(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6782415
(24)【登録日】2020年10月22日
(45)【発行日】2020年11月11日
(54)【発明の名称】薬剤送達用のキャリア、コンジュゲートおよびこれらを含んでなる組成物並びにこれらの投与方法
(51)【国際特許分類】
A61K 47/34 20170101AFI20201102BHJP
A61K 9/107 20060101ALI20201102BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20201102BHJP
A61K 31/713 20060101ALI20201102BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20201102BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20201102BHJP
A61K 49/12 20060101ALI20201102BHJP
【FI】
A61K47/34
A61K9/107
A61K31/7088
A61K31/713
A61K39/395 D
A61K39/395 N
A61K45/00
A61K49/12
【請求項の数】7
【全頁数】63
(21)【出願番号】特願2017-12663(P2017-12663)
(22)【出願日】2017年1月27日
(62)【分割の表示】特願2015-548997(P2015-548997)の分割
【原出願日】2014年11月21日
(65)【公開番号】特開2017-105802(P2017-105802A)
(43)【公開日】2017年6月15日
【審査請求日】2017年11月21日
【審判番号】不服2019-8382(P2019-8382/J1)
【審判請求日】2019年6月25日
(31)【優先権主張番号】特願2013-242347(P2013-242347)
(32)【優先日】2013年11月22日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2014-96935(P2014-96935)
(32)【優先日】2014年5月8日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【弁理士】
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】片岡 一則
(72)【発明者】
【氏名】安楽 泰孝
(72)【発明者】
【氏名】西山 伸宏
(72)【発明者】
【氏名】宮田 完二郎
(72)【発明者】
【氏名】石井 武彦
(72)【発明者】
【氏名】松本 有
(72)【発明者】
【氏名】福里 優
(72)【発明者】
【氏名】溝口 明祐
(72)【発明者】
【氏名】横田 隆徳
(72)【発明者】
【氏名】桑原 宏哉
(72)【発明者】
【氏名】仁科 一隆
(72)【発明者】
【氏名】水澤 英洋
【合議体】
【審判長】
前田 佳与子
【審判官】
石井 裕美子
【審判官】
渕野 留香
(56)【参考文献】
【文献】
European Journal of Medicinal Chemistry,2013年11月20日,Vol.72,p.110−118
【文献】
高分子学会予稿集,2013年 8月28日,62巻2号,p.4823−4824
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 9/00- 9/72
A61K 47/00-47/69
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
GLUT1リガンドで修飾されたポリマーであって、前記ポリマーはGLUT1リガンドが小胞の表面に露出するように小胞を形成することができる、ポリマーを含んでなる薬剤送達用小胞であって、
前記小胞表面上のポリマーに対するGLUT1リガンド修飾されたポリマーの割合が10〜40モル%である、小胞。
【請求項2】
GLUT1リガンドがグルコースである、請求項1に記載の小胞。
【請求項3】
グルコースがその6位の炭素を介してポリマーとコンジュゲートされている、請求項2に記載の小胞。
【請求項4】
ポリマーが、下記式(I)、下記式(II)、下記式(III)若しくは下記式(XVI):
【化1】
{式中、n
1およびm
1はそれぞれ、5〜20,000である。}
【化2】
{式中、n
2およびm
2はそれぞれ、5〜20,000である。}
【化3】
{式中、n
3およびm
3はそれぞれ、5〜20,000である。}
【化4】
{式中、n
16は、5〜20,000の整数、およびm
16は、2〜5,000の整数である。}または薬学的に許容可能なその塩で示される、請求項1〜3のいずれか一項に記載の小胞。
【請求項5】
小胞が、ミセルである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の小胞。
【請求項6】
小胞が、
GLUT1リガンドにより修飾されたポリエチレングリコールブロックとカチオン性ポリマーブロックとの共重合体と
核酸分子と
を含むミセルである、請求項1〜5のいずれか一項に記載の小胞。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項の小胞を含んでなる、医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【0001】
本願は、特願2013−242347号(出願日:2013年11月22日)および特願2014−96935号(出願日:2014年5月8日)の優先権の利益を享受する出願であり、これらは引用することによりその全体が本明細書に取り込まれる。
【技術分野】
【0002】
本発明は、薬剤送達用のキャリア、コンジュゲートおよびこれらを含んでなる組成物並びにこれらの製造方法および投与方法に関する。
【背景技術】
【0003】
血液と脳との間には、物質交換を制限する血液脳関門が存在することが知られている。これは脳血管内皮細胞が密着結合を形成し、細胞の隙間が極めて狭いこと、並びに、細胞自体が選択的な物質の取り込みおよび排出を行なっていることによると考えられている。
【0004】
血液脳関門の透過選択性は高く、一部の物質(例えば、アルコール、カフェイン、ニコチンおよびグルコース)を除いてはほとんど通過することができない。そして、このことが、脳治療薬による脳疾患の治療、脳診断薬による脳疾患の診断または造影剤による脳の造影を困難なものにしてきた。
【0005】
グルコースが血液脳関門を通過する特性を利用して、抗体を脳へ送達する技術が開発されている(特許文献1)。しかしながら、この抗体は単に抗体をグリコシル化するだけの技術であり、効果は限定的である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2007/068429
【発明の概要】
【0007】
本発明は、薬剤送達用のキャリア、コンジュゲートおよびこれらを含んでなる組成物並びにこれらの投与方法を提供する。
【0008】
本発明者らは、低血糖を誘発させた対象にグルコースでその外表面を修飾したミセルなどの小胞を投与し、その後、血糖値を上昇させると、小胞が脳に極めて効率良く送達されることを見出した。本発明は、この知見に基づく発明である。
【0009】
すなわち、本発明によれば以下の発明が提供される。
(1)薬剤送達用のキャリアを含んでなる、投与計画に従って対象に投与するための組成物であって、
該投与計画は、絶食させるか、または低血糖を誘発させた対象に該組成物を投与することおよび該対象において血糖値の上昇を誘発させることを含み、
該キャリアは、その外表面がGLUT1リガンドにより修飾されている、組成物。
(2)薬剤とGLUT1リガンドとのコンジュゲートを含んでなる、投与計画に従って対象に投与するための組成物であって、
該投与計画は、絶食させるか、または低血糖を誘発させた対象に該組成物を投与することおよび該対象において血糖値の上昇を誘発させることを含む、組成物。
(3)薬剤を脳に送達するための、上記(1)または(2)に記載の組成物。
(4)薬剤に血液脳関門を通過させるための、上記(1)または(2)に記載の組成物。
(5)薬剤に血液神経関門、血液網膜関門または血液髄液関門を通過させるための、上記(1)または(2)に記載の組成物。
(6)薬剤を脳血管内皮細胞に送達するための、上記(1)または(2)に記載の組成物。
(7)血糖値の上昇がグルコース投与により誘発される、上記(1)〜(6)のいずれかに記載の組成物。
(8)組成物がグルコースの投与と同時にまたはその前に投与される、上記(7)に記載の組成物。
(9)組成物が、静脈内に輸液投与され、輸液投与が10分以上継続される、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の組成物。
(10)キャリアが小胞であり、小胞を形成する高分子の10〜40モル%がGLUT1リガンドにより修飾されている、上記(1)および(3)〜(9)のいずれかに記載の組成物。
(11)キャリアが小胞であり、小胞を形成する高分子の40〜100モル%がGLUT1リガンドにより修飾されている、上記(1)および(3)〜(9)のいずれかに記載の組成物。
(12)キャリアが、送達する薬剤を内包している、上記(1)および(3)〜(11)のいずれかに記載の組成物。
(13)キャリアが小胞であり、小胞が、直径400nm以下の小胞である、上記(1)および(3)〜(12)のいずれかに記載の組成物。
(14)コンジュゲートが、薬剤とGLUT1リガンドとがリンカーを介して連結されてなるものである、上記(2)〜(9)のいずれかに記載の組成物。
(15)GLUT1リガンドがグルコースである、上記(1)〜(14)のいずれか一項に記載の組成物。
(16)薬剤が、生理活性物質、抗体、核酸、生体適合性の蛍光色素、および造影剤から選択される少なくとも1つの薬剤である、上記(1)〜(15)のいずれかに記載の組成物。
(17)1分子のGLUT1リガンドと1分子の高分子とのコンジュゲートであって、コンジュゲートはGLUT1リガンドが小胞の表面に露出するように小胞を形成することができる、コンジュゲート。
(18)GLUT1リガンドがグルコースである、上記(17)に記載のコンジュゲート。
(19)グルコースがその6位の炭素を介して高分子とコンジュゲートされている、上記(18)に記載のコンジュゲート。
(20)下記式(I)、下記式(II)、下記式(III)若しくは下記式(XVI):
【化1】
{式中、n
1およびm
1はそれぞれ、5〜20,000である。}
【化2】
{式中、n
2およびm
2はそれぞれ、5〜20,000である。}
【化3】
{式中、n
3およびm
3はそれぞれ、5〜20,000である。}
【化4】
{式中、n
16は、5〜20,000の整数、およびm
16は、2〜5,000の整数である。}で示される上記(19)に記載のコンジュゲートまたは薬学的に許容可能なその塩。
(21)上記(17)〜(20)のいずれかに記載のコンジュゲートを含んでなる薬剤送達用小胞であって、
該コンジュゲートが、小胞を形成する全高分子の10〜40モル%である、小胞。
(22)上記(17)〜(20)のいずれかに記載のコンジュゲートを含んでなる薬剤送達用小胞であって、
該コンジュゲートが、小胞を形成する全高分子の40〜100モル%である、小胞。
(23)上記(1)〜(16)のいずれかに記載の組成物、または上記(21)若しくは(22)に記載の小胞を製造するための、GLUT1リガンドの使用。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、外表面がグルコースで修飾されたポリイオンコンプレックス型ミセル(PICミセル)とその調製方法を示す。
【
図2】
図2は、実施例1で得られたGlc(6)−Cy5−PICミセルの粒径分布の動的光散乱測定(DLS)の結果と透過型電子顕微鏡(TEM)による粒子像を示す。ここで、Glc(6)は、グルコースの6位の炭素でミセルを形成する高分子と結合していることを示す。
【
図3】
図3は、実施例1で得られたGlc(6)−Cy5−PICミセルの脳への選択的かつ効果的蓄積を示す図である。
【
図4】
図4は、グルコースをその3位または6位の炭素で高分子に結合させて得たミセルの脳への蓄積を示す図である。
【
図5】
図5は、ミセルが脳に取り込まれる際の脳実質部の蛍光顕微鏡画像(
図5A)および血糖値と脳への取り込み量の推移(
図5B)を示す図である。
【
図6】
図6は、直径100nmのPICsomeの脳への蓄積を示す図である。
【
図7】
図7は、グルコースで外表面を修飾したsiRNAミセルの脳への蓄積を示す。
図7Aは、siRNAミセルとその調製方法を示し、
図7Bは、脳への蓄積量の推移を示す。
【
図8】
図8は、脳細胞内へのsiRNAミセルの蓄積を示す蛍光顕微鏡像である。
【
図9】
図9は、グルコース1分子をコンジュゲートした高分子の脳への蓄積を示す図である。
【
図10】
図10は、グルコースをリンカーを介して連結させてなるIgG抗体の脳への蓄積を示す図である。G−IgGは、グルコースを連結したIgGを示す。
【
図11】
図11は、グルコースを腹腔内(i.p.)投与した30分後にGlc(6)−Cy5−PICミセルを静脈内(i.v.)投与した場合の脳実質における蛍光強度変化を示す図である。
【
図12】
図12は、Glc(6)−Cy5−PICミセルの一部が、脳血管内皮細胞に蓄積できることを示す図である。
【
図13】
図13は、マウス大脳皮質における静脈投与後のPICミセルの局在を示す図である。
【
図14】
図14は、マウス大脳皮質の切片における静脈投与後のPICミセルの局在を示す図である。
【
図15】
図15は、マウス大脳皮質における静脈投与後のPICミセルの継時的局在変化を示す図である。
【0011】
本発明では、「薬物輸送体」とは、薬物送達のためのキャリアを意味し、薬物を内包できる微粒子、例えば、小胞、デンドリマー、ハイドロゲルおよびナノスフェアなどが挙げられる。薬物輸送体は、一般的には、直径10nm〜400nmの大きさを有する。
【0012】
本明細書では、「小胞」とは、ミセルや中空微粒子を意図している。小胞は、好ましくは生体適合性の外殻を有し、その外表面がGLUT1リガンドにより修飾を受けている。これにより、小胞は、GLUT1と相互作用することができる。
【0013】
本明細書では、「ミセル」とは、1層の分子膜により形成される小胞を意味する。ミセルとしては、界面活性剤などの両親媒性分子により形成されるミセル、および、ポリイオンコンプレックスにより形成されるミセル(PICミセル)が挙げられる。ミセルは、血中滞留時間の観点では、その外表面をポリエチレングリコールで修飾することが好ましいと知られている。
【0014】
本明細書では、「リポソーム」とは、2層の分子膜により形成される小胞を意味する。分子膜は通常はリン脂質による二重膜である。
【0015】
本明細書では、「ポリイオンコンプレックス型ポリマーソーム」(以下、「PICsome」ともいう)とは、ポリイオンコンプレックスにより形成される中空の微粒子を意味する。PICsomeは、血中滞留時間の観点では、その外表面をポリエチレングリコールで修飾することが好ましいと知られている。
【0016】
本明細書では、「ポリイオンコンプレックス」(以下、「PIC」ともいう)とは、PEGとアニオン性ブロックとの共重合体と、PEGとカチオン性ブロックとの共重合体とを水溶液中で荷電を中和するように混合すると両ブロック共重合体のカチオン性ブロックとアニオン性ブロックとの間で形成されるイオン層である。PEGと上記の荷電性連鎖とを結合させる意義は、ポリイオンコンプレックスが凝集して沈殿することを抑制すること、および、それにより、ポリイオンコンプレックスが粒径数十nmの単分散なコア−シェル構造を有するナノ微粒子を形成することである。この際、PEGはナノ微粒子の外殻(シェル)を覆うため、生体適合性が高く、血中滞留時間を向上させる点で都合がよいことでも知られている。また、ポリイオンコンプレックス形成において、一方の荷電性ブロックコポリマーは、PEG部分を必要とせず、ホモポリマー、界面活性剤、核酸および/または酵素に置き換えてもよいことが明らかとなっている。そして、ポリイオンコンプレックス形成においては、アニオン性ポリマーおよびカチオン性ポリマーの少なくとも1つがPEGとの共重合体を形成しており、その両方がPEGとの共重合体を形成していてもよい。また、PEG含有量を増加させるとPICミセルが形成されやすく、PEG含有量を低減させるとPICsomeが形成されやすいことがよく知られている。ポリイオンコンプレックスの作製によく用いられるアニオン性ポリマーまたはブロックとしては、例えば、ポリグルタミン酸、ポリアスパラギン酸および核酸(例えば、DNA、mRNAおよびsiRNA)が挙げられ、カチオン性ポリマーまたはブロックとしては、例えば、ポリリジンおよびポリ(5−アミノペンチルアスパラギン酸)が挙げられる。ここで、mRNAとは、翻訳によりタンパク質合成に用いられるメッセンジャーRNAを意味し、siRNAとは、RNA干渉(RNAi)を誘導することができる二本鎖RNA(核酸)を意味する。siRNAは、特に限定されないが、20〜30bp、好ましくは、21〜23bp、25bp、27bpからなる二本鎖RNAであって、標的遺伝子の配列と相同な配列を有する二本鎖RNAである。
【0017】
本明細書では、「薬剤送達用の」とは、生体適合性であること、および、薬剤を小胞に内包できることを意味する。本明細書では、「薬剤送達用の」とは、薬剤の血中滞留時間を、裸の薬剤の血中滞留時間と比べて長期化する作用を利用した用途を意味することがある。
【0018】
本明細書では、「低血糖を誘発させる」とは、対象において、その処置がされなければ示したはずの血糖よりも血糖値を低下させることをいう。低血糖を誘発させる方法としては、糖尿病薬の投与などが挙げられる。例えば、低血糖を誘発させる際に、低血糖を誘発させるという目的を達する限りにおいて、例えば、他の薬剤を摂取し、または水などの飲料を飲むことは許容される。低血糖を誘発させることは、血糖に実質的に影響しない他の処置を伴ってもよい。
【0019】
本明細書では、「絶食させる」とは、対象に絶食、例えば、3時間以上、4時間以上、5時間以上、6時間以上、7時間以上、8時間以上、9時間以上、10時間以上、11時間以上、12時間以上、13時間以上、14時間以上、15時間以上、16時間以上、17時間以上、18時間以上、19時間以上、20時間以上、21時間以上、22時間以上、23時間以上、24時間以上、25時間以上、26時間以上、27時間以上、28時間以上、29時間以上、30時間以上、31時間以上、32時間以上、33時間以上、34時間以上、35時間以上、36時間以上、37時間以上、38時間以上、39時間以上、40時間以上、41時間以上、42時間以上、43時間以上、44時間以上、45時間以上、46時間以上、47時間以上または48時間以上の絶食をさせることを意味する。絶食により対象は低血糖を引き起こす。絶食期間は、対象の健康状態に鑑みて医師等により決定され、例えば、対象が空腹時血糖に達する時間以上の期間とすることが好ましい。絶食期間は、例えば、脳血管内皮細胞の血管内表面でのGLUT1の発現が増大する、またはプラトーに達する以上の時間としてもよい。絶食期間は、例えば、12時間以上、24時間以上または36時間以上である上記期間とすることができる。また、絶食は、血糖値やGLUT1の血管内表面での発現に実質的に影響しない他の処置を伴ってもよい。
【0020】
本明細書では、「血糖値の上昇を誘発させる」とは、低血糖を誘発させた対象、または、低血糖状態を維持させた対象において血糖値を上昇させることをいう。血糖値は、当業者に周知の様々な方法により上昇させることができるが、例えば、血糖値の上昇を誘発するものの投与、例えば、グルコース、フルクトース(果糖)、ガラクトースなどの血糖値の上昇を誘発する単糖の投与、マルトースなどの血糖値の上昇を誘発する多糖の投与、若しくは、デンプンなどの血糖値の上昇を誘発する炭水化物の摂取、または、食事により上昇させることができる。
【0021】
本明細書では、「血糖操作」とは、対象に対して、低血糖を誘発させ、その後、血糖値を上昇させることをいう。対象に対して低血糖を誘発させた後は、対象の血糖値を低血糖に維持することができる。対象の血糖値を低血糖に維持する時間は、例えば、0時間以上、1時間以上、2時間以上、3時間以上、4時間以上、5時間以上、6時間以上、7時間以上、8時間以上、9時間以上、10時間以上、11時間以上、12時間以上、13時間以上、14時間以上、15時間以上、16時間以上、17時間以上、18時間以上、19時間以上、20時間以上、21時間以上、22時間以上、23時間以上、24時間以上、25時間以上、26時間以上、27時間以上、28時間以上、29時間以上、30時間以上、31時間以上、32時間以上、33時間以上、34時間以上、35時間以上、36時間以上、37時間以上、38時間以上、39時間以上、40時間以上、41時間以上、42時間以上、43時間以上、44時間以上、45時間以上、46時間以上、47時間以上、48時間以上とすることができる。その後、血糖値を上昇させることができる。本明細書では、「血糖を維持する」とは、対象において低血糖を維持するという目的を達する限りにおいて、例えば、他の薬剤を摂取し、または水などの飲料を飲むことは許される。低血糖を誘発させることは、血糖に実質的に影響しない他の処置を伴ってもよい。
【0022】
本明細書では、「対象」とは、ヒトを含む哺乳動物である。対象は、健常の対象であってもよいし、何らかの疾患に罹患した対象であってもよい。ここで疾患としては、脳神経疾患、例えば、精神病性障害、うつ病、気分障害、不安、睡眠障害、認知症および物質関連障害が挙げられる。また、認知症としては、特に限定されないがアルツハイマー病およびクロイツフェルト・ヤコブ病が挙げられる。
【0023】
本明細書では、「血液脳関門」とは、血行と脳の間に存在して物質の透過に対して選択性を持つ機能的障壁をいう。血液脳関門の実態は、脳血管内皮細胞などであると考えられている。血液脳関門の物質透過性については、不明な点が多いが、グルコース、アルコールおよび酸素は血液脳関門を通過し易いことが知られ、脂溶性物質や小分子(例えば、分子量500未満)は、水溶性分子や高分子(例えば、分子量500以上)に比べて通過し易い傾向があると考えられている。多くの脳疾患治療薬や脳診断薬が血液脳関門を通過せず、このことが脳疾患の治療や脳の分析等の大きな障害となっている。本明細書では、「血液神経関門」とは、血行と末梢神経の間に存在して物質の透過に対して選択性を持つ機能的障壁をいう。本明細書では、「血液髄液関門」とは、血行と脳脊髄液との間に存在して物質の透過に対して選択性を持つ機能的障壁をいう。本明細書では、「血液網膜関門」とは、血行と網膜組織の間に存在して物質の透過に対して選択性を持つ機能的障壁をいう。血液神経関門、血液髄液関門および血液網膜関門の実体は、それぞれの関門に存在する血管内皮細胞などであると考えられており、その機能は血液脳関門と同様であると考えられている。
【0024】
本明細書では、「GLUT1リガンド」とは、GLUT1と特異的に結合する物質を意味する。GLUT1リガンドとしては、様々なリガンドが知られ、特に限定されないが例えば、グルコースおよびヘキソースなどの分子が挙げられ、GLUT1リガンドは、いずれも本発明でグルコースの代わりにキャリアまたはコンジュゲートの調製に使用することができる。GLUT1リガンドは、好ましくはGLUT1に対してグルコースと同等またはそれ以上の親和性を有する。2−N−4−(1−アジ−2,2,2−トリフルオロエチル)ベンゾイル−1,3−ビス(D−マンノース−4−イルオキシ)−2−プロピルアミン(ATB−BMPA)、6−(N−(7−ニトロベンズ−2−オキサ−1,3−ジアゾール−4−イル)アミノ)−2−デオキシグルコース(6−NBDG)、4,6−O−エチリデン−α−D−グルコース、2−デオキシ−D−グルコースおよび3−O−メチルグルコースもGLUT1と結合することが知られ、これらの分子もGLUT1リガンドとして本発明に用いることができる。
【0025】
本発明によれば、グルコースでその外表面を修飾した上記キャリアは、対象に投与するだけでも脳への蓄積を示すことを見出した。従って、本発明による投与計画では、絶食若しくは低血糖を誘発させなくてよく、および/または、血糖値の上昇を誘発させなくてもよい。また、本発明者らは、グルコースが表面に露出するようにグルコースでその外表面を修飾したキャリア、具体的にはミセルまたはポリイオンコンプレックス型ポリマーソーム(PICsome)などの小胞をある投与計画に従って投与すると、顕著にこれらのキャリアが血液脳関門を超えて脳内(脳実質部)に送達されることを見出した。従って、本発明による投与計画は、好ましくは、絶食させるか、または低血糖を誘発させた対象に該組成物を投与することを含むが、より好ましくは、本発明による投与計画は、絶食させるか、または低血糖を誘発させた対象に該組成物を投与することおよび該対象において血糖値の上昇を誘発させることを含む。本発明による投与計画では、該組成物は、該対象における血糖値の上昇の誘発と、同時に、連続してまたは逐次的に該対象に投与され得る。投与計画は、該対象への組成物の投与と該対象における血糖値の上昇の誘発との間にインターバルを有してもよいし、有さなくてもよい。該組成物が該対象における血糖値の上昇の誘発と同時に投与される場合には、該組成物は、血糖値の上昇の誘発を引き起こす薬剤と混合した形態で該対象に投与してもよいし、該対象における血糖値の上昇の誘発を引き起こす薬剤とは別の形態で投与してもよい。また、該組成物は、該対象における血糖値の上昇の誘発と、連続してまたは逐次的に該対象に投与される場合には、該組成物は該対象における血糖値の上昇の誘発より前に該対象に投与してもよいし、後に投与してもよいが、好ましくは、該組成物は該対象における血糖値の上昇の誘発より前に該対象に投与することができる。該対象への該組成物の投与よりも先に該対象において血糖値の上昇を誘発させる場合には、該対象において血糖値の上昇を誘発させてから、1時間以内、45分以内、30分以内、15分以内または10分以内に該対象に該組成物を投与することが好ましい。また、該対象への該組成物の投与よりも後に該対象において血糖値の上昇を誘発させる場合には、該対象に該組成物を投与してから、6時間以内、4時間以内、2時間以内、1時間以内、45分以内、30分以内、15分以内または10分以内に該対象において血糖値の上昇を誘発させることが好ましい。上記の投与計画のサイクルは、2回以上行なってもよい。グルコース投与とサンプル投与の前後関係は、血液脳関門を通過させるタイミングにより決定することができる。
【0026】
大脳皮質は6層で構成され、表層から、分子層(第1層)、外顆粒層(第2層)、外錐体細胞層(第3層)、内顆粒層(第4層)、内錐体細胞層(第5層)および多形細胞層(第6層)が存在するが、本発明によれば、これらのいずれの層においても脳実質にキャリアを送達することができる。これらの層の中では特に、外錐体細胞層(第3層)および内顆粒層(第4層)において本発明によるキャリアの送達が顕著に有効である。
【0027】
本発明では、ミセルまたはPICsomeのような巨大なキャリア(直径約40nm〜100nm)が、極めて効率良く脳に送達できることもまた、非常に大きな驚きであった。このような小胞でさえ脳に送達できたという事実は、グルコースで修飾した様々な巨大分子およびキャリアを上記投与計画に従って投与することにより、これら巨大分子およびキャリアに血液脳関門を効果的に通過させ得ることを意味する。
【0028】
以下、本発明におけるグルコースの血液脳関門における役割を説明する。本発明におけるグルコースの役割は、脳の血管内皮細胞の血管内表面に発現するグルコーストランスポーターであるGLUT1に結合することであると考えられる。従って、本発明では、GLUT1リガンドもグルコースと同じ役割を果たすことができる。また、本発明では、GLUT1リガンドは、脳の血管内皮細胞の血管内表面に発現するグルコーストランスポーターに結合することができるように、その外表面に露出するように結合させることができる。従って、GLUT1にGLUT1リガンドを提示することができる分子、複合体および小胞その他であれば、GLUT1と結合し得、結合後にグルコースによりGLUT1が細胞内に取り込まれる際に、一緒に血管内皮細胞内に取り込まれるものと考えられる。また、血管内皮細胞に取り込まれると、取り込まれた小胞は、血液脳関門を通過して脳実質に移行する。小胞を修飾するグルコース分子が多いと、脳実質に到達する小胞の割合がわずかであるが低下した。このことは、小胞を修飾するグルコース分子が多いと、小胞がエンドサイトーシスにより細胞に取り込まれ、そのまま、細胞を脳実質に向けて通過すること、および、小胞が血管内皮細胞から脳実質に移行する際に、小胞と血管内皮細胞との解離の効率が低下することを示唆するものである。言い換えれば、エンドサイトーシスにより細胞に取り込まれた小胞の一部は、脳血管内皮細胞と解離せず、脳血管内皮細胞に蓄積する。従って、本発明の組成物またはコンジュゲートは、脳血管内皮細胞に送達することに用いることができる。また、本発明におけるグルコースの役割は、血液神経関門、血液網膜関門および血液髄液関門においても、同様である。特に、血液神経関門、血液網膜関門および血液髄液関門においても、低血糖時の血管内皮細胞にはGLUT1が発現する。従って、本発明の組成物またはコンジュゲートは、血液神経関門、血液網膜関門および血液髄液関門を通過させるために用いることができる。本発明の組成物またはコンジュゲートはまた、血液神経関門、血液網膜関門および血液髄液関門に存在する血管内皮細胞に送達することに用いることもできる。
【0029】
本発明者はまた、グルコースをその3位の炭素を介してコンジュゲートした高分子を用いて得られるミセルよりも、グルコースをその6位の炭素を介してコンジュゲートした高分子(例えば、
図1(a)参照)を用いて得られるミセルの方が脳への取り込み効率が高いことを見出した。GLUT1とグルコースとの結合には、1位、3位および4位の炭素原子の置換基であるOH基が強く関与していることが知られている。GLUT1との結合に使われない6位の炭素原子を介して高分子を修飾して得たミセルの方がより効果的に脳に蓄積しやすいことは、脳蓄積へのGLUT1の関与を示す。また、GLUT1との認識に重要と言われる3位の炭素原子を介して高分子を修飾して得たミセルでも脳への蓄積を示した。このことは、GLUT1との結合への関与が低い2位の炭素原子を介して高分子を修飾して得たミセルではより多くのミセルの脳への蓄積が起こることを示す。従って、グルコースは、その1位、3位および4位の炭素原子のいずれか1つの炭素原子を介して、好ましくはその2位の炭素または6位の炭素原子を介して高分子や薬剤とコンジュゲートさせることができる。ある態様では、コンジュゲートしたグルコースの少なくとも、1位、3位および4位のOH基が還元末端である。このように本発明では、GLUT1リガンドは、そのリガンドとしての機能を失わないように他の分子を修飾させることができ、当業者であればGLUT1との結合様式に基づき容易に薬剤との結合箇所を決定できる。本明細書では、n位の炭素原子を介して結合したグルコースを「Glc(n)」{但し、nは、1〜4および6のいずれかの整数である}と表記することがある。例えば、本明細書では、6位の炭素原子を介して結合したグルコースを「Glc(6)」と表記し、2位の炭素原子を介して結合したグルコースを「Glc(2)」と表記し、3位の炭素原子を介して結合したグルコースを「Glc(3)」と表記することがある。
【0030】
本発明では、グルコースの代わりにGLUT1に結合するグルコースの誘導体を用いてもよいであろう。
【0031】
本発明では、外表面をGLUT1リガンドで修飾することができるキャリアとしては、薬剤送達用のミセル、リポソームおよびPICsomeなどの小胞、並びにデンドリマー、ナノスフェアおよびハイドロゲルが挙げられる。本発明において、薬剤送達用のキャリアを用いる利点は、例えば、キャリア内部に薬剤を内包させ、標的部位での薬剤濃度を高めること、または、標的部位以外での薬剤による副作用を低減することである。本発明で用いられるキャリアは、特に限定されないが、例えば、その直径が400nm以下、200nm以下、150nm以下、100nm以下または80nm以下であり、例えば、20nm以上、30nm以上または40nm以上である。本発明で用いられるキャリアは、例えば30nm〜150nm、または、例えば30nm〜100nmの直径を有する。
【0032】
本発明で用いられるミセルとしては、薬剤送達用のミセルが挙げられる。薬剤送達用のミセルとしては、ブロック共重合体により形成されるミセルが知られている。ミセルを形成するブロック共重合体は、特に限定されないが、PICミセルの場合、荷電性ポリマーブロック(例えば、ポリアニオンブロックまたはポリカチオンブロック)と生体適合性ブロック(例えば、ポリエチレングリコールブロック)との共重合体または薬学的に許容可能なその塩とすることができる。また、ブロック共重合体としては、生分解性であるブロック共重合体を用いることが好ましく、そのような共重合体としては様々な共重合体が知られ、いずれを用いることも原理的に可能である。例えば、生体適合性が高く、生分解性であるブロック共重合体としては、例えば、ポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸、ポリエチレングリコール−ポリグルタミン酸、およびポリエチレングリコール−ポリ((5−アミノペンチル)−アスパラギン酸)ブロック共重合体などを用いることができる。ポリイオンコンプレックス型ミセル(PICミセル)として、ポリアニオンとポリカチオンとの静電的相互作用により形成されるポリイオンコンプレックス層を有するミセルが知られている。疎水性部分同士をミセル内部で安定化させる観点で、それぞれの荷電性ブロックには、外殻を形成するPEGとは別の末端にコレステリル基などの疎水性部分を連結させてもよい(例えば、実施例のsiRNAミセルを参照)。蛍光色素でのブロック共重合体へのラベルは、ブロック共重合体のポリエチレングリコール側と反対の末端を蛍光色素で修飾することにより行なうことができる(例えば、
図1(a)の化合物のNH
2末端)。PICミセルでは、PEG側の末端にGLUT1リガンドを連結させることで、GLUT1リガンドはミセルの外表面に露出する。
【0033】
本発明で用いられるポリイオンコンプレックス型ポリマーソームとしては、薬剤送達用のPICsomeが挙げられる。薬剤送達用のPICsomeとしては、ブロック共重合体により形成されるPICsomeが知られている。PICsomeを形成するブロック共重合体としては、PEGブロックとポリカチオンブロックとのブロック共重合体およびホモポリアニオン、または、PEGブロックとポリアニオンブロックとのブロック共重合体およびホモポリカチオンが挙げられる。ブロック共重合体としては、生分解性であるブロック共重合体を用いることが好ましく、そのような共重合体としては様々な共重合体が知られ、いずれを用いることも原理的に可能である。例えば、生体適合性が高く、生分解性であるブロック共重合体としては、例えば、ポリ(アスパラギン酸−テトラエチレンペンタアミン(Asp−TEP))ブロック共重合体、および、ポリエチレングリコール−ポリ((5−アミノペンチル)−アスパラギン酸)ブロック共重合体を用いることができる。PICsomeでは、PEG側の末端にGLUT1リガンドを連結させることで、GLUT1リガンドはPICsomeの外表面に露出する。
【0034】
本発明によれば、下記式(I)〜(XV)で表される化合物またはその塩がそれぞれ提供される。塩は、好ましくは薬学的に許容可能な塩である。
【0035】
Glc(6)−PEG−ポリアスパラギン酸
【化5】
{式中、n
1およびm
1はそれぞれ、5〜20,000である。}
【0036】
Glc(6)−PEG−ポリグルタミン酸
【化6】
{式中、n
2およびm
2はそれぞれ、5〜20,000である。}
【0037】
Glc(6)−PEG−ポリ((5−アミノペンチル)−アスパラギン酸)
【化7】
{式中、n
3およびm
3はそれぞれ、5〜20,000である。}
【0038】
PEG−ポリアスパラギン酸
【化8】
{式中、n
4およびm
4はそれぞれ、5〜20,000である。}
【0039】
PEG−ポリグルタミン酸
【化9】
{式中、n
5およびm
5はそれぞれ、5〜20,000である。}
【0040】
PEG−ポリ((5−アミノペンチル)−アスパラギン酸)
【化10】
{式中、n
6およびm
6はそれぞれ、5〜20,000である。}
【0041】
ポリアスパラギン酸
【化11】
{式中、m
7は、5〜20,000である。}
【0042】
ポリグルタミン酸
【化12】
{式中、m
8は、5〜20,000である。}
【0043】
ポリ((5−アミノペンチル)−アスパラギン酸)
【化13】
{式中、m
9は、5〜20,000である。}
【0044】
Glc(3)−PEG−ポリアスパラギン酸
【化14】
{式中、n
10およびm
10はそれぞれ、5〜20,000である。}
【0045】
Glc(3)−PEG−ポリグルタミン酸
【化15】
{式中、n
11およびm
11はそれぞれ、5〜20,000である。}
【0046】
Glc(3)−PEG−ポリ((5−アミノペンチル)−アスパラギン酸)
【化16】
{式中、n
12およびm
12はそれぞれ、5〜20,000である。}
【0047】
Glc(2)−PEG−ポリアスパラギン酸
【化17】
{式中、n
13およびm
13はそれぞれ、5〜20,000である。}
【0048】
Glc(2)−PEG−ポリグルタミン酸
【化18】
{式中、n
14およびm
14はそれぞれ、5〜20,000である。}
【0049】
Glc(2)−PEG−ポリ((5−アミノペンチル)−アスパラギン酸)
【化19】
{式中、n
15およびm
15はそれぞれ、5〜20,000である。}
【0050】
上記式(I)〜式(XV)の化合物またはその塩は、その外表面がグルコースで修飾されたPICミセルまたはPICsomeを形成することに用いることができる。上記式(I)〜式(XV)の化合物の塩にポリイオンコンプレックスを形成させるためには、n
1、n
2、n
3、n
4、n
5、n
6、n
7、n
8、n
9、n
10、n
11、n
12、n
13、n
14、およびn
15は、それぞれ独立して5〜20,000の整数、好ましくは10〜5,000の整数、より好ましくは40〜500の整数、さらに好ましくは5〜1,000の整数、さらにより好ましくは10〜200の整数とすることができる。また、m
1、m
2、m
3、m
4、m
5、m
6、m
7、m
8、m
9、m
10、m
11、m
12、m
13、m
14およびm
15は、それぞれ独立して、2〜20,000の整数、好ましくは2〜5,000の整数、より好ましくは40〜500の整数、さらに好ましくは5〜1,000の整数、さらにより好ましくは10〜200の整数とすることができる。塩は、好ましくは、薬学的に許容可能な塩である。
【0051】
PICミセルは、ある態様では、式(I)の化合物若しくはその塩、式(X)の化合物若しくはその塩または式(XIII)の化合物若しくはその塩と、式(IV)の化合物若しくはその塩と、式(VI)の化合物若しくはその塩とを混合して得られる。PICミセルの更なる特定の態様では、上記式においてn
1、n
10、n
13、n
4およびn
6は、44であり、m
1、m
10、m
13、およびm
4は、80であり、m
6は、72である。塩は、好ましくは、薬学的に許容可能な塩である。
【0052】
PICsomeは、ある態様では、式(I)の化合物若しくはその塩、式(X)の化合物若しくはその塩または式(XIII)の化合物若しくはその塩と、式(IV)の化合物若しくはその塩と、式(IX)の化合物若しくはその塩とを混合して得られる。PICsomeの更なる特定の態様では、上記式においてn
1、n
10、n
13、n
4およびn
9は、44であり、m
1、m
10、m
13、およびm
4は、80であり、m
9は、72である。塩は、好ましくは、薬学的に許容可能な塩である。
【0053】
siRNAミセルは、ある態様では、コレステロールをコンジュゲートしたsiRNAと、式(XVI)に示されるコレステロールをコンジュゲートしたGlc(6)−PEG−ポリ(Asp−TEP)またはその塩とを混合して得られる。塩は、好ましくは、薬学的に許容可能な塩である。コレステロールをコンジュゲートしたsiRNAは、特に限定されないが、RNA鎖の5’末端または3’末端にコレステロールがコンジュゲートしたsiRNAであるが、これらは当業者であれば適宜合成することができ、または、カスタム合成により商業的に入手可能であり、本発明で用いることができる。siRNAは、特に限定されないが、好ましくは、センス鎖の3’末端またはアンチセンス鎖の5’末端若しくは3’末端にコレステロールをコンジュゲートさせることができる。
【0054】
Glc(6)−PEG−ポリ(Asp−TEP)−Chol
【化20】
{式中、n
16およびm
16はそれぞれ、5〜20,000である。}
【0055】
n
16は、5〜20,000の整数、好ましくは10〜5,000の整数、より好ましくは40〜500の整数、さらに好ましくは5〜1,000の整数である。m
16は、2〜20,000の整数、好ましくは2〜5,000の整数、より好ましくは40〜500の整数、さらに好ましくは5〜1,000の整数、さらにより好ましくは10〜200の整数である。siRNAミセルの更なる特定の態様では、上記においてn
16は440であり、m
16は60である。
【0056】
本発明で用いられるリポソームとしては、特に限定されないが、リン脂質、例えば、ジミリストイルホスファチジルコリン(DMPC)により形成されるリポソームが挙げられる。リポソームは、古くから様々なものが知られ、当業者であれば適宜調製することが可能である。当業者であれば、リポソームに薬剤を適宜内包させることができる。
【0057】
GLUT1リガンドによる小胞の修飾は、特に限定されないが、例えば小胞を形成する高分子をGLUT1リガンドにより修飾してから小胞を形成させることにより行なうことができる。小胞の外表面に露出させる観点からは、高分子の修飾部位は、小胞を形成させたときに外表面に位置する部位とすることができる。このようなGLUT1リガンドにより修飾された高分子は、当業者であれば適宜調製することができる。一例として、グルコースにより修飾された高分子(特に、Glc(6)−PEG−ポリ(アニオン)ブロック共重合体またはGlc(6)−PEG−ポリ(カチオン)ブロック共重合体)の調製方法の例を以下に説明する。Glc(6)−PEG−ポリ(アニオン)ブロック共重合体またはGlc(6)−PEG−ポリ(カチオン)ブロック共重合体は、例えば、グルコースの6位以外の炭素上の水酸基を保護した上で、グルコースにブロック共重合体を重合させて得ることができる。
【0058】
スキーム1Aは、n
1が44であり、m
1が80である、式(I)の化合物の合成スキームを例示する。
スキーム1A
【化21】
スキーム1Aでは、EOは、エチレンオキサイドを示し;K−Naphは、カリウムナフタレンを示し;TEAは、トリエチルアミンを示し;MsClは、メタンスルホニルクロリドを示し;NH
3aq.は、アンモニア水を示し;NCA−BLAは、β−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物を示す。
【0059】
以下、スキーム1Aを簡単に説明する。グルコースの保護基の導入は、例えば、1,2−O−イソプロピリデン5,6−O−ベンジリデン−α−D−グルコフラノース(以下、「BIG」という)により達成される。例えば、PICミセルまたはPICsomeを作製する場合には、BIGにエチレンオキサイドを重合させて、BIG−PEG−OHを合成する。BIGは、例えば、1,2−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノース(以下、「MIG」という)の3位と5位の炭素の置換基であるOH基をベンジル基で保護することにより得られる。具体的には、BIGは、MIGとベンズアルデヒドを反応させ、酢酸エチルで抽出することにより得られる。次に、PEGの分子量を一定に揃える観点では、重合反応前に、反応容器内でBIG−OHをベンゼンで凍結乾燥させ、その後、減圧乾燥(例えば、70℃で一晩の減圧乾燥)させて、BIG−OHを容器壁面に付着させることが好ましい。また、重合度は添加するエチレンオキサイドの量により適宜調節することができる。重合後、BIG−PEG−OHのOH基をアミノ化してBIG−PEG−NH
2を得て、さらに、BIG−PEG−NH
2のNH
2基に対してポリカチオン若しくはポリアニオンまたは保護されたその前駆体(例えば、ポリアスパラギン酸の保護された単量体であるβ−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物(BLA−NCA)または、ポリグルタミン酸の保護された単量体である、γ−ベンジル−L−グルタミン酸−N−カルボン酸無水物(BLG−NCA))を重合させて、BIG−PEG−ポリ(アニオン)またはBIG−PEG−ポリ(カチオン)を得ることができる。重合度は、ポリカチオン若しくはポリアニオンまたは保護されたその前駆体の量により適宜調節することができる。最後にグルコースおよびアニオンまたはカチオンの保護基を脱保護して、グルコース−PEG−ポリ(アニオン)またはグルコース−PEG−ポリ(カチオン)を得ることができる。グルコースを結合した共重合体は、PICミセルまたはPICsomeの調製に用いることができる。具体的には、水溶液中で電荷を中和する比率でポリカチオンブロックを有するポリマーとポリアニオンブロックを有するポリマーとを混合すると、PICミセルまたはPICsomeが自発的に形成される。このようにすることで、ポリイオンコンプレックスが生体適合性部分により覆われ、その生体適合性部分はグルコースにより修飾を受けたPICミセルまたはPICsomeを得ることができる。
【0060】
同様に、Glc(3)−PEG−ポリ(アニオン)およびGlc(3)−PEG−ポリ(アニオン)は、上記においてBIGの代わりに、例えば、1,2,5,6−ジ−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノース(DIG)を出発物質として用いて合成することができ、その他の部分は、上記と全く同一である(スキーム1B参照)。また、同様に、Glc(2)−PEG−ポリ(アニオン)およびGlc(2)−PEG−ポリ(アニオン)も当業者であれば適宜合成することができる。
【0061】
スキーム1Bでは、n
1が44であり、m
1が80である、式(X)の化合物の合成スキームを例示する。スキーム1Bは、出発物質としてBIGの代わりにDIGを用いる以外は、スキーム1Aと同一である。
スキーム1B
【化22】
スキーム1Bでは、EOは、エチレンオキサイドを示し;K−Naphは、カリウムナフタレンを示し;TEAは、トリエチルアミンを示し;MsClは、メタンスルホニルクロリドを示し;NH
3aq.は、アンモニア水を示し;NCA−BLAは、β−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物を示す。
【0062】
本発明によれば、式(I)で表されるコンジュゲートまたは薬学的に許容可能なその塩:
【化23】
{式中、n
1およびm
1はそれぞれ、5〜20,000である。}の製造方法であって、(i)式(Ia):
【化24】
で表される1,2−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノースとベンズアルデヒドとを反応させて、
式(Ib):
【化25】
で表される1,2−O−イソプロピリデン5,6−O−ベンジリデン−α−D−グルコフラノース(BIG)を得ることと、
(ii)式(Ib)で表されるBIGとエチレンオキシドとを反応させて式(Ic):
【化26】
{式中、n
17は、n
1とは等しい。}
で表されるBIG−ポリエチレングリコール(BIG−PEG−OH)を得ることと、
(iii)式(Ic) で表されるBIG−PEG−OHをアミノ化して式(Id):
【化27】
で表されるBIG−PEG−NH
2を得ることと、
(iv) 式(Id)で表されるBIG−PEG−NH
2にβ−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物を重合させることと、その後、保護基を脱保護すること
を含んでなる方法が提供される。
【0063】
本発明によれば、式(II) で表されるコンジュゲートまたは薬学的に許容可能なその塩:
【化28】
{式中、n
2およびm
2はそれぞれ、5〜20,000である。}の製造方法であって、(i) (i)式(Ia):
【化29】
で表される1,2−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノースとベンズアルデヒドとを反応させて、
式(Ib):
【化30】
で表される1,2−O−イソプロピリデン5,6−O−ベンジリデン−α−D−グルコフラノース(BIG)を得ることと、
(ii)式(Ib)で表されるBIGとエチレンオキシドとを反応させて式(Ic):
【化31】
{式中、n
17は、n
2とは等しい。}
で表されるBIG−ポリエチレングリコール(BIG−PEG−OH)を得ることと、
(iii)式(Ic) で表されるBIG−PEG−OHをアミノ化して式(Id):
【化32】
で表されるBIG−PEG−NH
2を得ることと、
(iv) BIG−PEG−NH
2とγ−ベンジル−L−グルタミン酸−N−カルボン酸無水物を反応させることと、その後、保護基を脱保護することとを含んでなる、方法が提供される。
【0064】
本発明によれば、式(III)で表されるコンジュゲートまたは薬学的に許容可能なその塩:
【化33】
{式中、n
3およびm
3はそれぞれ、5〜20,000である。}の製造方法であって、(i)式(Ia):
【化34】
で表される1,2−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノースとベンズアルデヒドとを反応させて、
式(Ib):
【化35】
で表される1,2−O−イソプロピリデン5,6−O−ベンジリデン−α−D−グルコフラノース(BIG)を得ることと、
(ii)式(Ib)で表されるBIGとエチレンオキシドとを反応させて式(Ic):
【化36】
{式中、n
17は、n
3とは等しい。}
で表されるBIG−ポリエチレングリコール(BIG−PEG−OH)を得ることと、
(iii)式(Ic) で表されるBIG−PEG−OHをアミノ化して式(Id):
【化37】
で表されるBIG−PEG−NH
2を得ることと、
(iv) 式(Id)で表されるBIG−PEG−NH
2にβ−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物を重合させることと、
(v)得られた化合物と1,5−ジアミノペンタン(DAP)とを反応させることと、その後、保護基を脱保護することと
を含んでなる方法が提供される。
【0065】
本発明によれば、式(X)で表されるコンジュゲートまたは薬学的に許容可能なその塩:
【化38】
{式中、n
10およびm
10はそれぞれ、5〜20,000である。}の製造方法であって、
(i)式(Xa):
【化39】
で表される1,2,5,6−ジ−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノース(DIG)とエチレンオキサイドとを反応させて式(Xb):
【化40】
{式中、n
18は、n
10と等しい。}
で表されるDIG−ポリエチレングリコール(DIG−PEG−OH)を合成することと、
(ii)式(Xb)で表されるDIG−PEG−OHのOH基をアミノ基に置換して、式(Xc):
【化41】
で表されるDIG−PEG−NH
2を得ることと、
(iii) DIG−PEG−NH
2のアミノ基に、β−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物を重合させることと、その後、保護基を脱保護することとを含んでなる、方法が提供される。
【0066】
本発明によれば、式(XI)で表されるコンジュゲートまたは薬学的に許容可能なその塩:
【化42】
{式中、n
11およびm
11はそれぞれ、5〜20,000である。}の製造方法であって、
(i)式(Xa):
【化43】
で表される1,2,5,6−ジ−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノース(DIG)とエチレンオキサイドとを反応させて式(Xb):
【化44】
{式中、n
18は、n
11と等しい。}
で表されるDIG−ポリエチレングリコール(DIG−PEG−OH)を合成することと、
(ii)式(Xb)で表されるDIG−PEG−OHのOH基をアミノ基に置換して、式(Xc):
【化45】
で表されるDIG−PEG−NH
2を得ることと、
(iii) DIG−PEG−NH
2のアミノ基に、とγ−ベンジル−L−グルタミン酸−N−カルボン酸無水物を反応させることと、その後、保護基を脱保護することとを含んでなる、方法が提供される。
【0067】
本発明によれば、式(XII)で表されるコンジュゲートまたは薬学的に許容可能なその塩:
【化46】
{式中、n
12およびm
12はそれぞれ、5〜20,000である。}の製造方法であって、
(i)式(Xa):
【化47】
で表される1,2,5,6−ジ−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノース(DIG)とエチレンオキサイドとを反応させて式(Xb):
【化48】
{式中、n
18は、n
10と等しい。}
で表されるDIG−ポリエチレングリコール(DIG−PEG−OH)を合成することと、
(ii)式(Xb)で表されるDIG−PEG−OHのOH基をアミノ基に置換して、式(Xc):
【化49】
で表されるDIG−PEG−NH
2を得ることと、
(iii) DIG−PEG−NH
2のアミノ基に、β−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物を重合させることと、
(iv)得られた化合物と1,5−ジアミノペンタン(DAP)とを反応させることと、その後、保護基を脱保護することと、その後、保護基を脱保護することとを含んでなる、方法が提供される。
【0068】
同様に、Glc(2)−PEG−ポリ(アニオン)およびGlc(2)−PEG−ポリ(アニオン)も当業者であれば適宜合成することができる。Glc(2)−PEG−ポリ(アニオン)およびGlc(2)−PEG−ポリ(アニオン)は、以下に限られないが、2位の炭素を置換するOH基以外のOH基が保護されたグルコースを出発物質として用いて合成することができ、例えば、1,3,4,6−テトラ−O−アセチル−β−D−マンノピラノースを出発化合物として用いて、2位の炭素を置換するOH基をベンジル基により保護し、その後、アセチル基をアルカリ加水分解してOH基にし、シリル系化保護基(例えば、TBS基)により保護した後に、ベンジル基をパラジウム触媒または白金触媒と水素ガスにより脱保護して、光延反応により2位の炭素を置換するOH基を立体的に反転させて、2位の炭素を置換するOH基以外のOH基が保護されたグルコースを得ることができるであろう。そして、当該分子をBIGやDIGの代わりに用いて、その他は、Glc(3)やGlc(6)−PEG−ポリ(アニオン)およびGlc(2)−PEG−ポリ(アニオン)を製造するのと同一の方法により合成することができることは当業者であれば容易に理解できることであろう。
【0069】
本発明によれば、式(XVI)で表されるコンジュゲートの製造方法:
【化50】
{式中、n
16およびm
16はそれぞれ、5〜20,000である。}であって、(i)式(Ia):
【化51】
で表される1,2−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノースとベンズアルデヒドとを反応させて、
式(Ib):
【化52】
で表される1,2−O−イソプロピリデン5,6−O−ベンジリデン−α−D−グルコフラノース(BIG)を得ることと、
(ii)式(Ib)で表されるBIGとエチレンオキシドとを反応させて式(Ic):
【化53】
{式中、n
17は、n
1とは等しい。}
で表されるBIG−ポリエチレングリコール(BIG−PEG−OH)を得ることと、
(iii)式(Ic) で表されるBIG−PEG−OHをアミノ化して式(Id):
【化54】
で表されるBIG−PEG−NH
2を得ることと、
(iv) 式(Id)で表されるBIG−PEG−NH
2にβ−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物を重合させてBIG−PEG−PBLAを得ることと、
(v) BIG−PEG−PBLAと4−コレステリルアミノ−4−ブタン酸を反応させて、式(XVIa):
【化55】
で表される、BIG−PEG−PBLA−Cholを得ることと、
(vi) BIG−PEG−PBLA−Cholとテトラエチレンペンタアミン(TEP)とを反応させて、式(XVIb):
【化56】
で表されるBIG−PEG−ポリ(Asp−TEP)−cholを得ることと、その後、保護基を脱保護することと
を含んでなる方法が提供される。
【0070】
小胞は、上記重合体を用いて周知の方法により形成させることができる。一般的に小胞は、上記のような重合体を一定濃度以上の濃度で溶解させた溶液を攪拌して得ることができる。また、ポリイオンコンプレックスに基づいて形成される小胞の場合は、ポリカチオン部分を有する高分子とポリアニオン部分を有する高分子とを同割合で混合して得ることができる。小胞に薬剤を内包させる方法は当業者に周知であり、本発明でも周知の方法を用いることができる。例えば、PICミセルに薬剤を内包させるには、ミセル形成後、薬剤をミセル溶液に添加すればよい。薬剤は、その荷電により自発的にPICミセルに内包される。また、例えば、PICsomeの場合は、PICsomeを形成する高分子と薬剤との混合液を調製し、攪拌混合すれば、薬剤はPICsomeに内包される。リポソームも、リポソームを形成する高分子と薬剤との混合液を調製し、攪拌混合すれば、薬剤はリポソームに内包される。ポリイオンコンプレックスのアニオン性ブロックとカチオン性ブロックとを架橋することもできる。この目的に用いられる架橋剤としては、特に限定されないが例えば、アミノ基とカルボキシ基とを縮合させることができる1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)が好ましく用いられ得る。
【0071】
小胞を構成する高分子中におけるグルコース結合高分子の割合が10〜40%であるときには、とりわけ組成物の脳実質への送達効率が高く、小胞を形成する高分子におけるグルコース結合高分子の割合は、10〜40%、好ましくは20〜30%、より好ましくは22〜28%、さらに好ましくは24〜26%(例えば、約25%)とすることができる。また、小胞を構成する高分子中におけるグルコース結合分子の割合が40%以上のときには、とりわけ組成物の脳血管内皮細胞への送達効率が高く、小胞を形成する高分子におけるグルコース結合高分子の割合は、40〜100%、例えば、40〜60%とすることができる。小胞の外表面をGLUT1リガンドで修飾するためには、小胞を対象としてGLUT1リガンド修飾(例えば、グリコシル化)することもできるが、小胞表面上のGLUT1リガンド修飾の割合を制御する観点では、小胞を構成する高分子それぞれにあらかじめGLUT1リガンドを結合させておき、GLUT1リガンドによる修飾のなされていない高分子との配合比を調節した上で、高分子に小胞を形成させることが好ましい。
【0072】
本発明では、薬剤とGLUT1リガンドとのコンジュゲートも本発明の血糖操作により脳へ送達することができる。薬剤とGLUT1リガンドとは、リンカーを介してコンジュゲートさせてもよい。リンカーは、生体適合性のリンカーとすることができ、例えば、ポリエチレングリコールを用いることができる。薬剤は2分子以上のGLUT1リガンドとコンジュゲートされていてもよい。2分子以上のGLUT1リガンドは、好ましくは、リンカーを介して薬剤にコンジュゲートされ得る。2分子以上のGLUT1リガンドをリンカーを介して薬剤にコンジュゲートする場合には、例えば、側鎖に複数のGLUT1リガンドを結合させたポリアミノ酸(例えば、ポリアスパラギン酸)を用いてコンジュゲートすることができる。薬剤とポリアミノ酸との間には、PEGなどのリンカーを介在させてもよい。側鎖に複数のGLUT1リガンドを結合させたポリアミノ酸(例えば、ポリアスパラギン酸)としては、例えば、下記式(XIX):
【化57】
{式中、n
19は、5〜20,000の整数、およびm
19は、2〜5,000の整数である。}
で表される化合物を用いることができる。n
19は、5〜20,000の整数、好ましくは10〜5,000の整数、より好ましくは40〜500の整数、さらに好ましくは5〜1,000の整数、さらにより好ましくは10〜200の整数である。m
19は、2〜20,000の整数、好ましくは2〜5,000の整数、より好ましくは40〜500の整数、さらに好ましくは5〜1,000の整数、さらにより好ましくは10〜200の整数である。ある態様では、n
19は、273であり、m
19は、48である。
【0073】
PEGと複数のGLUT1リガンドを結合させたポリアスパラギン酸との共重合体は、以下のように合成することができる。
【0074】
スキーム2
【化58】
DMFは、N,N’−ジメチルホルムアミドを表し、Bnは、ベンジル基を表し、EDCは、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩を示す。その他の略称は、上述のスキームの通りである。
【0075】
以下、スキーム2を簡単に説明する。スキーム2の出発化合物である、式(XIXa)で表される化合物は以下のように得ることができる:
【化59】
{式中、n
19は、5〜20,000の整数である。}。
【0076】
2−(2−ヒドロキシエトキシ)テトラヒドロピランとエチレンオキシドとを反応させ、THP−PEG−OHを得る。次に、THP−PEG−OHのOH基をメタンスルホン酸クロライドなどを用いてメシル化する。得られたMsO−PEG−THPをアジ化ナトリウムと反応させて、アジド基を片末端に有するテトラヒドロピラニル基のポリエチレングリコール(N
3−PEG−THP)を得る。その後、THP保護基を脱保護して、式(XIXa)で表されるアジド基片末端3−ヒドロキシプロピル基のポリエチレングリコール(N
3−PEG−OH)を得る。重合度は添加するエチレンオキサイドの量により適宜調節することができる。
【0077】
上記のようにして、式(XIXa)で表される化合物を得た後は、N
3−PEG−OHのOH基をアミノ化してN
3−PEG−NH
2を得て、さらに、N
3−PEG−NH
2のNH
2基に対してβ−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物(BLA−NCA)を反応させて、N
3−PEG−PBLAを得る。アルカリ加水分解により保護基を脱保護して、その後、保護したアミノグルコースである6−アミノ−6−デオキシ−1,2:3,5−ジ−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノース(P−アミノグルコース)とEDC存在下で反応させてアミノグルコースのアミノ基とアスパラギン酸残基のカルボキシ基との間で縮合させる。その後、保護基を脱保護することにより、片末端がアジド基のポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体(N
3−PEG−P(Asp))が得られる。
【0078】
6−アミノ−6−デオキシ−1,2:3,5−ジ−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノース(P−アミノグルコース)は、例えば、Carbohydr. Res. 19, 197-210 (1971)の記載に基づいて作製することができる。Carbohydr. Res. 19, 197-210 (1971)によれば、P−アミノグルコースは、以下のスキーム3により得られる。
【0079】
スキーム3
【化60】
TsClは、塩化トルエンスルホニルを表す。
【0080】
以下、スキーム3を簡単に説明する。まず、1,2−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノース(1)をトシル化して、1,2−O−イソプロピリデン−6−O−p−トルエンスルホニル−α−D−グルコフラノース(2)を得る。次に、得られた1,2−O−イソプロピリデン−6−O−p−トルエンスルホニル−α−D−グルコフラノース(2)と2,2−ジメトキシプロパンとを反応させて1,2:3,5−ジ−O−イソプロピリデン−6−O−p−トルエンスルホニル−α−D−グルコフラノース(3)を得る。その後、1,2:3,5−ジ−O−イソプロピリデン−6−O−p−トルエンスルホニル−α−D−グルコフラノース(3)をフタルイミドカリウムと反応させて、6−デオキシ−1,2:3,5−ジ−O−イソプロピリデン−6−フタルイミド−α−D−グルコフラノース(4)を得る。6−デオキシ−1,2:3,5−ジ−O−イソプロピリデン−6−フタルイミド−α−D−グルコフラノース(4)をヒドラジン水和物と反応させて、6−アミノ−6−デオキシ−1,2:3,5−ジ−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノース(P−アミノグルコース)(5)を得ることができる。
【0081】
本発明では、式(XIX)で表されるマルチグルコースポリマー:
【化61】
{式中、n
19は、5〜20,000の整数、およびm
19は、2〜5,000の整数である。}
の製造方法であって、(i) 式(XIXa):
【化62】
で表されるN
3−PEG−OHのOH基をアミノ化して式(XIXb):
【化63】
で表されるN
3−PEG−NH
2を得ることと、
(ii)得られたN
3−PEG−NH
2をβ−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物と反応させて、式(XIXc):
【化64】
{式中、Bnは保護基であるベンジル基を表す}
で表されるN
3−PEG−PBLAを得ることと、
(iii) 得られたN
3−PEG−PBLAの保護基をアルカリ加水分解により脱保護することと、
(iv)得られたN
3−PEG−ポリアスパラギン酸のカルボキシ基と6−アミノ−6−デオキシ−1,2:3,5−ジ−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノースのアミノ基と縮合させることと、その後、OH基の保護基を脱保護することと、
を含む、方法が提供される。
【0082】
本発明で用いられる薬剤としては、特に限定されないが、生理活性物質、抗体、核酸、生体適合性の蛍光色素、並びに超音波、MRIおよびCT用造影剤などの造影剤を用いることができる。本発明では、薬剤を選択性高く脳に送達することができる。従って、薬剤としては、特に限定されないが、例えば、脳の生理機能を高める生理活性物質、脳の疾患を処置し得る生理活性物質、脳疾患に特徴的な抗原を認識する抗体、脳疾患に関連する遺伝子の発現を調節する核酸、脳を染色できる生体適合性の蛍光色素、並びに超音波、MRIおよびCT用造影剤などの造影剤を用いることができる。例えば、薬剤として脳の生理機能を高める生理活性物質、脳の疾患を処置し得る生理活性物質、脳疾患に特徴的な抗原を認識する抗体、脳疾患に関連する遺伝子の発現を調節する核酸を用いた本発明の組成物は、医薬組成物として提供され得る。薬剤として脳を染色できる生体適合性の蛍光色素、並びに超音波、MRIおよびCT用造影剤などの造影剤を用いた本発明の組成物は、診断薬として提供され得る。
【0083】
本発明の組成物またはコンジュゲートは、対象にそのまま投与することもできるし、本発明による投与計画に基づき投与することもできる。本発明による投与計画では、好ましくは、まず、対象に絶食させるか、または対象に低血糖を誘発させるが、その後、該対象に該組成物を投与する。本発明による投与計画では、より好ましくは、まず、対象に絶食させるか、または対象に低血糖を誘発させるが、その後、該対象に該組成物を投与することおよび該対象において血糖値の上昇を誘発させる。ここで、本発明による投与計画では、該対象への該組成物の投与は、該対象における血糖値の上昇の誘発と、同時に、連続してまたは逐次的に行なわれる。低血糖状態の誘発は、GLUT1を血管内皮細胞(例えば、脳血管内皮細胞)の内表面に発現させるために有用であると考えられる。但し、本発明によれば、本発明の組成物またはコンジュゲートは、投与対象における血糖値の上昇がこれらの脳への送達に極めて効果的である。本発明によれば、絶食させるか、または低血糖を誘発させた対象における本発明の組成物(キャリアなど)またはコンジュゲートの血中濃度が一定値以上であるときに、血糖値を上昇させることにより、本発明の組成物(キャリアなど)またはコンジュゲートが極めて効果的に脳内に送達できるのである。また、本実施例によれば、対象において血糖値の上昇を誘発させた後もしばらくの間は本発明の組成物(キャリアなど)またはコンジュゲートは該対象の脳内へ送達される。
【0084】
本発明の組成物(キャリアなど)またはコンジュゲートの血中濃度を一定値以上に保つ観点では、本発明の組成物またはコンジュゲートを対象に輸液投与することが好ましい。このようにすることで、血中滞留時間の短い組成物またはコンジュゲートであっても、一定の血中濃度を確保し易い。例えば、血中滞留時間の短いsiRNAを内包するsiRNAミセルは、輸液により対象に投与すると効果を上げやすい。輸液投与は、好ましくは、10分以上、15分以上、30分以上、45分以上、60分以上、90分以上、または2時間以上行なうことができる。輸液投与は、好ましくは一定の輸液速度で行なう。例えば、精密投与ポンプを用いれば、一定の輸液速度による投与が可能である。輸液投与は、対象における血糖値の上昇の誘発と同時になされてもよく、輸液投与中に対象において血糖値の上昇を誘発させてもよい。
【0085】
本発明の組成物またはコンジュゲートは、本発明による投与計画に基づき投与すると、脳への送達効率が選択的に高まる。従って、本発明の組成物またはコンジュゲートは、脳に薬剤を送達するために用いることができる。本発明の組成物またはコンジュゲートはまた、薬剤に血液脳関門を通過させることができる。従って、本発明の組成物またはコンジュゲートは、従来は送達が困難であった脳実質に、生理活性物質、抗体、核酸、生体適合性の蛍光色素、並びに超音波、MRIおよびCT用造影剤などの造影剤などの薬剤を送達することに用いることができる。本発明の組成物またはコンジュゲートはまた、薬剤を脳血管内皮細胞に蓄積させることができる。従って、本発明の組成物またはコンジュゲートは、従来は送達が困難であった脳血管内皮細胞に、生理活性物質、抗体、核酸、生体適合性の蛍光色素、並びに超音波、MRIおよびCT用造影剤などの造影剤などの薬剤を送達することに用いることができる。また、本発明の組成物またはコンジュゲートは、脳血管内皮細胞間の接着を弱める、または破壊する薬剤を脳血管内皮細胞に送達することに用いることもできる。同様に、本発明の組成物またはコンジュゲートは、網膜、末梢神経および/または髄液に、生理活性物質、抗体、核酸、生体適合性の蛍光色素、並びに超音波、MRIおよびCT用造影剤などの造影剤などの薬剤を送達するために用いることができる。本発明の組成物またはコンジュゲートはまた、血液神経関門、血液網膜関門または血液髄液関門にそれぞれ存在する血管内皮細胞に生理活性物質、抗体、核酸、生体適合性の蛍光色素、並びに超音波、MRIおよびCT用造影剤などの造影剤などの薬剤を送達するために用いることができる。本発明の組成物またはコンジュゲートは、血液神経関門、血液網膜関門または血液髄液関門にそれぞれ存在する血管内皮細胞間の接着を弱める、または破壊する薬剤を脳血管内皮細胞に送達することに用いることもできる。血管内皮細胞間の接着を弱め、または破壊することにより、関門の機能を弱め、様々な薬剤に関門を通過させることができるようになる。
【0086】
本発明の組成物およびコンジュゲートは、経口投与および非経口投与(例えば、静脈内投与または腹腔内投与)により投与することができる。
【0087】
本発明によれば、外表面がGLUT1リガンドにより修飾されている薬剤送達用キャリアを投与計画に従って対象に投与することを含んでなる、脳組織を標的化する方法が提供される。本発明によればまた、外表面がGLUT1リガンドにより修飾されている薬剤送達用キャリアを投与計画に従って対象に投与することを含んでなる、脳血管内皮細胞を標的化する方法が提供される。本発明による投与計画は、好ましくは、絶食させるか、または低血糖を誘発させた対象に該キャリアを投与することを含むが、より好ましくは、本発明による投与計画は、絶食させるか、または低血糖を誘発させた対象に該組成物を投与することおよび該対象において血糖値の上昇を誘発させることを含む。同様に本発明によれば、外表面がGLUT1リガンドにより修飾されている薬剤送達用キャリアを投与計画に従って対象に投与することを含んでなる、末梢神経組織、網膜および/または髄液を標的化する方法が提供される。本発明によればまた、外表面がGLUT1リガンドにより修飾されている薬剤送達用キャリアを投与計画に従って対象に投与することを含んでなる、血液神経関門、血液網膜関門または血液髄液関門にそれぞれ存在する血管内皮細胞を標的化する方法が提供される。
【0088】
本発明によれば、キャリアには、生理活性物質、抗体、核酸、生体適合性の蛍光色素、並びに超音波、MRIおよびCT用造影剤などの造影剤などの薬剤を内包することができ、これにより、キャリアに内包された薬剤を脳、末梢神経組織、網膜および/または髄液に効果的に送達することが可能である。
【0089】
本発明によれば、薬剤とGLUT1リガンドとのコンジュゲートまたは薬剤とGLUT1リガンドとがリンカーを介して連結してなるコンジュゲートを、投与計画に従って対象に投与することを含んでなる、脳組織を標的化する方法または脳組織に薬剤を送達する方法が提供される。本発明によればまた、薬剤とGLUT1リガンドとのコンジュゲートまたは薬剤とGLUT1リガンドとがリンカーを介して連結してなるコンジュゲートを、投与計画に従って対象に投与することを含んでなる、脳血管内皮細胞を標的化する方法が提供される。本発明による投与計画は、好ましくは、絶食させるか、または低血糖を誘発させた対象に該組成物を投与することを含むが、より好ましくは、本発明による投与計画は、絶食させるか、または低血糖を誘発させた対象に該組成物を投与することおよび該対象において血糖値の上昇を誘発させることを含む。同様に本発明によれば、薬剤とGLUT1リガンドとのコンジュゲートまたは薬剤とGLUT1リガンドとがリンカーを介して連結してなるコンジュゲートを投与計画に従って対象に投与することを含んでなる、末梢神経組織、網膜および/または髄液を標的化する方法が提供される。本発明によればまた、薬剤とGLUT1リガンドとのコンジュゲートまたは薬剤とGLUT1リガンドとがリンカーを介して連結してなるコンジュゲートを、投与計画に従って対象に投与することを含んでなる、血液神経関門、血液網膜関門または血液髄液関門にそれぞれ存在する血管内皮細胞を標的化する方法が提供される。
【0090】
本発明によれば、コンジュゲートに含まれる薬剤として生理活性物質、抗体、核酸、生体適合性の蛍光色素、並びに超音波、MRIおよびCT用造影剤などの造影剤などの薬剤を用いることができ、これにより、薬剤を脳、末梢神経組織、網膜および/または髄液に効果的に送達することが可能である。
【0091】
本発明によれば、薬剤として脳疾患治療薬または予防薬を用いることができる。この場合、本発明によれば、外表面がGLUT1リガンドにより修飾され、かつ脳疾患治療薬または予防薬を内包した薬剤送達用キャリアを投与計画に従ってその必要のある対象に投与することを含んでなる、脳疾患の治療または予防方法が提供される。同様に、本発明によれば、外表面がGLUT1リガンドにより修飾され、かつ末梢神経疾患治療薬または予防薬を内包した薬剤送達用キャリアを投与計画に従ってその必要のある対象に投与することを含んでなる、脳疾患の治療または予防方法が提供される。同様に、本発明によれば、外表面がGLUT1リガンドにより修飾され、かつ網膜疾患治療薬または予防薬を内包した薬剤送達用キャリアを投与計画に従ってその必要のある対象に投与することを含んでなる、脳疾患の治療または予防方法が提供される。本発明による投与計画は、好ましくは、絶食させるか、または低血糖を誘発させた対象に該組成物を投与することを含むが、より好ましくは、本発明による投与計画は、絶食させるか、または低血糖を誘発させた対象に該組成物を投与することおよび該対象において血糖値の上昇を誘発させることを含む。
【0092】
本発明によれば、薬剤として脳疾患治療薬または予防薬を用いることができる。この場合、本発明によれば、脳疾患治療薬若しくは予防薬とGLUT1リガンドとのコンジュゲートまたは脳疾患治療薬若しくは予防薬とGLUT1リガンドとがリンカーを介して連結してなるコンジュゲートを、投与計画に従ってその必要のある対象に投与することを含んでなる、脳疾患の治療または予防方法が提供される。同様に、本発明によれば、末梢神経疾患治療薬若しくは予防薬とGLUT1リガンドとのコンジュゲートまたは末梢神経疾患治療薬若しくは予防薬とGLUT1リガンドとがリンカーを介して連結してなるコンジュゲートを、投与計画に従ってその必要のある対象に投与することを含んでなる、末梢神経疾患の治療または予防方法が提供される。同様に、本発明によれば、網膜疾患治療薬若しくは予防薬とGLUT1リガンドとのコンジュゲートまたは網膜疾患治療薬若しくは予防薬とGLUT1リガンドとがリンカーを介して連結してなるコンジュゲートを、投与計画に従ってその必要のある対象に投与することを含んでなる、網膜疾患の治療または予防方法が提供される。本発明による投与計画は、好ましくは、絶食させるか、または低血糖を誘発させた対象に該組成物を投与することを含むが、より好ましくは、本発明による投与計画は、絶食させるか、または低血糖を誘発させた対象に該組成物を投与することおよび該対象において血糖値の上昇を誘発させることを含む。
【0093】
従って、本発明によれば、脳疾患治療薬または予防薬を含んでなる、脳疾患を処置または予防するための医薬組成物が提供される。本発明によれば、薬剤の脳への取り込みが向上し、本発明の医薬組成物は脳疾患の治療または治療に有用であることが明らかである。本発明によればまた、末梢神経疾患治療薬若しくは予防薬を含んでなる、末梢神経疾患を処置または予防するための医薬組成物が提供される。本発明によれば、薬剤の末梢神経への取り込みが向上し、本発明の医薬組成物は末梢神経疾患の治療または予防に有用であることが明らかである。本発明によればさらに、網膜疾患治療薬若しくは予防薬を含んでなる、網膜疾患を処置または予防するための医薬組成物が提供される。本発明によれば、薬剤の網膜への取り込みが向上し、本発明の医薬組成物は網膜疾患の治療または予防に有用であることが明らかである。本発明によれば、上記治療薬または予防薬は、キャリアに内包された形態で組成物に含まれるか、または、GLUT1リガンドとリンカーを介してまたは介さずにコンジュゲートされた形態で組成物に含まれ得る。
【0094】
脳疾患としては、脳疾患治療薬に血液脳関門を通過させることで治療できる脳疾患、例えば、不安、うつ病、睡眠障害、アルツハイマー病、パーキンソン病および多発性硬化症などが挙げられる。従って、本発明では、これらの脳疾患を治療するために、抗不安剤、抗うつ剤、睡眠導入剤、アルツハイマー治療薬、パーキンソン病治療薬および多発性硬化症治療薬などの脳疾患治療薬または予防薬が用いられ得る。アルツハイマー病治療薬としては、例えば、Aβ抗体がよく知られ、パーキンソン病治療薬としては、例えば、ドーパミン受容体アゴニストおよびL−ドーパがよく知られ、多発性硬化症治療薬としては、例えば、副腎ステロイド薬、インターフェロンβ(IFNβ)、および免疫抑制剤がよく知られ、これらの治療薬が本発明で用いられ得る。末梢神経疾患としては、末梢神経疾患治療薬に血液脳関門を通過させることで治療できる末梢神経疾患、例えば、ギランバレー症候群、フィッシャー症候群および慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチーが挙げられる。網膜疾患としては、網膜疾患治療薬に血液脳関門を通過させることで治療できる網膜疾患、例えば、網膜色素変性症、脳回状網脈膜萎縮、コロイデレミア、クリスタリン網膜症、先天黒内障、先天性停在性夜盲、小口病、白点状眼底、白点状網膜症、色素性傍静脈網脈絡膜萎縮、スターガルト病、卵黄状黄斑ジストロフィー、若年網膜分離症、中心性輪紋状脈絡膜ジストロフィー、オカルト黄斑ジストロフィー、家族性滲出性硝子体網膜症および網膜色素線条が挙げられる。
【実施例】
【0095】
実施例1:Glc(6)−PICミセルの作製
実施例1では、ミセル形成に必要な高分子の合成を行なった。
【0096】
1−1.Glc(6)−PEG−P(Asp)の合成
まず、1,2−O−イソプロピリデン−5,6−O−ベンジリデン−α−D−グルコフラノース(以下、「BIG−OH」という)を合成した。具体的には、1,2−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノース(以下、「MIG」という)(和光純薬工業社製)10g、ベンズアルデヒド40mLをフラスコ中で混合し、ロータリーエバポレーターで4時間回転させながら混合し、反応させた。反応後、酢酸エチル 66mLを加え、蒸留水 120mLで洗浄し、有機層(酢酸エチル層)のみを回収し、ヘキサン 500mLに加えて0℃で再結晶し、BIG−OH 9.2g(収率85%)を得た。
【0097】
次に、得られたBIG−OHからBIG−ポリエチレングリコール(BIG−PEG−OH)を合成した。具体的には、BIGを反応容器のガラス壁面に均一に付着させるために、ベンゼン凍結乾燥後、70℃で一晩減圧乾燥したBIG−OH 0.72gをテトラヒドロフラン(THF)5mLに溶解した。これにより、分子量の揃った単峰性のピークを有するゲル浸透クロマトグラムが得られた(データ非掲載)。0.3Mのナフタレンカリウムを含んだTHF溶液3.3mLをBIG−OH溶液に滴下し、エチレンオキシド(EO)2.2mLをアルゴン雰囲気下で添加し常温で48時間反応させる。その後、1mLのメタノールを反応液に添加し、10%メタノールを含む冷却エーテルで再沈殿させBIG−PEG−OH 2.8g(収率89%)を回収した。
【0098】
さらに、得られたBIG−PEG−OHのOH基をアミノ化して、アミノエチル基を有するBIG−PEG−NH
2を合成した。具体的には、ベンゼン凍結乾燥したBIG−PEG−OH 2.0gを0.8mLのトリエチルアミンを溶解したTHF溶液20mLに溶解する。メタンスルホニルクロリド570mgを冷THF 20mLに溶解した溶液を上記のBIG−PEG−OH溶液に添加し、室温で一晩反応させた。沈殿した塩を濾過により取り除き、ろ液を10%メタノールを含むジエチルエーテルを含む寒剤500mLで再沈殿させ、濾過後、減圧乾燥した。得られた粉末を25%アンモニア水溶液100mLに溶解し、室温で2日間反応させた。透析膜(分画分子量1,000)を用いて2000倍希釈したアンモニウム水溶液で透析し、その後、純水で透析した。その後、sephadex C−25(GE healthcare)でアミノ化が進まなかったフラクションを除去し、凍結乾燥を行いBIG−PEG−NH
2 1.6g(収率85%)を回収した。精製後のBIG−PEG−NH
2のH
1 NMRスペクトルには不純物に起因するピークは観察されなかった(データ非掲載)。
【0099】
さらに、得られたBIG−PEG−NH
2からBIG−PEG−ポリ(β−ベンジル−L−アスパルテート)(以下、「BIG−PEG−PBLA」という)を合成した。具体的には、β−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物(以下、「BLA−NCA」という) 1.7gをDMF3.5mLに溶解し、30mLのジクロロメタンで希釈した。ベンゼン凍結乾燥後のBIG−PEG−NH
2 200mgを4 mLのジクロロメタンに溶解し、その溶液をBLA−NCA溶液に加え、アルゴン存在下、35℃で40時間重合した。IR分析で重合反応が終了したことを確認したのち、反応混合物をヘキサン/酢酸エチル=6:4 500mLに滴下して沈澱したポリマーを吸引濾過により回収し、真空乾燥してBIG−PEG−PBLA 1.39g(収率58%)を得た。得られたBIG−PEG−PBLAは、分子量の揃った単峰性のピークを有するゲル浸透クロマトグラムを示した(データ非掲載)。
【0100】
さらに、得られたBIG−PEG−PBLAからBIG−PEG−ポリアスパラギン酸(以下、「BIG−PEG−P(Asp.)」という)を合成した。BIG−PEG−PBLA 500mgを0.5N水酸化ナトリウムに懸濁しながら室温でベンジルエステルを加水分解する。コポリマーが溶解した後、透析膜(分画分子量1,000)を用いて水中で透析した。膜内の溶液を凍結乾燥してBIG−PEG−P(Asp.) 132mg(収率68%)を得た。
【0101】
その後、BIG−PEG−P(Asp.)からGlc(6)−PEG−P(Asp.)を合成した。ここで、Glc(6)は、グルコースがその6位の炭素でPEGに結合していることを意味する。BIG−PEG−P(Asp.)100mgをトリフエルオロ酢酸/純水(8:2)10mLに溶解し、1時間反応させた。透析膜(分画分子量1,000)を用いて0.01N NaOH、純水の順で透析した。膜内の溶液を凍結乾燥してGlc(6)−PEG−P(Asp.)70mg(収率70%)を得た。
【0102】
1−2.PEG−P(Asp)およびPEG−P(Asp.−AP)の合成
まず、ポリエチレングリコール−ポリ(β−ベンジル−L−アスパルテート)ブロック共重合体(PEG−PBLA)をβ−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物(BLA−NCA)(中央化製品社に製造委託して得た)の重合により得た。具体的には、BLA−NCA 18.9gをN,N’−ジメチルホルムアミド(DMF)20mLに溶解する。メトキシ基の末端とアミノエチル基の末端を有するポリエチレングリコール(PEG−NH
2)(分子量2,000)2.0gをDMF 20mLに溶解し、その溶液をBLA−NCA溶液に加える。混合溶液を35℃に保ちながら40時間重合した。赤外分光(IR)分析で重合反応が終了したことを確認した後、反応混合物をジエチルエーテル2Lに滴下して沈澱したポリマーを吸引濾過により回収し、ジエチルエーテルで洗浄した後に真空乾燥してPEG−PBLA 15.51g(収率79%)を得た。
【0103】
次に、PEG−PBLAからポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体(PEG−P(Asp.)を合成した。具体的には、PEG−PBLA 1.0gを0.5N水酸化ナトリウムに懸濁しながら室温でベンジルエステルを加水分解した。コポリマーが溶解した後、透析膜(分画分子量6,000−8,000)を用いて水中で透析した。膜内の溶液を凍結乾燥してPEG−P(Asp.) 654mg(収率78%)を得た。
【0104】
次に、PEG−PBLAからポリエチレングリコール−ポリ((5−アミノペンチル)−アスパラギン酸)ブロック共重合体(PEG−P(Asp.−AP))を合成した。具体的には、ベンゼン凍結乾燥をしたPEG−PBLA 1gをDMF 10mLに溶解する。1,5−ジアミノペンタン(DAP) 8mLをPEG−PBLA溶液に加えた。混合溶液を5℃に保ちながら1時間反応させた。その後、反応液に20重量%の酢酸水溶液15.2mLを添加し、透析膜(分画分子量6,000−8,000)を用いて水中で透析した。膜内の溶液を凍結乾燥してPEG−P(Asp.−AP) 954mg(収率81%)を得た。
【0105】
1−3.蛍光ラベル化ポリマーCy5−PEG−P(Asp.)の合成
上記で得られたPEG−PBLA 500mgをジメチルスルフォオキシド(DMSO) 20mLに溶解した。スルホ型Cy5−N−ヒドロキシスクシイミドエステル(Lumiprobe社製、製品番号:43320)25mgを、PEG−PBLA溶液に加え、常温で2日間反応させた。その後、0.5N水酸化ナトリウムを75mL添加し、室温でベンジルエステルを加水分解した。透析膜(分画分子量6,000−8,000)を用いてエタノール、水の順で透析した。膜内の溶液を凍結乾燥してCy5−PEG−P(Asp.) 456mg(収率86%)を得た。
【0106】
1−4.Glc(3)−PEG−P(Asp)の合成
まず、ベンゼン凍結乾燥した1,2,5,6−ジ−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノース(DIG)からDIG−PEG−OHを得た。具体的には、DIG(TCI社製) 0.72gをTHF 5mLに溶解して、DIG−OH溶液を得た。その後、0.3Mのナフタレンカリウムを含んだTHF溶液 3.5mLを得られたDIG−OH溶液に滴下し、エチレンオキシド(EO)2.5mLをアルゴン雰囲気下で添加し常温で48時間反応させた。その後、1mLのメタノールを反応液に添加し、10%メタノールを含むエーテルを寒剤でよく冷やしたもので再沈殿させDIG−PEG−OH 3.2g(収率86%)を回収した。
【0107】
次に、得られたDIG−PEG−OHをアミノ化してDIG−PEG−NH
2を得た。具体的には、ベンゼン凍結乾燥したDIG−PEG−OH 3.2gを0.8mLのトリエチルアミンを溶解したTHF溶液 32mLに溶解する。メタンスルホニルクロリド912mgを冷THF 32mLに溶解した溶液を上記のDIG−PEG−OH溶液に添加し、室温で一晩反応させた。沈殿した塩を濾過により取り除き、ろ液を10%メタノールを含むジエチルエーテルを含む寒剤500mLで再沈殿させ、濾過後減圧乾燥した。得られた粉末を25%アンモニア水溶液100mLに溶解し、室温で2日間反応させた。透析膜(分画分子量1,000)を用いて2000倍希釈したアンモニウム水溶液中、純水の順番で透析した。その後、sephadex C−25(GE healthcare)でアミノ化がすすんでいないフラクションを除き凍結乾燥を行いDIG−PEG−NH
2 2.95g(収率89%)を回収した。
【0108】
さらに、得られたDIG−PEG−NH
2からDIG−PEG−PBLAを合成した。具体的には、BLA−NCA 1.7gをDMF 3.5mLに溶解し、30mLのジクロロメタンで希釈した。ベンゼン凍結乾燥後のDIG−PEG−NH
2 200mgを4mLのジクロロメタンに溶解し、その溶液をBLA−NCA溶液に加え、アルゴン存在下、35℃で40時間重合した。IR分析で重合反応が終了したことを確認したのち、反応混合物をヘキサン/酢酸エチル(ヘキサン:酢酸エチル=6:4) 500mLに滴下して、沈澱したポリマーを吸引濾過により回収し、真空乾燥してDIG−PEG−PBLA 1.32g(収率70%)を得た。
【0109】
さらに、得られたDIG−PEG−PBLAからDIG−PEG−ポリアスパラギン酸(DIG−PEG−P(Asp.))を合成した。具体的には、DIG−PEG−PBLA 500mgを0.5N水酸化ナトリウムに懸濁しながら室温でベンジルエステルを加水分解する。コポリマーが溶解した後、透析膜(分画分子量1,000)を用いて水中で透析した。膜内の溶液を凍結乾燥してDIG−PEG−P(Asp.) 145mg(収率54%)を得た。
【0110】
さらに、得られたDIG−PEG−P(Asp.)からGlc(3)−PEG−P(Asp.)を合成した。ここで、Glc(3)は、グルコースがその3位の炭素でPEGに結合していることを意味する。具体的には、DIG−PEG−P(Asp.) 100mgをトリフエルオロ酢酸/純水(トリフルオロ酢酸:水=8:2) 10mLに溶解し、1時間反応させた。透析膜(分画分子量1,000)を用いて0.01N NaOH、純水の順で透析した。膜内の溶液を凍結乾燥してGlc(3)−PEG−P(Asp.) 75mg(収率86%)を得た。
【0111】
1−5.Cy5−PICミセルの調製
Cy5−PEG−P(Asp.)50mgを10mM リン酸緩衝液(PB、pH 7.4、0mM NaCl)50mLに溶解し、1mg/mLのCy5−PEG−P(Asp.)溶液を調製した。PEG−P(Asp.−AP) 50mgも同様にPB 50mLに溶解し、1mg/mLのPEG−P(Asp.−AP)溶液を調製した。2種類の水溶液Cy5−PEG−P(Asp.)とPEG−P(Asp.−AP)それぞれ4mLと7.0mLを50mLのコニカルチューブに添加し、ボルテックスで2分間撹拌した(2000rpm)。その後、水溶性の縮合剤である1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)(10mg/mL)を含有するPB溶液5.6mLを加え、一晩静置しポリイオンコンプレクスのコアを架橋した。その後、分画分子量100,000の膜のついた限外濾過チューブを用いて、ミセル形成に関与していないポリマーおよびEDCの副生成物などを除去した。
【0112】
1−6.得られたCy5−PICミセルのキャラクタリゼーション
得られたCy5−PICミセルのサイズ(Z平均粒子径)および多分散指数(PDI)は、ゼータサイザー(Malvern)で測定した。サイズはブラウン運動により移動している粒子の拡散を測定し、その測定結果をストークス・アインシュタインの式を用いて粒子径と粒度分布に変換した。またミセルの形状は、透過型電子顕微鏡(TEM、JEM−1400)を用いて評価した。ここで、Z平均粒子径とは、粒子分散 物等の動的光散乱法の測定データを、キュムラント解析法を用いて解析したデータである。キュムラント解析においては、粒子径の平均値と多分散指数(PDI)が得られ、本発明においては、この平均粒子径をZ平均粒子径と定義する。厳密には、測定で得られたG1相関関数の対数に、多項式をフィットさせる作業を、キュムラント解析といい、下式:
LN(G1)=a+bt+ct
2+dt
3+et
4+・・・における定数bが、二次キュムラントまたは、Z平均拡散係数と呼ばれる。Z平均拡散係数の値を分散媒の粘度と幾つかの装置定数を用いて粒子径に換算した値がZ平均粒子径であり、分散安定性の指標として品質管理目的に適した値である。
【0113】
1−7.Glc(6)−Cy5−PICミセルの調製
Glc(6)−PEG−P(Asp.)20mgとCy5−PEG−P(Asp.)40mgを10mM リン酸緩衝液(PB、pH7.4、0mM NaCl)60mLに溶解し、1mg/mLのCy5−Glc(6)−PEG−P(Asp.)とPEG−P(Asp.)混合溶液を調製した。PEG−P(Asp.−AP)50mgも同様にPB 50mLに溶解し、1mg/mLのPEG−P(Asp.−AP)溶液を調製した。2種類の水溶液、すなわち、Cy5−PEG−P(Asp.)とPEG−P(Asp.)との混合液とPEG−P(Asp.−AP)溶液のそれぞれ4mLと7.0mLを50mLのコニカルチューブに添加して、ボルテックスにより2分間撹拌した(2000rpm)。その後、水溶性の縮合剤であるEDC(10mg/mL)を含有するPB溶液 5.6mLを加え、一晩静置しポリイオンコンプレクスのコアを架橋した。その後、分画分子量100,000の膜のついた限外濾過チューブを用いて、ミセル形成に関与していないポリマー、EDCの副生成物などを除去した。
【0114】
1−8.Glc(6)−Cy5−PICミセルのキャラクタリゼーション
得られたGlc(6)−Cy5−PICミセルのサイズ(Z平均粒子径)および多分散指数(PDI)は、ゼータサイザー(Malvern)で測定した。その結果、平均粒径40nmであり、粒径が均一なミセルを得たことが明らかとなった(
図2A)。また、ミセルの形状は、透過型電子顕微鏡(TEM、JEM−1400)を用いて、酢酸ウラニルで染色後に観察した(
図2B)。
【0115】
1−9.Glc(3)−Cy5−PICミセルの調製
Glc(3)−PEG−P(Asp.)20mgとCy5−PEG−P(Asp.)40mgをpH7.4 10mMリン酸緩衝液 (PB、0mM NaCl)60mLに溶解し、1mg/mLのCy5−Glc(3)−PEG−P(Asp.)とPEG−P(Asp.)混合溶液を調製した。PEG−P(Asp.−AP) 50mgも同様にPB 50mLに溶解し、1mg/mLのPEG−P(Asp.−AP)溶液を調製した。2種類の水溶液Cy5−PEG−P(Asp.)、PEG−P(Asp.)混合液とPEG−P(Asp.−AP)溶液のそれぞれ4mLと4.3mLを50mLのコニカルチューブに添加して、ボルテックスで2分間撹拌した(2000rpm)。その後、水溶性の縮合剤であるEDC(10mg/mL)を含有するPB溶液5.6mLを加え、一晩静置しポリイオンコンプレクスのコアを架橋した。その後、分画分子量100,000の膜のついた限外濾過チューブを用いて、ミセル形成に関与していないポリマー、EDCの副生成物などを除去した。得られたGlc(6)−Cy5−PICミセルのサイズ(Z平均粒子径)および多分散指数(PDI)は、ゼータサイザー(Malvern)で測定した。またミセルの形状は、透過型電子顕微鏡(TEM、JEM−1400)を用いて評価した。得られたミセルは、直径32nm(PDI=0.043)であった(データ非掲載)。
【0116】
実施例2.PICミセルの体内動態評価実験
実施例1で作製したミセルをマウスに静脈投与してその体内動態を調べた。ミセルを投与する際には、血糖操作の効果も加えて評価した。
【0117】
以下の実施例において、脳への蓄積は、全投与量に対する脳1g当りに蓄積する量(%)に基づいて評価した。
【0118】
上記の各ミセル溶液(すなわち、Glc(6)−Cy5−PICミセル、Glc(3)−Cy5−PICミセルまたはCy5−PICミセルの溶液(濃度1mg/mL))の容量200μLを24時間給餌しなかった絶食マウス(Balb/c ♀6週齢)と自由に給餌をしたマウスにそれぞれ200μLずつ静脈投与(i.v.)した。ここで示す1mg/mLとはそれぞれのポリアニオンに結合してあるCy5由来の蛍光をNanoDropで測定した結果求められた値である。なお、絶食したマウス群は、ミセル溶液投与6時間後に給餌を再開した。所定の時間経過を待った後、マウスに麻酔を施し開腹後、腹部大動脈から血液を採取し、更に脳、肝臓、脾臓、腎臓、心臓、肺および大腿筋を取り出した。採取した血液を4℃、15,000rpmにて5分間遠心して血漿を調製し、96穴プレート(Thermo Fisher,米国)に分注して、Tecan Infinite M1000 PROを用いた蛍光測定によって血漿の蛍光強度から血中のミセル濃度を定量した。このとき対照として、サンプルが投与されなかったマウスの血液を使用した。また、マウスの全血を2mL、うち血漿の量を55%と仮定し、薬物の体内動態を評価した。脳、肝臓、脾臓、腎臓、心臓、肺および大腿筋にそれぞれ溶解緩衝液とメタルコーンを加え、破砕して懸濁液とし、96穴プレート(Thermo Fisher、米国)にそれぞれ注入し、Tecan Infinite M1000 PROを用いた蛍光測定によってミセルの各臓器への蓄積効率(%)を定量した。
【0119】
その結果、グルコースの6位の炭素を介してその外表面が修飾されたミセル(Glc(6)−PICミセル)は、絶食させてからマウスに投与した場合には、給餌の再開と同時に脳へのミセルの蓄積量が顕著に増大し、脳1gに対して最大で全投与ミセル量の約3.8%が蓄積した(
図3A)。このとき、血中ミセル濃度は給餌の再開と同時に減少した(データ非掲載)。このような脳へのミセルの蓄積量の増大は、グルコースでその外表面が修飾されていないミセルでは、観察されなかった。従って、この結果から、脳へのGlc(6)−PICミセルの蓄積は、絶食によりマウスの血糖値を低下させることと、ミセル投与前後に該マウスの血糖値を上昇させることとが重要であることが明らかとなった。ただし、絶食させたマウスにおいてミセル投与後、給餌再開前であっても一部のミセルは脳に取り込まれている(
図3Aの黒い四角)。また、絶食させていないマウスにおいてもミセル投与後、一部のミセルは脳に取り込まれた(
図3Aの白抜き四角)。また、ミセルの各臓器への集積量を評価したところ、血糖操作により脳への蓄積量が選択的に増大した(
図3B)。従って、血糖操作による蓄積量の増大は、脳特異的であることが理解できる。なお、肝臓や腎臓は、血糖操作の有無によらず、それぞれ約8%および4%の蓄積を示した(データ非掲載)。また、グルコースの6位の炭素を介してその外表面が修飾されたミセル(Glc(6)−PICミセル)を調製する際に用いられるカチオン性高分子のすべてをGlc(6)−PEG−P(Asp.)とすると、グルコース導入率50%のミセルを得ることができ、半分をGlc(6)−PEG−P(Asp.)とすると、グルコース導入率25%のミセルを得ることができる。得られたミセルを上記方法で投与すると、グルコース導入率25%のミセルは3%を超える脳への蓄積を示したのに対して、グルコース導入率50%のミセルは約1.3%の脳への蓄積を示した。
【0120】
さらに、グルコースの3位の炭素を介してその外部表面が修飾されたミセル(Glc(3)−PICミセルとGlc(6)−PICミセル)の脳への蓄積量を比較した。具体的には、上記の方法でGlc(6)−Cy5−PICミセルとGlc(3)−Cy5−PICミセルを絶食マウスにi.v.投与し、6時間後に給餌を再開し、投与から8時間後(給餌再開から2時間後)に脳を摘出し、上記の方法でそれぞれのサンプルの脳への集積量を算出した。すると、Glc(3)−PICミセルよりも多くのGlc(6)−PICミセルが脳への蓄積を示した(
図4B)。
【0121】
さらに脳内へのミセルの蓄積部位を詳細に調べるため、In vivo共焦点顕微鏡観察を行なった。具体的には、まず、2.5%イソフルラン麻酔下で24時間絶食したマウス(Balb/c、♀、6週齢)の開頭を行なった。次に、麻酔を維持しながら、サンプルのi.v.投与用のカテーテルを微静脈にセットし、また、グルコース溶液の腹腔内投与(i.p.)用のカテーテルを腹腔内にセットし、共焦点顕微鏡(Nikon A1R)のステージにセットした。観察開始から5分後にGlc(6)−Cy5−PICミセル(1mg/mL、200μL)をカテーテルを通してi.v.投与した(グラフ
図5Bの0分は、サンプル投与のタイミングである)。次いで、サンプル投与から30分後に20v/v%グルコース溶液をカテーテルを通してi.p.投与した。蛍光は励起波長638nmのレーザーを用いて約3時間にわたり脳内におけるサンプルの挙動をリアルタイム観察した(蛍光波長662〜737nm)。すると、血管内にのみ観察された蛍光が、時間経過と共に脳実質(例えば、点線部)にしみ出すようすが観察された(
図5A)。上記の観察で得られた動画を基に、横軸を観察経過時間とし、縦軸を脳血管と重ならない5つの領域(
図5Aに示す脳実質の点線部)のROI(region of interest)における蛍光強度の平均をプロットした。すると、血糖値の上昇に追随してミセルの脳実質への取り込みが上昇した(
図5B)。なお、マウスの血糖値は、グルコース溶液をi.p.投与する直前、投与20分後、30分後、50分後または90分後に血液を5μLずつ微静脈より採取し、実験動物用血糖値測定器を用いて、血糖値を測定して求めた(
図5B)。ミセルの脳への取り込みは、血糖値の上昇後の血糖値の低下と共に起こったことから、ミセルの投与は血糖値上昇の後であってもよいと考えられる。
【0122】
次に、ミセルの投与を血糖値上昇の後に行っても、ミセルが脳実質に移行することを確認した。具体的には、まず、2.5%イソフルラン麻酔下で24時間絶食したマウス(Balb/c、♀、6週齢)の開頭を行なった。次に、麻酔を維持しながら、グルコース溶液の腹腔内投与(i.p.)用のカテーテルを腹腔内にセットし、共焦点顕微鏡(Nikon A1R)のステージにセットした。20v/v%グルコース溶液をカテーテルを通してi.p.投与し、次いで、グルコース投与から30分後にGlc(6)−Cy5−PICミセル(1mg/mL、200μL)をカテーテルを通してi.v.投与して、またはカテーテルを用いずにi.p.投与して観察を開始した(グラフ
図11Bの0分は、サンプル投与のタイミングを示す)。蛍光は励起波長638nmのレーザーを用いて約3時間にわたり
図11Aに示される4つの脳実質領域におけるサンプルの蓄積を蛍光強度を指標としてリアルタイム観察した(蛍光波長662〜737nm)。すると、
図11Bに示されるように、サンプルのi.v.投与直後から脳実質内へのサンプルの取り込みが観察され、時間経過に従って穏やかに取り込み量が増大し、3時間にわたり取り込みが持続した。グルコース投与とサンプル投与の前後関係を変えることにより、サンプルの脳実質への取り込み量の経時パターンが変化した。このことは、グルコース投与とサンプル投与の前後関係を変えることにより、血液脳関門を通過させるタイミングが制御可能であることを意味する。
【0123】
このことから、本発明の組成物は、血糖操作により血液脳関門を通過して効果的に脳実質に到達し得ることが明らかとなった。
【0124】
実施例3.PICsomeの作製と体内動態評価実験
直径約100nmの中空キャリアとしてPICsomeを作製し、体内動態評価により脳への標的化効果を検証した。
【0125】
3−1.ホモP(Asp.−AP)の合成
まず、ポリ(β−ベンジル−L−アスパルテート)(ホモPBLAポリマー)をBLA−NCAの重合により得た。具体的には、β−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物(BLA−NCA)20gをN,N’−ジメチルホルムアミド(DMF)33.3mL、ジクロロメタン300mLに溶解する。N−ブチルアミン89.0μLを上記BLA−NCA溶液に加える。混合溶液を35℃に保ちながら40時間重合した。赤外分光(IR)分析で重合反応が終了したことを確認したのち、反応混合物をヘキサン/酢酸エチル溶液(ヘキサン:酢酸エチル=6:4)1Lに滴下して沈澱したポリマーを吸引濾過により回収し、ジエチルエーテルで洗浄した後に真空乾燥してホモPBLAポリマー 14.82g(79%)を得た。
【0126】
次に、得られたホモPBLAポリマーからポリ((5−アミノペンチル)−アスパラギン酸)(ホモP(Asp.−AP))を合成した。具体的には、ベンゼン凍結乾燥をしたホモPBLA 1gをN−メチル−2−ピロリドン(NMP)10mLに溶解する。DAP 17.2mLをNMP 17.2mLに溶解し、ホモPBLA溶液に加える。混合溶液を5℃に保ちながら40分反応した。その後、反応液に20重量%の酢酸水溶液10mLを添加し、透析膜(分画分子量6,000−8,000)を用いて水中で透析した。膜内の溶液を凍結乾燥してP(Asp.−AP) 0.76g(82%)を得た。
【0127】
3−2.Glc(6)−Cy5−PICsomeの調製
実施例1で得たGlc(6)−PEG−P(Asp.)20mgとCy5−PEG−P(Asp.)40mgを10mM リン酸緩衝液(PB、pH7.4、0mM NaCl)60mLに溶解し、1mg/mLのGlc(6)−PEG−P(Asp.)とCy5−PEG−P(Asp.)との混合溶液を調製した。また、ホモP(Asp.−AP)50mgも同様にPB 50mLに溶解し、1mg/mLのホモP(Asp.−AP)溶液を調製した。次に、2種類の水溶液、すなわち、Glc(6)−PEG−P(Asp.)とCy5−PEG−P(Asp.)との混合液およびホモP(Asp.−AP)溶液のそれぞれ4.0mLおよび5.0mLを50mLのコニカルチューブ中で混合し、ボルテックスにより2分間撹拌した(2000rpm)。その後、水溶性の縮合剤であるEDC(10mg/mL)を含有するPB溶液5.6mLを加え、一晩静置してポリイオンコンプレクスのコアを架橋した。その後、分画分子量100,000の膜のついた限外濾過チューブを用いて、PICsome形成に関与していないポリマー、EDCの副生成物などを除去した。得られたGlc(6)−Cy5−PICsomeのサイズ(Z平均粒子径)および多分散指数(PDI)は、ゼータサイザー(Malvern)で測定した。またミセルの形状は、透過型電子顕微鏡(TEM、JEM−1400)を用いて、酢酸ウラニルで染色後に観察した。すると、直径100nm(PDI=0.086)のPICsomeを得たことが明らかとなった(データ非掲載)。
【0128】
3−3.体内動態評価
PICミセルの代わりに得られたPICsomeを投与する以外は実施例2と全く同じ方法で、PICsomeをマウスに投与し、脳へのPICsomeの蓄積を観察した。すると、グルコースでその外表面が修飾されたPICsomeのみが給餌後、急激に脳内に蓄積する様子が観察された(
図6)。グルコースでその外表面が修飾されたPICsomeの脳1g当りの蓄積量は約2%であった(
図6)。
【0129】
このことから、小胞は直径100nmでも問題無く血液脳関門を通過し得ることが明らかとなった。
【0130】
さらに、脳(大脳皮質)の深部における小胞の局在を2光子顕微鏡(高速共焦点レーザー顕微鏡用多光子励起レーザー Nikon A1RMP-IS-S33)を用いて観察した。得られた結果は
図13に示される通りであった。すなわち、脳表層におけるよりも、脳深部においてPICミセル由来の強い蛍光が観察された。
【0131】
脳の表層から0μm、60μm、200μm、300μm、500μmまたは600μmの位置における切片の蛍光像を観察した。すると、いずれの深さにおいてもPICミセルの脳実質への移行が確認されたが、特に200μm〜500μmにおいて大量の蛍光が脳実質に局在した(
図14)。
【0132】
さらに大脳皮質における継時的な蛍光強度変化を確認した。
図15に示されるように、1日後〜1週間後において、脳実質に大量の蛍光が局在した。
【0133】
これらのことから、グルコースで該表面を修飾したPICミセルは、本発明の血糖操作を伴って対象に投与されると、脳深部(例えば、60μm〜600μm)においても脳実質に蓄積させることが可能であることが明らかとなった。また、その蓄積は、投与1週間後でも持続した。脳は、表層から、分子層、外顆粒層、外錐体細胞層、内顆粒層、内錐体細胞層および多形細胞層が存在するが(例えば、
図13〜
図15参照)、これらのいずれの層においても脳実質にキャリアを送達することができた。これらの層の中では特に、外錐体細胞層および内顆粒層においてキャリアの送達が顕著に有効であった。
【0134】
実施例4:siRNAミセルの作製と体内動態評価
本実施例では、血中滞留時間が短く送達効率の低いsiRNAを用いて実施例2および3と同様に体内動態評価を行なった。より具体的には、本実施例では、グルコースをコンジュゲートしたPEG−ポリカチオンと蛍光標識siRNAからなるミセルを用いて、siRNAの脳への蓄積を評価した。
【0135】
4−1.Glc(6)−PEG−P(Asp.−TEP)−Cholの合成
まず、実施例1に記載の方法により得たBIG−PEG−PBLAからBIG−PEG−PBLA−Cholを合成した。具体的には、BIG−PEG−PBLA 120mgをNMP 10mLに溶解し、PBLAの末端のアミノ基に対し10等量の4−コレステリルアミノ−4−ブタン酸および触媒量のジメチルアミノピリジンを添加し、その後、室温にて6時間撹拌した。反応溶液をジエチルエーテル/2−プロパノール(9:1)溶液に滴下し、目的物を沈殿させた。沈殿物をろ過後減圧乾燥させてBIG−PEG−PBLA−Cholを130mg得た(収率95%)。
【0136】
次に、得られた(BIG)−PEG−PBLA−CholからBIG−PEG−P(Asp−TEP)−Cholを合成した。具体的には、BIG−PEG−PBLA−Chol 100mgをNMP 5mLに溶解し、NMPで希釈したテトラエチレンペンタアミン(TEP)溶液に対しポリマー溶液を滴下し、その後20℃にて1時間反応した。反応溶液を氷冷した1N 塩酸に対して滴下し、分画分子量12,000−14,000の透析膜を用いて、4℃で透析した。透析外液としては、0.01N塩酸を用い、その後、透析外液として純水を用いて透析したのち、得られた溶液を凍結乾燥して、56mgのBIG−PEG−P(Asp−TEP)−Cholを回収した(収率73%)。
【0137】
最後に、BIG−PEG−P(Asp−TEP)−CholからGlc(6)−PEG−P(Asp−TEP)−Cholを得た。具体的には、BIG−PEG−P(Asp−TEP)−Chol 56mgをトリフルオロ酢酸/純水(8:2)溶液 8mLに溶解し、1時間反応させた。透析膜(分画分子量1,000)を用いて透析外液として0.01N NaOHを用いて透析し、次いで純水で透析した。得られた溶液を凍結乾燥して67mgのGlc(6)−PEG−P(Asp−TEP)−Chol(収率82%)を得た。
【0138】
4−2.Glc(6)−siRNAミセルの調製
Glc(6)−siRNAミセルは、
図7Aのスキームに従って調製した。具体的には、10mM HEPES緩衝液中に溶解させたGlc(6)−PEG−P(Asp.−TEP)−Chol(2mg/mL) 262.5μLをHEPES緩衝液437.5μLで希釈した。北海道システム・サイエンス社製のスクランブルsiRNAであるCy5−siRNA−chol(75μM) 279μLをHEPES緩衝液1121μLで希釈した。得られた2液を混合して10回ピペッティングし、Glc(6)−siRNAミセルを得た。In vivo実験直前に2.1mLのミセル溶液に65μLの5M NaCl溶液を加え、ピペッティングすることで等張液にしてから投与に用いた。得られたGlc(6)−Cy5−siRNAミセルのサイズ(Z平均粒子径)および多分散指数(PDI)は、ゼータサイザー(Malvern)で測定した。またミセルの形状は、透過型電子顕微鏡(TEM、JEM−1400)を用いて、酢酸ウラニルで染色後に観察した。結果、直径80nm(PDI=0.104)のsiRNAミセルが得られたことが明らかとなった。
【0139】
4−3.体内動態評価
得られたGlc(6)−Cy5−siRNAミセル 200μL/2時間を静脈投与により30分または2時間にわたりシリンジポンプ(Harvard社)を用いて精密持続静注し、投与開始5分後に20%グルコース溶液を腹腔内投与した。siRNAミセルの投与終了から1時間後に脳を摘出し、マルチビーズショッカーで粉砕後に、IVISイメージングシステム(Xenogen社)をもちいてそれぞれの輝度を評価した。すると、静脈投与の時間が長くなると、脳の輝度が上昇し、2時間の静脈投与による脳への蓄積は、30分の静脈投与による脳への蓄積よりも多かった(
図7B)。また、脳への蓄積量を算出すると、siRNAミセルでは、2時間の静脈投与において、その投与量の1.3%を脳(1g当り)に送達することができていることが明らかとなった。さらに、投与終了から6時間後に脳を摘出し、共焦点顕微鏡(LSM510)で観察を行い、脳実質における蛍光強度を測定した。すると、siRNAミセルは、脳細胞内に蓄積していることが明らかとなった(
図8)。
【0140】
実施例4の結果から、血中滞留時間が短く、送達効率の低いsiRNAのような物質であっても、本発明の方法により極めて効果的に脳に送達できることが明らかとなった。本発明の血糖操作によれば急速静注によってもsiRNAミセルを脳実質に送達することは可能であるが、本実施例では、持続静注により、siRNAミセルの脳実質への送達量を大幅に改善できることが明らかとなった。
【0141】
実施例5:グルコース修飾したブロック共重合体の体内動態評価
本実施例では、Glc(6)−PEG−ポリアスパラギン酸をミセルを形成させずにマウスに投与してその体内動態を評価した。
【0142】
Glc(6)−PEG−ポリアスパラギン酸としては、実施例1で合成したGlc(6)−PEG−ポリアスパラギン酸を用いた。対照としては、PEG−ポリアスパラギン酸を用いた。
【0143】
Balb/cマウス(♀、6週齢、n=3)に対して、それぞれ3mg/mLのGlc(6)−PEG−ポリアスパラギン酸および対照を200μLずつ静脈内投与した。投与は、2時間かけて一定速度で行なった。投与開始5分後に20%グルコース溶液を腹腔内投与した。Glc(6)−PEG−ポリアスパラギン酸および対照の投与が終了して1時間後にグルコース修飾したブロック共重合体の体内動態を分析した。
【0144】
結果は
図9に示す通りであった。
図9に示されるように、グルコースをコンジュゲートしていないPEG−ポリアスパラギン酸は、脳への蓄積を示さなかったのに対して、グルコースをコンジュゲートしたGlc(6)−PEG−ポリアスパラギン酸は、脳1g当り全投与量の0.4%の脳の蓄積を示した。このように、上記ポリマーは1分子のグルコースで修飾されれば、脳への送達に十分であった。とりわけ血液脳関門を突破しやすいと言われるドネペジル塩酸塩ですら、全投与量に対して脳1g当り0.13%しか蓄積しない(Drug Metabolism and Disposition, 1999, 27 (12):1406-1414)。
【0145】
実施例6:グルコースコンジュゲート抗体の調製と体内動態評価
本実施例では、抗体にグルコースをコンジュゲートさせ、体内動態を評価した。すると、抗体も血糖操作により脳への蓄積を示した。
【0146】
抗体としては、市販のマウスIgG、アイソタイプコントロール(Southern Biotechnology Associates Inc.)を用いた。抗体とグルコースとのコンジュゲートは以下のように作製した。
【0147】
6−1.DyLight488蛍光標識化グルコース導入ポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体の合成
【0148】
まず、THP−PEG−OHを合成した。具体的には、2−(2−ヒドロキシエトキシ)テトラヒドロピラン(THP)0.104mLをテトラヒドロフラン(THF)100mLに溶解した。0.3Mのナフタレンカリウムを含んだTHF溶液2.8mLをTHP溶液に滴下し、エチレンオキシド(EO)8.9mLをアルゴン雰囲気下で添加し40℃で1日間反応させた。その後、反応液をジエチルエーテルで再沈殿させ、片末端テトラヒドロピラニル基片末端3−ヒドロキシプロピル基のポリエチレングリコール(THP−PEG−OH)(分子量12,000) 8.56g(収率95%)を得た。
【0149】
次に、得られたTHP−PEG−OHのOH基をメシル化した。具体的には、メタンスルホン酸クロライド(MsCl) 19.7μLをTHF 20mLに溶解した。また、THP−PEG−OH(分子量12,000) 1.4gをテトラヒドロフラン(THF) 10mLに溶解し、そこにトリエチルアミン89μLを加えた。水浴で冷却したMsCl溶液に対して、THP−PEG−OH溶液を滴下し、3時間30分撹拌した。反応混合物をジエチルエーテル200mLに滴下して沈殿したポリマーを吸引濾過により回収し、ジエチルエーテルで洗浄した後に真空乾燥することで、片末端3−メタンスルホニル基片末端テトラヒドロピラニル基のポリエチレングリコール(MsO−PEG−THP)(収率100%)1.50gを得た。
【0150】
次に、得られたMsO−PEG−THPからN
3−PEG−THPを合成した。具体的には、MsO−PEG−THP(分子量12,000) 15gをN,N’−ジメチルホルムアミド(DMF) 100mLに溶解した。反応溶液を室温で撹拌しながら、アジ化ナトリウム 1.63gを加えた。混合溶液を45℃に保ちながら、71時間撹拌した。混合溶液を室温に戻した後、純水200mLを加えた。混合溶液に対して、分液ロートを用いて、塩化メチレン200mLで6回抽出を行い、得られた有機層をロータリーエバポレーターにより150mLまで濃縮した。濃縮液をエタノール2Lに滴下して沈殿したポリマーを吸引濾過により回収した後に真空乾燥して片末端アジド基片末端テトラヒドロピラニル基のポリエチレングリコール(N
3−PEG−THP) 14.3g(収率95%)を得た。
【0151】
次に、N
3−PEG−THPを脱保護してN
3−PEG−THPを得た。具体的には、N
3−PEG−THP(分子量12,000)14.1gを メタノール200mLに溶解した。室温下、混合溶液中に1N HCl水溶液を24mL加えた。反応温度を25 ℃に保ちながら、4時間撹拌した。反応混合物をジエチルエーテル2.5Lに滴下して沈殿したポリマーを吸引濾過により回収し、ジエチルエーテルで洗浄した後に真空乾燥することで、片末端アジド基片末端3−ヒドロキシプロピル基のポリエチレングリコール(N
3−PEG−OH) 13.7g(収率96%)を得た。
【0152】
次に、N
3−PEG−OHをアミノ化してN
3−PEG−NH
2を得た。具体的には、N
3−PEG−OH(分子量12,000) 1.02gをテトラヒドロフラン(THF) 30mLに溶解し、そこにトリエチルアミン47.4μLを加えた。メタンスルホン酸クロライド19.7μLをTHF 20mLに溶解し、N
3−PEG−OH溶液を室温の水浴で冷却しながら、N
3−PEG−OH溶液に加えた。混合溶液を室温で6時間撹拌した。沈殿した塩を濾過により取り除き、反応混合物をジエチルエーテル950mLと2−プロパノール50mLの混合溶液に滴下して沈殿したポリマーを吸引濾過により回収し、ジエチルエーテルで洗浄した後に真空乾燥した。得られた粉末を28%アンモニア水溶液8mLに溶解し、室温で3日間反応させた。透析膜(分画分子量6000−8000)を用いて、純水で透析した。その後、sephadex C−25 (GE healthcare)でアミノ化が進まなかったフラクションを除去し、凍結乾燥を行い、片末端アジド基片末端3−アミノプロピル基のポリエチレングリコール(N
3−PEG−NH
2)620mg(収率61%)を回収した。
【0153】
次に、N
3−PEG−NH
2からN
3−PEG−PBLAを合成した。具体的には、ベンゼン凍結乾燥後のN
3−PEG−NH
2(分子量12,000)150mgを5.4mLのジクロロメタンに溶解した。β−ベンジル−L−アスパルテート−N−カルボン酸無水物218mgをDMF 0.6mLに溶解し、その溶液をN
3−PEG−NH
2溶液に加え、アルゴン存在下、35℃で2日間重合した。IR分析で重合反応が終了したことを確認したのち、反応混合物をジエチルエーテル150mLに滴下して沈殿したポリマーを吸引濾過により回収し、真空乾燥して片末端アジド基のポリエチレングリコール−ポリ(β−ベンジル−L−アスパルテート)ブロック共重合体(N
3−PEG−PBLA)(分子量12,000)250mg(収率91%)を得た。
【0154】
次に、N
3−PEG−PBLAからN
3−PEG−P(Asp)を得た。具体的には、N
3−PEG−PBLA 250mgをアセトニトリル4mLに溶解し、そこに0.5N水酸化ナトリウム水溶液を5.5mL加え、室温で1時間撹拌した。反応液を、透析膜(分画分子量6000−8000)を用いて、水中で透析した。膜内の溶液を凍結乾燥して、片末端アジド基のポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体(N
3−PEG−P(Asp))(分子量12,000)189mg(収率89%)を得た。
【0155】
次に、6−アミノ−6−デオキシ−1,2:3,5−ジ−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノース(P−アミノグルコース)を合成した。P−アミノグルコースは、Carbohydr. Res. 19, 197-210 (1971)の記載に基づいて合成した。
【0156】
保護グルコースを導入したポリエチレンクリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体を合成した。具体的には、6−アミノ−6−デオキシ−1,2:3,5−ジ−O−イソプロピリデン−α−D−グルコフラノース(P−アミノグルコース)137mgをN,N’−ジメチルホルムアミド(DMF)4mLに溶解した。片末端がアジド基のポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体(N
3−PEG−P(Asp))(分子量12,000)40mgをDMF 4mLおよび水1mLの混合溶媒に溶解し、その溶液を上記P−アミノグルコース溶液に加えた。その後、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩203mgをさらに加えた。得られた混合溶液を室温下で13時間撹拌した。その後、混合溶液を透析膜(分画分子量6,000−8,000)を用いて、DMSO中で透析し、次いで水中で透析した。膜内の溶液を凍結乾燥して、保護グルコースを導入したポリエチレンクリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体49mg(収率96%)を得た。
【0157】
次に、グルコースの保護基を脱保護して、グルコース導入ポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体を得た。具体的には、保護グルコース導入ポリエチレンクリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体49mgに対して、トリフルオロ酢酸および水をそれぞれ18mLおよび2mL混合した溶液を加え、室温で20分撹拌した。その後、透析膜(分画分子量6,000−8,000)を用いて、4℃に保ちながら水中で透析した。膜内の溶液を凍結乾燥して、グルコース導入ポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体40mg(収率87%)を得た。
【0158】
さらに、蛍光色素としてDyLight488で得られた共重合体を標識した。具体的には、グルコース導入ポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体40mgをジメチルスルホキシド(DMSO)10mLに溶解した。また、DyLight488 N−スクシンイミドエステルをDMSO 5mLに溶解し、その溶液をグルコース導入ポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体溶液に加えた。混合溶液を室温下48時間撹拌した。次に、混合溶液を透析膜(分画分子量6,000−8,000)を用いて、水中で透析した。膜内の溶液を凍結乾燥し、黄色の固体が得られた。得られた固体をPD−10カラム(GE Healthcare社)により、精製した。溶出液を透析膜(分画分子量6,000−8,000)を用いて、水中で透析した。膜内の溶液を凍結乾燥して、DyLight488蛍光標識化グルコース導入ポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体33mgを得た。
【0159】
6−2.グルコース導入抗体の調製
次に、得られたDyLight488蛍光標識化グルコース導入ポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体と抗体とをコンジュゲートさせてグルコース導入抗体を得た。具体的には以下の通りである。
【0160】
まず、IgG抗体をCy5標識した。具体的には、市販のマウスIgG、アイソタイプコントロール(Southern Biotechnology Associates Inc.)(5mg/mL)溶液の5mLをVIVASPIN(分画分子量10,000)の上部パーツに入れた。ここで、0.1Mリン酸バッファー(pH8.4)を加えた後に、4℃、2000rpmで遠心する操作を繰り返して、溶媒を0.1Mリン酸バッファー(pH8.4)に置換して、その後、溶液量が2.5mLとなるまで濃縮した。次に、Cy5 N−スクシンイミドエステル(Cy5−NHS エステル)(1mgタンパク質ラベル用)(GE Health care社)にN,N−ジメチルホルムアミド300μLを加え、ピペッティングを行い、そのうち250μLをIgG溶液に加えた。その後、混合溶液を室温で4時間穏やかに震盪した。そして、VIVASPIN(分画分子量10,000)を用いて、4℃、2000rpmで限外濾過を繰り返し、IgG溶液の精製を行うと共に、溶媒をD−PBS(−)へと置換し、Cy5標識化されたIgG(Cy5−IgG)(0.9mg/mL)溶液5mLを得た。
【0161】
次に、抗体と6−1で得た共重合体とのコンジュゲートを得るため、抗体にジベンジルシクロオクチン(DBCO)を導入した。具体的には、Cy5−IgG 0.9mg/mL溶液2mLをVIVASPIN(分画分子量10,000)の上部パーツに入れた。上部パーツに0.1Mリン酸バッファー(pH8.4)を加えた後に、4℃、2000rpmで限外濾過を繰り返し、溶媒を0.1Mリン酸バッファー(pH8.4)に置換して、その後、溶液量が2mLとなるまで濃縮した。次に、IgG溶液にジベンジルシクロオクチン−N−スクシンイミドエステル(DBCO−NHSエステル)の0.41mg/mL DMF溶液を200μL加えた。混合溶液を室温下4時間穏やかに震盪させた。反応終了後、反応液をVIVASPIN(分画分子量10,000)の上部ユニットに入れ、D−PBS(−)を加えた後に、4℃、2000rpmで限外濾過を繰り返し、IgG溶液の精製を行うと共に、溶媒をD−PBS(−)へと置換し、4mLのDBCOが導入されたCy5標識−IgG(Cy5標識DBCO−IgG)溶液を得た。
【0162】
さらに、DBCOと6−1で得た共重合体のアジド基を反応させて、抗体と共重合体とのコンジュゲートを得た。具体的には、まず、グルコース導入DyLight488蛍光標識化ポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体3.5mgをD−PBS(−)800μLに溶解した。得られた溶液をCy5標識DBCO−IgG溶液2mLに加えた。混合溶液を−30℃で36時間静置し、その後、4℃で4時間静置して、ゆっくりと融解させた。得られた反応液をVIVASPIN(分画分子量50,000)の上部パーツに入れた。上部パーツにD−PBS(−)を加え、4℃、2000rpmで限外濾過を繰り返して、IgG溶液の精製を行い、DyLight488蛍光標識化ポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体が抗体1分子に対して平均2分子結合したCy5標識IgG(Glc−polymer conjugated IgG)溶液(0.11mg/mL)3mLを得た。
【0163】
6−3.抗体の体内動態評価
6週齢のBalb/C♀マウス8匹の給餌を24時間止めた。8匹のマウスをA群、B群およびコントロール群(それぞれ3匹、3匹および2匹)に分けた。A群のマウスにはGlc−polymer conjugated IgGを、B群のマウスにはCy5−IgGをそれぞれ750nMで200μLずつ静脈内注射し、その5分後に20%グルコース溶液200μLを腹腔内投与した。なお、各抗体のCy5に由来する蛍光強度は同等であった。A群およびB群のマウス3匹ずつを抗体投与から57分後にジエチルエーテル麻酔にかけ、その3分後に採血と臓器摘出(脳、肝臓、腎臓、肺、心臓、脾臓および大腿筋)を行った。コントロール群2匹も別途、採血と臓器摘出を行った。採血により得られた血液は、それぞれ4℃、15,000rpmで遠心をし、上清を回収した。8匹のマウスの摘出した臓器はまず全体の重量の測定を行った後、脳は半分、肝臓はおよそ200mgを切りとり、また、腎臓は片側を取得して、重量の測定を行い、マルチビーズショッカー用のチューブに臓器を金属のコーンとともに入れた。また、コントロール群のうちの1匹を除いた7匹の脳および肝臓のサンプルには1×Passive Lysis Bufferを600μL、脾臓、心臓および大腿筋のサンプルには300μL、腎臓および肺のサンプルには400μLずつ加えた。一方、コントロール群のうちの残った1匹のマウス(100%コントロール)の臓器のサンプルには、静脈内注射したサンプル全てが該当する臓器に集積したと仮定した時のサンプル量を計算し、その量のCy5−IgG溶液を臓器のサンプルに加え、さらに加える溶液量の合計が他の7匹のマウスと同じになるように1×Passive Lysis Bufferを加えた。全ての臓器サンプルをマルチビーズショッカーにより、2000rpmで30秒動作を5回繰り返し、臓器をホモシナイズした。臓器のチューブからコーンを除いた後、それぞれのサンプルを100μLずつマルチプレートの各ウェルに入れ、マルチプレートリーダーで励起波長643nm、蛍光波長667nmとして蛍光強度の測定を行った。コントロール群のうちCy5−IgG溶液を加えていない方をブランクとし、加えた方を100%として各臓器の抗体の集積率を計算し、血液以外は、得られた集積率を臓器の重量(g)で除した値を算出した。
【0164】
すると、グルコースをコンジュゲートさせた抗体は、血液脳関門を突破し、脳実質に到達した。脳実質への抗体の到達量は、対照(Cy5−IgG)の2倍であった(
図10)。
【0165】
上記実施例1〜6によれば、外表面をグルコースで修飾したPICミセル(実施例2)、PICsome(実施例3)、siRNAミセル(実施例4)、グルコースコンジュゲート高分子(実施例5)およびグルコースコンジュゲート抗体(実施例6)は、血糖操作を伴ってマウスに投与すると、血液脳関門を通過し、顕著に脳に蓄積した。血液脳関門の物質透過性は限定的であり、多くの薬剤は血液脳関門を通過することができず、その本来の効果を示すことができない。本発明によれば、薬剤をグルコースで修飾し、または薬剤を内包する小胞をグルコースで修飾して、血糖操作を伴って投与すると、ミセルやPICsomeのような巨大な小胞であっても血液脳関門を通過させることができた。この成果は、従来血液脳関門を通過しなかった分子を脳に送達する画期的な手法を提供するものであり、様々な既存のまたは今後生み出される脳疾患薬および脳画像診断薬に適用可能であり、脳疾患治療または脳画像診断における新たな途を切り拓くものである。
【0166】
実施例7.血管内皮細胞への送達
上記実施例2によれば、グルコース導入率25%のミセルは3%を超える脳への蓄積を示したのに対して、グルコース導入率50%のミセルは約1.3%の脳への蓄積を示した。このことは、グルコースの導入率が増加することにより、脳血管内皮細胞に取り込まれたミセルと脳血管内皮細胞との解離が低下することを意味すると考えられた。そこで、本実施例では、グルコース導入率と脳血管内皮細胞へのミセルの蓄積との関係を確認した。
【0167】
まず、実施例1−7および実施例2に記載の通り、Glc(6)−PEG−P(Asp.)とPEG−P(Asp.)との混合量を調節して、グルコース導入率10%のミセル、グルコース導入率25%のミセルまたはグルコース導入率50%のミセルを調製した。
【0168】
得られたミセルをそれぞれマウスにi.v.投与して2日後に、常法により脳の組織切片(厚み:14μm)を作成し、免疫蛍光染色により脳血管内皮細胞を染色し、ミセルの蛍光との局在を観察した。脳血管内皮細胞は、一次抗体として抗PECAM−1抗体(Santa Cruz社製、製品番号:SC18916, Rat monoclonal)を用い、二次抗体としてAlexa488コンジュゲート−ヤギ抗ラットIgG(H+L)抗体(インビトロジェン社製、製品番号:A11006)を用いて検出した。また、ミセルはCy5の蛍光により検出した。
【0169】
すると、
図12Aに示されるように、グルコース導入率50%のミセルを投与したマウスの脳では、脳血管内皮細胞とミセルとの共局在が特に頻繁に観察された(
図12A内の矢じり)。また、
図12Bに示されるように、グルコース導入率10%、25%および50%のいずれでも脳血管内皮細胞へのミセルの共局在が観察されたが、グルコース導入率50%のときに脳血管内皮細胞への局在頻度が顕著に増加した。
【0170】
実施例1〜6により、表面をグルコースで覆ったミセルなどの小胞や、グルコースをコンジュゲートした抗体などの化合物は、脳血管内皮細胞を通過して脳実質内に極めて効率良く送達できることが示されたが、一方で、脳血管内皮細胞内にも一部の小胞や化合物が蓄積する可能性が示唆されていた。特に、表面をグルコースで覆ったミセルについては、グルコースの導入率が高まるほど、脳血管内皮細胞から脳実質に脱出するミセルの量が低下することから、ミセルはその一部が脳血管内皮細胞にも蓄積できることが示されていた。実施例7でこの事実をさらにしたところ、確かに、ミセルが脳血管内皮細胞にも蓄積することが示された。また、グルコース導入率が50%のときに顕著に脳血管内皮細胞にミセルが蓄積することが示された。