【実施例】
【0049】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0050】
[実施例1]大腸菌の定量
高速リアルタイムPCR用のPCRチップ及び本発明の装置を用いて、大腸菌(Escherichia coli:E. coli)の定量を行った
レシチンブイヨン液体培地により大腸菌(DH5α株)を一晩培養し、寒天プレート培地検査によるコロニーカウントに基づき、1×10
4cfu/μLの大腸菌懸濁液を調製後、10倍希釈系列を作製し定量確認用の標準試料とした。
【0051】
リアルタイムPCRにおいて増幅する標的DNAは、大腸菌特異的なuid A遺伝子(アクセッション番号NC_000913.3)の106 bpのDNA配列とし、PCR用フォーワードプライマーに5’-GTG TGA TAT CTA CCC GCT TCG C-3’(配列番号1)、リバースプライマーに5’-AGA ACG GTT TGT GGT TAA TCA GGA-3’ (配列番号2)の配列を用い、PCR溶液中に最終濃度は各300 nMとした。また、リアルタイムPCR用のTaqMan(登録商標)プローブの配列としては、5’-FAM-TCG GCA TCC GGT CAG TGG CAG T-MGB-3’ (配列番号3)とし、PCR溶液中の最終濃度は、200 nMとした。
【0052】
その他の試薬については、タカラバイオ社のSpeedSTAR(登録商標) HS DNA polymeraseを最終濃度0.1 U/μLにて使用し、付属のFAST Buffer I及びdNTP Mixtureをマニュアル通りの濃度で混合し、PCR用プレミクスチャーとした。各濃度の大腸菌懸濁液0.5 μLを12 μLの上記PCR用プレミクスチャーとマイクロピペッターにより混合し、PCR溶液を吸引した状態のままマイクロピペッターの使い捨てチップの先を、PCRチップの微小流路の一端の小孔へ挿入し、当該使い捨てチップとマイクロピペットをリリースした。PCR溶液を内包したマイクロピペット用使い捨てチップを装着した微小流路の他端についても、空のマイクロピペット用使い捨てチップを装着し、それぞれに送液用マイクロブロアのチューブを接続した。高速リアルタイムPCRにおけるサーマルサイクル条件として、DNAポリメラーゼのホットスタートのため98℃で30秒加熱後、さらに98℃で2秒と58℃で4秒を45サイクル繰り返す設定とし、送液マイクロブロアのプラグラム制御により高速リアルタイムPCRを実行した。
【0053】
高速リアルタイムPCRにおけるサイクル毎の蛍光強度は、
図3に示す通り、既存のリアルタイムPCR装置同様のシグモイド曲線を描き、大腸菌の初期濃度に依存して蛍光増幅の速度が変化している。
【0054】
蛍光強度の任意の閾値と交わるサイクル数をCt値とし、大腸菌の初期濃度に対する検量線をプロットすると、
図4のように良好な直線性が得られ、0 cfu/μLであるNo template control(NTC)のCt値が45サイクル以上であることから、100 cfu/μLの濃度であっても定量が可能であることが確認され、既存のリアルタイムPCR装置と同等の検出感度であることが確認された。
【0055】
高速リアルタイムPCRの処理時間は、45サイクルで6分40秒であり、既存の市販装置のうち高速なサーマルサイクル装置であっても45サイクルの処理時間は45分であることから極めて高速に微生物やDNAの定量が可能な高速リアルタイムPCRが達成できた。
【0056】
[実施例2]高速PCR条件の検討
高速リアルタイムPCRは、DNA変性反応及び、アニーリング反応、ならびに各プライマーの3’末端から鋳型DNA配列に合わせDNAポリメラーゼにより複製される伸長反応の3つの過程の繰り返しにより行われる。そのうち、DNA変性反応及びアニーリング反応は、標的DNAの長さに依存せず、短時間で完了する。しかし、伸長反応は、標的DNAの長さ及びDNAポリメラーゼの酵素活性に依存した時間が必要で、高速リアルタイムPCRにおいてもサーマルサイクルの適切な時間設定が必要である。
【0057】
大腸菌(DH5α株)の16S ribosomal RNA遺伝子(アクセッション番号KC_768803.1)の10
4 copiesを鋳型DNAとし、そのうちの約200〜800 bpと標的DNAの長さを変えて、45サイクルの高速リアルタイムPCRを行った。
【0058】
共通のフォーワードプライマー配列は5’-GTT TGA TCC TGG CTC A-3’ (配列番号4)、共通のTaqMan(登録商標)プローブ配列は5’- FAM-CGG GTG AGT AAT GTC TGG-TAMRA-3’ (配列番号5)とし、標的DNAの長さに合わせ、以下のリバースプライマーを組み合わせて使用した。
標的DNA長さが約200 bp用のリバースプライマー配列は5’-CTT TGG TCT TGC GAC G-3’ (配列番号6)、約400 bpのリバースプライマー配列は5’-GCA TGG CTG CAT CAG-3’ (配列番号7)、約600 bpのリバースプライマー配列は5’- CTG ACT TAA CAA ACC GC-3’ (配列番号8)、約800 bpのリバースプライマー配列は5’- TAC CAG GGT ATC TAA TCC-3’ (配列番号9)とし、Tm値はいずれも約50℃に揃えて設定した。
【0059】
アニーリング及び伸長反応時間を短縮しても、Ct値が変化せず標的DNAを十分に増幅できる保持時間を、標的DNAの長さ毎にプロットしたグラフを
図5に示す。なお、約100 bpの短い標的DNAについては、上述のuid A遺伝子の結果を使用し、同一のグラフにプロットした。
図5より、同一の標的DNAの長さであっても、DNAポリメラーゼの活性によりアニーリング及び伸長反応時間が異なり、SpeedSTAR(登録商標)HS DNA polymeraseでは1秒あたり約78 bp、ExTaq HS DNA polymeraseでは1秒あたり約22 bpであった。
【0060】
さらに、伸長反応を除くアニーリング反応の時間は、理論上、標的DNAの長さが0 bpの場合、つまり
図5におけるX切片が相当し、DNAポリメラーゼの種類に関係せず約2.7秒であった。これは、先述の従来の知見と一致していることから、標的DNAの長さに合わせて、
図5に基づく時間を設定することにより、理論上最速のリアルタイムPCRを実施することが可能である。
【0061】
[実施例3]マルチプレックスPCR
高速リアルタイムPCRにおいて、同一サンプルから複数の標的DNAの有無を確認するマルチプレックスPCR法への適応例として、3種類の蛍光の同時計測が可能な多色蛍光検出器を利用して、Neisseria gonorrhoeae及びChlamydia trachomatis、さらにヒト白血球由来βアクチン遺伝子の同時検出を検討した。
【0062】
多色蛍光検出器は同軸で青色励起、緑色励起、赤色励起の各蛍光を定量可能であり、PCRチップ上の微小流路の同一検出点にて、FAM標識、Texas red標識、Cy5標識の3種類の蛍光プローブによる蛍光増幅を個別に検出できる。
多色蛍光検出器を使用する場合も、各微小流路の中心に位置する直線流路上の1点を検出点として3種類の蛍光強度を同時に計測するように配置されており、加圧により一方の蛇行流路部から送液された当該PCR溶液が、検出点を通過し終えた時点で、送液用マイクロブロアを停止させ、当該PCR溶液を、他方の蛇行流路部内に一定時間保持されることができる。
【0063】
Neisseria gonorrhoeae及びChlamydia trachomatis、ならびにβアクチン遺伝子に対する標的DNAの長さと、各プライマーと蛍光プローブについてのTm値はそれぞれ同一とし、増幅効率に差が生じないように設計した。
【0064】
Neisseria gonorrhoeae及びChlamydia trachomatis、ならびにβアクチン遺伝子に対する蛍光プローブには、それぞれTexas red、Cy5、FAM標識のTaqMan(登録商標)プローブを利用し、PCR溶液中の最終濃度は各200 nMとした。
【0065】
Neisseria gonorrhoeae及びChlamydia trachomatis、ならびにβアクチン遺伝子に対する3種類のフォーワードプライマー並びにリバースプライマーのPCR溶液中の最終濃度は各300 nMとし、その他の試薬については、タカラバイオ社のSpeedSTAR(登録商標) HS DNA polymeraseを最終濃度0.2 U/μLにて使用し、付属のFAST Buffer I及びdNTP Mixtureをマニュアル通りの濃度で混合し、PCR用プレミクスチャーとした。
【0066】
Neisseria gonorrhoeae及びChlamydia trachomatis 、ならびにβアクチンに対する鋳型DNAはそれぞれの標的DNA配列を有する合成プラスミドを作成し、ポジティブコントロールには4 ng/μLを、NTCには滅菌水を代わりに混合して高速リアルタイムPCRを実施した。
サーマルサイクル条件は、ホットスタートに96℃で20秒加熱後、さらに96℃で3秒と60℃で8秒を45サイクル繰り返す設定とした。この条件における45サイクルのサーマルサイクル時間は、9分40秒であった。
【0067】
高速リアルタイムPCRを用いたNeisseria gonorrhoeae及びChlamydia trachomatis ならびにβアクチン遺伝子に対するマルチプレックスPCRの結果を
図6に示す。なお、多色蛍光検出器の3色の蛍光色素に対する感度は異なるため、ダイナミックレンジを補正した結果を示している。
図6において太線は鋳型DNAを含有した場合の3種類のそれぞれの蛍光強度の変化を示し、細線で示すNTCの蛍光シグナルに比べ明確な増幅が得られ、同一試料からの多項目同時計測を実現した。
【0068】
なお、3種類の蛍光強度を同時に計測することにより、それぞれの蛍光波長に対応した標的遺伝子の増幅を検知しているが、加圧により一方の蛇行流路部から送液された当該PCR溶液が、検出点を通過し終えた時点で、送液用マイクロブロアを停止させて、溶液の通過を検知する場合には、全ての蛍光検出器を使用する必要はなく、いずれか1つの波長の光を用いた検出信号でも実行可能である。
【0069】
[実施例4]One-step逆転写リアルタイムPCR
PCR溶液に逆転写酵素をあらかじめ混合させ、手軽にRNAからの逆転写反応とリアルタイムPCR法を1つの反応液から実施する手法が、One-step逆転写リアルタイムPCR法と呼ばれ、インフルエンザウイルスやノロウイルスなどのRNAウイルスの検出に利用されている。One-step逆転写リアルタイムPCR法では、一般的なRT−PCR法の様における2段階の工程をまとめることで、操作を著しく簡略化できるが、逆転写反応の逆転写酵素と、リアルタイムPCR法のDNAポリメラーゼが互いに干渉するため、PCRの効率が悪くなることが課題となっている。しかし、高速な温度制御により逆転写酵素とDNAポリメラーゼのそれぞれの活性に最適な温度へ速やかに移行することにより、逆転写反応とリアルタイムPCR法のそれぞれを効率よく順番に実施することができ、高効率なOne-step逆転写リアルタイムPCR法を行うことが可能である。実際に、高速リアルタイムPCR用のPCRチップ及び本発明の装置を用いて、ノロウイルスのG1遺伝子及びG2遺伝子を、One-step逆転写リアルタイムPCR法により定量を検討した。
【0070】
標的となるG1遺伝子もしくはG2遺伝子の配列を有するRNAは、市販のTaKaRa qPCR Norovirus (GI/GII) Typing Kitに付属の標準品もしくは合成DNAの転写産物であるRNAを使用し、希釈系列をRNaseフリーの滅菌水を用いて調製した。
【0071】
プライマー及びプローブの配列は、国立感染症研究所感染症情報センター提供のノロウイルスの検出法に記載の各配列を使用した。ノロウイルスのG1遺伝子に対するフォーワードプライマー配列はCOG-1Fの5’-CGY TGG ATG CGN TTY CAT GA-3’ (配列番号10)、TaqMan(登録商標)プローブ配列はRING1‐TP(a)の5’- AGA TYG CGA TCY CCT GTC CA-3’ (配列番号11)及びRING1‐TP(b)の5’- AGA TCG CGG TCT CCT GTC CA-3’ (配列番号12)、リバースプライマー配列はCOG-1Rの5’- CTT AGA CGC CAT CAT CAT TYA C-3’ (配列番号13)とした。また、ノロウイルスのG2遺伝子に対するフォーワードプライマー配列はCOG-2Fの5’- CAR GAR BCN ATG TTY AGR TGG ATG AG-3’(配列番号14)、TaqMan(登録商標)プローブ配列はRING2AL_TPの5’- TGG GAG GGS GAT CGC RAT CT-3’ (配列番号15)、リバースプライマー配列はCOG-2Rの5’- TCG ACG CCA TCT TCA TTC ACA-3’ (配列番号16)とした。
【0072】
G1遺伝子もしくはG2遺伝子に対する蛍光プローブには、いずれもFAM標識のTaqMan(登録商標)プローブを利用し、PCR溶液中の最終濃度は各200 nMとした。
【0073】
G1遺伝子もしくはG2遺伝子に対する各フォーワードプライマー並びにリバースプライマーのPCR溶液中の最終濃度を300 nMとし、その他の試薬については、タカラバイオ社のPrimeScrip(登録商標)Reverse Transcriptaseもしくはライフテクノロジーズ社のSuperScript(登録商標)Reverse Transcriptaseを最終濃度5 U/μL、RNase阻害剤を最終濃度1 U/μL、SpeedSTAR(登録商標) HS DNA polymeraseを最終濃度0.2 U/μLにて使用し、付属のFAST Buffer I及びdNTP Mixtureをマニュアル通りの濃度で混合し、One-step逆転写リアルタイムPCR用プレミクスチャーとした。
【0074】
サーマルサイクル条件は、逆転写反応にタカラバイオ社のPrimeScrip(登録商標)Reverse Transcriptaseを用いた場合には、42℃で10秒もしくはライフテクノロジーズ社のSuperScript(登録商標)Reverse Transcriptaseを用いた場合には、55℃で10秒とした。これら逆転写反応は、高速リアルタイムPCR用のPCRチップにおける低温側のヒーター上に位置する蛇行流路部内にて行い、逆転写反応が終了後、低温側ヒーター温度を56℃まで上昇させ、引き続き送液させることにより、ホットスタートに96℃で10秒加熱後、さらに96℃で3秒と56℃で8秒を45サイクル繰り返す設定とした。この条件における45サイクルのOne-step逆転写リアルタイムPCRに要した時間は、10分20秒以下であった。
【0075】
高速なOne-step逆転写リアルタイムPCRにおけるサイクル毎の蛍光強度は、
図7に示す通り、ノロウイルスのG1遺伝子及びG2遺伝子の初期濃度が同一であれば、逆転写酵素の種類に依存せず同様のシグモイド曲線を描き、蛍光強度が急激に増幅して立ち上がるサイクル数はそれぞれ一致した。
【0076】
次に、ノロウイルスのG1遺伝子及びG2遺伝子のRNAの初期濃度を変化させて、高速なOne-step逆転写リアルタイムPCRの検討を行ったところ、
図8に示す通り、ノロウイルスのG1遺伝子及びG2遺伝子のそれぞれについて、初期濃度に依存して蛍光強度が急激に増幅して立ち上がるサイクル数が変化した。この蛍光強度が急激に増幅して立ち上がるサイクル数は、RNAの初期濃度の順に並んでおり、そのため、蛍光強度が急激に増幅して立ち上がるサイクル数であるCt値により、RNAの初期濃度の定量が一般的に可能である。
【0077】
ただし、
図8に示す、ノロウイルスのG1遺伝子に対する増幅曲線においては、サーマルサイクルに合わせ、なだらかに蛍光強度が増幅する形でベースラインが右肩上がりとなり、あるサイクル数から急激に蛍光強度が増加することが確認された。そのため、ある一定値の蛍光強度を閾値として、それを超えるサイクル数をCt値とする通常の方法では、正確なCt値を見積もることが困難である。
【0078】
そこで、ベースラインが一定値ではない場合においても、One-step逆転写リアルタイムPCRの最中に適切に消え高強度が立ち上がるCt値を検出するため、サーマルサイクル数ごとに計測された蛍光強度の行列(増幅曲線の2次元配列)から導出することとした。
【0079】
増幅曲線の2次元配列のCt値までの傾きに対して、急激に立ち上がる傾きを検出するため、蛍光強度のバラツキが大きい場合には、必要に応じて移動平均を行いつつ、前進方向の1階微分をサーマルサイクル毎に行い、得られた傾きに関する新たな2次元配列のうち、初期(例えば5〜15サイクルでもよく、あるいは各サイクルにおけるその直前の5〜15サイクルでも良い)の傾きの二乗平均平方根(あるいは加重平均でもよい)と、それ以降の傾きを比較し、有意(例えば5倍以上だが、2倍以上でもよい)に増加した場合を、蛍光強度が急激に増幅して立ち上がるサイクル数Ct値として導出した。
【0080】
得られたCt値から、ノロウイルスのG1遺伝子及びG2遺伝子のRNAの初期濃度に対する検量線を作成した結果を
図9に示す。ノロウイルスのG1遺伝子及びG2遺伝子の各RNA濃度に対して良好な直線性が得られており、One-step逆転写リアルタイムPCRの途中であっても、蛍光強度が急激に立ち上がった時点で速やかにCt値を決定でき、そのCt値からRNAの初期濃度について算出可能である。
【0081】
本発明の特徴は、PCR溶液全体が、流路を通じて蛍光検出点をサイクル毎に通過する方式となっている。したがって、リアルタイムPCRによって生成した蛍光色素が、サーマルサイクルの高速化のためPCR溶液中に均一に分散する時間が無く、蛍光色素の濃度としてPCR溶液中に不均一に分布していた場合であっても、全ての蛍光色素が蛍光検出器により検出され積算されるため、サイクル毎に正確な蛍光量を定量することが可能である。
【0082】
したがって、
図9に示す通り、検量範囲内において、各RNA濃度の測定におけるCt値のエラーバーはとても小さく、高速なOne-step逆転写リアルタイムPCRであっても繰り返し再現性に優れた、正確な定量が可能であることが確認された。