(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6797465
(24)【登録日】2020年11月20日
(45)【発行日】2020年12月9日
(54)【発明の名称】優れた靭性及び高温強度を有する高硬度マトリクスハイス
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20201130BHJP
C22C 38/24 20060101ALI20201130BHJP
C21D 6/00 20060101ALN20201130BHJP
【FI】
C22C38/00 301H
C22C38/24
!C21D6/00 L
【請求項の数】1
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2016-136406(P2016-136406)
(22)【出願日】2016年7月8日
(65)【公開番号】特開2018-3146(P2018-3146A)
(43)【公開日】2018年1月11日
【審査請求日】2019年6月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(72)【発明者】
【氏名】島村 祐太
【審査官】
守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】
特開平03−236445(JP,A)
【文献】
特開昭49−045813(JP,A)
【文献】
国際公開第2015/045528(WO,A1)
【文献】
特開2016−060961(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.55〜0.75%、Si:0.50〜1.50%、Mn:0.10〜1.00%、Cr:3.00〜5.00%、Mo:2.00〜3.00%かつW:2.00%以下の範囲内で、2Mo+W:4.00〜6.00%、V:0.80〜1.30%、P:0.030%以下、S:0.01%以下、O:0.0050%、N:0.0300以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物であり、内部に残存する炭化物で、円相当径で2.0μm以上のMX型または/およびM6X(XはCまたはN)型の面積率1μm2当り3.0%以下である鋼塊状態のマトリクスハイスであり、該鋼塊を鍛練成形比が6Sとなる直径である140mmに熱間鍛造後の鋼材を1140℃で10分間保持し、50℃の油に投入することで焼入れを実施後、480〜620℃で60分保持後に空冷する操作を3回繰り返すことで焼戻しを行ったときに得られる焼入焼戻し材の硬さが62HRC以上であることを特徴とする優れた靱性および高強度を有するマトリクスハイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、冷間鍛造、温間鍛造、熱間鍛造、熱間押出、ダイカストなどの金型に好適なマトリクスハイスに関する。
【背景技術】
【0002】
硬度と耐摩耗性が得られるハイスとして、例えばJIS−SKH51があるが、MoやV、Wといった合金元素が多く添加されているため、凝固時に晶出し、均質化熱処理や焼入れ後も残存する一次炭化物(以下、粗大炭化物)が増加し、靭性が低下する傾向にあった。このハイスと同等の硬さを得つつ、靭性を高めたハイスとして、マトリクスハイスがある。マトリクスハイスは、JIS−SKH51などの高速度工具鋼の基地(マトリクス)組成を参考にし、MoやV、Wといった合金元素を低下させた成分系であり、高い強度と靭性を兼備した工具鋼であり、これらには、例えば、以下の従来技術1〜3が知られている。
【0003】
本願発明から見た課題を、従来技術として、公開の特許公報の技術からみてみると、製品寸法による特性バラツキの少ない合金高速度工具鋼であって、その実施例に示される成分として、CrやV量などの上限値の高い成分系のものが提案されている(例えば、特許文献1参照。)。しかしながら、この合金高速度工具鋼では、高温強度や靱性が低下するという問題があった。
【0004】
一方、高い靱性を有する高速度工具鋼で、靱性に対してマトリクス中に析出する炭化物の粒径や分布密度に関する検討がなされているものがある(例えば特許文献2参照。)。ところで、この高速度工具鋼に示される成分は、C量が極めて低く、冷間鍛造金型などの実用的な硬さ(62HRC以上の硬さ)が得られない問題がある。
【0005】
さらに、高温強度に優れたマトリクスハイスにおいて、実施例に示される成分では、主に、MoやW、Vの含有量が多いので、高温強度が得られる物が提案されている(例えば、特許文献3参照。)。しかし、このマトリクスハイスは、反面、凝固時に生成される粗大炭化物が残存して靱性が低下する問題がある。
【0006】
従来技術として、上記のような、靱性や高温強度が優れたマトリクスハイスが開発されているが、いずれも硬さ・靱性・高温強度の全ての特性を満足するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−285444号公報
【特許文献2】特開2004−307963号公報
【特許文献3】特開2005−206913号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本願発明が解決しようとする課題は、従来技術の問題であった、硬さ、高温強度及び靱性の全ての特性が優れたマトリクスハイスを提案することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
硬さや高温強度を増加させるためには、Cや炭化物形成元素であるCrやMo、Vを増加させればよいが、過剰な添加は、凝固時の粗大炭化物形成を促進し、靱性低下の要因となる。このことから、粗大炭化物の面積率に着目し、鋼塊に均質化処理を適用した後の粗大炭化物面積率と靱性の関係を明らかにし、さらに、この関係に基づいた合金元素添加量の最適化、すなわち、1、凝固時に発生する粗大炭化物の低減、2、均質化熱処理における粗大炭化物固溶促進の観点から、炭化物形成元素を調整し、硬さ・高温強度・靱性に優れたマトリクスハイスの成分範囲を見出した。
【0010】
そこで、上記の課題を解決するための手段は、第1の手段では、質量%で、C:0.55〜0.75%、Si:0.50〜1.50%、Mn:0.10〜1.00%、Cr:3.00〜5.00%、Mo:2.00〜3.00%かつW:2.00%以下の範囲内で、2Mo+W:4.00〜6.00%、V:0.80〜1.30%、P:0.30%以下、S:0.01%以下、O:0.0050%、N:0.0300以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物であり、鋼塊状態で内部に残存する炭化物で、円相当径で2.0μm以上のMX型または/およびM
6X(XはCまたはN)型の面積率1μm
2当り3.0%以下であり、該鋼塊の熱間鍛造後の鋼材の焼入焼戻後の硬さが62HRC以上であることを特徴とする優れた靱性および高強度を有するマトリクスハイスである。
【発明の効果】
【0011】
本願の発明は、硬さ、高温強度及び靱性の全ての特性の点で優れている冷間鍛造、温間鍛造、熱間鍛造、熱間押出、ダイカストなどの金型に好適なマトリクスハイスである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
発明を実施するための形態に先立って、本願発明の化学成分の限定理由を説明する。なお、化学成分の%は質量%である。
【0013】
C:0.55〜075%
Cは、十分な焼入性や焼入焼戻硬さを確保し、炭化物を形成させることで耐摩耗性や高温強度を得るための元素である。しかし、Cの含有量が0.55%より少なすぎると、得られた鋼材に十分な硬さ、高温強度、耐摩耗性が得られない。一方、Cの含有量が0.75%より多すぎると、凝固時に、粗大炭化物の晶出量が増加するため、得られた鋼材の靱性が低下する。そこで、Cは0.55〜075%とし、好ましくは0.60〜0.70%とする。
【0014】
Si:0.50〜1.50%
Siは、製鋼での脱酸効果および焼入性の確保として必要な元素であり、Siが0.50%より少ないとこれらの効果が十分に得られない。一方、Siが1.50%より多すぎると、MX(XはCまたはN)型炭化物の固溶温度を上昇させるため、得られた鋼材の均質化熱処理の効果が小さくなり、靱性が低下する。そこで、Siは0.50〜1.50%とし、好ましくは0.75〜1.25%とする。
【0015】
Mn:0.10〜1.00%
Mnは、焼入性の確保に必要な元素であり、Mnが0.10%より少ないと、この硬化が十分に得られない。一方、Mnが1.00%より多い過剰添加は加工性を低下させる。そこで、Mnは0.10〜1.00%とする。
【0016】
Cr:3.00〜5.00%
Crは、焼入性を改善する元素で、3.00%未満では、焼入性が不足し、焼入冷却時にベイナイトなどの組織を生成し、靱性が低下する。一方、Crが多すぎると、焼入焼戻時にCr系の比較的微細な炭化物が多く析出する。この炭化物は高温で粗大化し易いため、高温環境での硬度低下が大きい。すなわちCrが多すぎると、高温強度や軟化抵抗性を低下させる。そこで、Crは3.00〜5.00%とし、好ましくは3.50〜4.50%とする。
【0017】
Mo:2.00〜3.00%、かつ、W:2.00以下の範囲内で、2Mo+W:4.00〜6.00%
MoとWは、焼入性と焼戻し時の二次硬化、耐摩耗性、高温強度および軟化抵抗性に寄与する元素であり、また、焼入時に未固溶となった微細な炭化物が結晶粒の粗大化を抑制する。しかし、これらの効果は、Moが2.00〜3.00%、かつ、Wが2.00以下の範囲内で、2Mo+Wが4.00〜6.00%より少ないと、得られない。一方、多すぎると、凝固時に、M
6X(XはCまたはN)型の粗大炭化物の晶出量が増加し、また、炭化物自体の安定度も高くなり、均質化熱処理の効果が小さくなることで残存炭化物が増加し、これらの相乗効果により、靱性が低下する。そこで、Moが2.00〜3.00%、かつ、Wが2.00以下の範囲内で、2Mo+W:4.00〜6.00%とし、好ましくは、Moが2.4〜3.0%、かつ、Wが1.00%以下の範囲内で、2Mo+W:4.80〜6.00%とする。
【0018】
V:0.80〜1.30%
Vは、焼戻し時に微細で硬質なMX(XはCまたはN)型炭化物、窒化物、炭窒化物が析出し、高温強度や耐摩耗性に寄与する元素で、また、焼入時には未固溶となった微細な炭化物や炭窒化物が結晶粒の粗大化を抑制し、靭性の低下を抑制する。しかし、Vが0.80%より少ないとこれらの効果が得られない。一方、Vが1.30%より多すぎると、凝固時に、MX(XはCまたはN)型粗大炭化物の晶出量が増加し、また、炭化物自体の安定度も増加することから、均質化熱処理の効果が小さくなることで、残存炭化物が増加する。これらの相乗効果により、靱性が低下する。また、Vが1.30%より多すぎるとMC型炭化物として消費されるC量が多くなり、硬さが低下する。そこで、Vは0.80〜1.30%とし、好ましくは0.90〜1.20%とする。
【0019】
P:0.030%以下
Pは、不純物元素であるが、結晶粒界へ偏析し、靭性を低下させる。そこで、Pは0.030%以下とする。
【0020】
S:0.010%以下
Sは、不純物元素であるが、硫化物を形成し、靭性および熱間加工性を低下させる。そこで、Sは0.01%以下とする。
【0021】
O:0.0050%以下
Oは、不純物元素であるが、酸化物を形成し、破壊の起点となり、靭性や疲労強度を低下させる。そこで、Oは0.0050%以下とする。
【0022】
N:0.0300%以下
Nは、不純物元素であるが、0.0300%より多すぎると、凝固過程で、MC型よりもより高温で安定なMN型窒化物が晶出し、靭性を阻害する。そこで、Nは0.0300%以下とする。
【0023】
鋼塊状態で内部に残存する炭化物で、円相当径で2.0μm以上のMX型または/およびM
6X(XはCまたはN)型の1μm
2当り:3.0%以下
マトリクスハイスにおいて、粗大炭化物は破壊の起点となり易く、また、き裂の進展を助長し易いため、靱性の観点からできるだけ少ないことが望ましい。鋼塊状態で内部に残存する粗大炭化物に関して、円相当径で2.0μm以上のMX型または/およびM
6X(XはCまたはN)型の1μm
2当り3.0%以下であるとき、優れた靱性が得られた。よって、その面積率が1μm
2当り3.0%以下とする。
【0024】
熱間鍛造後の鋼材の焼入焼戻後の硬さ:62HRC以上
本願発明は、熱間や温間金型用途だけではなく、冷間鍛造用途も想定したマトリクスハイスに関する発明である。冷間鍛造用途では、金型の実用的は硬さは62HRC以上であることが望まれるため、熱間鍛造後の鋼材の焼入焼戻後の硬さが、62HRC以上とする。
【0025】
ここで、本願の発明を実施するための形態について説明する。例えば次の(1)および(2)のような製造不法が適用できる。
【0026】
(1)本発明鋼の化学成分からなる1次溶解による鋳造材を真空アーク再溶解法(VAR)やエレクトロスラグ再溶解法(ESR)によって2次溶解して再凝固させる。この方法では、2次溶解により、再溶解後の凝固が短時間で行われるため、凝固偏析が起こりにくく、炭化物の局所的な凝集および偏析を抑えることが可能となる。
【0027】
(2)上記の(1)の方法により溶解、再凝固させた鋼を、1150〜1250℃で10時間以上のソーキング処理を実施する製造方法である。この製造方法は、鋼中に析出した粗大な炭化物を適性範囲の大きさにコントロールするために最適の製造方法である。このソーキング処理は、焼入れ温度よりも高温で、かつ、融点よりも低い温度で実施する必要がある。ソーキング処理を適性に行えば、形成された粗大な炭化物を小さくし、さらに炭化物の量を少なくして均一に分散させることが可能である。なお、ソーキング処理する温度と時間は成分によって適性値が異なる。
【0028】
以下に示される表1における鋼材の特性については、(2)に示されるソーキング処理を用いた製造方法を適用した。すなわち、表1に示す、本発明鋼の
記号A、C、E、G、H、J〜Oの11種と比較鋼の記号1〜17種の成分組成である化学成分と残部Feおよび不可避不純物からなるインゴットを1トン真空溶解炉を用いて造塊し、この溶製により得られたインゴットに、1200℃で15時間のソーキング処理をした後に、鍛練成形比が凡そ6Sとなる直径140mmに熱間鍛造により鋼材を製造した。
【0030】
上記の熱間鍛造により得られた鋼材の本発明鋼の
記号A、C、E、G、H、J〜Oの11種と比較鋼の記号1〜17種の炭化物面積率、焼入焼戻し材の最大硬さ、靱性および軟化抵抗性について、表2に示した。
【0032】
表2における、*1)炭化物面積率
インゴットに1200℃で15時間以上のソーキング処理した後に、中心部のミクロ組織を撮影し、画面解析によって1μm
2当りの炭化物面積率を(%)で算出した。本願発明のおける炭化物面積率は3.0%以下である。したがって、3.0%を超える比較例の炭化物面積率は下線で示した
【0033】
*2)焼入焼戻硬さ
焼入れは、表2の各鋼材の中心部より割出した25mm×25mm×25mmのブロックを用いて試料とし、1140℃で10分間保持し、攪拌している50℃の油に投入することで実施した。焼戻しは、480〜620℃で60分保持後に空冷する操作を3回繰り返した。得られた各試料を中断し、この中断した面を測定面として、測定面の熱影響層および反対面の表面にあるスケール層を平面研磨機にて除去し、平行精度を高めた後、ロックウエル硬度計にて硬さ測定した。480〜620℃の焼戻しの間で得られた2次硬化のピークとなる硬さを最大硬化とした。62.0HRC以上であれば○とし、62.0HRC未満であれば×とし、その値を下線で示した。
【0034】
*3)靱性
靱性は、シャルピー衝撃試験により評価を実施した。各鋼材の中心部から各辺25mmのブロック状供試材を割出し、1140℃で焼入れを実施後、焼戻しを行うことで、58HRCに調質した後、10RCノッチシャルピーに加工した。シャルピー衝撃値が100.0J/cm
2以上であるときは◎とし、80.0J/cm
2以上で100.0J/cm
2未満であるときは○とし、80.0J/cm
2未満であるときは×とし、其の衝撃値を下線で示した。
【0035】
*4)高温強度
高温強度に関する評価として、軟化抵抗性を用いた。軟化抵抗性試験の方法を以下に示す。各鋼材の中心部から各辺25mmのブロック上供試材を割出し、1140℃で焼入れを実施後、焼戻しを行うことで、57〜59HRCに調質し、該供試材を600℃にて50時間保持し、これらの鋼材を空冷する。次いで、測定面の熱影響層および反対面の表面にあるスケール層を平面研磨機にて除去した後、平行精度を高めた後、ロックウエル硬度計にて測定し、初期硬さとの差、すなわち軟化量(ΔHRC)により評価した。評価は軟化量が12.0以下であるときは○とし12.0を超えたときは×とし、その軟化量の値を下線で示した。