特許第6776275号(P6776275)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6776275
(24)【登録日】2020年10月9日
(45)【発行日】2020年10月28日
(54)【発明の名称】偏光フィルムの製造方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 5/30 20060101AFI20201019BHJP
   G02F 1/1335 20060101ALI20201019BHJP
【FI】
   G02B5/30
   G02F1/1335 510
【請求項の数】4
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2017-566971(P2017-566971)
(86)(22)【出願日】2017年2月8日
(86)【国際出願番号】JP2017004511
(87)【国際公開番号】WO2017138551
(87)【国際公開日】20170817
【審査請求日】2018年5月22日
(31)【優先権主張番号】特願2016-23113(P2016-23113)
(32)【優先日】2016年2月9日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001085
【氏名又は名称】株式会社クラレ
(74)【代理人】
【識別番号】110002206
【氏名又は名称】特許業務法人せとうち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大園 達也
(72)【発明者】
【氏名】浅田 光則
(72)【発明者】
【氏名】辻 嘉久
【審査官】 後藤 慎平
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−105036(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/050697(WO,A1)
【文献】 特開2016−022690(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリビニルアルコールフィルムに対し、少なくとも膨潤工程、染色工程、第1架橋延伸工程、第2架橋延伸工程をこの順番に施す偏光フィルムの製造方法であって、
前記ポリビニルアルコールフィルムの厚みが5〜100μmであり、
前記ポリビニルアルコールフィルムに含まれるポリビニルアルコールの平均重合度が2600〜3500であり、
前記膨潤工程において、10〜50℃の水に浸漬して前記ポリビニルアルコールフィルムを膨潤させ、
前記染色工程において、ヨウ素及びヨウ化カリウムを合計で0.5〜3質量%含む10〜50℃の水溶液に浸漬して、ヨウ素系二色性色素を前記ポリビニルアルコールフィルムに含浸させるとともに、総延伸倍率が2〜3倍になるように一軸延伸し、
前記第1架橋延伸工程において、1〜5質量%のホウ酸を含む40〜55℃の水溶液中で、該工程中の延伸倍率が1.1〜1.3倍かつ総延伸倍率が2.5〜3.5倍になるように一軸延伸し、
引き続き前記第2架橋延伸工程において、1〜5質量%のホウ酸を含む60〜70℃の水溶液中で、該工程中の延伸倍率が1.8〜3.0倍かつ総延伸倍率が6〜8倍になるように一軸延伸することを特徴とする偏光フィルムの製造方法。
【請求項2】
前記第2架橋延伸工程において、最大延伸応力が15N/mm以下である請求項1に記載の偏光フィルムの製造方法。
【請求項3】
単体透過率が42〜45%であり、かつ偏光度が99.980%以上である偏光フィルムを得る、請求項1または2に記載の偏光フィルムの製造方法。
【請求項4】
収縮応力が45N/mm以下である偏光フィルムを得る、請求項1または2に記載の偏光フィルムの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヨウ素系二色性色素を含むポリビニルアルコールフィルムからなる偏光フィルム及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光の透過および遮蔽機能を有する偏光板は、光の偏光状態を変化させる液晶と共に液晶ディスプレイ(LCD)の基本的な構成要素である。多くの偏光板は偏光フィルムの表面に三酢酸セルロース(TAC)フィルムなどの保護膜が貼り合わされた構造を有している。偏光フィルムとしてはポリビニルアルコールフィルム(以下、「ポリビニルアルコール」を「PVA」と略記することがある)を一軸延伸してなるマトリックス(一軸延伸して配向させた延伸フィルム)にヨウ素系色素(IやI等)が吸着しているものが主流となっている。このような偏光フィルムは、二色性色素を予め含有させたPVAフィルムを一軸延伸したり、PVAフィルムの一軸延伸と同時に二色性色素を吸着させたり、PVAフィルムを一軸延伸した後に二色性色素を吸着させたりするなどして製造される。
【0003】
LCDは、電卓および腕時計などの小型機器、ノートパソコン、液晶モニター、液晶カラープロジェクター、液晶テレビ、車載用ナビゲーションシステム、携帯電話、屋内外で用いられる計測機器などの広範な用途において用いられている。近年のディスプレイの高性能化に対応して、優れた光学性能を有する偏光フィルムが求められている。
【0004】
優れた光学性能を有する偏光フィルムを得るために、さまざまな製造方法が提案されている。特許文献1〜4には、PVAフィルムを水に浸漬して膨潤処理し、ヨウ素系二色性色素で染色し、その後ホウ酸水溶液中で架橋させるとともに延伸処理する、偏光フィルムの製造方法において、条件の異なる複数の槽で膨潤処理することによって、優れた偏光特性、均一な光学特性、優れた外観などを有する偏光フィルムが得られることが記載されている。これらの特許文献には、ホウ酸水溶液中で架橋させるとともに延伸処理する工程について、さまざまな手法が記載されている。特許文献1の実施例には、50℃のホウ酸水溶液に浸漬して1.5倍に延伸する方法が記載されている。特許文献2の実施例には、55℃のホウ酸水溶液に浸漬して2.5倍に延伸する方法が記載されている。特許文献3の実施例には、40℃のホウ酸水溶液に浸漬してから、55℃のホウ酸水溶液中で延伸する方法が記載されている。また、特許文献4の実施例には、30℃のホウ酸水溶液中で1.33倍に延伸してから60℃のホウ酸水溶液中で1.5倍に延伸する方法が記載されている。
【0005】
また、特許文献5には、高温条件に晒された時のTD方向(長手方向と直行する方向)の収縮率を低減することのできる偏光フィルムの製造方法が記載されている。具体的には、PVAフィルムを水に浸漬して膨潤処理し、ヨウ素系二色性色素で染色し、その後、ホウ酸水溶液中で架橋させるとともに延伸処理する方法において、膨潤処理する際に総延伸倍率の50%以上の倍率で延伸することによって、TD方向の収縮率を低減できるとされている。特許文献5の実施例には、56.5℃のホウ酸水溶液に浸漬する工程が記載されているが、当該水溶液中では延伸は施されていない。また、MD方向(フィルムの長手方向)の収縮率については測定されていない。
【0006】
近年、LCDは、ノートパソコンや携帯電話などのモバイル用途に用いられることが多くなっている。このようなモバイル用途のLCDは、多様な環境下で用いられるので、高温においても寸法安定性に優れた偏光フィルムが要求される。そのためには、高温下における収縮応力の小さい偏光フィルムであることが望ましい。しかしながら、上記特許文献1〜5に記載されたような方法では、優れた偏光性能と小さい収縮応力を十分に両立することのできる偏光フィルムを得ることはできなかった。これは、偏光性能を高くしようとすれば収縮応力が大きくなるし、収縮応力を小さくしようとすれば偏光性能が低下することに由来するものである。したがって、偏光性能が高く、しかも収縮応力が小さい偏光フィルムを製造することは、解決することが困難な課題であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−65309号公報
【特許文献2】特開2014−197050号公報
【特許文献3】特開2006−267153号公報
【特許文献4】特開2013−140324号公報
【特許文献5】特開2012−3173号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、優れた偏光性能を有し、しかも収縮応力の低い偏光フィルム及びその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題は、ポリビニルアルコールフィルムに対し、少なくとも膨潤工程、染色工程、第1架橋延伸工程、第2架橋延伸工程をこの順番に施す偏光フィルムの製造方法であって、
前記ポリビニルアルコールフィルムの厚みが5〜100μmであり、
前記ポリビニルアルコールフィルムに含まれるポリビニルアルコールの平均重合度が2500〜3500であり、
前記膨潤工程において、10〜50℃の水に浸漬して前記ポリビニルアルコールフィルムを膨潤させ、
前記染色工程において、ヨウ素及びヨウ化カリウムを合計で0.5〜3質量%含む10〜50℃の水溶液に浸漬して、ヨウ素系二色性色素を前記ポリビニルアルコールフィルムに含浸させるとともに、総延伸倍率が2〜3倍になるように一軸延伸し、
前記第1架橋延伸工程において、1〜5質量%のホウ酸を含む40〜55℃の水溶液中で、該工程中の延伸倍率が1.1〜1.3倍かつ総延伸倍率が2.5〜3.5倍になるように一軸延伸し、
引き続き前記第2架橋延伸工程において、1〜5質量%のホウ酸を含む60〜70℃の水溶液中で、該工程中の延伸倍率が1.8〜3.0倍かつ総延伸倍率が6〜8倍になるように一軸延伸することを特徴とする偏光フィルムの製造方法を提供することによって解決される。
【0010】
このとき、前記第2架橋延伸工程において、最大延伸応力が15N/mm以下であることが好ましい。単体透過率が42〜45%であり、かつ偏光度が99.980%以上である偏光フィルムを得ることも好ましい。また、収縮応力が45N/mm以下である偏光フィルムを得ることも好ましい。
【0011】
上記課題は、ヨウ素系二色性色素を含むポリビニルアルコールフィルムからなる偏光フィルムであって、
単体透過率43.5%のときの偏光度が99.990%以上であり、かつ
広角X線回折測定における構造因子Aの含有率(C)が3〜4.5%であり、構造因子Bの含有率(C)が2.0〜8.5%であり、かつ比(C/C)が0.4以上であることを特徴とする偏光フィルムを提供することによっても解決される。
【0012】
また上記課題は、ヨウ素系二色性色素を含むポリビニルアルコールフィルムからなる偏光フィルムであって、
単体透過率が42〜45%であり、
偏光度が99.980%以上であり、かつ
広角X線回折測定における構造因子Aの含有率(C)が3〜4.5%であり、構造因子Bの含有率(C)が2.0〜8.5%であり、かつ比(C/C)が0.4以上であることを特徴とする偏光フィルムを提供することによっても解決される。
【0013】
上記各延伸フィルムにおいて、構造因子Aはポリビニルアルコール−ホウ素凝集構造に由来する高配向性の構造因子であり、構造因子Bは非晶ポリビニルアルコールに由来する高配向性の構造因子である。また上記各延伸フィルムに含まれるポリビニルアルコールの重合度が2500〜3500であることが好ましい。上記偏光フィルムの収縮応力が45N/mm以下であることも好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の偏光フィルムは、優れた偏光性能を有し、かつ収縮応力が低い。そのため、高性能液晶ディスプレイ、特に高温下で使用されることのある液晶ディスプレイに好適に用いることができる。また、本発明の製造方法によれば、そのような偏光フィルムを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】偏光フィルム製造装置の模式図である。
図2】実施例1及び比較例1〜4、7及び8で得られた偏光フィルムの単体透過率43.5%のときにおける偏光度を収縮応力に対してプロットしたグラフである。
図3】I(2θ)プロファイルにベースライン直線を引いた図である。
図4】補正したI(2θ)プロファイルを「PVA非晶」、「PVA結晶」、「PVA-ホウ酸凝集構造」に分離した図である。
図5】波形分離解析で得た「PVA非晶」、「PVA結晶」、「PVA-ホウ酸凝集構造」の積分強度値(A)を、方位角に対してプロットした図である。
図6】積分強度値(A)を、配向成分と無配向成分に分離した図である。
図7】構造因子Aの含有率(C)と構造因子Bの含有率(C)を収縮応力に対してプロットした図である。
図8】比(C/C)を収縮応力に対してプロットした図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の偏光フィルムは、ヨウ素系二色性色素を含むポリビニルアルコールフィルムからなるものであり、優れた偏光性能を有し、しかも収縮応力が小さい。このような偏光フィルムは、ポリビニルアルコールフィルム(PVAフィルム)に対し、少なくとも膨潤工程、染色工程、第1架橋延伸工程、第2架橋延伸工程をこの順番に施す際に、特定の製造条件を適用することによって製造できる。以下、本発明の偏光フィルムの製造方法について詳しく説明する。
【0017】
本発明の偏光フィルムの製造に用いられるPVAフィルムに含まれるPVAは、ビニルエステルの1種または2種以上を重合して得られるポリビニルエステルをけん化することにより得られるものを使用することができる。当該ビニルエステルとしては、酢酸ビニル、ギ酸ビニル、プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル、ピバリン酸ビニル、バーサティック酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、安息香酸ビニル、酢酸イソプロペニル等が例示され、これらの中でも、PVAの製造の容易性、入手容易性、コスト等の点から、酢酸ビニルが好ましい。
【0018】
ポリビニルエステルは、単量体として、1種または2種以上のビニルエステルのみを用いて得られたものであってもよいが、本発明の効果を損なわない範囲内であれば、1種または2種以上のビニルエステルと、これと共重合可能な他の単量体との共重合体であってもよい。
【0019】
ビニルエステルと共重合可能な他の単量体としては、例えば、エチレン、プロピレン、1−ブテン、イソブテン等の炭素数2〜30のα−オレフィン;(メタ)アクリル酸またはその塩;(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸n−プロピル、(メタ)アクリル酸i−プロピル、(メタ)アクリル酸n−ブチル、(メタ)アクリル酸i−ブチル、(メタ)アクリル酸t−ブチル、(メタ)アクリル酸2−エチルへキシル、(メタ)アクリル酸ドデシル、(メタ)アクリル酸オクタデシル等の(メタ)アクリル酸エステル;(メタ)アクリルアミド、N−メチル(メタ)アクリルアミド、N−エチル(メタ)アクリルアミド、N,N−ジメチル(メタ)アクリルアミド、ジアセトン(メタ)アクリルアミド、(メタ)アクリルアミドプロパンスルホン酸またはその塩、(メタ)アクリルアミドプロピルジメチルアミンまたはその塩、N−メチロール(メタ)アクリルアミドまたはその誘導体等の(メタ)アクリルアミド誘導体;N−ビニルホルムアミド、N−ビニルアセトアミド、N−ビニルピロリドン等のN−ビニルアミド;メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル、n−プロピルビニルエーテル、i−プロピルビニルエーテル、n−ブチルビニルエーテル、i−ブチルビニルエーテル、t−ブチルビニルエーテル、ドデシルビニルエーテル、ステアリルビニルエーテル等のビニルエーテル;(メタ)アクリロニトリル等のシアン化ビニル;塩化ビニル、塩化ビニリデン、フッ化ビニル、フッ化ビニリデン等のハロゲン化ビニル;酢酸アリル、塩化アリル等のアリル化合物;マレイン酸またはその塩、エステルもしくは酸無水物;イタコン酸またはその塩、エステルもしくは酸無水物;ビニルトリメトキシシラン等のビニルシリル化合物;不飽和スルホン酸などを挙げることができる。上記のポリビニルエステルは、前記した他の単量体の1種または2種以上に由来する構造単位を有することができる。
【0020】
ポリビニルエステルに占める、他の単量体に由来する構造単位の割合は、ポリビニルエステルを構成する全構造単位のモル数に基づいて、15モル%以下であることが好ましく、10モル%以下であることがより好ましく、5モル%以下であることがさらに好ましい。
【0021】
特に、当該他の単量体が、(メタ)アクリル酸、不飽和スルホン酸などのように、得られるPVAの水溶性を促進する可能性のある単量体である場合には、偏光フィルムの製造過程においてPVAが溶解するのを防止するために、ポリビニルエステルにおけるこれらの単量体に由来する構造単位の割合は、ポリビニルエステルを構成する全構造単位のモル数に基づいて、5モル%以下であることが好ましく、3モル%以下であることがより好ましい。
【0022】
本発明で用いられるPVAは、本発明の効果を損なわない範囲内であれば、1種または2種以上のグラフト共重合可能な単量体によって変性されたものであってもよい。当該グラフト共重合可能な単量体としては、例えば、不飽和カルボン酸またはその誘導体;不飽和スルホン酸またはその誘導体;炭素数2〜30のα−オレフィンなどが挙げられる。PVAにおけるグラフト共重合可能な単量体に由来する構造単位(グラフト変性部分における構造単位)の割合は、PVAを構成する全構造単位のモル数に基づいて、5モル%以下であることが好ましい。
【0023】
PVAは、その水酸基の一部が架橋されていてもよいし架橋されていなくてもよい。また上記のPVAは、その水酸基の一部がアセトアルデヒド、ブチルアルデヒド等のアルデヒド化合物などと反応してアセタール構造を形成していてもよいし、これらの化合物と反応せずアセタール構造を形成していなくてもよい。
【0024】
PVAの平均重合度は2500〜3500であることが好ましい。当該平均重合度は、2600以上であることがより好ましく、3300以下であることもより好ましい。平均重合度が2500以上であることにより、第2架橋延伸工程において高温で延伸しても優れた偏光性能を有する偏光フィルムを容易に得ることができる。一方、平均重合度が3500を超える場合には、得られる偏光フィルムの収縮応力を小さくすることが困難になる場合がある。ここで、PVAの平均重合度は、JIS K6726−1994の記載に準じて測定される平均重合度のことをいう。なお、偏光フィルム中のPVAは、ホウ酸による架橋構造を含んでいるが、ホウ酸エステルを加水分解して外せば、PVAの平均重合度自体に実質的な変化はない。
【0025】
PVAのけん化度は、偏光フィルムの偏光性能などの観点から、98モル%以上であることが好ましく、98.5モル%以上であることがより好ましく、99モル%以上であることがさらに好ましい。けん化度が98モル%未満であると、偏光フィルムの製造過程でPVAが溶出しやすくなり、溶出したPVAがフィルムに付着して偏光フィルムの偏光性能を低下させる場合がある。なお、本明細書におけるPVAのけん化度とは、PVAが有する、けん化によってビニルアルコール単位に変換され得る構造単位(典型的にはビニルエステル単位)とビニルアルコール単位との合計モル数に対して当該ビニルアルコール単位のモル数が占める割合(モル%)をいう。けん化度はJIS K6726−1994の記載に準じて測定することができる。
【0026】
本発明で用いられるPVAフィルムにおけるPVAの含有率は、所望する偏光フィルムの製造のしやすさなどから、50〜99質量%の範囲内であることが好ましい。当該含有率は、75質量%以上であることがより好ましく、80質量%以上であることがさらに好ましく、85質量%以上であることが特に好ましい。また、98質量%以下であることがより好ましく、96質量%以下であることがさらに好ましく、95質量%以下であることが特に好ましい。
【0027】
PVAフィルムは、それを延伸する際の延伸性向上の観点から可塑剤を含むことが好ましい。当該可塑剤としては、例えば、エチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、ジグリセリン、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、トリメチロールプロパン等の多価アルコールなどを挙げることができ、PVAフィルムはこれらの可塑剤の1種または2種以上を含むことができる。これらの中でも、延伸性の向上効果の観点からグリセリンが好ましい。
【0028】
PVAフィルムにおける可塑剤の含有量は、それに含まれるPVA100質量部に対して、1〜20質量部の範囲内であることが好ましい。当該含有量が1質量部以上であることにより、PVAフィルムの延伸性をより向上させることができる。一方、当該含有量が20質量部以下であることにより、PVAフィルムが柔軟になり過ぎて取り扱い性が低下するのを防止することができる。PVAフィルムにおける可塑剤の含有量はPVA100質量部に対して2質量部以上であることがより好ましく、4質量部以上であることがさらに好ましく、5質量部以上であることが特に好ましい。また、可塑剤の含有量は、15質量部以下であることがより好ましく、12質量部以下であることがさらに好ましい。なお、偏光フィルムの製造条件などにもよるが、PVAフィルムに含まれる可塑剤は偏光フィルムを製造する際に溶出することがあるため、その全量が偏光フィルムに残存するとは限らない。
【0029】
PVAフィルムは、必要に応じて、酸化防止剤、凍結防止剤、pH調整剤、隠蔽剤、着色防止剤、油剤、界面活性剤などの成分をさらに含んでいてもよい。
【0030】
本発明の製造方法において使用されるPVAフィルムの厚みは、5〜100μmである。厚みが100μm以下であることにより、薄型の偏光フィルムが容易に得られる。PVAフィルムの厚みは、60μm以下であることが好ましい。一方、厚みが5μm未満である場合、偏光フィルムの製造が困難になるほか、染色ムラが生じやすくなる。PVAフィルムの厚みは、7μm以上であることが好ましい。ここでいう厚みは、多層フィルムの場合にはPVA層の厚みのことをいう。
【0031】
PVAフィルムは、単層フィルムであってもよいし、PVA層と基材樹脂層を有する多層フィルムを用いてもよい。単層フィルムの場合には、ハンドリング性を確保するために、フィルムの厚みが20μm以上であることが好ましく、30μm以上であることがより好ましい。一方、多層フィルムの場合には、PVA層の厚みを20μm以下にすることもできるし、15μm以下にすることもできる。多層フィルムにおける基材樹脂層の厚みは、通常20〜500μmである。
【0032】
PVAフィルムとして、PVA層と基材樹脂層を有する多層フィルムを用いる場合、基材樹脂は、PVAとともに延伸処理ができるものでなければならない。ポリエステルやポリオレフィン樹脂などを用いることができる。なかでも、非晶ポリエステル樹脂が好ましく、ポリエチレンテレフタレートや、それにイソフタル酸や1,4−シクロヘキサンジメタノールなどの共重合成分を共重合した非晶ポリエステル樹脂が好適に用いられる。PVA溶液を基材樹脂フィルムに塗布することによって多層フィルムを製造することが好ましい。このとき、PVA層と基材樹脂層の間の接着性を改善するために、基材樹脂フィルムの表面を改質したり、両層間に接着剤層を形成したりしてもよい。
【0033】
PVAフィルムの形状は特に制限されないが、偏光フィルムを製造する際に連続して供給できることから長尺のPVAフィルムであることが好ましい。長尺のPVAフィルムの長さ(長尺方向の長さ)は特に制限されず、製造される偏光フィルムの用途などに応じて適宜設定することができ、例えば、5〜20,000mの範囲内とすることができる。
【0034】
PVAフィルムの幅は特に制限されず、製造される偏光フィルムの用途などに応じて適宜設定することができる。近年、液晶テレビや液晶モニターの大画面化が進行しているので、PVAフィルムの幅を0.5m以上、より好ましくは1.0m以上にしておくと、これらの用途に好適である。一方、PVAフィルムの幅があまりに広すぎると実用化されている装置で偏光フィルムを製造する場合に均一に延伸することが困難になる傾向があることから、PVAフィルムの幅は7m以下であることが好ましい。
【0035】
以上説明したPVAフィルムを原材料として用いて、本発明の偏光フィルムが製造される。具体的には、少なくとも膨潤工程、染色工程、第1架橋延伸工程、第2架橋延伸工程をこの順番に施して偏光フィルムが製造される。前記第2架橋延伸工程の後に、洗浄工程や乾燥工程を施すことも好ましい。以下、各工程について詳細に説明する。
【0036】
本発明の製造方法では、まずPVAフィルムを膨潤工程に供する。膨潤工程では、10〜50℃の水に浸漬してPVAフィルムを膨潤させる。水の温度は、20℃以上であることが好ましく、40℃以下であることが好ましい。このような温度範囲内の水に浸漬することで、PVAフィルムを効率良く均一に膨潤させることができる。PVAフィルムを水に浸漬する時間は、0.1〜5分間の範囲内であることが好ましく、0.5〜3分間の範囲内であることがより好ましい。このような浸漬時間とすることで、PVAフィルムを効率良く均一に膨潤させることができる。なお、PVAフィルムが浸漬される水は純水に限定されず、各種成分が溶解した水溶液であってもよいし、水と水溶性有機溶媒との混合物であってもよい。膨潤工程において、PVAフィルムに対し一軸延伸を施すことが好ましい。その場合の延伸倍率は特に限定されないが、1.2〜2.8倍であることが好ましい。当該延伸倍率は、1.5倍以上であることがより好ましく、2.5倍以下であることもより好ましい。
【0037】
本発明の製造方法では、前記膨潤工程の後に染色工程に供される。染色工程では、ヨウ素及びヨウ化カリウムを合計で0.5〜3質量%含む10〜50℃の水溶液に浸漬して、ヨウ素系二色性色素をPVAフィルムに含浸させるとともに、総延伸倍率が2〜3倍になるように一軸延伸する。これにより、PVAフィルムをヨウ素系二色性色素で染色するとともに、フィルム中のPVAの分子鎖を配向させ、ヨウ素系二色性色素も配向させる。
【0038】
染色は、ヨウ素系色素を含む染色浴にPVAフィルムを浸漬することにより行われる。染色浴は、ヨウ素(I)およびヨウ化カリウム(KI)を水と混合することにより調製される。ヨウ素およびヨウ化カリウムを水と混合することで、IやIなどのヨウ素系色素を発生させることができる。染色浴におけるヨウ素及びヨウ化カリウムの合計含有量はそれらの合計で0.5〜3質量%である。ヨウ素及びヨウ化カリウムの合計含有量は、0.8質量%以上であることが好ましく、2.5質量%以下であることも好ましい。このような濃度範囲で染色することによって、効率よく均一に染色することが可能である。ヨウ素に対するヨウ化カリウムの質量比(KI/I)は、10〜200であることが好ましく、15〜150であることがより好ましい。染色浴には、ホウ酸、ホウ砂等のホウ酸塩などのホウ素化合物を含んでいてもよいが、その含有量は、通常ホウ酸換算で5質量%未満であり、好適には1質量%以下である。
【0039】
染色浴の温度は10〜50℃である。当該温度は、15℃以上であることが好ましく、20℃以上であることがより好ましい。また当該温度は、40℃以下であることが好ましく、30℃以下であることがより好ましい。このような温度範囲内で染色することでPVAフィルムを効率良く均一に染色することができる。また、PVAフィルムを染色浴に浸漬する時間としては、0.1〜10分間の範囲内であることが好ましく、0.2〜5分間の範囲内であることがより好ましい。このような時間の範囲とすることでPVAフィルムを斑なく染色することができる。
【0040】
染色工程において、PVAフィルムを染色するとともに一軸延伸して、総延伸倍率が2〜3倍になるようにする。このような総延伸倍率を有するPVAフィルムに対して、引き続き2段階の架橋延伸工程を施すことにより、優れた偏光性能を有し、しかも収縮応力の低い偏光フィルムを得ることができる。膨潤工程及び染色工程を含むこれまでの工程を経た総延伸倍率が2〜3倍になるようにすればよい。染色工程における延伸倍率は、1倍を超えていればよく、1.05倍以上であることがより好ましい。
【0041】
本発明の製造方法では、前記染色工程の後に第1架橋延伸工程及び第2架橋延伸工程に供される。条件の異なる2段階の架橋延伸工程を施すことによって、得られる偏光フィルムの結晶状況及び配向状態を制御することができ、優れた偏光性能を有し、しかも収縮応力の低い偏光フィルムを得ることができる。以下、これら2つの架橋延伸工程について説明する。
【0042】
第1架橋延伸工程では、1〜5質量%のホウ酸を含む40〜55℃の水溶液中で、該工程中の延伸倍率が1.1〜1.3倍かつ総延伸倍率が2.5〜3.5倍になるように一軸延伸する。PVAフィルムが浸漬されるホウ酸水溶液は1〜5質量%のホウ酸を含む。ホウ酸の濃度は1.5質量%以上であることが好ましく、4質量%以下であることも好ましい。このような濃度とすることによってホウ酸による分子間架橋反応を適切な速度で進行させることができる。なお、ホウ酸は、水溶液中でホウ酸又はホウ酸イオンになり得るものであればよく、ホウ酸、ホウ酸塩のいずれを用いることもできるが、好適にはホウ酸である。ホウ酸塩を用いる場合の濃度は、ホウ酸(HBO)の質量換算で計算される。ホウ酸水溶液は、ヨウ化カリウムを含有していてもよく、その場合の濃度は0.01〜10質量%の範囲内であることが好ましい。ヨウ化カリウムを含有することによって、得られる偏光フィルムの偏光性能を調整することができる。第1架橋延伸工程でヨウ化カリウムを含んでいてもよいし、後述する第2架橋延伸工程でヨウ化カリウムを含んでいてもよいし、両工程で含んでいてもよい。
【0043】
第1架橋延伸工程におけるホウ酸水溶液の温度は40〜55℃である。当該温度は、42℃以上であることが好ましく、53℃以下であることも好ましい。当該温度が低すぎる場合には、ホウ酸による架橋反応の進行が不十分となり、得られる偏光フィルムの偏光特性が低下する。一方、当該温度が高すぎる場合には、フィルムからPVAが溶出するおそれがある。そして、このような温度条件下において、延伸倍率が1.1〜1.3倍かつ総延伸倍率が2.5〜3.5倍になるように一軸延伸する。総延伸倍率は、2.6倍以上であることが好ましく、3.4倍以下であることも好ましい。このように、第1架橋延伸工程では、少しだけ一軸延伸して適度に配向させながらホウ酸架橋反応を進行させる。これによって、引き続く第2架橋延伸工程において高温のホウ酸水溶液に浸漬された場合にも、フィルムからPVAがホウ酸水溶液中に溶出したりフィルムの強度が大きく低下したりすることがなく、さらに高倍率に延伸することができる。
【0044】
引き続き、第2架橋延伸工程では、1〜5質量%のホウ酸を含む60〜70℃の水溶液中で、該工程中の延伸倍率が1.8〜3.0倍かつ総延伸倍率が6〜8倍になるように一軸延伸する。用いられるホウ酸水溶液の組成は、第1架橋延伸工程で用いられる範囲のものと同様のものを用いることができる。
【0045】
第2架橋延伸工程において、ホウ酸水溶液の温度は60〜70℃である。当該温度は、62℃以上であることが好ましく、68℃以下であることも好ましい。温度が低すぎると収縮応力が大きくなってしまう。一方、温度が高すぎるとフィルムからPVAがホウ酸水溶液中に溶出したり、偏光度が低下したりする。そして、前記温度範囲において、1.8〜3.0倍かつ総延伸倍率が6〜8倍になるように一軸延伸する。第2架橋延伸工程中における延伸倍率は、2倍以上であることが好ましく、2.8倍以下であることも好ましい。また総延伸倍率は6.2倍以上であることが好ましく、7.8倍以下であることも好ましい。すなわち、高温のホウ酸水溶液中において、比較的高倍率に延伸しながらホウ酸架橋反応を進行させ、その結果乾燥工程において配向したPVAの結晶化ならびに固定化を促す。これによって、偏光性能が高く、しかも収縮応力が小さい偏光フィルムを製造することができる。
【0046】
第2架橋延伸工程における最大延伸応力が15N/mm以下であることが好ましい。ここで、最大延伸応力とは、第2架橋延伸工程において、隣接するロール間にかかる引張力を原料のPVAフィルムの断面積で割った値である。3本以上のロールを用いるときには、その中の最大の引張力を採用する。最大延伸応力を小さくすることによって、収縮応力の小さい偏光フィルムを得ることができる。最大延伸応力はより好適には10N/mm以下である。また通常、最大延伸応力は1N/mm以上である。
【0047】
前記第1及び第2架橋延伸工程において、PVAフィルムを一軸延伸する場合には、水浴内に互いに平行な複数のロールを備える延伸装置を使用して、各ロール間の周速を変えることにより行うことができる。
【0048】
前記第2架橋延伸工程の後に、洗浄工程に供することが好ましい。洗浄工程では、フィルム表面の不要な薬品類や異物を除去したり、最終的に得られる偏光フィルムの光学的性能を調節したりする。洗浄工程は、PVAフィルムを洗浄浴に浸漬させたり、PVAフィルムに洗浄液を散布したりすることによって行うことができる。洗浄液としては水を使用することができるが、これらにヨウ化カリウムを含有させてもよい。ヨウ化カリウムを含有させる場合には偏光膜の色調を調整することができる。ヨウ化カリウムの含有量は、0.1〜10質量%であることが好ましい。洗浄液の温度は通常10〜40℃であり、好適には15〜30℃である。洗浄浴は1槽だけでなく複数槽用いても構わない。また、複数槽用いる場合の各槽中の洗浄液の組成は目的に応じてそれぞれ調整することができる。
【0049】
前記洗浄工程に引き続き、乾燥工程に供することが好ましい。乾燥工程における温度は特に制限されないが、30〜150℃であることが好ましく、50〜130℃であることがより好ましい。上記範囲内の温度で乾燥することで寸法安定性に優れる偏光フィルムが得られやすい。
【0050】
こうして得られた本発明の偏光フィルムの厚みは、1〜30μmであることが好ましい。厚みが1μm未満である場合には高速度で生産することが困難な場合があり、より好適には3μm以上である。一方、厚みが30μmを超える場合には、延伸加工時の延伸張力が高くなり装置が破損する場合があり、より好適には25μm以下である。ここでいう厚みは、多層フィルムの場合にはPVA層の厚みのことをいう。
【0051】
得られた偏光フィルムがPVAの単層フィルムである場合には、ハンドリング性を確保するために、偏光フィルムの厚みが5μm以上であることが好ましく、7μm以上であることがより好ましい。一方、多層フィルムからなる偏光フィルムの場合には、PVA層の厚みを5μm以下にすることもできるし、3μm以下にすることもできる。多層フィルムにおける基材樹脂層の厚みは、通常10〜250μmである。
【0052】
本発明の偏光フィルムの単体透過率は42〜45%であることが好ましい。単体透過率が42%未満である場合、液晶ディスプレイの明るさが低下する。単体透過率はより好適には42.5%以上である。一方、単体透過率が45%を超える偏光フィルムでは、高い偏光度の偏光フィルムを得ることが困難であり、単体透過率はより好適には44.5%以下である。また、本発明の偏光フィルムの偏光度は99.980%以上であることが好ましい。偏光度が99.980%以上であることによって、液晶ディスプレイの画質が優れたものになる。偏光度は、より好適には99.982%以上である。
【0053】
本発明の偏光フィルムの収縮応力は45N/mm以下であることが好ましい。収縮応力が小さいことによって、高温下で使用した場合にも寸法安定性に優れたものとなる。収縮応力は、より好適には40N/mm以下である。ここで収縮応力は、試料となる偏光フィルムを固定し、80℃で4時間維持したときの張力を試料の断面積で割った値のことをいう。
【0054】
また本発明の偏光フィルムは、「単体透過率が43.5%のときの偏光度」が99.990%以上であることが好ましい。この値は、偏光フィルムの単体透過率(T)が43.5%でない場合に、43.5%であると仮定した場合の偏光度を算出したものである。単体透過率が43.5%のときの偏光度が99.991%以上であることがより好ましく、99.992%以上であることがさらに好ましい。
【0055】
「単体透過率が43.5%のときの偏光度」の算出方法は以下のとおりである。まず、表面反射を排除した透過率(T’)と単体透過率(T)の関係は式(1)で示される。このとき、PVAの屈折率は1.5であるとし、表面での反射率は4%であるとした。透過率(T’)と偏光度(V)と二色性比(R)との関係は式(2)で示され、式(2)を変形したのが式(3)である。ここで、二色性比(R)は、単体透過率(T)が大きく変動しない範囲、例えば42〜45%の範囲では染料濃度によってほとんど変動しないので、定数として取扱うことができる。したがって、単体透過率(T)および偏光度(V)を計測した上で、それらの値を用いて式(1)及び(2)を解くことで偏光膜の二色性比(R)を定数として算出することができる。そのRを代入した式(3)と式(1)から、T=43.5(%)のときの偏光度(V)を求めることができる。
T’=T/(1−0.04) (1)
R={−ln[T’(1−V)]}/{−ln[T’(1+V)]} (2)
T’=[1−V]1/(R−1)/[1+V]R/(R−1) (3)
【0056】
また、本発明の偏光フィルムは、広角X線回折(WAXD)測定によって構造解析した際に、従来の偏光フィルムとは異なる構造的特徴を有することが明らかになった。以下、説明する。
【0057】
本発明の偏光フィルムをWAXD測定することによって、回折角(2θ)に対するX線強度のプロファイルを作成する。そして、後の実施例に記載する方法にしたがって、ピーク分割をする。まず、「PVA結晶」、「PVA非晶」、「PVA−ホウ酸凝集構造」の3成分に分割する。ここで、「PVA結晶」は結晶状態にあるPVA鎖のことをいい、「PVA非晶」とは結晶状態にない無秩序状態のPVA鎖のことをいう。また、「PVA−ホウ酸凝集構造」に由来するピークはPVAにホウ酸を添加した場合に出現することが知られているピークであり、PVAとホウ酸が相互作用して形成された構造からの回折信号であると考えられている。
【0058】
次に、上記方法によって分割された3成分について、方位角φに対するX線強度のプロファイルを作成する。これをさらにそれぞれ、無配向成分、低配向成分及び高配向成分の3成分に分割することで、全部で9成分に分割する。このようにして、9成分全体を100%としたときの各成分の割合(%)を求めることができる。そして、「PVA−ホウ酸凝集構造」の高配向成分を構造因子A、「PVA非晶」の高配向成分を構造因子Bとした。今回、構造因子Aは偏光性能を高めるために必要な構造であり、構造因子Bは収縮応力の原因構造であることがわかった。
【0059】
構造因子Aは、配向したPVA鎖をホウ酸が分子内または分子間架橋して安定化した構造であることが、D. Fujiwara et al., Polymer Preprints, Japan, 59, 2, 3043, 2010; D. Fujiwara et al., Polymer Preprints, Japan, 60, 2, 3393, 2011;K. Ohishi et al., Polymer, 51, 687-693, 2010等によって示されている。高い偏光性能を実現するにはフィルム中により多くのポリヨウ素イオンを保持させなければならない。高度に配向した「PVA−ホウ酸凝集構造」では、ホウ酸がPVA鎖の熱運動や配向緩和を抑制するために、ポリヨウ素イオンを安定化させる効果があり、その結果、多くのポリヨウ素イオンを安定的に保持することができる。
【0060】
構造因子BはPVA鎖が延伸によって高度に配向し、そのまま凍結された構造である。結晶化していないPVA鎖によるものであり、PVAのガラス転移温度以上の温度では、熱運動によって分子運動性が高まり、また結晶やホウ酸による拘束がないために、容易に配向緩和しやすい。構造因子Bは高度に配向しているため、配向緩和するときの力が大きい。
【0061】
構造因子Aおよび構造因子Bは、PVAフィルムから偏光フィルムを製造する際の様々な条件によって制御することができる。例えば、構造因子Aはホウ酸を含む架橋槽のホウ酸濃度に依存し、ホウ酸濃度が高いほど構造因子Aは多くなる。また例えば、構造因子Bは延伸倍率に依存し、延伸倍率を小さくすることでPVA鎖の配向を抑制し、構造因子Bを減らすことができる。
【0062】
しかしながら、ホウ酸濃度を高めると加工中の延伸性が低下したり、構造因子Bが増えたりするなどの問題があった。一方、延伸倍率を小さくすると、構造因子Aが少なくなり、高い偏光性能のフィルムを得ることができない問題があった。すなわち、高い偏光性能かつ低収縮応力を同時に満たす偏光フィルムを得ることは困難であった。
【0063】
今回、前述したような製造方法を採用することによって、従来の偏光フィルムよりも、構造因子Aの含有率が高く、構造因子Bの含有率の低い偏光フィルムを製造することができた。これにより、これまで製造することが困難であった、優れた偏光性能を有し、かつ収縮応力が低い偏光フィルムを得ることができた。具体的には、広角X線回折測定における構造因子Aの含有率(C)が3〜4.5%であり、構造因子Bの含有率(C)が2.0〜8.5%であり、かつ比(C/C)が0.4以上である偏光フィルムを得ることができた。
【0064】
構造因子Aの含有率(C)が3〜4.5%であることが好ましい。含有率(C)が3%以上であることにより、優れた偏光性能を有することができる。一方、構造因子Bの含有率(C)は2.0〜8.5%であることが好ましく、2.5〜8.5%であることがより好ましく、3.0〜8.5%であることがさらにより好ましく、4.5〜8.5%であることが特に好ましい。含有率(C)が8.5%以下であることにより、収縮応力を小さくすることができる。そして、その両者の比(C/C)が0.4以上であることが好ましい。比(C/C)が大きい値をとることにより、優れた偏光性能を有し、かつ収縮応力が低い偏光フィルムを得ることができる。
【0065】
本発明の偏光フィルムの好適な態様は、ヨウ素系二色性色素を含むポリビニルアルコールフィルムからなる偏光フィルムであって;単体透過率43.5%のときの偏光度が99.990%以上であり;かつ、広角X線回折測定における構造因子Aの含有率(C)が3〜4.5%であり、構造因子Bの含有率(C)が2.0〜8.5%であり、かつ比(C/C)が0.4以上である偏光フィルムである。
【0066】
本発明の偏光フィルムの他の好適な態様は、ヨウ素系二色性色素を含むポリビニルアルコールフィルムからなる偏光フィルムであって;単体透過率が42〜45%であり;偏光度が99.980%以上であり;かつ、広角X線回折測定における構造因子Aの含有率(C)が3〜4.5%であり、構造因子Bの含有率(C)が2.0〜8.5%であり、かつ比(C/C)が0.4以上である偏光フィルムである。
【0067】
本発明の偏光フィルムの他の好適な態様は、ヨウ素系二色性色素を含むポリビニルアルコールフィルムからなる偏光フィルムであって;単体透過率43.5%のときの偏光度が99.990%以上であり;かつ、収縮応力が45N/mm以下である偏光フィルムである。
【0068】
本発明の偏光フィルムの他の好適な態様は、ヨウ素系二色性色素を含むポリビニルアルコールフィルムからなる偏光フィルムであって;単体透過率が42〜45%であり;偏光度が99.980%以上であり;かつ、収縮応力が45N/mm以下である偏光フィルムである。
【0069】
本発明の偏光フィルムは、通常、その両面または片面に保護膜を貼り合わせて偏光板にして使用される。保護膜としては、光学的に透明でかつ機械的強度を有するものが挙げられ、具体的には例えば、三酢酸セルロース(TAC)フィルム、酢酸・酪酸セルロース(CAB)フィルム、アクリル系フィルム、ポリエステル系フィルムなどを使用することができる。また、貼り合わせのための接着剤としては、PVA系接着剤やウレタン系接着剤、もしくは紫外線硬化型接着剤などを挙げることができる。
【0070】
こうして得られた偏光板は、高性能の液晶ディスプレイ(LCD)に用いることができる。明るく、偏光特性が良好であり、しかも高温条件下で使用しても寸法安定性に優れた偏光板を提供することができる。したがって、各種の高性能LCD、特にモバイル用途のLCD用の偏光板として好適に用いることができる。
【実施例】
【0071】
以下に本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。以下の実施例及び比較例において採用された、分析方法及び評価方法は以下に示す方法にしたがって行った。
【0072】
[偏光フィルムの光学特性]
以下の実施例及び比較例で得られた偏光フィルムの幅方向の中央部から、偏光フィルムの長手方向に3cm、その垂直方向に1.5cmの長方形のサンプルを採取し、積分球付き分光光度計(日本分光株式会社製「V7100」)を用いて、JIS Z 8722(物体色の測定方法)に準拠し、視感度補正を行った上で、単体透過率(T)および偏光度(V)を計測した。
【0073】
こうして得られたTおよびVの値から以下の式(1)及び(2)を解くことで偏光膜の二色性比(R)を算出し、そのRを代入した式(3)と式(1)を計算することでT=43.5%のときの偏光度を求めた。ここで、PVAの屈折率は1.5であるとし、表面での反射率は4%であるとした。また、二色性比(R)は、単体透過率が大きく変動しない範囲、例えば42〜45%の範囲では染料濃度によって変動しない定数として取扱うことができる。
T’=T/(1−0.04) (1)
R={−ln[T’(1−V)]}/{−ln[T’(1+V)]} (2)
T’=[1−V]1/(R−1)/[1+V]R/(R−1) (3)
【0074】
「偏光フィルムの広角X線回折(WAXD)測定」
広角X線回折(Wide Angle X-ray Diffraction : WAXD)測定は、Bruker AXS製のD8 Discover装置を使用して実施した。入射X線波長は0.154nm(Cuターゲット)とした。検出器には位置敏感型2次元ガス検出器のHi-STARを使用し、カメラ距離(試料と検出器間の距離)はおよそ150mmに設定した。X線発生装置のフィラメント電流を110mA、電圧を45kVとし、コリメータ径は0.5mmのものを使用した。
【0075】
偏光フィルムを短辺5mm、長辺20mmの長方形に切り取った。このとき長辺方向は偏光フィルムの延伸方向と一致させた。装置付属のサンプルホルダに両面テープを貼り付け、切り取った偏光フィルムを固定した。本測定では、複数枚の偏光フィルムを重ねるのではなく、1枚の偏光フィルムをサンプルホルダに貼り付けた。バックグラウンド散乱や検出器の電気ノイズ等よりも十分に偏光フィルムの信号が強いことを事前に確認した。ただし偏光フィルムからの回折信号強度が弱い場合には、フィルムを複数枚重ねて測定してもよい。その場合は、それぞれの偏光フィルムの延伸方向が完全に一致するように偏光フィルムを貼り付けなければならない。
【0076】
偏光フィルムの延伸方向がD8 Discover with GADDS装置のY軸方向と一致するようにサンプルホルダをX線装置のステージに取り付けた。このとき偏光フィルム表面に対する法線は、X線が入射する方向と一致させるようにした。X線が前記入射方向から偏光フィルムに照射されるように、装置のX軸、Y軸、Z軸を調整した。
【0077】
WAXD測定は次の条件で実施した。試料のω軸(偏光フィルム表面に対する法線とX線入射方向とのなす角度がωとなるように設定した軸。一般的にはθ軸と呼ばれることが多い。)を11°、検出器位置である2θ軸(検出器表面に対する法線と入射X線方向とのなす角度が2θとなるように設定した軸)を22°、偏光フィルム面内での回転に相当するφ軸を90°または0°に設定した。φ軸は偏光フィルム面内での方位角方向と一致している。偏光フィルムの延伸方向を子午線方向、面内でその垂直方向を赤道線方向としたとき、φ軸が90°であれば赤道線方向の回折情報を、φ軸が0°であれば子午線方向の回折情報を取得できる。検出器で観測される回折または散乱はBraggの条件を満たすものである。本測定条件の場合、例えば検出されるPVA結晶からの110回折の信号は、偏光フィルムの厚み方向とおよそ一致している(110)による回折である。φ軸を90°または0°にし、それぞれX線露光時間を60分として測定した。
【0078】
[偏光フィルムのWAXD測定データ解析]
取得したWAXDの2次元写真を、GADDS(General Area Detector Diffraction System)ソフトウェアを使用して、2θに対するX線強度I(2θ)の1次元プロファイルへと変換した。2θ範囲を5°から35°とした。サンプリングのステップは0.05°間隔とした。方位角方向と一致するφ軸範囲は、-5°から5°、5°から15°、15°から25°、25°から35°、35°から45°、45°から55°、55°から65°、65°から75°、75°から85°、85°から95°、95°から105°、105°から115°、115°から125°、125°から135°、135°から145°、145°から155°、155°から165°、165°から175°、175°から185°のように、方位角方向に10°の方位角範囲にて分割してそれぞれI(2θ)プロファイルを得た。偏光フィルムの延伸方向が0°、その垂直方向が90°に対応している。同操作をバックグラウンド散乱データ(偏光フィルムを取り付けずに同条件にて測定したデータ)にも適用した。
【0079】
I(2θ)プロファイルの解析を次の手順で実施した。まず偏光フィルムの測定で得たI(2θ)プロファイルから、バックグラウンド測定で得た同方位角範囲のI(2θ)プロファイルを差し引いた。バックグラウンド散乱を差し引いたI(2θ)プロファイルに対して、図3のように、2θ位置が6.5°における強度値I(6.5)と2θ位置が30.5°における強度値I(30.5)を結ぶベースライン直線を作成して、バックグラウンド散乱を差し引いたI(2θ)プロファイルからさらに差し引いた。ベースライン直線は、I(2θ)-2θ座標上において、(6.5, I(6.5))と(30.5, I(30.5))の2点を通る一次関数である。なおベースライン直線に対する実測データのばらつきの影響を抑えるために、I(6.5)はI(6.0)からI(7.0)の算術平均値とし、I(30.5)はI(30.0)からI(31.0)の算術平均値とした。ここで子午線方向すなわち方位角が0°付近のI(2θ)プロファイルには、2θ位置でおよそ28°付近に延伸方向に配向したポリヨウ素イオンによる回折ピークが観測されるので、I(30.5)はポリヨウ素イオンによる回折ピークの影響を受けてしまう。そこでポリヨウ素イオンによる回折ピークが観測される場合には、あらかじめその回折ピークを除去した。回折ピーク形状がガウス関数で表現できるものとみなし、I(2θ)プロファイルへの影響がなくなるようにガウス関数のピークトップ位置x、ピーク高さh、ピークの幅(正規分布の標準偏差σ)を調整し、I(2θ)プロファイルからガウス関数を適切に差し引いた。こうした操作をすべての各方位角のI(2θ)プロファイルに対して実施した。ベースライン直線を差し引いたものを、以後、補正したI(2θ)プロファイルと呼称する。
【0080】
図4に偏光フィルムおよびポバールフィルム原反の測定で得た補正したI(2θ)プロファイルを示す。2θにおいて10°から30°の範囲にかけて観測されるブロードで散漫な散乱成分は、主としてPVAの非晶から生じるものである。2θにおいて19°から21°の範囲にかけて観測されるピーク状の成分はPVA結晶の(1-10)および(110)による回折から生じる。一方、2θにおいて21°から23°の範囲にかけて観測されるピーク状の成分は、PVAにホウ酸を添加した際に出現することが知られており、PVAとホウ酸が相互作用して形成した構造からの回折信号であると考えられている。このPVAとホウ酸が相互作用して形成した構造を「PVA-ホウ酸凝集構造」と呼称する。すなわち偏光フィルムを測定して得られた補正したI(2θ)プロファイルは、「PVA非晶」、「PVA結晶」、「PVA-ホウ酸凝集構造」の3成分に分離が可能である。そこで補正したI(2θ)プロファイルには波形分離解析を適用した。
【0081】
「PVA非晶」、「PVA結晶」、「PVA-ホウ酸凝集構造」からの散乱または回折信号がガウス関数で表現できるものと仮定した。それぞれ、ガウス関数A、ガウス関数B、ガウス関数Cとした。ガウス関数の形状を定義するパラメータは、ピークトップ位置x、ピーク高さh、ピークの幅(ここでは正規分布の標準偏差σを意味する)とした。各成分を表現する3つのガウス関数の和であるcalculated-I(2θ)プロファイルが補正したI(2θ)プロファイルと一致するように、3つのガウス関数のピークトップ位置x、ピーク高さh、ピークの幅を可変パラメータとして、最小自乗フィッティングによって全パラメータを最適化した。その結果を図4中に示す。本波形分離解析においては、calculated-I(2θ)プロファイルが測定データのばらつきや解析による誤差、フィッティングの系統的エラーの影響を受けることなく、偏光フィルムの構造を反映するように3つのガウス関数で適切に表現されていなければならない。そこで本試験においては、波形分離解析において次の(a)から(f)のような制約を導入して実施した。
【0082】
(a)2θにおいて13°から16°と25°から28°の範囲における信号は「PVA非晶」から生ずる散乱であるとみなせるので、同2θ範囲においてはガウス関数Aだけで補正したI(2θ)プロファイルを再現する。
(b)2θにおいておよそ17°から21°の範囲における信号は「PVA非晶」と「PVA結晶」から生ずる散乱および回折であり、とくに「PVA結晶」の寄与が大きい。結晶による回折ピーク位置は既知であり、そこでガウス関数Bのピークトップ位置xは固定する。
(c)2θにおいておよそ20°から23°の範囲における信号は「PVA非晶」と「PVA-ホウ酸凝集構造」から生ずる散乱および回折である。とくに「PVA-ホウ酸凝集構造」の寄与が大きい。そこでガウス関数Cのピークトップ位置xを固定する。
(d)「PVA結晶」と「PVA-ホウ酸凝集構造」を適切に分離するために、ガウス関数Bとガウス関数Cのピークの幅は同じ値とする。なぜなら、どのような偏光フィルムを測定しても、17°から21°と20°から23°における回折強度はおよそ等しく、「PVA結晶」による回折ピークと「PVA-ホウ酸凝集構造」による回折ピークの形状には大きな違いがないと見込まれるからである。
(e)上記(a)〜(d)を踏まえ、すべての補正したI(2θ)プロファイルを3つのガウス関数の和であるcalculated-I(2θ)プロファイルが良好に再現するような、3つのガウス関数それぞれのピークトップ位置x、ピークの幅σの最適値を探索した。その結果、ガウス関数Aに対してはx=20.0とσ=4.0を、ガウス関数Bに対してはx=19.7とσ=1.3を、ガウス関数Cに対してはx=22.0とσ=1.3を採用したときに、すべての補正したI(2θ)プロファイルを矛盾なく良好に波形分離できることがわかった。ピークトップ位置xとピークの幅σは上述の最適値に固定する。
(f)すべての補正したI(2θ)プロファイルに対して、3つのガウス関数のピーク高さhのみを可変パラメータとして最小自乗フィッティングした。フィッティング範囲は、6.5°から30.5°とした。
【0083】
なお赤道線方向すなわち方位角が90°付近のI(2θ)プロファイルには、2θ位置でおよそ11°付近に延伸方向に配向したPVA結晶による100回折ピークが観測される。100回折ピークが観測される場合は、回折ピーク形状がガウス関数で表現できるものとみなし、I(2θ)プロファイルへの波形分離解析に含めた。すなわちガウス関数のピークトップ位置x、ピーク高さh、ピークの幅σを適切に調整し、最小自乗フィッティングした。
【0084】
最小自乗フィッティングののち、3つのガウス関数の面積を計算し、それぞれ「PVA非晶」、「PVA結晶」、「PVA-ホウ酸凝集構造」から生ずる信号の積分強度値(A)であるとみなした。100回折ピークが観測される場合は、100回折ピークの積分強度値を「PVA結晶」に含めた。上記の波形分離解析をすべての各方位角の補正したI(2θ)プロファイルに対して実施し、「PVA非晶」、「PVA結晶」、「PVA-ホウ酸凝集構造」それぞれの積分強度値(A)を算出した。なおこれらの解析にはMicrosoft製のExcelソフトウェアを使用した。
【0085】
波形分離解析で得た「PVA非晶」、「PVA結晶」、「PVA-ホウ酸凝集構造」の積分強度値(A)を、方位角に対してプロットしたものが図5である。ここで方位角は次のように定義した。例えば、-5°から5°の方位角範囲の補正したI(2θ)プロファイルの解析結果は方位角0°に対して、85°から95°の方位角範囲の補正したI(2θ)プロファイルの解析結果は方位角90°に対してプロットした。
【0086】
各成分の積分強度値の方位角分散プロットA(φ)は、偏光フィルムの延伸方向に対する各成分の配向状態を反映している。解析した2θ範囲で観測された散乱または回折の信号が主としてPVA分子鎖間の干渉によるものであるとみなしたとき、方位角が90°で観測された信号の割合は、延伸方向にPVA分子鎖が並んだ成分の割合におよそ等しい。方位角が0°で観測された信号の割合は、延伸方向とは垂直方向にPVA分子鎖が並んだ成分の割合におよそ等しい。すなわち図5は各成分の配向状態の分布関数f(φ)とおよそ等しい。PVAが完全に無配向状態のとき、分布関数の方位角依存性はない。一方、PVAが延伸方向にある分布を伴って配向していれば、分布関数は90°を最大強度としたピーク形状を示す。
【0087】
そこで積分強度値の方位角分散プロットA(φ)を配向成分の分布関数f1(φ)と無配向成分の分布関数f2(φ)に分離した。無配向成分の分布関数は方位角依存性がないため、f2(φ)=C(Cは定数)とした。図6に示すように、どの方位角においても一定の定数Cとなる成分がf2(φ)であり、特定の方位角に確率分布をもつ成分がf1(φ)である。いずれの偏光フィルムに対しても、方位角分散プロットA(φ)から精度よくf1(φ)を得るには次の手順でデータ処理するのがよいことがわかった。「PVA結晶」と「PVA-ホウ酸凝集構造」の配向成分の分布関数f1(φ)はローレンツ関数で表現できるものと仮定し、ピークトップ位置を90°とし、ピーク高さh、ピークの半値幅を可変パラメータとした。「PVA非晶」の配向成分の分布関数f1(φ)は2つのガウス関数の線形和で表現できるものと仮定し、ピークトップ位置を90°とし、それぞれの関数のピーク高さh、ピークの半値幅を可変パラメータとした。A(φ)をf1(φ)とf2(φ)の和が良好に再現するように最小自乗フィッティングをおこない、定数C、ピーク高さh、ピークの半値幅の最適解を得た。フィッティングは0°から180°の方位角範囲で実施した。
【0088】
ここで、上記フィッティングによって得られた配向成分の分布関数f1(φ)のうち、方位角φが80°から100°の範囲、すなわち高配向した成分の割合は次のように求めた。まず、0°から180°の方位角範囲において、配向成分の分布関数f1(φ)の積分値を求めた。これをF1とした。次に、配向成分の分布関数f1(φ)における方位角φが80°から100°の範囲の積分値を計算し、これをF1aとした。F1-F1aは0°から80°および100°から180°の積分値であり、これをF1bとした。F1bは配向度が小さい配向成分である。0°から180°の方位角範囲において、無配向成分の分布関数f2(φ)の積分値F2を計算した。「PVA非晶」、「PVA結晶」、「PVA-ホウ酸凝集構造」のそれぞれに対してF1a、F1b、F2の値を得た。F1aは高配向成分、F1bは低配向成分、F2は無配向成分に比例する量である。
【0089】
「PVA非晶」、「PVA結晶」、「PVA-ホウ酸凝集構造」それぞれの高配向成分、低配向成分、無配向成分、すなわち9成分の存在割合は、次式のように、各成分の積分値の総和に対する各成分の割合とみなした。これらをF1a-PVA非晶、F1b-PVA非晶、F2-PVA非晶、F1a-PVA結晶、F1b-PVA結晶、F2-PVA結晶、F1a-PVA-ホウ酸凝集構造、F1b-PVA-ホウ酸凝集構造、F2-PVA-ホウ酸凝集構造とする。
【0090】
このうち、「PVA-ホウ酸凝集構造」の高配向成分F1a-PVA-ホウ酸凝集構造は、既述の通り、偏光フィルムの偏光性能と高い相関があることがわかった。延伸によって高度に配向し伸び切ったPVA鎖をホウ酸が相互作用して安定化することで、ポリヨウ素イオンの形成及び保持を促しているためである。「PVA-ホウ酸凝集構造」の高配向成分を構造因子Aとする。一方、「PVA非晶」の高配向成分F1a-PVA非晶は偏光フィルムの収縮応力と高い相関があることがわかった。延伸によって高度に配向し伸び切ったPVA鎖は、温度を高めることで容易に熱運動し、配向緩和する力が強いため、収縮の原因となるからである。「PVA非晶」の高配向成分を構造因子Bとする。
【0091】
さまざまな条件で製造した偏光フィルムの試料について、上記方法にしたがって構造因子Aの含有率(C)と構造因子Bの含有率(C)を収縮応力に対してプロットしたグラフを図7に示す。また、比(C/C)を収縮応力に対してプロットしたグラフを図8に示す。収縮応力と、構造因子Aの含有率(C)、構造因子Bの含有率(C)及び比(C/C)とが、よく相関していることがわかる。
【0092】
[偏光フィルムの収縮応力]
収縮応力は島津製作所製の恒温槽付きオートグラフAG−Xとビデオ式伸び計TR ViewX120Sを用いて測定した。測定には20℃/20%RHで18時間調湿した偏光フィルムを使用した。オートグラフAG−Xの恒温槽を20℃にした後、偏光フィルム(長さ方向15cm、幅方向1.5cm)をチャック(チャック間隔5cm)に取り付け、引張り開始と同時に、80℃へ恒温槽の昇温を開始した。偏光フィルムを1mm/minの速さで引張り、張力が2Nに到達した時点で引張りを停止し、その状態で4時間後までの張力を測定した。このとき、熱膨張によってチャック間の距離が変わるため、チャックに標線シールを貼り、ビデオ式伸び計TR ViewX120Sを用いてチャックに貼り付けた標線シールが動いた分だけチャック間の距離を修正できるようにして測定を行った。なお、4時間後の張力の測定値から初期張力2Nを差し引いた値を偏光フィルムの収縮力とし、その値をサンプル断面積で除した値を収縮応力(N/mm)と定義した。
【0093】
[第2架橋延伸工程における最大延伸応力]
第2架橋延伸工程における最大延伸応力は、第2架橋延伸工程において隣接するロール間にかかる延伸張力を、その間に設置したテンションロールによって計測し、原料のPVAフィルムの断面積で割った値である。3本以上のロールを用いるときには、その中の最大の引張力を採用する。
【0094】
[実施例1]
PVA(酢酸ビニル重合体のけん化物、重合度3000、けん化度99.9モル%)100質量部、可塑剤としてグリセリン10質量部、界面活性剤としてポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム:0.1質量部および水からなる製膜原液を用いてキャスト製膜することにより、厚み45μmのPVAフィルムのロールを得た。このPVAフィルムに対して、膨潤工程、染色工程、第1架橋延伸工程、第2架橋延伸工程、洗浄工程および乾燥工程を、順次行うことにより偏光フィルムを製造した。偏光フィルム製造装置の模式図を図1に示す。
【0095】
具体的には以下のようにして偏光フィルムを製造した。まず、膨潤工程において、上記のPVAフィルムを、温度30℃の水中に1分間浸漬している間に元の長さの2倍に長さ方向(MD)に一軸延伸(1段目延伸)した。引き続き染色工程において、ヨウ素を0.06質量%およびヨウ化カリウムを1.4質量%含む温度30℃の水溶液に1分間浸漬している間に元の長さの2.4倍まで長さ方向(MD)に一軸延伸(2段目延伸)した。引き続き第1架橋延伸工程において、ホウ酸を2.6質量%の濃度で含有する温度50℃の水溶液に2分間浸漬している間に元の長さの3倍まで長さ方向(MD)に一軸延伸(3段目延伸)した。引き続き第2架橋延伸工程において、ホウ酸を2.8質量%およびヨウ化カリウムを5質量%の濃度で含有する温度65℃の水溶液中に浸漬している間に元の長さの7倍まで長さ方向(MD)に一軸延伸(4段目延伸)した。第2架橋延伸工程における最大延伸応力は5.5N/mmであった。引き続き洗浄工程において、ホウ酸を1.5質量%およびヨウ化カリウムを5質量%の濃度で含有する温度22℃の水溶液中に10秒間浸漬することによりフィルムを洗浄した。引き続き乾燥工程において、80℃の乾燥機で90秒間乾燥することにより、厚み13.9μmの偏光フィルムを製造した。
【0096】
得られた偏光フィルムを用いて、上記した方法により、構造因子AおよびB、単体透過率、偏光度、単体透過率43.5%のときの偏光度および収縮応力を測定した。PVA結晶の高配向成分、低配向成分及び無配向成分の含有率は、それぞれ5.4%、2.8%及び15.1%であった。PVA−ホウ酸凝集構造の高配向成分、低配向成分及び無配向成分の含有率は、それぞれ3.2%、1.4%及び4.6%であった。PVA非晶の高配向成分、低配向成分及び無配向成分の含有率は、それぞれ8.0%、10.3%及び49.3%であった。すなわち、構造因子Aの含有率(C)が3.2%であり、構造因子Bの含有率(C)が8.0%であり、比(C/C)が0.4であった。単体透過率は43.73%であり、偏光度は99.982%であり、単体透過率43.5%のときの偏光度は99.993%であり、収縮応力は34.5N/mmであった。これらの評価結果を表2に示した。
【0097】
[比較例1〜8]
PVAフィルムの厚さと重合度、第1架橋延伸工程におけるホウ酸水溶液の温度、第1架橋延伸工程後の総延伸倍率、第2架橋延伸工程におけるホウ酸水溶液の温度、第2架橋延伸工程後の総延伸倍率を表1に示すように変更したこと以外は、実施例1と同様にして偏光フィルムを製造した。第2架橋延伸工程における最大延伸応力の値を表1に示す。
【0098】
得られた偏光フィルムを用いて実施例1と同様に、単体透過率、偏光度、単体透過率43.5%のときの偏光度、収縮応力、構造因子Aの含有率(C)及び構造因子Bの含有率(C)を測定した。これらの評価結果を表2にまとめて示した。また、実施例1及び比較例〜4、7及び8で得られた偏光フィルムの単体透過率43.5%のときの偏光度を収縮応力に対してプロットしたグラフを図2に示す。図2によれば、以下のことがわかる。すなわち比較例1〜8では、単体透過率43.5%のときの偏光度を高くしようとすると収縮応力が大きくなってしまう。これに対し実施例1では、比較例1〜8とは顕著に異なり、単体透過率43.5%のときの偏光度を高くしても、収縮応力を小さくすることができた。なお、比較例1、5及び6は、単体透過率43.5%のときの偏光度が99.950%未満であり、グラフの表示範囲から下に外れている。
【0099】
【表1】
【0100】
【表2】
【符号の説明】
【0101】
1 偏光フィルム製造装置の模式図
2 PVAフィルムロール
3 膨潤工程
4 染色工程
5 第1架橋延伸工程
6 第2架橋延伸工程
7 洗浄工程
8 乾燥工程
9 偏光フィルムロール
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8