特許第6792874号(P6792874)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6792874
(24)【登録日】2020年11月11日
(45)【発行日】2020年12月2日
(54)【発明の名称】溶接方法及び溶接装置
(51)【国際特許分類】
   B23K 26/356 20140101AFI20201119BHJP
   B23K 26/244 20140101ALI20201119BHJP
   B23K 26/21 20140101ALI20201119BHJP
   B23K 31/00 20060101ALI20201119BHJP
【FI】
   B23K26/356
   B23K26/244
   B23K26/21 W
   B23K31/00 A
【請求項の数】12
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-173648(P2017-173648)
(22)【出願日】2017年9月11日
(65)【公開番号】特開2019-48312(P2019-48312A)
(43)【公開日】2019年3月28日
【審査請求日】2019年5月13日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「航空機製造プロセス高速化のためのパルスレーザ支援レーザ溶接法の開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】特許業務法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐野 智一
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 明夫
(72)【発明者】
【氏名】浅井 知
【審査官】 柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2015/0041025(US,A1)
【文献】 特開2008−100250(JP,A)
【文献】 特開平09−110596(JP,A)
【文献】 特開2005−230838(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/356
B23K 26/21
B23K 26/244
B23K 31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
相互に当接する溶接対象物に溶接用熱源を走査させながら当接部の一部を溶融し凝固させる工程と、
溶融部の近傍の固体表面に第1パルスレーザを照射して、少なくとも弾性衝撃波を固体中に伝搬させ凝固部との固液界面に到達させて、この固液界面において成長する凝固結晶を微細化させる工程と、を含むことを特徴とする溶接方法。
【請求項2】
請求項1に記載の溶接方法において、
前記第1パルスレーザは、前記凝固部における前記固体表面に照射されることを特徴とする溶接方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の溶接方法において、
前記第1パルスレーザによる照射は、前記溶接用熱源とともに走査されることを特徴とする溶接方法。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の溶接方法において、
前記溶接用熱源とともに走査され、塑性衝撃波及び弾性衝撃波を生じさせる第2パルスレーザを、少なくとも溶接止端部に照射する工程を、さらに含むことを特徴とする溶接方法。
【請求項5】
請求項4に記載の溶接方法において、
前記第2パルスレーザは、前記溶接用熱源の走査方向に対し交差する方向に振動しながら照射されることを特徴とする溶接方法。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の溶接方法において、
前記第1パルスレーザは、パワー密度が107W/cm2以上であることを特徴とする溶接方法。
【請求項7】
請求項4及びこの請求項4を引用する請求項5から請求項6のいずれか1項に記載の溶接方法において、
前記第2パルスレーザは、パワー密度が1012W/cm2以上であることを特徴とする溶接方法。
【請求項8】
請求項4から請求項7のいずれか1項に記載の溶接方法において、
前記溶接対象物は、アルミニウム合金、高張力鋼、加工硬化したオーステナイト系ステンレス鋼のうち、少なくとも一つの材質で構成されていることを特徴とする溶接方法。
【請求項9】
相互に当接する溶接対象物に溶接用熱源を走査させながら当接部の一部を溶融し凝固させる駆動部と、
溶融部の近傍の固体表面に第1パルスレーザを照射する第1照射部と、を備え、
少なくとも弾性衝撃波を固体中に伝搬させ凝固部との固液界面に到達させて、この固液界面において成長する凝固結晶を微細化させることを特徴とする溶接装置。
【請求項10】
請求項9に記載の溶接装置において、
前記第1照射部は、前記第1パルスレーザを前記凝固部における前記固体表面に照射することを特徴とする溶接装置。
【請求項11】
請求項9又は請求項10に記載の溶接装置において、
前記駆動部は、前記溶接用熱源とともに前記第1照射部も走査し、前記第1パルスレーザによる照射が実行されることを特徴とする溶接装置。
【請求項12】
請求項9から請求項11のいずれか1項に記載の溶接装置において、
塑性衝撃波及び弾性衝撃波を生じさせる第2パルスレーザを照射する第2照射部をさらに備え、
前記駆動部は、前記溶接用熱源とともに前記第2照射部も走査し、前記第2パルスレーザを少なくとも溶接止端部に照射させることを特徴とする溶接装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パルスレーザ照射により溶接部の諸特性を向上させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
複数の材料をつなぎ合わせるために溶接が用いられる。溶接を行うと、溶融部分が凝固した凝固部と溶融しないが熱影響を受けた熱影響部とから成る溶接部が、材料の母材とは区別して形成される。この凝固部は、通常、熱影響部との界面から成長した複数の柱状晶から構成されている。さらに熱影響部の金属組織は母材の金属組織から変化している。
このことに起因して、溶接部は、母材と比較して、硬さ、引張強さ及び破壊靱性等の機械的特性、疲労寿命及び疲労強度等の疲労特性、並びに耐食性といった諸特性が劣る。そのため、溶接後の構造物の破壊は、溶接部が起点になることが多い。
【0003】
そのような構造物の破壊メカニズムの一例として、複数の柱状晶の先端が突き合わされて成る会合部や隣接する柱状晶の粒界で発生した割れに、応力が集中し、この割れが進展して破壊に至ることが挙げられる。
このような破壊メカニズムの影響を低減し溶接部の健全性を確保するために、凝固部における柱状晶の発生を抑制する等、溶接部の金属組織を制御することが検討されている。
【0004】
そのような溶接部の金属組織の制御方法の一例として、凝固直前の溶融金属にパルスレーザを直接照射し、撹拌作用により柱状晶の成長を抑制する技術が開示されている(例えば、特許文献1)。
また一方において、冷間状態の材料にレーザピーニングを実施し、その表面に加工硬化及び残留圧縮応力を付与し、疲労強度、耐摩耗性、耐応力腐食割れ性を向上させる技術が開示されている(例えば、特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−230838号公報
【特許文献2】特許第4786470号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上述した溶融金属にパルスレーザを直接照射する技術では、溶融金属の液滴の飛散を抑制するためにパルスピークパワーを上げることができず、その結果、柱状晶の成長抑制効果が不十分となる課題があった。
また上述した冷間状態でレーザピーニングを実施する技術では、パルスレーザ照射に伴う蒸発金属の反跳力を確保するため照射スポットに水などの媒質を張る必要があり、適用範囲に制限が設けられる課題があった。
【0007】
本発明はこのような事情を考慮してなされたもので、パルスレーザを照射して溶接部の金属組織を適切に制御し、その諸特性を向上させる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る溶接方法において、相互に当接する溶接対象物に溶接用熱源を走査させながら当接部の一部を溶融し凝固させる工程と、溶融部の近傍の固体表面に第1パルスレーザを照射して少なくとも弾性衝撃波を固体中に伝搬させ凝固部との固液界面に到達させて、この固液界面において成長する凝固結晶を微細化させる工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、パルスレーザを照射して溶接部の金属組織を適切に制御し、その諸特性を向上させる技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】(A)(B)本発明の第1実施形態に係る溶接装置及び溶接方法の説明図、(C)本実施形態における凝固部の金属組織の実施例、(D)第1パルスレーザを未照射とした場合の凝固部の金属組織の比較例。
図2】(A)継目の一例として突合せ継手を示す斜視図、(B)重ね継手による継目の断面斜視図。
図3】第1実施形態における第1パルスレーザの照射位置に関する他の実施例。
図4】第1実施形態における第1パルスレーザの照射位置に関する他の実施例。
図5】第1実施形態における第1パルスレーザの照射位置に関する他の実施例。
図6】(A)(B)本発明の第2実施形態に係る溶接装置及び溶接方法の説明図。
図7】第2実施形態における第1パルスレーザ及び第2パルスレーザの照射位置に関する他の実施例。
図8】第2実施形態における第1パルスレーザ及び第2パルスレーザの照射位置に関する他の実施例。
図9】第2実施形態における第1パルスレーザ及び第2パルスレーザの照射位置に関する他の実施例。
図10】第2実施形態における第1パルスレーザ及び第2パルスレーザの照射位置に関する他の実施例。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(第1実施形態)
以下、本発明の実施形態を添付図面に基づいて説明する。
図1に示すとおり、第1実施形態に係る溶接装置10は、溶接用熱源13を出力する熱源出力装置33と、第1パルスレーザ11を照射する第1照射部31と、溶接対象物の継目24に沿って第1パルスレーザ11及び溶接用熱源13が矢印Aの方向に走査されるように第1照射部31及び熱源出力装置33を溶接対象物に対して相対移動させる移動駆動部35と、から構成されている。
【0012】
なお実施形態において移動駆動部35は、溶接対象物を静止させて第1照射部31及び熱源出力装置33を移動させるように図示されているが、その関係が逆であってもよい。
すなわち、第1照射部31及び熱源出力装置33を静止させて、溶接対象物を移動することにより、溶接用熱源13を溶接対象物の継目24に走査させてもよい。
ここで継目24とは、相互に当接する溶接対象物の当接部20のうち、溶接用熱源13が走査される領域を指す。
【0013】
また実施形態において移動駆動部35は、溶接用熱源13とともに第1照射部31を走査させて第1パルスレーザ11を照射している。しかし、第1照射部31は、移動駆動部35によって走査されることに限定されることはなく、凝固部22上の単数または複数の定点から第1パルスレーザ11を固定照射してもよい。
【0014】
また、図示を省略しているが継目24に対し、凝固部22を補填する溶加材等を供給するための供給装置を設けても良い。一方において、高速で溶接を行う場合は、溶加材の供給が不安定になるために、そのような供給装置は使用しない。
【0015】
さらに第1実施形態に係る溶接装置の動作および溶接方法は次の第1工程及び第2工程に則って実行される。
継目24に溶接用熱源13を走査させながら当接部20の一部を溶融し凝固させる(第1工程)。
溶融部23の近傍の固体表面21(21a,21b)に第1パルスレーザ11を照射して、少なくとも弾性衝撃波を固体中に伝搬させ、凝固部22との固液界面23aに到達させて、この固液界面23aにおいて成長する凝固結晶を微細化させる(第2工程)。
なお図1において第1パルスレーザ11は、溶接用熱源13が当たる側の固体表面21aに照射されているが、後述するようにその反対側の固体表面21bに照射してもよい(図3参照)。
【0016】
溶接対象物は、2個以上の部材から成り、その継目24に熱又は圧力もしくはその両者を加え、必要があれば適当な溶加材を加えて、この継目24が連続性を持つように部材を一体化させる。
一般的に溶接対象物の材質は金属であるが、特に限定は無く、継目24の当接部20を物理的に溶かすことができるものであればプラスチックやセラミック等も対象にすることができる。
【0017】
溶接対象物の継目24は、図1では、重ね継手への適用例を示しているが、特に限定はなく、突合せ継手(図2(A))、その他、図示を省略するが、T型貫通継手、ヘリ継手、重ねすみ肉継手、T型すみ肉継手等といった任意の継手形状に適用することができる。また、継目24は、平板溶接に限定されず、円周溶接やその他任意の曲面溶接を対象にしている。
【0018】
溶接用熱源13は、レーザ、アーク、ガス、電子ビーム等の熱源が採用される。またこのような溶融接合用の熱源に限定されることはなく、摩擦撹拌溶接等の固相接合用のツール(回転工具等)も熱源として採用することができる。
【0019】
図2(B)の重ね継手の縦断面図に示すように溶融溶接では、溶接用熱源13から供給されるエネルギーによって継目24の一部が溶融部23となり、対向する部材が当接部20において相互に溶融して混ざり合う。そして、溶接用熱源13の移動に伴って、この溶融部23とそれを取り囲む固液界面23aが移動し、凝固部22が連続的に形成されていく。
【0020】
ここで図1(D)の比較例に基づいて、第1パルスレーザ11を照射が無い場合の凝固部22の形成プロセスを説明する。
熱影響部26との固液界面23bでは、溶接用熱源13の供給エネルギーにより結晶が粗粒化した熱影響部26の結晶方位を維持しつつ、エピタキシャル成長が溶融部23の最高温度点に向かって開始される。その結果、凝固部の中心線27に向かって成長方位の揃った結晶集合体である柱状晶24が形成される。この柱状晶の先端の会合部や粒界においては、溶接施工の直後から割れ等の欠陥が発生しやすいことが知られている。
【0021】
図1(A)に戻って説明を続ける。
第1レーザ発振器15から出力されたパルスレーザは、所定のパルスエネルギー[J]とパルス幅[s]を有している。さらにレンズ又は凹面鏡で構成される集光光学系16により、このパルスレーザのビーム径を収束し、パワー密度[W/cm2]を向上させた第1パルスレーザ11が出力される。ここでパワー密度Iは、パルスピークパワーP[W]、パルス幅τ[s]、パルスエネルギーE[J]、ビーム径φ[cm]として次式(1)のように表される。
I=P/S=E/τS (1) (P=E/τ,S=πφ2/4)
【0022】
この第1パルスレーザ11のパワー密度は、107W/cm2以上で設定されることが好ましい。
第1パルスレーザ11のパワー密度がこのような範囲で設定されることにより、凝固部22に弾性衝撃波を内部伝搬させることができる。この弾性衝撃波が凝固部22に内部伝搬して凝固部22との固液界面23aに到達すると、この固液界面23aで成長する結晶を微細化させることができる。
【0023】
一般に、高パワー密度のパルスレーザが物質に照射されると、瞬間的に表面に高温・高圧状態が形成されて、激しい電離やプラズマ化によって爆発的に蒸発するアブレーションが発生する。物質表面でアブレーションが発生すると、蒸発反跳力により発生した衝撃波が、物質内部を伝搬するようになる。なお第1パルスレーザ11のパワー密度が、107W/cm2よりも小さいと、第1パルスレーザ11の照射スポットで、衝撃波が発生するのに十分なレーザアブレーションが発生しない。
【0024】
衝撃波は、固体中の伝搬速度が音速より大きく、音速で伝搬する超音波よりも早く固体中を伝搬する。そして、圧力がある値以下の衝撃波は、永久変形は生じさせないが、固体に可逆変形を生じさせる弾性衝撃波に分類される。
また、その圧力がある値以上の衝撃波は、物質に永久変形を生じさせる塑性衝撃波に分類される。この塑性衝撃波は、弾性衝撃波に追随して固体中を伝搬する。
【0025】
一方において、超音波は、人間の耳には聞こえない高い振動数をもち、固体中を音速で伝播する音波である。この超音波は弾性波であり物質の可逆変形は起こしうるが、永久変形は起こさない。
なお、衝撃波が発生すると超音波も同時に発生し、この超音波による振動も結晶粒の微細化に寄与する。
【0026】
発生する衝撃波は、照射されるパルスレーザのパワー密度が大きくなるに従い、弾性衝撃波に加えて塑性衝撃波が発生するようになる。
凝固部22の照射スポットから内部伝搬する弾性衝撃波が、溶融部23との固液界面23aの一部に達すると、レイリー波となって固液界面23aの全面を一様に伝搬する。
【0027】
このようにして固液界面23aに到達した弾性衝撃波は、さらに溶融部23を伝播する過程でキャビテーションを発生させデンドライトの枝を分断し、方位を揃えて成長しようとする柱状晶の発生を抑制する。そして、溶融部23における凝固核生成を活性化し、図1(C)に示すような、長さも結晶方位も等方的で特定方向を向いていない等軸晶を生成させ、金属組織を微細化させる。また、溶融部23にパルスレーザが直接照射されることが無いために、溶融金属の液滴が飛散することもない。
【0028】
塑性衝撃波は、部材が冷間状態にある場合、結晶内の転位密度を増加させて加工硬化を生じさせ、さらに圧縮残留応力を付与し機械的特性を向上させる。
一方において、溶接対象物がジュラルミン等の析出硬化型合金である場合、溶接入熱により析出相が母相に固溶してしまい、凝固部22及び熱影響部26の機械的性質が母材に比較して低下した状態になっている。
【0029】
そのような状態において、凝固直後の余熱が十分に残留し熱間状態にある凝固部22及び熱影響部26に対し、塑性衝撃波を伝搬させると、母相に格子欠陥が高密度に誘起され、これが核生成サイトとなって、母相に過飽和に固溶していた析出硬化元素が析出される。これにより、凝固部22及び熱影響部26において一旦消失した析出硬化が回復し機械的性質が向上する。
上述したような、加工硬化や析出硬化の効果が期待される溶接対象物の材質として、アルミニウム合金、高張力鋼、加工硬化したオーステナイト系ステンレス鋼等、溶接の熱影響部が軟化してしまうものが挙げられる。
【0030】
パルスレーザは、発振持続時間に相当するパルス幅を短くすることにより、瞬間的に高ピークパワーを実現することができる。具体的には、ナノ秒パルスレーザ、ピコ秒パルスレーザ、フェムト秒パルスレーザと呼称される短パルスレーザが好適に用いられる。
少なくとも弾性衝撃波を誘起させる短パルスレーザの仕様(A)、弾性衝撃波及び塑性衝撃波を誘起させる短パルスレーザの仕様(B)は次の通りである。
【0031】
(A)溶接対象物に少なくとも弾性衝撃波を誘起させる短パルスレーザの仕様
パルス幅:100[ns]以下
パワー密度:1×107[W/cm2]以上
(B)溶接対象物に弾性衝撃波及び塑性衝撃波を誘起させる短パルスレーザの仕様
パルス幅:100[ps]以下
パワー密度:1×1012[W/cm2]以上
【0032】
図3図4図5に、第1実施形態における第1パルスレーザ11の照射位置に関する他の実施例を示す。
図3では、溶接用熱源13が当たる側とは反対側の固体表面21bの溶融部23近傍に対し、第1パルスレーザ11を照射している。このように反対側の固体表面21bに照射された第1パルスレーザ11により発生した弾性衝撃波は、凝固部22との固液界面23aに到達し柱状晶の発生を抑制し等軸晶を生成させる。
【0033】
図4では、集光光学系16を調節して、高アスペクト比の照射スポットの長辺方向が凝固部22の方向に一致する第1パルスレーザ11を、反対側の固体表面21bに照射している。これにより、発生した弾性衝撃波は、凝固部22との固液界面23aに広範囲に到達し柱状晶の発生を抑制し等軸晶を生成させる。
【0034】
図5では、第1パルスレーザ11を、溶接止端部25に架かるように溶融部23の近傍の固体表面21aに、照射している。
溶接止端部25は、熱影響部26の表面と凝固部22の表面とが交わる線を指す。この溶接止端部25は、一般に、応力が集中して割れが発生しやすい個所である。
なお第1パルスレーザ11は上下左右の位置に関わらず複数箇所照射出来る。さらに、そのスポットサイズは任意に設定でき、照射しながらスポットサイズを変更することもできる。また熱源13の進行方向前方の固相に照射することもある
【0035】
なお第1実施形態の説明において、第1パルスレーザ11が照射される固体表面21aとして、溶融部23の近傍の凝固部22(図1(B))や溶接止端部25(図5)を示したがこれらに限定されない。すなわち、伝搬する衝撃波が、溶融部23の固液界面23aに到達するまでに、大きく減衰しない位置であれば、照射位置は任意に設定できる。
【0036】
図示した以外に、熱影響部26のさらに外側の母材部分に第1パルスレーザ11の照射位置を設定することも考えられる。
この場合、溶融部23との固液界面23aに到達させる衝撃波の減衰を最小限に留めるために、凝固部22の両側の各々において凝固部22の幅の二倍分の領域の範囲内に、第1パルスレーザ11の照射位置を設定することが望ましい。
【0037】
このように第1パルスレーザ11を照射することにより、固液界面23aに弾性衝撃波を到達させ、柱状晶の発生を抑制し等軸晶を生成させ金属組織を微細化させる。さらに塑性衝撃波の作用により溶接止端部25に圧縮残留応力を付与したり、加工硬化を生じさせたり、さらに温度条件等の調整により析出硬化を生じさせたりして、その機械的性質を向上させることができる。
【0038】
(第2実施形態)
次に図6を参照して本発明における第2実施形態について説明する。なお、図6において図1と共通の構成又は機能を有する部分は、同一符号で示し重複する説明を省略する。
図6に示すとおり、第2実施形態に係る溶接装置10は、第1実施形態の構成に加えて、第2パルスレーザ12を照射する第2照射部32が設けられている。この第2照射部32は、第2レーザ発振器17と集光光学系18とから構成されている。
【0039】
さらに第2実施形態に係る溶接装置の動作および溶接方法は、前述した第1実施形態の第1工程及び第2工程に加えて次の第3工程に則って実行される。
第2照射部32を溶接用熱源13とともに走査し、塑性衝撃波及び弾性衝撃波を生じさせる第2パルスレーザ12を、少なくとも溶接止端部25に照射する(第3工程)。
【0040】
第1実施形態では、第1パルスレーザ11のみを照射して、(1)柱状晶の解消された微細化組織から成る凝固部22を形成する効果、及び(2)母相よりも軟化した凝固部22又は熱影響部26に圧縮残留応力を付与したり加工硬化又は析出硬化を生じさせたりすることにより機械的性質を回復させる効果を実現していた。
【0041】
第2実施形態では、(1)の効果を発揮するのに仕様を最適化させた第1パルスレーザ11と、(2)の効果を発揮するのに仕様を最適化させた第2パルスレーザ12と、を溶接対象物に照射することとした。
弾性衝撃波をメインに誘起させる第1パルスレーザ11の仕様(A)及び塑性衝撃波をメインに誘起させる第2パルスレーザ12の仕様(B)は次の通りである。
【0042】
(A)第1パルスレーザ11の仕様
パルス幅:100[ns]以下
パワー密度:1×107[W/cm2]以上
(B)第2パルスレーザ12の仕様
パルス幅:100[ps]以下
パワー密度:1×1012[W/cm2]以上
【0043】
さらに第2実施形態の溶接装置10には、第2パルスレーザ12を溶接用熱源13の走査方向に対し交差する方向に振動しながら照射させる振動制御部36が設けられている。
ここで交差する方向とは、溶接方向に対し90度方向をとることに限定されない。溶接方向に対して0度よりも大きい角度方向で第2パルスレーザ12が振動走査されていればよい。また振動制御部36を設けても、振動させず第2パルスレーザ12を照射する場合もある。
【0044】
この振動制御部36は、集光光学系18に対し、軸を中心とした機械的な回転振動を与える等するものである。これにより、第2パルスレーザ12の照射スポットを、凝固部22、溶接止端部25、熱影響部26及び母相を含む広範囲にわたる面に照射させることができる。これにより、溶接対象物の継目24の表面に対し、広範囲にわたって圧縮残留応力を付与したり加工硬化又は析出硬化を生じさせたりすることができる。
なお第2パルスレーザ12のスポットサイズを熱影響部26の幅より広くすれば、振動させずに第2パルスレーザ12を照射しても、振動させた場合と同様の効果が得られる。
【0045】
図7図8図9図10に、第2実施形態における第1パルスレーザ11及び第2パルスレーザ12の照射位置に関する他の実施例を示す。
図7では、第2パルスレーザ12を少なくとも溶接止端部25に照射するとともに、第1パルスレーザ11を反対側の固体表面21bに照射している。
図8では、図7の実施例に追加して、凝固部22の表面21aに第2パルスレーザ12を照射している。これにより、凝固部22の内部の金属組織の微細化をさらに促進させるとともに、凝固部22の表面21aに圧縮残留応力を付与したり加工硬化又は析出硬化を生じさせたりして、その機械的性質を向上させる。
【0046】
図9は、図7の変形例で、第2パルスレーザ12の照射スポットのサイズを大きくして、溶接止端部25だけでなく、熱影響部26の全体を照射するようにしたものである。
図10は、図9の変形例で、第2パルスレーザ12の照射スポットの形状を楕円状にして、熱影響部26だけでなく、凝固部22の全体を照射するようにしたものである。
【0047】
なお、実施形態の説明において、溶融部23の開口が、溶接用熱源13が当たる固体表面21a側のみに存在する場合を示したが、その反対側の固体表面21bにも溶融部23が貫通して開口を有する場合も含まれる。
このように溶融部23が両側に開口している場合は、両方の固体表面21a,21bに第1パルスレーザ11及び第2パルスレーザ12を照射してもよい。
また、二つの溶接対象物を密着させておいて溶接する例を説明したが、わずかな空間を介してこの二つの部材を設置した後に溶接して接合するものであっても、実質的に相互に当接する溶接対象物に含むものである。
【0048】
以上説明したように、本発明により次の効果が得られる。
・凝固部の組織が微細化される。その結果凝固部の硬さが上昇し、破壊靱性、耐食性が向上する。
・凝固部の割れが無くなる。具体的に、主要な航空機材料である析出強化型2000系アルミニウム合金(例えば2024アルミニウム合金:Al−4%Cu−1.5%Mg−0.5%Mn(主要析出物Al2Cu))及び7000系アルミニウム合金(例えば7075アルミニウム合金:Al−5.5%Zn−2.5%Mg−1.5%Cu(主要析出物MgZn2))は、従来では溶接すると非常に割れやすいためにリベット締結を用いていたが、本発明の溶接技術を適用すれば割れを防止することができる。
【0049】
・水などの媒質を張る必要もなく、熱影響部に高密度に転位を導入できる。
・溶接継手の引張強さ、破断伸びが向上する。
・溶接部に圧縮残留応力が導入される。
・溶接継手の疲労特性が向上する。
・非接触で凝固部の組織を微細化出来る。
・雰囲気制御を必要とせず、大気中に限らず、調整されたガス雰囲気中、減圧雰囲気中、液中でも溶接が可能である。
【符号の説明】
【0050】
10…溶接装置、11…第1パルスレーザ、12…第2パルスレーザ、13…溶接用熱源、15…第1レーザ発振器、16…集光光学系、17…第2レーザ発振器、18…集光光学系、20…当接部、21(21a,21b)…固体表面、22…凝固部、23…溶融部、23a…凝固部との固液界面、23b…熱影響部との固液界面、24…継目、25…溶接止端部、26…熱影響部、27…凝固部の中心線、31…第1照射部、32…第2照射部、33…熱源出力装置、35…移動駆動部、36…振動制御部。
図1
図2
図3
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図7
図8
図9
図10