特許第6801675号(P6801675)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

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特許6801675形質転換体、およびトランスフェリンの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6801675
(24)【登録日】2020年11月30日
(45)【発行日】2020年12月16日
(54)【発明の名称】形質転換体、およびトランスフェリンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/19 20060101AFI20201207BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20201207BHJP
   C07K 14/79 20060101ALN20201207BHJP
   C12N 15/81 20060101ALN20201207BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20201207BHJP
   C12R 1/645 20060101ALN20201207BHJP
【FI】
   C12N1/19ZNA
   C12P21/02 C
   !C07K14/79
   !C12N15/81 100Z
   !C12N15/12
   C12R1:645
【請求項の数】15
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2017-561112(P2017-561112)
(86)(22)【出願日】2017年1月10日
(86)【国際出願番号】JP2017000497
(87)【国際公開番号】WO2017122638
(87)【国際公開日】20170720
【審査請求日】2019年8月7日
(31)【優先権主張番号】特願2016-3606(P2016-3606)
(32)【優先日】2016年1月12日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100094400
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 三義
(74)【代理人】
【識別番号】100106057
【弁理士】
【氏名又は名称】柳井 則子
(72)【発明者】
【氏名】イディリス アリムジャン
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 博道
(72)【発明者】
【氏名】小島 千明
【審査官】 田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2007/015470(WO,A1)
【文献】 特開2011−125281(JP,A)
【文献】 PLoS ONE,2010年,Volume 5,Issue 11,e14046,1-13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/19
C12P 21/00−21/02
C12N 15/00−15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シゾサッカロミセス・ポンベを宿主とし、トランスフェリン遺伝子と、前記トランスフェリン遺伝子の上流域に存在し、前記宿主内で機能する分泌シグナルペプチドが結合したトランスフェリンを発現させる分泌シグナルペプチド遺伝子とを有し、前記宿主が本来有するGas2遺伝子が削除れていることを特徴とする形質転換体。
【請求項2】
前記トランスフェリン遺伝子が哺乳動物由来の天然型のTF蛋白質またはその改変蛋白質をコードする遺伝子である、請求項1に記載の形質転換体。
【請求項3】
前記トランスフェリン遺伝子がヒト・トランスフェリンまたはその改変蛋白質をコードする遺伝子である、請求項1または2に記載の形質転換体。
【請求項4】
前記トランスフェリン遺伝子が、哺乳動物が有する天然型のトランスフェリンをコードする遺伝子に変異が導入された変異トランスフェリン遺伝子であり、前記変異トランスフェリン遺伝子が、天然型トランスフェリンの少なくとも1箇所のN結合型糖鎖修飾部位であるアスパラギン残基が欠失または他のアミノ酸残基に置換された変異トランスフェリンをコードする遺伝子である、請求項1または2に記載の形質転換体。
【請求項5】
前記トランスフェリン遺伝子が、ヒトが有する天然型のトランスフェリンをコードする遺伝子に変異が導入された変異トランスフェリン遺伝子である、請求項4に記載の形質転換体。
【請求項6】
前記宿主が本来有する少なくとも1種のプロテアーゼ遺伝子が削除または不活性化されている、請求項1〜5のいずれか一項に記載の形質転換体。
【請求項7】
前記プロテアーゼ遺伝子が、メタロプロテアーゼ遺伝子群、セリンプロテアーゼ遺伝子群、システインプロテアーゼ遺伝子群およびアスパラギン酸プロテアーゼ遺伝子群からなる群から選ばれる遺伝子である、請求項6に記載の形質転換体。
【請求項8】
前記プロテアーゼ遺伝子が、psp3遺伝子、isp6遺伝子、ppp53遺伝子、ppp16遺伝子、ppp22遺伝子、sxa2遺伝子、ppp80遺伝子およびppp20遺伝子からなる群から選ばれる遺伝子である、請求項6または7に記載の形質転換体。
【請求項9】
前記トランスフェリン遺伝子が、分泌シグナルペプチドを含む分泌キャリア蛋白質をコードする遺伝子の下流に直接または間接的に連結されている、請求項1〜8のいずれか一項に記載の形質転換体。
【請求項10】
前記分泌キャリア蛋白質をコードする遺伝子が、前記宿主のPDI1の分泌シグナルペプチド部分をコードする遺伝子とヒトのPDI1のabドメイン部分をコードする遺伝子と前記宿主のPDI1のxドメイン部分をコードする遺伝子との融合遺伝子である、請求項9に記載の形質転換体。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか一項に記載の形質転換体を液体培地中で培養し、該液体培地からトランスフェリンを取得することを特徴とする、トランスフェリンの製造方法。
【請求項12】
前記形質転換体を、pH5.5〜6.5の液体培地中で培養する、請求項11に記載のトランスフェリンの製造方法。
【請求項13】
前記形質転換体を、アデニンを含有する液体培地中で培養する、請求項11または12に記載のトランスフェリンの製造方法。
【請求項14】
前記形質転換体を、菌体密度(OD660)が100以上になるまで培養した後、該液体培地からトランスフェリンを取得する、請求項11〜13のいずれか一項に記載のトランスフェリンの製造方法。
【請求項15】
シゾサッカロミセス・ポンベを宿主とし、前記宿主内で機能する分泌シグナルペプチド遺伝子と、前記分泌シグナルペプチド遺伝子の下流に位置するトランスフェリン遺伝子とを組込むこと、および、前記宿主が本来有するGas2遺伝子を削除ることを特徴とする形質転換体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)(以下、「S.ポンベ」という。)を宿主とし、トランスフェリン遺伝子を組込んだ形質転換体を用いて、トランスフェリンを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トランスフェリン(以下、「TF」ともいう。)は、Fe3+イオンと結合する糖蛋白質の1種であり、鉄の代謝に深く関わっている。特に、ヒト血清トランスフェリン(以下、「ヒト・トランスフェリン」または「hTF」ともいう。)は、ヒト生体内の鉄結合タンパク質ファミリーに属し、生体内の鉄輸送・代謝に関与しており、動物細胞の培養用培地への添加剤、医薬品、DDSの輸送担体として用いられている。TFは、Nローブ(N-lobe)とCローブ(C-lobe)の2つのドメインを有する約80kDaの糖蛋白質であり、翻訳により、N末端に分泌シグナルペプチドを有する未成熟型蛋白質として合成された後、分泌シグナルペプチドが切断された成熟型の糖蛋白質として細胞外へ分泌される。
【0003】
TF生産の最も一般的な方法としては、全長組換え蛋白質をハムスター腎臓細胞(BHK細胞)等の哺乳細胞の培養株を用いて生産させる方法が知られている。また、分裂酵母であるS.ポンベを用いる方法が知られている。S.ポンベは、出芽酵母であるサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)とは異なり、細胞分裂および転写形態がヒト細胞に近く、人体に悪影響を及ぼす物質を含まない。そのため、S.ポンベにTFの全長組換え蛋白質を生産させる方法は、医薬品等のヒトへ摂取させるTFの生産方法として優れている。たとえば、特許文献1には、S.ポンベを宿主とし、hTF遺伝子を導入した形質転換体を、カザミノ酸を含む液体培地中で培養し、hTFを効率よく生産させ、液体培地中に分泌させて回収する方法が開示されている。
【0004】
一方で、酵母などの真核細胞微生物を用いた異種タンパク質生産系においては、目的の異種蛋白質の生産効率を向上させるべく、異種タンパク質生産に不要または不利な宿主のゲノム部分の一部または全部を削除または不活性化した改良宿主を用いることが知られている。たとえば、特許文献2には、S.ポンベにおいて、特定のプロテアーゼをコードする遺伝子(プロテアーゼ遺伝子群)から選ばれる少なくとも1種の遺伝子を削除または不活性化した改良宿主を用いることにより、異種タンパク質の生産効率を向上させられることが記載されている。
【0005】
また、hTF蛋白質のN末端に分泌シグナル(小胞体移行シグナル)ペプチドを付加した状態で生産させることによって、hTF蛋白質を分泌生産できる。たとえば、S.ポンベの接合に関与する接合フェロモン(P−ファクター)の前駆体の分泌シグナルに由来するポリペプチドのようにS.ポンベによって認識される分泌シグナルペプチドをhTF蛋白質のN末端に融合させた融合蛋白質をコードする構造遺伝子が導入されたS.ポンベの形質転換体を培養すると、生産された該融合蛋白質はゴルジ装置や小胞体中において分泌シグナルペプチドが切断され、hTF蛋白質が培地中に分泌される。たとえば特許文献3には、目的の外来蛋白質のN末端側に、分子シャペロン機能を持ち、小胞体に局在する蛋白質であるPDI1(Protein disulfide isomerase 1)の分泌シグナルペプチドとaドメインとbドメインとxドメインとから構成される部分蛋白質、またはPDI1の小胞体移行シグナルペプチドとaドメインとbドメインとb’ドメインとxドメインとから構成される部分蛋白質を融合させた状態で発現させることにより、S.ポンベにおいて外来蛋白質を分泌生産させる量を増大させられることが記載されている。なお、PDI1はN末端から順に、ER移行シグナル、aドメイン、bドメイン、b’ドメイン、xドメイン、a’ドメイン、およびER局在シグナル(ADEL)を含むcドメインを有する。aドメインおよびa’ドメインに1つずつ分子シャペロン活性の活性中心(CGHC)があり、aドメイン、bドメイン、b’ドメイン、およびa’ドメインの4つともチオレドキシンフォールドを形成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011−125281号公報
【特許文献2】国際公開第2007/015470号
【特許文献3】国際公開第2013/111754号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、S.ポンベの形質転換体を用いて、高い生産性でTFを分泌産生する方法、および該方法に好適な形質転換体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る形質転換体は、S.ポンベを宿主とし、TF遺伝子と、TF遺伝子の上流域に存在し、宿主内で機能する分泌シグナルペプチドが結合したTFを発現させる分泌シグナルペプチド遺伝子とを有し、宿主が本来有するGas2遺伝子が削除れていることを特徴とする。
該形質転換体としては、TF遺伝子がヒト・トランスフェリンをコードする遺伝子であることが好ましい。
また、該形質転換体としては、TF遺伝子が、哺乳動物が有する天然型のTFをコードする遺伝子に変異が導入された変異TF遺伝子であり、変異TF遺伝子が、天然型TFの少なくとも1箇所のN結合型糖鎖修飾部位であるアスパラギン残基が欠失または他のアミノ酸残基に置換された変異TFをコードする遺伝子であることが好ましい。
また、該形質転換体としては、宿主が本来有する少なくとも1種のプロテアーゼ遺伝子が削除または不活性化されていることが好ましい。プロテアーゼ遺伝子としては、メタロプロテアーゼ遺伝子群、セリンプロテアーゼ遺伝子群、システインプロテアーゼ遺伝子群およびアスパラギン酸プロテアーゼ遺伝子群からなる群から選ばれる遺伝子であることがより好ましい。削除または不活性化されるプロテアーゼ遺伝子としては、psp3遺伝子、isp6遺伝子、ppp53遺伝子、ppp16遺伝子、ppp22遺伝子、sxa2遺伝子、ppp80遺伝子およびppp20遺伝子からなる群から選ばれる少なくとも1種の遺伝子であることがさらに好ましい。
また、該形質転換体としては、TF遺伝子が、分泌シグナルペプチドを含む分泌キャリア蛋白質をコードする遺伝子の下流に直接または間接的に連結されていることが好ましく、分泌キャリア蛋白質をコードする遺伝子が、宿主のPDI1の分泌シグナルペプチド部分をコードする遺伝子とヒトのPDI1のabドメイン部分をコードする遺伝子と宿主のPDI1のxドメイン部分をコードする遺伝子との融合遺伝子であることがより好ましい。
【0009】
本発明に係るTFの製造方法は、本発明に係る形質転換体を液体培地中で培養し、該液体培地からトランスフェリンを取得することを特徴とする。
該TFの製造方法としては、形質転換体を、pH5.5〜6.5の液体培地中で培養することが好ましく、形質転換体を、アデニンを含有する液体培地中で培養することも好ましく、形質転換体を、菌体密度(OD660)が100以上になるまで培養した後、該液体培地からトランスフェリンを取得することも好ましい。
【0010】
本発明に係る形質転換体の製造方法は、S.ポンベを宿主とし、宿主内で機能する分泌シグナルペプチド遺伝子と、分泌シグナルペプチド遺伝子の下流に位置するTF遺伝子とを組込むこと、および、宿主が本来有するGas2遺伝子を削除ることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る形質転換体を培養することにより、効率よくTFを製造できる。
また、本発明に係るTFの製造方法により、S.ポンベを用いて、高い生産性でTFを分泌産生できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、分泌発現ベクターpSL6PDI1(SP)Hsabx−hTF(N413QN611Q)の構造を示した図である。
図2図2は、A8−hTF(1)株およびA8−gas2Δ−hTF(1)株の培養液のSDS−PAGEのCBB染色像である。
図3図3は、A8−hTF(1)株およびA8−gas2Δ−hTF(1)株のhTF(N413Q/N611Q)蛋白質の分泌量の経時的変化を示した図である。
図4図4は、A8−hTF(1)株およびA8−gas2Δ−hTF(1)株の培養上清中のhTF(N413Q/N611Q)蛋白質をDEAEクロマトグラフィーで精製した精製画分のSDS−PAGEのCBB染色像である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[TF遺伝子、分泌シグナルペプチド遺伝子]
本発明において、「TF遺伝子」とは、成熟型のTF蛋白質をコードする構造遺伝子をいう。また、成熟型のTF蛋白質を、以下、「TF蛋白質」という。
【0014】
本来TF遺伝子を有している生物種の細胞では、分泌シグナルペプチドを含む蛋白質(分泌キャリア蛋白質)とTF蛋白質が連結した融合蛋白質が発現し、該融合蛋白質は、小胞体やゴルジ装置で分泌キャリア蛋白質が切り離され、TF蛋白質が細胞外へ分泌される。
【0015】
一方、本発明における宿主であるS.ポンベは本来TF遺伝子を有していないことより、分泌キャリア蛋白質とTF蛋白質が連結した融合蛋白質が宿主内で発現しても、その分泌キャリア蛋白質が宿主細胞内で切り離されるとは限らない。したがって、本発明における分泌シグナルペプチドや分泌キャリア蛋白質としては、宿主において充分に機能する、TF蛋白質のN末端側に本来有していたもの以外の分泌シグナルペプチドや分泌キャリア蛋白質が好ましい。本発明における「宿主内で機能する」(分泌シグナルペプチド)とは、宿主内において発現した融合蛋白質をTF蛋白質として宿主細胞外に分泌させる機能を有することをいう。
【0016】
また、本発明において、TF蛋白質と分泌シグナルペプチドまたは分泌キャリア蛋白質とは、直接連結されていてもよく、1〜数十アミノ酸残基のペプチドからなるリンカーにより間接的に連結されていてもよい。
【0017】
[形質転換体]
本発明に係る形質転換体は、S.ポンベを宿主とし、TF遺伝子と、TF遺伝子の上流域に存在し、宿主内で機能する分泌シグナルペプチドが結合したTF蛋白質を発現させる、分泌シグナルペプチド遺伝子とを有し、宿主が本来有するGas2遺伝子が削除または不活性化されていることを特徴とする。
【0018】
本発明に係る形質転換体が有するTF遺伝子がコードするTF蛋白質は、いずれの生物種由来の天然型のTF蛋白質(野生型の生物の染色体中に存在しているTF遺伝子がコードしているTF蛋白質)であってもよく、天然型のTF蛋白質の改変蛋白質であってもよい。該改変蛋白質としては、たとえば、天然型のTF蛋白質のアミノ酸配列の1もしくは数個のアミノ酸が置換、付加、または欠失したアミノ酸配列からなり、かつTFの機能を有するポリペプチドが挙げられる。天然型のTF蛋白質のアミノ酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつTFの機能を有するポリペプチドが挙げられる。TFの機能とは、Fe3+イオンと結合し、かつ細胞表面のTF受容体と結合して細胞内に取り込まれる機能を意味する。本発明に係る形質転換体が有するTF遺伝子がコードするTF蛋白質としては、ヒト、サル、マウス、ラット、ウサギ、ウシ、ウマ、イヌ、ネコ等の哺乳動物由来の天然型のTF蛋白質またはその改変蛋白質が好ましく、hTFまたはその改変蛋白質が特に好ましい。
【0019】
本発明に係る形質転換体が有するTF遺伝子がコードするTF蛋白質が、天然型のTF蛋白質の改変蛋白質である場合、該改変としては、たとえば、翻訳後のN結合型糖鎖修飾部位であるアスパラギン酸残基の少なくとも1以上を、欠失または他のアミノ酸残基に置換させるアミノ酸配列の点変異が好ましい。N結合型糖鎖修飾部位を有する蛋白質を分泌発現させた場合には、得られる組換え蛋白質は長さが不均一なハイマンノース型糖鎖の修飾を受けているため、均一性や品質が低下するおそれがある。
本発明に係る形質転換体が有するTF遺伝子が、N結合型糖鎖修飾部位を消失させる変異が導入された変異TF蛋白質をコードする変異TF遺伝子である場合には、該形質転換体を培養することにより、TFの機能が安定しており、かつ品質が均質な組換えTF蛋白質を分泌生産できる。たとえば、該変異TF遺伝子としては、天然型のhTF蛋白質が有する2箇所のN結合型糖鎖修飾部位(432番目および630番目のアスパラギン酸残基)のうち、少なくも1箇所のN結合型糖鎖修飾部位であるアスパラギン残基が欠失または他のアミノ酸に置換された変異TF蛋白質をコードする変異TF遺伝子が好ましく、2箇所のN結合型糖鎖修飾部位がいずれもアスパラギン残基以外のアミノ酸残基に置換された変異TF蛋白質をコードする変異TF遺伝子がより好ましく、2箇所のN結合型糖鎖修飾部位がいずれもグルタミン残基に置換された変異TF蛋白質をコードする変異TF遺伝子(配列番号2)がさらに好ましい。
【0020】
本発明に係る形質転換体が有する分泌シグナルペプチド遺伝子は、該形質転換体の細胞内で機能する分泌シグナルペプチドをコードする構造遺伝子である。分泌シグナルペプチド遺伝子は、分泌キャリア蛋白質をコードする構造遺伝子の一部分であってもよい。すなわち、分泌キャリア蛋白質をコードする構造遺伝子は、分泌シグナルペプチド遺伝子の下流に、分泌シグナルペプチド遺伝子部分以外の分泌キャリア蛋白質をコードする構造遺伝子部分を有していてもよい。分泌シグナルペプチドは、S.ポンベ内で機能するものであればよく、たとえば、S.ポンベが本来有する分泌蛋白質の分泌シグナルペプチド、P3分泌シグナル(34アミノ酸残基)等の国際公開第1996/23890号に記載のものが使用でき、S.ポンベのPDI1の分泌シグナルペプチドが好ましい。
【0021】
S.ポンベ内で機能する分泌キャリア蛋白質としては、分泌シグナルペプチドを含む、PDI1の全長蛋白質、PDI1の部分蛋白質、またはこれらの変異蛋白質が融合された蛋白質であることが好ましい。特に、PDI1のaドメインを含む蛋白質またはPDI1のa’ドメインを含む蛋白質が好ましく、PDI1のaドメインまたはa’ドメインの少なくとも一方とbドメインまたはb’ドメインの少なくとも一方を含む蛋白質がより好ましく、PDI1のaドメインまたはa’ドメインの少なくとも一方とbドメインまたはb’ドメインの少なくとも一方とxドメインとを含む蛋白質がさらに好ましい(特許文献3参照。)。分泌シグナルペプチドの下流に融合される蛋白質が含むPDI1の各ドメインは、全てが同種の生物種由来であってもよく、2種以上の生物種由来のドメインの組み合わせであってもよい。
本発明に係る形質転換体としては、TFの分泌産生能がより高められるため、該分泌キャリア蛋白質としては、上流側から順に、S.ポンベのPDI1の分泌シグナルペプチド遺伝子とヒトのPDI1のabxドメイン部分をコードする遺伝子またはヒトのPDI1のabb’xドメイン部分をコードする遺伝子とが直接または間接的に連結した融合遺伝子、S.ポンベのPDI1の分泌シグナルペプチド遺伝子とヒトのPDI1のabドメイン部分をコードする遺伝子またはヒトのPDI1のabb’ドメイン部分をコードする遺伝子とS.ポンベのPDI1のxドメイン部分をコードする遺伝子とが直接または間接的に連結した融合遺伝子が好ましい。
【0022】
S.ポンベは本来TF遺伝子を有していない。したがって、本発明に係る形質転換体は、S.ポンベ以外の生物由来のTF遺伝子を遺伝子工学的方法でS.ポンベに導入して得られる。本発明に係る形質転換体が有するTF遺伝子の塩基配列は、TF蛋白質が由来する生物種の遺伝子配列そのものであってもよく、該遺伝子配列をS.ポンベにおいて使用頻度の高いコドンに改変してもよい。
【0023】
該形質転換体が有する分泌シグナルペプチド遺伝子とTF遺伝子とが直接または間接的に連結した遺伝子(以下、SP−TF遺伝子という。)は、1コピーであってもよく、2コピー以上であってもよい。SP−TF遺伝子は、S.ポンベの染色体外にプラスミドとして導入されてもよく、S.ポンベの染色体に導入されてもよい。染色体に外来遺伝子を導入することにより継代の維持安定性に優れた形質転換体が得られる。
【0024】
酵母を宿主として用いた遺伝子組換え法に関しては、異種タンパク質をより安定に効率よく発現させるために種々の発現システム、特に発現ベクター、分泌シグナル、遺伝子導入発現ベクター等が開発されており、本発明に係る形質転換体の製造においては、これらを広く応用可能である。たとえば、S.ポンベを宿主とした発現システムとしては、特許2776085号公報、特開平07−163373号公報、特開平10−215867号公報、特開平10−215867号公報、特開平11−192094号公報、特開11−192094号公報、特開2000−262284号公報、国際公開第96/023890号等が知られており、本発明に係る形質転換体の製造には広くこれら発現システムが利用できる。
【0025】
宿主となるS.ポンベへのSP−TF遺伝子の導入は、たとえば、SP−TF遺伝子とS.ポンベ内で機能するプロモーターとターミネーターを含む発現カセットをそのまま宿主細胞に導入する、または組み込まれたベクターを宿主細胞に導入することにより行える。該発現カセットには、5’−非翻訳領域、3’−非翻訳領域のいずれか1つ以上が含まれていてもよく、ura4遺伝子等の栄養要求性相補マーカーが含まれていてもよい。
【0026】
S.ポンベ内で機能するプロモーターとしては、たとえば、アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子プロモーター、nmt1遺伝子プロモーター、フルクトース−1、6−ビスホスファターゼ遺伝子プロモーター、インベルターゼ遺伝子のプロモーター(国際公開第99/23223号参照)、熱ショック蛋白質遺伝子プロモーター(国際公開第2007/26617号参照、国際公開第2014/030644号)等のS.ポンベが本来有するプロモーター、hCMVプロモーター、SV40プロモーター等の動物細胞ウイルス由来のプロモーターが挙げられる。S.ポンベ内で機能するターミネーターとしては、たとえば、LPI(ヒトリポコルチンI)ターミネーター等が挙げられる。
【0027】
該発現カセットを組込むベクターとしては、たとえば、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19等の大腸菌由来のプラスミドを好適に用いられる。該ベクターは、形質転換体を選択するためのマーカーを有することが好ましい。該マーカーとしては、たとえば、ura4遺伝子(栄養要求性相補マーカー)、イソプロピルリンゴ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(leu1遺伝子)が挙げられる。
【0028】
SP−TF遺伝子を含む発現カセットをS.ポンベの染色体に相同組換え法により組込む場合、該発現カセットを組み込む標的部位は、S.ポンベの染色体中の1箇所のみに存在していてもよく、2箇所以上に存在していてもよい。標的部位が2箇所以上存在している場合、S.ポンベの染色体の2箇所以上に該ベクターを組み込める。1箇所の標的部位に発現カセットを組み込む場合、たとえば特開2000−262284号公報に記載の方法記載の標的部位を使用できる。異なる組込み部位を有する2種以上のベクターを用いて、異なる標的部位にそれぞれベクターを組み込める。
【0029】
SP−TF遺伝子を含む発現カセットが組み込まれたベクターとしては、たとえば、特許文献1、特許文献3等に記載されている分泌シグナルペプチド遺伝子とhTF遺伝子が組み込まれたベクターを用いることができる。
【0030】
本発明に係る形質転換体は、宿主であるS.ポンベが本来有するGas2遺伝子(SPBC29A10.08.1)が削除または不活性化されている。後記実施例で示すように、SP−TF遺伝子を導入したS.ポンベの形質転換体を菌体密度(濁度計で測定した660nmにおける光学密度:OD660)が100以上となる高密度培養した場合には、TFと共にGas2(1,3-β-glucanosyl transferase)蛋白質の発現量が増大する。Gas2蛋白質は、細胞壁に局在し、分裂酵母の細胞壁の生合成に関与する糖蛋白質であり、TFの発現や分泌には直接関与するとは考えられていない。にもかかわらず、TF発現株(SP−TF遺伝子が導入された形質転換体)の高密度菌体培養プロセスにおいて、Gas2蛋白質がTF蛋白質と同時に液体培地中に大量に分泌され、かつTFの産生効率が低下する。不思議なことに、TF発現株の高密度培養時に観察されるGas2蛋白質の発現および分泌量の増大は、OD660が20〜30である一般的なバッチ培養時には明確に観察されない。本発明に係る形質転換体は、Gas2遺伝子が削除または不活性化されているため、高密度培養時にもGas2蛋白質が発現せず、TFの液体培地中への分泌量も増大する。
【0031】
なお、S.ポンベの染色体の全塩基配列は、サンガー研究所のデータベース「GeneDB」に「Schizosaccharomyces pombe Gene DB (http://www.genedb.org/genedb/pombe/)」として、収録され、公開されている。本明細書記載のS.ポンベの遺伝子の配列データは前記データベースから遺伝子名や系統名で検索して、入手できる。
【0032】
本発明に係る形質転換体としては、プロテアーゼ遺伝子(プロテアーゼをコードする遺伝子)のうちの少なくとも1種が削除または不活性化されているものが好ましい。形質転換体内においてS.ポンベが本来有する少なくとも1種のプロテアーゼ遺伝子のプロテアーゼ活性が阻害されていることにより、TF蛋白質の生産効率が向上し、TF蛋白質の生産量がより高まる。本発明に係る形質転換体としては、セリンプロテアーゼ遺伝子群(セリンプロテアーゼをコードする遺伝子の群)、アミノペプチダーゼ遺伝子群(アミノペプチダーゼをコードする遺伝子の群)、カルボキシペプチダーゼ遺伝子群(カルボキシペプチダーゼをコードする遺伝子の群)およびジペプチダーゼ遺伝子群(ジペプチダーゼをコードする遺伝子の群)からなる群から選ばれる1種以上の遺伝子が削除または不活性化されているものが好ましい。
【0033】
本発明に係る形質転換体としては、1種類のプロテアーゼ遺伝子のみが削除等されたものであってもよく、2種類以上のプロテアーゼ遺伝子が削除等されたものであってもよい。なかでも、メタロプロテアーゼ遺伝子群(メタロプロテアーゼをコードする遺伝子の群)、セリンプロテアーゼ遺伝子群、システインプロテアーゼ遺伝子群(システインプロテアーゼをコードする遺伝子の群)およびアスパラギン酸プロテアーゼ遺伝子群(アスパラギン酸プロテアーゼをコードする遺伝子の群)からなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子が削除等された形質転換体が好ましく、メタロプロテアーゼ遺伝子群およびセリンプロテアーゼ遺伝子群からなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子とシステインプロテアーゼ遺伝子群およびアスパラギン酸プロテアーゼ遺伝子群からなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子とが削除等された形質転換体も好ましい。
【0034】
S.ポンベの該4種のプロテアーゼ遺伝子群としては、たとえば以下のものが挙げられる。
メタロプロテアーゼ遺伝子群:cdb4(SPAC23H4.09)、mas2(SPBC18E5.12c)、pgp1(SPCC1259.10)、ppp20(SPAC4F10.02)、ppp22(SPBC14C8.03)、ppp51(SPAC22G7.01c)、ppp52(SPBC18A7.01)、ppp53(SPAP14E8.04)。
セリンプロテアーゼ遺伝子群:isp6(SPAC4A8.04)、ppp16(SPBC1711.12)、psp3(SPAC1006.01)、sxa2(SPAC1296.03c)。
システインプロテアーゼ遺伝子群:ppp80(SPAC19B12.08)、pca1(SPCC1840.04)、cut1(SPCC5E4.04)、gpi8(SPCC11E10.02c)。
アスパラギン酸プロテアーゼ遺伝子群:sxa1(SPAC26A3.01)、yps1(SPCC1795. 09)、ppp81(SPAC25B8.17)。
【0035】
本発明に係る形質転換体は、宿主となるS.ポンベにSP−TF遺伝子を含む発現カセットを導入した形質転換体のGas2遺伝子を削除または不活性化することにより製造でき、Gas2遺伝子を予め削除または不活性化したS.ポンベにSP−TF遺伝子を含む発現カセットを導入することによっても製造できる。この際に用いる宿主として、少なくとも1種のプロテアーゼ遺伝子が削除または不活性化されているS.ポンベの変異株を用いることにより、SP−TF遺伝子が導入され、Gas2遺伝子が削除または不活性化されており、かつ少なくとも1種のプロテアーゼ遺伝子が削除または不活性化されている形質転換体が得られる。S.ポンベが本来有する少なくとも1種のプロテアーゼ遺伝子が削除または不活性化されている変異株としては、たとえば、特許文献2に記載のA8株のような、psp3遺伝子、isp6遺伝子、ppp53遺伝子、ppp16遺伝子、ppp22遺伝子、sxa2遺伝子、ppp80遺伝子、およびppp20遺伝子が削除等されているS.ポンベの変異株を用いることが好ましい。
【0036】
Gas2遺伝子の削除または不活性化や、プロテアーゼ遺伝子の削除または不活性化を行う方法としては、公知の方法を用いられる。具体的には、Latour法(Nucreic Acids Research誌、2006年、34巻、e11頁、国際公開第2007/063919号に記載)を用いることにより遺伝子を欠失させられる。また、変異剤を用いた突然変異分離法(酵母分子遺伝学実験法、1996年、学会出版センター)や、PCRを利用したランダム変異法(PCR Methods Application誌、第2巻、28〜33ページ、1992年)等により遺伝子の一部に変異を導入することにより該遺伝子を失活させられる。また、特定の遺伝子の削除または不活性化を行う部分はORF(オープンリーディングフレーム)部分であってもよく、発現調節配列部分であってもよい。特に好ましい方法は、構造遺伝子のORF部分をマーカー遺伝子に置換するPCR媒介相同組換え法(Yeast誌、第14巻、943〜951ページ、1998年)による削除または不活性化の方法である。
【0037】
形質転換方法は、公知の形質転換方法がいずれも用いられる。該形質転換方法としては、たとえば、酢酸リチウム法、エレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、ガラスビーズ法など従来周知の方法や、特開2005−198612号公報記載の方法が挙げられる。また、市販の酵母形質転換用キットを用いてもよい。
【0038】
本発明に係る形質転換体は、天然のシゾサッカロミセス属酵母と同様に培養できる。
該形質転換体の培養のための液体培地には、公知の酵母培養培地を用いることができ、シゾサッカロミセス属酵母が資化しうる炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、シゾサッカロミセス属酵母の培養を効率良く行えるものであればよい。液体培地としては、天然培地を用いてもよく、合成培地を用いてもよい。
液体培地としては、たとえば、MMA(Minimal medium with agar)、SDC(Synthetic dextrose complete medium)、TES(0.5% Bacto-yeast extract,3% glucose,supplemented with uracil,leucine, histidine,lysine,adenine)、YES(0.5% Bacto-yeast extract, 3% glucose, supplemented with uracil, leucine, histidine, lysine, adenine)、YPD(1% Bacto-yeast extract,2% Bactopeptone,2% glucose)等が挙げられる。
【0039】
炭素源としては、たとえば、グルコース、フルクトース、スクロース等の糖が挙げられる。窒素源としては、たとえば、アンモニア、塩化アンモニウム、酢酸アンモニウム等の無機酸または無機酸のアンモニウム塩、ペプトン、カザミノ酸が挙げられる。無機塩類としては、たとえば、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウムが挙げられる。具体的には、YPD培地等の栄養培地(M.D.Rose et al.,"Methods In Yeast Genetics", Cold Spring Harbor Labolatory Press(1990) )またはMB培地等の最少培地(K.Okazaki et al., Nucleic AcidsRes.,18,6485-6489(1990))等を使用できる。
【0040】
培養には公知の酵母培養方法を用いることができ、たとえば振盪培養、攪拌培養等により行うことができる。
また、培養温度は、23〜37℃であることが好ましく、30〜32℃であることがさらに好ましい。また、培養時間は適宜決定できる。
また、培養は、回分培養であってもよく、連続培養であってもよい。
【0041】
[TFの製造方法]
S.ポンベを宿主とし、SP−TF遺伝子を有する形質転換体(TF発現株)を液体培地中で培養すると、培養後の該液体培地に分泌されたTF蛋白質を取得できる。TF発現株を培養する液体培地や培養方法は、本発明に係る形質転換体の培養と同様に、公知の酵母培養培地を用い、公知の培養方法で行うことができる。
【0042】
TF蛋白質は酸性条件では分解されやすい。そこで、TFの製造においては、TF発現株を培養する液体培地のpH条件は、pH5.5以上であることが好ましく、pH5.5〜6.5がより好ましい。培養時間が長くなるにつれて、培養液のpHは低下する傾向にあるため、TFの製造のための培養では、培養液のpHが5.5〜6.5の範囲内に維持されるように適宜pHを調整することが好ましい。
TF蛋白質の分泌生産量をより高くできるため、TF発現株を培養する培養時間は、2日以上が好ましく、3〜6日間がより好ましく、3〜5日間がさらに好ましい。
TF発現株を培養する液体培地はアデニンを含有していることが好ましい。TF発現株が1コピー以上のSP−TF遺伝子を有する場合には、溶菌しやすく、TFの発現量が低下する傾向がある。アデニン含有液体培地中で培養することにより、1コピー以上のSP−TF遺伝子を有するTF発現株であっても、良好に増殖し、TFの分泌生産効率が高くなる。液体培地のアデニン含有量は、たとえば、菌体密度を示すOD660あたりで0.5〜200mg/L、好ましくは1〜100mg/Lにできる。
【0043】
また、TFの生産性を高くするために、TF発現株を高密度培養することが好ましい。なかでも、培養槽の通気速度、撹拌速度、流加培地の添加速度を制御しながら、pH5.5〜6.5、好ましくはpH5.5〜6.0の条件で初発培地と流加培養を行うことが好ましい。培地のグルコース濃度を一定レベルで低く抑えながら、増殖速度や栄養消費速にあわせて培地を継続的に添加(流加)していくため、菌体密度が最終的に試験管やフラスコなどでのバッチ培養に比べて数十倍も向上し、高い菌体密度が達成でき、より多量のTFを分泌生産できる。TF発現株の高密度培養では、OD660が100以上になるまで、好ましくはOD660が200〜800になるまで培養することが好ましい。
【0044】
TF発現株としては、本発明に係る形質転換体が好ましい。本発明に係る形質転換体は、宿主由来Gas2蛋白質の発現がなく、TFの分泌発現の効率が高い。加えて、高密度培養後の液体培地からTF蛋白質を精製する際に、Gas2蛋白質からの分離精製を必要とせず、より簡便に精製できる。
【0045】
培養後の液体培地からのTF蛋白質の取得は、公知の方法を用いられる。たとえば、培養終了後の液体培地から遠心分離により菌体を分離除去した後、得られた培養上清に対して、アフィニティーカラム等に吸着させて洗浄した後に溶出させる方法、活性炭を用いて色素など不純物を除去する方法、分離膜を用いて分離する方法等を行う。Gas2遺伝子を有するTF発現株を高密度培養した場合には、回収された培養上清中には大量のGas2蛋白質が含まれているため、該培養上清に対してDEAE樹脂を用いた陰イオン交換クロマトグラフィーを行った場合には、TF蛋白質を含む画分にはGas2蛋白質も含まれてしまう。このため、該TF蛋白質を含む画分に対して、さらに疎水性相互作用クロマトグラフィーまたはゲル濾過クロマトグラフィーを行ってはじめて、Gas2蛋白質から分離してTF蛋白質を精製できる。これに対して、本発明に係る形質転換体の高密度培養後の培養上清に対しては、DEAE樹脂を用いた陰イオン交換クロマトグラフィーを1度行うだけで、TF蛋白質を精製できる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例および比較例を示して本発明を詳細に説明する。ただし、本発明は以下の記載によっては限定されない。また、本実施例においては特に断りのない限り「%」は「質量%」を意味する。
【0047】
[実施例1]
<hTF変異体の遺伝子の作製>
天然型のhTF遺伝子のORF(配列番号1)は、19残基の分泌シグナルペプチドの下流にhTF蛋白質が融合した全長698残基の蛋白質をコードしている。ヒトcDNAライブラリーを鋳型にして、プライマーペア(Forward primer #9220(配列番号3)およびReverse primer #9221(配列番号4))を用いたPCRを行い、hTF蛋白質をコードする遺伝子の5’末端側に制限酵素サイトAflIIとヒトPDI1のabxドメインのC末端部分の4残基(Leu−Lys−Lys−Arg)をコードする塩基配列を、3’末端側に制限酵素サイトXbaIをそれぞれ付加したDNA断片を得た。
【0048】
得られたDNA断片のAflIIとXbaIの二重消化産物を、hCMVプロモーター下流にP3分泌シグナルペプチドをコードする遺伝子を配し、該遺伝子とLPIターミネーターの間にマルチクローニングサイトを備える分裂酵母の染色体単座組込み型分泌発現ベクターであるpSL6P3(特許文献3)のAflIIとXbaIの二重消化産物にライゲーションにより組込み、大腸菌DH5αへの形質転換を行うことによって、N末端にabxドメインのC末端部分の4残基を含む天然型のhTF蛋白質をコードする遺伝子がクローニングされた発現ベクターpSL6P3−hTFのプラスミドDNAを調製した。
【0049】
なお、pSL6P3ベクターのマルチクローニングサイトに目的蛋白質の発現カセットを組込んだ分泌発現ベクターは、制限酵素NotIで切断して線状化したベクター断片が、染色体相同組換えにより、分裂酵母染色体上に隣接して存在する2つの遺伝子座leu1−32とtop2の間に1コピー組込まれる。また、pSL6P3ベクターには、変異型(leu1)遺伝子(ロイシン合成系遺伝子(leu1)が点変異(leu1−32)で不活性化されている遺伝子)の点変異(leu1−32)部分を相補するロイシンマーカー遺伝子断片(leu1)が組み込まれている。このため、変異型(leu1)遺伝子を含むロイシン要求性酵母を宿主株とした場合には、pSL6P3ベクターの線状化断片が染色体に組み込まれた形質転換体はロイシン要求性から回復するため、ロイシンを含まない最少培地(MMAプレート)でクローンを選抜できる。
【0050】
PCR法によって、pSL6P3−hTF中のhTF遺伝子に、天然型のhTF蛋白質の413番目と611番目(配列番号1の432番目と630番目)のアスパラギン残基をグルタミン残基に置換する変異を導入し、pSL6P3−hTF(N413Q/N611Q)を作成した。具体的には、各アスパラギン残基をコードするコドンの1番目の塩基をシトシン(C)に、3番目の塩基をアデニン(A)にそれぞれ置換する4箇所の点変異を導入した。変異を導入したhTF(N413Q/N611Q)の配列を配列番号2に示す。
【0051】
<hTF(N413Q/N611Q)の発現ベクターの作製>
pSL6P3−hTF(N413Q/N611Q)をAflIIとXbaIで二重消化したhTF(N413Q/N611Q)のコード領域を含むDNA断片を、hCMVプロモーター下流に、S.ポンベのPDI1の分泌シグナルペプチドとヒトのPDI1のabドメインとS.ポンベのPDI1のxドメインからなる分泌キャリア蛋白質(PDI1(SP)−Hsabx)をコードする遺伝子を配し、該遺伝子とLPIターミネーターの間にマルチクローニングサイトを備える分裂酵母の染色体単座組込み型分泌発現ベクターpSL6PDI1(SP)Hsabx−AflIIのAflIIとXbaIの二重消化産物にライゲーションにより組込み、大腸菌DH5αへの形質転換を行うことによって、分泌キャリア蛋白質(PDI1(SP)−Hsabx)と変異型hTF(N413Q/N611Q)蛋白質の融合蛋白質の染色体単座組込み型発現ベクターであるpSL6PDI1(SP)Hsabx−hTF(N413QN611Q)(8749bp、図1)を作成した。
【0052】
<A8株の作製>
S.ポンベのロイシン・ウラシル要求性(leu1 ura4)株(遺伝子型:h− leu1−32 ura4−D18)であるARC010株に対して、Latour法により、psp3遺伝子、isp6遺伝子、ppp53遺伝子、ppp16遺伝子、ppp22遺伝子、sxa2遺伝子、ppp80遺伝子、およびppp20遺伝子の8遺伝子を削除したA8株(遺伝子型:h−leu1−32 psp3−D13 isp6−D14 oma1−D10 ppp16−D20 fma2−D13 sxa2−D15 aap1−D17 ppp80−D11)を作製した。A8株は、ロイシン要求性株であった。より詳細には、Latour法は、遺伝子削除断片(Latour断片: 両末端の相同組換え領域、それで挟まれたura4マーカー遺伝子とOL(オーバーラップ配列)領域からなる)を分裂酵母ゲノム上の削除対象領域の上流または下流に一旦相同組換えで組込み、潜在株を作製した。次いで、該潜在株を5’−FOAを含む培地で培養し、組込まれたOL間で相同組換えを起こし、ura4マーカー遺伝子を含む削除標的領域が脱落した遺伝子削除株をコロニーとして形成させた。得られた遺伝子削除株は、目的の遺伝子が削除されていることをPCRにより確認した。該方法では、ura4マーカー遺伝子を含む外来遺伝子が残らないため、外来遺伝子を組込むことなく目的の遺伝子のみを削除できる上、ura4マーカー遺伝子をリサイクルしながら繰り返し遺伝子削除が行える。各遺伝子を削除するためのLatour断片をPCRにより作製する際に用いたプライマーの塩基配列を表1に示す。
【0053】
【表1】
【0054】
<A8−gas2Δ株の作製>
A8株に対して、Latour法により、Gas2遺伝子を削除したA8−gas2Δ株(遺伝子型:h−leu1−32 psp3−D13 isp6−D14 oma1−D10 ppp16−D20 fma2−D13 sxa2−D15 aap1−D17
ppp80−D11 gas2−D15)を作製した。得られた遺伝子削除株は、目的の遺伝子が削除されていることをPCRにより確認した。A8−gas2Δ株は、ロイシン要求性株であった。Gas2遺伝子を削除するためのLatour断片をPCRにより作製する際に用いたプライマーの塩基配列を表2に示す。
【0055】
【表2】
【0056】
作製されたA8株およびA8−gas2Δ株について、試験管レベル(5mLのYESに植菌し、30℃、68時間培養する条件)で生育評価(μmaxと増殖曲線の測定)を行った。この結果、両株とも、同じ栄養要求性(leu1)の野生株(ARC001)に比べて、菌体増殖の最初の立ち上がりを示す最大比増殖速度(μmax相対値)が微減(約8〜12%低下)したものの、最終到達の菌体密度(OD660)は逆に微増(約9〜17%増加)し、両株ともロイシン要求性野生株と同様に生育可能であることが確認された(図示せず。)。特に、A8株とA8−gas2Δ株は、生育および表現型に変化は観察されなかった。
【0057】
<hTF(N413Q/N611Q)遺伝子の1コピー発現株の作製>
pSL6PDI1(SP)Hsabx−hTF(N413QN611Q)を制限酵素NotIで切断して線状化したベクター断片(6993bp)を調製し、該ベクター断片を、酢酸リチウム法を用いて、ロイシン要求性S.ポンベであるA8株またはA8−gas2Δ株を宿主として形質転換を行なった。形質転換処理後の菌体を、MMAプレートに塗布し、ロイシン要求性が相補されて形成したコロニーを組換え体クローンとして取得した。その後、PCRにより目的遺伝子が正しく導入されたことが確認されたクローンをポジティブクローン(hTF(N413Q/N611Q)発現株)として選択した。A8株およびA8−gas2Δ株にpSL6PDI1(SP)Hsabx−hTF(N413QN611Q)を導入した形質転換体をそれぞれA8−hTF(1)株およびA8−gas2Δ−hTF(1)株と命名した。
【0058】
<hTF(N413Q/N611Q)の1コピー発現株の分泌発現>
A8−hTF(1)株およびA8−gas2Δ−hTF(1)株を培養し、hTF(N413Q/N611Q)を分泌発現させた。具体的には、ガラス試験管を用いて5mLのYES中で約24時間ずつ起こし培養と前培養を行なった後、ガラス試験管を用いて5mLのYPD+MES培地(YPDに0.3MのMESバッファーを含有させた液体培地)(pH6.0)中で、32℃、3日間または5日間振盪培養した。培養終了時点における菌体密度(最終到達OD660)は、30〜36であった。培養液から回収した培養液上清画分と菌体ペレットのそれぞれについて、SDS−PAGE解析を行い、hTF(N413Q/N611Q)が菌体内外に発現されたことを確認した(図示せず。)。また、A8−hTF(1)株およびA8−gas2Δ−hTF(1)株のいずれにおいても、3日間培養したものよりも5日間培養したもののほうが、菌体ペレット中のhTF(N413Q/N611Q)量が少なく、培養上清中のhTF(N413Q/N611Q)量が多かったことから、培養時間を延長することにより、hTF(N413Q/N611Q)の分泌量を増加させ、未分泌の菌体内に残留量を少なくできることがわかった。
【0059】
<hTF(N413Q/N611Q)の1コピー発現株の結果>
A8−gas2Δ−hTF(1)株を培養し、hTF(N413Q/N611Q)を分泌発現させた。具体的には、ガラス試験管を用いて5mLのYES中で約24時間ずつ起こし培養と前培養を行なった後、24穴プレートを用いて5mLのアデニン含有YPD+MES培地(pH6.0)中で、32℃、3日間、4日間、または5日間振盪培養し、市販のキット(製品名:「Human Transferrin ELISA Quantitation Set」、Bethyl Laboratories社製)を用いてELISAを行い、培養終了後の培養上清中に分泌されたhTF(N413Q/N611Q)の蛋白質量を測定した。培養時間が長くなるほど、hTF(N413Q/N611Q)の分泌量は多くなった。また、培養5日間における培養上清当たりのhTF(N413Q/N611Q)の分泌量は、A8−gas2Δ−hTF(1)株が30〜40mg/Lであった。
【0060】
<hTF(N413Q/N611Q)の1コピー発現株の高密度培養>
A8−hTF(1)株およびA8−gas2Δ−hTF(1)株を培養し、hTF(N413Q/N611Q)を高密度培養し、分泌発現させた。具体的には、5Lの培養スケールで、培養槽の通気速度、撹拌速度、流加培地の添加速度を制御しながら、培養液のpHを5.5〜6.0に調節した条件で、初発培地と流加培養を行った。液体培地としては、アデニン含有の半合成培地(数%のBacto-yeast extract、グルコース、ビタミン類、ミネラル類、無機塩類など各合成成分)を用いた。グルコース濃度を2%に低く抑えながら、増殖速度や栄養消費速にあわせて培地を継続的に添加(流加)した。最終的には、菌体密度(OD660)は200〜800程度になった。
【0061】
経時的に培養液をサンプリングし、SDS−PAGEを行った結果を図2に示す。各レーンには、培養液を5μLずつアプライした。図中、「hTF」はhTF(N413Q/N611Q)のバンドを示す。図2のCBB染色像に示す通り、培養時間48、72および96時間のいずれでも、A8−gas2Δ−hTF(1)株でgas2の発現が抑制され、A8−hTF(1)株よりもA8−gas2Δ−hTF(1)株のほうがhTF(N413Q/N611Q)の分泌量が多いことが確認された。
【0062】
また、サンプリングした培養液を用いて前記と同様にしてELISAを行い、培養上清中に分泌されたhTF(N413Q/N611Q)の蛋白質量を測定した。図3に示す通り、培養開始から48時間程度は両株の分泌量に差はないが、それ以降は、A8−hTF(1)株よりもA8−gas2Δ−hTF(1)株のほうが明らかにhTF(N413Q/N611Q)の分泌量が多かった。両株の最終到達分泌量(A8−hTF(1)株は培養開始から168時間後、A8−gas2Δ−hTF(1)株は培養開始から96時間後の分泌量)を表3に示す。A8−hTF(1)株よりもA8−gas2Δ−hTF(1)株のほうが、培養液当たりのhTF分泌量が4.8倍以上、菌体当たり(OD660当たり)のhTF分泌量が2.1倍以上であった。
【0063】
【表3】
【0064】
高密度培養後の培養液から遠心分離処理により菌体を除去し、回収した培養上清に対して、DEAEクロマトグラフィーを行い、hTFを精製した。DEAEカラムは、DEAE樹脂(DEAE Sepharose FF(Fast Flow))を充填したカラム(製品名:「XK26」、GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いた。具体的には、900mLの培養上清を、平衡化バッファー(20mM Tris−HCl、pH8.5)により平衡化したDEAEカラム(1CV=60.6mL)にアプライした後、溶出バッファーB(20mM Tris−HCl、1M NaCl、pH8.5)を0%(15CV)から100%(5CV)までのグラジエント条件でアプライして溶出させた。フラクションサイズは30.3mLとした。
【0065】
hTF(N413Q/N611Q)蛋白質が含まれているフラクション(3〜6番目のフラクション)をまとめて回収し、SDS−PAGEを行った結果を図4に示す。図4中、「Gas2削除後」がA8−gas2Δ−hTF(1)株の培養液の精製画分のCBB染色像であり、「Gas2削除前」がA8−hTF(1)株の培養液の精製画分のCBB染色像である。図4のCBB染色像に示す通り、A8−gas2Δ−hTF(1)株の培養液の精製画分では、hTF(N413Q/N611Q)蛋白質のバンドのみが検出され、1回のDEAEクロマトグラフィーのみでhTF(N413Q/N611Q)蛋白質を他の蛋白質から分離して高純度に精製可能であることが確認できた。一方で、A8−hTF(1)株の培養液の精製画分では、hTF(N413Q/N611Q)蛋白質に加えてより高分子側に複数のバンドが検出された。このうち115kDa付近のバンドは、切り出してN末端配列解析を行ったところ、Gas2であることが確認された。Gas2の分泌は、通常の菌体密度での培養では明確に確認されなかったことから、高密度培養特有の現象と考えられた。A8−hTF(1)株では、hTF(N413Q/N611Q)に加えてGas2の分泌生産量も増大することから、A8−gas2Δ−hTF(1)株よりもhTF(N413Q/N611Q)の分泌生産量が低く抑えられてしまっていることが示唆された。
なお、2016年01月12日に出願された日本特許出願2016−003606号の明細書、特許請求の範囲、要約書および図面の全内容をここに引用し、本発明の明細書の開示として、取り入れるものである。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
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