(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
複数のアルミニウム結晶粒からなる多結晶体であるアルミニウム母材と、前記アルミニウム母材の内部に分散したカーボンナノチューブと、を有するアルミニウム素線を備え、
前記カーボンナノチューブからなり、前記アルミニウム母材の横断面において、前記複数のアルミニウム結晶粒の間の粒界の一部に存在すると共に、前記アルミニウム素線の長手方向に沿って存在することにより、前記アルミニウム素線の長手方向に導電する導電経路を形成するカーボンナノチューブ導電経路部が、前記アルミニウム母材の内部に形成されており、
前記アルミニウム素線の縦断面及び横断面を観察した場合、前記縦断面及び前記横断面の両方において、前記複数のアルミニウム結晶粒の平均結晶粒径は1μm〜50μmであり、
前記アルミニウム素線は、導電率が62%IACS以上であり、かつ、引張強さが130MPa以上である、電線。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を用いて本発明の実施形態に係る電線、及び当該電線を用いたワイヤーハーネスについて詳細に説明する。なお、図面の寸法比率は説明の都合上誇張されており、実際の比率とは異なる場合がある。
【0017】
[アルミニウム素線]
本発明の実施形態に係る電線は、
図1に示すようなアルミニウム素線1を有している。アルミニウム素線1は長手方向Lに延在する線材であり、
図1ではアルミニウム素線1の一部分のみを示している。
【0018】
本実施形態のアルミニウム素線1は、アルミニウム母材10と、アルミニウム母材10の内部に分散したカーボンナノチューブとを有する。アルミニウム母材10は、複数個のアルミニウム結晶粒11を有する多結晶体からなる。そして、アルミニウム母材10の少なくとも一部が当該多結晶体からなることが好ましく、アルミニウム母材10の全体が当該多結晶体からなることがより好ましい。
【0019】
アルミニウム結晶粒11は、純度99.7質量%以上の純アルミニウムからなることが好ましい。このような純アルミニウムとしては、日本工業規格JIS H2102(アルミニウム地金)に規定されるアルミニウム地金のうち、Al99.70以上の純度のものを好ましく用いることができる。具体的には、純度が99.7質量%以上のAl99.70、Al99.94、Al99.97、Al99.98、Al99.99、Al99.990、Al99.995が挙げられる。このように本実施形態では、Al99.995のような高価で高純度のものばかりではなく、価格的にも手頃な純度99.7質量%以上の純アルミニウムを使用することができる。
【0020】
アルミニウム結晶粒11は、極微量の不可避不純物を含んでいてもよい。アルミニウム結晶粒11に含まれる可能性がある不可避不純物としては、鉄(Fe)、ケイ素(Si)、銅(Cu)、ガリウム(Ga)、亜鉛(Zn)、ホウ素(B)、マンガン(Mn)、鉛(Pb)、カルシウム(Ca)、コバルト(Co)が挙げられる。これらは本実施形態の効果を阻害せず、本実施形態のアルミニウム素線の特性に格別な影響を与えない範囲で不可避的に含まれるものである。そして、使用する純アルミニウム地金に予め含有されている元素も、ここでいう不可避不純物に含まれる。不可避不純物の量は、アルミニウム結晶粒11中に合計で0.15質量%以下であることが好ましく、0.12質量%以下であることがより好ましい。また、不可避不純物は、アルミニウム結晶粒中に固溶していてもよく、析出していてもよい。
【0021】
アルミニウム素線1において、アルミニウム結晶粒11の平均結晶粒径は0.1μm〜100μmであることが好ましく、1μm〜50μmであることがより好ましく、1μm〜10μmであることが特に好ましい。また、アルミニウム結晶粒11の平均結晶粒径は、アルミニウム素線1の縦断面及び横断面のいずれの面で観察した場合でも、0.1μm〜100μmであることが好ましく、1〜50μmであることがより好ましく、1μm〜10μmであることが特に好ましい。アルミニウム結晶粒11の平均結晶粒径がこの範囲内であることにより、アルミニウム結晶粒11の粒界15にカーボンナノチューブが分散されやすくなるため、分散強化機構によりアルミニウム素線1の強度を高めることができる。また、アルミニウム結晶粒11の粒界15に後述するカーボンナノチューブ導電経路部20が形成され易くなるため、アルミニウム素線1の導電率を高めることが可能となる。なお、アルミニウム素線1の縦断面は、アルミニウム素線1の長手方向Lに沿って切断した断面である。アルミニウム素線1の横断面は、アルミニウム素線1の長手方向Lに垂直な面に沿って切断した断面である。そして、アルミニウム結晶粒11の平均結晶粒径は、アルミニウム素線1の断面を走査型電子顕微鏡又は透過型電子顕微鏡で観察し、JIS H0501(伸銅品結晶粒度試験方法、ISO2624)に定められる切断法により求めることができる。
【0022】
アルミニウム素線1において、アルミニウム結晶粒11の断面形状は特に限定されない。
図2では、アルミニウム結晶粒11の断面形状が六角形であるように示したが、アルミニウム結晶粒11の断面形状が六角形以外の形状であってもよい。
【0023】
上述のように、本実施形態に係るアルミニウム素線1は、アルミニウム母材10と、アルミニウム母材10の内部に分散したカーボンナノチューブとを有する。具体的には、
図2に示すように、アルミニウム結晶粒11同士の粒界15の一部に、カーボンナノチューブからなるカーボンナノチューブ導電経路部20が存在している。カーボンナノチューブ導電経路部20は、アルミニウム素線1中に複数個形成されている。
【0024】
カーボンナノチューブ導電経路部20は、カーボンナノチューブからなり、アルミニウム母材10の長手方向Lに導電する導電経路Pを形成するものである。カーボンナノチューブ導電経路部20は、1本以上のカーボンナノチューブからなる。カーボンナノチューブ導電経路部20を構成するカーボンナノチューブは、1本又は2本以上のカーボンナノチューブが伸びた状態で存在していてもよいし、凝集して塊状になっていてもよい。
【0025】
カーボンナノチューブ導電経路部20を構成するカーボンナノチューブとしては、公知のものを用いることができる。カーボンナノチューブは、単層のシングルウォールナノチューブ(SWNT)であってもよく、多層のマルチウォールナノチューブ(MWNT)であってもよい。カーボンナノチューブの直径は0.4nm〜50nmであることが好ましく、カーボンナノチューブの平均長さは10μm以上であることが好ましい。
【0026】
ラマン分光分析によりカーボンナノチューブを測定した場合、ラマンスペクトルでは、1300cm
−1付近のDバンド、1590cm
−1付近のGバンド、2700cm
−1付近のG’バンドという格子振動に由来する特徴的なピークが現れる。Gバンドはグラファイト構造中の六員環構造の面内伸縮振動に由来し、Dバンドはその欠陥構造に由来する。そして、GバンドとDバンドの強度比(G/D比)は、カーボンナノチューブ中の結晶性の高さを表す指標となる。カーボンナノチューブは、グラファイト構造中の欠陥が少なく、結晶性が高い方が導電性及び引張強さに優れているため、G/D比は大きい方が好ましい。そのため、カーボンナノチューブ導電経路部20を構成するカーボンナノチューブのG/D比は、5以上であることが好ましい。
【0027】
図2に示すように、カーボンナノチューブ導電経路部20は、アルミニウム母材10の横断面においてアルミニウム結晶粒11間の粒界15の一部に存在する。すなわち、アルミニウム母材10の横断面において、カーボンナノチューブ導電経路部20は、アルミニウム結晶粒11の粒界15全体に存在することはない。このため、カーボンナノチューブ導電経路部20は、アルミニウム結晶粒11の周囲を被覆する構造を有しない。また、
図2に示すように、カーボンナノチューブ導電経路部20が複数個存在する場合、通常、カーボンナノチューブ導電経路部20同士が離間して存在する。
【0028】
なお、従来のアルミニウム素線としては、アルミニウム結晶粒の周囲全体をカーボンナノチューブ導電経路部が被覆する、いわゆるセルレーション構造のものが知られている。このセルレーション構造は、カーボンナノチューブ導電経路部が形成するセルの内部に、アルミニウム結晶粒が入った構造である。セルレーション構造は、通常、複数個のセルからなると共に、隣接する2個のセルが壁面を共有するように連結されてなる、ハニカム状構造となっている。このセルレーション構造では、アルミニウム結晶粒間の粒界の全体にカーボンナノチューブ導電経路部が存在する構造になる。
【0029】
これに対し、本実施形態に係るアルミニウム素線1では、アルミニウム母材10の横断面において、カーボンナノチューブ導電経路部20がアルミニウム結晶粒11間の粒界15の一部のみに存在し、粒界15の全体には存在しない。このため、本実施形態に係るアルミニウム素線1は、カーボンナノチューブ導電経路部20が、アルミニウム結晶粒11を被覆するセルを形成することはなく、セルレーション構造とは明らかに構造が異なる。
【0030】
図1に示すように、カーボンナノチューブ導電経路部20は、アルミニウム母材10の長手方向Lに沿って存在することにより、アルミニウム母材10の長手方向に導電する導電経路Pを形成している。なお、アルミニウム素線1において、カーボンナノチューブ導電経路部20は、アルミニウム母材10の長手方向Lに沿って、連続的、断続的又はこれらの両方の態様で存在する。
【0031】
例えば、
図1では、カーボンナノチューブ導電経路部20aが、長手方向Lに沿って連続的に存在する。ここで連続的に存在するとは、長手方向Lに沿って隣接するカーボンナノチューブ導電経路部20同士が接触することを意味する。また、
図1では、カーボンナノチューブ導電経路部20bが、長手方向Lに沿って断続的に存在する。ここで断続的に存在するとは、長手方向Lに沿って隣接するカーボンナノチューブ導電経路部20同士が接触しないことを意味する。
【0032】
なお、カーボンナノチューブ導電経路部20は、少なくとも一部のカーボンナノチューブ導電経路部20がアルミニウム母材10の長手方向Lに沿って存在していればよい。このため、全てのカーボンナノチューブ導電経路部20がアルミニウム母材10の長手方向Lに沿って存在する必要はない。例えば、本実施形態に係るアルミニウム素線1では、一部のカーボンナノチューブ導電経路部20の配向方向がアルミニウム母材10の長手方向Lに沿わなくてもよい。この場合、アルミニウム素線1中のカーボンナノチューブ導電経路部20の配向方向がランダムになる。
【0033】
このように本実施形態に係るアルミニウム素線1では、複数個のカーボンナノチューブ導電経路部20がアルミニウム母材10の長手方向Lに沿って連続して存在するとは限らない。しかし、アルミニウム母材10自体が導電性を有するため、カーボンナノチューブ導電経路部20同士が離間していても、アルミニウム母材10を介して導通することが可能である。
【0034】
アルミニウム素線1において、アルミニウム母材10に対するカーボンナノチューブの含有量は、0.1〜1.25質量%であることが好ましい。カーボンナノチューブの含有量がこの範囲内であることにより、カーボンナノチューブ導電経路部20が形成されやすくなり、純アルミニウムのみからなる素線よりも導電率及び強度が高いアルミニウム素線1を得ることができる。なお、導電率をより向上させる観点から、アルミニウム母材10に対するカーボンナノチューブの含有量が0.25〜0.75質量%であることがより好ましい。
【0035】
アルミニウム結晶粒11の粒界15に形成されているカーボンナノチューブ導電経路部20の厚みは、2nm〜10μmであることが好ましい。また、アルミニウム素線1の縦断面及び横断面のいずれの面で観察した場合でも、カーボンナノチューブ導電経路部20の厚みは、2nm〜10μmであることがより好ましい。カーボンナノチューブ導電経路部20の厚みがこの範囲内であることにより、アルミニウム素線1の長手方向Lに沿って導電経路Pを形成しやすくなり、アルミニウム素線1の導電性を効果的に向上させることが可能となる。なお、カーボンナノチューブ導電経路部20の厚みは、アルミニウム素線1の縦断面又は横断面を走査型電子顕微鏡(SEM)又は透過型電子顕微鏡(TEM)で観察することにより、測定することができる。
【0036】
本実施形態に係るアルミニウム素線1は、導電率が62%IACS以上であり、かつ、引張強さが130MPa以上であることが好ましい。アルミニウム素線1は、高結晶のカーボンナノチューブと純アルミニウムとを複合化してカーボンナノチューブ導電経路部20を形成している。そのため、純アルミニウムよりも導電率が高く、さらに純アルミニウムと同等以上の強度を有することが可能となる。なお、アルミニウム素線1の導電率は、日本工業規格JIS C2525(金属抵抗材料の導体抵抗及び体積抵抗率試験方法)に準拠して測定することができる。アルミニウム素線1の引張強さは、JIS Z2241(金属材料引張試験方法、対応国際規格;ISO 6892-1:2009)に準拠して測定することができる。
【0037】
[アルミニウム素線の製造方法]
次に、本実施形態に係るアルミニウム素線1の製造方法について説明する。アルミニウム素線1の製造方法は、CNT分散工程と、アルミニウム粉末の表面へのCNT均一付着工程と、複合化工程とを有している。
【0038】
(CNT分散工程)
CNT分散工程では、溶媒中にカーボンナノチューブを高分散させる工程である。カーボンナノチューブを分散させる溶媒は特に限定されないが、有機溶媒を用いることが好ましい。
【0039】
有機溶媒は、アルコール系溶媒、アミド系溶媒、ケトン系溶媒、並びにアルコール系溶媒、ケトン系溶媒及びアミド系溶媒を任意に組み合わせてなる混合溶媒のいずれかを用いることができる。アルコール系溶媒としては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−メチル−1−プロパノール、2−ブタノール及び1−メチル−2−プロパノールからなる群より選ばれる少なくとも一つを用いることができる。アミド系溶媒としては、N,N−ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン、ジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミドからなる群より選ばれる少なくとも一つを用いることができる。また、ケトン系溶媒としては、アセトン及びメチルエチルケトンの少なくとも一方を用いることができる。
【0040】
カーボンナノチューブは、上述のものを使用することができる。また、カーボンナノチューブは、予め酸で洗浄することにより白金等の金属触媒やアモルファスカーボンを除去したり、予め高温処理することにより黒鉛化したものであってもよい。カーボンナノチューブにこのような前処理を行うと、カーボンナノチューブを高純度化したり高結晶化したりすることができる。
【0041】
溶媒中にカーボンナノチューブを高分散させる方法は特に限定されず、
図3(a)に示すように、カーボンナノチューブ30を溶媒31に添加した後に高速で攪拌することにより、分散させることができる。なお、カーボンナノチューブ30を効率的に分散させるために、カーボンナノチューブ30を溶媒31に添加した後に、超音波など外部からの力を付与してもよい。このような工程により、カーボンナノチューブ30が解れ、溶媒31中に高分散したCNT分散液32を得ることができる。
【0042】
(CNT均一付着工程)
CNT均一付着工程では、アルミニウム粉末の表面をカーボンナノチューブで略均一に覆い、カーボンナノチューブを網目状の状態とすることが好ましい。具体的には、まず、CNT分散工程で得られたCNT分散液32に、アルミニウム粉末を添加する。アルミニウム粉末は、上述の純度99.7質量%以上の純アルミニウムからなる粉末を用いることが好ましい。また、アルミニウム粉末の平均粒子径(D
50)は1μm〜500μmであることが好ましく、3μm〜300μmであることがより好ましく、3μm〜50μmであることが特に好ましい。これにより、アルミニウム素線1における、アルミニウム結晶粒11の平均結晶粒径を上述の範囲に制御することが可能となる。なお、アルミニウム粉末の平均粒子径は、レーザー回折・散乱法により測定することができる。
【0043】
CNT分散液32へのアルミニウム粉末の添加量は、アルミニウム素線1において、アルミニウム母材10に対するカーボンナノチューブの含有量が0.1〜1.25質量%となるように調整することが好ましい。
【0044】
そして、アルミニウム粉末をCNT分散液32に添加した後に高速で攪拌することにより、アルミニウム粉末を分散させる。その後、分散液から溶媒を除去することにより、
図3(b)に示すように、アルミニウム粉末の表面をカーボンナノチューブで略均一に覆った混合粉末33を得ることができる。
【0045】
ここで、アルミニウム粉末の表面をカーボンナノチューブで略均一に覆い、カーボンナノチューブを網目状の状態とするために、カーボンナノチューブの凝集速度や沈降速度よりも早く分散溶媒を揮発させることが好ましい。そのため、アルミニウム粉末をCNT分散液32に添加して攪拌した後に、ロータリーエバポレーターを用いて溶媒を除去することが好ましい。
【0046】
図4では、アルミニウム粉末とカーボンナノチューブとを含む混合粉末33の一例を走査型電子顕微鏡で観察した結果を示している。
図4に示すように、混合粉末33の表面はカーボンナノチューブ30で略均一に覆われており、さらにカーボンナノチューブ30は網目状に保持されていることが分かる。このように、アルミニウム粒子の表面でカーボンナノチューブ30が網目状であることにより、アルミニウム母材10の内部にカーボンナノチューブが高分散し、さらにカーボンナノチューブ導電経路部20が形成されたアルミニウム素線1を得ることができる。
【0047】
(複合化工程)
複合化工程では、CNT均一付着工程で得られた混合粉末33を押出加工することにより、アルミニウム粉末とカーボンナノチューブとを複合化する。具体的には、複合化工程は、圧粉体成形工程と、押出加工工程とを有する。
【0048】
圧粉体成形工程では、混合粉末33に圧力を加えて押し固めることにより粉末圧粉体を成形する。圧粉体成形工程では、混合粉末中のアルミニウム粒子間の隙間が最小になるように、混合粉末が押し固められる。混合粉末に圧力を加える方法は公知の方法を用いることができ、例えば、筒状の圧粉体成形容器に混合粉末を投入した後、この容器内の混合粉末を加圧する方法が用いられる。
【0049】
得られた粉末圧粉体中では、カーボンナノチューブは、通常、押し固められたアルミニウム粒子間の隙間に存在する。カーボンナノチューブは、1本又は2本以上のカーボンナノチューブが伸びた状態で存在していてもよいし、アルミニウム粒子間の隙間に存在する限り凝集して塊状になっていてもよい。
【0050】
圧粉体成形工程について、図面を参照して説明する。
図5は、圧粉体成形工程の一例を示す図である。
図5に示す圧粉体成形容器80は、混合粉末33に圧力を加えて粉末圧粉体60を成形するための容器である。圧粉体成形容器80は、軸方向に貫通する円柱状の空洞部83が設けられた筒状の容器本体81からなる。
【0051】
圧粉体成形工程では、はじめに、圧粉体成形容器80が、図示しない底板上に載置される。このとき、圧粉体成形容器80は、圧粉体成形容器80の底面と底板の表面との間に隙間が生じないように載置される。次に、底板により底面側が塞がれた圧粉体成形容器80の空洞部83内に、混合粉末33を投入する。さらに、空洞部83内の混合粉末33を符号F1の力で圧力を加えて混合粉末33を押し固めることにより、粉末圧粉体60を成形する。
【0052】
圧粉体成形工程で、符号F1の力により混合粉末33に加えられる圧力は、混合粉末33中のアルミニウム粉末の降伏応力以上最大応力以下とすることが好ましい。これにより、混合粉末33中のアルミニウム粉末同士の隙間が最小になるように、混合粉末33が押し固められた粉末圧粉体60が成形される。ここで、降伏応力とは、弾性変形と塑性変形の境界点における応力を意味する。すなわち、アルミニウム粉末は、通常、ひずみ量の小さい領域ではひずみ量の増加に対して応力も比例して増加するが(弾性変形)、所定のひずみ量を超えるとひずみ量の増加に対して応力が比例して増加することがなくなる(塑性変形)。この所定のひずみ量における応力を降伏応力という。また、最大応力とは、弾性変形及び塑性変形の両領域を通じた応力の最大値を意味する。金属材料の最大応力は、通常、塑性変形領域に存在する。
【0053】
圧粉体成形工程で、混合粉末33に圧力を加える処理は常温下で行うことができる。また、混合粉末33に圧力を加える時間は5〜60秒であり、好ましくは10〜40秒である。本工程では、混合粉末33が、数時間の熱処理を必要とするエラストマー等の有機物を含まず、また混合粉末33を押し固めて粉末圧粉体60を成形する物理的な処理であるため、混合粉末33に圧力を加える時間を極短時間にすることができる。
【0054】
混合粉末33に所定範囲内の圧力が加えられると、圧粉体成形容器80の空洞部83内で、混合粉末33から粉末圧粉体60が成形される。粉末圧粉体60は、例えば突き出されることにより、圧粉体成形容器80の空洞部83から取り出される。
【0055】
押出加工工程では、粉末圧粉体60に対して加熱して押出加工することで、アルミニウム素線1を得る。粉末圧粉体60を押出加工する方法は公知の方法を用いることができ、例えば、筒状の押出加工装置に粉末圧粉体60を投入した後、この容器内の粉末圧粉体60を加熱し押出加工する方法が用いられる。
【0056】
押出加工工程について、図面を参照して説明する。
図6は、押出加工工程の一例を示す図である。
図6に示す押出加工装置90は、粉末圧粉体60に加熱し押出加工してアルミニウム素線1を成形するための装置である。押出加工装置90は、粉末圧粉体60が挿入される円柱状の空洞部93が設けられた筒状の装置本体91と、装置本体91の底部に設けられ、押出加工物を排出するダイス95とを備える。
【0057】
押出加工工程では、押出加工装置90の空洞部93に装入された粉末圧粉体60が真空雰囲気下で加熱された後、符号F2の力が加えられ、ダイス95から押出方向Mに押し出される。なお、加熱及び押出しの際の雰囲気は、真空雰囲気に代えて不活性ガス雰囲気としてもよい。
【0058】
粉末圧粉体60の加熱は、粉末圧粉体60の温度が400℃以上、好ましくは400〜700℃、より好ましくは400〜660℃、さらに好ましくは400〜650℃になるように行う。粉末圧粉体60の温度が400℃未満であると、押出加工が困難になる。また、粉末圧粉体60の温度が660℃を超えると、アルミニウム素線1中にアルミニウムカーバイド(炭化アルミニウム)が生成する恐れがある。
【0059】
また、粉末圧粉体60の加熱は、粉末圧粉体60の温度が上記範囲内にある時間が0.3〜5分、好ましくは0.5〜3分になるように行う。本工程では、粉末圧粉体60が、数時間の熱処理を必要とするようなエラストマー等の有機物を含まず、また本工程で得られるアルミニウム素線1もセルレーション構造を有さない。このため、本工程では、粉末圧粉体60の加熱時間を極短時間にすることができる。
【0060】
加熱した粉末圧粉体60の押出加工時のひずみ速度は、0.1〜100s
−1であることが好ましく、0.3〜3s
−1であることがより好ましい。ひずみ速度がこの範囲内にあると、得られるアルミニウム素線1が、上述の構造及び特性を備えたものになる。
【0061】
押出加工時の押出比は、4以上であることが好ましい。押出比が4未満であると、粉末圧粉体60の焼結が不十分になる恐れがある。ここで、押出比とは、押出し材であるアルミニウム素線1の横断面の断面積に対する、粉末圧粉体60の横断面の断面積の比を意味する。
【0062】
ここで、アルミニウム母材10中のカーボンナノチューブを長手方向Lに沿って配向させるために、 ダイス95における粉末圧粉体60の加工部の形状を流線形又は90°未満の角度にすることが好ましい。具体的には、
図7及び
図8に示すようなダイス95A,95Bを用いることが好ましい。ダイス95A,95Bは、内部に空洞の加工部95aを有する。そして、粉末圧粉体60が加工部95aの上部から下方に押し出されることにより、アルミニウム素線1が得られる。
【0063】
そして、
図7に示すダイス95Aにおいて、加工部95aを構成する内面95bは、押出方向に沿って連続的に縮径するように流線形であることが好ましい。また、
図8に示すダイス95Bにおいて、加工部95aを構成する内面95bは、押出方向とのなす角θを90°未満とし、一定の傾斜を有していることが好ましい。このようなダイス95A,95Bを用いることにより、内面95bに沿って粉末圧粉体60が徐々に縮径するため、アルミニウム母材10中のカーボンナノチューブを長手方向Lに沿って配向させることが可能となる。
【0064】
本実施形態に係るアルミニウム素線の製造方法は、導電率が高く、かつ、カーボンナノチューブの配合量が少ないアルミニウム素線を短時間で製造することができる。なお、アルミニウム素線1の導電率が高くなる理由は、アルミニウム素線1がセルレーション構造を有さないため、製造の際にエラストマーを用いる必要がなく、エラストマーの気化による残渣が存在しないためであると考えられる。また、アルミニウム素線1を短時間で製造することができる理由は、エラストマーの気化作業が不要であり、圧粉体成形工程及び押出加工工程を含めても二分程度でアルミニウム素線1を製造することができるからである。
【0065】
[電線及びワイヤーハーネス]
次に、本実施形態に係る電線について説明する。本実施形態に係る電線100は、
図9に示すように、上述のアルミニウム素線1と、アルミニウム素線1の周縁を覆う被覆材110とを備える。
【0066】
本実施形態の電線100では、導体として、1本のアルミニウム素線1で構成された単線を用いてもよく、複数のアルミニウム素線1を撚り合わせて構成された撚り線を用いてもよい。撚り線も、1本又は数本の素線を中心とし、その周囲に素線を同心状に撚り合わせた同心撚り線;複数の素線を一括して同方向に撚り合わせた集合撚り線;複数の集合撚り線を、同心状に撚り合わせた複合撚り線のいずれも使用することができる。
【0067】
電線100の外周を被覆する被覆材110は、電線100に対する電気絶縁性を確保できるならば、材料及び厚さは特に限定されない。被覆材110は、架橋ポリエチレンやポリプロピレン等のオレフィン樹脂、塩化ビニルなどの電気絶縁性樹脂を任意に使用できる。具体的には、被覆材110を構成する樹脂材料としては、例えば、塩化ビニル、耐熱塩化ビニル、架橋塩化ビニル、ポリエチレン、架橋ポリエチレン、発泡ポリエチレン、架橋発泡ポリエチレン、塩素化ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド(ナイロン)、ポリフッ化ビニリデン、エチレン−四フッ化エチレン共重合体、四フッ化エチレン−六フッ化プロピレン共重合体、四フッ化エチレン、パーフルオロアルコキシアルカン、天然ゴム、クロロプレンゴム、ブチルゴム、エチレンプロピレンゴム、クロロスルホン化ポリエチレンゴム、シリコーンゴムを用いることができる。これらの材料は一種を単独で使用してもよく、二種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0068】
被覆材110の体積抵抗率は10
9Ω・mm以上であることが好ましい。これにより、電線同士の短絡を効果的に抑制することが可能となる。なお、被覆材110の体積抵抗率は、日本工業規格JIS C3005に準拠して測定することができる。また、被覆材110の引張強さは10.3〜15.7MPaであることが好ましく、伸びは125〜150%であることが好ましい。これにより、被覆材110の耐久性を高め、長期間に亘り絶縁性を確保することができる。
【0069】
本実施形態のワイヤーハーネスは、上述の電線を備える。上述のように、本実施形態の電線は、強度及び導電性に優れているため、高い強度、耐久性及び導電性が要求される自動車用のワイヤーハーネスに好適に用いることができる。また、当該電線におけるアルミニウム素線1の導電性が損なわれない限り、 アルミニウム素線1はコネクタや端子、電子機器、付属部品と接続してもよい。アルミニウム素線1と端子等との接続方法は特に限定されず、 公知の各種接続・接合方法を適用することができる。また、アルミニウム素線1と端子等は、接合剤を使用して接続してもよい。
【0070】
このように、本実施形態の電線100は、アルミニウム母材10と、アルミニウム母材10の内部に分散したカーボンナノチューブとを有するアルミニウム素線1を備える。そして、アルミニウム素線1は、導電率が62%IACS以上であり、かつ、引張強さが130MPa以上である。また、アルミニウム母材10は、複数のアルミニウム結晶粒からなる多結晶体であることが好ましい。そして、アルミニウム母材10の横断面において、複数のアルミニウム結晶粒11の間の粒界15の一部に存在すると共に、アルミニウム素線1の長手方向Lに沿って存在することにより、アルミニウム素線1の長手方向Lに導電する導電経路Pを形成するカーボンナノチューブ導電経路部20が、アルミニウム母材10の内部に形成されていることが好ましい。アルミニウム素線1ではカーボンナノチューブが複合化しているため、カーボンナノチューブの分散強化機構により、引張強さを大きく向上させることが可能となる。また、カーボンナノチューブ導電経路部20により、アルミニウム素線1の長手方向Lに沿って導電経路Pが形成されるため、アルミニウム素線1の導電性も高めることが可能となる。
【実施例】
【0071】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0072】
[実施例1]
まず、直径が40nm程度、平均長さが5μm程度のカーボンナノチューブを、N,N−ジメチルホルムアミド中で超音波を照射しながら攪拌することにより、CNT分散液を得た。次に、CNT分散液に、純度99.9%、平均粒子径D
50が50μmのアルミニウム粉末を添加して、高速で攪拌した。この際、アルミニウム粉末に対するカーボンナノチューブの含有量が0.10質量%となるように、これらの混合量を調整した。その後、ロータリーエバポレーターを用いてN,N−ジメチルホルムアミドを揮発させることにより、アルミニウム粉末とカーボンナノチューブとを含む混合粉末を調製した。
【0073】
次に、
図5に示す圧粉体成形容器80の空洞部83内に混合粉末を投入し、常温下(20℃)で圧力を20秒加えた。なお、混合粉末には、混合粉末中のアルミニウム粉末の降伏応力以上最大応力以下の圧力が加えられるようにした。この結果、圧粉体成形容器80の空洞部83内で粉末圧粉体が成形された。
【0074】
そして、
図6に示す押出加工装置90の空洞部93内に、粉末圧粉体を投入し、真空雰囲気下、ダイス95の設定温度を500℃とし2分程度保持し、押出加工した。押出加工は、ひずみ速度1s
−1とした。また、押出加工の押出比を4とした。このようにして、直径が4mmである本例のアルミニウム素線を得た。
【0075】
[実施例2]
アルミニウム粉末に対するカーボンナノチューブの含有量が0.50質量%となるように、これらの混合量を調整したこと以外は実施例1と同様にして、本例のアルミニウム素線を得た。
【0076】
[実施例3]
アルミニウム粉末に対するカーボンナノチューブの含有量が1.25質量%となるように、これらの混合量を調整したこと以外は実施例1と同様にして、本例のアルミニウム素線を得た。
【0077】
[比較例1]
まず、
図5に示す圧粉体成形容器80の空洞部83内に、実施例1と同じアルミニウム粉末を投入し、常温下(20℃)で圧力を20秒加えた。なお、アルミニウム粉末には、アルミニウム粉末の降伏応力以上最大応力以下の圧力が加えられるようにした。この結果、圧粉体成形容器80の空洞部83内で粉末圧粉体が成形された。
【0078】
そして、得られた粉末圧粉体を実施例1と同様に押出加工することにより、本例のアルミニウム素線を得た。
【0079】
[比較例2]
アルミニウムとしてJIS A1050−Oを用い、比較例1と同様に押出加工することにより、本例のアルミニウム素線を得た。
【0080】
実施例1〜3乃至比較例1及び2で使用したアルミニウム粉末の種類及びアルミニウム粉末に対するカーボンナノチューブの含有量を表1に示す。
【0081】
【表1】
【0082】
[評価]
(顕微鏡観察)
実施例1で得られたアルミニウム素線の断面を、走査型電子顕微鏡で観察した。
図10はアルミニウム素線の横断面(長手方向に垂直な方向の断面)の観察結果を示し、
図11はアルミニウム素線の縦断面(長手方向の断面)の観察結果を示す。
図10より、アルミニウム結晶粒11間の粒界の一部にカーボンナノチューブ導電経路部20が存在することが分かる。また、カーボンナノチューブ導電経路部20は、アルミニウム結晶粒11間の粒界の全体に存在するのでなく、粒界の一部に存在することが分かる。また、
図11より、カーボンナノチューブ導電経路部20が、アルミニウム素線の長手方向Lに沿って連続的に存在することが分かる。さらに、
図10及び
図11より、アルミニウム素線の縦断面及び横断面の両方において、カーボンナノチューブ導電経路部20の厚みは2nm〜10μmであることが分かる。
【0083】
また、
図10及び
図11より、アルミニウム素線の縦断面及び横断面の両方において、アルミニウム母材を構成する複数のアルミニウム結晶粒11の平均結晶粒径は、30μm以下であることが分かる。
【0084】
なお、実施例1で得られたアルミニウム粉末とカーボンナノチューブとを含む混合粉末の走査型電子顕微鏡写真を
図4に示す。
図4は、単一の混合粉末の写真と、当該混合粉末表面を拡大した写真を示す。
図4に示すように、当該混合粉末では、アルミニウム粉末の表面がカーボンナノチューブにより網目状に均一に覆われていることが分かる。
【0085】
(導電率測定)
実施例1〜3並びに比較例1及び2で得られたアルミニウム素線について、JIS C2525に準拠して導電率を測定した。各例の測定結果を表1に合わせて示す。表1に示すように、実施例1〜3のアルミニウム素線は、カーボンナノチューブを添加しない比較例1及びJIS A1050−Oからなる比較例2と比べて、導電率に優れることが分かる。
【0086】
また、
図12のグラフでは、実施例1〜3並びに比較例1及び2で得られたアルミニウム素線に関し、導電率(Electrical conductivity)とカーボンナノチューブ含有比率(CNT consistency)との関係を示している。なお、
図12中の符号Bは、比較例2のアルミニウム素線の導電率を示している。
図12に示すように、アルミニウム粉末に対するカーボンナノチューブの含有量が0.1〜1.25質量%の範囲で導電率が向上しており、0.25〜0.75質量%の範囲では比較例1の純アルミニウムに比べて導電率がより向上していることが分かる。
【0087】
(引張強さ測定)
実施例1〜3並びに比較例1及び2で得られたアルミニウム素線について、JIS Z2241に準拠して引張強さを測定した。各例の測定結果を表1に合わせて示す。表1に示すように、実施例1〜3のアルミニウム素線は、カーボンナノチューブを添加しない比較例1及びJIS A1050−Oからなる比較例2と比べて、引張強さに優れることが分かる。
【0088】
また、
図13のグラフでは、実施例2及び比較例2のアルミニウム素線における公称応力(Nominal stress)と公称ひずみ(Nominal strain)との関係を示している。
図13に示すように、実施例2のアルミニウム素線は比較例2と比べて公称応力が大きく向上し、カーボンナノチューブを添加することにより、引張強さが良好となることが分かる。
【0089】
このように、実施例に係るアルミニウム素線は、高結晶のカーボンナノチューブを使用し、かつ、カーボンナノチューブの添加量を制御しているため、純アルミニウムの導電率を大幅に超えることが可能となった。また、アルミニウム中にカーボンナノチューブが分散しているため、分散強化機構が現れ、アルミニウム素線の導電性に加えて強度も向上させることが可能となった。アルミニウム素線のこのような材料特性は、素線の長手方向Lへカーボンナノチューブが配向していることに起因すると考えられる。
【0090】
以上、本発明を実施例及び比較例によって説明したが、本発明はこれらに限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内で種々の変形が可能である。