特許第6775233号(P6775233)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6775233
(24)【登録日】2020年10月8日
(45)【発行日】2020年10月28日
(54)【発明の名称】材料診断方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 29/06 20060101AFI20201019BHJP
   G01N 29/46 20060101ALI20201019BHJP
【FI】
   G01N29/06
   G01N29/46
【請求項の数】2
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2019-104162(P2019-104162)
(22)【出願日】2019年6月4日
(62)【分割の表示】特願2017-159045(P2017-159045)の分割
【原出願日】2012年6月8日
(65)【公開番号】特開2019-138922(P2019-138922A)
(43)【公開日】2019年8月22日
【審査請求日】2019年6月11日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度 文部科学省「EBR−II廃材を用いた高速炉構造材健全性評価に関する研究開発事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000165697
【氏名又は名称】原子燃料工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100078813
【弁理士】
【氏名又は名称】上代 哲司
(74)【代理人】
【識別番号】100094477
【弁理士】
【氏名又は名称】神野 直美
(74)【代理人】
【識別番号】100099933
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 敏
(72)【発明者】
【氏名】江藤 淳二
(72)【発明者】
【氏名】匂坂 充行
(72)【発明者】
【氏名】礒部 仁博
(72)【発明者】
【氏名】沖田 泰良
【審査官】 村田 顕一郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−123107(JP,A)
【文献】 特開昭61−181957(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/110900(WO,A1)
【文献】 特開2002−139478(JP,A)
【文献】 特開平04−095870(JP,A)
【文献】 特開2002−303608(JP,A)
【文献】 特開平08−271483(JP,A)
【文献】 特開平06−242086(JP,A)
【文献】 特開平08−160020(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2007/0006651(US,A1)
【文献】 米国特許第05390544(US,A)
【文献】 特開2004−177168(JP,A)
【文献】 超音波を用いた照射下ミクロ組織の深さ分布定量技術の開発,日本原子力学会「2011年秋の年会」,日本,日本原子力学会,2011年 9月19日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 29/00−29/52
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
析出物、ボイド、転位および相変態のいずれか1つ以上のミクロ組織が生じた結晶粒において、後方散乱波の変化が深さ方向のミクロ組織分布に関係していることに基づいて、材料中に生じたミクロ組織を、超音波を用いて非破壊的に定量して診断する材料診断方法であって、
ミクロ組織の発生量が既知である診断対象の材料中に超音波を入射して取得された超音波波形の後方散乱波領域を、前記材料の深さ方向に所定の幅の区間に区切り、各区間毎に周波数変換を用いて後方散乱波の周波数分布の積分強度面積比を算出する診断対象周波数分布の積分強度面積比算出工程と、
ミクロ組織の深さ分布を仮定して、前記診断対象周波数分布の積分強度面積比算出工程と同じ区間毎に算出した後方散乱波の周波数分布の積分強度面積比を照合しながら、ミクロ組織の深さ分布を決定することにより診断対象の材料におけるミクロ組織の深さ分布を定量するミクロ組織の深さ分布定量工程と
を備えていることを特徴とする材料診断方法。
【請求項2】
析出物、ボイド、転位および相変態のいずれか1つ以上のミクロ組織が生じた結晶粒において、後方散乱波の変化が深さ方向のミクロ組織分布に関係していることに基づいて、材料中に生じたミクロ組織を、超音波を用いて非破壊的に定量して診断する材料診断方法であって、
転位密度および結晶粒径が既知である診断対象の材料中に超音波を入射して取得された超音波波形の後方散乱波領域を、前記材料の深さ方向に所定の幅の区間に区切り、各区間において周波数変換を用いて後方散乱波の周波数分布の積分強度面積比を算出する診断対象周波数分布の積分強度面積比算出工程と、
ミクロ組織の深さ分布を仮定して、前記診断対象周波数分布の積分強度面積比のデータ算出工程と同じ区間毎に周波数分布の積分強度面積比を算出する照合用周波数分布の積分強度面積比算出工程と、
前記診断対象周波数分布の積分強度面積比作成工程および前記照合用周波数分布の積分強度面積比算出工程において得られた各周波数分布の積分強度面積比から材料中のミクロ組織の深さ分布を決定し、決定されたミクロ組織の深さ分布の仮定により、診断対象の材料におけるミクロ組織の転位深さ分布を定量するミクロ組織の転位深さ分布定量工程と
を備えていることを特徴とする材料診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、放射線の照射、熱時効、塑性変形等によってステンレス鋼等の鋼材料中に生じた析出物やボイド等のミクロ組織の種類、発生量、深さ分布などについて、非破壊で診断する材料診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、上記したステンレス鋼等の鋼材料中に生じた析出物やボイド等のミクロ組織変化について、その種類、発生量、深さ分布などを定量して診断する手法として、電子顕微鏡や超音波等を用いた手法が採用されている。
【0003】
前者の電子顕微鏡を用いる方法は、材料からサンプルを切り出し、電子顕微鏡を用いて観察することにより表面近傍のミクロ組織量を定量する破壊的手法であり、ミクロ組織の深さ分布を定量する場合には、多数のサンプルを切り出す必要がある等の問題がある。
【0004】
これに対して、後者の超音波を用いる方法は、材料に超音波を照射することにより材料中に発生したミクロ組織を定量して診断する非破壊的手法であり、電子顕微鏡を用いる方法のように多数のサンプルを切り出す必要がないため好ましい。
【0005】
この超音波を用いた測定方法の概要を、図1に模式的に示す。図1に示すように、材料中に右方向の太矢印の超音波を入射した場合、左方向の太矢印で示す材料底面から反射する信号(底面波)と、細矢印で示す材料内部から反射する信号(後方散乱波)を取得することができる。
【0006】
このとき、材料中にボイド、転位、析出物等のミクロ組織が発生していると、ミクロ組織からの反射が生じて後方散乱波に加わるため、後方散乱波強度が大きくなる。一方、底面波強度が変化する。このため、これらの強度を測定することができれば、ミクロ組織の発生を知ることができる。
【0007】
数十μm程度以上のミクロ組織の場合には、これらのミクロ組織から直接反射して散乱する超音波強度が充分に大きいため、後方散乱波強度変化量が大きく、従来の超音波による材料診断測定方法を用いても、材料のミクロ組織を充分定量することができる。
【0008】
しかしながら、微小なミクロ組織、具体的には、数十μm程度以下のミクロ組織の場合には、後方散乱波強度変化量は結晶粒における後方散乱波強度に対して千分の一程度と非常に小さいため、結晶粒による散乱が支配的となる。このため、ミクロ組織の発生に伴う後方散乱波強度の変化を明確な信号として識別することが難しく、従来の超音波による材料診断測定では、これら微小なミクロ組織欠陥について定量することが困難であった。
【0009】
また、発生したミクロ組織については、その深さ分布も定量する必要があり、得られた超音波データからウェーブレット変換等を用いて深さ分布も定量する手法等が試みられている(例えば特許文献1)が、誤差が大きく定量することが困難であった。
【0010】
このため、超音波を用いて微小なミクロ組織について定量する手法が種々提案されている(例えば特許文献2〜4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−303608号公報
【特許文献2】特開2003−294880号公報
【特許文献3】特開2008−261765号公報
【特許文献4】特開2009−281846号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、これらの手法は基本的にミクロ組織によって直接的に散乱される超音波を評価する手法であったため、数十μm程度以下のミクロ組織について精度良く定量するには未だ充分とは言えなかった。
【0013】
そこで、本発明は、上記従来技術の問題点に鑑み、数十μm程度以下の微小なミクロ組織であっても、その種類、発生量、深さ分布などについて、非破壊で充分に精度良く定量して、診断することができる材料診断方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
(1)本発明者は、上記課題の解決につき鋭意検討する中で、炭化物等の析出物、ボイド、転位、相変態等のミクロ組織が材料中に発生した場合、前記した超音波信号強度の変化に合わせて、結晶粒物性値(体積、密度、音速等)にも変化が生じることに着目した。
【0015】
即ち、例えば、ミクロ組織として結晶粒内にボイドが発生した場合、ボイドの発生に伴い、結晶粒の体積が増加するため、密度が低下する。また、ボイドの発生に伴い、ヤング率が低下するため、結晶粒を伝播する音速が低下する(図2参照)。
【0016】
一方、ミクロ組織が発生すると、超音波信号強度に変化が生じ、例えば、図3(a)に示すミクロ組織の発生がない場合の信号波形から、図3(b)に示す信号波形のように、後方散乱波強度が増加した信号波形となる。
【0017】
本発明者は、従来は、ミクロ組織から直接反射する超音波の後方散乱波強度の変化によりミクロ組織の診断が行われていたため、微小なミクロ組織の診断が困難であったことに鑑み、上記した結晶粒物性値の変化と超音波信号強度の変化との関係に着目し、鋭意検討を行った。
【0018】
その結果、ミクロ組織の発生は、前記したように底面波および後方散乱波強度の変化を招くが、図4に示すように、後方散乱波における波高や周波数分布の変化が深さ方向のミクロ組織分布に関係している一方、音速の変化及び底面波における波高や周波数分布の変化が深さ方向の材料特性変化平均値に関係していることが分かった。なお、上記した底面波および後方散乱波の周波数分布は、超音波信号波形の時間変化を周波数変換することにより算出することができる。また、上記において「材料特性変化平均値」とは、底面波が材料内部を往復する信号であり(図1参照)、超音波が通過した材料内部のミクロ組織から影響を受けていることを利用して、音速や減衰係数の変化、及び底面波における波高や周波数分布の変化から材料特性の変化を平均値として示したものである。
【0019】
そして、検討の結果、結晶粒物性の変化による超音波信号の変化に着目することにより、微小なミクロ組織であっても、容易に、精度高く診断することができることを見出した。
【0020】
即ち、材料中に超音波を入射して、例えば、図5上段に示すような超音波波形を得た場合、得られた超音波波形の第1底面波および第2底面波を周波数変換することにより、図5下段に示す第1底面波および第2底面波の周波数分布が算出され、所定の周波数における振幅P(任意単位)、P(任意単位)を用いることにより、(式1)に示す減衰係数α(neper/m)が求められる。なお、(式1)において、dは材料厚さ(m)である。
【0021】
【数1】
【0022】
本発明者は、本発明が対象とする材料のように多結晶体であり、その結晶粒径が入射する超音波波長に比べて遙かに小さい(レイリー散乱領域)場合、材料(多結晶体)中に入射した縦波の減衰係数αとして、上記した減衰係数αを以下の(式2)のように、結晶粒物性値を変数とした式により表すこともできることに着目した。
【0023】
【数2】
【0024】
(式2)においては、縦波の減衰係数αが結晶粒物性値である密度ρの二乗および縦波の音速νの八乗に反比例しているため、結晶粒物性が変化するのであれば、微小なミクロ組織の発生に伴う超音波音速等の物性値の変化が小さくても、縦波の減衰係数αが大きな変化として現れることが分かる。また、縦波の減衰係数αは結晶粒の体積Vに比例しているため、縦波の減衰係数αの大きな変化に対応して、結晶粒の体積Vも大きな変化として現れることが分かる。即ち、微小なミクロ組織の発生に伴う物性値の小さな変化を、結晶粒の体積の大きな変化として捉えることができる。
【0025】
以上の知見に基づき、本発明者は、以下のような手法を用いることにより、材料中のミクロ組織の発生量を容易に定量できることに思い至った。
【0026】
即ち、まず、ミクロ組織の発生がない状態の材料中に超音波を入射して材料から反射する底面波から(式1)を用いて周波数毎に減衰係数を算出する。そして、以下に示す方法を用いて別途取得した密度および音速と、上記で算出された減衰係数とを用いて、(式2)に基づいて、ミクロ組織の発生前における結晶粒の体積を算出しておく。このとき、結晶粒の体積は周波数には関係せず、一定値となる。そして、診断対象の材料中に超音波を入射して、上記と同様にして、周波数毎に減衰係数を算出した後、ミクロ組織の発生後における結晶粒の体積を算出する。
【0027】
そして、算出されたミクロ組織の発生前における結晶粒の体積とミクロ組織の発生後における結晶粒の体積との差(体積変化量)は、ミクロ組織の発生に伴う体積変化であるため、この値をミクロ組織の発生量と見なすことができ、上記の方法を適用することにより、ミクロ組織の発生量を定量することができる。
【0028】
なお、縦波音速は、図4に示すように、超音波波形を用いて、厚さdの材料に入射された超音波の入射から第1底面波が現れるまでの時間から取得することができる。そして、密度は予め求めておけばよいが、レファレンス材から算出したり、文献値を利用してもよい。また、音響異方性は、レファレンス材から予め算出しておけばよいが、文献値を利用してもよい。また、縦波音速および横波音速は、例えば、ポアソン比、ヤング率、密度を用いた下記の公知の式より算出することができる。
【0029】
【数3】
【0030】
なお、上記では、同一材料を用いて、ミクロ組織の発生前(初期状態)及び発生後において、超音波を入射して材料から反射する底面波から(式1)を用いて周波数毎に減衰係数を算出しているが、このように同一材料を用いてミクロ組織の発生を定量することに代えて、診断対象の材料と同種材料で構成されたミクロ組織の発生がない状態の材料を別途用意し、これに超音波を入射して同様の測定を行って、得られたデータをミクロ組織が発生していない材料のデータとしてもよい。
【0031】
また、上記したミクロ組織が発生していない材料のデータに代えて、時間的経過の中で既にミクロ組織が発生しており、そのミクロ組織の発生量が予め分かっている診断材料に超音波を入射して同様の測定を行って、得られたデータを用いてもよく、この場合には、診断材料におけるミクロ組織の発生量の時間変化を捉えることができる。
【0032】
本発明に関連する第1〜第3の技術は上記の知見に基づく技術である。
【0033】
即ち、本発明に関連する第1の技術は、
材料中に生じたミクロ組織を、超音波を用いて非破壊的に診断する材料診断方法であって、
ミクロ組織により生じた結晶粒の物性変化が超音波散乱に影響を及ぼすことを利用して、結晶粒による超音波散乱の変化を底面波、後方散乱波から捉えることにより、ミクロ組織の変化量を定量することを特徴とする材料診断方法である。
【0034】
また、本発明に関連する第2の技術は、
材料中に生じたミクロ組織を、超音波を用いて非破壊的に診断する材料診断方法であって、
ミクロ組織の発生がない状態の材料に超音波を入射して超音波波形を得た後、前記超音波波形を周波数変換することにより作成された第1底面波および第2底面波の周波数分布より周波数毎の減衰係数を算出し、さらに、前記材料の密度および前記超音波の音速を取得し、得られた前記減衰係数、材料の密度および前記超音波の音速から結晶粒の体積を算出する初期結晶粒体積算出工程と、
診断対象の材料に超音波を入射して超音波波形を得た後、前記初期結晶粒体積算出工程と同様にして、診断対象の結晶粒の体積を算出する診断対象結晶粒体積算出工程と、
前記初期結晶粒体積算出工程および前記診断対象結晶粒体積算出工程において得られた各体積から結晶粒の体積変化量を求めることにより、ミクロ組織の発生量を定量するミクロ組織発生量定量工程と
を備えていることを特徴とする材料診断方法である。
【0035】
また、本発明に関連する第3の技術は、
材料中に生じたミクロ組織を、超音波を用いて非破壊的に診断する材料診断方法であって、
初期状態にある診断対象の材料、診断対象の材料と同種材料であってミクロ組織の発生がない状態の材料、ミクロ組織の発生量が予め分かっている状態の診断対象の材料のいずれかに超音波を入射して超音波波形を得た後、前記超音波波形を周波数変換することにより作成された第1底面波および第2底面波の周波数分布より周波数毎の減衰係数を算出し、さらに、前記材料の密度および前記超音波の音速を取得し、得られた前記減衰係数、材料の密度および前記超音波の音速から結晶粒の体積を算出する第1の結晶粒体積算出工程と、
前記診断対象の材料に超音波を入射して超音波波形を得た後、前記第1の結晶粒体積算出工程と同様にして、診断対象の結晶粒の体積を算出する第2の結晶粒体積算出工程と、
前記第1の結晶粒体積算出工程および前記第2の結晶粒体積算出工程において得られた各体積から結晶粒の体積変化量を求めることにより、ミクロ組織の発生量を定量するミクロ組織発生量定量工程と
を備えていることを特徴とする材料診断方法である。
【0036】
本発明に関連する第2の技術および第3の技術においては、減衰係数から結晶粒の体積を直接求め、結晶粒の体積の変化からミクロ組織の発生量を定量しているが、予め、ミクロ組織の発生量、即ち、結晶粒の体積変化量を仮定し、その仮定に基づいて(式2)により減衰係数や周波数分布を作成することもできる。そして、このミクロ組織の発生量の仮定を種々変更して、診断材料から得られた周波数分布との照合を繰り返すことにより、より簡便にミクロ組織の発生量を定量することができる。
【0037】
なお、この際、音速の変化量は、ミクロ組織が発生した材料からの超音波信号より求めることができるが、過去の知見で得られた値を用いても実用上支障のない定量を行うことができる。
【0038】
(2)次に、材料中に発生した微小なミクロ組織の深さ分布の定量について説明する。
【0039】
上記の方法を適用することにより、ミクロ組織の発生量が定量されるが、析出物やボイドなどのミクロ組織は深さ分布を有しているため、発生量のみならず、深さ分布についても定量する必要がある。
【0040】
本発明者は、このミクロ組織の深さ分布を定量するに際して、超音波の後方散乱波に着目した。即ち、底面波は、材料内部の全ての影響を受けた信号であるため、通過して反射してきた材料の平均的な物性値を算出することができる。これに対して、後方散乱波は、弱い信号でありながらもある深さから反射してきた信号であるため、深さ分布に関する情報を有しており、深さ分布を算出することができると考えた。
【0041】
超音波の後方散乱波は、以下に示す(式3)により定義されるが、変数に減衰係数αを有している。そして、前記したように、減衰係数の変化は結晶粒物性値の変化が小さくても大きな変化として表れるため、後方散乱波も大きく変化することになり、微小なミクロ組織であってもその深さ分布を定量することが可能となる。
【0042】
【数4】
【0043】
具体的には、まず、診断対象の材料中に超音波を入射して取得された超音波波形の後方散乱波領域をある深さ毎の区間で区切り、各区間にて周波数変換を行うことにより各区間に後方散乱波の周波数分布を算出する。
【0044】
次に、材料中のミクロ組織の深さ分布を仮定して、同じ区間毎に後方散乱波の周波数分布を(式3)に基づき算出する。
【0045】
このとき、後方散乱波の周波数分布は、仮定した深さ分布の各区間における断面積γの立体角Ωによる微分断面積(dγ/dΩ)L,πを利用して算出される。ここで、Lは縦波、πは反射方向を示している。そして、結晶粒による微分断面積は(式4)により算出される。この(式4)にも、結晶粒物性値が変数として含まれているため、結晶粒物性値の変化により(式3)により算出された後方散乱波がさらに大きく変化する。
【0046】
【数5】
【0047】
次に、この仮定した材料中のミクロ組織の深さ分布に基づいて算出された後方散乱波の周波数分布と、上記で得られた後方散乱波の周波数分布とを照合する。そして、両者が正確に合うまで、仮定を種々変更して照合を繰り返す。
【0048】
このように、仮定に基づいて算出された後方散乱波の周波数分布を、診断対象から得られた後方散乱波の周波数分布と合わせることにより、ミクロ組織の深さ分布を容易に定量することができる。
【0049】
また、上記のミクロ組織の深さ分布の定量は、仮定した材料中のミクロ組織の深さ分布に基づいて算出された後方散乱波の周波数分布の積分強度面積比と、得られた後方散乱波の周波数分布から算出されたそれぞれの後方散乱波の周波数分布の積分強度面積比とを照合し、両者が正確に合うまで、仮定を種々変更して照合を繰り返すことによっても行うことができる。
【0050】
本発明に関連する第4の技術および第5の技術は上記の知見に基づく技術である。
【0051】
即ち、本発明に関連する第4の技術は、
材料中に生じたミクロ組織を、超音波を用いて非破壊的に診断する材料診断方法であって、
ミクロ組織の発生量が既知である診断対象の材料中に超音波を入射して取得された超音波波形の後方散乱波領域を、前記材料の深さ方向に所定の幅の区間に区切り、各区間毎に周波数変換を用いて後方散乱波の周波数分布を算出する診断対象周波数分布算出工程と、
ミクロ組織の深さ分布を仮定して、前記診断対象周波数分布算出工程と同じ区間毎に算出した後方散乱波の周波数分布を照合しながら、ミクロ組織の深さ分布を決定することにより診断対象の材料におけるミクロ組織の深さ分布を定量するミクロ組織の深さ分布定量工程と
を備えていることを特徴とする材料診断方法である。
【0052】
また、本発明に関連する第5の技術は、
材料中に生じたミクロ組織を、超音波を用いて非破壊的に診断する材料診断方法であって、
ミクロ組織の発生量が既知である診断対象の材料中に超音波を入射して取得された超音波波形の後方散乱波領域を、前記材料の深さ方向に所定の幅の区間に区切り、各区間毎に周波数変換を用いて後方散乱波の周波数分布の積分強度面積比を算出する診断対象周波数分布の積分強度面積比算出工程と、
ミクロ組織の深さ分布を仮定して、前記診断対象周波数分布の積分強度面積比算出工程と同じ区間毎に算出した後方散乱波の周波数分布の積分強度面積比を照合しながら、ミクロ組織の深さ分布を決定することにより診断対象の材料におけるミクロ組織の深さ分布を定量するミクロ組織の深さ分布定量工程と
を備えていることを特徴とする材料診断方法である。
【0053】
(3)次に、材料中に発生した転位組織による微小なミクロ組織の深さ分布の定量について説明する。
【0054】
ミクロ組織には、前記したボイドや析出物の他に、転位組織によるミクロ組織もあり、転位組織によるミクロ組織の場合、転位密度の深さ分布を求める必要がある。
【0055】
ここで、本発明者は、転位組織は、析出物やボイドと異なり、超音波を散乱せず吸収のみが起こること、そして超音波の吸収により後方散乱波が減少することが分かっており、転位組織による超音波吸収、即ち、減衰α(ω)が以下の(式5)により表すことができることに着目した。
【0056】
【数6】
【0057】
なお、(式5)において、μは剛性率、bはバーガースペクトル、Cは転位の張力であり、それぞれ格子定数、密度、剛性率およびポアソン比から下式により求められる。
【0058】
【数7】
【0059】
また、平均転位長さLについては測定することが困難であるため、格子定数やあらかじめレファレンスから求めておく。そして、転位の固有振動数ωは、下式に示すように、平均転位長さLで決まるが、GHzオーダーであることが知られている。
【0060】
【数8】
【0061】
そして、本発明者は、以下のような手法を用いることにより、材料中の転位密度の深さ分布を容易に定量できることに思い至った。
【0062】
即ち、まず、予め転位密度および結晶粒径が判明している材料中に超音波を入射して各深さにおいて結晶粒に起因する後方散乱波の周波数分布を算出する。
【0063】
そして、材料中の転位密度の深さ分布を仮定する。結晶粒に起因する後方散乱波は、超音波の行程において存在する転位により吸収され減衰する。減衰の程度は(式5)を用いて求めることができる。以上から、各深さに後方散乱波周波数分布を算出する。
【0064】
即ち、2つの後方散乱波周波数分布から求められる後方散乱波周波数分布の減少量は、転位による超音波の吸収量と見ることができるため、この仮定に基づいて算出された後方散乱波の周波数分布と、上記で得られた後方散乱波の周波数分布とを照合する。そして、両者が正確に合うまで、仮定を種々変更して照合を繰り返すことにより、材料中の転位深さ分布を定量することができる。
【0065】
また、前記と同様に、仮定に基づいて算出された後方散乱波の周波数分布の積分強度面積比と、得られた後方散乱波の周波数分布から算出されたそれぞれの後方散乱波の周波数分布の積分強度面積比とを照合し、両者が正確に合うまで、仮定を種々変更して照合を繰り返すことによっても、材料中の転位深さ分布を定量することができる。
【0066】
本発明に関連する第6の技術および第7の技術は上記の知見に基づく技術である。
【0067】
即ち、本発明に関連する第6の技術は、
材料中に生じたミクロ組織を、超音波を用いて非破壊的に診断する材料診断方法であって、
転位密度および結晶粒径が既知である診断対象の材料中に超音波を入射して取得された超音波波形の後方散乱波領域を、前記材料の深さ方向に所定の幅の区間に区切り、各区間において周波数変換を用いて後方散乱波の周波数分布を算出する診断対象周波数分布算出工程と、
ミクロ組織の深さ分布を仮定して、前記診断対象周波数分布データ算出工程と同じ区間毎に周波数分布を算出する照合用周波数分布算出工程と、
前記診断対象周波数分布作成工程および前記照合用周波数分布算出工程において得られた各周波数分布の減少量から材料中のミクロ組織の深さ分布を決定し、決定されたミクロ組織の深さ分布の仮定により、診断対象の材料におけるミクロ組織の転位深さ分布を定量するミクロ組織の転位深さ分布定量工程と
を備えていることを特徴とする材料診断方法である。
【0068】
また、本発明に関連する第7の技術は、
材料中に生じたミクロ組織を、超音波を用いて非破壊的に診断する材料診断方法であって、
転位密度および結晶粒径が既知である診断対象の材料中に超音波を入射して取得された超音波波形の後方散乱波領域を、前記材料の深さ方向に所定の幅の区間に区切り、各区間において周波数変換を用いて後方散乱波の周波数分布の積分強度面積比を算出する診断対象周波数分布の積分強度面積比算出工程と、
ミクロ組織の深さ分布を仮定して、前記診断対象周波数分布の積分強度面積比のデータ算出工程と同じ区間毎に周波数分布の積分強度面積比を算出する照合用周波数分布の積分強度面積比算出工程と、
前記診断対象周波数分布の積分強度面積比作成工程および前記照合用周波数分布の積分強度面積比算出工程において得られた各周波数分布の積分強度面積比から材料中のミクロ組織の深さ分布を決定し、決定されたミクロ組織の深さ分布の仮定により、診断対象の材料におけるミクロ組織の転位深さ分布を定量するミクロ組織の転位深さ分布定量工程と
を備えていることを特徴とする材料診断方法である。
【0069】
(4)次に、材料中に複数種類の微小なミクロ組織が発生している場合について説明する。
【0070】
上記した析出物、ボイド、転位組織などのミクロ組織は、個別に発生するとは限られず、複数のミクロ組織が同時に発生する場合がある。
【0071】
そこで、本発明者は、発生したミクロ組織についてその種類を判別し、その後、それぞれのミクロ組織について推定、定量することを検討した。
【0072】
その結果、前記した超音波の音速、減衰係数、底面波周波数分布および後方散乱波周波数分布のそれぞれを指標とし、診断対象の材料中に超音波を入射して得られた各指標に対して、初期状態(ミクロ組織の発生がない状態)にある診断対象の材料、診断対象の材料と同種材料であってミクロ組織の発生がない状態の材料、ミクロ組織の発生量が予め分かっている状態の診断対象の材料のいずれかに超音波を入射して予め取得しておいた各指標や材料の使用履歴等を考慮して分析を行った場合、ミクロ組織の種類によりこれらの指標が特徴的に現れるため、容易に、析出物、ボイド、転位組織等のミクロ組織を判別することができることが分かった。そして、このような判別は、1つの指標、例えば、転位組織と析出物(炭化物)の2つのミクロ組織の場合には、音速を指標として用いるだけでも、これらのミクロ組織を判別することができることが分かった。
【0073】
なお、ここで「材料の使用履歴等を考慮する」とは、使用温度、照射量、使用時間等の使用環境を考慮することを指す。
【0074】
本発明に関連する第8の技術は、上記の知見に基づいてなされたものであり、
材料中に生じたミクロ組織を、超音波を用いて非破壊的に診断する材料診断方法であって、
材料中に超音波を入射して得られる超音波の音速、減衰係数、底面波の周波数分布、低周波数側波高、高周波数側波高、後方散乱波の周波数分布および後方散乱波の周波数の積分強度面積比から選択された1個以上の指標を用いて、
初期状態にある診断対象の材料、診断対象の材料と同種材料であってミクロ組織の発生がない状態の材料、ミクロ組織の発生量が予め分かっている状態の診断対象の材料のいずれかについて予め取得しておいた基準材料データと診断時において得られた診断対象材料データとの間の変化、および前記材料の使用履歴に基づいて、
発生したミクロ組織の種類を判別することを特徴とする材料診断方法である。
【0075】
本技術により判別されたそれぞれのミクロ組織欠陥については、前記した第1〜第7の技術の各診断方法を適用することにより、発生量や深さ分布を推定、ないし定量することができる。
【0076】
(5)以上のように、本発明者は、従来のように超音波信号波形の後方散乱波強度の変化だけに着目してミクロ組織の診断を行うのではなく、炭化物等の析出物、ボイド、転位、相変態などのミクロ組織の発生に伴う結晶粒物性値(体積、密度、音速等)の変化も加味して分析を行うことにより、微小なミクロ組織であっても容易に精度高く診断することができることを見出した。
【0077】
即ち、本発明に関連する第9の技術は、
材料中に生じたミクロ組織を、超音波を用いて非破壊的に診断する材料診断方法であって、
初期状態にある診断対象の材料、診断対象の材料と同種材料であってミクロ組織の発生がない状態の材料、ミクロ組織の発生量が予め分かっている状態の診断対象の材料のいずれかに超音波を入射して、超音波波形および材料の結晶粒物性値を取得する第1のデータ取得工程と、
診断対象の材料中に超音波を入射して、超音波波形および材料の結晶粒物性値を取得する第2のデータ取得工程と
を備えており、
前記第1のデータ取得工程および前記第2のデータ取得工程において得られた結晶粒物性値の変化を加味して、前記超音波波形を評価することにより、材料中に生じたミクロ組織を診断することを特徴とする材料診断方法である。
【0078】
また、本発明に関連する第10の技術は、
前記材料中に発生したミクロ組織が、析出物、ボイド、転位および相変態のいずれか1つ以上のミクロ組織であることを特徴とする第9の技術に記載の材料診断方法である。
【0080】
本発明は、上記した各技術に基づいてなされたものであり、請求項に記載の発明は、
析出物、ボイド、転位および相変態のいずれか1つ以上のミクロ組織が生じた結晶粒において、後方散乱波の変化が深さ方向のミクロ組織分布に関係していることに基づいて、材料中に生じたミクロ組織を、超音波を用いて非破壊的に定量して診断する材料診断方法であって、
ミクロ組織の発生量が既知である診断対象の材料中に超音波を入射して取得された超音波波形の後方散乱波領域を、前記材料の深さ方向に所定の幅の区間に区切り、各区間毎に周波数変換を用いて後方散乱波の周波数分布の積分強度面積比を算出する診断対象周波数分布の積分強度面積比算出工程と、
ミクロ組織の深さ分布を仮定して、前記診断対象周波数分布の積分強度面積比算出工程と同じ区間毎に算出した後方散乱波の周波数分布の積分強度面積比を照合しながら、ミクロ組織の深さ分布を決定することにより診断対象の材料におけるミクロ組織の深さ分布を定量するミクロ組織の深さ分布定量工程と
を備えていることを特徴とする材料診断方法である。
【0082】
請求項に記載の発明は、
析出物、ボイド、転位および相変態のいずれか1つ以上のミクロ組織が生じた結晶粒において、後方散乱波の変化が深さ方向のミクロ組織分布に関係していることに基づいて、材料中に生じたミクロ組織を、超音波を用いて非破壊的に定量して診断する材料診断方法であって、
転位密度および結晶粒径が既知である診断対象の材料中に超音波を入射して取得された超音波波形の後方散乱波領域を、前記材料の深さ方向に所定の幅の区間に区切り、各区間において周波数変換を用いて後方散乱波の周波数分布の積分強度面積比を算出する診断対象周波数分布の積分強度面積比算出工程と、
ミクロ組織の深さ分布を仮定して、前記診断対象周波数分布の積分強度面積比のデータ算出工程と同じ区間毎に周波数分布の積分強度面積比を算出する照合用周波数分布の積分強度面積比算出工程と、
前記診断対象周波数分布の積分強度面積比作成工程および前記照合用周波数分布の積分強度面積比算出工程において得られた各周波数分布の積分強度面積比から材料中のミクロ組織の深さ分布を決定し、決定されたミクロ組織の深さ分布の仮定により、診断対象の材料におけるミクロ組織の転位深さ分布を定量するミクロ組織の転位深さ分布定量工程と
を備えていることを特徴とする材料診断方法である。
【発明の効果】
【0085】
本発明によれば、材料に対して数十μm程度以下の微小なミクロ組織であっても、その種類、発生量、深さ分布などについて、非破壊で充分に精度良く定量、評価して、診断することができる材料診断方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0086】
図1】超音波による材料診断測定方法を模式的に示す図である。
図2】ボイドが発生した場合の結晶粒の物性値の変化を説明する図である。
図3】材料に超音波を入射したときに観測される超音波信号波の波形の一例を示す図である。
図4】超音波信号波の波形とミクロ組織分布および材料特性の関連性を説明する図である。
図5】底面波の周波数分布に基づいて減衰係数を算出する方法を説明する図である。
図6】1.3%ボイドスエリングした場合の底面波および後方散乱波の周波数分布を示す図である。
図7】炭化物析出により0.6%緻密化した場合の底面波および後方散乱波の周波数分布を示す図である。
図8】転位密度が増加した場合の底面波および後方散乱波の周波数分布を示す図である。
図9】ボイドスエリングの深さ分布を示す図である。
図10】ボイドスエリングの深さ分布がある場合の各深さにおける後方散乱波の周波数分布を示す図である。
図11】ボイドスエリングが一様に分布している場合の各深さにおける後方散乱波の周波数分布の積分強度面積比を示す図である。
図12】本発明の一実施の形態において、被検対象材料を深さ方向に分割する分割方法を示す図である。
図13】ボイドスエリングに深さ分布がある場合の各深さにおける後方散乱波の周波数分布の積分強度面積比を示す図である。
図14】照射材と未照射材の後方散乱波周波数分布の積分強度面積比を比較した結果を示す図である。
図15】照射材の後方散乱波周波数分布の積分強度面積比の実験値を理論計算と比較した結果を示す図である。
図16】ミクロ組織が同時に発生した場合の判別方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0087】
1.一様分布の場合のミクロ組織発生量の定量評価
以下は、ステンレス製の六角柱材厚さ52.23mmの材料について、ミクロ組織が一様に分布している場合におけるミクロ組織発生量を定量評価する方法に関する。
【0088】
(1)ミクロ組織の発生がない状態の材料の超音波データの取得
最初に、ミクロ組織の発生がない状態の材料(未照射アーカイブ材)にピーク周波数10MHzの超音波を入射して、超音波波形を取得した。
【0089】
(2)ミクロ組織が発生した材料の超音波データの取得
仮定したミクロ組織の発生による結晶粒の物性値変化(ここでは音速の変化を用いた)に着目し、減衰係数の変化量に基づいて周波数分布の計算を行った。以下、ボイド、析出物、転位により発生したミクロ組織のそれぞれの場合について、具体的な計算例を示す。
【0090】
(a)ボイドにより発生したミクロ組織の場合
ミクロ組織として、スエリング1.3%のボイドスエリングにより発生したミクロ組織を仮定して、(式2)を用いて各周波数毎の減衰係数αを求め、底面波の周波数分布を算出した。過去の知見により、スエリング1.3%のボイドスエリングの発生による音速の変化量を0.7%とした。
【0091】
計算結果を図6に示す。なお、図6には、材料物性平均値とミクロ組織深さ分布の観点から底面波の周波数分布(a)と、深さ36−50mmにおける後方散乱波の周波数分布(b)とを記載している。そして、図6において、実線はミクロ組織が発生していない未照射アーカイブ材、破線は1.3%スエリングの材料である。
【0092】
図6より、ミクロ組織がない場合のデータ(実線)とミクロ組織がある場合のデータ(破線)とは、明確に区別できていることが分かる。
【0093】
(b)析出物により発生したミクロ組織の場合
ミクロ組織として、炭化物析出により0.6%緻密化することにより発生したミクロ組織を仮定して、上記と同じ方法を用いて底面波の周波数分布および後方散乱波の周波数分布を算出した。なお、過去の知見より、炭化物析出による0.6%緻密化による音速の変化量を2%とした。
【0094】
計算結果を図7に示す。なお、図7には、上記と同様の観点から底面波の周波数分布(a)と、深さ36−50mmにおける後方散乱波の周波数分布(b)とを記載している。そして、図7において、実線はミクロ組織が発生していない未照射アーカイブ材、破線は炭化物が析出した材料である。
【0095】
図7より、ミクロ組織がない場合のデータ(実線)とミクロ組織がある場合のデータ(破線)とは、明確に区別できていることが分かる。
【0096】
(c)転位により発生したミクロ組織の場合
ミクロ組織として、転位密度の増加(1015m/m)により発生したミクロ組織を仮定し、(式3)、(式5)を用いて各ω毎の減衰係数を求め、結晶粒の物性値変化により減衰係数が変化したことに着目しながら、平均転位長さをパラメータとして、底面波と後方散乱波の周波数分布を算出した。
【0097】
計算結果を図8に示す。なお、図8には、上記と同様の観点から底面波の周波数分布(a)と、深さ25−39mmにおける後方散乱波の周波数分布(b)とを記載している。そして、図8において、実線はミクロ組織が発生していない未照射アーカイブ材から得られた周波数分布であり、その他の線は増加した転位密度による平均転位長さを50nm(破線)、100nm(点線)、150nm(一点鎖線)、200nm(二点鎖線)と仮定したときに得られた周波数分布である。
【0098】
図8より、ミクロ組織の発生がない場合のデータ(実線)とミクロ組織が発達した場合のデータ(その他の線)とは、明確に区別できており、さらに、平均転位長さの違いによっても明確に区別できていることが分かる。
【0099】
(3)考察
以上の各場合における結果より、ミクロ組織の発生による結晶粒の物性値変化に着目し、上記の各式を用いて結晶粒の物性値を反映させることにより、微小なミクロ組織であっても明確に区別することが可能となることが分かる。
【0100】
そして、本方法を適用して、それぞれの場合における各仮定を種々変化させて多くの周波数分布を予め作成しておけば、診断対象の材料に超音波を照射して得られた周波数分布と照合することにより、容易にミクロ組織を定量評価することが可能となる。
【0101】
なお、上記においては、同一材料を用いてミクロ組織の発生がない状態(初期状態)の材料の経時データを用いてミクロ組織の定量評価を行った。
【0102】
しかしながら、同一材料を用いてミクロ組織の定量評価を行なうことに代えて、同種の未照射アーカイブ材を用いて測定したデータを未照射アーカイブ材のデータとして、ミクロ組織の定量評価を行ってもよい。
【0103】
2.ミクロ組織の深さ分布の定量評価
以下は、深さ分布をもったボイドについて、その深さ分布について定量評価する方法に関し、(A)後方散乱波周波数分布を用いた定量評価、(B)後方散乱波周波数分布の積分強度面積比を用い定量評価の順に説明する。
【0104】
(A)後方散乱波周波数分布を用いた定量評価
(1)ミクロ組織の発生がない状態の材料の超音波データの取得
最初に、ステンレス製の六角柱材の厚さ52.23mmであって、ミクロ組織の発生がない状態の材料(未照射アーカイブ材)に、ピーク周波数10MHzの超音波を入射して、超音波波形を取得し、後方散乱波計算領域として区間を14mm幅として、深さ16−30mm、および36−50mmにおける後方散乱波の周波数分布を算出した。
【0105】
(2)対象材料
診断対象の材料として、以下のミクロ組織が発生した2種類の材料を仮定した。
(イ)スエリングが1.3%のボイドが一様に分布して発生している材料
(ロ)両端の幅16mmにスエリング0.7%のボイド、中央部の幅20.23mmにスエリング2.25%のボイド(総幅52.23mm、平均スエリング1.3%)が発生している材料(図9参照)
【0106】
(3)後方散乱波の周波数分布の取得
各診断対象材料について、式(4)を用いて、後方散乱波計算領域として区間を14mm幅として、深さ16−30mm、および36−50mmにおける後方散乱波の周波数分布を算出した。
【0107】
計算結果を図10に示す。図10において、(a)は深さ16−30mmにおける後方散乱波の周波数分布、(b)は深さ35−50mmにおける後方散乱波の周波数分布を示しており、実線は未照射アーカイブ材、破線は一様なボイド、一点鎖線は分布のあるボイドから得られた周波数分布である。
【0108】
図10より、(a)、(b)いずれにおいても、ミクロ組織の発生がない材料(実線)、一様なボイドが発生している材料(破線)、分布のあるボイドが発生している材料(一点鎖線)のそれぞれが明確に区別できていることが分かる。
【0109】
このように、ミクロ組織の発生による結晶粒の物性値変化に着目し、上記の式を適用することにより、深さ分布を有するミクロ組織を明確に区別することが可能となる。
【0110】
そして、本方法を適用して、ボイドなどのミクロ組織の仮定を種々変化させて、各区間毎の後方散乱波の周波数分布を予め作成しておけば、診断対象の材料に超音波を照射して得られた各区間毎の周波数分布と照合することにより、容易にボイドなどのミクロ組織の深さ分布の定量評価が可能となる。
【0111】
なお、本発明者は、深さ分布をもった転位における深さ分布の定量評価についても、上記と同様にすることにより、定量評価が可能となることを確認している。
【0112】
(B)後方散乱波周波数分布の積分強度面積比を用いた定量評価
(1)ボイドが一様に分布して発生している材料
まず、診断対象の材料として、ボイドが一様に分布して発生している材料を仮定し、後方散乱波周波数分布の積分強度面積比を求めた。
【0113】
具体的には、未照射アーカイブ材に、0%、1%、2%、3%、5%のスエリングでボイドが一様に分布して発生している材料を仮定し、各材料について、深さ幅12mmにおける材料表面からの深さを変化させて後方散乱波周波数分布の積分強度を求めた。例えば、スエリング0%の深さ42mmにおける計算は、前記未照射アーカイブ材において、周波数6−9MHzを積分した。
【0114】
計算結果を図11に示す。図11において横軸は材料表面からの深さ(mm)である。そして、縦軸は、深さ幅12mmにおける後方散乱波周波数分布の積分強度を深さ18mmで規格化した、後方散乱波周波数分布の積分強度面積比である。
【0115】
図11より、ボイドが一様に分布している場合には、スエリングにより後方散乱波周波数分布の積分強度面積比が変化していることが確認できる。
【0116】
(2)ボイドが分布を持って発生している材料
次に、診断対象の材料として、図12に示す(a)〜(c)領域において、表1に示すスエリングの分布でボイドが発生している4種類の材料を仮定し、各材料につき前記と同様にして、後方散乱波周波数分布の積分強度面積比を求めた。なお、表1に示すように、これらの材料における平均スエリングはいずれも1%であり、平均ボイド量は同じである。
【0117】
【表1】
【0118】
計算結果を図13に示す。図13より、材料全体における平均ボイド量が同じであるにもかかわらず、ボイドの分布によって後方散乱波周波数分布の積分強度面積比が異なっていることが確認できる。
【0119】
(3)照射材から得られた実験値と未照射材との比較
次に、ミクロ組織の発生がない状態の未照射アーカイブ材と、ミクロ組織の発生がある照射材とにおける後方散乱波周波数分布の積分強度面積比を求め、比較した。結果を図14に示す。
【0120】
図14より、照射材ではミクロ組織の発生があるため、後方散乱波周波数分布の積分強度面積比が、未照射アーカイブ材から変化していることが分かる。そして、この変化は、図11に示した一様な分布でのボイドスエリングの変化とは異なり、図13に示した、(b)領域3%スエリングに近い挙動を示していることが分かる。
【0121】
次に、前記照射材について、図14で得られたミクロ組織変化の深さ分布の定量評価を行なった。具体的には、表2に示すボイドスエリング分布を表面からの深さ毎に割り振って(式1〜5)を用いて計算した結果を理論値として示した。なお、照射材の全長は52.2mmである。結果を図15に示す。
【0122】
図15に示す通り、理論値と、実際に密度測定結果から得られたボイドスエリング量との間には、よい一致が見られている。
【0123】
【表2】
【0124】
表2に示したボイドスエリングの深さ分布は、照射材の密度測定結果から求めた深さ分布およびTEMによるボイド観察結果から求めた深さ分布と優れた一致性が見られ、本発明の方法を適用することにより、容易にボイドなどのミクロ組織の深さ分布の定量評価が可能となることが確認できた。
【0125】
なお、本発明者は、深さ分布をもった転位組織や析出物における深さ分布の定量評価についても、上記と同様にすることにより、定量評価が可能となることを確認している。
【0126】
3.ミクロ組織が同時に存在している場合の判別
以下は、ミクロ組織が同時に存在している場合における個々のミクロ組織を判別する方法に関する。
【0127】
(1)仮定
ミクロ組織の発生は、まず転位組織が成長し、次に炭化物が析出し、最後にボイドスエリングが発生すると仮定した。
【0128】
(2)指標
指標としては、音速、後方散乱波ピーク周波数、7MHz(低周波数側)および13MHz(高周波数側)の波高の4つを指標とした。
【0129】
(3)超音波データの取得
ミクロ組織の発生がない状態、および上記した各ミクロ組織が発生している状態の材料中に超音波を入射した場合に得られる周波分布を算出した後、前記各指標を算出し、ミクロ組織の発生がない状態の値を基準とした相対変化を求めた。
【0130】
測定結果を図16に示す。図16において、○は後方散乱波ピーク周波数の波高、□は7MHzの波高、■は13MHzの波高、△は音速である。
【0131】
図16より、音速の相対変化がそれほど大きくないのに対し、その他の指標の相対変化が大きいことが分かる。そして、ミクロ組織の存在状態によって、各データの配置が異なっていることを明確に区分することができ、ミクロ組織の判別ができていることが分かる。
【0132】
このように、ミクロ組織の発生による結晶粒の物性値変化に着目することにより、後方散乱波の周波数分布から得られる指標の相対変化を大きくすることができる。そして、これらの指標の変化に着目することにより、同時に発生したミクロ組織の判別が可能となる。
【0133】
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、上記の実施の形態に対して種々の変更を加えることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16