【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「エネルギー・環境新技術先導プログラム/超臨界地熱開発実現のための革新的掘削・仕上げ技術の創出」委託業務、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
円柱状のビットボディと、このビットボディ内に形成され、坑底や前記ビットボディ周辺から掘削屑を押し流す掘削流体の流路と、を備えて岩盤を掘削するための坑井掘削用ビットであって、
前記流路に断面積が減少する縮径部が形成されたベンチュリ管を有し、ベンチュリ効果により前記ビットボディの先端周辺に周囲より減圧された減圧領域を発生可能なベンチュリ機構を備えること
を特徴とする坑井掘削用ビット。
前記流路は、前記ベンチュリ管と前記ビットボディの先端付近の外表面とを連通する第1流路と、前記ベンチュリ管と前記ビットボディの先端付近を除く外表面とを連通する第2流路と、前記ビットボディの先端付近の外表面と前記第2流路とを連通する第3流路と、を備え、
前記第1流路と前記第2流路とは、一方が開放されると他方が閉塞されるように切り替え自在に構成され、
前記ベンチュリ機構は、前記第2流路を開放したときに前記掘削流体が第2流路を流れる流速で第3流路内に前記掘削流体を吸引して前記減圧領域を発生させるものであること
を特徴とする請求項1に記載の坑井掘削用ビット。
【背景技術】
【0002】
従来、坑井掘削用ビットとしては、ローラーコーンビット(トリコーンビットも含む
図8参照)やPDCビット(Polycrystalline Diamond Compact Bit)などが知られている。いずれも硬質な刃先により岩石を削り取って破壊しながら坑井を掘削するものである。
【0003】
このうち、ローラーコーンビットは、掘削速度は遅いものの硬質の岩石(岩盤)の掘削が可能である。しかし、ローラーコーンビットには、ベアリングシールをするためゴム弾性体等からなるベアリングシール材が必須であり、このベアリングシール材の耐熱性能に限界があるため高温の地層の掘削には適さないという問題があった。
【0004】
一方、PDCビットは、ゴム弾性体等からなるベアリングシール材を必要としない構成であるため、高温地層の掘削が可能である。しかし、PDCビットは、ダイヤモンドの多結晶体の硬度に依存して岩盤を掘り進む機構であるため、硬質の岩石(岩盤地層)の掘削には損耗が激しく頻繁に高価なPDCビット等の交換を要し、不経済であり適さないという問題があった。
【0005】
このため、ローラーコーンビットが適さないような高温で、かつ、PDCビットが適さないような硬質な地層での坑井の掘削を効率よく行うことのできる坑井掘削用ビット及びそれを用いた坑井掘削方法が切望されている。
【0006】
また、特許文献1には、圧力を坑井面の間隙圧にほぼ等しい又はこれよりも僅かに低い圧力に調節して地層からの流体の流れを可能にするステップと、掘削しながら、プログラム可能圧力ゾーンと坑井アニュラス部又は環状域との間で掘削組立体からの流体の流れのポンプによる送り出し又は掘削組立体中への流体の流れのチョークを行うことによって調節し、それにより、坑井の制御が必要でなければ、プログラム可能圧力ゾーンに過剰の圧力が加わるのを回避するステップとを有するプログラム可能圧力掘削方法が開示されている(特許文献1の特許請求の範囲の請求項1、明細書の段落[0030]〜[0038]、図面の
図1、
図2等参照)。
【0007】
しかし、特許文献1に記載のプログラム可能圧力掘削方法は、平衡不足状態の調査井を安全に掘削するために、掘削組立体の近くを密閉することによってドリルビット及び掘削組立体に隣接して制御可能な圧力ゾーンを創出するものである。このため、特許文献1に記載の発明では、高温かつ硬質の地層を効率よく掘削するために圧力を制御するわけではなく、前記課題は認識されていないといえる。
【0008】
そして、特許文献2には、硬質地層の掘削効率を改善する手段として、硬質地層に亀裂を形成すべく、地層に加熱と冷却を交互に繰り返すように設計された掘削機構が開示されている。しかし、特許文献2に記載の掘削機構では、アセチレンと酸素を坑底に導入するための高価で特殊な掘管を掘削深度に応じた数量用いる必要があり、酸素アセチレン炎による坑内火災防止のための追加の機構が必要であるため、総体的にみてエネルギー効率が悪く、掘削コストを低減できるものではなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、本発明は、前述した問題を鑑みて案出されたものであり、その目的とするところは、交換頻度が少なく低コストで効率よく高温かつ硬質の岩盤地層を掘削可能な坑井掘削用ビット及びそれを用いた坑井掘削方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に記載の坑井掘削用ビットは、円柱状のビットボディと、このビットボディ内に形成され、坑底や前記ビットボディ周辺から掘削屑を押し流す掘削流体の流路と、を備えて岩盤を掘削するための坑井掘削用ビットであって、前記流路に断面積が減少する縮径部が形成されたベンチュリ管を有し、ベンチュリ効果により前記ビットボディの先端周辺に周囲より減圧された減圧領域を発生可能なベンチュリ機構を備えることを特徴とする。
【0012】
請求項2に記載の坑井掘削用ビットは、請求項1に記載の坑井掘削用ビットにおいて、前記流路は、前記ベンチュリ管と前記ビットボディの先端付近の外表面とを連通する第1流路と、前記ベンチュリ管と前記ビットボディの先端付近を除く外表面とを連通する第2流路と、前記ビットボディの先端付近の外表面と前記第2流路とを連通する第3流路と、を備え、前記第1流路と前記第2流路とは、一方が開放されると他方が閉塞されるように切り替え自在に構成され、前記ベンチュリ機構は、前記第2流路を開放したときに前記掘削流体が第2流路を流れる流速で第3流路内に前記掘削流体を吸引して前記減圧
領域を発生させるものであることを特徴とする。
【0013】
請求項3に記載の坑井掘削用ビットは、請求項2に記載の坑井掘削用ビットにおいて、前記流路の前記第1流路と前記第2流路の切り替えは、スライドポートの開閉により行うことを特徴とする。
【0014】
請求項4に記載の坑井掘削用ビットは、請求項2に記載の坑井掘削用ビットにおいて、前記流路の前記第1流路と前記第2流路との切り替えは、球体からなるドロップボールで前記第1流路を閉塞するか否かにより行うことを特徴とする。
【0015】
請求項5に記載の坑井掘削用ビットは、請求項1ないし4のいずれかに記載の坑井掘削用ビットにおいて、前記ビットボディの外表面にダイヤモンド焼結体のチップからなるPDCカッターが固着されたPDCビットであることを特徴とする。
【0016】
請求項6に記載の坑井掘削方法は、請求項1ないし5のいずれかに記載の坑井掘削用ビットを用いて、高温かつ硬質の岩盤に坑井を掘削する坑井掘削方法であって、前記ビットボディの先端周辺に前記減圧領域を発生させて前記掘削流体を減圧沸騰させ、前記掘削流体が蒸発した際の蒸発潜熱で前記岩盤を急冷し、その急冷部分と他の部分との熱応力差で前記岩盤に亀裂を発生させて掘削することを特徴とする。
【0017】
請求項7に記載の坑井掘削方法は、請求項2ないし
4のいずれかに記載の坑井掘削用ビットを用いて、高温かつ硬質の岩盤に坑井を掘削する坑井掘削方法であって、前記第1流路を開放して前記掘削流体を前記第1流路に流通させる掘削モードと、前記第2流路を開放して前記掘削流体を前記第2流路に流通させる減圧モードと、を交互に繰り返し、前記減圧モードで前記ビットボディの先端周辺に前記減圧領域を発生させて前記掘削流体を減圧沸騰させ、前記掘削流体が蒸発した際の蒸発潜熱で前記岩盤を急冷し、その急冷部分と他の部分との熱応力差で前記岩盤に亀裂を発生させ、その後、前記掘削モードで掘削することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
請求項1〜7に記載の発明によれば、ベンチュリ機構により坑底近傍の掘削泥水(掘削流体)を局所的に減圧沸騰させることができ、その蒸発の際の蒸発潜熱で岩盤表面を急冷却して急冷部分と他の部分との熱応力差で岩盤に亀裂を発生させることができる。このため、硬質岩盤の強度脆化を引き起こすことができ、高温かつ硬質の岩盤地層を効率よく掘削することができる。よって、坑井掘削用ビットの交換頻度を低減して坑井掘削費用を低減することができる。
【0019】
特に、請求項2に記載の発明によれば、第1流路と第2流路の切り替えにより確実に坑底付近に減圧流域を発生させることができる。また、従来の坑井掘削に使用していた1系統の掘削流体の流れの切り替えだけで減圧流域を発生させて効率よく高温かつ硬質の岩盤地層を掘削することができるため、極めて坑井掘削費用の削減効果が高いものとなる。
【0020】
特に、請求項3又は4に記載の発明によれば、スライドポート又はドロップボールでより確実に流路の切り替えが可能となり、切り替え作業時間も短時間とすることができる。
【0021】
特に、請求項5に記載の発明によれば、ローラーコーンビットのようにベアリングシールするためゴム弾性体等からなるベアリングシール材が必要なくなる。このため、より高温の地層での掘削作業を低コストで効率よく行うことができる。
【0022】
特に、請求項6に記載の発明によれば、熱応力(熱衝撃)を利用して硬質岩盤の強度脆化を引き起こすことができ、高温かつ硬質の岩盤地層を効率よく掘削することができる。よって、坑井掘削用ビットの交換頻度を低減して坑井掘削費用を低減することができる。
【0023】
特に、請求項7に記載の発明によれば、掘削モードと減圧モードを交互に繰り返すことにより、熱応力(熱衝撃)を利用して硬質岩盤の強度脆化を引き起こすことができ、高温かつ硬質の岩盤地層を効率よく掘削することができる。よって、坑井掘削用ビットの交換頻度を低減して坑井掘削費用を低減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係る坑井掘削用ビット及びそれを用いた坑井掘削方法を実施するための一実施形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0026】
先ず、
図1、
図2を用いて、本発明の第1実施形態に係る坑井掘削用ビットについて説明する。本発明をビットボディの外表面にダイヤモンド焼結体のチップからなるPDCカッターが固着されたPDCビットに適用した場合を例示して説明する。
【0027】
図1は、本発明の第1実施形態に係る坑井掘削用ビットの構成を模式的に示す断面図であり、掘削モードの状態を示している。また、
図2は、その坑井掘削用ビットの減圧モードの状態を示している。
【0028】
本実施形態に係る坑井掘削用ビット1は、主な構成は、従来のPDCビットと同様であり、相違する点は、通常の掘削流体を流通する流路の他に複数の流路が設けられており、それらが切り替え可能になっている点である。
【0029】
坑井掘削用ビット1は、
図1、
図2に示すように、ビットの基体である円筒状のビットボディ2から主に構成され、このビットボディ2内には、掘削流体を流通させる流路3が形成されている。
【0030】
ここで、掘削流体とは、坑井掘削用ビット1で切り崩した岩盤の掘削屑(岩石屑)を押し流して排出する機能を有する流体であり、一般的には、掘削泥水が用いられている。この掘削泥水は、坑壁保護や粘度及び比重調整のため、膨潤材であるモンモリロナイト粘土鉱物を主成分とするベントナイトを水に混ぜたものである。勿論、掘削流体には、水単体とすることも、掘削する坑井の種類や掘削する地層に応じて適宜その他の添加剤を添加してもよいことは云うまでない。
【0031】
(ビットボディ)
ビットボディ2は、略従来のPDCビットと同様であり、掘削する坑底の岩盤と接触する下端付近の外表面に複数のダイヤモンド焼結体のチップからなるPDCカッターが固着されている(図示せず)。このビットボディ2は、掘削流体の流れによってシャフトを回転させるマッドモーターにより回転駆動され、硬質なPDCカッターの刃先により岩石を削り取って破壊しながら坑井を掘削する機能を有している。
【0032】
(流路)
流路3は、地上や海上に設置されたマッドポンプ(泥水ポンプ)などのポンプ(図示せず)と接続され、掘削流体を流通させるための流路である。そして、この流路3のビットボディ2の上部には後述のチョークセクション(Choke Section)となる断面積が減少する縮径部(
図1の破線楕参照)が形成されたベンチュリ管VPが設けられている。
【0033】
この流路3は、ベンチュリ管VPの先(下方)が、主に、第1流路31、第2流路32、第3流路33など、からなる3つの流路に分かれている。第1流路31は、ベンチュリ管VPの先からそのまま真っ直ぐ延伸するセンター流路31aと、このセンター流路31aから横方向に迂回して分かれる複数のビットノズル流路31bなど、から構成されている。なお、この第1流路31は、従来のPDCビットにも存在する流路である。
【0034】
このセンター流路31aは、ベンチュリ管VPの先からビットボディ2の先端中央付近の下端表面に設けられたセンターノズル31cまで連通する流路である。そして、ビットノズル流路31bは、センター流路31aとビットボディ2の先端表面に設けられたビットノズル31dとを連通する流路である。
【0035】
また、ビットノズル31dは、ビットボディ2の軸芯を中心として略等間隔の半径上に位置するビットボディ2の先端の外表面に設けられ、掘削流体を勢いよく吐出してPDCカッターに付着した掘削屑を洗い流す機能を有した吐出口である。
【0036】
第2流路32は、ベンチュリ管VPと円筒状のビットボディ2の側周外表面とを連通する流路である。この第2流路32は、ベンチュリ管VPの縮径された管路と接続し、流路の断面積がセンター流路31aの1/36以下まで絞られた流路であり、ベンチュリ管VP付近で第3流路33と連通している。なお、この第2流路32の終端は、ビットボディ2の側周外表面に必ずしも設けられている必要はなく、ビットボディ2の先端付近を除くビットボディ2の外表面と連通していればよい。
【0037】
第3流路33は、第2流路32と、ビットボディ2の先端付近中央と、を連通する坑底付近を減圧するための減圧流路であり、本実施形態では、第2流路32のベンチュリ管VP付近と第1流路31のセンター流路31aとを連通している。
【0038】
また、第2流路32には、開閉自在の弁であるスライドポートSP1が設けられ、第3流路33には、開閉自在の三方弁であるスライドポートSP2が設けられている。そして、これらのスライドポートSP1,SP2は、互いに連動してスライド移動し、同時に第2流路32及び第3流路33を開閉できるように構成されている。
【0039】
このため、
図1に示すように、スライドポートSP1,SP2で第2流路32及び第3流路33を閉鎖し、第1流路31を開放して掘削流体を第1流路31に流通させる掘削モードでは、矢印方向に掘削流体が流通することとなる。
【0040】
この矢印で示す掘削モードでの掘削流体の流れは、従来のPDCビットと同様の流れである。この掘削モードでは、坑井掘削用ビット1を回転させながら坑底を掘り進み、矢印で示す方向に掘削流体を流すことで、掘削屑(岩石屑)を掘削流体とともに上方へ押し上げ排出する。なお、掘削流体は、掘削屑(岩石屑)と共に上昇して地上に戻り、大型ふるい振とう器や遠心式、サイクロン式の固液分離装置によって岩石屑を取り除き、再度、粘性や比重などを調整して、再び坑内へ循環される。
【0041】
図2に示すように、スライドポートSP1,SP2をスライド移動させて、第2流路32及び第3流路33を開放し、掘削流体を第2流路32に流通させる減圧モードでは、矢印方向に掘削流体が流通することとなる。
【0042】
このとき、センター流路31aより断面積が1/36以下に絞られた第2流路32と連通する第3流路33では、後述のベンチュリ効果により周囲との圧力差が生じて黒矢印で示す方向に掘削流体が吸引される。これにより、坑底近傍の掘削流体が急激に減圧され、高温・高圧状態の掘削流体が局所的に減圧沸騰することとなる。よって、その蒸発の際の蒸発潜熱で岩盤表面を急冷却して急冷部分と他の部分との熱応力差で岩盤に亀裂を発生させることができる。
【0043】
(ベンチュリ機構)
次に、
図3を用いて、ベンチュリの原理について簡単に説明する。
図3は、ベンチュリの原理を示す説明図である。
図3に示すように、流体の流路にチョークセクションA(Choke Section)となる断面積が減少する縮径部が形成されたベンチュリ管VPを設けると、ベンチュリ効果により、矢印の大きさで示すように、チョークセクションAで流速が速くなる。
【0044】
また、流速が速くなるとベルヌーイの定理により圧力が相対的に低くなる。すると流域Bで圧力低下が起こり、この流域Bに連通する別の流路Xがあるとそこから黒矢印で示すように流体の吸引現象が引き起こされる。よって、本発明の原理は、この流路Xを坑底付近となるビットボディ2の先端表面に連通することにより、坑底付近を減圧し、掘削流体を沸騰させ、岩盤を急冷するというものである。
【0045】
また、ベンチュリ効果による圧力低下は、次式(数1)から求めることができる。前述のビットボディ2内部の流路3の内径d
1を100mm、掘削流体の流量Qを2,000L/min、掘削流体の比重ρを1.05SGと仮定し、ベンチュリ機構により流路断面積比(A
2/A
1)を前述のように1/36以下に絞ったとする。すると、次式(数1)より約13MPa程度の圧力低下が生じ得ることが計算できる。この圧力低下の値は、今後の流路設計の最適化により20MPaを超える減圧が可能と考えられる。
【0047】
図4は、超臨界地熱開発で想定される地層の温度・圧力条件を示すグラフである。太い実線がBPD条件下の形成流体温度、点線が冷水静水圧(20℃)、一点鎖線がBPD圧力(静水圧)、破線が土被り圧(地盤圧力)を示す。
【0048】
図4に示すように、本実施形態に係る坑井掘削用ビット1で掘削しようとしている超臨界地熱地帯の地層は、
図4に示すような条件で、斜線部で示す熱伝導ゾーン(Heat Conduction Zone)のような深度3500m以深となる地層(深度は地層の条件によって多少変動がある)である。要するに、超臨界地熱開発で掘削する地層は、熱水対流ゾーン(Hydrothermal Convection Zone)を超えて熱伝導ゾーン(Heat Conduction Zone)の地層、即ち、地層水が水の臨界点(温度374℃、圧力22.1 MPa)を超え、超臨界状態となっているような地層である。このような地層では、地温勾配が非常に高く、深度に対して図中の太い実線のような地層温度を想定される。また、図中の一点鎖線が、この地層温度分布のときの想定地層圧力である。なお、地層水が超臨界となる領域に入ると、それより浅い深度では岩石の破壊形態が脆性であったものが、延性破壊を起こす領域となり、掘削が困難となる。
【0049】
図5は、坑底の急減圧に伴う冷却度を示した圧力・温度状態図である。この図は、水の圧力−温度の関係を表した状態図であり、太い実線が水の沸騰曲線(飽和蒸気圧曲線:Saturated Vapor Pressure Curve for Water)を示し、この曲線より高い圧力(左上)では水は液体(Liquid)であり、曲線より低い圧力(右下)では気体(蒸気:Vapor)となっている。沸騰曲線の終点の黒丸は、水の超臨界点を示し、斜線部は、超臨界状態を示している。
【0050】
よって、
図5のCase1で示すように、掘削中の坑底温度が約250℃、坑底圧力が約22.5Mpaと想定した場合、21MPa減圧できれば坑底圧力は1.5MPaとなり、図において沸騰曲線を横切るため掘削流体は沸騰することとなる。このとき、掘削流体は蒸発潜熱が奪われ、Case1の矢印の温度・圧力で平衡に達する。このときの温度低下は、図より約60℃である。また、
図5のCase2で示すように、想定温度がCase1より高い場合は、より少ない19MPaで同様の約60℃の急冷却が可能であることが分かる。
【0051】
以上説明した本発明の第1実施形態に係る坑井掘削用ビット1によれば、ベンチュリ機構により坑底近傍の掘削泥水(掘削流体)を局所的に減圧沸騰させることができ、その蒸発する際の蒸発潜熱で岩盤表面を急冷却して急冷部分と他の部分との熱応力差で岩盤に亀裂を発生させることができる。このため、硬質岩盤の強度脆化を引き起こすことができ、高温かつ硬質の岩盤地層を効率よく掘削することができる。よって、坑井掘削用ビットの交換頻度を低減して坑井掘削費用を低減することができる。
【0052】
[第2実施形態]
次に、
図6、
図7を用いて、本発明の第2実施形態に係る坑井掘削用ビット1’について説明する。
図6は、本発明の第2実施形態に係る坑井掘削用ビット1’の掘削モードを模式的に示す鉛直断面図であり、
図7は、坑井掘削用ビット1’の減圧モードを模式的に示す鉛直断面図である。
【0053】
本発明の第2実施形態に係る坑井掘削用ビット1’は、第12実施形態に係る坑井掘削用ビット1と同様に、ビットの基体である円筒状のビットボディ2’から主に構成され、このビットボディ2’内には、掘削流体を流通させる流路3’が形成されている。
【0054】
(ビットボディ)
ビットボディ2’は、略従来のPDCビットと同様であり、掘削する坑底の岩盤と接触する下端付近の外表面にダイヤモンド焼結体のチップからなる複数のPDCカッター20’が固着されている。このビットボディ2’は、この硬質なPDCカッター20’の刃先により岩石を削り取って破壊しながら坑井を掘削する機能を有している。
【0055】
(流路)
流路3’は、地上や海上に設置されたマッドポンプなどのポンプ(図示せず)と接続され、掘削流体を流通させるための流路である。そして、この流路3’のビットボディ2’の上部には後述のチョークセクション(Choke Section)となる断面積が減少する縮径部が形成されたベンチュリ管VP1が設けられている。
【0056】
この流路3’も、前述の坑井掘削用ビット1の流路3と同様に、主に第1流路31’、第2流路32’、第3流路33’の3つの流路などから構成されている。流路3’が、前述の坑井掘削用ビット1の流路3と相違する点は、ベンチュリ管VP1の先に、ビットボディ2’に弾性支持されたピストン4内のチャンバーCBを介して分岐している点である。
【0057】
このピストン4は、円筒状のピストン本体40の先端が縮径されたドロップボール受け部DP2となっており、そのピストン本体40がコイルスプリングS(つるまきバネ)でビットボディ2’に上下摺動自在に弾性支持されている。そして、ピストン本体40の内部が、掘削流体を一時的に貯留するチャンバーCBとなっている。また、このピストン本体40には、後述の第2流路32’と連通するための連通孔41と、第3流路33’連通するための連通孔42が穿設されている。
【0058】
第1流路31’は、ピストン4のドロップボール受け部DP2の先からそのまま真っ直ぐ延伸するセンター流路31a’と、このセンター流路31a’から横方向に迂回して分かれる複数のビットノズル流路31b’など、から構成されている。なお、この第1流路31’は、従来のPDCビットにも存在する流路である。
【0059】
このセンター流路31a’は、ドロップボール受け部DP2の先からビットボディ2’の先端中央の下端外表面に設けられたセンターノズル31c’まで連通する流路である。そして、ビットノズル流路31b’は、センター流路31a’とビットボディ2’の先端外表面に設けられたビットノズル31d’とを連通する流路である。
【0060】
また、ビットノズル31d’は、ビットボディ2の軸芯を中心として略等間隔の半径上に位置するビットボディ2の先端外表面に設けられ、掘削流体を勢いよく吐出してPDCカッター20’に付着した掘削屑を洗い流す機能を有した吐出口である。
【0061】
第2流路32’は、チャンバーCBと円筒状のビットボディ2の側周外表面とを連通する流路である。この第2流路32’は、その断面積がベンチュリ管VP1の縮径部の内径の断面積の1/36以下まで絞られた流路である。なお、この第2流路32’の終端は、ビットボディ2’の側周外表面に必ずしも設けられている必要はなく、ビットボディ2’の先端付近を除くビットボディ2’の外表面と連通していればよい。
【0062】
第3流路33’は、チャンバーCBと、ビットボディ2’の先端付近中央と、を連通する坑底付近を減圧するための減圧流路であり、本実施形態では、チャンバーCBと第1流路31’のセンター流路31a’とを連通している。
【0063】
この坑井掘削用ビット1’の流路の切り替えは、ドロップボール受け部DP2の内径より大きく、ベンチュリ管VP1の内径より小さい径のゴム弾性体の球体からなるドロップボールDBで行う。このドロップボールDBは、
図6、
図7に示すように、ドロップボールDBドロップボール受け部DP2に当接することにより流路を閉塞し、第1流路31’への掘削流体の供給をストップする。
【0064】
また、前述のように、ピストン4は、コイルスプリングSで上下摺動自在に弾性支持されているため、ドロップボールDBがドロップボール受け部DP2に当接することにより、ピストン4が押し下げられる構成となっている。
【0065】
そして、ピストン4が押し下げられることにより、円筒状のピストン本体40に穿設された連通孔41、連通孔42も下方に移動することとなり、連通孔41、連通孔42が下がったときに、それぞれ第2流路32’と第3流路33’に連通する仕組みとなっている。
【0066】
このように、ピストン4がコイルスプリングSで上方へ付勢されているため、
図6に示すように、ドロップボールDBでドロップボール受け部DP2を閉塞して押し下げなければ、連通孔41、連通孔42が第2流路32’及び第3流路33’とずれて連通しない。このため、第2流路32’及び第3流路33’は、閉塞されることとなる。よって、第1流路31’を開放して掘削流体を第1流路31’に流通させる掘削モードでは、矢印方向に掘削流体が流通することとなる。
【0067】
この矢印で示す掘削モードでの掘削流体の流れは、従来のPDCビットと同様の流れである。この掘削モードでは、坑井掘削用ビット1’を回転させながら坑底を掘り進み、矢印で示す方向に掘削流体を流すことで、掘削屑(岩石屑)を掘削流体とともに坑底から坑井アニュラス部を通って上方へ排出する。なお、掘削流体は、掘削屑(岩石屑)と共に上昇して地上(又は海上)に戻り、大型ふるい振とう器や遠心式、サイクロン式の固液分離装置によって岩石屑を取り除き、再度、粘性や比重などを調整して、再び坑内へ循環される。
【0068】
次に、
図7に示すように、地上よりドロップボールDBを掘管内に投入すると、投入されたドロップボールDBは、掘削流体の流れによってビットボディ2’内に到達する。このとき、ドロップボールDBの外径はベンチュリ管VP1の内径より小さいためベンチュリ管VP1を通過する。しかし、下部のドロップボール受け部DP2の内径はドロップボールDBの径より大きいので、ドロップボールDBは、ドロップボール受け部DP2にラッチされ、流路を閉塞することとなる。ドロップボールDBでドロップボール受け部DP2が閉塞されると、ドロップボールDBでピストン4が押し下げられる。そして、ピストン本体40に穿設された連通孔41、連通孔42も下方に移動し、チャンバーCBと第2流路32’及び第3流路33が’連通する。よって、第2流路32’及び第3流路33’が開放され、掘削流体を第2流路32に流通させる減圧モードでは、矢印方向に掘削流体が流通することとなる。
【0069】
このとき、前述のように、第2流路32’の断面積は、ベンチュリ管VP1の縮径部の内径の1/36以下に絞られている。このため、この第2流路32’とチャンバーCBを介して連通する第3流路33’には、ベンチュリ効果により周囲との圧力差が生じ、矢印で示す方向に掘削流体が吸引される。これにより、坑底近傍の掘削流体が急激に減圧され、前述のように、高温・高圧状態の掘削流体が局所的に減圧沸騰することとなる。よって、蒸発する際の蒸発潜熱で岩盤表面を急冷却して急冷部分と他の部分との熱応力差で岩盤に亀裂を発生させることができる。
【0070】
減圧モードから掘削モードに移行する際は、地上の泥水ポンプでさらに加圧する。加圧することにより、ゴム弾性体からなるドロップボールDBが径の小さいドロップボール受け部DP2をも通り抜けるからである。勿論、再度、減圧モードに移行する際は、2個目の別のドロップボールDBを投入すればよい。現実的には、減圧モードと掘削モードの切り替えを定期的に行うため、ある一定間隔でドロップボールDBを投入することとなる。なお、ドロップボール受け部DP2を通過したドロップボールDBは、坑井掘削用ビット1’で粉砕される。
【0071】
以上、本発明の第1実施形態及び第2実施形態に係る坑井掘削用ビットについて詳細に説明したが、前述した又は図示した実施形態は、いずれも本発明を実施するにあたって具体化した一実施形態を示したものに過ぎず、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。
【0072】
特に、本発明を適用するビットとして、PDCビットを例示して説明したが、
図8に示すように、トリコーンビットなどのローラーコーンビットにも本本発明を適用することができる。このとき、前述のように、ローラーコーンビットは、ゴム弾性体等からなるベアリングシール材があり、高熱の地層には使用できないという問題がある。しかし、別途の何らかの方法でベアリングシール材を耐熱性のあるものとすることができれば、ローラーコーンビットに本発明を適用しても、ベンチュリ機構により熱応力差で岩盤に亀裂を発生させることができるのは明らかである。その場合、硬質地層には、より効率的に掘削が可能となる。
【0073】
また、流路の切り替えを、スライドポートとドロップボールで行うものを例示して説明したが、この他、円筒カム機構を利用するものなど、適宜、既知の切り替え手段に切り替えても良いことは云うまでもない。
【0074】
[坑井掘削方法]
次に、
図1、
図2、
図6、
図7を用いて、本発明の実施形態に係る坑井掘削方法について簡単に説明する。
【0075】
図1、
図6に示すように、本実施形態に係る坑井掘削方法では、超臨界地熱地帯の地層、即ち、熱伝導ゾーン(
図4参照)に達するまでは、従来の坑井掘削方法と同様に、掘削モードで通常通り地盤を掘削して行く。このとき、前述のように、掘削流体の泥水の流れによってシャフトを回転させるマッドモーターで坑井掘削用ビット1,1’を回転させてPDCカッターで岩盤を削り取って掘り進む。
【0076】
PDCカッターで岩盤を削り取った掘削屑(岩石屑)は、掘削流体で坑底から上方へ押し流して排出する。なお、掘削流体は、掘削屑と共に上昇して地上に戻り、大型ふるい振とう器や遠心式、サイクロン式の固液分離装置によって岩石屑等を取り除いた上、再度、粘性や比重などを調整して、再び坑内へ循環させる。
【0077】
そして、超臨界地熱地帯の地層に達すると、
図2、
図7に示すように、掘削流体を第2流路32,32’に流通させる減圧モードに切り替える。具体的には、掘進速度が、例えば1時間当たり1m以下あるいは0.5m以下になるような深度に達すると超臨界地熱地帯の地層に達したと判断し、減圧モードに切り替える。勿論、温度や圧力の測定などの他の方法で、超臨界地熱地帯の地層に達したと判断しても良いことは云うまでもない。
【0078】
減圧モードでは、前述のように、ベンチュリ効果により坑底付近が急減圧されて高温・高圧状態の掘削流体が局所的に減圧沸騰することとなる。よって、その蒸発の際の蒸発潜熱で岩盤表面を急冷却して急冷部分と他の部分との熱応力差で岩盤に亀裂を発生させることができる。
【0079】
本実施形態に係る坑井掘削方法では、短時間のうちに、この減圧モードと掘削モードを交互に繰り返す。短時間に繰り返すことにより、岩盤表面を減圧による急冷、放置による加熱の温度変化を急激に行うこととなり、岩盤の熱応力差による強度の脆化を引き起こし易いからである。
【0080】
なお、減圧モードと掘削モードを交互に繰り返すとは、必ずしも、減圧モードと掘削モードが1度ずつ交互に行われる場合のみを指すものではない。即ち、減圧モード→小休止→減圧モード→掘削モードというように、短時間のうちに、減圧モードによる減圧急冷→放置→減圧急冷を繰り返すことを含む趣旨である。
【0081】
その後、本実施形態に係る坑井掘削方法では、掘削モードで岩盤を再度掘削する。このとき、前工程で岩盤が脆くなっているので、坑井掘削用ビット1,1’のPDCカッターに負担を掛けることなく掘削が可能となる。よって、本実施形態に係る坑井掘削方法によれば、高温かつ硬質の岩盤地層を効率よく掘削することができ、坑井掘削用ビット1,1’の交換頻度を低減して坑井掘削費用を低減することができる。