(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6767047
(24)【登録日】2020年9月23日
(45)【発行日】2020年10月14日
(54)【発明の名称】植物の病原体による感染を診断する方法
(51)【国際特許分類】
A01G 7/00 20060101AFI20201005BHJP
A01G 2/30 20180101ALI20201005BHJP
【FI】
A01G7/00 603
A01G2/30
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-225600(P2016-225600)
(22)【出願日】2016年11月21日
(65)【公開番号】特開2017-163968(P2017-163968A)
(43)【公開日】2017年9月21日
【審査請求日】2019年8月14日
(31)【優先権主張番号】特願2016-45274(P2016-45274)
(32)【優先日】2016年3月9日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100150142
【弁理士】
【氏名又は名称】相原 礼路
(74)【代理人】
【識別番号】100174849
【弁理士】
【氏名又は名称】森脇 理生
(72)【発明者】
【氏名】藤川 貴史
(72)【発明者】
【氏名】藤原 和樹
【審査官】
大谷 純
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−055216(JP,A)
【文献】
特開2008−061602(JP,A)
【文献】
特開平11−206382(JP,A)
【文献】
特開2000−166567(JP,A)
【文献】
特開昭59−216523(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2016/0258030(US,A1)
【文献】
Rosa multiflora with Root Rot Tolerance Has No Tolerance Mechanism on the Root Surface during the Early Infection Process,園芸学会雑誌,日本,一般社団法人園芸学会,2007年,76巻2号,p.163-168
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 2/30、 7/00
G01N 33/46、33/48−33/98
C12Q 1/00− 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の一部を挿し床に挿して挿し木を行うことにより発根させる発根工程と、
発根した根を用いて病原体の有無を検出する第一の検出工程とを含む、
植物の病原体による感染を診断する方法。
【請求項2】
前記挿し床が無菌の挿し床である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記第一の検出工程において病原体が検出されなかった植物の挿し木苗を別の用土に移植する移植工程と、
前記挿し木苗を所定の期間栽培した後に、前記挿し木苗の一部を用いて病原体の有無を検出する第二の検出工程とをさらに含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記用土が無菌の用土である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記病原体が師部局在性の植物病原体である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の病原体による感染を簡便に、迅速かつ高精度に診断する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
果樹、花き、野菜、米、麦、いも、雑穀および豆などの農作物、さとうきびおよび茶などの工芸農作物並びに樹木等の植物全般に、広く様々な病害が知られている。このうち、病原体が明らかとなっており植物体から病原体の分離および培養が容易なものについては、遺伝子診断をはじめとする様々な診断法を効果的に行うことによって感染植物を迅速に発見することができ、適切な防除や処理を行うことも可能である。しかし分離および培養が困難な病原体については、既存の診断法では感染植物の発見が十分に達成できていないことが多い。
【0003】
また、植物の篩部(師部)組織内で偏在している病原菌には、分離および培養が困難なものが多い。このような病原体としては、たとえば、ウイルス、ウイロイド、ファイトプラズマ、カンキツグリーニング病菌(Candidatus Liberibacter)およびスピロプラズマ(Spiroplasma)属細菌等が知られている。これらはいずれも有効な農薬等の防除資材が知られていない。そのため、これらの病原体に感染した植物については、病害による枯死を待つか、さもなければ速やかに圃場からの抜き取りや伐採等を行い媒介虫による二次感染を防ぐ必要がある。したがって感染樹の伐採を行うために、感染植物を早く発見することが病原体蔓延を阻止する現在実施可能な有効手段である。
【0004】
しかし、植物の篩部に局在する病原体に感染した植物の病徴は、生理障害や環境ストレスによる症状と区別しにくいため、目視による診断では極めて診断精度が悪い。とくに果樹や樹木といった永年性作物の場合には、様々な生理障害、環境ストレスおよび病虫害のリスクに常に晒されている上、樹体容積が大きく、加えて検査するべき樹数が多いことから診断のボトルネックとなっている。さらに果樹や樹木に感染する篩部局在性病原体は、植物体に低密度で感染している場合、潜伏感染や無病徴感染の時期が長いため確定診断にはかなりの時間を要する。感染植物であるかどうかを調べるためにPCR法等の遺伝子診断を行った結果、陰性であった(病原体が検出されなかった)場合でも、潜伏感染の可能性がある。そのため、現状では、現地で検査対象植物を経過観察するか、もしくは枝や茎等の植物器官の一部を回収し、接木接種を行い検査圃場等にて経過観察している。
【0005】
現状では、経過観察によって病徴発現を起こした場合もしくは遺伝子診断等で病原体の増殖が確認された場合に、感染樹であると診断している。現地での経過観察では潜伏感染樹を見極めることは非常に困難であり、それに比べれば接木接種による経過観察の方が環境の影響が少なく潜伏感染樹の発見には適している。しかし、接木接種を行い経過観察する方法では、病徴発現まであるいは遺伝子診断による病原体の検出までには最低でも6ヶ月以上を要し、場合によっては数年経過しても感染しているかどうかを判別することができない(非特許文献1および2)。
【0006】
従来の果樹等の接木接種による潜伏感染樹の診断技術は、次のように行われる。まず、検査樹から適当な若い枝や芽、茎等を回収し、その同一もしくは近縁な健全植物体を台木として接ぐ。健全植物体は、あらかじめ実生苗を用意しておく。接いで6ヶ月程度経った後に、病徴が出ていないか目視で観察し、また葉等を回収し病原体に応じた遺伝子診断等を行う。ここで、病徴が出ているか、遺伝子診断の結果が陽性であれば(病原体が検出されれば)潜伏感染樹について病原体の顕在化が確認されるが、陰性であれば(病原体が検出されなければ)さらに継続して経過観察を行わなければならない。
【0007】
なお、従来の遺伝子診断法として、PCR法、RT-PCR法、LAMP法およびリアルタイムPCR法等が用いられている。また、病原体を検出する方法として、ELISA法やイムノクロマト法等の免疫学的診断も同様に用いられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Bove JM, Journal of Plant Pathology, 2006,Vol.88, p.7-37
【非特許文献2】Folimonova SY, Achor DS, Phytopathology,2010, Vol.100, p.949-58.
【非特許文献3】Johnson EG, Wu J. Bright DB, Graham JH,Plant Pathology,2014, Vol.63, p.290-298
【非特許文献4】Fujikawa T, Miyata S, Iwanami T, PLOS ONE, 2013, Vol.8, e57011.
【非特許文献5】Nakazono-Nagaoka E, Fujikawa T, Uechi N, Iwanami T, Japanese Journal of Phytopathology, 2015, Vol.81, p.341-345.
【非特許文献6】Kano T, Hiyama T, Natsudaki T, Imanishi N, Okuda S, Ieki H, Annual Phytopatyhological Society of Japan, 1998, Vol.64, p.270-275.
【非特許文献7】Iwanami T, Japan Agricultural Research Quarterly, 2010, Vol.44, p.1-6.
【非特許文献8】Ito T, Ieki H, Ozaki K, Journal of Virological Methods, 2002, Vol.106, p.235-239.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、従来は、潜伏感染の疑いのある植物に対しては、接木接種を行い検査圃場等にて経過観察している。しかし、あらかじめ接木接種用に植物種に合わせた実生苗を用意しておく必要があり、準備期間を要するため急な接木接種に対応できない。また実生苗を購入する場合には、接種数が多くなるにつれてコストが掛かる。
【0010】
また、接木接種では、一本一本の苗が大きいので、多数の検査を行う場合には広大なスペースが必要となり、また長期間経過観察を行う必要があるため、そのスペースが長期間占有される。
【0011】
また、接木接種は、一定の経験的な技能を要するために、誰でも簡単に行うことはできず、専用のスタッフを必要とする。
【0012】
さらに、接木接種によって病原体が接ぎ穂や接ぎ芽等から台木に移行する場合、病原体の増殖は緩慢であり、接木接種から暫くの間は遺伝子診断等を行っても陰性となってしまう。病徴が目視で判別できるか、あるいは遺伝子診断等で陽性反応を得られる固体が現れてくるまでには、早くとも6ヶ月程度かかる。このため潜伏感染樹の確認には長い時間が掛かってしまう。
【0013】
このように、従来の方法では、接木接種による潜伏感染樹の確認に長い時間が掛かるため、現場の検査樹そのものが二次感染のリスクを抱えたまま長時間放置され、現場での病原体蔓延を助長しかねない。
【0014】
果樹の篩部局在性病原体の一部(具体的にはカンキツグリーニング病)において、無病徴感染樹の病原体密度は葉等地上部よりも根等の地下部の方が高いことが知られている(非特許文献3)。しかし、従来の接木接種の方法では、根等の地下部の植物器官から遺伝子診断に用いる核酸の抽出が物理的にも化学的にも困難で経過観察もし難い。したがって、常に病原体密度が比較的低い地上部の葉等を用いた遺伝子診断等に頼らざるを得ず、結果として検出感度が低くならざるを得ない。
【0015】
したがって、本発明は、より迅速かつ高精度に植物の病原体による感染を検出することができる診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、検査樹から回収した枝等を挿し木繁殖することによって、病原体の植物体内での増殖および病徴発現が促進され、短期間で遺伝子診断により病原体の有無を確認できることを見出した。また挿し木繁殖では、通常の自然条件の土壌を用いるよりも、あらかじめ高圧滅菌処理した土壌を用いる方が、より病原体の増殖および病徴発現を顕著に促進することをも見出した。
【0017】
本発明は、植物の一部を挿し床に挿して挿し木を行うことにより発根させる発根工程と、発根した根を用いて病原体の有無を検出する第一の検出工程とを含む、植物の病原体による感染を診断する方法を提供する。
【0018】
また本発明は、上記挿し床が無菌の挿し床である方法を提供する。
【0019】
また本発明は、第一の検出工程において病原体が検出されなかった植物の挿し木苗を別の用土に移植する移植工程と、挿し木苗を所定の期間栽培した後に、挿し木苗の一部を用いて病原体の有無を検出する第二の検出工程とをさらに含む、植物の病原体による感染を診断する方法を提供する。
【0020】
また本発明は、上記用土が無菌の用土である方法を提供する。
【0021】
また本発明は、上記病原体が師部局在性の植物病原体である方法を提供する。
【発明の効果】
【0022】
本発明の方法であれば、従来の接木接種による病害診断法よりも簡便に、迅速かつ高精度に病原体による感染を診断することが可能である。また、本発明の方法では、挿し木栽培によって発根した根や発芽した葉を遺伝子診断法等の試料に用いることができるため、経時的にいつでも診断を行うことができる。特に、根等の地下部の植物器官において病原体が高密度に局在していることがわかっている病原体については、現地の検査樹や接木接種樹では試料を採取することが困難である。一方、本発明の方法では、経時的に器官の一部を回収することができ、遺伝子診断法の精度を高めることが期待できる。
【0023】
加えて、従来の接木接種法では、広いスペースを長期間に渡り占有する必要があるが、本発明の方法では、挿し木栽培を行うため、省スペースかつ短期間の占有により診断が可能である。さらに、本発明の方法は、土壌や市販の農業資材のみで行うことができ、非常に安価である。また本発明の方法は、技術的に簡単であるため技術的普及が見込まれる。
【0024】
さらにまた、本発明が利用される現場は、国内外の植物防疫所、検疫行政、病害虫防除所、種苗会社および苗木業者などが想定される。したがって、本発明の普及に伴い、植物篩部局在性病害の早期診断法が確立することで、感染樹や生産苗等の植物体を適切に検査でき、国内外での病害蔓延を阻止することができる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明は、植物の病原体による感染を診断する方法である。本発明の方法は、植物の一部を挿し床に挿して挿し木を行うことにより発根させる発根工程と、発根した根を用いて病原体の有無を検出する第一の検出工程とを含む。
【0026】
本明細書において「植物の一部」とは、挿し木を行うためのいわゆる挿し穂であり、挿し木を行ったときに発根する部分であればよく、たとえば植物の茎、枝、葉および根などであることができる。
【0027】
本発明における発根工程では、特に限定されず、従来公知の挿し木法を好適に用いることができる。たとえば、まず植物の一部(挿し穂)を採取して、発根させるための挿し床に挿すことにより、当該植物の一部から発根させることができる。本発明の発根工程では、発根を促進させるための薬剤(発根促進剤)を用いてもよい。発根促進剤には、従来公知の任意の発根促進剤を用いることができる。
【0028】
挿し床は、挿し穂から発根させることができるものであればよく、たとえば用土、培地、マット材、保水材および水等を用いることができる。用土には、たとえば赤玉土、鹿沼土、ピートモス、バーミキュライト、パーライトおよびココピート等を用いることができる。また、挿し床は、無菌の挿し床であることができる。無菌の挿し床は、たとえば滅菌処理された土壌(用土)であってもよい。後述する実施例で示したように、無菌の挿し床を用いることにより、高精度に病原体の有無を検出することができる。
【0029】
発根工程を開始してから第一の検出工程までの期間は、特に限定されず、植物が発根するまでであればよいが、たとえば1ヶ月以内でもよく、2ヶ月以内または3ヶ月以内などでもよい。本発明の方法によれば、植物が感染している場合には、発根工程を開始してから第一の検出工程までの期間が1ヶ月以内であっても、発根した根に十分に病原菌が溜まり、第一の検出工程において病原体を容易に検出することができる。したがって、本発明の方法であれば、病原体による感染を迅速に診断することができる。
【0030】
本発明の方法に供する植物は、挿し木法によって発根させることができる植物であればよく、特に限定されないが、たとえば果樹、農作物、野菜、観葉植物およびこれら以外の樹などが含まれる。
【0031】
果樹には、たとえばリンゴ、セイヨウナシ、ニホンナシ、カリンおよびマルメロ等の仁果類;モモ、スモモ、ウメ、サクランボ、オウトウ、アンズ、プルーンおよびネクタリン等の核果類;クリ、クルミ、ハシバミ、アーモンド、ピスタチオ、カシューナッツ、マカダミアナッツおよびイチョウ等の殻果類;ウンシュウミカン、オレンジ、レモン、ラフレモン、ライム、メキシカンライム、ユズおよびグレープフルーツ等のカンキツ類;ブルーベリー、クランベリー、ブラックベリーおよびラズベリー等の液果類;その他、ブドウ、カキ、オリーブ、ビワ、キウイフルーツ、マンゴー、パッションフルーツ、アボガド、パパイヤ、バナナ、コーヒー、ナツメヤシおよびココヤシ等が含まれる。
【0032】
農作物には、たとえばトウモロコシ、イネ、コムギ、オオムギ、ライムギ、エンバク、ソルガム、ワタ、ダイズ、ピーナッツ、ソバ、テンサイ、ナタネ、ヒマワリ、サトウキビおよびタバコ等が含まれる。野菜には、たとえばナス、トマト、ピーマン、トウガラシおよびジャガイモ等のナス科野菜;キュウリ、カボチャ、ズッキーニ、スイカ、メロンおよびスカッシュ等のウリ科野菜;ダイコン、カブ、セイヨウワサビ、コールラビ、ハクサイ、キャベツ、カラシナ、ブロッコリーおよびカリフラワー等のアブラナ科野菜;ゴボウ、シュンギク、アーティチョークおよびレタス等のキク科野菜;ネギ、タマネギ、ニンニクおよびアスパラガス等のユリ科野菜;ニンジン、パセリ、セロリおよびアメリカボウフウ等のセリ科野菜;ホウレンソウおよびフダンソウ等のアカザ科野菜;シソ、ミントおよびバジル等のシソ科野菜;その他、イチゴ、サツマイモ、ヤマノイモおよびサトイモ等が含まれる。
【0033】
また、本発明における植物には、上述したものの他に、たとえばチャ、クワ、花木および街路樹等が含まれる。街路樹としては、たとえばトネリコ、カバノキ、ハナミズキ、ユーカリ、イチョウ、ライラック、カエデ、カシ、ポプラ、ハナズオウ、フウ、プラタナス、ケヤキ、クロベ、モミノキ、ツガ、ネズ、マツ、トウヒおよびイチイ等が挙げられる。
【0034】
本発明の診断方法に供する植物は、挿し木を行う前に遺伝子診断等を行い、陰性であった(病原体が検出されなかった)植物であってもよい。遺伝子診断には、植物体に対して通常行われる公知の遺伝子診断法を用いることができ、たとえば、後述する病原体の有無を検出するための遺伝子診断法を用いることができる。
【0035】
検出対象の病原体は、上述したような植物に感染する任意の病原体であればよい。本発明の方法であれば、分離や培養が困難な篩部(師部)局在性の植物病原体(細菌、菌類、ウイルスおよびウイロイド等)であっても、短期間で検出することが可能である。
【0036】
本発明において、病原体の有無を検出する方法には、たとえば遺伝子診断および免疫学的診断等の従来公知の診断方法を用いることができる。遺伝子診断には、たとえば病原体の遺伝子を増幅するためのプライマーを用いた、PCR法、RT-PCR法、LAMP法およびリアルタイムPCR法等が含まれる。免疫学的診断には、たとえば病原体に対する抗体を用いた、ELISA法およびイムノクロマト法等が含まれる。たとえば、遺伝子診断法を用いて、植物の根および葉等に存在する病原体由来の遺伝子の有無を検出することができる。
【0037】
本発明の方法は、第一の検出工程において病原体が検出されなかった植物の挿し木苗を別の用土に移植する移植工程をさらに含んでもよい。別の用土には、たとえば赤玉土、鹿沼土、ピートモス、バーミキュライト、パーライトおよびココピート等を用いることができる。また、用土は、無菌の用土であることができる。本発明の方法では、後述する実施例で示したように、無菌の用土を用いることにより、高精度に病原体の有無を検出することができる。
【0038】
また、本発明の方法は、挿し木苗を移植してから所定の期間栽培した後に、挿し木苗の一部を用いて病原体の有無を検出する第二の検出工程をさらに含んでもよい。「所定の期間」は、たとえば1ヶ月以内でもよく、2ヶ月以内または3ヶ月以内などでもよい。本発明の方法によれば、植物が感染している場合には、挿し木苗を栽培する期間が短くても病原体を容易に検出することができる。「挿し木苗の一部」は、たとえば挿し木苗の根、葉、茎および枝などであってもよい。病原体の有無を検出する方法には、上述したように遺伝子診断および免疫学的診断等の従来公知の方法を用いることができる。
【0039】
本発明の方法では、病原体が検出されるまで、あるいは植物が感染していないと判断されるまで、第二の検出工程を繰り返し行ってもよい。本発明の方法であれば、「所定の期間」を1ヶ月等の短い期間に設定することができるため、短期間で検出工程を複数回実施することができ、検出精度を高めることができる。
(診断方法の一例)
【0040】
本発明の診断方法の一例を以下に示す。診断対象の植物として、たとえば感染樹である疑いの高い検査対象の樹(検査樹)を用いることができる。
【0041】
まず、検査樹について、1回目の遺伝子診断を行い、陰性であった(病原体が検出されなかった)検査樹について挿し木を行う(本発明における発根工程)。まず、検査樹の若い枝や茎等を回収し挿し穂とする。挿し穂の切断面が乾燥しないように、発芽・発根促進剤(たとえば、市販品のメネデール(メネデール株式会社)あるいは同等品)を用法に準じて作成した希釈溶液に漬けておいてもよい。
【0042】
また、挿し穂を挿すための挿し床を準備する。挿し床には、たとえば、あらかじめ高圧滅菌した砂質土壌(たとえば鹿沼土あるいは同等の土壌)などを用いることができる。土壌は、たとえばプラスチックポット等に入れて用いてもよい。
【0043】
次に、挿し穂を挿し床に挿して栽培する。挿し穂を挿し床に挿す前に、挿し穂の切断面に、発根誘導剤(たとえば市販品のルートン(住友園芸化学株式会社)あるいは同等品)を塗布してもよい。挿し穂を挿し床に挿した後に、発芽・発根促進剤(たとえばメネデール水溶液)を挿し床に加え、挿し穂の地下部が十分に浸漬するようにしてもよい。挿し穂を栽培する間、土壌の水分は、切れないようにこまめに水分調節を行うとともに、水分過剰にならないように管理することができる。また、挿し穂を袋等で覆うことにより、過湿気味にして管理してもよい。この方法により、挿し穂から発根させることができる。
【0044】
次に、発根した根を用いて病原体の有無を検出するために、2回目の遺伝子診断を行う(本発明における第一の検出工程)。挿し木を開始してから所定の期間後、たとえば1ヶ月後、挿し床から挿し穂をやさしく抜き出す。このとき、発根されているものについて、根の一部を回収し、遺伝子診断の試料に供することができる。
【0045】
2回目の遺伝子診断によって目的の病原体が検出された(陽性反応であった)場合には、検査樹は感染樹(病原体に感染した樹)と判断することができる。その場合には、直ちにその挿し木繁殖を中止し、検査樹について伐採等の防除対策を行うことができる。
【0046】
2回目の遺伝子診断によって目的の病原体が検出されなかった(陰性反応であった)場合には、挿し木苗を別の用土に移植する(本発明における移植工程)。たとえば、挿し木苗を、あらかじめ高圧滅菌した土壌(育苗土や現地の土等、植物栽培可能なもの)に移植することができる。
【0047】
挿し木苗を移植して所定の期間栽培した後、たとえば1ヵ月後以降、挿し木苗の葉や根等を部分的に回収し3回目の遺伝子診断を行う(本発明における第二の検出工程)。3回目の遺伝子診断によって目的の病原体が検出された(陽性反応であった)場合には、検査樹は感染樹と判断することができる。その場合には、挿し木の栽培を中止し、検査樹について伐採等の防除対策を行うことができる。
【0048】
3回目の遺伝子診断によって目的の病原体が検出されなかった(陰性反応であった)場合には継続して挿し木の栽培を行うことができる。その後、病原体が検出されるまで、あるいは病原体に感染していないと判断するまで、遺伝子診断および挿し木栽培を繰り返し行うことができる。
【0049】
挿し木栽培は、予め設定した期限まで行い、遺伝子診断および目視などにより感染の有無を経過観察することができる。予め設定した期限は、たとえば6ヶ月、1年および2年などであってもよい。本発明の方法であれば、従来の方法よりも高精度に病原体による感染を検出することができるため、経過観察するための期間を短く設定することができる。
【0050】
本発明は、以上のような診断方法により、短期間で複数回の診断を行うことができ、診断の精度を高めることができる。
【実施例】
【0051】
〔実施例1〕
上述した診断方法を用いて、カンキツグリーニング病無病徴感染樹の早期診断を行った。
【0052】
あらかじめ陽性(感染樹)であるとわかっているカンキツで、無病徴の植物体を用いた。この植物体から挿し穂196本を回収し、切断面に規定量の発根誘導剤(ルートン(住友園芸化学株式会社))を塗布した。挿し穂を高圧滅菌処理(121℃、15分)済みの鹿沼土に挿した後に、規定量の発芽・発根促進剤(メネデール(メネデール株式会社))を鹿沼土に加え、挿し穂の地下部が発芽・発根促進剤に十分に浸漬するようにした。
【0053】
1ヵ月後、鹿沼土から無病徴の挿し木苗を抜きだし、発根を確認した。発根している根の一部を回収し、一般的なPCR法(コンベンショナルPCR法)によって病原体の菌密度を測定した。コンベンショナルPCR法によるカンキツグリーニング病診断は、非特許文献4に記載の方法に準じて行った。具体的には、根の一部からDNeasy Plant Mini kit(Qiagen)を用いて抽出したtotal DNAを鋳型に、forward primer Las606(配列番号1:5′-GGA GAG GTG AGT GGA ATT CCG A-3′)およびreverse primer LSS(配列番号2:5′-ACC CAA CAT CTA GGT AAA AAC C-3′)を用いてコンベンショナルPCRを行った後、増幅産物を電気泳動し、病原体の検出を行った(非特許文献4)。コンベンショナルPCRの条件は、初期熱変性を96℃で9分間、サイクリングは、熱変性を96℃、30秒間、アニーリングを55℃、1分間、伸長反応を72℃、30秒間で40サイクルとし、72℃で7分間反応させた後4℃まで冷却した。挿し木繁殖に供試したカンキツ196本のうち、鹿沼土への挿し木後1ヶ月後の遺伝子診断によって病原体が検出された(陽性になった)ものは、115本(58.7%)であった(表1)。
【0054】
【表1】
【0055】
次に、鹿沼土挿し木後1ヶ月後の遺伝子診断において陰性であったカンキツ81本を、高圧滅菌処理(121℃、15分)済みの土壌または高圧滅菌処理していない土壌に移植した。土壌として育苗土、現地土(ローム質)および現地土(粘土質)を用いた。そして、土壌に対する高圧滅菌処理の有無による挿し木繁殖の違いを観察した。
【0056】
挿し木を移植して1ヶ月後および2ヶ月後に、遺伝子診断を行った。遺伝子診断は、挿し木後1ヶ月後の遺伝子診断と同様に行った。その結果を表2および表3に示す。表3に示すように、高圧滅菌処理した土壌を用いた場合には、挿し木を移植して1ヶ月後に40%が陽性となり、2ヶ月後には80%が陽性となった。一方、高圧滅菌処理していない土壌を用いた場合には、挿し木を移植して1ヶ月後に16.0%が陽性となり、2ヶ月後に56.7%が陽性となった。したがって、土壌の種類によらず、高圧滅菌処理した土壌を用いた場合には、高精度で病原体を検出できることが示された。
【0057】
【表2】
【0058】
【表3】
【0059】
以上のことから、従来の接木接種法では少なくとも6ヶ月程度は掛かる潜伏感染樹の診断が、鹿沼土での発根および高圧滅菌処理した土壌への移植による挿し木繁殖法によって1ヶ月〜3ヶ月程度で診断できることが分かった。また、挿し木繁殖法によって、無病徴であった感染樹は、栽培後6ヶ月程度で顕著な病徴を示した。
【0060】
〔実施例2〕
上述した診断方法を用いて、カンキツウイルス病感染樹の早期診断を行った。感染樹として、CVEV(カンキツベインエネーションウイルス)、CTV(カンキツトリステザウイルス)に感染したメキシカンライム、CVEVおよびASGV(リンゴステムグルービングウイルス)に感染したユズ、CTVに感染したメキシカンライム並びにSDV(温州萎縮ウイルス)に感染したラフレモンを使用した。
【0061】
あらかじめ各ウイルスごとに陽性(感染樹)であるとわかっているカンキツで、無病徴の植物体を用いた。挿し穂の処理は実施例1に準じた。
【0062】
1ヵ月後、鹿沼土から無病徴の挿し木苗を抜きだし、発根を確認した。発根している根の一部を回収し、RT-PCR法によって病原体の感染を検定した。各RT-PCR法によるカンキツウイルス病診断は、非特許文献5〜8に記載の方法に準じて行った。具体的には、根の一部からRNeasy Plant Mini kit(Qiagen)を用いて抽出したtotal RNAを鋳型に、PrimeScript One Step RT-PCR Kit Ver.2(Takara)を用いて各ウイルス診断用プライマーセットによるOne-Step-RT-PCR法を行った。
【0063】
CVEV(カンキツベインエネーションウイルス)の検定には、非特許文献5の方法に準じてforward primer 2310F(配列番号3:5′-TCC AAA ATT CCC TCC ACC AAG G-3′)およびreverse primer 2880R (配列番号4:5′-AGC TTT CCT GAC AGG CTT GT-3′)を用いて熱変性94℃30秒、アニーリング61℃30秒、伸長74℃40秒のサイクルを35回行い増幅させた。
【0064】
CTV(カンキツトリステザウイルス)の検定には、非特許文献6の方法に準じてforward primer CTV52 (配列番号5:5′-CGA GGT ATC ATT CTT C-3′)およびreverse primer CTV32 ((配列番号6:5′-CGC CAT AAC TCA AGT TGC G-3′)を用いて熱変性94℃30秒、アニーリング55℃30秒、伸長74℃40秒のサイクルを35回行い増幅させた。
【0065】
SDV(温州萎縮ウイルス)の検定には、非特許文献7の方法に準じてforward primer FW146(配列番号7:5′-ACT AGG GAT AGC GCC CTA G -3′)およびreverse primer RV488 (配列番号8:5′-GGA CCG ATA TTG GGC CAT-3′)を用いて熱変性94℃30秒、アニーリング55℃30秒、伸長74℃40秒のサイクルを35回行い増幅させた。
【0066】
ASGV(リンゴステムグルービングウイルス)の検定には、非特許文献8の方法に準じてforward primer AM(-) (配列番号9:5′-TAG AAA AAC CAC ACT AAC CCG GAA ATG C-3′)およびreverse primer AM(+)((配列番号10:5′-CCT GAA TTG AAA ACC TTT GCT GCC ACT T-3′)を用いて熱変性94℃30秒、アニーリング60℃60秒、伸長72 ℃10秒のサイクルを35回行い増幅させた。
【0067】
RT-PCRを行った後、増幅産物を電気泳動し、病原体の検出を行った。挿し木繁殖に供試した各種ウイルス感染カンキツ全てにおいて、感染対象のウイルスが検出された(表4)。すなわち、表4に示すように、試験に供した全ての感染樹において、感染したウイルスが検出され(表4において+)、感染していないウイルスは検出されなかった(表4においてn.a.)。
【0068】
【表4】
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の方法は、植物の病原体による感染を簡便に、迅速かつ高精度に診断することができるため、国内外の植物防疫所、検疫行政、病害虫防除所、種苗会社および苗木業者などにおいて、植物病害の早期診断に好適に利用することができる。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]