(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6774661
(24)【登録日】2020年10月7日
(45)【発行日】2020年10月28日
(54)【発明の名称】毛状異物の判別方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/17 20060101AFI20201019BHJP
【FI】
G01N21/17 Z
【請求項の数】9
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2017-10436(P2017-10436)
(22)【出願日】2017年1月24日
(65)【公開番号】特開2018-119832(P2018-119832A)
(43)【公開日】2018年8月2日
【審査請求日】2019年7月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000226998
【氏名又は名称】株式会社日清製粉グループ本社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100077562
【弁理士】
【氏名又は名称】高野 登志雄
(74)【代理人】
【識別番号】100096736
【弁理士】
【氏名又は名称】中嶋 俊夫
(74)【代理人】
【識別番号】100117156
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 正樹
(74)【代理人】
【識別番号】100111028
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 博人
(72)【発明者】
【氏名】高橋 美和
(72)【発明者】
【氏名】児玉 健博
【審査官】
嶋田 行志
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2005/038438(WO,A1)
【文献】
中国特許出願公開第102495067(CN,A)
【文献】
特公昭46−004278(JP,B1)
【文献】
食品に混入した毛様物同定の手法と課題,北海道立衛生研究所報,2005年,No.55,pp. 89-92
【文献】
食品から異物として検出される毛の判別,東京都立衛生研究所研究年報,2000年,No. 51,pp. 175-179
【文献】
異物による食品の苦情と検査対応,食品機械装置,第38巻、第8号,第49−57頁
【文献】
特集 異物検査・異物除去,食品工業,2011年 4月30日,第54巻、第8号,第46−78頁
【文献】
セルフメディケーションに向けたヒト毛髪蛋白質フィルムの創製と販売,BIO INDUSTRY,第19巻、第12号,第22−27頁
【文献】
各種獣毛断面データの収集,新潟県工業技術総合研究所工業技術研究報告書,No.43,pp. 51-54
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00−21/61
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
AgriKnowledge
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
人毛か牛毛かを判別したいサンプルを、脱色液に約20〜約60分間浸漬した後、その毛髄質の形態を顕微鏡下で観察することを含む、人毛と牛毛との判別方法。
【請求項2】
板状形態又は箱型形態の毛髄質が観察された場合には前記サンプルを牛毛であると判定し、板状形態又は箱型形態の毛髄質が観察されなかった場合には前記サンプルを人毛であると判定することを含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記サンプルが濃褐色〜黒色の毛状物である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
人毛か牛毛かを判別したいサンプルを脱色することなく、その毛髄質の形態を顕微鏡下で観察すること、
板状形態又は箱型形態の毛髄質が観察された場合には該サンプルを牛毛であると判定し、板状形態又は箱型形態の毛髄質が観察されなかった場合には該サンプルを人毛であると判定すること、
を含む、人毛と牛毛との判別方法。
【請求項5】
前記サンプルが白色または褐色の毛状物である、請求項4記載の方法。
【請求項6】
人毛か牛毛かを判別したいサンプルを脱色液に約10分間浸漬した後、その毛髄質の形態を顕微鏡下で観察することを含む、人毛と牛毛との判別方法。
【請求項7】
毛髄質が観察された場合に前記サンプルを牛毛であると判定することを含む、請求項6記載の方法。
【請求項8】
板状形態又は箱型形態の毛髄質が観察されたときには前記サンプルを牛毛であると判定し、板状形態又は箱型形態の毛髄質が観察されなかったときには前記サンプルを人毛であると判定することを含む、請求項6記載の方法。
【請求項9】
前記脱色液が、過酸化水素水及びアンモニア水からなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求項1又は6記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品等の製品中に混入した毛状異物の由来を判別する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品製造分野において、食品への異物の混入は重大な問題である。食品製造工場の衛生管理の観点から、食品に混入した異物が工場の製造ラインで混入したのか、又はその後の流通や保存の過程で混入したのかを判定することは重要である。異物が毛状である場合、それがどの生物に由来するものであるかは、異物混入時期の判定において重要な情報である。例えば、牛毛などの獣毛であれば、食品の製造過程で混入した原料由来のものである可能性が高いが、人毛である場合、製造過程だけでなく、その後の過程で混入した可能性もある。
【0003】
したがって、人毛とそれ以外の毛との判別は、食品衛生上重要である。しかし、様々な生物の毛の中には、羊毛のように見た目で容易に人毛と判別できるものもある一方で、牛毛のように、単に外観を観察しただけでは人毛と判別することが困難なものもある。特許文献1には、獣毛を含む試料を変性剤、還元剤、プロテアーゼ等で処理して得た分析サンプルを質量分析することにより獣毛の種類を特定及び/又は定量する方法によって、カシミヤ製品中やウール製品等の繊維製品の鑑定を行うことができることが記載されている。しかしこれは、人毛とそれ以外の毛とを判別するための方法ではない。
繊維品製品の鑑定
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開公報第2013/154208号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
食品等の製品中に混入した毛状異物が人毛か牛毛かを判別する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、人毛と牛毛とでは、毛髄質の顕微鏡観察像が異なることを見出した。
【0007】
したがって、本発明は、人毛か牛毛かを判別したいサンプルの毛髄質の形態を顕微鏡下で観察することを含む、人毛と牛毛との判別方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法によれば、従来行われていた単なる外観の観察だけでは判別が困難であった人毛と牛毛との判別を、簡便な手順で行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】牛毛の髄質の顕微鏡像およびその形態の模式図。A:板状形態の毛髄質、B:箱型形態の毛髄質。
【
図2】人毛の髄質の顕微鏡像および模式図。A:多数の細かい曲線的な紋様を有する毛髄質、B:多数の細かい曲線的な紋様を有する紡錘形として見える断続的な毛髄質。
【
図4】中程度の髄質を有する人毛と牛毛の顕微鏡像。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、人毛と牛毛との判別方法を提供する。本発明の方法において判別の対象となるサンプルとしては、人毛か牛毛かを判別したい毛状物であればよい。このようなサンプルとしては、例えば、牛毛以外の獣毛でも合成繊維でもないことが確認又は推定されていて人毛か牛毛かを判別したい毛状物、ならびに牛肉または牛肉を使用した製品等に混入していた毛状異物、などが挙げられる。好ましくは、本発明の方法で用いられるサンプルは、日本人等の東洋人の髪色と同等の色、例えば白色、褐色または濃褐色〜黒色の毛状物であり、より好ましくは濃褐色〜黒色の毛状物であり、さらに好ましくは黒色の毛状物である。
【0011】
本発明の方法においては、サンプルの毛髄質の形態を顕微鏡下で観察する。顕微鏡観察は、通常の生物顕微鏡や光学顕微鏡を用いて行えばよく、また毛髄質が視認できる程度の倍率下で行えばよい。
【0012】
後述の実施例に示すとおり、人毛と牛毛では、顕微鏡下で観察される毛髄質の形態が異なる。すなわち、牛毛からは、板状形態又は箱型形態の毛髄質を観察することができる。より詳細には、板状の形態の毛髄質とは、髄質の幅の端から端にわたり、髄質内に不特定の間隔で仕切りの板があるような外観を有する毛髄質をいい(
図1A参照)、また箱型の形態の毛髄質とは、髄質の輪郭に四角形の枠が見えるような外観を有する毛髄質をいう(
図1B参照)。牛毛の髄質の形態は、その太さに依存する傾向がある。毛髄質の太さは、髄指数(毛髄質径/毛径×100(%))で表すことができる。毛髄質が太い(髄指数が大きい、例えば30%以上)毛の髄質は、板状になる傾向があり、一方、毛髄質が細い(髄指数が小さい、例えば15%以下)毛の髄質は、箱型形態になる傾向がある。中間的な太さの毛髄質(例えば髄指数15〜30%)は、全体的に板状形態である場合から、断続的に板状形態の領域が表れる場合(この板状形態の領域が少なくなると、箱型形態に近づく)まで様々である。一方、そのような板状〜箱型の毛髄質の形態は、人毛からは観察されない。人毛からは、多数の細かい曲線的な紋様を有する毛髄質が観察できる(
図2A参照)。また人毛からは、該多数の細かい曲線的な紋様を有する紡錘形として見える断続的な毛髄質が観察できることもある(
図2B参照)。髄指数が小さくなると、人毛の毛髄質の形態は不明瞭になる。
【0013】
したがって、サンプルの毛髄質の形態を顕微鏡観察することで、サンプルが人毛か牛毛かを判別することができる。より詳細には、板状形態または箱型形態の毛髄質が観察された場合には、該サンプルを牛毛であると判定することができ、一方、板状形態もしくは箱型形態の毛髄質が観察されなかった場合、好ましくは多数の細かい曲線的な紋様を有する毛髄質が観察された場合には、該サンプルを人毛であると判定することができる。
【0014】
サンプルが暗色(例えば濃褐色〜黒色)である場合、そのままでは顕微鏡下で毛髄質を視認困難なことがある。したがって、顕微鏡下での毛髄質の観察を容易にするため、本発明の方法においては、サンプルを、必要に応じて水洗等の処理を施した後、脱色液に浸漬してもよい。該脱色液としては、過酸化水素水及びアンモニア水からなる群より選択される少なくとも1種が挙げられ、これらを単独でまたは混合して用いることができる。好ましくは、該脱色液の例としては0.6〜30%過酸化水素水および0.4〜1.0%アンモニア水が挙げられ、より好ましくは3〜10%過酸化水素水および0.4〜0.8%アンモニア水が挙げられ、さらに好ましくは6%過酸化水素水および0.6%アンモニア水が挙げられる。
【0015】
毛は、中心の毛髄質、その周辺の毛皮質、及び最外層の毛小皮(キューティクル)から構成されている。毛髄質は、毛の中心部分に存在する髄細胞によって構成される部分である。脱色液に一定時間浸漬されていたサンプルは、脱色されるため、その毛髄質が顕微鏡下で視認可能になる。毛髄質が視認可能になる時間は、サンプルの毛の種類によって異なり得る。すなわち、サンプルが人毛である場合は、約10分間の脱色液への浸漬で毛髄質が視認可能な程度に脱色される。一方で、サンプルが牛毛である場合は、その多くは約10分間の浸漬では十分に脱色されず、毛髄質が視認可能な程度に脱色されるまでに約20〜約60分間の浸漬を要する。なお、本発明の方法における脱色液への浸漬時間についての「約」とは、サンプル毛の毛径に応じた±2分程度の変動を含み得る概念である。
【0016】
したがって、本発明の一実施形態においては、サンプルを毛髄質が顕微鏡下で視認可能になるまで脱色液に浸漬した後、その毛髄質の形態を顕微鏡下で観察し、該毛髄質の形態に基づいてサンプルが人毛か牛毛かを判別する。当該脱色液での処理に供されるサンプルとしては、脱色しなければ毛髄質が顕微鏡観察できないサンプル、例えば濃褐色〜黒色の毛状物が用いられ、黒色の毛状物が好ましい。浸漬時間は、好ましくは少なくとも約20分以上、より好ましくは約20〜約60分間である。当該時間の脱色液への浸漬により、サンプルが人毛及び牛毛のいずれであっても、毛が脱色され、毛髄質が観察できるようになる。観察された毛髄質の形態に従って、サンプルが人毛か牛毛かを判別することができる。
【0017】
本発明の別の一実施形態においては、サンプルを脱色液に約10分間浸漬した後、顕微鏡下で毛髄質を観察する。当該脱色液での処理に供されるサンプルとしては、脱色しなければ毛髄質が顕微鏡観察できないサンプル、例えば濃褐色〜黒色の毛状物が用いられ、黒色の毛状物が好ましい。当該サンプルの当該時間の脱色液への浸漬では、ほとんどの牛毛の毛髄質は視認可能にならないが、一部の牛毛および人毛の毛髄質が視認可能になる。したがって、本実施形態においては、サンプルの毛髄質が顕微鏡下で視認可能か否かを確認する。毛髄質が視認可能でなかった場合には、該サンプルを牛毛であると判定することができる。一方、毛髄質が視認可能であった場合には、その毛髄質の形態を観察する。このとき、板状又は箱型の毛髄質が観察された場合には該サンプルを牛毛であると最終判定することができ、一方、板状形態もしくは箱型形態の毛髄質が観察されなかった場合には該サンプルを人毛であると最終判定することができる。
【0018】
サンプルの毛髄質の形態を十分に確認できなかった場合には、上記第一の実施形態に従って、サンプルを、毛髄質が顕微鏡下で視認可能になるまで再度脱色液に浸漬させてもよい。好ましくは、最初の約10分間の浸漬と合わせて全部で約20〜約60分間脱色液に浸漬させる。次いで、毛髄質の形態を顕微鏡観察する。顕微鏡観察で板状又は箱型の毛髄質が観察されなければ、該サンプルを人毛であると最終判定することができる。一方、板状又は箱型の毛髄質が観察された場合は、該サンプルを牛毛であると最終判定することができる。本実施形態においては、最初の約10分間の浸漬後、顕微鏡観察中に脱色が進行することを防止するため、脱色液から取り出したサンプルを観察前に一旦水洗することが好ましい。
【0019】
本発明のさらに別の一実施形態においては、サンプルを脱色することなく、その毛髄質の形態を顕微鏡下で観察し、該毛髄質の形態に基づいてサンプルが人毛か牛毛かを判別する。本実施形態のサンプルとしては、脱色せずに毛髄質の顕微鏡観察が可能なサンプル、例えば白色または褐色の毛状物が用いられる。観察された毛髄質の形態に従って、サンプルが人毛か牛毛かを判別することができる。
【実施例】
【0020】
次に本発明をさらに具体的に説明するために実施例を掲げるが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0021】
人毛;日本人頭髪、径60〜120μm × 3cm長
牛毛;黒毛和種および交雑種(黒毛)、径50〜100μm × 1cm長
脱色液;6%過酸化水素水、0.6%アンモニア水
【0022】
試験例1
人毛及び牛毛を脱色液に浸漬し、0、10、20、30、及び60分後に生物顕微鏡(倍率400倍)で観察し、髄質が視認できるか否かを判定した。結果を表1〜2に示す。黒毛の牛毛では毛髄質を視認するために20〜60分間の脱色が必要であった。脱色に時間がかかったものは髄指数(相対的な髄質径)が小さく、脱色が短時間で済んだものは髄指数が大きい傾向があった。一方、人毛では、髄指数に関わらず、10分程度の脱色で毛髄質を視認することができた。
【0023】
【表1】
【0024】
【表2】
【0025】
試験例2
脱色した人毛と牛毛の中から、同等の髄指数を有する人毛と牛毛を選択して髄質の形態を比較した。なお、人毛の髄指数は、約30%以下であることが知られているため、牛毛についても、同様の髄指数(0〜30%程度)の毛での比較としている。
太い髄質(髄指数15〜30%程度)を有する毛の場合、牛毛では、髄質全体にわたって不特定の間隔で髄質内に仕切りの板があるような外観を有する形態(板状形態)の髄質が観察されたが、人毛では、髄質は明瞭に観察できるものの、牛毛のそれとは異なり、髄質の中に多くの細かい曲線的な紋様があるような形態を観察した(
図3)。
中程度の髄質を有する毛の場合、牛毛では板状である場合から、断続的な板状形態、また箱型に近い形態を示す場合まで様々な形態を観察した。人毛では、髄質は明瞭に観察でき、かつその中に多くの細かい曲線的な紋様を観察できる場合から、髄質の形態が不明瞭な場合まで様々な形態を観察した(
図4)。
細い髄質(髄指数15%程度以下)を有する毛の場合、牛毛では、髄質の輪郭に四角形の枠が見えるような形状(箱型形態)、人毛では、髄質は確認できるものの、不明瞭な形態を観察した(
図5)。