特許第6796830号(P6796830)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6796830
(24)【登録日】2020年11月19日
(45)【発行日】2020年12月9日
(54)【発明の名称】微生物の損傷度定量方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/06 20060101AFI20201130BHJP
   C12Q 1/6851 20180101ALI20201130BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20201130BHJP
【FI】
   C12Q1/06
   C12Q1/6851
   !C12N15/09 Z
【請求項の数】5
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2016-89343(P2016-89343)
(22)【出願日】2016年4月27日
(65)【公開番号】特開2017-195822(P2017-195822A)
(43)【公開日】2017年11月2日
【審査請求日】2019年2月4日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)平成27年11月12日、13日が会期の第36回日本食品微生物学会学術総会にて公開 (2)第36回日本食品微生物学会学術総会長 五十君靜信が発行人で、平成27年11月12日に頒布された第36回日本食品微生物学会学術総会講演要旨集の第56〜57頁にて公開
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、農林水産省、損傷菌の発生機序の解明と検出・制御技術の開発委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000626
【氏名又は名称】特許業務法人 英知国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】川崎 晋
(72)【発明者】
【氏名】細谷 幸恵
(72)【発明者】
【氏名】稲津 康弘
(72)【発明者】
【氏名】小関 成樹
【審査官】 宮岡 真衣
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2005/064016(WO,A1)
【文献】 竜口 和恵 他,加熱による大腸菌の損傷とパラオキシ安息香酸エステル類の抗菌作用,食衛誌,24(2)(1983),p.155-160
【文献】 OTT Stephan J. et al.,J. Clin. Microbiol.,42(6)(2004),p.2566-2572
【文献】 川崎 晋 他,日本食品微生物学会雑誌,31(1) (2014),p.28-35
【文献】 STEPHENS P. J. et al.,Journal of Applied Microbiology,83 (1997),p. 445-455
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/06
C12Q 1/6851
C12N 15/09
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
CiNii
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的菌が存在する検体に対して、設定された度合いの微生物制御処理を施し、その後に培養して、培養時間が異なる前記検体における標的菌の菌数を標的菌遺伝子定量手法によりモニタリングし、
培養時間の経時変化によって増殖する標的菌の菌数が対数増殖期に移行するまでの時間を増殖遅延時間として求め、および、最大比増殖速度を求め、当該増殖遅延時間によって、設定された度合いの前記微生物制御処理による標的菌の損傷度を第1の損傷度として求め、および、当該最大比増殖速度によって、設定された度合いの前記微生物制御処理による標的菌の損傷度を第2の損傷度として求め、設定された度合いの前記微生物制御処理による標的菌の損傷度を第1の損傷度を一つの次元変数とし、第2の損傷度を別の次元変数とし、
前記微生物制御処理について、その度合いを2次元以上の多次元変数として、前記標的菌が存在する製品に設定された度合いの前記微生物制御処理を施した場合の製品自体の品質低下を考慮して安全性を見極める指標となる損傷度を得ることを特徴とする微生物の損傷度定量方法。
【請求項2】
前記微生物制御処理の度合いを変更して、前記微生物制御処理の度合い毎に前記損傷度を求め、前記微生物制御処理の度合いに対する前記損傷度のプロファイルを求めることを特徴とする請求項1に記載された微生物の損傷度定量方法。
【請求項3】
前記微生物制御処理が加熱処理であり、前記微生物制御処理の度合いが加熱時間であることを特徴とする請求項1又は2記載の微生物の損傷度定量方法。
【請求項4】
前記微生物制御処理が加熱処理であり、前記微生物制御処理の度合いが加熱時間と加熱温度の2次元変数であることを特徴とする請求項1〜2に記載された微生物の損傷度定量方法。
【請求項5】
微生物制御処理を行わない前記検体を培養して、標的菌の菌数が前記対数増殖期に達するまでの培養時間を基準増殖時間とし、
前記基準増殖時間と前記増殖遅延時間との差分によって、前記損傷度を定めることを特徴とする請求項1〜のいずれか1項に記載された微生物の損傷度定量方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子手法を用いて微生物の損傷度を定量化する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
微生物、特に有害微生物に対しては、そのリスクを低減するために加熱やpH調整など様々な微生物制御(殺菌を含む)が行われている。その際、微生物制御処理が不十分である場合に、微生物はストレスを受けた損傷菌として生残する可能性が指摘されている。このような損傷菌が食品などの製品を汚染した場合には、健常菌とは異なる挙動を示すと推察され、製品の安全性や保存性の評価を行うためには、損傷菌の挙動を考慮することが必要になる。
【0003】
下記特許文献1の従来技術には、飲食品中の微生物数の増殖を、健常菌に対する損傷菌の誘導期の延長時間を考慮して予測する方法が記載されており、デジタル顕微鏡方式細菌検査装置を利用したコロニーカウント法によって、損傷菌の損傷回復に要する時間を求めることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第5456219号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
微生物汚染された食品などの製品に対して、加熱やpH調整などの微生物制御処理を施す場合には、微生物制御処理による製品自体の品質低下を考慮する必要がある。例えば、微生物汚染された食品を加熱処理する場合、有害微生物を完全に死滅させるためには、高い加熱温度で加熱時間を充分にとればよいが、それでは食品自体の風味や食感を損なうことになる。すなわち、微生物制御処理の度合いと製品の品質維持はトレードオフの関係にあり、品質維持と安全性の両方を考慮して、微生物制御処理の度合いを適切に決めることが必要になる。この際に、微生物制御処理の度合いと生残する損傷菌の挙動を定量化して把握することができれば、品質維持を確保するために微生物制御処理を必要最小限行った場合に、その微生物制御処理により担保される安全性を見極める上で有効な指標になる。
【0006】
これに対して、前述した従来技術によると、損傷菌の微生物数の増殖を予測することは可能であっても、微生物制御処理(例えば、加熱処理)の度合いによる損傷菌の増殖速度の違いを直接的に求めることができず、微生物制御処理により担保される安全性を見極める有効な指標として活用することができない。
【0007】
また、前述した従来技術では、デジタル顕微鏡方式細菌検査装置を利用したコロニーカウント法によって、損傷菌の菌数を計測するので、多くの雑菌や夾雑物が存在する食品や環境サンプルの中から標的菌のみを抽出して菌数を計測することが困難である。そのため、サルモネラや腸管出血性大腸菌O157などの有害微生物を特定して、微生物制御処理の度合いと損傷菌の挙動の関係を精度良く定量的に把握することができない問題がある。選択培地を使用することも考えられるが、選択培地を使用した場合、損傷菌がコロニーを形成せず検出できないことから、前述した従来技術では特定微生物の損傷菌を計測することができない。
【0008】
本発明は、このような問題に対処することを課題とするものである。すなわち、本発明は、雑菌や夾雑物が存在する食品などの検体から標的菌を特定して微生物の損傷度を定量化すること、微生物制御処理の度合いと損傷菌の挙動との関係を定量的に把握すること、これによって、製品の品質維持を確保するために微生物制御処理を必要最小限行った場合に、その微生物処理の度合いにより担保される安全性を見極める指標を得ること、などが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このような課題を解決するために、本発明による微生物の損傷度定量方法は、以下の構成を具備するものである。
【0010】
標的菌が存在する検体に対して、設定された度合いの微生物制御処理を施し、その後に培養して、培養時間が異なる前記検体における標的菌の菌数を標的菌遺伝子定量手法によりモニタリングし、
培養時間の経時変化によって増殖する標的菌の菌数が対数増殖期に移行するまでの時間を増殖遅延時間として求め、および、最大比増殖速度を求め、当該増殖遅延時間によって、設定された度合いの前記微生物制御処理による標的菌の損傷度を第1の損傷度として求め、および、当該最大比増殖速度によって、設定された度合いの前記微生物制御処理による標的菌の損傷度を第2の損傷度として求め、設定された度合いの前記微生物制御処理による標的菌の損傷度を第1の損傷度を一つの次元変数とし、第2の損傷度を別の次元変数とし、
前記微生物制御処理について、その度合いを2次元以上の多次元変数として、前記標的菌が存在する製品に設定された度合いの前記微生物制御処理を施した場合の製品自体の品質低下を考慮して安全性を見極める指標となる損傷度を得ることを特徴とする微生物の損傷度定量方法。


【発明の効果】
【0011】
このような構成を備える本発明によると、雑菌や夾雑物が存在する食品などの検体から標的菌を特定して微生物の損傷度を定量化することができる。微生物制御処理の度合い毎の微生物の損傷度を求めることで、微生物制御処理の度合いと損傷菌の挙動との関係を定量的に把握することができる。また、様々な微生物制御処理の種類毎での損傷度を比較することができる(例えば、加熱温度Tにおける損傷度と塩分濃度N%における損傷度との関係など)。これによって、製品の品質維持を確保するために微生物制御処理を必要最小限行った場合に、その微生物制御処理により担保される安全性を見極める指標を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施形態に係る微生物の損傷度定量方法のフローを示した説明図である。
図2】損傷菌の増殖曲線例を示した説明図である。
図3】本発明の実施形態に係る微生物の損傷度定量方法のフローを示した説明図である。
図4】増殖遅延時間の算出例を示した説明図である。
図5】増殖遅延時間による損傷度プロファイル(一次元)を示した説明図である。
図6】増殖遅延時間による損傷度プロファイル(二次元)を示した説明図である。
図7】最大比増殖速度による損傷度の定量化例を示した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して本発明の実施形態を説明する。図1は、本発明の実施形態に係る微生物の損傷度定量方法のフローを示している。この方法では、先ず、微生物を含む検体をサンプリングする(図1:S1)。ここでの検体は、損傷度の評価対象となっている標的菌が所定菌数存在するものであり、これに対して、設定された度合いの微生物制御処理(例えば、加熱処理、pH調整、NaCl処理など)が施される(図1:S2)。微生物制御処理の度合いとは、損傷の軽重に影響する処理パラメータであり、例えば、加熱処理の場合には、加熱時間の長短や加熱温度の高低がこれに対応する。
【0014】
加熱処理などの微生物制御処理が施された検体は、そのままもしくは適切な前培養培地中等で培養される(図1:S3)。培養が開始されると、培養時間が異なる検体に対して、標的菌遺伝子定量手法により、標的菌の菌数をモニタリングする。そして、そのモニタリング結果から、微生物制御処理後に増殖した標的菌の菌数が培養時間毎に求められる(図1:S4)。この際の培養温度は対象微生物の損傷回復に適した温度であれば良い。
【0015】
本発明においては、標的菌の菌数のモニタリングを、遺伝子定量手法によって行う。すなわち、培養中の検体から核酸を抽出して、標的菌の遺伝子数を定量することで菌数をモニタリングする。ここで用いられる遺伝子定量手法は、リアルタイムPCR法を基軸にした方法、エマルジョンPCR法など、各種の手法を採用することができる。また、核酸の抽出方法も、既存のカラムによる抽出法をはじめとして、遺伝子手法に活用できる程度の通常の核酸抽出法であればどのような抽出法であっても構わない。
【0016】
具体的には、培養継続中に一定時間毎に検体から全核酸を抽出し、標的菌の遺伝子量を定量PCR法などにより計測する。そして、遺伝子量と菌数との相関関係から菌数を求める。これによって、図2に示すように、培養時間の経過に伴って増殖する標的菌の増殖曲線が得られる(図1:S5)。
【0017】
このようにして、標的菌に微生物制御処理による損傷を与えた後の増殖曲線が得られると、図2に示すように、標的菌の菌数が対数増殖期に移行するまでの時間として増殖遅延時間が算出できる(図1:S6)。増殖遅延時間の算出には、DMfitなどに代表される従来の微生物増殖曲線フィッティングソフト等やアルゴリズム・通常の微生物学的知見による計算式などにより、パラメーターとして求めることができる。微生物制御処理が標的菌に与える損傷は、その後の増殖に及ぼす影響度としてマクロ的に捉えることができるので、増殖遅延時間は微生物制御処理による損傷度を定量的に表したものと言える。
【0018】
このような工程よると、培養時間毎の標的菌の菌数を遺伝子定量手法によって計測することで、雑菌や夾雑物が混入する検体であっても、安全性を評価する上で必要となる標的菌(サルモネラや腸管出血性大腸菌O157など)に着目して、増殖遅延時間を求めることができる。このようにして求めた増殖遅延時間が短いということは、加えられた微生物制御処理の度合いによる損傷度が低いことを意味し、標的菌の増殖を抑えた状態での保存期間が短くなることを定量的に示しており、増殖遅延時間が長いといこうとは、加えられた微生物制御処理の度合いによる損傷度が高いことを意味し、標的菌の増殖を抑えた状態での保存期間が長くとれることを定量的に示している。
【0019】
微生物制御処理の度合いと損傷度との関係を定量的に把握するためには、図3に示すように、前述した工程S1〜S6に、微生物制御処理の度合いを変更する工程(図3:S7)を加えて、変更された微生物制御処理の度合い毎に前述した工程S1〜S6を繰り返す。これによると、微生物制御処理の度合いを変更した場合に、それによって損傷度がどの程度になるかを増殖遅延時間によって定量的に把握することができる。
【0020】
図4は、微生物制御処理として加熱処理を施し、微生物制御処理の度合いとして加熱時間を変更した例であり、図3に示したフローにより、加熱時間毎の増殖遅延時間を求めている。
【0021】
この例では、先ず、設定菌数(初発菌数)の標的菌が接種された検体を、加熱損傷が無い状態で培養して、標的菌遺伝子数を定量することで標的菌の菌数を計測し、標的菌が対数増殖期に移行するまでの培養時間を求め、これを基準増殖時間T0としている。実施例では、健常な標的菌を104となるように接種した検体を培養して、対数増殖期に移行するまでの培養時間を基準増殖時間T0とする。
【0022】
次に、設定菌数(初発菌数)の標的菌が接種された検体に対して、加熱時間F1(実施例では12min)の加熱処理を施し、その後に培養して、標的菌遺伝子数を定量することで標的菌の菌数を計測し、標的菌の菌数が対数増殖期に到達するまでの培養時間を求め、この培養時間を増殖遅延時間T1としている。
【0023】
図4に示した例では、加熱時間(微生物制御処理の度合い)を第1段階から第4段階(加熱時間F1,F2,F3,F4)に変化させ、各段階での増殖遅延時間T1,T2,T3,T4を求めている。加熱時間は、例えば、F2=F1×2、F3=F1×3、F4=F1×4のように示すことができる。
【0024】
また、増殖遅延時間の算出において、DMfitなどに代表される従来の微生物増殖曲線フィッティングソフト等やアルゴリズム・通常の微生物学的知見による計算式などにより、最大比増殖速度を求めることも可能で、この値から必要に応じて、既存の文献に従い(Journal of Fermentation and Bioengineering 67:132-134. 1989)計測して得られた増殖遅延時間をより正確に補正することも可能である。
【0025】
このように、基準増殖時間T0を求めることで、この基準増殖時間T0と各段階で得られた増殖遅延時間T1〜T4との差分によって、各段階の加熱時間による損傷度を標準的に定量化することができる。すなわち、各段階の加熱時間による損傷度k1〜k4を増殖遅延時間T1〜T4と基準増殖時間T0との差分で表すと、k1=T1−T0,k2=T2−T0,k3=T3−T0,k4=T4−T0となる。
【0026】
図4に示すように、加熱処理が加えられた検体中の標的菌の菌数は、加熱時間の程度に応じて減少するが、損傷菌として残存し、その後の保存時間(培養時間)の時間経過による増殖で再び初発菌数に達する。その間の増殖過程は損傷状態の回復に当たると考えられ、損傷状態の回復に要する保存時間(培養時間)は、加熱時間の長短(加えるダメージの大小)に応じて異なる値になる。よって、前述した増殖遅延時間T1〜T4或いは損傷度k1〜k4は、加熱時間の長短に応じた損傷菌の損傷程度を定量的に表している。
【0027】
図5は、特定の微生物制御処理の度合いに対する損傷度のプロファイル例を示している。図示の横軸は、加熱時間(微生物制御処理の度合い)を示し、縦軸は、損傷度(増殖遅延時間)を示している。図において、加熱時間を過剰に高めた場合には、増殖遅延時間が得られない状態(加熱後の増殖がみられない死滅状態)になるが、そこまでに至るまでの加熱時間が、損傷度評価範囲になる。損傷度評価範囲においては、加熱時間(微生物制御処理の度合い)を設定した場合に、それによる損傷度がどの程度になるかを定量的に評価することができる。
【0028】
このような損傷度のプロファイルは、標的菌の種類や加える微生物制御処理の仕方によって特有の曲線を示す。このプロファイルは、食品などの品質を維持するために、微生物制御処理の度合いをある程度抑えた場合に、処理の後の安全な保存期間を損傷度(増殖遅延時間)との関係でどの程度に定めればよいか、などの指標になる。
【0029】
図6は、微生物制御処理の度合いが多次元変数である場合の損傷度のプロファイルを示している。図示の例では、微生物制御処理が加熱処理であり、その度合いが加熱時間(Heating time(sec))と加熱温度(Temperature(℃))の2次元変数である。このような損傷度のプロファイルによると、加熱時間と加熱温度を組み合わせた加熱処理に対して、各変数の設定と損傷度(増殖遅延時間)との関係を可視化することができ、食品などの品質と安全性の両方を考慮した微生物制御処理をどのように調整すべきかの効果的な指標になる。
【0030】
また、前述したように、標的菌遺伝子定量手法によるモニタリングで得られる増殖曲線(図1図2:S5)からは、DMfitなどの既存のソフトウェアを用いて、最大比増殖速度を求めることができる。この最大比増殖速度は、前述した増殖遅延時間と共に、微生物制御処理の度合いによる損傷度の程度を定量化する有効なパラメータとなる。
【0031】
図7は、標的菌である腸管出血性大腸菌O157に対して、微生物制御処理として、pH3.0の培地に曝露する処理を施した場合の例であって、微生物制御処理後の増殖曲線から算出される最大比増殖速度を求めた例である。図示のグラフは、横軸にpH3.0の培地に曝露した時間(曝露時間:微生物制御処理の度合い)を取り、縦軸に最大比増殖速度をとっている。ここで、最大比増殖速度が大きいということは、損傷度が低いことを意味しており、最大比増殖側道が小さいということは、損傷度が高いことを意味している。図示の例では、曝露時間(Hr)が40時間を過ぎると最大比増殖速度はゼロになり、標的菌である腸管出血性大腸菌O157は死滅した状態になるが、曝露時間が36時間を過ぎると最大比増殖速度は急激に低下する。このように、最大比増殖速度は、前述した増殖遅延時間と共に、損傷度を定量化する際の有効な指標になる。
【0032】
以上説明したように、本発明によると、雑菌や夾雑物が存在する食品などの検体から標的菌を特定して、微生物制御処理の度合いに対する標的菌の損傷度を定量的に把握することができる。そして、所定の微生物制御処理を施した場合の損傷菌の回復を定量的に把握することできるので、安全性を確保するために最低限必要とされる微生物制御処理の度合いとその後の保管期間を、客観的なデータに基づいて、詳細に決定することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7