(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図に示す各部の縮尺や形状は、説明を容易にするために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。また、本明細書または請求項中に用いられる「第1」、「第2」等の用語は、いかなる順序や重要度を表すものでもなく、ある構成と他の構成とを区別するためのものである。
【0013】
(実施の形態1)
図1は、実施の形態1に係る電解セルを備える電気化学還元装置の概略構成を示す模式図である。なお、
図1では、電解セルが備えるセパレータの図示を省略し、膜電極接合体の構造を簡略化している。電気化学還元装置10は、芳香族炭化水素化合物を電気化学還元反応により水素化する装置であり、電解セル100、電力制御部20、有機物貯蔵槽30、水貯蔵槽40、気水分離部50及び制御部60を備える。
【0014】
電力制御部20は、例えば、電力源の出力電圧を所定の電圧に変換するDC/DCコンバータである。電力制御部20の正極出力端子は、電解セル100の酸素発生用電極(正極)130に接続される。電力制御部20の負極出力端子は、電解セル100の還元電極(負極)120に接続される。これにより、電解セル100の酸素発生用電極130と還元電極120との間に所定の電圧が印加される。なお、電力制御部20には、正および負極の電位検知の目的で参照極が設けられていてもよい。この場合、参照極入力端子は、電解質膜110に設けられる参照電極112に接続される。本願における電位とは、可逆水素電極(RHE)に対する電位を意味するものとする。
【0015】
制御部60は、酸素発生用電極130又は還元電極120の電位が所望の電位となるように、電力制御部20の正極出力端子及び負極出力端子の出力を制御する。制御部60は、ハードウェア構成としてはコンピュータのCPUやメモリをはじめとする素子や回路で実現され、ソフトウェア構成としてはコンピュータプログラム等によって実現される。このことは、当業者には当然に理解されるところである。なお、電力源としては、特に限定されないが、通常の系統電力を用いてもよく、太陽光や風力などの自然エネルギー由来の電力も好ましく用いることができる。
【0016】
有機物貯蔵槽30には、芳香族炭化水素化合物が貯蔵される。本実施の形態で用いられる芳香族炭化水素化合物は、少なくとも1つの芳香環を含む化合物である。芳香族炭化水素化合物としては、例えば、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、ジフェニルエタンなどが挙げられる。これらは単独で用いられても、組み合わせて用いられてもよい。また、上述の化合物の芳香環の1乃至4の水素原子が、例えば炭素数1〜6の直鎖アルキル基又は分岐アルキル基で置換された構造を有するアルキルベンゼン及びアルキルナフタレンであってもよい。例えば、モノアルキルベンゼンとしては、トルエン、エチルベンゼン等が例示される。また、ジアルキルベンゼンとしては、キシレン,ジエチルベンゼン等が例示される。また、トリアルキルベンゼンとしては、メシチレン等が例示される。アルキルナフタレンとしては、メチルナフタレン等が例示される。また、上述の芳香族炭化水素の芳香環はアルキル基以外の1乃至3の置換基を有してもよい。芳香族炭化水素化合物は、好ましくはトルエン及びベンゼンの少なくとも一方である。なお、電気化学還元装置10は、ピリジン、ピリミジン、ピラジン、キノリン、イソキノリン、N−アルキルピロール、N−アルキルインドール、N−アルキルジベンゾピロール等の含窒素複素環式芳香族化合物を用いることもできる。芳香族炭化水素化合物と同様に、含窒素複素環式芳香族化合物はアルキル基や他の置換基で置換されてもよい。
【0017】
芳香族炭化水素化合物は、常温で液体であることが好ましい。また、上述の芳香族炭化水素化合物の複数種を混合したものを用いる場合は、混合物として液体であればよい。芳香族炭化水素化合物が常温で液体である場合、加熱や加圧などの処理を行うことなく、液体の状態で芳香族炭化水素化合物を電解セル100に供給することができる。これにより、電気化学還元装置10の構成の簡素化を図ることができる。
【0018】
有機物貯蔵槽30に貯蔵された芳香族炭化水素化合物は、第1液体供給装置32によって電解セル100の還元電極120に供給される。第1液体供給装置32としては、例えば、ギアポンプあるいはシリンダーポンプ等の各種ポンプ、または自然流下式装置等を用いることができる。有機物貯蔵槽30と還元電極120との間には、循環経路が設けられる。なお、循環経路は設けられなくてもよい。電解セル100により核水素化された芳香族炭化水素化合物(芳香族炭化水素化合物の水素化体)と、未反応の芳香族炭化水素化合物(芳香族炭化水素化合物の未水素化体)とは、循環経路を経て有機物貯蔵槽30に貯蔵される。還元電極120で進行する主反応ではガスは発生しないが、水素等のガスが副生する場合には循環経路の途中に気液分離手段を設けてもよい。
【0019】
水貯蔵槽40には、例えばイオン交換水、純水、あるいはこれらに硫酸等の酸を加えた水溶液等(以下では適宜、単に「水」という)が貯蔵される。水貯蔵槽40に貯蔵された水は、第2液体供給装置42によって電解セル100の酸素発生用電極130に供給される。第2液体供給装置42としては、例えばギアポンプあるいはシリンダーポンプ等の各種ポンプ、または自然流下式装置等を用いることができる。水貯蔵槽40と酸素発生用電極130との間には、循環経路が設けられる。なお、循環経路は設けられなくてもよい。電解セル100において未反応の水は、循環経路を経て水貯蔵槽40に貯蔵される。当該循環経路の途中には、気水分離部50が設けられる。電解セル100における水の電気分解によって生じる酸素等のガスは、気水分離部50によって水から分離されて系外に排出される。
【0020】
図2は、実施の形態1に係る電解セルの概略構成を示す断面図である。電解セル100は、膜電極接合体102と、膜電極接合体を挟む一対のセパレータ150a,150bと、を備える。膜電極接合体102は、電解質膜110、還元電極120、及び酸素発生用電極130を有する。
【0021】
電解質膜110は、プロトン伝導性を有する材料(アイオノマー)で形成される。電解質膜110は、プロトンを選択的に伝導する一方で、還元電極120と酸素発生用電極130との間で物質が混合したり拡散したりすることを抑制する。電解質膜110の厚さは、好ましくは5〜300μmであり、より好ましくは10〜150μmであり、さらに好ましくは20〜100μmである。電解質膜110の厚さを5μm以上とすることで、電解質膜110のバリア性を確保して、芳香族炭化水素化合物や酸素等のクロスリークの発生をより確実に抑制することができる。また、電解質膜110の厚さを300μm以下とすることで、イオン移動抵抗が過大になることを抑制することができる。
【0022】
電解質膜110の面積抵抗、即ち幾何面積当たりのイオン移動抵抗は、好ましくは2000mΩ・cm
2以下であり、より好ましくは1000mΩ・cm
2以下であり、さらに好ましくは500mΩ・cm
2以下である。電解質膜110の面積抵抗を2000mΩ・cm
2以下とすることで、プロトン伝導性が不足するおそれをより確実に回避することができる。プロトン伝導性を有する材料としては、ナフィオン(登録商標)、フレミオン(登録商標)などのパーフルオロスルホン酸ポリマーが挙げられる。カチオン交換型のアイオノマーのイオン交換容量(IEC)は、好ましくは0.7〜2meq/gであり、より好ましくは1〜1.3meq/gである。カチオン交換型のアイオノマーのイオン交換容量を0.7meq/g以上とすることで、イオン伝導性が不十分となるおそれをより確実に回避することができる。一方、当該イオン交換容量を2meq/g以下とすることで、アイオノマーの水や芳香族炭化水素化合物への溶解度が増大して電解質膜110の強度が不十分となるおそれをより確実に回避することができる。
【0023】
電解質膜110には、多孔性のPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)等の補強材が混合されてもよい。補強材を導入することで、イオン交換容量の増加に伴う電解質膜110の寸法安定性の低下を抑制することができる。これにより、電解質膜110の耐久性を向上させることができる。また、芳香族炭化水素化合物や酸素のクロスオーバーを抑制することができる。
【0024】
なお、
図1に示すように、電解質膜110における、還元電極120及び酸素発生用電極130から離間した領域に、電解質膜110に接するように参照電極112が設けられてもよい。参照電極112は、還元電極120及び酸素発生用電極130から電気的に隔離されている。参照電極112は、参照電極電位に保持される。参照電極112としては、例えば可逆水素電極(参照電極電位=0V)、Ag/AgCl電極(参照電極電位=0.199V)等が挙げられる。なお、参照電極112は、還元電極120側の電解質膜110の表面に設置されることが好ましい。
【0025】
還元電極120と酸素発生用電極130との間を流れる電流は、
図1に示す電流検出部113によって検出される。電流検出部113は、例えば従来公知の電流計で構成される。電流検出部113で検出された電流値は、制御部60に入力され、制御部60による電力制御部20の制御に用いられる。参照電極112と還元電極120との間の電位差は、電圧検出部114によって検出される。電圧検出部114は、例えば従来公知の電圧計で構成される。電圧検出部114で検出された電位差の値は制御部60に入力され、制御部60による電力制御部20の制御に用いられる。
【0026】
還元電極120は、電解質膜110の一方の側に設けられる。本実施の形態では、還元電極120は電解質膜110の一方の主表面に接するように設けられている。還元電極120は、還元極触媒層122、緻密層126及び拡散層124が積層された構造を有する。還元極触媒層122は電解質膜110寄りに配置され、拡散層124はセパレータ150a寄りに配置され、緻密層126は還元極触媒層122と拡散層124の間に配置される。
【0027】
還元極触媒層122は、電解質膜110の一方の主表面に接して設けられている。還元極触媒層122は、芳香族炭化水素化合物を水素化するための還元触媒を含む。還元極触媒層122に用いられる還元触媒は、例えばPt、Pdの少なくとも一方を含む。また、還元触媒は、Pt、Pdの少なくとも一方からなる第1の触媒金属(貴金属)と、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Mo、Ru、Sn、W、Re、Pb、Biから選択される1種または2種以上の第2の触媒金属とを含む金属組成物で構成されてもよい。この場合、当該金属組成物の形態としては、第1の触媒金属と第2の触媒金属との合金、あるいは第1の触媒金属と第2の触媒金属からなる金属間化合物などが挙げられる。第1の触媒金属と第2の触媒金属の総質量に対する第1の触媒金属の割合は、好ましくは10〜95wt%であり、より好ましくは20〜90wt%であり、さらに好ましくは25〜80wt%である。第1の触媒金属の割合を10wt%以上とすることで、耐久性(耐溶解性など)の低下をより確実に抑制することができる。一方、第1の触媒金属の割合を95wt%以下とすることで、還元触媒の性質が貴金属単独の性質に近づくことを回避して、電極活性が不十分となることをより確実に抑制することができる。以下の説明では適宜、第1の触媒金属と第2の触媒金属とをまとめて「触媒金属」と称する。
【0028】
上述した触媒金属は、電子伝導性材料で構成される触媒担体によって担持されてもよい。触媒担体に用いられる電子伝導性材料の電子伝導度は、好ましくは1.0×10
−2S/cm以上であり、より好ましくは3.0×10
−2S/cm以上であり、さらに好ましくは1.0×10
−1S/cm以上である。電子伝導性材料の電子伝導度を1.0×10
−2S/cm以上とすることで、還元極触媒層122に対してより確実に電子伝導性を付与することができる。
【0029】
触媒担体としては、例えば多孔性カーボン(メソポーラスカーボンなど)、多孔性金属、多孔性金属酸化物のいずれかを主成分として含有する電子伝導性材料を挙げることができる。多孔性カーボンとしては、例えばケッチェンブラック(登録商標)、アセチレンブラック、バルカン(登録商標)などのカーボンブラックが挙げられる。窒素吸着法で測定した多孔性カーボンのBET比表面積は、好ましくは50m
2/g以上1500m
2/g以下であり、より好ましくは500m
2/g以上1300m
2/g以下であり、さらに好ましくは700m
2/g以上1000m
2/g以下である。多孔性カーボンのBET比表面積を50m
2/g以上とすることで、触媒金属を均一に担持させやすくすることができ、これにより芳香族炭化水素化合物の拡散性をより確実に担保することができる。また、多孔性カーボンのBET比表面積を1500m
2/g以下とすることで、芳香族炭化水素化合物の反応時や、電気化学還元装置10の起動時あるいは停止時に、触媒担体の劣化が生じやすくなることを回避することができる。これにより、触媒担体に十分な耐久性を付与することができる。
【0030】
多孔性金属としては、例えばPtブラック、Pdブラック、フラクタル状に析出させたPt金属などが挙げられる。多孔性金属酸化物としては、例えばTi、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wの酸化物が挙げられる。また、触媒担体には、Ti、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wなどの金属の窒化物、炭化物、酸窒化物、炭窒化物、部分酸化した炭窒化物といった、多孔性の金属化合物(以下では適宜、多孔性金属炭窒化物等と呼ぶ)も用いることができる。窒素吸着法で測定した多孔性金属、多孔性金属酸化物及び多孔性金属炭窒化物等のBET比表面積は、好ましくは1m
2/g以上であり、より好ましくは3m
2/g以上であり、さらに好ましくは10m
2/g以上である。多孔性金属、多孔性金属酸化物及び多孔性金属炭窒化物等のBET比表面積を1m
2/g以上とすることで、触媒金属を均一に担持させやすくすることができる。
【0031】
触媒金属を担持した状態の触媒担体は、好ましくはアイオノマーで被覆される。これにより、還元極触媒層122のイオン伝導性を向上させることができる。アイオノマーとしては、例えばナフィオン(登録商標)、フレミオン(登録商標)などのパーフルオロスルホン酸ポリマー等を挙げることができる。アイオノマーのイオン交換容量(IEC)は、好ましくは0.7〜3meq/gであり、より好ましくは1〜2.5meq/gであり、さらに好ましくは1.2〜2meq/gである。触媒担体が多孔性カーボンである場合、アイオノマー(I)/触媒担体(C)の質量比I/Cは、好ましくは0.1〜2であり、より好ましくは0.2〜1.5であり、さらに好ましくは0.3〜1.1である。質量比I/Cを0.1以上とすることで、十分なイオン伝導性をより確実に得ることができる。一方、質量比I/Cを2以下とすることで、触媒金属に対するアイオノマーの被覆厚みが過剰になることを抑制して、反応物質である芳香族炭化水素化合物の触媒活性点への接触が阻害されることを回避することができる。
【0032】
なお、還元極触媒層122に含まれるアイオノマーは、触媒金属を部分的に被覆していることが好ましい。これによれば、還元極触媒層122における電気化学反応に必要な3要素(芳香族炭化水素化合物、プロトン、電子)を効率的に反応場に供給することができる。
【0033】
還元極触媒層122の厚さは、好ましくは1〜100μmであり、より好ましくは10〜30μmである。還元極触媒層122の厚さが増加すると、プロトンの移動抵抗が増大し、また芳香族炭化水素化合物の拡散性は低下しやすい。このため、還元極触媒層122の厚さは、上述した範囲で調整することが望ましい。
【0034】
拡散層124は、後述するセパレータ150aから供給される液状の芳香族炭化水素化合物を還元極触媒層122に均一に拡散させる機能を担う。拡散層124を構成する材料は、芳香族炭化水素化合物に対して親和性が高いことが好ましい。拡散層124を構成する材料としては、例えばカーボンペーパー、カーボンの織布又は不織布などを用いることができる。拡散層124を構成する材料としてカーボンペーパーを用いる場合、拡散層124の厚さは、好ましくは50〜1000μmであり、より好ましくは100〜500μmである。また、拡散層124を構成する材料の電子伝導度は、好ましくは10
−2S/cm以上である。
【0035】
緻密層126(MPL:micro porous layer)は、液体の芳香族炭化水素化合物及び芳香族炭化水素化合物の水素化体の、還元極触媒層122の面方向への拡散を促す機能を有する。緻密層126は、例えば導電性粉末と撥水剤とを混練して得られるペースト状の混練物を、拡散層124の表面に塗布し、乾燥させることで形成される。導電性粉末としては、例えばバルカン(登録商標)等の導電性カーボンを用いることができる。撥水剤としては、例えば四フッ化エチレン樹脂(PTFE)などのフッ素系樹脂を用いることができる。導電性粉末と撥水剤の割合は、所望の導電性及び撥水性が得られる範囲内で適宜定められる。一例として、導電性粉末としてバルカン(登録商標)を用い、撥水剤としてPTFEを用いた場合の質量比(バルカン:PTFE)は、例えば4:1〜1:1である。
【0036】
緻密層126の平均細孔直径は、好ましくは100nm〜20μmであり、より好ましくは500nm〜5μmである。また、緻密層126の厚さは、好ましくは1〜50μmであり、より好ましくは2〜20μmである。なお、緻密層126が拡散層124の表面よりも内部に落ち込むように形成されている場合には、拡散層124に潜っている部分を含めて、緻密層126自体の膜厚の平均を緻密層126の厚さと定義する。
【0037】
セパレータ150a(電解セル用セパレータ)は、電解セル100において還元極触媒層122の側に配置される。本実施の形態では、セパレータ150aは、電解質膜110とは反対側の還元電極120の主表面に積層される。
図3は、還元電極120側から見たセパレータ150aの平面図である。
図2及び
図3に示すように、セパレータ150aは、本体部154と、多孔体層156とを備える。本体部154及び多孔体層156は、ともに導電性を有する。
【0038】
本体部154は、還元電極120側を向く主表面に凹部158を有する板状体である。本体部154は、例えばカーボン樹脂や、Cr−Ni−Fe系、Cr−Ni−Mo−Fe系、Cr−Mo−Nb−Ni系、Cr−Mo−Fe−W−Ni系あるいはTi系などの耐食性合金で形成することができる。本体部154の所定位置には、供給口160及び排出口162が設けられる。有機物貯蔵槽30から供給される液状の芳香族炭化水素化合物は、供給口160から凹部158内に流入する。また、還元電極120において核水素化された芳香族炭化水素化合物と未反応の芳香族炭化水素化合物とは、排出口162から本体部154の外側に送り出される。
【0039】
多孔体層156は、凹部158内に配置される。多孔体層156が有する空孔には、還元極触媒層122に供給される芳香族炭化水素化合物が流通する。多孔体層156の空孔によって、芳香族炭化水素化合物の流路159が形成される。有機物貯蔵槽30から供給される液状の芳香族炭化水素化合物は、多孔体層156から拡散層124に浸み込む。すなわち、セパレータ150aは、還元電極120側を向く主表面にネット状に張り巡らされた流路159を有する。この流路159には、芳香族炭化水素化合物の乱流Fが発生する。これにより、芳香族炭化水素化合物を多孔体層156の全域に、より均一に供給することができる。このため、芳香族炭化水素化合物を還元極触媒層122により均一に供給することができる。
【0040】
多孔体層156は、例えば金属粉末164の焼結体で構成される。金属粉末164の材料としては、要求される耐食性、耐酸化性、熱膨張特性、熱伝導性、電気伝導性等に応じて様々な材料を選択することができる。金属粉末164の材料の具体例としては、低炭素オーステナイト系ステンレス鋼等のステンレス鋼、Ni基耐食超合金(INCONEL(登録商標)、ハステロイ(登録商標)等)、Ni−Cu系耐食合金(MONEL(登録商標)等)、耐酸化合金(高クロム合金等)等が挙げられる。
【0041】
金属粉末164の平均粒径は、好ましくは1μm以上1000μm以下である。前記「平均粒径」は、使用する金属粉末の体積分布における累積の50%粒径と定義される。平均粒径は、レーザー回折・散乱法によって測定することができる。金属粉末164の平均粒径を1μm以上とすることで、複数の金属粉末で囲まれた空間で構成される連結空孔を十分に確保することができる。これにより、空孔部分を流れる芳香族炭化水素化合物の優れた物質移動を確保することができ、芳香族炭化水素化合物を均一に流通させることができる。また、金属粉末164の平均粒径を1000μm以下とすることで、金属粉末同士の接触点を十分に確保することができる。これにより、多孔体層156の焼結強度が保たれるため、多孔体層156の崩壊や欠損を抑制することができる。また、芳香族炭化水素化合物を均一に流通させることができる。
【0042】
金属粉末164は、例えばアトマイズ法、より好ましくはガスアトマイズ法によって製造される。ガスアトマイズ法によって製造された金属粉末164を用いる場合、金属粉末164同士をほぼ点接触した状態で焼結させることができる。これにより、得られる多孔体層156において、空孔が十分に連結した状態となる。この結果、多孔体層156における芳香族炭化水素化合物の流路抵抗を低減することができる。
【0043】
金属粉末164の焼結方法としては、真空焼結、水素等の還元性雰囲気中での焼結、アルゴン、窒素等の不活性ガス中での焼結、大気焼結等を採用することができる。必要に応じて、焼結時あるいは焼結後のプレス加工、切削加工、研磨加工、疎水処理等が施されてもよい。
【0044】
多孔体層156の層厚は、好ましくは10μm以上2000μm以下である。前記「層厚」は、多孔体層156における、凹部158の底面に最も近い点から、還元極触媒層122に最も近い点までの距離と定義される。多孔体層156の層厚は、走査型電子顕微鏡を用いた断面観察などにより測定することができる。多孔体層156の厚さを10μm以上とすることで、芳香族炭化水素化合物の流路159をより確実に形成することができる。また、多孔体層156の強度を確保することができる。また、多孔体層156の厚さを2000μm以下とすることで、芳香族炭化水素化合物の拡散性の低下を抑制することができる。なお、セパレータ150aの厚さは、例えば1mm以上50mm以下である。また、凹部158の深さは、多孔体層156の層厚より小さいことが好ましい。これにより、多孔体層156を拡散層124に(後述する変形例1の場合には還元極触媒層122に)密着させることができる。この結果、還元極触媒層122に対して芳香族炭化水素化合物を均一に供給することができる。
【0045】
多孔体層156の体積空孔率は、好ましくは5%以上95%以下である。前記「体積空孔率」は、多孔体層156全体の体積に占める空孔の体積の割合である。体積空孔率は、走査型電子顕微鏡を用いて得られる多孔体層156の断面画像から、計算により求めることができる。あるいは、体積空孔率は、水銀圧入法などによって測定することができる。多孔体層156の体積空孔率を5%以上とすることで、芳香族炭化水素化合物の流路159をより確実に形成し、流路159の閉塞による電解セル100の性能低下を抑制することができる。また、多孔体層156の体積空孔率を95%以下とすることで、多孔体層156の強度を確保することができる。また、芳香族炭化水素化合物の拡散性の低下を、抑制することができる。
【0046】
多孔体層156の平均細孔直径は、好ましくは1μm以上1000μm以下である。前記「平均細孔直径」は、走査型電子顕微鏡を用いて得られる多孔体層156の断面画像から、計算により求めることができる。あるいは、平均細孔直径は、集束イオンビーム走査電子顕微鏡による画像解析などによって、測定することができる。緻密層126の平均細孔直径についても同様である。多孔体層156の平均細孔直径を1μm以上とすることで、芳香族炭化水素化合物の流路159をより確実に形成し、流路159の閉塞による電解セル100の性能低下を抑制することができる。また、多孔体層156の平均細孔直径を1000μm以下とすることで、多孔体層156の強度を確保することができる。
【0047】
酸素発生用電極130は、水を酸化してプロトンを生成するための電極であり、電解質膜110の一方の側(還元電極120が配置される側)とは反対側に設けられる。本実施の形態では、酸素発生用電極130は電解質膜110の他方の主表面に接するように設けられているが、酸素発生用電極130は電解質膜110から離間していてもよい。酸素発生用電極130は、酸素発生極触媒層132及び拡散層134が積層された構造を有する。酸素発生極触媒層132は、拡散層134よりも電解質膜110側に配置される。なお、拡散層134は設けられなくてもよい。
【0048】
酸素発生極触媒層132は、Ru、Rh、Pd、Ir、Ptから選択される1種以上の金属あるいは金属酸化物を触媒として含む。これらの触媒は、電子伝導性を有する金属基材に分散担持、又はコーティングされてもよい。このような金属基材としては、Ti、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Nb、Mo、Ta、Wなどの金属、あるいはこれらを主成分とする合金などで構成される、金属繊維(繊維径:例えば10〜30μm)、メッシュ(メッシュ径:例えば500〜1000μm)、金属多孔体の焼結体、発泡成型体(フォーム)、エキスパンドメタル等を挙げることができる。酸素発生極触媒層132の厚さは、好ましくは0.1〜10μmであり、より好ましくは0.2〜5μmである。
【0049】
拡散層134は、後述するセパレータ150bから供給される水を酸素発生極触媒層132に均一に拡散させる機能を担う。拡散層134を構成する材料は、水に対して親和性が高いことが好ましい。拡散層134を構成する材料としては、例えばカーボンペーパー、カーボンの織布又は不織布などを用いることができる。拡散層134を構成する材料としてカーボンペーパーを用いる場合、拡散層134の厚さは、好ましくは50〜1000μmであり、より好ましくは100〜500μmである。また、拡散層134を構成する材料の電子伝導度は、好ましくは10
−2S/cm以上である。
【0050】
セパレータ150b(他の電解セル用セパレータ)は、電解セル100において酸素発生極触媒層132の側に配置される。本実施の形態では、セパレータ150bは、電解質膜110とは反対側の酸素発生用電極130の主表面に積層される。セパレータ150bは、セパレータ150aの本体部154と同様の材料で構成することができる。セパレータ150bは、従来公知の構造を有し、拡散層134側の面に単数又は複数の溝状の流路部152bが設けられる。
【0051】
流路部152bには、水貯蔵槽40から供給される水が流通する。流路部152bには、水の層流が発生する。水は、流路部152bから拡散層134に染み込む。流路部152bの形態は特に限定されないが、例えば直線状流路、サーペンタイン流路などを採用し得る。流路部152bは、カーボン製あるいは金属製の平板への切削加工、あるいはプレス加工等によって形成することができる。流路部152bの流路幅は例えば1mmであり、深さは例えば1mmである。
【0052】
本実施の形態では、酸素発生用電極130には液状の水が供給されるが、液状の水に代えて、加湿されたガス(例えば、空気や水蒸気)が供給されてもよい。この場合、加湿ガスの露点温度は、好ましくは室温〜100℃であり、より好ましくは50〜100℃である。
【0053】
電解セル100には、図示しない集電体が接続される。集電体は、銅、アルミニウムなどの電子伝導性が良好な金属で形成される。
【0054】
<芳香族炭化水素化合物の水素化体の製造方法>
本実施の形態に係る、芳香族炭化水素化合物の水素化体の製造方法では、上述した電解セル100の還元極触媒層122に、有機物貯蔵槽30から芳香族炭化水素化合物が供給される。また、酸素発生極触媒層132に、水貯蔵槽40から水が供給される。そして、還元極触媒層122及び酸素発生極触媒層132のそれぞれにおいて電極反応が進行する。
【0055】
芳香族炭化水素化合物の未水素化体としてトルエンを用いた場合の電解セル100における反応は、以下のとおりである。
<酸素発生用電極での電極反応>
3H
2O→1.5O
2+6H
++6e
−:E
0>1.23V
<還元電極での電極反応>
トルエン+6H
++6e
−→メチルシクロヘキサン:E
0<0.15V
すなわち、酸素発生用電極130での電極反応と、還元電極120での電極反応とが並行して進行する。そして、酸素発生用電極130における水の電気分解により生じたプロトンが、電解質膜110を介して還元電極120に供給される。還元電極120に供給されたプロトンは、還元電極120において芳香族炭化水素化合物の核水素化に利用される。これにより、トルエンが水素化されて、芳香族炭化水素化合物の水素化体であるメチルシクロヘキサンが生成される。したがって、本実施の形態に係る製造方法によれば、水の電気分解と芳香族炭化水素化合物の水添反応とを1ステップで行うことができる。
【0056】
還元極触媒層122に供給される芳香族炭化水素化合物は、開始時点では未水素化体の割合が例えば100%である。有機物貯蔵槽30と電解セル100との間での循環が繰り返されると、還元極触媒層122に供給される芳香族炭化水素化合物における未水素化体の割合が徐々に減少し、水素化体の割合が徐々に増加する。複数の電解セル100を直列に接続して、芳香族炭化水素化合物を各電解セル100に順番に供給していく構成においても、電解セル100を通過するごとに未水素化体の割合が徐々に減少し、水素化体の割合が徐々に増加する。
【0057】
本実施の形態では、好ましくは芳香族炭化水素化合物を未水素化体10%以下、水素化体90%以上の割合で、より好ましくは未水素化体5%以下、水素化体95%以上の割合で、還元極触媒層122に供給する工程を含む。すなわち、芳香族炭化水素化合物の水素化体と未水素化体の混合物は、好ましくは混合物全体に対して未水素化体が10モル%以下、水素化体が90モル%以上の割合で、より好ましくは混合物全体に対して未水素化体が5モル%以下、水素化体が95モル%以上の割合で、有機物貯蔵槽30から還元極触媒層122に供給される。
【0058】
図4は、芳香族炭化水素化合物の未水素化体の濃度を異ならせた場合における、電位と電流密度との関係を示すグラフである。
図4に示すグラフは、芳香族炭化水素化合物の未水素化体としてトルエン(TL)を用い、また従来構造のセパレータ、すなわちセパレータ150bと同じ構造のセパレータを還元電極側に用いた場合の結果を示す。
図4に示すように、還元極触媒層122に供給される芳香族炭化水素化合物における未水素化体の濃度が低下するにつれて、得られる電流密度は低下する傾向にある。なお、破線より左側の領域における電流密度の上昇は、トルエンの電解還元によるものではなく、副反応での水素生成によるものである。
【0059】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、芳香族炭化水素化合物の拡散が律速となって電流密度の低下が引き起こされることを突き止めた。そして、多孔体層156を備えるセパレータ150aに想到した。セパレータ150aに多孔体層156を設けることで、従来構造のセパレータに比べて、還元極触媒層122への芳香族炭化水素化合物の拡散効率を高めることができる。よって、上述した拡散律速を解消することができる。この結果、未水素化体10%以下、さらには5%以下の割合での芳香族炭化水素化合物の供給を、実現することができる。言い換えれば、未水素化体の割合を10%以下、さらには5%以下まで下げることができる。
【0060】
以上説明したように、本実施の形態に係るセパレータ150aは、還元極触媒層122に供給される芳香族炭化水素化合物が流通する、導電性の多孔体層156を備える。多孔体層156が有する空隙を芳香族炭化水素化合物の流路159とすることで、芳香族炭化水素化合物の乱流を発生させることができる。そして、溝状の流通路を有する従来構造のセパレータに比べて、多孔体層156の全域に芳香族炭化水素化合物を均一に流通させることができる。また、従来構造のセパレータに比べて、本体部が拡散層に直に接する領域(すなわち、流路溝と流路溝との間の部分であり、これをリブという)を減らすことができる。
【0061】
これらの結果、還元極触媒層122に均一に芳香族炭化水素化合物を供給することができ、電極反応に利用できる還元極触媒層122の面積を増加させることができる。よって、電極面積・時間当たりに水素化できる芳香族炭化水素化合物の量(電流密度)を向上させることができる。すなわち、芳香族炭化水素化合物を水素化する効率を向上させることができる。
【0062】
また、芳香族炭化水素化合物の水素化反応が進むにつれて、還元極触媒層122に供給される芳香族炭化水素化合物中の未水素化体の割合は徐々に低下していく。未水素化体の割合が低下すると、芳香族炭化水素化合物の拡散が律速となって、電流密度あるいは電解反応速度が低下する傾向にある。一方で、芳香族炭化水素化合物の運搬効率の観点から、未水素化体の割合は極力減らしたいという要求がある。これに対し、多孔体層156を備えるセパレータ150aを電解セル100に用いることで、芳香族炭化水素化合物の未水素化体が低濃度となった場合であっても、電流密度の低下を抑制することができる。したがって、電解セル100の性能を向上させることができる。また、このような電解セル100を用いることで、芳香族炭化水素化合物の水素化体を高い効率で製造することができる。
【0063】
(実施の形態2)
実施の形態2に係る電気化学還元装置10は、芳香族炭化水素化合物の多孔体層前後での圧力差を制御する点を除き、実施の形態1と共通の構成を有する。以下、本実施の形態に係る電気化学還元装置について実施の形態1と異なる構成を中心に説明し、共通する構成については簡単に説明するか、あるいは説明を省略する。
図5は、実施の形態2に係る電気化学還元装置の概略構成を示す模式図である。
【0064】
本実施の形態に係る電気化学還元装置10は、電解セル100と、電解セル100が備える還元極触媒層122(
図2参照)に、電解セル用のセパレータ150a(
図2参照)を介して芳香族炭化水素化合物を供給する供給部とを備える。供給部は、セパレータ150aの多孔体層156に供給される芳香族炭化水素化合物の圧力と多孔体層156から流出する芳香族炭化水素化合物の圧力との差が9kPa超となるように、液体状の芳香族炭化水素化合物を供給する。
【0065】
多孔体層156に供給される芳香族炭化水素化合物の圧力は、圧力計115によって検出される。また、多孔体層156から流出する芳香族炭化水素化合物の圧力は、圧力計116によって検出される。より具体的には、電気化学還元装置10は、芳香族炭化水素化合物が多孔体層156に流入するための供給口160(
図3参照)の近傍に、圧力計115を有する。また、多孔体層156から芳香族炭化水素化合物が流出するための排出口162(
図3参照)の近傍に、圧力計116を有する。圧力計115,116としては、ダイアフラム式、ブルドン管式、ベロー式等の従来公知の圧力計を用いることができる。例えば、供給口160の直前において、芳香族炭化水素化合物の配管がT字に分岐され、分岐した先に圧力計115が接続される。また、排出口162の直後において、芳香族炭化水素化合物の配管がT字に分岐され、分岐した先に圧力計116が接続される。
【0066】
供給部は、本実施の形態では第1液体供給装置32と制御部60とで構成される。圧力計115,116で検出された圧力値は、制御部60に入力される。制御部60は、入力された圧力値から、供給口160における圧力と排出口162における圧力との差を算出する。そして、制御部60は、圧力差が9kPa超となるように、第1液体供給装置32に駆動信号を送信する。例えば、制御部60は、圧力差と芳香族炭化水素化合物の供給流量とを対応付けた変換テーブルを予め備えており、この変換テーブルに則って所望の供給流量を決定する。そして、決定した供給流量となるように第1液体供給装置32に対して駆動信号を送信する。第1液体供給装置32は、制御部60の駆動信号に基づいて駆動する。これにより、多孔体層156の前後における圧力差が9kPa超に調節される。
【0067】
あるいは、供給部は、多孔体層156が有する流路159の構造(体積空孔率等)に応じて、多孔体層156の前後における圧力差が9kPa超となるように予め設定された固定の供給流量で、芳香族炭化水素化合物を供給する。制御部60は、第1液体供給装置32のON/OFF信号を送信する。第1液体供給装置32は、ON/OFF信号に基づいて駆動/停止する。なお、ON/OFF信号は、作業者の操作によって電気化学還元装置10に設けられる操作盤(図示せず)から第1液体供給装置32に送信されてもよい。この場合、供給部は、第1液体供給装置32のみで構成されてもよい。用いる多孔体層156に応じて予め定めた供給流量が、第1液体供給装置32や配管等への過度の負荷や、第1液体供給装置32の駆動電力の過度の増大を伴うものである場合は、例えば、より大きい圧力損失を生み出せる多孔体層156を有するセパレータ150aに置き換えることで、圧力差9kPa超が実現される。
【0068】
多孔体層156の前後における圧力差を9kPa超に調節することで、流路159における乱流Fの発生を促すことができる。これにより、副反応での水素生成が起こるまでの電流密度の上限である拡散限界電流密度を高めることができる。したがって、電気化学還元装置10の性能を向上させることができる。当該圧力差は、より好ましくは10kPa以上であり、さらに好ましくは14kPa以上である。
【0069】
また、芳香族炭化水素化合物の供給口160における圧力と排出口162における圧力との差は、好ましくは1MPa以下であり、より好ましくは500kPa以下であり、さらに好ましくは300kPa以下である。圧力差の上限を1MPa以下とすることで、第1液体供給装置32で消費される電力が過剰になることを抑制して、電気化学還元装置10におけるエネルギー効率の低下を抑制することができる。また、多孔体層156の体積空孔率の減少によって流路159が閉塞する可能性を低減して、電気化学還元装置10の性能低下を抑制することができる。また、圧力差の上限を300kPa以下とすることで、一般的なシール材、セル材料やポンプを用いて電気化学還元装置10を構成することができる。よって、安価且つ高寿命な電気化学還元装置10を容易に製造することができる。
【0070】
供給される液体状の芳香族炭化水素化合物について、粘性率(粘度)は、20℃において好ましくは0.2〜10mPa・sであり、より好ましくは0.3〜5mPa・sであり、さらに好ましくは0.4〜3mPa・sである。なお、代表的なアルキルベンゼンであるトルエン、エチルベンゼン、o−キシレンの20℃における粘性率は、それぞれ0.59、0.68、0.83mPa・sである。また、他の芳香族化合物として、ベンゼン、ピリジン、o−メトキシトルエンの20℃における粘性率は、それぞれ0.65、0.96、1.32mPa・sである。列挙したこれらの芳香族化合物については、多孔体層156を備えたセパレータ150aに流通させた場合に、圧力差と供給流量とが比較的良好な比例関係を示し、電流密度の向上効果が得られることを、本発明者らは確認している。
【0071】
なお、排出口162側が大気に開放された構造である場合は、圧力計115で検出される圧力をそのまま圧力差として扱うことができるため、圧力計116を省略することができる。
【0072】
また、本実施の形態の多孔体層156が有する流路159は、液体状の芳香族炭化水素化合物を、電気化学還元反応を行う際の所定の流量で流通させた場合に、芳香族炭化水素化合物の供給口160における圧力と排出口162における圧力との差が9kPa超となる構造を有する。このような流路159を有する多孔体層156が電気化学還元装置10に組み込まれることで、多孔体層156の前後における芳香族炭化水素化合物の圧力差を9kPa超に調節しやすくすることができる。多孔体層156が有する空隙で構成される流路159によれば、溝状の流通路を有する従来構造のセパレータに比べて、芳香族炭化水素化合物の供給流量が過度に増大することを避けながら所望の圧力差を得ることができる。よって、より確実に乱流Fを発生させることができる。また、より大きな乱流Fを発生させることができる。
【0073】
また、本実施の形態に係る芳香族炭化水素化合物の水素化体の製造方法は、セパレータ150aの多孔体層156に供給される芳香族炭化水素化合物の圧力と多孔体層156から流出する芳香族炭化水素化合物の圧力との差が9kPa超となるように、液体状の芳香族炭化水素化合物を供給することを含む。これにより、拡散限界電流密度を高めることができる。したがって、芳香族炭化水素化合物を水素化する効率を向上させることができる。
【0074】
本発明は、上述した各実施の形態に限定されるものではなく、各実施の形態を組み合わせたり、当業者の知識に基づいて各種の設計変更などのさらなる変形を加えたりすることも可能であり、そのように組み合わせられ、もしくはさらなる変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれる。上述した各実施の形態同士の組み合わせ、及び上述した各実施の形態への変形の追加によって生じる新たな実施の形態は、組み合わされる実施の形態、及び変形それぞれの効果をあわせもつ。
【0075】
(変形例1)
図6は、変形例1に係る電解セルの概略構成を示す断面図である。変形例1に係る電解セル100Aは、拡散層124及び緻密層126が省略され、多孔体層156が還元極触媒層122に直に接する点で、実施の形態1,2に係る電解セル100と異なる。多孔体層156は、その全域に芳香族炭化水素化合物を均一に行き渡らせることができる。したがって、多孔体層156は、拡散層124及び緻密層126と同様の機能を備える。このため、拡散層124及び緻密層126を省略することができる。この結果、電解セル100の小型化を図ることができる。
【0076】
(変形例2)
図7は、還元電極120側から見た変形例2に係るセパレータの平面図である。変形例2に係るセパレータ150cは、多孔体層156が芳香族炭化水素化合物の流通方向を規定する仕切り部材166を有する点で、実施の形態1,2に係る電解セル100と異なる。本変形例では、供給口160から排出口162に向かって芳香族炭化水素化合物が蛇行するように、板状の仕切り部材166により流通方向が規定されている。仕切り部材166を設けることで、多孔体層156における芳香族炭化水素化合物の流速を高めることができる。
【0077】
(その他)
実施の形態1,2及び変形例1,2では、酸素発生用電極130側に従来構造のセパレータ150bが設けられているが、酸素発生用電極130側にも本実施の形態のセパレータ150aが設けられてもよい。
【実施例】
【0078】
以下、本発明の実施例を説明するが、これら実施例は、本発明を好適に説明するための例示に過ぎず、なんら本発明を限定するものではない。
【0079】
(電流密度の評価)
(実施例1)
PtRu/C(品番:TEC61E54、田中貴金属社製)と、20wt% Nafion(登録商標) DE2020CS(Du Pont社製)と、純水と、1−プロパノール(1−PrOH)とを、それぞれの比率が質量比で5:10:20:65となるようにして混合した。得られた混合物をボールミルで粉砕して、還元極触媒層用の触媒組成物を得た。この触媒組成物を、電解質膜(商品名:Nafion(登録商標)212、Du Pont社製)の一方の主表面にスプレーで塗布し、還元極触媒層を形成した。触媒の担持量は、0.5mg/cm
2であった。
【0080】
また、乳鉢で磨り潰した酸化イリジウム粉末(和光純薬社製)と、20wt% Nafion(登録商標)DE2020CS(Du Pont社製)と、純水と、1−PrOHとを、それぞれの比率が質量比で7:14:18:61となるように混合した。得られた混合物をボールミルで粉砕して、酸素発生極触媒層用の触媒組成物を得た。この触媒組成物を、電解質膜の他方の主表面にスプレーで塗布して、酸素発生極触媒層を形成した。触媒の担持量は2.5mg/cm
2であった。
【0081】
また、還元極触媒層用の触媒組成物を、MPL(マイクロポーラス層)付きGDL(ガス拡散層)(商品名:SIGRACET GDL 35BC、SGLカーボン社製)上にスプレーで塗布し、参照電極を得た。触媒の担持量は、0.5mg/cm
2であった。
【0082】
還元極触媒層及び酸素発生極触媒層のそれぞれの表面上に、MPL(マイクロポーラス層)付きGDL(ガス拡散層)(商品名:SIGRACET GDL 35BC、SGLカーボン社製)を積層した。得られた積層体に温度120℃及び圧力1MPaでのホットプレスを実施し、膜電極接合体を得た。参照電極は、電解質膜の還元電極側の表面に接するように設けた。
【0083】
得られた膜電極接合体の還元電極側の主表面に、多孔体層を備えたセパレータを積層した。多孔体層付きセパレータは、以下のようにして形成した。すなわち、ガスアトマイズ法にて球状金属粉末を製造した。そして、分級によって平均粒径200μmに調整して、多孔体層に用いる金属粉末を得た。金属粉末の材料は、59Ni−16Cr−16Mo−5Fe−4W合金(数値は質量%)とした。得られた金属粉末を、セパレータの凹部(深さ1mm)に、多孔体層の層厚が1mmとなるように、また多孔体層の体積空孔率が50%になるように充填した。そして、1200℃での真空焼結処理を施して、多孔体層付きセパレータを得た。セパレータ本体の材料は、SUS316Lとした。
【0084】
また、膜電極接合体の酸素発生用電極側の主表面に、溝状流路を有する従来構造のセパレータ(
図2におけるセパレータ150bを参照)を積層した。溝状流路付きセパレータは、チタン製でサーペンタイン流路(深さ1mm、流路幅1mm、リブ幅1mm)が設けられたものを用いた。以上の工程により、電解セルを得た。
【0085】
(比較例1)
膜電極接合体の還元電極側の主表面に、従来構造のセパレータを積層したことを除いて、実施例1と同様にして電解セルを得た。なお、従来構造のセパレータは、溝状流路を備え、実施例のセパレータのように細孔構造を有していない。ここでは、溝状流路とリブのそれぞれの体積比率から、体積空孔率を便宜的に算出した。その結果、体積空孔率は66%であった。
【0086】
実施例1及び比較例1の電解セルについて、それぞれの還元電極に5モル%トルエン・95モル%メチルシクロヘキサン混合溶液を流量20ccmで流通させた。また、それぞれの酸素発生用電極に0.5mol/L硫酸水溶液を流量20ccmで流通させた。また、それぞれの参照電極に水蒸気飽和水素ガスを流量20ccmで流通させた。そして、各電解セルに外部から種々の電圧を印加して、還元電極と酸素発生用電極との間に流れる電流密度と、参照電極に対する還元電極の電位とを測定した。その結果を
図7に示す。
【0087】
図8は、実施例1及び比較例1の電解セルにおける電位と電流密度との関係を示すグラフである。
図7において、実線は実施例1の結果を示し、破線は比較例1の結果を示す。
図7に示すように、多孔体層付きセパレータを用いることで、溝状流路付きセパレータを用いる場合に比べて、電流密度を向上させられることが確認された。特に本実施例により、供給されるトルエンが低濃度であっても電流密度を向上させられることが示された。
【0088】
(拡散限界電流密度と圧力差との関係の評価)
(実施例2)
多孔体層を構成する球状金属粉末の平均粒径を40μmとし、体積空孔率を24%とした点を除いて、実施例1と同様にして電解セルを得た。
【0089】
(実施例3)
多孔体層を構成する球状金属粉末の平均粒径を40μmとし、体積空孔率を30%とした点を除いて、実施例1と同様にして電解セルを得た。
【0090】
(実施例4)
多孔体層を構成する球状金属粉末の平均粒径を40μmとし、体積空孔率を39%とした点を除いて、実施例1と同様にして電解セルを得た。
【0091】
(実施例5)
多孔体層を構成する球状金属粉末の平均粒径を40μmとし、体積空孔率を19%とした点を除いて、実施例1と同様にして電解セルを得た。
【0092】
(実施例6)
多孔体層を構成する球状金属粉末の平均粒径を40μmとし、体積空孔率を14%とした点を除いて、実施例1と同様にして電解セルを得た。
【0093】
(実施例7)
体積空孔率を60%とした点を除いて、実施例1と同様にして電解セルを得た。
【0094】
実施例1〜7及び比較例1の電解セルに、芳香族炭化水素化合物を供給、排出するための配管を接続した。配管における多孔体層の供給口近傍には、圧力計を設置した。多孔体層の排出口は大気に開放した。したがって、圧力計で計測されるセル入口圧力は、芳香族炭化水素化合物の供給口と排出口での圧力差に等しい。続いて、各実施例及び比較例の電解セルの還元電極に、5モル%トルエン・95モル%メチルシクロヘキサン混合溶液を、流量を異ならせて流通させた。流量は、0,5,10,15,20mL/分とした。そして、各流量における圧力差を計測した。結果を
図9(A)に示す。
【0095】
また、流量5,20mL/分の場合について、上述した電流密度の評価の場合と同様に、各電解セルに外部から種々の電圧を印加して電流密度を測定した。そして、この結果から、拡散限界電流密度(mA/cm
2)を導出した。本評価では、電位−電流密度曲線の変曲点における電流密度を、拡散限界電流密度とした。結果を
図9(A)に示す。また、流量20mL/分の場合について、セル入口圧力と拡散限界電流密度との関係を示すグラフを作成した。結果を
図9(B)に示す。
【0096】
また、芳香族炭化水素化合物の供給流量とセル入口圧力との関係を示すグラフを作成した。結果を
図10に示す。そして、このグラフを用いて、単位供給流量あたりの圧力上昇率を算出した。圧力上昇率は、
図10に示すグラフにおける回帰直線の傾き(線形回帰)である。結果を
図9(A)に示す。
【0097】
図9(A)は、各実施例及び比較例における体積空孔率、圧力差、圧力上昇率及び拡散限界電流密度を示す図である。
図9(B)は、各実施例及び比較例における化合物流量20mL/分でのセル入口圧力と拡散限界電流密度との関係を示すグラフである。
図10は、芳香族炭化水素化合物の供給流量とセル入口圧力との関係を示すグラフである。
【0098】
図9(A)及び
図9(B)に示すように、いずれの実施例においても、比較例1に比べて高い拡散限界電流密度が得られた。また、
図9(B)に示すように、圧力差が9kPaである実施例7に比べて、圧力差が9kPa超である実施例1〜6では、比較例1に対する拡散限界電流密度の向上効果がより大きかった。このことから、多孔体層の前後における圧力差を9kPa超、より好ましくは10kPa以上、さらに好ましくは14kPa以上に調節することで、拡散限界電流密度をより高められることが確認された。また、
図10に示すように、芳香族炭化水素化合物の供給流量とセル入口圧力とは、比例関係にあった。このことから、芳香族炭化水素化合物の供給流量を調節することで、所望の圧力差を生じさせられることが確認された。