(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
Mg:4.5〜10.0mass%、Be:0.00001〜0.00200mass%、Cu:0.003〜0.150mass%、Zn:0.05〜0.60mass%、Cr:0.010〜0.300mass%を含有し、Si:0.060mass%以下及びFe:0.060mass%以下に規制し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、Mg系酸化物の含有量が50ppm以下であり、めっき前処理を施す前において、グロー放電発光分析装置(GDS)による表面深さ方向におけるBeの最大発光強度を(IBe)とし、アルミニウム合金の母材内部におけるBeの平均発光強度を(Ibulk)とし、上記Be含有量を(CBe)mass%として、(IBe/Ibulk)×(CBe)≦0.1000mass%であり、下地めっき処理を施した後の基板表面において、最長径1μm以上の従来ピットの個数密度及び最長径0.5μm以上1μm未満の微細ピットの個数密度がいずれも1個/mm2以下であることを特徴とする磁気ディスク用アルミニウム合金基板。
請求項1に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造方法であって、前記アルミニウム合金の溶湯を調整する調整工程と、調整した前記アルミニウム合金の溶湯を加熱保持する溶湯保持工程と、加熱保持した溶湯を鋳造する鋳造工程と、鋳塊を熱間圧延する熱間圧延工程と、熱間圧延板を冷間圧延する冷間圧延工程と、冷間圧延板を円環状ディスクに加工する加工工程と、円環状ディスクを加圧平坦化してディスクブランクとする加圧平坦化焼鈍工程と、ディスクブランクを切削・研削する切削・研削工程と、切削・研削したディスクブランクの歪取り加熱処理工程とを含み、前記溶湯保持工程において、前記アルミニウム合金の溶湯を保持炉中において700〜850℃の範囲にある保持温度で0.5時間以上6.0時間未満加熱保持し、前記溶湯保持工程終了から前記鋳造工程開始までの時間が0.3時間以下であり、かつ前記溶湯保持工程開始から前記鋳造工程開始までの時間が6.0時間以下であり、前記鋳造工程において、鋳造開始時の溶湯温度を700〜850℃として溶湯を鋳造し、前記歪取り加熱処理工程において、150℃から200〜400℃の範囲にある保持温度まで20.0℃/分以上の昇温速度でディスクブランクを加熱する加熱昇温段階と、前記保持温度において5〜15分間ディスクブランクを加熱保持する加熱保持段階と、前記保持温度から150℃まで20.0℃/分以上の降温速度でディスクブランクを冷却する冷却降温段階とを含むことを特徴とする磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、下地処理した磁気ディスク用アルミニウム合金基板のめっき表面の平滑性及び強度に着目し、これら特性と磁気ディスク用アルミニウム合金基板の成分及び組織との関係について鋭意調査研究した。その結果、本発明者らは、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の表層におけるAl/Mg/Be酸化物とアルミニウム合金基板中のMg系酸化物が、微細ピット及び従来ピットによるめっき表面の平滑性に大きな影響を与えることを見出した。これらの知見に基づいて、本発明者らは本発明を為すに至ったものである。
【0020】
以下、本発明の実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板について詳細に説明する。
【0021】
1.アルミニウム合金組成
まず、本発明の実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板を構成するアルミニウム合金成分について説明する。
【0022】
マグネシウム:
Mgは、主としてアルミニウム合金基板の強度を向上させる効果を有する。また、Mgは、ジンケート処理時のジンケート皮膜を均一に、薄く、かつ、緻密に付着させる作用を奏するので、ジンケート処理工程の次工程である下地めっき処理工程において、Ni−Pからなるめっき表面の平滑性が向上する。Mgの含有量は4.5〜10.0mass%(以下、単に「%」と記す)である。Mgの含有量が4.5%未満では強度が不十分であり、10.0%を超えると粗大なMg−Si系化合物が生成し、エッチング時、ジンケート処理時、切削や研削の加工時に粗大なMg−Si系化合物が脱落して、めっき表面に大きなピット(従来ピット)が発生する。その結果、めっき表面の平滑性が低下する。好ましいMgの含有量は、強度および製造の容易さの兼合いから4.5〜7.0%である。
【0023】
ベリリウム:
Beは鋳造時に、Mgの溶湯酸化を抑制する効果と材料自体の耐食性を向上させる効果を有する。しかしながら、Beの添加量が多いと、切削加工・研削加工の後の歪取り加熱処理においてBeが表層に濃化し、Beを含有するAl/Mg/Be酸化物が形成される。そして、これにめっき処理を行うと、めっき表面に従来ピットよりもサイズが小さい微細ピットが多発することが判明した。これは、Beを含有するAl/Mg/Be酸化物がBeを含有しないAl/Mg酸化物に比べて耐食性が高いことに関係していると考えられる。すなわち、Al/Mg/Be酸化物はその高耐食性によって、エッチングなどのめっき前処理によっては除去され難いためと考えられる。
【0024】
このような表層に形成されるAl/Mg/Be酸化物の厚さは必ずしも均一ではなく、表層において、厚い(Beの表面濃化が多い)部分と薄い(Beの表面濃化が少ない)部分が形成されることで厚さに差が生じる。Beの表面濃化が多い部分においては、エッチング処理などのめっき前処理でAl/Mg/Be酸化物の厚さが増すことで、Al/Mg/Be酸化物が完全に除去されず一部残存することになる。その結果、めっき処理中にAl/Mg/Be酸化物上でカソード反応が起こり、Al/Mg/Be酸化物の周囲ではアノード反応(Alマトリックスの溶解)が起こると考えられる。更に、このAl/Mg/Be酸化物が一部残存した部分ではめっき処理中にAlマトリックスの溶解が続き、Al/Mg/Be酸化物を中心とした微細な凹みが形成される。この凹部においては、Alマトリックスの溶解が続くことによりめっきが付着し難く、その結果、めっき表面に微細ピットが発生すると考えられる。従来において問題になっていた従来ピットは、Al−Fe系化合物等がめっき前処理中に溶解しAlマトリックスに巨大な凹みが形成され、めっき処理でこの巨大な凹みが埋まりきらずにピットとなっていた。しかしながら、Al/Mg/Be酸化物に起因する微細ピットは、Alマトリックスに形成される凹みは微細で小さいが、Alマトリックスの溶解が続くことで微細ピットが形成されるのが特徴である。
【0025】
このように、Be量が少ないとAl/Mg/Be酸化物が薄くなるため、めっき前処理においてAl/Mg/Be酸化物は除去される。一方、Be量が多いとAl/Mg/Be酸化物が厚くなるため、めっき前処理においてAl/Mg/Be酸化物が完全に除去されずに残存する。その結果、微細ピットが発生し、Al/Mg/Be酸化物の厚さの差が大きい部分が多ければ多いほど微細ピットが多発すると考えられる。
【0026】
一方、Beの添加量が少ないとMg系酸化物が多く生成する。その結果、めっき処理を行うとめっき表面に従来ピットよりもサイズが小さい微細ピットが多発することが判明した。これはMg系酸化物がめっき処理中に溶解し、溶け出したMgイオンが微細ピットの発生に影響を与えていると考えられる。即ち、Mg系酸化物はめっき処理液に対して溶解性が高いため、めっき処理中にMg系酸化物が溶解し、Mgイオンが溶け出すことでめっきが付着しづらく、その結果、めっき表面に微細ピットが発生すると考えられる。
【0027】
Beの含有量は0.00001〜0.00200%とする。0.00001%未満では、Mg系酸化物が多く生成し、めっき処理時に、めっき表面に従来ピットよりもサイズが小さい微細ピットが多発し、めっき表面の平滑性が低下する。一方、0.00200%を超えると、研削後の加熱時に厚いAl/Mg/Be酸化物が形成されるため、めっき処理時に微細ピットが発生し、めっき表面の平滑性が低下するためである。好ましいBeの含有量は0.00010〜0.00170%である。
【0028】
銅:
Cuはジンケート処理時のAl溶解量を減少させ、またジンケート皮膜を均一に、薄く、緻密に付着させる効果を有する。その結果、次工程の下地めっき処理で形成されるNi−Pからなるめっき表面の平滑性を向上させる。Cuの含有量は、0.003〜0.150%とする。Cu含有量が0.003%未満では上記効果が十分に得られない。一方、Cu含有量が0.150%を超えると粗大なAl−Cu−Mg−Zn系金属間化合物が生成して、めっき処理後における従来ピットが発生し平滑性が低下する。更に、材料自体の耐食性を低下させるため、ジンケート処理により生成するジンケート皮膜が不均一となり、めっきの密着性や平滑性が低下する。好ましいCu含有量は、0.005〜0.100%である。
【0029】
亜鉛:
ZnはCuと同様にジンケート処理時のAl溶解量を減少させ、またジンケート皮膜を均一に、薄く、緻密に付着させ、次工程の下地めっき処理で形成されるNi−Pからなるめっき表面の平滑性を向上させる効果を有する。Znの含有量は、0.05〜0.60%とする。Zn含有量が0.05%未満では上記効果が十分に得られない。一方、Zn含有量が0.60%を超えると、粗大なAl−Cu−Mg−Zn系金属間化合物が生成して、めっき処理後における従来ピットが発生し平滑性が低下する。更に、材料自体の加工性や耐食性を低下させる。好ましいZn含有量は、0.05〜0.50%である。
【0030】
クロム:
Crは鋳造時に微細な金属間化合物を生成するが、一部はマトリックスに固溶して強度向上に寄与する。また切削性と研削性を高め、更に再結晶組織を微細にして、めっき層の密着性を向上させる効果を有する。Crの含有量は、0.010〜0.300%とする。Cr含有量が0.010%未満では、上記効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が0.300%を超えると、鋳造時において過剰分が晶出すると同時に粗大なAl−Cr系金属間化合物が生成し、エッチング時、ジンケート処理時、切削や研削の加工時に粗大なAl−Cr系金属間化合物が脱落して、めっき表面に大きな従来ピットが発生し、めっき表面の平滑性が低下する。好ましいCr含有量は、0.010〜0.200%である。
【0031】
シリコン:
Siは本発明の必須元素であるMgと結合し、めっき層において欠陥となる金属間化合物を生成するため、アルミニウム合金中にSiが含有されることは好ましくない。Siの含有量が0.060%を超えると、粗大なMg−Si系金属間化合物が生成して従来ピットなどの発生原因になる。従って、Si含有量を0.060%以下に規制する。Si含有量は、0.025%未満に規制するのが好ましく、0%が最も好ましい。
【0032】
鉄:
Feはアルミニウム中には殆ど固溶せず、Al−Fe系金属間化合物としてアルミニウム地金中に存在する。このアルミニウム中に存在するFeは本発明の必須元素であるAlと結合し、めっき層において欠陥となる金属間化合物を生成するため、アルミニウム合金中にFeが含有されることは好ましくない。Feの含有量が0.060%を超えると、粗大なAl−Fe系金属間化合物が生成して従来ピットなどの発生原因になる。従って、Fe含有量を0.060%以下に規制する。Fe含有量は、0.025%未満に規制するのが好ましく、0%が最も好ましい。
【0033】
その他の元素:
また、本発明の実施形態に係るアルミニウム合金の残部は、アルミニウムと不可避的不純物とからなる。ここで、不可避的不純物(例えばMn等)は、各々が0.03%以下で、かつ、合計で0.15%以下であれば、本発明で得られるアルミニウム合金基板としての特性を損なうことはない。
【0034】
2.磁気ディスク用アルミニウム合金基板の表層のBeの濃化状態
次に、本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板の表層のBeの濃化状態について説明する。
【0035】
磁気ディスク用アルミニウム合金基板(後述する歪取り加熱処理を施した、めっき前処理を施す前のアルミニウム合金基板)の表層におけるBeの濃化状態は、
図2に示すように、表面の深さ方向への分析をグロー放電発光分析装置(GDS)で行うことで評価することが出来る。GDSで分析を行なったときのBeの最大発光強度(I
Be)とアルミニウム合金基板の母材内部の平均Be強度(I
bulk)との比である(I
Be/I
bulk)と、Be濃度C
Be(%)の積である(I
Be/I
bulk)×(C
Be)が0.1000%以下であると、アルミニウム合金基板の表層におけるAl/Mg/Be酸化物は薄いため、めっき前処理によってAl/Mg/Be酸化物は除去されピットの発生を抑制することができる。一方、この(I
Be/I
bulk)×(C
Be)が0.1000%を超えると、Al/Mg/Be酸化物が厚いため、めっき前処理によってAl/Mg/Be酸化物が完全に除去されずに残存し、微細ピットが多発する。従って、この(I
Be/I
bulk)×(C
Be)は0.1000%以下に規定される。この(I
Be/I
bulk)×(C
Be)は、0.0500%以下に規制するのが好ましい。なお、(I
Be/I
bulk)×(C
Be)の下限値は、アルミニウム合金組成や製造方法に拠って決まるが、本発明では、好ましくは0.0010%、より好ましくは0.0001%である。
【0036】
本発明において、アルミニウム合金基板表層のGDS測定において、Beの最大発光強度(I
Be)とは、アルミニウム合金基板の最表層から深さ2.0μmまで測定したときのBe発光強度の最大値をいう。また、アルミニウム合金基板の母材内部の平均Be強度(I
bulk)とは、アルミニウム合金基板の最表層からの深さが1.5μm〜2.0μmの間におけるBe発光強度の平均値をいう。
【0037】
3.Mg系酸化物の含有量
次に、本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板中のMg系酸化物の含有量について説明する。
【0038】
アルミニウム合金基板中のMg系酸化物の含有量が50ppmを超えると、めっき処理時に、めっき表面に従来ピットよりもサイズが小さい微細ピットが多発し、めっき表面の平滑性が低下する。従って、Mg系酸化物の含有量は、50ppm以下に規制する。Mg系酸化物の含有量は、10ppm以下に規制するのが好ましく、0ppmが最も好ましい。なお、本発明において、Mg系酸化物とはMgO及びAl
2MgO
4のMgを含んだ酸化物のことを指す。また、アルミニウム合金基板中のMg系酸化物量は、ヨウ素メタノール法、すなわち酸化物抽出法により測定を行う。
【0039】
4.磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造方法
以下に、本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造工程について詳細に説明する。
【0040】
磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造方法を、
図1に示すフロー図を参照しつつ説明する。ここで、アルミニウム合金の調整(ステップS101)〜歪取り加熱処理(ステップS110)は、本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板を製造する工程である。そして、この磁気ディスク用アルミニウム合金基板に、めっき前処理(ステップS111)と、これに続く下地(Ni−P)めっき処理(ステップS112)を施すことにより、本発明の下地処理した磁気ディスク用アルミニウム合金基板が作製される。更に、下地処理した磁気ディスク用アルミニウム合金基板の表面に磁性体を付着させることで(ステップS113)、磁気ディスクが作製される。まず、磁気ディスク用アルミニウム合金基板を製造する工程について説明する。
【0041】
上述の成分組成を有するアルミニウム合金の溶湯を、常法に従って加熱・熔融することによって調整する(ステップS101)。次に、調整されたアルミニウム合金の溶湯を保持炉によって加熱保持する(ステップS102)。
【0042】
保持炉での溶湯の加熱温度は、700〜850℃とすることでMg系酸化物の生成と介在物の生成を低減することが出来る。保持炉での溶湯の加熱温度が700℃未満の場合には、介在物が保持中に多く生成し、このような700℃未満の温度で長時間保持を行ってもこの介在物を十分に除去することが出来ず、アルミニウム合金溶湯中に残存する。その結果、この介在物起因によって基板表面に大きな窪み及び研削傷が発生し、めっき表面の平滑性が低下する。一方、保持炉での溶湯の加熱温度が850℃を超える場合には、Mg系酸化物が多く生成し、めっき処理を行うとめっき表面に従来ピットよりもサイズが小さい微細ピットが多発する。従って、保持炉での溶湯の加熱温度は700〜850℃とする。また、好ましい保持炉での溶湯の加熱温度は、750〜850℃である。
【0043】
保持炉での溶湯の保持時間は、0.5時間以上6.0時間未満とすることで、Mg系酸化物の生成を抑制し、溶湯中に溶解しきれなかった介在物(Ti−V−Zr−B系粒子等)を沈殿させて除去することが出来る。なお、保持炉での溶湯の保持時間とは、溶解炉で調整されたアルミニウム合金溶湯が保持炉に全て転湯され、炉内で脱ガス処理等の処理が行われた後に保持されている時間のことを言う。保持炉での溶湯の保持時間が0.5時間未満では上記介在物の沈殿が不十分であり、アルミニウム合金溶湯中に残存する。その結果、この介在物起因によって基板表面に大きな窪み及び研削傷が発生し、めっき表面の平滑性が低下する。一方、保持炉での溶湯の保持時間が6.0時間以上だと、Mg系酸化物が多く生成し、めっき処理を行うとめっき表面に従来ピットよりもサイズが小さい微細ピットが多発する。従って、保持炉での溶湯の保持時間は0.5時間以上6.0時間未満とする。また、好ましい保持炉での溶湯の保持時間は、0.5時間以上3.0時間以下である。
【0044】
なお、保持炉で溶湯を保持した後、鋳造を行う前に常法に従ってインライン脱ガス処理やインラインでの濾過処理を行うことが好ましい。インライン脱ガス処理装置としては、SNIFやALPURなどの商標で市販されているものが使用できる。これらのインライン脱ガス処理装置は、アルゴンガスやアルゴンと窒素等の混合ガスを溶湯に吹き込みながら、羽根付き回転体を高速で回転させてガスを微細な気泡として溶湯中に供給するものである。これにより、脱水素ガス及び介在物の除去がインラインで短時間に行える。インライン濾過処理としては、セラミックチューブフィルターやセラミックフォームフィルター、アルミナボールフィルター等が用いられ、ケーク濾過機構や濾材濾過機構により介在物を除去する。
【0045】
保持炉で溶湯を保持した後、インラインでの脱ガス処理及び濾過処理を行うと溶湯温度が低下することがある。そのため、鋳造開始時の溶湯温度も保持炉での溶湯の加熱温度と同じく700〜850℃とする。鋳造開始時の溶湯温度が700℃未満の場合には、上記介在物が鋳造開始前において多く生成する。その結果、この介在物起因によって基板表面に大きな窪み及び研削傷が発生し、めっき表面の平滑性が低下する。一方、鋳造開始時の溶湯温度が850℃を超えると、Mg系酸化物が多く生成し、めっき処理を行うとめっき表面に従来ピットよりもサイズが小さい微細ピットが多発する。従って、鋳造開始時の溶湯温度は700〜850℃とする。また、好ましい鋳造開始時の溶湯温度は、700〜800℃である。
【0046】
また、保持炉で溶湯を保持した後、鋳造を行うまでに時間が掛かるとMg系酸化物が多く生成する。そのため、保持炉で溶湯を保持した後、鋳造を開始するまでの時間(溶湯保持工程終了から鋳造工程開始までの時間)を、0.3時間以下とし、かつ、溶湯保持から鋳造開始までの時間(溶湯保持工程開始から鋳造工程開始までの時間)を6.0時間以下とする。鋳造開始時までの時間が0.3時間を超え且つ溶湯保持から鋳造開始までの時間が6.0時間を超える場合には、Mg系酸化物が多く生成し、めっき処理を行うとめっき表面に従来ピットよりもサイズが小さい微細ピットが多発する。従って、保持炉で溶湯を保持した後、鋳造を開始するまでの時間は0.3時間以下とし、且つ、溶湯保持から鋳造開始までの時間は6.0時間以下とする。また、鋳造開始までの好ましい時間は、0.1時間以下であり、且つ、溶湯保持から鋳造開始までの好ましい時間は3.1時間以下である。
【0047】
次に、加熱保持されたアルミニウム合金の溶湯を脱ガス処理し、半連続鋳造法(DC鋳造法)や連続鋳造法(CC法)等によりアルミニウム合金を鋳造する(ステップS103)。
【0048】
次に、鋳造されたアルミニウム合金の鋳塊に均質化処理を施す(ステップS104)。均質化処理は行わなくてもよいが、実施する場合には、480〜560℃で1時間以上の条件で行なうのが好ましく、500〜550℃で2時間以上の条件で行うのがより好ましい。処理温度が480℃未満の場合や、処理時間が1時間未満の場合には、十分な均質化効果が得られない場合がある。また、560℃を超える処理温度では、材料が溶解する虞がある。
【0049】
次に、鋳造したアルミニウム合金の鋳塊、或いは、均質化処理を施した場合には均質化処理したアルミニウム合金の鋳塊を、熱間圧延によって板材とする(ステップS105)。熱間圧延の条件は特に限定されるものではないが、熱間圧延開始温度を300〜500℃とするのが好ましく、320〜480℃とするのがより好ましい。また、熱間圧延終了温度は260〜400℃とするのが好ましく、280〜380℃とするのがより好ましい。熱間圧延開始温度が300℃未満では熱間圧延加工性が確保できず、500℃を超えると結晶粒が粗大化し、めっきの密着性が低下する場合がある。熱間圧延終了温度が260℃未満では熱間圧延加工性が確保できず、400℃を超えると結晶粒が粗大化し、めっきの密着性が低下する場合がある。なお、熱間圧延では、通常、鋳塊を熱間圧延開始温度で0.5〜10.0時間加熱保持後に熱間圧延を行う。均質化処理を行う場合には、前記加熱保持を均質化処理で代替してもよい。
【0050】
次に、熱間圧延板を冷間圧延して好ましくは0.4〜2.0mm、より好ましくは0.6〜2.0mmのアルミニウム合金板とする(ステップS106)。すなわち、熱間圧延終了後は、冷間圧延によって所要の製品板厚に仕上げられる。冷間圧延の条件は特に限定されるものではなく、必要な製品板強度や板厚に応じて定めればよく、圧延率を20〜90%とするのが好ましく、20〜80%とするのがより好ましい。この圧延率が20%未満では加圧平坦化焼鈍で結晶粒が粗大化し、めっきの密着性が低下する場合があり、この圧延率が90%を超えると製造時間が長くなり製造性の低下を招く場合がある。
【0051】
良好な冷間圧延加工性を確保するために、冷間圧延の前又は冷間圧延の途中において、焼鈍処理を施してもよい。焼鈍処理を実施する場合には、例えばバッチ式の焼鈍では、300〜450℃で0.1〜10時間の条件で行うのが好ましく、300〜380℃で1〜5時間の条件で行うのがより好ましい。焼鈍温度が300℃未満の場合や焼鈍時間が0.1時間未満の場合には、十分な焼鈍効果が得られないことがある。また、焼鈍温度が450℃を超える場合には、結晶粒が粗大化し、めっきの密着性が低下する場合があり、焼鈍時間が10時間を超える場合は生産性の低下を招く。一方、連続式の焼鈍では、400〜500℃で0〜60秒間保持の条件で行うのが好ましく、450〜500℃で0〜30秒間保持の条件で行うのがより好ましい。焼鈍温度が400℃未満の場合には、十分な焼鈍効果が得られないことがある。また、焼鈍温度が500℃を超える場合には、結晶粒が粗大化し、めっきの密着性が低下する場合があり、焼鈍時間が60秒を超える場合には、結晶粒が粗大化し、めっきの密着性が低下する場合がある。なお、この場合の0秒とは、所望の焼鈍温度に達した後、直ちに冷却することを意味する。
【0052】
このようにして得たアルミニウム合金板を磁気ディスク用アルミニウム合金基板として加工するには、まず、アルミニウム合金板を円環状に打ち抜いて円環状アルミニウム合金板を作製する(ステップS107)。次に、円環状アルミニウム合金板に大気中で300〜450℃で30分以上、好ましくは300〜380℃で60分以上の加圧平坦化焼鈍を施し、平坦化したディスクブランクを作製する(ステップS108)。処理温度が300℃未満の場合や処理時間が30分未満では、平坦化の効果が得られない場合がある。処理温度が450℃を超える場合には、結晶粒が粗大化し、めっきの密着性が低下する場合がある。なお、加圧は、通常1.0〜3.0MPaの圧力下で行われる。
【0053】
次に、平坦化したディスクブランクに切削加工と研削加工を施した(ステップS109)後に、ディスクブランクの歪取りのための加熱処理(ステップS110)を行う。
【0054】
歪取り加熱処理の加熱昇温時において、150℃から200〜400℃の範囲にある保持温度までの昇温速度が20.0℃/分未満の場合には、アルミニウム合金基板表層におけるAl/Mg/Be酸化物が厚くなる。その結果、めっき前処理によってAl/Mg/Be酸化物が完全に除去されずに残存し、微細ピットが多発する。従って、この昇温速度は20.0℃/分以上とする。この昇温速度は、好ましくは30.0℃/分以上である。この昇温速度の上限値は特に限定されるものではないが装置の加熱能力に依存し、本発明では60.0℃/分とするのが好ましい。また、昇温速度を150℃からのものとして規定したのは、150℃未満の温度域で長時間保持されてもBeの濃化に大きな影響を与えないためである。
【0055】
加熱処理における保持温度が200℃未満の場合には加工歪が除去されないため、めっき処理後の加熱時(例えば磁性体スパッタリングの加熱時)に基板が変形して磁気ディスクとして使用できない。一方、保持温度が400℃を超える場合には、アルミニウム合金基板表層におけるAl/Mg/Be酸化物が厚くなるため、めっき前処理でAl/Mg/Be酸化物が完全に除去されずに残存し、微細ピットが多発する。従って、保持温度を200〜400℃とする。なお、好ましい保持温度は、200〜290℃である。
【0056】
保持温度での保持時間が5分未満の場合には加工歪が除去されないため、めっき処理後の加熱時(例えば磁性体スパッタリングの加熱時)に基板が変形して磁気ディスクとして使用できない。一方、保持時間が15分を超える場合には、アルミニウム合金基板表層におけるAl/Mg/Be酸化物が厚くなるため、めっき前処理でAl/Mg/Be酸化物が完全に除去されずに残存し、微細ピットが多発する。従って、保持時間は5〜15分とする。なお、好ましい保持時間は、5〜10分である。
【0057】
歪取り加熱処理の冷却降温時において、200〜400℃の範囲にある保持温度から150℃までの降温速度が20.0℃/分未満の場合には、アルミニウム合金基板表層におけるAl/Mg/Be酸化物が厚くなる。その結果、めっき前処理によってAl/Mg/Be酸化物が完全に除去されずに残存し、微細ピットが多発する。従って、この降温速度は20.0℃/分以上とする。この降温速度は、好ましくは30.0℃/分以上である。この降温速度の上限値は特に限定されるものではなく、装置の冷却能力にも依存するが、本発明では60.0℃/分とするのが好ましい。また、降温速度を150℃までのものとして規定したのは、上述の通りである。
【0058】
以上の各工程によって、本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板が作製される。
【0059】
以上のようにして作製した磁気ディスク用アルミニウム合金基板に、めっき前処理として脱脂、エッチング、ジンケート処理(Zn置換処理)が施される(ステップS111)。
【0060】
脱脂は市販のAD−68F(上村工業製)脱脂液等を用い、温度40〜70℃、処理時間3〜10分、濃度200〜800mL/Lの条件で脱脂を行うことが好ましく、温度45〜65℃、処理時間4〜8分、濃度300〜700mL/Lの条件で行うのがより好ましい。温度が40℃未満の場合や処理時間が3分未満の場合、或いは、濃度が200mL/L未満の場合には、十分な脱脂効果が得られないことがある。また、温度が70℃を超える場合や処理時間が10分を超える場合、或いは、濃度が800mL/Lを超える場合は、基板表面の平滑性が低下し、めっき処理後にピットが発生し平滑性が低下することがある。
【0061】
エッチングは市販のAD−107F(上村工業製)エッチング液等を用い、温度50〜75℃、処理時間0.5〜5分、濃度20〜100mL/Lの条件でエッチングを行うことが好ましく、温度55〜70℃、処理時間0.5〜3分、濃度40〜100mL/Lの条件で行うのがより好ましい。温度が50℃未満の場合や処理時間が0.5分未満の場合、或いは、濃度が20mL/L未満の場合には、十分なエッチング効果が得られないことがある。また、温度が75℃を超える場合や処理時間が5分を超える場合、或いは、濃度が100mL/Lを超える場合は、基板表面の平滑性が低下し、めっき処理後にピットが発生し平滑性が低下することがある。なお、エッチング処理と後述のジンケート処理の間に、通常のデスマット処理(室温の20〜50%程度の濃度のHNO
3水溶液に、10〜120秒間浸漬)を行なっても良い。
【0062】
ジンケート処理は市販のAD−301F−3X(上村工業製)のジンケート処理液等を用い、温度10〜35℃、処理時間0.1〜5分、濃度100〜500mL/Lの条件で行うことが好ましく、温度15〜30℃、処理時間0.1〜2分、濃度200〜400mL/Lの条件で行うのがより好ましい。温度が10℃未満の場合や処理時間が0.1分未満の場合、或いは、濃度が100mL/L未満の場合には、ジンケート皮膜が不均一となり、めっき処理後に従来ピットが発生し平滑性が低下することがある。また、温度が35℃を超える場合や処理時間が5分を超える場合、或いは、濃度が500mL/Lを超える場合も、ジンケート皮膜が不均一となり、めっき処理後に従来ピットが発生し平滑性が低下することがある。
【0063】
更に、ジンケート処理したアルミニウム合金基板表面に下地処理として無電解でのNi−Pめっき処理が施されたのち表面の研磨が行われる(ステップS112)。無電解でのNi−Pめっき処理は、市販のニムデンHDX(上村工業製)めっき液等を用い、温度80〜95℃、処理時間30〜180分、Ni濃度3〜10g/Lの条件でめっき処理を行うことが好ましく、温度85〜95℃、処理時間60〜120分、Ni濃度4〜9g/Lの条件で行うのがより好ましい。温度が80℃未満の場合やNi濃度が3g/L未満の場合にはめっきの成長速度が遅く、生産性の低下を招く場合がある。処理時間が30分未満の場合にはめっき表面に欠陥が生じやすくなり、めっき表面の平滑性が低下することがある。温度が95℃を超える場合やNi濃度が10g/Lを超える場合にはめっきが不均一に成長するため、めっきの平滑性が低下する場合がある。処理時間が180分を超える場合には、生産性の低下を招くことがある。
【0064】
これらのめっき前処理、ならびに、Ni−Pめっき処理によって、本発明の下地処理した磁気ディスク用アルミニウム合金基板が得られる。最後に、下地めっき処理とした表面にスパッタリングによって磁性体を付着させ磁気ディスクとする(ステップS113)。
【0065】
上述の各工程は何れもMg系酸化物の生成及び表層のBeの酸化に関係するが、本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板の特性は、ステップS102のアルミニウム合金の溶湯の加熱保持工程、ステップS103の鋳造段階及びステップS110の歪取り加熱処理に特に大きな影響を受ける。上述のように、アルミニウム合金の溶湯の加熱保持工程では、Mg系酸化物量を規制するために、アルミニウム合金の溶湯を保持炉中において700〜850℃の範囲にある保持温度において0.5時間以上6.0時間未満の時間加熱保持し、前記溶湯保持工程終了から前記鋳造工程開始までの時間が0.3時間以下であり、かつ前記溶湯保持工程開始から前記鋳造工程開始までの時間が6.0時間以下の時間で行う。また、鋳造工程では、鋳造開始時の溶湯温度を700〜850℃として鋳造工程を行う。このような条件で溶湯保持と鋳造を行うことでMg系酸化物の生成が抑えられ、微細ピットの発生を抑制することが出来る。また、上述のように、歪取り加熱処理では、表層における所望のBeの濃化状態を得るために、150℃から200〜400℃の範囲にある保持温度まで20.0℃/分以上の昇温速度でディスクブランクを加熱する加熱昇温段階と、保持温度において5〜15分間ディスクブランクを加熱保持する加熱保持段階と、保持温度から150℃まで20.0℃/分以上の降温速度でディスクブランクを冷却する冷却降温段階を含む。このような条件で加熱処理することで表層におけるBeの濃化が抑制され、微細ピットの発生を防止することが出来る。
【実施例】
【0066】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0067】
まず、表1に示す成分組成の各合金を常法に従って溶解し、アルミニウム合金溶湯を溶製した(ステップS101)。
【0068】
【表1】
【0069】
次に、表2に示す条件でアルミニウム合金溶湯を保持炉によって加熱保持した(ステップS102)。次に、加熱保持されたアルミニウム合金溶湯を半連続鋳造法(DC鋳造法)により鋳造し鋳塊を作製した(ステップS103)。
【0070】
【表2】
【0071】
上記鋳塊は両面15mmを面削し、合金No.2以外の合金は510℃で3時間の均質化処理を施した(ステップS104)。次に、熱間圧延開始温度460℃、熱間圧延終了温度340℃で熱間圧延を行ない、板厚3.0mmの熱間圧延板とした(ステップS105)。合金No.7以外の熱間圧延板は中間焼鈍を行なわずに冷間圧延(圧延率67%)により板厚1.0mmまで圧延して最終圧延板とした(ステップS106)。なお、合金No.7では、まず第1の冷間圧延(圧延率33%)を施した後、バッチ式焼鈍炉を用いて、300℃で2時間の条件で中間焼鈍を行なった。次いで、第2の冷間圧延(圧延率50%)により板厚1.0mmまで圧延して最終圧延板とした(ステップS106)。このようにして得たアルミニウム合金板を外径96mm、内径24mmの円環状に打抜き、円環状アルミニウム合金板を作製した(ステップS107)。
【0072】
上記のようにして得た円環状アルミニウム合金板に、1.5MPaの圧力下において400℃で3時間の加圧平坦化焼鈍を施しディスクブランクとした(ステップS108)。更に、このディスクブランクの端面に研削加工を施して外径95mm、内径25mmとし、更に、表面を10μm研削する研削加工(グラインディング加工)を行った(ステップS109)。次に、表3の条件で加熱を行いアルミニウム合金基板とした(ステップS110)。
【0073】
【表3】
【0074】
その後、歪取り加熱処理を施した磁気ディスク用アルミニウム合金基板にめっき前処理を施した。具体的には、まず、磁気ディスク用アルミニウム合金基板を60℃のAD−68F(上村工業製)脱脂液(濃度:550mL/L)に5分間浸漬して表面を脱脂処理した。次に、65℃のAD−107F(上村工業製)エッチング液(濃度:70mL/L)に1分間浸漬して表面をエッチング処理した。更に、室温の30%HNO
3水溶液に20秒間浸漬して表面をデスマット処理した。このようにして表面状態を整えた後に、アルミニウム合金基板をAD−301F−3X(上村工業製)の20℃のジンケート処理液(濃度:300mL/L)に0.5分間浸漬して表面にジンケート処理を施した(ステップS111)。なお、ジンケート処理は合計2回行い、ジンケート処理間に室温の30%HNO3水溶液に20秒間浸漬して表面を剥離処理した。以上のようにして、メッキ前処理を完了した。次に、ジンケート処理したアルミニウム合金基板表面に、無電解Ni−Pめっき処理液(ニムデンHDX(上村工業製)、Ni濃度7g/L)を用いて18μm厚さのNi−Pめっき層が形成されるように無電解めっきを施した。無電解Ni−Pめっき処理は、温度92℃、処理時間160分で行なった。最後に、めっき面を羽布により6μmの研磨量で仕上げ研磨した(ステップS112)。このようにして、下地処理した磁気ディスク用アルミニウム合金基板とした。
【0075】
冷間圧延工程(ステップS106)後のアルミニウム合金板、研削加工後の歪取り加熱処理(ステップS110)後の磁気ディスク用アルミニウム合金基板、及び下地(Ni−P)めっき処理(研磨付き)(ステップS112)後の下地処理した磁気ディスク用アルミニウム合金基板について以下の評価を行った。なお、表4に示すように、合金No.30を用いた比較例30では研削加工後の加熱時の温度が低かったために、合金No.33を用いた比較例33では研削加工後の加熱時の保持時間が短かったため、いずれも加工歪が完全に除去されなかった。その結果、めっき処理後の加熱時に基板が変形し、「磁気ディスク用」としての構成要件を満たすことが出来なかったため、以下の評価は行っていない(表4参照)。
【0076】
【表4】
【0077】
〔強度〕
冷間圧延工程(ステップS106)の後におけるアルミニウム合金板を400℃で3時間の条件で加熱した後、圧延方向に沿って切り出したJIS5号試験片の耐力(圧延方向に沿った方向における)を、島津製作所製インストロン型引張試験機AG−50kNGを使用して測定した。測定条件は、標点距離50mm、クロスヘッド速度10mm/分とした。評価基準としては、耐力120MPa以上のものを優良(◎印)とし、耐力120MPa未満のものを不良(×印)とした。結果を表4に示す。
【0078】
〔磁気ディスク用アルミニウム合金基板のMg系酸化物量〕
歪取り加熱処理(ステップS110)の後における磁気ディスク用アルミニウム合金基板のMg系酸化物量をヨウ素メタノール法、すなわち酸化物抽出法により測定した。評価基準としては、Mg系酸化物量が50ppm以下のものを優良(◎印)とし、50ppmを超えるものを不良(×印)とした。結果を表4に示す。
【0079】
〔磁気ディスク用アルミニウム合金基板の表層のBeの濃化状態〕
歪取り加熱処理(ステップS110)の後における磁気ディスク用アルミニウム合金基板の表面の深さ方向に沿ったBeをGDS分析した。具体的には、上記のようにBeの最大発光強度及び母材内部の平均Be強度を測定して、アルミニウム合金基板の表層におけるBeの酸化状態を評価した。GDS分析は、株式会社堀場製作所製のJY−5000RFの装置を用い実施した。GDSの測定条件は、アルゴンガス置換後の圧力600Pa、出力30W、モジュール700、フェーズ300、アノード径4mmφとした。測定試料の表面から深さ2.0μmまでスパッタする際におけるBeの最大ピーク高さを最大発光強度とした。また、測定試料の表面からの深さが1.5〜2.0μmの間におけるBeの平均高さを平均強度とした。このようにして測定したBeの最大発光強度(I
Be)と、アルミ合金板母材内部の平均Be強度(I
bulk)との比(I
Be/I
bulk)とBe濃度(C
Be)との積、すなわち、(I
Be/I
bulk)×(C
Be)が0.1000%以下のものを優良(◎印)とし、0.1000%を超えるものを不良(×印)とした。結果を表4に示す。
【0080】
〔下地処理した磁気ディスク用アルミニウム合金基板の平滑性〕
Ni−Pめっき処理して研磨(ステップS112)後の下地処理した磁気ディスク用アルミニウム合金基板表面における従来ピット及び微細ピットの個数を求めた。従来ピットについては、光学顕微鏡により1000倍の倍率で観察視野を1mm
2とし、最長径1μm以上の大きさの従来ピットの個数を計測し、単位面積当たりの個数(個数密度:個/mm
2)を求めた。微細ピットについては、SEMにより2000倍の倍率で観察視野を1mm
2とし、最長径0.5μm以上1μm未満の大きさの微細ピットの個数を測定し、単位面積当たりの個数(個数密度:個/mm
2)を求めた。ここで、従来ピット及び微細ピット共に最長径とは、各ピットの長さとして観察されるもののうち最大のものをいう。また、従来ピットの最長径の上限は限定されるものではないが、10μm以上のものは観察されなかった。微細ピットでは、最長径が0.5μm未満のものは観察されなかったので対象外とした。なお、従来ピット及び微細ピット共に、1mm
2の観察視野中にピットの全体が存在している場合は勿論、ピットの一部のみが観察されたものも一個として数えた。評価基準としては、従来ピット及び微細ピットの個数密度が共に0個/mm
2の場合を優良(◎印)とし、一方又は両方が1個/mm
2の場合を良好(○印)とし、一方又は両方が2個/mm
2以上の場合を不良(×印)とした。結果を表4に示す。
【0081】
表4に示すように、実施例1〜7では、Mg系酸化物量及び表層のBeの濃化状態が優良であり、めっき表面の平滑性と強度に優れる磁気ディスク用アルミニウム合金基板が得られた。これに対して比較例8〜29、31、32、34〜36では何れも、本発明の規定外の構成要素を含んでいたため、上記めっき表面の平滑性が不良であった。
【0082】
即ち、比較例8では、Mg含有量が多過ぎたために粗大なAl−Mg系金属間化合物が多く生成され、この金属間化合物がめっき前処理で脱落してアルミニウム合金基板表面に大きな窪みが発生した。その結果、めっき表面に従来ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0083】
比較例9では、Cu含有量が多過ぎたために粗大なAl−Cu−Mg−Zn系金属間化合物が多く生成され、この金属間化合物がめっき前処理で脱落してアルミニウム合金基板表面に大きな窪みが発生した。その結果、めっき表面に従来ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0084】
比較例10では、Zn含有量が多過ぎたために粗大なAl−Cu−Mg−Zn系金属間化合物が多く生成され、この金属間化合物がめっき前処理で脱落してアルミニウム合金基板表面に大きな窪みが発生した。その結果、めっき表面に従来ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0085】
比較例11では、Cr含有量が多過ぎたために粗大なAl−Cr系金属間化合物が多く生成し、この金属間化合物がめっき前処理で脱落してアルミニウム合金基板表面に大きな窪みが発生した。その結果、めっき表面に従来ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0086】
比較例12では、Fe含有量が多過ぎたために粗大なAl−Fe系金属間化合物が多く生成し、この金属間化合物がめっき前処理で脱落してアルミニウム合金基板表面に大きな窪みが発生した。その結果、めっき表面に従来ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0087】
比較例13では、Si含有量が多過ぎたために粗大なMg−Si系金属間化合物が多く生成し、この金属間化合物がめっき前処理で脱落してアルミニウム合金基板表面に大きな窪みが発生した。その結果、めっき表面に従来ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0088】
比較例14では、Beの含有量が多過ぎたために研削後の歪取り加熱処理においてBeの濃化が発生した。そして、(I
Be/I
bulk)×(C
Be)が上限値の0.1000%を超え0.1150%となった。そのため研削後の歪取り加熱処理において濃化がおこり、厚いAl/Mg/Be酸化物が形成された。その結果、めっき表面に微細ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0089】
比較例15では、Mg含有量が少な過ぎたために耐力が低かった。その結果、強度が不良となった。
【0090】
比較例16では、Cu含有量が少な過ぎたためにジンケート皮膜が不均一となった。その結果、めっき表面に従来ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0091】
比較例17では、Zn含有量が少な過ぎたためにジンケート皮膜が不均一となった。その結果、めっき表面に従来ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0092】
比較例18では、Cr含有量が少な過ぎたためにアルミニウム合金板の結晶粒が粗大化し、めっきの密着性が低下した。その結果、めっき表面に従来ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0093】
比較例19では、Be含有量が少な過ぎたためにMg系酸化物が多く生成した。その結果、めっき表面に微細ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0094】
比較例20では、保持炉での溶湯の加熱温度が高過ぎたためにMg系酸化物が多く生成した。その結果、めっき表面に微細ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0095】
比較例21では、保持炉での溶湯の加熱温度及び鋳造開始時の溶湯温度が低過ぎたために粗大な介在物が多く生成し、研削加工やめっき前処理時にアルミニウム合金板表面に大きな窪みや研削傷が多数発生した。その結果、めっき表面に従来ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0096】
比較例22では、保持炉での溶湯の保持時間が長過ぎたためにMg系酸化物が多く生成した。その結果、めっき表面に微細ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0097】
比較例23では、保持炉での溶湯の保持時間が短過ぎたために粗大な介在物が多く残存し、研削加工やめっき前処理時にアルミニウム合金板表面に大きな窪みや研削傷が多数発生した。その結果、めっき表面に従来ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0098】
比較例24、25では、溶湯保持工程終了から鋳造工程開始までの時間、ならびに、溶湯保持工程開始から鋳造工程開始までの時間が長過ぎたためにMg系酸化物が多く生成した。その結果、めっき表面に微細ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0099】
比較例26では、保持炉での溶湯の加熱温度及び鋳造開始時の溶湯温度が高過ぎたためにMg系酸化物が多く生成した。その結果、めっき表面に微細ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0100】
比較例27では、鋳造開始時の溶湯温度が低過ぎたために粗大な介在物が多く生成し、研削加工やめっき前処理時にアルミニウム合金板表面に大きな窪みや研削傷が多数発生した。その結果、めっき表面に従来ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0101】
比較例28では、研削加工後の加熱時の昇温速度(100℃から保持温度200〜400℃まで)が遅過ぎたために研削後の歪取り加熱処理においてBeの濃化が発生した。そして、(I
Be/I
bulk)×(C
Be)が上限値の0.1000%を超え0.1150%となった。そのため表層のAl/Mg/Be酸化物が厚くなり、めっき表面に微細ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0102】
比較例29では、研削加工後の加熱時の保持温度が高過ぎたために研削後の歪取り加熱処理においてBeの濃化が発生した。そして、(I
Be/I
bulk)×(C
Be)が上限値の0.1000%を超え0.1250%となった。そのため、研削後の歪取り加熱処理において濃化がおこり、表層のAl/Mg/Be酸化物が厚くなった。その結果、めっき表面に微細ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0103】
比較例31、32では、研削加工後の加熱時の保持時間が長過ぎたために研削後の歪取り加熱処理においてBeの濃化が発生した。そして、(I
Be/I
bulk)×(C
Be)が上限値の0.1000%を超え比較例31では0.1100%、比較例32では0.1200%となった。そのため、研削後の歪取り加熱処理において濃化がおこり、表層のAl/Mg/Be酸化物が厚くなった。その結果、めっき表面に微細ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0104】
比較例34では、研削加工後の加熱時の降温速度(保持温度200〜400℃から100℃まで)が遅過ぎたために研削後の歪取り加熱処理においてBeの濃化が発生した。そして、(I
Be/I
bulk)×(C
Be)が上限値の0.1000%を超え0.1100%となった。そのため表層のAl/Mg/Be酸化物が厚くなり、めっき表面に微細ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0105】
比較例35では、溶湯保持工程開始から鋳造開始までの時間が長過ぎたためにMg系酸化物が多く生成した。その結果、めっき表面に微細ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。
【0106】
比較例36では、保持炉での溶湯の保持時間と溶湯保持工程終了から鋳造開始までの時間及び溶湯保持工程開始から鋳造開始までの時間が長過ぎたためにMg系酸化物が多く生成した。その結果、めっき表面に微細ピットが生じやすくなり、めっき表面の平滑性が不良となった。