特許第6793113号(P6793113)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6793113脱細胞化組織を用いた癒着防止材及び代用生体膜
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  • 特許6793113-脱細胞化組織を用いた癒着防止材及び代用生体膜 図000006
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6793113
(24)【登録日】2020年11月11日
(45)【発行日】2020年12月2日
(54)【発明の名称】脱細胞化組織を用いた癒着防止材及び代用生体膜
(51)【国際特許分類】
   A61L 31/12 20060101AFI20201119BHJP
   A61L 27/48 20060101ALI20201119BHJP
   A61L 27/36 20060101ALI20201119BHJP
【FI】
   A61L31/12 100
   A61L27/48
   A61L27/36 420
   A61L27/36 410
【請求項の数】9
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2017-505329(P2017-505329)
(86)(22)【出願日】2016年3月7日
(86)【国際出願番号】JP2016057014
(87)【国際公開番号】WO2016143746
(87)【国際公開日】20160915
【審査請求日】2019年2月12日
(31)【優先権主張番号】特願2015-49922(P2015-49922)
(32)【優先日】2015年3月12日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】318010328
【氏名又は名称】KMバイオロジクス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000000387
【氏名又は名称】株式会社ADEKA
(73)【特許権者】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】307014555
【氏名又は名称】北海道公立大学法人 札幌医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(74)【代理人】
【識別番号】100156111
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 伸一郎
(72)【発明者】
【氏名】嵯峨 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】内田 隆徳
(72)【発明者】
【氏名】所▲崎▼ 祥子
(72)【発明者】
【氏名】日渡 謙一郎
(72)【発明者】
【氏名】小原 春樹
(72)【発明者】
【氏名】岸田 晶夫
(72)【発明者】
【氏名】木村 剛
(72)【発明者】
【氏名】根岸 淳
(72)【発明者】
【氏名】樋上 哲哉
(72)【発明者】
【氏名】舩本 誠一
【審査官】 飯濱 翔太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭59−160465(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/034759(WO,A1)
【文献】 特開2009−050297(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2003/0225355(US,A1)
【文献】 冨澤康子他,ヘパリン徐放性癒着防止心膜の開発,人工臓器,1988年,Vol.17, No.2,pages 566 to 569,ISSN:0300-0818
【文献】 野一色泰晴他,柔軟性をもつ抗癒着性人工心膜,人工臓器,1988年,Vol.17, No.2,pages 578 to 581,ISSN:0300-0818
【文献】 MIYATA T. et al,A biodegradable antiadhesion collagen membrane with slow release heparin.,ASAIO Transactions,1988年,Vol.34, No.3,pages 687 to 691,ISSN:0889-7190
【文献】 宮田暉夫他,Biodegradable Antiadhesive Membrane,人工臓器,1989年,Vol.18, No.1,pages 93 to 96,ISSN:0300-0818
【文献】 古瀬正康他,エポキシ基および4級窒素化合物によるヘパリン徐放性癒着防止膜の開発,人工臓器,1987年,Vol.16, No.3,pages 1350 to 1353,ISSN:0300-0818
【文献】 野一色泰晴他,ヘパリン徐放性癒着防止膜,人工臓器,1985年,Vol.14, No.2,pages 788 to 791,ISSN:0300-0818
【文献】 MATSUSHIMA R. et al.,Decellularized dermis-polymer complex provides a platform for soft-to-hard tissue interfaces.,Materials Science and Engineering. C, Materials for Biological Applications,2014年,Vol.35,pages 354 to 362,ISSN:0928-4931
【文献】 NAM K. et al.,In vivo characterization of a decellularized dermis-polymer complex for use in percutaneous devices.,Artificial Organs,2014年,Vol.38, No.12,pages 1060 to 1065,ISSN:0160-564X
【文献】 松嶋理恵,生体組織/高分子複合化による経皮デバイスの作製,第27回ライフサポート学会大会(生活生命支援医療福祉工学系学会連合大会2011)(ABML2011),2011年,OS2-4,pages OS2-4-1 to OS2-4-2
【文献】 木村宗昭他,フィブリン膜を用いた腹腔内術後癒着防止の新しい試み,日本産科婦人科學會雜誌,1989年,Vol.41, No.Supplement,page S-325, 450,ISSN:0300-9165
【文献】 橋本瑞生他,粘液産生膵腫瘍を合併した表在食道癌の1例,日本臨床外科医学会雑誌,1996年,Vol.57, No.12,pages 3000 to 3004,ISSN:0386-9776
【文献】 岡崎審他,組織接着剤の噴霧による術後腹膜癒着防止効果の検討,日本産科婦人科内視鏡学会雑誌,1992年,Vol.8, No.1,page 111,ISSN:1884-9938
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 31/00
A61L 27/36
A61L 27/48
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脱細胞化組織、及び、アルギン酸、ゼラチン、フィブリン糊及びポリエチレングリコールからなる群から選択される生体適合性高分子からなる癒着防止材。
【請求項2】
脱細胞化組織が、心膜、膀胱、羊膜、硬膜、腹膜、横隔膜、筋膜、小腸粘膜下組織及び皮膚からなる群から選択される生体由来組織を脱細胞化した組織である、請求項1に記載の癒着防止材。
【請求項3】
脱細胞化組織に生体適合性高分子が複合化されている、請求項1または2に記載の癒着防止材。
【請求項4】
脱細胞化組織への生体適合性高分子の複合化が、生体適合性高分子の脱細胞化組織への含浸又は塗布である、請求項3に記載の癒着防止材。
【請求項5】
癒着防止材が癒着防止膜であって、膜厚が10〜5,000μmである、請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の癒着防止材。
【請求項6】
脱細胞化組織へアルギン酸、ゼラチン、フィブリン糊及びポリエチレングリコールからなる群から選択される生体適合性高分子を複合化することを含む、請求項1に記載の癒着防止材の製造方法。
【請求項7】
複合化が、生体適合性高分子の脱細胞化組織への含浸又は塗布である、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の癒着防止材より構成されるキット。
【請求項9】
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の癒着防止材を用いた代用生体膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は癒着防止材、特に組織再生を伴う代用生体膜に関する。
【背景技術】
【0002】
術後の組織癒着は、循環器科、消化器外科、整形外科、産科婦人科、眼科などの広い領域にて生じる。例えば、開腹手術後の腹腔内の癒着は生理的な生体の修復反応であり、癒着を皆無にすることが困難なため、手術後の癒着によって癒着性腸閉塞が一定頻度で引き起こされる。癒着性腸閉塞は、一般的には上腹部より下腹部のような剥離面の多い手術に多い。また、その頻度は、手術時間や出血量ともある程度比例すると言われている。癒着性腸閉塞の発生を防止、減少させるために、外科医の丁寧で愛護的な手術操作、最小限の剥離、最小限の出血、最小限の手術時間、手術中の汚染防止、最小限の異物の残存、吸収性の縫合糸の使用、適切なドレナージ、感染防止、手術後の早期離床などが求められ、緊急の汚染手術ではさらに、十分な腹腔内洗浄、術後の体位、術後の抗生剤使用などが求められている。それぞれが癒着性腸閉塞の防止にある程度有効であるものの、これだけで腸閉塞の発生を完全に防止することはできない(非特許文献1)。
【0003】
産科婦人科領域においては、卵管の癒着は将来の妊孕性低下につながる危険性もあり、重要な問題の一つである。現在までにさまざまな術後癒着防止が試みられているが、完璧な癒着防止法が確立されているわけではない(非特許文献2)。
【0004】
心臓血管外科領域においては、術後の心外膜(心臓表面)と胸壁の癒着、また、心膜と心外膜の癒着は、再手術の際に、心臓と大血管への損傷の危険性を増加させる(非特許文献3)。癒着は、再手術時のほぼ全ての操作で悪影響を及ぼす。癒着は、癒着剥離による出血、臓器・血管の損傷、心臓表面構造の視認性を低下させる。長時間の手術は、患者への侵襲を増し、出血量の増加は、大量輸血に伴う臓器障害を悪化させる。術後に心外膜と胸壁が強固に癒着した場合、心臓、特に、右心室の収縮障害をもたらす場合がある。この点でも、心外膜が周囲構造物と癒着せずに自由に動ける状態を形成することが望ましい。また、一旦、開放した自己心膜を再閉鎖することが望ましいが、施行できない場面が多く、また、一般的には無理に再閉鎖しない方が望ましいと考えられている(非特許文献4)。従って、開心術後、心膜の閉鎖に何らかの心膜代用材が用いられることが多い。例えば、シリコン膜、ポリウレタン、筋膜、expanded-polytetrafluoroethylene(e-PTFE)シート、ウシ、ブタ、ウマなどの異種心膜、Dacron、硬膜などが用いられてきたが、心膜の癒着は高度であり、異物を用いることにより、周囲組織に炎症反応を惹起し、縦隔炎の発生を誘発することがある(非特許文献5)。異物として残存すると、感染の菌の温床になり、また、遠隔期において石灰化することもある。従って、生体適合性の高い心膜代用材、又は再生を促す代用生体膜の開発が望まれている。
【0005】
米国において腹部癒着の治療に年間13億ドルが費やされたという報告があり(非特許文献6)、医療経済的な面からも可能な限り癒着を軽減させる処置を施すことが重要である。更には、癒着を軽減することで術後合併症を減らし、患者のQOL(Quality Of Life)向上と医療費の削減が期待できる。しかしながら、現状では術後の組織癒着を完全に防止できないため、外科医を悩ませる大きな問題となっている。
【0006】
癒着を防止する物理的バリアとしては、現在、国内で臨床的使用が認可されている材料として、ヒアルロン酸ナトリウム/カルボキシメチルセルロース(seprafilm(登録商標))等のバリアと、酸化再生セルロース(Interceed(登録商標))、又はポリテトラフッ化エチレン(e-PTFE)(Gore-Tex Surgical Membrane(登録商標))等の癒着防止材がある。米国で認可されている代用心膜材料として、ポリ乳酸/ポリエチレングリコール(REPEL-CV(登録商標))等の癒着防止材がある。いずれの材料も有効性は限定的であり、外科医を満足させるには至っていない(非特許文献7〜8)。また、Gore-Tex Surgical Membrane(登録商標)は、異物として永久に残存するため、周囲組織に炎症反応を惹起し、線維性組織を増生させるため、再手術時に組織構成が視認できなくなる。このような理由からも生体適合性の高い心膜代用材、又は再生を促す代用生体膜の製品化が望まれている。
【0007】
生体組織接着剤であるフィブリン糊を癒着防止目的に使用する例も報告されている(非特許文献9〜10)。しかしながら、フィブリン糊は組織癒着を完全に防止できないため(特許文献1〜3)、外科医を悩ませる大きな問題は未だに解決されていない。
【0008】
シリコン、テフロン(登録商標)、ポリウレタン等の生体非吸収性の材料は、組織間の癒着防止効果は高いが、非吸収性材料であるために生体組織面に残存し、組織の修復を遅らせるばかりではなく、炎症の原因となる場合があった。このため、生体吸収性の素材を用いた癒着防止膜、例えば、ゼラチンを用いた癒着防止膜(特許文献4〜5)、アルギン酸やヒアルロン酸を用いた癒着防止膜(特許文献6)、カルボキシメチルセルロースを用いた癒着防止膜(特許文献7〜8)等が開発されている。しかし、従来の生体吸収性の癒着防止膜は、生体に残存することはないが、癒着防止効果が不十分であり癒着が発生しやすい、強度が不十分であるために患者の組織に縫合できないという問題があった。
【0009】
一方、他人又は他種の動物の組織を移植する場合の拒絶反応を低減するために、生体由来組織から細胞を除去した脱細胞化組織が開発されている。脱細胞化の方法としては、界面活性剤を使用する方法(特許文献9〜10)、酵素を使用する方法(特許文献11)、酸化剤を使用する方法(特許文献12)、高静水圧処理による方法(特許文献13〜15)、凍結融解処理による方法(特許文献16〜17)、高張電解質溶液で処理する方法(特許文献18)等が知られている。脱細胞化組織は、皮膚(特許文献16〜17)、角膜(特許文献14)、血管(特許文献19)等への応用が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表平11−502431号公報
【特許文献2】特開2001−327592号公報
【特許文献3】特表2003−500170号公報
【特許文献4】特開2004−065780号公報
【特許文献5】特開2013−226166号公報
【特許文献6】特開2000−116765号公報
【特許文献7】特開2004−051531号公報
【特許文献8】特開2010−284216号公報
【特許文献9】特開昭60−501540号公報
【特許文献10】特表2003−518981号公報
【特許文献11】特表2002−507907号公報
【特許文献12】特表2003−525062号公報
【特許文献13】特開2004−097552号公報
【特許文献14】国際公開第2008/111530号パンフレット
【特許文献15】特表2013−502275号公報
【特許文献16】特開2005−185507号公報
【特許文献17】特開2005−211480号公報
【特許文献18】特開2010−221012号公報
【特許文献19】特開2013−503696号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】福島恒男ら, 外科治療, 2006; 94(6):919-924
【非特許文献2】藤下晃ら, 産婦人科手術, 2002; 13:91-98
【非特許文献3】Dobell AR., et al., Ann Thorac Surg.1984; 37:273-8
【非特許文献4】Cunningham J N, Jr., et al.,J Thorac Cardiovasc Surg. 1975; 70:119-25
【非特許文献5】佐久間啓ら, 人工臓器, 2000; 29(1):233-238
【非特許文献6】Ray NF. et al.,J. Am. Coll. Surg. 1998; 186:1-9
【非特許文献7】Lodge AJ, et al., Ann Thorac Surg. 2008; 86:614-621
【非特許文献8】Haensig et al., Medical Devices: Evidence and Research 2011; 4:17-25
【非特許文献9】佐藤孝道ら, 産科と婦人科, 1990; 57(12):2398-2404
【非特許文献10】奥田喜代司ら, 産婦人科の世界, 1993; 45(9):759-764
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、術部へ適用した際に癒着防止効果を発揮する材料(癒着防止材)、及び術後の欠損部へ適用した際に生体機能を代用する材料(代用生体膜)を提供することである。
【0013】
本発明が解決しようとする課題はまた、膜の強度が高く縫合が可能であり、術後の生体組織の癒着が低減でき、生体への適合性に優れた癒着防止材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、鋭意検討した結果、生体由来組織の脱細胞化組織を癒着防止材として使用することにより、上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成させた。即ち、本発明は、生体由来組織を脱細胞化した脱細胞化組織に、生体適合性高分子を複合化させた癒着防止材である。
【0015】
本発明者らはまた、脱細胞化組織とフィブリン糊を複合化して作製した代用生体膜や癒着防止材が、組織欠損部又は組織間へ適用された場合に組織の代替物又はバリアとなり、周囲の組織との癒着を防止することを見出し、本発明を達成するに至った。
【0016】
すなわち、本発明には、
(1)脱細胞化組織、及び生体適合性高分子を含む癒着防止材
(2)脱細胞化組織へ生体適合性高分子を複合化することを含む、癒着防止材の製造方法
(3)脱細胞化組織、及び生体適合性高分子を含む癒着防止材キット
(4)脱細胞化組織、及び生体適合性高分子を含む代用生体膜
(5)脱細胞化組織へ生体適合性高分子を複合化することを含む、代用生体膜の製造方法
(6)脱細胞化組織、及び生体適合性高分子を含む代用生体膜キット
が含まれる。
【0017】
具体的には、本発明には以下が含まれる。
[1]脱細胞化組織、及び生体適合性高分子を含む癒着防止材;
[2]脱細胞化組織が、心膜、膀胱、羊膜、硬膜、腹膜、横隔膜、筋膜、小腸粘膜下組織及び皮膚からなる群から選択される生体由来組織を脱細胞化した組織である、上記[1]に記載の癒着防止材;
[3]脱細胞化組織が、生体由来組織へ高静水圧処理、又は界面活性剤処理して得られた脱細胞化組織である、上記[1]又は[2]に記載の癒着防止材;
[4]高静水圧処理が、生体由来組織に媒体中で50〜1,500MPaの静水圧を印加することを含む、上記[3]に記載の癒着防止材;
[5]生体適合性高分子が天然由来の生体適合性高分子である、上記[1]から[4]のいずれかに記載の癒着防止材;
[6]生体適合性高分子がフィブリン糊である、上記[1]から[5]のいずれかに記載の癒着防止材。
[7]脱細胞化組織に生体適合性高分子が複合化されている、上記[1]から[6]のいずれかに記載の癒着防止材;
[8]脱細胞化組織への生体適合性高分子の複合化が、生体適合性高分子の脱細胞化組織への含浸又は塗布である、上記[7]に記載の癒着防止材;
[9]癒着防止材が癒着防止膜であって、膜厚が10〜5,000μmである、上記[1]から[8]のいずれかに記載の癒着防止材;
[10] 脱細胞化組織へ生体適合性高分子を複合化することを含む、癒着防止材の製造方法;
[11] 複合化が、生体適合性高分子の脱細胞化組織への含浸又は塗布である、上記[10]に記載の製造方法;
[12]脱細胞化組織、及び生体適合性高分子を含む癒着防止材キット;
[13]脱細胞化組織が、心膜、膀胱、羊膜、硬膜、腹膜、横隔膜、筋膜、小腸粘膜下組織及び皮膚からなる群から選択される組織を脱細胞化した組織である、上記[12]に記載のキット;
[14]脱細胞化組織が、生体由来組織へ高静水圧処理、又は界面活性剤処理して得られた脱細胞化組織である、上記[12]又は[13]に記載のキット;
[15]高静水圧処理が、生体由来組織に媒体中で50〜1,500MPaの静水圧を印加することを含む、上記[14]に記載のキット;
[16]生体適合性高分子がフィブリン糊である、上記[12]から[15]のいずれかに記載のキット;
[17]脱細胞化組織に生体適合性高分子が複合化されている、上記[12]から[16]のいずれかに記載のキット;
[18]脱細胞化組織への生体適合性高分子の複合化が、生体適合性高分子の脱細胞化組織への含浸又は塗布である、上記[17]に記載のキット;
[19]癒着防止材が癒着防止膜であって、膜厚が10〜5,000μmである、上記[12]から[18]のいずれかに記載のキット;
[20]脱細胞化組織、及び生体適合性高分子を含む代用生体膜;
[21]脱細胞化組織が、心膜、膀胱、羊膜、硬膜、腹膜、横隔膜、筋膜、小腸粘膜下組織及び皮膚からなる群から選択される生体由来組織を脱細胞化した組織である、上記[20]に記載の代用生体膜;
[22]脱細胞化組織が、生体由来組織へ高静水圧処理、又は界面活性剤処理して得られた脱細胞化組織である、上記[20]又は[21]に記載の代用生体膜;
[23]高静水圧処理が、生体由来組織に媒体中で50〜1,500MPaの静水圧を印加することを含む、上記[22]に記載の代用生体膜;
[24]生体適合性高分子が天然由来の生体適合性高分子である、上記[20]から[23]のいずれかに記載の代用生体膜;
[25]生体適合性高分子がフィブリン糊である、上記[20]から[23]のいずれかに記載の代用生体膜;
[26]脱細胞化組織に生体適合性高分子が複合化されている、上記[20]から[25]のいずれかに記載の代用生体膜;
[27]脱細胞化組織への生体適合性高分子の複合化が、生体適合性高分子の脱細胞化組織への含浸又は塗布である、上記[26]に記載の代用生体膜;
[28]膜厚が10〜5,000μmである上記[20]から[27]のいずれかに記載の代用生体膜;
[29]脱細胞化組織へ生体適合性高分子を複合化することを含む、代用生体膜の製造方法;
[30]複合化が、生体適合性高分子の脱細胞化組織への含浸又は塗布である、上記[29]に記載の製造方法;
[31]脱細胞化組織、及び生体適合性高分子を含む代用生体膜キット;
[32]脱細胞化組織が、心膜、膀胱、羊膜、硬膜、腹膜、横隔膜、筋膜、小腸粘膜下組織及び皮膚からなる群から選択される組織を脱細胞化した組織である、上記[31]に記載のキット;
[33]脱細胞化組織が、生体由来組織へ高静水圧処理、又は界面活性剤処理して得られた脱細胞化組織である、上記[31]又は[32]に記載のキット;
[34]高静水圧処理が、生体由来組織に媒体中で50〜1,500MPaの静水圧を印加することを含む、上記[33]に記載のキット;
[35]生体適合性高分子がフィブリン糊である、上記[31]から[34]のいずれかに記載のキット;
[36]脱細胞化組織に生体適合性高分子が複合化されている、上記[31]から[35]のいずれかに記載のキット;
[37]脱細胞化組織への生体適合性高分子の複合化が、生体適合性高分子の脱細胞化組織への含浸又は塗布である、上記[36]に記載のキット;および
[38]代用生体膜の膜厚が10〜5,000μmである、上記[31]から[37]のいずれかに記載のキット。
【発明の効果】
【0018】
本発明の代用生体膜又は癒着防止材は、組織欠損部へ適用した場合に欠損された組織の代替物として機能する効果や、適用部と接触する組織に対して癒着を防止する効果を有する。
【0019】
本発明の癒着防止材を使用することにより、癒着が大幅に減少できる。また、本発明の代用生体膜又は癒着防止材は、組織に縫合できる強度を有しており、組織への固定が可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、ラットの心臓癒着モデルに本発明の癒着防止材を適用後、7日目の評価を示す。図中、E及びFは心筋組織を、G及びHは心膜をそれぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明には、脱細胞化組織、及び生体適合性高分子を含む代用生体膜が含まれる。また、本発明には、脱細胞化組織、及び生体適合性高分子を含む癒着防止材が含まれる。
【0022】
本発明の癒着防止材は、生体由来組織を脱細胞化した脱細胞化組織と生体適合性高分子が複合化しているところに特徴がある。本発明において、複合化とは、脱細胞化組織から生体適合性高分子が、容易に脱離しない状態をいい、脱細胞化組織と生体適合性高分子が化学結合していてもよいし、脱細胞化組織に生体適合性高分子が物理吸着してもよいし、脱細胞化組織に生体適合性高分子が含浸されていてもよい。物理吸着の一例は塗布である。本発明において、生体適合性高分子の脱細胞化組織への含浸又は塗布が好ましい。
【0023】
1.脱細胞化組織
本発明の癒着防止材には、シート状の脱細胞化組織が使用され、脱細胞化組織に使用する生体由来組織及び使用する部位は、脊椎動物由来であり、癒着防止材に使用可能な大きさ及び厚さが得られれば、特に限定されない。
【0024】
脱細胞化組織は脊椎動物(ドナー)から生体由来組織を回収し、脱細胞化処理を行うことによって入手することが可能である。生体由来組織は脱細胞化処理が行われることによって、ドナー由来の細胞や病原体(ウイルスやバクテリア)が除去される。そのため、脱細胞化処理した生体由来組織はドナーと異なる種類の動物へ移植した場合であっても、異種免疫反応が抑制される。したがって、生体由来組織を回収する動物の種類は特に限定されない。一方、生体由来組織は容易に入手できることが好ましいため、ヒト以外の動物であることが好ましく、特に哺乳類の家畜や鳥類の家畜が好ましい。哺乳類の家畜としては、ウシ、ウマ、ラクダ、リャマ、ロバ、ヤク、ヒツジ、ブタ、ヤギ、シカ、アルパカ、イヌ、タヌキ、イタチ、キツネ、ネコ、ウサギ、ハムスター、モルモット、ラット、リス及びアライグマ等が挙げられる。また、鳥類の家畜としては、インコ、オウム、ニワトリ、アヒル、七面鳥、ガチョウ、ホロホロ鳥、キジ、ダチョウ、エミュー及びウズラ等が挙げられる。この中でも入手の安定性からブタ、ウサギ又はウシが好ましい。
【0025】
生体由来組織は細胞外にマトリックス構造を有し、脱細胞化処理が可能な組織が例示される。そうした組織としては、肝臓、腎臓、尿管、膀胱、尿道、舌、扁桃、食道、胃、横隔膜、小腸、大腸、腹膜、肛門、膵臓、心臓、心膜、血管、脾臓、肺、脳、硬膜、骨、脊髄、軟骨、精巣、羊膜、子宮、卵管、卵巣、胎盤、角膜、骨格筋、腱、神経、及び皮膚等からなる群から選択される組織が例示される。脱細胞化組織がシート状である場合には、生体への適用が容易であるため、好ましい組織としては、心膜、膀胱、羊膜、硬膜、腹膜(大網膜、小網膜)、横隔膜、粘膜下層(例えば小腸粘膜下組織)及び皮膚からなる群から選択される組織が例示される。シート状でない組織であっても、シート状に加工すれば生体への適用が容易になるため、そのようなシート状でない組織も脱細胞化処理が可能な組織に包含される。皮膚、心膜及び羊膜が更に好ましい。皮膚は、通常、表皮、真皮、皮下組織等からなるが、本発明の癒着防止材に使用する場合は、真皮のみを使用することが好ましい。
【0026】
動物からの生体由来組織の回収には、ドナーの動物種や生体由来組織に適した方法を採用してよい。動物から回収された生体由来組織は脱細胞化処理が行われる。脱細胞化処理は、ドナー由来の細胞や病原体を除去する方法であれば特に限定されない。そうした方法としては、界面活性剤処理(Singelyn J.M., et al., Biomaterials, 2009, 30, 5409-5416;Singelyn J.M,, et al., J. Am. Coll. Cardiol., 2012, 59, 751-763;Sonya B., et al., Sci. Transl. Med., 2013, 5, 173ra25)、酵素処理、浸透圧処理、凍結融解処理、酸化剤処理、高静水圧処理(Sasaki S., et al., Mol. Vis., 2009, 15, 2022-2028;Yoshihide H., et al., Biomaterials, 2010, 31, 3941-3949;Seiichi F., et al., Biomaterials, 2010, 31, 3590-3595;Negishi J., et al., J. Artif. Organs, 2011, 14, 223-231;特許第4092397号公報;再公表2008−111530号公報;特開2009−50297号公報)及びこれらの組み合わせが例示され、ドナーの動物種や生体由来組織の種類に応じて適宜選択して構わない。高静水圧処理は媒体中の生体由来組織へ静水圧を印加することによって、ドナー由来の細胞や病原体を破壊するため、脱細胞化時に人体へ影響する可能性のある薬剤を必要とせず、特に好ましい。一方、薬剤を使用して脱細胞化処理を行う場合であっても、脱細胞化処理後の組織を十分に洗浄することによって、薬剤を除去することが可能である。
【0027】
脱細胞化処理は脱細胞化生体由来組織を洗浄する工程を含んでいても構わない。脱細胞化生体由来組織を洗浄する方法は、脱細胞化処理の種類に応じて適宜選択して構わない。洗浄方法としては、洗浄液に浸漬させる方法(特開2010−227246号公報)、マイクロ波を照射する方法(特許第4189484号公報)が例示される。
【0028】
高静水圧処理を行う際の圧力は、ドナー由来の細胞や病原体が破壊される圧力であれば構わず、ドナーの動物種や生体由来組織の種類に応じて適宜選択して構わない。静水圧としては、2〜1,500MPaが例示される。印加する静水圧が50MPaよりも高い場合には、生体由来組織からの脱細胞化が十分に行われる。そのため、好ましくは、50〜1,500MPa、更に好ましくは80〜1,300MPa、更に一層好ましくは90〜1,200MPa、最も好ましくは95〜1,100MPaである。
【0029】
高静水圧の印加に使用する媒体としては、水、生理食塩水、プロピレングリコール又はその水溶液、グリセリン又はその水溶液、及び糖類水溶液等が挙げられる。緩衝液としては、酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酒石酸緩衝液、トリス緩衝液、HEPES緩衝液、及びMES緩衝液等が挙げられる。糖類水溶液の糖類としては、エリトロース、キシロース、アラビノース、アロース、タロース、グルコース、マンノース、ガラクトース、エリスリトール、キシリトール、マンニトール、ソルビトール、ガラクチトール、スクロース、ラクトース、マルトース、トレハロース、デキストラン、アルギン酸、及びヒアルロン酸等が挙げられる。
【0030】
高静水圧処理の温度は、氷が生成せず、熱による組織へのダメージがない温度であれば、特に限定されない。脱細胞化処理が円滑に行われ、組織への影響も少ないことから0〜45℃が好ましく、更に好ましくは4〜40℃、更に一層好ましくは10〜37℃、最も好ましくは15〜35℃である。
【0031】
高静水圧処理の時間は、短すぎると脱細胞化処理が十分行われず、長い場合にはエネルギーの浪費につながることから、5〜60分が好ましく、7〜30分が更に好ましい。
【0032】
脱細胞化の有無は、組織学的染色(ヘマトキシリン−エオジン染色)又は残存DNA定量で確認しても構わない。
【0033】
高静水圧が印加された生体由来組織は、組織中の細胞が破壊されており、この細胞は洗浄液により除去される。洗浄液は、高静水圧の印加に使用した媒体と同じ液でもよいし、異なる洗浄液でもよく、複数の種類の洗浄液を組み合わせて用いてもよい。洗浄液は、核酸分解酵素、有機溶媒又はキレート剤を含有することが好ましい。核酸分解酵素は、静水圧が印加された生体由来組織からの核酸成分について、有機溶媒は脂質について、それぞれの除去効率を向上させることができ、キレート剤は、脱細胞化組織中のカルシウムイオンやマグネシウムイオンを不活性化することにより、脱細胞化組織を患部へ適用した場合の石灰化を防ぐことができる。
【0034】
有機溶媒としては、脂質の除去効果が高いことから、水溶性の有機溶媒が好ましく、エタノール、イソプロパノール、アセトン、及びジメチルスルホキシドが好ましい。キレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ニトリロ三酢酸(NTA)、ジエチレントリミン五酢酸(DTPA)、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸(HEDTA)、トリエチレンテトラミン六酢酸(TTHA)、1,3−プロパンジアミン四酢酸(PDTA)、1,3−ジアミノ−2−ヒドロキシプロパン四酢酸(DPTA−OH)、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸(HIDA)、ジヒドロキシエチルグリシン(DHEG)、グリコールエーテルジアミン四酢酸(GEDTA)、ジカルボキシメチルグルタミン酸(CMGA)、3−ヒドロキシ−2,2’−イミノジコハク酸(HIDA)、及びジカルボキシメチルアスパラギン酸(ASDA)等のイミノカルボン酸系キレート剤又はその塩;クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、及び乳酸等のヒドロキシカルボン酸系キレート剤又はその塩が挙げられ、これらのキレート剤の塩としては、ナトリウム塩又はカリウム塩が挙げられる。
【0035】
次に、脱細胞化処理後の組織は、安定性を保持させる観点から凍結乾燥させることが好ましい。凍結乾燥の条件は、脱細胞化後の組織から水分が除去されている条件であれば良く、生体由来組織の種類に応じて適宜選択して構わない。条件としては、ホモグラフト凍結保存に用いられるプログラムフリージング凍結(−1℃/分、90分以上)、及び真空乾燥装置による凍結乾燥が例示される。
【0036】
洗浄効率が上がることから、洗浄液は、界面活性剤を含有してもよい。界面活性剤としては、脂肪酸石鹸、アルコキシカルボン酸塩、ポリオキシエチレンアルコキシカルボン酸塩、アルキルスルホン酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキル硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキル硫酸エステル塩、アルキルリン酸エステル塩、α−スルホ脂肪酸エステル塩、N−アシルグルタミン酸塩、アシル−N−メチルタウリン塩、N−アルキルサルコシン塩、コール酸塩、デオキシコール酸塩等のアニオン性界面活性剤;
アルキルジメチルアミン、アルキルジエタノールアミン、アルキルトリメチルアンモニウム塩、ジアルキルジメチルアンモニウム塩、アルキルピリジウム塩、アルキルベンジルジメチルアンモニウム塩等のカチオン性界面活性剤;
、アルキルジメチルアミンオキシド、アルキルカルボキシベタイン、アルキルアミドプロピルベタイン、アルキルアミドプロピルスルホベタイン、アルキルイミダゾウムベタイン、3−[(3−コールアミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−2−ヒドロキシ−1−プロパンスルホナート(CHAPSO)、3−[(3−コールアミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホナート(CHAPS)等の両性界面活性剤;
グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、トレハロース脂肪酸エステル、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンエーテル、アルキル(ポリ)グリセリンエーテル、脂肪酸アルカノールアミド、ポリオキシエチレン脂肪酸アルカノールアミド、アルキル(ポリ)グリコシド、アルキルマルトシド、アルキルチオグルコシド、アルキルマルトピラノシド、アルカノイル−N−メチル−D−グルコサミン、N,N−ビス(3−D−グルコンアミドプロピル)コールアミド(BIGCHAP)、N,N−ビス(3−D−グルコンアミドプロピル)デオキシコールアミド(deoxy−BIGCHAP)等のノニオン性界面活性剤が挙げられる。
【0037】
界面活性剤としては、細胞の除去の点から、アルキルスルホン酸塩、アルキル硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキル硫酸エステル塩、α−スルホ脂肪酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、アルキル(ポリ)グリコシドが好ましく、アルキルスルホン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、アルキル(ポリ)グリコシドが更に好ましい。
【0038】
高静水圧が印加された生体由来組織を洗浄する場合の温度は、熱による組織へのダメージがない温度であれば、特に限定されないが、洗浄性が良好で組織への影響も少ないことから0〜45℃が好ましく、1〜40℃が更に好ましく、2〜35℃が最も好ましい。洗浄する場合には、必要に応じて、洗浄液を振盪又は撹拌してもよい。
【0039】
2.生体適合性高分子
本発明において、生体適合性高分子とは、生体に投与した際に著しく有害な影響を及ぼさず、親水性を有する高分子化合物をいい、具体的には、(i)重量平均分子量が500以上であって、(ii)ラットに経口投与する場合のLD50が2,000mg/kg以上で、(iii)水に対して、溶解又は拡張濡れ性を示す化合物を言う。本発明において重量平均分子量とは、ゲル浸透クロマトグラフィー(Gel Permeation Chromatography、GPCともいう)分析によって算出した重量平均分子量であって、テトラヒドロフランを溶媒としてGPC測定を行った場合のポリスチレン換算の重量平均分子量、又は水を溶媒としてGPC測定を行った場合のプルラン換算の重量平均分子量をいう。なお、生体適合性高分子を含浸又は物理吸着により複合化する場合、生体適合性高分子の重量平均分子量が小さい場合には、複合化が不十分になる場合があることから、生体適合性高分子の重量平均分子量は、1,000以上が好ましく、2,000以上が更に好ましい。
【0040】
生体適合性高分子としては、天然由来の生体適合性高分子、天然由来のものを加工した生体適合性高分子、及び人工的に合成した生体適合性高分子に大別される。生体適合性高分子のうち、天然由来の生体適合性高分子又は天然由来のものを加工した生体適合性高分子としては、例えば、コンドロイチン硫酸、デルマタン、ヘパリン、ヘパラン、アルギン酸、ヒアルロン酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、キチン、キトサン、ペクチン、アミロースアミロペクチン、グリコーゲン、デキストリン、デキストラン、β1,3−グルカン等の多糖類又はその塩;メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、酢酸セルロース、カルボキシメチルキトサン等の多糖類誘導体又はその塩;コラーゲン、ゼラチン、エラスチン、フィブリノゲン、フィブリン又はフィブリン糊、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、エンタクチン、トロンボスポンジン、テナシン、ガゼイン、アビジン、カドヘリン、ムチン、プロテオグリカン等のポリペプチド又は糖タンパク質等が挙げられる。
【0041】
生体適合性高分子のうち、人工的に合成した生体適合性高分子としては、例えば、ポリアラニン、ポリアスパラギン、ポリアスパラギン酸、ポリアルギニン、ポリイソロイシン、ポリオルニチン、ポリグリシン、ポリグルタミン酸、ポリトリプトファン、ポリチロシン、ポリヒスチジン、ポリプロリン、ポリリシン等の合成ポリペプチド又はその塩;ポリグリコール酸、ポリ乳酸、ポリヒドロキシ酪酸、ポリε−カプロラクトン、ポリ酒石酸等のポリ(ヒドロキシカルボン酸);ポリエチレングリコール、ポリグリセリン等のポリオールエーテル;ポリビニルアルコール、ポリ(メタ)アクリル酸、ポリアクリルアミド、ポリフマル酸、ホスホリルコリン基含有ポリ(メタ)アクリレート、ポリヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、ポリ(ジアリルジメチルアンモニウム)等のラジカル重合ポリマー及びその塩等が挙げられる。
【0042】
生体適合性高分子の中でも、施術後に体内に吸収されて患者に対する負担が少ないことから、生体吸収性高分子が好ましい。生体吸収性高分子としては、天然由来の生体適合性高分子、天然由来のものを加工した生体適合性高分子、合成ポリペプチド又はその塩、ポリ(ヒドロキシカルボン酸)が挙げられ、体内への吸収性の点から、天然由来の生体適合性高分子が好ましく、癒着の防止性の点から、多糖類又はその塩、ポリペプチド又は糖タンパク質がより好ましく、アルギン酸、ヒアルロン酸、フィブリン糊が更に好ましい。
【0043】
3.フィブリン糊
フィブリン糊とは、フィブリノゲンに酵素であるトロンビンが作用して形成される糊状の凝塊を、組織の閉鎖、臓器損傷部の接着及び止血などに利用する製剤をいう。フィブリン糊の種類は特に限定されず、フィブリノゲンやトロンビンなどの構成成分が血液を由来とするものであってもよく、組換え技術で作製されたものであっても構わない。好ましくはボルヒール(一般財団法人化学及血清療法研究所製)が例示される。ボルヒールは、フィブリノゲン凍結乾燥粉末、フィブリノゲン溶解液、トロンビン凍結乾燥粉末及びトロンビン溶解液から構成される。
【0044】
4.複合化
脱細胞化組織と生体適合性高分子の複合化としては、脱細胞化組織と生体適合性高分子の化学結合、脱細胞化組織表面への生体適合性高分子の物理吸着、脱細胞化組織への生体適合性高分子の含浸等が挙げられるが、生体適合性高分子の効果が長期間持続できることから、脱細胞化組織への生体適合性高分子の含浸が好ましい。脱細胞化組織表面に生体適合性高分子を物理吸着する場合には、脱細胞化組織表面に生体適合性高分子を付着又は塗布すればよい。また、脱細胞化組織に生体適合性高分子を含浸させるには、生体適合性高分子を含有する溶液に脱細胞化組織を浸漬すればよいが、浸漬の効率を上げるためには、脱細胞化組織を凍結乾燥してから浸漬することが好ましく、浸漬時に加圧又は減圧(国際公開第WO2013/032009号パンフレット)することが更に好ましい。
【0045】
癒着防止材の膜厚があまりに薄い場合には、十分な膜強度が得られない場合があり、また、あまりに厚い場合には凹凸のある患部に貼付しにくく、術後の患部に違和感を与える場合があることから、癒着防止材の膜厚は10〜5,000μmが好ましく、30〜2,000μmが更に好ましく、50〜1,000μmが最も好ましい。
【0046】
本発明の癒着防止材は、特に手術時の癒着を防止するのに好適に用いられる。例えば、気管支、肺、心臓、肝臓、脾臓、膵臓、腎臓、子宮、卵巣等の疾患に対する開胸手術、開腹手術、内視鏡手術;アキレス腱や手の腱、神経などの縫合手術;帝王出産後の縫合等の際に手術によって傷つけられた生体由来組織表面が癒着するのを防止するために用いられる。本発明の癒着防止材は、癒着の可能性のある組織に貼付して使用するが、必要に応じて組織に縫合してもよい。また、組織欠損部へ適用した場合には、適用部と接触する組織に対して癒着防止するとともに、欠損された組織の代替物として機能するため、代用生体膜としても好適に用いられる。
【0047】
脱細胞化組織とフィブリン糊を複合化する場合には、脱細胞化組織へフィブリン糊を塗布する方法、及びフィブリン糊の有効成分の粉末(フィブリノゲン粉末、トロンビン粉末)を散布する方法、脱細胞化組織にフィブリノゲンを含浸させた後、トロンビンを作用させる方法が例示される。塗布する際には、脱細胞化組織の少なくとも一つの面へフィブリン糊を塗布することが例示される。すなわち、脱細胞化組織の片面又は両面へフィブリン糊を塗布することが例示される。塗布面は、適用後に組織との接触や癒着が想定される面であることが好ましい。例えば、心膜の欠損部へ適用する場合には、心外膜への癒着を防止する観点から、心外膜へ接する面へフィブリン糊を塗布すること、胸膜への癒着を防止する観点から胸膜へ接する面へフィブリン糊を塗布すること、又は両方の面へフィブリン糊を塗布することが例示される。塗布時にはフィブリノゲン又はトロンビンのいずれか一方を先に塗布した後にもう片方を塗布してもよく、それらを同時に塗布しても構わない。スプレー器具を用いた噴霧塗布も選択できる。脱細胞化組織へフィブリン糊を塗布する領域は、脱細胞化組織の一部の領域でもかまわず、全体でも構わない。脱細胞化組織の全体にわたって、癒着防止効果を発揮させる場合には、全体に塗布することが好ましい。塗布する場合には、フィブリン糊の成分で脱細胞化組織の表面をコートしても構わず、脱細胞化組織の内部へフィブリン糊の成分を浸透させても構わない。好ましくは表面をコートすると共に内部にも浸透させる。
【0048】
脱細胞化組織へフィブリン糊を適用する際のトロンビン又はフィブリノゲン濃度は、脱細胞化組織の表面でフィブリン糊によるゲルを形成する濃度であれば特に制限されない。例えば、フィブリノゲンの場合には、4mg/mL〜250mg/mLが例示される、また、トロンビンの場合には1U/mL〜1,200U/mLが例示される。
【0049】
適用部位は、細胞組織を有する部位や癒着を起こす可能性のある組織であれば特に限定されない。また、原料となった生体由来組織と同様の組織へ適用してもよいし、異なる部位へ適用してもよい。例えば、心膜、心臓、心外膜、胸膜、腹壁、腹膜、膀胱、羊膜、子宮、硬膜、横隔膜、小腸、大腸、胃、肛門、膵臓、脾臓、肝臓、腎臓、肺、皮膚、食道、靱帯、及び腱が挙げられる。好ましくは、心膜、及び腹壁が例示される。
【0050】
本発明には、脱細胞化組織と生体適合性高分子が個別に製剤化された代用生体膜キット、又は癒着防止材キットが含まれる。当該キットは、術者が使用時に脱細胞化組織と生体適合性高分子を組み合わせ、複合化して患部へ適用する。脱細胞化組織が凍結乾燥されている場合には、脱細胞化組織に溶媒を含浸し、復元させた後に患部へ適用し、生体適合性高分子を塗布しても構わない。そのため、当該キットには復元用の溶媒が含まれていても構わない。また、キットにフィブリン糊が含まれる場合は、フィブリノゲン溶液又はトロンビン溶液で復元しても構わない。当該キットは、フィブリノゲン又はトロンビンのいずれか一方が複合化された脱細胞化組織、及びもう片方の製剤で構成されてもよい。その場合、複合化された脱細胞化組織を患部へ適用後にもう片方の製剤を適用することが例示される。例えば、フィブリノゲンを複合化した脱細胞化組織、及びトロンビン製剤で構成されるキットの場合、当該脱細胞化組織を適用後にトロンビン製剤を適用することができる。
【実施例】
【0051】
以下、実施例により本発明を更に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。尚、特に限定のない限り、実施例中の「部」や「%」は質量基準によるものである。
【0052】
〔脱細胞化組織〕
ブタの皮膚から真皮層を分離し、シート状の真皮(膜厚400μm)を得た。ポリエチレン製チャック付き袋に、この真皮と、高静水圧処理の媒体として生理食塩水を入れ、研究開発用高圧処理装置(神戸製鋼製、商品名:Dr.Chef)を用いて、1000MPaの静水圧を15分間印加した。高静水圧処理した真皮を、核酸分解酵素としてDNaseを20ppm含有する生理食塩水中、4℃で96時間振盪することにより洗浄し、更に、80%エタノール中、4℃で72時間振盪した後、生理食塩水中、4℃で2時間振盪して、シート状の脱細胞化組織(以下、湿潤シートという)を得た。湿潤シートと、湿潤シートを凍結乾燥させたもの(以下、凍結乾燥シートという)を試験に用いた。
【実施例1】
【0053】
凍結乾燥シートを、アルギン酸ナトリウムの2%生理食塩水溶液に、室温で2時間浸漬し、実施例1の癒着防止膜を得た。
【実施例2】
【0054】
凍結乾燥シートを、ポリエチレングリコール4000の40%生理食塩水溶液に、室温で2時間浸漬し、実施例2の癒着防止膜を得た。
【実施例3】
【0055】
凍結乾燥シートを、ゼラチンの10%生理食塩水溶液に、室温で2時間浸漬し、実施例3の癒着防止膜を得た。
【比較例1】
【0056】
湿潤シートを比較例1の癒着防止膜とした。
【比較例2】
【0057】
特開2013−226166号公報の実施例に準拠し、ゼラチン粉末(ニッピ社製、商品名メディゼラチン)の2.7質量%水溶液をガラス板に塗布した後、風乾し、更に140℃の真空オーブン中で10時間加熱処理することにより熱架橋させ、膜厚100μmの比較例2の癒着防止膜を得た。
【比較例3】
【0058】
特開2000−116765号公報の実施例1に準拠し、ヒアルロン酸ナトリウムの1質量%水溶液をガラス板に塗布し、更にその上層に、キトサン1質量%と酢酸0.6質量%を含む水溶液を塗布した後、風乾して、膜厚150μmの比較例の癒着防止膜を得た。
【比較例4】
【0059】
特開2010−284216号公報の実施例1に準拠し、レーヨン不織布をモノクロロ酢酸でカルボキシメチル化し(エーテル化度0.84、重量平均分子量160,000)、ガラス板に塗布してヒアルロン酸ナトリウムの1質量%水溶液をガラス板に塗布し、更にその上層に、キトサン1質量%と酢酸0.6質量%を含む水溶液を塗布した後、風乾してシートを得た。このシートを、4%塩酸メタノール溶液(水分10%含有)に、25℃で6時間浸漬した。この後、50%メタノール水溶液、80%メタノール水溶液、100%メタノールで順次、洗浄し乾燥して、膜厚300μmの比較例4の癒着防止膜を得た。
【0060】
1.縫合性の評価
Wistar ラット(オス、6〜12週齢)を麻酔し、腹部を剃毛してから、ポビドンヨード溶液(商品名イソジン)で皮膚を消毒した。腹側部を滅菌メスにて切開し、縦15mm、横15mmの皮膚ポケットを、左右2箇所作成した。皮膚ポケット下の筋層と腹膜を縦10mm、横10mmの正方形に切除し、露出した臓器表面を滅菌ガーゼで擦過して臓器に損傷を与えた。右腹の除去部位に、癒着防止膜を縫合糸(ジョンソン・エンド・ジョンソン社製、商品名エチコン6-0プロリン)を使用して縫合した。強度が不十分で縫合できなかったものは、癒着防止膜を縫合せずに除去部位にそのまま付着させた。コントロールとして、左腹の除去部位には、癒着防止膜を使用せず、腹膜を縫合した。その後、皮膚の切開層を縫合糸で縫合した。下記の基準にて癒着防止膜の縫合性を評価した。結果を表1に示す。
○:強度があり腹膜に縫合できる
×:強度が不十分であり腹膜に縫合できない
【0061】
2.癒着防止性の評価
施術したラットを7日間飼育後、開腹して施術部位を摘出し、肝臓又は小腸と癒着防止膜又は腹膜との癒着について下記の基準にて癒着防止性を評価した。結果を表1に示す。
5:癒着が全くみられず、癒着防止性が極めて良好
4:細くて容易に剥離できる程度の癒着がしかみられず、癒着防止性が良好
3:狭い範囲に軽く牽引を要する癒着が1箇所みられ、癒着防止性がやや不良
2:やや牽引を要する癒着が1箇所、又は軽く牽引を要する癒着が2〜3箇所みられ癒着防止性が不良
1:やや牽引を要する癒着が2箇所以上、又は軽く牽引を要する癒着が4箇所以上みられ癒着防止性が極めて不良
0:強い癒着がみられ、癒着防止性がみられない
【0062】
【表1】
【0063】
表1の結果から、本発明の癒着防止膜は縫合が可能な程度の強度と、優れた癒着防止性を有していることがわかる。
【実施例4】
【0064】
1.脱細胞化心膜の調製
脱細胞化ブタ心膜は、高静水圧法、又は界面活性剤処理法を用いて作製した。高静水圧法はブタ心膜を生理食塩水とともに、ポリエチレンバッグに入れ密封した。Dr.Chef(神戸製鋼社製)を用いて3000〜10,000atmの高静水圧処理行った。界面活性剤処理法は0.05%SDS(Sodium Dodecyl Sulfate、和光純薬工業製、イオン性界面活性剤)、0.5%SDS、0.5%CHAPS(3-[(3-Cholamidopropyl)dimethylammonio]-1-propanesulfonate、同仁化学製、両性界面活性剤)、又は1%Triton X−100(Sigma製、非イオン性界面活性剤)を使用して処理した。高静水圧、又は界面活性剤処理したブタ心膜は、核酸分解酵素含有洗浄液、及びアルコール含有洗浄液により洗浄した。但し、0.5%SDSで処理したブタ心膜は、核酸分解酵素含有洗浄液での処理を行わなかった。洗浄終了後、脱細胞化ブタ心膜を、15mm×15mmのサイズに切り取った。切り取った心膜を、真空乾燥装置(アイラ)を用いて、24時間以上減圧凍結乾燥した。
【0065】
2.ラット心臓癒着モデル実験
Wistarラット(雄、10−12週齢)を、0.1mlソムノペンチル筋肉注射を用いて麻酔処理した。側胸部を剃毛し、イソジンで消毒した。麻酔下のラット気管に挿管し、ベンチレーターに接続した。ラットを横臥位にし、側胸部を切開し、筋層、及び心膜を除去した。心臓表面を不織布で擦過し、炎症反応を誘発した。各癒着防止材を用いて心臓を覆い、ラットの切開部を縫合し、自発呼吸が安定してから抜管を行った。
【0066】
3.群構成及び観察
乾燥脱細胞化ブタ心膜の両面にフィブリン糊を塗布して癒着防止材を作製した。フィブリン糊は、塗布器具を用いて80mg/mLフィブリノゲン溶液と250U/mLトロンビン溶液を混合して作製した。フィブリノゲン溶液は、ボルヒール(登録商標、一般財団法人化学及血清療法研究所製)のフィブリノゲン凍結乾燥粉末とフィブリノゲン溶解液を用いて調製した。トロンビン溶液は、ボルヒールのトロンビン凍結乾燥粉末とトロンビン溶解液を用いて調製した。
【0067】
コントロール群として、(1)癒着防止材非適用群を検討した。また、(2)心臓擦過部へボルヒールを塗布した群、及び(3)乾燥脱細胞化ブタ心膜を生理食塩水に浸漬した群を使用した。観察期間は、1週間と4週間の2グループ実施した。ラットを安楽死させ、胸部を切開し癒着を所見評価した。また、(4)癒着防止材と心臓をHE染色により組織学的に評価した。
【0068】
4.結果
癒着防止材非適用群では、心臓と胸壁に強固な癒着が認められた。ボルヒール塗布群と脱細胞化ブタ心膜生理食塩水浸漬群は、コントロールと同等の癒着が認められた。癒着防止材群は、心臓周辺に癒着はほとんど認められず、軽微な癒着が数例観察されたのみだった。7日目のHE染色(図1)から、癒着防止材群は、ほとんど炎症反応が認められず、かつ脱細胞化組織内への細胞浸潤が認められた。これにより優れた癒着防止性を有するとともに、生体適合性の高い代用生体膜として有用であることがわかった。
(1)癒着防止材非適用群:強固な癒着を認めた(n=5)
(2)ボルヒール塗布群:強固な癒着を認めた(n=5)
(3)脱細胞化ブタ心膜生理食塩水浸漬群:強固な癒着を認めた(n=5)
(4)癒着防止材群(高静水圧処理):癒着をほとんど認めなかった(n=5)
(5)癒着防止材群(0.05%SDS界面活性剤処理):癒着をほとんど認めなかった(n=4)
(6)癒着防止材群(0.5%SDS界面活性剤処理):癒着をほとんど認めなかった(n=5)
(7)癒着防止材群(0.5%CHAPS界面活性剤処理):癒着をほとんど認めなかった(n=5)
(8)癒着防止材群(1%Triton X−100界面活性剤処理):癒着をほとんど認めなかった(n=5)
【実施例5】
【0069】
脱細胞化組織は、高静水圧法を用いて作製した。ブタ心膜、ウシ心膜、ブタ横隔膜、ブタ腹膜、ブタ膀胱、又はブタ真皮を生理食塩水とともに、ポリエチレンバッグに入れ密封した。Dr.Chef(神戸製鋼社製)を用いて3,000〜10,000atmの高静水圧処理行った。高静水圧処理したブタ心膜、ウシ心膜、ブタ横隔膜、ブタ腹膜、ブタ膀胱、又はブタ真皮は、核酸分解酵素含有洗浄液、アルコール含有洗浄液により洗浄した。
【0070】
脱細胞化組織、およびフィブリン糊を含む癒着防止材は、以下のように作製した。3.0cm×2.5cmに脱細胞化心膜、脱細胞化横隔膜、脱細胞化腹膜、脱細胞化膀胱、脱細胞化真皮を切り、脱細胞化組織とした。脱細胞化組織の両面にフィブリン糊を塗布して癒着防止材を作製した。フィブリン糊は、塗布器具を用いて80mg/mLフィブリノゲン溶液と250U/mLトロンビン溶液を混合して作製した。フィブリノゲン溶液は、ボルヒールのフィブリノゲン凍結乾燥粉末とフィブリノゲン溶解液を用いて調製した。トロンビン溶液は、ボルヒールのトロンビン凍結乾燥粉末とトロンビン溶解液を用いて調製した。既存の癒着防止材は、国内で臨床的使用が認可されているセプラフィルム(登録商標、サノフィ製)を使用した。
【0071】
心臓組織癒着モデルは、5〜6箇月齢の日本白色種雄性ウサギを用いて作製した。キシラジンとケタミン塩酸塩麻酔下で気管に気管チューブを挿管して人工呼吸器に接続した。第2〜5肋骨切痕を目安に、胸骨を5cm切開した。開胸部直下の心膜2.0cm×1.5cmを切除した。心外膜に金属やすりを10分間接触させた。開胸創の胸骨、肋骨、筋肉、皮膚を縫合して閉胸した。1箇月間の通常飼育後、開胸して心外膜擦過部と胸壁間の癒着状態を評価した。心外膜擦過部と胸壁間を剥離する際の程度により、以下の尺度でスコア化して癒着を評価した。
癒着グレード0:癒着なし
癒着グレード1:癒着を容易に剥離可能
癒着グレード2:癒着を鈍的に剥離可能
癒着グレード3:癒着を鋭的に剥離する必要がある
【0072】
実施例5では、以下の試験群を評価した。(1)コントロール群、(2)フィブリン糊群、(3)脱細胞化組織(ブタ心膜)群、(4)癒着防止材(ブタ心膜)群、(5)癒着防止材(ウシ心膜)群、(6)癒着防止材(ブタ横隔膜)群、(7)癒着防止材(ブタ腹膜)群、(8)癒着防止材(ブタ膀胱)群、(9)癒着防止材(ブタ真皮)群、(10)セプラフィルム群。(1)は癒着防止材非適用群である。(2)の適用方法は、塗布器具を用いて心膜欠損部の心外膜に80mg/mLフィブリノゲン溶液と250U/mLトロンビン溶液を1:1の割合で混合して塗布した。(3)〜(9)の適用方法は、心膜欠損部において隣接する自己心膜と試験群を縫合固定した。(10)の適用方法は、心膜欠損部の心外膜に貼付した。以下に癒着スコアを評価した結果を示した。
【0073】
(1)コントロール群:癒着グレード3、3、3、3(n=4)
(2)フィブリン糊群:癒着グレード3、3、2(n=3)
(3)脱細胞化組織(ブタ心膜)群:癒着グレード3、3、1、0(n=4)
(4)癒着防止材(ブタ心膜)群:癒着グレード0、0、0、0(n=4)
(5)癒着防止材(ウシ心膜)群:癒着グレード0、0、0、0、0(n=5)
(6)癒着防止材(ブタ横隔膜)群:癒着グレード2、0、0、0、0(n=5)
(7)癒着防止材(ブタ腹膜)群:癒着グレード0、0、0、0、0(n=5)
(8)癒着防止材(ブタ膀胱)群:癒着グレード0、0、0、0、0(n=5)
(9)癒着防止材(ブタ真皮)群:癒着グレード0、0、0、0、0(n=5)
(10)セプラフィルム群:癒着グレード3、3、2(n=3)
【0074】
上記結果から明らかなように、脱細胞化組織とフィブリン糊を複合化することで非常に優れた癒着防止効果を確認した。本発明の癒着防止材(ブタ心膜、ウシ心膜、ブタ腹膜、ブタ膀胱、ブタ真皮)は、Mann−WhitneのU検定によりコントロール群、フィブリン糊群、脱細胞化組織群、セプラフィルム群の全てと比較して有意差を認めた(*:p<0.05)。また、本発明の癒着防止材(ブタ横隔膜)は、Mann−WhitneyのU検定によりコントロール群、フィブリン糊群、セプラフィルム群の全てと比較して有意差を認めた(*:p<0.05)。この結果は、脱細胞化組織とフィブリン糊の組合せが、代用心膜として機能したことを示すものであり、本発明の代用生体膜としての効果についても実証された。
【実施例6】
【0075】
脱細胞化組織は、高静水圧法を用いて作製した。ブタ心膜を生理食塩水とともに、ポリエチレンバッグに入れ密封した。Dr.Chef(神戸製鋼社製)を用いて3,000〜10,000atmの高静水圧処理を行った。高静水圧処理したブタ心膜は、核酸分解酵素含有洗浄液、アルコール含有洗浄液により洗浄した。
【0076】
脱細胞化組織、およびフィブリン糊を含む癒着防止材は、以下のように作製した。2.0cm×2.0cmに脱細胞化心膜を切り、脱細胞化組織とした。脱細胞化組織の両面にフィブリン糊を塗布して癒着防止材を作製した。フィブリン糊は、塗布器具を用いて80mg/mLフィブリノゲン溶液と250U/mLトロンビン溶液を混合して作製した。フィブリノゲン溶液は、ボルヒールのフィブリノゲン凍結乾燥粉末とフィブリノゲン溶解液を用いて調製した。トロンビン溶液は、ボルヒールのトロンビン凍結乾燥粉末とトロンビン溶解液を用いて調製した。
【0077】
腹腔内組織癒着動物モデルは、8〜9週齢SD系雄性ラットを用いて作製した。塩酸メデトミジンと塩酸ケタミン麻酔下で剣状突起から下方約2.5cmの部分から正中線に沿って下部へ約3cm切開して開腹した。盲腸を露出させて、ガーゼで表面の直径1.5cmの円内部を50回擦過し、メス刃で擦過部をさらに50回擦過して点状出血させた。次に電気メスで盲腸の擦過部に接する腹壁の表面の直径1.5cmの円内部を焼灼した。盲腸の擦過部と腹壁の焼灼部が接するように、7‐0ナイロン縫合糸で4箇所を固定した。開腹創の腹壁と皮膚を縫合して閉腹した。30日間の通常飼育後、開腹して盲腸擦過部と腹壁焼灼部間の癒着状態を評価した。盲腸擦過部と腹壁焼灼部間を剥離する際の程度、出血量、癒着のエリア、および癒着のタイプにより、表の尺度でスコア化して癒着を評価した。癒着スコアは評価項目A〜Dのスコアのトータルとした。
【0078】
【表2】
【0079】
実施例6では、以下の処置群を評価した。(1)コントロール群、(2)癒着防止材群。(2)の癒着防止材は、盲腸擦過部と腹壁焼灼部の間に固定した。癒着スコアを評価した結果を表3に示した。表内の癒着スコアは、表のA〜Dのスコアを足し合わせたものを示した。
【0080】
【表3】
【0081】
表3から明らかなように、脱細胞化組織とフィブリン糊を複合化することで腹部においても非常に優れた癒着防止効果を確認した。本発明の癒着防止材は、Mann−WhitneyのU検定によりコントロール群と比較して有意差を認めた(*:p<0.01)。
【実施例7】
【0082】
1.脱細胞化組織の調製
脱細胞化組織は、高静水圧法を用いて作製した。ウシの心膜を生理食塩水とともに、ポリエチレンバッグに入れ密封した。Dr.Chef(神戸製鋼社製)を用いて3,000〜10,000atmの高静水圧処理行った。高静水圧処理したウシ心膜は、核酸分解酵素含有洗浄液、アルコール含有洗浄液により洗浄し、ウシ心膜由来の脱細胞化組織を得た。脱細胞化組織の膜厚は400μmであった。
【0083】
2.癒着防止材の作製(脱細胞化組織とフィブリン糊の複合化)
1.で得られた脱細胞化組織を凍結乾燥後、両面にフィブリン糊を塗布して癒着防止材を作製した。フィブリン糊は、塗布器具を用いて80mg/mLフィブリノゲン溶液と250U/mLトロンビン溶液を混合して作製した。フィブリノゲン溶液は、ボルヒールのフィブリノゲン凍結乾燥粉末とフィブリノゲン溶解液を用いて調製した。トロンビン溶液は、ボルヒールのトロンビン凍結乾燥粉末とトロンビン溶解液を用いて調製した。
【0084】
3.ウサギ腹膜癒着モデル実験
腹膜癒着モデル実験は、15〜20箇月齢の日本白色種雄性ウサギを用いて以下のように行った。まず、麻酔処置後、腹部体毛を除去し、腹部皮膚表面を消毒した。消毒した皮膚をメスを用いて切開し、皮膚と腹壁を剥離した。腹壁を1.5cm x 2cm除去し、盲腸の位置を確認した。盲腸表面を電気メスにより焼灼し、盲腸焼灼部を体表側にし、盲腸を腹壁欠損部に縫合固定した。腹壁欠損部に、癒着防止材2cm x 2.5cmを縫合した。筋層、皮膚を閉創し、覚醒処置を行い、歩行確認後にウサギを飼育ケージに戻し、所定期間飼育した。
【0085】
1週間の通常飼育の試験期間後、開腹して癒着防止材と盲腸間の癒着状態を評価した。癒着防止材と盲腸を剥離する際の程度により、以下の尺度でスコア化して癒着を評価した。評価結果を表4に示す。
<癒着防止性評価基準>
癒着グレード0:癒着なし
癒着グレード1:癒着を容易に剥離可能
癒着グレード2:癒着を鈍的に剥離可能
癒着グレード3:癒着を鋭的に剥離する必要がある
【実施例8】
【0086】
通常飼育の試験期間を1週間から4週間に変更した以外は、実施例7と同様にして行った。評価結果を表4に示す。
【実施例9】
【0087】
脱細胞化組織を、ウシの心膜を脱細胞化した組織から、ブタの小腸粘膜下組織を脱細胞化した組織に変更したことと、その脱細胞化組織の膜厚が100μmであること以外は、実施例7と同様に行った。評価結果を表4に示す。
【実施例10】
【0088】
通常飼育の試験期間を1週間から4週間に変更した以外は、実施例9と同様にして行った。評価結果を表4に示す。
【比較例5】
【0089】
実施例7の脱細胞化組織の調製で得られた、脱細胞化組織を、フィブリン糊との複合化は行わずに、そのまま用いてウサギ腹膜癒着モデル実験を行った。通常飼育の試験期間は1週間とした。結果を表4に示す。
【比較例6】
【0090】
実施例7の脱細胞化組織の調製で得られた、脱細胞化組織を、フィブリン糊との複合化は行わずに、そのまま用いてウサギ腹膜癒着モデル実験を行った。通常飼育の試験期間は4週間とした。結果を表4に示す。
【0091】
【表4】
表4の結果から、本発明の癒着防止材は、優れた癒着防止性を有していることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明は癒着防止材、特に組織再生を伴う代用生体膜として利用可能である。
図1