(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記マルテンサイト系ステンレス鋼部材の成分組成が、さらに、質量%で、Mo:4.00%以下を含むことを特徴とする請求項1に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼部材。
前記マルテンサイト系ステンレス鋼部材の成分組成が、さらに、質量%で、W:8.00%以下を含むことを特徴とする請求項1または2に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼部材。
前記マルテンサイト系ステンレス鋼部材の成分組成が、さらに、質量%で、Ni:1.00%以下を含むことを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載のマルテンサイト系ステンレス鋼部材。
前記マルテンサイト系ステンレス鋼部材の成分組成が、さらに、質量%で、Nb:0.10%以下を含むことを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載のマルテンサイト系ステンレス鋼部材。
【背景技術】
【0002】
従来、ステンレス鋼に窒素を添加することで、各種の特性を向上できることが知られている。窒素を添加することで、高価な合金元素を添加することなく、ステンレス鋼の特性を高めることができる。
例えば、オーステナイト組織を有するステンレス鋼の場合、耐食性を向上させるのに有利である。一般的に、ステンレス鋼の耐食性は、それが有する成分組成で定義される耐孔食指数(PRE:Pitting Resistance Equivalent)で評価することができ、この値が大きい程、耐食性に優れる。そして、耐孔食指数の定義式の一例として提案されている「Cr+3.3Mo+30N−Mn」で評価すれば、窒素を1質量%添加したときの耐食性の向上効果は、モリブデンを約9質量%添加したときのそれとほぼ同等である。
また、例えば、マルテンサイト組織を有するステンレス鋼の場合、焼入れ硬度を向上させるのに有利である。つまり、ステンレス鋼に焼入れを行ったとき、鋼中の窒素は、これと同じ侵入型元素である炭素と同様、組織に固溶する。そして、この組織に固溶した窒素量に応じて、ステンレス鋼の硬度が向上する。
【0003】
窒素を添加したステンレス鋼の製造方法として、例えば、溶製工程において、溶鋼に窒化物を添加したり、加圧された窒素雰囲気中で溶解したりすることで、窒素含有量の高いインゴットを製造する方法がある。しかし、溶鋼の時点で添加した窒素量が多いと、凝固時に窒素ガスが発生して、インゴット中にブローホールが生じる。また、上記の窒素雰囲気中での溶解において、これにエレクトロスラグ再溶解を使用した場合、通常のエレクトロスラグ再溶解装置に、加圧窒素雰囲気の維持に係る特別な改造が必要となる。
【0004】
そこで、窒素を添加したステンレス鋼の別の製造方法として、“凝固後の”ステンレス鋼を、加圧された窒素雰囲気中や、アンモニア、窒素プラズマ、塩浴の中で加熱する方法がある。この方法によって、加熱中のステンレス鋼の表面には、窒素が固溶して、または、窒化物が析出して、ステンレス鋼の表面に窒素が添加された「窒素富化層」が形成される。これにより、ステンレス鋼の全体に窒素を添加しなくても、ステンレス鋼の耐食性や耐摩耗性を向上させることができる。
【0005】
上記の「窒素富化層」を形成する具体的な方法として、ステンレス鋼を、アンモニアや窒素プラズマを利用した500℃前後の環境下で処理する「窒化物析出法(いわゆる、窒化処理)」が広く実用化されている。この窒化物析出法によって、ステンレス鋼の表面には、微細な窒化物が析出した窒素富化層が形成されて、この窒素富化層が形成された後のステンレス鋼の表面が硬化する。しかし、この場合、窒素富化層には、ε窒化物といった脆い窒素化合物が生成されやすい。
一方、上記の「窒素富化層」を形成する別の方法として、ステンレス鋼を、窒素雰囲気中で、例えば、1000℃程度の温度に加熱して保持する「窒素吸収処理」がある。窒素吸収処理の場合、窒素は、専ら固溶の状態でステンレス鋼の表面に添加されるので、上記の窒化物析出法のように、脆い窒素化合物が多く生成されることがない。そして、窒化物析出法と比較して、高温で処理するので、窒素富化層を厚く形成させるのに有利である。
【0006】
窒素吸収処理によって、ステンレス鋼の表面に窒素を添加する手法として、以下が提案されている。
まず、オーステナイト組織を有するステンレス鋼については、例えば、「質量%で、Cr:18〜24%、Mo:0〜4%を含むフェライト型ステンレス鋼を、窒素ガスを含む不活性ガスと800℃以上で接触させて窒素吸収処理を行い、製品全体をオーステナイト化させる又は一部をオーステナイト化させ、Niを含まない製品を製造する」方法が提案されている(特許文献1)。
また、「最終形状に近いステンレス鋼製部品を、窒素含有ガス雰囲気中において1000ないし1200℃の温度で窒化し、続いて窒化物の析出が回避されるような速度で冷却することにより、0.30重量%以上の溶解窒素を含むオーステナイト表面層をステンレス鋼に形成する」方法が提案されている(特許文献2)。
【0007】
一方、マルテンサイト組織を有するステンレス鋼については、以下が提案されている。例えば、「重量割合にてCr:13.0〜20.0%、C:0.1%以下、N:0.1%以下を含むと共に残部がFe及び不可避的不純物より成る化学組成を有し、かつ窒化処理層を備えたクロム系ステンレス鋼板であって、内層部はフェライト相の単相、そして窒化表層部にマルテンサイト相が出現した組織を有して成るステンレス鋼板」が提案されている(特許文献3)。このマルテンサイト相組織部について、厚さは10〜30μm程度であり、硬度は250HV程度である。
そして、「成分が、重量%で、Cを0.26〜0.40%の範囲、Siを1%以下の範囲、Mnを1%以下の範囲、Pを0.04%以下の範囲、Sを0.03%以下の範囲、Crを12〜14%の範囲、Nを0.02%以下の範囲、Bを0.0005〜0.002%の範囲でそれぞれ含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼材が窒素雰囲気中で加熱されて表層の窒素濃度が0.25〜0.3%とされ、この後、水焼き入れされてなるマルテンサイト系ステンレス鋼」が提案されている(特許文献4)。この窒素雰囲気中での加熱は、1200℃、0.1MPaの高温の窒素雰囲気中に1〜3時間保持する固相窒素吸収法とし、これにより鋼材表層の窒素濃度が0.25〜0.3%になるまで窒素を吸収させることで、700HV以上の表面硬度を得るものである。
また、0.4質量%以下の炭素を含有するステンレス鋼をAc1点以上に加熱して、その表面に0.2〜0.8質量%の窒素を拡散させ、そのまま直接焼入れ、焼戻しをすることにより、表面を硬化させる方法が提案されている(特許文献5)。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の特徴は、窒素吸収処理によって表面に窒素富化層が形成された「ステンレス鋼部材」に、焼入れ焼戻しを行って製造される「ステンレス鋼部品」について、その窒素富化層が形成された表面(つまり、各種ステンレス鋼部品の作業面)の耐食性および耐摩耗性を向上させた点にある。
つまり、耐摩耗性については、まず、その母材となるステンレス鋼自体を、焼入れ焼戻しによって“マルテンサイト組織を発現する”成分組成に調整したものである。そして、この上で、上記の成分組成に対し、「0.80〜2.00質量%」という多量の窒素が添加された窒素富化層を、上記の母材表面に形成させたことで、焼入れ焼戻し後のステンレス鋼部品の表面(すなわち、窒素富化層)について「650HV以上」の高硬度を達成したものである。
そして、耐食性については、上記の窒素富化層の形成に加えて、上記の“マルテンサイト組織を発現する”ステンレス鋼の成分組成において、さらに、炭素量を低めに調整したことで、ステンレス鋼部品のマルテンサイト組織における粗大な炭化物の形成を抑制し、この炭化物を起点とした腐食の発生を抑制したものである。そして、この上で、上記のマルテンサイト組織に確認される平均結晶粒径を「20μm以下」としたことで、破壊や腐食の起点となる粒界を分散化し、疲労特性、耐食性を高めている。
以下、本発明のステンレス鋼部材について、これを用いてなるステンレス鋼部品、そして、これらの達成に好ましい製造方法も合わせて、説明する。
【0017】
(1)本発明のステンレス鋼部材は、質量%で、C:0.10〜0.40%、Si:1.00%以下、Mn:0.10〜1.50%、Cr:10.0〜18.0%、N:2.00%以下、残部Feおよび不純物の成分組成でなるものである。
上述の通り、本発明のステンレス鋼部材は、これに焼入れ焼戻しを行って作製されるステンレス鋼部品において、その焼入れ焼戻し組織が“マルテンサイト組織を発現する”成分組成を有している。そして、この成分組成について、以下の通りである。
【0018】
・C:0.10〜0.40質量%(以下、単に「%」と表記)
Cは、フェライトの安定化を抑制して、マルテンサイト組織の硬度を高める元素である。そして、上記のマルテンサイト組織において、結晶粒の粗大化を抑制する元素である。
しかし、Cが多すぎると、溶製工程の凝固時において、凝固組織に粗大なCr系炭化物が晶出する。そして、この粗大なCr系炭化物は、焼入れ焼戻し後のマルテンサイト組織でも消失せず、これが腐食の起点となり、ステンレス鋼部品の表面の耐食性を劣化させる。また、冷間加工性が低下して、所定形状のステンレス鋼部材やステンレス鋼部品に仕上げるまでの歩留りが低下する。このとき、本発明においては、ステンレス鋼部品の表面の高硬度化を、後述する窒素富化層の形成に大きく依って達成するので、ステンレス鋼自体の成分組成を“低炭素”に設計することが可能である。
よって、Cの含有量は、0.10〜0.40%とする。なお、下限について、好ましくは0.11%、より好ましくは0.12%、さらに好ましくは0.13%である。また、上限について、好ましくは0.38%、より好ましくは0.36%、さらに好ましくは0.34%である。
【0019】
・Si:1.00%以下
Siは、製鋼時の脱酸剤等として使用され、不可避的に含まれ得る元素である。そして、Siが多すぎると、焼入性が低下する。よって、Siの含有量は、1.00%以下とする。好ましくは0.80%以下、より好ましくは0.65%以下、さらに好ましくは0.50%以下である。なお、下限について、特に限定は要しない。そして、0.01%以上の含有が現実的である。
【0020】
・Mn:0.10〜1.50%
Mnは、製鋼時の脱酸剤等として使用され、不可避的に含まれ得る元素である。そして、本発明においては、組織への窒素の固溶を促進する効果を有する元素である。
しかし、多すぎると、オーステナイトが安定となり、マルテンサイト組織が得られ難くなる。
よって、Mnの含有量は、0.10〜1.50%とする。なお、下限について、好ましくは0.20%、より好ましくは0.30%、さらに好ましくは0.40%である。また、上限について、好ましくは1.30%、より好ましくは1.10%、さらに好ましくは1.00%である。
【0021】
・Cr:10.0〜18.0%
Crは、ステンレス鋼の表面に非晶質の不動態皮膜を形成して、ステンレス鋼に耐食性を付与する元素である。また、ステンレス鋼に固溶できる窒素量を増加させる効果もあり、後述する窒素富化層の形成に有効に働く元素である。
一方、Crが多すぎると、フェライトが安定化して、本発明のステンレス鋼部品の中心部でマルテンサイト化が十分に進まず、部品全体としての強度が低下する。また、後述する窒素富化層の形成時において、窒素吸収処理で加熱中のステンレス鋼の表面組織が、窒素を固溶してオーステナイト化するのに時間を要し、製造効率が低下する。
よって、Crの含有量は、10.0〜18.0%とする。好ましくは、15.0%未満とする。より好ましくは、14.0%以下とする。また、好ましくは、12.0%以上とする。
【0022】
・N(窒素):2.00%以下
本発明において、窒素吸収処理が行われる前の「ステンレス鋼」が含み得る窒素は、あくまでも「不純物」であることを想定している。例えば、0.02%以下といった窒素量である。しかし、ステンレス鋼の形状が、例えば板材や帯材、箔材といったように、厚さの小さい(薄い)ものであると、窒素吸収処理を行ったときに、窒素が、それを吸収させたい目的の部分であるステンレス鋼の表面を超えて、ステンレス鋼の中心部分にまで(すなわち、ステンレス鋼の全体に亘って)、吸収され得る場合もある。
よって、ステンレス鋼部材の状態における窒素の含有量は、窒素吸収処理が行われる前の不純物のレベルから、結果的には、窒素吸収処理で添加され得る量までを想定して、2.00%以下とする。
【0023】
本発明のステンレス鋼部材では、上記の元素種を含み、残部がFeおよび不純物でなる成分組成を基本的な成分組成とすることができる。そして、この基本的な成分組成に対し、下記の元素種を含有することも可能である。
【0024】
・Mo:必要に応じて、4.00%以下
Moは、ステンレス鋼の耐食性を高めるのに効果的な元素である。そして、固溶状態で、Crによる不動態皮膜の機能を強化する効果を有する。Crによる不動態皮膜は、それ自体にも自己修復機能がある。そして、Moには、Crによる不動態皮膜が疵ついたときに、その疵ついた場所のCr量を高めて、不動態皮膜の修復力を強める働きがある。さらに、Moには、ステンレス鋼の窒素吸収を促す大きな効果がある。
一方、Moが多すぎると、Crと同様、フェライトが安定化して、ステンレス鋼部品全体としての強度が低下する。また、後述する窒素富化層の形成時において、窒素吸収処理に時間を要し、製造効率が低下する。
よって、Moは、必要に応じて、4.00%以下を含有することができる。好ましくは3.00%以下、より好ましくは2.50%以下、さらに好ましくは2.00%以下である。なお、Moを含有する場合、好ましくは0.10%以上、より好ましくは0.50%以上、さらに好ましくは1.00%以上である。
【0025】
・W:必要に応じて、8.00%以下
Wは、Moと同様の効果を有する。そして、Wの原子量は、Moの約2倍であることから、Moと同等の効果量を得るためのWの含有量は、Moの2倍量とみなすことができる。
よって、Wは、必要に応じて、8.00%以下を含有することができる。好ましくは6.00%以下、より好ましくは5.00%以下、さらに好ましくは4.00%以下である。そして、コスト等を考慮した場合、特に2.00%以下が好ましい。なお、Wを含有する場合、コスト等を考慮して、好ましくは0.10%以上、より好ましくは0.30%以上、さらに好ましくは0.50%以上である。
【0026】
・Ni:必要に応じて、1.00%以下
Niは、腐食の初期において、これ以上の腐食が進行することを抑える効果がある。また、組織における基地の靱性を高める効果がある。
一方、Niが多すぎると、オーステナイトが安定になりマルテンサイト組織が得られ難くなる。
よって、Niは、必要に応じて、1.00%以下を含有することができる。そして、ステンレス鋼部品がマルテンサイト組織を有する本発明においては、Niの含有量を1.00%以下に抑えることが重要である。好ましくは0.90%以下、より好ましくは0.80%以下である。なお、Niを含有する場合、好ましくは0.10%以上、より好ましくは0.20%以上、さらに好ましくは0.40%以上である。
【0027】
・Nb:必要に応じて、0.10%以下
Nbは、焼入れ焼戻し後のステンレス鋼部品において、そのマルテンサイト組織の結晶粒の粗大化を抑制する効果を有する。
但し、Nbが多すぎると、窒素がNb窒化物を生成して、固溶窒素が減少し、硬度の向上効果を低下させる。
よって、Nbは、必要に応じて、0.10%以下を含有することができる。好ましくは0.09%以下、より好ましくは0.08%以下である。なお、Nbを含有する場合、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.03%以上である。
【0028】
以上に述べた成分組成は、本発明の「ステンレス鋼部材」に適用できる他に、このステンレス鋼部材に焼入れ焼戻しを行って得られる本発明の「ステンレス鋼部品」にも適用できる。そして、これらステンレス鋼部材やステンレス鋼部品の母材である、後述する窒素吸収処理が行われる前の(表面に窒素富化層が形成される前の)「ステンレス鋼」にも適用できる。ステンレス鋼部材(または鋼部品)と、この母材となるステンレス鋼との成分組成を比較した場合、後述する窒素吸収処理によってステンレス鋼部材で増加するN量は全体の成分組成に対して僅かである。よって、ステンレス鋼部材(または鋼部品)と、その母材であるステンレス鋼の成分組成は、ステンレス鋼のN量を「2.00%未満(つまり、ステンレス鋼部材やステンレス鋼部品が含有するN量の上限未満)」としていることを除いて、その全体において実質的に同一とみなすことができる。
【0029】
(2)本発明のステンレス鋼部材は、上記の(1)で説明したステンレス鋼の表面に窒素富化層を有し、この窒素富化層の窒素量が上記のステンレス鋼の中心部分の窒素量と同等以上であり、かつ、0.80〜2.00質量%のものである。
本発明のステンレス鋼部材は、これに焼入れ焼戻しを行って作製されるステンレス鋼部品の状態において、優れた耐食性および耐摩耗性を達成するために、この部材の表面に、窒素を添加した「窒素富化層」を有するものである。そして、この窒素富化層は、後述する窒素吸収処理等によって、上述したステンレス鋼の成分組成に、窒素を“直接”添加して形成されるものである。
すなわち、本発明に係る窒素富化層の成分組成は、この窒素富化層が形成される前のステンレス鋼(母材)の成分組成に、所定量の窒素を添加して、この窒素を添加した後のステンレス鋼の成分組成を“改めて分析し直した”成分組成である。そして、本発明に係る窒素富化層は、この分析し直した成分組成において、上記のステンレス鋼の母材が含む窒素量(つまり、窒素富化層が形成された後のステンレス鋼の中心部分の窒素量)と同等以上であり、かつ、「0.80〜2.00質量%」の効果的なN(窒素)量を含有するものである。
【0030】
母材となるステンレス鋼の表面に窒素を添加して、窒素富化層を設けることで、ステンレス鋼部品の表面(すなわち、窒素富化層)を高硬度化することができる。この高硬度化の作用については、炭素も窒素と同様の効果を有している。しかし、それぞれの元素のステンレス鋼への添加量について、炭素の場合、その添加量が0.80質量%に達した辺りで硬度の向上効果が飽和する。これに対し、窒素の場合だと、その添加量が0.80質量%に達した以降も、硬度が向上する。但し、この窒素の添加量が2.00質量%の辺りを超えると靱性が低下する。よって、本発明に係る窒素富化層の窒素量は、上記の成分組成の定義において、0.80〜2.00質量%とする。好ましくは0.85質量%以上であり、より好ましくは0.90質量%以上である。さらに好ましくは1.00質量%以上である。そして、この窒素の含有量によって、ステンレス鋼部品の表面は、650HV以上の高硬度の達成が可能である。好ましくは670HV以上であり、より好ましくは700HV以上である。さらに好ましくは720HV以上である。なお、この硬さの上限を指定する必要はないが、800HV以下が現実的である。
【0031】
なお、このとき、ステンレス鋼の表面に添加した窒素は、このステンレス鋼の成分組成を、上述の“マルテンサイト組織を発現する”成分組成に調整したことで、このステンレス鋼の組織への固溶が促される。この固溶による効果については、炭素も窒素と同じ効果を有する。しかし、後述する窒素吸収処理での加熱時において、窒素は炭素よりもオーステナイト組織への固溶能が大きい。そして、窒素は、本発明に係るステンレス鋼が多量に含有するCrとの親和力が強いため、窒素富化層における窒素の固溶量を増やすことができる。そして、この一方で、窒素富化層における脆いε窒化物の形成量は減り、また、ステンレス鋼の低炭素化による粗大な炭化物の形成量も減る。これら総合的な効果によって、本発明のステンレス鋼部品の表面では、上述の高硬度化に加えて、オーステナイト系のステンレス鋼で効果的であった耐食性の向上も達成される。
【0032】
そして、このような効果的なN量を含む成分組成を有した窒素富化層が、ステンレス鋼部材(または、ステンレス鋼部品)の表面に、少なくとも0.05mm程度の効果的な厚さで形成されていることが、ステンレス鋼部品の耐食性および耐摩耗性の向上に効果的である。好ましくは0.1mm以上、より好ましくは0.15mm以上に及ぶ厚さで形成されていることが効果的である。ステンレス鋼部材が、上記の効果的なN量および効果的な厚さでなる「効果的な窒素富化層」を表面に有することで、ステンレス鋼部品の耐食性および耐摩耗性を向上させることができる。
【0033】
そして、本発明のステンレス鋼部材の形状が、例えば板材や帯材、箔材であり、その厚さが0.3mm以下であるときに、このステンレス鋼部材の表面から少なくとも0.05mmの深さまでの範囲を、N量が0.80〜2.00質量%の窒素富化層とすることで、ステンレス鋼部材の厚さに対して十分な厚さ(深さ)の窒素富化層を確保でき、ステンレス鋼部品の耐食性および耐摩耗性を向上させることができる。そして、厚さが0.3mm以下である本発明のステンレス鋼部材では、その両方の表面(表裏面)に、上記の窒素富化層を有することが好ましい。上記の窒素富化層の成分組成は、その全体において、「質量%で、C:0.10〜0.40%、Si:1.00%以下、Mn:0.10〜1.50%、Cr:10.0〜18.0%、N:0.80〜2.00%、残部Feおよび不純物の成分組成」と表記することができる。
本発明のステンレス鋼部材の厚さは、その下限の設定を特に要しない。但し、製造効率やハンドリング性等の面で、例えば、0.02mm以上が現実的である。
【0034】
なお、厚さTが0.3mm以下である本発明のステンレス鋼部材においては、そのステンレス鋼部材の厚さの中心(つまり、ステンレス鋼部材の表面からT/2の深さの位置)や中心部(つまり、ステンレス鋼部材の表面から少なくとも0.05mmの深さまでの範囲を除いた範囲)のN量は、窒素富化層のN量(つまり、0.80質量%以上のN量)を含んでいなくてもよい。そして、このときのステンレス鋼部材の中心や中心部のN量は、例えば、ステンレス鋼の母材のときのN量が維持されており、具体的には、2.00%未満の範囲で窒素富化層のN量より低いN量であるとか、0.80%未満のN量であることが考えられる。そして、このようなステンレス鋼部材に焼入れ焼戻しを行って得たステンレス鋼部品の中心や中心部の硬さは、650HV未満であることが考えられる。例えば、ステンレス鋼の母材を“そのまま” 焼入れ焼戻ししたときの硬さである。
【0035】
一方、本発明のステンレス鋼部材の中心や中心部のN量は、無論、窒素富化層のN量(0.80〜2.00質量%)と同等(同値)であってもよい。ステンレス鋼の母材の形状が薄い(小さい)ものであると、窒素吸収処理を行ったときに、窒素が、上記したステンレス鋼の母材の中心にまで吸収され得る場合がある。つまり、言わば、ステンレス鋼部材の“全体が”窒素富化層である場合である。
そして、本発明のステンレス鋼部材の厚さTが0.1mm以下である場合、その表面が上記の効果的な窒素富化層(厚さ≧0.05mm)を有したときに、ステンレス鋼部材の中心(つまり、ステンレス鋼部材の表面からT/2の深さの位置)のN量も“必然的に”窒素富化層のものと同等(同値)になる。そして、本発明のステンレス鋼部材が、上記の効果的な窒素富化層を、そのステンレス鋼部材の両方の表面(表裏面)に有したとき、このステンレス鋼部材(または部品)の成分組成は、その全体において、「質量%で、C:0.10〜0.40%、Si:1.00%以下、Mn:0.10〜1.50%、Cr:10.0〜18.0%、N:0.80〜2.00%、残部Feおよび不純物の成分組成」と記載することもできる。このようなステンレス鋼部材であっても、これをステンレス鋼部品に仕上げたときに、優れた耐食性および耐摩耗性を達成することができる。
【0036】
(3)本発明のステンレス鋼部材において、上述の成分組成でなる窒素富化層は、その母材となるステンレス鋼を、窒素雰囲気中で860℃以上に加熱して保持することで形成することが好ましい。そして、この窒素富化層を形成した後のステンレス鋼(部材)を、冷却することが好ましい。
マルテンサイト系ステンレス鋼の硬度の向上に寄与する窒素量の効果は、炭素量のそれと比べると若干低い。従って、本発明に係る低炭素のステンレス鋼を母材とした場合に、その表面に上記の窒素富化層を形成する高硬度化においては、その窒素富化層中に多量の窒素を添加できる手法が必要である。
そこで、ステンレス鋼の表面に窒素を添加できる手法として、ステンレス鋼を窒素雰囲気中で加熱して保持する「窒素吸収処理」が有効である。窒素雰囲気として、例えば、窒素ガスを使用できる。そして、具体例として、この窒素ガスが90体積%以上含まれた雰囲気である。しかし、従来、この窒素吸収処理によって、ステンレス鋼の表面に「0.80質量%以上」もの窒素を添加するとなると、このステンレス鋼を1000℃を超える程の高温に加熱して、長時間保持する必要があった。そして、この高温長時間の加熱保持だと、多量の窒素は添加できるが、それと同時に、ステンレス鋼全体の結晶粒が粗大化する問題があった。結晶粒が粗大化すると、強度特性が劣化し、疲労強度が劣化する。
【0037】
これに対して、本発明の提案したステンレス鋼であれば、オーステナイト組織への窒素の固溶量が大きくなるように成分組成が調整されているので、860℃以上の保持温度で、窒素富化層に0.80質量%以上の窒素を添加することが可能である。従来のステンレス鋼の場合、同様の保持温度で、窒素富化層への窒素の添加量は、0.5質量%前後が限度であった。また、連続加熱炉等を想定した、数分程度の短時間の保持時間であると、0.3質量%前後が限度であった。さらに、本発明の提案したステンレス鋼であれば、その厚さが0.3mm以下であるので、上記の窒素吸収処理でステンレス鋼の表面から吸収されたNが、ステンレス鋼の中心に拡散したとしても、ステンレス鋼の表面でも十分量のNを確保できて、効果的な厚さ(深さ)の窒素富化層を形成することができる。
【0038】
そして、本発明の場合、ステンレス鋼の表面に上記の窒素富化層を形成した後には、この窒素富化層が形成されたステンレス鋼を“一旦冷却して”ステンレス鋼部材とすることが重要である。例えば、高くても200℃まで(室温を含む)冷却することである。そして、この冷却したステンレス鋼部材を、改めて、焼入れ温度に加熱して、焼入れを行えば、変態点を繰り返し通過することで、結晶粒を微細化することができる。焼入れ加熱を行うことにより、ステンレス鋼の組織には新しいオーステナイト粒が形成されるため、結晶粒は細分化され、ステンレス鋼部品のマルテンサイト組織における平均結晶粒径(つまり、旧オーステナイト粒径)を「20μm以下」にすることができる。平均結晶粒径を20μm以下にすることで、ステンレス鋼部品の耐疲労特性、耐食性を向上させることができる。好ましくは18μm以下、より好ましくは16μm以下、さらに好ましくは14μm以下である。
なお、上記の平均結晶粒径の下限を指定する必要はない。但し、8μm以上が現実的である。
【0039】
なお、本発明に係る上記の窒素吸収処理において、保持温度の上限は、結晶粒の粗大化に配慮すれば、1000℃以下が好ましい。そして、この温度範囲の中で、保持温度と保持時間との最適な組み合わせを設定することが好ましい。例えば、1時間以上や2時間以上の保持時間である。または、6時間以下や5時間以下の保持温度である。また、窒素吸収処理中の窒素雰囲気を「加圧雰囲気」とすることで(大気圧を含む)、ステンレス鋼表面への窒素の吸収が促進されるので、特に、保持時間の短縮に効果的である。
本発明に係る上記の窒素吸収処理において、好ましい保持温度は870℃以上である。より好ましくは880℃以上、さらに好ましくは890℃以上である。特に好ましくは900℃以上である。また、より好ましい保持温度は980℃以下、さらに好ましくは970℃以下である。
【0040】
そして、本発明の場合、上記の窒素吸収処理を終えた後のステンレス鋼(部材)は、上述の通り、一旦冷却して、その形成された窒素富化層の組織をフェライト組織またはマルテンサイト組織とする。そして、この冷却したステンレス鋼部材に、焼入れを行えば、その加熱工程で窒素富化層の組織が再びオーステナイト変態し、新たなオーステナイト粒が生成されて、結晶粒の微細化が達成される。焼入れ温度は、例えば、950〜1200℃である。
そして、上記の焼入れ温度への加熱雰囲気は、窒素富化層への化学的な影響(N量の変化)を抑制できる「非酸化性雰囲気」とすることが好ましい。非酸化性雰囲気として、例えば、真空環境(減圧雰囲気を含む)や、水素ガス等の非酸化性ガスを使用できる。そして、具体例として、非酸化性ガスが90体積%以上含まれた純度の非酸化性雰囲気である。また、焼入れ後には、マルテンサイト組織への変態促進および微細化された結晶粒の安定化のために、サブゼロ処理を行うことが好ましい。
そして、この焼入れを終えたステンレス鋼部材に、焼戻しを行うことで、その組織中の平均結晶粒径が20μm以下であり、表面の窒素富化層の硬度が650HV以上のステンレス鋼部品を得ることができる。焼戻し温度は、例えば、150〜650℃である。なお、耐食性を重視する場合には、焼戻しは「低温焼戻し」とすることが好ましい。例えば、200〜400℃である。焼戻し温度を低くすることによって、窒素富化層にCr系の炭化物や窒化物等が析出することを抑制でき、この析出箇所に隣接する部分のCrの欠乏を抑制できるので、窒素富化層の耐食性を高く維持できる。
【0041】
本発明の場合、上記の窒素吸収処理を行う前のステンレス鋼には、例えば、インゴットの時点で、1200℃前後の高い温度で長時間保持するソーキング処理を行ってもよい。本発明に係るステンレス鋼の場合、凝固時に粗大なCr系炭化物が晶出しない成分設計を行っている。但し、大型のインゴットでは偏析により、粗大なCr系炭化物が晶出する場合がある。この場合、上述したソーキング処理によって、上記の粗大なCr系炭化物を組織に固溶させることができる。
また、上記の窒素吸収処理を行う前のステンレス鋼は、機械加工等によって、略部品(製品)形状に整えておくことが好ましい。窒素を含まない低炭素鋼の状態であれば、加工しやすく、製造歩留りも大きい。よって、窒素添加で硬化する前に、できるだけ最終形状に近い形状まで加工しておくことが望ましい。
【実施例1】
【0042】
高周波誘導溶解炉で溶解した10kgの溶湯を鋳造して、表1に示す化学成分を有したステンレス鋼のインゴットを作製した。なお、これらインゴットのN含有量は0.02%以下であった。次に、これらのインゴットに、鍛造比が10程度の熱間鍛造を行い、冷却後、780℃で焼鈍して、焼鈍材を得た。そして、これらの焼鈍材から厚さ1mmの板材を切り出して、この板材に冷間圧延を行い、厚さTが0.15mmの帯材を得た。
【0043】
上記の帯材でなるステンレス鋼の母材に、大気圧の窒素ガス(純度99%)でなる窒素雰囲気中で加熱する「窒素吸収処理」を行ってから、600℃以下まで炉冷し、炉外(室温)に取り出して、ステンレス鋼部材を作製した。上記の窒素吸収処理における加熱温度および保持時間は、表1の通りである。そして、上記の窒素吸収処理で形成された窒素富化層の窒素含有量も、表1に示す。
なお、本実施例においては、窒素吸収処理に供したステンレス鋼の形状が、厚さ0.15mmの薄い帯材であったことから、その両方の表面(表裏面)より厚さ方向の全域に亘って、同等の濃度の窒素が添加されていたことを、EPMA(電子線マイクロアナライザ)で確認した。よって、窒素富化層が含有する窒素量は、試料の表面から中心までを含む試料全体で求めた窒素量に代えることができた。そして、試料全体としての窒素量の分析は、試料全体を溶融させて発生した窒素の量を、熱伝導度から求めて、これを窒素富化層が含有する窒素量とした。
【0044】
次に、このステンレス鋼部材に、焼入れ焼戻しを行って、ステンレス鋼部品を作製した。焼入れは、1100℃に加熱した水素ガス(大気圧、純度99%)でなる雰囲気の炉内に、上記のステンレス鋼部材を2分間投入した後、これを急冷するものとした。なお、焼入れ後には、−75℃のサブゼロ処理を行った。焼戻し温度は、350℃とした。
そして、ステンレス鋼部品のマルテンサイト組織の平均結晶粒径および窒素富化層の硬度を測定した。
平均結晶粒径は、線分法で測定した。まず、ステンレス鋼部品の厚さ方向における断面(いわゆるTD断面)の組織を、光学顕微鏡(×1000倍)で観察した(
図3)。次に、この観察した視野に厚さ分の長さ(150μm)の直線を引いて、この直線と交差する結晶粒界の数をカウントした。そして、上記の150μmの長さを、このカウント数で割って、これを仮の平均結晶粒径とした。そして、この操作を、ステンレス鋼部品の厚さ方向で5本、これと直行する方向(長さ方向)で5本の、計10本の異なる直線で実施して、10個の仮の平均結晶粒径を得て、これを平均して平均結晶粒径とした。
硬度の測定位置は、上記の理由にて「窒素富化層」の位置とみなせる、帯材の厚さ方向の中心とした。
これらの測定結果を、表1に示す。
【0045】
また、ステンレス鋼部品の表面に35℃の5%塩水を5時間噴霧する塩水噴霧試験を行い、耐食性を評価した。耐食性の評価は、表面における錆の発生状況を観察して行った。そして、その評価基準は、
図1および
図2に示した錆の発生状況を基準として、
図1よりも錆の発生が軽微なものを「◎(効果大)」、
図1よりも錆の発生が顕著であるが、
図2のそれよりも軽微なものを「○(効果あり)」、
図2よりも錆の発生が顕著なものを「△(効果なし)」とした。これらの結果も、併せて表1に示す。
【0046】
【表1】
【0047】
試料No.1は、母材に用いたステンレス鋼の炭素量を高めて、かつ、窒素吸収処理を行わないことで、ステンレス鋼部品の表面の高硬度化を「炭素添加の効果」で狙ったものである。マルテンサイト組織における平均結晶粒径は20μm以下であった。そして、塩水噴霧試験の結果が、
図2に示す錆の発生状況であり、全体的に錆が発生していた。なお、
図3は、参考までに、上記の焼戻し温度を550℃としたときの、試料No.1の、厚さ方向における断面組織を、光学顕微鏡(×1000倍)で観察したミクロ写真である(図の上下限が、帯材の両表面に相当する)。焼戻し温度を550℃にして観察することで炭化物の形状を確認しやすい。
図3より、試料No.1には、やや粗大な炭化物が確認された。
【0048】
試料No.2〜4は、同じ成分組成のステンレス鋼を母材として、これに種々条件の窒素吸収処理を行ったものである。
試料No.2は、母材であるステンレス鋼の成分組成が適正であったこと等に起因して、優れた耐食性を示した。また、マルテンサイト組織の平均結晶粒径は20μm以下であった。しかし、窒素吸収処理時の加熱・保持温度が低かったこと等に起因して、窒素富化層に含まれる窒素量が低く、硬度が650HV未満であった。
試料No.3もまた、窒素富化層には若干の窒化物の形成があったものの、母材であるステンレス鋼の成分組成が適正であったこと等に起因して、十分な耐食性を示した。マルテンサイト組織の平均結晶粒径も20μm以下であった。そして、窒素吸収処理時の加熱・保持温度が950℃と適正であったこと等に起因して、窒素富化層が含む窒素量が0.97質量%と高く、硬度が700HVにも及ぶ、高硬度化を達成した。
図4は、参考までに、上記の焼戻し温度を550℃としたときの、試料No.3の断面組織のミクロ写真を示す。観察の要領は、
図3のときと同じである(以下、
図5、6についても、同じである)。試料No.1(
図3)に比べて、粗大な炭化物は観察されず、均一なマルテンサイト組織が得られていた。
試料No.4は、窒素吸収処理時の加熱・保持温度を1100℃にまで高めたものである。但し、保持時間は5分とし、そして、この保持後には、次工程である焼入れ加熱前の“冷却”を経ずに、そのまま“直接焼入れ”を行ったものである(つまり、本発明に係るステンレス鋼“部材”の状態を経なかったものである)。その結果、窒素富化層が含む窒素量は0.23質量%と少なく、また、これら一連の熱処理過程で変態点の通過回数が少なかったこと等に起因して、平均結晶粒径も20μmを超えていた。そして、硬度および耐食性の両特性において、向上が見られなかった。参考までに、
図5に、上記の焼戻し温度を550℃としたときの、試料No.4のミクロ組織写真を示す。
【0049】
試料No.5は、母材であるステンレス鋼が、約2%のMoを含むものである。このMoの含有によって、母材が窒素を吸収しやすくなり、窒素富化層が含有する窒素量が増加した。そして、試料No.5は、試料全体の組織がほぼ完全にマルテンサイト化していたことも相まって(
図6は、上記の焼戻し温度を550℃としたときの、試料No.5の断面組織のミクロ写真である。)、窒素富化層の硬度が700HVを超える高硬度を達成した。また、試料No.5は、耐食性にも優れていた。そして、平均結晶粒径は20μm以下であった。
【0050】
試料No.6は、母材であるステンレス鋼に微量のNbを添加したものである。そして、窒素富化層が含有する窒素量が高く、かつ、マルテンサイト組織の平均結晶粒径も20μm以下であり、硬度および耐食性の両特性において優れていた。
【0051】
試料No.7、8は、炭素量を高めに調整した、同じ成分組成のステンレス鋼を母材として、これに種々条件の窒素吸収処理を行ったものである。そして、両試料において、組織には粗大な炭化物の形成がなく、優れた耐食性を達成した。但し、試料No.7は、窒素吸収処理時の加熱・保持温度が低かったこと等に起因して、窒素富化層が含有する窒素量が低く、その硬度が650HV未満であった。なお、両試料ともに、マルテンサイト組織の平均結晶粒径は20μm以下であった。
【0052】
試料No.9は、母材であるステンレス鋼が含むCrを8%程度に調整したものである。そして、このCr量を低減したことで、母材が窒素を吸収し難くなり、窒素富化層が含有する窒素量が低かった。そして、十分な耐食性を得られなかった。なお、組織の平均結晶粒径は20μmを超えていた。
【0053】
試料No.10、11は、母材であるステンレス鋼にWを添加したものである。そして、Moを添加したときと同様、窒素富化層が含有する窒素量が増加して、700HVを超える高硬度と、十分な耐食性を達成した。なお、両試料ともに、マルテンサイト組織の平均結晶粒径は20μm以下であった。
【0054】
試料No.12は、母材であるステンレス鋼が含むCrを17%にまで高めて、かつ、2%程度のMoを添加したものである。これによって、母材が実に窒素を吸収しやすくなり、他の試料とほぼ同条件の窒素吸収処理であっても、窒素富化層に多量の窒素を添加できた。そして、組織が十分にマルテンサイト化しており、窒素富化層が750HV程度にも及ぶ高硬度を達成した。また、試料No.12は、耐食性にも優れていた。そして、組織の平均結晶粒径は20μm以下であった。
【0055】
試料No.13は、母材であるステンレス鋼にNiを添加したものである。そして、窒素富化層が含有する窒素量が高く、かつ、マルテンサイト組織の平均結晶粒径も20μm以下であり、優れた硬度と、十分な耐食性を達成した。
【実施例2】
【0056】
表1の試料No.5の母材の成分組成を有したインゴットを用いて、実施例1と同じ要領で、表2に示す4種類の厚さTの帯材(または板材)を作製した。そして、これらの帯材でなるステンレス鋼の母材に、大気圧の窒素ガス(純度99%)でなる窒素雰囲気中で加熱する「窒素吸収処理」を行ってから、600℃以下まで炉冷し、炉外(室温)に取り出して、ステンレス鋼部材を作製した。この窒素吸収処理における加熱温度および保持時間は、950℃×3時間とした。そして、この窒素吸収処理によって、ステンレス鋼部材の表面に形成された窒素富化層(N≧0.80質量%)の表面からの深さを測定した。なお、このとき、窒素富化層を特定するためのN量は、後述する焼入れ焼戻し後のステンレス鋼部品の状態で測定しても実質同値であるので、ステンレス鋼部品の時点で測定した。
【0057】
次に、上記のステンレス鋼部材に、焼入れ焼戻しを行って、ステンレス鋼部品を作製した。焼入れは、1100℃に加熱した水素ガス(大気圧、純度99%)でなる雰囲気の炉内に、上記のステンレス鋼部材を、全ての厚さに共通して、2分間投入した後、これを急冷するものとした。なお、焼入れ後には、−75℃のサブゼロ処理を行った。焼戻し温度は、350℃とした。
そして、これらステンレス鋼部品のマルテンサイト組織の平均結晶粒径と、ステンレス鋼部品に形成された窒素富化層のN量、深さおよび硬さとを、測定した。
【0058】
平均結晶粒径の測定要領は、実施例1に準じた。そして、窒素富化層のN量、深さおよび硬さの測定については、まず、試料No.5の母材の成分組成を有するステンレス鋼について、この成分組成のN量が変化したときの、N量と硬さとの関係を示した「検量線」を準備した(
図7)。そして、ステンレス鋼部品の厚さ方向における断面(いわゆるTD断面)の組織において、その厚さ方向の硬さ分布を実測して、この実測で得た硬さに対応するN量を、上記の検量線を用いて照らし合わせることで、表2に示す4種類のステンレス鋼部品の硬さ分布に対応した、換算したN量の分布を知ることができた。
図8に、上記の4種類のステンレス鋼部品の厚さ方向の硬さ分布を示す。
そして、上記の4種類のステンレス鋼部品の表面からのN量を評価して、その値が「0.80〜2.00質量%」である部分を窒素富化層とし、この窒素富化層の深さを特定することができた。なお、上記の検量線による測定の結果において、上記の4種類のステンレス鋼部品は、その厚さ方向の全ての範囲で、換算したN量が「2.00質量%以下」であった。
図9に、上記の4種類のステンレス鋼部品の厚さ方向のN量分布を示す。
【0059】
そして、ステンレス鋼部品の表面に35℃の5%塩水を5時間噴霧する塩水噴霧試験を行い、耐食性を評価した。耐食性の評価は、実施例1に準じ、「◎(効果大)」、「○(効果あり)」、「△(効果なし)」で評価した。以上の結果を、表2に纏めて示す。
【0060】
【表2】
【0061】
表2において、試料No.21、22は、厚さが0.3mm以下のステンレス鋼部品(部材)であり、窒素吸収処理で両方の表面(表裏面)から吸収されたNは、その中心にまで及んでいた。そして、その厚さの全範囲に亘って、N量が「0.80〜2.00質量%」であり(つまり、ステンレス鋼部品(部材)の全体が、窒化富化層であるとみなせる)、焼入れ焼戻し後において、650HV以上の表面硬さを達成した。そして、平均結晶粒径も20μm以下であり、耐食性にも優れていた。
一方、試料No.23、24は、厚さが0.3mmを超えるステンレス鋼部品(部材)である。試料No.23、24においても、その中心のN量は、ステンレス鋼の母材の窒素量(0.02%以下)に比べて高く、窒素吸収処理で表面から吸収されたNは、その中心にまで及んでいた。しかし、N量が「0.80質量%以上」の部位である窒素富化層の厚さ(表面からの深さ)が0.05mm未満と小さく、焼入れ焼戻し後の表面から0.05mmの深さの位置における硬さが650HV未満であった。なお、平均結晶粒径は20μmを越えていた。耐食性は、試料No.21、22と比べて同等であった。