特許第6772391号(P6772391)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6772391
(24)【登録日】2020年10月2日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】電離真空計及び制御装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 41/04 20060101AFI20201012BHJP
   G01L 21/32 20060101ALI20201012BHJP
【FI】
   H01J41/04
   G01L21/32
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2019-554002(P2019-554002)
(86)(22)【出願日】2019年6月17日
(86)【国際出願番号】JP2019023844
(87)【国際公開番号】WO2019244826
(87)【国際公開日】20191226
【審査請求日】2019年9月30日
(31)【優先権主張番号】特願2018-115191(P2018-115191)
(32)【優先日】2018年6月18日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000231464
【氏名又は名称】株式会社アルバック
(74)【代理人】
【識別番号】100104215
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100196575
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 満
(74)【代理人】
【識別番号】100168181
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 哲平
(74)【代理人】
【識別番号】100144211
【弁理士】
【氏名又は名称】日比野 幸信
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 貴伸
(72)【発明者】
【氏名】中島 豊昭
(72)【発明者】
【氏名】宮下 剛
(72)【発明者】
【氏名】福原 万沙洋
【審査官】 中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開平01−106211(JP,A)
【文献】 特開2001−215163(JP,A)
【文献】 特表2008−537998(JP,A)
【文献】 米国特許第04143318(US,A)
【文献】 米国特許出願公開第2017/0010172(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 41/04
G01L 21/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子放出源と、グリッドと、コレクタとを有する測定子と、
前記電子放出源を駆動する駆動電源を含み前記電子放出源と前記グリッドとの間に流れるエミッション電流が一定となるように前記駆動電源を制御する駆動回路と、
前記グリッドを所定のグリッド電位に維持するグリッド電源と、
前記コレクタに流入するイオン電流を検出するイオン電流検出回路と、
前記駆動回路と前記グリッド電源との間に接続され、前記電子放出源の電位を前記コレクタの電位よりも高い第1の電位と前記グリッド電位よりも低い第2の電位との間の所定範囲に維持する電位制限回路と
を有する制御部と
を具備し、
前記電位制限回路は、
前記グリッド電位を前記第1の電位に分圧する第1の分圧抵抗と、
前記グリッド電位を前記第2の電位に分圧する第2の分圧抵抗と、
前記駆動回路と前記第1の分圧抵抗との間に接続された第1の整流素子と、
前記駆動回路と前記第2の分圧抵抗との間に接続された第2の整流素子と、を有する
電離真空計。
【請求項2】
請求項に記載の電離真空計であって、
前記駆動回路は、前記エミッション電流から前記電子放出源の電位を生成する抵抗素子と、前記抵抗素子を流れる電流が所定の値となるように前記駆動電源を制御する電流電圧変換器と、を有する
電離真空計。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の電離真空計であって、
前記エミッション電流と前記イオン電流とに基づいて圧力値を演算する演算部をさらに具備する
電離真空計。
【請求項4】
電子放出源と、グリッドと、コレクタとを有する電離真空計用の制御装置であって、
前記電子放出源を駆動する駆動電源を含み、前記電子放出源と前記グリッドとの間に流れるエミッション電流が一定となるように前記駆動電源を制御する駆動回路と、
前記グリッドを所定のグリッド電位に維持するグリッド電源と、
前記コレクタに流入するイオン電流を検出するイオン電流検出回路と、
前記駆動回路と前記グリッド電源との間に接続され、前記電子放出源の電位を前記コレクタの電位よりも高い第1の電位と前記グリッド電位よりも低い第2の電位との間の所定範囲に維持する電位制限回路と
を具備し、
前記電位制限回路は、
前記グリッド電位を前記第1の電位に分圧する第1の分圧抵抗と、
前記グリッド電位を前記第2の電位に分圧する第2の分圧抵抗と、
前記駆動回路と前記第1の分圧抵抗との間に接続された第1の整流素子と、
前記駆動回路と前記第2の分圧抵抗との間に接続された第2の整流素子と、を有する
制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱陰極型の電離真空計及びこれに用いられる制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
気体分子を電離させ、生成したイオンの数から圧力を求める電離真空計が知られている。電離真空計には、気体を電離させるための電子源に、電極表面に強電界を印加しトンネル効果で真空中に放出された電子を利用する冷陰極型と、加熱したフィラメントから放出される熱電子を利用する熱陰極型とに分けられる。冷陰極型としてはペニング真空計が、熱陰極型としてはB−A型(Bayard-Alpert)電離真空計が代表的である。
【0003】
熱陰極電離真空計は、典型的には、電子を放出するフィラメントと、フィラメントから放出された電子を加速し捕集するグリッドと、加速した電子との衝突により電離した気体のイオンを捕集するコレクタと、これらを収容するケースとを有する。各部の電位は、例えば、ケース部分がグランド電位、フィラメント部分がプラス数十V、グリッド部分がプラス百数十V、コレクタ部分がグランド電位となっている。フィラメントから放出された電子はグリッドへ向かい、電子の加速エネルギーが気体分子のイオン化エネルギーを超えると、雰囲気中の気体分子をイオン化する。イオン化された気体分子は、電位の低いコレクタへ移動する。コレクタを流れるイオン電流とフィラメントからの電子電流(エミッション電流)からコレクタに到達したイオンの数が算出され、そのイオンの数から圧力値が算出される。
【0004】
フィラメントからのエミッション電流は、圧力領域に応じて段階的に切り替えられるのが一般的である。例えば、0.1〜0.01Pa以下の圧力領域では数mA、上記を超える圧力領域(より高圧側)では数μA前後にエミッション電流が制御される。このエミッション電流が切り替えられたとき、フィラメントの電位が一時的に大きく変動し、これが原因で圧力測定を安定に継続することができないことがある。このようなフィラメント電位の変動を抑制するために、例えば特許文献1には、フィラメントバイアス電源をフィラメントとグランド電位との間に配置する構成が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−83661号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の構成では、フィラメント電位の変動を抑制するためにフィラメントバイアス電源を別途設ける必要があるため、装置構成の複雑化、大型化、高コスト化を招くという問題がある。
【0007】
以上のような事情に鑑み、本発明の目的は、追加の電源を必要とすることなく、圧力を安定に測定することができる電離真空計及び制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明の一形態に係る電離真空計は、測定子と、制御部とを具備する。
前記測定子は、電子放出源と、グリッドと、コレクタとを有する。
前記制御部は、駆動回路と、グリッド電源と、イオン電流検出回路と、電位制限回路とを有する。前記駆動回路は、前記電子放出源を駆動する駆動電源を含み、前記電子放出源と前記グリッドとの間に流れるエミッション電流が一定となるように前記駆動電源を制御する。前記グリッド電源は、前記グリッドを所定のグリッド電位に維持する。前記イオン電流検出回路は、前記コレクタに流入するイオン電流を検出する。前記電位制限回路は、前記駆動回路と前記グリッド電源との間に接続され、前記電子放出源の電位を前記コレクタの電位よりも高い第1の電位と前記グリッド電位よりも低い第2の電位との間の所定範囲に維持する。
【0009】
上記電離真空計においては、電子放出源の電位の変動幅がコレクタ電位とグリッド電位との間の所定領域に限定されるため、電子放出源からの放出電子をグリッドへ確実に到達させることができ、これにより圧力を安定に測定することができる。
【0010】
前記電位制限回路は、前記グリッド電位を前記第1の電位に分圧する第1の分圧抵抗と、前記グリッド電位を前記第2の電位に分圧する第2の分圧抵抗と、前記駆動回路と前記第1の分圧抵抗との間に接続された第1の整流素子と、前記駆動回路と前記第2の分圧抵抗との間に接続された第2の整流素子と、を有してもよい。
【0011】
前記駆動回路は、前記エミッション電流から前記電子放出源の電位を生成する抵抗素子と、前記抵抗素子に流れる電流が所定の値となるように前記駆動電源を制御する電流電圧変換器と、を有してもよい。
【0012】
前記電離真空計は、前記エミッション電流と前記イオン電流とに基づいて圧力値を演算する演算部をさらに具備してもよい。
【0013】
本発明の一形態に係る制御装置は、電子放出源と、グリッドと、コレクタとを有する電離真空計用の制御装置であって、駆動回路と、グリッド電源と、イオン電流検出回路と、電位制限回路とを具備する。
前記駆動回路は、前記電子放出源を駆動する駆動電源を含み、前記電子放出源と前記グリッドとの間に流れるエミッション電流が一定となるように前記駆動電源を制御する。
前記グリッド電源は、前記グリッドを所定のグリッド電位に維持する。
前記イオン電流検出回路は、前記コレクタに流入するイオン電流を検出する。
前記電位制限回路は、前記駆動回路と前記グリッド電源との間に接続され、前記電子放出源の電位を前記コレクタの電位よりも高い第1の電位と前記グリッド電位よりも低い第2の電位との間の所定範囲に維持する。
【発明の効果】
【0014】
以上述べたように、本発明によれば、追加の電源を必要とすることなく、圧力を安定に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の一実施形態に係る電離真空計を示す概略構成図である。
図2】上記電離真空計の通常駆動時の電位障壁構造を示す模式図である。
図3】フィラメント電位の変動要因を説明するフィラメント駆動回路の概念図である。
図4A】オーバーシュート発生時の電位障壁構造を示す模式図である。
図4B】アンダーシュート発生時の電位障壁構造を示す模式図である。
図5】比較例に係る電離真空計の概略構成図である。
図6図1の電離真空計の電位障壁構造を示す模式図である。
図7図1の電離真空計と図5の電離真空計の作用の違いを説明する一実験結果を示す図である。
図8図1の電離真空計と図5の電離真空計の作用の違いを説明する他の実験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態を説明する。
【0017】
図1は、本発明の一実施形態に係る電離真空計を示す概略構成図である。本実施形態では、B−A型熱陰極電離真空計を例に挙げて説明する。
【0018】
[基本構成]
本実施形態の電離真空計100は、測定子10と、制御装置としての制御部20とを備える。
【0019】
測定子10は、電子放出源としてのフィラメント11と、グリッド12と、コレクタ13と、これらを収容するケース14とを有する。
制御部20は、フィラメント11を駆動する駆動回路21と、グリッド12をグリッド電位に維持するグリッド電源22と、コレクタ13を流れるイオン電流を検出するイオン電流検出回路(電流計)23とを有する。
【0020】
フィラメント11は、タングステン等の高融点金属材料で構成される。フィラメント11は、ケース14の底部に支持されるとともに、後述する駆動回路21に電気的に接続される。フィラメント11は、駆動回路21によって所定の設定電位(例えば+25V)に維持されるとともに、フィラメント加熱電源211から加熱電流が供給されることによって、電子(熱電子)を放出することが可能に構成される。
【0021】
グリッド12は、コイル状に巻回された金属線で構成される。グリッド12は、ケース14の底部に支持されるとともに、グリッド電源22に電気的に接続される。グリッド12は、グリッド電源22によって、フィラメント11の設定電位よりも高い所定のグリッド電位(例えば+150V)に維持される。
【0022】
コレクタ13は、グリッド12の軸心に配置された直線的な金属線で構成される。コレクタ13は、ケース14の底部に支持されるとともに、イオン電流検出回路23を介してグランド電位に接続される。コレクタ13は、フィラメント11からグリッド12に向かう電子との衝突により生成されたケース14内の気体分子のイオンを捕集することが可能に構成される。
【0023】
ケース14は、金属材料で構成され、典型的には円筒形状を有する。ケース14は、その内部がチャンバ1の内部空間と連通可能にチャンバ1の周壁部や底壁部などに取り付けられる。ケース14は、グランド電位に接続される。
【0024】
駆動回路21は、駆動電源としてのフィラメント加熱電源211と、フィラメント11とグリッド12との間を流れるエミッション電流からフィラメント電位を生成する抵抗素子212と、電流電圧変換器213とを有する。
【0025】
フィラメント加熱電源211は、フィラメント11を加熱するための電流源である。フィラメント11を通電することで電子にエネルギーを与え、フィラメント材料の仕事関数以上のエネルギーになったときに、電子はフィラメント11の外部に印加された電界により、フィラメント11から放出される。フィラメント11の抵抗値は、常温時は比較的低く、通電加熱されるとその抵抗値が高くなる。フィラメント駆動開始時は常温に近い状態からの駆動になるため、駆動初期は抵抗値が低く、大きな突入電流が流れやすい。温度の上昇とともに抵抗値も高くなり、流れる電流も低く安定する。
【0026】
抵抗素子212は、フィラメント加熱電源211の陰極とグランド電位との間に接続される。電流電圧変換器213は、所定の基準電圧(本例ではグランド電位)に接続される非反転入力端子と、抵抗素子212と接続される反転入力端子とを有する負帰還増幅器で構成される。電流電圧変換器213は、抵抗素子212を流れる電流が所定の値となるようにフィラメント加熱電源211を制御する。
【0027】
抵抗素子212の抵抗値(R1)は特に限定されないが、例えば、数十kΩ〜数MΩである。エミッション電流値と抵抗値(R1)との積が、グランド−フィラメント間電位、つまり、フィラメント11の設定電位(本例では+25V)となるように抵抗値(R1)が設定される。エミッション電流の切り替えのため、抵抗素子212はその抵抗値が可変に構成されてもよい。駆動回路21は、抵抗素子212経由でグランド電位へ流れる電流を電流電圧変換器213で電流−電圧変換して、フィラメント加熱電源211へフィードバックをかける。このように、抵抗素子212のグランド端子側が常にグランド電位になるようにフィードバックがかかるようにすることで、数μAのエミッション電流を高精度に制御することができる。
【0028】
[基本的動作]
電離真空計100の通常駆動時の電位障壁構造を図2に示す。
フィラメント11には、グリッド12に印加されたグリッド電位により、電解の勾配がかけられており、フィラメント11から放出された多数の電子はグリッド12へ向かって移動する。一部の電子は、フィラメント11とケース14間の電位の低い位置を通り、グリッド12周囲の飛跡をたどり、最終的にはグリッド12に到達する。電子の加速エネルギーはグリッド12付近で最大となり、電子が雰囲気中の気体分子の電離断面積が最大となる加速エネルギーを持った際に雰囲気中の気体分子と衝突すると、気体分子が最も効率よくイオン化する。イオン化された気体分子はフィラメント11の電位よりも勾配の急峻なコレクタ13へ向かい、コレクタ13で供給される電子と再結合し、イオン電流検出回路23においてイオン電流として計測される。
【0029】
電離真空計100は、エミッション電流とイオン電流とに基づいて圧力値を演算する圧力演算部30をさらに備える。エミッション電流は、電流電圧変換器213の出力が参照され、イオン電流は、イオン電流検出回路23の出力が参照される。圧力演算部30は、コレクタ13に到達したイオン電流を計測し、そのイオン数を次式(1)に示すように圧力値に換算する。
P=Ii/(S×Ie) …(1)
ここで、Pは圧力(Pa)、Iiはイオン電流(A)、Ieはエミッション電流(A)、Sは感度である。
圧力演算部30において算出された圧力値は、表示部Mを介して表示される。
【0030】
電離真空計100は、圧力領域に応じて、フィラメント11からのエミッション電流を段階的に制御するように構成される。例えば、0.1Pa〜0.01Pa以下の圧力領域では数mAに、それを超える圧力領域では数μA前後に、電流レンジが切り替えられる。
【0031】
電離真空計の感度係数Sは測定子の形状に依存するため、いかなる圧力においても一定である。圧力の低い領域では、圧力に比例してイオン電流Iiが少なくなり信号が増幅回路内の熱雑音に埋もれ正確な測定が難しくなる。従って、正確に測定するには真のイオン電流Iiを増やす必要がある。そのため、エミッション電流Ieを増やし、相対的にイオン電流Iiを増やしている。また、圧力の低い領域では気体分子がグリッド電極に吸着する割合に対して、エミッション電流により電子励起脱離する割合が増加し、結果としてグリッド電極への気体分子の吸着量が減り、電子励起脱離イオンによるイオン電流Iiの誤差量も少なくなる。
【0032】
逆に圧力の高い領域において、エミッション電流Ieが多すぎると、気体イオンによる空間電荷の影響を受け、正確なイオン電流Iiが測定できなくなるため、エミッション電流Ieの電流量を少なくする動作をさせている。これにより、フィラメント11の耐久性を高めつつ、精度の高い圧力計測を安定して行うことが可能となる。エミッション電流の制御は、例えば、駆動回路21に対する圧力演算部30からの制御指令(例えば、抵抗素子212の抵抗値設定指令)に基づいて実行される。
【0033】
[フィラメント電位の変動]
一方、フィラメント加熱電源211とグランドとの間のインピーダンスが比較的高いため、フィラメント11の駆動時やフィラメント電流レンジの切り替え時に、フィラメント11に突入電流が流れてフィラメント電位が一時的に大きく変動してしまう場合がある。
【0034】
すなわち、フィラメント加熱電源211は、上述のように、フィラメント11からのエミッション電流が所定の値となるように、抵抗素子212に流れる電流を、電流電圧変換器213を用いてフィードバック制御される。フィラメントに流れる電流が最大値になると、定常電流値に安定していく。この際、図3に概念的に示すように、駆動回路21には抵抗素子212と直列にコイルの寄生容量が存在するため、フィラメント11に大きな突入電流が流れると、抵抗素子212を流れている電流はすぐには減衰しない。また、フィラメント11も突入電流により、定常時よりも温度が高くなっており、エミッション電流を流しやすい状態になる。コイルの寄生容量とフィラメント11の温度が定常時よりも高いことにより、短い間ではあるがフィラメント電位が、図4Aに示すように、グリッド電位よりも高い電位になることがある(オーバーシュート)。この場合、電子はグリッド12に到達することができなくなり、一時的に気体分子のイオン化に寄与する電子が無くなるため、圧力指示が最小値を示すことになる。
【0035】
また、フィラメント11を駆動する駆動回路21の時定数、配線などによる寄生容量によってはアンダーシュートを起こし、図4Bに示すように、フィラメント11の電位が設定電位(+25V)よりも低くなる場合がある。この場合、グリッド12に到達する際の電子の加速エネルギーが大きな値をとり、クーロン散乱の断面積が運動エネルギーの逆数に比例することから、イオン化効率が低下する。
【0036】
このような問題を解消するため、図5に示す電離真空計200のように、フィラメント電源24を設置することにより、フィラメント11の電位を担保する方法も考えられる。この方式だと、フィラメント11から放出されたエミッション電流を高精度に測定するには、フィラメント加熱電源211の陰極とフィラメント電源24との間に電流計25を設置する必要がある。
【0037】
しかし、電流計25を用いると、μAオーダーの電流を計測するには量産機器としてのコストメリットを考えると、電流検出用の内部抵抗には10kΩ以上の抵抗値のものを使う必要があり、エミッション電流の電流量の変化によりフィラメント11の電位が変化してしまう。また、フィラメント電源24を別途設置することになるので、装置構成の複雑化、大型化、コストの上昇等が避けられない。さらに、フィラメント11の電位の変動を回避するため、グリッド12側に電流計26を設置する場合も、電流計26の内部抵抗として10kΩ以上の抵抗値のものを用いる必要があり、エミッション電流量により、グリッド電位が変動してしまうため、高精度な測定には向かない。
【0038】
このような問題を解消するため、本実施形態の電離真空計100は、図1に示すように、フィラメント11の電位が予め設定された電圧範囲内でしか変動しないようにフィラメント電位の変動幅を制限する電位制限回路28を備えている。以下、電位制限回路28の詳細について説明する。
【0039】
[電位制限回路]
図1に示すように、制御部20は、電位制限回路28を有する。電位制限回路28は、駆動回路21とグリッド電源22との間に接続される。電位制限回路28は、フィラメント11の電位をコレクタ13の電位よりも高い第1の電位V1と、グリッド12の電位よりも低い第2の電位V2との間の所定範囲に維持するように構成される。
【0040】
本実施形態において電位制限回路28は、第1の分圧抵抗281と、第2の分圧抵抗282と、第1の整流素子283と、第2の整流素子284と、を有する。
【0041】
第1の分圧抵抗281及び第2の分圧抵抗282は、それぞれ、グリッド電源22の陽極とグランド電位との間にグリッド12に対して並列的に接続され、グリッド電位を第1の電位V1と、第1の電位V1よりも高い第2の電位V2とに分圧する。
【0042】
第1の分圧抵抗281及び第2の分圧抵抗282はそれぞれ、固定抵抗素子で構成されてもよいし、可変抵抗素子で構成されてもよい。第1の電位V1及び第2の電位V2の大きさは特に限定されず、許容されるフィラメント11の電位の変動幅に応じて適宜設定可能である。
【0043】
第1の整流素子283は、駆動回路21(フィラメント加熱電源211の陰極)と第1の分圧抵抗281との間に接続され、第1の分圧抵抗281から駆動回路21へ向かう電流の流れを順方向とするダイオードで構成される。第2の整流素子283は、駆動回路21(フィラメント加熱電源211の陰極)と第2の分圧抵抗282との間に接続され、駆動回路21から第2の分圧抵抗282へ向かう電流の流れを順方向とするダイオードで構成される。
【0044】
第1及び第2の分圧抵抗281,282は可変抵抗器で構成されてもよく、これにより、第1及び第2の電位V1,V2を任意に調整することができる。
【0045】
電位制限回路28は、上述のように、2つの抵抗(第1及び第2の分圧抵抗281,282)により形成される分圧電圧(第1及び第2の電位V1,V2)と、2つのダイオード(第1及び第2の整流素子283,284)とを用いてフィラメント11の電位の変動領域を固定する。これにより、フィラメント電流の大幅な変動があった際でも強制的にフィラメント11の電位障壁が形成されるため、フィラメント電位のアンダーシュートが起きた場合は第1の電位V1以下にならないように、オーバーシュートが起きた場合は第2の電位V2以上にならないようにすることができる。
【0046】
その結果、図6に示す電位障壁構造の様に、フィラメント11の電位が一時的に変動した際でも、フィラメント11から放出されたすべての電子がグリッド12に到達する電位の範囲内(V2−V1に相当)に抑えられるようにフィラメント11の移動範囲が固定される。このため、フィラメント電流の切り替わり時やフィラメント11の起動時などにおいても、フィラメント11への突入電流により電子が喪失しない電位にフィラメント電位を維持することができる。
【0047】
フィラメント11から放出されたすべての電子が最短の時間でグリッド12へ到達するように、また、放出された電子がイオン化エネルギー以上の加速エネルギーを得ることができるように、第1の電位V1と第2の電位V2とを調整することで、圧力指示の変動を最小限にとどめることができる。さらに、高精度にエミッション電流の測定が可能となり、万が一なんらかの原因により、エミッション電流が低下した場合においても、高精度に測定されたエミッション電流値を上記式(1)に代入することにより、真の圧力値を指示することが可能となる。更には、フィラメント電流の切り替え時や起動時での圧力指示値の変動を小さくすることができるので、切り替え時間や起動時間を短くする効果がある。また、新たに電源系を追加するコストも不要である。
【0048】
図7及び図8に、図5に示した比較例に係る電離真空計200及び本実施形態の電離真空計100について、エミッション電流を10μAから1mAへ切り替えたときの圧力指示値及びフィラメント電位の時間変化をそれぞれ比較して示す。
【0049】
本実施形態の電離真空計100においては、フィラメント11の変動範囲として下限が+15V、上限が+35Vとなるように、電位制限回路28における第1の電位V1及び第2の電位V2をそれぞれ設定した。なお、本実施形態及び比較例ともに、フィラメント11の定常時の電位は+25Vとした。
【0050】
図7及び図8において実線で示すように、比較例に係る真空計200ではフィラメントの突入電流によりオーバーシュートが起き、フィラメント電位がグリッド電位以上になったため、グリッド電極に電子が到達せず、圧力指示が極端に低い値になることが確認された。その後、アンダーシュートが起き、フィラメント電位がグランド電位まで低下し、エミッション電流が安定するまで、正確な圧力指示を行う事ができなかった。
【0051】
これに対して本実施形態の電離真空計100においては、図7及び図8において破線で示すように、フィラメント11の電位の変動が制限されるため、エミッション電流の切り替えに伴うオーバーシュートを回避でき、これにより電子がグリッド12へ到達しない時間を発生させることなく、圧力値の指示を連続かつ安定に行うことができる。
【0052】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態にのみ限定されるものではなく種々変更を加え得ることは勿論である。
【0053】
例えば以上の実施形態では、電位制限回路28において形成される第1の電位V1及び第2の電位V2をそれぞれ固定としたが、これに限られず、圧力の測定タイミングや条件に応じてこれらの電位が可変に構成されてもよい。
【0054】
また、以上の実施形態では、電離真空計として、B−A型電離真空計(B−Aゲージ)を例に挙げて説明したが、他の型式の熱陰極型電離真空計にも同様に適用可能である。
【符号の説明】
【0055】
10…測定子
11…フィラメント
12…グリッド
13…コレクタ
14…ケース
20…制御部
21…駆動回路
22…グリッド電源
23…イオン電流検出回路
28…電位制限回路
30…圧力演算部
100…電離真空計
211…フィラメント加熱電源
212…抵抗素子
213…電流電圧変換器
281…第1の分圧抵抗
282…第2の分圧抵抗
283…第1の整流素子
284…第2の整流素子
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5
図6
図7
図8