【文献】
2013年度 実施状況報告書 mRNA輸送障害に基づくTDP-43関連疾患発症機序の解明, [online], (2015.05.28), KAKEN, [2020.02.19検索], インターネット, <https://kaken.nii.ac.jp/report/KAKENHI-PROJECT-25461302/254613022013hokoku/>
【文献】
J. Neurochem., (2013), 126, [2], p.288-300
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記TAR DNA結合タンパク質-43プロテイノパチーが神経突起伸長障害を伴う疾患である、請求項1〜4のいずれか一項に記載のTAR DNA結合タンパク質-43プロテイノパチー治療用組成物。
前記TAR DNA結合タンパク質-43プロテイノパチーが筋萎縮性側索硬化症又は前頭側頭葉変性症である、請求項5に記載のTAR DNA結合タンパク質-43プロテイノパチー治療用組成物。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.概要
本発明は、TDP-43プロテイノパチー治療用組成物(本明細書では、しばしば単に「組成物」と略称する)に関する。本発明の組成物は、リボソームタンパク質を有効成分とする。本発明の組成物によれば、従来対処療法しか知られていなかったALSやFTLD等のTDP-43プロテイノパチーを治療することができる。
【0018】
2.定義
本明細書において頻用する用語について、以下で定義する。
「TAR DNA結合タンパク質-43(TDP-43:TAR DNA-binding Protein 43kDa)」とは、ヘテロ核内リボ核酸タンパク質(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein:hnRNP)の一種である。分子内にRNA結合配列であるRRM(RNA Recognition Motif)ドメインを2つ有する。
【0019】
本明細書においてTDP-43は、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるヒト野生型TDP-43の他、配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1個又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、及び/又は置換したアミノ酸配列からなるヒト変異型TDP-43、及び配列番号1で示されるアミノ酸配列、好ましくは2つのRRM以外のアミノ酸配列と85%以上、90%以上、95%以上、97%以上、又は98%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつヒト野生型TDP-43と同等の機能を有するヒト変異型TDP-43又は他種TDP-43オルソログを包含する。
【0020】
本明細書において「複数個」とは、2〜10の整数、例えば、2〜7、2〜5、2〜4、2〜3の整数をいう。
【0021】
本明細書において「アミノ酸同一性」とは、2つのアミノ酸配列間において、必要に応じて一方又は双方にギャップを導入しながら両配列をアミノ酸の一致数が最大となるようにアラインメントしたときに、一方のアミノ酸配列のアラインメント対象領域における全アミノ酸数に対する他方のアミノ酸配列の前記一致したアミノ酸数の割合(%)をいう。
【0022】
「TDP-43プロテイノパチー(TDP-43 proteinopathy)」とは、TDP-43遺伝子、その遺伝子発現量、TDP-43 mRNA又はタンパク質の細胞内存在量、又はそれらの局在性の異常を伴う疾患の総称をいう。健常体の細胞内においてTDP-43は、通常、1細胞あたりの遺伝子発現量、TDP-43 mRNA又はタンパク質存在量及びそれらの局在場所が厳格に制御されている(Ayala, Y.M., et al., 2011, EMBO J. 30(2):277-288.)。したがって、それらが通常範囲を逸脱した場合、その個体は何らかの変調をきたし得る。ただし、本明細書におけるTDP-43プロテイノパチーは、TDP-43における前記異常と疾患の関連性が未解明であってもよく、さらにTDP-43における前記異常が、疾患の原因となっているか否かは問わない。
【0023】
TDP-43プロテイノパチーには神経変性疾患が挙げられる。例えば、ALS、FTLD(特にFTLD-U)、アルツハイマー病(AD:Alzheimer disease)、又はパーキンソン病(PD:Parkinson disease)が挙げられる。特に神経突起伸長障害及び神経変性を伴うTDP-43プロテイノパチーは本発明の組成物の対象疾患として好適である。例えばALS及びFTLDが挙げられる。
【0024】
本明細書において「治療」とは、疾患の治癒、それに伴う症状の緩和又は除去、及び/又は進行の阻止又は抑制をいう。
【0025】
3.構成
3−1.構成成分
(1)有効成分
本発明の組成物は、一以上のリボソームタンパク質若しくはその活性断片又はそれらをコードする核酸を必須の有効成分として包含する。それぞれの有効成分について以下で具体的に説明をする。
【0026】
(リボソームタンパク質及びその活性断片)
「リボソーム」は、ヒトの場合、4種のリボソームRNA(rRNA)及び80種のリボソームタンパク質で構成され、大サブユニット(large subunit)及び小サブユニット(small subunit)の2つのサブユニットからなる二量体複合体である。細胞質内に存在し、mRNAの遺伝情報に基づいた翻訳反応が行われるタンパク質合成の場として機能する。神経細胞においては、神経突起内にも存在し、輸送されてきたmRNAを神経突起内で翻訳し、目的のタンパク質をその場で供給する上で寄与している。
【0027】
「リボソームタンパク質」は、前述のリボソームを構成するタンパク質である。ヒトにおいては、大サブユニット及び小サブユニットのそれぞれを構成するリボソームタンパク質が計80種知られているが、本発明の組成物の有効成分となり得るリボソームタンパク質は、そのいずれであってもよい。例えば、表1において配列番号3〜48で示すいずれかのアミノ酸配列からなるリボソームタンパク質が挙げられる。
【0029】
表1において、No.1〜27は大サブユニットを構成するリボソームタンパク質であり、またNo.28〜46は小サブユニットを構成するリボソームタンパク質である。
【0030】
リボソームタンパク質は、その固有の機能を保持する限り、表1において配列番号3〜48で示すアミノ酸配列に、1又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換したアミノ酸配列、又は前述のアミノ酸配列に対して80%以上又は85%以上、好ましくは90%以上、95%以上、より好ましくは96%以上、97%以上、98%以上又は99%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなる変異リボソームタンパク質であってもよい。
【0031】
「(その)活性断片」とは、リボソームタンパク質の一部からなる機能断片で、各リボソームタンパク質に特有の機能を保持し、それ単体で全長リボソームタンパク質と同等以上の活性を示すタンパク質断片をいう。活性断片は、それぞれのリボソームタンパク質の活性を保持する限り、そのアミノ酸長は問わない。
【0032】
本明細書においては、リボソームタンパク質及びその活性断片をまとめてしばしば「リボソームタンパク質等」と表記する。
【0033】
(それらをコードする核酸)
「それらをコードする核酸」とは、前記リボソームタンパク質又はその活性断片をコードする核酸をいう。本明細書では、しばしば「リボソームタンパク質遺伝子等」と表記する。
【0034】
本明細書において「リボソームタンパク質をコードする核酸」とは、すなわちリボソームタンパク質遺伝子、又はその転写産物であるリボソームタンパク質mRNA及びそれを鋳型として作製されたcDNAをいう。リボソームタンパク質mRNAは、mRNA前駆体(pre-mRNA)及び成熟mRNAのいずれも包含するが、実質的には成熟mRNAを意味する。
【0035】
リボソームタンパク質遺伝子(リボソームタンパク質cDNA)の具体例として、表1において配列番号49〜94で示すいずれかの塩基配列からなる遺伝子が挙げられる。また、リボソームタンパク質mRNAには、配列番号49〜94で示すいずれかの塩基配列において、t(チミン)をu(ウラシル)に置換した塩基配列からなるmRNAが挙げられる。
【0036】
本明細書において「リボソームタンパク質の活性断片をコードする核酸」とは、前述の活性断片をコードする核酸である。DNA又はRNAは問わない。
【0037】
本発明の組成物においてリボソームタンパク質遺伝子等において、DNAで構成される核酸は、遺伝子発現ベクターに含まれていることが好ましい。
【0038】
「遺伝子発現ベクター」とは、遺伝子や遺伝子断片を発現可能な状態で含み、その遺伝子等の発現を制御できる発現単位をいう。本明細書において「発現可能な状態」とは、プロモーターの制御下である下流域にリボソームタンパク質遺伝子等を配置していることをいう。したがって、プロモーターが活性することでリボソームタンパク質遺伝子等の発現が誘導される。遺伝子発現ベクターは、被験者の体内で複製かつ発現が可能な様々な発現ベクターを利用することができる。例えば、ウイルスベクターが挙げられる。ウイルスベクターには、レトロウイルス(レンチウイルスを含む)、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス等に由来する種々のベクターが含まれる。
【0039】
本発明の組成物において有効成分は、複数種又は複数形態で含まれていてもよい。例えば、表1に記載のリボソームタンパク質において、大サブユニット構成タンパク質であるRpl26と小サブユニット構成タンパク質であるRps7を組み合わせた場合や、リボソームタンパク質であるRpl26とRpl26遺伝子を含む遺伝子発現ベクターを組み合わせた場合等が挙げられる。
【0040】
組成物に含まれる有効成分の含有量は、有効成分の種類や形態(ペプチド、DNA又はmRNA)、組成物の剤形、並びに後述する溶媒や担体の種類によって異なる。したがって、それぞれの条件を勘案して適宜定めればよい。通常は、単回適用量の組成物に有効量の有効成分が含有されるように調整されている。しかし、有効成分の薬理効果を得る上で、被験者に組成物を大量に投与する必要がある場合、被験者の負担軽減のために数回に分割して投与することもできる。この場合、有効成分の量は、総合量で有効量を含んでいればよい。
【0041】
本明細書において「有効量」とは、有効成分としての機能を発揮する上で必要な量であって、かつそれを適用する被験者に対して有害な副作用をほとんど又は全く付与しない量をいう。この有効量は、被験者の情報、適用経路、及び適用回数等の様々な条件によって変わり得る。本発明の組成物を医薬組成物として使用する場合、有効成分の含有量は、最終的には、医師又は薬剤師等の判断によって決定される。
【0042】
本明細書において「被験者」とは、ヒト個体であって、本発明の組成物の適用対象者をいう。好ましくはTDP-43プロテイノパチー罹患患者、例えば、ALS及び/又はFTLD罹患患者である。
【0043】
本明細書において、「被験者の情報」とは、被験者の特徴や状態に関する様々な情報である。例えば、年齢、体重、性別、全身の健康状態、疾患の有無、疾患の進行度や重症度、薬剤感受性、併用薬物の有無及び治療に対する耐性等が挙げられる。
【0044】
(2)溶媒
本発明の組成物は、必要に応じて薬学的に許容可能な溶媒中に溶解することができる。「薬学的に許容可能な溶媒」とは、製剤技術分野において通常使用する溶媒をいう。例えば、水若しくは水溶液、又は有機溶剤が挙げられる。水溶液には、例えば、生理食塩水、ブドウ糖又はその他の補助剤を含む等張液、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液が挙げられる。補助剤には、例えば、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム、その他にも低濃度の非イオン性界面活性剤、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等が挙げられる。有機溶剤には、エタノールが挙げられる。
【0045】
(3)担体
本発明の組成物は、必要に応じて薬学的に許容可能な担体を含むことができる。「薬学的に許容可能な担体」とは、製剤技術分野において通常使用する添加剤をいう。例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、充填剤、乳化剤、流動添加調節剤、滑沢剤、ヒト血清アルブミン等が挙げられる。
【0046】
賦形剤には、例えば、単糖、二糖類、シクロデキストリン及び多糖類のような糖、金属塩、クエン酸、酒石酸、グリシン、ポリエチレングリコール、プルロニック、カオリン、ケイ酸、又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0047】
結合剤には、例えば、植物デンプンを用いたデンプン糊、ペクチン、キサンタンガム、単シロップ、グルコース液、ゼラチン、トラガカント、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、セラック、パラフィン、ポリビニルピロリドン又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0048】
崩壊剤としては、例えば、前記デンプンや、乳糖、カルボキシメチルデンプン、架橋ポリビニルピロリドン、アガー、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、アルギン酸若しくはアルギン酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド又はそれらの塩が挙げられる。
【0049】
充填剤としては、ワセリン、前記糖及び/又はリン酸カルシウムが例として挙げられる。
【0050】
乳化剤としては、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルが例として挙げられる。
【0051】
流動添加調節剤及び滑沢剤としては、ケイ酸塩、タルク、ステアリン酸塩又はポリエチレングリコールが例として挙げられる。
【0052】
上記の他にも、必要であれば医薬組成物等において通常用いられる可溶化剤、懸濁剤、希釈剤、分散剤、界面活性剤、無痛化剤、安定剤、吸収促進剤、増量剤、付湿剤、保湿剤、湿潤剤、吸着剤、矯味矯臭剤、崩壊抑制剤、コーティング剤、着色剤、保存剤、防腐剤、抗酸化剤、香料、風味剤、甘味剤、緩衝剤、等張化剤等を適宜含むこともできる。
【0053】
担体は、被験者体内で酵素等による前記有効成分の分解を回避又は抑制する他、製剤化や投与方法を容易にし、剤形及び薬効を維持するために用いられるものであり、必要に応じて適宜使用すればよい。
【0054】
3−2.剤形
本発明の組成物の剤形は、特に限定しない。被験者の体内で有効成分を失活させることなく目的の部位にまで送達できる形態であればよい。
【0055】
具体的な剤形は、後述する適用方法によって異なる。適用方法は、非経口投与と経口投与に大別することができるので、それぞれの投与法に適した剤形にすればよい。
【0056】
例えば、投与方法が非経口投与であれば、好ましい剤形は、対象部位への直接投与又は循環系を介した全身投与が可能な液剤である。液剤の例としては、注射剤が挙げられる。注射剤は、前記賦形剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、pH調節剤等と適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0057】
投与方法が経口投与であれば、好ましい剤形は、固形剤(錠剤、カプセル剤、ドロップ剤、トローチ剤を含む)、顆粒剤、粉剤、散剤、液剤(内用水剤、乳剤、シロップ剤を含む)が挙げられる。固形剤であれば、必要に応じて、当該技術分野で公知の剤皮を施した剤形、例えば、糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶錠、フィルムコーティング錠、二重錠、多層錠にすることができる。
【0058】
なお、上記各剤形の具体的な形状、大きさについては、いずれもそれぞれの剤形において当該分野で公知の剤形の範囲内にあればよく、特に限定はしない。本発明の組成物の製造方法については、当該技術分野の常法に従って製剤化すればよい。
【0059】
3−3.適用方法
本発明の組成物の適用経路は、経口投与でも、非経口投与でもよい。経口投与法は、一般に全身投与であるが、非経口投与法は、さらに局所投与と全身投与に細分できる。局所投与には、例えば、筋肉内投与、皮下投与、組織投与、及び器官投与が該当し、全身投与には、例えば、静脈内投与(静注)及び動脈内投与が該当する。本発明の組成物を局所投与する場合には、注射等で中枢神経系、例えば、大脳(例えば、患部である前頭葉や側頭葉)、脳幹、脊髄に直接投与すればよい。また、全身投与する場合には、静注すればよい。投与量は、有効成分が奏効する上で有効な量であればよい。有効量は、前述のように被験者情報に応じて適宜選択されるが、適用対象が標準的な大人のヒト個体であれば、通常1回投与量当りの有効量は、50〜500 mg/m
2となる。
【実施例】
【0060】
<実施例1:TDP-43による神経突起内輸送標的mRNAの同定>
(目的)
TDP-43によって神経突起内に輸送される標的mRNAを単離し、同定した。
(方法)
(1)TDP-43 shRNA発現レンチウイルスベクターの構築
TDP-43 shRNA1をコードする配列番号98で示す塩基配列からなるDNA、TDP-43 shRNA2をコードする配列番号99で示す塩基配列からなるDNA、及び対照用shRNAをコードする配列番号100で示す塩基配列からなるDNAを、U6 snRNA遺伝子のプロモーター下に連結し、それぞれをレンチウイルス用発現プラスミドpLKO.1-puro(シグマアルドリッチ社)内に挿入して、2種類のTDP-43 shRNA発現レンチウイルスベクター(pTDP-43 shRNA1及びpTDP-43 shRNA2)、及び対照用shRNA発現レンチウイルスベクター(Cont shRNA)を構築した。
【0061】
(2)神経細胞の培養
神経突起単離用の神経細胞には、マウスの大脳皮質神経を用いた。胎生15日目のマウス胎児より大脳皮質神経細胞を採取し、DMEM+10% FBS+Penicillin/Streptomycin培地(「培地A」とする)(和光純薬工業)中に浸漬した後述のインサートチャンバー培養装置における多孔性メンブレンの上部に播種した後、5% CO
2存在下において37℃にて一晩培養した(1日目)。
【0062】
培養2日目以降はNeuro Medium+2% NeuroBrew21+Penicillin/Streptomycin+1mM sodium pyruvate+27.5μM 2-mercaptoethanol(「培地B」とする)(ミルテニーバイオテク社)で、5% CO
2存在下において37℃にて1週間培養した。
【0063】
(3)TDP-43 shRNA発現レンチウイルスベクターの神経細胞内導入
TDP-43の発現が抑制された神経細胞は、構築したTDP-43 shRNA発現レンチウイルスベクターを神経細胞内に導入して作製した。
【0064】
まず、30μgのpTDP-43 shRNA1、pTDP-43 shRNA2又はCont shRNA、22.5μgのパッケージングプラスミドdelta8.9(Addgene社)、及び7.5μgのエンベローププラスミドVSV-G(Addgene社)を混合して、これを「発現ベクター混合液」とした。293FT細胞を播種した15cmディッシュの培地Aに前述の発現ベクター混合液を加えて、リン酸カルシウム法を用いて細胞内に導入した。5% CO
2存在下において37℃にて一晩培養した後、培地Aを交換し、その24時間後と48時間後の両時間において培地を回収した。両培地を混合したものを「ウイルス液」として調製した。
【0065】
続いて、上記「(2)神経細胞の培養」における培養開始翌日(上記2日目)の培地交換前に、上記ウイルス液を培地Aに加えて、5% CO
2存在下において37℃で6時間培養してレンチウイルスを感染させた。ここで、pTDP-43 shRNA1とpTDP-43 shRNA2を感染させた細胞をそれぞれ「TDP-sh1」及び「TDP-sh2」とした。またCont shRNAを感染させた細胞は「Cont-sh」とした。その後、培地を培地Bに交換して、5% CO
2存在下で37℃にて、さらに1週間培養を続けた後、神経突起分画を採取した。
【0066】
(4)神経突起の採取
神経細胞から神経突起と単離するために、
図1で示すインサートチャンバー培養装置を用いた。この培養装置は、底面に1μm径の多孔性メンブレン(
図1−003)を張ったインサートチャンバー(
図1−001)を3mLの培地A(
図1−004)を入れた6ウェルプレート(
図1−002)内に挿入した構成を有する。
【0067】
上記「(2)神経細胞の培養」及び「(3)TDP-43 shRNA発現レンチウイルスベクターの神経細胞内導入」に記載のようにTDP-sh1、TDP-sh2、及びCont-shを1週間培養後、それぞれのインサートチャンバーの多孔性メンブレン下面より突出した神経突起(
図1−006)を各神経突起分画として回収した。
【0068】
(mRNAの抽出及びマイクロアレイ解析)
回収したTDP-sh1及びTDP-sh2、並びにCont-shの各神経突起分画よりTRIZOL(Thermo Fisher Scientific社)を用いてtotal RNAを抽出した。3D-Gene(登録商標)(東レ社)によるマイクロアレイ解析によりCont-shと比較したときにTDP-sh1及びTDP-sh2の両者において有意に減少しているmRNAを標的mRNA候補として同定した。
【0069】
(結果)
TDP-sh1及びTDP-sh2の両者で減少するmRNAが、約1000遺伝子単離された。gene ontology解析によりCont-shに対して有意に減少した遺伝子として、表1に挙げる細胞質型リボソームタンパク質が単離された。なお、表1に示すリボソームタンパク質のアミノ酸配列及びその遺伝子の塩基配列は、ヒトオルソログの配列である。
【0070】
<実施例2:輸送標的遺伝子候補の過剰発現による神経突起伸長障害の救済効果>
(目的)
TDP-43 shRNAによりTDP-43の発現が抑制された大脳皮質神経細胞(TDP-sh細胞)では、神経突起の伸長障害がみられる(
図2−1A)。そこで、TDP-sh細胞において、リボソームタンパク質遺伝子を過剰発現させたときの救済効果について検証した。
(方法)
0.5mLの培地Aを入れた24ウェルプレートにマウス胎児大脳皮質神経細胞を播種し、5% CO
2存在下で37℃にて一晩培養した。培養後、実施例1で構築したpTDP-43 shRNA1、実施例1で単離された各標的mRNA候補のマウスリボソームタンパク質遺伝子発現するレンチウイルスベクター(CSII-CMV-Rp-IRES2-Venus)を2種同時に6時間感染させた後、培地を培地Bに交換し、5% CO
2存在下で37℃にて6日間培養した。なお、レンチウイルスベクターCSII-CMV-Rp-IRES2-Venusは、CMVプロモーター下に連結した標的mRNA候補のマウスリボソームタンパク質遺伝子とIRES配列下に蛍光タンパク質Venusの遺伝子を連結した構成を有し、標的マウスリボソームタンパク質とVenusタンパク質を同時に発現することができる。標的mRNA候補のマウスリボソームタンパク質遺伝子は、大サブユニットから任意に選択したmRpl26遺伝子(配列番号95)、及び小サブユニットから任意に選択したmRps7遺伝子(配列番号96)を用いた。培養後に蛍光顕微鏡で神経突起を観察した。
【0071】
また、上記マウス胎児大脳皮質神経細胞の培養開始から3日後にpTDP-43 shRNA1、及びCMVプロモーター下にmRpl26遺伝子、mRpl41遺伝子(配列番号97)、mRps7遺伝子、又はヒトTDP-43遺伝子(配列番号2)をそれぞれ発現するプラスミド(pcDNA3.1-CMV-mRpl26、pcDNA3.1-CMV-mRpl41、pcDNA3.1-CMV-mRps7、及びpcDNA3.1-CMV-hTDP-43)、及びCAGプロモーター下にEGFPを発現するプラスミド(pCAG2-EGFP)の3種発現ベクターをリポフェクタミン(登録商標)2000(Thermo Fisher Scientific社)により同時に導入した後、5% CO
2存在下で37℃にて2日間培養した。対照用として、Cont shRNA、挿入配列を含まないpcDNA3.1及びpCAG2-EGFP、及びpTDP-43 shRNA1、pcDNA3.1及びpCAG2-EGFPの3種発現ベクターを上記と同様に同時導入して、2日間培養した。
培養後に各神経細胞において最も長い神経突起の長さを定量した。
【0072】
(結果)
神経突起の伸長を示す蛍光図を
図2−1に、また神経突起の長さの定量図を
図2−2に示す。
【0073】
図2−1Aで示すようにTDP-sh細胞では大脳皮質神経細胞内のTDP-43の発現をTDP-43 shRNAにより抑制した結果、神経突起の伸長が著しく阻害された。しかし、B及びCで示すように、TDP-43 shRNAの存在下であっても実施例1で単離されたTDP-43の神経突起輸送標的mRNA候補であるRpl26遺伝子、又はRps7遺伝子を過剰発現させた場合には、神経突起の伸長が有意に改善することが示された。
【0074】
また、
図2−2で示すように、リポフェクタミン(登録商標)2000(Thermo Fisher Scientific社)を用いた場合もRpl26遺伝子、Rpl41遺伝子及びRps7遺伝子の過剰発現により、神経突起の伸長がいずれも対照用shRNA処理の神経細胞(Cont-sh)と同程度まで改善した。またTDP-43 shRNAによる神経突起の伸長障害も、TDP-43遺伝子やLa遺伝子の過剰発現によって有意に救済されることが明らかとなった。
【0075】
以上の結果は、TDP-43の輸送標的遺伝子がリボソームタンパク質遺伝子であること、そして大サブユニット又は小サブユニットにかかわらず、リボソームタンパク質であれば1遺伝子であっても、その過剰発現によりTDP-43の発現低下によって生じる神経突起の伸長障害を救済できることが明らかとなった。
【0076】
<実施例3:リボソームタンパク質遺伝子の過剰発現によるTDP-43変異型ショウジョウバエの複眼変性の救済効果>
(目的)
リボソームタンパク質遺伝子の過剰発現が、TDP-43の機能障害による神経突起伸長障害以外の表現型異常を改善できるか否かを検証した。
(方法)
TDP-43の機能障害モデル生物として、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)のGLA4-UAS系(Brand A. H. & Perrimon N., 1993, Development, 118: 401)によるTDP-43過剰発現株を用いた。UAS-TDP-43株は、GatewayデスティネーションベクターであるpUAST-DESTに挿入された全長ヒトTDP-43 cDNAをハエembryoにインジェクションすることにより得た(BestGene Inc.により作成した)。
【0077】
TDP-43は、細胞内の発現量、存在量、局在性が厳密に制御されている。それ故に発現抑制や過剰発現のように通常範囲を逸脱した場合には、個体に何らかの変化が現れ得る。キイロショウジョウバエにおいてもTDP-43遺伝子の過剰発現個体や発現抑制個体では、複眼を構成する一部の個眼が壊死して黒い斑点状となるnecrotic patch(壊死斑点)が現れる複眼変性が認められる。そこで、キイロショウジョウバエのTDP-43過剰発現個体でリボソームタンパク質遺伝子を過剰発現させたときのnecrotic patchの出現率を検証した。
【0078】
まず、キイロショウジョウバエのリボソームタンパク質遺伝子であるdRpl26遺伝子とdRpl41遺伝子について、前述のUAS-hTDP-43株と同様にしてUAS系株(UAS-dRpl26株及びUAS-Rpl41株)を作製した。
【0079】
続いて、gmr-GAL4ドライバー株(gmr-GAL4/+)とUAS-hTDP-43株(UAS-hTDP-43/+)を交配し、TDP-43過剰発現株を作出した。さらに得られたTDP-43過剰発現株にUAS-dRpl26株(UAS-dRpl26/+)、UAS-dRpl41株(UAS-dRpl41/+)、又はUAS-EGFP株(UAS-EGFP/+)を交配させることにより、複眼でhTDP-43遺伝子とdRpl26遺伝子、hTDP-43遺伝子とdRpl41遺伝子、又は対照用のhTDP-43遺伝子とEGFP遺伝子を過剰発現するキイロショウジョウバエ(それぞれhTDP-43/dRpl26 o/e株、hTDP-43/dRpl41 o/e株、及びhTDP-43/EGFP o/e株とする)を作出した。飼育及び交配は25℃で行い、複眼変性の程度は羽化後1日の時点で光学実体顕微鏡を用いて観察した。
【0080】
(結果)
図3−1にキイロショウジョウバエ成虫のTDP-43過剰発現株において、さらにリボソームタンパク質を過剰発現させた時の各遺伝子型の代表的な2個体の複眼を示した図を示す。対照用のhTDP-43/EGFP o/e株(A及びB)で出現していたnecrotic patchは、hTDP-43/dRpl26 o/e株(C及びD)及びhTDP-43/dRpl41 o/e株(E及びF)では顕著に改善された。
【0081】
図3−2では、各遺伝子型10〜15個体の複眼におけるnecrotic patchを有する個体の比率を示している。necrotic patchの有無は、
図3−1Bの矢印で示された4つのnecrotic patchのうち星印の付いた最も小さいものを基準として、これよりも大きいものが1つ以上認められた場合には「necrotic patchアリ」と判定した。対照用のhTDP-43/EGFP o/e株(A及びB)に対して、Rpl26遺伝子又はRpl41遺伝子を過剰発現させたhTDP-43/dRpl26 o/e株(C及びD)及びhTDP-43/dRpl41 o/e株(E及びF)では、necrotic patchの出現比率が低下し、複眼変性が軽減された。
【0082】
以上の結果は、TDP-43の機能障害によって現れる表現型の異常は、神経突起の伸長障害だけでなく、他の表現型であってもリボソームタンパク質遺伝子の過剰発現により救済できることを示している。これは、リボソームタンパク質やそれをコードする遺伝子がTDP-43プロテイノパチー治療用組成物の有効成分となり得ることを示唆している。