(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
鋼製円筒状外層の内面に遠心鋳造法により内層を形成してなる成形機用複合シリンダであって、前記内層が、質量基準で0.05〜1%のC、0.5〜6%のSi、0.1〜3%のMn、1〜20%のCr、1.5〜4%のB、1〜15%のCo、5〜40%のFe、及び0.02〜0.2%のV、並びに0.02〜0.05%のMo、0.1〜4%のCu、及び0.01〜5%のWからなる群から選ばれた少なくとも一種を含有し、残部がNi及び不可避的不純物からなるNi基合金により形成されており、
前記内層を形成するNi基合金の組織中に長軸長さが0.3 mm以上のニッケル基デンドライトを含まず、
前記内層は内面に100〜300 MPaの周方向の圧縮残留応力を有する
ことを特徴とする成形機用複合シリンダ。
請求項1〜4のいずれかに記載の成形機用複合シリンダにおいて、前記Ni基合金の組織における硼化物の合計面積率が20〜60%であることを特徴とする成形機用複合シリンダ。
【背景技術】
【0002】
プラスチック、金属粉末等の射出成形機又は押出成形機には、鋼製の円筒状シリンダが用いられている。シリンダの内面は、成形樹脂、それに含有される金属粉末、補強材、添加材等によって摩耗しやすいだけでなく、樹脂及び添加剤から発生する腐食性ガス等によって腐食しやすい。これらを防ぐために、鋼製円筒状外層の内面に遠心鋳造法により耐摩耗性及び耐食性に優れたNi基合金からなる内層を形成した構造の複合シリンダが提案されている。
【0003】
特開平7-90437号は、合金鋼からなる中空円筒状外層と、外層の内面に存する耐摩耗性及び耐食性に優れたライニングとを有し、前記ライニングが、重量基準で5〜20%のCr、1.5〜4%のB、0.7%以下のC、1〜4%のSi、2%以下のMn、5〜20%のFe、5〜20%のCu、3〜15%のW、3〜20%のCo、及び2〜12%のMoを含有し、残部が実質的にNi及び不可避的不純物からなるNi基合金で形成された成形機用シリンダを開示している。この成形機用シリンダでは、高強度の外層が高速高圧の射出サイクルによる膨脹及び収縮の応力に対して十分な耐久性を有するので、ライニングに歪みが発生することがない。
【0004】
特開昭61-52338号は、重量基準で1〜30%のCr、1〜6%のB、1.5〜25%のFe、20%以下のCo、1〜10%のSi、5%以下のMn、及び1%以下のCを含有し、残部がNi及び不可避的不純物からなる耐摩耗耐食性合金からなるライニングを有する成形機用シリンダを開示している。特開昭61-52338号は、前記合金が重量基準で0.01〜5%のW、0.01〜5%のV、0.01〜5%のNb、0.01〜5%のTi、及び0.01〜5%のZrからなる群から選ばれた少なくとも1種を含有しても良いと記載している。
【0005】
成形機用シリンダの内面には、成形材料が射出又は押出される際に発生する圧力により引張応力がかかる。従来の油圧式成形機の場合、シリンダ内圧は150 MPa程度であったが、最近の電動式成形機の場合、シリンダ内圧が220 MPaを超えることが多くなった。しかし、特開平7-90437号及び特開昭61-52338号に記載された成形機用複合シリンダでは、220 MPaを超える内圧がかかる成形時にシリンダ内層に割れ及び剥離が発生することが分った。
【0006】
米国特許5565277号は、マイクロアロイ鋼からなる円筒状外層の内面に、タングステンカーバイド粒子を分散させたニッケル合金からなる内層を遠心鋳造法により形成した成形機用複合シリンダを開示している。この成形機用複合シリンダでは、非調質鋼の一種であるマイクロアロイ鋼からなる外層は高強度を有し、タングステンカーバイド粒子を分散させたニッケル合金からなる内層は優れた耐摩耗性を有する。しかし、この成形機用複合シリンダでも、220 MPaを超える圧力がかかる成形ではシリンダの内層が剥離しやすいという問題を解消できていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、円筒状外層の内面に耐摩耗性及び耐食性に優れた内層を遠心鋳造法により形成してなり、シリンダ内面に220 MPaを超える高い圧力がかかる成形でも内層に割れ及び剥離が生じない成形機用複合シリンダ、及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の成形機用複合シリンダは、鋼製円筒状外層の内面に遠心鋳造法により内層を形成してなり、前記内層が、質量基準で0.05〜1%のC、0.5〜6%のSi、0.1〜3%のMn、1〜20%のCr、1.5〜4%のB、1〜15%のCo、5〜40%のFe、及び0.02〜0.2%のVを含有し、残部が実質的にNi及び不可避的不純物からなるNi基合金により形成されていることを特徴とする。
【0009】
前記Ni基合金はFe/Ni=0.35〜0.9を満足するのが好ましい。
【0010】
前記Ni基合金はCo/Ni=0.15〜0.5を満足するのが好ましい。
【0011】
前記Ni基合金はさらに0.1質量%以下のNbを含有するのが好ましい。
【0012】
前記Ni基合金はさらに0.05質量%以下のMoを含有するのが好ましい。
【0013】
前記Ni基合金はさらに0.1〜4質量%のCuを含有するのが好ましい。
【0014】
前記Ni基合金はさらに0.01〜5質量%のWを含有するのが好ましい。
【0015】
前記Ni基合金は、硼化物の合計面積率が20〜60%の組織を有するのが好ましい。
【0016】
前記内層のNi基合金組織中に、長軸長さが0.3 mm以上のニッケル基デンドライトを含まないのが好ましい。
【0017】
前記外層は非調質鋼からなるのが好ましい。
【0018】
前記外層は、質量基準で0.3〜0.6%のC、0.01〜1%のSi、0.1〜2%のMn、及び0.05〜0.5質量%のVを含有し、残部が実質的にFe及び不可避的不純物からなる非調質鋼からなるのが好ましい。
【0019】
前記非調質鋼はさらに質量基準で0.01〜1%のCr、0.01〜1%のCu、及び0.01〜1%のNbからなる群から選ばれた少なくとも一種を含有するのが好ましい。
【0020】
前記外層の硬さHSは36〜50であるのが好ましい。前記外層の耐力は490〜790 MPaであるのが好ましい。
【0021】
前記内層の20℃から600℃における熱膨張係数Aと前記外層の20℃から600℃における熱膨張係数Bとの差(B−A)は1×10
-6〜3×10
-6/℃であるのが好ましい。
【0022】
前記内層の内面における周方向の圧縮残留応力は100〜300 MPaであるのが好ましい。
【0023】
上記成形機用複合シリンダを製造する本発明の方法は、鋼製円筒状外層の内面に遠心鋳造法により内層を形成した後、900〜600℃の間を10〜200℃/分の平均冷却速度で冷却することを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明の成形機用複合シリンダは、高耐力の鋼製円筒状外層と耐摩耗性及び耐食性に優れた内層とからなるので、220 MPaを超える内圧がかかる成形を行っても内層に割れ及び剥離が生じるのを防止できるとともに、腐食性ガスが発生する樹脂の成形に対しても十分な耐久性を有する。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の実施形態を以下詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて適宜変更又は改良を加えても良い。
【0027】
[1] 成形機用複合シリンダの構成
図1に示すように、成形機用複合シリンダ1は、円筒状外層2と、その内面に遠心鋳造法により形成された内層3とを有し、内層3は中央に中空部4を有する。遠心鋳造法により形成された内層3は外層2に金属結合している。外層2の外側面には、ノズル等の部材を接合するためのネジ穴等(図示せず)が設けられている。
【0028】
[A] 内層
(A) Ni基合金の組成
(1) 必須元素
内層3を形成するNi基合金は、必須元素として質量基準で0.05〜1%のC、0.5〜6%のSi、0.1〜3%のMn、1〜20%のCr、1.5〜4%のB、1〜15%のCo、5〜40%のFe、及び0.02〜0.2%のVを含有し、残部が実質的にNi及び不可避的不純物からなる。ここで使用する用語「Ni基合金」とは、Niが最も含有量が多い元素である合金を意味する。
【0029】
(a) 炭素(C):0.05〜1質量%
Cは主にCrと結合して硬質炭化物(及び炭硼化物)を形成し、Ni基合金の耐摩耗性を向上させる。また、Cの一部は基地に固溶し、基地の硬さと強度を向上させる。Cが0.05質量%未満ではCの添加効果は十分でない。一方、Cが1質量%を超えると内層3は脆くなるだけでなく、強度が低下し、割れが発生するおそれがある。C含有量の下限は0.1質量%が好ましい。また、C含有量の上限は0.5質量%が好ましい。
【0030】
(b) ケイ素(Si):0.5〜6質量%
SiはNi基合金の融点を低下させ、遠心鋳造時においてNi基合金の流動性を高め、外層2の内面全周に均一な厚みの内層3を形成しやすくする。またSiはNiと金属間化合物を形成して基地中に析出するため、耐摩耗性を向上させる。Siが0.5質量%未満では十分な効果が得られない。一方、Siが6質量%を超えるとNi基合金の強度が低下し、内層3に割れが発生するおそれがある。Si含有量の下限は1質量%が好ましい。また、Si含有量の上限は4質量%が好ましい。
【0031】
(c) マンガン(Mn):0.1〜3質量%
Mnは脱酸剤として作用し、内層3の凝固時に発生する酸素ガスによる鋳造欠陥を抑制する。Mnが0.1質量%未満では十分な効果が得られない。一方、3質量%超えるMnは内層3の耐食性を損なう。Mn含有量の下限は0.6質量%が好ましい。また、Mn含有量の上限は2質量%が好ましい。
【0032】
(d) クロム(Cr):1〜20質量%
CrはBと結合して硬質の硼化物を形成するとともに、C及びBと結合して硬質の炭硼化物を形成し、Ni基合金の硬さを増大させ、耐摩耗性を向上させる。このように本発明の内層用Ni基合金は硬質の硼化物及び/又は炭硼化物を含有するが、本明細書において単に「硼化物」という場合、硼化物と炭硼化物の両方を含むものとする。なお、本発明の内層用Ni基合金は炭化物を含有しても良い。
【0033】
1質量%以上のCrの含有により、硼化物が生成しやすくなり、十分な硬さを有する内層3が得られる。一方、Crが20質量%を超えると硼化物が過多となり、内層3の強度が低下する。耐摩耗性を十分に発揮させるためには、Crの好ましい下限は3質量%である。また、Cr含有量の上限は15質量%が好ましく、10質量%がより好ましい。
【0034】
(e) B:1.5〜4質量%
ホウ素(B)はNi基合金の融点を低下させ、遠心鋳造時においてNi基合金の流動性を高め、外層2の内面全周に均一な厚みの内層3を形成しやすくする。またBはCr、Ni、Fe、V等と結合して組織中に高硬度硼化物を形成し、内層3の硬さを増大させ、耐摩耗性を向上させる。Bが1.5質量%未満では十分な効果が得られない。一方、Bが4質量%を超えると硼化物が過多となり、内層3の強度は著しく低下し、割れが発生するおそれがある。B含有量の下限は2.2質量%が好ましく、2.6質量%がより好ましい。また、B含有量の上限は3.5質量%が好ましく、3質量%がより好ましく、2.95質量%が最も好ましい。
【0035】
(f) コバルト(Co):1〜15質量%
Coは基地に固溶し、Ni基合金の耐食性及び強度を向上させる。Coが1質量%未満では十分な効果が得られない。一方、Coが15質量%を超えても効果は飽和し、製造コストが上昇するだけである。Co含有量の下限は5質量%が好ましい。また、Co含有量の上限は12質量%が好ましい。
【0036】
(g) 鉄(Fe):5〜40質量%
基地に固溶するFeは内層3の熱膨張係数を低下させ、内層3内面の圧縮残留応力を増大させる。また、Feの一部は外層2との溶着反応により外層2から侵入することがある。Feが5質量%未満では、内層3内面の圧縮残留応力が不足し、内層3の割れ抑制に十分な効果が得られない。一方、Feが40質量%を超えるとNi基合金の耐食性が著しく低下するとともに、耐摩耗性が劣化する。Fe含有量の下限は10質量%が好ましく、15質量%がより好ましく、20質量%が最も好ましく、23質量%が特に好ましい。一方、Fe含有量の上限は35質量%が好ましく、30質量%がより好ましい。
【0037】
(h) バナジウム(V):0.02〜0.2質量%
VはNi基合金の組織を微細化する作用を有する。遠心鋳造した内層3が凝固する際、粗大なニッケル基デンドライトの生成を抑制し、内層3を形成するNi基合金の組織を微細にし、もって内層3の強度を高める。ここで使用する用語「ニッケル基デンドライト」は、ニッケルを主体とするデンドライトを意味する。Vが0.02質量%未満の場合、Ni基合金の組織を微細化する効果が乏しく、組織中に粗大なデンドライトが生成する。内層3の内面に漏出したデンドライトは射出成形時に優先的に腐食し、破壊の起点となる凹部となり、内層3の割れが発生しやすくなる。一方、Vが0.2質量%を超えると、粗大なバナジウム硼化物が生成し、内層3を脆化させ、強度を低下させる。V含有量の下限は0.03質量%が好ましく、0.04質量%がより好ましい。また、V含有量の上限は0.1質量%が好ましい。
【0038】
(i) ニッケル(Ni):残部
Niは耐摩耗性及び耐食性を与える合金の主成分である。合金中の全ての元素の中で、Niの含有量が最も多ければ良いが、優れた耐摩耗性及び耐食性を有する合金とするためには、Ni含有量は45質量%以上が好ましく、50質量%以上がより好ましい。
【0039】
Niは、必須元素であるFe及びCoに対して、以下の関係を有するのが好ましい。
【0040】
(j) Fe/Ni=0.35〜0.9
FeはNi基合金の熱膨張係数を低下させる作用を有するので、Fe/Ni比はNi基合金の熱膨張係数に大きく影響する。また、後述するように、内層3の熱膨張係数と外層2の熱膨張係数との関係により、内層3内面の圧縮残留応力が決まる。内層3内面に所望の圧縮残留応力を生じさせるために、内層3を形成するNi基合金におけるFe/Ni比を0.35〜0.9とするのが好ましい。Fe/Ni比が0.35未満ではNi基合金の熱膨張係数の低下作用が十分でなく、内層3内面の圧縮残留応力が不足し、内層3の割れを抑制する効果が不十分である。一方、Fe/Ni比が0.9を超えると相対的にNi含有量が低下し、Ni基合金の耐食性が低下するので好ましくない。Fe/Ni比のより好ましい下限は0.5であり、より好ましい上限は0.7である。
【0041】
(k) Co/Ni=0.15〜0.5
Fe含有量が増えるほど、相対的にNiの含有量が低下し、Ni基合金の耐食性が低下する。そこで、Coを適量含有させることにより、Ni基合金の耐食性を向上させることができる。すなわち、Co/Ni比を最適化することにより、5〜40質量%のFeを含有していても優れた耐食性を有するNi基合金を得ることができる。Co/Ni比は0.15〜0.5が好ましい。Co/Ni比が0.15未満では、Feによる耐食性低下を十分に抑制できない。一方、Co/Ni比が0.5を超えても耐食性向上効果は飽和し、高価なCoの含有によるコスト増が生じるだけである。Co/Ni比の上限はより好ましくは0.4であり、最も好ましくは0.3である。
【0042】
(2) 任意元素
内層3を形成するNi基合金は、任意元素として質量基準で0.1%以下のNb、0.05%以下のMo、0.1〜4%のCu、及び0.01〜5%のWからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素を含有しても良い。
(a) ニオブ(Nb):0.1質量%以下
NbはVと同様にNi基合金の組織を微細化し、内層3の強度を高める効果を有する。従って、Nbを添加する場合、VとNbとの合計が0.02〜0.2質量%となるように、その量を設定するのが好ましい。しかし、Nbが0.1質量%を超えると、粗大なニオブ硼化物が生成し、内層3を脆化させるだけでなく、強度を低下する。従って、Nb含有量は0.1質量%以下が好ましい。Nb含有量は0.05質量%以下がより好ましい。
【0043】
(b) モリブデン(Mo):0.05質量%以下
MoはVと同様にNi基合金の組織を微細化する効果を有するので、Ni基合金に0.05質量%以下のMoを添加しても良い。しかし、Moが0.05質量%を超えると、内層3が脆化するだけでなく、強度も低下する。Mo含有量は0.03質量%以下がより好ましい。
【0044】
(c) 銅(Cu):0.1〜4質量%
CuはNi基合金の耐食性を向上させる作用を有するので、0.1〜4質量%のCuをNi基合金に添加しても良い。しかし、Cuが4質量%を超えると、耐食性向上効果が飽和するだけでなく、内層3の強度が低下し、割れが発生しやすくなる。Cu含有量の下限は0.5質量%がより好ましく、Cu含有量の上限は2質量%がより好ましい。
【0045】
(d) タングステン(W):0.01〜5質量%
WはBと結合して硼化物を形成し、Ni基合金の硬さを増大させる。また、Wの一部はCと結合して炭化物を形成する。従って、0.01〜5質量%のWをNi基合金に添加しても良い。しかし、Wが5質量%を超えると硼化物が過多となり、溶湯の流動性が低下し、鋳造欠陥が発生しやすくなる。W含有量の下限は0.1質量%がより好ましく、W含有量の上限は3質量%がより好ましい。
(3) 不可避的不純物
不可避的な不純物元素として、リン(P)、硫黄(S)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)等を合計で0.1質量%以下含んでもよい。
【0047】
(1) 硼化物の合計面積率
上記組成を有するNi基合金を円筒状外層2の内面に遠心鋳造してなる内層3は、ニッケルを主体とした基地に、硼化物が合計面積率で20〜60%分散した組織を有するのが好ましい。硼化物を構成する金属元素は主にNi、Cr、V、Fe、W等である。硼化物の合計面積率が20%未満であると、Ni基合金は十分な耐摩耗性を発揮しない。一方、硼化物の合計面積率が60%超であると、Ni基合金は硬すぎて、靱性が不足する。硼化物の合計面積率のより好ましい下限は30%であり、より好ましい上限は55%である。なお、硼化物の合計面積率は、Ni基合金のSEM写真をMedia Cybernetics社製のImage-Pro Plus ver. 7.0の画像処理ソフトを使用して二値化し、所定の黒さ以上の粒子部分を硼化物又は炭硼化物と判定することにより求めた。
【0048】
(2) ニッケル基デンドライト
内層合金の組織中に粗大なニッケル基デンドライトが生成するのを抑制するのが好ましい。粗大なニッケル基デンドライトとは、
図4に示すように樹枝状の晶出物10であり、その長軸(幹)の長さDLが0.3 mm以上のものを言う。内層3を形成するNi基合金の組織中に粗大なデンドライトが生成すると、射出成形工程でデンドライトが優先的に腐食し、内層3の内面に凹部ができる。凹部に応力が集中するので、破壊の起点となりやすい。従って、内層3を形成するNi基合金の組織中に長軸長さが0.3 mm以上のニッケル基デンドライトを含まないのが望ましく、長軸長さが0.2 mm以上のデンドライトを含まないのがより望ましい。
【0049】
(C) 内層の圧縮残留応力
内層3は内面に100〜300 MPaの周方向の圧縮残留応力を有するのが好ましい。内層3内面における周方向の圧縮残留応力が100 MPa未満では、成形時に内層3に割れが発生しやすい。一方、上記圧縮残留応力が300 MPaを超えると、内層3と外層2の接合境界付近で外層2に過大の周方向引張残留応力がかかり、外層2が疲労し、内層3が剥離するおそれがある。
【0050】
[B] 外層
外層2は、内層3を強固に保持するとともに成形時における内層3の割れを防止するように、高耐力の鋼により形成するのが好ましい。このような高耐力の鋼として、炭素鋼又は非調質鋼が好ましく、特に非調質鋼が好ましい。
【0051】
炭素鋼自体は公知のもので良く、例えば0.25~0.6質量%の炭素を含有する炭素鋼が好ましい。このような炭素鋼の一般的な組成は、0.25~0.6質量%の炭素、0.15~0.35質量%のケイ素、0.60~0.90質量%のマンガンを含有し、残部が実質的にFe及び不可避的不純物からなる。
【0052】
V等の合金元素を含有する非調質鋼は、熱処理(調質処理)を行わなくても優れた耐力及び靭性を有するので、S45C、SCM440等の鋼(十分な耐力を得るために遠心鋳造後に熱処理が必要)より複合シリンダの製造コストを低減できる。
【0053】
(A) 非調質鋼の組成
外層2を形成する非調質鋼は、一般に0.3〜0.6質量%のC、0.01〜1%のSi、0.1〜2%のMn、及び0.05〜0.5質量%のVを含有し、残部が実質的にFe及び不可避的不純物からなる組成を有する。非調質鋼はさらに、任意元素として、0.01〜1質量%のCr、0.01〜1質量%のCu及び0.01〜1質量%のNbからなる群から選ばれた少なくとも一種を含有しても良い。
【0054】
(1) 必須元素
(a) C:0.3〜0.6質量%
Cは鋼基地を強化する作用を有する。C含有量が0.3質量%以上であると、十分な強化効果が認められる。一方、Cが0.6質量%を超えると、炭化物の過剰な析出を招き、非調質鋼の靭性を低下させる。
【0055】
(b) Si:0.01〜1質量%
Siは基地組織に固溶し、非調質鋼を強化する作用を有する。Si含有量が0.01質量%以上であると、十分な強化効果が認められる。一方、Siが1質量%を超えると、非調質鋼の靭性は低下する。
【0056】
(c) Mn:0.1〜2質量%
Mnは非調質鋼を強化する元素である。Mn含有量が0.1質量%以上であると、十分な強化効果が認められる。一方、Mnが2質量%を超えると、非調質鋼の靭性は低下する。
【0057】
(d) V:0.05〜0.5質量%
Vは非調質鋼中に微細な炭化物として析出し、非調質鋼の耐力を向上させる。V含有量が0.05質量%以上であると、十分な耐力向上効果が認められる。一方、0.5質量%超のVを含有すると、非調質鋼の靭性は低下する。外層2の靭性が低すぎると、内層3に発生した割れが外層2に伝播しやすくなる。
【0058】
(2) 任意元素
(a) Cr:0.01〜1質量%
Crは非調質鋼を強化する元素である。Cr含有量が0.01質量%以上であると、十分な強化効果が認められる。一方Crが1質量%超えると、非調質鋼の靭性は低下する。
【0059】
(b) Cu:0.01〜1質量%
Cuは非調質鋼を強化する元素である。Cu含有量が0.01質量%以上であると、十分な強化効果が認められる。一方、Cuが1質量%を超えると、非調質鋼の靭性は低下する。
【0060】
(c) Nb:0.01〜1質量%
NbはVと同様に非調質鋼の耐力を向上させる作用を有する。Nb含有量が0.01質量%以上であると、十分な耐力向上効果が認められる。一方、Nbは、1質量%を超えて含ませると靭性を低下させる。外層2の靭性が低すぎると、内層3に発生した割れが外層2に伝播しやすくなる。
【0062】
(1) 硬さ
外層2は36〜50の硬さHSを有するのが好ましい。高硬度の外層2は優れた耐力を有する傾向がある。硬さHSが36未満では外層2の耐力が不足し、成形時に内層3の割れが発生しやすくなる。一方、硬さHSが50を超えると、外層2の被削性が低下し、ネジ加工が困難となる。
【0063】
(2) 耐力
外層2は490〜790 MPaの耐力を有するのが好ましい。耐力が490 MPa未満では、外層2の疲労強度が不足し、成形時に内層3に割れが発生しやすくなる。一方、耐力が790 MPaを超えると、外層2の被削性が低下し、ネジ加工が困難となる。
【0064】
[C] 外層及び内層の熱膨張係数
外層2及び内層3の熱膨張係数の差により、遠心鋳造後に冷却する過程で外層2及び内層3の熱収縮に差が生じ、その結果内層3の内面に圧縮残留応力が生じる。内層3に所望の圧縮残留応力を付与するためには、外層2の20℃から600℃における熱膨張係数Bと、内層3の20℃から600℃における熱膨張係数Aとの差(B−A)は1×10
-6/℃〜3×10
-6/℃であるのが好ましい。B−Aの値を正にする(内層3の熱膨張係数Aを外層2の熱膨張係数Bより小さくする)ことにより、内層3に圧縮残留応力を付与できる。B−Aの値が1×10
-6/℃未満では、内層3に十分な圧縮残留応力が付与できず、内層3の割れが発生しやすい。一方、B−Aの値が3×10
-6/℃を超えると、内層3と外層2の接合境界付近で外層2の円周方向の引張残留応力が過大となり、成形時に内層3近傍の外層2が疲労変形し、内層3の剥離が発生しやすい。B−Aの値のより好ましい範囲は1.5×10
-6/℃〜2.5×10
-6/℃である。
【0065】
非調質鋼からなる外層2の20℃から600℃における熱膨張係数は一般に13.5×10
-6/℃〜14.5×10
-6/℃である。このような熱膨張係数を有する非調質鋼からなる外層2と、上記Ni基合金からなる内層3とを組合せることにより、上記熱膨張係数差(B−A)を得ることができる。
【0066】
[2] 製造方法
Ni基合金溶湯を円筒状外層2内に直接導入するか、Ni基合金の粉末を外層2内に封入した後加熱溶融し、次いで遠心鋳造機で所定の回転数で円筒状外層2を回転させることにより、外層2の内面にNi基合金を強固に金属結合させ、内層3を形成する。
【0067】
外層2の耐力低下の抑制、及び内層3の割れ防止及び粗大なデンドライトの生成の抑制の観点から、遠心鋳造により形成した内層3を冷却する過程での外層2の表面における900〜600℃の間の平均冷却速度を10〜200℃/分とする。前記平均冷却速度が10℃/分未満では、外層2の耐力が十分に得られない。その上、遠心鋳造した内層3の凝固開始から凝固完了までの時間が長くなるので、凝固初期に析出するバナジウム硼化物(溶湯より比重が小さい)は遠心力により内層3の内周側に多く移動し、その結果デンドライトの生成を抑制するバナジウム硼化物が内層3の内周側に著しく偏在する。従って、内層3の外周側で粗大なデンドライトが過剰に生成される。一方、前記平均冷却速度が200℃/分を超えると、外層2を形成する鋼がマルテンサイト変態又はベイナイト変態しやすく、内層3の引張残留応力が過大となり、内層3に割れが発生するおそれがある。外層2の表面における900〜600℃の間の好ましい平均冷却速度は50〜150℃/分である。
【0068】
冷却速度は、例えば衝風又はミスト噴霧により制御することができる。また、シリンダ1全周及び全長にわたり均一な冷却速度とし、シリンダ1全体において外層2の耐力及び内層3の割れ防止及びデンドライトの生成の抑制を行うのが好ましい。
【0069】
本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0070】
実施例1〜3、及び比較例1
外径95 mm、内径34 mm及び長さ1000 mmの円筒状外層を炭素鋼(S45C)及び非調質鋼によりそれぞれ形成した。炭素鋼は、0.45質量%の炭素、0.25質量%のケイ素、及び0.72質量%のマンガンを含有し、残部が実質的にFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、20℃から600℃における熱膨張係数が16.0×10
-6/℃であった。また非調質鋼は、0.45質量%のC、0.30質量%のSi、1.21質量%のMn及び0.12質量%のVを含有し、残部が実質的にFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、20℃から600℃における熱膨張係数が14.0×10
-6/℃であった。前記炭素鋼からなる外層を実施例1及び比較例1の複合シリンダに用い、前記非調質鋼からなる外層を実施例2及び3の複合シリンダに用いた。
【0071】
各外層の内部に表1に示す組成のNi基合金を封入し、外層両端の開口部を蓋で密封した後、1150℃に加熱してNi基合金を溶解した。その後、遠心鋳造法により外層内面に厚さ5 mmの円筒状内層を形成した。ミスト冷却を行うことにより外層表面における900〜600℃の間の冷却速度を50℃/分に調節し、得られた複合シリンダを室温まで冷却した。蓋の除去、及び外層の外周及び端部の機械加工により、外径90 mm、内径24 mm及び長さ900 mmの実施例1〜3及び比較例1の複合シリンダを得た。但し、実施例1及び比較例1の複合シリンダ(外層に炭素鋼を使用)に対して、遠心鋳造後に850℃で1時間の熱処理(調質処理)を施した。
【0073】
各複合シリンダの一端より長さ40 mmの円筒状供試材を採取し、内層の成分を分析した。分析結果を表2に示す。
【0076】
各供試材において外層との接合境界に近接する内層の部分から、厚さ1.5 mm、円周方向長さ4 mm及び軸方向長さ15 mmの試験片TP1を採取し、20℃〜600℃の熱膨張係数の測定を行った。20℃から600℃における内層の平均熱膨張係数Aを表3に示す。また、外層の20℃から600℃における内層の平均熱膨張係数Bとして、上記炭素鋼及び非調質鋼の20℃から600℃における平均熱膨張係数も表3に示す。さらに、20℃から600℃における平均熱膨張係数Aと平均熱膨張係数Bとの差(B−A)を表3に示す。
【0077】
各供試材の内層のロックウェル硬さHRCを外層との接合境界より1 mmの位置で測定した。内層のロックウェル硬さHRCを表3に示す。
【0078】
各複合シリンダの内層を内径30 mm及び厚さ2 mmになるまで機械加工及び研磨加工した後、内層の内面に歪ゲージを貼った。歪ゲージを貼付した内層部分を厚さ1 mm、円周方向長さ20 mm及び軸方向長さ20 mmの大きさに切出して、応力を解放させることにより、圧縮残留応力Sを測定した。測定結果を表3に示す。
【0079】
【表3】
注:(1) 内層の20℃から600℃における平均熱膨張係数(×10
-6/℃)。
(2) 内層のロックウェル硬さHRC。
(3) 内層の圧縮残留応力。
(4) 外層の20℃から600℃における平均熱膨張係数(×10
-6/℃)。
(5) 20℃から600℃における外層の平均熱膨張係数Bと内層の平均熱膨張係数Aとの差(×10
-6/℃)。
【0080】
各供試材の内層から断面が観察可能な試験片を切り出した。内層断面を鏡面研磨し、ナイタル腐食液でエッチングした後、4個の視野に対してSEM写真(倍率:20倍)を撮影した。各SEM写真の中央部分(100 mm×横100 mm、25 mm
2の視野に相当)における長軸長さが6 mm(0.3 mmの実寸に相当)以上のデンドライトの個数を数えて合計し、長軸長さが0.3 mm以上のデンドライトの個数(100 mm
2当たり)とした。結果を表4に示す。実施例2及び3、並びに比較例1のSEM写真をそれぞれ
図2〜
図4に示す。
図2〜
図4のSEM写真において、Aは基地を表し、Bは硼化物を表し、Cは炭硼化物を表す。各SEM写真を観察し、ニッケル基デンドライト10の長軸長さDL、及び長軸長さDLが0.3 mm以上のニッケル基デンドライト10の数を求めた。結果を表4に示す。なお、デンドライト10の長軸長さDLは、
図4に示す通りデンドライトの幹に相当する部分の長さである。
【0081】
実施例1〜3のSEM写真をMedia Cybernetics社製のImage-Pro Plus ver. 7.0の画像処理ソフトを用いて画像解析し、硼化物及び炭硼化物の合計面積率Mを求めた。結果を表4に示す。
【0082】
【表4】
注:(1) 長軸長さが0.3 mm以上のデンドライトの数(100 mm
2当たり)。
【0083】
前記円筒状供試材の外層のショア硬さHSを、長手方向中央で、かつ内層との境界から5 mm離れた位置で測定した。測定結果を表5に示す。
【0084】
供試材の外層から、内層との接合境界に近接した位置で、JIS5号相当の引張試験片TP2を切り出し、引張試験機を用いて耐力の測定を行った。測定結果を表5に示す。
【0086】
各複合シリンダの胴体及び端部に必要な加工を施し、外径90 mm、内径30 mm及び長さ750 mmの射出成形機用複合シリンダを得た。この射出成形機用複合シリンダをバーフローテスト金型に連結し、ガラス繊維を25質量%含有するナイロン(登録商標)の射出成形を、300℃の加熱温度、250 MPaの射出圧力、及び1回当たり35 cm
3の射出量とする条件で、1×10
5回〜1×10
6回行った。この成形テストにおいて、内層の割れ/剥離、摩耗及び腐食を以下の基準により評価した。評価結果を表6に示す。
【0087】
(1) 割れ/剥離の評価基準
◎:1×10
6回の成形でも内層に割れ及び剥離が生じなかった。
○:1×10
5回の成形でも内層に割れ及び剥離が生じなかったが、1×10
6回の成形では内層に割れ又は剥離が生じた。
×:1×10
5回未満の成形で内層に割れ又は剥離が生じた。
【0088】
(2) 摩耗の評価基準
1×10
5回の成形を行った後に、シリンダの軸方向中央部(摩耗量が最大)における内径を測定し、内層の摩耗量(mm)を(D
0−D
1)/2の式(ただし、D
0は成形前のシリンダの内径であり、D
1は成形により摩耗した後のシリンダの内径である。)により求めた。
◎:摩耗量が0.25 mm以下であった。
○:摩耗量が0.25 mm超、0.5 mm以下であった。
×:摩耗量が0.5 mm超であった。
【0089】
(3) 腐食の評価基準
1×10
5回の成形を行った後に、シリンダの射出側先端部(腐食が最大)における内径を測定し、内層の腐食量(mm)を(D
0−D
2)/2の式(ただし、D
0は成形前のシリンダの内径であり、D
2は成形により腐食した後のシリンダの内径である。)により求めた。
◎:腐食量が0.025 mm以下であった。
○:腐食量が0.025 mm超、0.05 mm以下であった。
×:腐食量が0.05 mm超であった。
【0091】
上記の通り、実施例1〜3の成形機用複合シリンダでは、射出成形により内層に割れ及び剥離が生じなく、かつ摩耗量及び腐食量も少なかった。これに対して、比較例1の成形機用複合シリンダでは、内層に割れ又は剥離が生じた。