特許第6774094号(P6774094)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6774094微生物を用いたポリオールエステルの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6774094
(24)【登録日】2020年10月6日
(45)【発行日】2020年10月21日
(54)【発明の名称】微生物を用いたポリオールエステルの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/62 20060101AFI20201012BHJP
   C12N 1/16 20060101ALI20201012BHJP
【FI】
   C12P7/62ZNA
   C12N1/16 G
【請求項の数】10
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2016-226297(P2016-226297)
(22)【出願日】2016年11月21日
(65)【公開番号】特開2018-82636(P2018-82636A)
(43)【公開日】2018年5月31日
【審査請求日】2019年6月7日
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02292
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02295
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02296
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100170221
【弁理士】
【氏名又は名称】小瀬村 暁子
(72)【発明者】
【氏名】真野 潤一
(72)【発明者】
【氏名】北岡 本光
(72)【発明者】
【氏名】池 正和
(72)【発明者】
【氏名】徳安 健
(72)【発明者】
【氏名】橘田 和美
(72)【発明者】
【氏名】小野 裕嗣
【審査官】 松浦 安紀子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/153476(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 7/62
C12N 1/16
WPI
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)を培養し、生成され菌体外に放出されたポリオールエステルを回収することを含む、ポリオールエステルの生産方法であって、ポリオールエステルが下記式(I)で表される化合物である、方法。
【化1】
(式中、Xは、アルジトールから1つの1級水酸基が除かれた残基であって、かつ1つ以上の水酸基がアセチル化されていてもよいアルジトール残基であり、前記アルジトールはマンニトール又はアラビトールであり、
はC1327又はC1531で表される直鎖炭化水素基である)
【請求項2】
前記式(I)中、Xは下記式(II)又は(III):
【化2】

【化3】

(式中、Rはそれぞれ独立にアセチル基又は水素原子である)
で表される、請求項に記載の方法。
【請求項3】
ポリオールエステルが、2種以上の化合物の混合物である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
ポリオールエステルが、前記アルジトールがマンニトールである前記式(I)で表される化合物と、前記アルジトールがアラビトールである前記式(I)で表される化合物との混合物である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
ロドスポリジウム・パルジゲナムがポリオールエステルを菌体外に分泌生産する能力を有する、請求項1〜のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
ロドスポリジウム・パルジゲナムが、ロドスポリジウム・パルジゲナムBS15株(受託番号NITE P−02292)、1042株(受託番号NITE P−02295)、及び1126株(受託番号NITE P−02296)、並びにポリオールエステルを菌体外に分泌生産する能力を有するそれらの派生株からなる群から選択される、請求項1〜のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
ロドスポリジウム・パルジゲナムを、炭素源としてグルコースを含む培地で培養する、請求項1〜のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
ロドスポリジウム・パルジゲナムを、炭素源を追加しながら7日以上培養する、請求項に記載の方法。
【請求項9】
回収されたポリオールエステルの混合物から化合物を分離することをさらに含む、請求項又はに記載の方法。
【請求項10】
下記式(I)で表されるポリオールエステルを菌体外に分泌生産する能力を有する、ロドスポリジウム・パルジゲナムBS15株(受託番号NITE P−02292)、1042株(受託番号NITE P−02295)、及び1126株(受託番号NITE P−02296)、並びにそれらの派生株からなる群から選択される、ロドスポリジウム・パルジゲナム菌株。
【化4】

(式中、Xは、アルジトールから1つの1級水酸基が除かれた残基であって、かつ1つ以上の水酸基がアセチル化されていてもよいアルジトール残基であり、前記アルジトールはマンニトール又はアラビトールであり、
1327又はC1531で表される直鎖炭化水素基である)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物を用いたポリオールエステルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高度不飽和脂肪酸、カロテノイドなど、健康機能性を有する脂質が注目されている。微生物により生産されたこれらの脂質は食品として既に利用されている。ある種の微生物は大量の脂質を生産して菌体内に蓄積することができることが知られている。遺伝子組換え微生物を用いた食用油脂の生産も始まっている。また食品以外にも、微生物脂質の化粧品、プラスチック素材、バイオディーゼル燃料等における利用も進展している。例えば、特許文献1は、トリグリセリドを細胞内に生産するロドスポリジウム属酵母を用いてバイオディーゼル燃料を生産する方法を開示している。
【0003】
微生物脂質の産業利用を検討する上では、その生産コストが最も重要な要素となる。脂質を効率的に生産することができる微生物を用いることができれば、生産コストの低下につながり、微生物脂質の産業利用を促進できる可能性がある。
【0004】
脂質のうちポリオールエステルは、潤滑油やエンジン油として広く利用されているほか、乳化剤や界面活性剤としても使用されている。ポリオールエステルはまた、食品や化粧品にも使用されている。ポリオールエステルは、脂肪酸を製造するための原料としても用いられている。
【0005】
非特許文献1は、ポリオールエステルを菌体外に産生するロドトルラ・グルチニス(Rhodotorula glutinis)菌株を開示している。ポリオールエステルの菌体外産生はその生産コストの低下につながると考えられる。しかしこの菌株によるポリオールエステルの菌体外への産生量は1〜2g/Lと少なく、高い生産性は得られない。非特許文献2が酵母による糖脂質(マンノシルエリスリトールリピッド)の生産収率を工業化に対応可能なレベル(100g/L以上)まで向上させたことを開示しているとおり、工業利用のためには微生物の菌体外脂質について高い生産性が求められる。このようにポリオールエステルのより効率的な生産をもたらすさらなる微生物が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第WO2009/118438号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Tulloch A. et al., Canadian Journal of Chemistry, Vol.42, p.830-835 (1964)
【非特許文献2】福岡ら、オレオサイエンス 9, 4, 2009年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、微生物を用いたポリオールエステルの効率的な生産方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、ロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)菌株が菌体外にポリオールエステルを分泌産生することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] ロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)を培養し、生成され菌体外に放出されたポリオールエステルを回収することを含む、ポリオールエステルの生産方法。
[2] ポリオールエステルが下記式(I)で表される化合物である、[1]に記載の方法。
【化1】
(式中、Xは、アルジトールから1つの1級水酸基が除かれた残基であって、かつ1つ以上の水酸基がアセチル化されていてもよいアルジトール残基であり、
は直鎖炭化水素基である)
[3] 前記式(I)中、Xは下記式(II)又は(III):
【化2】
【化3】
(式中、Rはそれぞれ独立にアセチル基又は水素原子である)
で表される、[2]に記載の方法。
[4] 前記式(I)中、RがC1327又はC1531で表される直鎖炭化水素基である、[2]又は[3]に記載の方法。
[5] 前記アルジトールがマンニトール又はアラビトールである、[2]〜[4]のいずれかに記載の方法。
[6] ポリオールエステルが、2種以上の化合物の混合物である、[1]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[7] ポリオールエステルが、前記アルジトールがマンニトールである前記式(I)で表される化合物と、前記アルジトールがアラビトールである前記式(I)で表される化合物との混合物である、[2]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[8] ロドスポリジウム・パルジゲナムがポリオールエステルを菌体外に分泌生産する能力を有する、[1]〜[7]のいずれかに記載の方法。
[9] ロドスポリジウム・パルジゲナムが、ロドスポリジウム・パルジゲナムBS15株(受託番号NITE P−02292)、1042株(受託番号NITE P−02295)、及び1126株(受託番号NITE P−02296)、並びにポリオールエステルを菌体外に分泌生産する能力を有するそれらの派生株からなる群から選択される、[1]〜[8]のいずれかに記載の方法。
[10] ロドスポリジウム・パルジゲナムを、炭素源としてグルコースを含む培地で培養する、[1]〜[9]のいずれかに記載の方法。
[11] ロドスポリジウム・パルジゲナムを、炭素源を追加しながら7日以上培養する、[10]に記載の方法。
[12] 回収されたポリオールエステルの混合物から化合物を分離することをさらに含む、[6]又は[7]に記載の方法。
[13] 下記式(I)で表されるポリオールエステルを菌体外に分泌生産する能力を有する、ロドスポリジウム・パルジゲナム菌株。
【化4】
(式中、Xは、アルジトールから1つの1級水酸基が除かれた残基であって、かつ1つ以上の水酸基がアセチル化されていてもよいアルジトール残基であり、
は直鎖炭化水素基である)
[14] ロドスポリジウム・パルジゲナムBS15株(受託番号NITE P−02292)、1042株(受託番号NITE P−02295)、及び1126株(受託番号NITE P−02296)、並びにポリオールエステルを菌体外に分泌生産する能力を有するそれらの派生株からなる群から選択される、[13]に記載のロドスポリジウム・パルジゲナム菌株。
[15] ロドスポリジウム・パルジゲナムBS15株(受託番号NITE P−02292)と比較して50%以上の対糖収率を示す、[13]又は[14]に記載のロドスポリジウム・パルジゲナム菌株。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ポリオールエステルを効率良く生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は培養液の下面に認められる、BS15株により菌体外に生産された脂質層の様子を示す写真である。
図2図2は3つの菌株に由来する脂質のTLCによる分離を示す図である。
図3図3はBS15株由来脂質の構成成分の分析データを示す図である。図3AはBS15株由来脂質のマススペクトル、図3BはBS15株由来脂質の1H-NMRスペクトルを示す。
図4図4はBS15株由来脂質のスポット1の成分のマススペクトルを示す図である。
図5図5はBS15株由来脂質のスポット1の成分の1H-NMRスペクトルを示す図である。
図6図5はBS15株由来脂質のスポット1の成分の13C-NMRスペクトルを示す図である。
図7図7はBS15株由来脂質のスポット1の成分の2次元NMRの結果を示す図である。図7AはDQF-COSYスペクトル、図7BはTOCSYスペクトルを示す。
図8図8はBS15株由来脂質のスポット1の成分の2次元NMRの結果を示す図である。図8AはHMBCスペクトル、図8BはHSQCスペクトルを示す。
図9図9はBS15株由来脂質のスポット2の成分のマススペクトルを示す図である。
図10図10はBS15株由来脂質のスポット2の成分の1H-NMRスペクトルを示す図である。
図11図11はBS15株由来脂質のスポット2の成分の13C-NMRスペクトルを示す図である。
図12図12はBS15株由来脂質のスポット3の成分のマススペクトルを示す図である。
図13図13はBS15株由来脂質のスポット3の成分の1H-NMRスペクトルを示す図である。
図14図14はBS15株由来脂質のスポット3の成分の13C-NMRスペクトルを示す図である。
図15図15はBS15株由来脂質の過アセチル化物のTLC分析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、微生物を用いた、脂質、具体的にはポリオールエステルの生産方法に関する。より具体的には、本発明は、酵母ロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)を用いたポリオールエステルの生産方法に関する。本発明におけるポリオールエステルとは、ポリオール(多価アルコールとも称される)と脂肪酸とのモノエステルである。ここでポリオール及び脂肪酸は、それぞれ独立に、任意の置換基を有し得る。本発明の方法では、ロドスポリジウム・パルジゲナムを培養することにより、大量に産生したポリオールエステルを菌体外に分泌させることができ、それによりポリオールエステルを効率よく生産することができる。
【0014】
好ましい実施形態では、本発明において生産されるポリオールエステルは、ポリオール、好ましくはアルジトール、の1級水酸基と、脂肪酸のカルボキシル基とがエステル結合した化合物であり、好ましくは1つのポリオールと1つの脂肪酸が結合したモノエステルである。1級水酸基とは、炭素原子が1つ結合している炭素原子に結合した水酸基をいう。このポリオールエステルでは、ポリオール(好ましくはアルジトール)上のそれ以外の水酸基(脂肪酸とのエステル結合に寄与しなかった水酸基)は水酸基のままであるか、又はそのうち1つ以上がアセチル化されている。アルジトール(糖アルコール)としては、例えば、トリトール、テトリトール、ペンチトール、ヘキシトール、ヘプチトール、オクチトール等が挙げられる。好ましくは、アジトールはペンチトール(例えば、アラビトール、リビトール、キシリトールなど)又はヘキシトール(例えば、マンニトール、ソルビトール、ガラクチトール、アリトールなど)である。好ましい一実施形態では、アルジトールはアラビトール又はマンニトールである。脂肪酸は、直鎖又は分岐の飽和又は不飽和脂肪酸であってよいが、より好ましくは直鎖飽和脂肪酸(例えばパルミチン酸又はステアリン酸)である。脂肪酸は、ヒドロキシ脂肪酸であってもよく、例えば3-ヒドロキシ脂肪酸であってもよく、またその水酸基がアセチル化されていてもよい。好ましい実施形態では、脂肪酸は3-アセトキシ脂肪酸であり、より好ましい実施形態では3-アセトキシパルミチン酸又は3-アセトキシステアリン酸である。
【0015】
好ましい実施形態では、本発明において生産されるポリオールエステルは、下記式(I):
【化5】
(式中、Xは、アルジトールから1つの1級水酸基が除かれた残基であって、かつ1つ以上の水酸基がアセチル化されていてもよいアルジトール残基であり、
は直鎖炭化水素基である)
で表される。アルジトールは、上述のとおりである。Rは脂肪酸残基の炭化水素鎖の一部である。Rは好ましくは直鎖飽和炭化水素基である。Rは、限定するものではないが、炭素数が3以上、典型的には炭素数が9以上、好ましくは13以上(例えば13〜27、好ましくは13〜20又は13〜15)の直鎖炭化水素基である。炭素数が9以上の直鎖炭化水素基であるRは、長鎖脂肪酸残基の炭化水素鎖の一部である。
【0016】
本発明において「アルジトールから1つの1級水酸基が除かれた残基」とは、アルジトールの1つの1級水酸基が、脂肪酸のカルボキシル基とエステル結合し、それにより水酸基としては存在しなくなっているアルジトール残基をいう。本発明において「1つ以上の水酸基がアセチル化されていてもよい」とは、残基上の1つ〜全て(例えば、1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ又は7つ)の水酸基がアセチル化されているか、又は残基上の全ての水酸基(脂肪酸のカルボキシル基とエステル結合した1級水酸基を含まない)がアセチル化されていない水酸基であることを意味する。
【0017】
好ましい一実施形態では、本発明において生産されるポリオールエステルは、式(I)中のXが下記式(II)又は(III):
【化6】
【化7】
(式中、Rはそれぞれ独立にアセチル基又は水素原子である)
で表される化合物である。
【0018】
式(II)で表される残基Xはヘキシトール(より好ましくはマンニトール)から1つの1級水酸基が除かれた残基であり、式(III)で表される残基Xはペンチトール(より好ましくはアラビトール)から1つの1級水酸基が除かれた残基である。式(II)又は(III)で表される残基Xにおいては、1つ以上の水酸基がアセチル化されていてもよい。
【0019】
すなわち、式(II)又は(III)中、Rは全て水素原子であってもよいし、少なくとも1つのRがアセチル基であってもよい。少なくとも1つのRがアセチル基である場合、式(II)又は(III)中、1つ以上、2つ以上、3つ以上、又は4つ以上のRがアセチル基でありうる。
【0020】
好ましい実施形態では、本発明において生産されるポリオールエステルは、式(I)中のRがC1327又はC1531で表される直鎖炭化水素基であってよい。ポリオールエステルを構成する脂肪酸がパルミチン酸又はステアリン酸である場合、RはそれぞれC1327又はC1531で表される直鎖炭化水素基である。
【0021】
本発明の方法で生産されるポリオールエステルは、以下に限定するものではないが、典型的には、2種以上の上記化合物(ポリオールエステル化合物)の混合物の状態でロドスポリジウム・パルジゲナムにより生産され得る。したがって本発明の方法で生産されるポリオールエステルは、2種以上の上記化合物(ポリオールエステル化合物)の混合物であってよく、例えば式(I)で表される化合物を含む2種以上の化合物の混合物又は式(I)で表される2種以上の化合物の混合物であってよい。
【0022】
好ましい実施形態では、本発明の方法で生産されるポリオールエステルは、残基Xについてアルジトールがマンニトールである式(I)で表される化合物と、残基Xについてアルジトールがアラビトールである式(I)で表される化合物との混合物である。
【0023】
一実施形態では、本発明の方法で生産されるポリオールエステルは、1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,3,4,5-テトラ-O-アセチルアラビトール又は5-O-(3-アセトキシパルミトイル)-1,2,3,4-テトラ-O-アセチルアラビトール、1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,3,5,6-テトラ-O-アセチルマンニトール、1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,4,5,6-テトラ-O-アセチルマンニトール、及び1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,4,6-トリ-O-アセチルマンニトールからなる群から選択される少なくとも1つのポリオールエステル化合物を含む混合物としてロドスポリジウム・パルジゲナムにより生産され得る。本発明の方法で生産されるポリオールエステルは、主成分としてのそれらの化合物に加えて、上記ポリオールエステル化合物、例えば式(I)で表される他の化合物をさらに含み得る。
【0024】
本発明において、上記ポリオールエステルを生産するために用いる微生物は、ロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)である。本発明において用いるロドスポリジウム・パルジゲナム菌株は、上記ポリオールエステル化合物を生産することができる。
【0025】
本発明において用いるロドスポリジウム・パルジゲナムは、既知のロドスポリジウム・パルジゲナムの26S rDNA D1〜D2領域の塩基配列(例えばRhodosporidium paludigenum DMKU-SP381株の26S rRNAに相当するDNA配列の部分配列(GenBankアクセッション番号LC053958.1由来)である配列番号4に示す塩基配列)に対して97%以上、好ましくは99%以上、より好ましくは100%の同一性を有する26S rDNA D1〜D2領域の塩基配列をそのゲノム内に有することが好ましい。例えば、フォワードプライマー(5'-gcatatcaataagcggaggaaaag-3'; 配列番号1)及びリバースプライマー(5'-ggtccgtgtttcaagacgg-3'; 配列番号2)を用いて常法により核酸増幅される26S rDNA D1〜D2領域の塩基配列に基づいて、上記配列同一性を算出することができる。上記の配列同一性はそれらのプライマーペアを用いて増幅される塩基配列全長に対して算出することができる。
【0026】
本発明において用いるロドスポリジウム・パルジゲナムは、好ましくは、上記ポリオールエステル(好ましくは式(I)で表されるポリオールエステル)を菌体外に分泌生産する能力を有する。本発明において「菌体外に分泌生産する能力を有する」とは、ロドスポリジウム・パルジゲナム菌株が、上記ポリオールエステルを生産し、菌体外に分泌できることをいう。好ましい実施形態では、当該菌株は、上記ポリオールエステルが培養液中に十分に蓄積するまで上記ポリオールエステルを生産し菌体外に分泌することができる。当該菌株は、上記ポリオールエステルが培養液中で水層から分離した油層を形成可能な程度まで上記ポリオールエステルを大量に培養液中に蓄積することができることが好ましい。本発明は、上記ポリオールエステルを菌体外に分泌生産する能力を有するロドスポリジウム・パルジゲナム菌株も提供する。
【0027】
本発明に係る特に好ましいロドスポリジウム・パルジゲナム菌株としては、ロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)BS15株、1042株、及び1126株、並びにそれらの派生株であって上記ポリオールエステルを菌体外に分泌生産する能力を有するものが挙げられる。ロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)BS15株は、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に、2016年7月8日付で受託番号NITE P-02292として寄託されている。ロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)1042株は、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)に、2016年7月14日付で受託番号NITE P-02295として寄託されている。ロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)1126株は、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)に、2016年7月14日付で受託番号NITE P-02296として寄託されている。
【0028】
本発明に係るロドスポリジウム・パルジゲナム菌株は、好ましくは、上記ポリオールエステルを大量に分泌することができる。本発明に係るロドスポリジウム・パルジゲナム菌株は、菌体外の上記ポリオールエステルの量(培養液中の蓄積量)で、培養液(培養後)1L当たり典型的には10g以上、好ましくは30g以上、より好ましくは50g以上、特に好ましくは100g以上を生産することができる。
【0029】
本発明に係るロドスポリジウム・パルジゲナム菌株は、好ましくは、上記ポリオールエステルを高い生産性で分泌することができる。具体的には、本発明に係るロドスポリジウム・パルジゲナム菌株は、高い対糖収率を示すことができる。対糖収率は、以下の式で算出することができる。
対糖収率(%) = 生産されたポリオールエステルの重量(g)÷原料グルコースの重量(g)×100
【0030】
「生産されたポリオールエステルの重量」は、培養後の培地(培養液又は培養物)から回収されたポリオールエステルの量を指す。「原料グルコースの重量」は、培地に炭素源として添加又は配合したグルコースの量を指す。好ましい実施形態では、本発明に係るロドスポリジウム・パルジゲナム菌株は、同等の条件で培養した場合、ロドスポリジウム・パルジゲナムBS15株と比較して50%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、特に好ましくは90%以上(例えば、300%以下又は200%以下)の対糖収率を示すことができる。
【0031】
本発明に係るロドスポリジウム・パルジゲナム菌株は、ポリオールエステルのアセチル化に働く遺伝子に変異を有していてもよい。本発明に係るロドスポリジウム・パルジゲナム菌株は、例えば、アセチル化酵素遺伝子に、アセチル化機能の低下又は喪失をもたらす遺伝子変異を有していてもよい。アセチル化酵素のアセチル化機能を低下又は喪失させることにより、菌体外に分泌生産するポリオールエステルのアセチル化を抑制することができる。
【0032】
本発明に係るロドスポリジウム・パルジゲナム菌株は、ロドスポリジウム・パルジゲナムの公知の培養条件に従って培養することができる。
【0033】
本発明の方法では、本発明に係るロドスポリジウム・パルジゲナムを培地で培養し、それにより、生成された上記ポリオールエステルを菌体外に分泌させることができる。培地は好ましくは液体培地である。
【0034】
ポリオールエステルを生産する目的で本発明に係るロドスポリジウム・パルジゲナムを培養するために用いる培地は、炭素源(糖)を含む。炭素源としては、以下に限定されないが、グルコース、トレハロース、ガラクトース、アドニトール、L-ソルボース、セロビオース、キシリトール、サリシン、D-グルシトール、D-リボース、D-マンニトール、D-キシロース、ズルシトール、L-アラビノース、ラフィノース、D-アラビノース、D-グルコン酸、イヌリン、スクロース、マルトース、グリセロールからなる群から選択することができる。上記ポリオールエステルを生産する上で、より好ましい炭素源の例は、グルコース(典型的には、D-グルコース)である。
【0035】
上記培地は、炭素源に加えて、通常は窒素源及び無機塩類を含み、さらに必要に応じてビタミン類、アミノ酸、微量元素等を含んでもよい。無機塩類としては、ナトリウム塩、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等を使用することができる。
【0036】
上記培地は、例えば、酵母エキスを含むことがより好ましい。上記培地は、例えば、ペプトン、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二ナトリウム、硫酸マグネシウム7水和物、、塩化カルシウム6水和物、硫酸鉄7水和物からなる群から選択される1つ以上を含んでもよい。好ましい一実施形態では、上記培地は、D-グルコース、酵母エキス、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二ナトリウム、硫酸マグネシウム7水和物、及び塩化カルシウム6水和物を少なくとも含む。但し培地組成は、微生物の培養に適切なものであれば特に限定されない。
【0037】
培養は、ロドスポリジウム・パルジゲナムの通常の培養条件で行うことができる。例えば、ロドスポリジウム・パルジゲナムは、26℃〜34℃、好ましくは28℃〜32℃で培養することができる。ロドスポリジウム・パルジゲナムを培養する培地のpHは3〜10が好ましい。
【0038】
上記ポリオールエステルの生産のためには、ロドスポリジウム・パルジゲナムの培養は、炭素源としてグルコースを含む培地で培養することがより好ましい。また炭素源が過剰になったり不足したりしないように炭素源を追加(補充)しながら典型的には5日〜20日、好ましくは7日以上、より好ましくは10日以上、さらに好ましくは11日以上培養することが好ましい。炭素源(糖)の追加は適宜のタイミングで行えばよいが、総糖添加量が初発培養液重量の70〜80%の重量になるまで、糖濃度15%以下、より好ましくは10%以下、さらに好ましくは6%以下又は1%以下になるようなタイミングで逐次糖を添加することが好ましい。一実施形態では、3〜48時間に1回の割合で糖を添加してもよい。
【0039】
上記のようにしてロドスポリジウム・パルジゲナムを培養することにより、上記ポリオールエステルが生成され菌体外(培養液中)に分泌される。上記ポリオールエステルが大量に生成され分泌されると、培養液中に上記ポリオールエステルが蓄積することになる。培養液中に蓄積した上記ポリオールエステルは、典型的には培養液の下面に油層を形成する。ポリオールエステルを含む油層は肉眼で容易に観察することができる。
【0040】
本発明の方法では、好ましくは、このようにして生成され菌体外に分泌された上記ポリオールエステルを、培養液から回収することを含む。例えば、生成され菌体外に分泌された上記ポリオールエステルを培養液から回収することが好ましい。好ましい一実施形態では、まず、得られた培養液を遠心分離することにより、一番下にポリオールエステル層(油層)、その上に菌体層、その上に培養上清(水層)が形成される。遠心分離は適宜の条件で行うことができるが、例えば15000〜25000 x g(典型的には20000 x g)で2〜5分間遠心すればよい。培養上清を除去し、ポリオールエステル層(油層)と菌体層に有機溶媒(エタノール等)を添加してポリオールエステルを溶解させ、遠心分離を行って菌体を除去し、次いで有機溶媒を蒸留等により除去することによりポリオールエステルを培養液及び菌体から回収することができる。あるいは、遠心分離後、ポリオールエステル層(油層)を直接採取するか、又は菌体層及び水層を単に除去してもよい。ポリオールエステル層(油層)を精密ろ過等の濾過技術によって菌体等の固形成分から分離した後、水層から回収してもよい。上記ポリオールエステルの回収方法は上記工程に限定されるわけではなく、脂質成分の任意の分離精製方法を用いることができる。回収された上記ポリオールエステルは、必要に応じてさらに精製してもよい。得られたポリオールエステルは2種以上の化合物の混合物でありうる。回収された上記ポリオールエステルが2種以上のポリオールエステル化合物の混合物である場合には、そのポリオールエステル混合物から、個々のポリオールエステル化合物を分離してもよい。すなわち本発明の方法は、混合物の状態のポリオールエステルから、ポリオールエステル化合物を分離する工程をさらに含み得る。ここで、化合物の分離は、ポリオールエステル混合物から個々のポリオールエステル化合物を単離することだけでなく、ポリオールエステル混合物を、1種又はより類似した特性を有する2種以上のポリオールエステル化合物を1つの画分に含む複数の画分に分離することも包含する。化合物の分離及び/又は精製は、例えば、薄層クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等のクロマトグラフィー技術を用いて行うことができる。
【0041】
得られたポリオールエステルの化学構造は質量分析や核磁気共鳴解析等の公知の技術を用いて確認することができる。
【0042】
本発明の方法では、上記ポリオールエステルが菌体外に分泌され、油層を形成させることもできるため、上記ポリオールエステルの分離(回収)が容易になり、生産工程をより効率化することができる。
【0043】
このようにして得られた上記ポリオールエステルは、ポリオールエステルの各種用途、例えば潤滑油、エンジン油、乳化剤、界面活性剤、食品、化粧品等に使用することができる。ポリオールエステルはまた、脂肪酸を製造するための原料としても用いることができる。例えば本発明に係るポリオールエステルから公知の方法により製造可能な3-ヒドロキシ脂肪酸は、食品、化粧品、抗菌剤、プラスチック原料等に使用することができる。ポリオールエステルからの3-ヒドロキシ脂肪酸の製造は、酸性条件下での加熱やアルカリ条件下での処理により加水分解を引き起こすことにより行うことができる。また本発明の方法で得られたポリオールエステルについて、公知の方法により、アセチル化の程度を増加させたりポリオール上の水酸基を脱アセチル化したりすることもできる。そのようにして得られたポリオールエステルも上記のような各種用途に用いることができる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0045】
[実施例1] 土壌から分離した微生物の同定
酵母エキス(粉末;Difco Laboratories)1%、ペプトン(Difco Laboratories)2%、D-グルコース(和光純薬工業)2%を純水に溶かしたものをYPD培地とした。YPD培地の寒天プレートは、YPD培地に寒天を1.5%添加し、オートクレーブ滅菌後、プラスチックシャーレで固化して作製した。YPD培地の寒天プレートを用いて、それぞれ独立した土壌試料(茨城県内で採取)から微生物株BS15株、1126株、及び1042株を単一のコロニーとして分離した。BS15株、1042株、1126株を、5 mLのYPD培地で2日間培養し、遠心することにより菌体を得た。その菌体から、DNA抽出キットISOPLANT(ニッポンジーン)を用いてDNAを抽出・精製した。DNA溶液は100 ng/μLとなるよう水で希釈した。これを鋳型DNAとして、26S rDNAのD1〜D2領域をPCRで増幅した。PCRのため、10×ExTaq buffer(タカラバイオ) 2 μL、2.5 mM dNTP(タカラバイオ) 1.6 μL、ExTaq (5 U/μL、タカラバイオ) 0.05 μL、フォワードプライマー(5'-GCATATCAATAAGCGGAGGAAAAG-3'; 配列番号1)10 pmol、及びリバースプライマー(5'-GGTCCGTGTTTCAAGACGG-3'; 配列番号2)10 pmol、鋳型DNA 100 ngを含む反応液を調製した。PCRの反応条件としては94℃で5分間保持した後、94℃で30秒、56℃で30秒、72℃で1分を1サイクルとして25サイクルの反復を行い、終了後に72℃で5分間保持した後、4℃に保持した。エチジウムブロマイド(EtBr)溶液を添加した1%アガロースゲルを用いて、PCR増幅産物を電気泳動し、600塩基〜700塩基付近にバンドが得られることを確認した。PCR増幅産物をMinElute PCR purification kit(キアゲン)で精製した。このPCR増幅産物の塩基配列をApplied Biosystems 3130xl ジェネティックアナライザ(アプライドバイオシステムズ)又はApplied Biosystems 3730xl DNAアナライザ(アプライドバイオシステムズ)を用いて解析した。解析は株式会社ファスマックに委託した。PCR増幅産物として得られた、フォワードプライマーとリバースプライマーに挟まれた領域の塩基配列は、BS15株、1042株、1126株のいずれも同一であった(配列番号3)。配列番号3に示す塩基配列についてBLAST検索を行ったところ、この配列はロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)の26S rDNAのD1〜D2領域の上記増幅配列と100%の配列相同性を示し、またこの配列が相同性を示した塩基配列は、ロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)由来配列として登録されているものが大多数であった。具体的には、BLAST検索の結果、配列番号3に示す塩基配列は、例えば、GenBankアクセッション番号LC053958.1、KJ507303.1、HQ670686.1等で示される多数のロドスポリジウム・パルジゲナムの26S rDNA配列中の対応領域の塩基配列と100%の相同性(配列同一性)を示し、またGenBankアクセッション番号DG531945.1、FJ463627.1、EF644474.1等に示されるロドスポリジウム・パルジゲナムの26S rDNA配列中の対応領域の塩基配列と99%の相同性(配列同一性)を示した。配列解析に基づき、土壌から分離したBS15株、1126株、1042株はいずれも担子菌酵母に属するロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)であると同定した。
【0046】
これらの分離菌株について生理性状試験を行ったところ、グルコースで発酵性を示さず、窒素源として硝酸塩を資化し、炭素源としてグルコース、ガラクトース、L-ソルボースなどの単糖類や、スクロース、マルトース、トレハロース、セロビオースなどの二糖類や、サリシンなどのβ-グリコシド化合物を資化した。これらの菌株は、ロドスポリジウム属の種間でロドスポリジウム・パルジゲナムの標徴形質(key characters)となる炭素源(L-ソルボース、L-アラビノース、メレジトース、キシリトール)の資化性、ビタミンフリー、35℃及び37℃における生育性の特徴がロドスポリジウム・パルジゲナムと一致しており、ロドスポリジウム・パルジゲナムとよく類似した生理・生化学的性状を示した。
【0047】
ロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)BS15株、1042株、1126株は、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に、それぞれ受託番号NITE P-02292、NITE P-02295、NITE P-02296で寄託された。
【0048】
[実施例2] BS15株による菌体外脂質の生産
グルコース(和光純薬工業)5%、酵母エキス(粉末; Difco Laboratories)2.5%、リン酸二水素カリウム(和光純薬工業)0.12%、リン酸水素二ナトリウム(和光純薬工業)0.03%、硫酸マグネシウム7水和物(和光純薬工業)0.03%、塩化カルシウム6水和物(和光純薬工業)0.01%を含む液体培地を調製し、BS15株の脂質生産に用いた。この液体培地を、300mL容羽根付フラスコ(旭硝子)に25mL、試験管に5mLを添加し、オートクレーブ滅菌した。5mL液体培地に、寒天プレート上のBS15株を1白金耳分、植菌後、恒温振とう機で30℃、200rpmで1昼夜培養を行った。その後、25mL液体培地に培養物の全量を移し、30℃、140rpmの旋回振とうで本培養を行った。本培養開始から24、48、72、96、120、168、216時間後にグルコース粉末を3gずつ培地に添加した。図1のとおり、培養液の下面(矢印で示す)に脂質(油層)が大量に存在することを確認した上で、12日間で培養を終了した。この脂質はBS15株から菌体外に生産されたものである。
【0049】
培養液全量を50mL容のプラスチックチューブに移し、20000 ×gで3分間遠心を行った。その結果、最も下に脂質が、その上に菌体が層となり、さらにその上に培養液上清の層が認められた。この培養液上清を除去し、菌体及び脂質層にエタノールを20mL添加して、脂質をエタノールに溶解した。これを遠心分離することで、菌体を除去し、脂質が溶解したエタノール画分を回収した。エタノール画分からエタノールを留去し、脂質を回収し、その重量を測定した。この結果、培養液の液量1L当たり110 gの脂質(菌体外脂質)が得られた。この菌体外脂質の生産量は、非特許文献1で報告されている生産量の50〜100倍程度に相当し、驚くべき多さであった。
【0050】
[実施例3] 1126株による菌体外脂質の生産
D-グルコース(和光純薬工業)5%、酵母エキス(粉末; Difco Laboratories)1.5%、ペプトン(Difco Laboratories)1.5%、リン酸二水素カリウム(和光純薬工業)0.05%、リン酸水素二カリウム(和光純薬工業)0.05%、硫酸マグネシウム7水和物(和光純薬工業)0.02%、塩化カルシウム6水和物(和光純薬工業)0.005%、硫酸鉄7水和物(和光純薬工業)0.0025%を含む液体培地を調製し、1126株の脂質生産に用いた。この液体培地を、300mL容羽根付フラスコ(旭硝子)に30mL、試験管に5mLを添加し、オートクレーブ滅菌した。5mL液体培地に、寒天プレート上の1126株を1白金耳分、植菌後、恒温振とう機で30℃、200rpmで1日間、前培養を行った。その後、30mL液体培地に前培養の培養物を1mL移し、30℃、140rpmの旋回振とうで本培養を行った。本培養開始から24、48、72、96、120、144、192時間後にグルコース粉末を3gずつ培地に添加した。本培養開始から168時間後に、リン酸二水素カリウム(和光純薬工業)5%及びリン酸水素二カリウム(和光純薬工業)5%の水溶液を培地に1mL添加した。培養液の下面に脂質(油層)が大量に存在することを確認した上で、12日間で本培養を終了した。この脂質は1126株から菌体外に生産されたものである。
【0051】
培養液全量を50mL容のプラスチックチューブに移し、20000 ×gで10分間遠心を行った。最も下に脂質が、その上に菌体が層となり、さらにその上に培養液上清の層が認められた。ピペットで脂質を吸引し、回収後、風乾して、その重量を測定した。この結果、培養液の液量1L当たり103 gの脂質(菌体外脂質)が得られた。
【0052】
[実施例4] 1042株による菌体外脂質の生産
D-グルコース(和光純薬工業)10%、酵母エキス(粉末; Difco Laboratories)0.125%、リン酸二水素カリウム(和光純薬工業)0.05%、リン酸水素二カリウム(和光純薬工業)0.05%、硫酸マグネシウム7水和物(和光純薬工業)0.02%、塩化カルシウム6水和物(和光純薬工業)0.005%、硫酸鉄7水和物(和光純薬工業)0.0025%を含む液体培地を試験管に5mLを添加し、オートクレーブ滅菌した(液体培地A)。
【0053】
またD-グルコース(和光純薬工業)5%、酵母エキス(粉末; Difco Laboratories)1.5%、ペプトン(Difco Laboratories)1.5%、リン酸二水素カリウム(和光純薬工業)0.05%、リン酸水素二カリウム(和光純薬工業)0.05%、硫酸マグネシウム7水和物(和光純薬工業)0.02%、塩化カルシウム6水和物(和光純薬工業)0.005%、硫酸鉄7水和物(和光純薬工業)0.0025%を含む液体培地を調製した。この液体培地を、1042株の脂質生産用に、300mL容羽根付フラスコ(旭硝子)に30mL添加し、オートクレーブ滅菌した(液体培地B)。
【0054】
5mLの液体培地(液体培地A)に、寒天プレート上の1042株を1白金耳分、植菌後、恒温振とう機を用いて30℃、200rpmで1日間培養を行った。培養後、30mLの液体培地Bに1mLを移し、30℃、160rpmの旋回振とうで本培養を行った。本培養開始から24、48、72、96、144、192時間後にグルコース粉末を3gずつ培地に添加した。培養液の下面に脂質(油層)が大量に存在することを確認した上で、10日間で本培養を終了した。この脂質は1042株から菌体外に生産されたものである。
【0055】
培養液全量を50mL容のプラスチックチューブに移し、20000 ×gで10分間遠心を行った。最も下に脂質が、その上に菌体が層となり、さらにその上に培養液上清の層が認められた。ピペットで脂質を吸引し、回収後、風乾して、その重量を測定した。この結果、培養液の液量1Lあたり43 gの脂質(菌体外脂質)が得られた。
【0056】
[実施例5] BS15株、1042株、1126株により生産された菌体外脂質のTLCによる比較
実施例2、3、4でそれぞれ得られた脂質(脂質画分)を、薄層クロマトグラフィー(TLC)で分析した。担体としては、TLCシリカゲル 60 F254 アルミシート(メルクミリポア)を、展開溶媒としてはヘキサン(特級、和光純薬工業)及び酢酸エチル(特級、和光純薬工業)の等量混合液を用いた。発色液としては、0.1%プリムリン(東京化成)の80%アセトン溶液を用いた。BS15株、1042株、1126株のそれぞれに由来する脂質をエタノール溶液に10%溶解し、その1μLをシリカゲルシートにスポットした。このシリカゲルシートの下端を展開溶媒に浸し、約15分間展開した。乾燥後、発色液を噴霧し、乾燥後、トランスイルミネーターで紫外線照射を行った。スポットを目視で確認後、担体プレート上に記録し、図2の結果を得た。いずれの菌株由来の菌体外脂質についても菌株間で同様の位置に存在する6個のスポットが検出された。このことから、土壌から分離したロドスポリジウム・パルジゲナム(Rhodosporidium paludigenum)は同様の脂質を菌体外に生産することを確認した。また、この脂質が薄層クロマトグラフィー上で分離される複数の成分から構成される脂質混合物であることが示された。
【0057】
[実施例6] BS15株由来の菌体外脂質の成分の解析
(1) BS15株由来の菌体外脂質の特徴解析
BS15株由来脂質を、メタノール及び水の等量混合液に溶解し、フーリエ変換イオンサイクロトロン質量分析装置(Bruker Daltonics、Apex 70 IIe、ESI positive)を用いて質量分析を行った。その結果、図3Aのスペクトルが得られた。BS15株由来脂質の主要な分子量ピークは669.34であった。また、BS15株由来脂質を、重クロロホルムに溶解し、NMR測定装置(ブルカーバイオスピン社製、AVANCE 800)を用いて、核磁気共鳴(NMR)解析を行った。その結果、図3Bに示す1H-NMRスペクトルが得られた。
【0058】
(2) BS15株由来の菌体外脂質に含まれる糖質成分のHPLCによる同定
BS15株由来の菌体外脂質に含まれる糖質成分を同定するため、まず、菌体外脂質の加水分解を行った。具体的には、BS15株由来脂質1 gに7 mLの1M水酸化カリウムエタノール溶液を添加し、70℃で30分間加熱した。1N塩酸を8 mL添加し、中和した。ヘキサンを5 mLを混合後、静置し、溶媒層を除去することを2回繰り返した。水-エタノール層を100倍に希釈した後、イオン交換樹脂アンバーライトMB-3(オルガノ)を20分の1量添加して、脱イオン化し、HPLC測定に供した。HPLC装置には荷電化粒子検出器(ESA Biosciences)を備えたProminenceシステム(島津製作所社製)を用いた。分離カラムにはHILICpak VG-50 4E(昭和電工)を使用し、カラム温度は40℃とした。溶出液には92%アセトニトリル水溶液を用い、流速を1.5 mL/分とした。測定の結果、BS15株由来の脂質加水分解物中の成分は、D-マンニトール及びL-アラビトールの標品と保持時間が一致することが確認された。
【0059】
(3) BS15株由来の菌体外脂質に含まれる成分のTLCによる分離
BS15株由来脂質のエタノール溶液をシリカゲルシートに多数スポットし、実施例5と同じ条件で、薄層クロマトグラフィーを行い、次いで染色によりBS15株由来脂質を構成する各スポットの位置を確認した。その後、図2の上から3番目までのスポット(スポット1、2、3)に相当する位置のシリカゲルを掻きとり、ガラス試験管内のクロロホルム(和光純薬工業)に添加して、各スポットの成分を溶出させた後、クロロホルムを留去して3種の成分を得た。得られた3種の脂質成分をそれぞれスポット1、2、3成分とした。薄層クロマトグラフィーで分離したスポット1、2、3の成分をメタノール、水の等量混合液に溶解し、フーリエ変換イオンサイクロトロン質量分析装置(Bruker Daltonics、Apex 70 IIe、ESI positive)を用いて質量分析を行った。その結果、BS15株由来脂質のスポット1、2、3の成分について、それぞれ図4図9図12のマススペクトルが得られた。スポット1、2、3の成分の主要な分子量ピークはそれぞれ、639.33、669.34、627.33であった。
【0060】
(4)スポット1の成分の化学構造解析
スポット1の成分について実施例6(1)と同じ装置及び溶媒条件で核磁気共鳴(NMR)解析を行い、図5及び図6にそれぞれ示す1H-NMR及び13C-NMRスペクトルを得た。これらのスペクトルと、実施例6(3)で得た図4のマススペクトルに基づき、スポット1に含まれる主要成分の組成式をC31H52O12と決定した。さらに2次元NMR(DQF-COSY、TOCSY、HMBC、HSQC)の測定を行い、図7A図7B図8A図8Bのスペクトルをそれぞれ得た。
【0061】
図5図6は、スポット1の主要成分が、3-アセトキシパルミチン酸がペンチトールの1級水酸基とエステル結合しており、ペンチトールのそれ以外の水酸基が全てアセチル化している下記の構造を有することを示していた。
【0062】
【化8】
この構造は、図4のマススペクトル、図7〜8の2次元NMRの結果とも合致した。
【0063】
このようにして、組成式、NMR信号の帰属、並びに実施例6(2)における構成糖分析の結果に基づき、スポット1に含まれる主要化合物を1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,3,4,5-テトラ-O-アセチルアラビトール又は5-O-(3-アセトキシパルミトイル)-1,2,3,4-テトラ-O-アセチルアラビトール(光学異性体)のいずれかであると同定した。
【0064】
スポット1の成分についての質量分析並びに1H-NMR及び13C-NMR解析の結果を以下に示す。
精密質量分析:計算値 (M+Na)[C31H52O12Na]+=639.3351、実測値 639.3352
1H NMR (800 MHz, CDCl3)δ[ppm] 5.38(2H, m), 5.17 (1H, m), 5.16 (2H, m), 4.28(1H, d, J=12.5 Hz), 4.27 (2H, m), 4.13 (1H, dd, J=5.0, 2.5 Hz), 3.94 (1H, dd, J=11.7, 7.1 Hz) , 2.59 (1H, dd, J=15.7, 7.8 Hz), 2.54 (1H, dd, J=15.7, 4.9 Hz), 2.13(3H, s), 2.08 (3H, s), 2.06(3H, s), 2.04(3H, s), 2.03 (3H, s), 1.59 (2H, m), 1.24〜1.32 (22H, m), 0.88 (3H, t, J=7.2 Hz)
13C NMR(201 MHz, CDCl3)δ[ppm] 170.44, 170.40, 170.14, 170.08, 169.80, 169.63, 70.32, 68.27, 68.05, 67.96, 62.00, 61.92, 38.93, 34.06, 31.93, 29.69, 29.67, 29.65, 29.64, 29.57, 29.50, 29.38, 29.36, 25.12, 22.70, 21.10, 20.77, 20.66(2C), 20.61, 14.13
【0065】
(5)スポット2の成分の化学構造解析
スポット2の成分について実施例6(1)と同じ装置及び溶媒条件で核磁気共鳴(NMR)解析を行い、図10及び11にそれぞれ示す1H-NMR及び13C-NMRスペクトルを得た。これらのスペクトルと、実施例6(3)で得た図9のマススペクトルに基づき、スポット2に含まれる主要成分の組成式をC32H54O13と決定した。さらに2次元NMR(DQF-COSY、TOCSY、HMBC、HSQC)の測定を行い、それぞれのスペクトルを得た。
【0066】
上記解析は、スポット2に含まれる主要成分において、3-アセトキシ脂肪酸がヘキシトールの1級水酸基とエステル結合しており、かつ、ヘキシトールの他の水酸基の一部がアセチル化されていることを示した。また、スポット2の成分が、アセチル化の位置が異なる脂質の混合物であることが推定された。図9のマススペクトルの推定分子量を考慮し、決定された化学構造は以下のとおりである。
【0067】
【化9】
【0068】
このようにして、上記の組成式、及びNMR信号の帰属、並びに実施例6(2)における構成糖分析の結果に基づき、スポット2に含まれる主要化合物として1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,3,5,6-テトラ-O-アセチルマンニトール及び1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,4,5,6-テトラ-O-アセチルマンニトールの2種を同定した。
【0069】
質量分析並びに1H-NMR及び13C-NMR解析の結果を以下に示す。
精密質量分析:計算値 (M+Na)[C30H52O12Na]+=627.3351、実測値 627.3350
1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,3,5,6-テトラ-O-アセチルマンニトールの1H NMRデータ:
1H NMR (800 MHz, CDCl3)δ[ppm]5.29 (1H, m), 5.23 (1H, dd, J=7.2, 1.6 Hz), 5.18 (1H, m), 4.88 (1H, ddd, J=9.6, 4.2, 2.6 Hz), 4.43 (1H, dd, 12.4, 2.6 Hz), 4.42 (1H, dd, J=12.4, 2.7 Hz), 4.34 (1H, dd, 12.4, 2.9 Hz), 4.16 (1H, dd, J=12.4, 6.3 Hz), 3.85 (1H, ddd, J=9.6, 7.0, 1.6 Hz), 3.14 (1H, d, J=7.0 Hz, -OH), 2.59 (1H, dd, J=15.6, 7.6 Hz), 2.54 (1H, dd, J=15.6, 5.0 Hz), 2.13 (3H, s), 2.09 (3H, s), 2.085(3H, s), 2.082 (3H, s), 2.05 (3H, s), 1.55〜1.64 (2H, m), 1.24〜1.33 (22H,m), 0.88 (3H, t, J=7.1Hz)
1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,4,5,6-テトラ-O-アセチルマンニトールの1H NMRデータ:
1H NMR (800 MHz, CDCl3)δ[ppm] 5.35 (1H, ddd, J=7.7, 5.7, 2.5 Hz), 5.30 (1H, dd, J=7.7, 1.6 Hz), 5.26 (1H, m), 4.86 (ddd, J=10.0, 2.9, 2.4 Hz), 4.39 (1H, dd, J=12.5, 2.5 Hz), 4.37 (1H, dd, J=12.5, 2.9 Hz), 4.30 (1H, dd, J=12.5, 2.4 Hz), 4.19 (1H, dd, J=12.5, 5.7 Hz), 4.08 (1H, ddd, J=10.0, 7.0, 1.6 Hz), 3.59 (1H, d, J=7.0, -OH), 2.61 (1H, dd, J=14.8, 3.8 Hz), 2.55 (1H,dd, J=14.8, 9.4 Hz), 2.11 (3H, s), 2.059 (3H, s), 2.057 (3H, s), 2.05 (3H, s), 2.03 (3H, s), 1.55〜1.64 (2H, m), 1.24〜1.33 (22H, m), 0.88 (3H, t, J=7.1 Hz)
1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,3,5,6-テトラ-O-アセチルマンニトール及び1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,4,5,6-テトラ-O-アセチルマンニトールの13C NMRデータ:
13C NMR (201MHz, CDCl3) δ[ppm] 171.45, 171.35, 170.77, 170.70, 170.45, 170.36, 170.32, 170.24, 170.03, 170.00, 169.92, 169.78, 70.97, 70.38, 70.30, 70.08, 69.38, 69.17, 68.82, 68.74, 67.41, 66.51, 62.93, 62.77, 62.65, 62.36, 40.08, 39.00, 34.43, 34.05, 31.93 (2C), 29.69(2C), 29.66 (2C), 29.65(2C), 29.64 (3C), 29.56, 29.53, 29.50, 29.48, 29.36(3C), 25.30, 25.14, 22.70 (2C), 21.11, 21.10, 20.94(2C), 20.92, 20.88, 20.78, 20.75, 20.63(2C), 14.13 (2C)
【0070】
(6)スポット3の成分の化学構造解析
スポット3の成分について実施例6(1)と同じ装置及び溶媒条件で核磁気共鳴(NMR)解析を行い、図13及び14にそれぞれ示す1H-NMR及び13C-NMRスペクトルを得た。これらのスペクトルと、実施例6(3)で得た図12のマススペクトルに基づき、スポット3に含まれる主要成分の組成式をC30H52O12と決定した。さらに2次元NMR(DQF-COSY、TOCSY、HMBC、HSQC)の測定を行い、それぞれのスペクトルを得た。
【0071】
図13及び図14は、スポット3の主要成分において、スポット2と同様に、3-アセトキシ脂肪酸がヘキシトールとエステル結合しており、かつ、ヘキシトールの他の水酸基の一部がアセチル化されていることを示した。また、スポット3の成分が、アセチル化の位置が異なる脂質の混合物であることが推定された。図12のマススペクトルの推定分子量を考慮し、決定された化学構造は以下のとおりである。
【0072】
【化10】
【0073】
このようにして、上記の組成式、及びNMR信号の帰属、並びに実施例6(2)における構成糖分析の結果に基づき、スポット3に含まれる主要化合物として1-O-(3-アセトキシパルミトイル)-2,4,6-トリ-O-アセチルマンニトールを同定した。
【0074】
質量分析並びに1H-NMR及び13C-NMR解析の結果を以下に示す。
精密質量分析:計算値 (M+Na)[C30H52O12Na]+=627.3351、実測値 627.3350
1H NMR (800 MHz, CDCl3)δ[ppm] 5.29 (1H, m), 5.06 (1H, dd, J=7.8, 1.5 Hz), 4.87 (1H, ddd, J=10.0, 2.7, 2.1), 4.49 (1H, dd, J=12.6, 2.7 Hz), 4.31 (1H, m), 4.25 (1H, dd, J=12.7, 2.1 Hz), 4.19〜4.22 (2H, m), 4.16 (1H, dd, J=12.2, 6.5 Hz), 3.47 (1H, d, J=7.11 Hz, -OH), 3.21 (1H, d, J=5.6 Hz, -OH), 2.62 (1H, dd, J=14.7, 3.5 Hz), 2.55 (1H, 14.7, 9.5 Hz), 2.10 (3H, s), 2.08 (3H, s), 2.07 (3H, s), 2.06 (3H, s), 1.24〜1.32 (22H, m), 0.88 (3H, t, J=7.2Hz)
13C NMR (201MHz, CDCl3)δ[ppm] 171.76, 171.32, 170.70, 170.16, 170.11, 71.11, 70.34, 69.43, 68.76, 66.53, 65.58, 62.98, 40.00, 34.53, 31.93, 29.69, 29.66(2C), 29.64, 29.56, 29.54, 29.47, 29.36, 25.19, 22.70, 21.20, 20.91, 20.84, 20.74, 14.13
【0075】
[実施例7] BS15株由来の菌体外脂質の過アセチル化に基づく構造解析
BS15株由来脂質が、ポリオール上のアセチル化の程度が異なる脂質の混合物であることを確認するため、BS15株由来脂質(ポリオールエステル)の過アセチル化を試みた。具体的には、実施例2で得られたBS15株由来脂質550mgに、2mL無水酢酸(特級、和光純薬工業)と2mLピリジン(特級、和光純薬工業)を加え、室温で16時間反応させた。水2mLを混合し、静置後、水層を除去した。再度、水2mLを混合し、静置後、水層を除去した。得られた油層(脂質)をエタノールに10%になるよう溶解し、薄層クロマトグラフィーの試料とした。薄層クロマトグラフィーは実施例5と同様の方法で実施し、図15の結果を得た。過アセチル化処理を行っていないBS15株由来脂質(未処理)は6個のスポットに分離したが、過アセチル化処理後のBS15株由来脂質は、最もRf値の高いスポット1(水酸基が全てアセチル化されている)と同様の位置に集約された。この結果から、BS15株由来の菌体外脂質は、アセチル化の程度が異なるポリオールエステル誘導体の混合物であることが裏付けられた。なお実施例5において、1042株及び1126株もBS15株と同様の菌体外脂質を生産することが示されている。
【0076】
実施例5で得た図2に示されたとおり、BS15株、1042株、1126株のそれぞれに由来する脂質について薄層クロマトグラフィー上で6個のスポットが確認された。各菌株由来の脂質について、このうち、スポット1、2、3の成分は上記のとおり、それぞれ、ポリオール上の長鎖脂肪酸とエステル結合している1級水酸基以外の水酸基が全てアセチル化しているもの、アセチル化されていない水酸基が1つ存在するもの、アセチル化されていない水酸基が2つ存在するものであった。なお実施例6では各スポットについてアセチル化位置が特定された主成分のモノエステルの同定結果を示しているが、実際には、より少量で存在する、アセチル化された水酸基の数は同じであるが位置が異なるモノエステルも共存している。アセチル化される水酸基の位置はモノエステル毎にランダムに定まると考えられる。
【0077】
さらに、上記の過アセチル化により6個のスポットは全て最もRf値の高いスポット1に集約されたことから、薄層クロマトグラフィーでスポット1、2、3の下に示された3個のスポットの成分も、アセチル化の程度が異なるポリオールエステル誘導体であることが示された。スポットの位置から、スポット1、2、3の下に存在する3つのスポットの成分は、上側から、アセチル化されていない水酸基が3つ存在する(すなわち2つの水酸基がアセチル化されている)もの、アセチル化されていない水酸基が4つ存在する(すなわち1つの水酸基がアセチル化されている)もの、5つ全ての水酸基がアセチル化されていないものであることが示された。
【0078】
以上の実施例の結果から、ロドスポリジウム・パルジゲナムは、3-アセトキシ脂肪酸とアラビトール又はマンニトール等のポリオールの1級水酸基とのモノエステルであり、かつポリオール上の複数の水酸基におけるアセチル化の割合が異なる化合物の混合物を含む菌体外脂質を高効率に生産できることが示された。
【0079】
3-アセトキシ脂肪酸については、図3Aにおいて669.34のピークに加えて、697.37の分子量ピークも存在したことから、主要な3-アセトキシパルミチン酸に加えて、3-アセトキシステアリン酸も一部存在することが示された。上記のスポットには3-アセトキシステアリン酸とポリオールとのモノエステルもそれぞれ微量ずつ含まれると考えられた。すなわち、上記菌株由来の菌体外脂質は、以下の化学式で表される化合物を含んでいた。
【0080】
【化11】
この物質は、Tullochら(Canadian Journal of Chemistry, 42, p.830-835 (1964))によって報告されている物質と同じであることが明らかとなった。
【0081】
[実施例8] ロドスポリジウム・パルジゲナム分離株による対糖収率の高いポリオールエステル生産
Tullochらは、ロドトルラ・グルチニス(Rhodotorula glutinis)、ロドトルラ・グラミニス(Rhodotorula graminis)の菌株を、4%グルコース、0.2%酵母エキス、0.1%のリン酸2水素カリウムを含む培地50 mLを含む三角フラスコに接種し、230rpmで8〜10日間の培養を行ったところ、1〜2 g/Lでポリオールエステルが菌体外に生産されたことを報告している。この結果から、Tullochらが用いた菌株は、対糖収率(培養液に添加した原料グルコースの重量に対する生産ポリオールエステルの重量の比)2.5〜5%であると推測される。対糖収率は、下記式にもとづいて算出した。
対糖収率(%) = 生産されたポリオールエステルの重量(g)÷原料グルコースの重量(g)×100
【0082】
そこで比較のため、Tullochらと同じ培養条件で、ロドスポリジウム・パルジゲナムBS15株、1126株、1042株を培養した。具体的には、4%グルコース、0.2%酵母エキス、0.1%のリン酸2水素カリウムを含む液体培地50 mLを含む300mL容三角フラスコに各菌株の菌体を1白金耳添加し、230rpmで8日間の培養を行った。8日間の培養後、培養液から菌体外脂質(ポリオールエステル)を回収し、その量を測定した。なおこれらの菌株の8日間の培養終了時には培養液中の菌体外脂質の量はまだ最大レベルには達しておらず、生産量がより少ない段階であった。その結果、BS15株、1126株、1042株は、それぞれ対糖収率18.6%、17.3%、17.9%で菌体外脂質(ポリオールエステル)を生産した。対糖収率は、上記の式に基づいて算出した。これらのロドスポリジウム・パルジゲナム菌株が示した対糖収率は、生産量がより少ない段階であるにもかかわらず、Tullochらの結果と比較して顕著に高かった。
【0083】
この結果から、ロドスポリジウム・パルジゲナム菌株を用いることにより、原料糖あたりのポリオールエステルの生産性を大幅に向上させることができることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明は、ポリオールエステルの効率的な生産のために用いることができる。
【配列表フリーテキスト】
【0085】
配列番号1〜2:プライマー
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]