特許第6823358号(P6823358)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6823358
(24)【登録日】2021年1月13日
(45)【発行日】2021年2月3日
(54)【発明の名称】細菌変異株の作製方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/00 20060101AFI20210121BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20210121BHJP
   C12N 1/20 20060101ALN20210121BHJP
   C12R 1/445 20060101ALN20210121BHJP
【FI】
   C12N15/00 Z
   C12Q1/02
   !C12N1/20 A
   C12N1/20 A
   C12R1:445
【請求項の数】7
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2015-30271(P2015-30271)
(22)【出願日】2015年2月19日
(65)【公開番号】特開2016-149994(P2016-149994A)
(43)【公開日】2016年8月22日
【審査請求日】2018年2月15日
【審判番号】不服2019-15605(P2019-15605/J1)
【審判請求日】2019年11月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】501481492
【氏名又は名称】株式会社ゲノム創薬研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100125748
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 徳明
(72)【発明者】
【氏名】関水 和久
(72)【発明者】
【氏名】浜本 洋
【合議体】
【審判長】 田村 聖子
【審判官】 中島 庸子
【審判官】 一宮 里枝
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2000/028015号
【文献】 特公昭55−044597号公報
【文献】 ANTMICROBIAL AGENTS AND CHEMOTHERAPY,2000年 2月,Vol.44,No.2,p.294−303
【文献】 JOUNAL OF CLINICAL MICROBIOLOGY,2003年 4月,Vol.41,No.4,p.1687−1693
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC C12N 7/00- 7/08
C12N 15/00-15/90
C12Q 1/00- 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)の工程を含有する、MIC値が16μg/mL以上である、バンコマイシンに対して耐性を有する黄色ブドウ球菌(VRSA)の作製方法であって、
下記(a)の工程を少なくとも5回以上繰り返した後、βラクタム系抗生物質が存在する培地を用いて得られた細菌変異株からβラクタム系抗生物質に対しても耐性を有する細菌変異株を選択し、更に下記(a)の工程を少なくとも5回以上繰り返すことにより、バンコマイシン及びβラクタム系抗生物質に対して耐性を有する細菌変異株を作製することを特徴とするバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)の作製方法。
(a)細菌をアルキル化剤で変異原処理し、バンコマイシンが存在する培地を用いて得られた細菌変異株からバンコマイシンに対して耐性が上がった細菌変異株を選択する工程
【請求項2】
上記(a)工程において、親株である細菌がメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)である請求項1に記載のバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)の作製方法。
【請求項3】
vanA遺伝子を転移させずに耐性を獲得させる請求項1又は請求項2に記載のバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)の作製方法。
【請求項4】
上記βラクタム系抗生物質がオキサシリンである請求項1ないし請求項3の何れかの請求項に記載のバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)の作製方法。
【請求項5】
上記(a)工程を少なくとも10回以上繰り返した後、得られた細菌変異株からβラクタム系抗生物質に対して耐性を有する細菌変異株を選択し、更に上記(a)工程を10回以上繰り返す請求項1ないし請求項4の何れかの請求項に記載のバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)の作製方法。
【請求項6】
上記アルキル化剤がメタンスルホン酸エチル(EMS)である請求項1ないし請求項5の何れかの請求項に記載のバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)の作製方法。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6の何れかの請求項に記載の作製方法によってバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)を作製し、作製されたバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)を用いることを特徴とする抗生物質のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬剤に対して耐性を有する細菌変異株の作製方法、及び該細菌変異株の作製方法によって作製された細菌変異株を用いる、抗生物質のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は、健康を脅かす薬剤耐性病原体として最もよく知られている病原体の1つである。MRSAの爆発的な流行に立ち向かうため、バンコマイシン(以下、「VCM」と略記する場合がある)は世界中の病院で患者の治療に用いられている。一方、VCMの乱用により、近年耐性株が出現するようになった。
【0003】
CLSI(Clinical and Laboratory Standards Institutes)では、バンコマイシン低感受性(中間耐性)黄色ブドウ球菌(VISA)は、VCMのMIC(minimum inhibitory concentration;最小発育阻止濃度)値が4〜8μg/mLであると定義され、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)はVCMのMIC値が16μg/mL以上であると定義されている。VRSAは蔓延してはいないが、βラクタム系抗生物質と同様に、黄色ブドウ球菌感染にVCMが全く効かなくなることは時間の問題に過ぎない。よって、VCM等の抗生物質に対して耐性を獲得するメカニズムの解明及び代替治療方法の開発は、近い将来に起こり得るVRSAの蔓延に備えるために極めて重要である。
これまでに、VCM耐性エンテロコッカス菌からのトランスポゾン及びプラスミド転移により獲得したvanA遺伝子を有する黄色ブドウ球菌において、VCMのMIC値が高値だったことが報告されている(非特許文献1)。
【0004】
VRSAは比較的限られた地域で分離されているが、広範囲では確認されていない。一方、VISAは世界中の病院で確認されている。また、VISAのVCM耐性は、耐性カセットを外部から得るよりも変異蓄積により獲得することが示唆されている。現在、ゲノム全体での分析及び臨床分離株を用いたゲノム操作による、VISAにおけるVCM耐性のメカニズムの研究が進められている。
これまでに、RNAポリメラーゼのサブユニットをコードするrpoB、二成分制御系(細菌に広くみられる環境応答・細胞内情報伝達機構の総称)をコードするgraRS、walKR及びvraRSを含むいくつかの遺伝子変異がヘテロ型VISAにおけるVCM耐性メカニズムに関与していることが報告されている(非特許文献2〜4)。
【0005】
VCMのMIC値が16μg/mL以上であるVRSA株は、臨床検体から分離しにくく、高VCM耐性化のメカニズムは未だに解明されていない。
これまでに本発明者により、形質転換効率が著しく低いことが知られている臨床分離MRSA株において、形質転換効率を高めて該微生物変異株を調製する方法が提案されている(特許文献1)。しかし、人為的にバンコマイシン耐性株を作製する方法はまだ知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−009882号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Chang,S.et al,N Engl J Med.,348,1342-7,2003
【非特許文献2】Kuroda,M.et al,Biochem Biophys Res Commun.,269,485-90,2000
【非特許文献3】Cui,L.et al,Antimicrob Agents Chemother.,49,3404-13,2009
【非特許文献4】Matsuo,M.et al,Antimicrob Agents Chemother.,55,4188-95,2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記背景技術に鑑みてなされたものであり、その課題は、臨床検体から分離しにくいVRSA等の薬剤耐性株を人為的に作製する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、細菌をアルキル化剤で変異原処理し、得られた細菌変異株から薬剤に対して耐性を有する細菌変異株を選択する工程を複数回繰り返すことにより、該薬剤に対して耐性を有する細菌変異株を作製することができることを見出した。
【0010】
また、本発明者らは、上記工程を複数回繰り返した後、得られた細菌変異株から上記薬剤とは作用機序が異なる薬剤に対して耐性を有する細菌変異株を選択し、更に上記工程を複数回繰り返すことにより、作用機序が異なる2種類の薬剤に対して耐性を有する細菌変異株を作製できることを見出したことに基づき、本発明をするに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、下記(a)の工程を含有する、薬剤Aに対して耐性を有する細菌変異株の作製方法であり、下記(a)の工程を少なくとも5回以上繰り返すことを特徴とする細菌変異株の作製方法を提供するものである。
(a)細菌をアルキル化剤で変異原処理し、得られた細菌変異株から薬剤Aに対して耐性を有する細菌変異株を選択する工程
【0012】
また、本発明は、上記細菌変異株の作製方法によって作製された細菌変異株を用いることを特徴とする抗生物質のスクリーニング方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、前記問題点や前記課題を解決し、臨床検体から分離しにくい薬剤耐性株を人為的に作製することができる。また、本発明は、親株の起源に関わらず、目的の薬剤耐性株を作製することができる。
【0014】
また、本発明である細菌変異株の作製方法は、1種類の薬剤のみならず、2種類以上の薬剤に対して耐性を有する細菌変異株を作製することができる。また、本発明により作製された細菌変異株は多剤耐性表現型を伴わないことにより、目的の薬剤のみに耐性を有する細菌変異株を作製することができる。
【0015】
また、本発明である細菌変異株の作製方法は、高度なテクニックを必要としない。また、本発明では、プラスミドを用いた遺伝子導入技術を用いず、変異蓄積により細菌変異株を作製するので、本発明で作製された細菌変異株は、細菌の進化の解明に用いることもできる。
【0016】
また、作製された細菌耐性株は、抗生物質のスクリーニング等に用いることができる。
特に、近年臨床現場での薬剤(治療薬)乱用による薬剤耐性菌の出現が問題となっているので、該細菌耐性株を用いて、細菌が薬剤耐性を獲得するメカニズムや該薬剤に対して高耐性となるメカニズムの解明や、新たな治療方法の開発を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】(A)EMS/VCM選択回数とVCMのMIC値との関係を示したグラフである。(B)OXA選択後のEMS/VCM選択回数とVCMのMIC値との関係を示すグラフである。
図2】VCMのMIC値を測定した結果を示す写真である。(左)MR3、(右)VR3
図3】本発明で作製した細菌変異株に対して行ったポピュレーション解析の結果を示すグラフである。(A)親株がMR3である細菌変異株、(B)親株がMR7である細菌変異株
図4】(A)VR7(OXA+)に対するVCMのMIC値を測定した結果を示す写真である。(B)OXAの濃度と、OXAとVCMとの相乗効果との関係を示すグラフである。(C)OXA存在下/非存在下におけるポピュレーション解析の結果を示すグラフである。
図5】(A)本発明で作製した細菌変異株を透過型電子顕微鏡で観察した結果を示す写真である。(B)本発明で作製した細菌変異株の細胞壁の厚さを測定した結果を示すグラフである。
図6】低MIC値群と高MIC値群間の、変異遺伝子の比較を行った図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明について説明するが、本発明は、以下の具体的態様に限定されるものではなく、技術的思想の範囲内で任意に変形することができる。
【0019】
本発明の細菌変異株の作製方法は、下記(a)の工程を含有する、薬剤Aに対して耐性を有する細菌変異株の作製方法であり、下記(a)の工程を少なくとも5回以上繰り返すことを特徴とする。
(a)細菌をアルキル化剤で変異原処理し、得られた細菌変異株から薬剤Aに対して耐性を有する細菌変異株を選択する工程
【0020】
上記作製方法は、必要に応じて更にその他の工程を含んでいてもよい。以下、工程(a)について説明する。
【0021】
<工程(a)>
工程(a)においては、細菌をアルキル化剤で変異原処理し、得られた細菌変異株から薬剤Aに対して耐性を有する細菌変異株を選択する。
【0022】
本発明で用いられる細菌については特に制限がなく、例えば、グラム陽性菌、グラム陰性菌等が挙げられる。グラム陽性菌の例としては、枯草菌、乳酸菌、ブドウ球菌、放線菌等が挙げられる。グラム陰性菌の例としては、大腸菌、酢酸菌、緑膿菌等が挙げられる。
病原菌(病原性細菌)を用いることが、臨床現場での薬剤耐性菌の研究の観点から好ましい。病原菌の例として、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(以下、「MRSA」と略記する場合がある)等の黄色ブドウ球菌、腸管病原性大腸菌等の大腸菌、結核菌、コレラ菌、レジオネラ菌、ミュータンス菌、インフルエンザ菌、百科咳菌、肺炎菌等が挙げられる。黄色ブドウ球菌を使用することがより好ましく、MRSAを用いることが特に好ましい。
【0023】
本発明で用いられるアルキル化剤は、細菌のDNAに突然変異を誘発させるものであればよい。例えば、メタンスルホン酸エチル(EMS)、メタンスルホン酸メチル(MMS)、N−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン等が挙げられる。アルキル化剤としては、メタンスルホン酸エチルを使用することが好ましい。
【0024】
工程(a)における変異原処理とは、細菌のDNAに突然変異を誘発させる処理のことを指す。また、本発明における細菌変異株とは、変異原処理により突然変異が誘発された細菌を指す。
本発明においては、アルキル化剤を用いて公知の手段により、細菌を変異原処理し、細菌変異体を得ることができる。例えば、本明細書の実施例のように、アルキル化剤が存在する培地で細菌を一定時間培養することにより、細菌変異株を得ることができる。
【0025】
本発明で用いられる薬剤Aは、例えば、目的の細菌で耐性を取得させたい薬剤を使用することができる。薬剤Aは抗生物質が好ましく、例えば、オキサシリン等のβラクタム系抗生物質;バンコマイシン等のグリコペプチド系抗生物質;アルベカシン等のアミノグリコシド系抗生物質;リネゾリド等のオキサゾリジノン系抗生物質;セファゾリン等のセフェム系抗生物質;等が挙げられる。特に、バンコマイシンを使用することが好ましい。
【0026】
工程(a)における「薬剤Aに対して耐性を有する細菌変異株を選択する」とは、公知の手段により行うことができる。例えば、本願明細書の実施例のように、薬剤Aを含有する培地で細菌を一定時間培養することにより薬剤Aに対する耐性菌を選択する(得る)ことができる。
【0027】
本発明において、上記(a)工程は少なくとも5回以上繰り返すことを要件とする。本明細書の実施例に示すように、細菌が薬剤に対してより高耐性になる点から、少なくとも10回以上繰り返すことが好ましく、少なくとも15回以上繰り返すことがより好ましく、少なくとも20回以上繰り返すことが特に好ましい。
【0028】
また、本発明は、上記(a)工程を複数回繰り返した後、得られた細菌変異株から薬剤Bに対して耐性を有する細菌変異株を選択し、更に上記(a)工程を複数回繰り返すことにより、薬剤A及び薬剤Bに対して耐性を有する細菌変異株を作製することができる。
【0029】
上記薬剤A及び薬剤Bに対して耐性を有する細菌変異株の作製方法において、上記(a)工程は、合計5回以上行うことを要件とする。
すなわち、薬剤Bに対して耐性を有する細菌変異株を選択(以下、「薬剤B選択」と略記する場合がある)する前に行う工程(a)の回数をm回、薬剤B選択後に行う工程(a)の回数をn回とすると、以下の3つの要件を満たす必要がある。
(1)m≧2、(2)n≧2、(3)m+n≧5
好ましくはm≧5及びn≧5であり、より好ましくはm≧7及びn≧7、特に好ましくはm≧10及びn≧10である。また、好ましくはm+n≧10、より好ましくはm+n≧15、特に好ましくはm+n≧20である。
【0030】
本発明で用いられる薬剤Bは、例えば、目的の細菌で耐性を取得させたい薬剤を使用することができる。薬剤Bは抗生物質が好ましく、例えば、オキサシリン等のβラクタム系抗生物質;バンコマイシン等のグリコペプチド系抗生物質;アルベカシン等のアミノグリコシド系抗生物質;リネゾリド等のオキサゾリジノン系抗生物質;セファゾリン等のセフェム系抗生物質;等が挙げられる。薬剤Bは、2種類以上の薬剤に対して耐性を有する細菌変異株を作製する等の点から、薬剤Aとは異なる作用機序を有する抗生物質を使用することが好ましい。βラクタム系抗生物質を使用することがより好ましく、オキサシリンを使用することが特に好ましい。
【0031】
「薬剤Bに対して耐性を有する細菌変異株を選択する」方法は、上記の「薬剤Aに対して耐性を有する細菌変異株を選択する」と同様に、公知の手段により行うことができる。例えば、本願明細書の実施例のように、薬剤Bを含有する培地で細菌を一定時間培養することにより薬剤Bに対する耐性菌を選択する(得る)ことができる。
【0032】
また、本発明である抗生物質のスクリーニング方法は、上記作製方法によって作製された細菌変異体を用いることを特徴とする。
【0033】
上記スクリーニング方法によって、特定の薬剤に対して耐性を有する菌に効果がある抗生物質を探索することができる。
例えば、本明細書の実施例において、ライソシンE(NITE BP−870から生産される抗生物質)は、薬剤A(バンコマイシン)に対して耐性を有する細菌変異株に対して効果があったことより、ライソシンEはバンコマイシン耐性菌に対しての、代替化学療法の1つとして使用することができると考えられる(表4)。
【0034】
抗生物質に対して耐性を獲得するメカニズムの解明は、臨床での治療方法の開発や進化の解明等に重要である。
本発明(後述の実施例)では、高VCM耐性を有する黄色ブドウ球菌の作製に取り組み、実験室株及び臨床株を用いて作製した変異株の表現型を検証した。異なる起源(親株)それぞれから、高VCM耐性変異株を実験室レベルで作製したのは本発明が最初である。
【0035】
人為的にバンコマイシン耐性株を作製すると、多くの菌株はMRSAとしての本来の性質が欠損し、オキサシリン(以下、「OXA」と略記する場合がある)及び他のβラクタム系抗生物質に対して感受性を有するようになることが報告されている(このような現象をシーソー効果(seesaw effect)という)。
本明細書の実施例及び検討例においても、MRSAを親株としてEMSによる変異原処理及びバンコマイシン耐性菌の選択(以下、「EMS/VCM選択」と略記する)を行ったところ、OXAのMIC値が減少していた。シーソー効果が起こる詳細なメカニズムはまだ解明されていない。
【0036】
VCM及びβラクタム系抗生物質両方に対して耐性を有する菌株は、臨床現場で問題となる感染を引き起こすと予想されるが、この菌株の表現型等の特徴はこれまでに知られていない。そこで、VCM及びOXA両方に対して高い耐性を示す菌株を作製し、その菌株の特徴を調べた。
VCM及びOXA両方に対して耐性を有する変異株について、アレベカシン、リネゾリド及びリファンピシンのような異なる抗菌メカニズムを有する抗生物質には感受性を有していた(表4)。更に、このVCM耐性株はライソシンEに対しても感受性を有していた。
一方で、本発明(後述の実施例)で作製したVCM耐性株VR7は、親株と比較してダプトマイシンに対して耐性を有するようになっていた。VCM及びダプトマイシン両方に対して耐性を有するVISAは報告されている。
【0037】
菌株によって抗生物質に対する感受性が異なるにも関わらず、OXA及びVCM、又は、セファゾリン(以下、「CFZ」と略記する場合がある)及びVCMを組み合わせて使用すると、高VCM耐性変異株でVCMのMIC値が低下した(表5)。
VISAにおいて、OXA及びVCM、又は、CFZ及びVCMを組み合わせて使用すると、VCMのMIC値が低下することは報告されている。また、当該報告において、βラクタム系抗生物質が、細胞壁の肥厚化を阻害し、不活性細胞壁ターゲット(non-active cell wall targets)によりVCMの隔離を阻害している可能性が示唆されている。
【0038】
親株に比べて本発明で作製したVR3及びVR7の細胞壁は約2倍厚くなっていたにも関わらず(図5)、VCM及びβラクタム系抗生物質を組み合わせて使用すると、VCMのMIC値は低下した(表5)。
GENとVCMを組み合わせて使用した場合、VCM感受性は上がらなかったので、VCMは特異的にβラクタム系抗生物質と相乗作用することがわかった。
以上のことは、臨床現場における抗生物質の選択に注意を要することを示している。臨床現場に存在するVISAよりも更に高VCM耐性を有する病原菌が将来出現するための備えとして、本発明で作製されたVCM耐性株を用いて、代替治療方法の探索方法をすることができる。
【0039】
また、ゲノム配列解析により、本実施例で作製したVCM耐性株において、50〜172の変異が起こっている遺伝子が存在することを発見した。これまでに、EMS処理のみの突然変異誘発により、約5〜10の変異が起こることは報告されている。
本発明の検討例では、非コード領域(タンパク質をコードしていない領域)の変異状況については観察していないにも関わらず、20倍以上の変異が誘発されていることがわかった。以下に示す推算により、EMS/VCM選択によって、3変異株以上で、変異が起こっていたオーバーラップ遺伝子の数がEMS処理のみに比べて多くなっていた。
【0040】
EMSのみの処理による変異が起こった数はこれまでの報告から10であるとし、黄色ブドウ球菌は3000遺伝子を保有していることから、300個に1個の割合で変異が起こっているとする(すべての変異が、オーバーラップが存在しないコード領域で起こっていると仮定した場合)。
EMS/VCM選択は、EMS単独処理に比べて20倍多く変異が観察されたので、15個に1個の割合で変異が起こっているとする。
その場合、3、4又は5の独立した株で同じ遺伝子に変異が起こっている確率は、それぞれ(1/15)、(1/15)、(1/15)となる。一方、EMS単独処理の場合の確率はそれぞれ、1未満となる(0.9、0.06、0.004)。
以上の推算及びVCM耐性に関与しているとされる遺伝子についての報告より、各VCM耐性株で共通して変異が見られた遺伝子がVCM耐性に関与していると考えられる。
【0041】
これまでにVCM耐性に関与する遺伝子の探索の研究は進められているが、どの遺伝子に変異が起こるかによって高VCM耐性を獲得するかはまだ解明されていない。
そこで、本発明(の実施例)で得られた、親株がそれぞれ異なるVCM耐性株を用いて、低MIC値群と高MIC値群間で、変異状況を比較した(図6)。
その結果、(i)低MIC値群では変異が起こっているが、高MIC値群では変異が起こっていない遺伝子が多く検出されたこと、(ii)高MIC値群間で変異が起こっていた遺伝子が完全に一致しなかったことから、高VCM耐性となるメカニズムは、1つだけではないことがわかった。
【0042】
4つの高MIC値株すべてで共通ではなかったが、4つの菌株中3つの菌株で変異が起こっていた3つの遺伝子を同定した。これらの3つの遺伝子についてはこれまでVCM耐性に関与していることは報告されていない。
ausA遺伝子はaureusimineと呼ばれる黄色ブドウ球菌におけるペプチドの二次代謝に関与する物質をコードしている。sdrCは細菌表面に接着する物質をコードし、細菌毒性に関与していることが報告されている。SA1584はリゾホスホリパーゼL2をコードし、この酵素は大腸菌でリン脂質のターンオーバーに関与していることが報告されている。
黄色ブドウ球菌において、細胞質膜のリン脂質を別の物質に変換すると、VCMを含む抗生物質に対して耐性を有することが報告されている。上記3つの遺伝子は黄色ブドウ球菌に必須の遺伝子ではないので、得られたVCM耐性株で成長速度が遅くなること及び代謝の変化は、これらの3つの遺伝子が直接起因している可能性は低いと考えられる。
【0043】
更に、graS、walK、rpoB、rpoCのようなVISAで既に報告されている遺伝子についても、本実施例で作製したVCM耐性株で変異が起こっていることを確認した(表6)。
また、本実施例で作製した高VCM耐性株の表現型は、walK又はrpoBに変異が起こっているVISA株と共通の特徴を有していた(細胞壁の肥厚化及び増殖異常)。VISA表現型に関与している遺伝子に変異が発見されたことより、VISAよりも高VCM耐性である菌が将来出現する可能性が考えられる。
【0044】
EMS等のアルキル化剤処理により突然変異が誘発されるメカニズム等は解明されていないが、宿主に進入する細菌は、抗生物質の投与のみならず免疫システム及び変異及び選択が促進されることによる様々なストレス等により、連続的な攻撃にさらされている。高VCM耐性が誘導される進化の過程を明らかにするために、VISAと関連がある遺伝子及びVCM耐性に関与している可能性がある遺伝子等に注目することによって遺伝子変異及び耐性獲得との関連を分析することは必要である。
【0045】
VCMの乱用が、近い将来VCM高耐性菌の出現を導く恐れがある。本発明(の実施例及び検討例)により、vanA遺伝子転移とは別の、変異蓄積により、親株に関わらず、黄色ブドウ球菌に高VCM耐性を獲得させることができると考えられる。本発明で作製された高VCM耐性変異株を研究に使用することで、VCMが効かなくなる状況に備えることができる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例及び試験例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例等の具体的範囲に限定されるものではない。
【0047】
<<アルキル化剤処理及び薬剤耐性株の選択>>
アルキル化剤としてメタンスルホン酸エチル(以下、「EMS」と略記する場合がある)を使用した。黄色ブドウ球菌(8種類のMRSA及び4種類のMSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌))をそれぞれ0.1%EMS存在下で培養した。一晩培養後、EMSが存在しない培地に播種した。その後、薬剤を含有する寒天培地を用いて薬剤耐性菌を選択した。
【0048】
<<ポピュレーション解析>>
BHI培地(brain heart infusion broth)で培養し、一晩培養した培養液をOD576が0.3になるように希釈し、8、16、24、又は28μg/mLの薬剤(VCM)を含む寒天培地に播いた。72時間37℃でインキュベーション後、プレート中のコロニー数を数えた。
【0049】
実施例1
[黄色ブドウ球菌臨床株からのVCM耐性変異株の選択]
まず、RN4220(メチシリン感受性実験室株)を親株として、連続突然変異誘発(serial mutagenesis)によるVCM耐性株を得ることを試みた。EMS処理及びVCM耐性株選択(以下、「EMS/VCM選択」と略記する場合がある)により得られた変異株について、VCMのMIC値を測定した結果を図1Aに示す。
【0050】
図1Aの横軸はEMS/VCM選択を行った回数、縦軸はVCMのMIC値(μg/mL)を示す。MIC値は菌株を48時間インキュベーション後に微量希釈法により測定した。
その結果、EMS/VCM選択回数が多くなるほど、VCMのMIC値が上昇することがわかった(図1A、◇印)。
【0051】
次に、日本においてそれぞれ異なる地域で単離された臨床MRSA株及びMSSA株に対してEMS/VCM選択を行った。結果を表1、図1A及び図2に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
図1Aの結果、親株に関わらず、EMS/VCM選択により、全ての変異株においてVCMのMIC値が上昇していた。
【0054】
図2はEtest(登録商標、ビオメリュー社)を用いてMIC値の測定を行った結果である。37℃で72時間インキュベーション後にMIC値を測定した。左がMR3(親株)、右がVR3(VR3−EMS21、変異株)の結果である。
図2の結果より、微量希釈法以外の測定法でも、EMS/VCM選択により得られた変異株について、VICのMIC値が上昇していたことがわかった。
【0055】
また、10回以上のEMS/VCM選択後、MRSA由来変異株において、オキサシリン(OXA)の感受性が増大していた(MIC値が2μg/mL以下だった)。この結果は、VCM耐性株の選択により、本来MRSAが有する性質(βラクタム抗生物質に対する耐性)が欠損したことを意味し、既に報告されている結果と一致している(Sieradzki et al,1999)。
【0056】
また、OXA含有寒天培地におけるVCM耐性株の表現型の特徴を調べる過程において、OXA感受性株の中に、OXA耐性株が存在していることがわかった。そこで、得られた変異株を、50μg/mLのOXAが存在する培地に移して、OXA耐性株を単離(OXA選択)し、更にその中からVCM耐性株の単離(EMS/VCM選択)を続けた。OXA選択後にEMS/VCM選択により得られた変異株についてVCMのMIC値を測定した結果を図1B及び表2に示す。
【0057】
図1Bの横軸はOXA選択後のEMS/VCM選択を行った回数、縦軸はVCMのMIC値(μg/mL)を示す。MIC値は菌株を48時間インキュベーション後に微量希釈法により測定した。
【0058】
【表2】
【0059】
表2中のMIC値は37℃で48時間インキュベーション後、微量希釈法を用いて測定した。「VCM」はバンコマイシン、「OXA」はオキサシリンを示す。表2中の単位は、unit(μg/mL)である。VR1〜VR8については、それぞれEMS/VCM選択の途中で、OXA選択を行っており、VR−MS9及びVR−4220はOXA選択を行っていない。
表2の結果、合計19〜26回のEMS/VCM選択により、VCMとOXA両方に対して高い耐性を有するMRSA由来変異株が得られた。MSSA(MS9、MSSA1、Newman、及びRN4220)を親株とした場合も、EMS/VCM選択により分離した変異株において、VCMのMIC値が高かった(表2)。この結果は、MRSAのSCCmec領域がVCM耐性表現型獲得に不要である可能性を示している。臨床分離株MR3由来である、EMS/VCM選択により得られた変異株VR3(EMS/VCM選択を21回行ったことにより得られた変異株)に対するVCMのMIC値は32μg/mL、OXAのMIC値は256μg/mL以上であった(図2、表2)。
【0060】
検討例1
[ポピュレーション解析]
これまでの研究により、VISAとして臨床分離されたMu3及びヘテロ型VISAとして臨床分離されたMu50の中は、VCMに対してヘテロ耐性を有する細菌が含まれることが報告されている(Hiramatsu,K.,et al,1997)。そこで、EMS/VCM選択中に分離した、VCMのMIC値が4又は8μg/mLのVCM低感受性変異株を用いてヘテロ型が存在するか検証した。以下、本実施例・検討例において、MR3を「MR3−EMS0」、MR7を「MR7−EMS0」、VR3を「VR3−EMS21」、VR7を「VR7−EMS23」と示す場合がある。また、MR3又はMR7を親株としてEMS/VCM選択を6回又は10回行ったものを、それぞれ「VR3−EMS6」、「VR3−EMS10」、「VR7−EMS6」、「VR7−EMS10」と示す。結果を図3に示す。
【0061】
図3Aは親株がMR3である変異株のポピュレーション解析の結果、図3Bは親株がMR7である変異株のポピュレーション解析の結果である。各図の横軸はバンコマイシンの濃度(μg/mL)、縦軸は形成されたコロニー数(log10)を示す。
VR3−EMS21変異株及びVR7−EMS23変異株からは、それぞれMIC値が28μg/mL、24μg/mLのコロニーが得られた(図3A及びB)。また、VR3−EMS6、VR3−EMS10、VR7−ENS6及びVR7−EMS10株に対するVCMのMIC値は、それぞれ中程度(低感受性)のVCM耐性を示した(図3A及びB)。更にヘテロ型VCM耐性株は、Mu3株及びMs50株と同様に、VR3−EMS10及びVR7−EMS10変異株でも観察された(図3A及びB)。
【0062】
更に、VCM含有寒天培地に形成されたコロニーの表現型についても調べた。VR3−EMS21株を播いたVCMを含有する培地(8、16、又は28μg/mL)から3つのコロニーをそれぞれ単離し、VR7−EMS23株を播いたVCMを含有する培地(8、16、又は24μg/mL)からそれぞれ3つのコロニーを単離した。単離した菌株に対するVCMのMIC値を、48時間インキュベーション後、微量希釈法により測定した。その結果、MIC値は単離した6つの菌株の何れについても32μg/mLであった。この結果より、これらの菌株はVCMに対して耐性を有することが確認された。
以上より、黄色ブドウ球菌臨床分離株からEMS/VCM選択を繰り返すことにより高いVCM耐性を示す変異株を獲得することができることがわかった。
【0063】
検討例2
[倍加時間の比較]
実施例1で得られた変異株(VR3及びVR7)を用いて、親株(MR3及びMR7)との表現型の違いを観察した。
まず、倍加時間(Doubling time)の比較を行った。結果を表3に示す。
【0064】
【表3】
【0065】
MIC値は37℃で48時間インキュベーション後、微量希釈法を用いて行った。倍加時間は薬剤が存在しない培地で菌株を培養し、指数関数的増加時期において、菌数が2倍になる時間をOD600の測定値を用いて計算した。
表3より、VR3を含むVCM耐性変異株は、親株と比べて倍加時間が長くなっていった。
【0066】
検討例3
[VCM耐性株における抗生物質の感受性]
実施例1で得られた変異株(VR3及びVR7)について、MRSA感染治療に用いられる抗生物質(アレベカシン(ABK)、リネゾリド(LNZ)、ダプトマイシン(DAP)、ゲンタマイシン(GEN)及びリファンピシン(RFP))の感受性を検証した。また近年本発明者らによって同定された、細胞膜中のメナキノンを標的としているライソシンE(LYE)(Hamamoto,H et al,in press)についても感受性を検証した。結果を表4に示す。
【0067】
【表4】
【0068】
37℃で24時間インキュベーション後、微量希釈法によりMIC値を測定した。表中の単位は、unit(μg/mL)である。
表4の結果より、実施例1で得られた変異株(VR3及びVR7株)は、VR7に対するダプトマイシンのMIC値を除いて、親株に対するMIC値とほぼ同じMIC値を示していた。これらの結果より、EMS/VCM選択を繰り返すことによる高レベルのVCM耐性獲得には多剤耐性表現型は伴わないことがわかった。
【0069】
また、表4の結果より、ライソシンEはVR3、VR7、親株いずれについても効果があった。よって、ライソシンEはVCM耐性株に対して、代替化学療法の1つとして使用することができることがわかった。ライソシンEは細菌の細菌膜に存在するメナキノンと相互作用し、細胞溶解を引き起こすことがわかっている。このような抗菌メカニズムは他の抗生物質の作用機序とは異なる。以上の結果は、ライソシンEはVCM及び他の抗生物質とは異なる、新規の抗菌ターゲットを有することを示している。
【0070】
検討例4
[βラクタム系抗生物質とVCMとの相乗作用]
これまでに、臨床分離されたVISA株について、VCMはβラクタム抗生物質と相互作用する可能性があることが報告されている(Werth,B.J.et al,2013)。そこで、実施例1で得られたVCM耐性株において、βラクタム系抗生物質とVCMとの相乗効果がみられるか検証した。結果を図4及び表5に示す。
【0071】
【表5】
【0072】
表5は37℃で24時間インキュベーション後、微量希釈法によりVCMのMIC値を測定した。「VCM+OXA」は2μg/mLのOXAを含む培地を用いたとき、「VCM+CFZ」は2μg/mLのCFZを含む培地を用いたとき、「VCM+GEN」は0.25μg/mL(MR3及びVR3)又は8μg/mL(MR7及びVR7)のGENを含む培地を用いたときの結果を示す。表中の単位は、unit(μg/mL)である。
【0073】
表5の結果より、亜致死量(回復不能の濃度)のOXAを添加することによって、VR3及びVR7で、VCMの感受性が上がっていた。また、2μg/mLのOXA存在下における、VR3及びVR7に対するVCMのMIC値を微量希釈法によって測定した結果、それぞれ親株と変わらなかった。OXAと同じくβラクタム系抗生物質であるセファゾリンでも同様に、VCM耐性株に対するVCMの感受性が増加したが、アミノ配糖体系抗生物質であるゲンタマイシンでは変化がなかった。
【0074】
図4Aは2μg/mLのOXAを含有するミューラーヒントン寒天培地を用い、Etest(登録商標)によりMIC値を測定した結果である。図の写真は37℃で72時間インキュベーション後の結果であり、VR7に対するVCMのMIC値の結果である。
微量希釈法以外の測定法でも、OXAの存在下でのVCM耐性株のVCM感受性が上昇することを確認した。
【0075】
図4BはOXA存在下で24時間インキュベーション後に、微量希釈法によりVCMのMIC値を測定した結果である。横軸はOXAの濃度(μg/mL)、縦軸はVCMのMIC値(μg/mL)である。◆はMR7(親株)、○はVR7(変異株)の結果を示す。
VR7に対するVCM感受性は、OXAの濃度が0.125μg/mL以上の場合では、用量依存的に増加していた。
【0076】
図4CはOXA存在/非存在下のポピュレーション解析の結果を示すグラフである。MR7又はVR7を、VCMを含有するBHI寒天培地に播き、37℃72時間インキュベーション後のコロニー数を測定した。グラフ中の「OXA−」はOXAを含まない培地を用いた場合、「OXA+」は2μg/mLのOXAを含有する培地を用いた場合を示す。
OXA存在下におけるVR7のポピュレーション解析を行った結果、OXAの存在により劇的に、VCMに対して感受性を有する変異株が増えていた。
【0077】
以上の結果より、本発明により作製されたVCM耐性菌において、βラクタム系抗生物質がVCMと相乗的に作用している可能性が考えられる。
【0078】
検討例5
[細胞壁の観察]
これまでに、VISAの細胞壁が厚いことが報告されている(Cui,L. et al,2000)。そこで、透過型電子顕微鏡を用いて、実施例1で得られた変異株の細胞壁の構造を観察した。結果を図5に示す。
【0079】
各株(MR3、VR3、MR7、VR7)を対数増殖期中期(OD576において0.5から0.6)まで培養し、グルタルアルデヒドで固定し、細胞壁の観察を行った。
図5Aは各株(MR3、VR3、MR7、VR7)の透過型電子顕微鏡による写真(スケールバーの長さは200nmを示す)である。
図5Bは各株の細胞壁の厚さの測定結果である。データはn=30〜41の菌数におけるmean±SDを示す。統計的優位性は多重比較検定(Tukey’s multicomparison test)による一元配置分散分析法を用いて系統ごとに解析した。
【0080】
親株であるMR3(MR3−EMS0)及びMR7(MR7−EMS0)の細胞壁の厚さに比べて(それぞれの平均の厚さは28.9±2.2nm、23.5±2.5nm)、VR3−EMS21とVR7−EMS23の細胞壁の厚さはそれぞれ平均51.5±5.4nm、46.6±3.9nmであった(図5A及びB)。更に、MR3及びMR7の細胞壁は滑らかであった一方、本発明により作製された変異株の細胞壁は荒く、毛羽立っていた(図5A)。VR3−EMS21の細胞壁の厚さはMR3−EMS0と比べて1.8倍、VR7−EMS23の細胞壁の厚さはMR7−EMS0に比べて2.0倍厚くなっていた(図5B)。
また、親株がMR3である菌株間のP値はいずれも0.001未満であった。親株がMR7である菌株間のP値は、VR7−EMS6及びVR7−EMS10間は0.05未満であったが、それ以外は0.001未満であった(図5B)。
以上の結果より、変異蓄積により、VCM耐性と共に細胞壁の肥厚化が誘導された可能性が考えられる。
【0081】
検討例6
[VCM耐性株における変異遺伝子の同定]
VCM耐性に関与している可能性がある遺伝子を探索するために、7つのMRSA及びその変異株(MR/VR1、2、3、4、5、7、8)、及びRN4220及びその変異株(RN4220及びVR−4220)について、次世代シークエンサーを用いて全ゲノム配列解析を行った。
それぞれのMRSA株について、多座位配列タイピング(MLST:multi−locus sequence typing)を行い、5つの株(MR1、3、5、7、8)についてはST5と分類し、残りの2つの株(MR2、4)はST8と振り分けた。MRSA株であるN315及びUSA300はそれぞれ、ST5及びST8の代表的な菌株であるので、この2つの菌株のゲノム配列を参照ゲノム(reference gemome)として使用した。各々のゲノム配列を参照ゲノム配列と比較して、各セット(親株とその変異株)間のコード領域の違いを検証した。
【0082】
その結果、親株と比較して、VR耐性株において50〜172の遺伝子に変異があることを確認した(EMS処理のみでは約10の変異が観察されることが既に報告されている)。このことは、コード領域にあたり平均2〜7の変異がEMS/VCM選択により誘導されたことを意味する。
【0083】
【表6】
【0084】
表6は、3以上のVCM耐性株で共通して検出された変異遺伝子をまとめたものである。「X」は変異遺伝子が検出されたことを示す。「Ref列」について、「Yes」はこれまでの報告でVCM耐性に関連があると示唆された遺伝子を示し、「No」はこれまでの報告でVCM耐性に関連があると示唆されたことがない遺伝子を示す。「Number of mutated strains列」は、「変異が確認された菌株の数」を示す。
表6中、1つの遺伝子(SA0615;graS)は8変異株中5つの変異株で、変異が起こっていることが確認された。VCM耐性に関与している遺伝子として報告されているSA0500(rpoB)及びSA0501(rpoC)を含む7つの遺伝子について、8変異株中4つの変異株で変異が起こっていた。更に、臨床VISAにおいて変異が起こっていたことが報告されているSA0018(walK)を含む6つの遺伝子について、3つの変異株で変異が起こっていた。
【0085】
次に、低MIC値群(VCMのMIC値が8μg/mL、VR1、2、5)及び高MIC値群(VCMのMIC値が32μg/mL、VR3、4、7、VR−RN4220)間での変異パターンを比較した。結果を図6に示す。
【0086】
図6より、高MIC値群中で変異が起こっていた323遺伝子中、46遺伝子は低MIC値群でも変異が起こっていたが、残りの277遺伝子は高MIC値群でのみ変異が起こっていた。VCM耐性に関与しているとこれまでに報告されていない3つの遺伝子(SA0173(ausA)、SA0519(sdrC)及びSA1584(リゾホスホリパーゼL2をコードする))について、3つの高MIC値株で変異が見られた。また、VCM耐性に関与していると報告されている17遺伝子(例:walK、pbp4、graS)は、2つの高MIC値株で変異が観察された。以上の結果から、高MIC値群で特異的に変異が確認された遺伝子が、黄色ブドウ球菌において高VCM耐性表現型の獲得に関与している可能性があることが考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明である細菌変異株の作製方法を利用し、細菌の進化の解明や細菌が薬剤に対して高耐性となるメカニズム解明等の基礎研究や、臨床現場での新たな治療方法の開発等の応用研究が可能となり、医薬品業界等に広く利用されるものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6