製例5のEntry 4で得られたRF樹脂のSEM観察像を図4に示す。図4の左図はレンズ倍率6000倍であり、右図はレンズ倍率20000倍である。また、調製例5のEntry 4で得られたRF樹脂のTEM観察像を図5示す。図5の左図及び右図はいずれもレンズ倍率60000倍である。TEM観察は、FEI Tecnai G2 20ST 電子顕微鏡(200kV)により行った。
【0092】
表5の結果から、水熱処理温度が高くなるにつれて、得られたRF樹脂の光触媒活性が高くなることが分かる。これは、水熱処理温度が高くなるにつれて、RF樹脂中に安定な電荷移動吸収帯が形成し易くなるためと推測される。
(調製例5のEntry 4で得たRF樹脂の太陽エネルギー変換効率の評価)
RF樹脂の太陽エネルギー変換効率(SCC efficiency(%))の算出は、ウシオ電機製ソーラーシミュレータ(SX-UID502XQ)により行った。
【0093】
具体的には、ホウ珪酸ガラス製容器(反応容器)(100cc、3.5cm内径)に純水(50mL)及びRF樹脂(250mg)を入れ、酸素ガス(1atm)を封入して光照射を行った。この際、アサヒテクノガラス製の色ガラスフィルターを装着し、λ>420nm以上の波長光を照射した。
【0094】
ソーラーシミュレータの光強度は、AM1.5 global spectrum〔American society for testing and materials (ASTM) terrestrial reference spectra for photovoltaic performance evaluation, National renewable energy laboratory (NREL)〕に準拠した条件に合わせた。
【0095】
反応容器をウォーターバスに入れ、反応溶液の温度を一定(25℃、40℃及び60℃の3態様)にして2時間光照射を行った。
【0096】
太陽エネルギー変換効率(SCC efficiency)は、次式を用いて算出した。
【0097】
【数1】
【0098】
太陽エネルギー変換効率の算出結果を表6に示す。
【0099】
【表6】
【0100】
表6の結果から、調製例5のEntry 4で得たRF樹脂は、太陽エネルギー変換効率0.39%以上の効率で過酸化水素を生成することが分かる。反応温度を増加させると、変換効率は上昇する。これは、反応温度の上昇によりRF樹脂の導電性が向上するため、高い光触媒活性が発現することに基づく。非特許文献4 Reijnders, L.; Huijbregts, M. Biofuels for Road Transport: A Seed to Wheel Perspective; Springer Science & Business Media: New York, 2008; pp 49-57. によれば、 天然光合成植物の太陽エネルギー変換効率は平均で約0.1%であり、RF樹脂は6倍以上高い太陽エネルギー変換効率を示すことが分かる。
【0101】
調製例6(フェノール又はフェノール誘導体を用いた光触媒の合成)
調製例5のEntry 3において、レゾルシノールに換えてm−アミノフェノール、m−クロロフェノール、m−メトキシフェノール、m−クレゾール、m−フェニレンジアミン、フェノールをそれぞれ用いて光触媒を合成した。
【0102】
得られた各光触媒(参考としてレゾルシノールを用いて合成した光触媒も含む)の光触媒活性を、調製例1で説明した方法(但し、420〜500nmの範囲における光強度は、260.0Wm−2とした。)により評価した。
【0103】
フェノール及び各フェノール誘導体に対応する、光触媒活性(H生成量)の結果を図6に示す。図6の結果から、フェノール及び各フェノール誘導体のいずれを用いる場合でも光触媒活性が得られることが分かる。また、レゾルシノールよりもm−アミノフェノールの方が光触媒活性が高いことが分かる。これは、レゾルシノールよりもm−アミノフェノールの方が電子供与性官能基を有する点で、光触媒活性を発現するのに好適なバンド構造が得られたためと推測される。
【0104】
調製例7(酸触媒であるシュウ酸を用いたRF樹脂の合成)
調製例7のEntry 1は調製例5のEntry 4と同じである。
【0105】
調製例7のEntry 2〜7では、塩基性触媒を表7に示す各種使用量の酸性触媒(シュウ酸)に換えてRF触媒を合成した。酸性触媒を用いる以外の条件は、調製例5のEntry 4と同じである。
【0106】
【表7】
【0107】
表7の結果から、Entry 3〜7に示すような適切量の酸触媒を用いる場合には、Entry 1の塩基性触媒と比較して得られたRF樹脂の光触媒活性が高くなることが分かる。
【0108】
調製例8(導電性高分子PEDOT [poly(3,4-ethylenedioxythiophene)]を含むRF樹脂の合成)
PEDOTは、非特許文献5(Abdiryim, T.; Ali, A.; Jamal, R.; Osman, Y.; Zhang, Y.,“A facile solid-state heating method for preparation of poly(3,4-ethelenedioxythiophene)/ZnO nanocomposite and photocatalytic activity,”Nanoscale Research Letters 2014,9:89)の記載に沿って合成した。つまり、2,5−ジブロモ−3,4−エチレンジオキシチオフェンをルツボに入れ、60℃で24時間静置し、黒色のPEDOT粉末を得た。
【0109】
調製例8のEntry 1は表7のEntry 6の触媒と同じである。
【0110】
調製例8のEntry 2は、PEDOT4mgを加えてRF触媒を合成した。PEDOTを加える以外の条件は、調製例7のEntry 6と同じである。つまり、レゾルシノールとホルムアルデヒドとPEDOTの割合は、レゾルシノール400mg、ホルムアルデヒド612mg及びPEDOT4mgである。
【0111】
合成したこれらの触媒を使い、前述の調製例5と同様にして太陽エネルギー変換効率の評価を行った。なお、光照射時の反応溶液の温度は60℃で一定とした。
【0112】
太陽エネルギー変換効率の算出結果を表8に示す。
【0113】
【表8】
【0114】
表8の結果から、調製例7のEntry 6(調製例8のEntry 1)で得たRF樹脂は、太陽エネルギー変換効率0.83%の効率で過酸化水素を生成することが分かる。これに対して、調製例8のEntry 2で得たPEDOT含有RF樹脂は、太陽エネルギー変換効率1.17%で過酸化水素を生成することが分かる。
【0115】
下記論文(非特許文献6:Wang, Q.; Hisatomi, T.; Jia, Q.; Tokudome, H.; Zhong, M.; Wang, C.; Pan, Z.; Takata, T.; Nakabayashi, M.; Shibata, N.; Li, Y.; Sharp, I. D.; Kudo, A.; Yamada, T, Domen, K.,“Scalable water splitting on particulate photocatalyst sheets with a solar-to-hydrogen energy conversion efficiency exceeding 1%,”Nat. Mater. 2016, 15, 611-617)によれば、粉末光触媒による水分解での水素及び酸素生成の太陽エネルギー変換効率は最大1.1%であり、PEDOT含有RF触媒はより高い太陽エネルギー変換効率で過酸化水素を生成することが分かる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6