【文献】
Keisuke Kubota et.al.,Int. J. Cancer,2003年,Vol.105,p136-143
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記(A)工程が、癌が認められる内臓器官の漿膜面から捺印された細胞に対してパパニコロウ染色し、染色された細胞を観察して異型細胞又は異常細胞の存在の程度を確認する工程である、請求項1〜3のいずれかに記載の検査方法。
前記(B)工程が、癌が認められる内臓器官の漿膜面から擦過して採取された細胞からRNAを抽出し、CEA及び/又はCK20のmRNAの発現量を測定する工程である、請求項1〜4のいずれかに記載の検査方法。
前記CEA及び/又はCK20の発現量を測定するための試薬が、CEA及び/又はCK20のmRNAの発現量を測定するために使用されるプライマーを含む、請求項7に記載の検査キット。
【背景技術】
【0002】
腹膜播種は、胃癌を含めた消化器癌等の高頻度な再発形式である。腹膜播種とは、ある腹腔内臓器で発生した癌細胞が増殖を続け、腹膜へ癌細胞が播き散ることであり、播き散った癌細胞は、腹膜に覆われた腹腔内を介して離れた別位の腹膜へ移動し、別の臓器で増殖を続ける。腹膜播種転移患者の予後は極めて不良である。従って、腹膜播種転移の可能性を早期に予測することは、腹膜播種転移患者の予後・QOLを改善する上で非常に有用である。
【0003】
癌患者の腹膜播種転移のリスクを手術中評価する方法として、従来、腹腔内洗浄細胞診が行われている(非特許文献1)。腹腔内洗浄細胞診は、手術中に腹腔内を生理食塩水にて洗浄し、その洗浄液中に癌細胞が存在するか否かを判定する方法である。具体的には、手術時に腹腔内を生理食塩水100mlにて洗浄し、その洗浄液を遠心分離してペレット細胞を得て、これをパパニコロウ染色にて染色した後に、癌細胞の存在を検索する方法である。
【0004】
しかしながら、腹腔内洗浄細胞診では、偽陰性が多い。例えば、胃癌の腹膜転移再発症例の約半数は、腹腔内洗浄細胞診において陰性である。また、腹腔内洗浄細胞診で陰性であったStageII−IIIの胃癌症例の15−20%が腹膜播種を再発しているというデータがある(非特許文献2)。このように、従来の腹腔内洗浄細胞診のみでは、腹膜播種再発の予測診断は不充分であった。
【0005】
腹膜播種再発に関連した知見は、いくつか知られている。例えば、非特許文献3では、胃癌患者の腹腔内洗浄で採取された細胞由来RNAに対し逆転写(RT)−PCRによりCEA及びCK20の発現解析を行った結果、これらのマーカーはいずれも感度が高く、腹膜播種による再発との相関性があることが示唆されている。また、非特許文献4では、胃癌患者の腹腔内洗浄で採取された細胞由来RNAに対しRT−PCRにより、サイトケラチン20(CK20)、及びヒト胎児性抗原(CEA)の発現解析を行い、いずれかの発現が陽性であれば術後に腹膜再発し易いことが開示されている。
【0006】
しかしながら、これらの方法は、未だ腹膜播種転移の早期予測が不充分であり、簡便でより確実に予測できる方法の開発が望まれている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、前記現状に鑑みて、簡便でより正確に腹膜播種転移を予測することができる腹膜播種転移の可能性を判定するための検査方法、及び、腹膜播種転移の可能性を判定するための検査キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を行った。その結果、本発明者は、特に癌が認められる内臓器官の漿膜面から採取された細胞に対してパパニコロウ染色を行い、細胞を観察して評価することで陽性と判断される場合に、腹膜播種転移の可能性が高くなることを見出した。また、本発明者は、癌が認められる内臓器官の漿膜面から採取された細胞におけるCEA(ヒト胎児性抗原)及び/又はCK20(サイトケラチン20)の発現量を測定し、その値を評価することで陽性と判断される場合に、腹膜播種転移の可能性が高くなることを見出した。癌は内臓器官の粘膜上皮で発生し漿膜面に向かって浸潤する。漿膜面に浸潤露出した癌細胞が腹腔内に撒き散って腹膜に定着し腫瘍形成する現象が腹膜播種転移である。従って、漿膜面に癌細胞が露出している状況は腹膜播種転移形成のまさに直前の状態である。早期癌は漿膜面に癌細胞が存在しないが、進行癌の中には漿膜面に癌細胞が露出しているものがあり、本発明では、本来は癌細胞が存在しない漿膜に着目することで、漿膜面に癌細胞が露出しているタイプの癌を評価判定することで腹膜播種転移をより正確に予測できることを見出したものである。また、これらの2つの評価を組み合わせることで腹膜播種転移の予測の精度が更に高くなることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて更に研究を重ねた結果、完成されたものである。
【0010】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. (A)癌が認められる内臓器官の漿膜面から捺印された細胞に対してパパニコロウ染色を行う工程、及び/又は、 (B)癌が認められる内臓器官の漿膜面から採取された細胞におけるCEA及び/又はCK20の発現量を測定する工程を含む、癌患者の腹膜播種転移の可能性を判定するための検査方法。
項2. 前記内臓器官が、消化器系、生殖系、又は泌尿器系の器官である、項1に記載の検査方法。
項3. 前記内臓器官が、胃である、項1又は2に記載の検査方法。
項4. 前記(A)工程が、癌が認められる内臓器官の漿膜面から捺印された細胞に対してパパニコロウ染色し、染色された細胞を観察して異型細胞又は異常細胞の存在の程度を確認する工程である、項1〜3のいずれかに記載の検査方法。
項5. 前記(B)工程が、癌が認められる内臓器官の漿膜面から擦過して採取された細胞からRNAを抽出し、CEA及び/又はCK20のmRNAの発現量を測定する工程である、項1〜4のいずれかに記載の検査方法。
項6. 前記CEA及び/又はCK20のmRNAの発現量をRT−PCRで測定する、項5に記載の検査方法。
項7. (a)癌が認められる内臓器官の漿膜面から捺印された細胞をパパニコロウ染色するための試薬、及び/又は、(b)癌が認められる内臓器官の漿膜面から採取された細胞におけるCEA及び/又はCK20の発現量を測定するための試薬を含むことを特徴とする、癌患者の腹膜播種転移の可能性を判定するための検査キット。
項8. 前記CEA及び/又はCK20の発現量を測定するための試薬が、CEA及び/又はCK20のmRNAの発現量を測定するために使用されるプライマーを含む、項7に記載の検査キット。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、簡便でより正確に腹膜播種転移の可能性を判定することのできる検査方法を適用することができる。本発明の検査方法を用いれば、腹膜播種転移の高リスク患者を術中に選定することができ、術中でしかできない治療法および、術後治療法や予後を早期に決定することができ、患者の予後・QOLを改善することができる。更に、本発明によれば、簡便でより正確に腹膜播種転移の可能性を判定することができる検査キットを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.腹膜播種転移の検査方法
本発明の癌患者の腹膜播種転移の可能性を判定するための検査方法は、
(A)癌が認められる内臓器官の漿膜面から捺印された細胞に対してパパニコロウ染色を行う工程、及び/又は、
(B)癌が認められる内臓器官の漿膜面から採取された細胞におけるCEA及び/又はCK20の発現量を測定する工程
を含むことを特徴とする。
本発明の検査方法は、工程(A)、工程(B)の少なくとも一方で「陽性」と判断される場合、癌患者の腹膜播種転移の可能性が高いとして判定される。
【0014】
本発明の検査方法は、癌が認められる内臓器官の漿膜の細胞を用いて、後述する工程(A)及び/又は工程(B)を行う。本発明の検査方法において、癌が認められる内臓器官とは、一般に公知の評価基準により癌が発生していると認定される内臓器官をいう。本発明の検査方法における内臓器官としては、漿膜を有する内臓器官であれば、特に限定されないが、好ましくは消化器系、生殖系、又は泌尿器系の器官である。消化器系器官としては、食道、胃、小腸、大腸、膵臓、胆嚢、胆管、肝臓等が挙げられる。生殖系器官としては、卵巣、子宮、精巣等が挙げられる。泌尿器系器官としては、腎臓、膀胱等が挙げられる。なかでも、本発明の検査方法における内臓器官としては、好ましくは消化器系器官、より好ましくは胃が挙げられる。
【0015】
工程(A)
本発明の腹膜播種転移の可能性を判定するための検査方法は、(A)癌が認められる内臓器官の漿膜面から捺印された細胞に対してパパニコロウ染色を行う工程、を含む。
【0016】
前記(A)工程は、好ましくは、癌が認められる内臓器官の漿膜面から捺印された細胞に対してパパニコロウ染色し、染色された細胞を観察して異型細胞又は異常細胞の存在の程度を確認する工程である。
【0017】
本発明の検査方法においては、被験体として、癌が認められる内臓器官の漿膜面から捺印された細胞を適用する。癌が認められる内臓器官の漿膜面とは、内臓器官の担癌部位の漿膜の表面であり、漿膜とは、胃等の内臓器官の表面を覆う薄い半透明の膜である。漿膜の表面は、漿液を分泌する細胞で構成される。漿膜の細胞を適用することにより、従来の、例えば腹腔内洗浄により得られる細胞を適用する場合と比べて、より正確に腹膜播種転移の可能性を判定することができる。
【0018】
本発明において、癌が認められる内臓器官の漿膜面から捺印された細胞とは、癌が認められる内臓器官の漿膜の表面をスライドガラスに捺印するように押し付けることにより、漿膜表面の細胞がスライドガラスに張り付くことによって採取された漿膜の細胞である。こうして採取された細胞を標本とする。なお、このように、対象組織の表面をスライドガラスに捺印するように押し付けて張り付いた細胞の標本を作製し、当該細胞を染色して観察して評価する手法は、一般に、捺印細胞診と称され、公知の手法である。
【0019】
パパニコロウ染色は、細胞診の基本染色として一般に公知の方法であり、細胞の核をヘマトキシリンで青藍色に染色し、細胞質をオレンジG、エオジンY、又はライトグリーンSFの色素でそれぞれ橙色、朱色、緑色に染め分け、悪性腫瘍細胞を色の違いで同定する方法である。そして、細胞の形態(細胞の形状、細胞の集塊の様子)を顕微鏡等で観察することにより腫瘍の悪性度を判断する。判断基準としては、パパニコロウ分類として公知の基準を用いればよく、具体的には、下記に示すとおりである。
(判定基準)
ClassI:異型細胞あるいは異常細胞の認められない場合
ClassII:異型細胞を認めるが悪性の疑いのない場合
ClassIII:悪性の疑いのある異型細胞を認めるが悪性の断定のできない場合
ClassIV:悪性の疑いきわめて濃厚な異型細胞を少数認める場合
ClassV:悪性と断定できる高度の異型細胞を認める場合
【0020】
なお、本明細書で、「異型細胞」とは、形態が正常から隔たっている細胞をいい、「異常細胞」とは、分裂増殖などにおいて異常を示す細胞をいう。
【0021】
このように、本発明の検査方法においては、染色された細胞を観察して異型細胞又は異常細胞の存在を確認する。観察方法としては、細胞の形態を観察できる方法であれば特に限定されないが、顕微鏡を用いて観察するのが好ましい。
【0022】
本発明においては、染色された細胞を観察した結果、ClassI、ClassII、又はClassIIIのいずれかに該当する場合を「陰性」と判断し、ClassIV、又はClassVに該当する場合を「陽性」と判断する。
【0023】
工程(B)
本発明の腹膜播種転移の可能性を判定するための検査方法はまた、癌が認められる内臓器官の漿膜面から採取された細胞におけるCEA及び/又はCK20の発現量を測定する工程、を含む。
【0024】
癌が認められる内臓器官の漿膜面から細胞を採取する方法としては、特に限定されないが、例えば、綿棒等で、癌が認められる内臓器官の漿膜の表面を擦過することにより細胞を採取する方法等が挙げられる。
【0025】
採取された漿膜の細胞におけるCEA及び/又はCK20の発現量を測定する方法としては、特に限定されず、公知の方法を用いればよく、DNAを測定してもよいし、タンパク質を測定してもよいし、mRNAを測定してもよいが、簡便で精度が高い点でmRNAを測定するのが好ましい。
【0026】
mRNAを測定する方法としては、特に限定されず、従来公知の方法を用いればよく、例えば、マイクロアレイ、ノーザンブロッティング、QuantiGene Pleex2.0等を用いて細胞からRNAを抽出せずに直接mRNAの発現量を測定するアッセイ、あるいは、細胞からRNAを抽出して、これを鋳型としてプライマーにより増幅反応を行うか、得られたポリヌクレオチドにプローブを用いてハイブリダイゼーション反応を行うことで、CEA及び/又はCK20を検出し、その発現量を測定する方法が挙げられる。なかでも、細胞からRNAを抽出して、プライマーやプローブを用いてCEA及び/又はCK20を検出し、そのmRNAの発現量を測定する方法が好ましい。
【0027】
細胞からRNAを抽出する方法としては、公知の方法を適宜使用して実施すればよく、例えば、フェノール抽出及びエタノール沈殿による方法等が挙げられる。
【0028】
CEA又はCK20の検出は、従来公知の方法から適宜選択して行うことができるが、通常、その発現量の測定や増幅を行うためにプローブとなるポリヌクレオチド又はプライマーとなるオリゴヌクレオチドを使用するのが好ましい。プライマーとしては、標的の遺伝子の少なくとも一部に特異的にハイブリダイズして当該遺伝子を増幅することが可能な特有の配列を有するオリゴヌクレオチドが挙げられる。また、プローブとしては、標的の遺伝子の少なくとも一部に特異的にハイブリダイズする特有の配列を有するポリヌクレオチドが挙げられる。これらのプライマー又はプローブは、BLAST、FASTA等のプログラム及びデータベースを利用して標的とする遺伝子の配列情報を取得し、これに基づいて従来公知の方法に従って設計、合成することができる。
【0029】
CEA、CK20の検出に使用するプライマーとしては、例えば、CEAのフォワードプライマーとして、5’−CAATAGGACCACAGTCACGACGAT−3’(配列番号1)、リバースプライマーとして、5’−GGTTGGAGTTGTTGCTGGTGAT−3’(配列番号2)、CK20のフォワードプライマーとして、5’−CTCTCCTCAAAAAGGAGCATCAG−3’(配列番号3)、リバースプライマーとして5’−CAACCTCCACATTGACAGTGTTG−3’(配列番号4)が好ましく挙げられる。また、プローブとしては、好ましくは、CEAとして、FAM−5’−ACAGTCTATGCAGAGCCACCCAAACCCTT−3’−TAMRA(配列番号5)、CK20として、FAM−5’−CAGATGCTTGTGTAGGCCATCGACTTCCT−3’−TAMRA(配列番号6)が挙げられる。
【0030】
CEA、CK20の検出は、前述のようなプライマーを用いた遺伝子の増幅反応によって得られる増幅産物、又はプローブを用いたハイブリダイゼーション反応により得られるハイブリッド産物に基づいて行うことができる。
【0031】
CEA、CK20の増幅については、特に限定されず、従来公知の方法を用いればよく、例えば、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によるRNAの増幅が挙げられ、より具体的には、RT−PCR、ネスティッドPCR、リアルタイムPCR、競合PCR、TaqMan PCR、Direct PCR等が挙げられる。また、LAMP(Loop−mediated isothermal Amplification)法、OSNA(one−step Nucleic Acid Amplification)法等のPCRの変法を利用してもよい。なかでも、CEA、CK20のmRNAの発現量の測定は、リアルタイムPCR、好ましくはリアルタイムRT−PCR、より好ましくはTaq Manプローブを用いたリアルタイムRT−PCRで行われる。
【0032】
工程(B)においては、癌が認められる内臓器官の漿膜面から採取された細胞におけるCEA及び/又はCK20の発現量が、所定の境界値(カットオフ値)以上の場合に「陽性」と判断され、前記境界値未満の場合に「陰性」と判断される。例えば、CEA及び/又はCK20の発現量をmRNAで評価する場合、CEA及び/又はCK20のmRNAの発現量が、所定の境界値(カットオフ値)以上の場合に「陽性」と判断され、前記境界値未満の場合に「陰性」と判断される。CEA及び/又はCK20の発現量をmRNAで評価する場合の境界値としては、健常人のCEA及び/又はCK20の発現量を基準とした値が挙げられる。
【0033】
健常人のCEA及び/又はCK20の発現量を基準とした境界値としては、好ましくは、複数の健常人の正常漿膜から採取した検体におけるGAPDHに対するCEA及び/又はCK20のmRNAの発現量の比の(平均+標準偏差)の値が挙げられる。前記境界値は、具体的には、後述する実験例に示すように、GAPDHに対するCEAのmRNAの発現量の比については0.15、GAPDHに対するCK20のmRNAの発現量の比については1.37である。すなわち、GAPDHに対するCEAのmRNAの発現量の比が0.15以上の場合に「陽性」と判断され、0.15未満の場合に「陰性」と判断される。また、GAPDHに対するCK20のmRNAの発現量の比が1.37以上の場合に「陽性」と判断され、1.37未満の場合に「陰性」と判断される。
【0034】
また、境界値を、複数の健常人の正常漿膜から採取した検体におけるGAPDHに対するCEA及び/又はCK20のmRNAの発現量の比の(平均+2×標準偏差)の値とし、その値以上の場合に「強陽性」と判断することができる。「強陽性」と判断される場合は、「陽性」症例の中でも予後不良であり、腹膜播種転移の可能性がより一層高いと予測することができる。「強陽性」の境界値は、具体的には、GAPDHに対するCEAのmRNAの発現量の比については、後述する実験例に示すように、正常検体の平均が0.036、標準偏差が0.114であるので、0.264となる。GAPDHに対するCK20のmRNAの発現量の比については、正常検体の平均が0.57、標準偏差が0.80であるので、「強陽性」の境界値は2.17となる。
【0035】
前記GAPDHのmRNAの発現量を測定する方法は、特に限定されず、公知の方法を適宜用いればよいが、例えばCEA及び/又はCK20のmRNAの発現量を測定する方法と同様の方法を適用すればよい。GAPDHのmRNAの発現量を、プローブとなるポリヌクレオチド又はプライマーとなるオリゴヌクレオチドを使用して測定する場合、例えば、GAPDHのフォワードプライマーとして、5’−CCATCTTCCAGGAGCGAGATC−3’(配列番号7)、リバースプライマーとして、5’−GGCAGAGATGATGACCCTTTTG−3’(配列番号8)、プローブとして、VIC−5’−CCCCTGCAAATGAGCCCCAGCCTTC−3’−TAMRA(配列番号9)が好ましく挙げられる。
【0036】
腹膜播種転移の可能性の判断
本発明の検査方法では、工程(A)又は工程(B)の少なくとも一方で「陽性」と判断される場合、術後の予後が悪く、腹膜播種転移の可能性が高いと予測される。また、工程(B)で「強陽性」と判断される場合、術後の予後がより悪く、腹膜播種転移の可能性がより高いと予測される。本発明の検査方法では、工程(A)か工程(B)のいずれかを有することで、腹膜播種転移の可能性を判断することができるが、診断精度がより高い点では、工程(A)及び工程(B)の両方を行うことが好ましい。工程(A)及び工程(B)で「陽性」と判断される場合、術後の予後は悪く、腹膜播種転移の可能性が非常に高いと予測される。
また、工程(A)又は工程(B)のいずれか一方を行って「陰性」と判断される場合、もう一方の工程(B)又は(A)を更に行うことが好ましい。両工程を行うことで、偽陰性をより高い確率で排除することができる。工程(A)及び工程(B)においていずれも「陰性」と評価される場合、術後の予後は良好であると判断され、腹膜播種転移の可能性が低いと予測される。
【0037】
このような本発明の検査方法は、術中でも判断でき、「陽性」と判断された場合には、腹腔内洗浄を行う等の予後に対する処置を医療現場で適切に行うことができる。このように、本発明の検査方法は、腹膜播種転移の高リスク症例の同定に有効であり、かつ腹膜播種転移の予防を目的とした治療・処置の選択においても有用である。
【0038】
本発明の検査方法において、対象となる患者の癌の種類については、特に限定されないが、具体的には、食道癌、胃癌、小腸癌、大腸癌、膵癌、胆管癌、胆嚢癌、肝癌等の消化器系の癌;卵巣癌、子宮癌、精巣癌等の生殖器系の癌;膀胱癌、尿管癌、腎癌等の泌尿器系の癌が挙げられる。これらの中でも、本発明の検査方法の検査対象の好適な例として、消化器系の癌が挙げられる。
【0039】
2.検査キット
本発明の検査キットは、(a)癌が認められる内臓器官の漿膜面から捺印された細胞をパパニコロウ染色するための試薬、及び/又は、(b)癌が認められる内臓器官の漿膜面から採取された細胞におけるCEA及び/又はCK20の発現量を測定するための試薬、を含むことを特徴とする。
【0040】
本発明の検査キットは、(a)癌が認められる内臓器官の漿膜面から捺印された細胞をパパニコロウ染色するための試薬を含む。癌が認められる内臓器官の漿膜面から捺印された細胞、パパニコロウ染色については、前述の「1.検査方法」の欄に記載の通りである。パパニコロウ染色するための試薬は、パパニコロウ染色に使用される一般に公知の試薬が挙げられる。
【0041】
本発明の検査キットはまた、(b)癌が認められる内臓器官の漿膜面から採取された細胞におけるCEA及び/又はCK20の発現量を測定するための試薬を含む。癌が認められる内臓器官の漿膜面から採取された細胞、当該細胞におけるCEA及びCK20の発現量の測定については、前述の「1.検査方法」の欄に記載の通りである。
【0042】
CEA及びCK20の発現量を測定するための試薬としては、好ましくはCEA及びCK20のmRNAの発現量を測定するための試薬が挙げられる。CEA及びCK20のmRNAの発現量を測定するための試薬としては、例えば、CEA又はCK20をコードするmRNAを定量的に検出することができる試薬であれば任意のものを用いることができるが、例えば、CEA又はCK20をコードするmRNAにハイブリダイズ可能な(又は特異的にハイブリダイズ可能な)1組のプライマーを含んでいても良い。好ましいプライマーとしては、前述の「1.検査方法」の欄に記載のプライマーが挙げられる。
【0043】
本発明の検査キットを使用した検査の方法としては、前述の「1.検査方法」の欄に記載の通りである。
すなわち、(a)の試薬を用いて、癌が認められる内臓器官の漿膜面から捺印された細胞をパパニコロウ染色し、染色された細胞を顕微鏡下で観察し、前述の「1.検査方法」の欄に記載の評価基準にて評価し、Class IV又はClassVに該当する場合は、「陽性」と判断し、腹膜播種転移の可能性が高いと予測することができる。
【0044】
また、(b)の試薬を用いて、癌が認められる内臓器官の漿膜面から採取された細胞におけるCEA及び/又はCK20の発現量を測定し、それぞれ所定の境界値(カットオフ値)以上である場合は「陽性」と判断し、腹膜播種転移の可能性が高いと予測することができる。
【実施例】
【0045】
以下、実験例を挙げて、本発明を説明するが、本発明はこれらの実験例に制限されるものではない。
【0046】
<実験例>
胃癌患者について、下記に記載の方法で、捺印細胞診、RT−PCRによるCEA又はCK20のmRNAの発現量の測定、腹腔洗浄細胞診を行い、それぞれの方法において「陽性」又は「陰性」を判定した。
【0047】
捺印細胞診
切除胃の腫瘍部における漿膜面に滅菌したスライドガラスを捺印した後、ポリエチレングリコールおよびエタノール(White Fix, ユーアイ化成)にて細胞をスライドガラスに固定した。次いで、固定したスライドガラス上の細胞をパパニコロウ染色により染色した。パパニコロウ染色は、具体的には、下記の手順で行った。
【0048】
(パパニコロウ染色)
まず、スライドガラス上に固定された細胞を、50%エタノールで1分間処理して親水化した後、水洗し、ギル・ヘマトキシリンV(2倍希釈、武藤化学社製)で2分間処理して核染色した。次いで、水洗し、70%エタノールで洗浄し、95%エタノールで脱水した後、OG−6で1分間処理して細胞質染色を行った。そして、95%エタノールで分別し、次いで、EA−50で2分間処理して細胞質染色を行った。その後、100%エタノールで脱水し、キシレンで透徹して、封入剤(マリノール、武藤化学社製)で細胞標本を封入した。得られた細胞標本を顕微鏡(倍率200倍、又は400倍)で観察し、パパニコロウ分類(Papanicolaou classification、1954年分類)に従って評価した。具体的な評価基準を下記に示す。なお、これらのうちClass I、Class II、Class IIIに該当したものを陰性と判定し、Class IV、Class Vに該当したものを陽性と判定した。
【0049】
(評価基準)
Class I:異型細胞または異常細胞の認められない場合
Class II:異型細胞を認めるが悪性の疑いのない場合
Class III:悪性の疑いのある異型細胞を認めるが悪性の断定のできない場合
Class IV:悪性の疑いがきわめて濃厚な異型細胞を少数認める場合
Class V:悪性と断定できる高度の異型細胞を認める場合
【0050】
なお、
図1に、パパニコロウ染色された胃癌組織の漿膜の細胞で、陽性と判断されたものの代表的な細胞の画像を示す。
図1に示すように、核の大小不同が目立ち立体的不整形集塊を示す異型細胞が認められる。
【0051】
RT−PCRによるCEA、CK20のmRNAの発現量の評価
(RT−PCRによるCEA、CK20のmRNAの発現量の測定)
胃癌漿膜面を、滅菌した綿棒で擦過し、得られた擦過検体を、トリアゾール又はRNA later(Life technology社製)に溶解した。溶解した検体からRNAを抽出し、ReverTra Ace qRT Master Mix (Toyobo life science, Osaka, Japan)を用いて、RT−PCR(ABI Prism 70000、Applied Biosystems, Foster City, CA)により、CEA及びCK20のmRNA発現量を測定した。用いたプライマーとプローブは、表1の通りである。また、内部標準として、グリセルアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)を用い、同様にしてその発現量を測定した。GAPDHの発現量を測定するのに用いたプライマーとプローブは、表1の通りである。
【0052】
【表1】
【0053】
(カットオフ値)
カットオフ値を以下のようにして求めた。すなわち、正常な胃の漿膜から同様に採取した検体(n=10)におけるCK20、CEA、GAPDHのmRNAの発現量を前記と同様にRT−PCRにより測定した。そして、GAPDHに対するCEAのmRNAの発現量の比と、GAPDHに対するCK20のmRNAの発現量の比について平均値と標準偏差を求め、(平均+標準偏差)の値を境界値として設定した。具体的には、GAPDHに対するCEAのmRNAの発現量の比については平均が0.036、標準偏差が0.114であり、カットオフ値を0.15とした。また、GAPDHに対するCK20のmRNAの発現量の比については平均が0.57、標準偏差が0.80であり、カットオフ値を1.37とした。
【0054】
そして、胃癌患者について、GAPDHに対するCEAのmRNAの発現量の比、又はGAPDHに対するCK20のmRNAの発現量の比が、カットオフ値以上の場合は「陽性」、カットオフ値未満の場合は「陰性」と判定した。
【0055】
腹腔洗浄細胞診
胃癌患者の腹腔内を生理食塩水100mlにて洗浄し、洗浄した後の液を回収して遠心分離(200×g)し、上清を除去してペレット細胞を得た。得られたペレット細胞を前述の方法でパパニコロウ染色して「陽性」又は「陰性」を判定した。
【0056】
図2は、腹腔洗浄捺印細胞診の評価と、CEA又はCK20のmRNA発現量との関係を示すグラフである。
図2中のT1、T2、T3、T4は、それぞれ各症例における腫瘍の深達度を示す(T1は粘膜、粘膜下層、T2は固有筋層、T3は漿膜下層、T4は漿膜外、多臓器浸潤)。
【0057】
図3は、捺印細胞診とRT−PCRによる評価においてそれぞれ陽性又は陰性と評価された場合の、術後経過時間に対する無再発生存率を示すグラフである。図中の(+)は「陽性」、(−)は「陰性」を示す。
図3(a)〜(d)は、前述の捺印細胞診において陽性又は陰性と判定されたものと、RT−PCTにおけるCEA又はCK20のmRNAの発現量に基づいて陽性又は陰性と判定されたもの、及び両者のいずれか一方について陽性又は陰性と判定されたもの(
図3(d))をそれぞれ比較した場合の、術後経過年数に対する無再発生存率を示したグラフである。
【0058】
図4は、捺印細胞診の評価基準によるStage毎の、捺印細胞診又はRT−PCRによる評価においていずれか一方が陽性又は陰性と判定された場合の、術後経過時間に対する無再発生存率を示すグラフである。
図5は、捺印細胞診とRT−PCRによる評価において、いずれか一方が陽性と評価された場合、及び、捺印細胞診とRT−PCRによる評価の両方が陽性又は陰性と判定された場合の術後経過時間に対する無再発生存率を示すグラフである。いずれも図中の(+)は「陽性」、(−)は「陰性」を示す。
【0059】
表2に、
図2〜4の結果をまとめた表を示す。表中のP値は統計的処理により求めた。感度及び特異度は、検査の有用性を評価する指標であり、特定の疾患について、その検査が疾患の有無をどの程度正確に判定できるかを示す定量的な指標であり、一般に公知の方法で求めることができる。
【0060】
【表2】
【0061】
表2から、漿膜を用いた捺印細胞診又はRT−PCRによる評価で陽性と判断された場合の再発症率と、陰性と判断された場合の無再発症率が、いずれも従来の腹腔洗浄細胞診による評価で判断された場合と同等又は高くなることが示された。また、漿膜を用いた捺印細胞診とRT−PCRによる評価の両方が陰性である場合、無再発症率が非常に高くなることが示された。