(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明のフィトステロールエステルは、下記一般式(1)またはその塩で表される。
【化1】
(式中、R
1は、フィトステロールからそれに結合する水酸基を除いて得られるフィトステロール残基を示す。
R
2は、炭素数2以上6以下の直鎖、分岐、または環状の炭化水素基を示す。ただし、エーテル結合を含んでいてもよい。
nは、1〜3の整数を示す。)
【0010】
式(1)中、R
1は、フィトステロール残基を表す。
フィトステロールとは、植物に含まれるステロールの総称であり、主な成分としてはβ−シトステロール、スチィグマステロール、カンペステロール、ブラシカステロール等が知られている。本発明に使用されるフィトステロールとしては、これらに限定されず、植物から得られるステロールであれば特に制限することなく用いることができる。また、複数のフィトステロールの混合物でもよい。
【0011】
式(1)中、R
2は、炭素数2以上6以下の直鎖、分岐、または環状の炭化水素基を表す。ただし、エーテル結合を含んでいてもよい。
具体的には、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基、ペンチレン基、ヘキシレン基、エチレンオキシエチレン基、メチルメチレン基、ジメチルメチレン基、メチルプロピレン基、イソブチレン基、s−ブチレン基、イソペンチレン基、ネオペンチレン基、シクロブチレン基、シクロペンチレン基、シクロヘキシレン基等が挙げられる。これらの中で、シクロヘキシレン基、メチルプロピレン基、エチレン基が好ましく、シクロヘキシレン基がより好ましい。
【0012】
式中、nは1〜3の整数を示し、好ましくは1である。
本発明のフィトステロールエステルの分子量は、400以上600以下がのぞましい。
本発明のフィトステロールエステルとしては、シクロヘキサンジカルボン酸フィトステリル、メチルグルタル酸フィトステリル、コハク酸フィトステリルが好ましい。
【0013】
本発明のフィトステロールエステルは、フィトステロールとポリカルボン酸無水物を、有機溶媒下で加熱しエステル化した後、水洗を行い、有機層を濃縮し、再結晶することにより得ることができる。
また、反応は溶媒非存在下でも行うことができ、酸性物質もしくはアルカリ性物質からなる反応触媒存在下でも行うことができる。
さらに、水洗工程では、必要に応じて、中和のために酸性物質もしくはアルカリ性物質を添加してもよい。
なお、本発明のフィトステロールエステルの製法は、この限りではない。
【0014】
本発明に使用されるポリカルボン酸無水物としては、コハク酸無水物、グルタル酸無水物、アジピン酸無水物、ピメリン酸無水物、スベリン酸無水物、ジグリコール酸無水物、ジメチルコハク酸無水物、メチルグルタル酸無水物、ジメチルグルタル酸無水物、シクロプロパンジカルボン酸無水物、シクロブタンジカルボン酸無水物、シクロペンタンジカルボン酸無水物、シクロヘキサンジカルボン酸無水物等が挙げられる。これらの中で、コハク酸無水物、メチルグルタル酸無水物、シクロヘキサンジカルボン酸無水物が好ましく、シクロヘキサンジカルボン酸無水物がより好ましい。
【0015】
本発明のフィトステロールエステルは、上記一般式(1)で表される化合物の塩であってもよい。塩としては、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属との塩、カルシウム等のアルカリ土類金属との塩、アンモニウム、アミン、塩基性アミノ酸等の有機塩基との塩が挙げられる。
【0016】
本発明のフィトステロールエステルは、特定のpHで、親水性から疎水性へと変化する。本発明のフィトステロールエステルを脂質二重膜に担持したリポソームは、特定のpHで、リポソーム膜に担持されたフィトステロールエステルが親水性から疎水性へと相転移することで、リポソームの脂質二重膜が破壊されて内包物を放出させることができ、環境応答性因子として応用可能である。
【0017】
「リポソーム」
本発明のフィトステロールエステルとリン脂質とから、リポソームを形成することができる。これは、本発明のフィトステロールエステルが、リポソームの脂質二重膜中の親油性部分に入り込むことができるためである。
ここで、本発明のリポソームとは、本発明のフィトステロールエステルがリポソームの脂質二重膜に担持されているものを意味する。本発明のフィトステロールエステルがリポソームに担持されているか否かは、ゲルろ過法、超遠心法、透析法等によりリポソームと本発明のフィトステロールエステルとを分離することができるか否かで判別することができる。
【0018】
本発明のリポソームは、リポソームの脂質二重膜を構成するリン脂質と本発明のフィトステロールエステルの重量比が50:50以上99:1以下であることが好ましく、60:40以上80:20以下がより好ましい。リン脂質とフィトステロールエステルの重量比が99:1よりフィトステロールエステルの比率が小さいと疎水性が弱いため、フィトステロールエステルをリポソームに含有させたときに脂質二重膜を壊す力が十分でない。リン脂質とフィトステロールエステルの重量比が50:50よりフィトステロールエステルの比率が大きいと親水性が高くなり、本発明のリポソームが凝集するのに必要なpHが低くなりすぎる。
【0019】
本発明のリポソームにおいて、リポソーム膜表面が親水性から疎水性に変化すると、脂質二重膜が破壊されてリポソームの内包物が放出される。そのため、本発明のリポソームは、皮膚外用剤、化粧料、食品、医薬品、生化学用試薬等への応用が可能である。
【0020】
リポソームの脂質二重膜が破壊される原理は以下のとおりである。
リポソームの水分散液において、リポソーム膜表面が親水性を維持できる条件下では、本発明のフィトステロールエステルはリポソームに担持された状態で水中に安定して存在する。この水分散液のpHを変化させて本発明のフィトステロールエステルが疎水性となると、水中でリポソームは不安定化し、凝集することにより、脂質二重膜が破壊される。なお、本発明のリポソームにおいて、フィトステロールエステルはリポソームに担持されているため、親水性−疎水性の変化によるリポソームの表面電荷の変化は、リポソームの脂質二重膜の表面近傍で起こる。そのため、本発明のリポソームの親水性−疎水性の変化は、リポソームのゼータ電位により定量することができる、
【0021】
本発明のリポソームを構成するリン脂質は、リポソームの膜脂質として通常用いられる両親媒性のリン脂質を用いることができる。このようなリン脂質としては、例えばホスファチジン酸、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジルイノシトール、カルジオリピン、スフィンゴミエリン、大豆ホスファチジルコリン、卵黄ホスファチジルコリンなどのリン脂質が挙げられる。これらのリン脂質の構成脂肪酸としては、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキドン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸などが挙げられる。これらは単独でまたは2種以上組み合わせて使用できる。特に、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミンが好ましい。
【0022】
ここで、リン脂質の性状は、アシル基を構成する脂肪酸により異なる。ホスファチジルコリンの場合、卵黄ホスファチジルコリンや大豆ホスファチジルコリンなどの不飽和脂肪酸を多く含むホスファチジルコリンはペースト状である。多価不飽和脂肪酸残基を有する非水添リン脂質は、空気に触れさせたり、光を当てたりすると、褐色を帯び、においが変化することがある。これは不飽和脂肪酸が空気中の酸素により酸化されるためである。リン脂質の酸化による変性を防ぐ目的で、リン脂質の精製段階で水素を添加し、不飽和脂肪酸残基を飽和脂肪酸残基へ変化させたものが水添リン脂質であり、水添リン脂質は、固形状である。
【0023】
本発明のリポソームを形成するリン脂質は、非水添リン脂質でもよく、水添リン脂質でもよく、これらを併用してもよい。水添リン脂質は、脂肪酸が二重結合を有さず柔軟であるため、非水添リン脂質より密に充填することでき、緻密な脂質二重膜を形成することができる。非水添リン脂質と水添リン脂質とは、その割合を特に制限することなく併用することができるが、通常、非水添リン脂質と水添リン脂質とのモル比が99:1以上1:99以下である。ここで、天然物由来であるリン脂質は、種々の化合物の混合物であるため、モル比は、主たる化合物の分子量を使用して算出する。
【0024】
さらに、本発明のリポソームにおいて、リン脂質の相転移温度(Tc)は、温度応答性にも影響を与える。使用するリン脂質は、COAT SOME MC−8080(DSPC;Tc55℃)、COAT SOME MC−6060(DPPC;Tc41℃)、COAT SOME MC−4060(MPPC;Tc35℃)、COAT SOME MC−6040(PMPC;Tc28℃)、COAT SOME MC−4040(DMPC:Tc23℃)、COAT SOME MC−8181(DOPC;Tc−22℃)などを用いることができる。体温付近で、応答性を発揮させるためには、特にCOAT SOME MC−4040(DMPC)が好ましい。
【0025】
本発明のリポソームには、ステロールを有していてもよい。ステロールは、脂質二重膜中に入り込み、脂質二重膜をゲルでも液晶でもない中間状態にする作用を有していることが知られている(参考文献:「リポソーム」南江堂)。ステロールは、非水添リン脂質からなる脂質二重膜に対しては、膜透過性や膜流動性を低下させ、水添リン脂質からなる脂質二重膜に対しては、その相転移を消失させ、膜流動性を高める作用を有する。
【0026】
本発明に用いるステロールとしては動物ステロール、植物ステロール(フィトステロール)、菌類ステロール等が挙げられる。動物ステロールとしては例えば、コレステロール、コレスタノール、7−デヒドロコレステロールが挙げられる。また、植物ステロール(フィトステロール)としてはシトステロール、スチグマステロール、フコステロール、スピナステロール、ブラシカステロール等が挙げられる。また、植物ステロールの水素添加物であるフィトスタノールが挙げられる。菌類ステロールとしては例えばエルゴステロールが挙げられる。
本発明に用いるステロールとして、市販品を用いることができる。例えば、タマ生化学株式会社製 フィトステロールS(フィトステロール)、日本精化株式会社製 コレステロールJSCI(コレステロール)、コグニスジャパン株式会社製 GENEROL 122N(フィトステロール)、日本水産株式会社製 マリンコレステロール(コレステロール)等が挙げられる。
【0027】
水添リン脂質、フィトステロールのいずれか、または両方を配合することで脂質二重膜をより安定にすることができる。すなわち、これらを配合した脂質二重膜は、内包物の意図せぬ漏出が抑えられ、環境応答性をより鋭敏にすることができる。
【0028】
本発明のリポソームは、公知のリポソームの製造方法により製造することができる。公知のリポソームの製造方法としては、エクストルーダー法、超音波法、フレンチプレス法高圧乳化法などが挙げられる。高圧乳化機としてはプライミクス株式会社製 T.Kフィルミックス(薄膜旋回型高速ホモミキサー)、マイクロフルイディックス社製 マイクロフルイダイザー(超高圧ホモジナイザー)、吉田機械興業株式会社製 ナノヴェイタ(ナノマイザー)等を用いることができる。
【0029】
一例として、エクストルーダー法により本発明のリポソームを製造する方法について説明する。リポソームの脂質二重膜を構成するリン脂質とフィトステロールエステルとをクロロホルムなどの適当な有機溶媒に溶解させ、その溶液を容器内に入れる。次いで、エバポレーターを用いて有機溶媒を除去し、容器内壁面にリン脂質とフィトステロールエステルとからなる混合薄膜を形成する。
この混合薄膜は、さらに3〜12時間程度真空乾燥して、有機溶媒を完全に除去することが好ましい。次いで、この容器内に緩衝液などの適当な溶液を投入し、超音波処理またはボルテックスミキサーなどを用いて強く撹拌して、混合薄膜を容器内壁面から剥離することによりリポソームを形成することができる。この緩衝液等の溶液に、薬効成分を含ませることで、リポソーム内に薬効成分を包含することができる。
【0030】
リポソームの粒径は、得られた分散液をエクストルーダーに通し、そのフィルター孔径を適宜設定することにより調節することができる。本発明のリポソームの粒径は特に制限されないが、通常、0.05μm以上100μm以下である。リポソームの粒径は、使用目的に応じて適宜調整すればよい。
本発明のリポソームは、上記の粒径の範囲内であれば、一層の脂質二重膜からなる単層リポソーム、または複数の脂質二重膜からなる多重層リポソームのいずれであってもよい。親油性の薬効成分は、脂質二重膜の膜中に包含されるため、親油性の薬効成分を多く包含させるには、多重層リポソームとすることが好ましい。
【0031】
上記のようにして得られたリポソーム分散液から、リポソームの脂質二重膜に担持されなかった本発明のフィトステロールエステルや、リポソーム内に包含されなかった薬効成分等は、ゲルろ過法、超遠心法、透析法などにより除去することができる。除去したい物質が電荷を有する場合には、イオン交換クロマトグラフィーを用いることもできる。
【0032】
上記のような方法により製造されるリポソームにおいて、本発明のフィトステロールエステルは、脂質二重膜中に担持され、親水基のカルボキシル基がリポソーム膜の外側表面又は内側表面に露出していると考えられる。
【0033】
リポソーム内に含ませる薬効成分としては、本発明のリポソームの製造を阻害しないものであれば特に限定されず、抗癌剤、プラスミド、タンパク質、酵素、保湿剤、抗炎症剤、ビタミン類、抗酸化剤、紫外線吸収剤、血行促進剤、創傷治癒剤、抗菌性物質、皮膚賦活剤、常在菌コントロール剤、活性酸素消去剤、美白剤等を用いることができる。これら薬効成分としては、親水性、親油性のいずれでもよく、どちらも包含することができる。
親水性の薬効成分はリポソームの内部に、親油性の薬効成分はリポソームの脂質二重膜に包含される。
【0034】
本発明のリポソームは、特定の条件下で内包物を放出することができるため、いわゆるドラッグ・デリバリー・システムに用いることができ、皮膚外用剤、化粧料、食品、医薬品、生化学用試薬等に用いることができる。また、本発明のフィトステロールエステルはエモリエント剤としてそのまま、皮膚外用剤、化粧料、食品、医薬品、生化学用試薬等に用いることもできる。
【0035】
本発明の化合物は以下の方法で合成することができるが、合成方法はこの限りではない。
<試験例1>
「本発明のフィトステロールエステルの合成1」
・シクロヘキサン1,2−ジカルボン酸フィトステリルの合成
撹拌機、温度計、ガス導入管、冷却管を備えた、500mlの反応容器にシクロヘキサン1,2−ジカルボン酸無水物30.0g(0.19mol)、フィトステロール(タマ生化学株式会社製、商品名:フィトステロールS)66.3g(0.16mol)、トルエン200gを入れ、窒素気流下、8時間還流反応させた。反応終了後、メチルエチルケトン14.8g、精製水60.0gを加え、60℃にて一時間撹拌した後、水層が中性になるまで水洗した。有機層を減圧下に濃縮し、へプタンを加えて再結晶し、シクロヘキサン1,2−ジカルボン酸フィトステリル54.3gを白色結晶として得た(収率59.5%)。
【0036】
<試験例2>
「本発明のフィトステロールエステルの合成2」
・3−メチルグルタル酸フィトステリルの合成
撹拌機、温度計、ガス導入管、冷却管を備えた、500mlの反応容器にメチルグルタル酸無水物25.0g(0.20mol)、フィトステロール73.6g(0.18mol)、トルエン220gを入れ、窒素気流下、8時間還流反応させた。反応終了後、メチルエチルケトン16.0g、精製水65.0gを加え、60℃にて一時間撹拌した後、水層が中性になるまで水洗した。有機層を減圧下に濃縮し、へプタンを加えて再結晶し、3−メチルグルタル酸フィトステリル65.4gを白色結晶として得た(収率62.5%)。
【0037】
<試験例3>
「本発明のフィトステロールエステルの合成3」
・コハク酸フィトステリルの合成
撹拌機、温度計、ガス導入管、冷却管を備えた、500mlの反応容器にコハク酸無水物20.0g(0.20mol)、フィトステロール73.6g(0.18mol)、トルエン220gを入れ、窒素気流下、8時間還流反応させた。反応終了後、メチルエチルケトン15.7g、精製水65.0gを加え、60℃にて一時間撹拌した後、水層が中性になるまで水洗した。有機層を減圧下に濃縮し、へプタンを加えて再結晶し、コハク酸フィトステリル65.4gを白色結晶として得た(収率71.4%)。
【0038】
<試験例4>
「本発明のリポソームの作成1」
ジミリストイルホスファチジルコリン(日油株式会社製、商品名:COAT SOME MC−4040、以下、DMPCという。)15.45mgと、試験例1で得たフィトステロールエステル8.6mgを、クロロホルム、メタノールを2:1の体積比で混合してなる溶液3mLに溶解させた。この溶液3mLをなす型フラスコに採り、ロータリーエバポレーターによりクロロホルム・メタノール混合溶液を除去し、フラスコ内壁面にDMPCと試験例1のフィトステロールエステルからなる薄膜を形成した。
【0039】
蛍光物質であるカルセイン(Sigma Aldrich社製)溶液(63mM、pH7.4)を2mL加え、バス型超音波照射装置により超音波を照射して、フラスコ内壁面から混合薄膜を剥離させ、蛍光液に混合薄膜を分散した。NaOH及びHClを用いてpH7.4に調整した。この分散液を50℃以上の条件下にて、エクストルーダーに孔径100nmの膜を挟み、リポソーム分散液を25回通すことで、リポソームの粒径を100nmにそろえた。
【0040】
その後、Shefadex G−50(GEヘルスケア・ジャパン株式会社製)をゲル、リン酸緩衝水溶液を移動相としたゲルろ過法で精製し、リポソームを得た。この精製により外水相から蛍光物質であるカルセイン、および遊離しているフィトステロールエステルを取り除くことができる。リン脂質と試験例1のフィトステロールエステルの重量比は65:35であり、モル比は60:40である。
【0041】
なお、上記した混合薄膜中のリン脂質量の定量は、リン脂質Cテストワコー(和光純薬工業株式会社製)を用いて、コリンオキシターゼ・DAOS(Sodium N−Ethyl−N−(2−Hydroxy−3−Sulfopropyl)−3,5−Dimethoxyaniline)法により行った。具体的には、リポソーム分散液、ブランク溶液、及び、リン脂質Cテストワコーに付属の標準溶液をそれぞれ発色溶液と混合し37℃で5分間インキュベートし、各溶液の波長600nmにおける吸光度を紫外・可視分光光度計(日本分光株式会社製、装置名:V−560)を用いて測定し、得られた吸光度からリポソーム分散液の濃度を決定した。
<試験例5>
「本発明のリポソームの作成2」
試験例1のフィトステロールエステルを試験例2のフィトステロールエステルに替えて、試験例2のフィトステロールエステルの使用量を8.2mgとして、試験例4と同様にリポソームを調製した。
リン脂質と試験例2のフィトステロールエステルの重量比は66:34であり、モル比は60:40である。
<試験例6>
「本発明のリポソームの作成3」
試験例1のフィトステロールエステルを試験例3のフィトステロールエステルに替えて、試験例3のフィトステロールエステルの使用量を8.0mgとして、試験例4と同様にリポソームを調製した。
リン脂質と試験例3のフィトステロールエステルの重量比は67:33であり、モル比は60:40である。
【0042】
<試験例7>
「リポソームの作成4」
試験例1のフィトステロールエステルをフィトステロール(商品名:フィトステロールS)に替えてフィトステロールの使用量を7.0mgとして、試験例4と同様にリポソームを調製した。
リン脂質とフィトステロールの重量比は71:29であり、モル比は60:40である。
【0043】
「リポソームのゼータ電位測定」
リポソームの表面電荷の変化を確認するため、ゼータ電位をレーザードップラー法により求めた。リポソーム溶液を0.1mMリン酸緩衝水溶液(pH7.4)3.0mLに加え、所定のセルに溶液を移して測定を行った。測定にはゼータ電位粒径測定システム(大塚電子株式会社製、装置名:ELSZ−1000)を用いた。リポソーム濃度は20μMとなるように調整した。測定は25℃でおこなった。
【0044】
試験例4〜7の、各温度においてpHを変化させた時のζ電位を表1に示す。
【表1】
【0045】
「リポソームの温度、pH応答性評価」
試験例4〜7のリポソームの温度、pHに対する応答性を評価した。
【0046】
リポソームの脂質二重膜が破壊されると、リポソーム内に含まれていたカルセインが外水相に放出される。放出されたカルセインを、下記手法により490nmの光で励起し、発せられる蛍光を520nmで測定することにより、リポソームの温度、pH応答性の評価を行った。
なお、リポソームの脂質二重膜中では蛍光物質であるカルセインの濃度が高く濃度消光される。そのため、本発明の測定方法で観測された蛍光は、全てリポソームから放出された外水相中のカルセインに由来するとみなすことができる。
【0047】
・pH応答性評価
試験管に各pHに調製したリン酸緩衝水溶液を加えた。試験管内のリン脂質濃度が0.02mMとなるように試験例4〜7のリポソーム溶液を添加した後、35℃で30分間インキュベートした(最終体積4mL)。その後、1%NaOH水溶液を加えpH7.4となるようにした。その後、カルセインの放出量を調べた。最後に10%Triton X−100を8μL加えてリポソームを破壊した。その後、下記温度応答性と同様にしてリポソームからの放出率を算出した。
【0048】
・温度応答性評価
試験管にpH7.4に調製したリン酸緩衝水溶液を加えた。試験管内のリン脂質濃度が0.02mMとなるように試験例4及び7のリポソーム溶液を添加した(最終体積4mL)。測定は25〜70℃の範囲とし、常に昇温した。10分間インキュベーションしたのち、1%NaOH水溶液を加え、pH7.4となるようにした。その後、カルセインの放出量を調べた(カルセインは弱酸性条件で消光するため)。最後に10%Triton X−100を80μL加えてリポソームを破壊した。各温度におけるpHが7.4のときのリポソームをバッファーに添加直後の蛍光強度を0%とし(F
0,7.4)、10%Triton X−100を加えたときの蛍光強度を100%の放出量とみなして(F
100,7.4)リポソームからの内包物の放出率を以下の計算式により算出した。
【0049】
【数1】
またpH=xのときの放出率Ftは、Ft=(測定値)×F
100,7.4/F
100,xとして、pH7.4に補正した値から算出した。蛍光強度の測定は分光蛍光光度計(日本分光株式会社製、装置名:FP−6200、FP−8500、FP−8500DS、SPECTRA MAX GEMINI EM(Morecular Device Japan社製))および温度コントローラ(日本分光株式会社製、装置名:ETC−272T)を用いて行った。
【0050】
試験例4〜7の、各温度においてpHを変化させた時の放出率のグラフを
図1に示す。また、試験例4及び7の、各pHにおいて温度を変化させた時の放出率のグラフを
図2に示す。
図1に示すように、本発明のリポソームは、pH応答性に優れていた。それに対し、フィトステロールエステルを有さない試験例7は、pHが変化してもリポソームは崩壊せず、内容物の放出がほとんど起こらなかった。また、
図2に示すように、試験例4で作成した本発明のリポソームは、pH5.0の条件下で25℃から30℃の間で応答性を示し、人の体温近傍の温度で応答性を有することが確認できた。
【0051】
<試験例8>
「細胞内での放出性試験」
ジミリストイルホスファチジルコリン(DMPC)15.45mgと、試験例1〜3のフィトステロールエステルのいずれか、又はフィトステロールを8.6mgとり、さらに蛍光物質であるRh−PEを全リン脂質量に対し、0.2モル%になるように加え、クロロホルム、メタノールを2:1の体積比で混合してなる溶液3mLに溶解させた。この溶液3mLをなす型フラスコに採り、ロータリーエバポレーターによりクロロホルム・メタノール混合溶液を除去し、フラスコ内壁面にDMPCと試験例1〜3のフィトステロールのいずれか、又はフィトステロールからなる薄膜を形成した。
【0052】
蛍光物質であるカルセイン(Sigma Aldrich社製)溶液(63mM、pH7.4)を2mL加え、バス型超音波照射装置により超音波を照射して、フラスコ内壁面から混合薄膜を剥離させ、蛍光液に混合薄膜を分散した。NaOH及びHClを用いてpH7.4に調整した。この分散液を50℃以上条件下にて、エクストルーダーに孔径100nmの膜を挟み、リポソーム分散液を25回通すことで、リポソームの粒径を100nmにそろえた。
【0053】
マウスメラノーマ細胞であるB16−F10細胞を、松浪ガラスボトムディッシュ1穴当たり2×10
5個になるように撒き、DMEMメディウムを培養液として、CO
2インキュベーター内で、CO
2濃度5%、37℃で一晩培養した。
【0054】
DMEMメディウムの組成は以下のとおり。
DMEM(High Glucose)培地(フェノールレッドあり)(DMEM、和光純薬工業株式会社製)、牛胎児血清(MP biomedical, Inc社製)10%。
【0055】
その後、リン酸緩衝水溶液で2回、カルシウムおよびマグネシウムを含まないリン酸緩衝水溶液(以下、PBS(−)という。)で1回洗浄した後、DMEMメディウム1.5mL(牛胎児血清フリー)を加えた。
脂質濃度0.50mMとなるようにリポソーム複合体の分散液を、全量が0.5mLとなるようにPBS(−)を、それぞれ加えた後、37℃で4時間インキュベーションすることで細胞にリポソームを取り込ませた。リン酸緩衝水溶液で3回洗浄してB16−F10細胞内に取り込まれていないリポソームを除去した。DMEM(フェノールレッドフリー、牛胎児血清フリー)を2mL加え、顕微鏡観察に用いた。
【0056】
「共焦点レーザー顕微鏡による細胞内動態の観察」
DMEM(フェノールレッドフリー)を2mL加えて共焦点レーザー顕微鏡(Carl Zeiss社製、装置名:LSM 5 EXCITER)により、B16−F10細胞にリポソーム分散液を加えてから3時間後の細胞内動態を観察した。なお、Rh−PEの蛍光は赤色で観察され、脂質二重膜では強く蛍光するが、水相ではその蛍光は弱い。カルセインは、緑色蛍光で観察され、10mMを超える濃度で自己消光するため、リポソーム内では蛍光を発さず、外水相に放出されて初めて蛍光を発する。
【0057】
試験例1〜3のフィトステロールエステルを含むリポソームで処理した細胞は、Rh−PEの赤色蛍光を示し、蛍光の強さは同程度であった。また、試験例1〜3のフィトステロールエステルを含むリポソームで処理した細胞は、いずれもカルセインの緑色蛍光を示したが、特に試験例1で得たフィトステロールエステルを含むリポソームで処理した細胞は非常に強い緑色蛍光を示した。
【0058】
図3に、試験例1のリポソームで処置したB16−F10細胞の共焦点レーザー顕微鏡画像を示す。
図3において、左上は細胞に取り込まれたあとのリポソーム中のRh−PEの蛍光(赤色)を、左下はカルセインの蛍光(緑色)を、右上は細胞の全体の微分干渉像(明視野画像)を、右下はRh−PEの蛍光、カルセインの蛍光、微分干渉像を重ね合わせた画像を示す。なお、それぞれの画像は、同一箇所の画像である。
図3の右下の画像には、黄色の輝点が見られ、Rh−PEによる赤色蛍光とCalceinによる緑色蛍光が同一の箇所で起こったことが確かめられた。
【0059】
リポソームは、エンドサイトーシスにより細胞に取りこまれ、エンドソームに移行する。リポソームは、37℃で高いpH応答性をもつために、エンドソーム内の弱酸性pHに応答して、脂質二重膜が破壊され、カルセインがリポソーム外に放出されて外水相で希釈され、カルセインの蛍光が強く発せられた。なお、本発明のフィトステロールエステルは、細胞親和性の高いステロール構造を持っており、このフィトステロールエステルを表面近傍に有するリポソームは安定性が高まり、分解酵素による分解は抑えられているため、細胞内のリソソームによるリポソームの分解はほとんど起きていないと推測される。