特許第6806058号(P6806058)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6806058細胞外マトリックス産生促進方法、細胞の培養方法、及び細胞外マトリックス産生促進剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6806058
(24)【登録日】2020年12月8日
(45)【発行日】2021年1月6日
(54)【発明の名称】細胞外マトリックス産生促進方法、細胞の培養方法、及び細胞外マトリックス産生促進剤
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/02 20060101AFI20201221BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20201221BHJP
【FI】
   C12N5/02
   C12N5/071
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-528719(P2017-528719)
(86)(22)【出願日】2016年7月13日
(86)【国際出願番号】JP2016070750
(87)【国際公開番号】WO2017010533
(87)【国際公開日】20170119
【審査請求日】2019年5月10日
(31)【優先権主張番号】特願2015-142338(P2015-142338)
(32)【優先日】2015年7月16日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000229117
【氏名又は名称】日本ゼオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100108419
【弁理士】
【氏名又は名称】大石 治仁
(72)【発明者】
【氏名】市村 直也
(72)【発明者】
【氏名】平野 孝明
【審査官】 小倉 梢
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−106160(JP,A)
【文献】 登録実用新案第3191179(JP,U)
【文献】 特開2008−048653(JP,A)
【文献】 特開2011−050295(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00 − 5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノルボルネン系重合体又はその水素化物の成形体からなる、培養細胞の細胞外マトリックス産生促進剤。
【請求項2】
前記細胞外マトリックスが、繊維状タンパク質である請求項1記載の培養細胞の細胞外マトリックス産生促進剤。
【請求項3】
前記細胞外マトリックスが、コラーゲン、フィブロネクチン、エラスチン、及びラミニンからなる群より選択される1つ以上である請求項1記載の培養細胞の細胞外マトリックス産生促進剤。
【請求項4】
前記細胞外マトリックスが、ラミニン511である請求項1記載の培養細胞の細胞外マトリックス産生促進剤。
【請求項5】
培養細胞がCHO細胞である請求項1〜4のいずれかに記載の培養細胞の細胞外マトリックス産生促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養細胞が産生している細胞外マトリックスの産生促進方法、及びそれに用いられる細胞外マトリックス産生促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞が増殖刺激を受けつつ、生存維持をするためには、細胞の外に存在する細胞外マトリックスに、細胞の膜表面に存在するインテグリン等の受容体が結合する必要がある。
肝細胞や、血液に関連する細胞、ガン細胞など種々の細胞を好適に培養するために、あるいは、これらの細胞を培養しながら、化合物毒性や薬効評価を行ったり、新規の遺伝子を探索するためなどの培養実験において、細胞の増殖や生存維持の効果を高めるために、細胞培養用のプラスチック容器底面等の細胞が接触する面に、細胞外マトリックスをコーティングする方法が汎用されている。細胞外マトリックスは、コラーゲン、フィブロネクチン、及びラミニンなどのタンパク質である。
例えば、コラーゲンをコーティングした培養容器では、筋細胞、肝細胞、脊髄神経節、胚肺細胞、schwann細胞、上皮細胞(内皮)、筋細胞、及び神経細胞などの培養が行われ(例えば特許文献1)、フィブロネクチンをコーティングした培養容器では、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、神経細胞、及びガン細胞などの培養が行われる(例えば特許文献2)。また、ラミニンをコーティングした培養容器では、上皮細胞、内皮細胞、神経細胞、筋細胞、及び肝細胞などの培養が行われる(例えば特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平5−260950号公報
【特許文献2】特公昭63−026988号公報
【特許文献3】特開平8−173144号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
細胞外マトリックス成分を用いて培養容器内をコーティングした培養容器を利用するためには、細胞外マトリックス成分を含むコーティング試薬を用い、かつ、操作の手間をかけ、コーティング後、容器に細胞外マトリックス成分が吸着するまで、室温から37℃で数時間、又は2〜8℃で一晩、プレートを清廉な環境で静置する必要がある。
コーティング操作を実験者が行う場合、細胞外マトリックスのコーティング状態が一定でない可能性が懸念され、実験の再現性が得られない場合の原因の一つとなっている。
実験操作者のコーティング操作を避けて、コーティングのばらつきを低くすることを期待して、予めコーティング処理した培養容器を購入して使用することも考えられる。
しかしながら、容器費用が増加することに加え、予めコーティング処理した培養容器自体のコーティング状態を示した(良好なコーティング状態であることを保証した)容器は販売されておらず、実験操作者が実際にコーティング操作した場合に比べて、コーティングのばらつきを低くすること、及び、コーティングのばらつきによる再現性低下の懸念をなくすことはできない。
【0005】
また、細胞外マトリックス成分は、生体組織などから調製して利用するものであるので、何種類もの病原体であるウイルスや細菌などを対象としたPCR検査を行い、微生物培養試験やイムノ検査などで細菌、真菌、及びマイコプラズマなどの病原体による感染が陰性であることを確認し、またリムルス試験(Limulus Amoebocyte Lysate assay)などによってエンドトキシン濃度評価を行う必要があるため、研究開発のための実験や細胞培養の商業利用を行う際に、コストを増加させるという問題がある。更にこれらの検査は、全量試験ではなくサンプリング試験であるので、結果として、使用時のリスクを完全に回避することはできない。
【0006】
細胞外マトリックスは、タンパク質成分であるので、細胞外マトリックスを用いた製品化の途中で、温度、時間、振動、及び光など管理環境の影響により、生物学的及び生理的な活性を喪失するリスクもある。また、そのような生物学的及び生理的な活性を喪失している状態でないことを確認するために、サンプリング試験ではあるが、神経突起伸張アッセイなどの細胞を用いた長期間を要する試験を行う必要があり、操作上の煩雑さが増す要因となる。
【0007】
本発明は、上記した実情に鑑みてなされたものであり、細胞が産生する細胞外マトリックス量を増加させることで、細胞外マトリックスをコートした培養容器を用いなくても、外来タンパク質産生細胞が発現する外来タンパク質の量を増やすことができる、培養細胞の細胞外マトリックス産生促進方法、細胞の培養方法、及び、培養細胞の細胞外マトリックス産生促進剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、培養中の細胞に、脂環構造含有重合体成形体を接触させることで、細胞の細胞外マトリックス産生量を増加させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
かくして本発明によれば、培養されている細胞に、脂環構造含有重合体成形体を接触させることを特徴とする培養細胞の細胞外マトリックス産生促進方法が提供される。
当該細胞外マトリックスは、繊維状タンパク質であるものが好ましく、コラーゲン、フィブロネクチン、エラスチン、及びラミニンからなる群より選択されるものがより好ましく、ラミニン511が特に好ましい。また、ここで培養されている細胞は、CHO細胞であることが好ましい。
また、本発明によれば、培養されている細胞に脂環構造含有重合体成形体を接触させ、培養細胞が細胞外マトリックス産生を促進させることを特徴とする、細胞の培養方法が提供される。
更に、本発明によれば、脂環構造含有重合体成形体からなる、培養細胞の細胞外マトリックス産生促進剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、細胞外マトリックスの発現量を比較するグラフである。
図2図2は、エリスロポエチン産生量を比較するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に用いる細胞は、特に限定されず、目的に応じて任意に選択することができる。
また本発明に用いる細胞は、遺伝子操作によって外来性の遺伝子を発現する性質を持った遺伝子導入細胞であっても良い。本発明の効果がより得られ易いことから、接着型細胞が好ましい。
本発明において、接着型細胞とは接着型細胞そのものであっても、接着型細胞由来の細胞であってもよい。接着型細胞そのものとは、通常の培養条件において、細胞外基質(細胞外マトリックス)に接着することで、生存及び増殖が可能な細胞のことで、足場依存性細胞とも言われる細胞である。
接着型細胞由来の細胞とは、接着型細胞を馴化培養し浮遊状態でも生存・増殖可能になった細胞など、接着型細胞に何らかの外的要因を与えることで細胞外基質に接着しなくても生存・増殖可能な細胞である。
接着型細胞としては、CHO細胞、VERO細胞、NIH3T3細胞、HEK293細胞などに代表される、遺伝子操作の宿主細胞やウイルス感受性のある細胞が挙げられ、なかでも、CHO細胞が好ましい。
【0012】
本発明において、細胞外マトリックスは、細胞外の空間に存在し、生体組織を支持する物質であり、細胞が産生する物質である。このような物質としては、繊維状タンパク質や、多糖類(グルコサミノグリカン)とタンパク質とが共有結合したプロテオフリカンのような複合多糖が挙げられる。これらの中でも、繊維状タンパク質は、本発明の培養細胞の細胞外マトリックス産生促進剤によって、特に効果的に産生が促進されるので好ましい。
【0013】
繊維状タンパク質である細胞外マトリックスは、コラーゲン、カドヘリン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、エラスチンなどとして知られている。より具体的には、SPONDIN 1、SPONDIN 2、extracellular matrix protein 1、extracellular matrix protein 2、extracellular matrix protein 1、EGF−containing fibulin−like extracellular matrix protein 2、elastin microfibril interfacer 1、及びelastin microfibril interfacer 2などのエラスチンなどが挙げられる。
本発明において、より好ましい細胞外マトリックスとしては、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン及びエラスチンが挙げられ、ラミニン511が特に好ましい。
【0014】
細胞を培養する際には、通常、液体培地が用いられる。
液体培地としては、通常、pH緩衝作用があり、浸透圧が細胞に好適なものであり、細胞の栄養成分を含み、かつ、細胞に対して毒性がないものが用いられる。
pH緩衝作用を示す成分としては、トリス塩酸塩、各種リン酸塩、各種炭酸塩等が挙げられる。
液体培地の浸透圧調整は、通常、細胞の浸透圧とほぼ同じになるように、カリウムイオン、ナトリウムイオン、カルシウムイオン、グルコース等の濃度を調整した水溶液を用いて行われる。かかる水溶液としては、具体的には、リン酸緩衝生理食塩水、トリス緩衝生理食塩水、HEPES緩衝生理食塩水等の生理食塩水;乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液等のリンゲル液;等が挙げられる。
細胞の栄養成分としては、アミノ酸、核酸、ビタミン類、ミネラル類等が挙げられる。
液体培地としては、RPMI−1640、HAM、α−MEM、DMEM、EMEM、F−12、F−10、M−199等の各種市販品を利用することができる。
【0015】
液体培地には、添加剤を配合することもできる。添加剤としては、タンパク質等の分化誘導因子、分化誘導活性を有する低分子化合物、ミネラル、金属、ビタミン成分等が挙げられる。
分化誘導因子としては、細胞表面の受容体に作用するリガンド、アゴニスト、及びアンタゴニスト;核内受容体のリガンド、アゴニスト、及びアンタゴニスト;コラーゲン及びファイブネクチンなどの細胞外マトリックス;細胞外マトリックスの一部分、又は細胞外マトリックスを模擬した化合物;細胞内の情報伝達経路に関わるタンパク質に作用する成分;細胞内の1次代謝又は2次代謝の酵素に作用する成分;細胞内の核内又はミトコンドリア内の遺伝子の発現に影響を与える成分;インシュリン様増殖因子などの細胞増殖因子の遺伝子をコードしたDNAや、カスパターゼなど細胞内制御因子に対する干渉RNA作用があるように設計したマイクロRNAなどのRNAであって、マイクロインジェクション法、ハイドロダイナミクス法、エレクトロポレーション法、リポフェクチン法等の方法によりウィルスベクターなどと組み合わせて細胞内に導入することができるDNAやRNA;等が挙げられる。
これらの添加剤は、一種単独で、あるいは二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0016】
細胞の培養条件は特に限定されず、用いる細胞や目的に応じて適宜決定することができる。例えば、二酸化炭素濃度が5%程度で、温度が20℃〜37℃の範囲で一定に維持された、加湿された恒温器を用いて細胞を培養することができる。
【0017】
本発明に用いる脂環構造含有重合体成形体は、脂環構造含有重合体を任意の形状に成形してなるものである。
脂環構造含有重合体は、主鎖及び/又は側鎖に脂環構造を有する樹脂であり、機械的強度、耐熱性などの観点から、主鎖に脂環構造を含有するものが好ましい。
【0018】
前記脂環構造としては、飽和環状炭化水素(シクロアルカン)構造、不飽和環状炭化水素(シクロアルケン)構造などが挙げられるが、機械的強度、耐熱性などの観点から、シクロアルカン構造やシクロアルケン構造が好ましく、中でもシクロアルカン構造を有するものが最も好ましい。
【0019】
脂環構造を構成する炭素原子数は、格別な制限はないが、通常4〜30個、好ましくは5〜20個、より好ましくは5〜15個である。脂環構造を構成する炭素原子数がこの範囲内であるときに、機械的強度、耐熱性、及び成形性の特性が高度にバランスされ、好適である。
【0020】
脂環構造含有重合体中の脂環構造を有する繰り返し単位の割合は、使用目的に応じて適宜選択されればよいが、通常30重量%以上、好ましくは50重量%以上、より好ましくは70重量%である。脂環構造含有重合体中の脂環構造を有する繰り返し単位の割合が過度に少ないと、耐熱性に劣り好ましくない。脂環構造含有重合体中の脂環構造を有する繰り返し単位以外の残部は、格別な限定はなく、使用目的に応じて適宜選択される。
【0021】
脂環構造含有重合体の具体例としては、(1)ノルボルネン系重合体、(2)単環の環状オレフィン系重合体、(3)環状共役ジエン系重合体、(4)ビニル脂環式炭化水素系重合体、及び(1)〜(4)の水素化物などが挙げられる。これらの中でも、耐熱性、機械的強度等の観点から、ノルボルネン系重合体及びその水素化物が好ましい。
【0022】
(1)ノルボルネン系重合体
ノルボルネン系重合体は、ノルボルネン骨格を有する単量体であるノルボルネン系単量体を重合してなるものであり、開環重合によって得られるものと、付加重合によって得られるものに大別される。
【0023】
開環重合によって得られるものとしては、ノルボルネン系単量体の開環重合体、及びノルボルネン系単量体とこれと開環共重合可能なその他の単量体との開環重合体、ならびにこれらの水素化物などが挙げられる。付加重合によって得られるものとしては、ノルボルネン系単量体の付加重合体、及びノルボルネン系単量体とこれと共重合可能なその他の単量体との付加重合体などが挙げられる。これらの中でも、ノルボルネン系単量体の開環重合体水素化物が、耐熱性、機械的強度等の観点から好ましく、細胞培養の操作性の観点から、極性基を有しないノルボルネン系単量体の開環重合体水素化物がとりわけ好ましい。
【0024】
ノルボルネン系単量体としては、ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン(慣用名ノルボルネン)、5−メチル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5,5−ジメチル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−エチル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−エチリデン−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−ビニル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−プロペニルビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−メトキシカルボニル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−シアノビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−メチル−5−メトキシカルボニル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン等の2環式単量体;
トリシクロ[4.3.01,6.12,5]デカ−3,7−ジエン(慣用名ジシクロペンタジエン)、2−メチルジシクロペンタジエン、2,3−ジメチルジシクロペンタジエン、2,3−ジヒドロキシジシクロペンタジエン等の3環式単量体;
テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン(テトラシクロドデセン)、テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、8−メチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、8−エチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、8−エチリデンテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、8,9−ジメチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、8−エチル−9−メチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、8−エチリデン−9−メチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、8−メチル−8−カルボキシメチルテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]−3−ドデセン、7,8−ベンゾトリシクロ[4.3.0.12,5]デカ−3−エン(慣用名メタノテトラヒドロフルオレン:1,4−メタノ−1,4,4a,9a−テトラヒドロフルオレンともいう)、1,4−メタノ−8−メチル−1,4,4a,9a−テトラヒドロフルオレン、1,4−メタノ−8−クロロ−1,4,4a,9a−テトラヒドロフルオレン、1,4−メタノ−8−ブロモ−1,4,4a,9a−テトラヒドロフルオレン等の4環式単量体;等が挙げられる。
【0025】
ノルボルネン系単量体と開環共重合可能なその他の単量体としては、シクロヘキセン、
シクロヘプテン、シクロオクテン、1,4−シクロヘキサジエン、1,5−シクロオクタジエン、1,5−シクロデカジエン、1,5,9−シクロドデカトリエン、1,5,9,13−シクロヘキサデカテトラエン等の単環のシクロオレフィン系単量体が挙げられる。
これらの単量体は、置換基を1種又は2種以上有していてもよい。置換基としては、アルキル基、アルキレン基、アリール基、シリル基、アルコキシカルボニル基、アルキリデン基等が挙げられる。
【0026】
ノルボルネン系単量体と付加共重合可能なその他の単量体としては、エチレン、プロピレン、1−ブテン、1−ペンテン、1−ヘキセン等の炭素数2〜20のα−オレフィン系単量体;シクロブテン、シクロペンテン、シクロヘキセン、シクロオクテン、テトラシクロ[9.2.1.02,10.03,8]テトラデカ−3,5,7,12−テトラエン(3a,5,6,7a−テトラヒドロ−4,7−メタノ−1H−インデンとも言う)等のシクロオレフィン系単量体;1,4−ヘキサジエン、4−メチル−1,4−ヘキサジエン、5−メチル−1,4−ヘキサジエン、1,7−オクタジエン等の非共役ジエン系単量体;等が挙げられる。
これらの中でも、ノルボルネン系単量体と付加共重合可能なその他の単量体としては、α−オレフィン系単量体が好ましく、エチレンがより好ましい。
これらの単量体は、置換基を1種又は2種以上有していてもよい。置換基としては、アルキル基、アルキレン基、アリール基、シリル基、アルコキシカルボニル基、アルキリデン基等が挙げられる。
【0027】
ノルボルネン系単量体の開環重合体、又はノルボルネン系単量体とこれと開環共重合可能なその他の単量体との開環重合体は、単量体成分を、公知の開環重合触媒の存在下で重合して得ることができる。
開環重合触媒としては、例えば、ルテニウム、オスミウムなどの金属のハロゲン化物と、硝酸塩又はアセチルアセトン化合物、及び還元剤とからなる触媒、あるいは、チタン、ジルコニウム、タングステン、モリブデンなどの金属のハロゲン化物又はアセチルアセトン化合物と、有機アルミニウム化合物とからなる触媒を用いることができる。
ノルボルネン系単量体の開環重合体水素化物は、通常、上記開環重合体の重合溶液に、
ニッケル、パラジウムなどの遷移金属を含む公知の水素化触媒を添加し、炭素−炭素不飽和結合を水素化することにより得ることができる。
【0028】
ノルボルネン系単量体の付加重合体、又はノルボルネン系単量体とこれと共重合可能なその他の単量体との付加重合体は、単量体成分を、公知の付加重合触媒の存在下で重合して得ることができる。付加重合触媒としては、例えば、チタン、ジルコニウム又はバナジウム化合物と有機アルミニウム化合物とからなる触媒を用いることができる。
【0029】
(2)単環の環状オレフィン系重合体
単環の環状オレフィン系重合体としては、例えば、シクロヘキセン、シクロヘプテン、シクロオクテンなどの、単環の環状オレフィン系単量体の付加重合体を用いることができる。
(3)環状共役ジエン系重合体
環状共役ジエン系重合体としては、例えば、シクロペンタジエン、シクロヘキサジエンなどの環状共役ジエン系単量体を1,2−又は1,4−付加重合した重合体及びその水素化物などを用いることができる。
(4)ビニル脂環式炭化水素重合体
ビニル脂環式炭化水素重合体としては、例えば、ビニルシクロヘキセン、ビニルシクロヘキサンなどのビニル脂環式炭化水素系単量体の重合体、及びその水素化物;スチレン、α−メチルスチレンなどのビニル芳香族系単量体の重合体の芳香環部分の水素化物;などが挙げられる。ビニル脂環式炭化水素重合体は、これらの単量体と、これと共重合可能な他の単量体との共重合体であってもよい。
【0030】
脂環構造含有重合体の分子量に格別な制限はないが、シクロヘキサン溶液(重合体が溶解しない場合はトルエン溶液)のゲル・パーミエーション・クロマトグラフィーで測定したポリスチレン換算の重量平均分子量で、通常5,000以上であり、好ましくは5,000〜500,000、より好ましくは8,000〜200,000、特に好ましくは10,000〜100,000である。重量平均分子量がこの範囲内であるときに、機械的強度と成形加工性とが高度にバランスし、好適である。
【0031】
脂環構造含有重合体のガラス転移温度は、使用目的に応じて適宜選択されればよいが、通常50〜300℃、好ましくは100〜280℃、特に好ましくは115〜250℃、更に好ましくは130〜200℃である。ガラス転移温度がこの範囲内であるときに、耐熱性と成形加工性とが高度にバランスし、好適である。
本発明においてガラス転移温度は、JIS K 7121に基づいて測定されたものである。
【0032】
これらの脂環構造含有重合体は、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
また、脂環構造含有重合体には、熱可塑性樹脂材料で通常用いられている配合剤、例えば、軟質重合体、酸化防止剤、紫外線吸収剤、光安定剤、近赤外線吸収剤、離型剤、染料や顔料などの着色剤、可塑剤、帯電防止剤、蛍光増白剤などの配合剤を添加することができる。
【0033】
また、脂環構造含有重合体には、軟質重合体以外のその他の重合体(以下、単に「その他の重合体」という)を混合しても良い。脂環構造含有重合体に混合されるその他の重合体の量は、脂環構造含有重合体100重量部に対して、通常200重量部以下、好ましくは150重量部以下、より好ましくは100重量部以下である。
脂環構造含有重合体に対して配合する各種配合剤やその他の重合体の割合が多すぎると、細胞内シグナル伝達系タンパク質のリン酸化亢進能が低下するため、いずれも脂環構造含有重合体の性質を損なわない範囲で配合することが好ましい。
【0034】
脂環構造含有重合と配合剤やその他の重合体との混合方法は、ポリマー中に配合剤が十分に分散する方法であれば、特に限定されない。また、配合の順番に格別な制限はない。配合方法としては、例えば、ミキサー、一軸混練機、二軸混練機、ロール、ブラベンダー、押出機などを用いて樹脂を溶融状態で混練する方法、適当な溶剤に溶解して分散させた後、凝固法、キャスト法、又は直接乾燥法により溶剤を除去する方法などが挙げられる。
二軸混練機を用いる場合、混練後は、通常は溶融状態で棒状に押出し、ストランドカッターで適当な長さに切り、ペレット化して用いられることが多い。
【0035】
脂環構造含有重合体の成形方法は、細胞と接触させる際に用いる脂環構造含有重合体成形体の形状に応じて任意に選択することができる。成形方法としては、例えば、射出成形法、押出成形法、キャスト成形法、インフレーション成形法、ブロー成形法、真空成形法、プレス成形法、圧縮成形法、回転成形法、カレンダー成形法、圧延成形法、切削成形法、紡糸等が挙げられ、これらの成形法を組み合わせたり、成形後必要に応じて延伸等の後処理をすることもできる。
こうして得られる成形体が、本発明の培養細胞の細胞外マトリックス産生促進剤である。
【0036】
脂環構造含有重合体成形体の形状に格別な制限はなく、板状、粉状、粒状、紐状、シート状、その他いかなる形状であってもよい。また、その表面は平らであっても、凹凸形状を有していてもよいし、中空状の成形体であってもよい。また異なる形状の成形体を、接着剤等を介して又は介さずに組み合わせて別の成形体にすることもできる。
また、細胞と接触することができる限りにおいて、ディッシュ、プレート、バッグ、チューブ、スキャホールド、カップ、ジャー・ファーメンターなどの培養容器;攪拌翼、攪拌子、バッフル、連結チューブなど培養装置の部品;ピペット、攪拌素子、フィルタ、セルスクレイパーなどの培養操作に用いる培養器具;等の一部又は全部を構成する部材であってもよい。
【0037】
また、これらの成形体表面は、プラズマ処理、コロナ放電処理、オゾン処理、紫外線照射処理など培養容器に対して一般的に施す処理を行うこともできるが、ERKやAKTのリン酸化亢進速度の観点から、これらの処理を行わずに用いることが好ましい。
さらに、本発明においては、成形体を、培養細胞と接触させるに当たり、成形体を滅菌処理することが好ましい。
滅菌処理の方法に格別な制限はなく、高圧蒸気法や乾熱法などの加熱法;γ線や電子線などの放射線を照射する放射線法や高周波を照射する照射法;酸化エチレンガス(EOG)などのガスを接触させるガス法;など、医療分野で一般的に採用される方法から、成形体の形状や用いる細胞に応じて、選択することができる。リン酸化亢進活性の高さから酸化エチレンガスなどのガスを接触させるガス法が好ましい。
【0038】
培養細胞と本発明の培養細胞の細胞外マトリックス産生促進剤である脂環構造含有重合体成形体とを接触させる方法は、培養細胞の細胞外マトリックス産生促進剤の形状に応じて任意の方法を採用すればよい。例えば、培養細胞の細胞外マトリックス産生促進剤である脂環構造含有重合体成形体を混合した培地中で細胞を培養する方法;脂環構造含有重合体を用いて成形された培養容器内で細胞を培養する方法;脂環構造含有重合体を用いて成形された培養器具を用いて培養操作を行う方法;などが挙げられ、これらを組み合わせることもできる。
尚、細胞には、情報伝達能があるため、培養中の全ての培養細胞が脂環構造含有重合体成形体に接触する必要はなく、また、培養期間全体に渡って両者が接触している必要もない。但し、接触による効果は経時的に低下するため、接触時間は長い方が好ましい。
培養細胞と、脂環構造含有重合体成形体との接触温度は細胞が増殖できる温度であれば特に制限されない。
【実施例】
【0039】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
〔製造例1〕
脂環構造含有重合体として、ゼオネックス(登録商標)790R(日本ゼオン社製、ノルボルネン系開環重合体水素化物;以下、単に「790R」という)を用いて、射出形成法により、直径35mmのシャーレ状の培養容器を得、次いで、エチレンオキサイド滅菌処理を行った。以下、この培養容器を「790R製ディッシュ」という。
【0040】
〔実施例1〕
製造例1で得られた790R製ディッシュに培地2mlを入れ、CHO細胞を細胞密度1.25×10cells/cmで播種し、温度37℃、CO濃度5%に設定したCOインキュベータに入れ、8日間培養を行った後、後述する方法により細胞外マトリックスの遺伝子発現量の分析を行った。
【0041】
〔比較例1〕
培養容器を、製造例1で得られた790R製ディッシュに代えて、ポリスチレン製ディッシュ〔ファルコン(登録商標)ディッシュ(ベクトンデッキンソン社製、型番353001)〕を用いたこと以外は、実施例1と同様にして培養を行い、細胞外マトリックス発現量の分析を行った。
【0042】
<細胞外マトリックスの遺伝子発現量の分析>
790R製ディッシュで培養した細胞、および、ポリスチレン製ディッシュで培養した細胞、それぞれからトータルRNAを抽出回収した。そのトータルRNAから、ポリTオリゴマーを利用してmRNAを回収し、得られたmRNAを鋳型として、リバーストランスクリプターゼを用いてcDNAを調製した。超音波処理で断片化した約2000万個のcDNA断片を個別の鋳型として、100塩基程度の長さのDNA配列解析を行い、DNA配列のデータを得た。
得られたDNA配列情報を基に、遺伝子マッピング処理を行い、特定の遺伝子に対するDNA配列の解読数であるリード数を得て、細胞外マトリックスの遺伝子について、790R製ディッシュで培養した細胞を用いて分析したリード数と、ポリスチレン製ディッシュで培養した細胞を用いて分析したリード数を比較した。
図1に、ポリスチレン製ディッシュを用いた場合の各細胞外マトリックスの発現量を1とした場合の、790R製ディッシュを用いた場合の細胞外マトリックス発現量の相対値を示す。
【0043】
この結果から、790R製ディッシュで培養した細胞は、細胞外マトリックスの遺伝子発現量が多くなることが分かった。
【0044】
〔製造例2〕EPO産生組み換えCHO細胞の作製
抗生物質G418への耐性遺伝子を内包するベクターpLXRN(Chlontech社製)の発現遺伝子の挿入サイトに、EPO遺伝子配列を挿入してプラスミドpLXRN−EPOを構築した。構築したプラスミドの中のEPO遺伝子は、その塩基配列解析を行うことにより確認した。
次に、構築したプラスミドpLXRN−EPOとプラスミドpVSV−G(Clontech社製)を、パッケージ細胞であるGP293T細胞(Clontech社製)に形質導入することにより、EPO遺伝子を含有するウイルス粒子を調製した。
なお、細胞へのプラスミドpLXRN−EPOの導入操作のための遺伝子導入試薬として、Lipofectamine(invitorogen社製)を用い、遺伝子導入操作は、メーカーのマニュアルに従った。
【0045】
遺伝子導入操作を行ったGP293T細胞を培養し、その培養上清を取り出して、フィルタ濾過し、8μg/mlのポリブレン(santacruz社製)を加えることにより、EPO遺伝子を保持したウイルス粒子を含む培養上清試料を調製した。
続いて、あらかじめ培養したCHO細胞試料の培養液を除いて、上記のEPO遺伝子を保持したウイルス粒子を含む培養上清試料を添加して、8時間培養維持することにより、EPO遺伝子を保持したウイルス粒子をCHO細胞に感染させた。
8時間のインキュベーションの後に、CHO細胞の培養培地に交換を行い、組み換えEPOを産生するCHO細胞の培養操作を行った。
【0046】
ウイルスの感染は、以下のようにゲノムPCRにより確認した。まず、Instagene(BioRad社製)を用いて、感染操作を行ったCHO細胞からゲノムを抽出し、pLXRN−EPO配列がゲノムに導入されていることをPCRで確認した。PCRに用いたPrimerは、pLXRN−seq−F(5’−CGCCTCCGTCTGAATTTTT)及びpLXRN−seq−R(TCCCTATGCAAAAGCGAAAC)とした。
ウイルスが感染し、ゲノムにEPO遺伝子が組み込まれたCHO細胞を選抜するため、抗生物質G418を培地に添加し、培養維持して、抗生物質G418耐性のCHO細胞を薬剤選択することにより、EPO発現能を有する組み換えCHO細胞を選抜した。
【0047】
〔実施例2〕
培養容器として製造例1で得られた790R製ディッシュを使用し、液体培地として10%牛胎児血清を含むHam培地を使用して、製造例2で選抜された組み換えCHO細胞を1.25×10cells/cmで播種して、5%CO雰囲気37℃の条件で17日間培養を行った。培養途中11日時点で、培養途中に水の蒸散による培地液量体積が減少したので、培地液量を保持するために、蒸散により減少した液量と同量の液量の培地を添加した。培養17日目における培地を用いて、ELISA法(eBioscience社製のhuman EPO Platinum ELISA)により、活性型EPO量の測定を行い、単位培養面積当たりのEPO産生量を求めた。
【0048】
〔比較例2〜7〕
実施例1において、790R製ディッシュに代えて、ポリスチレン製ディッシュ〔ファルコン登録商標)ディッシュ(ベクトンデッキンソン社製、型番353001)〕、及び、ポリスチレン製ディッシュに、ゼラチン、フィブロネクチン、コラーゲン1、コラーゲン4、ラミニン並びにポリD−リジンをそれぞれコートしたディッシュ(ベクトンデッキンソン社製、バイオコートディッシュ ゼラチンコート品:品番354652、フィブロネクチンコート品:品番354402、コラーゲンIコート品:品番354400、コラーゲンIVコート品:品番354428、ラミニンコート品:品番354404、ポリ−D−リシン(PDL)コート品:品番354413)を用いること以外は実施例2と同様にして培養を行い、活性型EPO量の測定を行い、単位培養面積当たりのEPO産生量を求めた。
実施例2及び比較例2〜7の結果を図2に示す。
【0049】
この結果から、790R製ディッシュで培養した場合に、ポリスチレン製ディッシュや、ポリスチレン製ディッシュに各種の細胞外マトリックスをコートしたディッシュに比べて、エリスロポエチンの発現量が増加することが分かった。
図1
図2