【実施例】
【0044】
以下の実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【0045】
(実施例1:RSF型ジャンボファージの単離及び精製)
試験に用いた青枯病菌株は、0.1%(W/V)カザミノ酸、1.0%(W/V)ペプトン及び0.5%(W/V)グルコースを含有するCPG培地において、28℃で振盪培養した(200〜300rpm)。
【0046】
広島県世羅郡世羅町で採取した土壌からバクテリオファージを、次のように単離した。1gの土壌を2mLの滅菌水に懸濁して調製した試料を、室温で1時間、激しく振った。次に、膜孔の径が0.45μmの膜フィルター(Steradisc、クラボウ社製)に試料を通し、100μLをプラークアッセイに用いた。プラークアッセイでは、青枯病菌株MAFF106603を宿主として、1.5%寒天を含むCPGプレート上に重層した0.45%の軟寒天培地にプラークを形成させた。
【0047】
得られたバクテリオファージ(以下、「RSF1」とする)を、MAFF106603を宿主として増殖させた。MAFF106603の培地のOD600が0.5に達してから、RSF1をMOI(multiplicity of infection)=0.01〜0.1で培地に加えた。12〜24時間の培養後、himac CR2E遠心機(日立製作所製)のR12A2ローターを用いて、4℃で15分間、8,000×gで遠心することで細胞を除去した。膜孔の径が0.45μmの膜フィルターで上清を濾過し、さらに沈殿物をSMバッファー(50mmol/L Tris−HCl(pH 7.5)、100mmol/L NaCl、10mmol/L MgSO4及び0.01%ゼラチン)に溶解した。
【0048】
RSF1をさらに精製するために、RSF1懸濁液をCsCl(9.4g/20mL)に混合し、CP100β超遠心機(日立製作所製)のP28Sローターを用いて、18時間、145,000×gで超遠心した。精製されたRSF1を使用時まで4℃で保存した。
【0049】
(実施例2:RSF1のファージ粒子の構造)
RSF1のファージ粒子(10
12pfu/mL)をリンタングステン酸でネガティブ染色し、電子顕微鏡(H600A、日立製作所製)で観察した。
【0050】
(結果)
図1に示すように、RSF1のファージ粒子は、頭部が約115nmの正二十面体、尾部の長さが180nm、尾部の幅が25nmのmyovirus型であった。なお、
図1中のバーは100nmの長さを示す。
【0051】
(実施例3:RSF1のゲノムのサイズの決定)
フェノール抽出によってファージ粒子からゲノムDNAを単離した。ゲノムのサイズを決めるため、精製したファージ粒子を0.5%低融点アガロース(InCert(商標)アガロース、FMC社製)に包埋した。次に、1mg/mLのプロテアーゼK(メルク社製)及び1%(W/V)のSarkosylで処理し、核酸に対してCHEF MAPPER(商標)電気泳動装置(Bio−Rad社製)でパルスフィールドゲル電気泳動法を実施した。
【0052】
(結果)
図2は、パルスフィールドゲル電気泳動法で得られたバンドを示す。レーン1はサイズマーカーであるラムダラダーのバンドを示す。レーン2に示すRSF1のゲノムのサイズは、約230kbpであった。
【0053】
(実施例4:RSF1のゲノム解析)
RSF1のゲノムDNAのショットガン配列決定をGS Junior Sequence System(ロシュ社製)で行った。決定した塩基配列のアセンブリをGS De Novo Assembler v2.6で行った。解析された塩基配列は、222,888bpであった。「ATG」で始まる150bpより大きいオープンリーディングフレーム(ORF)をGlimmer v3.02で同定した。配列データベースに対してBLASTP/RPS−BLASTでホモロジー検索を行った。ホモロジー検索では、著しい類似性のカットオフとして、E−valueが1e−5未満とした。なお、配列データベースは、KEGG GENES、NCBI/Cdd sequence domain database(version 3.12)、UniProt sequence database(Release 2014_08)及びNCBI RefSeq complete viral genome section database(Release 67、2014年9月8日)である。tRNA遺伝子は、tRNAScan−SE 1.4(option;−B for bacterial tRNAs)を用いて同定した。環状ゲノム地図は、CGViewで描いた。
【0054】
(結果)
RSF1の環状ゲノム地図を
図3に示す。ゲノムは環状に重複した222,888bpの二重鎖DNAであった。ゲノムには、計230個の遺伝子がコードされていた。230個の遺伝子のうち、55個が時計回りにコードされていて、残りが反時計回りにコードされていた。配列データベースで生物学的に特徴づけられていたタンパク質との類似性に基づいて、27個のORFのアノテーションを決定することができた。
【0055】
ビリオン関連RNAポリメラーゼのβサブユニット(RpoB)のN領域及びC領域は、それぞれORF40及びORF51にコードされていた。ビリオン関連RNAポリメラーゼのβ’サブユニット(RpoC)のN領域及びC領域は、それぞれORF41及びORF199にコードされていた。一方、初期発現RNAポリメラーゼのβサブユニット(RpoB)のN領域及びC領域は、それぞれORF122及びORF215にコードされていた。初期発現RNAポリメラーゼのβ’サブユニット(RpoC)のN領域及びC領域は、それぞれORF227及びORF214にコードされていた。
【0056】
また、RSF1のゲノムにおいて溶菌酵素であるLysM様ムレイン溶解酵素(キチナーゼ様)は、ORF42にコードされていた。また、溶菌酵素であるSLT糖転移酵素は、ORF55にコードされていた。
【0057】
RSF1のゲノムにおいてDNA複製に関連するタンパク質の遺伝子のホモログであるORFとしては、ORF57(RNase H)、ORF63(SbcC−ATPase)、ORF105(DNAリガーゼ)及びORF126(DnaBヘリカーゼ)が挙げられる。また、ORF68はGIY−YIG型ヌクレアーゼに類似性が高い。
【0058】
RSF1のゲノムに含まれるヌクレオチドの代謝に関連する酵素のホモログとしては、ORF190(チミジル酸キナーゼ)、ORF164(チミジル酸シンターゼ)、ORF77及びORF78(ジヒドロ葉酸レダクターゼ)、ORF118(リボヌクレオチドレダクターゼ αサブユニット)、ORF117(リボヌクレオチドレダクターゼ βサブユニット)及びORF119(嫌気性リボヌクレオチド二リン酸レダクターゼ)が挙げられる。
【0059】
上記の他、宿主又はファージ相互作用関連のタンパク質及びファージ粒子を構成するタンパク質をコードする遺伝子に相同性を有するORFが同定された。
【0060】
(実施例5:nanoLC−EIS MS/MSによる構造タンパク質の同定)
精製したファージ粒子について公知の方法でSDS−PAGE(10〜12%(W/V)ポリアクリルアミド)を行った。タンパク質のバンドは、クマシーブリリアントブルーでゲルを染色することで可視化し、ゲルから切り出して、ジチオスレイトールで還元し、ヨードアセトアミドでアルキル化した後、トリプシンで断片化した。トリプシンペプチドをshort ODS column(PepMap 100;5μm C18、5mm×300μm ID、Thermo Fisher Scientific社製)を用いてトラップし、ODS column(Nano HPLC Capillary Column、3μm C18、120mm×75μm ID、日京テクノス社製)を用いたnano−liquid chromatography(nanoLC)で分離した。nanoLCには、Ultimate(商標) 3000 RSLC nano system(Thermo Fisher Scientific社製)を使用した。
【0061】
分離における移動相は、溶媒A(0.1%ギ酸)と溶媒B(アセトニトリル中の0.1%ギ酸)とした。流速30μL/分で3分間、0.1%TFAでトラップカラムにトリプシンペプチドをロードした後、濃縮されたトリプシンペプチドをトラップカラムから溶出し、一連のアイソクラティック法と直線的濃度勾配法(0〜3分が溶媒A、3〜35分が0〜35%(v/v)の溶媒B、そして10分で90%溶媒Bに増加して溶媒Aで15分の再平衡化)を用いて分離カラムで分離した。分離カラムからの溶出液をnanoESIソースに継続的に供給し、MS及びMS/MS(LTQ Orbitrap XL、Thermo Fisher Scientific社製)で解析した。MSスペクトル及びMS/MSスペクトルは、それぞれOrbitrap(マスレンジ:m/z 300〜1500)及びIontrap(CIDを用いた上位5ピークのスキャン依存データ)を用いて陽イオンモードで取得した。
【0062】
キャピラリソースの電圧は1.5kVに設定し、トランスファーキャピラリの温度は200℃に維持した。キャピラリ電圧及びチューブレンズ電圧は、それぞれ20V及び80Vとした。RSF1のORFにコードされるトリプシンペプチドへのMS/MSデータの割り当ては、Xcaliburプログラム(ver2.0、Thermo Fisher Scientific社製)を用いて行なった。
【0063】
(結果)
図4はRSF1の構造タンパク質を分離したSDS−PAGEのバンドを示す。RSF1のファージ粒子を構成するタンパク質に、ORF40、ORF51、ORF41及びORF199由来のタンパク質が含まれていた。
【0064】
比較のため、上記非特許文献1に開示されたジャンボファージJ6(以下では、「RSL2」とする)の構造タンパク質を同様に同定した。RSL2はゲノムのサイズが約220kbpで、RSF1と同様にファージ粒子がmyovirus型である。
図5に示すように、RSL2のファージ粒子を構成する構造タンパク質には、ビリオン関連RNAポリメラーゼのβサブユニットのN領域及びC領域をそれぞれコードするORF37及びORF48由来のタンパク質と、β’サブユニットのC領域をコードするORF192由来のタンパク質が検出されたが、β’サブユニットのN領域をコードするORF38由来のタンパク質は検出されなかった。
【0065】
(実施例6:RSF1の宿主域の検討)
種々の青枯病菌株を用いた上記のプラークアッセイによって、RSF1の宿主域を検討した。さらに、比較のため、RSL2の宿主域も同様に検討した。
【0066】
(結果)
表1は、RSL2及びRSF1の宿主域を示す。RSL2又はRSF1に対する感受性に関しては、「+」は感受性があることを示し、「−」は感受性がない(抵抗性である)ことを示す。RSF1は種々の植物を宿主植物とする19種類の菌株に感染する。RSF1が感染する菌株には、RSL2が感染しないPs65、MAFF211514、MAFF301485及びMAFF301558が含まれており、RSF1は、RSL2と比較して、日本由来の青枯病菌株に対して広い宿主域を示した。また、RSF1は青枯病菌のみに感染し、腸内細菌、Pseudomonas、Rhizobium及びグラム陽性菌などには感染しない。
【0067】
【表1】
【0068】
(実施例7:RSF1の感染サイクルの評価)
ワンステップ増殖法で感染サイクルを評価した。培養によりOD600が0.1に達したMAFF730138株を遠心(6000×g)で回収し、最終培養液量が10mLとなるようにCPG培地に懸濁した(およそ1×10
8cfu/mL)。RSF1をMOI=0.1となるように加えて、28℃で10分間吸着させた。遠心後、当初の量のCPGに試料を再懸濁し、最終液量が10mLになるように希釈系列を調製した。細胞を28℃でインキュベーションした。試料を30分ごとに採取し、タイターをプラークアッセイで決定した。
【0069】
(結果)
細胞あたりのRSF1の数の経時変化を
図6に示す。RSF1は、MAFF730138株を宿主とした場合、潜伏期が90分、かつ4時間の感染サイクルで、バーストサイズが約80pfu/細胞であった。なお、RSL2の感染サイクルを同様に評価すると、潜伏期が150分、かつ4.5時間の感染サイクルで、バーストサイズが約40〜50pfu/細胞であった。RSL2は、ファージ粒子にビリオン関連RNAポリメラーゼのβ’サブユニットの一部を欠くため、初期の発現に宿主のRNAポリメラーゼに依存するのに対し、RSF1は、ファージ粒子にビリオン関連RNAポリメラーゼのβサブユニット及びβ’サブユニットをフルセットで有するため、潜伏期及び感染サイクルが短いと考えられる。これにより、RSF1の感染効率が、RSL2よりも高められている。
【0070】
(実施例8:トマトにおけるRSF1の青枯病防除効果の評価)
青枯病菌株MAFF211514を、28℃で1〜2日、CPG培地で培養した。遠心後、細胞を1.5×10
9細胞/mL(OD600=1.0)の濃度で滅菌水に懸濁した。5mLの細胞懸濁液を、断根したトマト苗(Solanum lycopersicum L.、品種「大型福寿」)のポット内の土壌に投与した(対照区)。なお、トマト苗として、葉が4〜6枚の1ヶ月苗を用いた。土壌1gあたりの細胞の濃度は、約1×10
6cfuである。ファージ処理区には、細胞懸濁液を投与する1日前に、5mLのRSF1懸濁液(1.5×10
10pfu)を苗根部に添加した。
【0071】
(結果)
図7(A)及び(B)は、それぞれ対照区及びファージ処理区のトマト苗に現れた病徴を示す。病徴指数「0」は変化なし、「1」は子葉から上に向かい第1葉が萎凋、「2」は第2葉が萎凋、「3」は第3葉が萎凋、「4」は第4葉が萎凋、「5」は枯死、を示す。
図7(A)に示すように、対照区のトマト苗には、細胞懸濁液の投与から約1週間後に顕著な青枯病の病徴が出現した。約2週間後には対照区のトマト苗の80%が枯死した。一方、
図7(B)に示すように、ファージ処理区では、3週間後でもトマト苗に変化がなかった。その後、ファージ処理区のトマト苗には、少し萎えた第1葉が若干観察されたがこれは青枯病の病徴とは異なっていた。ファージ処理区のトマト苗は、1ヶ月後でも青枯病の発症はなかった。また、潜在的に発生するRSF1に対する耐性菌は、病原性を喪失していると考えられる。
【0072】
本発明は、本発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、本発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等な発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、本発明の範囲内とみなされる。
【0073】
本出願は、2015年12月17日に出願された日本国特許出願2015−245772号に基づく。本明細書中に、日本国特許出願2015−245772号の明細書、特許請求の範囲、図面全体を参照として取り込むものとする。