特許第6795453号(P6795453)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6795453
(24)【登録日】2020年11月16日
(45)【発行日】2020年12月2日
(54)【発明の名称】測定装置及び測定方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/145 20060101AFI20201119BHJP
【FI】
   A61B5/145ZDM
【請求項の数】6
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2017-100683(P2017-100683)
(22)【出願日】2017年5月22日
(65)【公開番号】特開2018-192182(P2018-192182A)
(43)【公開日】2018年12月6日
【審査請求日】2019年9月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(74)【代理人】
【識別番号】100153006
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 勇三
(74)【代理人】
【識別番号】100064621
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 政樹
(72)【発明者】
【氏名】田島 卓郎
(72)【発明者】
【氏名】田中 雄次郎
(72)【発明者】
【氏名】中村 昌人
【審査官】 ▲高▼ 芳徳
(56)【参考文献】
【文献】 特表2007−510492(JP,A)
【文献】 特開2009−002794(JP,A)
【文献】 特開2012−004181(JP,A)
【文献】 特開2009−031096(JP,A)
【文献】 特開2012−251904(JP,A)
【文献】 特表2011−500122(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/145 − 5/1495
G01N 21/00 − 21/958
G01N 29/00 − 29/52
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の生体内成分値に関する情報の時系列信号に基づいて複数の特徴量の情報を抽出する特徴量抽出回路と、
前記特徴量抽出回路により抽出された前記特徴量に基づいて、前記特徴量ごとに前記生体内成分値の事前推定値を算出する事前推定回路と、
前記事前推定回路により算出された前記事前推定値に含まれるノイズを濾した事後推定値を算出するカルマンフィルタと、
前記カルマンフィルタで算出されたそれぞれの前記事後推定値を重み付け平均化して最終推定値を出力する統合処理回路と、
前記生体内成分値に関する前記情報の信頼度を示すエラー係数を測定するエラー測定回路と、
前記エラー係数に基づいて重み付け行列の成分である重み付け定数を求める重み付け定数生成回路と、
前記カルマンフィルタの推定誤差が最小となるように前記カルマンフィルタの共分散推定誤差行列を更新する適応推定回路と、
前記重み付け行列と前記共分散推定誤差行列とに基づいて前記カルマンフィルタのカルマン利得を更新する重み付け演算回路と、
を備えることを特徴とする測定装置。
【請求項2】
前記生体内成分値は生体内グルコース値であることを特徴とする請求項1に記載の測定装置。
【請求項3】
前記生体内成分値に関する前記情報の時系列信号は、光音響センサにより検出される光音響信号と、誘電分光センサにより検出される透過信号又は反射信号であることを特徴とする請求項に記載の測定装置。
【請求項4】
前記特徴量抽出回路により抽出される前記特徴量は、前記光音響信号の位相と振幅に基づいて算定される音速と、光吸収係数と、前記透過信号又は前記反射信号に基づいて算出される複素誘電率と、を含むことを特徴とする請求項に記載の測定装置。
【請求項5】
被験者の生体内成分値に関する情報の時系列信号に基づいて複数の特徴量の情報を抽出する特徴量抽出ステップと、
前記特徴量抽出ステップで抽出された前記特徴量に基づいて、前記特徴量ごとに前記生体内成分値の事前推定値を算出する事前推定ステップと、
前記事前推定ステップで算出された前記事前推定値に含まれるノイズをカルマンフィルタにより濾して事後推定値を算出するフィルタリングステップと、
前記フィルタリングステップで算出されたそれぞれの前記事後推定値を重み付け平均化して最終推定値を出力する統合処理ステップと、
前記生体内成分値に関する前記情報の信頼度を示すエラー係数を測定するエラー測定ステップと、
前記エラー係数に基づいて重み付け行列の成分である重み付け定数を求める重み付け定数生成ステップと、
前記カルマンフィルタの推定誤差が最小となるように前記カルマンフィルタの共分散推定誤差行列を更新する適応推定ステップと、
前記重み付け行列と前記共分散推定誤差行列とに基づいて前記カルマンフィルタのカルマン利得を更新する重み付け演算ステップと
を備えることを特徴とする測定方法。
【請求項6】
前記生体内成分値は生体内グルコース値であることを特徴とする請求項に記載の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非侵襲な生体内成分濃度の測定技術に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化が進み、成人病に対する対応が大きな課題になりつつある。血糖値などの検査は血液の採取が必要なために患者にとって大きな負担である。そのため、血液を採取しない非侵襲な生体内成分濃度の測定装置が注目されている。
【0003】
非侵襲な生体内成分濃度の測定装置として、例えば、光音響法を用いた測定装置や、誘電分光法を用いた測定装置が提案されている。光音響法は、皮膚内に電磁波を照射し、測定対象とする血液成分、例えば、グルコース分子に電磁波を吸収させ、グルコース分子からの熱の放射によって局所的に熱膨張を起こし、熱膨張によって生体内から発生した音波を観測する(例えば、非特許文献1参照。)。
【0004】
図8は、従来の光音響法を用いた生体内成分濃度の測定装置100の構成例を示す図である。従来の測定装置100は、光信号発生装置101と、光信号出射装置102と、音響素子103と、音響信号計測装置104と、信号処理装置105と、濃度演算装置106と、データベース107とから構成される。
【0005】
従来の測定装置100では、被検体である生体に光が照射され、照射された光は、生体の内部に光音響信号である音波を発生させる。この音波は電気信号に変換され、信号解析がなされて、背景成分及び対象成分が混合されている生体における、グルコース値等の生体内成分濃度が測定される(例えば、特許文献1参照。)。しかし、グルコースと電磁波の相互作用は小さく、また生体に安全に照射しうる電磁波の強度には制限があり、従来の測定装置100ではグルコース値についての十分な精度を得ることが困難であった。
【0006】
そこで、生体内グルコース値等の測定値における精度をより向上させるために、図8に示す従来の光音響法を用いた生体内成分濃度の測定装置200では、連続的に強度変調した光源が用いられる(例えば、特許文献1参照)。測定装置200は、発振器201と、駆動回路203a、203bと、遅延調整器202と、第1光源204aと、第2光源204bと、光合波器205と、音波検出器206と、波形観測器207と、記録器208とから構成される。本例では、二つの光源を用いており、第1光源204aは、波長λ1の測定光を発生し、第2光源204bは、波長λ2の参照光を発生する。
【0007】
発振器201は、第1光源204a及び第2光源204bから出力される光を強度変調するための変調信号を出力する。遅延調整器202は、発振器201からの変調信号のうち一方を反転して出力する。駆動回路203aは第1光源204aを駆動させる。駆動回路203bは、遅延調整器202で反転された変調信号を基に第2光源204bを駆動させる。
【0008】
第1光源204aは、駆動回路203aからの信号により波長λ1の測定光を強度変調して出力する。第2光源204bは、駆動回路203bからの信号により波長λ2の参照光を強度変調して出力する。これにより、異なる2波長λ1及びλ2光のそれぞれを、同一周波数で逆位相の信号により電気的に強度変調して出力する。
【0009】
ここで、図10にグルコース水溶液の吸光度スペクトルを示す。2つの波長λ11及び波長λ21は、対象成分の呈する吸収の差が、背景成分の呈する吸収の差よりも大きい波長である。また、波長λ11は、対象成分が特徴的な吸収を呈する波長に設定する。波長λ11及び波長λ21は、対象成分の呈する吸収の差がそれ以外の成分の呈する吸収の差よりも大きい2波長であってもよい。これにより、水や測定対象の生体内成分以外の成分による吸収の影響を少なくして測定装置の測定精度をより向上させることができる。
【0010】
また、図11にグルコース差分吸収スペクトルを示す。例えば、波長1600nmおよび2100nmにグルコースの吸収ピークが観測できる。したがって、波長λ11はこれらの波長に設定する。
【0011】
図9に戻り、従来の生体内成分濃度の測定装置200では、2つの波長λ1及び波長λ2の各々を電気的に強度変調する変調周波数を、被測定物で発生する音波の検出に関わる共鳴周波数と同一の周波数で変調することにより、音波の測定値における吸収係数に関わる非線形性に配慮して選択された2波長の光に対する音波を測定する。そして、2波長差分の音波から一方の波長の音波を規格化することで、一定に保ちがたい多数のパラメータの影響を排除して、より高精度に被測定物内に発生する音波を検出することができる。
【0012】
2つの波長λ1及び波長λ2の光により被測定物の内部で発生した光音響信号は、それぞれ音響センサにより検出され、音圧に比例した電気信号に変換され、波形観測器209によって観測される。2波長に対応する光音響信号の強度の差は、血液中に含まれるグルコースの量に対応した電気信号として測定される。
【0013】
また、図12に示すように、例えば、従来の測定装置200における2つの選択波長では、それぞれの波長で水の吸光度スペクトルは温度依存係数が正負の傾向を示す。このように、吸光度変化の影響が大きい場合、温度変化による吸光度変化Δαwに対して、温度を直接計測して既知の吸光度スペクトルから求める、若しくは、光の吸収量変化から温度変化ΔTを推定して既知の吸光度スペクトルからΔαwを求める。この場合、Δα=Mαg+Δαwと記述できる。したがって、モル濃度M=(Δα−Δαw)/αgを演算し求めることができる。
【0014】
このように、従来の測定装置100、200では、光音響信号変化と生体内成分濃度との相間を予め測定することによって検量モデルをデータベースとして構築し、計測した光音響信号の変化から生体内成分濃度の検量を行っていた。
【0015】
また、図13に、別の従来の非侵襲な生体内成分濃度の測定装置である、誘電分光法を用いた測定装置300の構成例を示す。測定装置300は、同軸プローブ301と、高周波信号計測装置302と、信号処理装置303と、濃度演算装置304と、データベース305とから構成される。
【0016】
従来の誘電分光法による生体内成分濃度の測定装置300は、同軸プローブを介して電磁波を皮膚内に照射し、測定対象の血液成分、例えば、グルコース分子と水の相互作用に従い、電磁波を吸収させ、電磁波の周波数に対する振幅及び位相を観測する(例えば、非特許文献2参照。)。
【0017】
観測される電磁波の周波数に対する振幅及び位相から、図14A及び図14Bに示す誘電緩和スペクトル(濃度0〜1.462M)を算定する。一般的には、Cole−Cole式に基づき緩和カーブの線形結合として表現し、複素誘電率を算定する。
【0018】
血液成分の定量では、例えば血液中に含まれるグルコースやコレステロール等の血液成分の量に複素誘電率は相間があるため、その変化に対応した電気信号(振幅、位相)として測定される。したがって、従来の測定装置300では、複素誘電率変化と生体内成分濃度との相間を予め測定することによって検量モデルをデータベースとして構築し、計測した誘電緩和スペクトルの変化から生体内成分濃度の検量を行っていた。
【0019】
このように、従来の光音響法を用いた測定装置100、200や、誘電分光法を用いた測定装置300では、測定対象に応じた検量モデルをデータベースとして構築し、センサのキャリブレーションを行っていた。
【0020】
しかし、実際の生体グルコース等の生体内成分の測定では、様々な要因が影響を与える。生体内グルコースの測定に影響を与える要因としては、例えば、測定環境(温湿度、風)、発汗(電解質)や精神状態、皮膚部位間の毛細血管密度のバラツキ、皮膚の凹凸や堅さ、測定時の接触圧と他パラメータとの相関、皮膚下の骨の有無がプローブ接触面積に与える影響、測定者依存性、皮膚滲出液の有無、機器の皮膚内到達深度等の特性の設定等が挙げられる。
【0021】
したがって、従来におけるデータベースとして予め構築された検量モデルに基づくセンサのキャリブレーションでは、変化する測定環境等の影響が十分に反映されず、正確なキャリブレーションをすることが困難な場合があり、測定される生体内成分濃度の定量精度が十分でないことがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【特許文献1】特開2007−89662号公報
【非特許文献】
【0023】
【非特許文献1】Y. Tanaka, Y. Higuchi, and S. Camou, “Noninvasive measurement of aqueous glucose solution at physiologically relevant blood concentration levels with differential continuous−wave laser photoacoustic technique”, IEEE SENSORS, 2015.
【非特許文献2】M. Nakamura, T. Tajima, K. Ajito and H. Koizumi, “Selectivity−enhanced glucose measurement in multicomponent aqueous solution by broadband dielectric spectroscopy,” 2016 IEEE MTT−S International Microwave Symposium (IMS), 2016.
【非特許文献3】R.N.Bergman,Y.Z.Ider,C.R.Bowden and C.Cobelli “Quantitative estimation of insulin sensitivity”Am J Physiol Endocrinol Metab 236:pp.E667−E677 (1979).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
本発明は、様々な状況下で生体内成分濃度の定量精度を向上させることができる測定装置及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0025】
上述した課題を解決するために、本発明に係る測定装置において、被験者の生体内成分値に関する情報の時系列信号に基づいて複数の特徴量の情報を抽出する特徴量抽出回路と、前記特徴量抽出回路により抽出された前記特徴量に基づいて、前記特徴量ごとに前記生体内成分値の事前推定値を算出する事前推定回路と、前記事前推定回路により算出された前記事前推定値に含まれるノイズを濾した事後推定値を算出するカルマンフィルタと、前記カルマンフィルタで算出されたそれぞれの前記事後推定値を重み付け平均化して最終推定値を出力する統合処理回路と、を備えることを特徴とする。
【0026】
また、本発明に係る測定装置において、前記生体内成分値に関する前記情報の信頼度を示すエラー係数を測定するエラー測定回路と、前記エラー係数に基づいて重み付け行列の成分である重み付け定数を求める重み付け定数生成回路と、前記カルマンフィルタの推定誤差が最小となるように前記カルマンフィルタの共分散推定誤差行列を更新する適応推定回路と、前記重み付け行列と前記共分散推定誤差行列とに基づいて前記カルマンフィルタのカルマン利得を更新する重み付け演算回路と、をさらに備え
【0027】
また、本発明に係る測定装置において、前記生体内成分値は生体内グルコース値であってもよい。
【0028】
また、本発明に係る測定装置において、前記生体内成分値に関する前記情報の時系列信号は、光音響センサにより検出される光音響信号と、誘電分光センサにより検出される透過信号又は反射信号であってもよい。
【0029】
また、本発明に係る測定装置において、前記特徴量抽出回路により抽出される前記特徴量は、前記光音響信号の位相と振幅に基づいて算定される音速と、光吸収係数と、前記透過信号又は前記反射信号に基づいて算出される複素誘電率と、を含んでもよい。
【0030】
また、本発明に係る測定方法は、被験者の生体内成分値に関する情報の時系列信号に基づいて複数の特徴量の情報を抽出する特徴量抽出ステップと、前記特徴量抽出ステップで抽出された前記特徴量に基づいて、前記特徴量ごとに前記生体内成分値の事前推定値を算出する事前推定ステップと、前記事前推定ステップで算出された前記事前推定値に含まれるノイズをカルマンフィルタにより濾して事後推定値を算出するフィルタリングステップと、前記フィルタリングステップで算出されたそれぞれの前記事後推定値を重み付け平均化して最終推定値を出力する統合処理ステップと、を備えることを特徴とする。
【0031】
また、本発明に係る測定方法において、前記生体内成分値は生体内グルコース値であってもよい。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、被験者の生体内成分値に関するデータから複数の特徴量を抽出し、それぞれの特徴量から生体内成分値の事前推定をし、事前推定値各々についてカルマンフィルタでノイズを濾した事後推定値を算出し、複数の事後推定値を重み付け平均化するため、様々な状況下で生体内成分濃度の定量精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1図1は、本発明の実施の形態に係る測定装置の構成例を示すブロック図である。
図2図2は、本発明の実施の形態に係る測定装置の動作を説明するフローチャートである。
図3図3は、本発明の実施の形態に係る測定装置による生体内グルコース値の推定を説明する模式図である。
図4図4は、本発明の実施の形態に係る測定装置のカルマンフィルタのブロック線図である。
図5図5は、本発明の実施の形態に係る測定装置の構成を示す重み付け定数生成部と、適応推定部と、重み付け演算部の動作を説明するフローチャートである。
図6図6は、本発明の実施の形態に係る統合処理部の構成を示すブロック図である。
図7図7は、本発明の実施の形態に係る測定装置を実現するコンピュータの構成例を示すブロック図である。
図8図8は、従来の光音響法による測定装置の構成例を示すブロック図である。
図9図9は、従来の光音響法による測定装置の構成例を示すブロック図である。
図10図10は、吸光度スペクトルを示す図である。
図11図11は、グルコース差分吸収スペクトルを示す図である。
図12図12は、グルコース水溶液の吸光度温度依存性を示す図である。
図13図13は、従来の誘電分光法による測定装置の構成例を示すブロック図である。
図14A図14Aは、グルコース水溶液の誘電緩和スペクトルを示す図である。
図14B図14Bは、グルコース水溶液の誘電緩和スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の好適な実施の形態について、図1から図7を参照して詳細に説明する。また、以下の実施の形態では、本発明に係る測定装置を血糖自己測定(SMBG:Self−monitoring of blood glucose)装置に適用し、生体内グルコース値を測定する場合について説明する。また、各図について共通する部分には、同一の符号が付されている。
【0035】
<実施の形態>
本発明の実施の形態に係る測定装置は、測定対象である生体内グルコースに関する音響信号の時系列信号と、透過信号又は反射信号の時系列信号のそれぞれに基づいて複数の特徴量の情報を抽出する信号抽出部と、抽出された特徴量に基づいて、特徴量ごとに生体内グルコースの事前推定値を算出する生体内グルコース推定部と、生体内グルコース推定部により算出された各事前推定値に含まれるノイズを濾した事後推定値を算出するカルマンフィルタと、各事後推定値を統合して生体内グルコースの最終推定値を出力する統合処理部とを有する。
【0036】
図1は、本発明の実施の形態に係る測定装置1の構成例を示すブロック図である。測定装置1は、光音響センサ2と、誘電分光センサ3と、信号抽出部4と、生体内グルコース推定部5と、カルマンフィルタ6と、統合処理部7と、エラー測定部8と、重み付け定数生成部9と、適応推定部10と、重み付け演算部11とを含んで構成される。
【0037】
測定装置1による生体内グルコース値の測定は、生体内グルコース値の推定値を求めることにより行われる。測定装置1によって測定される生体内グルコース値は、後述する生体内グルコースの事前推定値のノイズが濾された事後推定値3をさらに統合した最終推定値ということになる。また、本実施の形態において、生体内グルコース値とは、グルコースの血中濃度を意味する。
【0038】
光音響センサ2は、生体内グルコースが光を吸収することにより生ずる光音響信号を検出し、光音響の時系列信号列を出力する。誘電分光センサ3は、生体内グルコースを透過した電磁波の透過又は生体内グルコースを反射した電磁波を検出し、透過又は反射信号の時系列信号列を出力する。
【0039】
信号抽出部4は、光音響センサ2により検出される光音響信号の位相と振幅の平均から変化量を規定し、特徴量である実効音速、及び実効光吸収係数を算定する。また、信号抽出部4は、誘電分光センサ3により検出される透過信号又は反射信号のスペクトルにおける位相と振幅により、特徴量である実効複素誘電率を算定する。信号スペクトルに関しては、信号抽出部4は、Savitsky−Golayフィルタ処理や微分処理等を用いて、スペクトル変動量を求める。
【0040】
また、信号抽出部4は、実効音速、実効光吸収係数、及び実効複素誘電率の各時系列信号について、後述のダウンサンプリングを行うサンプリング回路、さらに、これらの信号について帯域制限するバンドパスフィルタ回路として機能する。
【0041】
生体内グルコース推定部5は、信号抽出部4によりダウンサンプリング及び帯域制限された実効音速、実効光吸収係数、及び実効複素誘電率の信号について、周波数解析により生体内グルコースの事前推定値を算出する。
【0042】
カルマンフィルタ6は、生体内グルコース推定部5により算出された実効音速、実効光吸収係数、及び実効複素誘電率の信号に基づいて推定された生体内グルコースの事前推定値各々についてノイズを濾した生体内グルコースの事後推定値を算出する。
【0043】
統合処理部7は、カルマンフィルタ6で算出された生体内グルコースの事後推定値を重み付け平均化する、重み付け定数生成処理部701と、重み付け平均化成処理部702とを有し、データを統合する。
【0044】
エラー測定部8は、実効音速、実効光吸収係数、及び実効複素誘電率の各々の信頼度を示すエラー係数を測定する。
【0045】
重み付け定数生成部9は、エラー測定部8により測定されたエラー係数に基づいて重み付け行列の成分である重み付け定数を求める。
【0046】
適応推定部10は、カルマンフィルタ6の推定誤差が最小となるようにカルマンフィルタ6の共分散推定誤差行列を更新する。
【0047】
重み付け演算部11は、重み付け行列と共分散推定誤差行列に基づいてカルマン利得を更新する。
【0048】
図2は、本実施の形態に係る測定装置1の動作を説明するフローチャートである。まず、信号抽出部4は、光音響センサ2と誘電分光センサ3各々について、事前のキャリブレーションを行う(ステップS1)。具体的には、信号抽出部4は、初期パラメータとして測定値と温度(測定物温度、外気温)を用い、実測グルコース値から検量直線を生成する。
【0049】
さらに、信号抽出部4は、実測グルコース値に基づいて生成された検量直線から生体内グルコース値を算定し、記憶部(図示しない)に記憶する。このとき、信号抽出部4は、光音響センサ2と誘電分光センサ3による観測値、及び温度(測定物温度、外気温)を用いる。これにより、光音響センサ2と誘電分光センサ3の事前のキャリブレーションが行われる。
【0050】
次に、信号抽出部4は、光音響センサ2により検出された光音響信号の位相と振幅を検出する(ステップS2)。また、信号抽出部4は、誘電分光センサ3により検出された透過信号又は反射信号スペクトルの位相と振幅を検出する(ステップS3)。
【0051】
そして、信号抽出部4は、ステップS2で検出した光音響信号の位相と振幅の平均から変化量を規定した後に、実効音速を算定し(ステップS4)、さらに、実効光吸収係数を算定する(ステップS5)。また、信号抽出部4は、ステップS3で検出した透過信号又は反射信号スペクトルの位相と振幅とにより、実効複素誘電率を算定する(ステップS6)。本実施の形態では、信号抽出部4により算定された実効音速、実効光吸収係数、及び実効複素誘電率に基づいて、最終的な生体内グルコース値(最終推定値)が推定される。
【0052】
次に、信号抽出部4は、ステップS4〜S6でそれぞれ算定した実効音速、実効光吸収係数、および実効複素誘電率の各時系列信号についてダウンサンプリングを行う(ステップS7)。具体的には、信号抽出部4は、例えば、0.3Hz間隔で、実効音速、実効光吸収係数、および実効複素誘電率の時系列信号のサンプリング周波数を下げる。さらに、実効複素誘電率の時系列信号については、信号抽出部4は、0.3Hz間隔へのダウンサンプリングを行った後に、1分間ステップサイズで5分間の時間領域について平均化する。
【0053】
次に、信号抽出部4は、ステップS7でダウンサンプリングした実効音速、実効光吸収係数、および実効複素誘電率の時系列信号の各々を帯域制限する(ステップS8)。生体信号である実効音速、実効光吸収係数、および実効複素誘電率は、低周波のみに限られるため、バンドパスフィルタを用いる。このバンドパスフィルタの典型的な通過帯域は、例えば、0.15〜0.4Hzである。
【0054】
なお、実効音速の時系列信号、実効光吸収係数の時系列信号、実効複素誘電率の時系列信号に対するバンドパスフィルタの通過帯域を異なる値に設定してもよい。例えば、光音響センサ2からの実効音速と実効光吸収係数の各時系列信号の通過帯域の値は0.15〜0.4Hz、誘電分光センサ3からの実効複素誘電率の時系列信号の通過帯域の値は0.1〜0.5Hzとしてもよい。
【0055】
次に、生体内グルコース推定部5は、ステップS7〜S8で信号抽出部4によりダウンサンプリングおよび帯域制限された実効音速の時系列信号、実効光吸収係数の時系列信号、実効複素誘電率の時系列信号から生体内グルコースの事前推定値を各々算出する(ステップS9)。より詳細には、生体内グルコース推定部5は、実効音速対生体内グルコース値の関係、実効光吸収係数対生体内グルコース値の関係、および実効複素誘電率対生体内グルコース値の関係を求める。その後に、生体内グルコース推定部5は、温度と特徴量(実効音速、実効光吸収係数、および実効複素誘電率)から、特徴量ごとの生体内グルコースの事前推定値を算出する。
【0056】
ここで、本実施の形態において特徴量として用いる各物理パラメータとグルコース濃度変化の関係を表1に示す。
【0057】
【表1】
【0058】
表1によれば、吸光度α、音速v、および誘電率実部εは、それぞれグルコース濃度変化と相関がある。また、これらの物理パラメータは温度変化とも相関を有することが分かる。よって、ステップS4〜S6で信号抽出部4により得られた特徴量であるこれらの物理パラメータは、例えば、行列Hを用いて次式で表される。
【0059】
【数1】
【0060】
ここで、v(t)は音速、α(t)は吸光度、e(t)は誘電率、G(t)は生体内グルコース値、T(t)は測定部体温、R(t)は残差、tは時間である。さらに、上式(1)〜(3)から逆行列Wを求めることにより、生体内グルコース値G(t)、測定部体温T(t)、残差R(t)は次の推定モデル式で表される。
【0061】
【数2】
【0062】
残差Rを最も小さくするように行列Hの係数を調整してもよい。また、周波数情報を利用して、それぞれの物理パラメータから生体内グルコース値Gを求めてもよい。すなわち、ある波長λにおける吸光度α(t、λ)より、式(1)を次式のように表すことができる。
【0063】
【数3】
【0064】
本実施の形態では、従来の主成分分析やPLS分析に代表される多変量解析により、予め求めた検量モデルから生体内グルコース値G(t)や測定部体温T(t)を推定する。また、音速v(t)や誘電率ε(t)に対しても、同様な方法により生体内グルコース値G(t)や測定部体温T(t)を推定することができる。
【0065】
生体内グルコース推定部5は、光音響センサ2と誘電分光センサ3による情報である音速v(t)、吸光度α(t)、および誘電率ε(t)から推定した生体内グルコース値G(t)の時系列データに対して、予め定めた生体内グルコース変動モデルに基づき生体内グルコース値G(t)の推定を行う。生体内グルコース変動モデルは、グルコース推移曲線の理想モデルとして、人体の生理的なグルコース値変化を数理モデルで仮定する。
【0066】
生体内グルコース値の時間推移は様々なモデル化手法によりモデル化できることが知られている。例えば、非線形自己回帰モデル、確率モデル等のパラメトリックモデルを用いることができる。本実施の形態では、糖代謝メタボリズムをシステム工学的に記述した生体内グルコース変動モデルを用いる(例えば、非特許文献3参照)。このモデルにおいて、インシュリンと独立なグルコースG値の推移は次式のように時刻tに対する1次微分方程式により表される。
【0067】
【数4】
【0068】
ここで、p1、p2は定数である。p1=−k1、p2=Pとなり、k1はグルコースGの消費速度を代表する定数、Pは肝臓におけるグルコース生成に関する定数である。これらの定数は、初期的に採血等による生体内グルコース値により校正されて、実用に供される。
【0069】
このように定められる生体内グルコース変動モデルは、図3に示す、測定装置1による生体内グルコース値の推定を説明する模式図において、破線で示される。また、生体内グルコース値の推定開始前における「白丸」の点で示すキャリブレーション値は、ステップS1で事前のキャリブレーションが行われた光音響センサ2および誘電分光センサ3からの実測値に基づいて、生体内グルコース変動モデルのパラメータフィッティングが行われた、実際の生体内グルコース値を示している。
【0070】
本実施の形態における測定装置1による生体内グルコース値の測定は、前述のとおり生体内グルコースの推定値を求めることにより行われる。図3に示すように、生体内グルコース値の推定開始後においては、生体内グルコース変動モデルによる推定値と、各センサから得られる特徴量である、実効音速、実効光吸収係数、および実効複素誘電率に基づいて特徴量ごとに算出される生体内グルコースの事前推定値の両方が用いられる。各センサによる生体内グルコースの事前推定値は、推定モデル式(4)より算出される。
【0071】
図2に戻り、カルマンフィルタ6は、生体内グルコース推定部5が実効音速の時系列信号、実効光吸収係数の時系列信号、および実効複素誘電率の時系列信号から推定した生体内グルコースの事前推定値の各々についてノイズを濾して事後推定値を求める(ステップS10)。本実施の形態では、時系列自己回帰(AR)モデルで適応カルマンフィルタを用いる場合について説明する。
【0072】
まず、本実施の形態では、カルマンフィルタ6は、生体におけるグルコース推移システムを次式のように定める。
【0073】
【数5】
【0074】
式(11)において、Gvは生体内グルコース推定部5が実効音速の時系列信号から推定した生体内グルコースの事前推定値、Gαは、生体内グルコース推定部5が実効光吸収係数の時系列信号から推定した生体内グルコースの事前推定値、およびGεは生体内グルコース推定部5が実効複素誘電率の時系列信号から推定した生体内グルコース値である。また、上式(12)において、gv、gα、gεはそれぞれGv、Gα、Gεに対応するシステムに入力値である。
【0075】
図4は、本実施の形態に係る測定装置1におけるカルマンフィルタのブロック線図である。ベイジアン推定と自動再帰推定に基づくカルマンフィルタはノイズが無相関で、ゼロ平均、白色雑音の際に、最適線形推定器であることが知られている。この条件が真でなくても、最適ではないが最良の線形推定器と考えられる。
【0076】
生体内グルコース推定部5が実効音速の時系列信号から推定した生体内グルコースの事前推定値、実効光吸収係数の時系列信号から推定した事前推定値、および、実効複素誘電率の時系列信号から推定した事前推定値は、それぞれカルマンフィルタ6に入力される。
【0077】
また、カルマンフィルタ6は、式(10)について、次のようにサンプル時間Tとした離散時間状態方程式を求める。
【0078】
【数6】
【0079】
したがって、生体システムを記述する物理量Gkは再帰的に決定されており,次式で表される。
【0080】
【数7】
【0081】
ここで,gkはシステム入力、Gkは雑音無しの物理量である。また、Aはシステムモデルを示すn×m行列(mは測定数、nは生体システムからの信号数)、Hは測定系モデルを示すm×n行列である。物理量Gk+1は、前時刻における物理量AGkとCkとwkの生体システム雑音が含まれる。システム入力gkには、測定値HGkとvkの測定系雑音が含まれる。システムの更新は下記式により行う。
【0082】
【数8】
【0083】
ここで、dkはカルマンイノベーション、ハットGkは生体内グルコースの事前推定値Gkについての事後推定値である。以下、同様に文字上に付した「∧」をハットと呼ぶ。ここで、Skは従来のn×m行列のカルマン利得とは異なる。変更カルマン利得Skは次式より求める。
【0084】
【数9】
【0085】
ここで、Pk-はハットGkの共分散推定誤差行列であり、HTは行列Hの転置行列であり、Dkは測定系雑音vkの共分散行列であるRkに基づくパラメータ(行列)である。式(17)によれば、既知の情報を用いて、共分散行列Rkを調整することによりパラメータDkを求め、変更カルマン利得Skを決定することができる。既知の情報は、例えば、外部からのインパルス雑音やセンサ固有の雑音であり、重み付け演算部11からの定数および定常パラメータからなる。
【0086】
パラメータDkには従来のカルマンフィルタで用いることができない情報が含まれているので、共分散推定誤差行列Pk-を更新するのに用いるのは適切ではない。パラメータDkの推定方法は後述するが、本実施の形態では、共分散推定誤差行列Pk-の更新には、共分散行列Rkを用いた標準的な算定法を採用する。従来のカルマン利得行列Kkは次のように定義される。
【0087】
【数10】
【0088】
ここで、Pk+はAハットGkの共分散推定誤差行列であり、Qkは生体システム雑音wkの共分散行列、Iは単位行列、ATは行列Aの転置行列である。式(18)、式(20)に用いる共分散行列Qk、Rkの値を適応的に求める手法は複数存在する。本実施の形態では、適応推定部10において、次式を用い、共分散行列Rkの値を推定する。
【0089】
【数11】
【0090】
ここで、mは推定に用いる窓長さである。式(21)の方法では、カルマンイノベーションdkが窓のなかで定常的であることが必要である。この前提は、非定常的な生体システムでは近似となる。また、カルマンフィルタが最適の際に、カルマンイノベーションdkはゼロ平均、白色雑音となる。もしカルマンイノベーションdkが非ゼロ平均で有色であるならば、共分散行列Rkを調整することで、白色化を試みる例がある。この際に、定常システムでは、最適な共分散行列Rkは最終的に一定値へ到達する。本実施の形態では、非定常的な生体システムを前提とするため、ある限られた窓長さmで、定常状態となることを仮定する。本実施の形態では、同様の近似をカルマン利得等の他の定常パラメータにも適用する。
【0091】
生体システム雑音wkの共分散行列Qkに関しては、共分散行列Rkと同様に推定手法が知られているが、定常状態が仮定できないため、誤差を含むことが考えられる。そこで、本実施の形態では、共分散行列Qkを、予め人工的に高い値に設定された成分を有する所定の行列とし、モデルの誤差が大きいものという前提を課すことで、新たな推定値の信頼性が古い推定値よりも高くなるようにする。
【0092】
次に、重み付け定数生成部9が実行する処理ついて説明する。前述したとおり、既知の情報をカルマンフィルタ6に注入する必要がある。本実施の形態では、光音響センサ2および誘電分光センサ3から得られた信号のエラーを測定することにより、重み付け行列Wkの成分である重み付け定数を求める。情報の信頼度に応じて、システムにフィードバックする。
【0093】
このようなフィードバックする定数(エラー係数)を−1から+1の間で定める。情報の信頼度が低い場合、エラー係数を−1とし、情報の信頼度が高い場合、エラー係数を+1とする。エラーが未知の場合は、エラー係数を0とする。エラー測定部8によるエラー係数の具体的な決定方法については後述する。
【0094】
エラー係数はカルマンフィルタ状態と関連する重み付け行列Wkの対角成分に配置される。例えば実効音速についてのエラー係数を重み付け行列Wkの対角成分W11として配置し、実効光吸収係数についてのエラー係数を重み付け行列Wkの対角成分W22として配置し、実効複素誘電率についてのエラー係数を重み付け行列Wkの対角成分W33として配置する。
【0095】
本実施の形態では、信号間の重み付け共分散も必要である。2つの信号は同様に誤差が小さい、誤差が大きい場合には似たようなエラー係数となるが、2つの信号が依存していることを意味していない。しかしながら、それらの信号の誤差の大小は、独立の雑音源が関与しているはずである。
【0096】
本実施の形態では、エラー係数間の差を用いて、重み付け行列Wkの非対角成分Wij,Wji(i,jは重み付け定数Wの次元を示すインデックスであり、i≠j)として配置される重み付け定数を次式により計算する。
【0097】
【数12】
【0098】
なお、時間インデックスを示すkは式(22)に記述していない。こうして、重み付け定数生成部9は、エラー測定部8から出力されるエラー係数に基づいて重み付け行列Wkを決定する。
【0099】
次に、式(17)に用いるパラメータDkを求めるためには、単純に重み付け行列Wkを用いて、式(23)の計算を行う。
【0100】
【数13】
【0101】
式(23)における記号「○」はアダマール積を意味する。αはエラー係数の強さを調整するスケールファクタである(0≦α≦1)。αは収束性を高めるために、例えば、0.5と設定しておく。
【0102】
図5は重み付け定数生成部9と適応推定部10と重み付け演算部11の動作を説明するフローチャートである。上述したように、ある窓長さm(測定数)におけるエラー測定で得られたエラー係数に基づいて、重み付け定数生成部9は、短期的なシステム推定を行い、重み付け行列Wkを決定する(ステップS102)。
【0103】
適応推定部10は、カルマンフィルタ状態と過去の状態から、理想的な雑音状態(カルマンイノベーションが定常状態)を仮定して、周知の手法により長期的なシステム推定を行い、共分散行列Rkを推定し(ステップS103)、さらに式(18)〜式(20)により定常パラメータである共分散推定誤差行列Pk-を決定する(ステップS104)。式(18)〜式(20)はハットGkの推定誤差が最小となるようにカルマン利得Kkを再帰的に決定する周知の手法を表しており、この手法により共分散推定誤差行列Pk-,Pk+を更新することができる。
【0104】
そして、重み付け演算部11は、重み付け定数生成部9が決定した重み付け行列Wkを用いて式(23)によりパラメータDkを算出し、このパラメータDkと適応推定部10が決定した共分散推定誤差行列Pk-とを用いて式(17)により変更カルマン利得Skを算出する(ステップS105)。以上により、カルマン利得Skを適応的に変更することができる。
【0105】
本実施の形態は、実効音速の時系列信号から推定した生体内グルコース値の事後推定値と、実効光吸収係数の時系列信号から推定した生体内グルコース値の事後推定値と、実効複素誘電率の時系列信号から推定した生体内グルコース値の事後推定値とを統合することを特徴としている。すなわち、パラメータDk、変更カルマン利得Skおよび下式(24)の行列Aに基づいて、3つの生体内グルコースの事後推定値は式(13’)により1つの最終推定値に結合される。なお、式(25)は測定系モデルを表す。
【0106】
【数14】
【0107】
本実施の形態では、上述のとおり、共分散行列Rkについては適応推定部10で推定し、一方、共分散行列Qkについては推定せずに固定値とするため、共分散行列Qkをあらかじめ定めておく必要がある。システムを単純化するために、プロセス雑音は独立と仮定する。すなわち、共分散行列Qkの対角成分のみが値を有し、非対角成分が0となるようにする。
【0108】
例えば実効音速に対応する成分を共分散行列Qkの対角成分Q11として配置し、実効光吸収係数に対応する成分を共分散行列Qkの対角成分Q22として配置し、実効複素誘電率に対応する成分を共分散行列Qkの対角成分Q33として配置する。これら対角成分の値は、それぞれの信号(実効音速、実効光吸収係数、実効複素誘電率)で同じ値とする。
【0109】
図2に戻り、統合処理部7は、カルマンフィルタ6から出力された、実効音速の時系列信号に基づく生体内グルコースの事後推定値と、実効光吸収係数の時系列信号に基づく生体内グルコースの事後推定値と、実効複素誘電率の時系列信号に基づく生体内グルコースの事後推定値とを、カルマンフィルタ6の自乗推定誤差に基づく重みを用いて重み付け平均化処理することにより、これら生体内グルコースの事後推定値を統合する(ステップS11)。
【0110】
図6は本実施の形態に係る統合処理部7の構成を示すブロック図である。統合処理部7は、実効音速の時系列信号に基づく生体内グルコースの事後推定値、実効光吸収係数の時系列信号に基づく生体内グルコースの事後推定値、実効複素誘電率の時系列信号に基づく生体内グルコースの事後推定値の各々について、カルマンフィルタ6の自乗推定誤差から統合処理のための重み付け定数を算出する重み付け定数生成処理部701と、この重み付け定数を用いて、複数の呼吸数の推定値を重み付け平均化する重み付け平均化処理部702とから構成される。上記のカルマンフィルタ処理(図2ステップS10)では、時刻ごとに呼吸数の推定値が得られると共に変更カルマン利得Skおよび共分散推定誤差行列Pk-,Pk+が更新される。
【0111】
カルマンフィルタ6の自乗推定誤差は、共分散推定誤差行列Pk+から得ることができる。本実施の形態では、実効音速の時系列信号に基づく生体内グルコース値の自乗推定誤差をσ1、実効光吸収係数の時系列信号に基づく生体内グルコース値の自乗推定誤差をσ2、実効複素誘電率の時系列信号に基づく生体内グルコース値の自乗推定誤差をσ3とする。
【0112】
重み付け定数生成処理部701は、実効音速、実効光吸収係数、実効複素誘電率のそれぞれの自乗推定誤差σiから重み付け定数αiを式(26)により算出する。
【0113】
【数15】
【0114】
重み付け定数生成処理部701は、式(26)の算出を実効音速、実効光吸収係数、実効複素誘電率の各々について行う。そして、重み付け平均化処理部702は、重み付け定数生成処理部701が算出した重み付け定数αi(i=1,2,3)を用いて、実効音速の時系列信号に基づく生体内グルコースの事後推定値ハットG1と、実効光吸収係数の時系列信号に基づく生体内グルコースの事後推定値ハットG2と、実効複素誘電率の時系列信号に基づく生体内グルコースの事後推定値ハットG3とを重み付け平均化処理した生体内グルコースの最終推定値ハットGfkを式(27)のように算出する。統合処理部7は、以上のような統合処理を時刻ごとに行う。
【0115】
【数16】
【0116】
図3に示す生体内グルコース値の推定を説明する模式図において、カルマンフィルタ6から出力された事後推定値は、「×」で示す点に対応している。また、統合処理部7により出力される最終推定値は「黒丸」の点で示される。
【0117】
次に、図5に戻り、エラー測定部8によるエラー係数の決定方法について説明する。エラー測定部8は、光音響センサ2と誘電分光センサ3各々の信号の時間推移を測定して、例えば、標準偏差等を用いてその平均値から大きく外れた場合にエラーとして、また、平均値から変わらなければエラーはないとして検出する。そして、エラー測定部8は、検出したエラーを−1〜+1に正規化することによりエラー係数を定める(図5ステップS101)。
【0118】
具体的には、音速のエラー係数に関しては、エラー測定部8は、音響波の位相変動の振幅を検出する。そして、エラー測定部8は、経験的に0〜±1%をエラー係数±1とエラー係数−1と対応させる(図5ステップS101)。実効光吸収係数のエラー係数に関しては、エラー測定部8は、経験的に0〜±2%をエラー係数±1とエラー係数−1と対応させる(図5ステップS101)。また、実効複素誘電率については経験的に0〜±0.5%をエラー係数±1とエラー係数−1と対応させる(図5ステップS101)。
【0119】
以上説明したように、本実施の形態に係る測定装置1は、生体内グルコース変動モデルの生体内グルコース推定値と、光音響センサ2により検出される音響信号の時系列信号列から抽出される、実効音速と実効光吸収係数各々の時系列信号と、誘電分光センサ3により検出される透過信号又は反射信号の時系列信号列から抽出される実効複素誘電率の時系列信号のそれぞれから推定される生体内グルコースの事前推定値とに基づいて、生体内グルコースの事前推定値に重み付けして、事後推定値を算出する。さらに、それぞれの事後推定値を統合して一つの最終推定値を求める。
【0120】
このように、複数のセンサデータに重み付けして統合することで、生体内グルコース値に含まれる雑音を低減することができ、安定した生体内グルコース値の推定が可能である。
【0121】
また、本実施の形態に係る測定装置1は、エラー測定部8と重み付け定数生成部9と適応推定部10と重み付け演算部11とを設けることにより、カルマンフィルタ6のカルマン利得に、光音響信号に関するデータおよび透過信号又は反射信号に関するデータの信頼度を反映させることができる。
【0122】
このように、センサデータの信頼度を反映させることで、環境変動に対応して、適応的にカルマン利得を変更しながら複数のセンサデータを統合し、最良のデータを抽出して、被験者の生体内グルコース値を推定する。したがって、測定装置1における生体内グルコース値の推定精度をより高めることができ、生体内グルコース濃度測定の定量精度を向上させることができる。
【0123】
本実施の形態で説明した測定装置1は、図7に示すように、バス101aを介して接続されるCPU102a、記憶装置103a、およびI/F104aを備えるコンピュータと、これらのハードウェア資源を制御するプログラムによって実現することができる。CPU102aは、記憶装置103aに格納されたプログラムに従って本実施の形態で説明した処理を実行する。
【0124】
以上、本発明の測定装置1における実施形態について説明したが、本発明は説明した実施形態に限定されるものではなく、請求項に記載した発明の範囲において当業者が想定し得る各種の変形を行うことが可能である。
【0125】
例えば、本実施の形態では、センサとして、光音響センサ2と誘電分光センサ3とを用いて、3つの異なる特徴量である実効音速、実効光吸収係数、および実効複素誘電率から生体内グルコースの推定値を算出する場合について説明した。しかし、本発明においてセンサはこれらに限られず、磁場センサや加速度センサ、温度センサ、超音波センサ、インピーダンスセンサなど、その他のセンサを組合せて特徴量を抽出してもよい。
【0126】
また、本実施の形態では、測定装置1をSMBG装置に適用して生体内グルコース値を測定する場合について説明したが、測定装置1は持続式連続血糖値モニタに適用してもよい。測定装置1を持続式連続血糖値モニタに適用することで、光音響センサ2と誘電分光センサ3のキャリブレーションはより正確になるため、生体内グルコース値の測定精度はより高まる。
【符号の説明】
【0127】
1、1a…測定装置、2…光音響センサ、3…誘電分光センサ、4…信号抽出部、5…生体内グルコース推定部、6…カルマンフィルタ、7…統合処理部、701…重み付け定数生成処理部、702…重み付け平均化処理部、8…エラー測定部、9…重み付け定数生成部、10…適応推定部、11…重み付け演算部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14A
図14B