【実施例】
【0044】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0045】
[実施例1] 土壌から分離した微生物の同定
酵母エキス(粉末;Difco Laboratories)1%、ペプトン(Difco Laboratories)2%、D-グルコース(和光純薬工業)2%を純水に溶かしたものをYPD培地とした。YPD培地の寒天プレートは、YPD培地に寒天を1.5%添加し、オートクレーブ滅菌後、プラスチックシャーレで固化して作製した。YPD培地の寒天プレートを用いて、それぞれ独立した土壌試料(茨城県内で採取)から微生物株BS15株、1126株、及び1042株を単一のコロニーとして分離した。BS15株、1042株、1126株を、5 mLのYPD培地で2日間培養し、遠心することにより菌体を得た。その菌体から、DNA抽出キットISOPLANT(ニッポンジーン)を用いてDNAを抽出・精製した。DNA溶液は100 ng/μLとなるよう水で希釈した。これを鋳型DNAとして、26S rDNAのD1〜D2領域をPCRで増幅した。PCRのため、10×ExTaq buffer(タカラバイオ) 2 μL、2.5 mM dNTP(タカラバイオ) 1.6 μL、ExTaq (5 U/μL、タカラバイオ) 0.05 μL、フォワードプライマー(5'-GCATATCAATAAGCGGAGGAAAAG-3'; 配列番号1)10 pmol、及びリバースプライマー(5'-GGTCCGTGTTTCAAGACGG-3'; 配列番号2)10 pmol、鋳型DNA 100 ngを含む反応液を調製した。PCRの反応条件としては94℃で5分間保持した後、94℃で30秒、56℃で30秒、72℃で1分を1サイクルとして25サイクルの反復を行い、終了後に72℃で5分間保持した後、4℃に保持した。エチジウムブロマイド(EtBr)溶液を添加した1%アガロースゲルを用いて、PCR増幅産物を電気泳動し、600塩基〜700塩基付近にバンドが得られることを確認した。PCR増幅産物をMinElute PCR purification kit(キアゲン)で精製した。このPCR増幅産物の塩基配列をApplied Biosystems 3130xl ジェネティックアナライザ(アプライドバイオシステムズ)又はApplied Biosystems 3730xl DNAアナライザ(アプライドバイオシステムズ)を用いて解析した。解析は株式会社ファスマックに委託した。PCR増幅産物として得られた、フォワードプライマーとリバースプライマーに挟まれた領域の塩基配列は、BS15株、1042株、1126株のいずれも同一であった(配列番号3)。配列番号3に示す塩基配列についてBLAST検索を行ったところ、この配列はロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)の26S rDNAのD1〜D2領域の上記増幅配列と100%の配列相同性を示し、またこの配列が相同性を示した塩基配列は、ロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)由来配列として登録されているものが大多数であった。具体的には、BLAST検索の結果、配列番号3に示す塩基配列は、例えば、GenBankアクセッション番号LC053958.1、KJ507303.1、HQ670686.1等で示される多数のロドスポリジウム・パルジゲナムの26S rDNA配列中の対応領域の塩基配列と100%の相同性(配列同一性)を示し、またGenBankアクセッション番号DG531945.1、FJ463627.1、EF644474.1等に示されるロドスポリジウム・パルジゲナムの26S rDNA配列中の対応領域の塩基配列と99%の相同性(配列同一性)を示した。配列解析に基づき、土壌から分離したBS15株、1126株、1042株はいずれも担子菌酵母に属するロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)であると同定した。
【0046】
これらの分離菌株について生理性状試験を行ったところ、グルコースで発酵性を示さず、窒素源として硝酸塩を資化し、炭素源としてグルコース、ガラクトース、L-ソルボースなどの単糖類や、スクロース、マルトース、トレハロース、セロビオースなどの二糖類や、サリシンなどのβ-グリコシド化合物を資化した。これらの菌株は、ロドスポリジウム属の種間でロドスポリジウム・パルジゲナムの標徴形質(key characters)となる炭素源(L-ソルボース、L-アラビノース、メレジトース、キシリトール)の資化性、ビタミンフリー、35℃及び37℃における生育性の特徴がロドスポリジウム・パルジゲナムと一致しており、ロドスポリジウム・パルジゲナムとよく類似した生理・生化学的性状を示した。
【0047】
ロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)BS15株、1042株、1126株は、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に、それぞれ受託番号NITE P-02292、NITE P-02295、NITE P-02296で寄託された。
【0048】
[実施例2] BS15株による菌体外脂質の生産
グルコース(和光純薬工業)5%、酵母エキス(粉末; Difco Laboratories)2.5%、リン酸二水素カリウム(和光純薬工業)0.12%、リン酸水素二ナトリウム(和光純薬工業)0.03%、硫酸マグネシウム7水和物(和光純薬工業)0.03%、塩化カルシウム6水和物(和光純薬工業)0.01%を含む液体培地を調製し、BS15株の脂質生産に用いた。この液体培地を、300mL容羽根付フラスコ(旭硝子)に25mL、試験管に5mLを添加し、オートクレーブ滅菌した。5mL液体培地に、寒天プレート上のBS15株を1白金耳分、植菌後、恒温振とう機で30℃、200rpmで1昼夜培養を行った。その後、25mL液体培地に培養物の全量を移し、30℃、140rpmの旋回振とうで本培養を行った。本培養開始から24、48、72、96、120、168、216時間後にグルコース粉末を3gずつ培地に添加した。
図1のとおり、培養液の下面(矢印で示す)に脂質(油層)が大量に存在することを確認した上で、12日間で培養を終了した。この脂質はBS15株から菌体外に生産されたものである。
【0049】
培養液全量を50mL容のプラスチックチューブに移し、20000 ×gで3分間遠心を行った。その結果、最も下に脂質が、その上に菌体が層となり、さらにその上に培養液上清の層が認められた。この培養液上清を除去し、菌体及び脂質層にエタノールを20mL添加して、脂質をエタノールに溶解した。これを遠心分離することで、菌体を除去し、脂質が溶解したエタノール画分を回収した。エタノール画分からエタノールを留去し、脂質を回収し、その重量を測定した。この結果、培養液の液量1L当たり110 gの脂質(菌体外脂質)が得られた。この菌体外脂質の生産量は、非特許文献1で報告されている生産量の50〜100倍程度に相当し、驚くべき多さであった。
【0050】
[実施例3] 1126株による菌体外脂質の生産
D-グルコース(和光純薬工業)5%、酵母エキス(粉末; Difco Laboratories)1.5%、ペプトン(Difco Laboratories)1.5%、リン酸二水素カリウム(和光純薬工業)0.05%、リン酸水素二カリウム(和光純薬工業)0.05%、硫酸マグネシウム7水和物(和光純薬工業)0.02%、塩化カルシウム6水和物(和光純薬工業)0.005%、硫酸鉄7水和物(和光純薬工業)0.0025%を含む液体培地を調製し、1126株の脂質生産に用いた。この液体培地を、300mL容羽根付フラスコ(旭硝子)に30mL、試験管に5mLを添加し、オートクレーブ滅菌した。5mL液体培地に、寒天プレート上の1126株を1白金耳分、植菌後、恒温振とう機で30℃、200rpmで1日間、前培養を行った。その後、30mL液体培地に前培養の培養物を1mL移し、30℃、140rpmの旋回振とうで本培養を行った。本培養開始から24、48、72、96、120、144、192時間後にグルコース粉末を3gずつ培地に添加した。本培養開始から168時間後に、リン酸二水素カリウム(和光純薬工業)5%及びリン酸水素二カリウム(和光純薬工業)5%の水溶液を培地に1mL添加した。培養液の下面に脂質(油層)が大量に存在することを確認した上で、12日間で本培養を終了した。この脂質は1126株から菌体外に生産されたものである。
【0051】
培養液全量を50mL容のプラスチックチューブに移し、20000 ×gで10分間遠心を行った。最も下に脂質が、その上に菌体が層となり、さらにその上に培養液上清の層が認められた。ピペットで脂質を吸引し、回収後、風乾して、その重量を測定した。この結果、培養液の液量1L当たり103 gの脂質(菌体外脂質)が得られた。
【0052】
[実施例4] 1042株による菌体外脂質の生産
D-グルコース(和光純薬工業)10%、酵母エキス(粉末; Difco Laboratories)0.125%、リン酸二水素カリウム(和光純薬工業)0.05%、リン酸水素二カリウム(和光純薬工業)0.05%、硫酸マグネシウム7水和物(和光純薬工業)0.02%、塩化カルシウム6水和物(和光純薬工業)0.005%、硫酸鉄7水和物(和光純薬工業)0.0025%を含む液体培地を試験管に5mLを添加し、オートクレーブ滅菌した(液体培地A)。
【0053】
またD-グルコース(和光純薬工業)5%、酵母エキス(粉末; Difco Laboratories)1.5%、ペプトン(Difco Laboratories)1.5%、リン酸二水素カリウム(和光純薬工業)0.05%、リン酸水素二カリウム(和光純薬工業)0.05%、硫酸マグネシウム7水和物(和光純薬工業)0.02%、塩化カルシウム6水和物(和光純薬工業)0.005%、硫酸鉄7水和物(和光純薬工業)0.0025%を含む液体培地を調製した。この液体培地を、1042株の脂質生産用に、300mL容羽根付フラスコ(旭硝子)に30mL添加し、オートクレーブ滅菌した(液体培地B)。
【0054】
5mLの液体培地(液体培地A)に、寒天プレート上の1042株を1白金耳分、植菌後、恒温振とう機を用いて30℃、200rpmで1日間培養を行った。培養後、30mLの液体培地Bに1mLを移し、30℃、160rpmの旋回振とうで本培養を行った。本培養開始から24、48、72、96、144、192時間後にグルコース粉末を3gずつ培地に添加した。培養液の下面に脂質(油層)が大量に存在することを確認した上で、10日間で本培養を終了した。この脂質は1042株から菌体外に生産されたものである。
【0055】
培養液全量を50mL容のプラスチックチューブに移し、20000 ×gで10分間遠心を行った。最も下に脂質が、その上に菌体が層となり、さらにその上に培養液上清の層が認められた。ピペットで脂質を吸引し、回収後、風乾して、その重量を測定した。この結果、培養液の液量1Lあたり43 gの脂質(菌体外脂質)が得られた。
【0056】
[実施例5] BS15株、1042株、1126株により生産された菌体外脂質のTLCによる比較
実施例2、3、4でそれぞれ得られた脂質(脂質画分)を、薄層クロマトグラフィー(TLC)で分析した。担体としては、TLCシリカゲル 60 F254 アルミシート(メルクミリポア)を、展開溶媒としてはヘキサン(特級、和光純薬工業)及び酢酸エチル(特級、和光純薬工業)の等量混合液を用いた。発色液としては、0.1%プリムリン(東京化成)の80%アセトン溶液を用いた。BS15株、1042株、1126株のそれぞれに由来する脂質をエタノール溶液に10%溶解し、その1μLをシリカゲルシートにスポットした。このシリカゲルシートの下端を展開溶媒に浸し、約15分間展開した。乾燥後、発色液を噴霧し、乾燥後、トランスイルミネーターで紫外線照射を行った。スポットを目視で確認後、担体プレート上に記録し、
図2の結果を得た。いずれの菌株由来の菌体外脂質についても菌株間で同様の位置に存在する6個のスポットが検出された。このことから、土壌から分離したロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)は同様の脂質を菌体外に生産することを確認した。また、この脂質が薄層クロマトグラフィー上で分離される複数の成分から構成される脂質混合物であることが示された。
【0057】
[実施例6] BS15株由来の菌体外脂質の成分の解析
(1) BS15株由来の菌体外脂質の特徴解析
BS15株由来脂質を、メタノール及び水の等量混合液に溶解し、フーリエ変換イオンサイクロトロン質量分析装置(Bruker Daltonics、Apex 70 IIe、ESI positive)を用いて質量分析を行った。その結果、
図3Aのスペクトルが得られた。BS15株由来脂質の主要な分子量ピークは669.34であった。また、BS15株由来脂質を、重クロロホルムに溶解し、NMR測定装置(ブルカーバイオスピン社製、AVANCE 800)を用いて、核磁気共鳴(NMR)解析を行った。その結果、
図3Bに示す
1H-NMRスペクトルが得られた。
【0058】
(2) BS15株由来の菌体外脂質に含まれる糖質成分のHPLCによる同定
BS15株由来の菌体外脂質に含まれる糖質成分を同定するため、まず、菌体外脂質の加水分解を行った。具体的には、BS15株由来脂質1 gに7 mLの1M水酸化カリウムエタノール溶液を添加し、70℃で30分間加熱した。1N塩酸を8 mL添加し、中和した。ヘキサンを5 mLを混合後、静置し、溶媒層を除去することを2回繰り返した。水-エタノール層を100倍に希釈した後、イオン交換樹脂アンバーライトMB-3(オルガノ)を20分の1量添加して、脱イオン化し、HPLC測定に供した。HPLC装置には荷電化粒子検出器(ESA Biosciences)を備えたProminenceシステム(島津製作所社製)を用いた。分離カラムにはHILICpak VG-50 4E(昭和電工)を使用し、カラム温度は40℃とした。溶出液には92%アセトニトリル水溶液を用い、流速を1.5 mL/分とした。測定の結果、BS15株由来の脂質加水分解物中の成分は、D-マンニトール及びL-アラビトールの標品と保持時間が一致することが確認された。
【0059】
(3) BS15株由来の菌体外脂質に含まれる成分のTLCによる分離
BS15株由来脂質のエタノール溶液をシリカゲルシートに多数スポットし、実施例5と同じ条件で、薄層クロマトグラフィーを行い、次いで染色によりBS15株由来脂質を構成する各スポットの位置を確認した。その後、
図2の上から3番目までのスポット(スポット1、2、3)に相当する位置のシリカゲルを掻きとり、ガラス試験管内のクロロホルム(和光純薬工業)に添加して、各スポットの成分を溶出させた後、クロロホルムを留去して3種の成分を得た。得られた3種の脂質成分をそれぞれスポット1、2、3成分とした。薄層クロマトグラフィーで分離したスポット1、2、3の成分をメタノール、水の等量混合液に溶解し、フーリエ変換イオンサイクロトロン質量分析装置(Bruker Daltonics、Apex 70 IIe、ESI positive)を用いて質量分析を行った。その結果、BS15株由来脂質のスポット1、2、3の成分について、それぞれ
図4、
図9、
図12のマススペクトルが得られた。スポット1、2、3の成分の主要な分子量ピークはそれぞれ、639.33、669.34、627.33であった。
【0060】
(4)スポット1の成分の化学構造解析
スポット1の成分について実施例6(1)と同じ装置及び溶媒条件で核磁気共鳴(NMR)解析を行い、
図5及び
図6にそれぞれ示す
1H-NMR及び
13C-NMRスペクトルを得た。これらのスペクトルと、実施例6(3)で得た
図4のマススペクトルに基づき、スポット1に含まれる主要成分の組成式をC
31H
52O
12と決定した。さらに2次元NMR(DQF-COSY、TOCSY、HMBC、HSQC)の測定を行い、
図7A、
図7B、
図8A、
図8Bのスペクトルをそれぞれ得た。
【0061】
図5、
図6は、スポット1の主要成分が、3-アセトキシパルミチン酸がペンチトールの1級水酸基とエステル結合しており、ペンチトールのそれ以外の水酸基が全てアセチル化している下記の構造を有することを示していた。
【0062】
【化8】
この構造は、
図4のマススペクトル、
図7〜8の2次元NMRの結果とも合致した。
【0063】
このようにして、組成式、NMR信号の帰属、並びに実施例6(2)における構成糖分析の結果に基づき、スポット1に含まれる主要化合物を1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,3,4,5-テトラ-O-アセチルアラビトール又は5-O-(3-アセトキシパルミトイル)-1,2,3,4-テトラ-O-アセチルアラビトール(光学異性体)のいずれかであると同定した。
【0064】
スポット1の成分についての質量分析並びに
1H-NMR及び
13C-NMR解析の結果を以下に示す。
精密質量分析:計算値 (M+Na)[C
31H
52O
12Na]
+=639.3351、実測値 639.3352
1H NMR (800 MHz, CDCl
3)δ[ppm] 5.38(2H, m), 5.17 (1H, m), 5.16 (2H, m), 4.28(1H, d, J=12.5 Hz), 4.27 (2H, m), 4.13 (1H, dd, J=5.0, 2.5 Hz), 3.94 (1H, dd, J=11.7, 7.1 Hz) , 2.59 (1H, dd, J=15.7, 7.8 Hz), 2.54 (1H, dd, J=15.7, 4.9 Hz), 2.13(3H, s), 2.08 (3H, s), 2.06(3H, s), 2.04(3H, s), 2.03 (3H, s), 1.59 (2H, m), 1.24〜1.32 (22H, m), 0.88 (3H, t, J=7.2 Hz)
13C NMR(201 MHz, CDCl
3)δ[ppm] 170.44, 170.40, 170.14, 170.08, 169.80, 169.63, 70.32, 68.27, 68.05, 67.96, 62.00, 61.92, 38.93, 34.06, 31.93, 29.69, 29.67, 29.65, 29.64, 29.57, 29.50, 29.38, 29.36, 25.12, 22.70, 21.10, 20.77, 20.66(2C), 20.61, 14.13
【0065】
(5)スポット2の成分の化学構造解析
スポット2の成分について実施例6(1)と同じ装置及び溶媒条件で核磁気共鳴(NMR)解析を行い、
図10及び11にそれぞれ示す
1H-NMR及び
13C-NMRスペクトルを得た。これらのスペクトルと、実施例6(3)で得た
図9のマススペクトルに基づき、スポット2に含まれる主要成分の組成式をC
32H
54O
13と決定した。さらに2次元NMR(DQF-COSY、TOCSY、HMBC、HSQC)の測定を行い、それぞれのスペクトルを得た。
【0066】
上記解析は、スポット2に含まれる主要成分において、3-アセトキシ脂肪酸がヘキシトールの1級水酸基とエステル結合しており、かつ、ヘキシトールの他の水酸基の一部がアセチル化されていることを示した。また、スポット2の成分が、アセチル化の位置が異なる脂質の混合物であることが推定された。
図9のマススペクトルの推定分子量を考慮し、決定された化学構造は以下のとおりである。
【0067】
【化9】
【0068】
このようにして、上記の組成式、及びNMR信号の帰属、並びに実施例6(2)における構成糖分析の結果に基づき、スポット2に含まれる主要化合物として1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,3,5,6-テトラ-O-アセチルマンニトール及び1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,4,5,6-テトラ-O-アセチルマンニトールの2種を同定した。
【0069】
質量分析並びに
1H-NMR及び
13C-NMR解析の結果を以下に示す。
精密質量分析:計算値 (M+Na)[C
30H
52O
12Na]
+=627.3351、実測値 627.3350
1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,3,5,6-テトラ-O-アセチルマンニトールの
1H NMRデータ:
1H NMR (800 MHz, CDCl
3)δ[ppm]5.29 (1H, m), 5.23 (1H, dd, J=7.2, 1.6 Hz), 5.18 (1H, m), 4.88 (1H, ddd, J=9.6, 4.2, 2.6 Hz), 4.43 (1H, dd, 12.4, 2.6 Hz), 4.42 (1H, dd, J=12.4, 2.7 Hz), 4.34 (1H, dd, 12.4, 2.9 Hz), 4.16 (1H, dd, J=12.4, 6.3 Hz), 3.85 (1H, ddd, J=9.6, 7.0, 1.6 Hz), 3.14 (1H, d, J=7.0 Hz, -OH), 2.59 (1H, dd, J=15.6, 7.6 Hz), 2.54 (1H, dd, J=15.6, 5.0 Hz), 2.13 (3H, s), 2.09 (3H, s), 2.085(3H, s), 2.082 (3H, s), 2.05 (3H, s), 1.55〜1.64 (2H, m), 1.24〜1.33 (22H,m), 0.88 (3H, t, J=7.1Hz)
1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,4,5,6-テトラ-O-アセチルマンニトールの
1H NMRデータ:
1H NMR (800 MHz, CDCl
3)δ[ppm] 5.35 (1H, ddd, J=7.7, 5.7, 2.5 Hz), 5.30 (1H, dd, J=7.7, 1.6 Hz), 5.26 (1H, m), 4.86 (ddd, J=10.0, 2.9, 2.4 Hz), 4.39 (1H, dd, J=12.5, 2.5 Hz), 4.37 (1H, dd, J=12.5, 2.9 Hz), 4.30 (1H, dd, J=12.5, 2.4 Hz), 4.19 (1H, dd, J=12.5, 5.7 Hz), 4.08 (1H, ddd, J=10.0, 7.0, 1.6 Hz), 3.59 (1H, d, J=7.0, -OH), 2.61 (1H, dd, J=14.8, 3.8 Hz), 2.55 (1H,dd, J=14.8, 9.4 Hz), 2.11 (3H, s), 2.059 (3H, s), 2.057 (3H, s), 2.05 (3H, s), 2.03 (3H, s), 1.55〜1.64 (2H, m), 1.24〜1.33 (22H, m), 0.88 (3H, t, J=7.1 Hz)
1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,3,5,6-テトラ-O-アセチルマンニトール及び1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,4,5,6-テトラ-O-アセチルマンニトールの
13C NMRデータ:
13C NMR (201MHz, CDCl
3) δ[ppm] 171.45, 171.35, 170.77, 170.70, 170.45, 170.36, 170.32, 170.24, 170.03, 170.00, 169.92, 169.78, 70.97, 70.38, 70.30, 70.08, 69.38, 69.17, 68.82, 68.74, 67.41, 66.51, 62.93, 62.77, 62.65, 62.36, 40.08, 39.00, 34.43, 34.05, 31.93 (2C), 29.69(2C), 29.66 (2C), 29.65(2C), 29.64 (3C), 29.56, 29.53, 29.50, 29.48, 29.36(3C), 25.30, 25.14, 22.70 (2C), 21.11, 21.10, 20.94(2C), 20.92, 20.88, 20.78, 20.75, 20.63(2C), 14.13 (2C)
【0070】
(6)スポット3の成分の化学構造解析
スポット3の成分について実施例6(1)と同じ装置及び溶媒条件で核磁気共鳴(NMR)解析を行い、
図13及び14にそれぞれ示す
1H-NMR及び
13C-NMRスペクトルを得た。これらのスペクトルと、実施例6(3)で得た
図12のマススペクトルに基づき、スポット3に含まれる主要成分の組成式をC
30H
52O
12と決定した。さらに2次元NMR(DQF-COSY、TOCSY、HMBC、HSQC)の測定を行い、それぞれのスペクトルを得た。
【0071】
図13及び
図14は、スポット3の主要成分において、スポット2と同様に、3-アセトキシ脂肪酸がヘキシトールとエステル結合しており、かつ、ヘキシトールの他の水酸基の一部がアセチル化されていることを示した。また、スポット3の成分が、アセチル化の位置が異なる脂質の混合物であることが推定された。
図12のマススペクトルの推定分子量を考慮し、決定された化学構造は以下のとおりである。
【0072】
【化10】
【0073】
このようにして、上記の組成式、及びNMR信号の帰属、並びに実施例6(2)における構成糖分析の結果に基づき、スポット3に含まれる主要化合物として1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,4,6-トリ-O-アセチルマンニトールを同定した。
【0074】
質量分析並びに
1H-NMR及び
13C-NMR解析の結果を以下に示す。
精密質量分析:計算値 (M+Na)[C
30H
52O
12Na]
+=627.3351、実測値 627.3350
1H NMR (800 MHz, CDCl
3)δ[ppm] 5.29 (1H, m), 5.06 (1H, dd, J=7.8, 1.5 Hz), 4.87 (1H, ddd, J=10.0, 2.7, 2.1), 4.49 (1H, dd, J=12.6, 2.7 Hz), 4.31 (1H, m), 4.25 (1H, dd, J=12.7, 2.1 Hz), 4.19〜4.22 (2H, m), 4.16 (1H, dd, J=12.2, 6.5 Hz), 3.47 (1H, d, J=7.11 Hz, -OH), 3.21 (1H, d, J=5.6 Hz, -OH), 2.62 (1H, dd, J=14.7, 3.5 Hz), 2.55 (1H, 14.7, 9.5 Hz), 2.10 (3H, s), 2.08 (3H, s), 2.07 (3H, s), 2.06 (3H, s), 1.24〜1.32 (22H, m), 0.88 (3H, t, J=7.2Hz)
13C NMR (201MHz, CDCl
3)δ[ppm] 171.76, 171.32, 170.70, 170.16, 170.11, 71.11, 70.34, 69.43, 68.76, 66.53, 65.58, 62.98, 40.00, 34.53, 31.93, 29.69, 29.66(2C), 29.64, 29.56, 29.54, 29.47, 29.36, 25.19, 22.70, 21.20, 20.91, 20.84, 20.74, 14.13
【0075】
[実施例7] BS15株由来の菌体外脂質の過アセチル化に基づく構造解析
BS15株由来脂質が、ポリオール上のアセチル化の程度が異なる脂質の混合物であることを確認するため、BS15株由来脂質(ポリオールエステル)の過アセチル化を試みた。具体的には、実施例2で得られたBS15株由来脂質550mgに、2mL無水酢酸(特級、和光純薬工業)と2mLピリジン(特級、和光純薬工業)を加え、室温で16時間反応させた。水2mLを混合し、静置後、水層を除去した。再度、水2mLを混合し、静置後、水層を除去した。得られた油層(脂質)をエタノールに10%になるよう溶解し、薄層クロマトグラフィーの試料とした。薄層クロマトグラフィーは実施例5と同様の方法で実施し、
図15の結果を得た。過アセチル化処理を行っていないBS15株由来脂質(未処理)は6個のスポットに分離したが、過アセチル化処理後のBS15株由来脂質は、最もRf値の高いスポット1(水酸基が全てアセチル化されている)と同様の位置に集約された。この結果から、BS15株由来の菌体外脂質は、アセチル化の程度が異なるポリオールエステル誘導体の混合物であることが裏付けられた。なお実施例5において、1042株及び1126株もBS15株と同様の菌体外脂質を生産することが示されている。
【0076】
実施例5で得た
図2に示されたとおり、BS15株、1042株、1126株のそれぞれに由来する脂質について薄層クロマトグラフィー上で6個のスポットが確認された。各菌株由来の脂質について、このうち、スポット1、2、3の成分は上記のとおり、それぞれ、ポリオール上の長鎖脂肪酸とエステル結合している1級水酸基以外の水酸基が全てアセチル化しているもの、アセチル化されていない水酸基が1つ存在するもの、アセチル化されていない水酸基が2つ存在するものであった。なお実施例6では各スポットについてアセチル化位置が特定された主成分のモノエステルの同定結果を示しているが、実際には、より少量で存在する、アセチル化された水酸基の数は同じであるが位置が異なるモノエステルも共存している。アセチル化される水酸基の位置はモノエステル毎にランダムに定まると考えられる。
【0077】
さらに、上記の過アセチル化により6個のスポットは全て最もRf値の高いスポット1に集約されたことから、薄層クロマトグラフィーでスポット1、2、3の下に示された3個のスポットの成分も、アセチル化の程度が異なるポリオールエステル誘導体であることが示された。スポットの位置から、スポット1、2、3の下に存在する3つのスポットの成分は、上側から、アセチル化されていない水酸基が3つ存在する(すなわち2つの水酸基がアセチル化されている)もの、アセチル化されていない水酸基が4つ存在する(すなわち1つの水酸基がアセチル化されている)もの、5つ全ての水酸基がアセチル化されていないものであることが示された。
【0078】
以上の実施例の結果から、ロドスポリジウム・パルジゲナムは、3-アセトキシ脂肪酸とアラビトール又はマンニトール等のポリオールの1級水酸基とのモノエステルであり、かつポリオール上の複数の水酸基におけるアセチル化の割合が異なる化合物の混合物を含む菌体外脂質を高効率に生産できることが示された。
【0079】
3-アセトキシ脂肪酸については、
図3Aにおいて669.34のピークに加えて、697.37の分子量ピークも存在したことから、主要な3-アセトキシパルミチン酸に加えて、3-アセトキシステアリン酸も一部存在することが示された。上記のスポットには3-アセトキシステアリン酸とポリオールとのモノエステルもそれぞれ微量ずつ含まれると考えられた。すなわち、上記菌株由来の菌体外脂質は、以下の化学式で表される化合物を含んでいた。
【0080】
【化11】
この物質は、Tullochら(Canadian Journal of Chemistry, 42, p.830-835 (1964))によって報告されている物質と同じであることが明らかとなった。
【0081】
[実施例8] ロドスポリジウム・パルジゲナム分離株による対糖収率の高いポリオールエステル生産
Tullochらは、ロドトルラ・グルチニス(Rhodotorula glutinis)、ロドトルラ・グラミニス(Rhodotorula graminis)の菌株を、4%グルコース、0.2%酵母エキス、0.1%のリン酸2水素カリウムを含む培地50 mLを含む三角フラスコに接種し、230rpmで8〜10日間の培養を行ったところ、1〜2 g/Lでポリオールエステルが菌体外に生産されたことを報告している。この結果から、Tullochらが用いた菌株は、対糖収率(培養液に添加した原料グルコースの重量に対する生産ポリオールエステルの重量の比)2.5〜5%であると推測される。対糖収率は、下記式にもとづいて算出した。
対糖収率(%) = 生産されたポリオールエステルの重量(g)÷原料グルコースの重量(g)×100
【0082】
そこで比較のため、Tullochらと同じ培養条件で、ロドスポリジウム・パルジゲナムBS15株、1126株、1042株を培養した。具体的には、4%グルコース、0.2%酵母エキス、0.1%のリン酸2水素カリウムを含む液体培地50 mLを含む300mL容三角フラスコに各菌株の菌体を1白金耳添加し、230rpmで8日間の培養を行った。8日間の培養後、培養液から菌体外脂質(ポリオールエステル)を回収し、その量を測定した。なおこれらの菌株の8日間の培養終了時には培養液中の菌体外脂質の量はまだ最大レベルには達しておらず、生産量がより少ない段階であった。その結果、BS15株、1126株、1042株は、それぞれ対糖収率18.6%、17.3%、17.9%で菌体外脂質(ポリオールエステル)を生産した。対糖収率は、上記の式に基づいて算出した。これらのロドスポリジウム・パルジゲナム菌株が示した対糖収率は、生産量がより少ない段階であるにもかかわらず、Tullochらの結果と比較して顕著に高かった。
【0083】
この結果から、ロドスポリジウム・パルジゲナム菌株を用いることにより、原料糖あたりのポリオールエステルの生産性を大幅に向上させることができることが示された。