(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6776917
(24)【登録日】2020年10月12日
(45)【発行日】2020年10月28日
(54)【発明の名称】単体硫黄分布の分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2252 20180101AFI20201019BHJP
【FI】
G01N23/2252
【請求項の数】1
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2017-16688(P2017-16688)
(22)【出願日】2017年2月1日
(65)【公開番号】特開2017-142242(P2017-142242A)
(43)【公開日】2017年8月17日
【審査請求日】2019年9月13日
(31)【優先権主張番号】特願2016-20503(P2016-20503)
(32)【優先日】2016年2月5日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(72)【発明者】
【氏名】上坂 昌弘
【審査官】
嶋田 行志
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−047450(JP,A)
【文献】
特開昭57−199164(JP,A)
【文献】
特開2005−326206(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2011/0144922(US,A1)
【文献】
特開2011−032546(JP,A)
【文献】
特開平01−006751(JP,A)
【文献】
特開2006−105883(JP,A)
【文献】
国際公開第2014/103480(WO,A1)
【文献】
EPMAの基礎技術と最新のFE-EPMAの紹介,顕微鏡,日本,公益社団法人 日本顕微鏡学会,2015年 1月,第50巻、第1号,第61−66頁
【文献】
超高感度ナノプローブEPMA:EPMA−8050Gのご紹介,九州大学中央分析センターニュース,日本,2015年 1月16日,第126号,Vol. 33, No. 4, 2014
【文献】
試料の薄片化技術を適用した微細な元素分布の可視化,SEIテクニカルレビュー,日本,2014年 7月,第185号
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00−23/2276
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
Scitation
Science Direct
ACS PUBLICATIONS
JJAP
APEX
KAKEN
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に含まれる単体硫黄の分布を分析する単体硫黄分布の分析方法であって、
単体硫黄を含む試料に対し、照射電流量を2×10−10A以上2×10−8A以下として電子線を照射する照射工程と、
前記電子線の照射により前記試料から発生する特性X線を検出する検出工程と、
前記検出工程に基づいて、前記試料における前記単体硫黄の分布を分析する分析工程と、を有し、
前記単体硫黄を含む試料は、前記単体硫黄が吸着する多孔質樹脂成形体であり、
前記照射工程および前記検出工程では電子線マイクロアナライザを使用し、
前記照射工程では、前記電子線の照射電流量をa[A]、前記電子線を照射する照射時間をb[msec]としたとき、その積算値である照射量a×bが1×10−6A・msec以上1×10−5A・msec以下となるように前記電子線を照射する、単体硫黄分布の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単体硫黄分布の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
硫黄を使用する工業製品の製造工程において、硫黄は元素単体で存在する場合や、酸化されて硫黄酸化物で存在する場合がある。単体硫黄は活性の高い多孔質樹脂等に吸着することがあり、こういった試料中の単体硫黄の存在分布を把握することが重要となる。元素の分布を分析する方法としては、例えば、試料を真空中で電子線を照射し発生する特性X線を測定することにより含有元素の特定や分布の把握を行う電子線マイクロアナライザ(EPMA)がある。EPMAは、化学分析の様なバルク(試料全体)の元素を把握するのとは異なり、微小領域で元素がどのように分布しているかを把握することができる(例えば、特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2012−180263号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、EPMAを用いて試料における単体硫黄の分布を分析する場合、試料に真空中で電子線を照射することになるため、単体硫黄が昇華してしまうことがある。そのため、単体硫黄から発生する特性X線の強度が弱くなり、試料における単体硫黄の分布を精度よく分析することが困難となる。
【0005】
本発明は、昇華しやすい単体硫黄の分布を電子線の照射により分析する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様は、
試料に含まれる単体硫黄の分布を分析する単体硫黄分布の分析方法であって、
単体硫黄を含む試料に対し、照射電流量を2×10
−8A以下として電子線を照射する照射工程と、
前記電子線の照射により前記試料から発生する特性X線を検出する検出工程と、
前記検出工程に基づいて、前記試料における前記単体硫黄の分布を分析する分析工程と、を有することを特徴とする、単体硫黄分布の分析方法が提供される。
【0007】
本発明の第2の態様は、第1の態様の単体硫黄分布の分析方法において、
前記照射工程および前記検出工程を電子線マイクロアナライザを用いて行う。
【0008】
本発明の第3の態様は、第1又は第2の態様の単体硫黄分布の分析方法において、
前記試料が多孔質樹脂成形体である。
【0009】
本発明の第4の態様は、第1〜第3の態様のいずれか1つの単体硫黄分布の分析方法において、
前記照射工程では、前記電子線の照射電流量を2×10
−10A以上とする。
【0010】
本発明の第5の態様は、第1〜第4の態様のいずれか1つの単体硫黄分布の分析方法において、
前記照射工程では、前記電子線の照射電流量をa[A]、前記電子線を照射する照射時間をb[msec]としたとき、その積算値である照射量a×bが1×10
−6A・msec以上1×10
−5A・msec以下となるように前記電子線を照射する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、昇華しやすい単体硫黄の分布を電子線の照射により分析することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例1において、試料に対して低い照射電流量条件で電子線を照射したときの、EPMAの面分析結果を示す図である。
【
図2】比較例1において、試料に対して通常の照射電流量条件で電子線を照射したときの、EPMAの面分析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
例えば、工業製品の製造プロセスにおいて単体硫黄が残存する場合、環境への放出を防止する観点から製造プロセス中に単体硫黄がどの程度存在するのかを把握することが重要となる。
【0014】
そこで、本発明者は、製造プロセスで採取した溶液を多孔質樹脂成形体(例えば、イオン交換樹脂膜など)に通過させ、このイオン交換樹脂膜に対して電子線を照射し、捕捉された単体硫黄から発生する特性X線を検出することにより、単体硫黄の分布を分析しようと試みた。
【0015】
しかし、上述したように、例えばEPMAにより、溶液を通過させたイオン交換樹脂膜(以下、試料という)に対して電子線を照射したところ、単体硫黄が昇華してしまうため、特性X線を十分に検出することができず、その分布を精度よく分析することができなかった。
【0016】
本発明者は、上記課題を解決すべく検討したところ、試料に電子線を照射するときの照射電流量を低くすることにより、試料に含まれる単体硫黄の昇華を抑制でき、その分布を分析できることを見出した。
【0017】
一般に、元素に電子線を照射して分析する場合、電子線の照射電流量が高いほど、電子線を照射したときに元素から発生する特性X線の強度が大きくなり、元素の検出感度がよくなる。例えば、鉱石中の金属の分布を分析する場合、照射電流量を2×10
−7Aとする。しかし、本発明者の検討によると、単体硫黄では、照射電流量が2×10
−7Aのように高いと昇華してしまうので、分析することが困難である。
【0018】
このことから、本発明者は照射電流量を適宜変更して検討したところ、照射電流量を2×10
−8A以下とするとよいことを見出した。このような照射電流量で電子線を照射すると、EPMAにて分析するのに問題とならない程度まで単体硫黄の昇華を抑制することができ、試料における単体硫黄の分布を分析することが可能となる。
【0019】
本発明は、上記知見に基づいて成されたものである。
【0020】
以下、本発明の一実施形態にかかる単体硫黄分布の分析方法について説明する。以下では、電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用いて分析する場合について説明する。
【0021】
本実施形態の分析方法において、評価対象となる試料は、単体硫黄を含むものであり、例えばイオン交換樹脂膜などの多孔質樹脂成形体であって、製造プロセスで採取された溶液を通過させ、単体硫黄が吸着したものである。
【0022】
本実施形態では、まず、試料として、単体硫黄を含む多孔質樹脂成形体を準備する。この試料にエポキシ系の樹脂(例えば、エポフィックス樹脂)を含浸させて固結させ、空孔に樹脂性分が充填された固結試料を得る。続いて、この固結試料の表面を研磨することにより、試料面を作製する。
【0023】
続いて、EPMAにて、固結試料の試料面に対して電子線を照射する。このとき、単体硫黄が昇華しないように、電子線の照射電流量を2×10
−8A以下とする。このような照射電流量であれば、特性X線の検出に問題とならない程度まで単体硫黄の昇華を抑制することができる。
【0024】
照射電流量の下限値は特に限定されないが、2×10
−10A以上とすることが好ましい。このような照射電流量とすることにより、ノイズの影響を低減して鮮明な画像データを得ることができ、単体硫黄の分布をより精度良く分析することができる。
【0025】
また、本実施形態では、照射電流量を低くする分、試料に電子線を照射する照射時間を長くするとよい。一般に、照射電流量を低くすると、単体硫黄から発生する特性X線の強度が低くなり、得られる画像データが不鮮明となるおそれがあるが、照射時間を長くすることで、単体硫黄が受ける電子線の照射量を所定値以上として、鮮明な画像データを得ることができる。照射量とは、照射電流量をa[A]、照射時間をb[msec]としたとき、その積算値a×bを示す。鮮明な画像データを得る観点からは、照射量が1×10
−6A・msec以上1×10
−5A・msec以下となるように、照射電流量および照射時間を設定することが好ましい。このような照射量となるように電子線を照射することで、単体硫黄の昇華を抑制しつつ、単体硫黄からの特性X線の強度をノイズの影響を受けないレベルまで高めて鮮明な画像データを得ることができる。
【0026】
なお、照射時間としては、照射量が上記範囲となるように照射電流量に応じて適宜変更するとよく、例えば50msec〜50000msecとするとよい。
【0027】
続いて、電子線の照射により、単体硫黄から発生する特性X線を検出する。本実施形態では、単体硫黄が昇華しないように電子線を照射しているので、検出するのに十分な強度を得ることができる。
【0028】
続いて、検出した特性X線から、電子線を照射した試料面に分布する単体硫黄を分析する。本実施形態では、単体硫黄からの特性X線の強度が高いので、単体硫黄の分布を精度よく分析することができる。
【0029】
本実施形態によれば、電子線の照射により昇華しやすい単体硫黄に、照射電流量を2×10
−8A以下として電子線を照射している。これにより、単体硫黄からの特性X線の強度を高く維持しつつ、測定できるので、試料における単体硫黄の分布を精度よく分析することができる。
【0030】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は、上述した実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々に改変することができる。
【0031】
上記では、EPMAを用いて分析する場合を例として説明したが、本発明は、これに限定されず、例えば、透過型電子顕微鏡(TEM)やエネルギー分散型X線分光法(EDX)などを用いて分析することも可能である。
【0032】
上記では、試料として単体硫黄を含む多孔質樹脂成形体を例として説明したが、本発明の分析対象はこれに限定されず、単体硫黄を含む試料であれば限定されない。
【実施例】
【0033】
以下、本発明をさらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0034】
試料として、多孔質樹脂成形体内に単体硫黄が入り込んだものを準備した。この試料にエポフィックス冷間固結樹脂(丸本ストルアス株式会社製)を含浸させ、脱泡した後、12時間硬化させることにより、固結試料を得た。その後、固結試料の表面を研磨することにより、電子線を照射する試料面を作製した。続いて、この試料面にカーボン蒸着を施し、EPMA(日本電子株式会社製造のJXA8100)にて、試料面の面分析を行った。このときの測定条件としては、加速電圧を15kV、照射電流量を2×10
−9A、照射時間を2000msec、照射量を4×10
−6A・msec、測定元素をS(単体硫黄)とした。EPMAによる面分析結果を
図1に示す。
図1は、EPMAの面分析結果であり、本来赤色で示される硫黄の分布を黒で示したものである。
【0035】
比較例1では、EPMAにて面分析を行う際に、照射量が実施例1と同じになるように照射電流量を2×10
−7A、照射時間を20msecに変更した以外は、実施例1と同様に行った。つまり、比較例1では、実施例1と比べて照射電流量を大きく、かつ照射時間を短くしてEPMAによる面分析を行った。EPMAによる面分析結果を
図2に示す。
【0036】
図1によれば、多孔質樹脂成形体に単体硫黄が分布している様子を確認することができた。
これに対して、
図2では、硫黄の存在を示す黒部分がない。このことから、樹脂成形体内に分布している単体硫黄が、電子線の照射により昇華したものと思われる。
【0037】
また、本発明者は、単体硫黄からなる試料片に対して、通常条件である、2×10
−7Aの照射電流量で電子線を照射したところ、昇華により試料片が大きく縮むことが分かった。多孔質樹脂成形体に入り込んだ微細な単体硫黄は、比較例1のように通常条件の照射電流量で電子線を照射すると、昇華して消失しやすいものと考えられる。一方、実施例1のように照射電流量を小さくすれば、昇華したとしても縮みを抑制できるので、微細な単体硫黄を消失させることなく、分析できるものと考えられる。
【0038】
このように、照射電流量を小さくすることにより、単体硫黄の昇華を、分析する際に問題とならない程度に抑制でき、試料に含まれる単体硫黄を精度よく分析できることが分かった。