特許第6792836号(P6792836)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6792836正極活物質用リチウム複合酸化物およびその製造方法、リチウム二次電池用正極活物質ならびにリチウム二次電池
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6792836
(24)【登録日】2020年11月11日
(45)【発行日】2020年12月2日
(54)【発明の名称】正極活物質用リチウム複合酸化物およびその製造方法、リチウム二次電池用正極活物質ならびにリチウム二次電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/505 20100101AFI20201119BHJP
   H01M 4/525 20100101ALI20201119BHJP
【FI】
   H01M4/505
   H01M4/525
【請求項の数】12
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2016-57411(P2016-57411)
(22)【出願日】2016年3月22日
(65)【公開番号】特開2017-174558(P2017-174558A)
(43)【公開日】2017年9月28日
【審査請求日】2018年12月7日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「革新型蓄電池先端科学基礎研究事業/革新型蓄電池先端科学基礎研究開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000154
【氏名又は名称】特許業務法人はるか国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100152571
【弁理士】
【氏名又は名称】新宅 将人
(74)【代理人】
【識別番号】100141852
【弁理士】
【氏名又は名称】吉本 力
(72)【発明者】
【氏名】千葉 一毅
(72)【発明者】
【氏名】栄部 比夏里
(72)【発明者】
【氏名】鹿野 昌弘
【審査官】 福井 晃三
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/049796(WO,A1)
【文献】 特開2008−152923(JP,A)
【文献】 特開2011−228273(JP,A)
【文献】 特開2015−092455(JP,A)
【文献】 特開2010−232038(JP,A)
【文献】 特開2010−260761(JP,A)
【文献】 特開2002−313337(JP,A)
【文献】 J.M.Paulsen et al,O2 Structure Li2/3[Ni1/3Mn2/3]O2: A New Layered Cathode Material for Rechargeable Lithium Batteries I. Electrochemical Properties,Journal of The Electrochemical Society,2000年,Vol.147, No.3,p.861-868
【文献】 K.M.Shaju et al,Electrochemical Kinetic Studies of Li-Ion in O2-Structured Li2/3(Ni1/3Mn2/3)O2 and Li(2/3)+x(Ni1/3Mn2/3)O2 by EIS and GITT,Journal of The Electrochemical Society,2003年,Vol.150, No.1,p.A1-A13
【文献】 Won-Sub Yoon et al,Local Structure and Cation Ordering in O3 Lithium Nickel Manganese Oxides with Stoichiometry Li[NixMn(2-x)/3Li(1-2x)/3]O2 NMR Studies and First Principles Calculations,Electrochemical and Solid-State Letters,2004年,Vol.7, No.7,p.A167-A171
【文献】 Meng Jiang,High Voltage Study of Li-Excess Material as a Cathode Material for Li-Ion Batteries,The Electrochemical Society Interface,2008年,p.70-71
【文献】 Tetiana Nosach,Nuclear Magnetic Resonance Studies on Lithium and Sodium Electrode Materials for Rechargeable Batteries,City University of New York(CUNY) CUNY Academic Works,2014年,p.76-91
【文献】 L.S.Cahill et al,6Li NMR Studies of Cation Disorder and Transition Metal Ordering in Li[Ni1/3Mn1/3Co1/3]O2 Using Ultrafast Magic Angle Spinning,Chemistry of Materials,2005年,Vol.17,p.6560-6566
【文献】 千葉一毅 他,合成条件の異なるリチウムニッケルマンガン酸化物の検討,第55回 電池討論会 講演要旨集,日本,2014年,2B18,p.152
【文献】 千葉一毅 他,結晶構造制御によるLi2/3Ni1/3Mn2/3O2の電気化学特性改善,2014年電気化学秋季大会 講演要旨集,日本,2014年,1P23,p242
【文献】 Zhonghua Lu et al,Superlattice Ordering of Mn, Ni, and Co in Layered Alkali Transition Metal Oxides with P2, P3, and O3 Structures,Chemistry of Materials,2000年,Vol.12,p.3583-3590
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00− 4/62
H01M 10/05−10/0587
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム二次電池の正極活物質として用いられるリチウム複合酸化物であって、
組成式LiNaNi1/3Mn2/3で表され、式中、0.75≦x≦0.90、0<y≦0.05であり、
650〜900ppmの範囲に、Li−NMRの主共鳴ピークの極大を有し、前記主共鳴ピークの半値幅が200〜450ppmであり、O3構造を有する、正極活物質用リチウム複合酸化物。
【請求項2】
前記Li−NMRの主共鳴ピークを波形解析により1以上のピークに分離した際に、波形解析により得られたピークの少なくとも1つが、650〜750ppmの範囲にピーク極大を有する、請求項1に記載の正極活物質用リチウム複合酸化物。
【請求項3】
前記Li−NMRの主共鳴ピークが、波形解析により2以上のピークに分離可能である、請求項1または2に記載の正極活物質用リチウム複合酸化物。
【請求項4】
前記組成式におけるナトリウム量yが、0.001≦y≦0.02を満たす、請求項1〜3のいずれか1項に記載の正極活物質用リチウム複合酸化物。
【請求項5】
リチウム二次電池の正極活物質として用いられるリチウム複合酸化物の製造方法であって、
前記リチウム複合酸化物は、組成式LiNaNi1/3Mn2/3で表され、式中、0.75≦x≦0.90、0<y≦0.05であ
組成式LiNa2/3−zNi1/3Mn2/3で表され、式中、0.33≦z≦0.63であり、結晶構造が層状岩塩型構造である複合酸化物に、リチウムイオンを化学挿入することを特徴とする、正極活物質用リチウム複合酸化物の製造方法。
【請求項6】
組成式LiNa2/3−zNi1/3Mn2/3で表される前記複合酸化物を、リチウム塩溶液中、20℃〜200℃の温度範囲で処理することにより、前記リチウムイオンの化学挿入が実施される、請求項5に記載の正極活物質用リチウム複合酸化物の製造方法。
【請求項7】
前記リチウム塩がヨウ化リチウムを含む、請求項6に記載の正極活物質用リチウム複合酸化物の製造方法。
【請求項8】
前記リチウム塩溶液の溶媒がアセトニトリルを含む、請求項6または7に記載の正極活物質用リチウム複合酸化物の製造方法。
【請求項9】
リチウムイオンを化学挿入後の組成式におけるリチウム量xと、リチウムイオンを化学挿入前の組成式におけるリチウム量zとの差が、0.2≦x−z≦0.5を満たす、請求項5〜8のいずれか1項に記載の正極活物質用リチウム複合酸化物の製造方法。
【請求項10】
組成式Na2/3Ni1/3Mn2/3で表されP3構造を有する出発物質のナトリウムをリチウムに交換するイオン交換を行い、得られたイオン交換体を300〜800℃で熱処理することにより、組成式LiNa2/3−zNi1/3Mn2/3で表される前記複合酸化物を作製する、請求項5〜9のいずれか1項に記載の正極活物質用リチウム複合酸化物の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のリチウム複合酸化物を主成分とする、リチウム二次電池用正極活物質。
【請求項12】
正極、負極、および電解質を含み、
前記正極が、請求項11に記載の正極活物質を含有する、リチウム二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム二次電池の正極活物質として用いられるリチウム複合酸化物およびその製造方法に関する。さらに、本発明は、当該リチウム複合酸化物を用いたリチウム二次電池用正極活物質およびリチウム二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話やノートパソコン等の多くの携帯型電子機器に二次電池が搭載されている。リチウム二次電池等の二次電池は、ハイブリッド車両や電力負荷平準化システム等の大型電池としての実用化も期待されており、その重要性がますます高まっている。大型電池としての実用化に向けて、より高容量かつ長寿命の二次電池の開発が求められている。
【0003】
リチウム二次電池は、正極および負極からなる電極と、非水系電解液を含むセパレータまたは固体電解質とを主要構成要素とする。正極および負極は、いずれも、リチウムを可逆的に吸蔵および放出可能な材料(電極用活物質)を含有する。リチウム二次電池の正極活物質の材料として、Li2/3Ni1/3Mn2/3の組成を有するリチウムニッケルマンガン酸化物の結晶構造および電気化学特性がこれまでに調べられている。
【0004】
Li2/3Ni1/3Mn2/3は、出発物質であるNa2/3Ni1/3Mn2/3のナトリウムをリチウムに交換することにより得られ、出発物質の構造に応じて、得られるLi2/3Ni1/3Mn2/3の構造が異なる。例えば、出発物質としてP3構造のNa2/3Ni1/3Mn2/3を用いた場合、イオン交換体であるLi2/3Ni1/3Mn2/3は、O3構造を有する。O3構造のLi2/3Ni1/3Mn2/3を熱処理することにより、結晶構造が変化し、電気化学特性が改善されることが報告されている(非特許文献1)。
【0005】
メタノールやエタノール等の低沸点溶媒にリチウム塩を溶解させた溶液中でP3構造のNa2/3Ni1/3Mn2/3を加熱してイオン交換を実施すると、ナトリウムの一部がリチウムに交換されずに残存した組成式(LiNa2/3−z)Ni1/3Mn2/3で表される酸化物が得られる。このナトリウム残存酸化物(リチウムナトリウム複合酸化物)を熱処理した材料を正極活物質として用いた二次電池は、放電時(リチウム挿入時)の急激な電圧降下が抑制されることが報告されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】千葉一毅 他、2014年電気化学秋季大会 講演要旨集、1P23(2014)
【非特許文献2】千葉一毅 他、第55回電池討論会 講演要旨集、2B18、(2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
正極材料として上記非特許文献1のリチウム複合酸化物を用いた二次電池は、放電容量が大きいとの利点を有する。しかし、放電時に電圧が急激に降下する領域が存在するため、充電率の検知が困難となる場合がある。非特許文献2のリチウム複合酸化物を用いることにより、放電時の急激な電圧降下を抑制できる。しかし、この正極材料を用いた二次電池は充電容量が小さいため、グラファイト等の負極材料を用いた場合には、高い充放電容量の実現が困難である。
【0008】
このように、従来のリチウム複合酸化物を用いた正極活物質には更なる改善の余地がある。本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、正極活物質として有用なリチウム複合酸化物の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、所定のリチウムナトリウム複合酸化物にリチウムを化学挿入したリチウム複合酸化物を、正極活物質として用いることにより、二次電池の初期充電容量が増大し、高容量化が可能であることを見出し、本発明に至った。
【0010】
本発明のリチウム複合酸化物は、組成式LiNaNi1/3Mn2/3で表される。式中、0.7≦x≦0.9、0<y≦0.05である。組成式におけるナトリウム量yは、好ましくは、0.001≦y≦0.002を満たす。リチウム複合酸化物は、層状岩塩型構造の結晶構造を有するものが好ましい。
【0011】
本発明のリチウム複合酸化物は、650〜900ppmの範囲に、Li−NMRの主共鳴ピークの極大を有する。主共鳴ピークの半値幅は200〜450ppmが好ましい。リチウム複合酸化物は、Li−NMRの主共鳴ピークが、波形解析により2以上のピークに分離可能であるものが好ましい。Li−NMRの主共鳴ピークを波形解析により1以上のピークに分離した際に、波形解析により得られたピークの少なくとも1つは、650〜750ppmの範囲にピーク極大を有することが好ましい。
【0012】
上記のリチウム複合酸化物は、例えば、組成式LiNa2/3−zNi1/3Mn2/3で表され(0.33≦z≦0.63)、結晶構造が層状岩塩型構造であるリチウムナトリウム複合酸化物に、リチウムイオンを化学挿入することにより得られる。リチウムイオンを化学挿入後の組成式におけるリチウム量xと、リチウムイオンを化学挿入前の組成式におけるリチウム量zとの差が、0.2≦x−z≦0.5を満たすことが好ましい。
【0013】
リチウムイオンの化学挿入は、例えば、リチウムナトリウム複合酸化物を、ヨウ化リチウム等のリチウム塩溶液中、20℃〜200℃で処理することにより行われる。リチウム塩溶液の溶媒としては、アセトニトリル等が好ましく用いられる。
【0014】
さらに、本発明は上記のリチウム複合酸化物を含む正極活物質、および当該正極活物質を正極材料とする二次電池に関する。
【発明の効果】
【0015】
本発明のリチウム複合酸化物を、リチウム二次電池の正極活物質として使用することにより、高容量の二次電池が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】リチウム複合酸化物の合成経路の一例を示す図である。
図2】二次電池の一例を模式的に示す部分断面図である。
図3】実施例のリチウム複合酸化物のLi‐NMRスペクトルである。
図4】実施例1のリチウム複合酸化物のLi‐NMRスペクトルの波形解析結果である。
図5】実施例2のリチウム複合酸化物のLi‐NMRスペクトルの波形解析結果である。
図6】実施例3のリチウム複合酸化物のLi‐NMRスペクトルの波形解析結果である。
図7】実施例4のリチウム複合酸化物のLi‐NMRスペクトルの波形解析結果である。
図8】リチウム複合酸化物のリチウム挿入前後のLi‐NMRスペクトルである。
図9】出発物質およびイオン交換体の粉末X線回折図形である。
図10】熱処理体の粉末X線回折図形である。
図11】実施例のリチウム複合酸化物(リチウム挿入体)および比較例のリチウム複合酸化物(熱処理体)の粉末X線回折図形である。
図12】実施例、参考例および比較例の二次電池の充放電試験結果のグラフである。
図13】実施例の二次電池の充放電試験結果のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[リチウムナトリウム複合酸化物]
本発明のリチウム複合酸化物は、式LiNaNi1/3Mn2/3で表される組成を有する。式中、0.7≦x≦0.9であり、0<y≦0.05である。本発明のリチウム複合酸化物は、リチウム二次電池の正極活物質として好適に用いられる。
【0018】
Li,Na,NiおよびMnを含む一般的な複合酸化物は、組成式(LiNa2/3−p)(NiMn1−q)Oで表され、ニッケルとマンガンの合計1モルに対するリチウムとナトリウムの合計が2/3モルであり、リチウム欠損系である。これに対して、本発明のリチウム複合酸化物は、化学挿入等によりリチウムを挿入することにより、リチウム量が2/3を超えているため、初期充電容量が大きいとの特徴を有する。上記組成式におけるリチウム量xは、0.75以上が好ましく、0.8以上がより好ましい。
【0019】
上記組成式におけるナトリウム量yは、0.02以下が好ましい。残存ナトリウム量yを小さくすることにより、リチウム量xが増大し、充電特性が向上する傾向がある。一方、ナトリウムを完全にリチウムに置換することは困難であるため、一般にナトリウム量yは0より大きい。ナトリウム量yは、0.001〜0.02が好ましい。
【0020】
リチウム複合酸化物には、副生相としてNiOが含まれていてもよい。リチウム複合酸化物は、リチウムサイトまたはナトリウムサイトの一部に水素が存在してもよい。リチウムサイトまたはナトリウムサイトの一部に水素が存在する場合、リチウム複合酸化物は組成式LiNaNi1/3Mn2/3で表される。組成式中の水素量aは0.01以下が好ましく、0.005以下がより好ましく、0.001以下がさらに好ましい。リチウム複合酸化物は、酸素欠損を有していてもよい。酸素欠損を有するリチウム複合酸化物は、組成式LiNaNi1/3Mn2/32―bで表される。組成式中の酸素欠損量bは0.1以下が好ましく、0.01以下がより好ましく、0.005以下がさらに好ましい。
【0021】
リチウム複合酸化物の結晶構造は、層状岩塩型構造が好ましい。リチウムに酸素が6配位した配位多面体の層状構造は、空間群R−3mで表される結晶構造を有する。例えば、6つの酸素原子で構成される八面体の中心にリチウムが存在するO3構造が挙げられる。その他に、4つの酸素原子で構成される四面体の中心にリチウムが存在するスピネル構造や、6つの酸素原子で構成される三角柱の中心にリチウムが存在するP3構造が一部に含まれていてもよい。リチウムは、遷移金属酸化物層間のほか、遷移金属酸化物層内に存在してもよい。
【0022】
本発明のリチウム複合酸化物は、Li−NMRのスペクトル形状が特徴的であり、650〜900ppmの範囲に、Li−NMRの主共鳴ピークの極大を有する。この主共鳴ピークは、ブロードであり、酸素の配位状態が異なるリチウム相が混在していると考えられる。650〜900ppmの範囲に極大を有する主共鳴ピークは、半値幅が200〜450ppmであることが好ましく、270〜430ppmがより好ましく、300〜420ppmがさらに好ましい。
【0023】
Li−NMRの主共鳴ピークは、波形解析により複数のピークに分離できる場合がある。波形解析により得られたピークの少なくとも1つは、650〜750ppmの範囲にピーク極大を有することが好ましい。
【0024】
[リチウム複合酸化物の製造方法]
上記のリチウム複合酸化物の合成経路の一例を図1に示す。図1に示す合成方法では、出発物質としてP3構造のNa2/3Ni1/3Mn2/3が用いられる。出発物質のナトリウムの一部をリチウムにイオン交換することにより、組成式LiNa2/3−zNi1/3Mn2/3で表されるイオン交換体が得られる。このイオン交換体を酸素含有雰囲気下で熱処理することにより熱処理体が得られる。熱処理体にリチウムイオンを化学挿入することにより、組成式LiNaNi1/3Mn2/3で表される上記のリチウム複合酸化物が得られる。
【0025】
(出発物質)
P3構造のNa2/3Ni1/3Mn2/3は、ナトリウムに酸素が6配位した配位多面体の層状構造を有し、空間群R3mで表される。ナトリウムは、6つの酸素原子で構成される三角柱の中心に存在し、単位格子あたり遷移金属酸化物層が3層存在する。出発物質には、副生相としてNiOが含まれていてもよい。
【0026】
出発物質としてのP3構造を有するNa2/3Ni1/3Mn2/3は、公知の方法により製造でき、例えば、ナトリウム原料、ニッケル原料およびマンガン原料を、Na:Ni:Mn=2:1:2となるように秤量・混合し、空気中等の酸素ガス存在雰囲気中で加熱することにより得られる。ナトリウムは加熱時に揮発しやすいため、ナトリウム原料の仕込み量が若干過剰となるようにしてもよい。
【0027】
ナトリウム原料としては、金属ナトリウムおよびナトリウム化合物が挙げられる。ナトリウム化合物としては、CHCOONa、CHCOONa・3HO等の酢酸塩;NaNO等の硝酸塩;NaCO等の炭酸塩;NaOH等の水酸化物;NaO、Na等の酸化物が挙げられる。これらの中では、酢酸塩が好ましく、CHCOONaがより好ましい。
【0028】
ニッケル原料としては、金属ニッケルおよびニッケル化合物が挙げられる。ニッケル化合物としては、NiO等の酸化物;NiOH、Ni(OH)、NiOOH等の水酸化物等が挙げられる。これらの中では、ニッケル水酸化物が好ましく、Ni(OH)がより好ましい。
【0029】
マンガン原料としては、金属マンガンおよびマンガン化合物が挙げられる。マンガン化合物としては、MnO、Mn、Mn、MnO等の酸化物;MnOH、MnOOH等の水酸化物等が挙げられる。これらの中では、マンガン酸化物等が好ましく、Mnがより好ましい。
【0030】
上記出発物質の製造には、ナトリウム、ニッケルおよびマンガンの中の2種類以上を含有する化合物を用いることもできる。このような原料としては、NaMnO等のナトリウムマンガン酸化物、NaNiO等のナトリウムニッケル酸化物、マンガンニッケル水酸化物等が挙げられる。
【0031】
原料の混合方法は特に限定されず、例えばミキサー等の公知の混合機を用いて、湿式または乾式で混合すればよい。混合物の焼成温度は、原料に応じて適宜設定すればよく、通常は、400〜900℃程度、好ましくは450〜800℃程度である。焼成時間は、焼成温度等に応じて設定すればよい。冷却方法も特に限定されず、通常は自然放冷(炉内放冷)または徐冷とすればよい。冷却の際、ナトリウムが空気中の水分のプロトンと交換される場合がある。ナトリウムがプロトンに交換された場合、出発物質は、Na2/3−vNi1/3Mn2/3の組成式を有する。一般に、vは0.1以下である。
【0032】
(イオン交換)
上記により得られた出発物質のナトリウムをリチウムに交換するイオン交換反応を実施することにより、組成式LiNa2/3−zNi1/3Mn2/3で表されるイオン交換体が得られる。
【0033】
イオン交換は、例えば、出発物質とリチウム化合物とを加熱することにより行われる。イオン交換に用いられるリチウム化合物としては、硝酸リチウム、塩化リチウム、臭化リチウム、水酸化リチウム、ヨウ化リチウム等のリチウム塩が好ましく、これらを単独または2種以上組み合わせて用いることができる。加熱方法としては、リチウム化合物を含む溶液中に出発物質を加えて加熱する方法(溶液系)、および出発物質をリチウム化合物と混合して加熱する方法(溶融系)が挙げられる。
【0034】
イオン交換体は、出発物質中のナトリウムの一部がリチウムに交換されずに残存していることが好ましい。組成式LiNa2/3−zNi1/3Mn2/3における残存ナトリウム量(2/3−z)は、0.04〜0.37が好ましく、0.08〜0.25がより好ましく、0.1〜0.2がさらに好ましい。これに伴って、リチウム量zは、0.33〜0.63が好ましく、0.45〜0.59がより好ましく、0.47〜0.57がさらに好ましい。出発物質と同様、イオン交換体は、ナトリウムの一部がプロトンに交換されていてもよい。また、イオン交換体には、副生相としてNiOが含まれていてもよい。
【0035】
ナトリウムを残存させるためには、溶液中でイオン交換を実施する方法や、出発物質に対するリチウム化合物の使用量を少なくする方法が挙げられる。リチウム量および残存ナトリウム量の制御が容易であることから、溶液中でイオン交換を行うことが好ましい。
【0036】
溶液を用いたイオン交換は、例えば、リチウム化合物を溶解させた溶液中に、出発物質の粉末を分散させ、加熱することにより行われる。溶媒としては、水、エタノール、メタノール、ブタノール、ヘキサノール、プロパノール、テトラヒドロフラン、アセトン、アセトニトリル、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、酢酸、ギ酸等の極性溶媒が好ましく、これらを単独または2種以上組み合わせて用いることができる。これらの中では、エタノールまたはメタノールを用いることが好ましく、メタノールを用いることがより好ましい。
【0037】
リチウム化合物の使用量および反応温度を調整することにより、イオン交換体のリチウム量および残存ナトリウム量を調整できる。リチウム化合物の使用量は、出発物質に対してモル比で0.1〜3倍が好ましく、0.5〜2.5倍がより好ましく、1〜2倍がさらに好ましい。イオン交換処理の温度は、通常50〜300℃であり、好ましくは60〜200℃の範囲である。処理時間は、通常1〜60時間、好ましくは3〜24時間である。処理温度を一定に保つ観点から、還流加熱によりイオン交換を実施することが好ましい。イオン交換後、生成物をエタノールまたはメタノール等で洗浄し、乾燥させることにより、イオン交換体が得られる。
【0038】
P3構造を有するNa2/3Ni1/3Mn2/3のナトリウムの略全量がリチウムに交換されたLi2/3Ni1/3Mn2/3はO3構造を有する。O3構造のLi2/3Ni1/3Mn2/3は、リチウムに酸素が6配位した配位多面体の層状構造し、空間群R−3mで表される。リチウムは6つの酸素原子で構成される八面体の中心に存在し、単位格子あたり遷移金属酸化物層が3層存在する。
【0039】
一方、上記のように出発物質中のナトリウムの一部がリチウムに交換されずに残存している場合、イオン交換体は、粉末X線回折において、P3構造のナトリウム複合酸化物およびO3構造のリチウム複合酸化物のいずれのピークとも合致しないピークが存在する(図9参照)。すなわち、一部のナトリウムが残存したイオン交換体は、P3構造のナトリウム複合酸化物およびO3構造のリチウム複合酸化物の単純な混合物ではなく、両者の中間的な結晶構造を有すると考えられる。
【0040】
(熱処理)
上記により得られたイオン交換体を熱処理することにより、熱処理体が得られる。熱処理温度は、300〜800℃が好ましく、350〜750℃がより好ましく、400〜700℃がさらに好ましい。熱処理雰囲気は特に限定されず、大気中(空気雰囲気)、真空、酸化性雰囲気、還元性雰囲気、不活性雰囲気等が挙げられる。これらの中では、空気雰囲気下または酸化性雰囲気下で熱処理を行うことが好ましい。酸化性雰囲気下で熱処理を行う場合、実質的に酸素のみを含む酸素雰囲気下で熱処理を行ってもよい。熱処理時間は、熱処理温度に応じて適宜設定すればよく、通常は1〜6時間程度であり、好ましくは1〜5時間である。熱処理後の冷却方法としては、自然放冷(炉内放冷)、徐冷等が挙げられる。
【0041】
熱処理により酸素欠損が導入される場合があることを除いて、熱処理体は、熱処理前のイオン交換体と同様の化学組成を有している。すなわち、熱処理体におけるLi、Na、NiおよびMnの比率は、イオン交換体における比率と略同一である。一方、熱処理により結晶構造には変化がみられ、ナトリウムに酸素が6配位した配位多面体の層状構造およびリチウムに酸素が6配位した配位多面体の層状構造に加えて、リチウムに酸素が4配位したスピネル構造が含まれている(図10参照)。これは、熱処理によって、リチウムに酸素が6配位した配位多面体の層状構造を構成する遷移金属酸化物層がリチウム層に移動するためと考えられる。
【0042】
(リチウム挿入)
上記により得られた熱処理体にリチウムを化学挿入することにより、組成式LiNaNi1/3Mn2/3で表されるリチウム挿入体が得られる。リチウム挿入処理では、熱処理体のナトリウムがリチウムに交換されるとともに、空サイトにリチウムが挿入される。そのため、LiNaNi1/3Mn2/3で表されるリチウム挿入体のリチウム量xは2/3よりも大きい。ナトリウム量yは、リチウム挿入前の熱処理体のナトリウム量(2/3−z)よりも小さい。
【0043】
熱処理体へのリチウムの挿入は、例えば、リチウム塩溶液中で行われる。リチウム塩としては、イオン交換に用いられるリチウム化合物として前述したものが好ましく用いられ、中でもヨウ化リチウムが好ましい。ヨウ化リチウムと他のリチウム塩を併用してもよい。溶媒としてはイオン交換に用いられる溶媒として前述したものが好ましく用いられ、中でもアセトニトリルが好ましい。
【0044】
リチウム塩の使用量および反応温度を調整することにより、リチウム挿入量を調整できる。リチウム塩の使用量は、熱処理体に対してモル比で0.5〜5倍が好ましく、1〜3倍がより好ましい。リチウム挿入処理の温度は、20〜200℃が好ましく、50〜180℃がより好ましい。処理時間は、通常1〜60時間、好ましくは3〜24時間である。処理温度を一定に保つ観点から、還流加熱によりリチウム挿入を実施することが好ましい。リチウム挿入後、生成物をエタノールまたはメタノール等で洗浄し、乾燥させることにより、リチウム挿入体が得られる。
【0045】
前述のように、組成式LiNaNi1/3Mn2/3で表されるリチウム挿入体のリチウム量xは、2/3より大きく、0.7〜0.9である。リチウム挿入体におけるリチウム量xと、組成式LiNa2/3−zNi1/3Mn2/3で表される熱処理体のリチウム量zとの差、すなわちリチウムの挿入量x−zは、0.2≦x−z≦0.5を満たすことが好ましい。
【0046】
リチウム挿入により、熱処理体に残存していたナトリウムの大半がリチウムに交換されるため、リチウム挿入体のX線回折パターンは、組成式Li2/3Ni1/3Mn2/3で表されるO3構造のリチウム複合酸化物のX線回折パターンと類似している。一方、P3構造のNa2/3Ni1/3Mn2/3のイオン交換により導入されたリチウム、熱処理体の残存ナトリウムのイオン交換により導入されたリチウム、および空サイトに導入されたリチウムは、酸素との配位状態(配位の強さや電子密度等)が相違すると考えられる。これに伴って、電子状態の異なるリチウムが存在するために、Li−NMRの主共鳴ピークがブロード化し、波形解析により複数の相(ピーク)が観測されると推定される。
【0047】
[二次電池用正極活物質および二次電池]
本発明の二次電池用正極活物質は、リチウム二次電池の正極に用いられ、上記リチウム複合酸化物(リチウム挿入体)を主成分とする。正極活物質における上記リチウム複合酸化物の含有量は、51重量%以上が好ましく、70重量%以上がより好ましく、90重量%以上がさらに好ましい。本発明の機能を損なわない限りにおいて、二次電池用正極活物質には、主成分以外の成分が含まれていてもよい。二次電池用正極活物質は、上記のリチウム複合酸化物を1種のみ含んでいてもよく、2種以上含んでいてもよい。
【0048】
本発明の二次電池は、正極、負極、電解質、および必要に応じて他の電池要素を含み、正極に上記の正極活物質を含有する。本発明の二次電池は、上記リチウム複合酸化物を主成分とする正極活物質を正極に含有する以外は、従来公知の二次電池の電池要素をそのまま採用できる。本発明の二次電池は、コイン型、ボタン型、円筒型、全固体型のいずれの構成であってもよい。
【0049】
図2は、リチウム二次電池の一例を模式的に示す部分断面図である。リチウム二次電池1は、負極端子2と、負極3と、電解液が含浸されたセパレータ4と、絶縁パッキング5と、正極6と、正極缶7とにより構成される。図2に示す形態では、正極缶7が下側に配置され、負極端子2が上側に配置されている。正極缶7と負極端子2とにより、リチウム二次電池1の外形が形成されている。
【0050】
正極缶7と負極端子2との間には、下側から順に正極6と負極3とが層状に設けられる。正極6と負極3との間には、双方を互いに隔てる電解液が含浸されたセパレータ4が介在している。正極缶7と負極端子2は、絶縁パッキング5で電気的に絶縁されている。
【0051】
正極6は、上述の正極活物質に、必要に応じて導電剤や結着剤等を配合して正極合材を調製し、これを集電体に圧着することにより作製できる。集電体としては、ステンレスメッシュ、アルミ箔等を用いることができる。導電剤としては、アセチレンブラック、ケッチェンブラック等を用いることができる。結着剤としては、テトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン等を用いることができる。正極合材における正極活物質、導電剤および結着剤等の配合は特に限定されない。例えば、導電剤が1〜30重量%程度(好ましくは5〜25重量%)、結着剤が0〜30重量%(好ましくは3〜10重量%)とし、残部が正極活物質となるように配合される。
【0052】
上記正極に対する対極としては、負極として機能し、リチウムを吸蔵・放出可能な公知のものを採用でき、その材料としては、金属リチウム、リチウム合金等の金属系材料や、黒鉛、MCMB(メソカーボンマイクロビーズ)等の炭素系材料が挙げられる。
【0053】
セパレータ、電池容器等には、公知の電池要素を採用できる。電解質としても公知の電解液や固体電解質等を採用できる。例えば、電解液としては、過塩素酸リチウム、6フッ化リン酸リチウム等の電解質を、エチレンカーボネート(EC)、ジメチルカーボネート(DMC)、プロピレンカーボネート(PC)、ジエチルカーボネート(DEC)等の溶媒に溶解させたものを用いることができる。全固体型二次電池では、電解質として、例えば、ポリエチレンオキサイド系の高分子化合物、ポリオルガノシロキサン鎖またはポリオキシアルキレン鎖の少なくとも一種以上を含む高分子化合物等のポリマー系固体電解質の他、硫化物系固体電解質、酸化物系固体電解質等を用いることができる。
【0054】
本発明のリチウム複合酸化物を正極活物質として使用することにより、二次電池を高容量化できることに加えて、放電時の急激な電圧降下を抑制できる。そのため、放電時に電圧が急激に降下しない領域では、二次電池を実装した際の充電率の検知を容易かつ低コストで行うことができる。
【実施例】
【0055】
以下、本発明の実施例について説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。以下において、酸化物の組成は、ICP発光分光分析装置(島津製作所製、ICPS-8000)により分析した。粉末X線回折は、ブルカー製、D8 ADVANCEにより測定した。
【0056】
[出発物質の合成]
純度98.5%以上の酢酸ナトリウム(CHCOONa)粉末と、純度99.9%以上の水酸化ニッケル(II)(Ni(OH))粉末と、純度99.9%以上の酸化マンガン(III)(Mn)とを、モル比Na:Ni:Mn=0.687:0.333:0.667となるように秤量した。これらを乳鉢中でエタノールに分散させて混合後、ペレット化し、JIS規格金製るつぼに充填した。管状電気炉を用いて、酸素雰囲気中、650℃で10時間焼成した。
【0057】
得られた試料の化学組成は、Na:Ni:Mn=0.67:0.33:0.67であり、Na2/3Ni1/3Mn2/3の化学式で妥当であることが確認された。X線回折図形(図9参照)の回折パターンから、得られた試料は、菱面体晶系で空間群R3mの層状岩塩型構造であることが確認された。最小二乗法により求められた格子定数は、a=2.8865Å(誤差:0.0001Å以内)、c=16.781Å(誤差:0.001Å以内)であり、P3構造を有する公知のNa2/3Ni1/3Mn2/3の値とよく一致していた(例えば、Z. Lu et al., Chem. Mater., 12, 3583 (2000) 参照)。
【0058】
[比較例]
<イオン交換>
上記で得られた出発物質Na0.67Ni0.33Mn0.67多結晶体と、純度99%以上の硝酸リチウム(LiNO)粉末および純度99%以上の塩化リチウム(LiCl)の混合物(モル比88:12)とを、重量比でNa0.67Ni0.33Mn0.67:(LiNO+LiCl)=1:7となるように秤量した。これらを乳鉢中で混合した後、アルミナ製るつぼに充填し、空気雰囲気下260℃の電気炉中で1時間保持して、リチウムイオン交換処理を実施した。その後、熱水で洗浄し、自然乾燥してイオン交換体を得た。
【0059】
イオン交換体の化学組成は、Na:Li:Ni:Mn:=0.0018:0.66:0.33:0.66であった。このイオン交換体は、出発物質中のナトリウムのほぼ全量がリチウムに置換されており、Li2/3Ni1/3Mn2/3の化学式で妥当であることが確認された。粉末X線回折測定の回折パターン(図9)から、イオン交換体は、菱面体晶系で空間群R−3mの層状岩塩型構造であることが確認された。格子定数は、a=2.8666Å(誤差:0.0001Å以内)、c=14.470Å(誤差:0.001Å以内)であり、O3構造を有する公知のLi2/3Ni1/3Mn2/3の値とよく一致していた(例えば、Z. Lu et al., Chem. Mater., 12, 3583(2000) 参照)。
【0060】
<熱処理>
上記で得られたイオン交換体の多結晶体を粉砕し、アルミナ製るつぼに充填した。空気雰囲気下、500℃の電気炉中で5時間保持して、熱処理を行った。その後、炉内放冷により室温に戻して、熱処理体を得た。
【0061】
熱処理体の化学組成は、Na:Li:Ni:Mn:=0.0019:0.66:0.33:0.68であり、熱処理前のイオン交換体の組成を維持していた。粉末X線回折測定の回折パターン(図10参照)から、熱処理体は、熱処理前と同様、菱面体晶系で空間群R−3mの層状岩塩型構造を有していることが分かった。格子定数は、a=2.8855Å(誤差:0.0002Å以内)、c=14.238Å(誤差:0.002Å以内)であり、熱処理前に比べてa軸の格子定数が増加し、c軸の格子定数が減少していた。
【0062】
[実施例1〜4および参考例]
<イオン交換>
純度99.9%以上の臭化リチウム(LiBr)粉末を純度99.8%の脱水メタノール15gに溶解させた溶液を準備した。この溶液に、上記で得られた出発物質(Na0.67Ni0.33Mn0.67の多結晶体)1.1gを投入した。LiBrメタノール溶液の調製に際しては、出発物質であるNa0.67Ni0.33Mn0.67とLiBrとが、モル比で1:AとなるようにLiBr濃度を調整した(実施例1ではA=0.4、実施例2ではA=0.8、実施例3および参考例ではA=1.6、実施例4ではA=2.0とした)。
【0063】
次いで、ジムロート冷却器を用いて110℃で5時間還流加熱して、リチウムイオン交換処理を実施した。その後、メタノールで洗浄し、自然乾燥して、表1に示す組成のイオン交換体を得た。イオン交換体は、いずれも組成式L2/3−zNaNi1/3Mn2/3で表すことができ、出発物質中のナトリウムがリチウムに置換され、ナトリウムの一部が置換されずに残存していた。
【0064】
<熱処理>
上記で得られたイオン交換体の多結晶体を粉砕し、粉砕物をアルミナ製るつぼに充填した。酸素雰囲気下、500℃の電気炉中で5時間保持して、熱処理を行った。その後、炉内放冷により室温に戻して、熱処理体を得た。得られた熱処理体は、いずれも、熱処理前のイオン交換体と同一の組成を有していた。A=1.6で上記のイオン交換を行い、この熱処理までを実施したものを参考例とした。
【0065】
<リチウム挿入>
純度99.9%以上のヨウ化リチウム(LiI)粉末を純度99.5%のアセトニトリル15gに溶解させた溶液を準備した。この溶液に、上記で得られた熱処理体1.0gを投入した。LiIのアセトニトリル溶液の調製に際しては、熱処理体であるL2/3−zNaNi1/3Mn2/3とLiIとが、モル比で1:2となるようにLiI濃度を調整した。次いで、ジムロート冷却器を用いて140℃で10時間還流加熱して、リチウムイオン挿入処理を実施した。その後、メタノールで洗浄し、自然乾燥して、表1に示す組成のリチウム挿入体を得た。
【0066】
[評価]
Li‐NMR>
下記の条件により、実施例1〜4で得られたリチウム複合酸化物、ならびに実施例1および実施例4のリチウム挿入前の熱処理体の、Li固体NMR(Li MAS−NMR)を測定した。化学シフトは、1.0MのLiCl水溶液に対する相対値として記録した。
測定装置: ブルカー製 AVANCE 300 (Li共鳴周波数:44MHz)
温度: 室温
回転速度: 50kHz
パルス幅: 3.6μs(π/2パルス)
パルスシーケンス: rotor-synchronized spin-echo pulse sequence
【0067】
実施例1〜4のリチウム複合酸化物の組成、ならびにLi‐NMRのピーク(極大)およびピーク半値幅を表1に示す。実施例1〜4および比較例1のリチウム複合酸化物のLi‐NMRスペクトルを図3に示す。また、実施例1および実施例4のリチウム複合酸化物のリチウム挿入前後のLi‐NMRスペクトルを、比較例1のリチウム複合酸化物のLi‐NMRスペクトルとともに図8に示す。出発物質であるNa2/3Ni1/3Mn2/3およびイオン交換体の粉末X線回折図形を図9、熱処理体の粉末X線回折図形を図10、リチウム挿入体の粉末X線回折図形を図11に示す。
【0068】
【表1】
【0069】
表1に示すように、イオン交換体および熱処理体の組成は、イオン交換時に使用したリチウム塩の量Aの増加に伴ってリチウム量が多くなり、ナトリウム量が小さくなる傾向がみられた。これに対応して、X線回折パターン(図9および図10)にも、差がみられ、ナトリウム残存量が多いほど、2θ(°/CuKα)=17°付近における中間構造(O3構造およびP3構造のいずれでもない構造)のピークが大きくなっていた。
【0070】
熱処理体にリチウムイオンを化学挿入したリチウム挿入体では、イオン交換体および熱処理体における残存ナトリウム量が多いほど、リチウム挿入体における残存ナトリウム量が多い傾向がみられたが、その差はわずかであった。また、リチウム挿入体におけるリチウム量には明確な傾向はみられなかった。X線回折パターン(図11)では、中間構造のピークが消失しており、回折ピーク角にわずかな差がみられたが、実施例1〜4のリチウム複合酸化物は、いずれも比較例の熱処理体(HT‐O3‐Li0.67Ni0.33Mn0.67)と同等の回折パターンを示した。
【0071】
一方、リチウム挿入体のLi‐NMRスペクトル(図3)には、明確な差がみられた。比較例1の焼結体は、725ppm付近に実施例1〜4に比べてシャープなピークが観測されたのに対して、実施例1〜4のリチウム挿入体は、500〜1000ppm付近の主共鳴ピークがブロードな形状であり、実施例1〜3では、主共鳴ピークの低磁場側にショルダーが観測された。
【0072】
Dmfit softwareにより、実施例1〜4のリチウム挿入体のLi‐NMRスペクトルの関数分解による波形解析(decomposition)を行い、ピーク位置、ピーク高さ、ピーク幅およびピーク面積比を算出した。解析結果を図4〜7に示す。実施例1〜3では、主共鳴ピークが2つのピークに分離され、リチウム挿入前の熱処理体におけるナトリウム量が多いほど、低磁場側のピーク面積が大きくなる傾向がみられた。
【0073】
リチウム挿入前の熱処理体のLi‐NMRスペクトル(図8の破線)では、比較例1と同様高磁場側に強いピークがみられるのに対して、リチウム挿入後には低磁場のピーク強度が大きくなりピークがブロード化する傾向がみられた。残存ナトリウム量の少ない実施例4の焼結体(リチウム挿入前)は750ppm付近にピーク極大を有していた。一方、残存ナトリウム量の少ない実施例1の焼結体は560ppm付近にピーク極大を有しており、ピーク極大が高磁場シフトしていた。
【0074】
熱処理体におけるナトリウム残存量が相違する場合、リチウム挿入後のX線回折には大きな差がみられなかったのに対して、Li‐NMRのピーク形状に相違がみられた。これは、リチウムに対する酸素の配位状態の影響が大きいと考えられる。すなわち、図10に示すようにリチウム挿入前の熱処理体のナトリウム残存量の相違に起因して、O3構造、P3構造および中間構造の比率が異なり、これに伴って図8に示すようにLi‐NMRのピーク形状や化学シフトに相違がみられる。リチウム挿入前の焼結体における構造やリチウムへの酸素の配位状態が相違するために、化学挿入によりリチウムが挿入されるサイトや挿入されたリチウムへの酸素の配位状態が相違し、これがLi‐NMRのピーク形状の差をもたらしたと考えられる。
【0075】
[リチウム二次電池の作製および評価]
実施例1〜4で得られたリチウム複合酸化物(リチウム挿入体)、参考例および比較例1で得られたリチウム複合酸化物(熱処理体)のそれぞれを正極活物質とし、導電剤としてアセチレンブラック、結着剤としてテトラフルオロエチレンを、重量比で5:5:1となるように混合し、Alメッシュに圧着させ電極を作成した。それぞれの電極に対して、リチウム金属を対極、6フッ化リン酸リチウムをエチレンカーボネート(EC)とジメチルカーボネート(DMC)との混合溶媒(体積比1:2)に溶解させた1M溶液を電解液とする、リチウム二次電池(コイン型セル)を作製した。電池の作製は、公知のセルの構成・組み立て方法に従って行った。
【0076】
作製した各リチウム二次電池について、25℃の温度条件下で、電流密度15mA/g、4.8V〜2.0Vのカットオフ電位で充放電試験(電気化学的リチウム挿入・脱離試験)を行い、充放電特性を評価した。充放電試験は充電(リチウム脱離)から開始した。
【0077】
実施例3のリチウム挿入体(実施例)、実施例3のリチウム挿入前の熱処理体(参考例)、および比較例1の熱処理体(比較例)を正極活物質としたリチウム二次イオン電池の充放電試験結果を図12に示す。また、実施例1〜4のリチウム挿入体を正極活物質としたリチウム二次イオン電池の充放電試験結果を図13に示す。
【0078】
図12に示すように、比較例のリチウム複合酸化物を用いたリチウム二次電池は、初期放電容量が高いものの、放電カーブの容量70〜90mAh/g付近で急激な電圧降下が生じていた。リチウム挿入前の複合酸化物を用いたリチウム二次電池は、放電カーブにおける急激な電圧降下が抑制されていたが、比較例に比べて初期放電容量がわずかに小さく、初期充電容量が大幅に小さくなっていた。これに対して、リチウム挿入後の複合酸化物を用いたリチウム二次電池は、放電カーブが参考例と類似しており、急激な電圧降下が抑制されていた。また、実施例では比較例および参考例に比べて初期電容量が大幅に増加していた。
【0079】
図13に示すように、実施例3以外のリチウム複合酸化物を用いたリチウム二次電池も、実施例3と同様、電圧降下が抑制され、かつ高い初期充電容量を有していた。これらの結果から、本発明のリチウム複合酸化物を正極活物質とする二次電池は、電圧降下が抑制されているために充電率の検知が容易であり、かつ高容量であることが分かる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13