(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、本発明の実施形態に関わる位相変調高周波発振器アレイの、本発明者らが推測する作用機構について説明する。
特開2006−295908号公報において報告されているように、磁気抵抗素子(以下、「MR素子」という)は、高周波発振素子として機能することが知られている。半導体プロセスを応用した微細加工により、小型の高周波発振素子(例えば、直径30nm〜300nm程度、高さ30nm〜100nm程度)として機能するMR素子を製造することができる。MR素子は、磁化自由層(以下、単に「自由層」という)、非磁性層、及び磁化固定層(以下、単に「固定層」という)を備えている。自由層から固定層に向けて又は固定層から自由層に向けて直流電流を流すと、自由層の電子スピンが、直流電流のスピントルクにより励起され、自由層と固定層との間の磁化の相対角度が時間経過とともに振動する。この振動は、トンネル磁気抵抗効果又は巨大磁気抵抗効果を通じて高周波の電気信号に変換され、その結果、MR素子から高周波信号が発振される。MR素子から発振される高周波信号の同期前発振周波数f
MRは、MR素子の共鳴条件(例えば、MR素子に印加される直流電流(又は直流電圧)、磁界、或いは温度など)に依存するため、MR素子の共鳴条件を変化させることにより、同期前発振周波数f
MRを変化させることができる。
【0008】
一方、MR素子から発振される高周波信号は、ピーク幅が広く、同期前発振周波数f
MRが不安定であるという問題がある。この問題を解決するため、注入同期と呼ばれる手法が知られている。注入同期とは、基準信号源からMR素子に注入(供給)される基準信号の周波数f
REFと、MR素子の同期前発振周波数f
MRとの差分が、ある一定のバンド幅W(以下、「同期可能なバンド幅」という)よりも小さいとき、即ち、式(1)の関係が満たされるときに、MR素子の同期前発振周波数f
MRが基準信号の周波数f
REFに一致する現象である。
(|f
REF−f
MR|<W)…(1)
【0009】
注入同期では、MR素子の同期前発振周波数f
MRが、基準信号の周波数f
REFに一致するだけでなく、基準信号の周波数f
REFに正確に追従して同期する。このため、注入同期を利用することにより、MR素子から発振される高周波信号のピーク幅を狭くし、同期前発振周波数f
MRを安定させることができる。また、注入同期を利用すれば、MR素子の同期前発振周波数f
MRを安定させることができるだけでなく、上述の課題である位相差Δを任意に制御することも可能である。基準信号の周波数f
REFとMR素子の同期前の発振周波数f
MRとの間の位相差Δφは、(2)式の関係を満たす。
Δφ=arcsin{(f
MR−f
REF)/W}…(2)
【0010】
ここで、arcsinは、逆正弦関数である。注入同期により、MR素子の同期前発振周波数f
MRが、基準信号の周波数f
REFに一致すると、f
MRはf
REFに一致したまま固定される。ここで、注入同期後のMR素子の発振周波数が共鳴条件(例えば、MR素子に印加される直流電流(又は直流電圧)、磁界、或いは温度など)の変化により変化するもの仮定したときに想定されるMR素子の発振周波数f
MRを(2)式に代入すると、注入同期後のMR素子から発振される高周波信号と基準信号との間の位相差Δφを(2)式から求めることができる。即ち、(2)式のf
MRは、本来的には、MR素子の同期前の発振周波数を意味するものであるが、注入同期後のMR素子の発振周波数が共鳴条件の変化により変化するもの仮定したときに想定されるMR素子の発振周波数をも意味するものと解釈しても差し支えない。このような理由により、注入同期後のMR素子の共鳴条件を変化させることにより、注入同期後のMR素子の発振周波数を基準信号の周波数f
REFに一致させたまま、注入同期後のMR素子から発振される高周波信号と基準信号との間の位相差Δφを任意に変化させることができる。
【0011】
次に、1つの基準信号を用いて二つのMR素子を同期させることを考える。説明の便宜上、二つのMR素子のうち一方を第1のMR素子と呼び、他方を第2のMR素子と呼ぶ。基準信号の周波数f
REFに対して、第1のMR素子の同期前発振周波数f
MR1と、第2のMR素子の同期前発振周波数f
MR2とが異なるとき、二つのMR素子のそれぞれから発振される高周波信号の位相差Δφ
MRは、(3)式〜(5)式の関係を満たす。
Δφ
MR=Δφ
MR1−Δφ
MR2…(3)
Δφ
MR1=arcsin{(f
MR1−f
REF)/W
MR1}…(4)
Δφ
MR2=arcsin{(f
MR2−f
REF)/W
MR2}…(5)
【0012】
ここで、W
MR1及びW
MR2は、それぞれ、第1のMR素子及び第2のMR素子が同期可能なバンド幅である。注入同期により、二つのMR素子を同期させたまま、例えば、第1のMR素子に印加される直流電圧を固定し、第2のMR素子に印加される直流電圧を変化させることにより、f
MR1=f
MR2=f
REFとしたまま、二つのMR素子のそれぞれから発振される高周波信号の位相差Δφ
MRを任意に変化させることができる。
【0013】
なお、MR素子から発振される高周波信号は、信号経路を伝搬する過程で位相がずれるため、(3)式〜(5)式は、信号経路を通じて二つのMR素子のそれぞれから発振される高周波信号の位相差と必ずしも同一ではない点に留意されたい。
【0014】
注入同期が生じるための条件について本発明者が鋭意検討したところ、同期後のMR素子の発振周波数をfとしたときに、基準信号の周波数f
REFがfに等しく、且つ、MR素子の発振周波数f
MRがfに等しい場合にのみ注入同期が生じるのではなく、基準信号の周波数f
REFがfのn倍又は1/n倍と等しいか、又はfのn倍又は1/n倍とほぼ等しいときに生じることが判明した。ここで、nは、2以上の整数である。「ほぼ等しい」とは、f
REFとfのn倍又は1/n倍との差がfの40%以内、好ましくは、30%以内であれば、同期可能であることを意味する。このような理由から、本明細書では、fのn倍又は1/n倍と「ほぼ等しい周波数」を「同期可能な周波数」という。
【0015】
本発明者はこのような技術的知見に着目し、同期後の複数のMR素子の発振周波数をfとしたときに、fのn倍又は1/n倍の周波数を有する基準信号を用いて複数のMR素子を注入同期させる位相変調高周波発振器アレイを着想した。注入同期により、複数のMR素子の発振周波数は、fに一致する。注入同期された複数のMR素子のうち任意に選択される少なくとも二つのMR素子の共鳴条件を変えることにより、複数のMR素子のそれぞれから発振される高周波信号の発振周波数をfに一致させたまま、選択された少なくとも二つのMR素子から出力される高周波信号間の位相差を任意に制御することができる。このようにして、高周波信号間の位相差を制御することにより、位相変調が可能となる。位相変調高周波発振器アレイは、例えば、フェーズドアレイレーダとして応用可能である。MR素子の共鳴条件を変えるための機構として、例えば、MR素子に印加される直流電圧であるバイアス電圧を変えるバイアス電圧印加機構や、MR素子に印加される磁界強度を変える磁界印加機構などが好適である。複数のMR素子のそれぞれに印加されるバイアス電圧又は磁界強度を変えることにより、複数のMR素子のそれぞれから発振される高周波信号の発振周波数をfに一致させたまま、高周波信号間の位相差を任意に制御することができる。
【0016】
上述の如く構成された位相変調高周波発振器アレイでは、複数のMR素子のそれぞれから発振される高周波信号を伝達する信号経路に基準信号が混入する。仮に、同期後の複数のMR素子の発振周波数fと、基準信号の周波数f
REFとが等しい場合、MR素子からの位相変調された高周波信号と基準信号とを区別して位相変調高周波発振器アレイから出力することが困難になる。基準信号の周波数f
REFが同期後の複数のMR素子の発振周波数fのn倍又は1/n倍である場合には、基準信号を選択的に除去する除去手段を用いることにより、MR素子からの位相変調された高周波信号を位相変調高周波発振器アレイから出力することができる。このような除去手段として、例えば、基準信号の周波数f
REFを減衰域(又は阻止域)とし、且つMR素子の発振周波数fを通過域とする周波数特性を有するフィルタなどを用いることができる。基準信号の周波数f
REFが同期後の複数のMR素子の発振周波数fのn倍である場合には、除去手段として、ローパスフィルタを用いることができる。基準信号の周波数f
REFが同期後の複数のMR素子の発振周波数fの1/n倍である場合には、除去手段として、ハイパスフィルタを用いることができる。除去手段は、上述のフィルタに限られるものではなく、例えば、基準信号の周波数f
REFを減衰域(又は阻止域)とする周波数特性を有し、且つMR素子から発振される高周波信号を電波として出力するアンテナでもよい。
【0017】
なお、本発明者の実験により、注入同期は、基準信号の周波数f
REFが、同期後のMR素子の発振周波数fの2/3倍である場合など、fのn倍又は1/n倍の周波数以外の周波数でも生じることが確認されている。しかし、fの1/2倍に比べてfの2/3倍などの半端な周波数は、同期幅が狭いため、注入同期に要するエネルギーが高い。そのため、基準信号源からの多くの電力をMR素子に注入しなければならず、実用性に乏しい。
【0018】
次に、
図1から
図7を参照しながら、本発明の実施形態に関わる位相変調高周波発振器アレイの構成について説明する。ここで、同一符号は同一の素子を示すものとし、重複する説明は省略する。
図1は、本発明の実施形態に関わる位相変調高周波発振器アレイ10の概略構成を示すブロック図である。位相変調高周波発振器アレイ10は、基準信号源20と、N個の高周波発振器30−1,30−2,…,30−Nと、N個の除去手段40−1,40−2,…,40−Nとを備えている。ここで、Nは2以上の整数である。N個の高周波発振器30−1,30−2,…,30−Nのそれぞれは、MR素子31と、バイアス電圧印加機構32とを備えている。位相変調高周波発振器アレイ10は、発振周波数fで同期するように構成されており、基準信号源20は、発振周波数fのn倍又は1/n倍の周波数を有する基準信号を出力する。nは2以上の整数であり、例えば、2〜12の整数が好ましい。基準信号源20として、例えば、電圧制御発振器やフェーズロックドループ発振器などを用いることができる。発振周波数fを有する信号を出力する原始信号源と、その原子信号源から出力される信号の発振周波数fをn倍又は1/n倍に逓倍する逓倍器との組み合わせから基準信号源20を構成してもよい。
【0019】
基準信号源20は、N個の高周波発振器30−1,30−2,…,30−Nのそれぞれに基準信号を供給する。高周波発振器30−1,30−2,…,30−Nのそれぞれは、基準信号源20から供給される基準信号をMR素子31に注入することにより、N個の高周波発振器30−1,30−2,…,30−NのそれぞれのMR素子31から発振される高周波信号の発振周波数をfに一致させる。本実施形態では、一つの基準信号源20をN個の高周波発振器30−1,30−2,…,30−Nで共用しているが、N個の高周波発振器30−1,30−2,…,30−Nのそれぞれに専用の基準信号源を設けてもよい。
【0020】
ここで、
図2を参照しながら、MR素子31について説明する。MR素子31は、自由層31A、非磁性層31B、及び固定層31Cを備えている。MR素子31は、バイアス電圧を印加すると、発振周波数f
MRで共鳴発振し、高周波信号を出力する高周波発振素子として機能する。このとき、MR素子31は、高周波信号の基本波成分のみならず、その高調波成分をも発振する。そのため、MR素子31から発振される高周波信号の基本波成分を、MR素子31から出力される出力信号として取り扱ってもよく、又はMR素子31から発振される高周波信号の高調波成分を、MR素子31から出力される出力信号として取り扱ってもよい。例えば、MR素子31から発振される高周波信号の高調波成分を、MR素子31から出力される出力信号として取り扱う場合には、MR素子31から発振される高周波信号の基本波成分をフィルタで除去してもよい。MR素子31は、磁化の向きに応じて、水平型、垂直型、磁気渦型に分類されるが、どれも使用可能である。
【0021】
自由層31Aの材質は、強磁性体である。強磁性体材料としては、例えば、Fe,Co,Niなどの鉄系又は鉄系合金(例えば、CoFeB)が代表的である。その他、例えば、FeBの単層膜やCoFeBとNiFeの2層膜、CoFeとNiFeの2層膜、CoFeBとRuとCoFeBの3層膜、CoFeBとRuとNiFeの3層膜、CoFeとRuとNiFeの3層膜、CoFeBとCoFeとRuとCoFeの4層膜、CoFeBとCoFeとRuとNiFeの4層膜なども使用可能である。自由層31Aの結晶構造は、例えば、BCC構造であることが好ましい。自由層31Aの膜厚は、例えば、1.5〜20nm程度である。
【0022】
非磁性層31Bの材質は、非磁性金属と、絶縁体と分類される。非磁性層31Bの材質として、非磁性金属を用いるものは、GMR素子と呼ばれ、絶縁体を用いるものは、TMR素子と呼ばれる。非磁性層31Bとして機能する非磁性金属として、例えば、Cu,Ag,Crなどが使用できる。非磁性金属の厚さは、例えば、0.3nm〜10nm程度である。特に、大きなMR比を実現するCu,Agを用いる場合、その厚さは、例えば、2nm〜10nmである。非磁性層31Bとして機能する絶縁体として、例えば、Mg,Al,Si,Ca,Liなどの酸化物、窒化物、ハロゲン化物などの様々な誘電体を使用できる。特に、大きなMR比と小さな面抵抗を両立する酸化マグネシウムが好ましい。上述の酸化物や窒化物を非磁性層31Bとして用いる場合は、その酸化物や窒化物の中に酸素や窒素欠損が多少存在していてもかまわない。絶縁体の厚さは、例えば、0.3nm〜2nm程度である。なお、TMR素子の場合、非磁性層31Bは、トンネル障壁層とも呼ばれる。
【0023】
固定層31Cの材質は、強磁性体である。強磁性体材料としては、例えば、Fe,Co,Niなどの鉄系又は鉄系合金(例えば、FeBやCoFeB)が代表的である。製法の都合で中間状態としてアモルファス状態を望む場合には、これらにB,Si,Ti,Cr,Vなどを添加した合金CoFeBSi,CoFeBTi,CoFeBCr,CoFeBVなどを用いることもできる。特に、垂直磁化の場合には、CoPt,CoPd,FePt,FePdなどの合金、又はそれらの合金薄膜の多層膜、或いはそれら合金にB、Crなどを添加した合金を用いることができる。固定層31Cの結晶構造は、例えば、BCC構造であることが好ましい。アモルファス状態の膜を結晶化するには、例えば、熱処理(アニーリング)すればよい。固定層31Cの膜厚については、その膜厚が薄くなると、電流や熱に対する磁化方向の安定性が低下するという問題と、連続膜を作るのが難しくなるという問題が発生する。逆に、固定層31Cの膜厚が厚くなると、固定層31Cから自由層31Aへの漏洩磁界が大きくなるという問題と、微細加工が難しくなるという問題が発生する。これらの事情に鑑み、固定層31Cの膜厚は、例えば、2〜30nm程度が好ましい。
【0024】
MR素子31の基本的な構成要素である自由層31A、非磁性層31B、及び固定層31Cについて説明したが、本発明の目的に反しない限り、例えば、取出し電極層、固定層31Cの磁化方向を保持するべく支援する第1支援層、自由層31Aの磁化容易方向を調整するべく支援する第2支援層、自由層31Aの磁化の向きを読出すときに読出し信号を高めるべく支援する第3支援層(読出し専用層)、キャッピング層などの層を設けてもよい。ここで、自由層31Aの磁化の向きが水平型である場合や磁気渦型である場合は、第2支援層の材質として、Fe,Co,Niなどの鉄系又は鉄系合金(例えば、FeBやCoFeB)が代表的である。自由層31Aの磁化の向きが垂直型である場合は、第2支援層の材質として、CoPt,CoPd,FePt,FePdなどの合金、又はそれらの合金薄膜の多層膜、或いはそれら合金にB、Crなどを添加した合金を用いることができる。MR素子31に第2支援層を設けることにより、MR素子31にバイアス電圧を印加したときにその発振周波数f
MRを変え易くなることがある。
【0025】
ここで、
図1の説明に戻る。バイアス電圧印加機構32は、MR素子31にバイアス電圧を印加する。バイアス電圧印加機構32は、MR素子31が注入同期された状態でMR素子31に印加されるバイアス電圧を変えることにより、MR素子31から出力される出力信号と基準信号との間の位相差を制御することができる。このような位相変調は、例えば、i番目の高周波発振器30−iから出力される出力信号とj番目の高周波発振器30−jから出力される出力信号との間の位相差の制御にも応用可能である。但し、i,jは1以上N以下の互いに異なる任意の整数である。バイアス電圧印加機構32は、バイアス電圧源及びバイアス電圧を印加するための信号経路を備える。MR素子31は、一般的に、10〜1kΩ程度の抵抗を有しており、MR素子31の共鳴条件が満たされるためのバイアス電圧として100〜700mV程度を必要とすることから、バイアス電圧源としては、最大出力が1V,100mA程度の直流電源が望ましい。
【0026】
除去手段40−iは、高周波発振器30−iから出力される出力信号を伝達する信号経路に混入する基準信号を選択的に除去する。ここで、iは1以上N以下の任意の整数である。このような除去手段40−iとして、例えば、基準信号の周波数f
REFを減衰域(又は阻止域)とし、且つ注入同期後のMR素子31の発振周波数fを通過域とする周波数特性を有するフィルタを用いることができる。基準信号の周波数f
REFが注入同期後の複数のMR素子31の発振周波数fのn倍である場合には、除去手段40−iとして、ローパスフィルタを用いることができる。基準信号の周波数f
REFが注入同期後の複数のMR素子31の発振周波数fの1/n倍である場合には、除去手段40−iとして、ハイパスフィルタを用いることができる。除去手段40−iは、上述のフィルタに限られるものではなく、例えば、基準信号の周波数f
REFの帯域を減衰域とする周波数特性を有し、且つMR素子31から出力される出力信号を電波として出力するアンテナでもよい。除去手段40−iとしてアンテナを用いる場合には、基準信号を選択的に除去するためのフィルタは不要であり、高周波発振器30−iの出力にアンテナを接続すればよい。なお、基準信号の周波数f
REFにおける利得が低く、且つ注入同期後のMR素子31の発振周波数fにおける利得が高い周波数特性を有する増幅器を除去手段40−iとして用いてもよい。
【0027】
図3に示すように、高周波発振器30−iは、基準信号源20から出力される交流信号である基準信号に、バイアス電圧印加機構32から出力される直流信号であるバイアス電圧を重畳してこれをMR素子31に供給するバイアスティー33を備えてもよい。バイアスティー33は、キャパシタ素子とインダクタ素子とから構成される。基準信号源20からの基準信号が伝搬する信号経路やMR素子31からの出力信号が伝搬する信号経路に直流信号が重畳されてもよい場合には、バイアスティー33を使用せずに、バイアス電圧印加機構32から供給されるバイアス電圧をMR素子31に直接印加してもよい。なお、
図3は、便宜上、高周波振器30−1,30−2,…,30−Nの中から高周波発振器30−iのみを図示しているが、例えば、高周波振器30−1,30−2,…,30−Nの全てがバイアスティー33を備えてもよい。
【0028】
図4に示すように、高周波発振器30−iは、MR素子31に磁界を印加する磁界印加機構34を備えてもよい。磁界印加機構34は、MR素子31が注入同期された状態でMR素子31に印加される磁界強度を変えることにより、MR素子31から出力される出力信号と基準信号との間の位相差を制御することができる。このような位相変調は、例えば、i番目の高周波発振器30−iから出力される出力信号とj番目の高周波発振器30−jから出力される出力信号との間の位相差の制御にも応用可能である。但し、i,jは2以上N以下の互いに異なる任意の整数である。磁界印加機構34として、例えば、永久磁石や電磁石などを用いることができる。電磁石によれば、磁界強度の変更が容易である。電磁石は、磁性体の周りに巻回されたコイルを通電することによって、磁力を発生させるものであるが、磁性体は必ずしも必須ではなく、コイルの通電により生じる磁界をMR素子31に印加してもよい。なお、
図4は、便宜上、高周波振器30−1,30−2,…,30−Nの中から高周波発振器30−iのみを図示しているが、例えば、高周波振器30−1,30−2,…,30−Nの全てが磁界印加機構34を備えてもよい。
【0029】
図5に示すように、位相変調高周波発振器アレイ10は、高周波発振器30−iから出力される出力信号を増幅する増幅器50−iを備えてもよい。高周波発振器30−iから出力される出力信号の強度は、例えば、10mV(rms)程度と低いため、増幅器50−iを用いて出力信号を増幅するのが好ましい。ここで、rmsは、二乗平均平方根を意味する。なお、
図5は、便宜上、高周波振器30−1,30−2,…,30−Nの中から高周波発振器30−iのみを図示しているが、例えば、位相変調高周波発振器アレイ10は、N個の高周波振器30−1,30−2,…,30−Nのそれぞれから出力される出力信号を増幅するN個の増幅器50−1,50−2,…,50−Nを備えてもよい。
【0030】
なお、
図1に示す構成では、バイアス電圧印加機構32からのバイアス電圧と、基準信号源20からの基準信号とが同一の信号経路を通じてMR素子31に供給されるが、
図6に示すように、バイアス電圧印加機構32からのバイアス電圧と、基準信号源20からの基準信号とが異なる信号経路を通じてMR素子31に供給されてもよい。
【0031】
図7は、2出力型の位相変調高周波発振器アレイ10の概略構成を示すブロック図である。同図に示す構成は、
図1においてN=2としたときの構成である。位相変調高周波発振器アレイ10は、基準信号源20と、二つの高周波発振器30−1,30−2と、二つの除去手段40−1,40−2とを備えている。高周波発振器30−1,30−2のそれぞれは、MR素子31、バイアス電圧印加機構32、バイアスティー33、及び磁界印加機構34を備えており、高周波発振器30−1から出力される出力信号と高周波発振器30−2から出力される出力信号との間の位相差を制御することができる。除去手段40−1,40−2は、それぞれ、高周波発振器30−1,30−2から出力される出力信号を伝達する信号経路に混入する基準信号を選択的に除去する。
【実施例】
【0032】
図8は本実施例に関わる位相変調高周波発振器アレイ10の具体的構成を示すブロック図である。位相変調高周波発振器アレイ10は、基準信号源20と、二つの高周波発振器30−1,30−2と、分配器60と、二つの減衰器70−1,70−2と、二つの方向性結合器80−1,80−2と、二つの増幅器50−1,50−2と、二つのフィルタ90−1,90−2とを備えている。高周波発振器30−1,30−2のそれぞれは、MR素子31、バイアス電圧印加機構32、バイアスティー33、及び磁界印加機構34を備えている。増幅器50−1,50−2は、それぞれ、高周波発振器30−1,30−2から出力される出力信号を増幅する。フィルタ90−1,90−2は、それぞれ、高周波発振器30−1,30−2から出力される出力信号を伝達する信号経路に混入する基準信号を選択的に除去する。
【0033】
高周波発振器30−1,30−2は、発振周波数f=6.129GHzで同期するように設定した。基準信号源20として、出力パワーが−135dBm〜+21dBm、帯域が250kHz〜40GHzであるキーサイトテクノロジー社製アナログ信号発生器E8257Dを用いた。本実施例では、基準信号源20から出力パワー16dB、周波数f
REF=2f=12.258GHzの基準信号を出力した。
【0034】
MR素子31を構成する自由層31Aとして、FeB層(厚さ2nm)を用いた。MR素子31を構成する非磁性層31Bとして、MgO層(厚さ1nm)を用いた。MR素子31を構成する固定層31Cとして、CoFeB層(厚さ3nm)/Ru層(厚さ0.86nm)/CoFe層(厚さ2.5nm)/PtMn層(厚さ15nm)の多層膜を用いた。固定層31CのCoFeB層は、非磁性層31BであるMgO層に接している。微細加工処理により、MR素子31の形状が直径300nmの円柱になるように加工した。このMR素子31の抵抗値は27Ω、磁気抵抗比(MR比)は室温で約100%であった。
【0035】
バイアス電圧印加機構32として、最小電源分解能が100nVであるキーサイトテクノロジー社製プレジションソースメジャーユニットB2912Aを用いた。バイアスティー33として、挿入損失が約0.8dB、帯域が45MHz〜26.5GHzであるキーサイトテクノロジー社製バイアスティー11612Aを用いた。磁界印加機構34として、電磁石を用いた。
【0036】
分配器60は、三つのポート61,62,63を備えており、基準信号源20からポート61を通じて分配器60に入力される基準信号を二つに等分割してポート62,63のそれぞれから出力する。ポート62,63から出力される基準信号の強度は同じである。分配器60として、挿入損失が約7dB、帯域がDC18GHzのミニサーキット社製広帯域抵抗型分配器ZFRSC−183+を用いた。
【0037】
減衰器70−1,70−2のそれぞれは、ポート71,72を備えている。ポート71から入力してポート72から出力される信号の減衰の度合いと、ポート72から入力してポート71から出力される信号の減衰の度合いは同じである。減衰器70−1,70−2を設けることにより、高周波発振器30−1からの出力信号が増幅器50−2及びフィルタ90−2に入力されるのを制限するとともに、高周波発振器30−2からの出力信号が増幅器50−1及びフィルタ90−1に入力されるのを制限することができる。減衰器70−1,70−2として、挿入損失が約20dB、帯域がDC40GHzのミニサーキット社製広帯域減衰器BW−K20−2W44++を用いた。
【0038】
方向性結合器80−1,80−2のそれぞれは、入力ポート81、結合ポート82、及び出力ポート83を備えている。入力ポート81から入力された信号は、殆ど減衰なく出力ポート83から出力されるとともに、一定の割合(例えば、−14dB程度)の信号が結合ポート82からも出力される。出力ポート83から入力された信号は、殆ど減衰なく入力ポート81から出力されるとともに、一定の割合(例えば、−28dB程度、即ち、殆どゼロ)の信号が結合ポート82からも出力される。方向性結合器80−1,80−2を設けることにより、高周波発振器30−1からの出力信号が増幅器50−2及びフィルタ90−2に入力されるのを制限するとともに、高周波発振器30−2からの出力信号が増幅器50−1及びフィルタ90−1に入力されるのを制限することができる。方向性結合器80−1,80−2として、キーサイトテクノロジー社製同軸方向性結合器87301Dを用いた。本実施例では、基準信号源20からの基準信号の強度がMR素子31からの出力信号の強度と比較して8dB程度大きいことから、増幅器50−1,50−2の飽和を避けるために、方向性結合器80−1,80−2を使用し、基準信号源20からの基準信号の強度を減衰させた。但し、幅器50−1,50−2が飽和する虞がない場合(例えば、MR素子31の出力信号の強度が、増幅器50−1,50−2が飽和するときの入力電圧の許容最大値を下回る場合や、当該許容最大値が実用上十分に大きい場合など)には、方向性結合器80−1,80−2は必須ではなく、方向性結合器80−1,80−2に替えて分配器や単純な電気的接点などを用いてもよい。
【0039】
増幅器50−1として、MR素子31の発振周波数f
MR=6.129GHz近傍での増幅率が約27dB、ノイズ指数が2.4dB、帯域が100MHz〜18GHzであるミニサーキット社製増幅器ZVA−183W−S+を用いた。増幅器50−2として、MR素子31の発振周波数f
MR=6.129GHz近傍での増幅率が約26dB、ノイズ指数が3.0dB、帯域が800MHz〜21GHzであるミニサーキット社製増幅器ZVA−213−S+を用いた。
【0040】
フィルタ90−1,90−2は、実デバイスはなく、信号解析処理により、増幅器50−1,50−2の後段に疑似的に挿入された仮想デバイスである。本実施例では、フィルタ90−1,90−2として、遮断周波数が8GHzに設定されたバーターワース型のローパスフィルタを用いた。
【0041】
次に、位相変調高周波発振器アレイ10における信号の流れとその強度について説明する。基準信号源20から信号強度9dBmの基準信号(周波数f
REF=2f=12.258GHz)を出力した。分配器60のポート61に入力した基準信号は、信号強度3dBmの信号に等分割されて、ポート62,63から出力された。分配器60のポート62から出力された基準信号は、減衰器70−1、方向性結合器80−1の出力ポート83、方向性結合器80−1の入力ポート81、及び高周波発振器30−1のバイアスティー33を通じて−7dBm程度までその信号強度が減衰した後に、高周波発振器30−1のMR素子31に注入された。同様に、分配器60のポート63から出力された基準信号は、減衰器70−2、方向性結合器80−2の出力ポート83、方向性結合器80−2の入力ポート81、及び高周波発振器30−2のバイアスティー33を通じて−7dBm程度までその信号強度が減衰した後に、高周波発振器30−2のMR素子31に注入された。これにより、高周波発振器30−1,30−2の二つのMR素子31は、注入同期され、発振周波数f=6.129GHzで同期した。このとき、方向性結合器80−1,80−2のそれぞれの出力ポート83から結合ポート82を通過する基準信号は、その信号強度が−35dBm程度まで減衰した後に、増幅器50−1,50−2によりその信号強度が−8dBmまで増幅され、フィルタ90−1,90−2によりその信号強度が−46dBmまで(即ち、殆どゼロまで)減衰した。
【0042】
一方、高周波発振器30−1のMR素子31から出力された出力信号(発振周波数f=6.129GHz)の強度は、約−30dBmであった。高周波発振器30−1のMR素子31からの出力信号は、方向性結合器80−1の入力ポート81から結合ポート82を通過してその信号強度が−43dBmまで減衰し、増幅器50−1によりその信号強度が−16dBmまで増幅され、ローパスフィルタ90−1によりその信号強度が−17Bmまで減衰した。同様に、高周波発振器30−2のMR素子31から出力された出力信号(発振周波数f=6.129GHz)の強度は、約−30dBmであった。高周波発振器30−2のMR素子31からの出力信号は、方向性結合器80−2の入力ポート81から結合ポート82を通過してその信号強度が−43dBmまで減衰し、増幅器50−2によりその信号強度が−16dBmまで増幅され、ローパスフィルタ90−2によりその信号強度が−17Bmまで減衰した。
【0043】
なお、高周波発振器30−2のMR素子31から出力された出力信号は、方向性結合器80−2の入力ポート81、方向性結合器80−2の出力ポート83、減衰器70−2、分配器60、減衰器70−1、方向性結合器80−1の出力ポート83、方向性結合器80−1の結合ポート82、増幅器50−1及びフィルタ90−1を通じてその信号強度が最終的に−46dBmまで減衰して、高周波発振器30−1のMR素子31から出力された出力信号(信号強度−17Bm)に重畳することが確認された。しかし、−46dBmの出力信号は、−17Bmの出力信号と比較して3桁程度レベルが低いため、実用上は無視し得る。同様に、高周波発振器30−1のMR素子31から出力された出力信号は、最終的にその信号強度が−46dBmまで減衰して、高周波発振器30−2のMR素子31から出力された出力信号(信号強度−17Bm)に重畳してしまうが、実用上は無視し得る。
【0044】
図9は高周波発振器30−1のMR素子31に印加されるバイアス電圧を235〜255mVの範囲で変えたときのMR素子31のスペクトル強度の測定結果を示すグラフである。
図10は高周波発振器30−2のMR素子31に印加されるバイアス電圧を200〜220mVの範囲で変えたときのMR素子31のスペクトル強度の測定結果を示すグラフである。スペクトル強度の測定時には、磁界印加機構34を用いて、高周波発振器30−1,30−2のそれぞれのMR素子31の固定層31Cに対して120°傾けた角度で3kOeの大きさの磁界を印加した。
【0045】
図11は高周波発振器30−1のMR素子31に印加されるバイアス電圧を235〜255mVの範囲で変えたときのMR素子31の発振周波数f
MR1を示すグラフであり、
図9の測定結果から求めたものである。
図11のグラフから、高周波発振器30−1のMR素子31の発振周波数f
MR1は、235〜255mVのバイアス電圧の範囲において、6.16GHzを中心として、約6.10GHzから約6.18GHzの範囲で概ね単調に変化することが確認できる。
図12は高周波発振器30−2のMR素子31に印加されるバイアス電圧を200〜220mVの範囲で変えたときのMR素子31の発振周波数f
MR2を示すグラフであり、
図10の測定結果から求めたものである。
図12のグラフから、高周波発振器30−2のMR素子31の発振周波数f
MR2は、200〜220mVのバイアス電圧の範囲において、6.12GHzを中心として、約6.07GHzから約6.16GHzの範囲で概ね単調に変化することが確認できる。
【0046】
図13は高周波発振器30−1のMR素子31を発振周波数f=6.129GHzで注入同期させたときの発振周波数f
MR1と測定出力との関係を示すグラフである。
図14は高周波発振器30−2のMR素子31を発振周波数f=6.129GHzで注入同期させたときの発振周波数f
MR2と測定出力との関係を示すグラフである。この注入同期では、基準信号(周波数f
REF=2f=12.258GHz)を高周波発振器30−1,30−2のそれぞれのMR素子31に注入した。
図13及び
図14に示す測定結果から、高周波発振器30−1,30−2のそれぞれのMR素子31から出力される出力信号のピーク幅は約3kHz程度と低く、発振周波数f
MR1,f
MR2を安定化させることができることが分かる。なお、MR素子に基準信号を注入しないで(即ち、MR素子を注入同期させないで)、発振周波数を測定したところ、その出力のピーク幅は約3MHz程度と非常に高く不安定であった。
【0047】
図15は高周波発振器30−1のMR素子31に印加されるバイアス電圧を250mVに固定しつつ、高周波発振器30−2のMR素子31に印加されるバイアス電圧を210mV付近で変化させたときの高周波発振器30−1のMR素子31の発振周波数f
MR1と、高周波発振器30−2のMR素子31の発振周波数f
MR2とを測定した結果を示すグラフである。高周波発振器30−2のMR素子31に印加されるバイアス電圧を変化させたとしても、注入同期により、発振周波数f
MR1,f
MR2は共にf=6.129GHzに一致したまま変化しないことが確認できる。
【0048】
図16は高周波発振器30−1のMR素子31に印加されるバイアス電圧を250mVに固定しつつ、高周波発振器30−2のMR素子31に印加されるバイアス電圧を210mV付近で変化させたときの高周波発振器30−1の出力信号と高周波発振器30−2の出力信号との間の位相差を測定した結果を示すグラフである。高周波発振器30−2のMR素子31に印加されるバイアス電圧を変化させることにより、位相差は3π/4から0まで変化した。この測定結果から、高周波発振器30−1,30−2のそれぞれのMR素子31を注入同期させた状態でMR素子31に印加されるバイアス電圧を変えることにより、位相差を制御できること、即ち、位相変調が可能であることが確認できる。
【0049】
本実施例では、N=2のときの位相変調高周波発振器アレイ10による位相変調について説明したが、N=3以上の場合についても同様の原理により、位相変調高周波発振器アレイ10は、位相変調を行うことができる。位相変調高周波発振器アレイ10の用途に応じて、Nは2以上40以下の整数が好ましい。
【0050】
表1は、位相変調高周波発振器アレイ10による位相変調の具体例を示す。
【表1】
【0051】
表1は、出力1に対する出力2、出力3、…、出力Nのそれぞれの位相差を示している。ここで、「出力1」、「出力2」、…、「出力N」は、それぞれ、「高周波発振器30−1の出力信号」、「高周波発振器30−2の出力信号」、…、「高周波発振器30−Nの出力信号」を示す。例えば、例1では、出力1に対する出力2、出力3、…、出力Nのそれぞれの位相差は全て「0」である。例2では、出力1に対する出力2、出力3、出力4、出力5、…、出力Nのそれぞれの位相差は、「0〜π」、「0」、「0〜π」、「0」、…、「0〜π」である。例3では、出力1に対する出力2、出力3、出力4、出力5、…、出力Nのそれぞれの位相差は、「0」、「0〜π」、「0」、「0〜π」、…、「0」である。ここで、「0〜π」は、0〜πの範囲内の任意の位相を示す。例4では、出力1に対する出力2、出力3、出力4、出力5、…、出力Nのそれぞれの位相差は、「0」、「π」、「π」、「π/2」、…、「π/3」である。例5では、出力1に対する出力2、出力3、出力4、出力5、…、出力Nのそれぞれの位相差は、「π/2」、「π/3」、「π/4」、「π/5」、…、「π/N」である。
【0052】
出力1に対する出力2、出力3、…、出力Nのそれぞれの位相差は、特定の位相差に固定してもよく、或いは、時間経過に従って変化させてもよい。例えば、位相変調高周波発振器アレイ10は、ある期間において、例1に示すように位相変調をし、後続の期間において、例2に示すように位相変調をし、更に後続の期間において、例3に示すように位相変調をしてもよい。
【0053】
本実施例の位相変調高周波発振器アレイ10は、フェーズドアレイレーダや通信機器などに有用である。特に、MR素子31は、高周波信号を出力する高周波発振素子として機能するため、小型で安価な位相変調高周波発振器アレイ10を提供することができる。