特許第6769437号(P6769437)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6769437軽希土類元素と重希土類元素を分離するために有用な方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6769437
(24)【登録日】2020年9月28日
(45)【発行日】2020年10月14日
(54)【発明の名称】軽希土類元素と重希土類元素を分離するために有用な方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 59/00 20060101AFI20201005BHJP
   C22B 7/00 20060101ALI20201005BHJP
   C22B 3/06 20060101ALI20201005BHJP
   C22B 3/10 20060101ALI20201005BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20201005BHJP
   C22B 1/02 20060101ALI20201005BHJP
   B09B 3/00 20060101ALI20201005BHJP
【FI】
   C22B59/00
   C22B7/00 G
   C22B3/06
   C22B3/10
   C22B3/44 101Z
   C22B1/02
   B09B3/00 304J
   B09B3/00ZAB
   B09B3/00 303A
【請求項の数】6
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2017-536482(P2017-536482)
(86)(22)【出願日】2016年8月25日
(86)【国際出願番号】JP2016074891
(87)【国際公開番号】WO2017034009
(87)【国際公開日】20170302
【審査請求日】2019年4月23日
(31)【優先権主張番号】特願2015-167079(P2015-167079)
(32)【優先日】2015年8月26日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-64774(P2016-64774)
(32)【優先日】2016年3月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106611
【弁理士】
【氏名又は名称】辻田 幸史
(74)【代理人】
【識別番号】100098545
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 伸一
(72)【発明者】
【氏名】星 裕之
【審査官】 坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−080988(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/057922(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/02,3/06,3/10,3/44,7/00,
59/00
B09B 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軽希土類元素と重希土類元素を含む処理対象物から両者を分離するために軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物を得る方法であって、
(1)軽希土類元素と重希土類元素を含む処理対象物から両者の複合酸化物ないし酸化物の混合物を得る工程
(2)工程(1)で得られた軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物を、塩酸および/または硝酸に溶解する工程
(3)工程(2)で得られた溶液に沈殿剤を加えて沈殿物を得る工程
(4)工程(3)で得られた沈殿物を焼成する工程
(5)工程(4)で得られた焼成物を、濃度が0.7mol/L以上の塩酸および/または硝酸に、溶解上限量の1.1倍〜3.0倍添加して溶液と残渣を得る工程
(6)工程(5)で得られた溶液を軽希土類元素リッチな含有物として、残渣を重希土類元素リッチな含有物として、それぞれ分離して得る工程
を少なくとも含んでなることを特徴とする方法(ここで「リッチ」なる用語は該当する希土類元素の他方の希土類元素に対する含量比が処理対象物における含量比よりも大きいことを意味する)。
【請求項2】
沈殿剤としてシュウ酸、酢酸、炭酸の金属塩から選ばれる少なくとも1つを用いることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
処理対象物がR−Fe−B系永久磁石であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
処理対象物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比(重希土類元素の重量/軽希土類元素の重量)が0.05〜0.50であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項5】
軽希土類元素リッチな含有物である溶液に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比(重希土類元素の濃度/軽希土類元素の濃度)が0.02〜0.05であり、かつ、処理対象物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比(重希土類元素の重量/軽希土類元素の重量)よりも0.01以上小さいことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項6】
軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物から両者を分離するために軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物を得る方法であって、
(1)軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物を、塩酸および/または硝酸に溶解する工程
(2)工程(1)で得られた溶液に沈殿剤を加えて沈殿物を得る工程
(3)工程(2)で得られた沈殿物を焼成する工程
(4)工程(3)で得られた焼成物を、濃度が0.7mol/L以上の塩酸および/または硝酸に、溶解上限量の1.1倍〜3.0倍添加して溶液と残渣を得る工程
(5)工程(4)で得られた溶液を軽希土類元素リッチな含有物として、残渣を重希土類元素リッチな含有物として、それぞれ分離して得る工程
を少なくとも含んでなることを特徴とする方法(ここで「リッチ」なる用語は該当する希土類元素の他方の希土類元素に対する含量比が軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物における含量比よりも大きいことを意味する)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばR−Fe−B系永久磁石(Rは希土類元素)などの軽希土類元素と重希土類元素を含む処理対象物から、両者を分離するために有用な方法に関する。より詳細には、例えば溶媒抽出法によって処理対象物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素を分離するために有用な、軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物を、処理対象物から得る方法に関する。
【背景技術】
【0002】
R−Fe−B系永久磁石は、高い磁気特性を有していることから、今日様々な分野で使用されていることは周知の通りである。このような背景のもと、R−Fe−B系永久磁石の生産工場では、日々、大量の磁石が生産されているが、磁石の生産量の増大に伴い、製造工程中に加工不良物などとして排出される磁石スクラップや、切削屑や研削屑などとして排出される磁石加工屑などの量も増加している。とりわけ情報機器の軽量化や小型化によってそこで使用される磁石も小型化していることから、加工代比率が大きくなることで、製造歩留まりが年々低下する傾向にある。従って、製造工程中に排出される磁石スクラップや磁石加工屑などを廃棄せず、そこに含まれる金属元素、特に希土類元素をいかに回収して再利用するかが今後の重要な技術課題となっている。また、R−Fe−B系永久磁石を使用した電化製品などから循環資源として希土類元素をいかに回収して再利用するかについても同様である。本発明者は、これまでこの技術課題に対して精力的に取り組んできており、その研究成果として、R−Fe−B系永久磁石などの希土類元素と鉄族元素を含む処理対象物から希土類元素を回収する方法として、処理対象物に対して酸化処理を行った後、処理環境を炭素の存在下に移し、1150℃以上の温度で熱処理することで、希土類元素を酸化物として鉄族元素から分離して回収する方法を特許文献1において提案している。
【0003】
本発明者が特許文献1において提案した方法は、低コストと簡易さが要求されるリサイクルシステムとして優れたものであるが、処理対象物が例えばR−Fe−B系永久磁石の場合、鉄族元素から分離して回収された希土類元素の酸化物は、NdやPrなどの軽希土類元素とDyなどの重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物である。従って、希土類元素と鉄族元素を含む処理対象物から希土類元素を回収する優れた方法が特許文献1によって提供された今、次なる課題は、軽希土類元素と重希土類元素をいかに分離するかという点にある。
【0004】
軽希土類元素と重希土類元素を分離する方法として知られている一般的なものは、溶媒抽出法によるものである(例えば特許文献2)。現在のところ、溶媒抽出法は、希土類元素の分離や精製についての主流的な技術として位置付けられている。しかしながら、溶媒抽出法は、抽出剤としての2−エチルヘキシルホスホン酸モノ−2−エチルヘキシルエステルなどの有機リン化合物や、ケロシンなどの引火性の高い有機溶媒を用いて抽出操作を複数段にわたって繰り返す必要があるので、それぞれの使用量が多く、また、装置が大型のものとなるため、環境保全上や安全上の観点から抽出剤や有機溶媒の使用量の低減化が求められているとともに、装置の小型化が求められている。加えて、溶媒抽出法は、処理対象物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比に応じた処理条件を設定する必要があるため、処理対象物が例えば含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比が様々な磁石加工屑の混合物であって処理対象物における両者の含量比が不明の場合、その都度、処理対象物を分析して両者の含量比を求めてから処理条件を設定したり、両者の含量比が既存の処理条件に適合するものになるように各々の濃度を調整したりしなければならないという工程上の作業負担がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2013/018710号
【特許文献2】特開平2−80530号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明は、例えば溶媒抽出法によって軽希土類元素と重希土類元素を含む処理対象物から両者を分離するに際し、抽出剤や有機溶媒の使用量の低減化や装置の小型化を可能にしたり、処理対象物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比の分析などの工程上の作業負担の軽減化を可能にしたりする、軽希土類元素と重希土類元素を分離するために有用な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記の点に鑑みて鋭意検討を重ねた結果、軽希土類元素と重希土類元素を含む処理対象物から得られる両者の複合酸化物ないし酸化物の混合物を塩酸や硝酸に溶解した後、沈殿剤を加えて得られる沈殿物を焼成し、得られた焼成物の所定量を、所定濃度の塩酸や硝酸に溶解することで、軽希土類元素リッチな含有物を酸溶液として、重希土類元素リッチな含有物を溶解残渣として得ることができること、軽希土類元素リッチな含有物である酸溶液に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比は、含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比にバラツキがある処理対象物から得られたものであっても、一定の範囲に収束したものになることを見い出した。
【0008】
上記の点に鑑みてなされた本発明の軽希土類元素と重希土類元素を含む処理対象物から両者を分離するために軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物を得る方法は、請求項1記載の通り、
(1)軽希土類元素と重希土類元素を含む処理対象物から両者の複合酸化物ないし酸化物の混合物を得る工程
(2)工程(1)で得られた軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物を、塩酸および/または硝酸に溶解する工程
(3)工程(2)で得られた溶液に沈殿剤を加えて沈殿物を得る工程
(4)工程(3)で得られた沈殿物を焼成する工程
(5)工程(4)で得られた焼成物を、濃度が0.7mol/L以上の塩酸および/または硝酸に、溶解上限量の1.1倍〜3.0倍添加して溶液と残渣を得る工程
(6)工程(5)で得られた溶液を軽希土類元素リッチな含有物として、残渣を重希土類元素リッチな含有物として、それぞれ分離して得る工程
を少なくとも含んでなることを特徴とする(ここで「リッチ」なる用語は該当する希土類元素の他方の希土類元素に対する含量比が処理対象物における含量比よりも大きいことを意味する)。
また、請求項2記載の方法は、請求項1記載の方法において、沈殿剤としてシュウ酸、酢酸、炭酸の金属塩から選ばれる少なくとも1つを用いることを特徴とする。
また、請求項3記載の方法は、請求項1記載の方法において、処理対象物がR−Fe−B系永久磁石であることを特徴とする。
また、請求項4記載の方法は、請求項1記載の方法において、処理対象物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比(重希土類元素の重量/軽希土類元素の重量)が0.05〜0.50であることを特徴とする。
また、請求項5記載の方法は、請求項1記載の方法において、軽希土類元素リッチな含有物である溶液に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比(重希土類元素の濃度/軽希土類元素の濃度)が0.02〜0.05であり、かつ、処理対象物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比(重希土類元素の重量/軽希土類元素の重量)よりも0.01以上小さいことを特徴とする。
また、本発明の軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物から両者を分離するために軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物を得る方法は、請求項6記載の通り、
(1)軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物を、塩酸および/または硝酸に溶解する工程
(2)工程(1)で得られた溶液に沈殿剤を加えて沈殿物を得る工程
(3)工程(2)で得られた沈殿物を焼成する工程
(4)工程(3)で得られた焼成物を、濃度が0.7mol/L以上の塩酸および/または硝酸に、溶解上限量の1.1倍〜3.0倍添加して溶液と残渣を得る工程
(5)工程(4)で得られた溶液を軽希土類元素リッチな含有物として、残渣を重希土類元素リッチな含有物として、それぞれ分離して得る工程
を少なくとも含んでなることを特徴とする(ここで「リッチ」なる用語は該当する希土類元素の他方の希土類元素に対する含量比が軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物における含量比よりも大きいことを意味する)。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、例えば溶媒抽出法によって軽希土類元素と重希土類元素を含む処理対象物から両者を分離するに際し、抽出剤や有機溶媒の使用量の低減化や装置の小型化を可能にしたり、処理対象物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比の分析などの工程上の作業負担の軽減化を可能にしたりする、軽希土類元素と重希土類元素を分離するために有用な方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例1における軽希土類元素(Nd,Pr)と重希土類元素(Dy)の残渣への残留率を示すグラフである。
図2】同、焼成物を添加する塩酸の濃度が軽希土類元素と重希土類元素の分離性に与える影響を示すグラフである。
図3】実施例2における軽希土類元素(Nd,Pr)と重希土類元素(Tb)の残渣への残留率を示すグラフである。
図4】同、焼成物を添加する塩酸の濃度が軽希土類元素と重希土類元素の分離性に与える影響を示すグラフである。
図5】実施例6における沈殿物の焼成温度と得られた焼成物の重量の関係を示すグラフである。
図6】同、沈殿物を焼成する際の雰囲気が軽希土類元素と重希土類元素の分離性に与える影響を示すグラフである。
図7】実施例7における塩酸への焼成物の添加量と塩酸溶液由来の焼成物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比の関係を示すグラフである。
図8】実施例8における塩酸への焼成物の添加量と塩酸溶液由来の焼成物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の軽希土類元素と重希土類元素を含む処理対象物から両者を分離するために軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物を得る方法は、
(1)軽希土類元素と重希土類元素を含む処理対象物から両者の複合酸化物ないし酸化物の混合物を得る工程
(2)得られた軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物を、塩酸および/または硝酸に溶解する工程
(3)得られた溶液に沈殿剤を加えて沈殿物を得る工程
(4)得られた沈殿物を焼成する工程
(5)得られた焼成物を、濃度が0.7mol/L以上の塩酸および/または硝酸に、溶解上限量の1.1倍〜3.0倍添加して溶液と残渣を得る工程
(6)得られた溶液を軽希土類元素リッチな含有物として、残渣を重希土類元素リッチな含有物として、それぞれ分離して得る工程
を少なくとも含んでなることを特徴とするものである(ここで「リッチ」なる用語は該当する希土類元素の他方の希土類元素に対する含量比が処理対象物における含量比よりも大きいことを意味する)。以下、本発明の方法における工程を順次説明する。
【0012】
(1)軽希土類元素と重希土類元素を含む処理対象物から両者の複合酸化物ないし酸化物の混合物を得る工程
まず、本発明の方法を適用することができる軽希土類元素と重希土類元素を含む処理対象物は、NdやPrなどの軽希土類元素とDyやTbなどの重希土類元素を含むものであれば特段の制限はなく、軽希土類元素と重希土類元素に加えてその他の元素としてFe,Co,Niなどの鉄族元素やホウ素などを含んでいてもよい。具体的には、例えばR−Fe−B系永久磁石などが挙げられる。軽希土類元素と重希土類元素を含む処理対象物から両者の複合酸化物ないし酸化物の混合物を得る方法は、自体公知の方法であってよく、例えば、特許文献1に記載の、希土類元素と鉄族元素を含む処理対象物に対して酸化処理を行った後、処理環境を炭素の存在下に移し、1150℃以上の温度で熱処理することで、希土類元素を酸化物として鉄族元素から分離して回収する方法を好適に採用することができる。軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物の、軽希土類元素の含量と重希土類元素の含量の合計は、70mass%以上が望ましく、75mass%以上がより望ましい。軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物は、鉄族元素やホウ素などを含んでいてもよいが、これらの含量は、それぞれ5.0mass%以下が望ましく、2.5mass%以下がより望ましい。
【0013】
(2)得られた軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物を、塩酸および/または硝酸に溶解する工程
この工程に用いる塩酸や硝酸は、先の工程で得られた軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物を溶解することができる濃度や容量で用いることができる。具体的には、例えば、濃度が0.5mol/L以上の塩酸や硝酸を、軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物1gに対して1mL〜50mLの割合で用いればよい。用いる塩酸や硝酸の濃度の上限は、安全性などの点に鑑みれば例えば5.0mol/Lである。溶解温度は、例えば20℃〜85℃であってよい。溶解時間は、例えば1時間〜3日間であってよい。なお、軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物は、その溶解を効率的に行うために、粒径が1mm以下の粒状ないし粉末状に粉砕して塩酸や硝酸に溶解することが望ましい。粉砕は粒径が500μm以下になるまで行うことがより望ましい。
【0014】
(3)得られた溶液に沈殿剤を加えて沈殿物を得る工程
この工程に用いることができる沈殿剤としては、例えばシュウ酸や酢酸や炭酸の金属塩(炭酸ナトリウムなど)が挙げられ、先の工程で塩酸や硝酸に溶解した軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物を、軽希土類元素と重希土類元素のシュウ酸塩や酢酸塩や炭酸塩からなる沈殿物に変換する。シュウ酸や酢酸や炭酸の金属塩は、軽希土類元素と重希土類元素のシュウ酸塩や酢酸塩や炭酸塩からなる沈殿物を得ることができる量で用いることができる。具体的には、シュウ酸や酢酸や炭酸の金属塩は、先の工程で塩酸や硝酸に溶解した軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物1gに対して例えば0.8g〜3.0gの割合で用いればよい。沈殿温度は、例えば20℃〜85℃であってよい。沈殿時間は、例えば1時間〜6時間であってよい。
【0015】
(4)得られた沈殿物を焼成する工程
次に、先の工程で得られた軽希土類元素と重希土類元素のシュウ酸塩や酢酸塩や炭酸塩からなる沈殿物を焼成し、軽希土類元素と重希土類元素のシュウ酸塩や酢酸塩や炭酸塩を再び複合酸化物ないし酸化物の混合物に変換する。軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物を効果的に得るためには、沈殿物の焼成は、例えば大気雰囲気などの酸素が存在する雰囲気で500℃〜1000℃で行うことが望ましい。焼成温度は、600℃〜950℃がより望ましく、700℃〜900℃がさらに望ましい。焼成時間は、例えば1時間〜6時間であってよい。
【0016】
(5)得られた焼成物を、濃度が0.7mol/L以上の塩酸および/または硝酸に、溶解上限量の1.1倍〜3.0倍添加して溶液と残渣を得る工程
この工程は、本発明の方法において鍵となる工程である。肝要なのは、先の工程で得られた焼成物、即ち、軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物を、用いる塩酸や硝酸に溶けきらない量、即ち、溶解上限量よりも多い量で塩酸や硝酸に添加しなければならないということと、塩酸や硝酸は、所定の濃度以上のものでなければならないということである。このように処理条件を設定することで、焼成物に含まれる軽希土類元素は塩酸や硝酸に溶解しようとする一方で、重希土類元素は焼成物に残留しようとすることを本発明者は見出した。軽希土類元素と重希土類元素のこの性質を利用することで、軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物をそれぞれ溶液と残渣として得ることができる。塩酸や硝酸への焼成物の添加量の下限を溶解上限量の1.1倍と規定するのは、1.1倍未満では、焼成物に含まれる重希土類元素が軽希土類元素とともに塩酸や硝酸に溶解してしまいやすくなるからである。塩酸や硝酸への焼成物の添加量を溶解上限量の1.0倍以下とすると、焼成物が塩酸や硝酸に溶けきってしまうので、焼成物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の全量が塩酸や硝酸に溶解する(結果として軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物を得ることはできない)。塩酸や硝酸への焼成物の添加量の上限を溶解上限量の3.0倍と規定するのは、3.0倍を超えると、焼成物に含まれる軽希土類元素の多くが塩酸や硝酸に溶解しきれなくなることで、軽希土類元素が焼成物に残留しやすくなり、結果として軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物を得にくくなるからである。軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物を効果的に得るためには、塩酸や硝酸への焼成物の添加量は、溶解上限量の1.5倍〜2.9倍が望ましく、1.8倍〜2.8倍がより望ましい。なお、塩酸や硝酸に対する焼成物の溶解上限量は、用いる塩酸や硝酸に焼成物を少量ずつ溶解することで実験的に求めることもできるし、計算で求めることもできる(例えば、焼成物に軽希土類元素と重希土類元素以外の金属元素が含まれていてもその量はごく僅かであるので、焼成物が軽希土類元素と重希土類元素のみからなると見做し、焼成物の組成に基づいて、用いる塩酸や硝酸から供給される水素イオンのモル量(pHの変動による供給量の変動はないものとする)と各希土類元素の価数から算出する。こうして算出される溶解上限量は厳密なものではないが、この工程を実施する上での支障はない)。用いる塩酸や硝酸の濃度の下限を0.7mol/Lと規定するのは、0.7mol/L未満では、焼成物に含まれる軽希土類元素が重希土類元素に優先して溶解せずに、軽希土類元素とともに重希土類元素も溶解してしまいやすくなるからである。なお、用いる塩酸や硝酸の濃度の上限は、安全性などの点に鑑みれば例えば5.0mol/Lである。焼成物を添加する塩酸や硝酸の温度は、例えば20℃〜85℃であってよく、焼成物を添加した後、例えば1時間〜10時間撹拌保持するのがよい。
【0017】
(6)得られた溶液を軽希土類元素リッチな含有物として、残渣を重希土類元素リッチな含有物として、それぞれ分離して得る工程
先の工程で得られる溶液には軽希土類元素が多く含まれ(即ち軽希土類元素の重希土類元素に対する含量比が処理対象物における含量比よりも大きい)、残渣には重希土類元素が多く含まれる(即ち重希土類元素の軽希土類元素に対する含量比が処理対象物における含量比よりも大きい)。従って、溶液と残渣を例えば濾過により分離することで、軽希土類元素リッチな含有物を溶液として、重希土類元素リッチな含有物を残渣として得ることができる。重希土類元素リッチな含有物である残渣から分離された軽希土類元素リッチな含有物である溶液は、自体公知の方法によって溶媒抽出法に付すことで、溶液に含まれる軽希土類元素と重希土類元素を分離することができる。この際、軽希土類元素リッチな含有物である溶液には、処理対象物よりも軽希土類元素が多く含まれているので、処理対象物それ自体を溶媒抽出法に付して軽希土類元素と重希土類元素を分離する場合よりも、抽出操作に必要な段数を少なくすることができるため、抽出剤や有機溶媒の使用量の低減化や装置の小型化が可能になる。また、処理対象物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比(重希土類元素の重量/軽希土類元素の重量)が、例えば0.05〜0.50の範囲でバラツキがあっても、軽希土類元素リッチな含有物である溶液に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比(重希土類元素の濃度/軽希土類元素の濃度)は、例えば0.02〜0.05の範囲に収束したものになるということは特筆すべき点である(但し処理対象物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比(重希土類元素の重量/軽希土類元素の重量)よりも0.01以上小さい)。従って、含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比(重希土類元素の重量/軽希土類元素の重量)が、例えば0.05〜0.50の範囲の処理対象物であれば(R−Fe−B系永久磁石における両者の重量比はこの範囲にある)、その都度、処理対象物を分析して両者の含量比を求めなくても、収束した含量比に適合する処理条件で溶液に含まれる軽希土類元素と重希土類元素を分離することができる。なお、軽希土類元素リッチな含有物である溶液から分離された重希土類元素リッチな含有物である残渣に対して例えば(2)〜(6)の工程を実施することで、残渣に含まれる軽希土類元素の量を低減すること(重希土類元素の軽希土類元素に対する含量比をより大きくすること)ができる。この場合、重希土類元素リッチな含有物である残渣から分離された軽希土類元素リッチな含有物である溶液は、自体公知の方法によって溶媒抽出法に付すことで、溶液に含まれる軽希土類元素と重希土類元素を分離することができることは、上記の通りである。
【実施例】
【0018】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0019】
実施例1:軽希土類元素(Nd,Pr)と重希土類元素(Dy)の分離(その1)
(工程1)
R−Fe−B系永久磁石の製造工程中に発生した約10μmの粒径を有する磁石加工屑(自然発火防止のため水中で7日間保管したもの)に対し、吸引ろ過することで脱水してからロータリーキルンを用いて燃焼処理することで酸化処理を行った。こうして酸化処理を行った磁石加工屑のICP分析(使用装置:島津製作所社製のICPV−1017)の結果を表1に示す。
【0020】
【表1】
【0021】
次に、酸化処理を行った磁石加工屑50gとカーボンブラック(東海カーボン社製のファーネスブラック、以下同じ)10gを混合し、カーボンブラック10gを予め底面に敷き詰めた寸法が内径50mm×深さ50mm×肉厚10mmの炭素るつぼ(黒鉛製)に収容した後、電気炉を用い、工業用アルゴンガス雰囲気(酸素含有濃度:0.2ppm、流量:10L/分。以下同じ)中で1450℃まで10℃/分で昇温してから1時間熱処理した。その後、炉内の加熱を停止し、炉内の工業用アルゴンガス雰囲気を維持したまま、炭素るつぼを室温まで炉冷した。炉冷を終了した後、炭素るつぼ内には、互いに独立かつ密接して存在する2種類の塊状物(塊状物Aと塊状物B)が存在した。塊状物Aと塊状物BのそれぞれのSEM・EDX分析(使用装置:日立ハイテクノロジーズ社製のS800、以下同じ)を行ったところ、塊状物Aの主成分は鉄である一方、塊状物Bの主成分は希土類元素の酸化物であった。塊状物BのSEM・EDX分析の結果(Nd,Pr,Dyのみ)を表2に示す(鉄は検出限界以下、以下同じ)。なお、塊状物Bの主成分である希土類元素の酸化物は、軽希土類元素(Nd,Pr)と重希土類元素(Dy)の複合酸化物ないし酸化物の混合物であることを、別途に行ったX線回析分析(使用装置:ブルカー・エイエックスエス社製のD8 ADVANCE、以下同じ)において確認した。
【0022】
【表2】
【0023】
(工程2)
工程1で得た希土類元素の酸化物を主成分とする塊状物Bを、瑪瑙製の乳鉢と乳棒で粉砕し、ステンレス製の篩を用いて粒径が125μm未満の粉末を得る操作を複数回行うことで、約1kgの塊状物Bの粉末を調製した。こうして調製した塊状物Bの粉末75gを、濃度が1.0mol/Lの塩酸1Lに加え、80℃で6時間撹拌した後、残渣をろ過することで、塊状物Bの塩酸溶液を得た。
【0024】
(工程3)
工程2で得た塊状物Bの塩酸溶液1Lに、シュウ酸二水和物130gを加え、室温で2時間撹拌することで、水分を多量に含む白色粉末の沈殿物(軽希土類元素と重希土類元素のシュウ酸塩)を約100g得た。
【0025】
(工程4)
工程3で得た沈殿物を、アルミナるつぼに収容し、大気雰囲気で900℃で2時間焼成することで、茶色の焼成物を65.5g得た。この焼成物のSEM・EDX分析の結果(Nd,Pr,Dyのみ)を表3に示す。なお、この焼成物は、軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物であることを、別途に行ったX線回析分析において確認した。
【0026】
【表3】
【0027】
(工程5)
60℃に加熱した濃度が1.0mol/Lの塩酸100mLに、溶解上限量の1.1倍〜1.5倍に相当する量の工程4で得た焼成物を添加して撹拌した。なお、用いる塩酸に対する工程4で得た焼成物の溶解上限量(6.55g)は、塩酸に焼成物を少量ずつ溶解することで実験的に求めた。
【0028】
(工程6)
工程5における撹拌を開始してから2時間後、残渣をろ過することで、塩酸溶液と残渣を分離した。得られた塩酸溶液100mLにシュウ酸二水和物13gを加えて室温で2時間撹拌することで白色の沈殿物を得、この沈殿物を大気雰囲気で900℃で2時間焼成することで焼成物を得た。また、得られた残渣を大気雰囲気で900℃で2時間焼成することで焼成物を得た。塩酸溶液由来の焼成物と残渣由来の焼成物のそれぞれの重量とSEM・EDX分析の結果(Nd,Pr,Dyのみ)を表4と表5に示す。また、塩酸溶液由来の焼成物の重量にSEM・EDX分析による含有比率を乗じて算出される塩酸溶液由来の焼成物に含まれる各希土類元素の量(a)と、残渣由来の焼成物の重量にSEM・EDX分析による含有比率を乗じて算出される残渣由来の焼成物に含まれる各希土類元素の量(b)から、各希土類元素の残渣への残留率((b/(a+b))×100)を調べた結果(残渣由来の焼成物に含まれる各希土類元素の量は残渣に含まれる各希土類元素の量に相当)を図1に示す(図中の△はNd、○はPr、□はDyを示す)。
【0029】
【表4】
【0030】
【表5】
【0031】
表4、表5、図1から明らかなように、工程5で得た塩酸溶液には軽希土類元素であるNdとPrが多く含まれる一方、残渣には重希土類元素であるDyが多く含まれ、塩酸溶液と残渣を分離することで、軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物をそれぞれ塩酸溶液と残渣として得ることができることがわかった。また、工程5における工程4で得た焼成物の添加量を多くするほど、重希土類元素の残渣への残留率が向上したが、残留率の向上は、添加量を溶解上限量の1.5倍にした時点でプラトーにほぼ達し、少なくとも添加量を溶解上限量の2.0倍にするまでは向上した残留率がほぼ維持された。焼成物を添加する塩酸の濃度が、軽希土類元素と重希土類元素の分離性にどのような影響を与えるのか、容量が同じで各種の濃度の塩酸を用い、焼成物の添加量を各塩酸の溶解上限量の1.1倍とし、上記と同様にして各希土類元素の残渣への残留率を調べることで評価した(焼成物は別ロットのものを使用)。結果を図2に示す(図中の△はNd、○はPr、□はDyを示す)。図2から明らかなように、濃度が0.6mol/Lの塩酸を用いた場合、軽希土類元素とともに重希土類元素も溶解してしまい、軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物を得ることができなかったが、塩酸の濃度を濃くすると、重希土類元素の残渣への残留率が向上することによる軽希土類元素と重希土類元素の分離性の向上が認められ、この向上した分離性は濃度が2.0mol/Lの塩酸を用いた場合においても認められた。なお、工程5における塩酸の温度の違いによる軽希土類元素と重希土類元素の分離性の違いは認められなかった(温度範囲:20℃〜85℃)。また、工程5における撹拌時間を2時間よりも長くしても軽希土類元素と重希土類元素の分離性の向上は認められなかった。
【0032】
実施例2:軽希土類元素(Nd,Pr)と重希土類元素(Tb)の分離(モデル実験)
Nd含量が62.5mass%でPr含量が17.8mass%のジジム酸化物(SEM・EDX分析による)75gを、濃度が1.0mol/Lの塩酸1Lに加え、80℃で6時間撹拌した後、残渣をろ過することで、ジジムの塩酸溶液を得た。また、Tb試薬10gを、濃度が1.0mol/Lの塩酸100mLに加え、80℃で6時間撹拌した後、残渣をろ過することで、Tbの塩酸溶液を得た。ジジムの塩酸溶液とTbの塩酸溶液を9:1の体積比で混合して調製した塩酸溶液1Lを用いて、実施例1の工程3〜工程6と同様の工程を実施することで、塩酸溶液と残渣を分離した。実施例1の工程4に相当する工程によって得られた焼成物のSEM・EDX分析の結果を表6に示す(Nd,Pr,Tbのみ)。なお、この焼成物は、軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物であることを、別途に行ったX線回析分析において確認した。
【0033】
【表6】
【0034】
得られた塩酸溶液と残渣から、実施例1と同様にしてそれぞれに由来する焼成物を得た。塩酸溶液由来の焼成物と残渣由来の焼成物のそれぞれの重量の測定とSEM・EDX分析を行い、塩酸溶液由来の焼成物の重量にSEM・EDX分析による含有比率を乗じて算出される塩酸溶液由来の焼成物に含まれる各希土類元素の量(a)と、残渣由来の焼成物の重量にSEM・EDX分析による含有比率を乗じて算出される残渣由来の焼成物に含まれる各希土類元素の量(b)から、各希土類元素の残渣への残留率((b/(a+b))×100)を調べた結果(残渣由来の焼成物に含まれる各希土類元素の量は残渣に含まれる各希土類元素の量に相当)を図3に示す(図中の△はNd、○はPr、□はTbを示す)。図3から明らかなように、残渣には重希土類元素であるTbが多く含まれる一方、塩酸溶液には軽希土類元素であるNdとPrが多く含まれ(別途確認)、塩酸溶液と残渣を分離することで、軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物をそれぞれ塩酸溶液と残渣として得ることができることがわかった。また、塩酸への焼成物の添加量を多くするほど、重希土類元素の残渣への残留率が向上したが、残留率の向上は、添加量を溶解上限量の1.5倍にした時点でプラトーにほぼ達し、少なくとも添加量を溶解上限量の2.0倍にするまでは向上した残留率がほぼ維持された。焼成物を添加する塩酸の濃度が、軽希土類元素と重希土類元素の分離性にどのような影響を与えるのか、容量が同じで各種の濃度の塩酸を用い、焼成物の添加量を各塩酸の溶解上限量の1.1倍とし、上記と同様にして各希土類元素の残渣への残留率を調べることで評価した(焼成物は別ロットのものを使用)。結果を図4に示す(図中の△はNd、○はPr、□はTbを示す)。図4から明らかなように、濃度が0.6mol/Lの塩酸を用いた場合、軽希土類元素とともに重希土類元素も溶解してしまい、軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物を得ることができなかったが、塩酸の濃度を濃くすると、重希土類元素の残渣への残留率が向上することによる軽希土類元素と重希土類元素の分離性の向上が認められ、この向上した分離性は濃度が2.0mol/Lの塩酸を用いた場合においても認められた。なお、塩酸の温度の違いによる軽希土類元素と重希土類元素の分離性の違いは認められなかった(温度範囲:20℃〜85℃)。また、撹拌時間を2時間よりも長くしても軽希土類元素と重希土類元素の分離性の向上は認められなかった。
【0035】
実施例3:軽希土類元素(Nd,Pr)と重希土類元素(Dy)の分離(その2)
実施例1の工程2と工程5で用いた濃度が1.0mol/Lの塩酸のかわりに、濃度が1.1mol/Lの硝酸を用いること以外は実施例1と同様の実験を行ったところ、実施例1と同様に軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物をそれぞれ塩酸溶液と残渣として得ることができた。
【0036】
実施例4:軽希土類元素(Nd,Pr)と重希土類元素(Dy)の分離(その3)
実施例1の工程3と工程6で用いたシュウ酸二水和物のかわりに、無水酢酸を用いること以外は実施例1と同様の実験を行ったところ、実施例1と同様に軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物をそれぞれ塩酸溶液と残渣として得ることができた。
【0037】
実施例5:軽希土類元素(Nd,Pr)と重希土類元素(Dy)の分離(その4)
実施例1の工程3と工程6で用いたシュウ酸二水和物のかわりに、炭酸ナトリウムを用いること以外は実施例1と同様の実験を行ったところ、実施例1と同様に軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物をそれぞれ塩酸溶液と残渣として得ることができた。
【0038】
実施例6:軽希土類元素(Nd,Pr)と重希土類元素(Dy,Tb)の分離(モデル実験)
実施例1の工程1と工程2と同様にして、塊状物Bの塩酸溶液を得た。また、Tb試薬10gを、濃度が1.0mol/Lの塩酸100mLに加え、80℃で6時間撹拌した後、残渣をろ過することで、Tbの塩酸溶液を得た。塊状物Bの塩酸溶液とTbの塩酸溶液を9:1の体積比で混合して調製した塩酸溶液1Lに、シュウ酸二水和物130gを加え、室温で2時間撹拌することで、水分を多量に含む白色粉末の沈殿物(軽希土類元素と重希土類元素のシュウ酸塩)を約100g得た。得られた沈殿物50gを、アルミナるつぼに収容し、大気雰囲気またはアルゴン雰囲気で600℃〜1000℃で2時間焼成することで、茶色の焼成物を得た。沈殿物の焼成温度と得られた焼成物の重量の関係を図5に示す。図5から明らかなように、沈殿物の焼成温度を700℃以上にすることで、焼成が十分に行われて焼成物の重量が安定化することがわかった。また、沈殿物を大気雰囲気で焼成する方がアルゴン雰囲気で焼成するよりも焼成物の重量が大きいことがわかった。
【0039】
次に、60℃に加熱した濃度が1.0mol/Lの塩酸100mLに、溶解上限量(6.54g)の1.8倍に相当する量の焼成物を添加して6時間撹拌した後、残渣をろ過することで、塩酸溶液と残渣を分離した。得られた塩酸溶液100mLにシュウ酸二水和物13gを加えて室温で2時間撹拌することで白色の沈殿物を得、この沈殿物を大気雰囲気で900℃で2時間焼成することで焼成物を得た。また、得られた残渣を大気雰囲気で900℃で2時間焼成することで焼成物を得た。塩酸溶液由来の焼成物と残渣由来の焼成物のそれぞれについて、塊状物Bの塩酸溶液とTbの塩酸溶液から調製した塩酸溶液にシュウ酸二水和物を加えることで得た沈殿物を焼成する際の雰囲気、焼成温度、重量、SEM・EDX分析の結果(Nd,Pr,Dy,Tbのみ)を表7と表8に示す。また、塩酸溶液由来の焼成物の重量にSEM・EDX分析による含有比率を乗じて算出される塩酸溶液由来の焼成物に含まれる各希土類元素の量(a)と、残渣由来の焼成物の重量にSEM・EDX分析による含有比率を乗じて算出される残渣由来の焼成物に含まれる各希土類元素の量(b)から、各希土類元素の残渣への残留率((b/(a+b))×100)を調べた結果(残渣由来の焼成物に含まれる各希土類元素の量は残渣に含まれる各希土類元素の量に相当)を希土類元素ごとに図6に示す。
【0040】
【表7】
【0041】
【表8】
【0042】
表7、表8、図6から明らかなように、塩酸溶液由来の焼成物には軽希土類元素であるNdとPrが多く含まれる一方、残渣由来の焼成物には重希土類元素であるDyとTbが多く含まれ、塩酸溶液と残渣を分離することで、軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物をそれぞれ塩酸溶液と残渣として得ることができることがわかった。また、塊状物Bの塩酸溶液とTbの塩酸溶液から調製した塩酸溶液にシュウ酸二水和物を加えることで得た沈殿物を焼成する際の雰囲気が大気雰囲気の場合、アルゴン雰囲気の場合よりも軽希土類元素リッチな含有物と重希土類元素リッチな含有物を効果的に得ることができることがわかった。以上の結果は、沈殿物を焼成する際の雰囲気によって焼成による希土類元素の酸化状態が異なり、大気雰囲気で焼成する方がアルゴン雰囲気で焼成するよりも希土類元素の酸化の価数が高いことが、軽希土類元素と重希土類元素の分離性の向上に寄与することによると推察された。
【0043】
実施例7:塩酸溶液として得られる軽希土類元素リッチな含有物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比の特徴(モデル実験その1)
60℃に加熱した濃度が1.0mol/Lの塩酸5400mL、1450mL、750mL、100mLに、それぞれ343gのNd試薬、93gのPr11試薬、53gのDy試薬、7gのTb試薬を添加して6時間撹拌することで、それぞれの希土類元素の塩酸溶液を調製した。調製したそれぞれの希土類元素の塩酸溶液を表9の割合で混合し、含まれる希土類元素の濃度が異なる7種類の塩酸溶液(溶液A〜G)を作製した。
【0044】
【表9】
【0045】
作製した7種類の塩酸溶液のそれぞれ1.5Lに、シュウ酸二水和物195gを加え、室温で2時間撹拌することで、水分を多量に含む白色粉末の沈殿物(軽希土類元素と重希土類元素のシュウ酸塩)を得た。得られた沈殿物を、アルミナるつぼに収容し、大気雰囲気で900℃で2時間焼成することで、茶色の組成の異なる7種類の焼成物(焼成物A〜G)を得た。それぞれの焼成物の重量、SEM・EDX分析の結果、軽希土類元素(Nd,Pr)と重希土類元素(Dy,Tb)の含量比(WHR/WLR)を表10に示す。なお、それぞれの焼成物は、軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物であることを、別途に行ったX線回析分析において確認した。
【0046】
【表10】
【0047】
7種類の焼成物のそれぞれを、60℃に加熱した濃度が1.0mol/Lの塩酸100mLに、溶解上限量(焼成物の重量の1/15)の0.8倍、1.0倍、1.2倍、1.5倍、2.0倍、2.5倍、3.0倍に相当する量添加して6時間撹拌した後、残渣をろ過することで、塩酸溶液と残渣を分離した。得られた塩酸溶液100mLにシュウ酸二水和物13gを加えて室温で2時間撹拌することで白色の沈殿物を得、この沈殿物を大気雰囲気で900℃で2時間焼成することで焼成物を得た。焼成物の重量とSEM・EDX分析の結果から、焼成物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比(WHR/WLR:塩酸溶液に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比に相当)を調べた。結果を表11(添加量が溶解上限量の2.5倍の場合)と図7(添加倍数0.0倍の含量比は7種類の焼成物それぞれの含量比を意味する)に示す。表11と図7から明らかなように、7種類の焼成物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比は、0.07〜0.15の範囲でバラツキがあったが(表10)、いずれの焼成物においても、塩酸溶液由来の焼成物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比は、添加量を溶解上限量の2.0倍以上とすることで、0.02〜0.04の範囲に収束することがわかった(バラツキ幅:0.08→0.02)。なお、塩酸溶液由来の焼成物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比が、添加量を溶解上限量の2.0倍以上とすることで、0.02〜0.04の範囲に収束する現象は、塩酸の濃度が異なっても同様であった(濃度が0.7mol/Lの塩酸と1.5mol/Lの塩酸で確認)。また、軽希土類元素リッチな含有物である塩酸溶液は、自体公知の方法によって溶媒抽出法に付すことで、塩酸溶液に含まれる軽希土類元素と重希土類元素を分離することができること、軽希土類元素リッチな含有物である塩酸溶液から分離された重希土類元素リッチな含有物である残渣に対して実施例1の工程2〜工程6と同様の工程を実施することで、残渣に含まれる軽希土類元素の量を低減すること(重希土類元素の軽希土類元素に対する含量比をより大きくすること)ができることを確認した。
【0048】
【表11】
【0049】
実施例8:塩酸溶液として得られる軽希土類元素リッチな含有物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比の特徴(モデル実験その2)
実施例1の工程1と同様にして塊状物Bを得た。得られた塊状物Bを、タングステンカーバイド製の乳鉢と瑪瑙製の乳棒で粉砕し、ステンレス製の篩を用いて粒径が125μm未満の粉末を得る操作を複数回行うことで、塊状物Bの粉末を調製した。こうして調製した塊状物Bの粉末を、60℃に加熱した濃度が1.0mol/Lの塩酸に過剰量加え、6時間撹拌した後、残渣をろ過することで、塊状物Bの飽和塩酸溶液を得た。また、Tb試薬を、60℃に加熱した濃度が1.0mol/Lの塩酸に過剰量加え、6時間撹拌した後、残渣をろ過することで、Tbの飽和塩酸溶液を得た。塊状物Bの飽和塩酸溶液とTbの飽和塩酸溶液を10:1の体積比で混合して調製した塩酸溶液1Lに、シュウ酸二水和物130gを加え、室温で2時間撹拌することで、水分を多量に含む白色粉末の沈殿物(軽希土類元素と重希土類元素のシュウ酸塩)を得た。得られた沈殿物を、アルミナるつぼに収容し、大気雰囲気で900℃で2時間焼成することで、茶色の焼成物を65.4g得た。得られた焼成物のSEM・EDX分析の結果と軽希土類元素(Nd,Pr)と重希土類元素(Dy,Tb)の含量比(WHR/WLR)を表12に示す。なお、得られた焼成物は、軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物であることを、別途に行ったX線回析分析において確認した。
【0050】
【表12】
【0051】
次に、60℃に加熱した濃度が1.0mol/Lの塩酸100mLに、溶解上限量(6.54g)の1.1倍、1.2倍、1.3倍、1.4倍、1.5倍、1.6倍、1.8倍、2.0倍、2.5倍、3.0倍に相当する量の焼成物を添加して6時間撹拌した後、残渣をろ過することで、塩酸溶液と残渣を分離した。得られた塩酸溶液100mLにシュウ酸二水和物13gを加えて室温で2時間撹拌することで白色の沈殿物を得、この沈殿物を大気雰囲気で900℃で2時間焼成することで焼成物を得た。焼成物の重量とSEM・EDX分析の結果から、焼成物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比(WHR/WLR:塩酸溶液に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比に相当)を調べた。結果を図8に示す。図8から明らかなように、塩酸溶液由来の焼成物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比は、添加量を溶解上限量の2.0倍以上とすることで、0.04になることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、例えば溶媒抽出法によって軽希土類元素と重希土類元素を含む処理対象物から両者を分離するに際し、抽出剤や有機溶媒の使用量の低減化や装置の小型化を可能にしたり、処理対象物に含まれる軽希土類元素と重希土類元素の含量比の分析などの工程上の作業負担の軽減化を可能にしたりする、軽希土類元素と重希土類元素を分離するために有用な方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8