特許第6793380号(P6793380)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6793380スクロース摂取による血糖値上昇を抑制する物質の評価方法、スクリーニング方法及び製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6793380
(24)【登録日】2020年11月12日
(45)【発行日】2020年12月2日
(54)【発明の名称】スクロース摂取による血糖値上昇を抑制する物質の評価方法、スクリーニング方法及び製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20201119BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20201119BHJP
   G01N 33/66 20060101ALI20201119BHJP
   A61K 35/744 20150101ALI20201119BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20201119BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20201119BHJP
【FI】
   G01N33/50 Z
   G01N33/15 Z
   G01N33/66 Z
   A61K35/744
   A61P3/10
   A61P43/00 111
【請求項の数】4
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2017-544476(P2017-544476)
(86)(22)【出願日】2016年10月3日
(86)【国際出願番号】JP2016079218
(87)【国際公開番号】WO2017061353
(87)【国際公開日】20170413
【審査請求日】2019年9月24日
(31)【優先権主張番号】特願2015-199959(P2015-199959)
(32)【優先日】2015年10月8日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-159554(P2016-159554)
(32)【優先日】2016年8月16日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501481492
【氏名又は名称】株式会社ゲノム創薬研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002136
【氏名又は名称】特許業務法人たかはし国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】関水 和久
(72)【発明者】
【氏名】松本 靖彦
【審査官】 大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2008/093670(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/058975(WO,A1)
【文献】 国際公開第2005/041995(WO,A1)
【文献】 特開2009−058500(JP,A)
【文献】 PANWAR Harsh et al.,Eur J Nutr,2014年,Vol.53, No.7,p.1465-1474
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/15
G01N 33/48 − 33/98
A61K 35/744
A61P 3/10
A61P 43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験物質が、α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質であるか否かを評価する方法であって、少なくとも以下の工程(a)、工程(b)及び工程(c)、
(a)カイコにスクロースを摂取させる工程、
(b)上記工程(a)と同時又は上記工程(a)前後に、上記被験物質を投与する工程、
(c)上記被験物質を投与したカイコの体液中又は腸管細胞中の糖の濃度を測定する工程、
を有することを特徴とする方法。
【請求項2】
被験物質の中から、α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質をスクリーニングする方法であって、少なくとも以下の工程(a)、工程(b)、工程(c)及び工程(d)、
(a)カイコにスクロースを摂取させる工程、
(b)上記工程(a)と同時又は上記工程(a)前後に、上記被験物質を投与する工程、
(c)上記被験物質を投与したカイコの体液中又は腸管細胞中の糖の濃度を測定する工程、
(d)上記被験物質の中から、カイコの体液中又は腸管細胞中の糖の濃度を低下させる物質を選択する工程、
を有することを特徴とする方法。
【請求項3】
上記被験物質が乳酸菌又はその産生物である請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質の製造方法であって、
請求項2又は3に記載の方法を用いることを特徴とする製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スクロース摂取による血糖値上昇を抑制する物質であるか否かを評価する方法、該物質のスクリーニング方法及び該物質の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
過度な糖の摂取による血糖値の上昇は、糖尿病等の病気の発症や悪化を導く。実際に、全世界的に生活習慣病としてのII型糖尿病患者が増加しており、社会的な問題となっている。従って、糖の過剰摂取を抑制することは、健康的に生活する上で重要である。
【0003】
スクロースは、食品中に含まれている主要な糖であり、様々な食品に添加される代表的な甘味料である。スクロースは、少なくともヒトにおいては、腸管内でα−グリコシダーゼによりグルコースとフルクトースに分解され、それらが腸管から吸収され、血糖値の上昇を導く。
α−グリコシダーゼの阻害剤であるアカルボースやボグリボースは、ヒトにおいて、食後血糖値の上昇を阻害する効果があり、ヒトの糖尿病治療薬として利用されている。
【0004】
スクロース摂食後の血糖値は、腸管内における分解及び腸管からの吸収、各種臓器への分布と代謝、体外への排泄の各段階において、全身の様々な臓器の働きにより調節されている。そのため、スクロースの摂食による血糖値の上昇を抑制する活性物質を評価するためには、個体を用いた実験が必要である。
しかし、かかる体内動態を考慮した上で、上記活性を示す物質を探索する方法は確立されていない。
従来、血糖降下作用を示す物質の評価には、マウスやラット等の哺乳動物が用いられてきたが、多数の哺乳動物を実験に供することに対しては、コストばかりでなく動物愛護の観点からの問題が指摘されており、そのため、動物個体を用いた簡便な方法は確立されていない。
【0005】
これまでに本発明者らは、高グルコース餌を短時間与えて高血糖となったカイコを用いて、糖尿病治療薬であるヒトインスリンの血糖降下作用が評価できることを報告している(特許文献1、2、非特許文献1)。
しかし、これまでに報告した系においては、カイコにグルコースを加えた餌を与えて実験しており、食品中に一般的に存在するスクロースによってカイコの体液中のグルコース濃度が上昇するか否かの検討はなされていなかった。
【0006】
近年、血糖値上昇抑制剤への要求は、ますます高くなってきており、従来の評価方法やスクリーニング方法、及びそれらを使用した血糖値上昇抑制剤の製造方法では充分ではなく、更なる改善が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−058500号公報
【特許文献2】国際公開第2010/004916号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Matsumoto Y,Sumiya E,Sugita T,Sekimizu K.An Invertebrate Hyperglycemic Model for the Identification of Anti-Diabetic Drugs. PLoS ONE, 6(3), 2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記背景技術に鑑みてなされたものであり、その課題は、被験物質がα−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することで、スクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質であるか否かを評価する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、カイコにスクロースを加えた餌を与えると、体液中のグルコース濃度が上昇することを見出した。更に、カイコの餌に、α−グリコシダーゼ阻害剤として知られているアカルボースやボグリボースを添加すると、スクロースを加えた餌の摂食による体液中のグルコース濃度上昇が抑制されることを初めて見出した。すなわち、カイコを用いて、α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質について評価できることを初めて見出した。
【0011】
また、本発明者らは、上記評価手段を用いて18種類の乳酸菌について評価を行った結果、5種類の乳酸菌がα−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制することを新たに見出した。
【0012】
更に、本発明者らは、上記評価方法を用いて、スクロースの摂食による高血糖を抑制する乳酸菌を同定した。該乳酸菌株を用いて製造したヨーグルトは、ヒトのスクロース負荷試験において、血糖値の上昇を抑制する効果を示した。また、上記評価方法を用いて評価した結果、該乳酸菌は食後高血糖を抑制し、糖尿病の発症を低減させる効果を示すことを見出したこと等に基づき、本発明をするに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、被験物質が、α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質であるか否かを評価する方法であって、少なくとも以下の工程(a)、工程(b)及び工程(c)、
(a)被験動物にスクロースを摂取させる工程、
(b)上記工程(a)と同時又は上記工程(a)前後に、上記被験物質を投与する工程、
(c)上記被験物質を投与した被験動物の体液中の糖の濃度を測定する工程、
を有することを特徴とする方法を提供するものである。
【0014】
また、本発明は、被験物質の中から、α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質をスクリーニングする方法であって、少なくとも以下の工程(a)、工程(b)、工程(c)及び工程(d)、
(a)被験動物にスクロースを摂取させる工程、
(b)上記工程(a)と同時又は上記工程(a)前後に、上記被験物質を投与する工程、
(c)上記被験物質を投与した被験動物の体液中の糖の濃度を測定する工程、
(d)上記被験物質の中から、被験動物の体液中の糖の濃度を低下させる物質を選択する工程、
を有することを特徴とする方法を提供するものである。
【0015】
また、本発明は、α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質の製造方法であって、上記の方法を用いることを特徴とする製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、前記問題点や前記課題を解決し、被験動物にスクロース及び被験物質を摂取させ、該被験動物の体液中の糖の濃度を測定するという簡便かつ容易な手段により、「α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質」であるか否かの評価、該物質のスクリーニング等が、容易に、安価に、効率的に、正確・適切にできる。
α−グリコシダーゼに対して阻害効果を有する物質は、スクロースの過剰な摂食による食後血糖の上昇を抑制すると期待されるところ、本発明によって、被験動物を用いた、(動物腸管内の)α−グリコシダーゼ活性を阻害することにより、ヒトの血糖値の上昇を抑える効果を示す「薬剤や乳酸菌」の、評価、スクリーニング、製造をすることができる。
【0017】
本発明の評価方法、スクリーニング方法等を用いて、実際に、今まで「ヒトの血糖値上昇を抑制する物質」として知られていなかった物質を新たに見出した。例えば、「乳酸菌#L1−1株等の幾つかの乳酸菌」を新たに見出した。
また、本発明の評価方法等を用いて、血糖調節に関わるプロバイオティクス研究を行うことができる。
【0018】
また、本実施例で得られたEnterococcus faecalis #Ef-1 (Enterococcus faecalis 0831-07)株は、ヒトのスクロースの摂食による食後高血糖を抑制し、スクロース(ショ糖)摂取による血糖値の上昇を抑制する機能性乳酸菌であることが分かった。従って、本発明の評価方法、スクリーニング方法等によって得られた物質は、血糖低下作用を有する食品として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】スクロースの摂取によるカイコの体液中の総糖量(A)及びグルコース濃度(B)を測定した結果を示すグラフである。
図2】試験管内でのα−グリコシダーゼ活性の測定結果を示すグラフである。(A)カイコの腸管の細胞破砕画分におけるα−グリコシダーゼ活性の用量依存性を測定した結果を示すグラフである。(B)カイコの、腸管の細胞破砕画分(Intestine)、腸内容物(Lumen)、体液(Hemolymph)のα−グリコシダーゼ活性を測定した結果を示すグラフである。(C)アカルボースによる、カイコ腸管のα−グリコシダーゼ活性阻害効果を示すグラフである。(D)ボグリボースによる、カイコ腸管のα−グリコシダーゼ活性阻害効果を示すグラフである。
図3】アカルボース又はボグリボースの添加による、スクロース含有餌を与えたカイコの体液中の総糖量及びグルコース濃度を測定した結果を示すグラフである。(A)アカルボースを添加したときの総糖量、(B)アカルボースを添加したときのグルコース濃度、(C)ボグリボースを添加したときの総糖量、(D)ボグリボースを添加したときのグルコース濃度
図4】アカルボース(A)又はボグリボース(B)の添加(の有無)による、スクロース又はグルコース含有餌の給餌によるカイコの体液中のグルコース濃度を測定した結果を示すグラフである。
図5】各乳酸菌の添加による、スクロース含有餌の給餌によるカイコの体液中のグルコース濃度を測定した結果を示すグラフである。
図6】(A)スクロース含有餌の給餌によるカイコの体液中のグルコース濃度と乳酸菌#L1−1株との用量依存性を測定した結果を示すグラフである。(B)乳酸菌#L1−1株の添加(の有無)による、スクロース又はグルコース含有餌の給餌によるカイコの体液中のグルコース濃度を測定した結果を示すグラフである。
図7】乳酸菌の添加による、スクロース含有餌の給餌によるカイコの体液中のグルコース濃度の上昇の阻害効果を示すグラフである。
図8】乳酸菌(#Ef−1株)の添加による、スクロース含有餌の給餌によるカイコの体液中のグルコース濃度の上昇の阻害効果を示すグラフである。
図9】乳酸菌(#Ef−1株)の添加による、スクロース又はグルコース含有餌の給餌によるカイコの体液中のグルコース濃度の上昇の阻害効果を示すグラフである。
図10】乳酸菌(#Ef−1株)の熱処理菌体の添加による、スクロース含有餌の給餌によるカイコの体液中のグルコース濃度の上昇の阻害効果を示すグラフである。
図11】乳酸菌(#Ef−1株)で作製したヨーグルトの摂食によるスクロース負荷試験における、ヒトのグルコース濃度の上昇の阻害効果を示すグラフである。
図12】乳酸菌(#Ef−1株)の死菌添加による、スクロース含有餌(a)又はグルコース含有餌(b)の給餌によるカイコの体液中のグルコース濃度の上昇の阻害効果を示すグラフである。
図13】(a)in vitroでのカイコ腸管における糖移行評価系の実験スキームを示す図である。(b)アカルボースによる、摘出腸管内から腸管外へのスクロース輸送の阻害効果を示すグラフである。
図14】乳酸菌(#Ef−1株)の添加による、摘出腸管内から腸管外へのスクロース輸送の阻害効果を示すグラフである。(a)乳酸菌(#Ef−1株)添加による、カイコの腸管外液中のグルコース濃度上昇の阻害効果を示すグラフである。(b)乳酸菌(#Ef−1株)添加量による、カイコの腸管外液中のグルコース濃度上昇の阻害効果を示すグラフである。(c)乳酸菌(#Ef−1株)の熱処理菌体の添加による、カイコの腸管外液中のグルコース濃度上昇の阻害効果を示すグラフである。(d)乳酸菌(#Ef−1株)の熱処理菌体の添加量による、カイコの腸管外液中のグルコース濃度上昇の阻害効果を示すグラフである。
図15】乳酸菌(#Ef−1株)の生菌添加による、グルコース輸送の阻害効果を示すグラフである。(a)乳酸菌(#Ef−1株)の生菌添加による、カイコの腸管外液中のグルコース濃度上昇の阻害効果を示すグラフである。(b)乳酸菌(#Ef−1株)の熱処理菌体の添加による、カイコの腸管外液中のグルコース濃度上昇の阻害効果を示すグラフである。
図16】(a)乳酸菌(#Ef−1株)の添加による、カイコ腸管のα−グリコシダーゼ活性阻害効果を示すグラフである。(b)乳酸菌(#Ef−1株)の添加による、ラット腸管のα−グリコシダーゼ活性阻害効果を示すグラフである。
図17】乳酸菌(#Ef−1株)による食後高血糖抑制効果を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明について説明するが、本発明は、以下の具体的態様に限定されるものではなく、技術的思想の範囲内で任意に変形することができる。
【0021】
[スクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質であるか否かを評価する方法]
本発明の評価方法は、被験物質が、α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質であるか否かを評価する方法であって、少なくとも以下の工程(a)、工程(b)及び工程(c)、
(a)被験動物にスクロースを摂取させる工程、
(b)上記工程(a)と同時又は上記工程(a)前後に、上記被験物質を投与する工程、
(c)上記被験物質を投与した被験動物の体液中の糖の濃度を測定する工程、
を有することを特徴とする方法である。
【0022】
本発明において、「α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質」とは、「ヒトにおいて、α−グリコシダーゼ活性を阻害することにより、スクロースがグルコースとフルクトースに分解することを阻害し、スクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質」を指す。
本発明の方法は、被験物質がα−グリコシダーゼ阻害活性を有するか否かを評価することができる。
【0023】
上記評価方法は、必要に応じて更にその他の工程を含んでいてもよい。以下、工程(a)、(b)、(c)について順に説明する。
【0024】
<工程(a)>
工程(a)は被験動物にスクロースを摂取させる工程である。
スクロース(ショ糖)は、二糖の1つであり、酵素等によりグルコース(ブドウ糖)とフルクトース(果糖)に加水分解される。
【0025】
被験動物として例えば、マウス、ラット等の哺乳動物;カイコ、ハエ等の昆虫;等が挙げられる。以下の点で、被験動物としてカイコを用いることが好ましい。
(1)カイコ自体の入手が容易である。
(2)カイコを飼育する方法が既に確立されており、更に飼育に利便性がある。
(3)ヒト等の哺乳動物の内臓・器官と類似する性質が、これまでの研究で、ある程度分かっている。
(4)遺伝系統が確立されており、遺伝的均一性の維持ができている。
(5)比較的大型で、動きが緩慢であり、実質上無毛なので、定量的に注射できる等、薬物の投与が容易である。
(6)脂肪体や体液(血液)を有しており、それらを取り出して、含有する物質の定量が可能である。
(7)マウス、ラット等に比べると安価で、狭いスペースで多数個の個体を飼育でき、倫理的な問題も少ないため、スクリーニング的な評価を行うことが容易である。
(8)被験物質が少量しかない場合でも評価を行うことができる。
(9)齢を揃える等、同じ状態の個体を揃えることが容易である。
(10)体液を採取して、糖、脂質、酵素等の成分を解析することが可能である。
【0026】
医薬品の治療効果や食品の有効性の評価をするためには、動物個体を用いた評価が必要であるが、カイコは、大きな飼育スペースを必要とせず、多数の個体を低いコストで飼育可能であり、「ヒトの血糖値上昇を抑制する物質であるか否かを評価する方法又は該物質をスクリーニングする方法」においても、in vivo評価モデルとして好ましい。
【0027】
また、動物愛護の観点から、哺乳動物を用いた実験は、国際原則である3R、すなわちReplacement(代替法の開発)、Reduction(動物数の削減)、Refinement(動物の苦痛の削減)に従って実験を行わなければならない(Russell et al., 1959)。カイコを被験動物として利用することは、3Rの中の代替法の開発の考えと合致する。
すなわち、カイコを用いた評価方法、スクリーニング方法、製造方法等を、食品や医薬品開発における前臨床試験の前の探索段階で使用すれば、犠牲にしなければならない哺乳動物の数を減少させ、コストや動物愛護の観点からの問題を解決できる。
【0028】
上記カイコは、スクロースの摂取させやすさ、被験物質の投与のしやすさ、血液(体液)や脂肪体の採取のしやすさ等の観点から、大型のカイコであることが好ましい。ここで「大型のカイコ」とは、体長が1cm以上であるカイコであり、好ましくは、1.5cm以上15cm以下であり、特に好ましくは、2cm以上5cm以下である。また、4齢〜5齢のカイコが好ましく、5齢の幼虫が特に好ましい。
【0029】
スクロースの摂取方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。具体的には、例えば、体液中への注射;飼料(餌)への添加等による経口摂取;腸内への注入;等が挙げられ、簡便である点、ヒトの臨床との対応という点等で、腸管内部への注射、又は、飼料(餌)への添加等による経口摂取が好ましい。
【0030】
摂取量としては、特に制限はなく、給餌させる餌、摂取方法等に応じて適宜選択することができる。本発明においてスクロースを飼料(餌)に添加して与える場合のスクロースの含有割合は、飼料(餌)とスクロースの合計量に対して、スクロースを2質量%〜30質量%が好ましく、5質量%〜25質量%がより好ましく、8質量%〜12質量%が特に好ましい。
含有割合や摂取量が少な過ぎる場合は、被験物質の効果を明確に確認できない場合があり、一方、多過ぎる場合は、スクロースによる血糖値上昇以外の障害を被験動物に与える場合がある。
スクロースの摂取量は、下記摂取時間の1回の摂取当たり、1頭につき、0.002g〜0.2gが好ましく、0.004g〜0.15gがより好ましく、0.01g〜0.1gが特に好ましい。
【0031】
また、摂取期間は、被験物質の評価ができれば特に制限はないが、1分間〜3日間が好ましく、5分間〜1日間がより好ましく、10分間〜2時間が特に好ましい。1回の給餌に全量含有させて摂取させることが利便性のために特に好ましい。
摂取期間が短過ぎる場合は、十分な量を摂取させることができず、被験物質の効果を明確に確認できない場合がある。
【0032】
カイコを被験動物とするときは、飼料(餌)としては、人工飼料(例えば、シルクメイト2S(日本農産工業株式会社製)等)等が好ましい。カイコの餌である桑の葉には数種類のα−グリコシダーゼ阻害化合物が含まれていることが報告されており(Konno K et al., Proc. Natl. Acad. Soc. USA, 2006)、桑の葉を餌として用いると、桑の葉に含まれるα−グリコシダーゼ阻害化合物の効果が、被験物質の効果に影響を与えることが考えられる。
特にカイコを被験動物とするときは、人工飼料に含まれている糖とスクロースの合計量に対して、スクロースを5質量%〜25質量%の割合で混合して含有させることが好ましく、8質量%〜20質量%の割合で含有させることが特に好ましい。
【0033】
<工程(b)>
工程(b)は上記工程(a)と同時又は上記工程(a)前後に、被験動物に上記被験物質を投与する工程である。
【0034】
工程(b)は工程(a)と同時に行ってもよく、又は工程(a)の前後に行ってもよい。
工程(a)と同時に行う場合は、例えば、スクロース、被験物質及び餌を混合させたものを被験動物に投与する。
工程(a)の後に行う場合は、例えば、「スクロースを摂取させ終えた直後」から「スクロースを摂取させ終えてから24時間経過後」の間に被験物質を投与させることが好ましく、「スクロースを摂取させ終えた直後」から「スクロースを摂取させ終えてから6時間経過後」までの間がより好ましく、「スクロースを摂取させ終えた直後」が特に好ましい。
工程(a)の前に行う場合は、例えば、「被験物質を投与させ終えた直後」から「被験物質を投与させ終えてから6時間経過後」の間にスクロースを摂取させることが好ましく、「被験物質を投与させ終えた直後」から「被験物質を投与させ終えてから6時間経過後」までの間がより好ましく、「被験物質を投与させ終えた直後」が特に好ましい。
【0035】
被験物質には特に制限はなく、動植物;細菌、酵母等の微生物若しくはそれらの産生物;天然物、天然物の誘導体等の天然物由来の化合物;合成物;等から選択される。
より好ましくは、微生物若しくはそれらの産生物、又は、天然物由来の化合物であり、特に好ましくは、グラム陽性細菌又はその産生物であり、更に好ましくは、乳酸菌又はその産生物である。
被験物質が細菌、酵母等の微生物の場合、生きている状態の微生物、死んでいる状態の微生物、微生物の処理物の何れであってもよい。
死んでいる状態の微生物としては、例えば、微生物の加熱殺菌処理物、放射線殺菌処理物、破砕処理物等が挙げられる。
微生物の処理物としては、例えば、微生物の培養物;濃縮物;ペースト化物;噴霧乾燥物、凍結乾燥物、真空乾燥物、ドラム乾燥物等の乾燥物;液状化物;希釈物;破砕物;殺菌加工物;該培養物からの抽出物;等が挙げられる。
被験物質は、1種類であっても、上記した(状態の)ものの混合物であってもよい。
【0036】
被験物質を投与する方法としては、特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができる。具体的には、例えば、体液中への注射、飼料(餌)への添加等による経口投与、腸内への注入等が挙げられる。簡便である点、ヒトの臨床との対応という点で、経口投与が好ましい。
【0037】
被験物質の投与量としては特に制限はなく、投与する物質、投与方法等に応じて適宜選択することができる。また、ヒトでの体重当たりの投与量を、投与する被験動物の重さに換算して投与することも好ましい。また、その換算値に所定の倍率を乗じた量を投与することも好ましい。また、被験物質は、生理食塩水、水等で希釈して投与させることも好ましい。
【0038】
また、投与期間は、被験物質による「体液中の糖の濃度」の減少が測定できれば特に制限はないが、1回に全量投与又は継続的な投与が好ましい。1回の給餌に全量含有させて投与させることが利便性のために特に好ましい。
【0039】
<工程(c)>
工程(c)は、上記被験物質を投与した被験動物の体液中の糖の濃度を測定する工程である。
【0040】
上記「糖の濃度」は被験動物の体液中に含まれる総糖濃度であってもよく、グルコース、トレハロース等の1種類の糖濃度であることが好ましく、グルコースの濃度であることが特に好ましい。糖濃度の定量方法によっては複数種類の糖の合計量が定量される場合があるが、その場合の糖は1種に制限されない。
血糖値上昇を抑制する物質であるか否かの評価に優れる等の点で、該「糖の濃度」は「グルコース濃度」であることが特に好ましい。
【0041】
糖の濃度の測定方法は特に制限はないが、例えば、全ての糖類の定量にはフェノール硫酸法、アンスロン硫酸法、カルバゾール硫酸法等;グルコースの定量にはグルコースオキシダーゼ法等が挙げられる。
体液中の糖の濃度の測定をする時期については特に制限はなく、工程(b)において被験物質が投与された直後から、被験物質による糖の濃度の減少の効果が見られなくなるまでの期間から選択すればよい。具体的には、例えば、被験物質が投与された時点から、1分〜1日が好ましく、20分〜18時間がより好ましく、30分〜10時間が特に好ましい。
【0042】
被験動物から体液を得る方法として、例えば実施例で使用されている方法を用いることができる。
本発明における「体液」とは、血液、リンパ、組織液又はそれらの混合物が挙げられる。測定対象である体液として、血糖値測定のために、好ましくは血液である。
【0043】
糖の濃度の測定に際しては、被験物質を投与していない「スクロースを摂取した被験動物」を対照として用いることが好ましい。対照に比較して、被験物質を投与したもので、糖の濃度がどれくらい減少していたかによって、被験物質を評価する。
被験物質の対照には、例えば、生理食塩水を同量だけ投与することが好ましい。
【0044】
1条件に用いる被験動物の数については特に制限はないが、1〜200が好ましく、2〜40がより好ましく、3〜10が特に好ましい。この範囲であると、薬学的にも統計学的にも正しい評価が可能である。
【0045】
[スクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質をスクリーニングする方法]
本発明のスクリーニング方法は、被験物質の中から、α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質をスクリーニングする方法であって、少なくとも以下の工程(a)、工程(b)、工程(c)及び工程(d)、
(a)被験動物にスクロースを摂取させる工程、
(b)上記工程(a)と同時又は上記工程(a)前後に、上記被験物質を投与する工程、
(c)上記被験物質を投与した被験動物の体液中の糖の濃度を測定する工程、
(d)上記被験物質の中から、被験動物の体液中の糖の濃度を低下させる物質を選択する工程、
を有することを特徴とする方法である。
【0046】
本発明のスクリーニング方法は、被験物質の中から、上記「α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質」の候補となる物質をスクリーニングする方法でもある。
本発明のスクリーニング方法は、「α−グリコシダーゼ阻害活性を有する物質」の候補となる物質をスクリーニングすることができる。
【0047】
本発明のスクリーニング方法は、必要に応じて更にその他の工程を含んでいてもよい。工程(a)、(b)及び(c)については、上記評価方法と同様である。
【0048】
<工程(d)>
工程(d)は、上記被験物質の中から、被験動物の体液中の糖の濃度を低下させる物質を選択する工程である。
【0049】
1条件に用いる被験動物の数については特に制限はないが、1〜200が好ましく、2〜40がより好ましく、3〜10が特に好ましい。この範囲であると、薬学的にも統計学的にも正しいスクリーニングが可能である。
【0050】
本発明のスクリーニング方法によって、コスト的に有利に、倫理的にも問題がない方法で、「α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質」のスクリーニングが可能である。
【0051】
[スクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質を製造する方法]
本発明の製造方法は、上記スクリーニング方法を用いることを特徴とする。
【0052】
本発明の製造方法で得られた「α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質」は、製薬上許容される担体と混合させて薬剤と使用してもよく、飲食品に含有させてもよい。
本発明によって、「α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質」の候補となる物質をスクリーニングした後に、マウス、ヒト等を使用した他の方法で更に絞り込んでから、絞り込まれた物質を薬剤として使用してもよく、飲食品に含有させてもよい。
【0053】
「α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質」を薬剤として使用する場合は、該薬剤の剤型については特に制限はないが、経口投与のための製剤としては、錠剤、丸剤、顆粒剤、カプセル剤、散剤、液剤、懸濁剤、シロップ剤、舌下剤等が挙げられ、また、非経口投与のための製剤としては、注射剤、経皮吸収剤、吸入剤、坐剤等が挙げられる。
【0054】
製剤化に際しては、製薬上許容される担体を混合することが可能である。担体の種類及び組成は、投与経路や投与方法によって適宜決定することができる。
液状担体としては、例えば、水、アルコール、食用油等を用いることができる。固体状担体としては、例えば、リジン等のアミノ酸類、シクロデキストリン等の多糖類、ステアリン酸マグネシウム等の有機酸塩類、ヒドロキシルプロピルセルロース等のセルロース誘導体等を用いることができる。
【0055】
上記工程(d)で選択された物質には、更に、等張化剤、防腐剤、湿潤剤、乳化剤、分散剤、安定化剤、溶解補助剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、希釈剤、緩衝剤、着色剤、着香剤等の各種医薬用添加剤を配合することができる。注射剤の場合には適当な担体と共に滅菌処理を行って薬剤とする。
【0056】
「α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質」を飲食品として使用する場合、飲食品の種類としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
飲食品としては、例えば、ゼリー、キャンディー、チョコレート、ビスケット等の菓子類;緑茶、紅茶、コーヒー、清涼飲料等の嗜好飲料;発酵乳、ヨーグルト、アイスクリーム等の乳製品;野菜飲料、果実飲料、ジャム類等の野菜・果実加工品;スープ等の液体食品;パン類、麺類等の穀物加工品;各種調味料;等が挙げられる。
【0057】
また、上記飲食品は、例えば、錠剤、顆粒剤、カプセル剤等の経口固形剤や、内服液剤、シロップ剤等の経口液剤として製造されたものであってもよい。
【0058】
エンテロコッカス・フェカリス(Enterococcus faecalis)#Ef-1 (Enterococcus faecalis 0831-07)は、千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8 122号室、独立行政法人製品評価技術基盤機構(National Institute of Technology and Evaluation;以下、「NITE」と略記する)の特許微生物寄託センター(NPMD)に国内寄託され、受託番号:NITE P−02309(寄託日:2016年7月26日)として受託され、その後、国際寄託に変更され、受託番号:NITE BP−02309(国際寄託日:2017年5月16日)とされた微生物である。

【0059】
ヒトの体内であってもカイコの体内であっても、スクロースがグルコースとフルクトースに分解されないと、グルコースの血糖値は上昇しないことは明らかである。スクロースをカイコに摂取させるとグルコース等の血糖値が上昇し、かつヒトにおけるα−グリコシダーゼ阻害活性剤がカイコにおける該上昇を抑制することから、カイコにはヒトと類似する機構が存在する。このことから、本発明の「カイコ等の被験動物」を用いた評価方法・スクリーニング方法は有用性があることは明らかである。
【0060】
その上で、実際に新たに、図5及び図7に示したように、多くの「α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取による、カイコ(ヒト)の血糖値上昇を抑制する物質」が、本発明の評価方法やスクリーニング方法で見つかった。しかも、本発明の方法を使用して発見した乳酸菌#Ef−1(乳酸菌0831−07)においては、ヒトでα−グリコシダーゼ阻害活性が実際に実施例5で確認された。
【0061】
したがって、本発明の「α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質の製造方法」は、該物質の外延が明らかであることから明確である。
【0062】
[作用・原理]
本発明の評価方法等によって、「α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質」をスクリーニングできる作用・原理は明らかではないが、以下のことが考えられる。
本願発明によって初めて、スクロースをカイコに摂取させると血糖値が上昇することが確認された。グルコースをカイコに摂取させると血糖値が上昇することは既に報告されているが、スクロースは体内でグルコースとフルクトースに分解されないと、グルコース等の血糖値は上昇しない。すなわち、グルコース摂取による血糖値上昇メカニズムと、スクロース摂取による血糖値上昇メカニズムは異なる、又は、後者の血糖値上昇メカニズムは、前者の血糖値上昇メカニズムに更に別のメカニズムが付随している。
よって、カイコには、ヒトのスクロース摂取による血糖上昇機構と、完全には同一でない可能性もあるが、少なくとも類似する機構が存在することから、上述の効果が表れたと考えられる。
【実施例】
【0063】
以下、実施例及び試験例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例等の具体的範囲に限定されるものではない。
【0064】
<カイコの種類、飼育条件、注射条件>
カイコの受精卵(交雑種ふ・よう×つくば・ね)は、愛媛養蚕株式会社から購入した。孵化した幼虫は、室温で人工飼料シルクメイト2S(日本農産工業株式会社製)を与えて5齢幼虫まで育てた。
飼育容器は、卵から2齢幼虫までを角型2号シャーレ(栄研器材)、それ以降をディスポーザブルのプラスチック製フードパック(フードパックFD大深、中央化学株式会社製)を用いた。
飼育温度は27℃とした。特に記載がない限り、実験には4齢眠以後絶食させた5齢1日目の幼虫を用いた。
【0065】
糖添加飼料は、人工飼料シルクメイト2S(日本農産工業株式会社製)に、質量比で10質量%となるようにD−スクロース又はD−グルコースを混合して調製した。また、乳酸菌添加餌は、培養した乳酸菌を遠心分離で回収したペレットの含水質量(wet weight)(g)を測定して餌に混ぜた。
【0066】
<乳酸菌の培養>
菌は、0.5%の炭酸カルシウムが含まれたMRS培地で生育した。コロニーの周辺に透明帯が形成されたものでグラム陽性の菌を「乳酸菌」とした。分離された乳酸菌は、rRNAをコードする遺伝子のシークエンスにより種の同定を行った。乳酸菌は、MRS培地に植菌後、静地条件で1〜3日培養した。
【0067】
<試薬>
アカルボースは、LKT Laboratories, Inc.から購入した。ボグリボースは、武田薬品工業株式会社から分与してもらった。
【0068】
<血糖値の定量法>
カイコ体液中の総糖量は、フェノール硫酸法(Hodge et al)により定量した。
体液(20μL)は、第一腹肢(first proleg)にはさみでつけた切り傷から採取し、9倍量の0.6N過塩素酸と混合し、3,000rpmで10分間遠心分離し、上清を体液抽出液(hemolymph extract)とした。
蒸留水で適当な濃度に希釈した体液抽出液100μLと、5%(w/v)フェノール水溶液100μLとを混合し、濃硫酸500μLを加えて激しく撹拌し、室温で20分間静置した後、490nmにおける吸光度を測定した。グルコース水溶液を標準糖溶液とした。カイコ体液中のグルコース濃度は、グルコメーター(Accu-Chek, Roche)により定量した。
【0069】
<α−グルコシダーゼ活性の測定>
α−グリコシダーゼ活性の測定については、Watanabeらの報告に従って行った(Watanabe S et al., Insect Biochemistry and Molecular Biology, 2013)。「pNP」の濃度が高い程、α−グリコシダーゼ活性が高いことを示す。
【0070】
<統計学的解析>
数値データは、平均±標準誤差(mean ± standard error of the mean(SEM))で表示した。有意差はスチューデントのt検定(Student's t-test)を用いて評価した。
【0071】
<<乳酸菌の糖代謝能試験>>
乳酸菌0831−07株の糖代謝能は、Api 50 CHキット(シスメックス社)を用いて測定した。乳酸菌0831−07株のコロニーをサスペンジョンメディウム(シスメックス社)で懸濁し、マクファーランド濁度2になるように調製した。Apiプレート(シスメックス社)に調整した菌液サンプルを150μL加え、30℃で48時間培養した。培養後に各種糖に対する代謝能を、反応した色を観察して判定した。
【0072】
<<ヨーグルトの製造>>
MRS寒天培地上で増殖させた、乳酸菌0831−07株の菌体0.1gをエーゼでかき取り、5mLの0.9%NaClに懸濁した。菌の懸濁液5mLを、牛乳(明治おいしい牛乳、カートンボックス)1Lに加え、攪拌した。43℃にて、20時間培養した。ゲル化を確認後、4℃で保存した。保存期間は3週間以内とした。
【0073】
<<ヒトを用いた臨床試験>>
被験者に非摂取時とヨーグルト摂取時で、50%(w/v)ショ糖水溶液を用いた糖負荷試験を行い、それぞれの血糖値の推移データを収集した。被験者10名を2群に分け、無作為に非盲検2群2期クロスオーバー法で実施した。被験者を選んだ基準等は以下の通りである。
【0074】
<<<ヒト臨床試験における健常人の選択基準>>>
以下の基準をすべて満たす者を対象とした。
(1)同意取得時の年齢が20歳以上60歳未満の者
(2)健康な成人男女
(3)試験の参加に先立ち、試験製品および試験に関して十分な説明を受け、被験者本人の自由意志による文書同意が得られた者
【0075】
<<<除外基準>>>
以下に抵触する者は、試験に組み入れないこととした。
(1)糖尿病と医師から診断され、現在治療中である者
(2)乳製品に対してアレルギーを有する者
(3)血糖に影響を及ぼす可能性がある医薬品や健康食品を服用している者
(4)慢性疾患を有し、医薬品を常用している者
(5)胃や腸を切除されている者
(6)その他、試験責任(分担)者が当該試験の被験者として不適当と判断した者
【0076】
<<<制限事項>>>
(1)検査前日の夕食は19〜23時に済ませ、以降は検査終了まで絶食とする。飲水(水のみ)は可。
(2)検査前日の過剰なアルコールの摂取は禁止とする。
(3)糖負荷1時間前から検査終了までは飲水禁止とする。
(4)検査当日は、起床〜検査終了までの間、禁煙とする。
(5)検査中は運動禁止とする。デイルームまたはベッド上にて安静にして過ごす。
【0077】
ヨーグルト有無のショ糖負荷試験を2日間以上の間を空けて実施した。各被験者でのショ糖負荷の実施時刻は、同―となるようにした。被験者の手の指先より、穿刺器具を用いて採取した。ショ糖負荷15分前に、被験者の血糖値を測定した。ヨーグルトの摂取は、ショ糖負荷10分前に行った。200mLを2分以内に摂取させた。その後、50%(w/v)ショ糖水溶液150mLを飲用させた(1分以内に全量を摂取させた)。ショ糖負荷後の15、30、45、60、90、120分において、血糖値を測定した。血糖値は、簡易血糖測定器(アキュチェックアビバ(Roche))を用いて測定した。本臨床試験の実施にあたっては、大崎病院東京ハートセンターの倫理審査委員会による承認を受けた。
【0078】
<<統計学的解析>>
数値データは、平均±標準誤差(mean ± standard error of the mean(SEM))で表示した。有意差はスチューデントのt検定(Student's t-test)を用いて評価した。
【0079】
実施例1
[スクロースの摂食によるカイコの体液中のグルコース濃度の上昇]
これまでに本発明者らは、カイコにグルコースを加えた餌を食べさせることにより、カイコの体液中の総糖量及びグルコース濃度が上昇することを見出している(非特許文献1)。
一方、食品中の糖分の中で、肥満や糖尿病を引き起こす特に重要な原因となるのはスクロースである。また、哺乳動物において、食品中のスクロースは、腸管でα−グリコシダーゼによりグルコースとフルクトースに分解され、それぞれの糖が吸収されることが既に知られている。
そこで、カイコにスクロースを加えた餌を食べさせることにより、カイコの体液中の総糖量及びグルコース濃度が上昇するかを検討した。
【0080】
5齢1日目のカイコに、「通常餌」(Normal diet)、又は、餌全質量に対して10質量%のスクロースを含有させた「10質量%スクロース餌」(10% Sucrose diet)を与えた。その後、経時的にカイコの体液を、上述の方法で採取等することによって得た。体液中の総糖量とグルコース濃度を測定し、スチューデントのt検定を用いて有意差検定を行った。
【0081】
結果を図1に示す。図1中、横軸はカイコに餌を与えてからの経過時間(単位:時間)、縦軸は総糖量(Total sugar level)(A)又はグルコース濃度(Glucose level)(B)(単位:mg/mL)であり、エラーバーは標準誤差(SEM)を示す。黒丸は通常餌(Normal diet)、白丸は10質量%スクロース餌(10% Sucrose diet)を与えたときの結果を示す。n=5/群で実験を行った。
【0082】
図1の結果、「10%スクロース餌」を与えたカイコの体液中の総糖濃度及びグルコース濃度は、「通常餌」を与えたカイコと比べて、何れも速やかに高くなることが判明した。以上の結果より、スクロースがカイコの腸管で酵素反応によりグルコースとフルクトースに分解され、それぞれの糖が吸収されて体液中に移行することにより、体液中の総糖濃度及びグルコース濃度が上昇したことが分かった。
【0083】
実施例2
[スクロースの摂食によるカイコの体液中グルコース濃度の上昇に対するアカルボース、ボグリボースの阻害効果]
カイコのゲノム中には、スクロースをグルコースとフルクトースに分解するα−グリコシダーゼをコードする遺伝子が存在することが知られている(Watanabe S et al., Insect Biochemistry and Molecular Biology, 2013)。
そこで次に、カイコにおいてもスクロースは、腸管内でα−グリコシダーゼにより分解されるか否かを検討した。
5齢1日目のカイコに通常餌を1日与えた後、腸管、腸内容物(Lumen)、体液(Hemolymph)を回収し、α−グリコシダーゼ活性を測定した腸管は、超音波処理により破砕された細胞破砕画分(Intestine)を用いた。n=4〜5/群で実験を行った。
【0084】
図2はα−グリコシダーゼ活性の測定結果である。「Produced pNP」の濃度(nmol)が高い程、α−グリコシダーゼ活性が高いことを示す。
図2Aの横軸は、腸管の細胞破砕画分に含まれるタンパク質の濃度(μg/mL)である。
【0085】
図2Aは、腸管の細胞破砕画分におけるα−グリコシダーゼ活性の用量依存性の測定結果である。腸管の細胞破砕画分にα−グリコシダーゼ活性があることが確認された。
【0086】
図2Bに、腸管の細胞破砕画分(Intestine)、腸内容物(Lumen)、体液(Hemolymph)のそれぞれ1μg当たりのα−グリコシダーゼ活性を測定した結果を示す。
カイコの腸管細胞破砕液や体液中に、α−グリコシダーゼ活性があることが確認された。また、カイコの腸管細胞破砕液中のα−グリコシダーゼ活性の比活性は、腸内容物の比活性よりも高かった。
【0087】
次に、アカルボース(Acarbose)又はボグリボース(Voglibose)により、カイコ腸管のα−グリコシダーゼ活性が阻害されるかどうかを検討した。
5齢1日目のカイコに通常餌を1日与えた後、腸管を回収し、超音波処理により破砕された細胞破砕画分(Intestine)にアカルボース又はボグリボースを加えてα−グリコシダーゼ活性を測定した。n=5/群で実験を行った。
【0088】
結果を図2C及び図2Dに示す。カイコの腸管細胞破砕液中のα−グリコシダーゼ活性は、代表的なα−グリコシダーゼ阻害剤であるアカルボース(図2C)やボグリボース(図2D)の添加により阻害された。
【0089】
次に、スクロースの摂食によるカイコの体液中の糖濃度の上昇が、アカルボースやボグリボースの餌への添加により抑えられるか否かを検討した。
5齢1日目のカイコに、10質量%スクロース餌、又は、10質量%スクロース餌にアカルボース若しくはボグリボースを加えた餌を1時間与えた。カイコの体液を前記のように回収し、体液中の総糖量とグルコース濃度を測定した。スチューデントのt検定を用いて有意差検定を行った。
【0090】
結果を図3に示す。図3Aはアカルボースを添加したときの総糖量、図3Bはアカルボースを添加したときのグルコース濃度、図3Cはボグリボースを添加したときの総糖量、図3Dはボグリボースを添加したときのグルコース濃度を測定した結果を示す。
図3中の横軸は、餌に含まれるアカルボース又はボグリボースの濃度(content)である(単位:質量%)。*はP<0.05、**はP<0.01、***はP<0.001を示し、エラーバーは標準誤差(SEM)を示す。n=5/群で実験を行った。
【0091】
図3の結果、スクロースを含有する餌に、最終含量8質量%のアカルボース又は最終含量4質量%のボグリボースを加えた餌を食べたカイコの体液中の総糖濃度及びグルコース濃度は、何れも化合物(アカルボース又はボグリボース)非添加餌を食べたカイコより低いという結果が得られた。
【0092】
哺乳動物において、アカルボースやボグリボースは、スクロースの摂食による血糖値の上昇は抑制するが、単糖であるグルコースの摂食による血糖値の上昇は抑制しないことが報告されている(Tschope D et al., Cardiovasc Diabetol., 2013)。そこで、カイコにおいても同様に、餌に含ませる糖の違いによりこれらのα−グリコシダーゼ阻害剤の効果に違いが生じるか否かを検証した。
5齢1日目のカイコに、10質量%スクロース餌;10質量%グルコース餌;「10質量%スクロース餌又は10質量%グルコース餌」のそれぞれに「アカルボース(最終含量8質量%)又はボグリボース(最終含量4質量%)」を加えた餌;を1時間与えた。
カイコの体液を前記と同様に回収し、体液中のグルコース濃度を測定した。スチューデントのt検定を用いて有意差検定を行った。
【0093】
結果を図4に示す。図4Aはアカルボースを加えた場合、図4Bはボグリボースを加えた場合の、グルコース濃度の測定結果を示す。横軸中、「+Sucrose」は10質量%スクロース餌、「+Glucose」は10質量%グルコース餌を示す。***はP<0.001を示し、エラーバーは標準誤差(SEM)を示す。n=5/群で実験を行った。
【0094】
図4の結果、餌に10質量%スクロースを添加することにより上昇したカイコの体液中のグルコース濃度は、最終含量8質量%のアカルボース又は最終含量4質量%のボグリボースを餌に加えることにより抑制された。一方、餌に10質量%グルコースを添加した場合は、これらの化合物(アカルボース又はボグリボース)の効果は見られなかった。
以上の結果は、カイコにおいても哺乳動物と同様に、アカルボースやボグリボースが、α−グリコシダーゼ阻害作用により血糖上昇抑制効果をもたらしていることが分かった。
【0095】
実施例3
[スクロースの摂食によるカイコの体液中グルコース濃度の上昇に対する乳酸菌の効果]
α−グリコシダーゼ阻害剤であるアカルボースは、Actinoplanes sp. SE50/110というグラム陽性細菌が生産することが報告されている(Schwientek P et al., BMC Genomics, 2012)。また、マウスの餌に、乳酸菌の一種であるLactobacillus rhamnosusを添加すると、スクロースによる血中グルコース濃度の増加が抑えられることが報告されている(Honda K et al., J. Clin. Biochem. Nutr., 2012)。更に、乳酸菌の熱処理菌体画分にα−グリコシダーゼ阻害活性があることも報告されている(Panwar H et al., Eur J Nutr, 2014)。
【0096】
そこで、本発明者らが保有する乳酸菌ライブラリー(表1)の中から、「スクロースの摂食によるカイコの体液中のグルコース濃度の上昇」を阻害する乳酸菌をスクリーニングした。
5齢1日目のカイコに、10質量%スクロース餌に各種乳酸菌(最終含量25質量%、表1)を加えた餌を1時間与えた。カイコの体液を前記と同様に回収し、体液中のグルコース濃度を測定した。スチューデントのt検定を用いて有意差検定を行った。
【0097】
【表1】
【0098】
結果を図5に示す。縦軸は、コントロール(乳酸菌を加えていない10質量%スクロース餌)を1時間与えた後のカイコの血糖値を100質量%としたときの血糖値の割合(%)を示している。*はP<0.05、**はP<0.01、***はP<0.001を示し、エラーバーは標準誤差(SEM)を示す。n=4〜15/群で実験を行った。
【0099】
図5の結果、いくつかの乳酸菌について、それらを10質量%スクロース餌に加えると、カイコの血糖値の上昇が抑制されることが分かった。
【0100】
次に、図5で最も血糖上昇の抑制が顕著であった乳酸菌#L1−1株の添加による、スクロース含有餌の給餌によるカイコの体液中のグルコース濃度の測定を行った。
5齢1日目のカイコに、10質量%スクロース餌に乳酸菌#L1−1株(Lactic acid bacteria (LAB) #L1-1)(最終含量0〜50質量%)を加えた餌を1時間与えた。カイコの体液を前記のように回収し、体液中のグルコース濃度を測定した。
【0101】
結果を図6Aに示す。図5で最も血糖上昇の抑制が顕著であった乳酸菌#L1−1株においては、餌に加える菌体量依存的な血糖上昇の抑制効果が見られた。
【0102】
また、乳酸菌#L1−1株の添加若しくは未添加による「スクロース又はグルコース含有餌の給餌によるカイコの体液中のグルコース濃度の上昇の阻害効果の違い」を検証した。
5齢1日目のカイコに、10質量%スクロース餌;10質量%グルコース餌;「10質量%スクロース餌又は10質量%グルコース餌」のそれぞれに「乳酸菌#L1−1株(最終含量25質量%)を加えた餌」;を1時間与えた。カイコの体液を回収し、前記のように体液中のグルコース濃度を測定した。スチューデントのt検定を用いて有意差検定を行った。
【0103】
結果を図6Bに示す。*はP<0.05、**はP<0.01、***はP<0.001を示し、エラーバーは標準誤差(SEM)を示す。n=5/群で実験を行った。
【0104】
図6Bの結果、乳酸菌Lactococcus lactis #L1-1株による血糖上昇抑制効果は、10質量%グルコースを加えた餌の場合には見られなかった。
以上の結果は、Lactococcus lactis #L1-1株のスクロース摂食餌による血糖上昇の抑制は、カイコ腸管のα−グリコシダーゼの阻害による糖の腸管からの吸収抑制によることが示唆された。
【0105】
実施例4
<スクロース摂食によるカイコの体液中グルコース濃度の上昇を抑制する乳酸菌の同定>
更に、表1に列挙されている乳酸菌の他に、発明者らが保有する乳酸菌ライブラリー(表2)の中からスクロースの摂食によるカイコの体液中グルコース濃度の上昇を著しく阻害する乳酸菌を探索した。
【0106】
【表2】
【0107】
5齢1日目のカイコに、10質量%スクロース餌に表1の各種乳酸菌 (餌全体に対して25%)を加えた餌を1時間与えた。その後カイコの体液を回収し、体液中のグルコース濃度を測定し、スチューデントのt検定(Student's t-test)を用いて有意差検定を行った。結果を図7に示す。
図7中、縦軸はグルコース濃度(mg/dL)を示す。横軸の「Control」は、乳酸菌を含有しない、10質量%スクロース餌をカイコに与えたときの結果を示す。* はP<0.05であり、 エラーバーは標準誤差(SEM)を示す。1群当たりn=3で行った。
【0108】
図7の結果、Enterococcus faecalis 0831-07 (Enterococcus faecalis #Ef-1)株が、10質量%スクロース餌の摂食によるカイコの血糖値の上昇を顕著に抑制した。
以下、Enterococcus faecalis 0831-07を、「乳酸菌0831−07」又は「乳酸菌#Ef−1」と略記する場合がある。
【0109】
次に、5齢1日目のカイコに、10質量%スクロース餌に乳酸菌0831−07株(餌全体に対して0〜50質量%)を加えた餌を1時間与えた。その後カイコの体液を回収し、体液中のグルコース濃度を測定した。結果を図8に示す。
図8中、縦軸はグルコース濃度(mg/dL)、横軸は乳酸菌0831−07株の含有量(質量%)を示す。**はP<0.01であり、エラーバーは標準誤差(SEM)を示す。1群当たりn=5で行った。
【0110】
図8の結果、乳酸菌0831−07株による血糖上昇の抑制効果は、餌に加える菌体量依存的であった。
【0111】
次に、5齢1日目のカイコに、10質量%スクロース餌、又は、「10質量%グルコース餌に乳酸菌0831−07株(餌全体に対して25質量%)を加えた餌」を1時間与えた。カイコの体液を回収し、体液中のグルコース濃度を測定した。スチューデントのt検定(Student's t-test)を用いて有意差検定を行った。結果を図9に示す。
図9中、縦軸はグルコース濃度(mg/dL)を示す。横軸の「+Sucrose」は10質量%スクロース餌、「+Glucose」は10質量%グルコース餌を示す。***はP<0.001であり、エラーバーは標準誤差(SEM)を示す。1群当たりn=7で行った。
【0112】
図9の結果、乳酸菌0831−07(乳酸菌#Ef−1)株は、「10質量%スクロース餌の摂食によるカイコの血糖値の上昇」を顕著に抑制した。
なお、グルコースを摂食させた場合の体液中のグルコース濃度の上昇に対しても、乳酸菌0831−07株による抑制効果が認められた。
また、乳酸菌0831−07株は、グルコース又はフルクトースが入った培地で増殖可能であった。
【0113】
次に、5齢1日目のカイコに、10質量%スクロース餌に、「乳酸菌0831−07株(餌全体に対して25質量%)」又は「オートクレーブ処理により熱処理された乳酸菌0831−07株(餌全体に対して25質量%)」を加えた餌を1時間与えた。その後、カイコの体液を回収し、体液中のグルコース濃度を測定した。スチューデントのt検定(Student's t-test)を用いて有意差検定を行った。結果を図10に示す。
図10中、縦軸はグルコース濃度(mg/dL)を示す。横軸の「Control」は、乳酸菌を含有しない、10質量%スクロース餌をカイコに与えたときの結果を示す。「−」は、熱処理を行っていない乳酸菌0831−07(#Ef−1)株、「Heat-killed」は、オートクレーブ処理により熱処理された乳酸菌0831−07株を示す。
【0114】
図10の結果、乳酸菌0831−07株の熱処理菌体画分は、未処理の生菌の場合と同様に、スクロース餌の摂食によるカイコの体液中のグルコース濃度の上昇を抑制した(図10)。
よって、乳酸菌0831−07株のスクロース摂食餌による血糖上昇の抑制効果は、乳酸菌0831−07株による熱処理耐性成分によるカイコ腸管のα−グリコシダーゼの阻害によることが示唆された。
【0115】
実施例5
<ヒトのスクロース摂食による血糖値の上昇に対する乳酸菌0831−07株の阻害効果>
次に、乳酸菌0831−07株が、ヒトにおける食後高血糖を抑制するか否かを検証するため、乳酸菌0831−07株を用いて牛乳からヨーグルトを製造した。
被験者に対して該ヨーグルト非摂取時とヨーグルト摂取時でのクロスオーバー法で、スクロース(ショ糖)負荷試験を実施した。
ヨーグルト摂取群の被験者は、ショ糖負荷10分前に、ヨーグルト200mLを摂取した。その後、ヨーグルト非摂取群とヨーグルト摂取群の被験者共、50%(w/v)ショ糖水溶液150mLを飲用した。ショ糖負荷後、15、30、45、60、90、120分において血糖値を測定した。血糖値は、指先から微量の血液を採取し、簡易血糖測定器を用いて測定した。スチューデントのt検定(Student's t-test)を用いて有意差検定を行った。結果を図11に示す。
図11中、縦軸はグルコース濃度(mg/dL)を示す。横軸は、スクロース摂取(負荷)後の経過時間(分)を示す。* はP<0.05であり、 エラーバーは標準誤差(SEM)を示す。1群当たりn=10で行った。
【0116】
図11の結果、乳酸菌0831−07株を用いて製造したヨーグルトを摂食した被験者は、非摂食群と比較して、スクロース負荷後45分における血糖値が低かった(図11)。
よって、乳酸菌0831−07株の菌体成分が、ヒトにおけるスクロース(ショ糖)摂取による血糖値の上昇を抑制する効果を有することが示唆された。
【0117】
実施例6
<乳酸菌死菌添加による、スクロース含有餌の給餌によるカイコ体液中のグルコース濃度上昇の阻害効果>
10質量%スクロース含有餌に、乳酸菌0831−07(#Ef−1)株又はオートクレーブ処理された乳酸菌0831−07(#Ef−1)株の熱処理菌体画分(Heat-killed #Ef-1)を餌全体に対して6.3、12.5、25質量%になるように加えた餌を、5齢1日目のカイコに1時間与えた。該カイコの体液を回収し、体液中のグルコース濃度を測定した。結果を図12aに示す。
【0118】
図12a中、縦軸はグルコース濃度(mg/dL)を示す。横軸の「No bacteria」は乳酸菌0831−07(#Ef−1)株を含有しない、10質量%スクロース含有餌(Sucrose diet)をカイコに与えたときの結果を示す。「Viable #Ef-1 content」は熱処理を行っていない乳酸菌0831−07株の含有量、「Heat-killed #Ef-1 content」は熱処理された乳酸菌0831−07株の含有量を示す。
***はP<0.001、**はp<0.01であり、エラーバーは標準誤差(SEM)を示す。1群当たりn=11〜14で行った。
【0119】
図12aの結果、乳酸菌0831−07株による血糖上昇の抑制効果は、餌に加える菌体量に依存して増強することが分かった。また、乳酸菌0831−07株の熱処理菌体画分も用量依存的に、スクロース含有餌の摂食によるカイコ体液中のグルコース濃度上昇を抑制した。
【0120】
次に、10質量%グルコース餌に乳酸菌0831−07(#Ef−1)株又はオートクレーブ処理された乳酸菌0831−07(#Ef−1)株の熱処理菌体画分(Heat-killed #Ef-1)を餌全体に対して25質量%になるように加えた餌を、5齢1日目のカイコに1時間与えた。該カイコの体液を回収し、体液中のグルコース濃度を測定し、スチューデントのt検定を用いて有意差検定を行った。結果を図12bに示す。
【0121】
図12b中、縦軸はグルコース濃度(mg/dL)を示す。横軸の「No bacteria」は乳酸菌0831−07(#Ef−1)株を含有しない、10質量%グルコース餌(Glucose diet)をカイコに与えたときの結果を示す。「Viable」は熱処理を行っていない乳酸菌0831−07株を加えた10質量%グルコース餌、「Heat-killed」は熱処理された乳酸菌0831−07株を加えた10質量%グルコース餌をカイコに与えたときの結果を示す。
*はP<0.05、**はP<0.01であり、エラーバーは標準誤差(SEM)を示す。1群当たりn=6〜7で行った。
【0122】
図12bの結果、熱処理を行っていない乳酸菌0831−07株は、グルコース含有餌の摂食によるカイコ体液中のグルコース濃度上昇を抑制した。一方、乳酸菌0831−07株の熱処理菌体には、グルコース摂食後のカイコ体液中のグルコース濃度上昇を抑制する活性は見出されなかった。
【0123】
以上の結果は、乳酸菌0831−07(#Ef−1)株の生菌が、スクロース及びグルコース摂取後のカイコ体液中のグルコース濃度上昇を抑制すること、並びに乳酸菌0831−07(#Ef−1)株の熱処理菌体には、スクロース摂取後のカイコの体液中のグルコース濃度の上昇を抑制する活性が残っていることが示唆された。
【0124】
実施例7
<in vitroでのカイコの腸管における糖移行評価系の実験スキームの構築>
【0125】
次に、乳酸菌0831−07株がスクロース摂食後のカイコの血糖上昇を抑制する機構について、解明を試みた。哺乳動物においてスクロースは、腸管内でα−グリコシダーゼによりグルコースとフルクトースに分解され、腸管から吸収されることが知られている。まず、カイコの腸管内のスクロースがα−グリコシダーゼにより分解されてグルコースが腸管外に移行する過程を解析するための実験系の構築を行った。
5齢1日目のカイコの腸管を摘出し、糸で縛って溶液を入れられる状態にした。該カイコの腸管内にスクロース溶液を加えてその溶液が漏れないように糸で縛った。そして、PBS中でインキュベーションし、腸管外に輸送されたグルコースを定量した。
「in vitroでのカイコの腸管における糖移行評価系の実験スキーム」を図13aに示す。
【0126】
上記実験スキームを用いて、カイコの腸管内にスクロース溶液、又はスクロース溶液にアカルボース(40mg/mL)を加えたサンプルをカイコの腸管に入れ、27℃でインキュベーションし、経時的に腸管外液のグルコース濃度を測定した。結果を図13bに示す。
図13b中、縦軸はグルコース濃度(mg/dL)を示す。横軸はインキュベート時間(分)を示す。
【0127】
図13bの結果、腸管外液中のグルコース濃度は、時間依存に上昇することがわかった(図13b中、黒丸)。また、該腸管外液中のグルコース濃度の上昇は、α−グリコシダーゼ阻害剤であるアカルボースを加えることにより抑制された(図13b中、白丸)。この結果から、カイコの腸管内において、スクロースがα−グリコシダーゼによりグルコースとフルクトースに分解され、さらに腸管外に輸送されることが示唆された。
【0128】
実施例8
<乳酸菌0831−07株による、スクロース摂食後の食後高血糖抑制のメカニズム解析>
実施例7で構築した実験スキームを用いて、カイコの腸管内にスクロース溶液、又はスクロース溶液に乳酸菌0831−07株(250mg(湿重量)/mL)を加えたサンプルをカイコの腸管に入れ、27℃でインキュベーションし、経時的に腸管外液のグルコース濃度を測定した。結果を図14aに示す。
図14a中、縦軸はグルコース濃度(mg/dL)を示す。横軸はインキュベート時間(分)を示す。
【0129】
また、カイコの腸管内にスクロース溶液、又はスクロース溶液に乳酸菌0831−07株(31mg、63mg、125mg、250mg(湿重量)/mL)を加えたサンプルをカイコの腸管に入れ、27℃でインキュベーションし、60分後の腸管外液のグルコース濃度を測定した。結果を図14bに示す。
図14b中、縦軸はグルコース濃度(mg/dL)を示す。横軸は乳酸菌0831−07(#Ef−1)株の量(mg/mL)を示す。*はP<0.05、**はp<0.01であり、エラーバーは標準誤差(SEM)を示す。1群当たりn=3〜5で行った。
【0130】
図14a及びbの結果、カイコの腸管内のスクロース溶液中に乳酸菌0831−07株の生菌を添加すると、腸管外液中のグルコース濃度の上昇は抑制された。また、該抑制効果は、菌体量に依存して増強することが分かった(図14b)。
【0131】
次に、カイコの腸管内にスクロース溶液、又はスクロース溶液にオートクレーブ処理した乳酸菌0831−07株の熱処理菌体画分(Heat-killed #Ef-1)(250mg(湿重量)/mL)を加えたサンプルをカイコの腸管に入れ、27℃でインキュベーションし、経時的に腸管外液のグルコース濃度を測定した。結果を図14cに示す。
図14c中、縦軸はグルコース濃度(mg/dL)を示す。横軸はインキュベート時間(分)を示す。
【0132】
また、カイコの腸管内にスクロース溶液、又はスクロース溶液にオートクレーブ処理した乳酸菌0831−07株の熱処理菌体画分(Heat-killed #Ef-1)(31mg、63mg、125mg、250mg(湿重量)/mL)を加えたサンプルをカイコの腸管に入れ、27℃でインキュベーションし、60分後の腸管外液のグルコース濃度を測定した。結果を図14dに示す。
図14d中、縦軸はグルコース濃度(mg/dL)を示す。横軸はオートクレーブ処理した乳酸菌0831−07株の熱処理菌体画分(Heat-killed #Ef-1)の量(mg/mL)を示す。**はp<0.01であり、エラーバーは標準誤差(SEM)を示す。1群当たりn=3〜5で行った。
【0133】
図14c及びdの結果、乳酸菌0831−07株の熱処理菌体画分を添加しても腸管外液中のグルコース濃度の上昇は抑制された。また、該抑制効果は、菌体量に依存して増強することが分かった(図14d)。
これらの結果から、乳酸菌0831−07株の熱耐性因子は、カイコの腸管内のスクロースが分解されて得られた分子(グルコース)が腸管外に移行する過程を阻害することが示唆された。
【0134】
次に、カイコの腸管内にグルコース溶液、又はグルコース溶液に乳酸菌0831−07株(250mg(湿重量)/mL)を加えたサンプルをカイコの腸管に入れ、27℃でインキュベーションし、経時的に腸管外液のグルコース濃度を測定した。結果を図15aに示す。
図15a中、縦軸はグルコース濃度(mg/dL)を示す。横軸はインキュベート時間(分)を示す。
【0135】
図15aの結果、カイコの腸管内にグルコース溶液を封入した場合にも時間経過に伴うグルコースの腸管外への透過が見られた。
【0136】
また、カイコの腸管内にグルコース溶液、又はグルコース溶液にオートクレーブ処理した乳酸菌0831−07株の熱処理菌体画分(Heat-killed #Ef-1)(250mg(湿重量)/mL)を加えたサンプルをカイコの腸管に入れ、27℃でインキュベーションし、経時的に腸管外液のグルコース濃度を測定した。結果を図15bに示す。
図15b中、縦軸はグルコース濃度(mg/dL)を示す。横軸の「No bacteria」は乳酸菌0831−07(#Ef−1)株を含有しない、グルコース溶液の結果を示す。「Viable」は熱処理を行っていない乳酸菌0831−07株を加えたグルコース溶液、「Heat-killed」は熱処理された乳酸菌0831−07株を加えたグルコース溶液の結果を示す。*はp<0.05であり、エラーバーは標準誤差(SEM)を示す。1群当たりn=3〜4で行った。
【0137】
乳酸菌0831−07株の生菌を腸管内に添加すると、腸管外液中のグルコース濃度の上昇が抑制されることが分かった(図15a及びb)。一方、乳酸菌0831−07株の熱処理菌体画分を添加した場合には、腸管外液中のグルコース濃度の上昇は抑制されなかった(図15b)。
これらの結果から、乳酸菌0831−07株の熱感受性因子が、カイコの腸管内から腸管外へのグルコース輸送を阻害することが示唆された。
【0138】
実施例9
<乳酸菌0831−07株による、カイコ又はラットの腸管のα−グリコシダーゼ活性の阻害>
次に、乳酸菌0831−07株の熱処理画分がカイコ腸管のα−グリコシダーゼ活性を阻害するかを検討した。α−グリコシダーゼの測定は実施例2と同様に行った。
5齢1日目のカイコに通常餌を1日与えた。該カイコの腸管を超音波処理により破砕された細胞破砕画分と乳酸菌0831−07株の熱処理菌体画分(Heat-killed #Ef-1)を加えてα−グリコシダーゼ活性を測定した。結果を図16aに示す。
図16a中、縦軸は「Produced pNP」の濃度(nmol)を示す。「Produced pNP」の濃度(nmol)が高い程、α−グリコシダーゼ活性が高いことを示す。横軸は、乳酸菌0831−07株の熱処理菌体画分(Heat-killed #Ef-1)の量(mg/mL)を示す。
【0139】
図16aの結果、カイコ腸管の細胞破砕画分には、α−グリコシダーゼ活性が認められ、乳酸菌0831−07株の熱処理画分は、この活性を用量依存的に阻害することがわかった。
【0140】
次に、ラット腸管アセトン抽出画分と乳酸菌0831−07株の熱処理菌体画分(Heat-killed #Ef-1)を加えてα−グリコシダーゼ活性を測定し、スチューデントのt検定を用いて有意差検定を行った。結果を図16bに示す。
図16b中、縦軸は「Produced pNP」の濃度(nmol)を示す。「Produced pNP」の濃度(nmol)が高い程、α−グリコシダーゼ活性が高いことを示す。横軸は、乳酸菌0831−07株の熱処理菌体画分(Heat-killed #Ef-1)の量(mg/mL)を示す。***はp<0.001であり、エラーバーは標準誤差(SEM)を示す。1群当たりn=3で行った。
【0141】
図16bの結果、乳酸菌0831−07株の熱処理画分は、ラットの腸管破砕液中のα−グリコシダーゼ活性も用量依存的に阻害した。したがって、乳酸菌0831−07株の熱処理画分が、カイコ及び哺乳動物の腸管内のα−グリコシダーゼ活性を阻害し、腸管内のスクロースがグルコースとフルクトースに分解され、それらが腸管外に移行する過程を阻害されることが示唆された。
【0142】
<実施例のまとめ>
「ヒトにおけるα−グリコシダーゼの阻害剤」であるアカルボース及びボグリボースで確認されたことで、本発明の方法を使用することによって、ある被験物質がスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質であるか否かを的確に評価できることが分かった。
また、少なくとも幾つかの乳酸菌が、新規に血糖値上昇を抑制することを見出したことによって、本発明の方法を使用することによって、ヒトの血糖値上昇を抑制する物質(の候補となる物質)をスクリーニングできることが分かった。
【0143】
スクロースはケーキ等の甘い食べ物(sweets)だけでなく、多くの料理に添加される甘味料である。スクロースが多く含まれた食品は高カロリーである。現在、過剰なカロリー摂取による肥満や血糖値上昇やその後に発症する糖尿病等の生活習慣病の発症が問題となっており、日頃から血糖値が上昇しないように注意することは、生活習慣病の発症を抑制する上で大変重要であるとされている。生活習慣病の予防のためには、食事療法や運動療法が効果的とされているが、それらを継続することは困難である場合が少なくない。食事療法においては、食後の血糖値の上昇が起こらないように摂取カロリーが制限される。
【0144】
従って、血糖値の上昇を抑制する食品添加物の開発が、継続的な食事療法を実施する上で有効であると考えられる。本発明の評価方法により、in vivoで血糖値の上昇を阻害する効果が示された「乳酸菌等の物質」の摂取は、肥満や糖尿病患者やそれらの予備軍のヒトの食事療法を、より効果的にすると期待される。
【0145】
また、本実施例では、ラクトコッカス(Lactococcus)属、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、リューコノストック(Leuconostoc)属、エンテロコッカス(Enterococcus)属の菌株の中に、カイコを用いた血糖上昇阻害評価系により効果があると判定される菌株が存在することが明らかになった。これらの細菌は、乳酸菌として発酵食品の製造に使われる。
また、Lactococcus lactisの5つの菌株のうち、カイコを用いた血糖上昇阻害評価系により効果があると判定された菌株は、1株であった。この結果は、同じLactococcus lactisの菌株の中でもα−グリコシダーゼ阻害効果に差があることを示唆している。
【0146】
また、血糖値の上昇を抑える菌株を得るためには、動物を用いた評価試験が必要であり、本発明の評価方法又はスクリーニング方法により、迅速、簡便に有用な乳酸菌のスクリーニング(選定)が行えることが分かった。
【0147】
また、上記実施例より、カイコの評価系を用いてスクリーニングした結果発見された乳酸菌0831−07(乳酸菌#Ef−1)株から作成したヨーグルトが、ヒトのスクロースの摂食による食後高血糖を抑制することが示された。
従って、本実施例で得られた乳酸菌0831−07株は、スクロース(ショ糖)摂取による血糖値の上昇を抑制する機能性乳酸菌である。該乳酸菌を用いて作製されたヨーグルトは、肥満や糖尿病患者やそれらの予備軍のヒトの食事療法をより効果的にすると期待される。
【0148】
また、乳酸菌0831−07株には、カイコ腸管のα−グリコシダーゼを阻害する活性、及び腸管内から腸管外へのグルコースの輸送を阻害する活性が見出された。該菌が有するこれらの活性が、スクロースを摂食したカイコの血糖値の上昇の抑制をもたらすと示唆された。乳酸菌0831−07株による食後高血糖抑制効果を示す模式図を図17に示す。
図17中、"Lumen"は「内腔」、"α-glucosidase"は「α−グリコシダーゼ」、"Glycolysis"は「糖分解」、"Heat stable factor(s)"は「熱耐性因子」、"Heat sensitive factor(s)"は「熱感受性因子」、"Transport"は「輸送」、"Sucrose"は「スクロース」、"Glucose"は「グルコース」、"Fructose"は「フルクトース」、"E. faecalis (#Ef-1)"は「乳酸菌0831−07」を示す。
【0149】
また、乳酸菌0831−07株の熱処理菌体は、カイコのスクロース摂食による食後高血糖を抑制する活性を保持していた。この画分はカイコ腸管のスクロースを分解する酵素であるα−グリコシダーゼ活性を阻害したが、腸管のグルコース輸送は阻害しなかった。したがって、乳酸菌0831−07株の、スクロースを摂取したカイコの血糖上昇を抑える効果は、α−グリコシダーゼ活性の阻害が主な要因であると示唆された(図17)。
【0150】
食品の有効性の評価をするためには、動物個体を用いた評価が必要である。従来、実験動物として用いられてきたマウスやラット等の哺乳動物は、多数の個体を用いるスクリーニングの実施に高いコストがかかる。これに対してカイコは、大きな飼育スペースを必要とせず、多数の個体を低いコストで飼育可能である。更に動物愛護の観点から、哺乳動物を用いた実験は、国際原則である3R、すなわちReplacement(代替法の開発)、Reduction(動物数の削減)、Refinement(動物の苦痛の削減)に従って実験を行わなければならない(Russell et al., 1959)。
カイコを代替動物として利用することは、3Rの中のRelative Replacementの考えと合致する。カイコを機能性食品の探索段階で使用すれば、犠牲にする哺乳動物の数を減少させ、コストや動物愛護の観点からの問題を解決できると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0151】
本発明の評価方法等により、新規の「α−グリコシダーゼ阻害活性を発揮することでスクロース摂取によるヒトの血糖値上昇を抑制する物質」を探索できることのみならず、本発明の評価方法等を血糖調節に関わるプロバイオティクス研究に用いることができ、医薬分野、一般食品分野、健康食品分野等に広く利用されるものである。
【0152】
本願は、2015年10月8日に出願した日本の特許出願である特願2015−199959、及び2016年8月16日に出願した日本の特許出願である特願2016−159554に基づくものであり、それらの出願の全ての内容はここに引用し、本願発明の明細書の開示として取り込まれるものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17