【実施例】
【0046】
以下、実施例及び試験例に基づき本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例等の具体的範囲に限定されるものではない。
【0047】
<<アルキル化剤処理及び薬剤耐性株の選択>>
アルキル化剤としてメタンスルホン酸エチル(以下、「EMS」と略記する場合がある)を使用した。黄色ブドウ球菌(8種類のMRSA及び4種類のMSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌))をそれぞれ0.1%EMS存在下で培養した。一晩培養後、EMSが存在しない培地に播種した。その後、薬剤を含有する寒天培地を用いて薬剤耐性菌を選択した。
【0048】
<<ポピュレーション解析>>
BHI培地(brain heart infusion broth)で培養し、一晩培養した培養液をOD
576が0.3になるように希釈し、8、16、24、又は28μg/mLの薬剤(VCM)を含む寒天培地に播いた。72時間37℃でインキュベーション後、プレート中のコロニー数を数えた。
【0049】
実施例1
[黄色ブドウ球菌臨床株からのVCM耐性変異株の選択]
まず、RN4220(メチシリン感受性実験室株)を親株として、連続突然変異誘発(serial mutagenesis)によるVCM耐性株を得ることを試みた。EMS処理及びVCM耐性株選択(以下、「EMS/VCM選択」と略記する場合がある)により得られた変異株について、VCMのMIC値を測定した結果を
図1Aに示す。
【0050】
図1Aの横軸はEMS/VCM選択を行った回数、縦軸はVCMのMIC値(μg/mL)を示す。MIC値は菌株を48時間インキュベーション後に微量希釈法により測定した。
その結果、EMS/VCM選択回数が多くなるほど、VCMのMIC値が上昇することがわかった(
図1A、◇印)。
【0051】
次に、日本においてそれぞれ異なる地域で単離された臨床MRSA株及びMSSA株に対してEMS/VCM選択を行った。結果を表1、
図1A及び
図2に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
図1Aの結果、親株に関わらず、EMS/VCM選択により、全ての変異株においてVCMのMIC値が上昇していた。
【0054】
図2はEtest(登録商標、ビオメリュー社)を用いてMIC値の測定を行った結果である。37℃で72時間インキュベーション後にMIC値を測定した。左がMR3(親株)、右がVR3(VR3−EMS21、変異株)の結果である。
図2の結果より、微量希釈法以外の測定法でも、EMS/VCM選択により得られた変異株について、VICのMIC値が上昇していたことがわかった。
【0055】
また、10回以上のEMS/VCM選択後、MRSA由来変異株において、オキサシリン(OXA)の感受性が増大していた(MIC値が2μg/mL以下だった)。この結果は、VCM耐性株の選択により、本来MRSAが有する性質(βラクタム抗生物質に対する耐性)が欠損したことを意味し、既に報告されている結果と一致している(Sieradzki et al,1999)。
【0056】
また、OXA含有寒天培地におけるVCM耐性株の表現型の特徴を調べる過程において、OXA感受性株の中に、OXA耐性株が存在していることがわかった。そこで、得られた変異株を、50μg/mLのOXAが存在する培地に移して、OXA耐性株を単離(OXA選択)し、更にその中からVCM耐性株の単離(EMS/VCM選択)を続けた。OXA選択後にEMS/VCM選択により得られた変異株についてVCMのMIC値を測定した結果を
図1B及び表2に示す。
【0057】
図1Bの横軸はOXA選択後のEMS/VCM選択を行った回数、縦軸はVCMのMIC値(μg/mL)を示す。MIC値は菌株を48時間インキュベーション後に微量希釈法により測定した。
【0058】
【表2】
【0059】
表2中のMIC値は37℃で48時間インキュベーション後、微量希釈法を用いて測定した。「VCM」はバンコマイシン、「OXA」はオキサシリンを示す。表2中の単位は、unit(μg/mL)である。VR1〜VR8については、それぞれEMS/VCM選択の途中で、OXA選択を行っており、VR−MS9及びVR−4220はOXA選択を行っていない。
表2の結果、合計19〜26回のEMS/VCM選択により、VCMとOXA両方に対して高い耐性を有するMRSA由来変異株が得られた。MSSA(MS9、MSSA1、Newman、及びRN4220)を親株とした場合も、EMS/VCM選択により分離した変異株において、VCMのMIC値が高かった(表2)。この結果は、MRSAのSCCmec領域がVCM耐性表現型獲得に不要である可能性を示している。臨床分離株MR3由来である、EMS/VCM選択により得られた変異株VR3(EMS/VCM選択を21回行ったことにより得られた変異株)に対するVCMのMIC値は32μg/mL、OXAのMIC値は256μg/mL以上であった(
図2、表2)。
【0060】
検討例1
[ポピュレーション解析]
これまでの研究により、VISAとして臨床分離されたMu3及びヘテロ型VISAとして臨床分離されたMu50の中は、VCMに対してヘテロ耐性を有する細菌が含まれることが報告されている(Hiramatsu,K.,et al,1997)。そこで、EMS/VCM選択中に分離した、VCMのMIC値が4又は8μg/mLのVCM低感受性変異株を用いてヘテロ型が存在するか検証した。以下、本実施例・検討例において、MR3を「MR3−EMS0」、MR7を「MR7−EMS0」、VR3を「VR3−EMS21」、VR7を「VR7−EMS23」と示す場合がある。また、MR3又はMR7を親株としてEMS/VCM選択を6回又は10回行ったものを、それぞれ「VR3−EMS6」、「VR3−EMS10」、「VR7−EMS6」、「VR7−EMS10」と示す。結果を
図3に示す。
【0061】
図3Aは親株がMR3である変異株のポピュレーション解析の結果、
図3Bは親株がMR7である変異株のポピュレーション解析の結果である。各図の横軸はバンコマイシンの濃度(μg/mL)、縦軸は形成されたコロニー数(log
10)を示す。
VR3−EMS21変異株及びVR7−EMS23変異株からは、それぞれMIC値が28μg/mL、24μg/mLのコロニーが得られた(
図3A及びB)。また、VR3−EMS6、VR3−EMS10、VR7−ENS6及びVR7−EMS10株に対するVCMのMIC値は、それぞれ中程度(低感受性)のVCM耐性を示した(
図3A及びB)。更にヘテロ型VCM耐性株は、Mu3株及びMs50株と同様に、VR3−EMS10及びVR7−EMS10変異株でも観察された(
図3A及びB)。
【0062】
更に、VCM含有寒天培地に形成されたコロニーの表現型についても調べた。VR3−EMS21株を播いたVCMを含有する培地(8、16、又は28μg/mL)から3つのコロニーをそれぞれ単離し、VR7−EMS23株を播いたVCMを含有する培地(8、16、又は24μg/mL)からそれぞれ3つのコロニーを単離した。単離した菌株に対するVCMのMIC値を、48時間インキュベーション後、微量希釈法により測定した。その結果、MIC値は単離した6つの菌株の何れについても32μg/mLであった。この結果より、これらの菌株はVCMに対して耐性を有することが確認された。
以上より、黄色ブドウ球菌臨床分離株からEMS/VCM選択を繰り返すことにより高いVCM耐性を示す変異株を獲得することができることがわかった。
【0063】
検討例2
[倍加時間の比較]
実施例1で得られた変異株(VR3及びVR7)を用いて、親株(MR3及びMR7)との表現型の違いを観察した。
まず、倍加時間(Doubling time)の比較を行った。結果を表3に示す。
【0064】
【表3】
【0065】
MIC値は37℃で48時間インキュベーション後、微量希釈法を用いて行った。倍加時間は薬剤が存在しない培地で菌株を培養し、指数関数的増加時期において、菌数が2倍になる時間をOD
600の測定値を用いて計算した。
表3より、VR3を含むVCM耐性変異株は、親株と比べて倍加時間が長くなっていった。
【0066】
検討例3
[VCM耐性株における抗生物質の感受性]
実施例1で得られた変異株(VR3及びVR7)について、MRSA感染治療に用いられる抗生物質(アレベカシン(ABK)、リネゾリド(LNZ)、ダプトマイシン(DAP)、ゲンタマイシン(GEN)及びリファンピシン(RFP))の感受性を検証した。また近年本発明者らによって同定された、細胞膜中のメナキノンを標的としているライソシンE(LYE)(Hamamoto,H et al,in press)についても感受性を検証した。結果を表4に示す。
【0067】
【表4】
【0068】
37℃で24時間インキュベーション後、微量希釈法によりMIC値を測定した。表中の単位は、unit(μg/mL)である。
表4の結果より、実施例1で得られた変異株(VR3及びVR7株)は、VR7に対するダプトマイシンのMIC値を除いて、親株に対するMIC値とほぼ同じMIC値を示していた。これらの結果より、EMS/VCM選択を繰り返すことによる高レベルのVCM耐性獲得には多剤耐性表現型は伴わないことがわかった。
【0069】
また、表4の結果より、ライソシンEはVR3、VR7、親株いずれについても効果があった。よって、ライソシンEはVCM耐性株に対して、代替化学療法の1つとして使用することができることがわかった。ライソシンEは細菌の細菌膜に存在するメナキノンと相互作用し、細胞溶解を引き起こすことがわかっている。このような抗菌メカニズムは他の抗生物質の作用機序とは異なる。以上の結果は、ライソシンEはVCM及び他の抗生物質とは異なる、新規の抗菌ターゲットを有することを示している。
【0070】
検討例4
[βラクタム系抗生物質とVCMとの相乗作用]
これまでに、臨床分離されたVISA株について、VCMはβラクタム抗生物質と相互作用する可能性があることが報告されている(Werth,B.J.et al,2013)。そこで、実施例1で得られたVCM耐性株において、βラクタム系抗生物質とVCMとの相乗効果がみられるか検証した。結果を
図4及び表5に示す。
【0071】
【表5】
【0072】
表5は37℃で24時間インキュベーション後、微量希釈法によりVCMのMIC値を測定した。「VCM+OXA」は2μg/mLのOXAを含む培地を用いたとき、「VCM+CFZ」は2μg/mLのCFZを含む培地を用いたとき、「VCM+GEN」は0.25μg/mL(MR3及びVR3)又は8μg/mL(MR7及びVR7)のGENを含む培地を用いたときの結果を示す。表中の単位は、unit(μg/mL)である。
【0073】
表5の結果より、亜致死量(回復不能の濃度)のOXAを添加することによって、VR3及びVR7で、VCMの感受性が上がっていた。また、2μg/mLのOXA存在下における、VR3及びVR7に対するVCMのMIC値を微量希釈法によって測定した結果、それぞれ親株と変わらなかった。OXAと同じくβラクタム系抗生物質であるセファゾリンでも同様に、VCM耐性株に対するVCMの感受性が増加したが、アミノ配糖体系抗生物質であるゲンタマイシンでは変化がなかった。
【0074】
図4Aは2μg/mLのOXAを含有するミューラーヒントン寒天培地を用い、Etest(登録商標)によりMIC値を測定した結果である。図の写真は37℃で72時間インキュベーション後の結果であり、VR7に対するVCMのMIC値の結果である。
微量希釈法以外の測定法でも、OXAの存在下でのVCM耐性株のVCM感受性が上昇することを確認した。
【0075】
図4BはOXA存在下で24時間インキュベーション後に、微量希釈法によりVCMのMIC値を測定した結果である。横軸はOXAの濃度(μg/mL)、縦軸はVCMのMIC値(μg/mL)である。◆はMR7(親株)、○はVR7(変異株)の結果を示す。
VR7に対するVCM感受性は、OXAの濃度が0.125μg/mL以上の場合では、用量依存的に増加していた。
【0076】
図4CはOXA存在/非存在下のポピュレーション解析の結果を示すグラフである。MR7又はVR7を、VCMを含有するBHI寒天培地に播き、37℃72時間インキュベーション後のコロニー数を測定した。グラフ中の「OXA−」はOXAを含まない培地を用いた場合、「OXA+」は2μg/mLのOXAを含有する培地を用いた場合を示す。
OXA存在下におけるVR7のポピュレーション解析を行った結果、OXAの存在により劇的に、VCMに対して感受性を有する変異株が増えていた。
【0077】
以上の結果より、本発明により作製されたVCM耐性菌において、βラクタム系抗生物質がVCMと相乗的に作用している可能性が考えられる。
【0078】
検討例5
[細胞壁の観察]
これまでに、VISAの細胞壁が厚いことが報告されている(Cui,L. et al,2000)。そこで、透過型電子顕微鏡を用いて、実施例1で得られた変異株の細胞壁の構造を観察した。結果を
図5に示す。
【0079】
各株(MR3、VR3、MR7、VR7)を対数増殖期中期(OD
576において0.5から0.6)まで培養し、グルタルアルデヒドで固定し、細胞壁の観察を行った。
図5Aは各株(MR3、VR3、MR7、VR7)の透過型電子顕微鏡による写真(スケールバーの長さは200nmを示す)である。
図5Bは各株の細胞壁の厚さの測定結果である。データはn=30〜41の菌数におけるmean±SDを示す。統計的優位性は多重比較検定(Tukey’s multicomparison test)による一元配置分散分析法を用いて系統ごとに解析した。
【0080】
親株であるMR3(MR3−EMS0)及びMR7(MR7−EMS0)の細胞壁の厚さに比べて(それぞれの平均の厚さは28.9±2.2nm、23.5±2.5nm)、VR3−EMS21とVR7−EMS23の細胞壁の厚さはそれぞれ平均51.5±5.4nm、46.6±3.9nmであった(
図5A及びB)。更に、MR3及びMR7の細胞壁は滑らかであった一方、本発明により作製された変異株の細胞壁は荒く、毛羽立っていた(
図5A)。VR3−EMS21の細胞壁の厚さはMR3−EMS0と比べて1.8倍、VR7−EMS23の細胞壁の厚さはMR7−EMS0に比べて2.0倍厚くなっていた(
図5B)。
また、親株がMR3である菌株間のP値はいずれも0.001未満であった。親株がMR7である菌株間のP値は、VR7−EMS6及びVR7−EMS10間は0.05未満であったが、それ以外は0.001未満であった(
図5B)。
以上の結果より、変異蓄積により、VCM耐性と共に細胞壁の肥厚化が誘導された可能性が考えられる。
【0081】
検討例6
[VCM耐性株における変異遺伝子の同定]
VCM耐性に関与している可能性がある遺伝子を探索するために、7つのMRSA及びその変異株(MR/VR1、2、3、4、5、7、8)、及びRN4220及びその変異株(RN4220及びVR−4220)について、次世代シークエンサーを用いて全ゲノム配列解析を行った。
それぞれのMRSA株について、多座位配列タイピング(MLST:multi−locus sequence typing)を行い、5つの株(MR1、3、5、7、8)についてはST5と分類し、残りの2つの株(MR2、4)はST8と振り分けた。MRSA株であるN315及びUSA300はそれぞれ、ST5及びST8の代表的な菌株であるので、この2つの菌株のゲノム配列を参照ゲノム(reference gemome)として使用した。各々のゲノム配列を参照ゲノム配列と比較して、各セット(親株とその変異株)間のコード領域の違いを検証した。
【0082】
その結果、親株と比較して、VR耐性株において50〜172の遺伝子に変異があることを確認した(EMS処理のみでは約10の変異が観察されることが既に報告されている)。このことは、コード領域にあたり平均2〜7の変異がEMS/VCM選択により誘導されたことを意味する。
【0083】
【表6】
【0084】
表6は、3以上のVCM耐性株で共通して検出された変異遺伝子をまとめたものである。「X」は変異遺伝子が検出されたことを示す。「Ref列」について、「Yes」はこれまでの報告でVCM耐性に関連があると示唆された遺伝子を示し、「No」はこれまでの報告でVCM耐性に関連があると示唆されたことがない遺伝子を示す。「Number of mutated strains列」は、「変異が確認された菌株の数」を示す。
表6中、1つの遺伝子(SA0615;graS)は8変異株中5つの変異株で、変異が起こっていることが確認された。VCM耐性に関与している遺伝子として報告されているSA0500(rpoB)及びSA0501(rpoC)を含む7つの遺伝子について、8変異株中4つの変異株で変異が起こっていた。更に、臨床VISAにおいて変異が起こっていたことが報告されているSA0018(walK)を含む6つの遺伝子について、3つの変異株で変異が起こっていた。
【0085】
次に、低MIC値群(VCMのMIC値が8μg/mL、VR1、2、5)及び高MIC値群(VCMのMIC値が32μg/mL、VR3、4、7、VR−RN4220)間での変異パターンを比較した。結果を
図6に示す。
【0086】
図6より、高MIC値群中で変異が起こっていた323遺伝子中、46遺伝子は低MIC値群でも変異が起こっていたが、残りの277遺伝子は高MIC値群でのみ変異が起こっていた。VCM耐性に関与しているとこれまでに報告されていない3つの遺伝子(SA0173(ausA)、SA0519(sdrC)及びSA1584(リゾホスホリパーゼL2をコードする))について、3つの高MIC値株で変異が見られた。また、VCM耐性に関与していると報告されている17遺伝子(例:walK、pbp4、graS)は、2つの高MIC値株で変異が観察された。以上の結果から、高MIC値群で特異的に変異が確認された遺伝子が、黄色ブドウ球菌において高VCM耐性表現型の獲得に関与している可能性があることが考えられる。