特許第6805934号(P6805934)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6805934環境水中のリン吸着剤及びその製造方法、リン吸着剤の品質管理方法、並びにリン吸着剤を用いた環境水中のリンの除去方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6805934
(24)【登録日】2020年12月8日
(45)【発行日】2020年12月23日
(54)【発明の名称】環境水中のリン吸着剤及びその製造方法、リン吸着剤の品質管理方法、並びにリン吸着剤を用いた環境水中のリンの除去方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 20/04 20060101AFI20201214BHJP
   B01J 20/30 20060101ALI20201214BHJP
   C02F 1/28 20060101ALI20201214BHJP
【FI】
   B01J20/04 B
   B01J20/30
   B01J20/04 C
   C02F1/28 P
【請求項の数】8
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-69993(P2017-69993)
(22)【出願日】2017年3月31日
(65)【公開番号】特開2018-171554(P2018-171554A)
(43)【公開日】2018年11月8日
【審査請求日】2019年8月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183266
【氏名又は名称】住友大阪セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100116687
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 爾
(74)【代理人】
【識別番号】100098383
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 純子
(74)【代理人】
【識別番号】100155860
【弁理士】
【氏名又は名称】藤松 正雄
(72)【発明者】
【氏名】板谷 裕輝
(72)【発明者】
【氏名】國西 健史
(72)【発明者】
【氏名】林 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】下川 吉信
【審査官】 瀧 恭子
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭63−036886(JP,A)
【文献】 特開2009−274040(JP,A)
【文献】 特開2011−026141(JP,A)
【文献】 特開2016−193802(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 20/00−20/34
C02F 1/28
C01F 1/00−17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
CaOを含む焼成炭酸塩化合物であって、粉末X線回折によるリートベルト法を用いて解析したCaOの含有量が、3.7≦x≦13.5(質量%)であり、MgOの含有量が15.2≦MgO≦16.8(質量%)であることを特徴とする、リン吸着剤。
【請求項2】
請求項1記載のリン吸着剤において、更に第一鉄化合物を含有することを特徴とする、リン吸着剤。
【請求項3】
請求項1又は2記載のリン吸着剤において、前記CaOを含む焼成炭酸塩化合物は、焼成ドロマイトであることを特徴とする、リン吸着剤。
【請求項4】
請求項1乃至3いずれかの項記載のリン吸着剤において、更に重金属、半金属及びハロゲンを吸着することを特徴とする、リン吸着剤。
【請求項5】
Caを含む炭酸塩化合物を焼成するにあたり、粉末X線回折によるリートベルト法を用いて解析した、焼成後の焼成炭酸塩化合物中のCaO相の含有量が、3.7≦x≦13.5(質量%)となり、MgOの含有量が15.2≦MgO≦16.8(質量%)となるように焼成することを特徴とする、リン吸着剤の製造方法。
【請求項6】
請求項5記載のリン吸着剤の製造方法において、記CaOを含む焼成炭酸塩化合物に、更に第一鉄化合物を配合することを特徴とする、リン吸着剤の製造方法。
【請求項7】
粉末X線回折によるリートベルト法を用いて解析した、焼成後の焼成炭酸塩化合物中のCaO相の含有量が3.7≦x≦13.5(質量%)となり、MgOの含有量が15.2≦MgO≦16.8(質量%)となるように管理することを特徴とする、リン吸着剤の品質管理方法。
【請求項8】
請求項1乃至4いずれかの項記載のリン吸着剤を、リンを含む環境水と接触させることを特徴とする、環境水中のリンの除去方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境水中のリン吸着剤及びその製造方法、リン吸着剤の品質管理方法、並びにリン吸着剤を用いた環境水中のリンの除去方法に関し、特に、河川や湖沼などの環境水中のリンに加えて、重金属等に対する吸着能にも優れる、環境水中のリン吸着剤及びその製造方法、リン吸着剤の品質管理方法、並びにリン吸着剤を用いた環境水中のリンの除去方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
湖沼における代表的な水質汚濁の問題である「富栄養化」は、窒素やリンなどの栄養塩類が必要以上に蓄積され、濃度が高くなった状態のことを表すものである。
富栄養化が進行すると、窒素やリン等を栄養分とする植物プランクトン等が異常増殖し、アオコの大量発生や魚介類の大量斃死を引き起こすだけでなく、上水道や農工業用水、水産資源への影響など、水利用の観点からも大きな影響を及ぼすおそれがあり、湖沼水中のリンや窒素を適切な濃度に制御する必要がある。
【0003】
湖沼等の水質浄化技術は、従来より多くの方法が開発され、実用化されている。
これらの方法は、例えば国土交通省の「湖沼における水理・水質管理の技術」に掲載されている、下記表1に示すように、流入河川対策、湖内対策、流域対策に分類することが可能である。
【0004】
【表1】
【0005】
例えば、河川の流域で発生した汚濁負荷は、河川を経て湖沼に流入し、湖沼の水質に影響を及ぼしている。したがって、河川内で汚濁負荷を除去できれば、湖沼水質の保全・改善に効果があると考えられ、具体的な河川水の水質浄化手法としては、吸着法、植生浄化法等、様々なメカニズムによる手法が採用されている。
【0006】
しかし、流入河川対策(直接浄化)である直接浄化法全般の弱点として、浄化装置の運転や汚泥処理ろ材の交換等のランニングコストがかかることが問題となっている。
また直接浄化法には、吸着法、土壌処理法、植生浄化法等があり、吸着法には、微生物を礫などの支持担体に付着させて微生物と有機物とを接触させて有機物を酸化処理する接触酸化法があるが、このような生物処理方法では、窒素やリンの除去率が低く、更に処理の安定性も良好ではない等の問題がある。
植生浄化法及び土壌浄化法では、処理のために広い処理面積が必要となる等の問題点を有している。
【0007】
リンに特化した処理方法としては、その基盤となるメカニズムの相違により、生物学的処理と物理化学的処理とに大別することができる。
生物学的処理法は、コストの面、BOD・窒素・リンの同時除去が可能であること等から有望な処理方法ではあるが、処理の安定性に欠けている問題があり、今後の技術開発が期待されている。
【0008】
従って、現状では、排水からのリンの除去は、物理化学的処理が利用されている。
かかる物理化学的処理には、凝集沈殿法、加圧浮上法、凝集剤添加活性汚泥法、晶析(接触)脱リン法、吸着法、鉄接触材リン除去法等があり、一般的には凝集沈殿法が利用されている。これらの物理化学的処理は、そのほとんどが凝集剤もしくは吸着剤として、カルシウム塩、マグネシウム塩、鉄塩を用いている処理方法である。
しかし、コストの面、維持管理の面等から、現状の物理化学的リン除去方法にも問題があり、今後の技術開発が期待されている。
【0009】
カルシウムなどの各種金属塩を用いている、上記凝集沈殿法は、現在、一般的に多く用いられているものであり、リン除去性能が高く且つ信頼性も高い一方、汚泥発生量が多く、汚泥の濃縮性・脱水性が悪く、更にランニングコストが高い等の欠点を有している。
【0010】
上記問題を解決するために、粉末状の凝集剤や吸着剤を対象とする系に直接添加して処理する手法ではなく、カラムでの利用が考えられ、カラムを再利用した技術として、例えば、特開2008−6404号公報(特許文献1)には、リン含有排水中のリン成分の除去を、特定の複合金属水酸化物をリン成分の吸着剤として用いて行うリン含有排水の処理に際し、リン成分を吸着させた後の該複合金属水酸化物からリン成分を脱着する工程および、該複合金属水酸化物のリン成分吸着能を再生させる工程において、各工程後に、複合金属水酸化物に対して、洗浄後の水のpHが11以下になるまで水洗処理を行うことが開示されている。
しかし、上記技術はコストの観点から環境水への適用は好適でない。
【0011】
更に、河川や湖沼などの環境水には、リンの他に、重金属や、ヒ素、セレン、ホウ素等の半金属及びフッ素等のハロゲンも含まれていることがあるため、吸着剤は、これらの重金属等に対する吸着能も併せ持っていることが望ましい。
なお、ここでは、重金属に加え、ヒ素、セレン、ホウ素等の半金属及びフッ素等のハロゲンを総称して、「重金属等」と称する。
また、上記凝集沈殿法、晶析(接触)脱リン法、吸着法には、カルシウム塩として生石灰が広く用いられているが、生石灰は一定程度の溶解度を有するため、吸着剤が溶液中に溶解してしまい、繰り返しの利用には向かず、さらに、生石灰は、鉛やカドミウム等の重金属の不溶化には吸着性能を発揮するが、ヒ素、セレン等の半金属に対する吸着能は低いことが、「北海道立衛生研究所報 Rep. Hokkaido Inst. Pub. Health, 62, 35-41(2012)」(非特許文献1)及び「新潟県保健環境科学研究所年報 第25 巻 93-95(2010)」(非特許文献2)に開示されている。
【0012】
従って、上記現状に鑑み、カラムでの使用及び再利用が可能であり、且つリンのみならず重金属等に対しても吸着能を有する安価なリン吸着剤が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2008−6404号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】北海道立衛生研究所報 Rep. Hokkaido Inst. Pub. Health, 62, 35-41(2012)
【非特許文献2】新潟県保健環境科学研究所年報 第25 巻 93-95(2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の目的は、上記課題を解決し、環境水中のリンを有効に吸着することができるとともに、カラムでの利用が可能で、且つ、重金属等にも吸着能を有する、環境水中のリン吸着剤及びその製造方法、リン吸着剤の品質管理方法、並びにリン吸着剤を用いた環境水中のリンの除去方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、CaOを含む焼成炭酸塩化合物中のCaO含有量が、環境水中のリンの吸着除去率及びリンを吸着した後の吸着剤残存率と密接な関係にあることを見出し、本発明に到ったものである。
【0017】
(1)本発明のリン吸着剤は、CaOを含む焼成炭酸塩化合物であって、粉末X線回折によるリートベルト法を用いて解析したCaOの含有量が、3.7≦x≦13.5(質量%)であり、MgOの含有量が15.2≦MgO≦16.8(質量%)であることを特徴とする、リン吸着剤である。
(2)上記(1)のリン吸着剤において、更に第一鉄化合物を含有することを特徴とする。
(3)上記(1)又は(2)のリン吸着剤において、前記CaOを含む焼成炭酸塩化合物は、焼成ドロマイトであることを特徴とする。
(4)上記(1)乃至(3)いずれかのリン吸着剤において、更に重金属、半金属及びハロゲンを吸着することを特徴とする。
【0018】
(5)本発明のリン吸着剤の製造方法は、Caを含む炭酸塩化合物を焼成するにあたり、粉末X線回折によるリートベルト法を用いて解析した焼成後の焼成炭酸塩化合物中のCaO相の含有量が、3.7≦x≦13.5(質量%)となり、MgOの含有量が15.2≦MgO≦16.8(質量%)となるように焼成することを特徴とする、リン吸着剤の製造方法である。
(6)上記(5)のリン吸着剤の製造方法において、記CaOを含む焼成炭酸塩化合物に、更に第一鉄化合物を配合することを特徴とする。
【0019】
(7)本発明のリン吸着剤の品質管理方法は、粉末X線回折によるリートベルト法を用いて解析した焼成後の焼成炭酸塩化合物中のCaO相の含有量が、3.7≦x≦13.5(質量%)となり、MgOの含有量が15.2≦MgO≦16.8(質量%)となるように管理することを特徴とする、リン吸着剤の品質管理方法である。
(8)本発明の環境水中のリンの除去方法は、上記(1)乃至(4)いずれかのリン吸着剤を、リンを含む環境水と接触させることを特徴とする、環境水中のリンの除去方法である。
【発明の効果】
【0020】
本発明のリン吸着剤は、環境水中のリン及び重金属等の吸着除去性能に優れ、河川及び湖沼等が環境基準値を満足する上で、有効な効果を発揮することが可能となる。
また、本発明のリン吸着剤は、原料となるドロマイト鉱石等の産地による組成の相違や、焼成温度等の焼成条件の設定などに依存することなく、優れたリン及び重金属等吸着性能を有することが可能となり、カラムでの利用に適したリン吸着剤とすることが可能である。
【0021】
更に、本発明のリン吸着剤は、リン吸着性能を有効に発揮し、且つリン吸着後における吸着剤残存率を良好にすることができ、リン吸着性、並びにリン吸着後における吸着剤残存率を高く維持することが可能となる。
本発明のリン吸着剤の製造方法は、上記本発明の優れたリン及び重金属等吸着性能を有するリン吸着剤を、特別な装置等を必要とすることなく、経済的且つ有効に製造することができる。
【0022】
また、本発明のリン吸着剤の品質管理方法は、優れたリン及び重金属除去性能を有するリン吸着剤の品質を簡便に管理することが可能となる。即ち、リン吸着性能を有効に発揮し、且つリン吸着後における吸着剤残存率を良好に発揮することができ、リン吸着性並びにリン吸着後における吸着剤残存率を高く維持することができるように、リン吸着剤の品質の管理を簡易とすることができる。
本発明のリン吸着剤を用いたリン等の除去方法は、環境水からリンや重金属等を有効に簡便に除去処理することが可能となり、カラム等に充填して用いることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】焼成ドロマイト中のCaO含有量とリン酸吸着除去率、及び、焼成ドロマイト中のCaO含有量と吸着剤残存率との関係を示す図である。
図2】CaO含有量が2〜16質量%の場合の図1の部分拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明を以下の実施態様により説明するが、これらに限定されるものではない。
本発明のリン吸着剤は、CaOを含む焼成炭酸塩化合物であって、粉末X線回折によるリートベルト法を用いて解析したCaOの含有量が、3.7≦x≦13.5(質量%)である、リン吸着剤である。
本発明は、焼成炭酸塩化合物中のCaO相の含有量と、リン吸着除去率とが相関関係を有することにより、焼成炭酸塩化合物中に含まれるCaO相を定量して、上記範囲内の含有量とすることで、原料となる炭酸塩化合物の産地による組成の相違や、焼成温度等の焼成条件の設定などに関係なく、焼成炭酸塩化合物が優れたリンや重金属等吸着性能を有し、且つ、リンや重金属等吸着後の吸着剤残存率に優れる吸着剤とすることが可能となる。
【0025】
上記焼成炭酸塩化合物としては、CaOが含まれれば特に限定されず、例えば、焼成石灰石および焼成ドロマイトを用いることができるが、焼成ドロマイトを用いることがコストや環境負荷の点から好ましい。
焼成ドロマイトの原料となる原料ドロマイトは、特に限定されず、市場で入手し得る任意の原料ドロマイトを用いることができ、産地や原料ドロマイトの組成は問わない。
【0026】
ドロマイトは、石灰石CaCOとマグネサイトMgCOのモル比が1:1となる複塩構造をとっており、CO2−基を挟んでCa2+イオンとMg2+イオンが交互に層を成しており、一般に、炭酸マグネシウムの割合が10〜45質量%のものをいう。
ドロマイトは、国内に多量に存在しており、ドロマイトを使用した吸着剤は、コストや環境負荷の点からも有利である。
【0027】
ドロマイトは焼成することで、下記(1)式:
CaMg(CO→MgO+CaO+2CO・・・(1)
で表される分解反応を示す。
ドロマイトを焼成することによる上記熱分解により、CaOが形成されてリンや重金属等吸着性能を発揮しているものと考えられる。
【0028】
本発明のリン吸着剤は、焼成炭酸塩化合物、例えば、ドロマイトを焼成した焼成ドロマイト中のCaO相の含有量を、粉末X線回折によるリートベルト法により解析して、CaOの含有量が3.7≦x≦13.5(質量%)、好ましくは12.1≦x≦13.5(質量%)となる焼成ドロマイトであれば、該ドロマイトが優れたリン吸着性能を呈する。
CaOの含有量が3.7質量%より小さい場合では、リンの吸着性能が低下し、また、13.5質量%より多い場合では、リン吸着後の吸着剤残存率が低下してしまう。
【0029】
ここで、焼成ドロマイトによるリン吸着メカニズムを推察する。
ドロマイトは、具体的には下記熱分解反応により2段階で熱分解しCaOが生じる。
CaMg(CO→CaCO+MgO+CO 約 750−800℃
CaCO+MgO+CO→CaO+MgO+2CO 約 800℃を超えて−1000℃
また生成したCaOがリンと反応し、下記反応式により難溶性のヒドロキシアパタイトが生成する。
5Ca2++4OH+HPO2−→Ca(OH)(PO+3H
ここでCaCOとCaOが水和し生成すると考えられるCa(OH)の溶解度を比較すると2桁程度Ca(OH)の方が高い(25℃:CaCO・・0.015g/l、Ca(OH)・・1.7g/l)。焼成度合が高いドロマイトほど、CaO相の生成する割合が増え、同時に溶液中においてCa2+として存在する割合が増えることとなる。
よって焼成度合が低い、例えば、焼成温度が低い又は焼成時間が短い焼成条件では、CaOの生成量が十分でなく、上記反応が進行せずヒドロキシアパタイトが生成しなかったと考えられる。
【0030】
また、リンとカルシウムが反応し生成すると考えられるヒドロキシアパタイトは、難溶性化合物であるが、一方でCaOは一定程度の溶解度を有する。このため流入するリン負荷量に対し過量なCaO相がリン吸着剤中に存在している場合には、リンと反応しない余分なCaO相の溶解が起こると考えられる。
焼成度合いが高すぎた場合、例えば、焼成温度が高い又は焼成時間が長い焼成条件では、リン吸着剤残存率が下がると考えられる。
【0031】
リン吸着剤において、環境水と接触した場合にリン吸着に寄与することができるのは、リン吸着剤表面近傍のみであると考えられ、リン吸着剤の内部でCaOが生成するまで焼成度合を高めたとしても、これらのCaOは、ほとんどリン吸着に寄与することができないものと考えられる。
従って、CaO含有量が13.5(質量%)を超える焼成ドロマイトは、例えば、カラムでの使用には好適でないと考えられる。
【0032】
また、一般に熱分解する鉱物の焼成度合いをTG−DSC(熱重量測定/示差走査熱量測定)により測定する方法もあるが、ドロマイトの場合、窒素雰囲気における測定ではCa部分とMg部分の2つのピークが重なるため、焼成したドロマイト中に含まれる各成分の定量には適していない。
一方、粉末X線回折によるリートベルト法は、TG−DSC法と異なり、焼成ドロマイト中に含まれるCaCO相、MgO相、CaO相の量を正確に解析することができるため、焼成ドロマイト中に生成したCaO相の正確な定量を可能とすることができる。
【0033】
本発明のリン吸着剤は、リンのみならず、重金属等も環境水から吸着除去することが可能である。
ここで、吸着除去することができる「重金属等」に含まれる重金属としては、例えば、クロム、鉛、ヒ素、カドミウム等の1種若しくは2種以上のものが例示でき、半金属としてはヒ素、セレン、ホウ素などを例示でき、ハロゲンとしては塩素、フッ素等を例示することができるが、これらの重金属、半金属やハロゲンに限定されるものではない。
【0034】
本発明の好適なリン吸着剤としては、上記焼成ドロマイト等の焼成炭酸塩化合物に、更に第一鉄化合物を含有させたリン吸着剤である。吸着剤に第一鉄化合物を含有させることにより、重金属等吸着除去率を更に向上させることができる。
焼成炭酸塩化合物と混合される第一鉄化合物としては、塩化第一鉄や硫酸第一鉄等を例示することができる。
その含有量は、上記残留CaO相の含有量が、3.7≦x≦13.5(質量%)である焼成ドロマイトに対して、質量比で好ましくは5:5〜9:1、より好ましくは9:1である。
かかる含有範囲で第一鉄化合物を含有することにより、その還元、共沈、吸着作用によって、より有効に重金属等を吸着及び不溶化することができ、河川や湖沼などの環境水から重金属等を、より有効に除去することが可能となる。
【0035】
また、本発明のリン吸着剤の製造方法は、Caを含む炭酸塩化合物を焼成するにあたり、粉末X線回折によるリートベルト法を用いて解析した焼成炭酸塩化合物中のCaO相の含有量が、3.7≦x≦13.5(質量%)となるように焼成することで製造することができる。
上記したように、原料としてのCaを含む炭酸塩化合物としては、石灰石やドロマイト等を例示することができる。
【0036】
かかる炭酸塩化合物を焼成する温度は、特に限定されず、通常ドロマイトを焼成して焼成ドロマイトを製造する温度、例えば650〜1000℃で焼成することができるが、CaO相の含有量が、3.7≦x≦13.5(質量%)となるように焼成時間をも考慮して焼成する。焼成後の焼成炭酸塩化合物中のCaO相の含有量が上記範囲となれば焼成時間も制限されるものではない。
【0037】
例えば、炭酸塩化合物の一例としてのドロマイトを焼成する過程において、CaO相の含有量が、3.7≦x≦13.5(質量%)の範囲となる時間の焼成ドロマイトを選定することで、本発明のリン吸着剤を得ることができる。
【0038】
本発明のリン吸着剤の品質管理方法は、粉末X線回折によるリートベルト法を用いた焼成炭酸塩化合物、例えば焼成ドロマイト中のCaO相の含有量が、3.7≦x≦13.5質量%)となるように調整して管理する方法である。このようにすることで、優れたリンや重金属等吸着性能を備えるように、吸着剤の品質の管理を容易とすることができる。
【0039】
好ましくは、このようにして得られたリン吸着剤である焼成ドロマイトに、更に第一鉄化合物を配合することにより、リンのみならず重金属等を、より有効に同時に吸着することができる、本発明のリン吸着剤を製造することが可能となる。
かかる第一鉄化合物としては、硫酸第一鉄や塩化第一鉄等を例示することができる。
その配合は、上記したように、上記残留CaO相の含有量が3.7≦x≦13.5(質量%)である焼成ドロマイトに対して、質量比で好ましくは5:5〜9:1、より好ましくは9:1で配合して混合するが、その混合方法は、均一に混合することができれば、特に限定されない。
【0040】
上記本発明のリン吸着剤を、河川や湖沼などの環境水と接触させることにより、環境水中に含まれるリンを除去することができ、更に環境水中に含まれる重金属等も吸着除去することが可能となる。
本発明のリン吸着剤と環境水との接触方法としては、特に限定されず、任意の公知の方法を適用することができ、例えば、本発明のリン吸着剤をカラムに充填し、該カラム内に河川や湖沼などの環境水を、ポンプ等を用いて通液する方法等や、河川や湖沼などの環境水中への投入攪拌方法等を例示することができる。なお、例えば、河川や湖沼などの環境水中へ投入した場合には、その後、凝集剤等を配合して、固液分離方法により回収することも可能である。
【0041】
カラムにリン吸着剤を充填して用いることにより、連続的に環境水からリンを除去することが可能となり、省スペース化できる。
当該カラムは、複数個で用いることができ、直接または並列に設置されて利用することも可能である。
【0042】
本発明のリン吸着剤は、粉末状で用いても、塊状で用いても用途に応じて適用することができ、例えば、カラムに充填するや川底等に敷き詰めたりするものは固体状態を維持することが期待されるために、塊状のものが好ましく用いられる。
【0043】
本発明のリン吸着剤と環境水との接触割合は、各河川や湖沼に依存した目標値である環境基準に達するように、固液比を任意に設定することが可能であり、また、本発明のリン吸着剤とリンを含有する河川及び湖沼などの環境水を接触させる際の温度としては、特に限定するものではないが、例えば、0〜50℃の範囲を例示することができる。
【0044】
また、本発明のリン吸着剤とリンを含有する河川及び湖沼などの環境水を接触させる際の反応系のpHは、特に限定されるものでないが、pHが10から13程度がより好ましい。
本発明のリン吸着剤は、水溶液のpHをアルカリ性にすることができるため、例えば、カドミウム等のような重金属を水酸化物の形態で沈殿除去させることができるとともに、鉛、ヒ素、セレン、クロム等の重金属等も有効に吸着除去することが可能となる。
【実施例】
【0045】
本発明を次の実施例及び比較例により説明する。
(実施例1〜5・比較例1〜12)
(1)焼成ドロマイトの調製
ドロマイト(産地:栃木(葛生地方)、粒径:3〜7mm)を用いて、焼成温度800℃又は750℃で、下記表2に示す各焼成時間(5〜300分)で焼成することにより、各焼成ドロマイトを調製した。なお、比較のために、焼成していないドロマイトも準備した。以下、焼成ドロマイトと焼成していないドロマイトを焼成ドロマイト等と称する。
【0046】
(2)各焼成ドロマイト等の粉末X線回折及びリートベルト解析
上記(1)で得られた各焼成ドロマイト等である塊状の焼成ドロマイト等を、遊星ミルを用いて、平均粒径が50±10μm程度まで粉砕(300 rpm, 10 min)して、各焼成ドロマイト等粉末を、リン吸着剤とした。得られた各リン吸着剤粉末を、以下の条件下での粉末X線回折及びリートベルト解析を実施して、表2に示す各相の定量測定を実施した。
【0047】
・粉末X線回折測定及びリートベルト解析条件
使用装置:PANalytical X’Pert Pro MPD
リートベルト解析ソフト:PANalytical High Score Plus
測定条件:管球 Cu−Kα , 管電圧 45 kV, 電流 40 mA
発散スリット 可変 (12 mm)
アンチスキャッタースリット(入射側) 無し
ソーラースリット(入射側) 0.04 rad.
受光スリット 無し
アンチスキャッタースリット(受光側) 可変 (12 mm)
ソーラースリット (受光側) 0.04 rad
走査範囲 2θ=20〜70°,
走査ステップ 0.008°,
計数時間 最強線のカウント数が10000±1000 cpsになるように調整
各測定は、Goodness of fit≦7となった際に、解析が成功したとみなし、その結果を下記表2に示した。
【0048】
【表2】
【0049】
(3)模擬環境水Aの調製
下記表3に示す各試薬を表3示す各種イオンが表3に示す所定の濃度となるように配合して、模擬環境水Aを調製した。
【0050】
【表3】
【0051】
(4)リン酸吸着試験(リン酸吸着除去率及び吸着剤残存率の算出)
50mlコニカルチューブに、上記(1)で得られた上記表2に示す組成を有する各焼成ドロマイト等(粒径3〜7mm)と、上記(3)で得られた模擬環境水Aとを、固液比(質量比)が1:100となるように添加して、それぞれ30分間振とうした。
次いで、0.45μmメンブランフィルターを用いて吸引ろ過を実施し、ろ液中のリン濃度を、ICP−AES(ICP発光分光法、測定装置:SPECTRO社製 ARCOS FHX22)により定量し、下記式2より、吸着除去率を算出した。その結果を、表4及び図1〜2に示す。
また、吸着試験後における吸着剤残存率についても、下記式3より算出するとともに、ろ液のpH及び酸化―還元電位(ORP)を、(株)堀場製作所製の卓上型pHメーター:F−73(pH電極:9615S−10D、ORP電極:9300−10D)にて測定した。その結果も、表4及び図1〜2に示す。
【0052】
吸着除去率(%)=(Ci‐Cf)/Ci× 100・・・(2)
Ci=吸着試験前の模擬環境水A中のリン酸初期濃度(mg/l)
Cf=吸着試験後の模擬環境水Aのろ液中のリン酸濃度(mg/l)
吸着剤残存率(%)= Af/Ai × 100 ・・・(3)
Ai = 吸着試験前の初期の吸着剤の質量(g)、
Af = 吸着試験後の吸着剤の質量(g)
但し、吸着試験後の吸着剤重量Afは、JIS Z 8801−1−2000で規定されている公証目開き2.8mmの篩上に残るもののみの重量とした。
【0053】
【表4】
【0054】
CaO含有量が3.7〜13.5(質量%)となる実施例1〜5の焼成ドロマイト(焼成時間60〜100分)を吸着剤として用いた場合には、リン酸吸着除去率及び吸着剤残存率ともに98%以上となったが、一方、比較例1〜7のCaO含有量が0〜2.6質量%の焼成ドロマイトは、リン酸吸着除去率は十分ではなく、また、比較例8〜12のCaO含有量が13.5(質量%)を超える焼成ドロマイトは、リン酸吸着除去率は十分であったが、吸着剤残存率が低下してしたことがわかる。
【0055】
(5)固液比を変更した条件でのリン酸吸着試験
上記実施例1及び3の焼成ドロマイト及び上記(3)の模擬環境水Aを用いて、固液比(質量比)をそれぞれ1:50、1:30、1:20、1:10に変えて、上記(4)と同様のリン吸着試験を実施した。
その結果を下記表5に示す。なお、リン酸イオン濃度は全リン濃度とする。
【0056】
【表5】
【0057】
河川や湖沼におけるリン低減目標となる濃度は、各河川や湖沼に依存して異なる。
例えば、霞ヶ浦に係る湖沼水質保全計画(第6期)における全リンの目標値は0.084 mg/lと定められており、その基準に合致するような固液比となるように、本発明のリン吸着剤を投入することが可能である。
なお、上記表5においては、リン低減目標値の一例として霞ヶ浦における目標値を例示したが、霞ヶ浦に限定されることなく、河川や湖沼の目標基準に応じて、本発明のリン吸着剤の添加量を任意に調整することができ、これにより、目標とする濃度にまでリン濃度を低減することができる。
【0058】
(6)リン酸及びヒ素吸着試験
環境水中のリン酸及びヒ素吸着試験を、下記模擬環境水Bを調製して実施した。具体的には、模擬環境水Bとしては、下記表6に示す各試薬を表6に示す各種イオンが表6に示す所定の濃度となるように配合して、模擬環境水Bを調製した。
【0059】
【表6】
【0060】
リン酸及びヒ素吸着試験は、上記(1)で得られた表2の組成を有する各焼成ドロマイト等(焼成時間0、60、80、100、300分:粒径3〜7mm)を、上記表6に示す模擬環境水Bに投入して、それぞれ30分間振とうした(固液比(質量比)は1:100)。
また、各焼成ドロマイトに硫酸第一鉄一水和物を内割で10質量%添加した吸着剤についても同様の試験を行った。
【0061】
具体的には、50mlコニカルチューブに、各焼成ドロマイト等と模擬環境水Bとが、固液比(質量比)1:100となるように配合して、それぞれ30分間振とうした。
次いで、0.45μmメンブランフィルターを用いて吸引ろ過を実施し、ろ液中のリン濃度を、ICP−AES(ICP発光分光法、測定装置:SPECTRO社製 ARCOS FHX22)により定量し、またろ液中のヒ素濃度を、JIS K 0102:2013 61.3に準じて(測定装置:SPECTRO社製 ARCOS FHX22、水素化物発生装置 TELEDYNE CETAC社製 HGX−200)定量し、下記式4より、それぞれ吸着除去率を算出した。
塊状の各焼成ドロマイト等の結果を表7に、また、塊状の焼成ドロマイト等に硫酸第一鉄一水和物を添加した吸着剤の結果を表8に示す。
また、ろ液のpH及び酸化―還元電位(ORP)を、(株)堀場製作所製の卓上型pHメーター:F−73(pH電極:9615S−10D、ORP電極:9300−10D)にて測定した。これらの結果も表7及び8に示す。
【0062】
吸着除去率(%)=(Ci‐Cf)/Ci× 100・・・(4)
Ci=吸着試験前の模擬環境水B中のリン酸又はヒ素初期濃度(mg/l)
Cf=吸着試験後の模擬環境水Bのろ液中のリン酸又はヒ素濃度(mg/l)
【0063】
【表7】
【0064】
【表8】
【0065】
上記表7及び8の結果より、CaO含有量3.7≦x≦13.5(質量%)の焼成ドロマイトにおいて、塊状ドロマイト単体ではヒ素の吸着除去率62〜68%であったが、硫酸第一鉄一水和物を添加することにより約98 %にまで向上した。ヒ素等の重金属等に対しては硫酸第一鉄一水和物を併用することにより、更に吸着性能の向上を図ることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明のリン吸着剤は、リン及び重金属等を同時に吸着処理することができるため、河川や湖沼等の環境水に含まれる有害なリンや重金属等を効率良く吸着除去することに適用でき、例えば、河川及び湖沼等が環境基準値を満足する上で有効に適用することができる。

図1
図2