(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6773691
(24)【登録日】2020年10月5日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】揚げ物衣用改質小麦粉
(51)【国際特許分類】
A23L 7/157 20160101AFI20201012BHJP
A23L 7/10 20160101ALI20201012BHJP
【FI】
A23L7/157
A23L7/10 Z
【請求項の数】4
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2017-565619(P2017-565619)
(86)(22)【出願日】2017年2月2日
(86)【国際出願番号】JP2017003721
(87)【国際公開番号】WO2017135353
(87)【国際公開日】20170810
【審査請求日】2019年7月9日
(31)【優先権主張番号】特願2016-18157(P2016-18157)
(32)【優先日】2016年2月2日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】398012306
【氏名又は名称】日清フーズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】特許業務法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤村 亮佑
(72)【発明者】
【氏名】大村 雅人
(72)【発明者】
【氏名】樋渡 総一郎
(72)【発明者】
【氏名】榊原 通宏
【審査官】
山村 周平
(56)【参考文献】
【文献】
特開平08−084568(JP,A)
【文献】
特開昭61−239851(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 7/00−7/25
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料小麦粉の熱処理物からなり、RVAピーク粘度が3500〜7000mPa・sで且つ原料小麦粉に比べて糊化開始温度が10℃以上低い揚げ物衣用改質小麦粉。
【請求項2】
前記原料小麦粉のRVAピーク粘度が3000〜5000mPa・sである請求項1に記載の揚げ物衣用改質小麦粉。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の揚げ物衣用改質小麦粉を含有する揚げ物用衣材。
【請求項4】
RVAピーク粘度が3000〜5000mPa・sの揚げ物衣用小麦粉に、糊化開始温度を10℃以上低下させ且つRVAピーク粘度が3500〜7000mPa・sとなるように熱処理を施す工程を有する、揚げ物衣用小麦粉の改質方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原料小麦粉に改質処理を施してなり、天ぷら、から揚げ等の揚げ物の衣材として有用な揚げ物衣用改質小麦粉に関し、詳細には、水への分散性が良好で作業性に優れ、且つ衣がクリスピーな食感を有する揚げ物を提供し得る、揚げ物衣用改質小麦粉に関する。
【背景技術】
【0002】
衣付き揚げ物は、表面に衣材を付着させた具材を油中で加熱する、油ちょうによって得られる揚げ物食品である。揚げ物食品においては、その製造時即ち具材の油ちょう時において、衣によって具材が直接揚げ油と接触することが防止され、具材が衣の中で蒸されたように加熱されるため、具材の旨みが凝縮されると共に、衣が高温の揚げ油を吸収することで適度に焦げて香ばしい香りを発するため、揚げ物食品特有の食味、食感が得られる。しかしながら、そのような特有の食味、食感を有する揚げ物を得るには、揚げ油の温度管理、具材の大きさと下ごしらえ、衣付けの量、衣の粘度や溶き具合などについて、調理人に高度の技術が必要となる。一般家庭等においてそのような経験に基づいて油ちょうを行うのは稀であり、そのため、衣が厚く硬い食感になってしまったり、衣がはがれやすく一体感に欠ける仕上がりになってしまったりするケースが多発していた。
【0003】
また、揚げ物を製造する際には、通常、小麦粉を主成分とする衣材を水と混合してバッター液(衣液)を調製し、このバッター液を具材に付着させるところ、バッター液は経時変化が大きいため、調製後は速やかに調理に供する必要があった。しかし、小麦粉は水に分散しにくいため、バッター液の調製に手間取ることが多く、その結果、調理中にバッター液が経時変化してしまい、得られる衣付き揚げ物の品質が安定しないことが多かった。このような問題への対応策として従来、小麦蛋白であるグルテンが少ない小麦粉を用いる、衣の温度を下げるなどの手法が採られてきたが、その効果は限定的で問題を解決するには至っていない。
【0004】
揚げ物衣用の小麦粉の改良技術に関し、例えば特許文献1には、小麦粉及び小麦粉100質量部に対して0.01〜0.5質量部の乳化剤からなり、平均粒子径が100〜180μmである天ぷら用小麦造粒物が記載されており、これによれば、調理後に再加熱しても風味、食感の良好な天ぷらが得られるとされている。
また特許文献2には、熱処理した小麦粉、酸化澱粉及びショ糖脂肪酸エステルを含有するフライ用衣組成物が記載されており、これによれば、経時劣化耐性、レンジ耐性に優れた天ぷら等のフライ食品が得られるとされている。
また特許文献3には、揚げ物用熱処理小麦粉として、含有澱粉が実質的にα化されておらず、グルテンバイタリティが未処理小麦粉の90〜98%で、グルテン膨潤度が105〜155%であるものが記載されており、これによれば、油ちょう直後のみならず、冷めた場合でも衣がサクサクした食感を有する天ぷらが得られるとされている。
また特許文献4には、RVAのピーク粘度が4700mPa・s以上の小麦粉を加熱処理してなり、グルテンバイタリティが30%以下である揚げ物用加熱処理小麦粉が記載されている。特許文献4記載の揚げ物用加熱処理小麦粉は、天ぷら等の揚げ物の風味及び食感の向上と共に、衣の具材に対する結着性の向上を課題としたもので、前記の原料小麦粉のRVAのピーク粘度4700mPa・s以上という特定範囲は、結着性と食感とのバランスの観点から採用されたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−69925号公報
【特許文献2】特開2000−125794号公報
【特許文献3】特開平8−84568号公報
【特許文献4】特開2010−233540号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1〜4記載技術は何れも小麦粉の改良技術である点で共通するが、基本的な改良方法に違いがある。即ち、特許文献1は小麦粉と共に種々の添加物を添加する方法、特許文献3及び4は小麦粉を熱処理する方法、特許文献2は添加物の添加及び熱処理の双方を併用する方法である。特許文献1〜4記載技術によれば、各技術で解決すべきとしている課題が解消され、所定の効果が奏されるものの、衣のサクサク感などの揚げ物の食感に関して消費者から要望されているレベルは近年ますます高まっており、そうした高い要望に十分に対応し得るようにするという点では、特許文献1〜4記載技術には改良の余地がある。
【0007】
また前述した通り、揚げ物の品質に影響を及ぼす要素には、衣材等の原材料のみならず、揚げ物を調理する調理人の技術もある。即ち、衣材自体は高品質であっても、それを用いる調理人の技術が未熟で、例えばバッター液の調製に手間取ってしまうと、結局のところは高品質の揚げ物が得られないという結果になり得る。特許文献1〜4記載技術は、このような揚げ物調理の際の作業性について特段考慮したものではなく、作業性の点でも改良の余地がある。作業性が良好で、揚げ物製造の手間を簡便にし得る衣材として、水への分散性が良好でバッター液の調製等の作業性に優れるものが要望されている。
【0008】
従って本発明の課題は、水への分散性が良好で作業性に優れ且つ衣がクリスピーな食感を有する揚げ物を提供し得る、揚げ物衣用改質小麦粉を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
小麦粉は、水と共に加熱すると、小麦粉に含まれる澱粉がα化(糊化)して膨潤し、粘性が高まるという特性を有する。斯かる小麦粉の粘度特性(糊化特性)の測定手段として、ラピッドビスコアナライザー(RVA)と呼ばれる迅速粘度測定装置が知られている。RVAを用いた小麦粉の粘度特性(RVA粘度特性)の測定では、測定対象の小麦粉を水に懸濁させ、その懸濁液を撹拌しながら徐々に昇温してその粘度を測定する。一般に、小麦粉のRVA粘度特性は小麦粉の種類によって異なるが、多くの小麦粉に共通のRVA粘度特性は、昇温開始当初の比較的低温では粘度に大きな変化は見られないが、ある温度から急激に粘度が上昇を開始し、ピーク(最高粘度)に達した後、低下するというものである。斯かるRVA粘度特性において、急激な粘度上昇の開始温度は「糊化開始温度」、最高粘度は「RVAピーク粘度」と呼ばれる。小麦粉のRVA粘度特性は、小麦粉中の澱粉が加熱されて糊になった際の糊化特性に依るところが大きいが、小麦粉は、粘度特性に影響を及ぼす成分として、澱粉以外にも例えばタンパク質等の複数の成分を含んでいるので、それら複数の成分の総合的な作用によって当該小麦粉のRVA粘度特性が決する。
【0010】
本発明者らは、様々な小麦粉を原料として用い、その原料小麦粉に対して種々の条件で熱処理その他の改質処理を施し、そうして得られた改質小麦粉の揚げ物に対する適性等を検討した。その結果、前記課題を解決する上で特に考慮すべき重要な特性が、熱処理後の小麦粉即ち改質小麦粉のRVAピーク粘度と、熱処理前後での糊化開始温度の差であることを知見した。
【0011】
本発明は、前記知見に基づきなされたもので、原料小麦粉の熱処理物からなり、RVAピーク粘度が3500〜7000mPa・sで且つ原料小麦粉に比べて糊化開始温度が10℃以上低い揚げ物衣用改質小麦粉である。
【0012】
また本発明は、RVAピーク粘度が3000〜5000mPa・sの揚げ物衣用小麦粉に、糊化開始温度を10℃以上低下させる改質処理を施す工程を有する揚げ物衣用小麦粉の改質方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、水への分散性が良好で作業性に優れ且つ衣がクリスピーな食感を有する揚げ物が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の揚げ物衣用改質小麦粉は、原料小麦粉の熱処理物からなる。つまり、本発明の揚げ物衣用改質小麦粉は、原料小麦粉即ち改質処理前の小麦粉に対して、改質処理として熱処理を施すことで得られる。ただし、単に原料小麦粉を加熱しさえすれば、本発明の揚げ物衣用改質小麦粉、即ち、水への分散性が良好で作業性に優れ且つ衣がクリスピーな食感を有する揚げ物を提供し得る、揚げ物衣用改質小麦粉が得られるというわけではなく、本発明の揚げ物衣用改質小麦粉を得るためには、前述した通り、特に、改質小麦粉のRVAピーク粘度と、熱処理前後での糊化開始温度の差とが重要であり、これらが特定の範囲に収まるように調整する必要がある。
【0015】
本発明の揚げ物衣用改質小麦粉の主たる特徴の1つとして、RVAピーク粘度が3500〜7000mPa・sである点が挙げられる。改質小麦粉のRVAピーク粘度は特に、これを用いて得られる揚げ物における衣の食感に影響を及ぼすものであり、このRVAピーク粘度が3500〜7000mPa・sの範囲内にあることで、衣がクリスピーな食感を有する揚げ物が得られるようになる。改質小麦粉のRVAピーク粘度が3500mPa・s未満では、衣がネチャついた食感になる傾向があり、また7000mPa・s超では、衣が固い食感になる傾向がある。改質小麦粉のRVAピーク粘度は、好ましくは4400mPa・s以上、さらに好ましくは5100mPa・s以上であり、そして、好ましくは6500mPa・s以下、さらに好ましくは6100mPa・s以下である。
【0016】
また、本発明の揚げ物衣用改質小麦粉の主たる特徴の他の1つとして、原料小麦粉即ち改質処理前の小麦粉に比べて、糊化開始温度が10℃以上低い点が挙げられる。この改質処理(熱処理)前後での糊化開始温度の差は特に、改質小麦粉の水分散性に影響を及ぼすものであり、原料小麦粉に比して改質小麦粉の糊化開始温度が10℃以上低いことで、改質小麦粉の水分散性が向上するため、これを用いたバッター液の調製作業が容易となり、それに伴って高品質の揚げ物を手際よく調理することが可能となる。改質小麦粉の糊化開始温度が原料小麦粉のそれより低くてもその差が10℃未満では、改質小麦粉の水への分散性の向上効果に乏しいため、揚げ物調理におけるバッター液の調製作業などの作業性の向上が望めず、また、そのような改質小麦粉を用いて揚げ物を製造しても、衣にクリスピーな食感を付与しにくい。改質小麦粉は、原料小麦粉に比べて、糊化開始温度が10〜20℃低いことが好ましく、12〜18℃低いことがさらに好ましい。
【0017】
本発明の揚げ物衣用改質小麦粉の糊化開始温度は、作業性に優れ且つ衣がクリスピーな食感を有する揚げ物を得るという観点から、好ましくは60〜95℃、さらに好ましくは70〜85℃である。
【0018】
「RVAピーク粘度」及び「糊化開始温度」は、それぞれ、ラピッドビスコアナライザー(ニューポート サンエンティフィク社製)を用いて以下の手順で測定することができる。
測定装置に付属のアルミ缶(測定対象物の収容容器)に、測定対象の小麦粉4g及び蒸留水を、小麦粉との合計重量で29gになるように入れた後、さらにパドル(攪拌子)を入れ、タワーにセットする。尚、アルミ缶に入れる小麦粉の量に関し、小麦粉の水分値が14%含有時に4g必要であり、水分値が異なる際は小麦粉の固形分が3.44gとなるように換算する。そして、アルミ缶内のパドルを回転数160rpm/minで回転させながら、該アルミ缶を加熱してその内容物(小麦粉懸濁液)の温度を上昇させつつ該内容物の粘度を測定する。このときのアルミ缶内容物の加温上昇条件は、はじめにアルミ缶内容物の品温を50℃で1分間保持した後、7分30秒をかけて95℃まで昇温させ、同温度で5分間保持し、次いで7分30秒をかけて50℃まで降温した後、同温度で2分間保持する条件とする。そして、斯かるアルミ缶加熱処理中の内容物の粘度曲線を得、該粘度曲線に基づいて、粘度が急激な上昇を開始した時点の温度を「糊化開始温度」、最高粘度を「RVAピーク粘度」とする。
【0019】
本発明の揚げ物衣用改質小麦粉は、α化度が好ましくは12%以下、さらに好ましくはα化度が10%以下、より好ましくは9%以下である。改質小麦粉のα化度が高すぎると、これに加水して調製したバッター液が比較的粘調になるため、揚げ物調理の作業性が低下するおそれがある。また、改質小麦粉のα化度が高すぎると、これを用いて得られた揚げ物における衣の食感が硬くなりすぎるおそれがある。本発明において、原料小麦粉を熱処理する際に、原料小麦粉を水の存在下に加熱すると、α化度が増加することがあるため、α化度が前記範囲内に収まるように熱処理を行うことが好ましい。
【0020】
本発明の揚げ物衣用改質小麦粉の平均粒子径は、揚げ物衣用改質小麦粉を含む衣材の作業性、得られる衣のクリスピーな食感の向上等の観点から、好ましくは200μm未満、さらに好ましくは35〜120μm、より好ましくは40〜100μmである。本明細書において、小麦粉の平均粒子径とは、レーザー回折・散乱法により測定された体積平均径を意味する。平均粒子径の測定装置としては、例えばマイクロトラックMT3000II(日機装株式会社)を用いることができる。
【0021】
原料小麦粉としては、これに熱処理(改質処理)を施した結果物たる改質小麦粉のRVAピーク粘度及び熱処理前後での糊化開始温度の差が前記特定範囲となり得るものであればよく、揚げ物衣用として通常用いられる小麦粉、例えば薄力粉、中力粉、強力粉、デュラム小麦粉等から、1種の小麦粉を単独で又は2種以上の小麦粉を組み合わせて用いることができる。特に薄力粉及び中力粉は、作業性に優れ且つ衣がクリスピーな食感を有する揚げ物が得られやすいため、原料小麦粉として好ましく用いられる。
【0022】
本発明の揚げ物衣用改質小麦粉の糊化開始温度を前述した好ましい範囲に設定する観点、及び原料小麦粉の糊化開始温度との差を前記特定範囲により確実に設定する観点から、原料小麦粉の糊化開始温度は、好ましくは70℃〜86℃、さらに好ましくは75℃〜84℃、より好ましくは78℃〜83℃である。
【0023】
また、改質小麦粉のRVAピーク粘度及び熱処理前後での糊化開始温度の差をそれぞれ前記特定範囲により確実に設定する観点から、原料小麦粉のRVAピーク粘度は、好ましくは3000〜5000mPa・s、さらに好ましくは3250〜4650mPa・sである。尚、同じ小麦品種に由来する複数種の原料小麦粉があった場合に、それらの原料小麦粉のRVAピーク粘度は互いに同じとは限らず、原料小麦粉に含まれるアミロペクチンの量、澱粉の質、酵素の量等の違いに起因して互いに異なる場合があり得る。従って、RVAピーク粘度に基づいて原料小麦粉を選定するに際しては、既知のRVAピーク粘度に基づきその原料である小麦品種から推測されるRVAピーク粘度によらずに、前記のラピッドビスコアナライザーを用いた比較的簡便な試験によって、当該原料小麦粉のRVAピーク粘度を確認することが望ましい。
【0024】
本発明の揚げ物衣用改質小麦粉を得るために原料小麦粉に施す熱処理(改質処理)は、RVAピーク粘度及び原料小麦粉との糊化開始温度差がそれぞれ前記特定範囲となるような処理である必要がある。原料小麦粉に施す熱処理は、湿熱処理でも乾熱処理でも構わない。乾熱処理は、容器中に原料小麦粉を入れ、水分を加えずに、該容器の外から加熱する熱処理であり、原料小麦粉中の水分の蒸発を積極的に行う熱処理である。一方、湿熱処理は、原料小麦粉中の水分を維持しながら、又は水分を加えながら行う熱処理であり、例えば、原料小麦粉に加水し、あるいは原料小麦粉に水蒸気(飽和水蒸気)を直接当てて、原料小麦粉の全体を加熱することにより実施することができる。原料小麦粉に施す熱処理においては、粉体である原料小麦粉が均一に加熱されることが好ましく、また、原料小麦粉のα化や蛋白質の変性ができるだけ起こらないことが好ましい。原料小麦粉に施す熱処理の好ましい例として、下記1)〜5)が挙げられる。下記1)〜5)の熱処理は何れも、原料小麦粉に加水しなければ乾熱処理、加水すれば湿熱処理となり、両処理を任意に選択し得る。
【0025】
1)加熱媒体として空気又は蒸気を用い、加熱媒体を原料小麦粉に接触させる熱処理。前記1)の熱処理において、加熱媒体の温度は、好ましくは70〜120℃、さらに好ましくは75〜110℃、より好ましくは77〜103℃であり、処理時間即ち加熱媒体の接触時間は、好ましくは1〜120秒間、さらに好ましくは1〜60秒間、より好ましくは1〜40秒間である。
【0026】
2)流動層造粒装置内に熱風を吹き込みつつ、該装置内に原料小麦粉を投入して所定時間滞留させる熱処理。前記2)の熱処理において、熱風の温度は例えば80〜120℃、原料小麦粉の装置内での滞留時間は例えば1〜40秒間である。流動層造粒装置としては、例えば株式会社 大川原製作所製の横型流動層乾燥装置を用いることができる。
【0027】
3)振動コンベアで原料小麦粉を移送しながら赤外線ヒーターで加熱する熱処理。
4)被搬送物の載置面を加熱可能な加熱手段を具備するベルトコンベアの該載置面に原料小麦粉を載置してこれを移送しつつ、その移送中に該加熱手段によって該原料小麦粉を加熱する熱処理。斯かるベルトコンベアとしては、例えば、加熱手段を具備しない通常のベルトコンベアにおける被搬送物の載置面に、ヒートパッド等の別体の加熱手段を配置したものを用いることができる。
前記3及び4)の熱処理において、熱処理中の原料小麦粉の品温は例えば70〜130℃、処理時間は例えば10〜120秒間である。
【0028】
5)アルミパウチ等の密封可能な容器に原料小麦粉を封入し、該容器を過熱蒸気、湯、油等の加熱媒体を用いて加熱する熱処理。前記5)の熱処理においては、容器内における原料小麦粉の封入形態を、厚さ5mm以下程度の平板状の薄層とすることが、均一加熱の観点から好ましい。前記5)の熱処理において、加熱媒体の温度は例えば70〜130℃、処理時間は例えば10〜120秒間である。
【0029】
本発明には、RVAピーク粘度が3000〜5000mPa・s、好ましくは3250〜4650mPa・sの揚げ物衣用小麦粉に、糊化開始温度を10℃以上低下させる改質処理を施す工程を有する揚げ物衣用小麦粉の改質方法が含まれる。この本発明の改質方法によって、前述した本発明の揚げ物衣用改質小麦粉が得られる。本発明の改質方法における改質処理としては熱処理が好ましい。熱処理については前述した通りである。
【0030】
以下、本発明の揚げ物用衣材について説明する。
本発明の揚げ物用衣材は、前述した本発明の揚げ物衣用改質小麦粉を含有する。本発明の揚げ物用衣材は、前述した本発明の揚げ物衣用改質小麦粉のみを含有していてもよく、該揚げ物衣用改質小麦粉に加えてさらに他の成分を含有していてもよい。この他の成分としては、この種の揚げ物用衣材に一般的に用いられる成分を特に制限なく用いることができ、例えば、未改質の小麦粉、糖類、穀粉、澱粉、油脂、調味料、香料、卵、増粘剤、乳化剤、食塩等が挙げられ、これらの1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0031】
本発明の揚げ物用衣材における、前記揚げ物衣用改質小麦粉の含有量としては、揚げ物用衣材の全量中、70〜99質量%が好ましい。前記揚げ物衣用改質小麦粉は小麦粉のみを用いて改質によって得られるため、言い換えれば不必要な添加物を含まないため、安全性が高く、長期保管時の品質安定性にも優れている。前記含有量は、80〜98質量%がさらに好ましく、88〜97質量%がより好ましい。
【0032】
本発明の揚げ物用衣材は、天ぷら、から揚げ、フリッター、コロッケ、カツ等の揚げ物(衣付き揚げ物食品)の製造において衣材として使用することができる。即ち、本発明の揚げ物用衣材には、前述した本発明の揚げ物衣用改質小麦粉を含有した天ぷら粉、から揚げ粉等が含まれる。本発明の揚げ物用衣材を用いて揚げ物を製造する場合、該揚げ物用衣材を具材に付着させた後、該揚げ物用衣材が付着した具材を油で揚げるか、揚げ焼きする等の方法により油ちょうすればよい。あるいは、本発明の揚げ物用衣材を付着させた具材を、調理せずに冷蔵、チルド若しくは冷凍した上で保存又は流通させ、適時調理してもよい。本発明の揚げ物用衣材を用いて得られた揚げ物は、そのまま食してもよく、あるいは冷蔵、チルド若しくは冷凍した上で保存又は流通させ、適時再加熱して食してもよい。
【0033】
本発明の揚げ物用衣材を具材に付着させる手順としては、通常の手法を用いればよい。例えば、本発明の揚げ物用衣材を具材に直接押し付けたりまぶしたりして付着させてもよく、又は予め調味料、打ち粉、溶き卵、バッター液(本発明の揚げ物用衣材を含んでいてもいなくともよい)等を付着させた具材に、本発明の揚げ物用衣材を押し付けたりまぶしたりして付着させてもよい。あるいは、本発明の揚げ物用衣材を含むバッター液を調製した後、当該バッター液に具材を浸すか、当該バッター液を具材に噴霧する等して該揚げ物用衣材を具材に付着させてもよい。本発明の揚げ物用衣材を含むバッター液は、該揚げ物用衣材を水や卵液等の液体と混合することで調製することができ、例えば、該揚げ物用衣材100質量部に水50〜200質量部を加えて混合すればよい。本発明の揚げ物用衣材は、水への分散性が非常に良好なため、具材に直接付着させてもムラなくきれいに付着させることができ、また、しつこくかき回さなくても適度に分散したバッター液となるため、揚げ物の調理を極めて簡便に行うことができる。
【0034】
本発明の揚げ物用衣材を用いて製造される揚げ物の具材としては、特に限定されず、例えば、牛肉、豚肉、鶏肉、羊肉等の肉類、イカ、タコ、エビ、サケ、サバ、カレイ、貝類等の魚介類、大豆、米、ニンジン、タマネギ、カボチャ、ジャガイモ、サツマイモ、キノコ等の穀類、野菜類もしくは根菜類、およびこれらの加工品等が挙げられる。
【実施例】
【0035】
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0036】
〔実施例1〜6及び比較例1〕
耐熱性のパウチ袋に原料小麦粉としての薄力粉(糊化開始温度80.7℃、RVAピーク粘度4400mPa・s)を、厚さ5mm程度の平板状の薄層形態で充填して、脱気後に密封し、その密封したパウチ袋を100℃のウォーターバスに投入することで、薄力粉の熱処理を行った。斯かる熱処理において、熱処理の時間を種々変えて、実施例1〜6及び比較例1の各改質小麦粉を製造した。実施例1〜6及び比較例1の改質小麦粉の平均粒子径は、何れも46〜77μmの範囲内であった。
【0037】
〔試験例〕
10名のパネラーに、各実施例及び比較例の改質小麦粉を用いてバッター液を調製してもらい、その調製時の作業性を下記評価基準により評価してもらった。バッター液の調製は、改質小麦粉100質量部に対してベーキングパウダー1.5質量部及び水170質量部を加えて混合することによって行った。
また、調製した各バッター液に、1cm×1cm×5cmの略直方体形状にカットしたサツマイモを浸漬して衣付けし、油ちょうして、衣付き揚げ物食品であるサツマイモ天ぷらを得た。得られた各サツマイモ天ぷらについて、10名のパネラーに喫食してもらってその衣の食感を下記評価基準により評価してもらった。
以上の評価結果(10名のパネラーの平均点)を下記表1に示す。
【0038】
(バッター液作業性の評価基準)
5点:軽くかきまぜるだけでよく溶け、作業性が非常に良好。
4点:短時間に溶け、作業性良好。
3点:短時間に分散するが、ダマが残りやすい。
2点:よくかき混ぜる必要があり、作業性不良。
1点:いつまでもダマが残り、作業性が非常に不良。
(食感の評価基準)
5点:衣が非常にクリスピーで、極めてサクサクしている。
4点:衣がクリスピーで、サクサクしている。
3点:衣がやや割れにくく、引き(硬さ)がある。
2点:衣が硬く、割れにくい。
1点:衣が極めて硬く弾力性があり、引きが強い。
【0039】
【表1】
【0040】
〔実施例7〜12及び比較例2〜3〕
RVAピーク粘度及び糊化開始温度が異なる種々の原料小麦粉を用いた以外は、実施例1〜6及び比較例1と同様にして、実施例7〜12及び比較例2〜3の各改質小麦粉を製造した。実施例7〜12及び比較例2〜3の各改質小麦粉の平均粒子径は、何れも42〜79μmの範囲内であった。各改質小麦粉を前記試験例に従って評価した。その結果を下記表2に示す。
【0041】
【表2】
【0042】
〔実施例13〜20〕
RVAピーク粘度及び糊化開始温度が異なる種々の原料小麦粉を用いた以外は、実施例1〜6及び比較例1〜2と同様にして、実施例13〜20の各改質小麦粉を製造した。実施例13〜20の各改質小麦粉の平均粒子径は、何れも40〜88μmの範囲内であった。各改質小麦粉を前記試験例に従って評価した。その結果を下記表3に示す。
【0043】
【表3】