特許第6772489号(P6772489)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6772489オートタキシン測定による心臓病等の検査方法および検査薬
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6772489
(24)【登録日】2020年10月5日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】オートタキシン測定による心臓病等の検査方法および検査薬
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20201012BHJP
   G01N 33/573 20060101ALI20201012BHJP
   C12Q 1/44 20060101ALI20201012BHJP
【FI】
   G01N33/68
   G01N33/573 A
   C12Q1/44
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-48666(P2016-48666)
(22)【出願日】2016年3月11日
(65)【公開番号】特開2017-161473(P2017-161473A)
(43)【公開日】2017年9月14日
【審査請求日】2019年2月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 浩二
(72)【発明者】
【氏名】島本 怜史
【審査官】 草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2016/0045494(US,A1)
【文献】 特表2014−505259(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/016186(WO,A1)
【文献】 慶田喜秀、他5名,慢性うっ血性心不全症例の肝機能異常,日本老年医学会雑誌,日本,1982年,Vol.19,No.3,Page.293-298
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48―33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト血清中のオートタキシン濃度を測定することを特徴とする、男性の拡張型心筋症の検査方法。
【請求項2】
オートタキシン濃度を、オートタキシンに対する抗体を用いた免疫化学的方法で測定する、請求項1に記載の検査方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の測定方法を原理とすることを特徴とする、男性用拡張型心筋症の検査薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヒト検体中のオートタキシン濃度を測定することによる心臓病及びうっ血肝の検査方法および検査薬に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトオートタキシンは、1992年M.L.StrackeらによってA2058ヒト黒色腫細胞培養培地から細胞運動性を惹起する物質として単離された分子量約125KDaの糖蛋白質である(非特許文献1)。オートタキシンはそのリゾホスホリパーゼD活性によりリゾホスファチジルコリンを基質としリゾホスファチジン酸(LPA)を産生する酵素であることが知られている。
【0003】
血清中のオートタキシン濃度が変動する疾患の報告は複数あるが、代表的な報告として産生亢進による悪性リンパ腫(非特許文献2)、妊娠(非特許文献3)、代謝不良による慢性肝疾患(非特許文献4)が知られている。また、一部の膵臓癌患者での濃度上昇(特許文献1)、ステロイド経口服用による濃度低下(非特許文献5)も報告されている。
【0004】
心臓病とオートタキシンの関連性を示す報告として、冠症候群に関する報告(非特許文献6)があるが、オートタキシン濃度が安定性狭心症(SAP)、急性冠症候群(ACS)で濃度上昇が認められないことが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5794511号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J.Biol. Chem. 1992;267:2524−2529.
【非特許文献2】Br.J.Haematol. 2008;143:60−70
【非特許文献3】Clin.Chim.Acta 2011;412:1944−1950
【非特許文献4】Clin.Chim.Acta 2011;412:1201−1206
【非特許文献5】Clin.Chim.Acta 2013;415:74−80
【非特許文献6】Clin.Chim.Acta 2012;413:207−212
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
オートタキシンの血液中の濃度が様々な疾病により変動することが報告されているが、心臓病との関連性に関してはほとんど報告がなかった。本発明は、慢性の心臓病の発見、その程度の診断、特に心臓の拍出不全に起因する疾患に関する検査法ならびに検査薬を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは循環器内科にて様々な心臓病の診断がなされた患者の血清オートタキシン濃度を検証したところ、オートタキシン濃度上昇が推察される既に報告のあったACS以外のいくつかの心臓病において血清オートタキシンの濃度が上昇していることを見いだし、本発明に到達した。即ち本発明は以下のとおりである。
(1)ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定することを特徴とする、慢性の心臓病の検査方法。
(2)慢性の心臓病が心不全である(1)に記載の検査方法。
(3)慢性の心臓病がうっ血性心不全である(1)又は(2)に記載の検査方法。
(4)慢性の心臓病が拡張型心筋症である、(1)又は(2)に記載の検査方法。
(5)慢性の心臓病が血清中の脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)200pg/mL以上の濃度を示す治療を要する心不全である(1)又は(2)に記載の検査方法。
(6)ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定することを特徴とするうっ血肝の検査方法。
(7)検体が血液成分である(1)〜(6)いずれかに記載の検査方法。
(8)オートタキシンをオートタキシンに対する抗体を用いた免疫化学的方法で測定する(1)〜(7)いずれかに記載の検査方法。
(9)(1)〜(5)、(7)、(8)いずれかに記載の測定方法を原理とすることを特徴とする慢性の心臓病検査薬。
(10)(6)〜(8)いずれかに記載の測定方法を原理とすることを特徴とするうっ血肝検査薬。
【0009】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
【0010】
本発明において検体とは特に限定されるものではないが、例えば全血、血球、血清又は血漿などの血液成分をあげることができる。
【0011】
オートタキシン濃度の測定方法は特に限定されるものではないが、オートタキシンの有する酵素活性であるリゾホスホリパーゼD活性を測定してもよく、またオートタキシンに対する抗体を用いた免疫化学的方法で測定してもよい。例えば特許第5307543号公報に記載の方法により得られた抗体を用いれば、検体の前処理をしなくてもヒトオートタキシンを精度よく定量可能である。
【0012】
血清オートタキシン濃度が上昇する慢性の心臓病としてはうっ血性心不全、拡張型心筋症などの心不全であり、さらに心不全マーカーであるBNP濃度が200pg/mL濃度以上の治療を要する心不全患者において明らかな血清オートタキシン濃度の上昇が認められた。
【0013】
これら疾患で血清オートタキシン濃度が上昇する機序を推察すると、これまでの多くの報告より心臓病でのオートタキシン濃度の産生亢進によるものとの想定は難しく、うっ血性心不全、拡張型心不全、重度の心不全でのオートタキシン濃度上昇から推測できる機序として、心臓の血流拍出不足に伴う肝臓でのオートタキシン代謝不良によるものと考えるのが妥当である(Lysophospholipid Receptors:Signaling and Biochemistry 2013:709−735)。従ってその機序から推察される、うっ血性心不全に高頻度で合併するうっ血肝の診断も可能であると考える。
【0014】
本発明の慢性心臓病検査薬やうっ血肝検査薬は、例えばオートタキシンの有する酵素活性であるリゾホスホリパーゼD活性を測定する試薬、又は特許第5307543号公報に記載の方法によりオートタキシンに対する抗体を作製し、それを用いた免疫測定試薬を検査薬として用いることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ヒト検体中のオートタキシン濃度を測定することにより慢性の心臓病あるいはうっ血肝を診断することが可能である。オートタキシンの測定はオートタキシンの有する酵素活性であるリゾホスホリパーゼD活性測定でも可能であるが、特許第5307543号の方法に従い免疫学的定量試薬を用い、測定を実施すれば検体中に含まれる内在性の測定妨害因子や競合酵素の影響を受けることなく、かつ短時間でヒトオートタキシンを定量可能であり、小規模医療施設においても簡便、低コストで診断可能な検査薬を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】図左から男性、女性の健常者と心臓病患者でのオートタキシン測定値分布、全例でのATX indexの分布を示す。箱ひげ図の表示は典型的表記であり具体的には、中央の箱は25−75パーセンタイルと中央値を示しており、上限下限の各棒線は75および25パーセンタイル値の1.5倍以上のデータを除く最大値、最小値を示している。2群の有意差はMann−Whitney U−testによる。
図2】左図は男性における健常者と心臓病患者でうっ血性心不全陰性、うっ血性心不全陽性のオートタキシン測定値分布を、また右の図は全例でのATX indexの分布を同様に示す。2群の有意差はMann−Whitney U−testによる。
図3】左図は男性における健常者と心臓病患者でうっ血性心不全陰性、うっ血性心不全陽性のオートタキシン測定値分布を、中央の図は同様に女性のオートタキシン測定値分布を示している。また右の図は全例でのATX indexの分布を同様に示す。2群の有意差はMann−Whitney U−testによる。
図4】左から男性、女性、全例でのBNPとオートタキシン濃度、あるいはATX indexとの相関性を示している。
図5】左から男性、女性、全例でのBNP濃度200pg/mLを境とした際のオートタキシン濃度、あるいはATX indexの分布を示している。2群の有意差はMann−Whitney U−testによる。
図6】左から男性、女性、全例でのBNP濃度200pg/mLを境とした際のROC曲線を示している。
【実施例】
【0017】
以下に実施例を示すが、本発明は実施例に記載された例に限られるものではない。以下の実験を行うに当たっては、各施設の研究倫理委員会での承認のもと実施した。オートタキシン濃度測定は、自動免疫測定装置AIAシリーズ(東ソー社製)を用い実施した。オートタキシン定量試薬は、特許第5307543号に従い、オートタキシンに対する抗体を作製し、それを用いて2ステップサンドイッチ法による測定試薬を調製した。
【0018】
実施例1:健常者検体の測定
患者検体測定に先立ち、コントロール群として健常者血清のオートタキシン濃度を測定した。血液は採血7日前より投薬のない健常な成人ボランティアからインフォームドコンセントを得た後、肘前中静脈より採取し、室温15分放置後、1500×gにて5分間遠心分離することにより血清を取得し測定を実施した。男性37名(平均年齢41.2歳)、女性22名(平均年齢37.8歳)の健常者血清中のオートタキシン濃度の測定を実施した。男性の測定結果は0.703mg/L±0.093(平均値±標準偏差)、中央値0.695mg/L、女性の測定結果は0.885mg/L±0.108(平均値±標準偏差)、中央値0.886mg/Lであった。本結果は既報告(Clin.Chim.Acta 2008;388:51−58)にある通り女性にて高値を示すものであった。以下の実施例にて統計解析を行うにあたり、男女性差を補正するため、測定値を健常者測定値の95パーセンタイル値である男性0.885mg/L、女性1.087mg/Lで除した値[オートタキシン指数(ATX index=オートタキシン測定値/95パーセンタイル値)]にて男女性差を補正した値を用い、男女を統合した評価も実施した。
【0019】
実施例2:心臓病患者背景
循環器内科にて何らかの心臓病の診断がなされた患者検体の血清オートタキシン濃度を測定し統計解析を行った。患者背景を表1に示す。
【0020】
【表1】
心臓病は全例で57例であり、これらの心臓病の内訳はうっ血性心不全、心房細動、拡張型心筋症、房室ブロック、心室頻拍、狭心症であり複数の疾患を合併している例はそれぞれの疾患群に重複した例数として解析に用いた。
【0021】
実施例3:健常者と心臓病患者のオートタキシン濃度比較
実施例1で測定した健常者59例(男性37名、女性22名)と実施例2に示す心臓病患者57例のオートタキシン測定値を比較した。比較結果は図1に示す通り、健常者群と心臓病群の間において、男性、女性あるいは全例比較いずれにおいても有意差は認められない結果を示した。すなわちオートタキシン測定により心臓病全体の診断はできない。
【0022】
実施例4:オートタキシン測定によるうっ血心の診断能力評価
実施例2に示す心臓病患者の中に男性6例のうっ血性心不全(うっ血心)患者が存在する。本6例に関して解析した。健常者、心臓病患者でうっ血心を有さない患者、心臓病でうっ血心の診断がなされている患者の3群を比較した。うっ血心を有する女性患者はいないため男性のみの解析ならびに女性を含めた全例での解析結果を図2に示す。
【0023】
男性のみ、あるいは女性を含めた全例解析においてうっ血心陽性患者は健常者に対しても心臓病でうっ血心を有さない患者に対しても有意差をもって高値を示す結果である。本結果より、オートタキシン測定により、他の心臓病の有無にかかわらずうっ血心の検査が可能であることが明らかである。
【0024】
実施例5:オートタキシン測定による拡張型心筋症の診断能力評価
実施例2に示す心臓病患者の拡張型心筋症に関して解析した。健常者、心臓病患者で拡張型心筋症を有さない患者、心臓病で拡張型心筋症の診断がなされている患者の3群を比較した。その解析結果を図3に示す。
【0025】
男性のみ、あるいは女性を含めた全例解析において拡張型心筋症陽性患者は健常者に対して有意差をもって高値を示す結果である。一方女性において、健常者と拡張型心筋症患者間で有意差は認められないものの、男性同様拡張型心筋症で高値を示しており、拡張型心筋症の検査が可能であることを示す結果である。
【0026】
実施例6:各心臓病でのオートタキシン濃度による診断の可能性
実施例4および5においてうっ血心ならびに心筋症に関するオートタキシン測定による解析結果を示したが、その他心臓病での測定値並びに有意差解析結果を表2の一覧で示す。表中の陽性とは心臓病群に属し表記の心臓疾患の有無により分類している。有意差検定はMann−Whitney U−testによるものである。
【0027】
【表2】
心房細動に関しては心臓病陰性群を健常者あるいは心臓病陽性群から診断可能である。ただし、その診断意義は特に見いだせないものと思われる。
【0028】
房室ブロック患者では女性陽性例が1例のため統計解析できないが、男性および全例解析の結果から房室ブロックの診断への利用は困難と考えられる。
【0029】
心室頻拍に関しては男性および全例解析結果で心臓病陰性群を健常者から診断可能である結果を示しているが、その診断意義は特に見いだせないものと思われる。
【0030】
狭心症に関しては男性および全例解析結果で心臓病陰性群を健常者から診断可能である結果を示しているが、その診断意義は特に見いだせないものと思われる。
【0031】
実施例7:血清中の脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)との関連性検証
心不全との関連性を検証するため、心不全マーカーであるBNPが高値を示す検体を用いオートタキシンとの関連性を検証した。表3に検体の分類を高血圧学会ガイドラインに示されている40,100,200pg/mLで分類した例数ならびに501pg/mL以上の非常に高値を示す検体の例数を示す。また健常者は実施例1記載の検体でありBNPの測定は実施していない。
【0032】
【表3】
はじめに本検体群を用いてオートタキシン濃度とBNP濃度の相関性を検証した結果を図4に示す。オートタキシン濃度とBNP濃度の相関性に関しては、男性、女性、全例で相関係数rが0.632、0.616、0.617と弱い相関関係があることが示された。
【0033】
BNP濃度の相関性検証結果よりオートタキシン濃度とBNP濃度の間に弱い相関性が認められたこと、さらにBNP高濃度域でオートタキシン濃度が顕著に濃度上昇を示していることから、BNP濃度の40,100,200、500pg/mLを境としグループ分けした際のオートタキシン濃度を比較した結果を表4に示す。
【0034】
【表4】
各グループ間での有意差検証(Mann−Whitney U−test)の結果、例数の少ない女性では有意差が認められないが男性ならびに全例においてBNP濃度200pg/mLを境として大きな濃度上昇による有意差が確認された。
【0035】
実施例8:重度の心不全診断方法
実施例7の結果よりBNP濃度200pg/mL以上の患者の鑑別がオートタキシン測定で可能であるか解析した。実施例7のデータを用い、BNP濃度200pg/mLを境に2群に分けた際の濃度分布を図5に示す。
結果より明らかな様にBNP濃度200pg/mLを境として男性、女性、全例での2群の有意差は0.0001、0.0007、0.0001未満という数値を示し、明らかな鑑別が可能である結果を示した。本結果はオートタキシン測定によりBNP濃度200pg/mL以上、すなわち高血圧学会が示す治療を要する心不全を検査区別することが可能であることを示している。
【0036】
さらに本データを用いたROC解析を行った際のROC曲線を図6に示す。また、ROC解析から得られた診断効率を示す数値を以下の表5に示す。なお、ROC曲線から(100−感度)+(100−特異度)が最小値を示す値をカットオフ値とし、その際の感度、特異度、正診率、陽性適中度、陰性適中度を示している。
これら結果から男性、女性、全例いずれにおいてもAUCが0.900以上、感度、特異度、正診率共に良好な結果を示した。
【0037】
【表5】
図1
図2
図3
図4
図5
図6