(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話やノート型パソコンなどの携帯電子機器の普及に伴い、高いエネルギー密度を有する小型で軽量な非水系電解質二次電池の開発が強く望まれている。また、ハイブリット自動車を始めとする電気自動車用の電池として高出力の二次電池の開発が強く望まれている。
【0003】
このような要求を満たす非水系電解質二次電池として、リチウムイオン二次電池がある。このリチウムイオン二次電池は、負極および正極と電解液等で構成され、負極および正極の活物質は、リチウムを脱離および挿入することの可能な材料が用いられている。
【0004】
このようなリチウムイオン二次電池は、現在研究、開発が盛んに行われているところであるが、中でも、層状またはスピネル型のリチウム金属複合酸化物を正極活物質に用いたリチウムイオン二次電池は、4V級の高い電圧が得られるため、高いエネルギー密度を有する電池として実用化が進んでいる。
【0005】
これまで主に提案されている正極活物質としては、合成が比較的容易なリチウムコバルト複合酸化物(LiCoO
2)や、コバルトよりも安価なニッケルを用いたリチウムニッケル複合酸化物(LiNiO
2)、リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物(LiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2)、マンガンを用いたリチウムマンガン複合酸化物(LiMn
2O
4)などを挙げることができる。
【0006】
このうちリチウムニッケル複合酸化物およびリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物は、サイクル特性が良く、低抵抗で高出力が得られる材料として注目されており、近年では高出力化に必要な低抵抗化が重要視されている。
【0007】
上記の正極活物質で電池を作製するときは、正極活物質を、バインダー(ポリ弗化ビニリデン:PVDF)と、導電助剤のカーボン(アセチレンブラック)と一緒に、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)などの有機溶媒で溶解し、正極合材ペーストとした後、Al箔などの集電体に塗布して、正極を作製する。
【0008】
しかしながら、正極活物質中のリチウムが大気に含まれる水分と反応して、水酸化リチウムを形成してしまい、これが正極合剤含有組成物中のバインダーに作用して、組成物の粘度を増大させたりゲル化を引き起こしたりし、これにより集電体への安定な塗布が困難になることが多かった。ここで正極合材ペーストのゲル化とは粘度が増加することにより流動性や均一性が失われた状態を指し、ゲル化が極度に進行した場合は、集電体への塗装が不可能になる。また、軽度のゲル化においては、作製した電極シートの抵抗値等に大きく影響を及ぼし、作成された電極シートを用いて作られた電池の放電容量、レート特性等の電池特性が低下する。
【0009】
上記のゲル化に対して、特許文献1には、正極活物質を純水でスラリー化して攪拌、静置した後、上澄みのpHが25℃において12.0以上、12.7以下になった正極活物質のみを選択した場合、電池を作製した時、ゲル化することのない正極活物質が得られることが開示されている。しかし、その規定されているpHの値は依然として高く、後述する理由から、ゲル化防止の効果は十分ではない。特許文献1では、正極活物質中からLiを引き出すことでpHを調整しているため、他の電池性能が低下しない範囲でしかpHの調整ができず、ゲル化防止を目的としてpHの値を最適化することができない。
【0010】
また、特許文献2には、正極活物質、導電助剤、バインダー及び有機溶媒の保管工程、混合工程において炭酸ガスを導入することにより、電池作製時のゲル化を抑制するとあるが、ゲル化する原因として、正極活物質由来である事が多く、炭酸ガスを導入してもその効果は限定的である。また、炭酸ガスの導入によって正極活物質の表面に生成される炭酸リチウムは、電池性能を低下させる原因となる。
【0011】
特許文献3には、リチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質と、酸性酸化物粒子からなる添加粒子とを含む非水電解液二次電池用正極組成物が開示され、正極作成時に正極用スラリーがゲル化せず、操作性が向上し、歩留まりが改善するとしている。しかしながら、特許文献3におけるゲル化抑制の効果は十分なものではない。
【0012】
特許文献4には、ガス発生による電池の膨れを防止するために、複合酸化物粒子にタングステン酸アンモニウム等を被着した後、加熱処理を行って正極活物質を製造することが開示されている。また、特許文献5には、リチウム金属複合酸化物粉体に、メタタングステン酸アンモニウムなどのタングステン酸化物を分散させ、熱処理することで正極活物質を製造する方法が開示されている。しかし、タングステン酸アンモニウムは、ガス発生の防止や、正極活物質の高容量、高出力を目的として使用されたものであり、これらの文献において、正極合材スラリーのゲル化については特に開示がない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は上記事情に鑑み、正極に用いられた場合に、充放電容量と出力特性を低下させることなく、正極合材ペーストのゲル化を抑制できる、非水系電解質二次電池用正極材料、およびその製造方法を提供するとともに、この正極材料が用いられた正極合材ペースト、および非水系電解質二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記課題を解決するため、正極合材ペーストのゲル化に及ぼす影響について鋭意研究したところ、正極合材ペーストのゲル化は、正極活物質を含んだ正極材料のpH値が強く影響していること、正極材料にタングステン酸アンモニウムを混合することにより電池特性の低下を抑制しながら正極材料のpH値を最適化して正極合材ペーストのゲル化を抑制することが可能であるとの知見を得て、本発明を完成した。
第1発明の非水系電解質二次電池用正極材料は、一般式Li
aNi
1−x−y−zCo
xMn
yM
zO
2(ただし、0.03≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0≦z≦0.05、0.97≦a≦1.30、MはV、Fe、Cu、Mg、Mo、Nb、Ti、Zr、WおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表されるリチウム金属複合酸化物と、タングステン酸アンモニウム粉末と、
タングステン酸リチウムと、を含む混合物からなる非水系電解質二次電池用正極材料であって、
前記タングステン酸アンモニウム粉末と前記タングステン酸リチウムとに含まれるタングステン量が、前記リチウム金属複合酸化物に含まれているNi、Co、MnおよびMの原子数の合計に対して0.05〜0.4原子%であり、前記リチウム金属複合酸化物の表面に存在する、前記タングステン酸リチウム以外のリチウム化合物に含まれるリチウム量が、前記リチウム金属複合酸化物に対して0.1質量%以下であり、前記正極材料5gを純水100mlと混合し10分間撹拌した後、30分静置し、測定した上澄み液の25℃ におけるpH値が11.2〜11.8である、
ことを特徴とする。
第2発明の非水系電解質二次電池用正極材料は、第
1発明において、前記タングステン酸リチウムは、前記リチウム金属複合酸化物の表面に存在することを特徴とする。
第3発明の非水系電解質二次電池用正極材料は、第
1発明または第2発明において、前記タングステン酸リチウムが、Li
2WO
4、Li
4WO
5、Li
6WO
6、Li
2W
4O
13、Li
2W
2O
7、Li
6W
2O
9、Li
2W
2O
7、Li
2W
5O
16、Li
9W
19O
55、Li
3W
10O
30、Li
18W
5O
15、またはこれらの水和物の形態で存在することを特徴とする。
第4発明の正極合材ペーストは、第1発明から第
3発明のいずれかの非水系電解質二次電池用正極材料を含むことを特徴とする。
第5発明の非水系電解質二次電池は、第1発明から第
3発明のいずれかの非水系電解質二次電池用正極材料を含む正極を有することを特徴とする。
第6発明の非水系電解質二次電池用正極材料の製造方法は、一般式Li
aNi
1−x−y−zCo
xMn
yM
zO
2ただし、0.03≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0≦z≦0.05、0.97≦a≦1.30、MはV、Fe 、Cu、Mg、Mo、Nb、Ti、Zr、WおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素) で表される一次粒子および一次粒子が凝集して形成された二次粒子からなるリチウム金属複合酸化物と、タングステン酸アンモニウム粉末と、を混合
し、前記リチウム金属複合酸化物の表面にタングステン酸リチウムを形成する工程を含む非水系電解質二次電池用正極材料の製造方法であって、
該工程において、
前記タングステン酸アンモニウム粉末と前記タングステン酸リチウムとに含まれるタングステン量が、前記リチウム金属複合酸化物に含まれているNi、Co、MnおよびMの原子数の合計に対して0.05〜0.4原子%であり、前記リチウム金属複合酸化物の表面に存在する、前記タングステン酸リチウム以外のリチウム化合物に含まれるリチウム量が、前記リチウム金属複合酸化物に対して0.1質量%以下であり、前記正極材料5gを純水100mlと混合し10分間撹拌した後、30分静置し、測定した上澄み液の25℃におけるpH値が11.2〜11.8となるように前記タングステン酸アンモニウム粉末が混合されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
第1発明によれば、正極材料が、リチウム金属複合酸化物と、タングステン酸アンモニウムと、を含む混合物から成り、前記正極材料5gを純水100mlと混合し10分間撹拌した後、30分静置し、測定した上澄み液の25℃ におけるpH値が11.2〜11.8であることにより、混合物から得られた上澄み液のpH値を規定することで、正極材料の余剰リチウムの量を容易に規定することができ、正極合材ペーストのアルカリ度を容易に低減させることができる。よって、この正極材料を電池の正極材として使用することで、二次電池の充放電容量、高出力特性を維持しながら、正極合材ペーストのゲル化を防止できる。
また、混合物は、さらにタングステン酸リチウムを含むことにより、余剰なリチウム等のタングステン酸リチウムへの反応が進行し、正極合材ペーストのpH値を下げ、そのゲル化をより適切に防止できる。
また、リチウム金属複合酸化物の表面に存在する、前記タングステン酸リチウム以外のリチウム化合物に含まれるリチウム量が、前記リチウム金属複合酸化物に対して0.1質量%以下であることにより、リチウムの伝導性が悪く、リチウム金属複合酸化物質からのリチウムイオンの移動を阻害する、未反応のリチウム化合物を少なくし、出力特性や電池容量を向上させることができる。
また、タングステン酸アンモニウム粉末とタングステン酸リチウムとに含まれるタングステン量が、リチウム金属複合酸化物に含まれているNi、Co、MnおよびMの原子数の合計に対して0.05〜0.4原子%であることにより、pH値を上記範囲に制御しながら、タングステン酸リチウムを形成し、出力特性と電池容量をさらに向上させることができる。
第
2発明によれば、タングステン酸リチウムは、リチウム金属複合酸化物の表面に存在することにより、電解液との界面でLiの伝導パスを形成して、リチウム金属複合酸化物の反応抵抗を低減し、出力特性をさらに向上させることができる。
第
3発明によれば、タングステン酸リチウムが、Li
2WO
4、Li
4WO
5、Li
6WO
6、Li
2W
4O
13 、Li
2W
2O
7、Li
6W
2O
9、Li
2W
2O
7、Li
2W
5O
16、Li
9W
19O
55、Li
3W
10O
30、Li
18W
5O
15、またはこれらの水和物の形態で存在することにより、リチウムイオン伝導率が高くなり、電池の高容量を維持しながら、活物質の反応抵抗を十分に低減することができる。
第
4発明によれば、正極合材ペーストが、第1発明から第7発明のいずれか非水系電解質二次電池用正極材料を含むことにより、この正極合材ペーストを用いた電池について、高容量、高出力を達成できるとともに、正極合材ペーストのアルカリ度が低減され、正極合材ペーストのゲル化を防止できる。
第
5発明によれば、非水系電解質二次電池が、第1発明から第7発明のいずれかの非水系電解質二次電池用正極材料を含む正極を有することにより、高容量、高出力であり、かつ電池の歩留まりを改善することができる。
第
6発明によれば、非水系電解質二次電池用正極材料の製造方法が、一般式Li
aNi
1−x−y−zCo
xMn
yM
zO
2(ただし、0.03≦x0.35、0≦y≦0.35、0≦z≦0.05、0.97≦a≦1.30、MはV、Fe、Cu、Mg、Mo、Nb、Ti、Zr、WおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表されるリチウム金属複合酸化物と、タングステン酸アンモニウム粉末とを混合する工程を含んでおり、該工程で、正極材料5gを純水100mlと混合し10分間撹拌した後、30分静置し、測定した上澄み液の25℃ におけるpH値が11.2〜11.8となるようにタングステン酸アンモニウム粉末が混合されることにより、上澄み液のpH値を規定することで、正極材料の余剰リチウムの量を容易に規定することができ、正極合材ペーストのアルカリ度を容易に低減させることができる。よって、得られた正極材料を電池の正極材として使用することで、二次電池の充放電容量、高出力特性を維持しながら、正極合材ペーストのゲル化を防止できる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る非水系電解質二次電池用正極材料とその製造方法について説明した後、これを用いた正極合材ペースト、ならびに非水系電解質二次電池について説明する。
【0019】
(1)非水系電解質二次電池用正極材料
本発明の非水系電解質二次電池用正極材料は、一般式Li
aNi
1−x−y−zCo
xMn
yM
zO
2(ただし、0.03≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0≦z≦0.05、0.97≦a≦1.30、MはV、Fe、Cu、Mg、Mo、Nb、Ti、Zr、WおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表されるリチウム金属複合酸化物と、タングステン酸アンモニウム粉末と、を含む混合物からなる非水系電解質二次電池用正極材料であって、前記正極材料5gを純水100mlと混合し10分間撹拌した後、30分静置し、測定した上澄み液の25℃におけるpH値が11.2〜11.8であることを特徴とする。これを電池の正極として使用することで、二次電池の充放電容量、高出力特性を維持しながら、正極合材ペーストのゲル化を防止できる。
【0020】
正極活物質には、電解液との接触を増やして非水系電解質二次電池(以下、単に「電池」ということがある。)の充放電容量や出力特性を向上させるため、一次粒子および一次粒子が凝集して形成された二次粒子からなるリチウム金属複合酸化物を用いるが、その一次粒子や二次粒子の表面に未反応のリチウム化合物が存在している。特に金属複合水酸化物、もしくは金属複合酸化物とリチウム化合物を焼成して得られたリチウム金属複合酸化物は、未反応のリチウム化合物が多くなる傾向がある。このような正極活物質を用いた正極合材ペースト(以下、単に「ペースト」ということがある。)中においては、未反応のリチウム化合物、さらにはリチウム金属複合酸化物の結晶中から溶出したリチウムにより、ペーストのpH値が上昇し、ペースト中に含まれる結着剤が変質して、ペーストのゲル化が進行する。例えば、結着剤としてポリフッ化ビニリデン(PVDF)を含むペーストでは、PVDFからフッ化水素(HF)が脱離して二重結合が生成され、この二重結合から架橋反応が進行しゲル化現象が発生する。
【0021】
したがって、ペーストのpH値の上昇を抑制して、適正な範囲に制御することで、ペーストのゲル化は抑制できる。しかしながら、リチウム金属複合酸化物から溶出するリチウムを減少させてペーストのpH値の上昇を抑制するため、リチウム金属複合酸化物から未反応のリチウム化合物を除去したり、リチウム金属複合酸化物の結晶中のリチウムを減少させようとしたりすると、ゲル化が抑制できるまでリチウム金属複合酸化物から除去するリチウム量が過剰なものとなり、電池に用いられた際の充放電容量(以下、「電池容量」ということがある。)や出力特性が低下してしまう。
【0022】
本発明の非水系電解質二次電池用正極材料(以下、単に「正極材料」ということがある。)は、タングステン酸アンモニウム粉末を混合していることが重要である。ペーストのゲル化の防止は、リチウム金属複合酸化物から溶出するリチウムによるpHの上昇を抑制すればよいため、酸や酸性酸化物などの酸性を示す物質を添加して中和することが考えられる。しかしながら、酸の添加では、リチウム金属複合酸化物が酸によって損傷されるため、電池の特性が低下してしまう。また酸性酸化物は、pH値の抑制効果が弱いため、ゲル化を十分に抑制しようとすると添加量が多くなり過ぎて電池の特性が低下してしまう。
【0023】
一方、タングステン酸アンモニウムは、リチウム金属複合酸化物へ損傷を与えることがなく、pH値の抑制効果が高い。このため、電池容量や出力特性を低下させることなく、ペーストのゲル化を防止することができる。その詳細な理由は不明であるが、タングステン酸アンモニウムは、リチウムとの反応性が高いため、ペースト中においてリチウム金属複合酸化物から溶出したリチウムと迅速に反応してタングステン酸リチウムを生成し、pH値の上昇を抑制してゲル化を防止するものと考えられる。
【0024】
タングステン酸アンモニウムは、特に限定されるものではないが、例えばパラタングステン酸アンモニウム、あるいはメタタングステン酸アンモニウムが好適に用いられる。
【0025】
上記正極材料では、前記上澄み液のpH値を上記範囲に制御する。前記上澄み液のpHは、ペーストのpH値と強い相関があるため、これにより、正極材料を用いて得られるペーストのpH値の上昇が抑制され、ゲル化を防止することができる。特に出力特性を向上させるために高比表面積化したリチウム金属複合酸化物では、リチウムの溶出量が増加するが、ゲル化を長期間に亘って防止できるため、有効である。
【0026】
前記pH値が11.8を超えると、ペースト中でのpH値の上昇を抑制することができず、ゲル化を防止することが困難である。一方、pH値が11.2未満では、リチウム金属複合酸化物中からリチウムが過剰に除去された状態となっており、電池容量や出力特性が低下してしまう。
【0027】
上述のようにタングステン酸アンモニウムはリチウムとの反応性が高いため、リチウム金属複合酸化物の表面に存在する未反応のリチウム化合物やリチウム金属複合酸化物中の過剰なリチウムと容易に反応が進行し、タングステン酸リチウムを形成させることができる。
【0028】
一方、リチウム金属複合酸化物は、電解液との接触を多くするとともに適度な粒径として正極内での充填性を高めるため、孤立した一次粒子と一次粒子が凝集して形成された二次粒子(以下、これらを「リチウム金属複合酸化物粒子」ということがある。)から構成されていることが好ましい。このようなリチウム金属複合酸化物粒子では、二次粒子内の一次粒子の表面にも未反応のリチウム化合物が存在するものの、リチウム金属複合酸化物粒子の表面に存在する未反応のリチウム化合物が多い。本発明の正極材料では、タングステン酸アンモニウムと反応させることにより前記未反応のリチウム化合物を除去することが可能であり、特にリチウム金属複合酸化物粒子の表面に存在する未反応のリチウム化合物を除去し、出力特性や電池容量を効果的に向上させている。
【0029】
したがって、未反応のリチウム化合物や過剰なリチウムとの反応によって形成されたタングステン酸リチウムの多くは、微粒子や薄膜の形態でリチウム金属複合酸化物の表面に存在することとなる。タングステン酸リチウムは、リチウムイオン伝導性が高く、リチウムイオンの移動を促す効果がある。このため、タングステン酸リチウムを正極内に存在させることで効果があるが、リチウム金属複合酸化物の表面に微粒子や薄膜の形態でタングステン酸リチウムを形成させることで、電解液との界面でLiの伝導パスを形成することから、リチウム金属複合酸化物の反応抵抗を低減して出力特性をさらに向上させることができる。
【0030】
すなわち、反応抵抗が低減されることで、電池内で損失される電圧が減少し、実際に負荷側に印可される電圧が相対的に高くなるため、高出力が得られる。また、負荷側への印加電圧が高くなることで、リチウム金属複合酸化物でのリチウムの挿抜が十分に行われるため、電池容量も向上する。
【0031】
また、予め未反応のリチウム化合物中のリチウムやリチウム金属複合酸化物中の過剰なリチウムをタングステン酸リチウムとして固定するため、ペースト中へのリチウム溶出を低減できるため、ペーストのゲル化をさらに効率よく防止することができる。
【0032】
したがって、正極材料はタングステン酸リチウムを含むことが好ましい。また、前記タングステン酸リチウムは、前記リチウム金属複合酸化物の表面に存在することが好ましい。これにより、出力特性と電池容量を向上させることができる。
【0033】
形成されるタングステン酸リチウムは、例えばLi
2WO
4、Li
4WO
5、Li
6WO
6、Li
2W
4O
13、Li
2W
2O
7、Li
6W
2O
9、Li
2W
2O
7、Li
2W
5O
16、Li
9W
19O
55、Li
3W
10O
30、Li
18W
5O
15、またはこれらの水和物の形態で存在することが好ましいが、リチウムイオン伝導性が高いLi
2WO
4、Li
4WO
5、またはこれらの水和物の形態で存在することがより好ましい。
【0034】
正極材料に混合されたタングステン酸アンモニウム粉末に含まれるタングステン量が、前記pH値を11.2〜11.8に制御できる量であるか、もしくは前記タングステン酸アンモニウム粉末と、リチウムと反応して形成されたタングステン酸リチウムとに含まれるタングステン量が、前記pH値を11.2〜11.8に制御できる量であればよいが、前記リチウム金属複合酸化物に含まれているNi、Co、MnおよびMの原子数の合計に対して0.05〜0.4原子%であることが好ましい。これにより、pH値を上記範囲に制御しながら、タングステン酸リチウムを形成し、出力特性と電池容量をさらに向上させることができる。タングステン量が0.05原子%未満になると、出力特性と電池容量を向上させる効果が十分でない場合があり、0.4原子%を超えると、形成されるタングステン酸リチウムが多くなり過ぎてリチウム金属複合酸化物と電解液のリチウム伝導が阻害され、タングステン酸リチウムによるリチウムイオンの移動を促す効果が発揮されない場合がある。
【0035】
さらに、前記リチウム金属複合酸化物の表面に存在するタングステン酸リチウム以外のリチウム化合物に含まれるリチウム(以下、「余剰リチウム」ということがある。)量がリチウム金属複合酸化物に対して0.1質量%以下であることが好ましい。このような未反応のリチウム化合物は、リチウムの伝導性が悪く、リチウム金属複合酸化物質からのリチウムイオンの移動を阻害している。余剰リチウム量は、前記未反応のリチウム化合物の存在量を示すものであり、0.1質量%以下とすることで出力特性や電池容量を向上させることができる。特にタングステン酸アンモニウムと反応させることで、余剰リチウム量をより効果的に低減することができる。
【0036】
余剰リチウム量は、低減するほど電池の特性は向上するが、タングステン酸アンモニウムとの反応により低減する場合には、その下限は0.01質量%程度である。
【0037】
本発明の正極材料は、リチウム金属複合酸化物にタングステン酸アンモニウムを混合することで、上述のようにpH値を適正な範囲に制限するものである。したがって、リチウム金属複合酸化物は、上記一般式で表される組成を有するものであれば特に限定されない。しかしながら、高い電池容量と出力特性の観点から、高比表面積を有し、電池に用いられた際に電解液との接触を増加させたリチウム金属複合酸化物を用いることが好ましい。このような高比表面積を有するリチウム金属複合酸化物としては、例えば、中空構造や多孔質の粒子構造を有するリチウム金属複合酸化物があり、好ましく用いられる。また、サイクル特性を改善するため、均一な粒径を有するリチウム金属複合酸化物、例えば、累積体積が全粒子の合計体積の10%、90%となる粒径をそれぞれD10、D90と表した際に、粒度分布の拡がりを示す指標[(D90−D10)/平均粒径]が0.6以下のリチウム金属複合酸化物が好ましく用いられる。
【0038】
(2)非水系電解質二次電池用正極材料の製造方法
本発明の非水系電解質二次電池用正極材料の製造方法は、一般式Li
aNi
1−x−y−zCo
xMn
yM
zO
2(ただし0.03≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0≦z≦0.05、0.97≦a≦1.30、MはV、Fe、Cu、Mg、Mo、Nb、Ti、Zr、WおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表される一次粒子および一次粒子が凝集して形成された二次粒子からなるリチウム金属複合酸化物と、タングステン酸アンモニウム粉末と、を混合する工程を含む非水系電解質二次電池用正極材料の製造方法であって、該工程において、前記正極材料5gを純水100mlと混合し、10分間撹拌した後、30分静置し、測定した上澄み液の25℃におけるpH値が11.2〜11.8となるように前記タングステン酸アンモニウムが混合されることを特徴とする。以下、本発明の非水系電解質二次電池用正極材料の製造方法(以下、単に「製造方法」ということがある。)について説明する。
【0039】
(2.1)リチウム金属複合酸化物の製造工程
本発明に係る製造方法においては、上述のようにリチウム金属複合酸化物は特に限定されず、公知の方法で製造されたリチウム金属複合酸化物を用いることができる。さらに、好ましい態様として、中空構造や多孔質の粒子構造を有するリチウム金属複合酸化物、あるいは均一な粒径を有するリチウム金属複合酸化物が用いられる。このようなリチウム金属複合酸化物の製造方法は、例えば、国際公開WO2012/131881号、WO2012/169274号、WO2014/181891号(以下、これらをまとめて「国際公開等」という。)に開示されている方法を用いることができる。このリチウム金属複合酸化物の製造は、特に限定されるものではないが、例えば、一般式:Ni
1−x−y−zCo
xMn
yM
z(OH)
2+α(ただし、0.03≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0≦z≦0.05、0.97≦a≦1.30、0≦α≦0.5、MはV、Fe、Cu、Hg、Mo、Nb、Ti、Zr、WおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表される金属複合水酸化物を得る晶析工程(下記2.1.1)と該金属複合水酸化物に、リチウム以外の金属元素の原子数の合計に対するリチウムの原子数の比が0.97〜1.30となるように、リチウム化合物を混合してリチウム混合物を得るリチウム混合工程(下記2.1.2)と、得られたリチウム混合物を、酸化性雰囲気中において、600〜1000℃の焼成温度で1〜24時間保持して焼成することにより、リチウム金属複合酸化物を得る焼成工程(下記2.1.3)と、を含んで構成されたものとすることができる。以下に例示した各工程を説明する。
【0040】
(2.1.1)晶析工程
通常、工業的に金属複合水酸化物(以下、単に複合水酸化物と記載することがある。)を晶析法によって作製する場合は、連続晶析法が多く用いられる。この方法は組成の等しい複合水酸化物を大量にかつ簡便に作製できる方法である。通常の晶析方法によって得られる複合水酸化物は、一次粒子が凝集した二次粒子と少量の孤立した一次粒子で構成され、この複合水酸化物を用いて得られるリチウム金属複合酸化物も同様の粒子構成となる。しかしながら、この連続晶析法では、得られた生成物の粒度分布が比較的幅広い正規分布になりやすく、必ずしも粒径の揃った粒子を得ることができないという課題がある。このような粒度分布が比較的幅広い複合水酸化物を原料に用いて得られたリチウム金属複合酸化物を正極活物質として電池を組み立てた場合、微粉が混入する場合があり、サイクル特性悪化の要因となりやすい。また、粒度が揃っていないと反応抵抗が増大し、電池出力に悪影響を及ぼす可能性がある。
【0041】
したがって、晶析工程において、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物粒子を得る方法としては、通常の連続晶析法を用いることが可能であるが、例えば、国際公開等において開示されているように核生成段階(下記2.1.1.1)と粒子成長段階(下記2.1.1.2)に明確に分離し、粒子径の均一化をはかり、粒度分布の狭い複合水酸化物を得ることが好ましい。ただし、これに限定されるものではない。以下では、核生成段階と粒子成長段階に分離した晶析方法を説明する。
【0042】
(2.1.1.1)核生成工程
まず、易水溶性のニッケル塩、コバルト塩、マンガン塩及び添加元素Mの塩を所定の割合で水に溶解させ、ニッケル、コバルト、マンガンおよび添加元素Mを含む混合水溶液を作製する。ニッケル塩、コバルト塩、マンガン塩は硫酸塩を用いることが好ましい。その混合水溶液と、アンモニア水などのアンモニウムイオン供給体を含む水溶液を、撹拌しながら晶析反応槽内へ供給して反応槽内に反応液を形成し、かつ水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ水溶液を同時に供給して反応液のpH値が一定となるように制御する。なお、添加元素のM塩水溶液を混合水溶液に添加すると析出が生じる場合は、混合水溶液とは別に同時に供給する。ここで、一定のpH値になるようにアルカリ水溶液量を調節することで、反応槽内にて上記金属水酸化物の微小な核を選択的に生成させることが出来る。
【0043】
ここで、反応液のpH値は、液温25℃基準におけるpH値として12.0以上、好ましくは12.0〜14.0になるように調節する。これにより反応液中に金属水酸化物の微小な核を選択的に生成させることができる。このpH値が12.0未満では核成長も同時に起こってしまうため、粒度分布も広がりやすく、また、核の総数が不足して粒径が粗大化しやすい。核の総数は、核生成工程におけるpHやアンモニア濃度、及び供給される混合水溶液の量によって制御できる。
【0044】
また、反応液中アンモニア濃度は8〜15g/Lの範囲内の一定値に保持されることが好ましい。一定以上のアンモニア濃度が無ければ金属イオンの溶解度を一定に保持することができないため、整った水酸化物粒子の形成が成り立たず、ゲル状の核が生成しやすいため粒度分布も広がりやすい。ただし、アンモニア濃度が15g/L以上の濃度では、水酸化物が緻密に形成されるため、最終的に得られる非水系電解質二次電池用正極活物質も緻密な構造になり、比表面積が低くなってしまうことがあり、好ましくない。
【0045】
また、反応液の温度は、35℃〜60℃に設定することが好ましい。35℃未満では、温度が低くて供給する金属イオンの溶解度が十分に得られず、核発生が起こりやすくなり、核発生を制御することが容易でなくなる。また、60℃を越えるとアンモニアの揮発が促進されることにより錯形成するためのアンモニアが不足し、同じように金属イオンの溶解度が減少しやすくなる。この核生成工程におけるpH値と晶析時間については、目的とする複合水酸化物粒子の平均粒径によって任意に設定することができる。
【0046】
(2.1.1.2)粒子成長工程
粒子成長工程では、反応液を液温25℃基準におけるpH値として10.5〜12.0、かつ核生成工程より低いpH値に制御する。核形成後にpH値をこの範囲に制御することで、核生成工程で生成した核の成長のみを優先的に起こさせて新たな核形成を抑制することにより、複合水酸化物粒子の粒度の均一性を大幅に向上させることができる。pH値が12.0より高い場合には、粒子成長のみでなく、核生成も生じるため、粒度の均一性を大幅に向上させることが難しくなる。一方、pH値が10.5未満では、反応液中に残存する金属イオンが増加するため、生産効率が悪化する。また、硫酸塩を原料として用いた場合には、複合水酸化物粒子中に残留する硫黄(S)分が多くなるため、好ましくない。反応液のアンモニア濃度、温度については、核生成工程と同様の範囲に設定すればよい。
【0047】
核生成後あるいは粒子成長段階の途中で、反応液中の液成分の一部を反応槽外に排出することにより、反応液中の複合水酸化物粒子濃度を高めた後、引き続き粒子成長を行うことも可能である。こうすることで、より粒子の粒度分布を狭めることができ、粒子密度も高めることができる。
【0048】
核生成工程及び粒子成長工程における反応槽内の雰囲気を制御することにより、複合水酸化物を用いて得られるリチウム金属複合酸化物の粒子構造を制御することが可能となる。すなわち、雰囲気の酸素濃度を制御することで、複合水酸化物を構成する一次粒子の大きさを制御することが可能であり、複合水酸化物の粒子の緻密性を制御することが可能である。したがって、反応槽内の酸素濃度を低減して非酸化性雰囲気とすることにより、粒子の緻密性が高くなり、得られるリチウム金属複合酸化物も緻密性が高くなり中実構造を有するようになる。一方、反応槽内の酸素濃度を高めて酸化性雰囲気とすることで、粒子の緻密性が低下し、国際公開等に開示されているように雰囲気を非酸化性と酸化性に変化させることにより、複合水酸化物の粒子は、高い緻密性の部分と緻密性が低下した部分からなる複合構造を有するもとのなり、得られるリチウム金属複合酸化物は中空構造や多孔質構造を有するようになる。特に、核生成工程と粒子成長工程の初期において反応槽内を酸化性雰囲気とし、その後、非酸化性雰囲気に制御することで、複合水酸化物粒子の中心部の緻密性を低く、外周部の緻密性を高くすることができる。このような複合水酸化物粒子から得られる正極活物質は十分な大きさの中空部を有する中空構造となる。中空部の大きさは、酸化性雰囲気とする時間と非酸化性雰囲気とする時間を調整することにより制御することができる。
【0049】
(2.1.2)リチウム混合工程
リチウム混合工程は、前記晶析工程(2.1.1)で得られた複合水酸化物に、リチウム以外の金属元素の原子数(Me)の合計に対するリチウム(Li)の原子数の比(Li/Me)が0.97〜1.30となるように、リチウム化合物を混合してリチウム混合物を得る工程である。Li/Meが0.97未満であると、得られたリチウム金属複合酸化物を正極活物質として用いた非水系電解質二次電池における正極の反応抵抗が大きくなるため、電池の出力が低くなってしまう。また、Li/Meが1.30を超えると、得られたリチウム金属複合酸化物の初期放電容量が低下するとともに、正極の反応抵抗も増加してしまう。
【0050】
使用可能なリチウム化合物は、特に限定されるものではないが、水酸化リチウム、炭酸リチウムのいずれかもしくはその混合物を好適に用いることができる。取り扱いの容易さ、品質の安定性から炭酸リチウムを用いることがより好ましい。
【0051】
複合水酸化物粒子とリチウム化合物は、これらを十分混合しておくことが好ましい。混合には、一般的な混合機を使用することができ、例えば、シェーカーミキサーやレーディゲミキサー、ジュリアミキサー、Vブレンダーなどを用いることができ、
複合水酸化物粒子の形骸が破壊されない程度でリチウム化合物と十分に混合してやればよい。
【0052】
(2.1.3)焼成工程
焼成工程は、得られたリチウム混合物を、酸化性雰囲気中において、600〜1000℃の焼成温度で1〜24時間保持して焼成することにより、正極活物質であるリチウム金属複合酸化物粒子を得る工程である。
【0053】
焼成温度が600℃未満では、複合水酸化物とリチウム化合物の反応が十分に進まず、複合水酸化物中へのリチウムの拡散が十分でなく、余剰のリチウムと未反応の
複合水酸化物が残る、あるいは結晶構造が十分に整わず、出力特性や電池容量の低下が生じる。焼成温度が1000℃を超えると、リチウム金属複合酸化物粒子間で激しく焼結が生じ、異常粒成長を生じることから粒子が粗大となり、出力特性や電池容量の低下が生じる。
【0054】
焼成温度での保持時間は、1〜24時間、好ましくは5〜20時間、より好ましくは5〜10時間である。1時間未満では、リチウム金属複合酸化物の生成が十分に行われない。また、24時間を超えると、リチウム金属複合酸化物粒子間で激しく焼結が生じ、異常粒成長を生じることから粒子が粗大となる。
【0055】
焼成時の雰囲気は、酸化性雰囲気とするが、酸素濃度が18〜100容量%の雰囲気とすることが好ましい。すなわち、大気〜酸素気流中で行なうことが好ましい。コスト面を考慮すると、空気気流中で行なうことが、特に好ましい。酸素濃度が18容量%未満であると、酸化が十分でなく、リチウム金属複合酸化物の結晶性が十分でない場合がある。
【0056】
焼成に用いられる炉は、特に限定されるものではなく、大気〜酸素気流中で加熱できるものであればよいが、ガス発生がない電気炉が好ましく、バッチ式あるいは連続式の炉が用いられる。
【0057】
上記焼成条件では、得られるリチウム金属複合酸化物粒子の激しい焼結や異常粒成長は抑制されるが、軽微な焼結が生じることがある。このような場合には、さらに、得られたリチウム金属複合酸化物粒子を解砕する解砕工程をさらに備えることができる。解砕は、通常に行われる方法でよく、リチウム金属複合酸化物粒子の二次粒子を破壊しない程度に行えばよい。
また、リチウム金属複合酸化物の余剰リチウムを低減するため、焼成後に水洗工程を追加してもよい。水洗は、公知技術の条件で実施すればよい。
【0058】
(2.2)タングステン酸アンモニウム混合工程
タングステン酸アンモニウム混合工程は、焼成工程で得られた正極活物質であるリチウム金属複合酸化物と、タングステン酸アンモニウムとを混ぜ合わせた混合物、すなわち本発明に係る非水系電解質二次電池用正極材料を得る工程である。
【0059】
混合工程では、混合するタングステン酸アンモニウムの量を、得られる正極材料5gを純水100mlと混合し10分間撹拌した後、30分静置し、測定した上澄み液の25℃におけるpH値が11.2〜11.8となるように調整する。
【0060】
ここで、リチウム金属複合酸化物の焼成粉末におけるNi、Co、MnおよびMの合計に対するLiの原子比(Li/Me)、あるいは該焼成粉末の製造条件によって未反応のリチウム化合物や過剰なリチウムの量は変動するため、ペースト中で溶出するリチウム量も変化し、ペーストのpH値の上昇度合いも変動する。すなわち、ペーストのpH値と相関がある上記上澄み液のpH値も変化する。したがって、上澄み液のpH値を上記範囲に制御できる量のタングステン酸アンモニウムを添加すればよい。
【0061】
添加量については、予め少量の焼成粉末を分取して予備試験を行ってタングステン酸アンモニウムの添加量を確認することで、容易に決めることができる。また、Li/Meや焼成粉の製造条件が一定であれば、予備試験で決めた添加量により上記範囲に上澄み液のpH値を制御することが容易にできる。
【0062】
混合するタングステン酸アンモニウム粉末の量は、上澄み液のpH値を制御できる量とすればよいが、その量は、タングステン酸アンモニウムに含まれるタングステン量、もしくは前記タングステン酸アンモニウムとタングステン酸リチウムに含まれるタングステン量で制御する。したがって、正極材料中の含まれるタングステンの量が焼成粉末のNi、Co、MnおよびMの合計に対して、0.05〜0.4原子%となるように混合することが好ましい。
【0063】
タングステン酸アンモニウムは、粉末状であればよいが、リチウム金属複合酸化物粒子間に均一に分散させ、また、未反応のリチウム化合物や過剰なリチウムとの反応性を向上させるため、取り扱いが容易で混合が可能な程度に微細な粒径の粉末とすることが好ましい。
【0064】
また、リチウム金属複合酸化物粒子間で均一になるようにタングステン酸アンモニウム粉末を十分混合しておくことが好ましい。混合には、一般的な混合機を使用することができ、例えばシェーカーミキサーやレーディゲミキサー、ジュリアミキサー、コンテナブレンダー、ドラムブレンダー、Vブレンダーなどを用いてリチウム金属複合酸化物粒子の形骸が破壊されない程度でタングステン酸アンモニウム粉末と十分に混合してやればよい。
【0065】
タングステン酸アンモニウムは、リチウムとの反応性が高いため、通常の大気雰囲気中で混合することにより、リチウム金属複合酸化物に含まれる未反応のリチウム化合物や過剰なリチウムと反応しタングステン酸リチウムが形成される。すなわち、混合中に通常の大気雰囲気中に存在する水分が介在することで、正極材料はタングステン酸リチウムを含むようになる。また、大気雰囲気中に存在する水分程度に予めリチウム金属複合酸化物に水分を与えておくことで、タングステン酸アンモニウムを反応させることができる。この工程では、熱処理を行う必要はない。
【0066】
(3)非水系電解質二次電池用正極合材ペースト
本発明の正極合材ペーストは、リチウム金属複合酸化物からのリチウムの溶出によるpH値の上昇が低減され、ペーストのゲル化が防止される。したがって、長期間の保存でもペーストの粘度変化が少なく、高い安定性を有するペーストとなっている。このようなペーストを用いて正極を製造することで、正極も安定して優れた特性を有するものとなり、最終的に得られる電池の特性を安定して高いものとすることができる。
【0067】
正極合材ペーストは、上記正極材料を含むことが特徴であり、他の構成材料は通常の正極合材ペーストと同等のものが用いられる。例えば、溶剤を除いた正極合材の固形分の全質量を100質量部とした場合、一般の非水系電解質二次電池の正極と同様、正極活物質の含有量を60〜95質量部とし、導電剤の含有量を1〜20質量部とし、結着剤の含有量を1〜20質量部とすることが好ましい。
【0068】
また、導電剤としては、例えば、黒鉛(天然黒鉛、人造黒鉛、膨張黒鉛など)や、アセチレンブラック、ケッチェンブラックなどのカーボンブラック系材料などを用いることができる。
【0069】
結着剤は、活物質粒子をつなぎ止める役割を果たすもので、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、フッ素ゴム、エチレンプロピレンジエンゴム、スチレンブタジエン、セルロース系樹脂、ポリアクリル酸などを用いることができる。
【0070】
なお、必要に応じ、正極活物質、導電剤、活性炭を分散させ、結着剤を溶解する溶剤を正極合材に添加する。溶剤としては、具体的には、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)等の有機溶剤を用いることができる。また、正極合材には、電気二重層容量を増加させるために、活性炭を添加することができる。
【0071】
粉末状の正極活物質、導電剤、結着剤を混合し、さらに必要に応じて活性炭、粘度調整等の目的の溶剤を添加し、これを混錬して正極合材ペーストを作製する。
【0072】
(4)非水系電解質二次電池
本発明の非水系電解質二次電池は、正極、負極および非水系電解液などからなり、一般の非水系電解質二次電池と同様の構成要素により構成される。なお、以下に説明する実施形態は例示に過ぎず、本発明の非水系電解質二次電池は、本明細書に記載されている実施形態を基に、当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を施した形態で実施することができる。また、本発明の非水系電解質二次電池は、その用途を特に限定するものではない。
【0073】
(4.1)正極
前述のように得られた非水系電解質二次電池用正極合材ペーストを用いて、例えば、以下のようにして、非水系電解質二次電池の正極を作製する。
【0074】
正極合材ペーストを、例えば、アルミニウム箔製の集電体の表面に塗布し、乾燥して、溶剤を飛散させる。必要に応じ、電極密度を高めるべく、ロールプレスなどにより加圧することもある。このようにして、シート状の正極を作製することができる。シート状の正極は、目的とする電池に応じて適当な大きさに裁断などをして、電池の作製に供することができる。ただし、正極の作製方法は、前記例示のものに限られることなく、他の方法によってもよい。
【0075】
(4.2)負極
負極には、金属リチウムやリチウム合金など、あるいは、リチウムイオンを吸蔵および脱離できる負極活物質に、結着剤を混合し、適当な溶剤を加えてペースト状にした負極合材を、銅などの金属箔集電体の表面に塗布し、乾燥し、必要に応じて電極密度を高めるべく圧縮して形成したものを使用する。
【0076】
負極活物質としては、例えば、天然黒鉛、人造黒鉛およびフェノール樹脂などの有機化合物焼成体、およびコークスなどの炭素物質の粉状体を用いることができる。この場合、負極結着剤としては、正極同様、PVDFなどの含フッ素樹脂を用いることができ、これらの活物質および結着剤を分散させる溶剤としては、N−メチル−2−ピロリドンなどの有機溶剤を用いることができる。
【0077】
(4.3)セパレータ
正極と負極との間には、セパレータを挟み込んで配置する。セパレータは、正極と負極とを分離し、電解質を保持するものであり、ポリエチレンやポリプロピレンなどの薄い膜で、微少な孔を多数有する膜を用いることができる。
【0078】
(4.4)非水系電解液
非水系電解液は、支持塩としてのリチウム塩を有機溶媒に溶解したものである。
有機溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネートおよびトリフルオロプロピレンカーボネートなどの環状カーボネート、また、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネートおよびジプロピルカーボネートなどの鎖状カーボネート、さらに、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフランおよびジメトキシエタンなどのエーテル化合物、エチルメチルスルホンやブタンスルトンなどの硫黄化合物、リン酸トリエチルやリン酸トリオクチルなどのリン化合物などから選ばれる1種を単独で、あるいは2種以上を混合して用いることができる。
【0079】
支持塩としては、LiPF
6、LiBF
4、LiClO
4、LiAsF
6、LiN(CF
3SO
2)
2、およびそれらの複合塩などを用いることができる。さらに、非水系電解液は、ラジカル捕捉剤、界面活性剤および難燃剤などを含んでいてもよい。
【0080】
(4.5)電池の形状、構成
以上のように説明してきた正極、負極、セパレータおよび非水系電解液で構成される本発明の非水系電解質二次電池は、円筒形や積層形など、種々の形状にすることができる。
【0081】
いずれの形状を採る場合であっても、正極および負極を、セパレータを介して積層させて電極体とし、得られた電極体に、非水系電解液を含浸させ、正極集電体と外部に通ずる正極端子との間、および、負極集電体と外部に通ずる負極端子との間を、集電用リードなどを用いて接続し、電池ケースに密閉して、非水系電解質二次電池を完成させる。
【実施例】
【0082】
以下に、本発明の実施例及び比較例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0083】
(実施例1)
公知の技術によって得られたリチウム金属複合酸化物を母材として、正極材料を作製した。すなわち、Ni、Co、Mnが原子比で1:1:1の組成を有する複合水酸化物粉末と炭酸リチウムをLi/Me=1.03となるように混合し焼成して、リチウム金属複合酸化物を得た。このリチウム金属複合酸化物と、原子比で(Ni+Co+Mn):W=100:0.133となるようにタングステン酸アンモニウム粉末を調合して、シェーカーミキサー装置(WAB社製、TURBULA TypeT2C)を用いて10分間混合し、正極材料とした。
【0084】
[pH値測定]
得られた正極材料の5gを秤取り、純水100mLに溶解しスタラーなどで10分撹拌後、30分間静置し、上澄み液の液温25℃におけるpH値を測定したところ11.7であった。
【0085】
[余剰リチウム分析]
得られた正極活物質の余剰リチウムを、正極活物質から溶出してくるLiを滴定することにより評価した。得られた正極活物質に純水を加えて一定時間撹拌後、ろ過したろ液のpHを測定しながら塩酸を加えていくことにより出現する中和点から溶出するリチウムの化合物状態を分析して余剰リチウム量を評価したところ、余剰リチウム量は、正極活物質の全量に対して0.08質量%であった。
【0086】
[電池評価]
得られた正極材料の評価は、以下のように電池を作製し、充放電容量を測定することで行った。
図1には、評価に用いた電池の側面図を示す。図面上右側を断面図としている。
正極材料52.5mg、アセチレンブラック15mg、およびポリテトラフッ化エチレン樹脂(PTFE)7.5mgを混合し、100MPaの圧力で直径11mm、厚さ100μmにプレス成形して
図1に示す正極1(評価用電極)を作製した。その作製した正極1を真空乾燥機中120℃で12時間乾燥した。そして、この正極1を用いて2032型コイン電池Bを、露点が−80℃に管理されたAr雰囲気のグローブボックス内で作製した。
【0087】
負極2には、直径17mm厚さ1mmのLi金属を用い、電解液には、1MのLiPF
6を支持電解質とするエチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)の3:7混合液(富山薬品工業株式会社製)を用いた。セパレータ3には膜厚25μmのポリエチレン多厚膜を用いた。また、コイン電池Bは、ガスケット4とウェーブワッシャー5を有し、正極缶6と負極缶7とでコイン状の電池に組み立てた。
【0088】
作製したコイン電池は、組立てから24時間程度放置し、開回路電圧OCV(Open Circuit Voltage)が安定した後、正極に対する電流密度を0.1mA/cm2としてカットオフ電圧が4.8Vとなるまで充電して、1時間の休止後、カットオフ電圧が2.0Vになるまで放電したときの放電容量を測定する充放電試験を行って初期放電容量を評価した。
【0089】
[正極合材ペースト評価]
評価に用いる正極合材ペーストを以下のようにして作製した。露点−30℃以下に管理されたドライルーム内で、得られた正極材料と導電助材と結着剤が固体質量比で91:6:3になるように自転公転ミキサー(あわ取り錬太郎、(株)シンキー製、型番:ARE−310)を用いて混錬した。バインダーとして官能基付きPVDF溶液((株)クレハ製、NMP溶液タイプ型番#L9305)を用いた。その後、NMP(関東化学(株)製、脱水グレード)を適量添加し、同ミキサーを用いて混練して所望の粘度の正極合材ペーストを得た。得られたペーストを24時間放置した後、粘度計(ブルックフィールド社製、DV-II+PRO)を用いてせん断速度1/50sでの粘度を測定した。比較のためにペースト作製直後の粘度も同様に測定した。ゲル化の評価は、作製後24時間放置したペーストを目視及び感触で観察し、ペーストに流動性があるものを○(合)、ゼリー状のものを×(否)として合否判定を行った。
【0090】
(実施例2)
タングステン酸アンモニウムを(Ni+Co+Mn):W=100:0.278となるように混合した以外は、実施例1と同様にして正極材料を得た。そしてこの正極材料に対して、実施例1と同様に評価した。
【0091】
(実施例3)
タングステン酸アンモニウムを(Ni+Co+Mn):W=100:0.366となるように混合した以外は、実施例1と同様にして正極材料を得た。そしてこの正極材料に対して、実施例1と同様に評価した。
【0092】
(比較例1)
実施例1で得られたタングステン酸アンモニウムを混合しないリチウム金属複合酸化物を正極材料として実施例1と同様に評価した。
【0093】
(比較例2)
酸化タングステンを原子比で(Ni+Co+Mn):W=100:3.78となるように混合した以外は、実施例1と同様にして正極材料を得た。そしてこの正極材料に対して、実施例1と同様に評価した。
【0094】
(比較例3)
タングステン酸アンモニウムを原子比で(Ni+Co+Mn):W=100:2.780となるように混合した以外は、実施例1と同様にして正極材料を得た。そしてこの正極材料に対して、実施例1と同様に評価した。
【0095】
実施例1〜3及び比較例1について正極材料のpH値測定の結果と正極ペースト評価の結果を表1に示す。
【0096】
【表1】
【0097】
表1の結果から、リチウム金属複合酸化物にタングステン酸アンモニウムを混合し、上澄み液のpHを制御した正極材料は、ペーストの粘度の上昇が抑制され、ゲル化が防止されていることが分かる。
一方、比較例1ではタングステン酸アンモニウムを添加せず、上澄み液のpHが高いため、ペーストがゲル化している。
比較例2では、上澄み液のpHを適正な範囲とするため、酸化タングステンの添加量が多くなっている。このため、リチウム金属複合酸化物と電解液のリチウム伝導が阻害され放電容量が低下している。
比較例3では、上澄み液のpHが11.2未満となっており、タングステン酸アンモニウムの添加量が多く、リチウム金属複合酸化物から過剰にリチウムが引き抜かれたと考えられ、放電容量が低下している。