(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、Al:0%超1.5%以下、Ti:0%超1.5%以下、Nb:0%超1.5%以下、Zr:0%超1.5%以下、Hf:0%超1.5%以下、Ta:0%超1.5%以下、W:0%超1.5%以下、及び、Cu:0%超1.5%以下のうちの1種又は2種以上を含む、請求項1〜4のいずれか一項に記載の高強度低熱膨張合金。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1〜3に開示されるような従来の高強度低熱膨張合金では、時効熱処理により析出硬化させて高硬度化を実現するが、時効熱処理の最適な条件(温度及び該温度の保持時間)の範囲、例えば、最大硬さを得るために最適な条件の範囲が狭いため、所望の硬さを得ることが難しい。
【0008】
そこで、本発明は、高強度低熱膨張合金として必要な特性(例えば、耐摩耗性、高強度、良好な延性、低い熱膨張率等)を有する合金であって、合金の製造時、所望の硬度を得るための熱処理に広範囲の条件を使用可能な合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、合金の組成、結晶粒内に存在する炭化物の組成、結晶粒内に存在する炭化物の分散状態等を適切に制御することにより、高強度低熱膨張合金として必要な特性(例えば、耐摩耗性、高強度、良好な延性、低い熱膨張率等)を有する合金であって、合金の製造時、所望の硬度を得るための熱処理に広範囲の条件を使用可能な合金を実現できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、以下の高強度低熱膨張合金を提供する。
(1)質量%で、C:0.1%以上0.4%以下、Si:0.1%以上2.0%以下、Mn:0%超2.0%以下、Ni:25%以上40%以下、V:0.5%以上3.0%以下、Mo:0.4%以上1.9%以下、Cr:0%以上3.0%以下、Co:0%以上3.0%以下、B:0%以上0.05%以下、Ca:0%以上0.05%以下、Mg:0%以上0.05%以下、Al:0%以上1.5%以下、Ti:0%以上1.5%以下、Nb:0%以上1.5%以下、Zr:0%以上1.5%以下、Hf:0%以上1.5%以下、Ta:0%以上1.5%以下、W:0%以上1.5%以下、Cu:0%以上1.5%以下、O:0%以上0.005%以下、及びN:0%以上0.03%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる高強度低熱膨張合金であって、
前記合金の結晶粒内には、Mo及びVの両方を含む(Mo,V)C系複合炭化物が存在し、
前記合金に含まれるMo、V及びCの量をそれぞれ[Mo]、[V]及び[C]としたとき、([Mo]+2.8[V])/[C]の値が9.6以上21.7以下であり、
前記(Mo,V)C系複合炭化物に含まれるMo及びVの量をそれぞれ{Mo}及び{V}としたとき、{Mo}/{V}の値が0.2以上4.0以下である、前記高強度低熱膨張合金。
(2)前記結晶粒において、前記(Mo,V)C系複合炭化物の密度が10個/μm
2以上であり、かつ、前記(Mo,V)C系複合炭化物の総個数に対する直径150nm以下の前記(Mo,V)C系複合炭化物の個数の割合が50%以上である、(1)に記載の高強度低熱膨張合金。
(3)質量%で、Cr:0%超3.0%以下を含み、
前記合金に含まれるMo、V及びCrの量をそれぞれ[Mo]、[V]及び[Cr]としたとき、([Mo]+[V])/[Cr]の値が1.2以上である、(1)又は(2)に記載の高強度低熱膨張合金。
(4)質量%で、Co:0%超3.0%以下を含み、
前記合金に含まれるCo及びNiの量をそれぞれ[Co]及び[Ni]としたとき、[Co]+[Ni]が35%以上40%以下である、(1)〜(3)のいずれかに記載の高強度低熱膨張合金。
(5)質量%で、B:0%超0.05%以下、Ca:0%超0.05%以下、及び、Mg:0%超0.05%以下のうちの1種又は2種以上を含む、(1)〜(4)のいずれかに記載の高強度低熱膨張合金。
(6)質量%で、Al:0%超1.5%以下、Ti:0%超1.5%以下、Nb:0%超1.5%以下、Zr:0%超1.5%以下、Hf:0%超1.5%以下、Ta:0%超1.5%以下、W:0%超1.5%以下、及び、Cu:0%超1.5%以下のうちの1種又は2種以上を含む、(1)〜(5)のいずれかに記載の高強度低熱膨張合金。
(7)質量%で、N:0%超0.03%以下を含む、(1)〜(6)のいずれかに記載の高強度低熱膨張合金。
(8)ビッカース硬さが335以上である、(1)〜(7)のいずれかに記載の高強度低熱膨張合金。
(9)引張強さが800MPa以上である、(1)〜(8)のいずれかに記載の高強度低熱膨張合金。
(10)伸びが10%以上である、(1)〜(9)のいずれかに記載の高強度低熱膨張合金。
(11)25℃〜100℃の平均線熱膨張係数が6.5×10
−6/℃以下である、(1)〜(10)のいずれかに記載の高強度低熱膨張合金。
(12)100℃〜240℃の平均線熱膨張係数が8.0×10
−6/℃以下である、(1)〜(11)のいずれかに記載の高強度低熱膨張合金。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、高強度低熱膨張合金として必要な特性(例えば、耐摩耗性、高強度、良好な延性、低い熱膨張率等)を有する合金であって、合金の製造時、所望の硬度を得るための熱処理に広範囲の条件を使用可能な合金が提供される。本発明の合金は、熱膨張による寸法及び形状変化の回避が望まれるが、使用中に昇温する可能性のある精密機械部品、金型等に使用される高強度低熱膨張合金として有用である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<合金組成>
以下、本発明の合金の組成について説明する。なお、本明細書において、「%」は別段規定される場合を除き、質量%を意味する。
【0014】
C:0.1%以上0.4%以下
Cは、本発明の合金の必須元素である。Cは、固溶の強化、並びに、炭化物形成による析出硬化及びその強化に有効である。このようなCの効果を有効に発揮させる観点から、Cの含有量は、0.1%以上、好ましくは0.13%以上、さらに好ましくは0.15%以上に調整される。一方、Cの含有量が過剰であると、延性が低下するとともに、線熱膨張係数が増大する。したがって、Cの含有量は、0.4%以下、好ましくは0.38%以下、さらに好ましくは0.36%以下に調整される。
【0015】
Si:0.1%以上2.0%以下
Siは、本発明の合金の必須元素である。Siは、固溶の強化に有効である。このようなSiの効果を有効に発揮させる観点から、Siの含有量は、0.1%以上、好ましくは0.2%以上、さらに好ましくは0.3%以上に調整される。一方、Siの含有量が過剰であると、線熱膨張係数が増大する。したがって、Siの含有量は、2.0%以下、好ましくは1.7%以下、さらに好ましくは1.3%以下に調整される。
【0016】
Mn:0%超2.0%以下
Mnは、本発明の合金の必須元素である。Mnは、脱酸剤として作用するとともに、固溶の強化に有効である。このようなMnの効果を有効に発揮させる観点から、Mnの含有量は、0%超、好ましくは0.1%以上、さらに好ましくは0.2%以上に調整される。一方、Mnの含有量が過剰であると、線熱膨張係数が増大する。したがって、Mnの含有量は、2.0%以下、好ましくは1.8%以下、さらに好ましくは1.3%以下に調整される。
【0017】
Ni:25%以上40%以下
Niは、本発明の合金の必須元素である。Niは、低い線熱膨張係数の実現に有効である。このようなNiの効果を有効に発揮させる観点から、Niの含有量は、25%以上、好ましくは30%以上、さらに好ましくは34%以上に調整される。一方、Niの含有量が過剰であると、低い線熱膨張係数の実現が困難となるとともに、合金コストが増加する。したがって、Niの含有量は、40%以下、好ましくは39%以下、さらに好ましくは38%以下に調整される。
【0018】
V:0.5%以上3.0%以下
Vは、本発明の合金の必須元素である。Vは、炭化物形成による析出硬化及びその強化に有効であるとともに、結晶粒内炭化物の粗大化抑制及び結晶粒内炭化物の微細析出促進を通じた延性劣化回避に有効である。このようなVの効果を有効に発揮させる観点から、Vの含有量は、0.5%以上、好ましくは0.6%以上、さらに好ましくは0.7%以上に調整される。一方、Vの含有量が過剰であると、上記効果が飽和し、含有量の増加に見合う効果の増加が得られないとともに、線熱膨張係数が増大する。したがって、Vの含有量は、3.0%以下、好ましくは2.8%以下、さらに好ましくは2.6%以下に調整される。
【0019】
Mo:0.4%以上1.9%以下
Moは、本発明の合金の必須元素である。Moは、炭化物形成による析出硬化及びその強化に有効であるとともに、結晶粒内炭化物の粗大化抑制及び結晶粒内炭化物の微細析出促進を通じた延性劣化回避に有効である。このようなMoの効果を有効に発揮させる観点から、Moの含有量は、0.4%以上、好ましくは0.5%以上、さらに好ましくは0.7%以上に調整される。一方、Moの含有量が過剰であると、上記効果が飽和し、含有量の増加に見合う効果の増加が得られないとともに、線熱膨張係数が増大する。したがって、Moの含有量は、1.9%以下、好ましくは1.7%以下、さらに好ましくは1.5%以下に調整される。
【0020】
([Mo]+2.8[V])/[C]の値
本発明の合金に含まれるMo、V及びCの量をそれぞれ[Mo]、[V]及び[C]としたとき、([Mo]+2.8[V])/[C]の値は、9.6以上21.7以下である。([Mo]+2.8[V])/[C]の値が9.6未満であると、Cの含有量が相対的に過剰となり、延性が低下する。したがって、([Mo]+2.8[V])/[C]の値は、9.6以上、好ましくは10.0以上、さらに好ましくは10.8以上に調整される。([Mo]+2.8[V])/[C]の値が9.6以上であると、炭化物形成による析出硬化及びその強化を実現できるとともに、延性を最適化できる。一方、([Mo]+2.8[V])/[C]の値が21.7を超えると、Vの含有量及びMoの含有量が相対的に過剰となり、V及びMoの効果が飽和し、含有量の増加に見合う効果の増加が得られないとともに、線熱膨張係数が増大する。したがって、([Mo]+2.8[V])/[C]の値は、21.7以下、好ましくは21.3以下、さらに好ましくは21.0以下に調整される。
【0021】
本発明の合金は、上記必須元素を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなるが、必要に応じて、下記任意元素及び不純物のうちの1種又は2種以上を含むことができる。
【0022】
Cr:0%以上3.0%以下
Crは、本発明の合金の任意元素である。Crは、固溶の強化に有効である。このようなCrの効果を有効に発揮させることが望まれる場合、Crの含有量は、0%超、好ましくは0.1%以上、さらに好ましくは0.3%以上に調整される。一方、Crの含有量が過剰であると、粗大な炭化物の形成により強度及び延性が低下するとともに、線熱膨張係数が増大する。したがって、Crの含有量は、3.0%以下、好ましくは2.5%以下、さらに好ましくは2.0%以下に調整される。
【0023】
本発明の合金に含まれるMo、V及びCrの量をそれぞれ[Mo]、[V]及び[Cr]としたとき、([Mo]+[V])/[Cr]の値は、好ましくは1.2以上である。([Mo]+[V])/[Cr]の値が1.2未満であると、Crの含有量が相対的に過剰となり、粗大な炭化物の形成により析出硬化が阻害されるとともに、延性が低下する。したがって、([Mo]+[V])/[Cr]の値は、1.2以上、好ましくは1.3以上、さらに好ましくは1.5以上に調整される。([Mo]+[V])/[Cr]の値の上限値は特に限定されないが、好ましくは8.0以下、さらに好ましくは6.0以下である。
【0024】
Co:0%以上3.0%以下
Coは、本発明の合金の任意元素である。Coは、Niと同様の効果を有するとともに、キュリー点の上昇による線熱膨張係数の安定化に有効である。このようなCoの効果を有効に発揮させることが望まれる場合、Coの含有量は、0%超、好ましくは0.1%以上、さらに好ましくは0.3%以上に調整される。一方、Coの含有量が過剰であると、合金コストが増加するとともに、線熱膨張係数が増大する。したがって、Coの含有量は、3.0以下、好ましくは2.8以下、さらに好ましくは2.5%以下に調整される。
【0025】
本発明の合金に含まれるCo及びNiの量をそれぞれ[Co]及び[Ni]としたとき、[Co]+[Ni]は、好ましくは35%以上40%以下である。[Co]+[Ni]が35%未満であると、低い線熱膨張係数の実現が困難となる。したがって、[Co]+[Ni]は、好ましくは35%以上、さらに好ましくは36%以上、さらに一層好ましくは37%以上に調整される。[Co]+[Ni]が35%以上であると、低い線熱膨張係数を実現できる。一方、[Co]+[Ni]が40%を超えると、低い線熱膨張係数の実現が困難となるとともに、合金コストが増加する。したがって、[Co]+[Ni]は、好ましくは40%以下、さらに好ましくは39.5%以下、さらに一層好ましくは39%以下に調整される。
【0026】
B:0%以上0.05%以下
Bは、本発明の合金の任意元素である。Bは、粒界強化による熱間加工性の向上及び耐粒界酸化性の強化に有効である。このようなBの効果を有効に発揮させることが望まれる場合、Bの含有量は、0%超、好ましくは0.001%以上、さらに好ましくは0.002%以上に調整される。一方、Bの含有量が過剰であると、熱間加工性が低下する。したがって、Bの含有量は、0.05%以下、好ましくは0.03%以下、さらに好ましくは0.01%以下に調整される。
【0027】
Ca:0%以上0.05%以下
Caは、本発明の合金の任意元素である。Caは、S固定による熱間加工性の向上に有効である。このようなCaの効果を有効に発揮させることが望まれる場合、Caの含有量は、0%超、好ましくは0.005%以上、さらに好ましくは0.01%以上に調整される。一方、Caの含有量が過剰であると、熱間加工性が低下する。したがって、Caの含有量は、0.05%以下、好ましくは0.04%以下、さらに好ましくは0.03%以下に調整される。
【0028】
Mg:0%以上0.05%以下
Mgは、本発明の合金の任意元素である。Mgは、S固定による熱間加工性の向上に有効である。このようなMgの効果を有効に発揮させることが望まれる場合、Mgの含有量は、0%超、好ましくは0.01%以上、さらに好ましくは0.015%以上に調整される。一方、Mgの含有量が過剰であると、熱間加工性が低下する。したがって、Mgの含有量は、0.05%以下、好ましくは0.045%以下、さらに好ましくは%0.04以下に調整される。
【0029】
Al:0%以上1.5%以下
Alは、本発明の合金の任意元素である。Alは、脱酸効果による酸化物系介在物の除去、固溶の強化、並びに、析出硬化及びその強化に有効である。このようなAlの効果を有効に発揮させることが望まれる場合、Alの含有量は、0%超、好ましくは0.005%以上、さらに好ましくは0.01%以上に調整される。一方、Alの含有量が過剰であると、延性の低下、熱膨張係数の増加及び合金コストの増加が生じる。したがって、Alの含有量は、1.5%以下、好ましくは1.3%以下、さらに好ましくは1.0%以下に調整される。
【0030】
Ti:0%以上1.5%以下
Tiは、本発明の合金の任意元素である。Tiは、析出硬化及びその強化に有効であり、V又はMoの代替元素として使用可能である。このようなTiの効果を有効に発揮させることが望まれる場合、Tiの含有量は、0%超、好ましくは0.001%以上、さらに好ましくは0.005%以上に調整される。一方、Tiの含有量が過剰であると、時効硬化能の低下、延性の低下、熱膨張係数の増加及び合金コストの増加が生じる。したがって、Tiの含有量は、1.5%以下、好ましくは1.3%以下、さらに好ましくは1.0%以下に調整される。
【0031】
Nb:0%以上1.5%以下
Nbは、本発明の合金の任意元素である。Nbは、析出硬化及びその強化に有効であり、V又はMoの代替元素として使用可能である。このようなNbの効果を有効に発揮させることが望まれる場合、Nbの含有量は、0%超、好ましくは0.01%以上、さらに好ましくは0.02%以上に調整される。一方、Nbの含有量が過剰であると、時効硬化能の低下、延性の低下、熱膨張係数の増加及び合金コストの増加が生じる。したがって、Nbの含有量は、1.5%以下、好ましくは1.3%以下、さらに好ましくは1.0%以下に調整される。
【0032】
Zr:0%以上1.5%以下
Zrは、本発明の合金の任意元素である。Zrは、析出硬化及びその強化に有効であり、V又はMoの代替元素として使用可能である。このようなZrの効果を有効に発揮させることが望まれる場合、Zrの含有量は、0%超、好ましくは0.01%以上、さらに好ましくは0.02%以上に調整される。一方、Zrの含有量が過剰であると、時効硬化能の低下、延性の低下、熱膨張係数の増加及び合金コストの増加が生じる。したがって、Zrの含有量は、1.5%以下、好ましくは1.3%以下、さらに好ましくは1.0%以下に調整される。
【0033】
Hf:0%以上1.5%以下
Hfは、本発明の合金の任意元素である。Hfは、析出硬化及びその強化に有効であり、V又はMoの代替元素として使用可能である。このようなHfの効果を有効に発揮させることが望まれる場合、Hfの含有量は、0%超、好ましくは0.01%以上、さらに好ましくは0.02%以上に調整される。一方、Hfの含有量が過剰であると、時効硬化能の低下、延性の低下、熱膨張係数の増加及び合金コストの増加が生じる。したがって、Hfの含有量は、1.5%以下、好ましくは1.4%以下、さらに好ましくは1.3%以下に調整される。
【0034】
Ta:0%以上1.5%以下
Taは、本発明の合金の任意元素である。Taは、析出硬化及びその強化に有効であり、V又はMoの代替元素として使用可能である。このようなTaの効果を有効に発揮させることが望まれる場合、Taの含有量は、0%超、好ましくは0.01%以上、さらに好ましくは0.02%以上に調整される。一方、Taの含有量が過剰であると、時効硬化能の低下、延性の低下、熱膨張係数の増加及び合金コストの増加が生じる。したがって、Taの含有量は、1.5%以下、好ましくは1.4%以下、さらに好ましくは1.3%以下に調整される。
【0035】
W:0%以上1.5%以下
Wは、本発明の合金の任意元素である。Wは、析出硬化及びその強化に有効であり、V又はMoの代替元素として使用可能である。このようなWの効果を有効に発揮させることが望まれる場合、Wの含有量は、0%超、好ましくは0.01%以上、さらに好ましくは0.02%以上に調整される。一方、Wの含有量が過剰であると、時効硬化能の低下、延性の低下、熱膨張係数の増加及び合金コストの増加が生じる。したがって、Wの含有量は、1.5%以下、好ましくは1.4%以下、さらに好ましくは1.3%以下に調整される。
【0036】
Cu:0%以上1.5%以下
Cuは、本発明の合金の任意元素である。Cuは、Cu粒子形成により析出硬化及びその強化に有効であるとともに、キュリー点を上昇させる。このようなCuの効果を有効に発揮させることが望まれる場合、Cuの含有量は、0%超、好ましくは0.01%以上、さらに好ましくは0.02%以上に調整される。一方、Cuの含有量が過剰であると、熱間加工性の低下、合金コストの増加が生じる。したがって、Cuの含有量は、1.5%以下、好ましくは1.3%以下、さらに好ましくは1.0%以下に調整される。
【0037】
O:0%以上0.005%以下
Oは、本発明の合金の不純物である。Oは、酸化物形成により延性を低下させる。したがって、Oの含有量は、0.005%以下、好ましくは0.003%以下、さらに好ましくは0.001%以下に調整される。
【0038】
N:0%以上0.03%以下
Nは、本発明の合金の任意元素である。Nは、固溶の強化等、Cと同様の効果を有する。このようなNの効果を有効に発揮させることが望まれる場合、Nの含有量は、0%超、好ましくは0.01%以上に調整される。一方、Nの含有量が過剰であると、窒化物形成により延性が低下する。したがって、Nの含有量は、0.03%以下、好ましくは0.025%以下に調整される
【0039】
本発明の一実施形態に係る合金は、B:0%超0.05%以下、Ca:0%超0.05%以下、及び、Mg:0%超0.05%以下のうちの1種又は2種以上を含む。
【0040】
本発明の別の実施形態に係る合金は、Al:0%超1.5%以下、Ti:0%超1.5%以下、Nb:0%超1.5%以下、Zr:0%超1.5%以下、Hf:0%超1.5%以下、Ta:0%超1.5%以下、W:0%超1.5%以下、及び、Cu:0%超1.5%以下のうちの1種又は2種以上を含む。
【0041】
<合金組織>
以下、本発明の合金の組織について説明する。
本発明の合金の結晶粒内には、Mo及びVの両方を含む(Mo,V)C系複合炭化物(以下「複合炭化物」という場合がある)が存在する。
【0042】
(Mo,V)C系複合炭化物に含まれるMo及びVの量をそれぞれ{Mo}及び{V}としたとき、{Mo}/{V}の値は0.2以上4.0以下である。{Mo}/{V}の値が0.2未満であると、Mo不足の炭化物が形成され、硬度及び強度が低下するとともに、時効熱処理において粒内炭化物の形成及び成長が早く生じ、高硬度及び高強度を維持できる時効熱処理の温度範囲が狭くなり、広い温度範囲の時効条件で高硬度及び高強度が得られない。したがって、{Mo}/{V}の値は、0.2以上、好ましくは0.3以上、さらに好ましくは0.4以上に調整される。{Mo}/{V}の値が0.2以上であると、析出硬化及びその強化を最適化できる。一方、{Mo}/{V}の値が4.0を超えると、V不足の炭化物が形成され、硬度及び強度が低下するとともに、時効熱処理において粒内炭化物の形成及び成長が早く生じ、高硬度及び高強度を維持できる時効熱処理の温度範囲が狭くなり、広い温度範囲の時効条件で高硬度及び高強度が得られない。したがって、{Mo}/{V}の値は、4.0以下、好ましくは3.7以下、さらに好ましくは3.4以下に調整される。{Mo}/{V}の値が4.0以下であると、析出硬化及びその強化を最適化できる。
【0043】
{Mo}/{V}の値は、次の通り求められる。合金から試験片を採取し、試験片の断面を研磨する。結晶粒内部に存在する炭化物の組成を、透過型電子顕微鏡(TEM)及びエネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)を使用して分析する。具体的には、TEMを使用して、研磨した試験片の断面をミクロ組織観察し、EDXを使用して、結晶粒内部に存在する(Mo,V)C系複合炭化物を同定し、(Mo,V)C系複合炭化物に含まれるMo及びVの量を測定し、{Mo}/{V}の値を求める。
【0044】
結晶粒内における(Mo,V)C系複合炭化物の密度は、好ましくは10個/μm
2以上である。結晶粒内における(Mo,V)C系複合炭化物の密度が10個/μm
2未満であると、析出物が少なく、低強度になるおそれがあるが、結晶粒内における(Mo,V)C系複合炭化物の密度が10個/μm
2以上であると、析出硬化及びその強化を最適化できる。
【0045】
結晶粒内における(Mo,V)C系複合炭化物の総個数に対する直径150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の個数の割合(直径150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の存在率)は、好ましくは50%以上、さらに好ましくは70%以上、さらに一層好ましくは90%以上である。結晶粒内における(Mo,V)C系複合炭化物の総個数に対する直径150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の個数の割合が50%未満であると、多数の粗大粒子が形成され、低強度になるおそれがあるが、結晶粒における(Mo,V)C系複合炭化物の総個数に対する直径150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の個数の割合が50%以上であると、析出硬化及びその強化を最適化できる。
【0046】
結晶粒内における(Mo,V)C系複合炭化物の密度及び直径150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の存在率は、TEM及びEDXを使用して、次の通り測定される。TEMを使用して、研磨した試験片の断面をミクロ組織観察し、電子線回折及びEDXを使用した組成分析により、結晶粒内部に存在する(Mo,V)C系複合炭化物を同定する。また、結晶粒内に存在する炭化物サイズに合わせて5千〜20万の倍率で観察、撮影したTEM明視野像から(Mo,V)C系複合炭化物の総個数をカウントするとともに、同TEM明視野像中に存在する直径150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の個数をカウントする。TEM明視野像の観察面積と、同TEM明視野像中に存在する(Mo,V)C系複合炭化物の総個数とに基づいて、(Mo,V)C系複合炭化物の密度(個/μm
2)を求める。そして、上記方法でカウントした(Mo,V)C系複合炭化物の総個数及び直径150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の個数に基づいて、(Mo,V)C系複合炭化物の総個数に対する直径150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の個数の割合(150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の存在率)を求める。なお、(Mo,V)C系複合炭化物の長径(すなわち、(Mo,V)C系複合炭化物に外接する円の直径)を、(Mo,V)C系複合炭化物の直径とする。
【0047】
<合金特性>
本発明の合金のビッカース硬さは、好ましくは335以上、さらに好ましくは354以上である。
【0048】
本発明の合金のビッカース硬さは、次の通り測定される。合金から作製した試験片の断面を研磨し、研磨した断面の20点のビッカース硬さを測定し、20点のビッカース硬さの平均値を求め、これを合金のビッカース硬さとする。各点のビッカース硬さの測定は、JIS Z 2244に準拠し、フューチャーテック社のミクロ硬さ測定器(型番:FM−700)を使用して、試験力200gfにて実施する。
【0049】
本発明の合金の引張強さ(TS)は、好ましくは800MPa以上、さらに好ましくは920MPa以上である。本発明の合金の伸び(EL)は、好ましくは10%以上である。TS及びELは、合金から作製した試験片に対して、JIS Z 2241に従って引張試験を実施することにより測定される。
【0050】
本発明の合金の25℃〜100℃の平均線熱膨張係数は、好ましくは6.5×10
−6/℃以下、さらに好ましくは6.0×10
−6/℃以下である。本発明の合金の100℃〜240℃の平均線熱膨張係数は、好ましくは8.0×10
−6/℃以下、さらに好ましくは7.5×10
−6/℃以下である。線熱膨張係数の測定は、次の通り実施される。フォーマスター試験機(Formastor−EDP、富士電波工機社製)にて、昇温過程における試験片の変位を計測し、室温(25℃)〜100℃の平均線熱膨張係数及び100〜240℃の平均線熱膨張係数を測定する。
【0051】
<合金の製造方法>
本発明の合金は、例えば、本発明の合金組成を有する鋼を溶製し、造塊又は連続鋳造により鋼塊やブルームを製造した後、熱間鍛造又は熱間圧延にて丸棒、角材等の目的の形状を有した鋼材へ成形する。その後、溶体化処理及び時効熱処理を実施することにより製造することができる。例えば、溶体化処理は加熱温度1200℃、加熱時間30分間で実施することができる。なお、溶体化処理は、熱間鍛造又は熱間圧延での鋼材製造工程の後、即座に水冷等の急冷を行えば省略することができる。時効熱処理は、例えば、加熱温度625℃、加熱時間2時間で実施することができる。溶体化処理の後であって時効熱処理の前に、鋼材に冷間加工を施すことが好ましい。
【0052】
本発明の合金組成を有する鋼は、高硬度が得られる時効熱処理の条件(温度及び該温度の保持時間)の範囲が広い。したがって、時効熱処理により硬度付与する際、製造条件(例えば、材料、加熱温度、加熱時間等)の変更、制御不良等に起因する硬度低下を回避することができる。また、時効熱処理において、過剰な熱処理が施されても、過剰な熱処理に起因する著しい硬度低下を回避することができる。このような安定性は、時効熱処理において、{Mo}/{V}の値が0.2以上4.0以下である(Mo,V)C系複合炭化物が結晶粒内部に析出することにより生じる効果である。
【実施例】
【0053】
以下、実施例に基づいて、本発明をさらに詳細に説明する。
表1(本発明例No.1〜28)及び表2(比較例No.29〜51)に示す成分組成を有する50kgの合金を真空誘導溶解炉(VIM)で溶製してインゴットを得た。このインゴットを1200℃で1時間加熱し、直径20mmの棒鋼に鍛伸した。この棒鋼に対して、加熱温度1200℃、加熱時間30分間の条件で溶体化処理を実施した。なお、表1及び表2中、[Mo]、[V]及び[C]は、それぞれ、合金に含まれるMo、V及びCの量を表す。
【0054】
【表1】
【0055】
【表2】
【0056】
[時効熱処理後の結晶粒内炭化物の評価]
溶体化処理後の棒鋼から作製した試験片(JIS Z2241に規定される10号試験片)に対して、JIS Z 2241に準拠して、室温での冷間加工により引張予ひずみを付与した。具体的には、引張試験機(500kN万能試験機、島津製作所社製)を使用して試験片を引張り、公称ひずみ50%まで引張予ひずみを付与した。冷間加工後の試験片を、加熱温度500〜1000℃、加熱時間30分間〜24時間の条件で時効熱処理した。
【0057】
時効熱処理後の試験片について、結晶粒内部に存在する炭化物の組成を、透過型電子顕微鏡(TEM)及びエネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)を使用して分析した。TEM及びEDXによる分析は、次の通り実施した。TEMを使用して、研磨した試験片の断面をミクロ組織観察し、EDXを使用して、結晶粒内部に存在する(Mo,V)C系複合炭化物を同定し、(Mo,V)C系複合炭化物に含まれるMo及びVの量を測定し、{Mo}/{V}の値を求めた。結果を表3(本発明例No.1〜28)及び表4(比較例No.29〜51)に示す。なお、表3及び表4中、{Mo}及び{V}は、それぞれ、(Mo,V)C系複合炭化物に含まれるMo及びVの量を表す。
【0058】
時効熱処理後の試験片について、結晶粒内部に存在する(Mo,V)C系複合炭化物の密度を、TEM及びEDXを使用して分析した。TEM及びEDXによる分析は、次の通り実施した。TEMを使用して、研磨した試験片の断面をミクロ組織観察し、電子線回折およびEDXを使用した組成分析により、結晶粒内部に存在する(Mo,V)C系複合炭化物を同定した。そして(Mo,V)C系複合炭化物に含まれるMo及びVの量を測定し、{Mo}/{V}の値を求めた。本発明で狙いとする複合炭化物の{Mo}/{V}の値は0.2〜4.0である。分散状態の定量については、結晶粒内に存在する炭化物サイズに合わせて5千〜20万の倍率で観察、撮影したTEM明視野像から(Mo,V)C系複合炭化物の総個数をカウントするとともに、同TEM明視野像中に存在する直径150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の個数をカウントした。TEM明視野像の観察面積と、同TEM明視野像中に存在する(Mo,V)C系複合炭化物の総個数とに基づいて、(Mo,V)C系複合炭化物の密度(個/μm
2)を求めた。そして、上記方法でカウントした(Mo,V)C系複合炭化物の総個数及び直径150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の個数に基づいて、(Mo,V)C系複合炭化物の総個数に対する直径150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の個数の割合(150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の存在率)を求めた。なお、(Mo,V)C系複合炭化物の長径(すなわち、(Mo,V)C系複合炭化物に外接する円の直径)を、(Mo,V)C系複合炭化物の直径とした。(Mo,V)C系複合炭化物の{Mo}/{V}の値が0.2〜4.0を満たすと同時に、密度が10個/μm
2以上、かつ、直径150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の存在率が50%以上である場合を「A:狙いの複合炭化物が存在し、かつ分散状態が良好」、(Mo,V)C系複合炭化物の{Mo}/{V}の値が0.2〜4.0を満たすが、密度が10個/μm
2未満、又は、直径150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の存在率が50%未満である場合を「B:狙いの複合炭化物が存在するが、分散状態は不良」、(Mo,V)C系複合炭化物の{Mo}/{V}の値が0.2〜4.0を満たさない場合を「F:複合炭化物不良」と評価した。評価Fは本発明の範囲外となる。結果を表3(本発明例No.1〜28)及び表4(比較例No.29〜51)に示す。
【0059】
【表3】
【0060】
【表4】
【0061】
[時効熱処理後のビッカース硬さの評価]
溶体化処理後の棒鋼から作製した直径14mm、高さ21mmの円筒状試験片に対して、室温での冷間加工により圧縮予ひずみを付与した。具体的には、試験片を圧縮試験機(2000kN万能試験機、島津製作所社製)により圧縮し、公称ひずみ50%まで圧縮予ひずみを付与した。冷間加工後の試験片を、加熱温度625〜675℃、加熱時間30分間〜5時間の条件で時効熱処理した。時効熱処理後の試験片の断面を研磨し、研磨した断面の20点のビッカース硬さを測定し、20点のビッカース硬さの平均値を求めた。各鋼材において、加熱温度625〜675℃、加熱時間30分間〜5時間の条件にて時効熱処理を施したものの中で、20点のビッカース硬さの平均値が最も高かったものの硬さを各鋼材それぞれの「時効熱処理後のビッカース硬さ」とした。ビッカース硬さの測定は、JIS Z 2244に準拠し、フューチャーテック社のミクロ硬さ測定器(型番:FM−700)を使用して、試験力200gfにて実施した。時効熱処理後のビッカース硬さが354以上である場合を「A:耐摩耗性がきわめて良好」、354未満335以上である場合を「B:耐摩耗性が良好」、335未満である場合を「F:耐摩耗性が不良」と評価した。結果を表5(本発明例No.1〜28)及び表6(比較例No.29〜51)に示す。ここでA又はBと評価された場合には以下の評価を行ったが、ここでFと評価された場合には以下の評価は行わなかった。
【0062】
[熱的時効安定性の評価]
上記と同様にして、溶体化処理後の棒鋼から作製した試験片に対して、圧縮予ひずみを付与した後、加熱時間を3時間に固定し、加熱温度を625〜675℃の間で変化させて時効熱処理を行った。時効処理前と時効熱処理後の試験片の断面を研磨し、研磨した断面の20点のビッカース硬さを測定し、20点のビッカース硬さの平均値を求めた。横軸を時効温度、縦軸をビッカース硬さとする曲線を作成し(
図1参照)、この曲線に基づいて、最大ビッカース硬さ(MAX3hr)の95%以上のビッカース硬さを確保できる温度範囲を求めた。最大ビッカース硬さ(MAX3hr)の95%以上のビッカース硬さを確保できる温度範囲が35℃以上である場合を「A:熱的時効安定性が良好」、35℃未満である場合を「F:熱的時効安定性が不良」と評価した。結果を表5(本発明例No.1〜28)及び表6(比較例No.29〜51)に示す。なお、
図1は、加熱時間を3時間に固定し、加熱温度を625〜675℃の間で変化させて時効熱処理を行った場合の、横軸を時効温度、縦軸をビッカース硬さとする曲線の一例であり、この曲線では、最大ビッカース硬さ(MAX3hr)の95%以上のビッカース硬さを確保できる温度範囲が40℃である。
【0063】
[経時的時効安定性の評価]
上記と同様にして、溶体化処理後の棒鋼から作製した試験片に対して、圧縮予ひずみを付与した後、加熱温度を650℃に固定し、加熱時間を30分〜5時間の間で変化させて時効熱処理を行った。時効処理前と時効熱処理後の試験片の断面を研磨し、研磨した断面の20点のビッカース硬さを測定し、20点のビッカース硬さの平均値を求めた。横軸を時効温度、縦軸をビッカース硬さとする曲線を作成し(
図2参照)、この曲線に基づいて、最大ビッカース硬さ(MAX650℃)の95%以上のビッカース硬さを確保できる時間範囲を求めた。最高ビッカース硬さ(MAX650℃)の95%以上のビッカース硬さを確保できる時間範囲が3.5時間以上である場合を「A:経時的時効安定性が良好」、3.5時間未満である場合を「F:経時的時効安定性が不良」と評価した。結果を表5(本発明例No.1〜28)及び表6(比較例No.29〜51)に示す。なお、
図2は、加熱温度を650℃に固定し、加熱時間を30分〜5時間の間で変化させて時効熱処理を行った場合の、横軸を時効温度、縦軸をビッカース硬さとする曲線の一例であり、この曲線では、最大ビッカース硬さ(MAX650℃)の95%以上のビッカース硬さを確保できる時間範囲が4.1時間である。
【0064】
熱的時効安定性の評価及び経時的時効安定性がともにAと評価された場合には以下の評価を行ったが、いずれかがFと評価された場合には以下の評価は行わなかった。
【0065】
[時効熱処理後の引張特性の評価]
上記と同様にして、溶体化処理後の棒鋼から作製した試験片に対して、引張予ひずみを付与した後、時効熱処理した。時効熱処理後の試験片に対して、JIS Z 2241に従って引張試験を実施し、引張強さ(TS)及び伸び(EL)を測定した。TSが920MPa以上、かつ、ELが10%以上である場合を「A:引張特性がきわめて良好」、TSが920MPa未満、800MPa以上、かつELが10%以上である場合を「B:引張特性が良好」、TSが800MPa未満、又は、ELが10%未満である場合を「F:引張特性が不良」と評価した。結果を表5(本発明例No.1〜28)及び表6(比較例No.29〜51)に示す。ここでA又はBと評価された場合には以下の評価を行ったが、ここでFと評価された場合には以下の評価は行わなかった。
【0066】
[時効熱処理後の線熱膨張係数の評価]
上記と同様にして、溶体化処理後の棒鋼から作製した試験片に対して、引張予ひずみを付与した後、時効熱処理を施した。時効熱処理後の試験片から直径3mm、高さ10mmの円筒状試験片(熱膨張率測定用試験片)を採取し、熱膨張率測定用試験片にて室温(25℃)〜100℃の平均線熱膨張係数及び100〜240℃の平均線熱膨張係数を測定した。線熱膨張係数の測定は、次の通り実施した。フォーマスター試験機(Formastor―EDP、富士電波工機社製)にて、昇温過程における試験片の変位を計測し、室温(25℃)〜100℃の平均線熱膨張係数及び100〜240℃の平均線熱膨張係数を測定した。25℃〜100℃の平均線熱膨張係数が6.0×10
−6/℃以下である場合を「A:線熱膨張性がきわめて低い」と評価し、6.0×10
−6/℃を超えて6.5×10
−6/℃以下である場合を「B:線熱膨張性が低い」と評価し、6.5×10
−6/℃を超える場合を「F:線熱膨張性が高い」と評価した。また、100℃〜240℃の平均線熱膨張係数が7.5×10
−6/℃以下である場合を「A:線熱膨張性がきわめて低い」と評価し、7.5×10
−6/℃を超えて8.0×10
−6/℃以下である場合を「B:線熱膨張性が低い」と評価し、8.0×10
−6/℃を超える場合を「F:線熱膨張性が高い」と評価した。結果を表5(本発明例No.1〜28)及び表6(比較例No.29〜51)に示す。
【0067】
なお、比較例No.47及びNo.48は、Ca及びBが過剰であるため、熱間加工性が悪く、鍛造時に割れが多数発生したため、評価用試験片が作製できなかったため、各種評価を行わなかった。
【0068】
【表5】
【0069】
【表6】
【0070】
本発明例No.1〜No.24は、
条件a:本発明の合金組成を満たす、
条件b:結晶粒内部に(Mo,V)C系複合炭化物が存在する、
条件c:([Mo]+2.8[V])/[C]の値が9.6以上21.7以下である、 条件d:{Mo}/{V}の値が0.2以上4.0以下である、
条件e:結晶粒において、(Mo,V)C系複合炭化物の密度が10個/μm
2以上であり、かつ、(Mo,V)C系複合炭化物の総個数に対する直径150nm以下の(Mo,V)C系複合炭化物の個数の割合が50%以上である、
条件f:Crの含有量が0%超である場合、([Mo]+[V])/[Cr]の値が1.2以上である、
条件g:Coの含有量が0%超である場合、[Co]+[Ni]が35%以上40%以下である、
を全て満たし、高強度低熱膨張合金として必要な特性が全てA評価であり、すなわち、優れた耐摩耗性、高強度、良好な延性及び低い熱膨張率を兼ね備えていた。また、本発明例No.1〜No.24は、時効安定性(熱的時効安定性及び経時的時効安定性)に優れていた。
【0071】
また、本発明例No.25〜No.28は、条件a〜dを全て満たし、耐摩耗性、高強度、良好な延性、低い熱膨張率及び時効安定性(熱的時効安定性及び経時的時効安定性)は概ね優れているが、条件e〜gのいずれか1種を満たさず、いずれかにおいてA評価よりもやや劣るB評価がある。
【0072】
一方、比較例No.29〜No.51は、条件a〜dのいずれか1種以上を満たさず、耐摩耗性、強度、延性、熱膨張率及び時効安定性(熱的時効安定性及び経時的時効安定性)の少なくともいずれか1種がF評価であり、必要な特性を欠いていた。