(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6790561
(24)【登録日】2020年11月9日
(45)【発行日】2020年11月25日
(54)【発明の名称】重金属の回収方法
(51)【国際特許分類】
C22B 43/00 20060101AFI20201116BHJP
C22B 3/44 20060101ALI20201116BHJP
C02F 1/62 20060101ALI20201116BHJP
C02F 1/76 20060101ALI20201116BHJP
【FI】
C22B43/00 102
C22B3/44 101B
C02F1/62 D
C02F1/76 Z
【請求項の数】6
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2016-153976(P2016-153976)
(22)【出願日】2016年8月4日
(65)【公開番号】特開2018-21240(P2018-21240A)
(43)【公開日】2018年2月8日
【審査請求日】2019年5月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】浅野 聡
(72)【発明者】
【氏名】竹田 賢二
(72)【発明者】
【氏名】竹之内 宏
【審査官】
菅原 洋平
(56)【参考文献】
【文献】
特開平08−041558(JP,A)
【文献】
特開昭52−021266(JP,A)
【文献】
特開昭53−002950(JP,A)
【文献】
特開2016−050333(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00−61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化剤が共存した水銀を含有する水溶液に対して硫化剤を添加し、該水銀を固体の硫化物として回収する水銀の回収方法であって、
前記水溶液に対する前記硫化剤の添加の開始後、
前記硫化剤の添加量に対する、前記水溶液の銀/塩化銀電極を参照電極とする酸化還元電位のグラフにおいて2つの変曲点が現れ、かつ、該酸化還元電位が−200mV以下に至るまで、前記水溶液に該硫化剤を添加する
水銀の回収方法。
【請求項2】
前記酸化還元電位が−250mV以下−400mV以上の範囲に至るまで、前記硫化剤を添加する
請求項1に記載の水銀の回収方法。
【請求項3】
前記酸化剤が共存した水溶液の酸化還元電位が800mV以上である
請求項1又は2に記載の水銀の回収方法。
【請求項4】
前記硫化剤として、硫化水素、又は硫化水銀よりも溶解度が大きい硫化物を用いる
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の水銀の回収方法。
【請求項5】
前記硫化剤として、硫化アルカリを用いる
請求項4に記載の水銀の回収方法。
【請求項6】
前記酸化剤が、次亜塩素酸ナトリウムである
請求項1乃至5のいずれか1項に記載の水銀の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重金属の回収方法に関するものであり、より詳しくは、酸化剤が共存した例えば水銀等の重金属を含有する水溶液に対して硫化剤を添加し、該重金属を固体の硫化物として回収する重金属の回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、重金属である水銀及びその水溶性化合物は、人体、生物に対する毒性が高いため、排水・排ガス中の排出濃度も厳しく制限されている。したがって、水銀を含む廃液の処理方法としては、高度な分離技術が必要とされ、種々のプロセスが開発されている。
【0003】
具体的には、例えば、固体の吸着剤により水銀を吸着する方法が挙げられ、特許文献1には、メタアクリル酸ジアルキルアミノアルキルを含む吸着剤を使用する方法が開示されており、特許文献2には、陰イオン交換樹脂で吸着させた後、水溶液中に残留した水銀をさらに炭素、シリカ、メルカプチドを形成する化合物で再吸着する方法が開示されている。また、凝集、共沈により水銀を回収する方法が挙げられ、特許文献3には、pH3〜7の条件下で、高分子キレート剤、塩化鉄、硫酸鉄、硫酸アルミニウム、ポリ塩化アルミニウム、アルミン酸ナトリウム等を用いて水銀を共沈させる方法が開示されている。さらに、還元剤により金属水銀として回収する方法が挙げられ、特許文献4には、多孔質担体上のアントラキノン、ハイドロキノン等により還元する方法が開示されており、特許文献5には、スピネルに一旦吸着させた後、オゾンで溶離して、最終的にヒドラジンで還元回収する方法が開示されている。
【0004】
また、その他、やや物理的な方法として、例えば特許文献6に開示されているような、アルミニウムザンセートを用いたイオン浮選で回収する方法も知られている。また、選択的に水銀を沈殿させる方法として、一旦粗分離した水銀を単独の状態で濃縮・分離した後に、水酸化処理や硫化処理を行う方法がある。例えば、特許文献7には、水銀含有物をフッ化水素酸と硝酸との混合物で選択的に溶解し、中和剤、硫化剤を添加して回収する方法が開示されている。
【0005】
しかしながら、吸着剤を用いて水銀を吸着分離する方法では、吸着させた後、溶離液として水銀が回収されるため、最終的に無害化するには、別途固体として分離回収する必要がある。また、共沈や還元、浮鉱により分離回収する方法では、初めから固体として回収できるもの、共沈剤や他の還元されやすい共存金属、浮選されやすい共存金属が同時に沈殿するため、分離された水銀の品位が非常に低くなり、処理や保管のための二次濃縮が必要となる。
【0006】
一方で、一次濃縮物から酸化剤で水銀を選択的に溶解し、中和剤や硫化剤等を用いて回収する方法では、水銀を固体として分離することができ、かつ、共存物質が予め分離されているため、濃縮率が高いというメリットがある。特に、硫化水銀は、溶解度が極めて低く(溶解度積Ksp:4.0×10
−53)、かつ、硫化反応は水銀に対して選択性が高いため、固体としての回収に適している。
【0007】
しかしながら、水銀は、還元されて金属水銀に戻りやすい性質を有するため、供給される水溶液中で安定化させるために、しばしば酸化剤が添加され、その酸化剤が共存する状態となっている。そのため、このような水溶液に硫化剤を添加して硫化処理を施そうとしても、酸化剤によりその硫化剤が分解してしまい、水銀を硫化物の形態として回収することが困難となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開2012/063305号公報
【特許文献2】特公昭48−019793号公報
【特許文献3】特開2003−47828号公報
【特許文献4】特開平07−124573号公報
【特許文献5】特開昭62−294490号公報
【特許文献6】特公昭51−011429号公報
【特許文献7】特開2003−45336号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような実情を鑑みて提案されたものであり、酸化剤が共存する水銀を含有する水溶液から、その水銀を固体として分離して、水銀品位が十分に低い水溶液とすることができる水溶液中の水銀の回収方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上述した課題を解決するために鋭意検討を重ねた。その結果、酸化剤が共存した水銀含有水溶液に対して硫化剤を添加し、水銀を硫化物として回収するにあたり、その硫化剤の添加に伴う水溶液の酸化還元電位を基準とし、その酸化還元電位に推移に2つの変曲点が現れるまで、水溶液に硫化剤を添加することによって、水銀を有効に硫化物として固定化することができ、高い回収率で回収できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
(1)本発明の第1の発明は、酸化剤が共存した水銀を含有する水溶液に対して硫化剤を添加し、該水銀を固体の硫化物として回収する水銀の回収方法であって、前記硫化剤の添加量に対する、前記水溶液の銀/塩化銀電極を参照電極とする酸化還元電位のグラフにおいて2つの変曲点が現れるまで、前記水溶液に該硫化剤を添加する、水銀の回収方法である。
【0012】
(2)本発明の第2の発明は、第1の発明において、前記酸化還元電位が−200mV以下に至るまで、前記硫化剤を添加する、水銀の回収方法である。
【0013】
(3)本発明の第3の発明は、第1又は第2の発明において、前記酸化還元電位が−250mV以下−400mV以上の範囲に至るまで、前記硫化剤を添加する、水銀の回収方法である。
【0014】
(4)本発明の第4の発明は、第1乃至第3のいずれかの発明において、前記酸化剤が共存した水溶液の酸化還元電位が800mV以上である、水銀の回収方法である。
【0015】
(5)本発明の第5の発明は、第1乃至第4のいずれかの発明において、前記硫化剤として、硫化水素、又は硫化水銀よりも溶解度が大きい硫化物を用いる、水銀の回収方法である。
【0016】
(6)本発明の第6の発明は、第5の発明において、前記硫化剤として、硫化アルカリを用いる、水銀の回収方法である。
【0017】
(7)本発明の第7の発明は、第1乃至第6のいずれかの発明において、前記酸化剤が、次亜塩素酸ナトリウムである、水銀の回収方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、酸化剤が共存する水銀を含有する水溶液から、その水銀を固体として簡便にかつ効果的に分離することができ、水銀品位が十分に低い水溶液とすることができる水溶液中の水銀の回収方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】酸化剤が共存した水銀含有水溶液に対して、硫化剤として硫化水素ナトリウムを添加したときの、その添加当量に対する水溶液中のORP(参照電極:銀/塩化銀電極)の推移を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更が可能である。また、本明細書において、「X〜Y」(X、Yは任意の数値)との表記は、「X以上Y以下」の意味である。
【0021】
本実施の形態に係る水銀の回収方法は、酸化剤が共存した水銀(Hg)を含有する水溶液(以下、単に「水溶液」、または「水銀含有水溶液」ともいう)から水銀を回収する方法であり、その水溶液に対して硫化剤を添加することによって、水銀を固体の硫化物(硫化水銀)として回収する方法である。
【0022】
水銀含有水溶液としては、特に限定されないが、例えば、水銀及び水銀を含む非鉄金属製錬プロセスから排出される廃液、非鉄金属製錬プロセスから排出されるガスに対する洗浄液・吸着剤、または、有機合成触媒や殺菌剤、比重選鉱に使用する重液、水銀法電解の廃棄物処理液等を挙げることができる。
【0023】
一般的に、水銀含有水溶液から選択的に水銀を固体で吸着して溶離濃縮する場合や、金属水銀や不溶性水銀化合物を含む固体、気体から水溶液として水銀を分離濃縮する場合では、最終的に水銀を高濃度で含む水溶液として回収される。しかしながら、Hg
2+/Hg間の標準の酸化還元電位(ORP)は0.85Vと高いため、水溶液中の水銀は容易に金属形態に戻りやすい。このことから、複数の工程を保有する工業的な処理設備においては、このような水溶液を取り扱うと、水溶液のORPの低下に伴って、最終処理工程に至るまでに沈殿として金属水銀が分離し、また、金属の蒸気として大気中に拡散、散逸してしまい、最終処理工程で集中的に濃縮分離ができないという事態が発生する。
【0024】
そのような事態を防止するためには、水銀含有溶液に酸化剤を共存させることが有効となる。ところが、酸化剤が共存した状態で水銀を硫化物として固定するために硫化剤を添加しても、その硫化剤が水溶機中の酸化剤で消費されてしまい、十分に硫化物として回収することができない。
【0025】
具体的には、酸化剤が共存した水銀含有水溶液に対し、水銀を硫化物として固定化するための硫化剤を添加していくと、先ず、第1段階の酸化剤が過剰量存在する段階では、添加した硫化剤が酸化剤によって硫酸にまで酸化される。次に、第2段階として酸化剤の量が徐々に減少していく段階では、添加した硫化剤が単体の硫黄に酸化される。
【0026】
なお、下記の反応式(1)、(2)は、上述した第1段階、第2段階における水溶液中の状態を示すものであり、塩化水銀(II)を水銀化合物として含む水溶液に、酸化剤である次亜塩素酸ナトリウムが共存しており、その水溶液に硫化剤としての硫化水素ナトリウムを添加した場合を具体例として示すものである。
【0027】
4NaClO+NaSH→Na
2SO
4+3NaCl+HCl
(酸化剤が硫化剤に対して大過剰の場合) ・・・(1)
NaClO+NaSH→S+NaOH+NaCl
(酸化剤が硫化剤に対して小過剰の場合) ・・・(2)
【0028】
そして、最終的に(1)及び(2)の反応を経て、水溶液中の酸化剤が硫化剤の添加により消費され分解されると、そのとき初めて、下記の反応式(3)で示すような、水溶液中の水銀の硫化反応が生じることになる。
【0029】
NaSH+HgCl
2→HgS+NaCl+HCl ・・・(3)
【0030】
ここで、
図1は、酸化剤(次亜塩素酸ナトリウム)が共存した水銀含有水溶液に対して、硫化剤として硫化水素ナトリウムを添加したときの、その添加当量に対する水溶液中のORP(参照電極:銀/塩化銀電極)の推移を示すグラフである。なお、処理条件等は実施例1にて説明する。
【0031】
図1のグラフから分かるように、過剰量の酸化剤が共存した水銀含有水溶液に硫化剤を添加し、水銀を硫化物(硫化水銀)として固定化する処理を行っていくと、その硫化物の添加量の増加に伴って、水溶液のORPに2つの変曲点(
図1中のX、Y)が現れることが分かる。ここで、「変曲点」とは、グラフの傾きが大きく変化したときの点をいう。そして、その2つの変曲点が現れた以降において硫化剤の添加量を増加させても、水溶液のORPの変化はほぼ無くなる。なお、詳しくは実施例にて述べるが、2つの変曲点が現れた以降においては、水銀の硫化物としての回収率が高い水準となる。
【0032】
このような
図1に示される2つの変曲点は、上述した反応式に基づいて説明することができる。すなわち、第1の変曲点Xに至るまでの第1のプラトー領域では、ORPが800mV以上でほぼ一定であり、硫化剤を添加しても硫化水銀(黒色)の沈殿の発生は見られず、上記反応式(1)で示す硫酸イオンの生成反応のみが進行していると推測される。
【0033】
その後、第1の変曲点Xが出現した後、第2の変曲点Yに至るまでの第2のプラトー領域では、ORPが400mV付近でほぼ一定であり、硫化剤の添加に伴って、黒色の硫化水銀の沈殿ではなく単体の硫黄(黄色)の生成が見られ、上記反応式(2)で示すように硫化剤の硫黄への酸化反応が進行していると推測される。
【0034】
そして、第2の変曲点Yが出現した後、ORPがおよそ−200mVを下回る状態になると、硫化剤の添加に伴って、初めて黒色の沈殿である硫化水銀が発生していく。つまり、第2の変曲点Yが出現した以降において、上記反応式(3)で示す硫化水銀の生成反応が進行していると推測される。
【0035】
このようなことから、過剰量の酸化剤が共存する水銀含有水溶液に対して硫化剤を添加することで水銀を固体の硫化物として回収する処理においては、硫化剤の添加量に対する水溶液のORPのグラフにおいて「2つの変曲点」が現れるまで、その水銀含有水溶液に硫化剤を添加していく。これにより、水溶液中において水銀イオンが金属水銀に還元されることを防ぎながら、効率的にその水銀を硫化物として固定化することができ、硫化水銀の形態で有効に回収することができる。
【0036】
酸化剤が共存する水銀含有水溶液から水銀を回収するにあたり、その反応直前においては、水溶液中の酸化剤の濃度や水銀の濃度を正確に定量分析することは現実的には困難である。また、水銀が錯形成している場合や酸性の領域においては、反応当量分の硫化剤を添加しても、完全には水銀の沈殿が生成しない。このようなとき、上述したように、水溶液のORPを基準とし、硫化剤の添加当量に対するORPの推移を測定して、2つの変曲点の出現を確認することにより、水溶液中での各反応の進捗を、的確にかつORPを測定するという簡易な方法で、把握することができる。
【0037】
また、水溶液のORPの具体的な数値を基準とする場合には、
図1に示したグラフに基づき、過剰量の酸化剤が共存する水銀含有水溶液に対して、その水溶液のORPが−200mV以下、より好ましくは−250mV以下、さらに好ましくは−300mV以下に至るまで、硫化剤を添加するようにする。このように、ORPが−200mV以下に至るまで硫化剤を添加していくことにより、酸化剤の分解を経て、ほぼ完全に水銀の硫化反応を完結させることができる。
【0038】
ここで、水溶液中の水銀イオンの濃度が低い場合や、水溶液中に水銀と共に存在する酸化剤の含有量が少ない場合には、
図1に示したような変曲点が明確に確認できないことがある。そのような場合であっても、上述したように、水溶液のORPを具体的な基準として、所定のORP、具体的には−200mV以下、より好ましくは−250mV以下、さらに好ましくは−300mV以下に至るまで硫化剤を添加することで、効果的に水銀の硫化反応を生じさせることができる。
【0039】
ORPの具体的な数値を基準とする場合、その下限値としては特に限定されないが、−400mV以上を下限基準として、その範囲で硫化剤を添加することが好ましい。硫化剤の添加による硫化反応で生じる硫化水銀は、大過剰の硫化アルカリ等で溶解してしまう。また、未反応の硫化剤によって水質汚染を招く恐れもある。これらのことから、下限値としては−400mVを目安とすることが好ましい。
【0040】
なお、ORPは、厳密には温度やpHに依存性があるものの、実際の処理においては、あらかじめ最適値を設定しておくことによって十分に対応することができる。
【0041】
硫化剤の添加速度は、特に限定されないが、水銀含有水溶液中に、水銀以外の他の金属イオンが共存するような場合には、硫化剤を急速に添加していくと、硫化水銀よりも硫化物の溶解度が高い金属も硫化されて硫化反応の対象としての水銀の選択性が損なわれ、硫化剤が無駄に消費される可能性があることを留意することが好ましい。
【0042】
硫化剤としては、水銀イオンと陽イオン交換する硫化物であれば特に限定されないが、硫化水素(ガス)、又は硫化水銀よりも溶解度が大きい硫化物を用いることが好ましい。このような、硫化水素、又は硫化水銀よりも溶解度が大きい硫化物であれば、水に溶解しやすいことから、厳密に水溶液のORPを制御することができる。
【0043】
具体的には、水に可溶なアルカリ金属の硫化物を用いることが好ましい。例えば、硫化ナトリウム、硫化カリウム、又はそれらの水素塩(硫化水素ナトリウム等)が挙げられる。これらの硫化物は、経済性の観点、水溶液中の窒素汚染を抑制できるという観点からも好ましく、さらにその中でも、硫化水素ナトリウムは、他の硫化物と比較してより安価であり、特に好ましい。なお、重金属の硫化物を硫化剤として用いることも可能であるが、そのような硫化剤では、イオン交換の結果として新たに重金属が水溶液中に溶出してしまい、新たな汚染が発生するリスクがあるため、好ましくない。
【実施例】
【0044】
以下、本発明を適用した具体的な実施例について説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0045】
[実施例1]
塩化水銀(II)の形態で水銀を110mg/L含有し、銀/塩化銀電極を参照電極とする酸化還元電位(ORP)が819mVになるまで、酸化剤としての次亜塩素酸ナトリウム(12%溶液)を共存させ、安定化させた水溶液を原液(処理原液)とした。なお、次亜塩素酸ナトリウムは、水銀が還元されて金属水銀として沈澱してしまうことを防止する観点から、過剰量を添加し共存させた。
【0046】
この処理原液に、硫化剤として2.5%硫化水素ナトリウム(NaSH)を徐々に添加していき、水溶液中の水銀を固体の硫化水銀として回収する処理を行った。この処理において、硫化剤の添加量と水溶液のORP、水溶液中の残存水銀濃度について確認した。
【0047】
図1は、NaSHの添加当量に対する水溶液のORPの推移を示すグラフである。また、下記表1に、所定のNaHSの添加量(対Hg、mol/mol)に至ったときの水溶液中の残存水銀濃度(mg/L)と、そのときの水銀の除去率(%)を示す。なお、水銀の除去率とは、処理原液に含まれていた水銀の濃度に対する処理後(所定量の硫化剤添加後)の水銀の減少分(濃度)の割合をいう。
【0048】
【表1】
【0049】
図1に示すように、硫化剤の添加に伴って2つの変曲点が出現した(図中のX、Y)。第1の変曲点Xが出現するまでのORPが800mV以上のプラトー領域では、硫化剤の添加量を増加させても沈殿の発生は見られなかった。その後、第1の変曲点Xが出現したのち、ORPが400mV付近でほぼ一定となったプラトー領域では、硫化剤の添加量の増加に伴って黄色の沈殿生成が確認された。そしてその後、第2の変曲点Yが出現したのち、ORPが−200mVを下回った時点から、初めて黒色の沈殿生成が確認された。
【0050】
定量分析の結果からも、黒色の硫化水銀の生成反応が進行していることが確認された。また、表1に示すように、ORPが−250mV、−315mVでは、残留水銀濃度が0.32mg/Lにまで低減し、水銀の除去率が99%以上となり高い割合で水銀を固体として回収することができた。