【発明が解決しようとする課題】
【0017】
上述の様に、非特許文献1または非特許文献2に記載の技術においては、全帯域幅において共通の送受信ウエイトないしは共通の複素位相回転を用い、各アンテナ素子の信号を合成することで所望の指向性利得を確保することを目的としていた。非特許文献2の中に記載されている技術には大きく分けて二つのバリエーションがあり、それぞれの特徴は以下の(1)及び(2)の手法である。
【0018】
(1):各アンテナ素子に付与したスイッチを切り替えることで全アンテナ素子に対して送受信の際に付与する複素位相回転量を直接求める手法
(2):全体のアンテナの中心付近の少数のアンテナ素子を用いて平面波近似におけるアンテナ素子に付与する複素位相回転量の規則性を求め、その規則性から全アンテナ素子の複素位相回転量を外挿補完する手法
(1)の手法で得られる各アンテナ素子の複素位相回転量(送受信ウエイトに相当)は非特許文献1で得られる各アンテナ素子の複素位相回転量と等価な物理量である。
【0019】
上記(1)及び(2)に示す手法毎の各アンテナ素子に付与すべき複素位相の回転量の各アンテナ素子での振る舞いを
図10に示す。
図10(a)は非特許文献1ないしは非特許文献2の中の上記(1)の手法で取得した結果を示し、
図10(b)は非特許文献2の中の上記(2)の手法で取得した結果を示す。細かなシミュレーション条件の詳細は省略するが、
図10においてx軸、y軸はアンテナ素子の座標(ここでは23素子×23素子の529素子の座標を1〜23の整数i,jを用いて座標(i,j)を与えている)、縦軸(z軸)は各アンテナ素子で付与する複素位相を表している。
【0020】
図10(b)に示す例では、平面波近似に基づき中心付近の少数のアンテナ素子で複素位相の回転量の規則性を推定して求め、その条件に従って複素位相を回転させるため、綺麗な2次元平面状の振る舞いが示されている。一方、
図10(a)に示す例では、各アンテナ素子で送受信される信号の複素位相を概ね同位相で合成する際に、最も利得を高めることが期待される複素位相の回転量として、見通し波以外の反射波の影響を取り込んだ値を算出している。このため、
図10(b)に示す綺麗な平面波近似とは異なり、各アンテナ素子の複素位相回転量は波打っている。
図10(b)に示された非特許文献2の(2)の手法は、少数のアンテナ素子を用いて複素位相の回転量を取得するため、
図10(a)に示す非特許文献1ないしは非特許文献2の(1)の手法に比べて複素位相回転量の推定精度が低いと考えられ、実際に、その特性評価を行った非特許文献3の中でも
図10(b)に示された非特許文献2の(2)の手法の方が若干特性が劣化している。
【0021】
しかし、この結果は着目する無線局の指向性利得だけに着目した結果である。一般に、2次元平面状に規則的に配置されたアンテナ素子に対し、
図10(b)に示すようなアンテナ素子の座標に対し規則的な複素位相の回転を加えた場合、綺麗な指向性ビームが形成可能である。この綺麗な指向性ビームは反射波の影響とは関係なく形成される指向性パターンであり、アンテナ素子間隔が所定の間隔以下(例えば1/2波長間隔)であれば、グレーティングローブと呼ばれる高相関となる方向は回避され、反射波がなければターゲットとなる方向以外に対しては指向性利得が角度差に依存して急激に減衰する。これは、同時にマルチユーザ環境で多数の無線局を空間多重する際の相互与被干渉を低減するのに役立つが、
図10(a)に示す複素位相回転量を用いた指向性ビームは、規則的な指向性ビームとは異なり、ターゲットとなる方向以外に対しても指向性利得が減衰しきらずに残留することにつながりかねない。この場合、その様な無線局間で空間多重伝送を行う場合のSIR特性は劣化し、その分、通信品質が低下することにつながる。したがって、空間多重伝送を行う無線局ごとに所望の指向性利得を確保する一方、相互の与被干渉を抑えて安定的なSIR特性を実現するための技術が求められている。
【0022】
次に、非特許文献2に記載の技術について説明する。
図11は、非特許文献2における無線局装置550の構成例(サブアレー分離型)を示す機能ブロック図である。非特許文献1や非特許文献2に記載のMassive MIMO技術では、ひとつのアレーアンテナで複数の指向性ビームを形成することが可能であるが、ここでは簡単のため指向性ビームを複数のサブアレーに分離して形成する「サブアレー分離型」による構成について説明する。ひとつのアレーで複数の指向性ビームを実現する「サブアレー共用型」(厳密には、サブアレーに分離していないので、「一体型アレー」と理解してもよい)による構成のバリエーションも存在するが、本課題の原理原則はこれらのバリエーションには依存しない。また、ここでは非特許文献2に記載の技術として特徴的な送信アンテナと受信アンテナを分離した構成を例に説明を行う。なお、非特許文献2に記載の技術はTDDスイッチを用い時分割複信により送受信アンテナを共用する場合にも適用可能であるが、これらのバリエーションにも依存しないため、代表的な例として送受信アンテナを分離した構成を中心に説明を行う。
【0023】
図11に示す無線局装置550は、ベースバンド信号処理回路140と、送受信信号処理回路555−1〜555−N(Nは1以上の整数)とを備える。送受信信号処理回路555−1〜555−Nは、送信アンテナ501−1−1〜501−1−M(Nは2以上の整数)及び501−N−1〜501−N−M、受信アンテナ541−1−1〜541−1−M及び541−N−1〜541−N−Mを備える。ベースバンド信号処理回路140は、変調器120−1〜120−N(
図11ではMOD)、復調器130−1〜130−N(
図11ではDEM)及び信号分離回路141を備えている。
【0024】
送受信信号処理回路555−1〜555−Nは、それぞれがサブアレー構成となっており、全体でN組の送受信信号処理回路で構成されている。また、厳密には、無線局装置550にはMAC(Medium Access Control)レイヤや更に上位の高位レイヤの信号処理を行う回路(例えば、Ethernet(登録商標)のインタフェースを実装したり、スケジューリングや無線回線で伝送するパケット、PDU(Protocol Data Unit)の終端処理などのMAC処理、及び全体の制御を行う回路など)も合わせて実装しているが、ここでは説明を省略している。
【0025】
送信時の具体的な信号の流れは、変調器120−1〜120−Nで生成されたN系統の送信信号は、それぞれ個別の送受信信号処理回路555−1〜555−Nに入力され、それぞれの送受信信号処理回路555−1〜555−Nにおいて所定の信号処理を施したのちに、送信アンテナ501−1−1〜501−1−M〜送信アンテナ501−N−1〜501−N−Mより送信される。
【0026】
また受信時の具体的な信号の流れは、受信アンテナ541−1−1〜541−1−M〜受信アンテナ541−N−1〜541−N−Mで受信された信号は、送受信信号処理回路555−1〜555−N内で所定の信号処理を施したのち、信号分離回路141に入力される。この信号分離回路141に入力される信号は、送受信信号処理回路555−1〜555−Nにおいて、受信アンテナ541−1−1〜541−1−M〜受信アンテナ541−N−1〜541−N−Mのそれぞれで受信した信号に対して指向性利得を確保するための指向性形成処理を施すことで、送受信信号処理回路555−1〜555−N間の相互の与被干渉を相対的に低減された状態で入力されるが、それでも残留する相互与被干渉成分を信号分離回路141で抑圧し、信号分離された各信号系列を復調器130−1〜130−Nに入力し、復調器130−1〜130−Nにおいて送信側のデータを再生する。
【0027】
なお、信号分離回路141が行うクロストーク成分の抑圧は、時間軸上で実施することも可能であるし、一旦、FFT処理により周波数軸信号に変換して周波数軸上で実施することも可能である。ないしは、送受信信号処理回路555−1〜555−Nで行う指向性形成の信号処理のみで済ませ、信号分離回路141では特に何も処理を行わなくてもよい(この場合には、信号分離回路141は省略可能である)。ただしいずれにしても、ここでの信号分離の方法の詳細な説明は省略する。
【0028】
なお、この無線局装置550に実装される送受信信号処理回路555−1〜555−Nの数、「N」は、必ずしも複数である必要はなく、例えば多数の送受信信号処理回路555−1〜555−Nを実装した基地局と、ひとつないしは小数の送受信信号処理回路555−1〜555−Nを実装した端末局との間で空間多重伝送する構成であってもよい。
【0029】
図12は、送受信信号処理回路555の構成を示す機能ブロック図である。
図11に示した通り、ひとつの無線局装置550には複数の送受信信号処理回路555−1〜555−Nが実装されうるが、ここではその一つに着目し、添え字の1〜Nは省略している。送受信信号処理回路555は、D/A変換器122、アップコンバータ123(
図12ではUC)、ダウンコンバータ124(
図12ではDC)、A/D変換器125、移相器502−1〜502−M及び509−1〜509−M、スイッチ503−1〜503−M、分配結合器514及び515(
図12ではHYB)、相関算出回路505、及び位相シフト制御回路506を備える。
【0030】
移相器509−1〜509−Mはそれぞれ、送信アンテナ501−1〜501−Mと接続され、移相器502−1〜502−Mはそれぞれ、受信アンテナ541−1〜541−Mと接続される。Nは空間多重を行う際の多重数(ストリーム数)に相当し、無線局装置550は、送受信信号処理回路555を全体でN系統分だけ実装している。Mは、各送受信信号処理回路555のそれぞれに実装されるサブアレーの送受信アンテナ数を表している。送受信信号処理回路555のそれぞれにサブアレーの送信アンテナ501−1〜501−M及び受信アンテナ541−1〜541−Mが付随しており、送受信信号処理回路555は、空間的に離して設置することが想定されている。
【0031】
図12では、基本的に送受信ウエイトに相当する移相器で行う複素位相回転量の算出処理をデジタル信号処理的に行い、実際の複素位相の回転処理はアナログ信号処理にて実現する。このため、変調器120−1〜120−N及び復調器130−1〜130−NではOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)変調方式の様に周波数軸上の信号処理を前提とする場合でも、SC−FDEの様に時間軸上での信号処理を前提とする場合でも、どちらの方式に対しても対応可能であり、OFDM変調方式やSC−FDEなどの通信方式のバリエーションに適用可能である。
【0032】
また、アップコンバータ123及びダウンコンバータ124では、無線周波数の信号とベースバンドの信号の間の周波数変換を行うために、ローカル発振器からの信号の入力が必要となるが、各送受信信号処理回路555間では協調した信号処理は想定していないので、必ずしも共通のローカル発振器を利用する必要はない。なお、説明が煩雑になるためにここでは簡易な記述として外部のローカル発振器の明記は省略する。また以降の説明では省略するが、付加的機能として各送受信信号処理回路555間で協調した信号処理を行うことも当然可能であるが、この場合にはローカル発振器の共通化を行っても構わない。
【0033】
送受信信号処理回路555における具体的な信号の流れは以下の通りである。まず信号の送信について説明する。変調器120−1〜120−Nがそれぞれ、空間多重を行う各ストリームの時間領域のデジタル・ベースバンドの送信信号を生成し、送受信信号処理回路555に入力すると、D/A変換器122でデジタル信号をアナログ信号に変換し、アップコンバータ123にてベースバンド信号を無線周波数の信号に周波数変換する。この際、必要に応じてアップコンバータ123では帯域外輻射の信号抑圧をフィルタを用いて行う。その後、アップコンバータ123は無線周波数の信号を分配結合器514に入力する。
【0034】
分配結合器514は、入力された信号をM系統の信号に分岐し、移相器509−1〜509−Mに入力する。移相器509−1〜509−Mのそれぞれは、入力された信号に対して、アナログ信号上で所定の複素位相回転を加える。移相器509−1〜509−Mにより複素位相回転が加えられたアナログ信号はそれぞれ、送信アンテナ501−1〜501−Mを介して送信される。送信信号は、移相器509−1〜509−Mにおける複素位相回転により、所定の指向性形成がなされており、その指向性の先の無線局装置と通信を行う。
以上の説明はN系統実装される送受信信号処理回路555に共通の信号処理であり、共通のクロックで動作する等概ね同期関係を維持しながら、並列的に同様の処理を実施する。
【0035】
次に受信に関する信号の流れを説明する。無線局装置550は、スイッチ503−1〜503−Mを全てON(分配結合器515と移相器502−1〜502−Mとの接続状態)とした状態で信号の受信を行う。全ての送受信信号処理回路555でこれらの条件は同じである。受信アンテナ541−1〜541−Mが受信した信号はそれぞれ、移相器502−1〜502−Mに入力される。移相器502−1〜502−Mはそれぞれ、入力された信号に対し、アナログ信号上で所定の複素位相回転を加え、スイッチ503−1〜503−Mを介して分配結合器515に入力する。分配結合器515は、スイッチ503−1〜503−Mを介して入力された各アンテナ系統の信号をアナログ信号上で合成し、合成した信号をダウンコンバータ124に入力する。ここで無線周波数の信号からベースバンドの信号に周波数変換される。この際、必要に応じてダウンコンバータ124では帯域外輻射の信号抑圧をフィルタを用いて行う。その後、ダウンコンバータ124は無線周波数の信号をA/D変換器125に出力する。A/D変換器125ではアナログ信号をデジタル信号に変換し、信号分離回路141側にこれを出力する。
【0036】
移相器502−1〜502−Mのそれぞれが、送信アンテナ501−1〜501−Mを介して受信した信号に対して、アナログ信号上で所定の複素位相回転を加え、それらが合成されることで所定の指向性形成がなされており、その指向性の先の無線局装置と通信を行う。以上の説明はN系統実装される送受信信号処理回路555に共通の信号処理であり、共通のクロックで動作する等概ね同期関係を維持しながら、並列的に同様の処理を実施する。
【0037】
次に、移相器502−1〜502−Mにおける複素位相の回転量を算出する際の信号処理を説明する。この信号処理は、スイッチ503−1〜503−Mのいずれかひとつが移相器502−1〜502−Mと分配結合器515とを接続(ON)する一方、残りのスイッチは分配結合器515との接続を切った状態(OFF)で行われる。スイッチ503−1〜503−Mのうちダウンコンバータ124に接続する(ONにする)対象は順に切り替える。これらのスイッチ切替は、ここには図示されていない制御回路の指示のもと、相関算出回路505が管理する。
【0038】
なお、ここで説明している複素位相の回転量を算出するとき以外の通常運用時は、上述のように移相器502−1〜502−Mは全て、分配結合器515に接続される。また、複素位相の回転量の算出処理を行う際には移相器502−1〜502−Mの位相回転量を所定の値に設定しておく。その後の処理で得られる複素位相の回転量は、当初の所定の値に対する差分として設定する。例えば、もっとも分かり易い例では、移相器502−1〜502−Mを全てゼロ(又はすべて同一の値)に設定してもよく、この場合は得られた複素位相の回転量の値をそのまま、その後の通信時の移相器502−1〜502−Mの位相回転量とすればよい。ないしは、移相器502−1〜502−Mの当初の所定の値が+10度、+20度、+30度、・・・であり、複素位相の回転量の算出値が+α度、+β度、+γ度、・・・であったとすれば、その後の通信時の移相器502−1〜502−Mの位相回転量を+(α+10)度、+(β+20)度、+(γ+30)度、・・・とすればよい。
【0039】
実際の処理としては、まず、複素位相の回転量を取得すべき通信相手の無線局装置がチャネル推定用のトレーニング信号を送信し、無線局装置550はこのトレーニング信号を受信する。受信アンテナ541−1〜541−Mが受信した信号はそれぞれ、移相器502−1〜502−Mに入力される。移相器502−1〜502−Mはそれぞれ、入力された信号に対し、アナログ信号上で所定の複素位相回転を加え、スイッチ503−1〜503−Mを介して分配結合器515に入力する。ここで、スイッチ503−1〜503−Mでは、ひとつを除いてすべてがOFFとなっているため、実効的には分配結合器515において合成された信号は、スイッチ503−1〜503−Mの中で唯一、スイッチが接続(ON)されている系統のアンテナ素子で受信された信号のみが出力されたことになる。すなわち、スイッチ503−1〜503−Mと分配結合器515では、これ全体で、受信アンテナ541−1〜541−Mのアンテナ素子群の中から、ひとつの受信アンテナ541−k(kは1以上M以下の整数のいずれか)を抽出する処理を実施することになる。なお、kが1からMまでのいずれかの値をとるように所定の周期で切り変わる。この様にして選択された受信アンテナ541−kの受信信号は、ダウンコンバータ124に入力される。ダウンコンバータ124は、入力された無線周波数の信号をアナログ・ベースバンド信号に変換し、A/D変換器125に入力する。A/D変換器125は、入力されたアナログ・ベースバンド信号をデジタル・ベースバンド信号に変換し、相関算出回路505に入力する。
【0040】
相関算出回路505は、スイッチ503−1〜503−Mを切り替えながら全てのスイッチを経由した信号を受信し終わるまで、連続的にデジタル・ベースバンド信号を記録する。つまり、相関算出回路505は、スイッチ503−1〜503−Mを切り替えながら、スイッチ503−1〜503−Mの全てのスイッチからデジタル・ベースバンド信号を受信し、記録する。相関算出回路505は、この記録されたデジタル・ベースバンド信号に対し、トレーニング信号の周期性(例えば、2048サンプル周期で同一内容のトレーニング信号が繰り返されるなどの周期性)を考慮し、当該周期におけるサンプリングタイミングが対応するように、各受信アンテナ541−kのサンプリングデータを抽出し、式(1)〜式(3)を用いて、移相器502−1〜502−Mそれぞれに設定すべき複素位相の回転量を算出する。
【0041】
【数1】
【0042】
【数2】
【0043】
【数3】
【0044】
なおこれは、無線局装置が高所に固定設置され且つ見通し環境であれば、チャネルの時変動は無視可能であることを利用している。さらに、必要に応じてキャリブレーション処理が必要な場合には、相関算出回路505は、式(1)〜式(3)にキャリブレーション係数を考慮した値として送信側の複素位相の回転量を定める。
【0045】
なおここでは異なる受信アンテナ541−1〜541−Mはそれぞれ、時間的に異なるタイミングでサンプリングを行っているので、トレーニング信号の周期性から等価的に同一時刻にサンプリングしたものと見なせるように工夫している。この際、送信側と受信側で周波数誤差が無視できない場合には、トレーニング信号の周期性だけでは等価的に同一時刻のサンプリングと見なせない場合があり、この様な場合には周波数誤差の補正を行っても構わない。例えば、ひとつのスイッチ503−kが継続的にONとなっている間のトレーニング信号のサンプリングデータS
k(n)に対し、トレーニング信号がN
FFTサンプルの周期性をもつとし、さらにN
Test周期分のサンプリングデータが確保できたとする。仮に周波数誤差(クロック周波数誤差を含む)がΔfであるとすると、様々なΔf’に対し以下の式(4)のQ値を最大とするΔf’を求めることで、Δfを推定することが可能である。
【0046】
【数4】
【0047】
ここではスイッチ503−kの情報だけに着目したが、各スイッチ503−kのサンプリングデータに対してΔfを求め、それを平均化して扱っても構わない。この様にしてΔfを推定したら、サンプリングデータS
k(n’)に対し、以下の式(5)に示す補正を行うことで周波数誤差の影響を除去することが可能となる。
【0048】
【数5】
【0049】
なお、ここでのn’はスイッチ切り替えに関係なく、スイッチ503−1からスイッチ503−Nまで切り替える間で連続した通し番号を意味している。サンプリング周期×n’の時間の間に2πjΔfn’×Δt(ここでΔtはクロック周期)だけの位相が回転するので、その回転を逆補正していることになる。
【0050】
この様にして相関算出回路505が求めた複素位相の回転量は、通信する相手となる無線局装置の識別番号と共に、位相シフト制御回路506に入力される。位相シフト制御回路506は、移相器502−1〜502−Mそれぞれに設定すべき複素位相の回転量を、通信相手の無線局装置の識別番号と対応付けてメモリに記憶するなどして管理する。
なお、実際のデータ通信を行う際、すなわち送信処理ないし受信処理を行う際には、ここでは図示されていない制御回路が通信相手となる無線局装置を把握し、位相シフト制御回路506に対して、通信を行う無線局装置に対応した複素位相の回転量を移相器502−1〜502−Mに設定するよう指示する。位相シフト制御回路506は、通信を行う無線局装置に対応した複素位相の回転量をメモリから読み出すなどして取得し、この複素位相の回転量を移相器502−1〜502−Mに設定してアナログ上のビームフォーミングを実現する。
【0051】
なお、同図においては明記していないが、例えば送信側のハイパワーアンプ(HPA)等を配置するとすれば、図中の「A」または「C
1〜C
M」と記述された点に配置し、受信側のローノイズアンプ(LNA)等を配置するとすれば、図中の「B」または「D
1〜D
M」と記述された点に配置する。「A」、「B」と記述された点に関しては、同一の送受信信号処理回路555内では、送信アンテナ501−1〜501−M及び受信アンテナ541−1〜541−Mに対しアンプが共通化されているので、各送受信信号処理回路555間で協調した伝送を基本的には想定していない本発明背景技術においては、個別のハイパワーアンプ及びローノイズアンプの複素位相の不確定性を除去するキャリブレーション処理は不要である。一方、「C
1〜C
M」「D
1〜D
M」と記述された点に関しては、同一の送受信信号処理回路555内であっても、送信アンテナ501−1〜501−M及び受信アンテナ541−1〜541−Mに対しアンプが共通化されていないので、この場合には個別のキャリブレーション処理が必要となる。
【0052】
Massive MIMOにおいてデジタルビームフォーミングを行う場合、従来の無線局装置には、高価なA/D変換器及びD/A変換器を、信号系列数に対応した個数分必要とするため、装置が高額になるとともに、消費電力が増大するという問題を有していた。そこで、本発明の背景技術における無線局装置は、指向性制御を行う際のウエイト情報を取得する際にのみ対象とする信号系列のみがA/D変換器と接続状態となるようスイッチを切替える。また、無線局装置は、データ送信時には、アンテナ素子毎に分離する前の信号をD/A変換器でアナログ信号に変換し、変換したアナログ信号をアンテナ素子毎に分離した後に移相器を用いてアナログビームフォーミングを行う。また、データ受信時には各受信アンテナで受信された信号に移相器でアナログビームフォーミングを行い、合成された信号に対してD/A変換を行う。その結果、データ送受信時にウエイト情報を取得するために必要とするA/D変換器及びD/A変換器の数を削減することが可能になるとともに、消費電力を低減することが可能となる。
【0053】
上述の非特許文献1ないしは非特許文献2の(1)の手法を用いる場合、各アンテナ素子で送受信される信号に付加される複素位相の回転量は、
図10(a)に示したように各アンテナ素子の座標に対して完全な規則性を伴うものではない。これは、実際の実伝搬環境では見通し波に加えて様々な反射波が存在し、その反射波と見通し波の合成結果が周波数依存性を持つからである。そこで、式(1)の意味するところを以下に整理する。
まず、第kアンテナ素子における第nサンプルのサンプリングデータS
k(n)は、OFDM変調方式を仮定すれば式(6)に示す様に各サブキャリアの信号の合成で表される。
【0054】
【数6】
【0055】
したがって、式(1)の右辺のΣの項は以下の様に表すことができる。
【0056】
【数7】
【0057】
Σの順番を入れ替えると式(8)の様に表すことができる。
【0058】
【数8】
【0059】
この右辺の最後のΣは、シンボル周期に亘りnの総和を取ると、k≠k’の項は全て相殺されてゼロとなり、k=k’の項だけが有効な値となる。この場合、所定の実数の定数をcとすると以下の式(9)の様に表すことができる。
【0060】
【数9】
【0061】
上記の式(9)の右辺のA
1,kA
*j,kの複素位相は、仮に反射波がなければ概ね一定の値となる。しかし、反射波の影響でこの値は見通し波のみの場合の位相の周りに何らかのオフセット値を伴った位相値となる。これらを全帯域にわたってkで総和を取るのであるが、この時にA
1,kA
*j,kの絶対値は、これまた反射波の影響で異なる値を持つことになる。この際、本来であれば複素位相のばらつきの平均的な値を取ることで見通し波を抽出するのに適した位相回転となるのであるが、実際にはA
1,kA
*j,kの絶対値が大きな値をもつサブキャリアの複素位相に重きを置いた値となる。これは、見通し波と比較的強度の高い反射波が同位相で合成されるサブキャリアにおいて大きな値となるので、少なくともこの値が見通し波を抽出するのに必ずしも適した値でないことは明らかである。
【0062】
そこで、非特許文献1ないしは非特許文献2の(1)の手法を用いて取得可能な情報を基に、より高精度に見通し波成分を抽出する方法が求められる。仮に見通し波のみであれば、その信号を受信するためのアンテナ素子毎の複素位相の回転量は
図10(b)の様に綺麗な平面になる。ただし、
図10(b)は中心部分の一部のアンテナ素子の複素位相回転量を用いて評価したものであるため、さらに高精度な複素位相の回転量の規則性、すなわち
図10(b)の平面に関する関係式を導出する手法が求められている。
【0063】
上記事情に鑑み、本発明は、高精度な指向性利得を確保するとともに相互与被干渉を低減することができる技術の提供を目的としている。