特許第6794480号(P6794480)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6794480日持ち向上剤含有食品又は食材、及び該食品又は食材中の日持ち向上剤のマスキング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6794480
(24)【登録日】2020年11月13日
(45)【発行日】2020年12月2日
(54)【発明の名称】日持ち向上剤含有食品又は食材、及び該食品又は食材中の日持ち向上剤のマスキング方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 27/00 20160101AFI20201119BHJP
   A23L 3/36 20060101ALI20201119BHJP
   A23L 5/00 20160101ALI20201119BHJP
   A23L 15/00 20160101ALI20201119BHJP
   A23L 19/12 20160101ALI20201119BHJP
   A23L 27/10 20160101ALI20201119BHJP
   A23L 27/24 20160101ALI20201119BHJP
   A23L 29/00 20160101ALI20201119BHJP
   A23L 35/00 20160101ALI20201119BHJP
【FI】
   A23L27/00 Z
   A23L3/36 Z
   A23L5/00 J
   A23L15/00 D
   A23L19/12 A
   A23L27/10 B
   A23L27/24
   A23L29/00
   A23L35/00
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2019-15520(P2019-15520)
(22)【出願日】2019年1月31日
(65)【公開番号】特開2020-120626(P2020-120626A)
(43)【公開日】2020年8月13日
【審査請求日】2019年3月1日
【審判番号】不服2019-14351(P2019-14351/J1)
【審判請求日】2019年10月28日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001421
【氏名又は名称】キユーピー株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】501149411
【氏名又は名称】キユーピータマゴ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091982
【弁理士】
【氏名又は名称】永井 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100152423
【弁理士】
【氏名又は名称】小島 一真
(72)【発明者】
【氏名】藤川 友理
(72)【発明者】
【氏名】山下 翔
【合議体】
【審判長】 村上 騎見高
【審判官】 安孫子 由美
【審判官】 齊藤 真由美
(56)【参考文献】
【文献】 特許第6473855(JP,B1)
【文献】 中国特許出願公開第104222992(CN,A)
【文献】 韓国公開特許第10−2009−0107833(KR,A)
【文献】 荘咲子,麹菌を用いた新規な卵発酵調味料(たまご醤油)の調製研究,Kyoto Women’s University Academic Information Repository[online],2014年3月15日,http://repo.kyoto−wu.ac.jp/dspace/handle/11173/1576
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
pH4.6超であり、日持ち向上剤を0.1質量%以上含有する食品又は食材において、
麹熟成卵黄を含有し、
前記日持ち向上剤が、グリシン及び/又は酢酸ナトリウムであり、
前記日持ち向上剤1質量部に対して前記麹熟成卵黄の割合が固形分換算で0.05質量部以上12質量部以下であることを特徴とする、
品又は食材。
【請求項2】
前記麹熟成卵黄の含有量が固形分換算で、0.02質量%以上11質量%以下であることを特徴とする、
請求項1に記載の食品又は食材。
【請求項3】
前記麹熟成卵黄が、加熱麹熟成卵黄であることを特徴とする、
請求項1又は2に記載の食品又は食材。
【請求項4】
前記麹熟成卵黄が、卵麹熟成卵黄であることを特徴とする、
請求項1〜3のいずれか一項に記載の食品又は食材。
【請求項5】
記食品又は食材が、チルド又は冷凍品であることを特徴とする、
請求項1〜4のいずれか一項に記載の食品又は食材。
【請求項6】
pH4.6超であり、日持ち向上剤を0.1質量%以上含有する食品又は食材における前記日持ち向上剤の風味をマスキングする方法であって、
前記日持ち向上剤が、グリシン及び/又は酢酸ナトリウムであり、
前記日持ち向上剤1質量部に対して麹熟成卵黄を固形分換算で0.05質量部以上12質量部以下含有させることを特徴とする、
品又は食材中の日持ち向上剤のマスキング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、日持ち向上剤含有食品又は食材において、前記日持ち向上剤の不快な味がマスキングされた食品又は食材、及び日持ち向上剤の不快な味をマスキングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品又は食材には一般的に、微生物増殖を抑制する目的で、グリシンや酢酸ナトリウム等の日持ち向上剤が用いられている。
しかしながら、日持ち向上剤は特有の甘味や収れん味等の不快な風味を有するため、食品又は食材そのものの味を損ねてしまうという問題がある。
【0003】
この問題に対して、例えば、スクラロースを使用し、不快な風味をマスキングすることが提案されている(特許文献1)。しかしながら、スクラロースは甘味料であるため、甘みが強く、惣菜等に対しては味のバランスが崩れてしまうため使いにくいという課題があった。
【0004】
【特許文献1】特開2000―175668号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記の背景技術に鑑みてなされたものであり、食品又は食材本来の風味を保ちながら、日持ち向上剤の不快な味がマスキングされた食品又は食材、及び日持ち向上剤の不快な味をマスキングする方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は鋭意検討した結果、意外にも、日持ち向上剤及び麹熟成卵黄を含有する食品において、日持ち向上剤と麹熟成卵黄の含有量の割合を調整することで、上記の技術的課題を解決できることを知見し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、
(1)pH4.6超であり、日持ち向上剤を0.1質量%以上含有する食品又は食材において、麹熟成卵黄を含有し、前記日持ち向上剤が、グリシン及び/又は酢酸ナトリウムであり、前記日持ち向上剤1質量部に対して前記麹熟成卵黄の割合が固形分換算で0.05質量部以上12質量部以下であることを特徴とする、食品又は食材、
(2)前記麹熟成卵黄の含有量が固形分換算で、0.02質量%以上11質量%以下であることを特徴とする、請求項1に記載の食品又は食材、
(3)前記麹熟成卵黄が、加熱麹熟成卵黄であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の食品又は食材、
(4)前記麹熟成卵黄が、卵麹熟成卵黄であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項に記載の食品又は食材、
(5)前記食品又は食材が、チルド又は冷凍品であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の食品又は食材、
(6)pH4.6超であり、日持ち向上剤を0.1質量%以上含有する食品又は食材における前記日持ち向上剤の風味をマスキングする方法であって、前記日持ち向上剤が、グリシン及び/又は酢酸ナトリウムであり、前記日持ち向上剤1質量部に対して麹熟成卵黄を固形分換算で0.05質量部以上12質量部以下含有させることを特徴とする、食品又は食材中の日持ち向上剤のマスキング方法、
である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、日持ち向上剤含有食品又は食材において、前記日持ち向上剤の不快な味がマスキングされた食品又は食材、及び日持ち向上剤の不快な味をマスキングする方法を提供することができる。保存性と美味しさを両立することが可能となるため、食品廃棄の減少とともに、消費拡大も見込まれる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<食品及び食材>
本発明の食品及び食材とは、pH4.6超であり日持ち向上剤を含む食品及び食材である。
本発明の食品は、例えば、卵サラダ、ポテトサラダ、マカロニサラダ等のサラダ類、パスタソース、卵ソース、親子丼、かつ丼、オムレツ、目玉焼き、厚焼き、スクランブルエッグ等の卵調理食品が挙げられる。
また、本発明の食材とは、食品を製する際に用いる材料であり、例えば、うどんや鍋等の出汁類、親子丼等の半熟卵部分等が挙げられる。
なお、本発明の食品及び食材において、チルド又は冷凍の食品及び食材であると、日持ち向上剤を含むことが多いことから本発明の効果が得られやすく好適である。
【0010】
(チルドの食品及び食材)
本発明のチルドの食品及び食材とは、製造後0℃以上15℃以下で保管される食品及び食材である。冷蔵の方法は特に限定されないが、例えば、10℃の冷蔵庫で冷却、保存される。
【0011】
(冷凍の食品及び食材)
本発明の冷凍の食品及び食材とは、製造後0℃未満で保管される食品及び食材である。冷凍の方法は特に限定されないが、例えば−30℃以下の冷凍庫で凍結、保存される。
【0012】
<日持ち向上剤>
本発明の日持ち向上剤とは、食品の品質を維持するため、一般的に日持ち向上剤として称されている食品添加物である。例えば、グリシン、酢酸ナトリウム、リゾチーム、グリセリン脂肪酸エステル(中鎖)、ショ糖脂肪酸エステル(HLB15以上)等が挙げられる。これらの日持ち向上剤は単体で用いても、製剤として複数組み合わせて用いても良い。
また、本発明の麹熟成卵黄によるマスキング効果は、特にグリシン、酢酸ナトリウムに対して得られやすい。
【0013】
(日持ち向上剤の配合量)
本発明の食品及び食材中の日持ち向上剤の配合量は、0.1質量%以上である。好ましくは0.5質量%以上である。0.1質量%未満であると日持ち効果が得られない。また、上限は日持ち効果が得られれば特に限定されないが、食品の風味に影響するため、好ましくは8質量%以下であり、より好ましくは4質量%以下である。
【0014】
<麹熟成卵黄>
本発明において、麹熟成卵黄とは、麹菌により卵黄を熟成させたものをいう。本発明の麹熟成卵黄は、卵黄を熟成させることで、卵黄成分の分解物が豊富に含まれている。
また、本発明の、麹熟成卵黄は、例えば、食塩を混合した状態で加熱させながら熟成されたもの、乾燥されたもの、凍結後解凍されたもの、麹菌由来の酵素を失活するために加熱されたもの(例えば75℃以上)、麹菌を殺菌し死菌とするために加熱されたもの等を含むものとする。
なお、本発明において加熱麹熟成卵黄とは、上記加熱させながら熟成させた麹熟成卵黄をいう。
【0015】
(麹熟成卵黄の含有量)
食品又は食材中の麹熟成卵黄の含有量は、固形分換算で0.02質量%以上11質量%以下であるとよく、好ましくは0.04質量%以上8.5質量%以下であり、さらに好ましくは0.2質量%以上7質量%以下である。食品又は食材中の麹熟成卵黄の含有量が上記範囲内であれば、風味のバランスを保ちながら、日持ち向上剤由来の不快な味を抑制することができる。
なお、麹熟成卵黄の固形分とは、麹熟成卵黄中の水分を除いた部分をいう。
【0016】
(卵黄)
上記の麹熟成卵黄の原料として用いる卵黄は、一般的に流通している卵黄であればいずれのものでもよく、生卵黄(液卵黄)又は生卵黄に所定の処理を行ったもの等が挙げられる。所定の処理の例としては、食塩や糖分等の添加、低温殺菌等の殺菌処理、冷凍及び解凍、乾燥及び水戻し、脱糖処理等が挙げられる。これらの処理は、一種のみ行ってもよいし、二種以上を組み合わせて行ってもよい。本発明の卵黄は、ホスビチン、ビテロゲニン、リベチン等の卵黄タンパク質や、トリアシルグリセロール、リン脂質等の脂質を含む。なお、液卵黄とは、鶏等の鳥類の卵を割卵し卵白を分離したものをいい、割卵及び分離後、所定期間冷蔵保存したもの並びに凍結後解凍させたものを含むものとする。
【0017】
(日持ち向上剤に対する麹熟成卵黄の割合)
本発明の食品又は食材中の日持ち向上剤1質量部対する麹熟成卵黄の割合は、固形分換算で0.05質量部以上12質量部以下であり、0.15質量部以上10質量部以下であるとよく、更に0.4質量部以上8質量部以下であるとよい。日持ち向上剤に対する麹熟成卵黄の固形分の割合が0.05質量部未満であると本発明の効果が得られない。12質量部超であると麹の風味が強く元の食品や食材の味に影響を与えてしまう。
【0018】
(麹熟成卵黄の製造方法)
上記の麹熟成卵黄の製造方法は、特に限定されるものではないが、一実施態様では、麹と、卵黄と、食塩とを混合して混合物を得る工程と、得られた混合物を40℃以上65℃以下で加熱しながら熟成させて、麹熟成卵黄を得る工程とを含むものであることが好ましい。以下、各工程を具体的に説明する。
【0019】
(混合物を得る工程)
本工程では、少なくとも、麹と、卵黄と、食塩と、を常法にしたがって均一に混合し、混合物を得ることができる。
混合物中の各材料の割合は、上記麹熟成卵黄を得ることができれば特に限定されない。例えば、卵黄の含有量は、好ましくは50質量%以上95質量%以下であり、より好ましくは80質量%以上90質量%以下である。食塩の含有量は、麹熟成卵黄が上記食塩含有量となるように適宜調整され、例えば、混合物全体に対して好ましくは1質量%以上12質量%以下であり、より好ましくは2質量%以上10質量%以下であり、さらに好ましくは3質量%以上8質量%以下である。食塩含有量が12質量%以下であることで、塩味が抑えられ、卵黄本来の風味や、卵黄タンパク質分解物由来の旨味、コク等を引き立たせることができる。食塩含有量が1質量%以上であることで、保存性に優れた麹熟成卵黄が得られ、流通の観点からも好ましい。また、熟成に際し上記含有量となるように食塩を添加することで、卵黄タンパク質の酵素分解が促進され、比較的短い熟成期間で所望の麹熟成卵黄を得ることができる。なお、本発明の麹熟成卵黄の食塩含有量の値は、モール法を用いて測定した値である。また、混合物には、上記各材料に加え、所定量の水が加えられてもよい。本発明の混合物は、例えば、ニーダー、ミキサー等の一般の攪拌機を用いて攪拌してもよい。これにより、各材料が均一に混ざり合い、熟成を進行させることができる。
【0020】
(麹菌)
麹熟成卵黄の製造に用いる麹菌としては、アスペルギルス・オリーゼ(Aspergillus oryzae)やアスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)等に代表される黄麹菌、アスペルギルス・リューチュウエンシス(Aspergillus luchuensis)等に代表される黒麹菌及びその変異種が挙げられる。
【0021】
(麹)
麹熟成卵黄の製造に用いる麹とは、卵や豆等のタンパク質原料や、米等の炭水化物原料等の培地に上記麹菌を接種して、培養することで得られたものをいう。麹熟成卵黄の製造に用いる麹として、例えば、麹菌を卵で培養した卵麹や、麹菌を米で培養した米麹、麹菌を大豆で培養した大豆麹、麹菌を麦で培養した麦麹等を用いることができる。麹菌は、培地の種類や培養条件に応じた酵素を選択的に生成する。このため、各麹が異なる酵素群を含有することとなり、異なる麹を用いることで、風味や味わいの異なる麹熟成卵黄を得ることができる。
【0022】
本発明では、卵黄由来の旨味とコクを有する麹熟成卵黄が得られやすいことから、卵麹や米麹を用いることが好ましく、卵麹を用いることがより好ましい。卵麹に含まれる麹菌は、卵黄タンパク質を分解するのに適したタンパク質分解酵素を多く生成することができる。すなわち、卵麹を用いることで、卵黄タンパク質が効率よく分解され、熟成を進行させることができる。麹の含有量は、例えば卵麹を用いる場合、麹熟成卵黄全体に対して、好ましくは1質量%以上10質量%以下であり、より好ましくは1質量%以上5質量%以下である。
【0023】
(麹熟成卵黄を得る工程)
本工程では、上記混合物を得る工程に続いて、上記混合物を40℃以上65℃以下で加熱しながら熟成させて、麹熟成卵黄を得ることができる。
【0024】
(熟成)
本発明において熟成とは、麹菌により生成される酵素の作用により、卵黄が腐敗することなく、卵黄タンパク質等の卵黄成分が分解され、卵黄タンパク質分解物等が生成されることをいう。これにより、麹菌の種類に応じた多種多様な卵黄タンパク質分解物等が生成され、複雑な味わいを有する麹熟成卵黄が得られる。本発明における熟成は、麹菌が死滅した状態で行われてもよいが、少なくとも一部が生存したままの状態が好ましい。これにより、特有の旨味とコクを強めることができる
【0025】
(熟成温度)
熟成温度は、好ましくは40℃以上65℃以下であり、より好ましくは45℃以上62℃以下であり、さらに好ましくは50℃以上60℃以下である。40℃以上とすることで、酵素を活性化させることができる。また、加熱により香ばしい風味を有する麹熟成卵黄が得られる。さらに、麹菌以外の雑菌に対してもある程度の殺菌効果が得られるため、加工製造時の汚染リスクが低減される。65℃以下とすることで、卵黄タンパク質の加熱変性を抑制でき、生卵黄に近い粘性を有し、他の原料と混合し易く、食品又は食材の製造が容易となる。また、卵黄脂質酸化物の生成を抑制し、収れん味を抑えることができる。上記の熟成温度は、後述する熟成時間の間ほぼ一定に維持される温度であるが、上記範囲内で上昇及び下降してもよい。また、上記熟成温度で混合物を加熱しながら熟成させることで、酵素の至適温度となり分解速度を向上させることができるため、熟成期間を短縮することができる。さらに、熟成期間が短縮されることで、保存性の観点から食塩の添加量を低減できるため、過剰な塩味により旨味やコクが損なわれることを防止することができる。
【0026】
(熟成時間)
熟成時間は、好ましくは24時間以上300時間以下であり、より好ましくは24時間以上240時間以下であり、さらに好ましくは48時間以上192時間以下である。熟成時間を上記範囲内とすることで、十分に熟成させて卵黄タンパク質を分解し、コク味を増すことができ、また、卵黄脂質酸化物の生成を抑制し、収れん味を抑えることができる。
【0027】
(麹熟成卵黄のpH)
なお、上記工程で得られた麹熟成卵黄のpHは、好ましくは4.5以上7.0以下であり、より好ましくは5.0以上6.5以下ある。麹熟成卵黄のpHを4.5以上7.0以下とすることで、卵黄特有のまろやかな風味を感じやすくなる。さらに、pHを5.0以上6.5以下とすることで、麹熟成卵黄のpHを通常の卵黄のpH(6〜7程度)により近づけることができ、卵黄本来のまろやかな風味の麹熟成卵黄が特に得られやすくなる。麹熟成卵黄のpHの値は、1気圧、品温20℃とした時に、pH測定器(株式会社堀場製作所製卓上型pHメータF−72)を用いて測定した値である。
【0028】
(麹熟成卵黄の粘度)
また、上記工程で得られた麹熟成卵黄の粘度は、好ましくは1Pa・s以上500Pa・s以下であり、より好ましくは1.5Pa・s以上400Pa・s以下であり、さらに好ましくは1.5Pa・s以上100Pa・s以下であり、さらにより好ましくは1.5Pa・s以上30Pa・s以下である。麹熟成卵黄の粘度が上記範囲内であれば、他の原料と混合し易く、食品又は食材の製造が容易となる。
なお、粘度の測定方法は、BH形粘度計を使用し、品温20℃、回転数20rpmの条件で、粘度が1Pa・s以上20Pa・s未満の時にローターNo.5、粘度が20Pa・s以上50Pa・s未満の時にローターNo.6、回転数2rpmの条件で、粘度が50Pa・s以上100Pa・s未満の時にローターNo.4、粘度が100Pa・s以上200Pa・s未満の時にローターNo.5、粘度が200Pa・s以上500Pa・s未満の時にローターNo.6を使用し、測定開始後ローターが2回転した時の示度により算出した値である。
【0029】
(食品又は食材の製造方法)
本発明の食品又は食材の製造において、麹熟成卵黄の添加方法は特に限定されない。例えば、食品に添加して混合するだけでもよく、加熱前の食品のスラリーに麹熟成卵黄を添加し、その後加熱し食品を完成させても良い。
【実施例】
【0030】
以下に、実施例と比較例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例の内容に限定して解釈されるものではない。
【0031】
<麹熟成卵黄の製造>
まず、ゆで卵をすり潰して乾燥させた後、水で溶き、水分含量30%としたものに、黒麹菌Aspergillus luchuensis(株式会社樋口松之助商店製)を接種し、32℃〜34℃で約42時間培養を行い、卵麹を得た。
続いて、液卵黄86質量部に対し、食塩4質量部と上記で得られた卵麹10質量部を混合し、55℃の恒温器中で3日間熟成させ、−30℃の冷凍庫で一旦凍結した後に解凍し、液状の卵麹熟成卵黄を得た。得られた卵麹熟成卵黄の食塩含有量は4質量%、水分は58%であり、pHは5.8、20℃で測定した粘度は16Pa・sであった。これらのpHおよび粘度の値は、前述の卵麹熟成卵黄のpHおよび粘度の欄で記載した方法に基づいて測定した値である。
なお、得られた卵麹熟成卵黄を4℃の低温室で保管していたものを、後述する食品又は食材の製造に用いた。
【0032】
<試験例1:卵サラダ>
卵サラダを用いて、日持ち向上剤に対する麹熟成卵黄の割合を変更し、マスキング効果を確認した。
【0033】
[実施例1]
常法にしたがって卵サラダを作った。具体的には、鶏卵を沸騰した湯で10分間ボイルし、茹卵を作った。その茹卵を1cm角にカットして、凝固卵部分を準備した。次に、凝固卵72質量%とマヨネーズ(キユーピー株式会社製)24質量%、グリシン2質量%、卵麹熟成卵黄0.84質量%(固形分換算)を混合し、卵サラダを調製した。このときの卵サラダのpHは4.6超であり、日持ち向上剤に対する卵麹熟成卵黄の固形分の割合は0.42質量部であった。
【0034】
[実施例2〜8及び比較例1]
表1に記載の配合量に変更した以外は実施例1と同様に卵サラダを調製した。なお、得られた卵サラダのpHはいずれも4.6超であった。
【0035】
<官能味評価>
上記で得られた実施例1〜8及び比較例1の卵サラダについて、訓練されたパネラーにより、下記の基準で日持ち向上剤の不快な風味がマスキングされているかを官能評価で評価した。評価結果は表1に示す。なお、評価が△〜◎であれば、良好な結果であると言える。
[日持ち向上剤のマスキング評価]
◎:日持ち向上剤の不快な風味は全く感じず、完全にマスキングされていた。
〇:日持ち向上剤の不快な風味はほぼ感じず、マスキングされていた。
△:日持ち向上剤の風味はやや感じるが、風味に問題はなかった。
×:日持ち向上剤の不快な風味が全く消えていない。
【0036】
[表1]
【0037】
表1に記載の結果から、日持ち向上剤に対する卵麹熟成卵黄の固形分の割合が0.05質量部以上12質量部以下であれば麹熟成卵黄によって日持ち向上剤の不快な風味をマスキングできることが分かる。更に、0.15質量部以上10質量部以下だとよりマスキングでき、0.4質量部以上8質量部以下であれば日持ち向上剤の不快な味を全く感じないことが示された。
【0038】
<試験例2>
試験1と同様に卵サラダを用いて、日持ち向上剤の種類と、日持ち向上剤に対する麹熟成卵黄の割合を変更し、その際の効果を確認した。
【0039】
[実施例9〜13]
表2に記載の日持ち向上剤とその配合量にしたがって、実施例1の卵サラダの製造方法と同様にして卵サラダを調製した。なお、いずれの卵サラダもpH4.6超であった。
【0040】
[表2]
【0041】
実施例9〜13のマスキング効果の評価は試験例1と同様に行った。表2にその結果を示す。
表2の結果から、様々な日持ち向上剤に対して麹熟成卵黄のマスキング効果は得られることが示された。また、日持ち向上剤単独に限らず、複数の日持ち向上剤を組み合わせて製剤にしたものに対しても、麹熟成卵黄はマスキング効果が得られることが示されている。
【0042】
<試験例3>
卵サラダ以外の日持ち向上剤を含む食品又は食材に対して、麹熟成卵黄のマスキング効果を確認した。
【0043】
(ポテトサラダ)
日持ち向上剤を含むポテトサラダに対して、麹熟成卵黄のマスキング効果の有無を確認した。
【0044】
[実施例14]
常法にしたがってポテトサラダを作った。具体的には、皮をむいたジャガイモを沸騰した湯で10分間ボイルし、その後適当な大きさにつぶした。つぶしたじゃがいも80質量%とマヨネーズ(キユーピー株式会社製)20質量%、グリシン2質量%、卵麹熟成卵黄0.84質量%(固形分換算)を混ぜ合わせ、ポテトサラダを調製した。この時のポテトサラダのpHは4.6超であり、日持ち向上剤に対する卵麹熟成卵黄の固形分の割合は0.42質量部であった。
【0045】
[実施例15及び比較例2]
表3に記載の配合量に変更した以外は実施例14と同様にポテトサラダを調製した。なお、いずれのポテトサラダもpH4.6超であった。
【0046】
[表3]
【0047】
(出汁)
日持ち向上剤を含む出汁に対して、麹熟成卵黄のマスキング効果の有無を確認した。
【0048】
[実施例16、17及び比較例3、4]
鰹節出汁(20倍濃縮)(株式会社マルハチ村松社製)に表4に記載の日持ち向上剤と麹熟成卵黄を加え、混合した。このとき、いずれの出汁もpH4.6超であった。
【0049】
[表4]
【0050】
(卵ソース)
日持ち向上剤を含む卵ソースに対して、麹熟成卵黄のマスキング効果の有無を確認した。
【0051】
[実施例18〜22及び比較例5、6]
殺菌液卵黄(キユーピータマゴ株式会社製)と清水、日持ち向上剤及び、麹熟成卵黄を表5にしたがって混合し、卵ソースを調製した。このとき、いずれの卵ソースもpH4.6超であった。
【0052】
[表5]
【0053】
(スクランブルエッグ)
日持ち向上剤を含むスクランブルエッグに対して、麹熟成卵黄のマスキング効果の有無を確認した。
【0054】
[実施例23]
常法にしたがってスクランブルエッグを作った。具体的には、卵79.3質量%、塩0.1質量%、生クリーム(乳脂肪分45%、森永乳業株式会社)10質量%、グリシン2質量%、麹熟成卵黄0.84質量%(固形分換算)を混合し、スクランブルエッグのスラリーを調製した。次に、6.6質量%のサラダ油を敷いたフライパンで、調整したスラリーを加熱し、スクランブルエッグを作った。この時のスクランブルエッグのpHは4.6超であり、日持ち向上剤に対する卵麹熟成卵黄の固形分の割合は0.42質量部であった。
【0055】
[実施例24及び比較例7]
表6に記載の配合に変更した以外は、実施例23と同様にスクランブルエッグを調製した。このとき、いずれのスクランブルエッグもpH4.6超であった。
【0056】
[表6]
【0057】
(親子丼の卵)
日持ち向上剤を含む親子丼の卵部分に対して、麹熟成卵黄のマスキング効果の有無を確認した。
【0058】
[実施例25]
常法にしたがって親子丼の卵部分を調製した。具体的には、鰹出汁9.5質量%、みりん7.5質量%、しょうゆ3質量%、砂糖0.6質量%、グリシン2質量%、麹熟成卵黄0.84質量%(固形分換算)を混合し、調味液を作った。次に、調味液を鍋で加熱し、沸騰した調味液中に溶き卵75.3質量%流し入れ、親子丼の卵部分を調製した。このときの親子丼の卵部分のpHは4.6超であり、日持ち向上剤に対する麹熟成卵黄の固形分の割合は0.42質量部であった。
【0059】
[実施例26及び比較例8]
表7に記載の配合に変更した以外は、実施例25と同様に親子丼の卵部分を調製した。このとき、いずれもpHは4.6超であった。
【0060】
[表7]
【0061】
各食品又は食材のマスキング効果の評価は試験例1と同様に行い、表3〜7にその結果を示した。
評価の結果、味や物性が異なる、様々な日持ち向上剤を含む食品及び食材において、日持ち向上剤に対する麹熟成卵黄の固形分の割合を0.05質量部以上12質量部以下に調整することで、麹熟成卵黄のマスキング効果が得られることが示された。一方、麹熟成卵黄を含まない各比較例は、日持ち向上剤の不快な味が残り、おいしさを損ねていた。