【実施例】
【0024】
[第1実施形態]
検査対象のアコースティックエミッションパラメータ(AEパラメータ)は、AEセンサーが検知したAE波を信号処理して取得される。具体的に、AEパラメータは、AE発生数、AE振幅、AEエネルギー、AE波形(最大振幅値、立ち上がり時間、及び持続時間等)、AE周波数、AE平均値、AE実効値、AE計数率、及びAE計数総数等を含んでいる。疲労損傷の進展状況を検査する際にAE法を用いる場合、一般的に疲労損傷の進展に伴ってAE発生数、AE振幅及びAEエネルギーの絶対値等のAEパラメータが右肩上がりに増加する。発明者らは、AEパラメータのうち、特にAEの振幅値が、疲労損傷の進展に伴って右肩上がりに増加することを試験片を用いた疲労試験において確認した。そのため、このパラメータを検査指標に用いれば、圧力タンクの疲労損傷の進展状態を把握することができる。
【0025】
[AEセンサーの設置場所]
AEセンサーを圧力タンクに設置する場合、特に
図1Bのタイプ2容器20及び
図1Cのタイプ3容器30にAEセンサーを設置する場合には工夫が必要となる。何故ならば、例えば、タイプ2容器20の金属製のライナー21は、その表面がCFRP製のフープ層22で覆われており、ライナー21の外部への露出部がほとんど無い。そのため、AEセンサーをライナー21へ直接設置することができず、感度よくAEを検出することができないからである。また、フープ層22へAEセンサーを設置することはできるが、CFRPは減衰が大きい為、AEの検出感度が低くなってしまって現実的ではない。タイプ3容器30についても、同様にAEの検出感度が低くなってしまう。
【0026】
そこで、感度良くAE波を計測するためのAEセンサーの設置場所について、圧力タンク50の端部周辺を拡大して示す
図2を参照して説明する。なお、圧力タンク50の両端は同様の構成を備えているので、その一端のみを説明して他端の説明は省略する。
【0027】
一般的に圧力タンク50の端部には容器バルブ51が設けられており、当該バルブ51には水素パイプ52を取り付け可能である。そして、バルブ51には、圧力タンク50にバルブ51を固定する工具(レンチ)と当接するための平面部53が設けられている。そこで、AEセンサー54は、バルブ51の平面部53に接着する。これにより、容器バルブ51は、金属製のライナーに金属製の螺子で強固に固定されているため、AEセンサー54は感度良くAE波を計測できる。
【0028】
バルブ51の平面部53に設置する場合、AEセンサー54は、水素ステーションでの供用中に圧力タンク50を開放せずに設置できる。さらに、バルブ51には一般的に平面部53が設けられているため、AEセンサー54を取り付けるために別途の平面を形成する必要がない。なお、AEセンサー54の取り付けは、一般的な手法によって行う。例えば、AEセンサー54が圧電素子型である場合には、まず容器バルブ51の平面部53に治具(不図示)を固定する。そして、固定された治具に、AEセンサー54を挿入し、AEセンサー54の後方から弾性体を介して螺子等で固定する。さらに、ノイズ対策のための絶縁テープをAEセンサー54のケースに巻きつけてもよい。また、ワセリン等の接触媒質をAEセンサー54の受波面に塗布してもよい。
【0029】
[振幅比]
AE発生数、AE振幅及びAEエネルギーの絶対値は、検査条件(AEセンサーの設置場所、評価対象、及び圧力変動の範囲等)の影響を大きく受ける。そのため、圧力タンクに常時取り付けられたAEセンサーでモニタリングすれば疲労損傷を検査できるが、定期検査となる供用中の検査には適していない。一方、検査条件に影響を受けないAEパラメータとして、AE周波数がある。そして、発明者らが試験片で疲労試験を行った結果、疲労損傷の進展に伴う圧力タンクのAEは、高周波数(例えば、200kHz〜300kHz)であることが明らかになった。
【0030】
すなわち、フープ層からのAEを除去するために周波数フィルタで低周波数(例えば、100kHz以下)のAEを除去して得られた高周波数の周波数帯域のAEが、疲労損傷の進展に伴う圧力タンクのAEであることが明らかになった。なお、圧力タンクには常用圧力以上の加圧で自緊処理が行われる為、常用圧力で使用していれば、カイザー効果が特に顕著なCFRP製のフープ層は破壊されない。このカイザー効果とは、材料に負荷を加えるとAEが発生するが一度除荷し再び負荷を加えると以前の最大負荷を越えるまでAEが発生しない、というAE特有の不可逆現象である。そのため、圧力タンクの疲労損傷を評価する際には、CFRP製のフープ層の破壊を考慮しないこともできる。
【0031】
しかしながら、圧力タンクの輸送中に生じたフープ層の表面損傷が起点になってフープ層の破壊が起こり、当該破壊に伴ってAEが発生することも考えられる。そのため、フープ層の破壊に伴うAE波を金属製のライナーの疲労損傷に伴うAE波と区別することが望ましい。具体的に、発明者らは、フープ層の破壊に伴うAE波は、200kHz未満の周波数成分からなり、特に70kHzの成分を多く含んでいることを実験結果から確認している。
【0032】
しかし、発明者らが、タイプ3容器30を用いた加速疲労試験を行った結果、疲労損傷の進展と高周波数のAE振幅値との間に有意な相関が観察されない場合があった。これを、
図3に示す200kHz〜300kHzの周波数帯域のAE振幅値のグラフを参照して説明する。なお、
図3においては縦軸が各サイクルにおける最大AE振幅値の絶対値を示し、横軸が疲労試験のサイクル数を示す。この疲労試験においては、圧力タンクとして複合容器のAE発生挙動を調査した。この複合容器の仕様は、設計圧力:45MPa、最小破裂圧力:135MPa(破裂安全率3以上)、内容量:30L、アルミライナー素材:A6061−T6、フープ層素材:PAN系であった。また、この複合容器の製造時には、自緊処理により253MPaの残留圧縮応力が負荷されていた。
【0033】
疲労試験の試験条件は、圧力媒体:イオン交換水、圧力範囲:1〜75MPa、繰り返し周波数:0.05Hz、周方向応力範囲:−253〜5MPa、漏洩までの繰り返し数(サイクル数):24,925回であった。また、AEセンサーとしてVS150−RICセンサ(Vallen製)を、複合容器の両端のバルブの平面部に取り付けた。さらに、AEセンサーとしてAE−144Aセンサ(富士セラミック製)を、複合容器の両端のバルブの平面部に取り付けた。また、AE計測装置はAMSY−5(Vallen製)を使用した。
【0034】
45MPaの設計圧力である複合容器に対し75MPaの内圧を負荷した所、約2万5千回のサイクルで漏洩が確認され、き裂はライナーの胴部からせん断型で貫通していた。このとき、200kHz〜300kHzのAE振幅値の経時変化を観察しても、
図3のグラフに示すように、サイクル数と共に上昇して疲労破壊直前で最大となるようなパターンにはならなかった。
【0035】
複合容器には自緊処理が施され、金属製のライナーに塑性変形を引き起こしてライナーの平均応力を圧縮側にシフトする(製造時に大きな残留圧縮応力をライナーに負荷する)ことによって疲労寿命が延命されている。そこで、発明者らは、疲労損傷の進展と高周波数のAE振幅値との間に有意な相関が観察されなかった原因が、自緊処理による以下の3つの影響であると考えた。
【0036】
第1に、自緊処理によって金属製のライナーにすべり線が発生するが、すべり線に沿う疲労損傷のAEは振幅値が小さく発生数も少ない。第2に、疲労損傷の進展早期に、自緊処理による応力集中部、又は金属製のライナーを加工する際の微小傷からAEが発生する。第3に、自緊処理によってき裂がせん断方法に進展する現象が観察されていることから、せん断方向へき裂が進展する場合は、AEの放射方向の影響とき裂先端へ負荷する応力が半減してAE振幅値が小さくなる。
【0037】
この3つの影響により、試験片とは異なって複合容器の疲労試験時には、200kHz〜300kHzの低振幅値の疲労損傷の進展に伴うAEに加えて、局部応力の集中部又は初期き裂が原因の高振幅値の多数のAEが計測されると考えられる。そのため、疲労損傷のAEはその他のAEに紛れてしまい、AE振幅値の経時変化だけでは疲労損傷の進展状況の観察が難しいと考えられる。
【0038】
しかしながら、振幅値は小さくても、疲労損傷の進展に伴うAEの周波数は200kHz〜300kHzであることは明らかである。そこで、発明者らは、当該周波数を強調することによって疲労損傷の進展状況を観察することを考えた。すなわち、発明者らは、特定周波数帯域におけるAE振幅値を強調するために、圧力タンクのAEのうち疲労損傷に起因する周波数帯域におけるAE振幅値を、検出された全ての周波数帯域におけるAE振幅値で割ることによって「振幅比」を算出した。そして、発明者らは、上記加速疲労試験中の振幅比を検証した結果、疲労損傷が進むに伴って、振幅比が右肩上がりに増加することを確認した。
【0039】
具体的に、
図4は検出された全周波数帯域におけるAE振幅値を示すグラフである。
図3と同様に、
図4においても縦軸がAE振幅値を示し、横軸が疲労試験のサイクル数を示す。また、各サイクルにおいて、200kHz〜300kHzの周波数帯域におけるAE振幅値の代表値を、全周波数帯域におけるAE振幅値の代表値で割って算出した振幅比(絶対値)を
図5のグラフに示す。なお、
図5の振幅比の算出には、代表値として各サイクルにおける最大AE振幅値の絶対値を用いた。
【0040】
図5に示すように、振幅比が約0.2程度から疲労損傷の進展に伴って右肩上がりに上昇していることがわかる。このことから、水素ステーションの圧力タンクの供用中に定期的にAEを計測し、振幅比の変化を記録して管理する保全検査によって、安全性を担保しつつ合理的な圧力タンクを運用できることがわかった。
【0041】
[応力振幅と振幅比]
次に、発明者らは、実際の水素ステーションにおける応力振幅と振幅比の関係を、平板試験片を用いた実験で検討した。この平板試験片の条件は、試験片の形状:長方形、試験片の長さ:250±0.15mm、試験片の幅:30±0.15mm、試験片の厚み:12±0.15mmであった。また、平板試験の試験条件は、負荷変動:0.8MPa〜336MP、繰り返し数(サイクル数):約5万サイクル(破断しない試験片を含む)であり、いずれの試験条件も最大負荷はアルミ合金の耐力以上の塑性応力下とした。
【0042】
また、平板試験では、平板試験片の上面四点を加圧する上部治具と、平板試験片の下面四点を支持する下部治具とを備える片振り四点曲げ疲労試験装置を用いた。平板試験片の長さ方向において、下部治具の支持点同士の間隔(70mm)は、上部治具の加圧点同士の間隔(210mm)よりも狭くした。これにより、負荷上昇時には、下部治具の支持点同士の間に位置する平板試験片の略中央部が下から押し上げられるように、上側が凸になって平板試験片が曲がり、平板試験片の上面側に引張力が働く。これにより、平板試験片の略中央部に疲労き裂が発生するようにした。
【0043】
平板試験片の上面には、疲労き裂を検知するために2個のAEセンサーを設置した。2個のAEセンサーは、平板試験片の長さ方向に沿った二等分線上において、それぞれ平板試験片の幅方向に沿った二等分線から50mm離間した位置に設置された。さらに、圧子と平板試験片の接触摩擦に伴うノイズ等の外乱要因を検知するために、参照用のAEセンサーを上部治具及び下部治具にそれぞれ1個ずつ設置した。そして、AEセンサー毎のAE波の到達時間差を用いて、疲労き裂の発生エリアのみのAE波を選択的に抽出し、四点曲げの四つの圧子の接触面でのノイズ信号と区別した。なお、AEセンサーはAE−144A(富士セラミック製)を使用し、AE計測装置はAMSY−5(Vallen製)を使用した。
【0044】
複数回行った疲労試験の結果を
図6に応力振幅と振幅比で整理した。
図6においては、応力振幅の疲労寿命(未破断の場合は試験期間)の初期0〜10%の平均振幅比を丸マークで示し、疲労寿命の後期80%〜100%の平均振幅比を四角マークで示している。さらに、
図6中に点線で囲った条件の応力振幅の試験では、2000万サイクルに至っても未破断であったので試験を中止した。
図6に示すように、応力振幅が小さいときは、平均振幅比は0.3未満を維持して破断に至らない。しかし、応力振幅が大きいときは、試験開始直後から平均振幅比が大きく(例えば0.3以上)、疲労寿命の後期に平均振幅比が0.5〜0.6に至ると試験片が破断する。
【0045】
この結果、加速疲労試験のように応力振幅が大きいときには、振幅比が疲労損傷の進展に伴って右肩上がりに増加し、振幅比は疲労寿命の初期から大きい事がわかった。さらに、応力振幅が大きい場合は、水素ステーションでの使用環境のような応力振幅が小さい場合と比較して振幅比が大きい事が分かった。一方、応力振幅が小さいときには、振幅比が小さく、2000万回以上繰り返し負荷を印加しても、疲労損傷によるき裂は試験片を貫通しなかった。
【0046】
加速疲労試験では、試験時間を短縮するために圧力タンクの設計圧力の0〜150%の内圧を繰返し圧力タンクに負荷して、非常に厳しい(応力振幅が大きい)環境で試験する。一方、実際の水素ステーションでの圧力タンクの使用圧力は、最も厳しい条件でも設計圧力の60%〜100%であり、負荷される応力振幅は加速疲労試験に比較して小さい。
【0047】
図6に示すように、応力振幅が小さい場合は、振幅比が小さく、2000万回以上繰り返し負荷を印加しても疲労損傷によるき裂が試験片を貫通しない。すなわち、圧力タンクの保全検査として振幅比を用いた場合、水素ステーションで通常使用している(応力振幅が小さい)正常な圧力タンクの振幅比は小さい(例えば0.3未満)といえる。そのため、振幅比が管理値(例えば0.3)よりも小さいことを定期的に確認すれば、健全性を担保しつつ圧力タンクを継続的に使用できる。
【0048】
[検査システム]
続いて、
図7及び
図8を参照して、水素ステーションにおける圧力タンクのAE波を用いた供用中の保安検査について説明する。なお、
図7は水素ステーション内の圧力タンクの検査システム100を示す概略ブロック図であり、
図8は検査手順を説明するフローチャートである。
【0049】
図7に示すように、複数の圧力タンク(第1圧力タンク110、第2圧力タンク120及び第3圧力タンク130)は、水素ステーション内に設置されたカードル140に固縛設置されている。そして、第1圧力タンク110、第2圧力タンク120及び第3圧力タンク130には、高圧圧縮機141によって昇圧された水素が一時的に貯えられている。圧力タンクが固定されたカードル140は、水素ステーションの事務所裏、あるいは水素ステーションの屋根上などに設置される。なお、カードル140には、3本よりも多い(例えば16本)圧力タンクが設置されていてもよい。
【0050】
第1圧力タンク110、第2圧力タンク120及び第3圧力タンク130に蓄えられた水素は、ディスペンサー142によってFCV143に供給される。この水素の出し入れに伴って、各圧力タンクのライナーに繰返し応力が負荷される。各圧力タンクへの負荷サイクル数は、圧力計等を用いて不図示の記録装置に記録される。また、各圧力タンクの寸法、設計圧力サイクル数、及び使用可能サイクル数等の仕様も不図示の記録装置に記録されている。
【0051】
第1実施形態に係る検査システム100は、第1圧力タンク110、第2圧力タンク120及び第3圧力タンク130から発生するAE波を検知するセンサーとして、防爆型AEセンサー150(FBG型、ドップラー型またはマイケルソン型などの光ファイバー型のAEセンサー)を備えている。このAEセンサー150は、特に圧力タンクに流体が充填された加圧下において発生するAE波を検知し、第1圧力タンク110、第2圧力タンク120及び第3圧力タンク130の両端においてそれぞれのバルブ51の平面部53に接着されている。さらに、検査システム100は、AE分析装置として機能するパーソナルコンピュータ(PC)160と、AE分析装置160に接続されたAE計測装置170とを備えており、AE分析装置160とAE計測装置170とはAE計測車180内に設置されている。
【0052】
AE分析装置160は、CPU(不図示)と、制御プログラム等を記憶した記憶部161とを有している。そして、CPUは、記憶部161に記憶されたプログラム等に基づいて、AE分析装置160の全体を制御すると共に、各種処理についても統括的に制御する。また、記憶部161は、CPUが動作するためのシステムワークメモリであるRAM、プログラム若しくはシステムソフトウェア等を格納するROM、及び/又はハードディスクドライブ等を有する。なお、AE分析装置160及びAE計測装置170は、圧電素子型AEセンサー用のA/D変換手段、光ファイバー型AEセンサー用の光信号処理手段及びA/D変換手段等の他の手段をさらに備えることができる。
【0053】
第1実施形態では、CPUが、ROMやハードディスクドライブに記憶された制御プログラムに従って、種々の演算、制御、及び判別などの処理動作を実行できる。また、AE分析装置160には、所定の指令あるいはデータなどを入力するキーボード又は各種スイッチ等を含む操作部、装置の入力状態、設定状態、計測結果、及び各種情報等を表示する表示部等の外部機器が、有線接続又は無線接続されている。なお、CPUは、CD(Compact Disc)、又はインターネット上のサーバ等の外部記憶媒体に記憶されたプログラムに従って制御することもできる。
【0054】
記憶部161には検査プログラムが実装されている。そして、検査プログラムに対応してCPUが各種処理を実行することにより、コンピューターのパラメータ取得部162、判断部163、及び出力部164等の各部が各種機能として論理的に実現される。すなわち、検査プログラムは、コンピューターとしてのAE分析装置160を、パラメータ取得部162、判断部163、及び出力部164として機能させて、後述する圧力タンクの検査方法を実行する。なお、検査プログラムは、コンピューター読み取り可能な内部又は外部の記録媒体に記録されている。
【0055】
AE分析装置160は、検知されたAE波に基づいてAEパラメータを取得するパラメータ取得部162を備えている。このパラメータ取得部162は、AEセンサー150が検知したAE波を、AE計測装置170を介して信号処理されたAE信号として取得する。そして、パラメータ取得部162は、AE信号を信号処理して、AE波の第1周波数帯域(基準周波数帯域)の振幅値における代表値として、例えば最大AE振幅値の絶対値を取得する。同様に、パラメータ取得部162は、AE信号を信号処理して、AE波の第2周波数帯域(対象周波数帯域)における振幅値の代表値として、例えば最大AE振幅値の絶対値を取得する。
【0056】
パラメータ取得部162は、第1周波数帯域の振幅値における代表値に対する、第2周波数帯域における振幅値の代表値の割合を算出する。これにより、パラメータ取得部162は、AEパラメータとして振幅比の値を取得する。また、パラメータ取得部162は、AEの計測結果として振幅比の値を記憶部161に送り、記憶部161は受け取った計測結果を記憶する。なお、第2周波数帯域とは、疲労損傷の進展に起因して発生したAE周波数であり、例えば200kHz〜300kHzの周波数帯域である。また、第1周波数帯域とは、第2周波数帯域とは異なる周波数帯域であり、例えば第2周波数帯域を含む全周波数帯域である。ただし、第1周波数帯域及び第2周波数帯域は検査対象によって異なるため、上記例示の範囲に限定されない。なお、第2周波数帯域は、好ましくは第1周波数帯域よりも狭い周波数帯域である。
【0057】
AE分析装置160は、各圧力タンクが正常であるか異常であるかを判断する判断部163を備えている。この判断部163は、パラメータ取得部162が取得した振幅比の値を所定の管理値と比較し、振幅比の値が管理値未満の場合には各圧力タンクが正常であると判断する。また、判断部163は、振幅比の値が管理値以上の場合には各圧力タンクが異常であると判断する。そして、判断部163は、各圧力タンクが正常であること又は異常であることを示す情報を検査結果として記憶部161に送り、記憶部161は受け取った検査結果を記憶する。
【0058】
また、AE分析装置160は、パラメータ取得部162が取得した振幅比の値を出力する出力部164を備えている。この出力部164は、記憶部161に記憶された計測結果及び検査結果を出力する。すなわち、出力部164は、パラメータ取得部162が取得して記憶部161に記憶された振幅比の値を、AE分析装置160に接続される外部機器(不図示)に出力する。なお、AE分析装置160には、外部機器として、外部記憶装置、外部サーバ、ディスプレイ、印刷装置、又は通信機器等が有線接続又は無線接続される。また、出力部164は、外部機器のデータフォーマットに適応する形態で各種情報を出力する。
【0059】
[検査方法]
図8のフローチャートに示すように、保安検査を行う際に検査員は、まず水素ステーションの運用中にAE計測車180を駐車して、水素ステーションの非防爆エリアにAE分析装置160とAE計測装置170を設置する(S101)。なお、非防爆エリアは、例えば、水素ステーションの管理事務所の内部エリア、又は水素ステーションに駐車したAE計測車180の内部エリアである。
【0060】
そして、検査員は、AE波を検知するセンサーとして、防爆型AEセンサー150を各圧力タンクのバルブ51に取り付ける(S102)。このとき、AEセンサー150は、各圧力タンクの片端のバルブ51の平面部53、あるいは各圧力タンクの両端のバルブ51の平面部53に瞬間接着剤で取り付けられる。その後、検査員は、取り付けたAEセンサー150とAE計測装置170を信号ケーブルで接続する(S103)。接続が終了すると、AE計測装置170の初期設定と、環境ノイズ等の条件設定とを行って(S104)、AE計測の準備が完了する。
【0061】
AEは、圧力タンクの内圧が一定の昇圧速度で昇圧中に計測することが望ましい。そこで、流体が充填されている加圧下において、各圧力タンクに取り付けたAEセンサー150によって、各圧力タンクから発生するAE波を検知する(S105)。すなわち、水素ステーションでFCV143へ水素を供給し、各圧力タンクの使用最低圧力の状態から高圧圧縮機141によって各圧力タンクに水素を充填しているときのAEを計測する。このとき、水素充填による昇圧速度は一定とし、所定の計測期間(例えば10サイクル程度の圧力変動中)のAE波を計測する。そして、複数の圧力タンクに対して、同様の計測をそれぞれ実施する。なお、1回の保安検査で昇圧時のAE計測を2〜3回実施することが好ましい。ただし、FCV143への供給タイミングに依存するため、1回の保安検査におけるAE計測は1回であってもよい。また、昇圧タイミングが合えば、一度に複数の圧力タンクのAEを計測することもできる。
【0062】
複数回の計測を行って計測されたAE振幅値等は、AE計測装置170を介してAE分析装置160内の記憶部161に記録される。また、AE計測装置170は検知されたAE波を信号処理してAE信号を生成し、AE分析装置160のパラメータ取得部162はAE計測装置170を介して取得したAE信号に基づいてAEパラメータを取得する(S106)。具体的にパラメータ取得部162は、AE波の第1周波数帯域における振幅値の代表値に対する、AE波の第2周波数帯域における振幅値の代表値の割合である振幅比の値をAEパラメータとして取得する。そして、取得したAEパラメータは、AE分析装置160内の記憶部161に記録される。
【0063】
その後、AE分析装置160内の判断部163は、AEパラメータに基づいて圧力タンクの疲労損傷を判断する(S107)。具体的に判断部163は、記憶部161に記憶された振幅比の値を、予め設定された管理値と比較する。そして、振幅比の値が管理値未満の場合、判断部163は、圧力タンクが正常であると判断し、正常であるとの検査結果を記憶部161に記憶させる。一方、振幅比の値が管理値以上の場合、判断部163は、圧力タンクが異常であると判断し、異常であるとの検査結果を記憶部161に記憶させる。なお、管理値は、水素の漏洩が生じたときの振幅比の値に達しない範囲で設定されており、実験によって求めることができる。
【0064】
また、判断部163は、取得した振幅比の値から予め計測された振幅比の初期値を減じて増加量を算出し、当該増加量に基づいて圧力タンクの損傷を判断することもできる。この場合、判断部163は、増加量が管理値未満の場合に正常であると判断し、増加量が管理値以上の場合に異常であると判断する。増加量が管理値を超えているか否かを検査することにより、異なる自緊処理が施された複数の圧力タンクについて、自緊処理の相違に起因して振幅比の初期値が大きく異なっていても、振幅比の増加量を基準に圧力タンクを管理できる。
【0065】
また、判断部163は、取得した振幅比の値と振幅比の初期値との比較結果に基づいて、振幅比の値の変動を予測することもできる。この場合、パラメータ取得部162は、初期状態における各圧力タンクから発生するAE波を検知して振幅比の初期値を予め取得しておく。そして、判断部163は、過去の初期値から将来の振幅比の値を予測し、振幅比の予測値が予め設定された管理値(しきい値)を超えているか否かを判断する。これにより、振幅比の予測値が管理値よりも小さいことを定期的に確認すれば、健全性を担保しつつ圧力タンクを継続的に運用できる。なお、次回の計測サイクル数(例えば5000サイクル)に達する時の振幅比の予測値は、例えば、過去に取得された複数の振幅比の値から求めた近似直線に基づいて算出できる。ここで計測サイクル数はFCV143への充填回数と等しい。
【0066】
さらに、AE分析装置160は、複数回計測して得られたAE周波数スペクトラムを重ね合わせて記憶部161に記憶させてもよい。重ね合わせたAE周波数スペクトラムを比較することによって、例えば200kHz〜300kHz帯域のAE振幅値の増減を記憶部161に記録できる。なお、圧力タンクの仕様によっては、200kHz〜300kHz帯域以外にも顕著な増減を示す周波数シフトが発生する可能性もある。そのため、顕著な増減を示す周波数帯域のAE振幅値も併せて記憶部161に記憶させる。
【0067】
その後、検査員は、計測結果及び検査結果をAE分析装置160の出力部164によって出力し(S108)、水素ステーションの管理者に報告する。報告が終了すると、検査員は、水素ステーションから検査システム100を撤収して保安検査が終了する。この保安検査は1年に1回〜数回定期的に実施でき、振幅比とAE周波数帯域が記録される。また、新品の圧力タンクを水素ステーションに設置する際(初期時点)、及び設置から所定期間(例えば1年)経過したときには、振幅比の値を計測して記録しておくと共に、管理値以下であることを確認することが望ましい。さらに、保安検査は、圧力タンクの使用可能回数を超えたときに実施してもよい。
【0068】
水素ステーションの普及と運用には、圧力タンクの耐圧性能と強度を確認するために供用中の保安検査が不可欠であるが、実用的で有効な保安検査は存在していなかった。この点、第1実施形態によれば、圧力タンクの供用中に圧力タンクの疲労損傷を検査することができる。また、圧力タンクの金属製のライナーの疲労損傷の進展状況を、振幅比によって強調して検査できる。そのため、本発明によれば、圧力タンク、特に金属製のライナーを備えるタイプ1容器、タイプ2容器、及びタイプ3容器の疲労損傷の進展状況を検査できる。
【0069】
圧力タンクの使用可能回数は、設計圧力サイクル数を疲労設計安全率Knで除した回数と規定されている。例えば、10万回の設計圧力サイクル数の圧力タンクの場合、疲労設計安全率Kn=4.0の時は約2万5千回が使用可能回数である。そのため、現行の圧力タンクの使用可能回数は、圧力タンクの設計圧力サイクル数の50%にも達しない。この点、第1実施形態によれば、使用可能回数を超えても疲労損傷の進展の兆候(振幅比の増加)が観察されなければ使用を延長できる。これにより、使用可能回数までは安全を確認しながら圧力タンクを運用でき、使用可能回数を超えても安全を確認しながら圧力タンクの使用を継続できる。そのため、安全安心な水素ステーションの普及に寄与することができる。
【0070】
さらに、使用可能回数を超えた複合容器は廃棄処分となるが、炭素繊維を大量に使用した複合容器の廃棄処分は容易ではない。そのため、水素ステーションが普及するに伴って廃棄処分の回数が今後の社会問題となる可能性もある。この点、第1実施形態によって複合容器の使用回数が増えれば、廃棄処分の回数低減にも貢献できる。
【0071】
なお、第1実施形態においては、光ファイバー型のAEセンサーについて説明したが、圧電素子型のAEセンサーを用いることもできる。ただし、光ファイバー型のAEセンサーであれば、防爆エリア内に設置された圧力タンクのAE波を計測することができる。また、振幅比を算出する基準となるAE振幅値の代表値は、最大AE振幅値には限定されない。例えば、複数の周波数帯域の最大AE振幅値の平均値、又は周波数帯域のAE振幅値の中央値であってよい。
【0072】
[第2実施形態]
一般的に普及されると予想されている差圧充填式水素ステーションでは、高圧バンク(高圧力タンク:例えば82〜80MPa)と、中圧バンク(中圧力タンク:例えば82〜70MPa)と、低圧バンク(低圧力タンク:例えば82〜50MPa)との組み合わせによる3バンク切替方式が効率的である。この3バンク切替方式では、各圧力バンク同士の間で圧力変動の小さい充填を繰返し行うことが想定される。そのため、各圧力バンクの圧力変動が異なる結果、応力振幅が異なることにより、各圧力バンク毎に振幅比の値も異なる。
【0073】
そこで、第2実施形態においては、各圧力バンク毎に異なる管理値を設定して、計測した振幅比の値と比較する。具体的に
図8に示す検査システム200を参照して第2実施形態について説明する。なお、第2実施形態の説明においては、第1実施形態との相違点について説明し、第1実施形態で説明した構成要素については説明を省略する。特に説明した場合を除き、同じ参照符号を付した構成要素は略同一の動作及び機能を奏し、その作用効果も略同一である。
【0074】
第2実施形態においては、第2圧力タンク(中圧力タンク)220よりも内圧の変動範囲が広い第1圧力タンク(低圧力タンク)210から発生するアコースティックエミッション波をさらに検知すると共に、第2圧力タンク220よりも内圧の変動範囲が狭い第3圧力タンク(高圧力タンク)230から発生するアコースティックエミッション波をさらに検知する。そして、第2圧力タンク220と、第1圧力タンク210と第3圧力タンク230とのそれぞれについて予め異なる管理値を設定する。
【0075】
また、第1圧力タンク210、第2圧力タンク220及び第3圧力タンク230には、それぞれ第1バルブ291、第2バルブ292及び第3バルブ293が付設されている。そして、第1バルブ291、第2バルブ292及び第3バルブ293が開閉することによって、FCV143に対して差圧充填を行う圧力タンクが適宜切り替えられる。なお、3本よりも多い圧力タンク、例えば1バンクにつき3本の圧力タンクからなる合計9本の圧力タンクがカードル140に設置されていてもよい。
【0076】
FCV143に充填する場合、まず、第2バルブ292及び第3バルブ293が閉じて、第1バルブ291のみが開くことにより第1圧力タンク210からディスペンサー142を介してFCV143に対して差圧充填を行う。その後、第1圧力タンク210の内圧が所定の変動範囲(例えば82MPaから50MPaの変動範囲)内に維持されるように、第1圧力タンク(低圧バンク)210からの流路が第2圧力タンク(中圧バンク)220からの流路に切り替えられる。そのために、第1バルブ291及び第3バルブ293が閉じて、第2バルブ292のみが開くことにより第2圧力タンク220からディスペンサー142を介してFCV143に対して差圧充填を行う。
【0077】
その後、第2圧力タンク220の内圧が所定の変動範囲(例えば82MPaから70MPaの変動範囲)内に維持されるように、第2圧力タンク(中圧バンク)220からの流路が第3圧力タンク(高圧バンク)230からの流路に切り替えられる。そのために、第1バルブ291及び第2バルブ292が閉じて、第3バルブ293のみが開くことにより第3圧力タンク230からディスペンサー142を介してFCV143に対して差圧充填を行う。そして、第3圧力タンク230の内圧が所定の変動範囲(例えば82MPaから80MPaの変動範囲)内に維持されるように差圧充填を行う。
【0078】
これにより、第1圧力タンク210のみからFCV143に対して差圧充填を行うと、例えば82MPaから40MPaまで内圧が低下する場合に、第1圧力タンク210の応力振幅をより小さく(例えば32MPa)抑えることができる。同様に、第2圧力タンク220の応力振幅をより小さく(例えば12MPa)抑え、第3圧力タンク230の応力振幅をより小さく(例えば2MPa)抑えることができる。
【0079】
このように各圧力バンクの圧力変動が異なる結果、応力振幅が異なることより、各圧力バンク毎に振幅比の値も異なる。そこで、第2実施形態においては、第2圧力タンク220の管理値と、第1圧力タンク210の管理値と、第3圧力タンク230の管理値とが互いに異なるように設定されており、AE分析装置160の判断部163は、各振幅比の値を各管理値と比較する。
【0080】
以上説明した第2実施形態によれば、圧力タンクの供用中に圧力タンクの疲労損傷を検査することができる。また、使用可能回数までは安全を確認しながら圧力タンクを運用でき、使用可能回数を超えても安全を確認しながら圧力タンクの使用を延長できる。さらに、第2実施形態によれば、3バンク切替方式を採用する場合であっても、圧力タンクの疲労損傷を圧力変動に応じて正確に検査することができる。
【0081】
以上、各実施形態を参照して本発明について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。本発明に反しない範囲で変更された発明、及び本発明と均等な発明も本発明に含まれる。また、各実施形態及び各変形形態は、本発明に反しない範囲で適宜組み合わせることができる。
【0082】
例えば、本発明は、水素ステーション以外の場所に設置された圧力タンク、例えば車両に搭載された圧力タンクに適用することもできる。この場合、例えば車検時に圧力タンクのAEを計測するか、又はAE計測装置170及びAE分析装置160を車両に搭載して常時AEを計測する。また、本発明は、流体が充填される前の空の圧力タンクに適用してもよい。
【0083】
また、AEの計測結果及び検査結果は、AE分析装置160内の記憶部161に記憶することに代えて、又はこれに加えて外部記憶装置に記憶してもよい。例えば、AE分析装置160は、外部記憶装置とデータの送受信を行う通信部を備え、当該通信部を介して外部記憶装置にAEの計測結果及び検査結果を送信してもよい。
【0084】
また、第1周波数帯域(基準周波数帯域)は全周波数帯域でなくともよい。例えば、第1周波数帯域は、全周波数帯域からノイズフィルターによって不要な周波数帯域を除いた残りの周波数帯域であってもよい。また、第1周波数帯域は、第2周波数帯域(対象周波数帯域)を含んでいなくともよい。
【0085】
上記の実施形態の一部又は全部は、以下の付記のようにも記載されうるが、以下には限られない。
【0086】
(付記1)
圧力タンクの検査方法であって、
前記圧力タンクから発生するアコースティックエミッション波を検知し、
前記アコースティックエミッション波の第1周波数帯域における振幅値の代表値に対する、前記アコースティックエミッション波の前記第1周波数帯域とは異なる第2周波数帯域における振幅値の代表値の割合である振幅比の値を算出し、
前記振幅比の値を所定の管理値と比較し、前記振幅比の値が前記管理値未満の場合には前記圧力タンクが正常であると判断し、前記振幅比の値が前記管理値以上の場合には前記圧力タンクが異常であると判断する検査方法。
【0087】
(付記2)
前記第2周波数帯域は、200kHz〜300kHzである付記1に記載の検査方法。
【0088】
(付記3)
前記第1周波数帯域は、前記アコースティックエミッション波の全周波数帯域である付記1に記載の検査方法。
【0089】
(付記4)
前記圧力タンクは、金属製のライナーとCFRP製のフープ層とを有する付記1に記載の検査方法。
【0090】
(付記5)
前記アコースティックエミッション波を検知する光ファイバー型のセンサーを前記圧力タンクのバルブに取り付ける付記1に記載の検査方法。
【0091】
(付記6)
前記代表値は、所定の計測期間内における最大振幅値である付記1に記載の検査方法。
【0092】
(付記7)
圧力タンクの検査方法であって、
前記圧力タンクから発生するアコースティックエミッション波を検知し、
初期時点において、前記アコースティックエミッション波の第1周波数帯域における振幅値の代表値に対する、前記アコースティックエミッション波の前記第1周波数帯域とは異なる第2周波数帯域における振幅値の代表値の割合である振幅比の初期値を算出し、
前記初期時点よりも後に、前記振幅比の値を再度算出し、
前記再度算出した振幅比の値と前記初期値との差分を所定の管理値と比較し、前記差分が前記管理値未満の場合には前記圧力タンクが正常であると判断し、前記差分が前記管理値以上の場合には前記圧力タンクが異常であると判断する検査方法。